ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差

小林
俊雄
3
吉備国際大学
臨床心理相談研究所紀要
第6号,3−14,2009
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
The Difference in the Rorschach test between the sexes as to
traffic accident patients
小林 俊雄*
Toshio KOBAYASHI
Abstract
I engaged in research for the difference between the sexes by the Rorschach test. I drew out two
patient groups below thirty years injured by traffic accident from the primary sample consist of 3567
patients(2 years-93 years)which were registered as a new patients of a clinical psychology service
in the Rehabilitation hospitals from the year 1975 to the year 2003. As a result there are 50 men and
12 women in this study(CR=4.69
P<0.01). The man patient group is larger than the woman
patient group at 4.16 times statistically significant difference between the sexes. As to the average
age the man group is 22.34 years(SD13.43)and the woman group is 21.83 years(SD6.36). The man
patient group showed many traffic accident cases by automobile than the woman patient group(χ2
=7.483 df=1 P<0.01)statistically significant difference between the sexes. The woman patient
group showed many traffic accident cases as a fellow passenger than the man patient group(χ2=
11.20 df=1
P<0.01)statistically significant difference between the sexes. There is no mean
statistically between the sexes in the Rorschach test analysis items but the number of the patients
who produce the popular responses over 4 were dominant statistically significant in women patient
group(χ2=7.164 df=1 P<0.01).
key words:Rorschach Test, Sexual
difference, Rehabilitation, Traffic accident patient, brain
damage,
Ⅰ.はじめに
では片口安史の作成した「カタグチ・ロールシャッ
ロールシャッハ検査は、受検者に10枚1セットのカ
ハ・カード」を使うカロ検査5)6)7)8)9)や、ハンス・ベ
ードを1枚ずつ見せて、「何に似て見えるか」を述べて
ーン−エッシェンバーグHans Behen-Essenburgの作
もらう心理検査である。ロールシャッハ検査で普通に
成したカードを使うベーン−エッシェンバーグ・ロー
使われるロールシャッハカード
1)
はスイス人のヘルマ
ン・ロールシャッハHermann Rorschach(1921)が
2)3)
出版した本『精神診断学』
(1921年)
の付録である。
ルシャッハ検査がある。ベーン−エッシェンバーグ、
H.は、ロールシャッハ、H.が副院長を勤めていたスイ
スの州立病院に入局してロールシャッハ、H.から直接
現在はロールシャッハカードが別売されている。ロー
指導を受けていた10)という。モリィ・ハローワーの作
ルシャッハ検査は、ロールシャッハ、H.作成のカード
成したハローワーの診断的インクブロット・カードを
のほかにもいくつかの種類がある。片口安史の解説4)
使う検査、クリステル・ドレイ・フックスが作成した
*吉備国際大学臨床心理学研究科 〒716-8508 岡山県高梁市伊賀町8
Graduate School of Clinical Psychology, Kibi International University
8 Iga-machi, Takahashi, Okayama, Japan(716-8508)
4
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
カードを使うフックス・ロールシャッハ検査、ツリガ
一つについて反応領域・反応決定因・反応の形態水
ーが作った3枚だけのカードを使うZテスト11)などが
準・反応内容・ポピュラー反応かどうか、など5項目
ある。ツリガーはカードの枚数を減らしてロールシャ
にわたって検査者が質問しながら被検者とのことばの
ッハ検査法の受検者の心身の負担を軽くした。受検者
やり取りを記録して、ロールシャッハ検査の採点記号
への配慮であろう。早稲田大学にはカードの枚数を減
でロールシャッハ反応の判定結果を記入する。最後に
らして8枚だけからなる早稲田大式ロールシャッハ検
限界吟味段階を行う。限界吟味段階は検査者が自由に
12)
があった。12枚で出来ているハワードインクブロ
質問をしてよい段階である。私は限界吟味段階で被検
ット検査もある。これらのロールシャッハ検査は、ど
者に8つのカテゴリー(好きカード・嫌いカード・父
れも受験者にカードを見せて「何に似て見えるか」を
親カード・母親カード・男性カード・女性カード・自
問うていることと、ほぼ左右対称形のインクのしみ模
分カード・恋人カード又は妻カードか夫カード)につ
様(ink blot)で作成されたカードを使用しているこ
いてカード選択をしてもらっている。
査
とが特徴である。それでこれらのテストは、ロールシ
ロールシャッハ検査ではこれらの3段階を実施する
ャッハテストも含めてインクブロット検査inkblot test
と約60分間かかる。心身を病んでいる患者にとっては
といわれることがある。また「Rorschach」は、スイ
大変な負担である。そのため心身医学の領域でロール
スのハンス・フーバー出版社の登録商標になっている
シャッハ検査はあまり使われていないという18)。1975
ことからも○○Rorschach Testということはできない
