別紙 10 - がん情報サービス

症状緩和や医療用麻薬の適正使用を目的とした、院内クリティカルパスの整備状況と活用状況
記載の有無
※「あり」とするとデータ抽出の対象となります。記載する内容がない場合は「なし」としてください。「なし」の場合は以下について記入の必要はありません。
あり
病院名: 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院
期間: 平成27年6月1日~7月31日
パス整備数:
パス適応患者数:
症状
院内クリティカルパス名
例 がんによる痛み
1
オピオイド投与パス
新規の適
応患者数 最終更新日
(人)
8
2015/7/2
がん患者の『がん性疼痛』、『呼吸困難感』および『精神症状』に関
するマニュアル(別紙10別添資料①~③)を作成し、これらを使用
することでそれぞれの症状緩和に努め、また医療麻薬の適正使
用にも活用している。
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別紙10(症状緩和・医療用麻薬の適正使用)
虎の門病院がんサポートチーム編 緩和医療マニュアル
がん性疼痛のマネージメント
改訂版 3
はじめに
がん性疼痛は病期に関わらず病初期からも発生するが、一般的には原疾患の進行に伴って出現
頻度は高くなる。死亡の三ヶ月前には出現頻度が 30%程度であるのに対して、一ヶ月前になる
と 70%から 80%にまで上昇する。 これらの痛みは持続性のものが大半を占め、痛みの 50%は
かなり程度が強く、30%は耐え難い痛みであると言われており、そのマネージメントは重要で
ある。
また痛みの原因は単一であることは少なく、 60∼80%の患者は複数の原因による痛みを抱え
ている。このように、多くのがん患者で疼痛の原因が複数であるということを理解しておくこと
は、適切な疼痛緩和を行ううえでは必須のことである。また、経過中に痛みの性状や部位が変化
したり、加わったりすることも多いが、その際には原因もまた変化していることがあり、その都
度必要な画像検査等で再評価を繰り返すこともまた重要である。一方で疼痛の程度は原疾患の進
行と必ずしも一致しない。一般的に疼痛の増強は原疾患の進行を意味すると考えられがちであり、
そのような認識が患者・家族の不安をよりいっそう増大させることが多いため、この点は十分説
明する必要がある。
これらのがん性疼痛は、後述する WHO 方式に従い、適切に鎮痛薬や鎮痛補助薬を使用すれ
ば 80-90%は緩和することができる。残り 10-20%の神経障害性疼痛に代表される難治例の疼
痛マネージメントは今後の重要な課題である。
がん性疼痛のマネージメント
疼痛強度の評価
下に示すようなペインスケールを用いて評価することが多い。これにより痛みの程度に客観性
を持たせ、薬物効果などを判定しやすくなる。一方で、患者によっては負担になる場合もあり、
必ずしもこのような評価が有効であるとは言えない。
NRS (Numerical Rating Scale)
0-10 までの 11 段階で評価する。
全く痛みがない
考え得る最悪の痛み
V
AS (Visual Analogue Scale)
100mm の直線上に印をしてもらい、左端からの長さを計測する。
0 mm
全く痛みがない
Face Scale
視覚的に 0-5 まで 6 段階で評価する。
1
虎の門病院がんサポートチーム編
100 mm
考え得る最悪の痛み
がん性疼痛のマネージメント
がん性疼痛の分類
原因による分類
原因別に分類すると下表のようになる。このうち、がん自体に起因する疼痛は全体の約 70%
であり、がん患者の訴える痛みの全てががんそのものに起因するものでないことが分かる。また、
がん自体に起因する痛みもその原因によって、オピオイドの反応性などに差異があるため、適切
に診断することが極めて重要である。
性状
特徴
がん自体に起因する痛み
体性痛
内臓痛
神経障害性疼痛
部位が限局
「うずく」「差し込む」(例 : ケガ、火傷)
骨転移が代表例
部位が不明確
「しめつけられる」「鈍い」 (例 : 腹痛)
肝癌、膵癌などが代表例
末梢神経障害では支配領域に一致
中枢障害では感覚・機能障害部に一致
「灼かれる」「刺される」「電気が走る」
脊椎転移・骨盤内腫瘍 (子宮/直腸癌)・パンコー
スト腫瘍などが代表例
体動時に増悪しやすい
NSAIDs が有効
随伴症状 (嘔気・発汗等)
オピオイドが効きやすい
時にアロディニア*を伴う
オピオイドだけでは緩和が困難
鎮痛補助薬が必要
がん治療に起因する痛み
