電子商取引と市場構造の経済学的分析

電子商取引と市場構造の経済学的分析
産業組織パート
藤久保俊幸
伊藤奈津美
日野原嵩士
安田健太郎
はじめに
産業組織パートでは、4 月から企業行動や市場構造について詳しく勉強してきた。
その過程で、我々は特に人々の生活に深く関わっている探索費用(サーチコスト)に
大きな興味を抱き、探索費用低下に大きく貢献している電子商取引についてより深く
調べてみたいと考えた。
一昔前までは消費者は買い物をするためには直接店舗に出向くことが当たり前だ
ったが、今では電子商取引を利用することで家の中にいながらにして、日用品をはじ
めとした様々な商品を、パソコンをインターネットに繋ぐだけで自分に合ったものを
探し、さらには購入できるようになった。本論文では電子商取引を導入することで産
業構造がどのように変化するのか、あるいはどのような企業が電子商取引を導入しや
すいのか、といった内容の分析を試みる。
第 1 章では電子商取引の日本における現状を、特に我々が注目した 3 つの産業ごと
に分析する。
第 2 章では電子商取引によって産業構造がどのように変化するのかを示す理論モデ
ルの紹介をする。
第 3 章では第 2 章の理論モデルに基づいて先行研究で行っている実証分析を紹介し、
日本のデータを用いて実証分析を行い、考察を加える。
第 4 章ではアパレル業界における SPA 関連の現状について分析する。
第 5 章では企業が垂直的に統合していることと電子商取引導入のしやすさに関連性
があるかどうかを分析するための実証分析の先行研究を紹介し、さらに日本のデータ
を用いて独自に分析・考察を行う。
第 6 章では本論文で行った分析に基づく結論をまとめる。
石橋ゼミに入って以来、ゼミ員と共に様々な文献を用いて知識の習得に励み、夏休
み前から準備を進めてきた本論文にも今日まで全力で取り組んできた。本論文の読者
の皆様にとって、今の日本の電子商取引と市場構造との関連性について、尐しでも興
味を抱き知識を深めていただければ執筆者一同これに勝る喜びはない。
2011 年 11 月
産業組織パート一同
目次
はじめに
第1章
電子商取引の現状分析
1.1
日本における電子商取引の現状
1.2
旅行業における電子商取引の現状
1.3
書籍業における電子商取引の現状
1.4
不動産業における電子商取引の現状
第2章
電子商取引と市場構造に関する理論分析
2.1
モデルの設定
2.2
比較静学
第3章
電子商取引と市場構造に関する実証分析
3.1
先行研究紹介
3.2
回帰モデル
3.3
データ
3.4
回帰結果
3.5
総括
第4章
アパレル業界における SPA の現状分析
4.1
SPA の定義と SPA 市場の動向
4.2
SPA 売上高算出のための SPA の定義と市場規模
4.3
SPA 導入によるアパレル産業全体の変化
4.4
日本の代表的 SPA 企業、ユニクロの現状
4.5
アパレル業界の EC 市場の動向
第5章
SPA と電子商取引に関する実証分析
5.1
先行研究紹介
5.2
実証分析
第6章
おわりに
参考文献
結論
第1章
電子商取引の現状分析
文責
日野原嵩士
1.1 日本における電子商取引の現状
近年、電子商取引の普及の恩恵をうけ、我々は欲しい商品を直接店に出向くことな
く、家の中でパソコンを操作するだけで購入することができるようになった。多くの
産業は、電子商取引の普及が市場構造に影響を与えたと推測される。本節では、市場
構造に対して大きな影響力をもつ電子商取引に関する日本の現状を、特に我々が注目
した 3 つの産業(旅行・書籍・不動産)について詳しく分析する。
1.1.1 電子商取引とは
経済産業省「電子商取引実態調査 (H22) 」によると、電子商取引の定義は以下の
通りである。
狭義:「インターネット技術を用いたコンピュータ・ネットワーク・システムを介
して 商取引 1が行われ、かつその成約金額が捕捉されるもの」
広義:「コンピュータ・ネットワーク・システムを介して商取引が行われ、かつそ
の成約金額が捕捉されるもの」
狭義の EC に加え、VAN・専用線等、TCP/IP プロトコルを利用していない従来型
EDI(例:全銀手順、EIAJ 手順などを用いたもの)が含まれる。
電子商取引は、発注、購入・販売、流通、決済のいずれかのプロセスがデジタルで
行われるものと位置づけられる。
1.1.2 日本における電子商取引の現状と特徴
既存の流通経路との共存の関係からネット販売に慎重だった産業のなかでも、
“ 店舗
とネットの相乗効果を狙う、マルチチャネル展開の一貫として 2”電子商取引を位置づ
け、販路を拡大していく流れがある。
また、ある企業では、“ネット販売サイトで購入した商品を、実店舗で受け取るケ
ースが、全体の販売の約 15%を占めて 3”いる。
1
ここで商取引行為とは、
「経済主体間での財の商業的移転に関わる、受発注者間の物
品、サービス、情報、金銭の交換」をさす。
2 経済産業省「平成 21 年我が国情報経済社会における基盤整備」より
3 脚注 2 に同じ
図 1-1、1-2 では、B to B と B to C それぞれの市場規模と EC 化率の推移を示し
ている。日本の電子商取引市場は 1998 年ころに黎明期を迎える。その後、2000 年に
入ると急激な成長を遂げ、現在までも市場規模は成長を続けている。2009 年の B to
B-EC の市場規模は狭義でも 168 兆円を超えている。リーマン・ショックの影響で減
収も見られたが、2010 年後半には回復の傾向がみられる。一時期ほどの急激な成長・
普及は見られないものの、確実に伸びている市場だと言える。ただし、国内市場の縮
小を見越して海外進出を計画している企業も尐なくない。
図 1-1 B to B(企業間の取引)の市場規模・EC 化率の推移
20
150
15
100
10
50
5
0
0
B to B
市場規模
(単位:兆円)
EC化率
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
200
出所:経済産業省「電子商取引実態調査(H16,H22 年度分)」
図 1-2 B to C(企業消費者間の取引)の市場規模・EC 化率の推移
出所:経済産業省「電子商取引実態調査(H16,H22 年度分)」
1.1.3 電子商取引・ICT の普及・導入による流通構造の変化、消費者行動の変化
図 1-3 電子商取引導入前の流通経路
小売り
メーカー
小売り
顧客
小売り
図 1-4 電子商取引導入後の流通経路
チャネル a
チャネル b
小売り
メーカー
小売り
顧客
電子商取引の導入前と導入後の流通経路の変化を示したものが図 1-3、1-4 である。
電子商取引導入によりチャネル a(直接販売)が増加すると、チャネル b(従来の小
売りを通じての販売)との競合が起こる可能性が生じる。
メーカーは新しく電子商取引のチャネルを作る費用と、既存との競合を含めて行動
をする必要がある。
1.2 旅行業における電子商取引の現状
本節では、旅行業の特性を定義した上で、電子商取引への適用例や、統計データを
基に、旅行業における電子商取引の重要性を確認する。
1.2.1 旅行業の特性と電子商取引の活用
矢野経済研究所「サービス産業白書 2010」における定義によると、旅行業は「サプ
ライヤーから素材を仕入れ、それらを使用してパッケージツアーなどを組み立て、旅
行者とサプライヤーを仲介する」産業である。販売方法には、店舗での販売とネット
予約サイト上での販売の2つのタイプがある。前者では、15%~20%程度の販売手数料
を宿泊業者から受け取り、ブロック単位の仕入れをしているのに対し、後者では、
4~15%程度の前者より低い販売手数料を受け取り、宿泊業者に対し販売のネット上で
の掲載スペースの提供や販売戦略の提案などを行っている。
近年新しく登場した商品形態として、ダイナミックパッケージがある。これは、消
費者自身が web 上の複数のサービスを選択し、
「旅行計画を組み立てる商品」
(サービ
ス産業白書)であり、個人旅行者を取り込む新しい商品として 2007 年頃から本格的
に導入され始めた。JTB、近畿日本ツーリスト、楽天トラベルなど主要各社で導入が
進んでおり、インターネットを利用した取引を増大させる傾向に企業はあるといえる。
図 1-4 では、消費者が旅行パックを予約する際の方法に関するアンケート調査を示
している。旅行予約サイトを利用する人の割合は、2007 年度の 13.4%から、2008 年
度の 15.5%、2009 年度の 19.2%と年々増加していることから、消費者にとって、旅行
業における電子商取引の重要性は年々増していることが分かる。
図 1-4 予約方法に関するアンケート調査
2007年
32.2
13.4
41.9
12.5
旅行会社を利用
2008年
31.2
15.5
40.0
13.3
旅行予約サイトを利用
宿泊施設に直接予約
2009年
33.0
0%
20%
19.2
40%
36.0
60%
11.8
80%
その他
100%
出所:日本交通公社「旅行者動向」
1.2.2. 旅行業の現状と電子商取引の位置づけ
図 1-5 は、手数料収入の経年変化と増減率を示したグラフである。旅行業の手数料
は、近年は 6500 億円と 7000 億円の間を推移しており、停滞傾向にある。この背景と
しては、2001 年の同時多発テロ、2003 年に流行した SARS、2007 年の世界的な金融
危機の影響が大きいと推測される。
図 1-5 手数料収入の規模と増減率
15.0
8000
10.0
7500
5.0
7000
0.0
6500
-5.0
6000
増
減
率
(
%
)
手数料収入
増減率
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
-15.0
2000
5000
1999
-10.0
1998
5500
1997
手
数
料
収
入
(
億
円
)
8500
年度
出所:日本生産性本部「レジャー白書」
表 1-1 は、電子商取引が旅行業にどの程度寄与しているかを示す EC 化率と市場規
模の推移を示している。2010 年度の旅行業 EC 化率は 4.65%であり、一定の影響を与
えていると言える。旅行関連業の EC 市場規模は年々拡大しており、2010 年に 1 兆円
を超えた。旅行関連業は全 EC 取引量の約 14.1%を占め、2009 年の GDP に占める観
光産業の割合がおよそ 3.40%であることを考慮すると、非常に高い値になっている。
表 1-1 旅行関連業の市場規模(億円)と EC 化率
2008 年
2009 年
2010 年
市場規模
EC 化率
市場規模
EC 化率
市場規模
EC 化率
8,320
3.53%
9,090
4.13%
11,010
4.65%
