発表要旨 - 日本語教育学会

〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.13)特別企画パネルセッション〕
多文化社会を担う人材育成をコアとする学会連携の可能性
春原憲一郎・横田雅弘・箕口雅博・多田孝志・門倉正美
2011 年 11 月に「多文化社会を担う人づくり」をテーマとして,異文化間教育学会,日本国際理解教育学会,日本コミュニティ
心理学会,日本語教育学会の連携シンポジウムが行われた。今回のパネルは,日本国際理解教育学会に代わって,日本学校教育学
会が加わった 4 学会のパネリストによる第 2 弾の企画であり,
「多文化社会を担う人材育成」における学会連携の可能性について,
さらに議論を深めていきたい。日本語教育学会からは,地域日本語教室を運営する地域日本語教育コーディネーターや小中学校で
の日本語取り出し授業教員にとって,他の 3 学会の研究領域における知見や方法がどのように役立つかを考えてみたい。3 学会の
パネリストからも,
「多文化社会を担う人材育成」に関わるそれぞれの実践現場に即して,他学会に対して問題提起がなされるだろ
う。
(春原―(財)海外産業人材育成協会,横田―異文化間教育学会,箕口―日本コミュニティ心理学会,
多田―日本学校教育学会, 門倉―(社)日本語教育学会)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.13)研究発表・パネルセッション①〕
散在地域に定住する外国人の日本語習得と言語生活支援の実態に関する縦断的研究
-OPI の枠組みを活用した形成的フィールドワークの結果を踏まえながら-
野山広・嶋田和子・山辺真理子・藤田美佳・森本郁代
本パネルでは,徐々に多言語・多文化化する日本の地域の状況等を踏まえた上で,まず,企画の趣旨に関する説明を行う。次に,
「日本語教育」「社会言語学」「異文化間教育」などの観点から,地域における形成的フィールドワークと OPI の枠組みを活用し
た 5 年間の縦断調査の結果に関する報告を行う。そして,これらの報告,分析結果を踏まえた上で,地域調査や実践研究の今後の
在り方や,隣接領域との連携・協働の可能性について考察を行う。さらに,こうした一連の報告,分析,考察,セッションでの議
論や質疑・応答を通じて,「生きる力を培う言葉」の獲得や,「多様な住民の声を汲み取る環境」の整備促進に貢献できる調査・
研究,評価の在り方について展望したい。全体を通して,地域日本語教育(研究)の発展・応用を目指して,また,言語生活支援
の充実に向けて私たちに今後何ができるのか,その可能性を探究するとともに,問題提起することを目指したい。
(野山―国立国語研究所,嶋田―(社)アクラス日本語教育研究所,
山辺―立教大学,藤田―奈良教育大学,森本―関西学院大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.13)研究発表・パネルセッション②〕
ぼうしは「着る」の?「履く」の?それとも「かぶる」の?
-第二言語学習者による語の意味の習得-
酒井弘・今井むつみ・佐治伸郎・坂本杏子・中石ゆうこ
従来の研究では,第二言語における語彙習得を,母語を通してすでに確立された意味(概念)と,日本語の音声や表記を結びつ
ける過程であるとみなす傾向が強かった。しかし,語彙習得における本当に困難な課題は,語の意味に母語と学習言語との間でずれ
があるところ,あるいは,母語には存在しない意味の区別を新たに学ぶ必要があるところに見出される。このような問題意識から,
本パネルでは,学習者が語の意味を,どのような手がかりに基づいて,どのように理解しようとしているのかに着目した研究を紹
介する。第一の発表では,学習者が母語にはない語の意味関係を学ぶ際に,どのように母語が影響を及ぼすのかを探る。第二の発
表では,第二言語における動詞の意味範囲を推論する際に学習者が用いる手がかりについて,統語的な観点を中心に議論する。第
三の発表では,音象徴的特徴を含むオノマトペに対して,学習者がどのように意味を理解可能なのかを検討する。
(酒井・中石―広島大学大学院,今井・佐治―慶應義塾大学,坂本―広島大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.13)研究発表・パネルセッション③〕
メディア・リテラシー育成をめざした『現代大衆文化』の授業実践
-メディア社会に生きる市民としての学習者の学び-
石塚美枝・宮副ウォン裕子・守谷智美
本パネルは,東京都内の中規模私立大学において日本語選択科目のひとつとして開講されている『現代大衆文化』(中級および上
級)の 6 年間の授業実践の報告である。メディアを活用した多くの実践では,メディアを「教材」として捉え,言語項目の学習や文
化紹介用に用いたものが多いようである(柴田 2008 等)
。その一方で,少数ではあるが,学習者をメディア社会に生きる「市民」
,
メディアを「リソース」として捉え,メディアに対するクリティカルな視点や日本語による発信力の養成をめざした実践研究もあ
る(石塚他 2008)
。メディアを日本語授業で利用する場合,趣味や楽しみの要素が強調され,学習効果について懐疑的な意見が出
ることもある。本パネルでは,
『現代大衆文化』の授業実践で中心としている「メディア・リテラシーの理論的視点」の有効性を論
じる。日本語レベルに合わせたタスク設計,学習者の学び,教師の役割と学びの評価,大衆文化と日本語学習との関連や意義,方
法論についてもフロア参加者と議論を交わしたい。
(石塚―桜美林大学,宮副―桜美林大学大学院,守谷―早稲田大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表①要旨 第 1 会場〕
第二言語から第一言語への統語的転移
‐韓国人日本語学習者による「てもらう」翻訳文を通して‐
尹テレサ
「てもらう」文は,一般にそれに対応する韓国語がないため,韓国人日本語学習者にとって習得が難しい表現の一つである。ま
た,日本人韓国語学習者において,
「てもらう」文をそのまま直訳した誤用文を産出してしまう例も目につく。ところで,日本人韓
国語学習者と同様に,文法的に間違った「てもらう」表現を使う韓国人留学生の発話をしばしば耳にするところから,彼らにとっ
て第二言語である日本語が,第一言語である韓国語に何らかの影響を与えているのではないかと考えるようになった。こうした現
象における≪転移≫の性格を明らかにするために,JSL・JFL 環境の韓国人学習者を対象として,韓国語には存在しない「てもら
う」文を翻訳させてみた。その結果,韓国語母語話者の翻訳文の中にも日本語の統語的影響があるらしいことが分かった。
(横浜国立大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表②要旨 第 1 会場〕
インタビュー番組における日韓語の「フィラー」の対照分析
崔維卿
本研究は日韓両言語の「フィラー」の実態を,テレビのインタビュー番組に出現するその位置と形式という観点から対照させ,
明らかにしたものである。その結果は次のとおりである。①日韓両言語の「フィラー」は,その半分以上が発話途中に出現した。
②日本語では「あの」
,韓国語では「뭐(mwo)」が最も出現頻度が高かった。③日韓両言語とも発話途中と発話冒頭に出現する「フ
ィラー」の種類の数は同程度であるが,発話末に出現する「フィラー」の種類の数は少ないという点で共通していた。④(a)発話途
中の「あの」と「뭐(mwo)」は返答者に特有の形式である。(b)発話冒頭に頻出した「あ」は司会者,