年に精神科に臨床心理士として勤務して3年目の頃、
ようである。
私は、ある精神科医から患者にとって負担の軽い簡略
ロールシャッハ検査は、やり方にもいくつかの種類
的なロールシャッハ検査法はないかと尋ねられたこと
がある。そのひとつは複数の受検者に同時に見てもら
があった。当時ロールシャッハ検査片口法を身につけ
うコンセンサス・ロールシャッハ検査法13)である。コ
ていた私には、簡略的なやり方でロールシャッハ検査
ンセンサス・ロールシャッハ検査法の場合は、たいて
を実施することが悪いことのように思われたが、精神
いはヘルマン・ロールシャッハのカードを使って個別
科医からのその指摘はずっと耳に残っていた。そして
法で施行した後に「何に似て見えるか」受検者全員で
1982年にリハビリテーション病院に心理カウンセラー
答えをひとつだけ決めてもらう。高橋靖恵14)によると、
として勤務するようになって、私はリハビリテーション
受検者への配慮のためにロールシャッハカードを5枚
科の患者に接したとき、ロールシャッハ検査片口法17)
しか使わないコンセンサス・ロールシャッハ検査法15)16)
で実施していくことは患者の負担が重過ぎる事例が多
も実践されている。5枚法の場合は、ロールシャッハ
いことを感じた。リハビリテーション病院の臨床経験
検査法の受検者の心身の負担が軽い。
を重ねていくうちに、負担の軽いやり方でロールシャ
1969年から私は、ロールシャッハ検査片口法
17)
の訓
ッハ検査をしたほうがよいという精神科医の指摘が思
練を受けて実施していた。ロールシャッハ検査片口法
い出されたのである。1990年頃から私は、ロールシャ
は修正クロッパー法といわれることがある。クロッパ
ッハ検査片口法で実施していくことが必要なタイプと
ー法は、スイスのヘルマン・ロールシャッハのシンプ
負担の軽いやり方が必要なタイプとを判断して、二つ
ルなやり方をアメリカで複雑に発展させていったロー
のやり方を使い分けるようになった。リハビリテーシ
ルシャッハ検査法である。ロールシャッハ検査片口法
ョン患者と老人患者の場合、私は大抵は負担の軽いや
では、クロッパー法と同じように、自由反応段階、質
り方でロールシャッハ検査を行っている。
疑段階(inquiry)、限界吟味段階など3つの段階を行
ロールシャッハ検査法の負担の軽いやり方では、自
う。自由反応段階では、ロールシャッハカードの模様
由反応段階とカード選択の2段階だけを実施する。質
が何に似て見えるかカードⅠからカードⅩまで順番に
疑段階は行わない。特殊な反応の場合には自由反応段
被検者に教えてもらいながら検査者が被検者のロール
階の最中にそのロールシャッハ反応についての質問を
シャッハ反応を記録していく。自由反応段階がおわっ
すぐに行うことがある。平均的な所要時間は約7分間
たらカードⅠからカードⅩまで順番に質疑段階を行
である。
う。質疑段階では被検者のロールシャッハ反応の一つ
ロールシャッハ、H.が創始したスイス流のロールシ
小林
俊雄
5
ャッハ検査法を使うエバルト・ボームBohm, E.は、質
ールシャッハカード10枚の全体値およびカード別にそ
疑段階の是非について、質疑段階はマイナス面を伴う
れぞれ得られる。これらは重要因子分析法で分析され
19)
という見解を述べ
る。またカード選択についての8つのカテゴリーの検
ている。Bohm, E.は、質疑段階によって患者は最初に
査情報などもそれぞれ得られるので、これらのロール
感じたのとは違う心理状態に入るので、もともとのロ
シャッハ検査情報を総合的に組み合わせて分析する
ールシャッハ反応の真実から遠くなるというのであ
と、受検者についてさらに深く多角的に理解を進めて
る。Bohm, E.は、患者の負担を配慮しているのではな
いくことが可能である。
ので最小限にとどめるべきである
いが、質疑段階で一つ一つのロールシャッハ反応を患
心理カウンセラーは男女差の違いを知っていると、
者に問いただしていくとすべてのことが明らかになる
心理カウンセリング場面で援助しやすくなることがあ
というアメリカ流の考え方は根本的に間違っていると
る。心理アセスメントを行う時にも有効である。本研
力説している。私は臨床的にアメリカ流とスイス流の
究は、交通事故の受傷で入院した30歳以下のリハビリ
両方のやり方を実践していてBohm, E.の指摘はもっと
テーション患者の臨床心理記録に記載されているロー
もであるであると思うが、アメリカ流の質疑段階には、
ルシャッハ検査資料に基づいて、臨床心理学的に男女
質疑段階でしか得られない重要な検査情報が入手でき
差の調査研究を行うことを目的とする。
るメリットがあることも体験している。
質疑段階を行わない場合には、ロールシャッハ検査
で得られる分類採点カテゴリーに関する検査情報が少
なくなることは否めない。負担の軽いやり方の場合に、
Ⅱ 研究の方法
1.調査方法
本研究のロールシャッハ検査は小林が受検患者に個
分類採点カテゴリーに関する検査情報が少なくてもや
別法で実施した。ロールシャッハ検査では受検患者に
むを得ないとする理論的背景には、Bohm, E.の力説の
大きな心理的負担と身体的負担をかけないように配慮
ほかに1986年の黒田浩司・山本和郎の研究
20)
がある。
した。受検患者を尊重しながら応接した。本研究のロ
黒田浩司・山本和郎は、ロールシャッハ検査で実際に
ールシャッハ検査小林法は、次の特徴がある。①ロー
解釈に使われている採点カテゴリーはごくわずかであ
ルシャッハ検査の事前に医師カルテと転院紹介状など
るという研究知見を報告している。ロールシャッハ検
で受検患者の個人情報と事故時の情報を可能な限り把
査片口法
21)
の分類採点カテゴリーを数えてみると、
握する。②受検患者の心身の状態がロールシャッハ検
221項目の分類採点項目がある。さらに分析項目を含
査に耐えられるかどうか判断する。③患者がロールシ
めると403項目になる。しかしヘルマン・ロールシャ
ャッハ検査に耐えられると判断したら教示を説明して
21)
が用意されている
ロールシャッハ検査の自由反応段階を開始する。基本
だけである。この大きな差はアメリカ流のロールシャ
的にワンカードワンレスポンスで構わないこととす
ッハ法の考え方とスイス流のロールシャッハ法の考え
る。大体さっとやってもらう。質疑段階はしない。自
方の大きな違いを端的に表している。
由反応段階が終わったらすぐにカードを「甲の字」の形
ッハ法では23項目の分類採点項目
また黒田浩司
22)
は投影法の心理検査の分析過程の研
(図1)に並べてカード選択段階に誘導する。
究で、熟練した判定者は検査結果全体を見渡しながら
最初に最も好きなカードmost liked cardを選択して
特定項目を検討して再度修正しながら煮詰めていく分
もらう。次に最も嫌いなカードmost disliked cardを
析過程がみられる。初心者の解釈は強引で断定的であ
選択してもらう。このようにして受検患者の心にカー
り科学性にかけるし、分類することだけに注意が集中
している傾向があると報告している。黒田の研究知見
からは、熟練した判定のやり方についての示唆が得ら
カードⅠ
カードⅣ
カードⅦ
れる。負担の軽いやり方をしているロールシャッハ検
査小林法では分類採点カテゴリーの検査情報について
は反応数R、反応失敗Fail.(failureの略)、P反応
(popular