術後痛
術部に一致
手術による神経損傷
経過とともに軽快
頚部郭清・開胸・乳房切除後等
化学療法の副作用
末梢神経障害
アルカロイド・プラチナ・タキサン製剤
で起こり易い
放射線治療の副作用
照射による末梢神経障害
衰弱に起因する痛み
褥瘡・口内炎・便秘等
がん以外に起因する痛み
変形性脊椎症・帯状疱疹・リウマチ等
* : アロディニア (allodynia)
通常は痛みを誘発しないような刺激 (衣服や布団の擦れなど) で痛みを感じること
出現の仕方による分類
上記した分類とは別に、出現様式により分類すると下図のようになる。
これらを分類することもまた治療方針を決める上で重要である。つまり、「何をしていても一
日を通してずっと痛いような場合 (持続痛・安静時痛)」には、定期投与しているオピオイドを
増量することで効果が期待できるが、「たいていは痛くないが時々急に痛くなるような場合 (突
出痛)」には定期オピオイドの増量だけでは効果は得にくく、逆に眠気などの副作用が出やすく
虎の門病院がんサポートチーム編
2
がん性疼痛のマネージメント
なる。このような場合には、レスキューを使用することが基本である。体動時など、あらかじめ
疼痛の出現することが予測される場合 (歩行時・入浴時など) には前もってレスキューを使用す
ることで痛みを予防できることもある。
持続痛・安静時痛
突出痛 (breakthrough pain)
NRS
NRS
NRS
10
10
10
0
0
0
治療目標の設定
疼痛マネージメントの最終目標は完全に疼痛を取り去ることではあるが、現実的には困難な場
合が多い。上記した突出痛や難治性の神経障害性疼痛が典型である。患者が完全に痛みが取れる
ことを期待し、現実との間にギャップが生まれると医療者との関係が悪化しかねない。疼痛緩和
治療を行うにあたっては下記のように段階を追って実現可能な目標を立て、医療者と患者の目標
をすり合わせることが重要である。そしてマネージメントが困難な例でも、「現状よりは楽にな
るようにする」ことを保証し、常に新たな方法を探し実行し続ける医療者側の努力が欠かせない。
それらは単に薬の調整だけでなく、体と言葉のコミュニケーションも大きな要素である。
第一目標
「夜間、今より少しでも長く眠れるようにしましょう」
「痛みで夜間起きてしまうことがないようにしましょう」
第二目標
「日中、痛みを感じる時間が今より少しでも短くなるようにしましょう」
「臥位や坐位時など安静時に痛みがなくなるようにしましょう」
第三目標
「散歩できる時間や距離を今より少しでも長くなるようにしましょう」
「体を動かしても痛みが出ないようにしましょう」
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 同一患者でも痛みの原因は複数あり、それぞれの痛みについて正確に診断する
□ アロディニアがあればまず神経障害性疼痛である
□ 突出痛に対して定期オピオイドだけを増量しても無効であることが多い
□ 目標は段階を踏んで設定し、医療者̶患者間で共有する
3
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
WHO 方式がん疼痛治療法
1986 年に第一版、1996 年に第二版が出され世界各国で用いられている治療法である。その
骨子は鎮痛薬使用の 5 原則と 3 段階除痛ラダーとから成る。
鎮痛薬使用の 5 原則
① できるだけ経口で (by mouth)
② 時刻を決めて (by the clock)
毎食後などの指示は避け、24 時間毎・12 時間毎・8 時間毎の間隔で内服する
突出痛にはその都度レスキューを使用する
③ ラダーに沿って段階的に (by the ladder)
第 1 段階の非オピオイド系薬剤 (アセトアミノフェンや NSAIDs ) は、段階
が上がっても基本的には継続する
④ 患者ごとに個別の量で (for the individual)
鎮痛薬、特にオピオイドの必要量は患者ごとに大きく異なる
同一患者でも病状によって必要量は刻々と変化する
オピオイドには天井効果がなく、標準投与量という考えは存在しない
⑤ さらに細かい配慮をもって (with attention to detail)
薬剤の説明や副作用対策をしっかりと行う
臓器障害のある患者では薬剤の選択や投与量の調整が必要である
オピオイドの急激な減量や中止は退薬症状を引き起こすので避ける
患者によっては麻薬を使いたくないという信念を持つ場合がある
しかしながら、場合によっては①から③の原則にこだわり過ぎないことが必要なこともある。