「네(ne)」はゲストによって発
話される傾向があった。(c)発話末に頻出した「はい」
「네(ne)」は司会者とゲストの間に出現頻度の差は観察されなかった。
(九州大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表③要旨 第 1 会場〕
日本語とシンハラ語の「依頼」に関する対照研究
-シンハラ語を母語とする日本語学習者の分析を通じて-
デヒピティヤ・スランジ・ディルーシャ
シンハラ語を母語とする学習者は日本語を用いて依頼をする際,流暢であるにもかかわらず不適切,場合によって相手に不快
な印象を与える表現を使うことがある。本研究は,シンハラ人母語話者 27 名,シンハラ人日本語学習者 44 名から得られたロール
プレイ調査の結果をもとに,依頼の言語行動の特性について分析したものである。分析結果日本語学習者は,シンハラ語の依頼表
現としてよく使用されている「~Puluwan(できる)
」という可能の意味を表す表現が,そのまま日本語でも発話されている傾向が
見られた。そして,シンハラ語には見られない言いさし表現などの不使用により,相手に押しつけがましい印象を与える危険性が
あることや,相手により表現の使い分けも難しい傾向であるという結果となった。表現形式のみならず,感動詞や名詞などの語彙
選択にも異なりがあった。本観察から,日本語とシンハラ語の依頼表現の違い,使い分けについての指導が必要不可欠であるとい
うことが示唆された。
(筑波大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表④要旨 第 1 会場〕
複合動詞を使った文の生成
- 中国語を母語とする日本語学習者と日本語母語話者の産出データからの考察-
谷口龍子
中国語母語話者(CN)と日本語母語話者(JP)が使用する複合動詞の表現形式や文構造に着目し,CN の日本語レベル別産出文の分
析と,
JP の産出文から各複合動詞の表現形式や文構造の特徴を明らかにし自然な複合動詞の出現形式や文構造の考察を目的とする。
句・文レベルでの考察は,従来の複合動詞の内部構造や語彙習得中心の研究では見られない。質問紙調査で CN と JP 各約 60 名に
7 種類の日本語複合動詞を使って文を作成させた結果,異なる格を持つ複合動詞では CN が対象にガ格やヲ格を明示,JP は対象の
主題化,対象の省略等の傾向が見られた。また,JP は「聞き慣れる」
「見慣れる」の否定形を使い名詞修飾で使用していた。
「聞き
忘れる」を「聞いたことを忘れる」と誤解する学習者が多い原因として,中国語の「忘」が補文構造の複合動詞を生成しないこと
から負の言語転移と考えられる。本結果は,複合動詞の習得研究や日本語の複合動詞の語用論研究への貢献が期待される。なお,
本研究については共同研究者として薛云如氏(元智大学)の協力を得た。
(東京外国語大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑤要旨 第 1 会場〕
点字使用者の読みに関する一考察
-日本語能力試験の「情報検索」を例に-
藤田恵・河住有希子・秋元美晴
本調査は,日本語能力試験の「情報検索」を用いて,点字使用者が情報素材から必要な情報を探し出す過程を考察するものであ
る。
筆者らは,読解科目の「情報検索(情報素材の中から必要な情報を探し出す問題)
」を点訳し,点字使用者(日本語母語話者)2
名に触読調査を行った。これにより,点字文章では,通常冊子の文章のようにスキャニングやスキミングといった読み方はしづら
く,飛ばし読みをせずに初めから終わりまでを読んで情報を探していくという結果を得た。また時間短縮のために,冊子のページ
に片手をはさみ,もう一方の手で別ページを読むといった工夫をする様子も見られた。
本調査は,日本語母語話者の情報検索の過程を記述したものである。本調査の結果は,点字使用の日本語学習者が,日常生活の
中で触れる情報素材から情報を探し出す際の効率的な方法や,その学習方法を見つけ出す一助となるものであり,意義のあるもの
であると考える。
(藤田・河住―(公財)日本国際教育支援協会,秋元―恵泉女学園大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑥要旨 第 1 会場〕
中上級学習者の日本語説明文読解における困難点
- think-aloud 法による事例研究-
和氣圭子
本研究では,中上級の日本語学習者 3 名と母語話者 1 名を対象に,学習者が文章を読む際,どの部分で読解が困難となるのかを
think-aloud 法(思考発話法)を用いて探った。プロトコルを 2 レベル(上位・下位)
,計 8 つのストラテジーに分類して分析した結
果,母語話者は上位レベルのストラテジー使用率が 8 割以上と多いのに対し,学習者は下位レベルが 6 割と多かった。また,2 名
の学習者は 2 段落目以降で下位処理の問題が減り,推論が増えていたが,1 名の学習者は,2 段落目以降も未知語が多く下位処理の
問題が残り続けた。しかし,部分的に得られた情報から全体の意味構築をしようとしていた。学習者全員が共通して読みに困難を
起こした要因には,未知語,統語的複雑さ(名詞修飾節),文と文の関係づけ,背景知識,が挙げられる。L2 学習者は,言語能力
や先行知識によって上位・下位のプロセス処理に対する認知資源の配分が影響を受け,それが文章理解にも影響を与える,という
先行研究からの知見があらためて確認された。
(神田外語大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑦要旨 第 1 会場〕
日本留学試験の読解が苦手な学習者は母語においても苦手なのか
-マレーシアの予備教育日本語学習者を対象とした一検証-
吉川達
本研究は,マレーシアの予備教育機関に在籍する日本語学習者が日本留学試験(EJU)の読解を解く際,その読解が苦手な学習
者も母語であれば解けるのかを検証した。調査は 2011 年 11 月と 2012 年 3 月にその機関に在籍している 2 年生 86 名と 1 年生 95
名を対象に行った。学習者を半数に分け,一方には日本語版の EJU 読解の問題を,他方には母語のマレー語に翻訳した問題を解
かせ,結果に差があるか検証した。その結果,1 年生の日本語版の平均は 20 問中 8.8,マレー語版は 15.2 で大きな差が見られた。
さらに 2 年生を日本語上位群・下位群に分け,両者にマレー語版での平均に差があるか t 検定を行ったところ有意な差は見られな
かった。また,1 年生の結果においても,日本語版群の平均は 4.8,マレー語版群は 14.6 で大きな差が見られた。この結果,EJU
の読解ができない原因は母語での読解力不足ではなく日本語の問題であることが示唆された。
なお,本研究は Dr.Zoraida Mustafa (University of Malaya) との共同研究である。
(佐賀大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑧要旨 第 2 会場〕
グローバル化社会をいかに生きるかを考えることばの教室の試み
-受講生による認識に着目して-
トンプソン(平野)美恵子・鈴木寿子・小田珠生・佐藤真紀・張瑜珊・房賢嬉・半原芳子・三輪充子・岡崎眸
本発表は,グローバル化による国際競争の下,大学生が卒業後の展望を見出しにくい現状に鑑み,彼らが今後の人生を支える視
座を獲得することを目指す持続可能性日本語教育実践の調査報告である。本実践では,グローバル化社会における雇用及び食糧問