responseの略)、反応内容contentなどがロ
図1
カードⅡ
カードⅤ
カードⅧ
カードⅩ
受検患者
カードⅢ
カードⅥ
カードⅨ
カード選択の甲の字型の並べ方
6
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
ドの好き・嫌いのイメージを定着させる。その後で、
女性患者12名(CR=4.69
父親イメージカード、母親イメージカード、男性イメ
ある。男性患者が1%水準で有意に多い。受検患者の
P<0.01)、男女比4.16:1で
ージカード、女性イメージカード、自分イメージカー
平均年齢は男性患者群22.34歳(SD13.43)女性患者群
ド、妻(または夫か恋人)イメージのカードなど合計
21.83歳(SD6.36)である。女性患者群が0.51歳だけ若
8つのカテゴリーについて1枚ずつ選択してもらう。
い。平均年齢21歳を分岐点にχ2 値を求めたが統計学
受検患者がどちらの1枚にするか非常に決めかねてい
的に有意な男女差はない(χ2 =0.133)。受検患者の最
る場合には2枚選択しても構わない。受検患者が困ら
高年齢は男性患者群が30歳女性患者群27歳である。女
ないようにスムーズにやっていくことが重要である。
性の方が3歳だけ若い。受検患者の最小年齢は男性患
どのカードが選択されたか全て記録しておく。
者群11歳女性患者群18歳である。男性患者群の最年少
例えば好きカードと父親カードが重複して選択され
患者は小学生である。女性患者群の最年少患者は高校
るとすれば、この受検患者は、父親に好感イメージを
生である。年齢幅には臨床的に大きな男女差が見られ
抱いていて、父親と円満な信頼関係をもっている可能
る。
性が高いと分析することができる。このように8つの
2.ロールシャッハ検査研究対象患者の診断の男女差
カテゴリーについての選択カードを分析すると、家族
本研究の対象患者の診断数について男女差を調査し
イメージ・親子関係・夫婦関係(または恋愛関係)の
た。患者1人あたりの診断数の平均値は男性患者群
歪み、自已イメージが肯定的か否定的か、心理的な性
4.46個女性患者群6.11個である。女性患者群の診断数
発達のようすなどについて受検患者の理解が進むこと
は男性患者群よりも1.65個だけ多い。診断名で1番多
が多い。
く出現しているのは男性患者群も女性患者群も骨折の
検査者や受検患者に時間の余裕と体力的な余裕があ
診断である。この点で男女群は共通している。女性患
る場合には、イメージカードがどのような理由で選択
者群の骨折は一人で何箇所もしていることが特徴であ
されたか尋ねて記録しておくとさらに詳しく分析を行
る。女性患者群の骨は柔らかいようである。骨折につ
うことが出来る。受検患者の中には選択した理由をた
いてはこのような男女差がある。比較的多くみられる
ずねられると、何か嫌なエピソードを思い出す人がま
診断名の男女差について調査した。男性患者群は骨折
れにいる。イメージカードの選択理由を尋ねるかどう
と脳挫傷・頸髄損傷・四肢麻痺で、女性患者群は骨
かは、カウンセリングの臨床的経験を生かしてその場
折・頭部外傷である。女性群は頭部外傷にはなるが脳
の雰囲気を汲みながら判断することが大切である。ロ
挫傷にはなりにくいようである。女性患者群の脳のダ
ールシャッハ検査で被検者に直接答えてもらう段階は
メージは男性患者群よりも軽い傾向があるようであ
以上の2段階である。ロールシャッハ検査が終了した
る。女性患者の場合には、相当ひどくダメージを受け
ら受検患者に感謝の言葉をいってねぎらう。受検患者
ていても半年もたつと驚くほど回復する事例があるこ
の趣味、受検患者が当院のリハビリテーション科治療
とを私は経験している。
で目的としていること、家族の状況、当院のよいとこ
3.ロールシャッハ検査研究対象患者の事故状況の男
ろなども質問して回答を記録しておく。
2.ロールシャッハ検査調査研究の調査対象
女差
本研究の調査対象患者の交通事故状況の男女差につ
本研究の研究調査対象は、1975年4月1日から2003
いて調査した(表1)。自動車事故の出現率(バイク
年7月31日現在迄の間に登録された新患の臨床心理記
事故含)は、男性患者群92.00%(46名)女性患者群
録3567名(2歳−93歳、3567名)の中から抽出した30
91.66%(11名)で男女どちらの患者群も高い。詳し
歳以下の交通事故のリハビリテーション患者62名のロ
く調査すると、バイク運転の交通事故の患者の出現人
ールシャッハ検査の資料である。
数について統計学的に1%レベルの有意な男女差があ
る(χ2 =7.483 df=1)。バイク運転の交通事故の患者
Ⅲ ロールシャッハ検査研究調査のデータの分析結果
は男性患者群が多い。バイク運転の交通事故の患者の
1.ロールシャッハ検査研究対象患者の年齢の男女差
出現率は、男性患者群48%(24名)女性患者群0%
本研究の研究調査対象の受検患者は男性患者50名、 (0名)である。飲酒運転の事故の患者の出現人数に
小林
ついて統計学的に有意な男女差はないが(χ2 =0.014
df=1)、飲酒運転の交通事故患者は、男性患者群で
3例(出現率6%)出ているのに対して女性患者群で
は1例も出ていない。これは臨床心理学的にみて男女
差であることとして指摘したい。
俊雄
7
出現人数について統計学的に有意な男女差はないが
(χ2 =0.516
df=1)、実施率は、男性患者群88%女
性患者群100%で男性患者群が女性群より12%低い。
ロールシャッハ検査の検査拒否の男女差について調
査した。ロールシャッハ検査の検査拒否の患者の出現
同乗していて交通事故にあった患者の男女差につい
人数について統計学的に有意な男女差はないが(χ2
て調査した(表1)。自動車の助手席や後席に同乗し
=0.615
ていて交通事故にあった患者の出現人数について統計
女性患者群0%(0人)である。男性患者群の場合は
学的に1%レベルの有意な男女差がある(χ2 =11.20
ロールシャッハ検査拒否の患者が出現することがあ
df=1)。同乗していて交通事故にあった患者の出現
る。
率は、男性患者群14%(7名)女性患者群58%(7名)
df=1)、出現率は、男性患者群2%(1人)
ロールシャッハ検査の未施行患者の男女差について
である。女性患者群は男性患者群に比べると自動車に
調査した。ロールシャッハ検査の未施行患者の出現人
乗せてもらって交通事故にあう事例が有意に多い。
数について統計学的に有意な男女差はないが(χ2 =
0.516
表1
男性群N=50
事故状況の調査
女性群N=12
出現人数 出現率% 出現人数 出現率%
歩行者事例
2名
4%
0名
0%
自転車事例
2名
4%
1名
8.3%
バイク事例
24名
48%
0名
0%
飲酒運転
3名
6%
0名
0%
同乗事例
7名
14%
7名
58%
で女性患者群0%(0名)である。男性患者群では未
男女差のχ2 検定
χ2=0.031
χ2=0.014
χ2=7.483
χ2=0.014
χ2=11.20
df=1
df=1
df=1P<0.01
df=1
df=1P<0.005
歩行者事例の男女差について調査した(表1)。歩
行者事例というのは歩いていて車にはねられた患者で
ある。歩行者事例の患者の出現人数について統計学的
に有意な男女差はないが(χ2 =0.031