出所:経済産業省「平成 22 年度電子商取引に関する市場調査」
1.3 書籍における電子商取引の現状
1.3.1 電子商取引の導入具合
書籍小売の産業では電子商取引の導入がどの程度進んでいるのかを確認する。以下
の図から、電子商取引が増加している一方で事業所全体数は減尐していることが分か
る。事業所数は「書籍・文房具小売業」分類の政府調査によるデータを用いている。
図の電子商取引率は事業所のうち電子商取引を導入している割合を示している。
図 1-6 事業所数・電子商取引率
(
百
箇
所
)
650
35
事 600
業 550
所
数 500
25
電
(子
15 % 商
取
5 )引
率
-5
450
1999
2001
2004
2006
事業所数
電子商取引率
2009
年度
出所:事業所数:経済産業省「事業所・企業統計」
/電子商取引率:総務省「通信利用動向調査」から算出
次の図 1-7 は、電子商取引の市場規模とその金額の売上全体に占める割合(EC 化
率)を示している。2005 年に分類変更があったため 2004 年までのデータを掲載する。
上でみた事業所の電子商取引率と同様に明らかに右肩上がりである。
図 1-7 EC 市場規模・EC 化率(書籍・音楽)
E
C
化
率
%
市場規模
EC化率
)
10
8
6
4
2
0
(
2500
市 2000
場
円 規 1500
) 模 1000
( 500
億
0
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
年度
出所 :経済産業省「電子商取引に関する実態・市場規模調査」
1.3.2 書店数の変化
次の図 1-8 のデータはアルメディア「ブックストア全ガイド」の調査による。対象
は、「取次会社と取引のある書店」であり、大学の売店等も計上されている。図 1-6
とは対象が異なる。前述の事業所と同様にこのデータからも明らかな書店数の減尐が
読み取れる。また同調査は売場面積の変遷も記録している。2000 年約 122 万坪から
2009 年約 142 万坪まで拡大しており、店舗数の減尐と反対の動きを示している。こ
のことから中小規模店の減尐、大規模店の拡大を推測できる。また、図 1-9 は部数・
金額ベースの推移を示しており、2000 年から 2008 年の 9 年間で販売部数・販売金額
がともに減尐傾向にある。
図 1-8 書店数・売場面積
書
店
数
(
千
箇
所
)
24
22
20
18
16
14
12
10
1450
売
1400 場
1350 面
積
1300 (
1250 千
1200 坪
)
書店数
売場面積
年度
出所:日本出版学会「白書出版産業 2010」
図 1-9 書籍販売部数・書籍販売額
10000
売
上
(
億
円
)
780
冊
760 数
(
740 百
720 万
冊
700 )
9500
9000
8500
8000
売上
冊数
年度
出所:日本出版学会「白書出版産業 2010」
このように書籍小売の市場は縮小傾向にあるが、インターネット上で書籍を販売す
るオンライン書店は異なった傾向を示している。図 1-10 は、オンライン書店の市場
規模である。2008 年には 1500 億円まで増加している。書籍全体の 8,878 億円に対し
て約 17%と、着実にオンライン書店市場は拡大を続けている。
図 1-10 オンライン書店の市場規模
1600
1400
1200
1000
億 800
円 600
400
200
0
ネット書店市場規模
年度
出所:総務省「出版産業のビジネスモデルに関する調査研究 報告書」
1.3.3 オンライン書店とは
オンライン書店とは、「書籍データベースが完備し、物流システムが構築されてい
て、消費者がウェブサイトでアクセスして本を検索し注文すれば容易に宅配で入手で
きる」 4インターネットを利用した新たな書籍販売業の形である。
日本で初めての書籍オンライン販売は、1995 年丸善によって行われた。インターネ
ットと同様に学術分野(大学間ネットワーク)から普及が始まったが、次第に紀伊國屋
書店などの大手書店や書籍販売を行っていなかった企業も参入した。ただし当初の市
場は小規模であり、このルートの拡大は 2000 年のアマゾン・ジャパン(アマゾン・コ
ム 100%出資)の参入によるものが大きい。
オンライン書店と従来の形態との大きな違いは、「書籍データベースの構築」「ウェ
ブ上での膨大な品揃え」「検索スピードの速さ」「迅速な送品体制」 5などが挙げられ、
このことから他の産業の電子商取引導入と同様に探索コスト・移動コストの削減につ
ながっていると言える。
4
5
木下修 他「オンライン書店の可能性を探る」日本エディタースクール, 2001, p.95
脚注 2 に同じ
新刊書店、中古書店、オンライン書店の取り扱い冊数割合を図 1-11 に示す。なお、
この割合に含まれるのは紙媒体の書籍に限っており、電子コンテンツは含んでいない。
2008 年の販売部数とこの割合から、ネット書店での取り扱い冊数は 7 億冊弱と推計
でき、デジタルコンテンツを除いても大きな市場になっていることが分かる。
図 1-11 書店種類別取扱冊数割合
100
冊
数
割
合
(
%
)
15
80
3
25
5
9
30
27
60
40
85
ネット書店
71
65
63
20
中古書店
新刊書店
0
1997
2003
2006
2008
年度
出所:総務省「出版産業のビジネスモデルに関する調査研究 報告書」
1.3.4 「書籍」の特性
書籍小売において電子商取引が進みやすい理由として「書籍」の商品特性と産業特
性がある。オンライン書店の先駆けとなった amazon.com 創業者のジェフ・ベゾスが、
「商品の数が膨大」かつ、購入する場所が変わっても「同一商品・同一内容のものが
入手でき」、市場において「上位書店のシェアが尐なく」、鮮度や温度の面で在庫管理
が容易であり、「流通インフラが確立」している点など 6に着目し書籍通販ビジネスを
成功させたように、この特性は電子商取引に適していることは証明されている。
1.3.5 amazon 社の例
ここで、既存の書店流通網なし、オンライン書店のみを行っているアマゾン社を
例にあげてオンライン書店の流通について言及する。
既存の書店の流通網は、出版社から取次を経て書店へと至るものであったが、ア
マゾン社の場合は取次を経由しないルートも持っている。仲介となる取次会社を介さ
6
木下修
他「オンライン書店の可能性を探る」日本エディタースクール, 2001, p.iii
ないことで、価格を低く抑えたり、迅速に消費者に書籍を届けたりすることを可能に
している。他のオンライン書店では出版取次にオンライン書店用の在庫を持っている
オンライン書店も多い。消費者へのより迅速な対応のためには大規模な在庫、もしく
は柔軟な流通システムが必要となる。
図 1-12 出版産業構造 1(アマゾン)
著者
出版社
取次
アマゾン社
(オンライン書店)
読者
図 1-13 出版産業構造2(従来)
既存店舗
著者
出版社
取次
(リアル書店)
読者
出所:日本出版学会「白書出版産業 2010」
1.4
不動産業電子商取引の現状
1.4.1 不動産検索サイトの台頭
不動産業においては ITC の発達及び普及に伴い、1990 年代半ばに HOME’S、
CHINTAI、住宅情報 on the Net (現 SUUMO) といった多くのインターネット上での
消費者向け不動産検索サイトが開設され、インターネット上での消費者向け情報提供
サービスが広く認知されるようになった。アットホームによる、首都圏で一人暮らし
している 18~29 歳の学生・社会人に対するインターネット上でのアンケート調査に
よると、平成 22 年度において、学生の 94.5%、社会人の 97.0%が今後物件を探す際
にインターネットを利用したいと回答している。また、同調査において不動産会社を
選んだ理由のトップは、インターネットでの情報提供が行われていることである 7こと
から、消費者の不動産探索活動において、インターネット上での消費者向け不動産検
索サイトによる情報提供サービスの重要性は大きいことが分かる。
1.4.2 不動産業における電子商取引の特性
不動産業における電子商取引の導入は、高額かつ取引において複雑な契約を要する
不動産の商品特性のため基本的には行われておらず、消費者向けのインターネット利
用は広告・紹介に留まっている。そのため、政府調査の産業別 EC 化率(取引量ベース)
には反映されておらず、実店舗としての事務所の必要性は依然として変わらないが、
前述の通り、不動産検索サイトの台頭による不動産業への影響は大きく、特に消費者
の探索活動を大きく変化させたといえる。
1.4.3 不動産検索サイトの構造
不動産検索サイトには、HOME’S(運営会社 ネクスト)のように、サイトの運営会社
が設立したプラットホームに多くの不動産会社が物件を登録するというタイプのもの
の他、MAST(運営会社 積和不動産)のように、元々不動産の取り扱いを行っていた会
社がサイトを開設し、運営会社自体が保有する物件に加えて他の不動産会社の物件を
公開しているタイプもの、極端にはレオパレス 21(運営会社 レオパレス 21)のよう
に、保有物件の多い不動産会社が自社と提携店の保有物件のみを公開しているタイプ
)同調査においては、不動産会社を選んだ理由を店舗・情報提供・サービスの観点か
ら調査しており、インターネットでの情報提供は店舗・情報提供の観点における理由
のトップである。
7
のものが存在する。また、ここで各不動産会社は同じ物件をいくつかのサイトに同時
に登録することも多い。
図 1-16 不動産産業産業構造
上述のような構造により、消費者は 1 つのサイトを訪れるだけで 1 つの不動産会社
に訪れるよりも多くの情報をより早く、移動コストなしで手に入れることができるよ
うになったといえる。
第2章
電子商取引と市場構造に関する理論分析
文責:安田健太郎
次に、第 2 章では電子商取引の導入が産業構造に与える影響について分析する上で
の参考として、先行研究である M. Goldmanis et al. (2010) の理論を紹介する。
この理論では、電子商取引の導入の効果を消費者の探索費用の低下に置き換え、消
費者の探索モデルと産業均衡モデルを組み合わせることで、電子商取引の導入が産業
構造に与える影響を分析している、結果として、電子商取引の出現・普及による探索
費用の低下により、高コスト企業は損害や退出を余儀なくされ、低コスト企業は利益
を拡大させることが明らかにされている。
以下、モデルを設定した後、均衡について考察、最後に比較静学を用いるという順
序で、探索費用の低下が産業構造に与える影響について分析していく。
2.1 モデルの設定
2.1.1 基礎的な想定
まず、以下のような状況を想定する。