題をめぐり,受講生が言語を媒介として他者と繋がり,世界の出来事と人々の生活の連環を丁寧に辿ることで未来の展望を見出す
のを促し,受講生(学部生 23 名)による調べ事前学習→授業でのグループ対話活動→web 上でのふり返り記入の授業サイクルを
計 14 回行った。受講生の事前課題とふり返りを対象とし,受講生が獲得したグローバル化社会に対する視座とそこで生きていく
ための展望の様相を分析したところ,同世界を生きる多様な人々の群像が言語を媒介とした対話によって各自に取り込まれ,受講
生が世界と自己を包含する多面的・複眼的視座を獲得し,未来に対する展望を見出していたことが示された。
なお,本研究は共同研究者として野々口ちとせ氏・後藤美和子氏・趙有珍氏(お茶の水女子大学)の協力を得た。
(トンプソン・鈴木・佐藤・房・半原・岡崎―お茶の水女子大学,
小田―北京語言大学, 張―新生医護管理専科学校,三輪―東京医科歯科大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑨要旨 第 2 会場〕
日本語教育における中級日本語学習者の作文評価基準の作成
-JF 日本語教育スタンダードに基づいて-
ソ・アルム
本研究は,日本語教育分野における作文評価基準に関する先行研究を始め,CEFR および JF 日本語教育スタンダードに基づい
て構築した「中級日本語作文評価基準」の汎用性を検証することを目的としたものである。そのために,現役日本語教師 4 人を採
点方式により 2 つのグループに分け,
「JLPTUFS 作文コーパス」から抽出した 24 個の作文データを,それぞれ個人別採点方式と
新折衷採点方式で評価する研究調査を行った。研究調査により収集されたデータを分析した結果,(1)汎用性の判断できる有意な結
果は現れなかった。(2)評価者全員において談話的項目を重視する傾向が現れた。(3)採点方式によるグループ間評価結果の違いにお
いて有意な結果は現れなかった。以上で明らかになった「中級日本語作文評価基準」問題点を克服すると同時に長所を活かし,さ
らに発展させた評価基準を立ち上げることが望まれる。
(東京外国語大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑩要旨 第 2 会場〕
やさしい日本語への書き換えリストの作成とその評価
川村よし子・北村達也
本研究の目的は,やさしい日本語への書き換えを自動で行うシステムを構築することにある。やさしい日本語への書き換えのう
ち,本研究では単語レベルでの書き換え(形容動詞は「だ/である」
,サ変動詞は「する」を含む)を扱う。
書き換えリストの作成では,
「旧日本語能力試験出題基準」の単語リスト(以下「出題基準」
)をもとにした。出題基準のうち 3・
4 級の単語はやさしい単語と考え,それ以外の単語を可能な限り初級の単語(3・4 級の単語)に書き換えることを目指した。
評価では,リストをもとに「やさしい日本語自動書き換えツールのトライアル版」を開発し,運用実験を行った。運用実験の結
果明らかになった問題点については,書き換えリスト作成方法に改良を加えるとともに,書き換え候補の提示方法の工夫等を行う
予定である。研究成果は,日本語読解学習支援システム『リーディング・チュウ太』および『チュウ太の Web 辞書』に組み込ん
で公開する。
(川村―東京国際大学,北村―甲南大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑪要旨 第 2 会場〕
難解文書の書き換えプロセスに見られる「評価」への意識
宇佐美 洋
非母語話者との接触経験の少ない日本語母語話者に,
「外国人にとってわかりやすくなるように」という配慮のもと,日本語の文
章を PC 上で書くよう依頼した。その過程を動画として記録するとともに,執筆後,
「外国人にとってわかりやすく」するためにど
のような工夫を行ったかをインタビューで尋ねた。
その結果,書き換え作業時には,まず自分自身の観点で目の前の文章を読み,自分自身の価値観に基づいて評価を行いながら,
次の段階として,
「読み手」として想定される人の価値観や一般的知識量を想像し,そうした仮想物に基づいて,自分がこれから書
こうとする文章(あるいは書いてしまった文章)の再評価を行う,という思考プロセスが観察された。そして執筆者にとっては,
書き換えそのものよりも,読み手の価値観や知識量を想像することの方に困難を感じていることが示唆された。書き換えトレーニ
ング等を行う際にはこのような点への配慮が必要である。
(国立国語研究所)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑫要旨 第 2 会場〕
大学における教室外日本語学習環境整備の試み
-コミュニティの変革を志向するアクションリサーチ-
古屋憲章・黒田史彦
日本語学習者の多様性と個別性に十分応えられる学習環境を構築するためには,個々の教師が自らの教授技術を磨き,担当授業
の在り方を変えるだけでは不十分である。
本研究では,大学の留学生にとって最適な日本語学習環境を実現することを目指して,発表者らが取り組んでいる学習環境整備
プロジェクトを記述・考察の対象とした。その結果,豊かな日本語学習環境を作り出すためには,自分の担当する教室の外にも目
を向け,周囲に存在している同僚教師,教務担当者,事務局,そして大学院に継続的に働き掛けることによって協力体制を築くこ
とを通し,日本語機関全体に変革を起こすことが重要な鍵となることが分かった。
また,本研究は,個々の授業の改善と教師の成長を主な目的とするクラスルーム・アクション・リサーチではなく,日本語教育
機関というひとつの社会=コミュニティの変革を目的とするアクションリサーチとして位置づけられる。
(古屋・黒田―早稲田大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑭要旨 第 3 会場〕
人間関係の広がりを支えるために日本語教育に必要な視点
-複数言語をもつ子どもたちの事例から-
金丸巧
本発表は,複数言語をもつ子どもは,どのように人間関係をつくっていくのかというテーマを扱う。かれらの人間関係をめぐる
困難が,彼らが生きる社会における,いわゆる多数派ではない複数言語をもつ子どもにとって不平等な力関係と密接に結びついて
いるのではないかという視点に立ち,発表者が行った中学生 2 名に対する日本語支援実践の記録を分析した。本発表では,これま
で当たり前のように語られてきた支援者の認識を疑うこと,彼らが生きる社会にどのような力関係があり,それが子どもにどのよ
うな影響を与えているのかという実態を探ること,そして,その社会の中で子どもの人間関係がどのようにつくられていくのか/
いかないのかを明らかにすることを中心的な論点とする。以上の論点から明らかになった複数言語をもつ子どもたちの姿から,人
間関係の広がりを支えるために日本語教育に必要な視点を探っていく。
(早稲田大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑮要旨 第 3 会場〕
移住労働者の子どもたちのバイリンガル化に関与する諸要因の予備的調査
‐日本のインドネシア人社会における事例‐
吹原豊・助川泰彦
本研究は茨城県大洗町のインドネシア人児童生徒の言語習得をめぐる諸問題を「バイリンガル化」という観点でとらえ,それに
関与する諸要因を探ることを目的とする。そのために,児童生徒の日本語およびインドネシア語能力を”Frog, where are you?”(
『か
えるくんどこにいるの』
)という絵本を用いた自発的発話の収集法により得たデータをもとに評価した。そのうえで,児童生徒のバ