df=1)、出現率は、男性患者群12%(6名)
df=1)、出現
施行患者が発生している。臨床心理学的に見ると男性
患者群の特徴はロールシャッハ検査の拒否患者と未施
行患者が出現することである。女性患者群の場合は未
施行患者も拒否患者も出現しないという男女差がみら
れる。
5 ロールシャッハ検査研究対象患者の反応総数Rの
男女差
ロールシャッハ検査の反応総数Rの男女差について
調査した(表3)。反応総数の平均値は、男性患者群
率は、男性患者群4%(2名)女性患者群0%(0名)
7.95個(SD3.33)で女性患者群8.0個(SD3.81)である。
である。歩行者事例の男性患者の2名にカウンセリン
反応総数の男女の平均値はほとんど同じ値であるが、
グ面接で聞いてみると2名とも交通事故時には高揚し
男性患者群は8個に達していない。ロールシャッハ検
た心理状態であったという。女性患者群には高揚した
査では反応総数は10個以上であることが心理的健康上
心理状態で歩いていて車にはねられた事例はない。高
望ましいとされている。反応総数が10個以上の患者の
揚した心理状態で歩いていて車にはねられた患者が男
出現人数について統計学的に有意な男女差はないが
性患者群にいるということは、出現人数から言うと統
(χ2 =0.639
計学的に有意な男女差にはならないが、本研究では男
(16名)女性患者群50%(6名)である。女性患者群
性患者の心理を理解する上で指摘しておきたい男女差
は50%の患者が心理的健康上望ましい反応総数(10個
である。
以上)を出している。男性患者群は心理的健康上望ま
4.ロールシャッハ検査研究対象患者の実施率の男女
しい反応総数(10個以上)を出している患者は37%し
df=1)、出現率は、男性患者群37%
差
ロールシャッハ検査の実施率の男女差について調査
表3
ロールシャッハ検査の反応総数Rの男女差
男性群N=43
した(表2)。ロールシャッハ検査を実施した患者の
表2
ロールシャッハ検査の実施率
男性群N=50
女性群N=12
出現人数 出現率% 出現人数 出現率%
検査実施
44名
88%
12名
100%
男女差のχ2 検定
χ2=0.516 df=1
女性群N=12
N=43
出現率%
N=12
出現率%
Rが0個の人
3名
6.97%
2名
17%
Rが9個以下の人
27名
63%
6名
50%
Rが10個以上の人
16名
37%
6名
50%
最多Rの個数
13個
3人いる
11個
1人いる
Rの平均個数
7.95個 (SD3.33) 8.0個 (SD3.81)
男女差のχ2 検定
χ2=0.322 df=1
χ2=0.639 df=1
χ2=0.639 df=1
8
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
ャッハ反応の出やすいカードである。ロールシャッハ
かみられない。
ロールシャッハ検査では反応総数が10個に達してい
反応の出現個数が0.94個以上のカードはロールシャッ
ない場合は、心理的に不健康な状態になっていること
ハカードⅠとロールシャッハカードⅤである。男性患
が多い。反応総数が10個に達していない患者の出現人
者群はカードⅠとカードⅤがロールシャッハ反応の出
2
数について統計学的に有意な男女差はないが(χ =
やすいカードである。
df=1)、出現率は、男性患者群63%で女性患
なぜカードⅠはロールシャッハ反応が出やすいカー
者群50%である。反応総数が10個に達していない患者
ドになるのか。その理由を探るためにカード選択の検
は男性患者群の場合63%もいる。
査情報について調査した(表5・表6)。カード選択
0.639
反応総数が0個の患者はロールシャッハ検査状況に
の検査情報によるとロールシャッハカードⅠは男性患
対応することができない重い状態像であるといわれて
者群の嫌いなカードの第2位(出現率16.6%)であり
いる。反応総数が0個の患者の出現人数について統計
好きなカードの第6位(出現率4.7%)である。男性
2
学的に有意な男女差はないが(χ =0.322
df=1)、
患者群の場合ロールシャッハカードⅠは嫌いな傾向が
出現率は、男性患者群6.97%女性患者群17.00%で女性
見られるカードである。一方ロールシャッハカードⅤ
患者群は約10%多い。交通事故のリハビリテーション
は男性患者群の好きなカードの第3位(出現率11.9%)
患者に応接していくときには、女性患者群の場合には
であり嫌いなカードの第8位(出現率2.3%)である。
反応総数0個の重い状態像の事例が17%も存在してい
男性患者群の場合ロールシャッハカードⅤは好きな傾
ることに配慮していくことが望まれる。
向が見られるカードである。この2枚の矛盾する調査
6 ロールシャッハ検査研究対象患者のカード別反応
結果を考えると、男性患者群の場合はカードが好きと
数の男女差
か嫌いということがロールシャッハ反応の出やすい理
ロールシャッハカード1枚につき患者が平均して何
由になるのではないと推察出来る。
個のロールシャッハ反応を答えているか、その男女差
女性患者群の場合はロールシャッハ反応の出やすい
について調査した(表4)。反応個数の10枚全体の平
カードの判定基準は出現個数0.96個以上である(平均
均は、男性患者群0.79個女性患者群0.8個で大きな男女
値0.8個×1.2)。女性患者群の場合は、ロールシャッハ
差が見られない。
反応の出やすい判定基準を満たしているカードは0枚
ロールシャッハ反応の出やすいカードの男女差につ
であるが、ロールシャッハカードⅦの平均反応個数が
いて調査した。本研究では平均値の1.2倍以上の反応
一番高い(0.91個出現)。女性患者群の場合ロールシ
個数が出ているカードをロールシャッハ反応の出やす
ャッハカードⅦは、カード選択の調査では好きなカー
いカードと規定した。男性患者群の場合は出現個数
ドの第1位(出現率33.3%)であり嫌いなカードの第
0.94個以上のカード(平均値0.79個×1.2)がロールシ
7位(出現率0.0%)である。女性患者群はロールシ
ャッハカードⅦに圧倒的に好感を持っている。女性患
表4
カード別反応数の男女差(個)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
者群の場合はカードが好きということがロールシャッ
Ⅸ
Ⅹ
男性群の平均個数 0.97 0.76 0.88 0.72 0.97 0.67 0.65 0.83 0.67 0.79
女性群の平均個数 0.83 0.83 0.83 0.75 0.83 0.83 0.91 0.83 0.67 0.67
ハ反応の出やすい理由になっているようである。
ロールシャッハ反応の出にくいカードの男女差につ
いて調査した。本研究ではロールシャッハ反応の出に
表5
好きなカードの出現率%
くいカードの判定基準は、平均出現個数の0.8倍未満
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
男性患者群
4.7
2.3
9.5
0.0
11.9
4.7
4.7
7.1
14.2 33.3
Ⅸ
Ⅹ
女性患者群
8.3
8.3
0.0
0.0
0.0
8.3
33.3
0.0
0.0
25.0
の反応個数しか出ていないカードであることと規定し
た。男性患者群では出現個数0.63個未満のカード(平