同質財市場である。

消費者はそれぞれ異なる探索費用 s を持つが、商品を1単位のみ購入する。

消費者の総数は一定で 1 に標準化する。

探索費用の分布は累積分布関数 Q 及び確率密度関数 q で表され、 Q(0)  q(0)  0
とする。

企業の限界費用 c は企業ごとに異なり、企業は他企業の限界費用を観察できない。

c  01 で、 c の分布は累積分布関数  及び確率密度関数  に従うものとする。

企業の総数は内生的で、 L とする。
また、企業の市場への参入行動は以下のように行われることを想定する。
(1)潜在的企業が参入を検討する。
(2)参入を決定したら、サンクコスト  を支払い、自らの限界費用 c を知る。
(3)滞在・退出を選択する。
(4)滞在する場合、生産数量と価格を決定する。
(5)生産の固定費用 v (全企業共通)を支払う。
次に消費者と生産者について考えていく。
2.1.2 消費者モデルの設定
まず、消費者の探索モデルについて以下のように設定する。

消費者はそれぞれの企業の価格は探索するまで知らないが、価格分布は知ってい
る。ここで価格分布は累積分布関数 F 及び確率度密度関数 f に従う。

探索は当てのないものであり、かつ連続的である。

消費者は探索を継続する際に期待される価格減尐分が限界探索費用 s より大きけ
れば探索を継続し、そうでなければ探索した中で最も低い価格(手持ち最低価格)
のものを購入する。
ここで、消費者の留保価格  s  を以下のように定める。
s
 s 
0
ここで
 s   pf  p dp
(1)
  s   pf  p dp は手持ち最低価格が p のときに探索を継続する場合の価
p
0
格減尐分の期待値であるから、  s  は探索継続の期待利得と限界費用が一致するよう
な手持ち最低価格であるといえる。消費者は留保価格以下の価格に遭遇した時点で探
索を終了する。
(1) を部分積分により、より扱いやすくしたものが以下の(2)である。
s
 s 
0
F  p dp
(2)
これを s について微分すると、 1  F  s  s  となり、  s  は s の増加関数である
ことが分かる。また、  s  の逆関数は以下のようになる。
 1 r    F  p dp
r
0
2.1.3 生産者モデルの設定
次に、企業の利潤最大化モデルについて以下のように設定する。

企業は他の企業の限界費用・価格を観察できない。

企業は各消費者の限界探索費用は観察できないが、探索費用の分布 Q は知ってい
る。

各企業は、価格分布と探索費用分布を既知のものとして、直面する需要に基づい
た最適価格を設定する。

各企業のマーケットシェア x は各企業の価格付け p により決定する: x p 

消費者の留保価格 r は、累積分布関数 G 及び確率密度関数 g に従うとする。
ここで、ある消費者の留保価格を r とすると、 r より低い価格を設定する企業数は
LF r  となり、先述の消費者の探索モデルより留保価格 r の消費者はこの LF r  の企
業の中からランダムに購入するから、留保価格 r の消費者がある価格 p を設定する企
業から商品を購入する確率は
1
となる。よって、このような潜在的顧客を集計す
LF r 
ることで各企業のマーケットシェアは以下のように表現できる。
g r 
dr
p LF r 
x p   

(3)
また、 G r  は探索費用の累積分布関数により以下のように表すことができる。


r
Gr   Q  1 r   Q  F  p dp 
 0

(4)
これを r について微分することで以下を得る。


g r   q  1 r  F r 
(5)
(5)を(3)に代入することで、以下の残余需要曲線を得る。
x p  


1  1
q  r  dr
L p
ここで x  p   
(6)


1
q  1  p   0 であるから、需要曲線は右下がりであることが分か
L
る。この需要曲線を用いて、滞在を選択した限界費用 c の企業の利潤最大化問題を以
下のように表すことができる。
 c   max  p  c x p   v
p
このとき価格 p は限界費用 c によって定まる: pc 
(7)
この最大化問題における一階の条件は、
 pc  cx pc  x pc  0
(8)
二階の条件は、
 pc  cx pc  2x pc  0
2.1.4 産業均衡
次に、2.1.1 から 2.1.3.により設定されたモデルの均衡について分析していく上で、
以下のように定める。

均衡における価格関数を p 、残余需要関数を x とする。
つまり、 p は各企業において最適であり、 x が与えられる際に先述の一階・二
階の条件を満たしていなくてはならない。
ここで、需要曲線が右下がりであることから、3つの特性が導出される。
特性 1:均衡価格関数 pc  は c の増加関数である。
証明:(8)に陰関数定理を用いて導き出される等式
p c  
x p 
の右辺が先述の二階の条件よりせいになることで
 pc   cx pc   2 x pc 
示される
特性 2:残余需要関数 x pc  は c の減尐関数である。
証明:
dx
pc   x pc  p c   0 より示される。
dc
特性 3:利潤関数は c の減尐関数である。
証明:(7)に包絡面定理を用いて、  c    x pc   0 より示される。
特性 3 より、企業の滞在・退出は滞在の閾値 c  0 によって決定されていることが
わかる。つまり、
0   c    pc   c x pc   v  0
となるような c が存在し、c  c となるような限界費用を持つ企業のみが滞在するとい
える。
参入の最初の段階では、自らの限界費用を知らないという意味で同一である潜在的
参入企業に参入するかどうかを決めさせるので、参入前の期待利潤がサンクコストに
等しくなるまで参入が起こると仮定すると、
    c  c dc    pc   cx pc  c dc  c v
c
c
0
0
(11)
まで参入が発生するといえる。

加えて、特性 1 より、価格は p  p0 、 p  pc  で定められる p p  の範囲に帰化のよ
うに分布していることが分かる。
F q   Prpc   q  c   0 




Pr c  p 1 q  & c  c
 p 1 q 

Prc  c 
c 
(12)
ここで、 q  p ならば F q   0 、 q  p ならば F q   1 である。
これによって、産業の均衡を決定することが可能になった。
2.2 比較静学
次に、比較静学を用いて、探索費用の低下が産業均衡に与える影響について分析し
ていく。ここでは特に価格分布 F 、参入後の滞在の閾値 c 、企業の総数 L に与える影
響が重要である。よって、まず探索費用分布及び価格分布のシフトの概念を明確化す
る必要がある。
まず、探索費用分布について以下のように設定する。

 
探索費用の分布 Q s t : t が大きいほど単調尤度比条件の意味において探索費用の
高い分布である。
これにより、探索費用の分布の変化をモデルに組み込めるようになった。ここで、
価格に関して以下のように定める。

 
すべての企業の価格分布が F に従い、消費者の探索費用分布が Q s t のときの限
界費用 c の企業の最適反応価格を pc, F , t  と表す。
これに、企業の利潤最大化の一階の条件と探索費用に関する単調尤度比条件を適用
することで、以下の命題を得る。
命題1: pc, F , t  は t の増加関数である。
しかし、この命題は c と F が固定される場合の効果を述べているに過ぎず、均衡価
格が探索費用の上昇シフトに伴い上昇することを示すものではないので、 t が F に与
える影響について分析する必要がある。
次に価格分布について以下のように設定する。