イリンガル化に関する諸要因を探索するために,全児童生徒 24 名の中から,現時点での,1)日本語のモノリンガル児童生徒,2)
均衡バイリンガル児童生徒,3)インドネシア語のモノリンガル児童生徒の 3 つの比較的典型的な例を選び,その要因についての
調査を行った。児童生徒に対する日本語とインドネシア語による聞き取りを中心とし,関与者(親や教師,友人など)への聞き取
り,学校場面や生活場面での参与・非参与観察を加えたものである。上記の自発的発話の収集法により得たデータによると,両言
語のデータが収集できた場合(13 名)であっても,両言語の能力に差があり,均衡バイリンガルに近いのは 6 名程度であることが
分かった。また,児童生徒のうち来日時 4 歳未満であったものは比較的短期間に日本語を習得し,保育園や小学校での活動で目立
った苦労はなかったが,一方で日本語モノリンガル化の進行も確認された。今回はこれら予備的調査の結果について報告する。
(吹原―福岡女子大学,助川―東北大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑯要旨 第 3 会場〕
言語少数派の子どもの学習支援に関わった学部生の学び
-支援記録とインタビューデータの分析より-
佐藤真紀・半原芳子
本研究は,言語少数派の子どもに対し,
「教科・母語・日本語相互育成学習モデル」に基づく学習支援に関わった学部生を対象に,
彼らが子どもへの学習支援で何を行い,何を得ているのか,すなわち,そこではどのような学びが生まれているのかを探ったもの
である。対象は,学部生 3 名(2010 年度より週 1 回の学習支援を継続中)であり,彼らが毎回の支援後に記した支援記録と,イ
ンタビューの内容を質的に分析した。その結果,学部生は,大学の講義で知識として得た言語少数派の子どもに対する漠然とした
イメージを具現化し,一般化した子ども像ではなく,各状況に即した課題を特定し,課題解決を他のメンバーと恊働的に考えると
いうサイクルを繰り返す中で,社会状況に対する見方を研ぎ澄ませ,加算的バイリンガルを育てるための方法を模索していること
が示され,多言語多文化社会を担う人材としての認識が育まれていることが示唆された。
(佐藤・半原―お茶の水女子大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑰要旨 第 3 会場〕
生活のステップアップをめざす地域在住外国人への日本語学習支援の試み
- E メール文のふり返りを話題とする支援者とベトナム語話者学習者の「対話」の分析からわかること-
高橋桂子
本研究は「対話」の手法を用いた学習支援の記録から,生活のステップアップをめざす地域在住外国人にどんな日本語支援が可
能であるかを探ることを目的としている。
メール文のふり返りを話題に支援者と学習者が対話し,協働で添削を行なった学習支援の発話録音データをストラウス版グラウ
ンデッド・セオリーアプローチの分析方法を援用し,学習者にどんな気づきや内省が起こったかの抽出を試みた。
分析の結果,対話の話題とした学習者のメール文は化石化した誤用や,読み手意識,異文化理解の課題があぶりだされたもので
あったので,支援者の問いにこたえることで,学習者が日本語の使用状況と能力の関連性を内省し,正規雇用のための日本語能力
と現在の自己の日本語能力の開きを具体的につかんでいく変化が明らかになった。誤用に対しての気づきは,その後数ヶ月を経て
から学習者の E メール文の中に反映されていることも確認された。
(武蔵野大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑱要旨 第 3 会場〕
工学分野の大学院留学生の日本語ニーズ
-インタビュー調査と試用教材への評価から-
山路奈保子・因京子・アプドゥハン恭子
本研究は,工学を専門とし研究成果の公式的発信は英語で行う研究留学生に対する日本語教育のありかたについて再考し,ニー
ズにより適合する教材の開発をめざすものである。近年,大学院で英語コースを設置する大学が増えており,そうしたコースに所
属する研究留学生には日本語教育は不要との声もあるなど,理工系の研究留学生に対する日本語教育はそのニーズと方法論とを大
幅に見直す必要に迫られている。本研究では,留学生自身と指導教員に対するインタビュー調査から工学を専門とする大学院留学
生の日本語教育ニーズの全体像の把握を試みるとともに,初中級日本語クラス用会話教材を制作して試用し,受講した留学生によ
る評価を収集して,それをもとにさらなる改良を行う。本発表においては,インタビュー調査の結果の分析と試作教材の概要,受
講留学生に対する調査結果を含む教材試用結果と今後の改良方針を述べる。
(山路―室蘭工業大学,因―日本赤十字九州国際看護大学,アプドゥハン―九州工業大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑲要旨 第 3 会場〕
漢字教材作りに向けた漢字圏学習者に対する漢字指導について
-字形の問題を中心に-
二村年哉・阿部仁美
日本語学習者に占める漢字圏学習者の割合は多いが、特に初級レベルにおける漢字指導は、非漢字圏学習者に比べ疎かになりが
ちである。そして、学習者が中上級レベルになっても、漢字の表記における簡体字や繁体字の使用、字形の違いが問題となる。こ
れには、既に彼らが漢字を知っているため違いを意識せずに使っているということだけではなく、歴史的・社会的問題が横たわっ
ている。さらに、日本において字形に対する一定の社会的評価があり、日本語教師と一般の日本人では視点に差がある。これら字
形に対する意識の違いと指導の実際を調査し検証することにより、どのように指導すべきかを模索した。また、漢字圏学習者が初
級段階から日本語の漢字に意識を持ち効果的な学習に結び付けられる教材の必要性を感じ、彼らのニーズを加味した教材作りを目
指した。
(二村・阿部―北海道大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表⑳要旨 第 4 会場〕
ケース教材を用いた討論活動から留学生は何を学んだのか
宮﨑七湖
調査者は「問題発見解決能力」と「表現力」の育成を目指し,留学生のためのケース教材を用いた授業を実践した。ケース教材
というのは問題発生の状況が当事者の視点で書かれた教材である。この科目を受講した,9 名の上級日本語学習者の内省を,質問
紙,インタビューにより調査し,彼らにどのような学びがあったかを分析した。分析は,この科目が目標とした「問題を解決する
ために考える力」と「自分の主張を相手にわかりやすく伝える表現力」を支える言語的な側面の両面から行なった。分析の結果,
受講生は意識的に相手の意見を引き出す工夫をし,その結果,
「聞く力」が伸びたと認識していること,また,討論によって他者の
考え方や価値観に接することが,自分の考えや価値観を改める契機となったこと,また,異なる価値観に接することで他者の立場
や考え方を意識するようになり,それが問題の回避や解決につながると認識していることが明らかになった。
(早稲田大学)
21 要旨 第 4 会場〕
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表○
学習ストラテジーの共有から発展への可能性
藤原安佐
本研究は学習者間で学習ストラテジーを共有することが学習者にどのような影響を与え,そこからストラテジーがどう発展していくか分析
し,効果的な学習に結びつけることが目的である。