均値0.79個×0.8)がロールシャッハ反応の出にくいカ
表6
Ⅰ
嫌いカードの出現率%
Ⅱ
ードである。男性患者群の場合はロールシャッハ反応
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
男性患者群
16.6 2.38
9.5
11.9
2.3
11.9
9.5
0.0
11.9 19.0
女性患者群
16.6
0.0
33.3
0.0
8.3
0.0
0.0
8.3
8.3
Ⅸ
Ⅹ
8.3
の出にくいカードの基準を満たしているカードは0枚
であるが、カードⅦの反応個数の平均反応個数が一番
低い(0.65個)。カードⅦは男性患者群の場合ロール
小林
俊雄
9
シャッハ反応の出にくいカードである。女性患者群の
状況に左右されやすい傾向が強いということが出来
場合カードⅦはロールシャッハ反応の出やすいカード
る。女性患者群の場合は状況に左右されにくく安定し
であった。これは臨床心理学的に見て注目される男女
ている傾向が強い。
差である。男性患者群の場合ロールシャッハカードⅦ
7 ロールシャッハ検査研究対象患者の反応不能の出
は、カード選択の調査では好きなカードの第6位(出
現枚数の男女差
現率4.7%)であり(表5)嫌いなカードの第6位
ロールシャッハ検査の反応不能の男女差について調
(出現率9.5%)である(表6)。男性患者群はロール
査した(表7)。反応不能の平均値は男性患者群2.62
シャッハカードⅦが特に好きでもないし特に嫌いない
枚(SD2.89)女性群2.25枚(SD2.98)である。ロール
カードでもない。ロールシャッハ反応の出にくいカー
シャッハ検査の反応不能の出現枚数は、男女どちらも
ドになる理由は、男性患者群の場合カードが好きとか
2枚台であることで共通点が見られるが、男性患者群
嫌いということではないようである。
がわずかに高い。
女性患者群の場合、ロールシャッハ反応の出にくい
カードの基準は0.64個未満である(平均値0.8個×0.8)。
表7
ロールシャッハ検査の反応不能の男女差
男性群N=43
ロールシャッハ反応の出にくいカードの基準に達して
女性群N=12
N=43
出現率%
N=12
出現率%
男女差のχ2 検定
いるカードは女性患者群の場合は0枚であるが、カー
反応不能が
0枚の人
13人
30%
4人
33%
χ2=0.006 df=1
ドⅨ(平均0.67個)とカードⅩ(平均0.67個)の2枚
反応不能が
3枚以上の人
18人
42%
3人
25%
χ2=0.621 df=1
反応不能が
10枚の人
3人
25%
1人
8%
χ2=0.125 df=1
反応不能の
枚数の平均
2.62枚
SD2.89
2.25枚
SD2.98
の平均反応個数が一番低い。女性患者群の場合、カー
ド選択の調査ではロールシャッハカードⅨは嫌いなカ
ードの第3位(出現率8.3%)であり好きなカードの
第6位(出現率0.0%)である。ロールシャッハカー
ロールシャッハ検査で反応不能は出現枚数が0枚で
ドⅨでは女性患者群の場合やや嫌いな傾向が見られる
あることが健康的で望ましいとされている。ロールシ
調査結果である。一方ロールシャッハカードⅩは好き
ャッハ検査で反応不能が0枚の患者の出現数について
なカードの第2位(出現率25.0%)であり嫌いなカー
統計学的に有意な男女差はないが(χ2 =0.006
ドの第3位(出現率8.3%)である。好きなカードと
1)、出現率は、男性患者群30%(13人)女性患者群
しての出現率が25.0%と特に高い。女性患者群の場合
33%(4人)である。女性患者群が3%だけ高い。反
ロールシャッハカードⅩは好きな傾向が見られる調査
応不能が健康的で望ましい値(0枚)を示した患者は、
結果である。ロールシャッハ反応の答えにくい理由に
男女群ともにわずか30%程度の出現率である。
df=
ついて女性患者群の場合は、やや嫌いなカードⅨと特
ロールシャッハ検査で反応不能が10枚も出している
に好きなカードⅩにおいて平均反応個数が低いという
患者の場合は生活環境に対応することができない重い
矛盾する2枚の調査結果が出ていることを考えると、
状態像である。ロールシャッハ検査の反応不能を10枚
カードが好きとか嫌いということが答えにくい理由で
も出している患者の出現人数について統計学的に有意
はないと考察される。ロールシャッハ反応が出にくい
な男女差はないが(χ2 =0.125
理由については、男性患者群も女性患者群もカードが
男性患者群25%(3人)女性患者群8%(1人)であ
好きとか嫌いということが理由ではないということで
る。男性患者群の場合はロールシャッハ検査で10枚全
男女共通している。
部のカードに反応不能を出す患者が25%もいることを
男性患者群はロールシャッハ反応の出やすいカード
と出にくいカードとの差が大きいことが特徴である。
女性患者群の場合は、男性患者群にくらべるとロール
シャッハ反応の出やすいカードと出にくいカードとの
df=1)、出現率は、
指摘しておきたい。
8 ロールシャッハ検査研究対象患者のカード別反応
不能の出現数の男女差
ロールシャッハ検査の反応不能のカード別出現数の
差がわずかである。これが一つの男女差になっている。
男女差について調査した。ロールシャッハカード10枚
ロールシャッハ反応の解釈的見地からこの男女差につ
全体の反応不能の出現率の平均は男性患者群26.3%女
いて換言すると、男性患者群は女性患者群に比べると
性患者群22.6%である(表8、図2)。男女差は3.7%
10
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
表8
平均
るが、女性患者群は男性患者群ほど答えにくいわけで
ロールシャッハ検査反応不能の
カード別出現率%
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
はない。ロールシャッハカードⅣは、一般的に権威的
Ⅸ
Ⅹ
な印象あるいは威圧的な印象が強いカードであると言
男性群の
出現率%
26% 9% 26% 16% 30% 12% 35% 35% 28% 37% 35%
われている。男性患者群はカードⅣのような権威的な
女性群の
出現率%
22% 17% 25% 17% 25% 17% 25% 8% 17% 42% 33%
印象あるいは威圧的な印象に対してはうまい対処がで
3.7% 8%
きないらしいことが示唆される。女性患者群にとって
男女差
1%
1%
5%
5% 10% 27% 11% 5%
2%
はカードⅣのような権威的な印象あるいは威圧的な印
象に対しては比較的平気であることが示唆される。カ
男性群の出現率%
女性群の出現率%
45
が出やすいカードであるといわれている。カードⅦは、
母親カードあるいは女性カードともいわれているカー
40
ドであるが、不安を引き起こしやすい特徴と女性の性
35
反応が出やすい特徴のあるカードである。
30
出
現 25
率 20
%
15
ロールシャッハ検査で反応不能の出現率が一番高い
カードについて男女差を調査した。ロールシャッハ反
応不能の出現率が一番高いカードは、男女ともにカー
10
ドⅨである。ロールシャッハカードⅨの反応不能の出
5
0
ードⅥは愛情に関係している陰影反応あるいは性反応
現率は男性患者群37%女性患者群42%である。男性患
平均
Ⅲ
Ⅵ
Ⅸ
ロールシャッハカード
図2