F が F  に対し一次確率優位であるとき、 F は F  よりも価格の高い分布である。
次にすべきことは t の変化による F への影響について分析することであるが、以後
の分析を安定させるため、ここからは探索費用分布が一様分布である場合のみに特定
化して分析を行う。しかし、指数分布におけるシミュレーションにおいても結果は非
常に似ていることが紹介されている。
2.2.1 探索費用が一様分布の場合の分析
ここからは以下の想定の下議論を進めていく。

探索費用分布は区間 0a  の一様分布である。
これにより、以降、探索費用の減尐は a の減尐として表すことができる。また、限
界費用分布について以下のように設定する。

限界費用分布の累積分布関数は対数突関数である
これらの特定化より、先ほどの均衡に関する考察を特定化していく。
まず、マーケットシェアを表す(6)は以下のように簡略化される。
x p  
1
 a   p 
aL
(13)
これを一階の条件(8)に代入することで以下の式を得る。
pc  
1
 a   c 
2
(14)
また、残余需要関数・利潤関数は以下のように特定化される。
xc  
1
 a   c 
2aL
(15)
 c  
1
 a   c 2
4aL
(16)
同様に、経営を行うための限界費用の閾値は(10)より、
c   a   2 aLv
(17)
均衡の価格分布の上下限は、 p  p0 
 a 
2
, p  pc     aLv となる。
ここで、(2)(11)(12)(14)(15)(16)(17)より、均衡は  
 a  及び L の2つのパラメー
タにより完全に決定する。(但し(2)については s  a として扱う。)均衡条件は以下の
ように定まる。
 , L; a  
 , L; a  

1
4aL
  2 aLv
   cdc  aLv  a  0
   c   c dc    2 aLv v  
1
2   2 aLv
(18)
0
  2 aLv
2
(19)
0
これらの均衡条件からそれぞれ以下の補題を得る。
補題 1: a が上昇すると、尐なくとも p か L のどちらがは上昇する。
補題 2: a の上昇に伴い L が増加するとき、 p も上昇する。
ここから、 p は a の増加関数であることが分かる。このことと(14)より、以下の命
題を得る。
命題 2:探索費用が減尐したとき、限界費用 c の企業が設定する価格 pc  は全ての企
業において低下する。
次に、 a の変化が経営の閾値 c 及び企業数 L に与える影響を分析していく上で、便
宜上、以下の  a  を定義する。

探索費用の上限が a のときの企業当たりの消費者密度を  a  
1
とする。
aLa 
ここで以下のことが明らかである。
補題 3:すべての a において、企業当たりの消費者密度は a の減尐関数である。
この  a  により、限界費用 c の企業の利潤関数は  a  を用いて以下のように表せる。
 c; a  
1
 a   c 2  1  a  a   c 2
4aLa 
4
(20)と補題3より、以下の補題が導かれる。
(20)
補題 4:もし  a ca ; a   0 となるような c0  c a  を持つ企業が存在するならば、c  c0
となる限界費用を持つすべての企業において  a c; a   0 である。
ここで、 a が減尐すると限界費用が c a  の企業の利潤が減尐することは(19)より明
らかである。また、利潤関数は c の厳密な減尐関数であるから、現在限界費用 c であ
る企業が利潤減尐により退出した場合、新たな閾値 c  は c よりも低下するから、以下
の命題を得る。
命題 3:探索費用が低下すると c も低下する。
命題 2・3 より、以下の系を得る。
系 1:探索費用が低下すると、均衡における価格と経営企業の限界費用の分布は、一
次確率優位の意味において左側にシフトする。
また、ここで効率的な企業の利潤が上昇していることは、 (19)より明らかであるか
ら、以下の系を得る。
系 2:探索費用の低下は、十分に低い費用を持つ企業の利潤を増加させる。
さらに、同様に探索費用の低下によって低コスト企業のマーケットシェアが上昇し、
高コスト企業のマーケットシェアが減尐することを示すために、マーケットシェアに
ついて、以下のように定義する。

c  dc  の 範 囲 の す べ て の 企 業 の マ ー ケ ッ ト シ ェ ア の 合 計 を
限 界 費 用 が 区 間 c Xc; a dc と表す。( dc は微小量である。)
これを用いて以下の結果を得る。
系3:探索費用の低下は、十分に低い限界費用を持つ企業のマーケットシェアを上昇
させる。
以上の議論により、モデルの実証における主要な仮定は以下のようにまとめられる。
結論