実践は中級学習者を対象に「私の日本語」というトピックで作文を書くことを前提に自己評価をし,学習における問題や学習方法を授業
で共有し,それを作文にまとめスピーチを行った。学習者間のやりとり,作文,スピーチでの質疑応答を分析した結果,学習者には 1)学習
ストラテジーの意識化,2)新たな学習ストラテジーの獲得,3)日本語の問題点の明確化,4)身近な学習材料の発見,5)現在の学習ストラテ
ジーの効果の確信という五つの効果が見られた。また実践後の教室活動にも 1)問題意識を持って積極的に参加するようになったり,2)同
じ問題を共有することにより連帯感が生まれるなど有効な変化がみられた。
(北星学園大学)
22 要旨 第 4 会場〕
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表○
タスクの構成要素が学習者の言語形式への焦点化に与える影響
木村典子
第二言語学習に必要なことは,自然で有意味なコミュニケーションが必要なタスクをさせながら,言語形式に注意を向けさせる
こと(言語形式への焦点化)であると言われている。本研究は,どのようなタスクが言語形式への焦点化を引き出すのかを探るた
め,タスク達成に必要な項目数の多寡と Open/Closed が言語形式への焦点化に与える影響を検討した。米国日本語集中講座の初
級・中級学習者各 20 名に,上記 2 つの要因をかけ合わせた 4 つのタスクを行わせ,Language Related Episodes(以下,LRE)の頻
度と全 LRE に対する正しい答えや訂正を産出した LRE の占める割合を分析した。その結果,タスクの複雑さが言語形式への焦点
化に与える影響はさほど大きくない可能性,及び Open タスクであっても収束型にすることで Closed タスクと同等,或いはそれ以
上に言語形式への焦点化を促す可能性が示された。
(広島大学大学院生)
23 要旨 第 4 会場〕
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表○
「相互作用」と「役割理論」をキーワードとしたスピーチレベルシフトについての一考察
澤田竜人
日本語の会話教育について考えるときに必要不可欠であると同時に日本語学習者が習得困難であると感じるのが,スピーチレ
ベルの使い分け(スピーチレベルシフト)である。
日本語の SL シフトに関する研究の多くは規範的な言語ルールの理論である Brown&Levinson の「ポライトネス理論」を用いてポ
ライトネスの観点から分析したのものであり,例えば談話全体では何かを依頼・要求する内容であっても,その中で冗談を口にす
るときに「ダ体」や「デアル体」に SL をシフトさせることによって会話を円滑に進めることができることもある,というような例
までを含んで体系化することは難しいと考えられる。
そこで本論では,社会学(特に社会心理学)で用いられる「相互作用」及び「役割理論」を用い,SL シフトをダイナミックに変
化しながら完結に向かう会話の一要素として捉えることによって,何が SL シフトの発生を決定づけているのかを探っていく。
(関西学院大学大学院生)
24 要旨 第 4 会場〕
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表○
ビジネス日本語能力テストの問題項目の信頼性と妥当性の連関に関する基礎的実証研究
小野塚若菜・加藤清方・梅木由美子・越前谷明子
言語能力の評価・測定においては,一般に,テストの信頼性・妥当性・実用性という三側面からの検討が必要不可欠である。し
かし,従来の公的試験においては,信頼性・実用性についての検証は十分に行われてきているが,妥当性についての検証および信
頼性との連関についての検証は,未だ不十分な状況である。
本研究では,公的試験のうち,BJT ビジネス日本語能カテストを基盤資料として,信頼性と妥当性の橋渡しとなる調査・実験・
分析を行い,基礎的な実証研究を行うことを目的とする。具体的には,(1)過去の出題項目から,統計的性質が特異であった問題項
目を抽出し,その解答の傾向の内実を検討,項目の妥当性の検証を行う。さらに,(2)検証結果に基づいて項目に修正を加え,その
修正が項目パラメータの改善に寄与したか,定量的・定性的に分析する。
本研究で得られた知見は,大規模試験に於いて項目作成の合理化・精緻化の一助になると考えられる。
(小野塚―東京富士大学,加藤―東京学芸大学,梅木―宇都宮大学,越前谷―東京農工大学名誉教授)
25 要旨 第 4 会場〕
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・口頭発表○
ビジネスメールの件名に探る日本語母語話者の言語行動の選択基準
-本音と建前:
「問い合わせ」か「謝罪」か-
粟飯原志宣
本調査は,2009 年 10 月から 2012 年 5 月,筆者の勤める教育機関の上級ビジネス日本語コースの受講者 FJ85 名と日本語
で外国人と仕事をする日本語母語話者ビジネス関係者 JB19 名を対象に行われた。FJ と JB に,
「急に会議を取り消したこと
対する謝罪とアポイントの取り直しを依頼するEメールに件名をつける」という課題を与えた。
回収された計 98 件の基礎データを,件名の表現形式から得られる言語行動の種類を手がかりに分類し,JB や FJ はどの型
を選択しているのか,また同じ JB でも選択に大きな違いが見られる場合は,JB の属性などとどのような関係があるのかを考
え合わせ考察した結果,以下の反する 2 つのことが浮かび上がった。
1)JB は,利益が絡む交渉において,建前を選択する割合が高い。
2)グローバル化が進む現在,言語行動の流れは,建前から本音へ。
今後も日本文化で説明されている内容を,具体的な言語行動として捉えられる事例をさぐって行かなければならない。
(早稲田大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表①要旨 第 1 会場〕
日本語教育におけるローマ字表記の統一に向けて
-日本語教科書分析からの考察-
今村圭介・塚原佑紀・全娟姝
本研究は日本語教科書でのローマ字表記法の不統一性を明らかにし,表記法の統一を提唱するものである。近年,日本語学習者
のニーズが多様化し,出稼ぎ労働者や理系の大学院生など,高度な日本語力を必要とせず,限られた時間で会話を学ぶニーズを持
つ学習者が表れてきた。その様な学習者に対して,ローマ字による日本語教育は,仮名の使用による認知的な負担を軽減し,特に
初級の段階では有用であると考えられる。しかし,そのようにローマ字の有用性が認められながらも,未だに日本語教育において
ローマ字表記法が統一されていなく,教科書間に大きな差異がある。本研究ではローマ字使用をしている教科書 35 冊を調べ,表
記の不統一性と,その要因を考察する。
(今村・塚原・全―首都大学東京大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表②要旨 第 1 会場〕
中国語を母語とする日本語学習者におけるカタカナ語の認知
-視覚的語彙判断課題による実験的検討-
田静雅
従来のカタカナ語の研究はカタカナ語への意識,習得と誤用に関するものが多いが,カタカナ語を実際にどう処理しているのか
についての実証的研究は少ない。本研究ではカタカナ語の認知に単語の親密度と文字数が与える影響について明らかにすることを
目的に,中国語を母語とする日本語学習者を対象に,視覚的語彙判断課題を用いた検討を行った。実験計画は,2(単語の親密度:
高,低)×4(単語の文字数:2,3,4,5)の2要因配置を用いた。実験の結果は,親密度と単語の文字数はそれぞれカタカナ語の