ロールシャッハ検査反応不能の
カード別出現率
者群も女性患者群もロールシャッハカードⅨが難しい
ことが示唆されるが、女性患者群にはカードⅨが特に
困難なカードである。
反応不能の出現率について男女差の一番大きいカー
ドを調査した。反応不能の出現率の男女差が10枚の中
で小さい。
で一番大きいカードはロールシャッハカードⅦであ
反応不能の出現率が高いカードについて男女差を調
る。ロールシャッハカードⅦの反応不能の出現率は男
査した。反応不能の出現率が30%をこえているカード
性患者群35%女性患者群8%である。その差は27%で
を反応不能の高いカードと規定した。男性患者群の場
著しい男女差がある。
合に反応不能の出現率が30%をこえているロールシャ
9 ロールシャッハ検査研究対象患者のP反応の男女
ッハカードはカードⅣ(出現率30%)・Ⅵ(出現率
35%)・Ⅶ(出現率35%)・Ⅸ(出現率37%)・Ⅹ
(出現率35%)など5枚も出現している。
差
ロールシャッハ検査のP反応について男女差を調査
した(表9)。ロールシャッハ反応のP反応の判定に
女性患者群の場合は反応不能の出現率が30%をこえ
ついては、ロールシャッハ検査片口法のP反応リス
ているカードは、カードⅨ(出現率42%)とカードⅩ
ト23)24)に準拠した。P反応の出現数の平均値は男性患
(出現率33%)の2枚である。ロールシャッハカード
表9
ⅨとカードⅩの2枚は、男性患者群にとっても女性患
ロールシャッハP反応の男女差の調査
男性群N=43
者群にとっても反応不能の出現率が30%をこえる答え
女性群N=12
N=43
出現率%
N=12
出現率%
男女差のχ2検定
にくいカードである。この点では男女の共通性が見ら
P反応が0個
の人
6人
14%
2人
17%
χ2=0.020 df=1
れる。ロールシャッハ検査のカードⅨとカードⅩの刺
P反応が2個
未満の人
12人
28%
2人
17%
χ2=0.23
df=1
激特性は多彩色カードであるということで、2枚は共
P反応が3個
以上の人
67%
χ =1.96
df=1
χ =7.164 df=1 P<0.01
通している。
ロールシャッハカードⅣ・カードⅥ・カードⅦの3
枚については、男性患者群には答えにくいカードであ
P反応が4個
以上の人
P反応の
平均
17人
40%
8人
6人
14%
6人
50%
2.16個
SD1.31
3.12個
SD1.86
2
2
小林
表10
P反応の判定
基準
俊雄
11
「熊・犬・ブタなどの動物」)、カードⅢ(「人」)、カー
ドⅣ(「毛皮」。「竜・牛・馬などの頭」)、カードⅤ
病値
P反応2個
(「コウモリ」。「蝶」)、カードⅥ(「毛皮」)、カードⅦ
準々正常値
P反応3個
(「人」。「犬・ライオン・ゾウなどの動物」)、カードⅧ
準正常値
P反応4個
正常値
P反応5個から6個
(「豹・ライオン・熊・カメレオンなどの動物」)など
である。片口法のP反応リストにはカードⅨとカード
者群2.16個(SD1.31)女性群3.12個(SD1.86)である。
ⅩのP反応が存在していない。ロールシャッハ検査小
ロールシャッハ検査のP反応の出現個数の平均値は、
林法ではロールシャッハ反応の質疑段階を行わないの
男性患者群が約2個で女性患者群が約3個である。P
で、受検患者の反応が本当にP反応になっているかど
反応は2個が病値として考えられている出現個数であ
うかは分からないことを明記しておきたい。
る(表10)。P反応の3個は準々正常値として考えら
表11
れている。P反応が3個に達していない場合にはうま
く適応できない場面が頻繁にみられる状態像であると
考えられている。P反応の出現個数が2個未満(病値)
の患者の出現人数について統計学的に有意な男女差は
2
ない(χ =0.23 df=1)。
P反応の出現個数が準々正常値(3個)以上の患者
の出現人数について統計学的に有意な男女差はないが
2
平均
ロールシャッハP反応の
カード別出現率
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
男性群のP反応
27% 32.5% 26.7% 60.4% 0.00% 62.7% 6.97% 23.2% 6.9%
出現率%
女性群のP反応
39% 41.6% 50.0% 66.6% 8.33% 58.3% 16.6% 45.8% 25.0%
出現率%
男女差
12
9.1
23.3
6.26
8.33
4.37
9.69
22.6
18.0
P反応がリストアップされているカード8枚全体の
df=1)、出現率は、男性患者群40%(17
P反応の平均的出現率は、男性患者群27.03%女性患
人)女性患者群67%(8人)である。P反応の出現個
者群39.06%である(表11)。P反応の平均的出現率は
数が準々正常値(3個)以上の患者は女性患者群の場
女性患者群が男性患者群に比べて12.03%だけ高い。
(χ =1.96
合70%近くいる。P反応が準正常値(4個)以上の患
P反応が多く出ているカードについて男女差を調査
者の出現人数について統計学的に1%水準の有意な男
した。P反応の出現率が60.0%を越えているカードを
女差がある(χ2 =7.164
df=1)。P反応が準正常値
P反応が多く出ているカードと規定した。男性患者群
(4個)以上の患者の出現率は、男性患者群14%(6
の場合、P反応が多く出ているカードはカードⅢ(出
人)女性患者群50%(6人)である。P反応が4個以
現率60.4%)とカードⅤ(出現率62.7%)など2枚あ
上の患者は女性患者群が多い。
る。女性患者群でP反応が多く出ているカードはカー
P反応の出現個数は5個から6個位が正常値として
ドⅢ(出現率66.66%)の1枚だけである。女性患者
考えられている。P反応を1番多く出した患者につい
群はP反応が多く出ているカードの枚数は男性患者群
て調査した。P反応を1番多く出した患者は、男性患
よりも1枚少ないけれども、既述の通りカード1枚あ
者群の場合1人(5個)女性患者群1人(6個)であ
たりのP反応の平均的出現率は男性患者群に比べて高
る。P反応の出現個数から分析すると女性患者群は医
いのである。ロールシャッハカードⅢのP反応は「人
療関係者との治療関係をスムーズに築いていく事例が
間」反応である。ロールシャッハカードⅢのP反応は
多い傾向が見られると考察される。男性患者群は医療
男女の患者群のいずれも出現率が高い。カードⅤのP
関係者と治療関係を築いていくことが困難な事例が多
反応は「コウモリ」反応と「蝶」反応であり男性患者
い傾向が見られると推察される。
群に多く出現する傾向がある。男性患者群は「コウモ
10 ロールシャッハ検査研究対象患者のP反応のカー
リ」や「蝶」のように飛翔できる動物を答える反応傾
ド別出現率の男女差
向があることが示唆される。女性患者群は飛翔できる
ロールシャッハ検査のP反応のカード別出現率につ
いて男女差を調査した(表11)。ロールシャッハ検査
片口法のP反応リスト
17)24)
によると具体的にP反応は
カードⅠ(「蝶」。「コウモリ」)、カードⅡ(「人」。
動物が少ないという点に心理的特徴がある。
P反応の出現率が少ないカードについて男女差を調
査した。P反応の出現率が10.0%に達していないカー
ドをP反応の出現率が少ないカードと規定した。P反
12