電子商取引の出現・普及による探索費用の変化により、高コスト企業は損害を受
けたり、退出を余儀なくされたりする一方、低コスト企業は利益を得る。

結果として市場の集中度は上昇する。
第3章
電子商取引と市場構造に関する実証分析
文責:藤久保俊幸
第 2 章では、電子商取引の効果と既存企業の行動について実証可能な系を 2 つ導出
した。具体的には、①電子商取引の普及は、非効率的企業利潤低下・市場撤退へと導
くこと、②電子商取引の普及により、限界費用が十分に低い企業の利潤・シェアの増
加させることの二点である。それらを踏まえた上で、本章では実証研究を用いて電子
商取引による産業構造の変化を示した先行研究を紹介する。さらに、先行研究を踏襲
した実証研究を通じて、日本における電子商取引の産業構造に与える効果、及び産業
によるその差異について検討する。
3.1 先行研究紹介
本項では、先行研究となる M. Goldmanis et al. (2009) を紹介する。この論文では、
従業員規模別事業所数と電子商取引利用率の関係を通じて、産業構造の変化を導出し
ている。事業所について、一般に、従業員規模が小さい事業所ほど限界費用が高く、
規模が大きくなるにつれて規模の経済により限界費用が低くなると考えることができ
る。これを応用し、限界費用の高い企業の縮小と限界費用の低い企業の拡大という理
論分析の正否について検証することを目標としている。調査対象は、アメリカにおけ
る旅行業、書籍小売業、自動車小売業の 3 つである。
モデルは以下のようになっている。
ln⁡(Estab) = ⁡α + β ∙ ECrate + γ ∙ ln⁡(Empl) + δ ∙ CEAFixed + ∑ ε ∙ YearDummy
Estab: CEA 別従業員規模別事業所数(自然対数)
ECrate: CEA 別電子商取引利用率(%)
CEAFixed: CEA 固定効果
Empl: CEA 別総従業員数(自然対数)
YearDummy: 各年度のの時系列ダミー変数
CEA(Component Economic Areas)とは、アラスカ州、ハワイ州を除くアメリカを
345 の地域に連続的に区分した統計区分のことである。従業員規模は、1-4 人、5-9 人、
10-19 人、20-49 人、50-99 人、100 人以上の 6 グループに区切り、それぞれについて
CEA 別電子商取引利用率、CEA 別総従業員数の自然対数をとった値、CEA 固定効果、
時系列ダミーを説明変数として回帰を行っている。回帰はロバスト回帰を用いる。
表 3-1 は、先行研究における実証研究をまとめたものである。旅行業については、
有意な結論を全く得られていない。この背景として、手数料収入の減尐や越境取引を
モデルが想定されていないことが挙げられている。書籍販売業では、小規模従業者数
の事業所で有意に減尐しているが、大規模事業所では、有意な増加が見られない。理
由としては、Barnes and Noble などの産業分類を異にするオンライン書店の躍進が
要因であるとしている。最後に、自動車販売業では、比較的な小規模な事業所(20-49
人)で負の値をとったのに対し、相対的に大規模な事業所(50-99 人、100-249 人)
で正の値をとっていたことから、同論文の理論分析における①電子商取引の普及は、
非効率的企業利潤低下・市場撤退へと導くこと、②電子商取引の普及により、限界費
用が十分に低い企業の利潤・シェアの増加させることの 2 つの結論を共に満たす結果
が得られているとした。
表 3-1 先行研究実証結果
旅行業
従
業
員
規
模
1-4
有意でない
5-9
有意でない
10-19
有意でない
20-29
有意でない
30-49
有意でない
50-99
書籍販売業
自動車販売業
1-4
有意でない
5-9
有意でない
-
10-19
有意でない
-
20-49
-
有意でない
50-99
+
有意でない
有意でない
100-249
+
100-199
有意でない
有意でない
250+
200-299
有意でない
有意でない
300-
有意でない
有意でない
有意でない
有意でない
注:有意水準 5%を満たすもののみ符号を掲載した
3.2 回帰モデル
前節で紹介した M. Goldmanis et al. (2010) の実証モデルを応用し、理論分析で示
した、電子商取引の普及が非効率的企業利潤低下・市場撤退へと導くこと、及び電子
商取引の普及により、限界費用が十分に低い企業の利潤・シェアの増加させることが
日本の産業について適用されるかを検討する。モデルは以下のように設定する。
ln⁡(Estab) = ⁡α + β ∙ ECrate + γ ∙ ln⁡(Empl) + δ ∙ City + ∑ ε ∙ YearDummy
Estab: 都道府県別従業員規模別事業所数(自然対数)
ECrate: 都道府県別電子商取引利用率(%) Empl: 都道府県別総従業員数(自然対数)
City:政令指定都市の有無
YearDummy:各年次のダミー変数
Estab は、都道府県別の従業員規模別の事業所数を表しており、1-4 人、5-9 人、10-19
人、20-29 人、30-49 人、50-99 人、100-199 人、200-299 人、300 人以上の 9 つに分
割したものを用いた。ECrate は、都道府県別の電子商取引率を示している。Empl は、
都道府県別の総従業員数を対数値に変換したもので、事業所数の増減と大きく関わる
ため、それを取り除くことが変数に追加した目的である。City は、特定都道府県にお
ける政令指定都市の有無を示すもので、事業所は政令指定都市のある都道府県に多い
傾向にあることから、その影響を取り除くことを目的に導入した。そして、
YearDummy は各年次のダミー変数で、年次毎のマクロ的な影響を取り除くことを目
的に追加した。回帰方法はロバスト回帰を採用した。
本論文の実証分析では、分析対象を(i)旅行業、(ii)書籍販売業、(iii)不動産賃貸・管
理業の 3 産業に定めた。選んだ理由としては、第一に、日本における電子商取引の利
用度合が高いこと、第二に、事業所や店舗を必要とする既存のビジネスと電子商取引
の両立がなされていることが挙げられる。
3.3 データ
必要なデータは、従業員規模別事業所数、総従業員数、電子商取引率の 3 つであっ
た。本節では、データの採取方法、及び欠損値の扱いについて説明する。
都道府県別の従業員規模別事業所数、及び総従業員数は、「事業所・企業統計」(総
務省)(後の「経済センサス」(総務省))より、平成 11 年度、平成 13 年度、平成 16
年度、平成 18 年度、平成 21 年度の 5 箇年分を採取した。この統計データは各都道府
県別、かつ産業小分類別に必要なデータが分けて掲載されており、今回の実証モデル
に適していた。採取した産業省分類は、
「旅行業」、
「書籍・文房具小売業」、
「不動産賃
貸・管理業」の 3 つである。「統計を産業別に表示するための基準」(統計局)として
定められた日本標準産業分類は、平成 14 年、平成 19 年にそれぞれ改定を行っている
が、本論文では改定による事業所数への影響はないものとして考える。
都道府県別電子商取引利用率は、「社会生活基本調査」(総務省)より採取した。た
だし、平成 13 年度、平成 18 年度のデータを除くデータは採取できなかったため、イ
ンターネット利用率に占める電子商取引利用率の割合の成長率を一定と仮定すること
で代用した。全国インターネット利用率は、「情報通信統計」(総務省)のデータを用
いた。
3.4 回帰結果
3.4.1 旅行業
表 3-2 は、旅行業における実証結果をまとめたものである。理論で得られた結論と
は対照的に、従業員規模が小さな事業所、すなわち一般に、限界費用の高い事業所で
有意に増加する結果が得られた。それに対し、限界費用の小さい従業員規模の大きな
事業所では、有意な結果は得られなかった。
表 3-2 旅行業実証結果
EC Rate (%)
Total (ln) Estab.
従
業
員
規
模
標準誤差
t値
符号
0.0121
0.0050
2.43**
+
1-4
0.0159
0.0082
1.93*
+
5-9
0.0145
0.0052
2.79**
+
10-19
0.0010
0.0043
0.24
+
20-29
-0.0066
0.0090
-0.74
-
30-49
-0.0063
0.0092
-0.69
-
50-99
-0.0203
0.0146
-1.39
-
100-199
0.0004
0.0119
0.04
+
200-299
0.0033
0.0106
0.31
+
300-
0.0104
0.0125
0.83
+
注:**-有意水準 5%を満たす
*-有意水準 10%を満たす
理論と対照的な結論を得られた理由は、理論で言及した効果は探索費用の低下のみ
であり、実際はそれ以外の効果も存在するためだと考えた。その効果とは実店舗にお
ける労働者数の削減効果と運営費用の削減効果である。労働者数の削減は大規模事業
所において顕著な効果であり、そのため既存の大規模事業所の従業員数を減尐させ規
模を縮小させるので結果として大規模事業所数を減尐させると考えられる。運営費用
の削減効果は大小関わらず影響があり産業全体として参入障壁を緩やかにすることが
想定され、そのため新規参入を促進し結果として小規模の事業所数を増加させると考
えられる。
3.4.2 書籍販売業
表 3-3 は、書籍販売業の実証結果をまとめたものである。相対的に従業員規模の小
さい事業所では、符号が定まらないが、20-29 人、及び 200-299 人の事業所は 5%有
意を満たす正の値をとった。この結果は、第 2 章理論分析の、限界費用が十分に低い
企業の利潤・シェアを増加させるという結論を反映しているものの、限界費用が高い
企業が退出するという結論を導かなかった。
表 3-3 書籍小売業実証結果
EC Rate (%)
標準誤差
t値
符号
Total (ln) Estab.
0.0091
0.0068
1.27
+
1-4
0.0031
0.0054
0.42
+
5-9
0.0007
0.0055
0.11
+
10-19
0.0073
0.0058
1.4
+
20-29
0.019
0.0055
3.35**
+
30-49
0.0069
0.0073
0.72
+
50-99
-0.0096
0.0103
-0.93
-
100-199
-0.0075
0.0136
-0.56
-
200-299
0.0309
0.0134
2.28**
+
300-
0.0189
0.0098
1.47
+
従
業
員
規
模
注:**-有意水準 5%を満たす
*-有意水準 10%を満たす
まず、比較的大きい事業所で正の値になったこととして、店舗面積と店舗数の指標
で裏付けることができる。図 3-1 によれば、店舗数は減尐しているのに対し、店舗の
売場面積は増加しているため、両者は反比例の関係にある。これは一店舗当たりの売
場面積が拡大していることを示す。一般に、従業員規模の大きな事業所はそれを支え
るために大きな敶地を必要とするので、比較的大規模な 200-299 で有意な結果を得ら
れたと考えることができる。
図 3-1 書店数・売場面積
書
店
数
(
千
箇
所
)
24
22
20
18
16
14
12
10
1450
1400
1350
1300
1250
1200
売
場
面
積
(
千
坪
)
書店数
売場面積
年度
出所:日本出版学会「白書出版産業 2010」
しかしながら、一店舗当たりの売場面積のみでは、相対的に小規模な事業所での値
が有意水準を満たさなかったことを説明できない。その原因として考えられるのが、