視覚的認知に影響を及ぼす要因であることが明らかとなった。また,中国語を母語とする上級日本語学習者のカタカナ語の認知に
おいては,親密度の高いカタカナ語でも親密語の低いカタカナ語でも単語の文字数に影響されることから,カタカナ語を処理する
際は形態情報に加えて音韻情報に依存した処理を行っている可能性が考えられた。
(広島大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表③要旨 第 1 会場〕
中国語を母語とする中級日本語学習者における日本語漢字単語の聴覚的認知
-日本語文の先行呈示事態における単語処理過程の検討-
費暁東・松見法男
本研究では,中級の中国人学習者を対象に,空白付きの日本語文が先行呈示される場合の漢字単語の処理過程を検討した。高・
低文脈性条件のそれぞれにおいて漢字の中日間の形態・音韻類似性を操作した実験の結果,文制約性の高低によって漢字単語の処
理過程が異なることが示された。高文脈性条件では,学習者が日本語文を聞いたとき,豊富な文脈情報によって,空白に入るべき
単語の概念表象が活性化されるので,ターゲット単語(語彙判断すべき単語)が後続呈示されたとき,その音韻表象から概念表象
への意味アクセスが容易に行われる。特に,形態類似性が高い単語は,2 言語間で共有されている形態表象も活性化し,概念表象
への意味アクセスがより高速になされると推測できる。
漢字単語が単独呈示される場合に比べ,
文とともに聴覚呈示される場合は,
学習者の心内辞書における処理過程が,単語の属性要因を超えて文脈性の影響を受ける可能性を示唆している。
(費―島大学大学院生,松見―広島大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表④要旨 第 1 会場〕
学部留学生の将来像はどう変わったか
-日本人学生とのチュートリアルの実践から-
中山亜紀子
学部留学生に対する日本語教育では,協働的な教育技法が使われ,学習者オートノミーの育成が目指される傾向にある。一方,
「学部留学生が必要とする能力とは」という議論は深まっていない。本発表では,
「グループさくら」
(2007)を参考に行った一年
間のチュートリアルの実践報告をし,授業参加者三名に対するコース終了後のインタビューから,実践を通して,留学生の将来像
はどう変わったのかを報告する。
インタビューに応じたのは,中国人男子学部留学一年生である。AとCは,実践期間を通して,大学卒業後の目標を変えていた。
就職経験のあるBは,実践を通して日本人の日本語使用を観察し,自分の学習目標を変えていた。
このことから,学部留学生にとって,大学一年生とは,世間や自分の姿を見つめなおし,将来像を模索する期間であり,本実践
は,将来に向けた学習だけではなく,目標そのものを考える場を提供したのではないか。
(392 字)
(佐賀大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑤要旨 第 1 会場〕
中級日本語学習者が望む学習とは何か
-高等教育機関におけるアンケート調査-
内丸裕佳子
本研究の目的は,アンケート調査を通じて,高等教育機関で学ぶ学習者の中級レベルに対する学習ニーズを明らかにすることで
ある。アンケート調査結果をまとめると,以下のようになる。
(1)教科書の説明および内容:初級に比べ,教科書の説明,内容,
文法・文型の練習問題に対する評価が低くなる。母語による解説を望む学習者が多い。
(2)学習項目:アカデミックな日本語,お
よび日常生活での日本語の両方に対するニーズが強い。会話学習に対する要望が最も多く,次いで文法・文型,語彙が同数だった。
(3)教え方に対する要望:①既習表現と比較しながら形の作り方や意味の違いを説明する。②文型・表現は共通する意味・用法
でまとめて効率的に教える。③文型・語彙の硬さ・柔らかさの区別を示す。
(4)教室活動に対する要望:短文作成練習に加えて,
短い会話練習,作文,ゲーム要素を取り入れた練習を増やす。
(岡山大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑥要旨 第 1 会場〕
JSL 児童生徒に関わる指導者研修の現状と課題
-現場のニーズに応えうる研修を目指して-
菅原雅枝
近年,日本語を母語としない児童生徒(以下,
「JSL 児童生徒」とする)の指導に当たる教員に対する研修は重要な教育課題と
なっている。現在,教育委員会等が現職教員に向けた研修を実施しているが,まだ十分とはいえない状態である。本発表は,①JSL
児童生徒教育研修の課題の一端を明らかにすること,②具体的事例を元に研修の在り方を議論すること,を目的とする。
①では,現職教員を主たる対象として実施した研修の参加者へのアンケート結果を「現場の声」と捉え,そこに現れるニーズや
問題意識から現在の教員研修の課題とその背景を考察する。この結果からは地域や立場に関わらず,希望者が参加できる研修を実
施する意義が浮かび上がる。しかしそこには「受講者の多様性」という新たな課題が生じると考えられる。そこで,②として事例
を報告し,そうした課題にどのように対応していくかを共に考えたい。
(東京学芸大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑦要旨 第 2 会場〕
上級日本語学習者の日本語文の繰り返し音読における分散効果
-言語処理の自動性と作動記憶容量の観点から-
松原愛・松見法男
学習者が日本語文を覚えるために繰り返し音読をする時は,どのような方法が有効であろうか。認知心理学の分野における分散
効果の知見を踏まえると,ある文を連続して集中的に音読するよりも,別の文を間に挟みながら,その文を分散的に音読する方が
有効であると言える。本研究では,上級学習者が繰り返し音読で文を覚える際の分散効果を調べるため,WM 容量を要因として設
定し,その大小が分散効果の現れ方に影響を及ぼすか否かを検討した。実験の結果,分散効果は WM 容量の大小にかかわらず現
れることがわかった。松原・松見(2011)の研究結果と併せると,分散効果は日本語の習熟度が上級でも中級でも一貫して現れる
が,習熟度が中級の学習者では,文が分散的に呈示されることと,WM 容量が大きいことは,それぞれ独立した要因として文の記
憶成績に影響を及ぼす可能性が高いと考えられる。
(松原―広島大学大学院生,松見―広島大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑧要旨 第 2 会場〕
第二言語としての日本語の読解成績と音読の流暢性の関係について
-漢字圏日本語学習者を対象とした検討-
佐藤智照
従来,第一言語における読解成績と読みの流暢性の関係性の強さ及び,読みの流暢性を高める指導の重要性が指摘されてきた。
読みの流暢性とは,速く正確に適切な箇所で区切りながら読む能力の高さのことで,その指標には音読の流暢性が用いられる。本
研究では,第二言語としての日本語の読解成績と音読の流暢性の関係について明らかにすることを目的に,漢字圏日本語学習者を
対象とした検討を行った。その結果,漢字圏日本語学習者の第二言語としての日本語の読解成績と音読の流暢性の間に比較的強い
相関関係が認められ(r =.62, p <.001),両者の関係性の強さが明らかとなった。このことから第二言語としての日本語の音読の流
暢性は,ある程度,読解成績の指標となりえることが示唆された。また,漢字圏日本語学習者において,どれだけ速く正確に産出
まで含めた音の処理が可能であるかという能力の高さが読解成績に関係していることが窺えた。