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
応の出現率が少ないカードは男性患者群の場合、カー
メージが交通事故を誘発しているように思われる。
ドⅣ(出現率0.00%)、カードⅥ(出現率6.97%)、カ
P反応の出ているカード8枚のなかで出現率の男女
ードⅧ(出現率6.97%)など3枚ある。女性患者群の
差が1番大きいカードについて調査した。P反応の出
場合、P反応の出現率が少ないカードはカードⅣ(出
現率の男女差が1番大きいロールシャッハカードはカ
現率8.33%)の1枚だけである。女性患者群の場合は、
ードⅡ(男女差23.3)とカードⅦ(男女差22.6)の2
既に述べたようにどのカードにも平均的にP反応の高
枚である。カードⅡのP反応は「人」反応と「熊・
い出現率が見られる。男性患者群の場合にはP反応が
犬・ブタなどの動物」反応である。カードⅦのP反応
多く出ているカードが2枚もあるけれどもP反応の出
は「人」反応と「犬・ライオン・ゾウなどの動物」反
現が少ないカードが3枚もあるということでカードに
応である。カードⅡとカードⅦのP反応はどちらも女
よってばらつきが大きいという特徴がある。
性患者群の方で多く出現している。次にカードⅡの反
ロールシャッハカードⅣのP反応は「毛皮」反応で
ある。「毛皮」反応は男性患者群も女性患者群も出現
応内容の男女差について詳しく調査を行う(表12)
。
11 ロールシャッハ検査研究対象患者のカードⅡの反
応内容の男女差
率が低い。男女の患者群はともに「毛皮」反応が苦手
であるようだ。「毛皮」反応については愛情欲求に関
ロールシャッハカードⅡの反応内容について男女差
係していると解釈されることが多く、陰影反応になっ
を調査した(表12)。男性患者群は27種類の反応内容
ている確率が高い。男性患者群の場合にカードⅣの
が出現している。女性患者群は8種類の反応内容が出
「毛皮」反応が全く出ていないことに注目したい。
現している。男性患者群の反応内容の種類が多いよう
男性患者群の場合にはさらにカードⅥでも、P反応
になっている「毛皮」反応の出現率が低い。またカー
に見えるが、反応内容の種類と患者数の比率を調べる
と男性群62.79女性群66.66である。
反応内容の種類と患者数の比率は男性患者群が女性
ドⅧのP反応になっている「豹・ライオン・熊・カメ
レオンなどの動物」反応なども男性患者群は出現率が
表12
低い。ロールシャッハ検査でカードⅧのP反応になっ
ている反応領域については、受検患者が心の中に持っ
ている自己イメージの大きさとカードⅧで答えた動物
反応の大小サイズが比例していると考えられている。
例えば弱小の自己イメージを持っている受検患者は弱
小の動物を答える傾向が見られるが、強大な自己イメ
ージを持っている受検患者は豹・ライオン・熊などの
強そうな動物を答える傾向があると考えられている。
男性患者群がカードⅧのP反応の出現率が低いとい
うことは、交通事故によって男性患者の自己イメージ
が破壊されていてうまく答えられなくなったとか、交
通事故で受傷する以前から男性患者の自己イメージが
健全な発達をしていなかったということなどが考察さ
れる。女性患者群の場合は交通事故で自己イメージが
破壊されるという現象が少ないことが示唆される。あ
るいは女性患者群はもともと自己イメージが健全に発
達している事例が多いことが示唆される。患者の交通
事故状況の調査で見たように男性患者群は自分が運転
して交通事故を起こした事例が多いのに対して、女性
患者群は乗り合わせた車の運転手が交通事故を起こし
ている事例が多い。男性患者群は自己破壊的な自己イ
No.
カードⅡの反応内容の男女差
反応内容
女性群N=12
男性群N=43
出現率の
出現数 出現率% 出現数 出現率% 男女差
1
人
2
16.66%
1
2.32%
14.34
2
ゾウ
2
16.66%
4
6.97%
9.69
3
サンタクロース
1
8.33%
1
2.32%
6.01
4
顔
1
8.33%
1
2.32%
6.01
5
クマ
1
8.33%
1
2.32%
6.01
6
コウモリ
1
8.33%
3
4.65%
3.68
7
怪我した人
1
8.33%
0
0%
8.33
8
虫
1
8.33%
0
0%
8.33
9
二人
0
0%
2
4.65%
4.65
10 男と女
0
0%
1
2.32%
2.32
11 何か手合わしてる
0
0%
1
2.32%
2.32
12 人の縫いぐるみ
0
0%
1
2.32%
2.32
13 コビト
0
0%
1
2.32%
2.32
14 悪魔
0
0%
1
2.32%
2.32
15 オニ
0
0%
1
2.32%
2.32
16 目
0
0%
1
2.32%
2.32
17 肺
0
0%
1
2.32%
2.32
18 牛
0
0%
1
2.32%
2.32
19 犬
0
0%
3
6.97%
2.32
20 ウサギ
0
0%
1
2.32%
2.32
21 モグラ
0
0%
1
2.32%
2.32
22 イカ
0
0%
1
2.32%
2.32
23 カニ
0
0%
1
2.32%
2.32
24 チョウ
0
0%
1
2.32%
2.32
25 カブト虫
0
0%
1
2.32%
2.32
26 クワガタの頭
0
0%
1
2.32%
2.32
27 インドの建物
0
0%
1
2.32%
2.32
10
83.33%
33
76.74%
6.69
合
計
小林
俊雄
13
患者群よりも低い。男性患者群の方が反応内容の種類
あう事例が1%水準で有意に多い(χ2 =11.20
は多彩ではないという研究結果である。ほとんどの反
P<0.01)。臨床心理学的に見て注目される男女差とし
応内容は1人の受検患者にしか出現していない。ロー
て男性患者群の場合はロールシャッハ検査の未施行患
ルシャッハカードⅡの反応内容で出現率の男女差が1
者および拒否患者が出現することがあるが、女性患者
番大きいのは、「人」という答え方の反応である。ロ
群の場合は未施行患者も拒否患者も出現しないという
ールシャッハカードⅡの「人」という反応を答えた患
男女差がみられる。男性患者群は人間関係を持ちにく
者の出現人数について統計学的に有意な男女差はない
いケースがあるようだ。これはリハビリテーション治
2
が(χ =1.477
df=1)、出現率は、男性患者群
df=1
療にも影響すると考えられる。ロールシャッハ検査小
2.32%(1名)女性患者群16.66%(2名)である。ロ
林法を紹介した。ロールシャッハ反応総数の平均値は、
ールシャッハカードⅡの「人」という反応は女性患者
男性患者群7.95個(SD3.33)で女性患者群8.0個
(SD3.81)である。女性患者群は50%の患者が心理的
群で多く出現している。
ロールシャッハ解釈の視点から注目される反応内容
健康上望ましい反応総数(10個以上)を出している。
をあげると、男性患者群には患者のボディイメージが
交通事故のリハビリテーション患者に応接していくと
著しく破壊された心理状態であることを示唆する「肺」
きには、女性患者群の場合には反応総数0個の重い状
「悪魔」「オニ」「コビト」などのロールシャッハ反応
態像の事例が17%も存在していることに配慮していく
が出現している。「目」反応は対人恐怖や視線恐怖の
ことが望まれる。P反応が準正常値(4個)以上の患