従来の流通網を利用しないオンライン書店としての側面と、中小書籍小売店の仲介役
としての側面を併せもつ企業、具体的にはアマゾン・ジャパンなどの台頭があげられ
る。アマゾン・ジャパンは、出版社から取次業者を経由しない流通網を既存のものと
併せて利用しており、それにより取引費用を低く抑えたり、迅速に消費者に書籍を届
けたりすることを可能にした。一方で、中小書籍小売店、とりわけ中古書籍を扱う業
者との取引も存在している。日本出版学会「白書出版産業 2010」によると、アマゾン・
ジャパンは、
「 既に国内最大規模の書籍販売業者となって」いることが推定されており、
書籍販売店で最も売上高が大きい紀伊国屋書店の 1145 億円に匹敵する水準があるこ
とが考えられるため、書籍産業全体で無視することのできない大きさを持っている。
加えて、アマゾン・ジャパンなどのインターネットを用いた事業所と、従来の書店な
どの事業所とでは、産業分類を異にしており、今回の実証で用いた指標による分析が
困難になっている。以上のことから、実証モデル外での大規模な取引が産業に対して
影響を強く与えたことで、限界費用の高い小規模な事業所が市場から退出するという
理論分析の結論を裏付ける実証結果が得られなかったと考えられる。
3.4.3 不動産業賃貸・管理業
表 3-4 は、不動産賃貸・管理業の実証結果をまとめたものである。相対的に従業員
規模の小さい事業所(1-4 人、10-19 人)では、符号が負となっているのに対し、20
人を超える相対的に規模の大きい事業所では、全て正の符号をとっていた。とりわけ、
従業員規模 1-4 人の事業所では、5%有意で減尐し、100-199、200-299、300- 人の規
模では、5%有意で増加していた。この結果は、第 2 章理論分析の結論と非常に近しい
ものになっているといえる。
表 3-4 不動産賃貸・管理業実証結果
EC Rate (%)
Total (ln) Estab.
従
業
員
規
模
標準誤差
t値
符号
-0.0084
0.0061
-1.38
-
1-4
-0.0138
0.0034
-4.03**
-
5-9
0.0058
0.0039
1.47
+
10-19
-0.002
0.004
-0.5
-
20-29
0.0073
0.0082
0.89
+
30-49
0.0116
0.0088
1.31
+
50-99
0.0147
0.01
1.47
+
100-199
0.0307
0.0112
2.74**
+
200-299
0.0383
0.0125
3.06**
+
300-
0.0383
0.0147
2.62**
+
注:**-有意水準 5%を満たす
*-有意水準 10%を満たす
不動産賃貸・管理業で理論モデルに近しい結果が得られた背景について考察する。
不動産賃貸・管理業では、実際の売買には法的な契約を必要とし、契約の場としての
事業所が維持されており、電子商取引による既存の取引形態への影響は小さかった。
したがって、取引の性質の変化は小さく、探索費用の低下を伴う電子商取引の普及の
影響が強くみられ、小規模事業所の退出と大規模事業所の効率化に伴う更なる拡大が
認められる結果が得られたと解釈される。
3.5 総括
実証分析の結果は、表 3-5 に記した。不動産賃貸業においては、理論に則した限界
費用の小さい大規模企業の拡大と、限界費用の大きい小規模企業の縮小という結果に
なったが、書籍販売業、旅行業においては理論とは異なる結果が得られた。このこと
から、書籍販売業、旅行業においては、探索費用の低下を除いた要素を考慮した上で、
分析する必要があることが分かった。
表 3-5 実証結果の要約
旅行業
従
業
員
規
模
書籍販売業
自動車販売業
1-4
+
有意でない
5-9
+
有意でない
有意でない
有意でない
有意でない
-
10-19
有意でない
20-29
有意でない
30-49
有意でない
有意でない
有意でない
50-99
有意でない
有意でない
有意でない
100-199
有意でない
有意でない
200-299
有意でない
300-
有意でない
+
有意でない
+
有意でない
注:有意水準 10%を満たしたもののみ符号を掲載した
+
+
+
第4章
アパレル産業における SPA の現状分析
文責
日野原嵩士
この章では、アパレル産業の現状として、現在アパレル市場において一般的に普及
している SPA というビジネスモデルの紹介と、市場規模の現状や戦略について主に分
析する。また、アパレル産業における電子商取引の現状も本章で扱う。
4.1 SPA の定義と SPA 市場の動向
矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」によると、
SPA とは、「Speciality store retailer of Private label Apparel」の頭文字を
とった造語であり、ファッション商品の素材調達、企画、開発、製造、物流、
販売、在庫管理、店舗企画など、全工程をひとつの流れとしてとらえ、SCM
(サプライチェーン)効率化を導くビジネスモデル。
と述べられている。
日本では「製造小売業」、「製造販売小売業」などと呼ばれ、事業の範囲・定義は一
律には決まっていない。
小売系 SPA 企業は自社企画製品を製造する機能を持ち、メーカーは、自社ブランド
製品を自ら販売する「直営店舗」を出店する構図が基本だが、その方法は様々である。
現在のアパレル業界においては、多くの小売企業・アパレルメーカーが、より効率
的な利潤獲得を目指すため SPA 化が加速しており、小売とメーカーの線引きは崩壊し
つつある。
2000 年以降のショッピングセンター(SC)が盛んだった頃、SC 向け事業を急速に
拡大してきた小売企業およびアパレルメーカーによって SPA 業態が確立され、ショッ
ピングモール、駅ビル、ファッションビルへの出店こそが SPA 企業の成長を加速させ
てきた。
2008 年以降には外資系の SPA 企業の日本進出も話題になり、今まで日本に進出済
みであった GAP、ZARA(INDITEX グループ)以外にも、2008 年 9 月の H&M、同年
10 月の TOPSHOP/TOPMAN、2009 年 4 月の FOREVER21 などの企業が表参道、銀
座などに出店攻勢を仕掛けてきた。また、アパレル以外の企業としては、2006 年に、
家具・インテリア雑貨の IKEA が大型店舗を再出店している。
日本では、ユニクロ・ポイント・ワールドといったアパレル系 SPA 企業はもとより、
家具・生活雑貨、靴、眼鏡、鞄・服飾雑貨用品などアパレル以外の分野においても SPA
化が進行している。
4.2 SPA 売上高算出のための SPA の定義と市場規模
矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」では、SPA 売上高算出にあたり、
下記の定義に基づいて算出した。第 5 章で行う実証分析でも、この定義に基づいて分
析を進めていく。
[小売系の場合] SPA 比率=PB 8比率と定義し売上高に占める PB 比率を算出。
[アパレルメーカーの場合] SPA 比率=直営店比率 9と定義し、販路における直
営店比率を算出。
表 4-1 調査企業の売上高合計と SPA 売上高(2007 年度)
調査企業数(全体)
小売系SPA企業
アパレルメーカーSPA企業
企業数
売上高合計(百万円) SPA売上高合計(百万円) SPA比率
342
7,719,526
3,467,765
44.9
135
3,466,321
1,781,063
51.4
207
4,253,205
1,686,702
39.7
出所:矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」
表 4-1 では、調査委企業の売上高と SPA 業態による売上高を示している。対象企業
数は 342 社、うち小売系 SPA 企業が 135 社、アパレルメーカーSPA 企業が 207 社と
なっている。2007 年度の売上高合計は全体で 7 兆 7,195 億円、うち SPA 売上高合計
が 3 兆 4,677 億円となり、SPA 比率は全体で 44.9%と計上される。小売系 SPA 企業
の SPA 比率が 51.4%と、アパレルメーカーの 39.7%を上回っており、小売系企業の方
がより SPA が進行していることが推測される。
8
9
プライベートブランドを示す。自社企画商品などと呼ぶ場合もある。
卸ではなく、自社製品を自社店舗(直営店)で販売している比率である。
表 4-2 調査企業の SPA 売上高と SPA 比率(3 ヵ年の推移 10)
(調査企業全体)
小売系SPA+アパレルメーカー系SPA
(企業数313社)
小売系SPA企業
(企業数124社)
アパレルメーカーSPA企業
(企業数189社)
売上高(百万円)
増減率(%)
2005年度 2006年度 2007年度 06/05
07/06
売上高合計
7,038,062 7,464,200 7,683,000
6.1
うちSPA売上高合計 3,086,368 3,288,003 3,439,376
6.5
SPA比率
43.9
44.1
44.8
売上高合計
3,049,221 3,284,772 3,455,651
7.7
うちSPA売上高合計 1,526,095 1,664,600 1,772,056
9.1
SPA比率
50.0
50.7
51.3
売上高合計
3,988,841 4,179,428 4,227,349
4.8
うちSPA売上高合計 1,560,273 1,623,404 1,667,319
4.0
SPA比率
39.1
38.8
39.4
2.9
4.6
5.2
6.5
1.1
2.7
出所:矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」
2005 年~2007 年度の売上高および SPA 売上高の推移を計上した場合、表 4-2 のよ
うになり、SPA 企業として対象にした企業の売上高合計および SPA 売上高合計は、
ともに増加傾向が続いており、SPA 市場規模も拡大していることが推測される。
図 4-1 SPA 市場規模の推移
出所:矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」
図 4-1 では SPA 市場規模の推移を、アパレル総小売市場規模の推移と比較している
が、この図からも、アパレル総小売市場規模はほぼ変化はないが、SPA 市場規模は継
続して増加していることも読み取れる。
4.3 SPA 導入によるアパレル産業全体の変化
アパレル小売系企業においては、SPA 業態を取り入れている企業が上位企業になり、
10
比較のため、3 ヵ年とも売上高の数値がある企業(313 社)を対象にしている。
市場を牽引している。カジュアルウェア業界のユニクロ(ファーストリテイリング)
が代表的企業であり、日本でトップの SPA 企業である。
ユニクロ台頭以前のアパレル市場では、売れ残り商品の大量発生やバーゲンセール
に依存する体質が根強く、商品価格も売れ残りを想定した価格設定となっていたため、
価格が製造コストを大幅に上回るものであった。そうした状況においてユニクロは製
造から販売までを自社の管理下に置き、売れ残りコストや流通コストを大幅に削減し、
SPA の導入による大きな成長を遂げた。元々米国の GAP の成功事例を基にユニクロ
では SPA 業態を行っており、ユニクロの成功により日本でも広く SPA が行われるよ
うになり、今では製造から小売り一貫して行うことは小売企業だけでなく、メーカー