(広島大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑨要旨 第 2 会場〕
中国人日本語学習者の聴解におけるメタ認知に関する研究
-聴解のメタ認知に関する既知感の測定から-
劉練岩
効果的な聴解指導法を明らかにするために,学習者がどのように聴いているのか,いわゆる学習者の聴解過程を注目した研究で
は,調査票,回想法によるプロトコル分析と学習ダイアリーなどの方法が使われる。これら学習者の回想に基づいた研究法,いわ
ゆる後法は,進行中の聴解過程を正確に測定できない可能性があるが,学習者が自分自身の聴解活動を振り返る「メタ認知的性質」
を帯びている。本研究では,メタ認知を正確に測定する,既知感測定の方法を参照し,前法を使用して,学習者自身が思っている
1)スピードを遅くする,2)キーワードを教える,3)ポーズを入れる,4)テーマを教える,4 つの手がかりを明らかにした上で,聴解
遂行中におけるメタ認知の働きを明らかにした。スピードを手がかりとして最多に選択した学習者は,実際にキーワードといった
手がかりの下での最大正答率が高かったことから,学習者の不正確なメタ認知を修正することにより,より効率的な聴解法を指導
することができると示唆された。
(広島大学大学院生)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑩要旨 第 2 会場〕
中国語を母語とする上級日本語学習者のシャドーイング遂行成績に影響を与える要因
-作動記憶容量と注意の向け方の観点から-
徐芳芳・松見法男
本研究では,音声面に注意を向けるプロソディ・シャドーイングと,内容面に注意を向けるコンテンツ・シャドーイングとの違
いが,シャドーイングの遂行成績に及ぼす影響を解明するため,中国語を母語とする上級日本語学習者を対象に実験的検討を行っ
た。作動記憶(working memory:以下,WM)容量を個人差要因として設け,注意の向け方を操作し,理解度テストの成績と口頭
再生の正確性を遂行成績の測度に設定した。その結果,学習者の習熟度より容易な文章を用いた場合,(1)遂行成績における WM
容量の大小の差がみられないこと,(2)コンテンツ・シャドーイング時の理解度の成績がプロソディ・シャドーイングのそれより高
い傾向にあること,がわかった。文章の難易度が低い場合,WM 容量の大小が遂行成績に影響を及ぼさないこと,意味理解に注意
を向けた場合は,WM 容量の大小にかかわらず,入力された音声情報が比較的浅い意味処理を経て口頭再生される可能性が高いこ
とが示された。
(徐―広島大学大学院生,松見―広島大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑪要旨 第 3 会場〕
九州大学留学生センターにおける総合的オンラインシステム運用の試み
-コースの管理・運営における効率化-
斉藤信浩・山田明子・菊池富美子・大神智春
九州大学留学生センターでは 2009 年 10 月よりオンラインプレースメントテスト(以下,OT)実施へ向けてプロジェクトを立
ち上げ,学生の受付登録,コース案内,コース選択,OT,レベル判定,結果通知を行い,学期の成績データを処理し,過去の成績
と OT 結果を照合してプレースに反映させるという,総合的オンラインシステムを 2010 年 9 月に完成させた。本システムは管理者
による「受講管理」
,学生が受験を行う「OT」
,学生が自身の登録と成績情報を閲覧する「学生情報」の 3 システム間の交互データ
のやり取りで成り立つ。これにより大規模コースの管理・運営の効率化が実現したが,運用面で様々な課題にも直面し,随時,修
正・改良を行っている。本発表は受講者・教師・管理者・事務担当者の各立場から,OT とコースの管理・運営を組み合わせたシス
テムの利点と課題をアンケート調査で深め,総合的オンラインシステムに求められる機能についてまとめ,OT の今後の利用可能性
や大規模なコース管理・運営システムの導入に示唆的な情報を提供する。
(九州大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑫要旨 第 3 会場〕
日本語教育プログラム評価の試みから見えてきたこと
-別科日本語教育における実施計画の提案に向けて-
三枝優子
いままで日本語教育分野では評価といえば大規模テストや JF スタンダードを例とする学習者評価が中心であった。しかしなが
ら,授業やコースそのものの評価も課題となっている。本報告では日本語教育におけるプログラム評価の試みとして,留学生別科
の日本語教育プログラムを対象としたプログラム評価実施計画案を提示する。プログラム評価の 1 モデルを示し,どのような評価
課題や方法が可能であるかを考察する提案型研究の試みである。
評価計画は札野(2011)の「評価計画・準備段階の新ステップ 12」を援用し作成した。評価対象は A 大学別科の半期の日本語
教育プログラムである。評価データは別科生だけでなく,教員やプログラムにかかわる関係部署,学部生にもアンケートやインタ
ビューを実施するなどトライアンギュレーションを重視した収集計画を立てた。計画案を詳細に記述報告することで,他のプログ
ラム評価への応用の可能性などについて考察したい。
(文教大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑬要旨 第 3 会場〕
対人性・場面性への気づきと自己推敲能力を養うライティング教材の開発
-コミュニケーションを円滑にするために-
北川幸子・大谷つかさ・荻田朋子・由井紀久子
一般に初級では作文教育は,生活場面を想定した,手紙やメールといったタスクが取り上げられることが多く,中上級になると,
与えられたテーマについて自分の感想や意見をまとめるといったタイプのタスクに移行する傾向が見受けられる。しかしながら,
学習者の日本語能力が中級,上級となるにつれ,実際の生活場面において,教師との連絡など,日本語でやり取りをすることが求
められてくるためより重要となる。中上級学習者を想定した,生活におけるライティングコミュニケーションに特化した教材が十
分ではないという現状から,本発表者たちは,①読み手に対する配慮ができる「対人性」
,②場面,状況に応じた調整ができる「場
面性」
,さらに③自分自身で推敲を重ね,修正することができる「自己推敲能力」の 3 つに重点を置いた教材を開発してきた。本発
表ではコンセプトをどのように教材という形にしてきたのか,その過程について述べることとする。
(北川―京都産業大学,大谷―京都外国語大学,荻田―立命館大学,由井―京都外国語大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑭要旨 第 3 会場〕
留学生と日本人学生の作文についての意識調査
-文章作成過程に注目して-
大野早苗
大学で留学生と日本人学生が論文やレポートを書く際,どの段階で苦労を感じるかについて調査を行った。調査の結果,留学生
の場合,日本語能力が高い学生や入学前に論文を書いた経験がある学生は書き始める前の段階で全体構成などに労力を使い,日本
語能力が不足している学生は執筆途中で文法や語の用法などに苦労していることがわかった。一方,日本人学生の場合,国語力の
いかんによらず書き始めるときの苦労が大きいと感じているが,その理由としては,国語力の高い学生は表現に迷うことや何から
書き始めるか悩むことを,国語力の高くない学生は何を書けばよいかわからないことを挙げた。そしてこの背景には,大学入学前