心理傾向が強いことを暗示している。男性患者群は、
者は1%水準で女性患者群が有意に多い(χ2 =7.164
「モグラ」など明るい地上で暮らしていない生物ある
df=1
P<0.01)。ロールシャッハカードⅦは、男性
いは「イカ」「カニ」などの水生動物を答えているこ
患者群の場合反応の出にくいカードであるが、女性患
とが注目される。また「カブト虫」「カニ」「クワガタ
者群の場合はロールシャッハ反応の出やすいカードで
の頭」などのように自身が堅い殻で守られている生物
ある。男性患者群はロールシャッハ反応の出やすいカ
を答えているというロールシャッハ反応上の特徴が見
ードと出にくいカードとの差が大きいことが特徴であ
られる。「インドの建物」というFK反応(通景反応、
る。女性患者群の場合は反応の出やすいカードと出に
三次元立体反応)と思われる反応内容が出現している
くいカードとの差がわずかである。この調査結果のロ
ことも大きな男女差である。
ールシャッハ解釈として男性患者群は女性患者群に比
女性患者群の場合は、「怪我した人」ということで
べると状況に左右されやすい傾向が強いが、女性患者
ボディイメージが著しく壊破された心理状態であるこ
群の場合は状況に左右されにくく安定している傾向が
とをとても素直に表現していることが特徴である。女
強いことが考察される。男性患者群は自己破壊的な自
性患者群の場合は対人恐怖や視線恐怖の心理傾向は見
己イメージが交通事故を誘発しているようである。男
られないのである。
性患者群には患者のボディイメージが著しく破壊され
13.ロールシャッハ検査の男女の差のまとめ
た心理状態であることを示唆する「肺」
「悪魔」
「オニ」
本研究の目的は、臨床心理記録(2歳−93歳、3567
「コビト」などのロールシャッハ反応が出現している。
名)の中から30歳以下の交通事故のリハビリテーショ
ン患者のロールシャッハ検査資料を抽出して、臨床心
文献
理学的に男女差について調査研究を行うことである。
1)Hermann Rorschach(1921)Rorschach-Test
調査対象の患者は男性患者50名、女性患者12名、男女
Psychodiagnostik
比4.16:1で男性患者が1%水準で多い(CR=4.69
Publishers.Printed in Switzerland、Distributors
P < 0 . 0 1 )。 患 者 の 平 均 年 齢 は 男 性 患 者 群 2 2 . 3 4 歳
for Japan Nihon Bunka Kagakusha Co.LTD.
、
(SD13.43)女性患者群21.83歳(SD6.36)である。男
性患者群は女性患者群に比べるとバイク運転の事故事
2
例が1%水準で有意に多い(χ =7.483
df=1
P<
0.01)。女性患者群は自動車に乗せてもらって事故に
Tafeln、Verlag Hans Huber
Tokyo.
2)Rorschach、H.
( 1921)Pshychodiagnostik、
Verlag Hans Huber、Bern.
3)ヘルマン・ロールシャッハ(1969)『精神診断学』
14
ロールシャッハ検査における交通事故リハビリテーション患者の男女差
東京ロールシャッハ研究会訳、牧書店、第2版.
4)Kataguchi、Y.et al.(1970)what is the Ka-Ro
inkblot test、22、 Psychopsy : Manual for KaRo inkblot test.Tokyo : Kaneko Shobo.
5)片口安史・小林俊雄(1974)「ロールシャッハ・シ
ブック』創元社.
15)松本眞理子・石川元・松本英夫・大原健士郎(1985)
「家族合意ロールシャッハ法に関する一試論一登
校拒否症例の家族療法を通して」1593頁−1602
頁、臨床精神医学、第14巻第11号.
リーズに対するカロ・シリーズの等価性について
16)中村伸一(1986)「特集テストによる家族評価
の検討(Ⅰ)―図版別の比較を中心として」1
家族ロールシャッハ法」16頁−26頁、家族療法
頁−6頁、
『中京大学文学部要』第9巻、第1号.
6)小林俊雄・片口安史(1981)「ロールシャッハシリ
ーズに対するカロ・シリーの等価性についての
検討(Ⅱ)―一般的形式カテゴリーによるシリー
研究、第3巻第1号.
17)片口安史(1969)『心理診断法詳説』牧書店、16
版.
18)中村延江(2005年)「ロールシャッハ・テスト」
ズ全体についての比較」1頁−19頁、『中京大学
120頁、「投影法心理検査における情報統合の過
文学部紀要』第15巻、第4号.
程」、『臨床心身医学入門テキスト』、吾郷晋浩・
7)小林俊雄(1982)「カロ・インクブロット・テスト
河野友信・末松弘行編、三輪書店、第1版第1刷.
の研究(Ⅰ)―事例によるロールシャッハ・テス
19)佐竹隆三(1961)「Ewald Bohm博士の思い出」
トとの比較」44頁−45頁、『北海道心理学研究』
第4号.
8)小林俊雄(1987)「ロールシャッハ・シリーズに対
するカロ・シリーズの等価性についての検討(Ⅲ)
―イディオグラフィックな視点から」75頁−96
頁、『片口安史教授還暦記念論文集』
、中京大学.
9)カロ研究グループ(1972)「平行シリーズの必要
性」5頁−6頁、『カロ・インクブロット・テスト
解説』
、金子書房.
10)片口安史(1969)「インクのしみ」4頁、『心理診
断法詳説』牧書店、16版.
11)豊島真・杉山善朗・小林俊雄(1984)「Zテストに
よるガン患者の心理的研究」7頁−8頁、『北海
道心理学研究』第6号.
12)本明寛(1952年)『臨床的精神診断法解説』、金子
書房.
13)Lovelad N、T.、Wynne L、C.、Singer、M.T.
(1963)The family Rorschach : A new method
210−224頁、ロールシャッハ研究Ⅳ.
20)黒田浩司・山本和郎(1986年)「ロールシャッハテ
ストの解釈における情報処理過程」406頁、『日
本心理学会第50回大会発表論文集』.
21)Rorschach、H.
(1972)Zusaammenstellung der
igna und bkürzungen.14、Pshychodiagnostik、
9、Verlag Hans Huber、Bern.
22)黒田浩司(1985)「投影法心理検査における情報
統合の過程」177頁、『日本心理学会第49回大会
発表論文集』
.
23)片口安史(1969)「筆者のP反応リスト」100頁、
『心理診断法詳説』牧書店、16版.
24)片口安史(1974)「筆者のP反応リスト」95頁、
『新・心理診断法』金子書房、初版.
本研究は、2008年に終了した文部科学省の私立大学
学術研究高度化推進事業オープン・リサーチ・センタ
ー整備事業の一環として行われたORC研究プロジェク
ト担当領域:Project2学校教育相談とコミュニティ
for studying family interaction.187-215、
ネットワークの確立についての研究報告(主担当研究
Family Process、2(2)
.
領域:地域病院との連携(高齢者・交通事故脳外傷))
14)高橋靖恵(2006)「コンセンサス・ロールシャッ
ハ検査法」289頁−293頁、『心理査定実践ハンド
に続く発展的研究である。