にも一般化されている。
4.4 日本の代表的 SPA 企業、ユニクロの現状
ファーストリテイリングは SPA 業態を日本でいち早く取り入れ、急成長を遂げるこ
とに成功した。主力業態「ユニクロ」は現在も店舗数を拡大させ、海外進出も継続し
て行っていく姿勢がみられる。そして売上高も増加し続けており、同社の売上高の 8
割を占め経営基盤を支えている。
H&M 等の外資系企業の出店攻勢も 2008 年頃話題に上がったが、ユニクロは 2008
年 11 月期に月次売上高(既存店)過去最高記録を更新し、前年比 32%増を達成し、
規模を着実に拡大した。近年ではヒートテックなどが大ヒットを記録したユニクロが、
出店数や顧客サービス・信頼性などをトータル的にみても、今後しばらくはアパレル
市場を牽引していくと予想される。
表 4-3 主なアパレル SPA 小売企業の売上高推移 11
企業名
ユニクロ
しまむら
アルペン
青山商事
ポイント
ハニーズ
マックハウス
時期
06/8
07/2
06/6
06/3
07/2
06/5
07/2
決算期①
売上高(百万円) 増減率
393,608
7.7
350,324
7.5
168,920
8.4
161,385
0.4
60,957
25.5
41,443
38.8
57,334
14.6
時期
07/8
08/2
07/6
07/3
08/2
07/5
08/2
決算期②
売上高(百万円) 増減率
424,701
7.9
366,909
4.7
169,743
0.5
167,539
3.8
110,851
20
53,863
30
57,380
0.1
時期
08/8
09/2
08/6
08/3
09/2
08/5
09/2
決算期③
売上高(百万円)増減率
462,343
8.9
366,311
-0.2
183,537
8.1
173,059
3.3
85,562
17
59,159
9.8
56,650
-1.3
出所:矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」
11
上位 7 社ではない。
4.5 アパレル業界の EC 市場の動向
図 4-2, 4-3 では、米国と日本の EC 化率と市場規模の推移を示している。経済産業
省の調査によれば、衣料・アクセサリー小売りの EC 市場規模は 570 億円(EC 化率
0.45%)となり、2006 年度より 29.5%増かとなっている。一方、同調査の米国におけ
る衣料・アクセサリー小売は 8.180 億円(EC 化率 3.1%)と、日本の 14.4 倍になっ
ている。
図 4-2 米国と日本の EC 化率
図 4-3 米国と日本の B to C 市場規模
出所:矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」
アパレル産業のネット通販が盛んな背景には、アパレル市場において電子商取引を用
いて取引を行う企業が好調なことや、総合通販企業のネット通販強化、ユニクロなど
の自社企業サイトの成長、ネット販促を強化することによるその他 SPA 企業の追随な
どがあげられる。
さらに、企業間の協力により高感度ファッションに特化したオンラインモールなど
が続々と新設されるなど、アパレルのネット販売はさらなる成長段階に入っている。
具体例としてはユニクロの通販事業があげられる。ユニクロでは、1999 年秋よりカ
タログ販売を開始、2000 年 10 月後半からインターネット販売を開始している。カタ
ログ販売のほうは、2004 年冬号をもって廃止、現在はネット販売のみである。
当初数年間は、ユニクロドットコムでインターネット通販を展開してきたが、2006
年後半から co.jp と.com を融合させ、インターネット販売だけでなく、店舗販売に対
するプロモーションをウェブサイトから仕掛けている。
また、中国においてネット通販も開始、中国の電子商取引大手 Alibaba が運営する
ショッピングサイト「TAOBAO」と提携し、タオバオ内のオンライン店舗と独自サイ
トを同時開設した。ユニクロはこれによってブランド認知度の拡大と、さらに広範な
商品提供を目指すとしている。
表 4-4 ユニクロ事業売上高と通販事業部売上高の推移
決算期
00/8
01/8
02/8
03/8
04/8
05/8
06/8
07/8
08/8
ユニクロ事業売上高(百万円) 228,986 418,561 344,170 309,135 338,618 368,384 393,608 424,701 462,343
前年比
206.1
182.8
82.2
89.8
109.5
108.8
106.8
107.9
108.9
うち通販事業部(百万円)
1,532
15,533
11,155
6,982
7,368
8,397
10,304
12,560
14,384
前年比
1,013.7
71.8
62.6
105.5
114.0
122.7
121.9
114.5
通販事業の占める割合
0.7
3.7
3.2
2.3
2.2
2.3
2.6
3.0
3.1
図 4-4
ユニクロ事業売上高と通販事業部売上高の推移
出所:矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」
第5章
SPA と電子商取引に関する実証分析
文責
伊藤奈津美
5.1 先行研究紹介
この節では、企業の垂直統合の度合いと電子商取引導入時期の関係を実証分析で考
察する。先行研究として参考にした論文は、Gertner , R. G. & Stillman, R.S. (2001)
である。この論文ではアパレル産業と電子商取引の関係を分析しており、統合企業か
否かで、
「電子商取引の導入時期・インターネット通販で取り扱う商品のバリエーショ
ン・企業のホームページの評価が異なること」の 3 点に着目して実証分析を行ってい
るが、その中から「電子商取引の導入時期」の分析に限定して述べる。
次の表に示すように、アパレル産業は他産業と比較しても電子商取引を用いた購入
額が大きいが、電子商取引を利用したチャネルの売上高は産業内の 0.6%にしか満たな
い。市場が十分に大きく、現在も成長していること、また主要な既存流通網と電子商
取引のチャネルが共存していることから分析に適した産業だとしている。
表 5-2 産業別電子商取引購入額
Small tickets items:
Books
表 5-3 アパレル産業の流通網別売上高
Category
$1,613,521
Sales($ mm)
Store
%
162,976
88.6
17,226
9.4
Apparel
1,568,399
Catalog
Software
1,280,201
On-Line/ Internet
1,125
0.6
Health and beauty
1,146,581
Not Reported
2,535
1.4
Music
1,180,437
Total
183,859
100.0
出所:R. G. Gertner & R.S. Stillman (2001)
前述のとおり、アパレル産業はインターネットで販売される主要な製品の1つであ
り、垂直的統合の有無で電子商取引の状況変化への対応能力が異なると考えられる。
非統合企業での電子商取引導入が遅れる理由として考えられるものは、
①調整コストがより多くかかる
②店舗販売の利益を減尐させてしまう恐れ(共食い現象の発生)
③電子商取引による負の外部性(納入業者に利益を吸収されるリスク)
などがあげられる。
以下の図は、アパレル産業で電子商取引を導入した場合にどのような流通網の変化
を示したものである。既存の流通網と電子商取引により新しく登場した流通網とで競
合が起きる可能性があることがわかる。
図 5-1
電子商取引導入のアパレル産業の流通構造への影響
Vendor
Depart 等
電子商取引
垂直統合
消費者
続いて、先行研究におけるモデルと推定式を紹介する。
企業のオンライン販売導入のタイミングが、卸売と小売が統合している専門店の場
合とそうでない場合とで変化があるかを回帰分析によって検証する。その際、事前に
カタログ販売を行っている企業は流通網構築の観点で、オンライン販売に応用できる
経験があるといえる。そのため、オンライン販売導入のタイミングに大きく影響する
と考え、説明変数にカタログ販売の経験の有無を加える。推定式と用いる変数の説明
は以下の通りである。なお、Vendor と Dept のダミーは非統合の企業を表すために用
いた変数であり、仮説では正の値になると予測されている。
Year = ⁡α + β ∙ Vendor + γ ∙ Dept + δ ∙ DPre95Cat + ε ∙ Sales
Year:オンライン販売導入年
Dept:デパートであれば 1
Vendor:非統合卸売であれば 1
Sales:最新年度の売上
Pre95Cat (-) :1994 年時点でのカタログ販売経験があれば 1
先行研究でのデータ収集方法について述べる。アパレル産業は幅の広い産業である
ため、対象とする企業は men’s および women’s を扱っていることを条件としている。
米国でインターネット を利用したアパレルの通信販売をいち早く取り入れ成功し
た The Gap を基準として企業サンプルを収集している。ビジネス情報ポータルサイト
の Hoover’s On –Line において The Gap の競合相手とされていた 24 企業を選択した。
さらに、各種業種のランキング上位 100 社の中で Hoover ’s On-Line において The Gap
を競合相手としている企業 5 つをサンプルに加え、合計 30 の企業をサンプルとした。
先行研究での回帰結果は次の表のとおりである。
表 5-3
定数項
係数
標準誤差
1999.6
先行研究の回帰分析結果
Dept
Pre95Cat
Sales($million)
1.73
2.52
-3.24
0.06
0.74
0.88
0.71
0.05
Vendor
出所:R. G. Gertner & R.S. Stillman (2001)
想定していた係数と合致した結果を得ることができている。Vendor と Dept が正で
有意であるこの結果は、企業が統合されていない場合、統合企業と比較して、カタロ
グ販売の経験があるかに関わらずオンライン販売の導入年が 1.73 年遅くなることを
示しており、統合具合が電子商取引の導入に影響を与えるという仮説が正しかったこ
とを裏付ける。
5.2 実証分析
この節では、Gertner & Stillman (2001) の先行研究を踏まえて日本の現状・特性
に適応したモデルを設定し回帰分析を行う。目的は、日本における企業の統合具合と
電子商取引の関係について、アパレル産業において多くの企業が導入を進めている
SPA の比率を用いて明らかにすることである。
まず、回帰モデルと推定式を設定する。
基本の推定式と変数の説明は次のとおりである。分析対象としたデータによって、
基本の推定式にダミー変数を加える。
Y = ⁡α + β ∙ SPA + γ ∙ cat05 + δ ∙ sales
y:インターネットを利用した通信販売を導入した年
SPA:統合度合いを示す割合、SPA 比率
cat05:2005 年までにカタログを利用した通信販売を導入していた場合 1
sales:手に入る最新年度の売上
サンプルデータの収集方法について述べる。サンプル企業の抽出は先行研究になら
って基準となるような企業を設定する形をとった。基準企業には日本において SPA を
いち早く取り入れ、成功した企業であるファーストリテイリング社のユニクロ事業を
担う「ユニクロ」を選択した。