① 経口にこだわり過ぎない
タイトレーション*を持続皮下注射あるいは持続静脈注射で開始する
内服が困難になると考えられる場合に早めに非経口投与に切り替える
② 時刻にこだわり過ぎない
時刻ごとに内服するのが困難だったり、逆に QOL を損なう場合には食後でも構わない
③ ラダーにこだわり過ぎない
オピオイドより NSAIDs が効くこともある
場合によっては、初めから第 3 段階からコントロールを開始しても良い
NSAIDs の漫然とした使用を避けるため中止・アセトアミノフェンへの変更を検討する
* : タイトレーション
低用量から始めたオピオイドを、除痛するために必要な量まで段階的かつ速やかに増量していくこと
虎の門病院がんサポートチーム編
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がん性疼痛のマネージメント
3 段階除痛ラダー
第 1 段階
軽度の痛みには非オピオイド (アセトアミノフェン・NSAIDs) を使用する。
第 2 段階
第 1 段階の薬剤でコントロールが不良な際には弱オピオイドを併用する。
□リン酸コデイン
□ オキシコドン (低用量)
□ トラマドール (トラマール®) (2010 年 12 月採用薬)
第 3 段階
第 2 段階の薬剤から各種強オピオイド (モルヒネ・オキシコドン・フェンタニル) に
変更する。
また、第 1∼3 段階それぞれで必要に応じ鎮痛補助薬を併用する。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ WHO 方式に従えばがん性疼痛の 80-90%は緩和することができる
□ 鎮痛薬使用の 5 原則は遵守するのが基本だが、患者毎に柔軟に対応する
5
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
痛みのアセスメント
痛みをもつ患者と接する場合の基本原則
がんの痛みをもつ患者さんと向き合う場合は、次のような姿勢が基本原則となる。
① 患者の訴える痛みを信じ、患者の主観的体験を理解する
② トータルペインの観点からとらえる (下図)
③ 痛みの身体的原因を正確にとらえる
④ 痛みの原因、個々の状況に合わせて適切な薬剤を使用する
⑤ 痛みに影響する因子を把握する
⑥ 鎮痛効果や副作用、日常生活状況を繰り返しアセスメントし、統合的に判断する
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図
トータルペイン
痛みのアセスメント
1) 痛みの初期アセスメント
痛みのある患者と出会い、まず行うのが初期アセスメントである。これをもとに、痛みの
全体像を把握するとともに、疼痛緩和の目標、治療・ケア内容を決定する。初期アセスメン
トはできる限り早期に実施することが望ましいが患者の痛みがあまりに強い場合は、鎮痛薬
を使用し患者が痛みについて語れる状態になってから行う。初めから患者は、痛みについて
虎の門病院がんサポートチーム編
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がん性疼痛のマネージメント
十分に表現できるとは限らないことや、この初期アセスメントが、患者と共に今後痛みのマ
ネージメントを行っていく上でのスタートラインとなることをふまえて、できる限り時間的
心理的余裕を持って行うことが大切である。以下に初期アセスメントの内容と留意点を示す。
① 痛みの部位
痛みの部位は一カ所と限らないため、「どこが痛みますか?」「痛みのあるところを
全部教えてください」と、すべての部位を確認する。出来る限り、その部位に触れ、
確認していく。その際、神経障害性疼痛の存在も考え、神経節(デルマトーム)を意
識しながら、 痛みの部位・範囲を確認する。
図
7
虎の門病院がんサポートチーム編
デルマトーム
がん性疼痛のマネージメント
② 痛みの性質・リズム
痛みのある部位それぞれについて痛みの性質・リズムを尋ねる。「どのような痛みで
すか?」「痛みはずっと続きますか、それとも波がありますか?」などと問うが、表
現が難しいこともあるため、こちらから質問するようにする。その際、体性痛・内臓
痛・神経障害性疼痛それぞれぞれの痛みをふまえ、患者に質問するようにする。
例)
□内臓痛の関与
「重苦しい(ずーんとした、鈍い、深い、押さえ込まれるような)痛みですか」
□体性痛の関与
「鋭い(ちくちくした、(部位の特定が不明瞭で)うずく、(痛みの部位が限局した)