に文章表現について具体的な指導を受けた経験が乏しく,それゆえ,論文やレポートでしばしば用いられる表現や展開パターンに
慣れていないこと,全体の構成を考えずに書き始めてしまうことがあると示唆された。
(順天堂大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑮要旨 第 4 会場〕
日本語教育実習における「教材開発プロジェクト」とその効果
守時なぎさ
本発表では,より効果的な教育実習を目指して 2010 年から始めた「教材開発プロジェクト」の概要を述べ,その効果や日本語
教育への貢献について論ずる。
日本語教員養成の教育内容には,言語・教育,社会・文化,異文化理解など様々な領域が必要であることが指摘されている。と
ころが海外における教育実習ではこの教育内容を部分的に指導しているにすぎない。
「教材開発プロジェクト」の特徴は,教材開発にあたって実習生が学習者を可能な限り具体的に想定することである。この活動
を通して,実習生は実在する学習者を視野に入れた日本語教育の実践を試みるようになったという効果が見られた。また,(1)実習
生に日本語教育を具体的な事例として考えさせる,(2)日本語教育に様々な領域が関連していることを理解させる,(3)日本語教育を
コミュニケーション活動の一部として考えさせるなどの日本語教育への貢献が見られた。
(リュブリャーナ大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑯要旨 第 4 会場〕
経験日本語教師が考える「いい日本語教師」の要素とその背景にあるもの
-教師 A に対する PAC 分析より-
小澤伊久美・嶽肩志江・坪根由香里
発表者らは,日本語教師の協働的研修に役立てることを目的に,教授活動に関するビリーフ等について,授業観察時の発話,観
察直後のレポート,
「いい日本語教師」についての個人別態度構造 (Personal Attitude Construct: PAC) 分析,ビリーフ質問紙調
査等によるマルチメソッド手法の研究に取り組んでいる。
本発表では,このうち,教師 A(日本語母語話者,教歴 20 年以上の者)の PAC 分析データに基づき,教師 A の教師観・授業観
やそれらを形成する要因を質的に分析した結果を視覚化して示す。分析の結果,教師 A は「学習者にとってどうか」という観点か
ら教授活動等を考える意識を強く持つが,様々な側面から判断し,異なる考えも寛容に受けとめようとしていること,判断しかね
る思いを抱えて葛藤しつつ答えを模索する様子が見られた。また,在外体験等を含めた様々な経験が教師 A の意識に影響を与えて
いることもわかった。
(小澤―国際基督教大学,嶽肩―横浜国立大学,坪根―大阪観光大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑰要旨 第 4 会場〕
自己形成・キャリア形成を支える日本語教育実践とは
-「自分史を書く」クラスの実践から-
尾関史
本発表は,学習者の自己形成・キャリア形成を支える日本語教育実践のあり方を探ることを目的としたものである。筆者が 2 年
間にわたって行ってきた「自分史を書く」という日本語教育実践を対象とし,1) 自分史を書く活動が学習者にどのように捉えられ
ているのか,2)それが学習者の人間形成・キャリア形成とどのように関わっているのかを考察した。考察から,自分史を書く活動
は学習者にとって「これまで」の自分を見つめ直し,
「これから」の自分をイメージできるようになるものとして捉えられていたこ
と,また,活動を通して他者とのやりとりの中で日本語を学んだことや自己を省みたことに大きな満足感が得られていることがわ
かった。さらに,クラスの仲間とのやりとりの場がそれぞれの学習者が自己を見つめ直し,他者を理解し,新たな自己を見出して
いくきっかけとして作用している様子が考察された。
(早稲田大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑱要旨 第 4 会場〕
日本語 Can-do-statements に対する拡張型 DIF 分析の試み
熊谷龍一・野口裕之
本研究では,
「日本語 Can-do-statements」
(三枝,2004)に対して,熊谷(2012)の DIF 検出方法を利用し,日本語学習者の
母語別 DIF 分析を行なうことを目的とする。熊谷(2012)の方法では,従来の手法では難しかった,下位集団数および回答カテ
ゴリ数が 3 以上の場合でも分析を容易に行なうことができる。そこで本研究では,下位集団数を 3(中国語,韓国語,それ以外の
母語話者)
,回答カテゴリ数を 5 段階に拡張した分析を実施し,従来は検出できなかった DIF 項目について検討を行なった。
DIF 分析の結果,全 60 項目中 21 項目で DIF が検出され,
「読む」が 11 項目と過半数を占めていた。ここから,
「その他母語話
者」にとって「読む」については,
「できない」に回答する傾向が示された。さらに回答カテゴリ数の増加が,DIF 分析の結果に
影響を与えることも示唆された。
(熊谷―東北大学,野口―名古屋大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑲要旨 第 4 会場〕
日本語学習者の口頭能力レベル別言いよどみ使用
-「日本語学習者会話データベース」の n-gram 分析をもとにして-
土屋菜穂子
本研究では日本語学習者の口頭表現時における各種言いよどみ表現(
「あのー」
「ええと」
「んー」
「あー」
「なんか」
「まあ」
)の使
用実態を口頭能力レベル別に明らかにし,レベル別に使用実態が異なる背景について考察を行う。
分析にあたっては,OPI 形式のインタビューデータである国立国語研究所「日本語学習者会話データベース」を用い,全インタ
ビューデータに対して2 グラム以上の文字列を抽出するn-gram 処理を行う方法を用いる。
そのあとOPI の下位レベル別にn-gram
の結果をマージ・ソートし,そこから各種言いよどみ表現の下位レベル別出現数を抽出する。
分析の結果では,超級から中級‐上までは「アノ」が最も出現数が多いが,中級-中から以下は「アー」が最も出現数が多くな
る。また,レベルが上がるにつれ「なんか」
「まあ」といった表現を用い,より表現的に適切な語彙を探しながら話していることが
うかがわれる。
(青山学院大学)
〔2012 年度日本語教育学会秋季大会(北海学園大学,2012.10.14)研究発表・ポスター発表⑳要旨 第 4 会場〕
接触場面のやりとりに対する非母語話者側の評価
-場面の当事者としての振り返りから-
野原ゆかり
本研究では,接触場面のロールプレイにおいて,場面の当事者である非母語話者が,母語話者とのやりとりをどのように評価し
ているのかを探った。ロールプレイは,地域住民としての交渉場面を選んだ。分析対象としたのは,ロールプレイ後に行った非母
語話者 3 名へのインタビューである。インタビューデータに対し定性的コーディングを行った結果,
「日本社会での母語話者との
円滑なやりとりの実現」という中心的な概念が生成され,その概念との関わりで,相手の母語話者に対する印象や,自分の言語運
用に向けられた意識,さらには,現実の接触場面での相手への期待等が窺えた。当事者としての評価の環境では,相手に対する印
象は独立したものではなく,自分の言語運用の意識とも関係していることが考えられる。また,難しい言葉は説明が欲しい,確認
してほしいなどの母語話者への期待は,多文化共生社会での母語話者の日本語教育に示唆を与えるものと言えよう。
(国立国語研究所)