まず、eol データベースを用いてユニクロのライバル企業を選出した。非上場企業
もサンプルに入れるために、アパレル産業の売上ランキング 12から上位 50 社で既にサ
ンプルに加えたてある企業を除いて加えた。なおアパレル産業内で、アパレル小売と
アパレルメーカーに分けたランキングであったため、合計 100 社の中からサンプルを
選び出した。明らかに扱っている商品が限定的(制服・作業着など)である企業は除
くこととしたが、子供服やスポーツウェアを主に扱っている企業については、購入者
層が men’s および women’s と大幅には変わらないと判断し、サンプルから取り除く
のではなくダミー変数を推定式に組み込むことで、特殊性を取り除けると想定した。
12
矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」内のランキングを使用した
基本推定式の変数と上記のダミー変数の詳細とデータの扱いを記述する。
・オンライン通販開始年 (Year)
サンプルとした企業にメールや電話でア ンケートを行い、「インターネットを利
用した通信販売の開始年」のデータを集めた。自社オリジナルサイトの立ち上げ・
楽天などのオンラインショッピングモールへの出 店など開始年が複数ある場合は、
その中で最も早く導入していたサービスの開始年を採用した。
・SPA 比率 (SPA)
前述のように小売企業は PB 比率、メーカー企業は直営店比率で代替する。元と
なるデータは矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」からデータを採取した。
・カタログダミー (Cat05)
電子商取引の日本における普及の開始がアメリカよりも遅いことを考慮し、先行
研究のカタログダミーに手を加える。基準年はサンプルとして選び出した企業のイ
ンターネットを利用したオンライン通信販売開始年の平均値を求めて 2005 年と設
定した。各企業のカタログ開始年に関しては、オンライン通販開始年と同様にメー
ルおよび電話で企業に直接データを採取した。
・売上 (Sales)
上場企業に関しては、eol のデータベースからデータを採取した。非上場企業に
関しては矢野経済研究所「SPA マーケット総覧 09 年」に掲載のあった売上と、各
社 HP に掲載された情報のうち、より新しい売上データを採択した。
・子供服企業ダミー/スポーツウェア企業ダミー (Dkids / Dsports)
主に扱っている商品が子供服もしくはスポーツウェアである企業を区別するダ
ミー変数であり、各企業 HP の事業内容や商品ラインナップから判断した。
実際に回帰分析を行う。まず回帰 1 として、必要なデータの得られた全ての企業を
分析対象とした。サンプル数は 42 で、回帰方法には被説明変数が制限的な値をとる
ため、Tobit 回帰を用いた。推定式と実証結果は以下のとおりである。
Y = ⁡α + β ∙ SPA + γ ∙ cat05 + δ ∙ Cat05 + ε ∙ Dkids + ϵ ∙ Dsports + ζ ∙ sales
表 4-4
SPA 比率
定数項
回帰 1 結果
カタログ
子供服
スポーツ
ダミー
ダミー
ダミー
売上
N=42
係数
2008.19
-2.83*
-3.84**
-2.32
-4.54**
4.27*10-6
R2
t値
2106.65
-1.93
-2.29
-1.29
-2.78
-0.56
0.0818
注:**は 5%有意水準を満たしていることを示す
*は 10%有意水準を満たしていることを示す
回帰の結果、10%有意にはなったもののわずかに 5%有意には及ばなかった。先行
研究において扱う品目の違いを理由に取り除かれていたスポーツウェアをサンプル企
業として採択していたことを原因と考え、対象の企業をサンプルから除去して回帰 2
として再度分析を行ってみたところ次のような結果を得た。
なお、スポーツウェアの企業には、回帰 1 で用いたサンプルのうち、6 つのサンプ
ルが該当した。続いて改善した回帰 2 について述べる。
回帰 1 を受けて、再び回帰分析を行った。回帰 1 のデータからスポーツウェア企業
を除き、データ数は 36 となった。回帰 1 と同様に Tobit 回帰を用いた。推定式と実
証結果は以下のとおりである。
Y = ⁡α + β ∙ SPA + γ ∙ cat05 + δ ∙ Cat05 + ε ∙ Dkids + ϵ ∙ sales
表 5-5
定数項
SPA 比率
回帰2結果
カタログ
子供服
ダミー
ダミー
売上
N=36
係数
2008.341
-2.73**
-4.05**
-2.44
-2.28*10-6
R2
t値
2326.38
-2.06
-2.67
-1.50
-0.58
0.1032
注:**は 5%有意水準を満たしていることを示す
オンライン通信販売導入の基準年は 2008 年であり、完璧に SPA を導入している企
業は全く SPA を行っていない企業に比べ、導入のタイミングが 3 年近く早いことが示
されている。また、カタログの経験があることでもオンライン通信販売の導入が 4 年
ほど早くなることが有意に確かめられた。
以上の実証結果から分かることは以下のとおりである。決定係数はあまり高くなら
なかったが、回帰1よりは上昇し 10%は説明できるようになった。また、ほとんどの
変数について5%有意となる結果を得ることができた。想定していたとおりの結果で
あり、以下の企業においてオンライン通信販売の導入が早いことが示せた。
・SPA 比率が高い企業
・カタログを 2005 年以前に導入している企業
加えて、子供服企業ダミーについては有意にならなかったことから、子供服を扱っ
ているかどうかはオンライン販売の導入年を決定する際の重要な要素ではないことが
わかった。先行研究においても今回の実証においても売上の変数に関して係数の値が
非常に小さく、有意にもなっていない。このことは統合の程度や、カタログの経験と
は異なり、売上に表現されるような企業の規模は、日米問わずオンライン通信販売の
導入にあまり影響を与えていないことを示唆している。
先行研究での統合の有無と同じく、日本の場合も SPA 比率が高いほどオンライン導
入が早いことが確認できた。このため、統合することで調整費用が削減できるなどの
仮説の確からしいことがいえる。
5. 結論
理論分析において、電子商取引の導入・普及による探索費用の低下は、高コスト企
業の損害や退出、低コスト企業の利潤拡大を引き起こすことが明らかにされた。
電子商取引と市場構造に関する実証分析では、不動産賃貸業においては、理論に準
じた結果が得られたが、書籍業、旅行業においては理論と異なる結果となった。この
ことから、書籍業、旅行業においては、電子商取引導入が探索費用の低下以外で産業
構造に与える影響について考慮する必要があることが分かった。
一方、アパレル産業における垂直統合の程度と EC 導入のしやすさの関係について
の実証分析では、先行研究と同様に、統合している企業の方が、EC 導入が早いこと
が分かった。さらに、先行研究では有意にならなかったカタログの導入年度と EC 導
入のスピードの関係についても有意に関係している結果が得られた。
参考文献
アンドリュー・B・ウィンストン, デール・ロ・スタウル, スー・ヤン・チョイ(香内
訳) (2000),「電子商取引の経済学」ピアソンエデュケーション.
木下修、星野渉、吉田克己 (2001),「オンライン書店の可能性を探る-書籍流通はどう
変わるか」日本エディタースクール出版部
総務省
情報通信政策研究所 (2009),「メディア・ソフトの政策および流通の実態に
関する調査研究《報告書》」総務省情報通信政策研究所
東洋経済新報 (2012),「会社四季報 業界地図 2012 年版」東洋経済新報
日本交 通公 社 (2010),「旅 行者 動向 2010」日 本交 通公社
日本生産性本部 (2011),「レジャー白書 2011」日本生産性本部
日本出版学会 (2010),「 白書出版産業 2010-データとチャートで読む出版の現在」文化
通信社
矢野経済研究所 (2005),「 ネット通販市場の現状分析と将来予測 2006 年度版」矢野経
済研究所
矢野経済研究所 (2008),「SPA マーケット総覧 09 年」矢野経済研究所
矢野経済研究所 (2009),「サービス産業白書 2010」矢野経済研究所
Gertner, R. H. and R. S. Stillman (2001) “Vertical Integrarion and Internet
Strategies in the Apparel Industry” The Journal of Industrial Economics,
49,417-440
Goldmanis, M., A. Hortacsu, C. Syverson, and O. Emre (2009) “ E-commerce and
the Market Structure of Retail Industries ” The Economic Journal,
120,651-682
経済産業省ホームページ
http://www.meti.go.jp/
総務省ホームページ
http://www.soumu.go.jp/
統計局ホームページ
http://www.stat.go.jp/
不動産業務総合支援サイト ATBB
http://atbb.athome.jp/
おわりに
学生論文の執筆という作業を通じて、過去に経験したことのないほどの苦労も味わ
ったが、1 つ 1 つの作業には苦労ゆえの楽しさ、やりがいを感じた。自分達でテーマ
を決めることから始まり、先行研究の探索、英語論文を通じての知識の習得、データ
の収集、STATA を用いた計量分析、全てが大変な作業だったが、苦労した分だけ仲間
とともに楽しさ・充実感を味わうことができた。
電子商取引が市場に与える影響を調べるにあたり、まず先行研究の論文が尐なく、
自分たちの研究したいテーマに合う論文を探すことに苦労した。夏合宿前からパート
内で何度も議論を交わし、合宿中も先輩方から貴重なアドバイスをいただいた。合宿
が終わってから自分たちの実証分析に必要なデータ収集を行ったが、年度ごとに公開
されているデータも尐なく、収集できないデータをどのように推測するかも大きな課
題であった。週に 3 時間以上集まって場所を選ばず議論を重ね、各自帰宅後も Skype
を用いて意見交換を行った。さらにアパレル企業のオンライン販売やカタログ販売の
有無は、ホームページ等に掲載されていない企業には実際に電話やメールでアンケー
ト調査を行うなど、初めての体験もあり、有意義な時間を過ごすことができた。
自分たちで実証分析を行った際は、理論から導出される推論と異なる結果が算出さ
れた産業もあり、回帰の方法に関して試行錯誤を繰り返し、原因の考察に非常に苦労
し、多大な時間を費やした。全て順調に、満足のいく結果が得られたとは言えないが、
長期間にわたって電子商取引という極めて身近なところで私たちの暮らしを豊かにし
ていて、今なお成長し続けている分野に焦点を絞って研究する過程で非常に多くのも
のが得られたと実感している。
最後に、本論文の執筆にあたり多くの貴重なアドバイスをしていただいたゼミの先
輩方、相互に刺激を与え、時には励ましあった他パートの皆様、アンケート調査の際
にご協力いただいた各アパレル企業の皆様、そしてお忙しい中私たちが訪れた時はい
つでも研究室で温かく迎え、現状分析から実証分析まで熱心なご指導をしてくださっ
た石橋孝次先生に、この場を借りて感謝の意を示したい。
2011 年 11 月
石橋孝次研究会
13 期
産業組織パート一同