さしこむ、痛みですか)「立ち上がるとき痛みが強くなりますか」
□神経障害性疼痛の関与
「電気が走るような(ビリビリ、刺すような、ズキンズキン、焼けるような、しめつ
けられるような、つっぱるような)痛みですか」「服が触れるだけでも痛みがありま
すか (アロディニア)」
③ 痛みの強さ
痛みを客観化するために用いる。前述したペインスケールを用いるが、それぞれの利
点・欠点をふまえ、 個々の患者に応用していく。患者が慣れていず、的確に表現で
きない場合や、経過の中で患者自身のペインスケールの評価値が変化する場合もあ
る。そのため、ペインスケールのみにこだわりすぎず、患者によっては痛みの有無や
日常生活動作でできることいった事柄で痛みの強さを捉えていくことも重要である。
④ 痛みの開始時期、持続期間、1日のパターン
痛みがいつから始まり、どれくらい続いているのかについて聞きながら、これまでの
痛みの経過、関連する病状の変化・治療を考えていく。また、1日の中で何回痛みが
出現し、いつ頃増強・軽減するかを聞き、鎮痛薬の投与時間・量の決定にいかす。夜
間の痛みの出現は不安が関与している可能性が考えられるため、夜間の疼痛緩和とと
もに、不安の軽減や良眠のための薬剤使用方法やケア内容を検討する。
虎の門病院がんサポートチーム編
8
がん性疼痛のマネージメント
⑤ 痛みの増強因子/緩和因子
痛みが何により出現し、増強するのか、またどのようなことで軽減するかを把握する。
患者の経験の中で痛みの緩和に有用であった方法をケアに組み入れたり、あるいは反
対に増強させる要因を取り除けるようにケアを計画する。
⑥ これまで使用した鎮痛薬とその効果・副作用
これまでに使用した鎮痛薬は何か、どれくらいの量か、どの程度効果があったかを聞
き、薬物の効果から痛みの原因を推察するとともに、無駄な薬物使用を避け、適切な
薬物使用ができるようにする。また、オピオイドを使用している場合など、副作用の
出現状況に関しても情報を得る。
⑦ 痛みの QOL への影響
痛みが睡眠、食事、活動などの日常生活動作や、気分などの心理状態、対人関係、仕
事や家族関係などの社会的状態にどのような影響を及ぼしているかを把握する。これ
らの内容が、痛み治療の目標設定や、治療の評価の視点ともなる。
⑧ 鎮痛薬に対する認識・信念
患者・家族の薬物そのものや、モルヒネ等の鎮痛薬の使用についてどのような認識・
信念をもっているかを把握する。これまでの体験や誤った知識に根付いた信念をもっ
ていることもある。
⑨ 痛みの原因や疼痛治療に対する認識
病名・病状の認識とも関連するが、医療者―患者―家族それぞれが痛みの原因や疼痛
治療に対する認識がずれていることがある。患者はたとえ病状について理解していて
も、身近な事柄と関連づけ痛みの原因を解釈していたり、疼痛治療が何故必要かを理
解できていないことで、自己判断で鎮痛薬を中止するなど、疼痛治療に影響を及ぼす。
⑩ 疼痛治療の目標
疼痛治療の効果は個々の患者自身が判定するものであり、決して医療者が決められる
ものではない。患者と医療者とで共通の目標をもつことは、医療者にとっても評価の
際の指標ともなる。痛みが和らいだら何をしたいかを尋ね、そのうえで患者とともに
達成可能な目標を段階的に設定していくようにする
例)
9
まずは夜間の痛みを緩和し、眠れるようにする→安静時の痛みを緩和する。
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
2)痛みの継続的アセスメント
1日 24 時間痛みの変化を観察し、薬物治療の効果・副作用、目標に向かっているか、患者・
家族の満足度等をアセスメントしていく。以下に主な内容を示す。
① 痛みを経時的に観察するとともに、レスキューを使用した場合は、最高血中濃度に達
する時間帯を目安に、痛みの強さや効果も把握する。
② 痛みの部位、性質など初期アセスメントの内容を引き続き確認する。
③ 日常の会話の中などから非言語的サインをキャッチし、抑うつ感情や痛みを紛らわす
ための行動はないか、日常の会話の中で患者・家族はがんという病気の体験や痛み
をどのように意味づけているか、患者の痛みや行動の変化はないか(患者自身が無
意識であることもある)、などを観察する。
④ 鎮痛薬に対する患者、家族の受け止め方に関して、「モルヒネと聞くと心配ですか」
というように不安の表出を促し、どのようなことが心配であるかをたずねてみるのも
一つの方法である。特に、モルヒネの開始や増量に抵抗を示す場合には、このような
質問をするよい機会である。
⑤ 適切な環境が保たれているか。
⑥ 除痛が図れてきたら今の痛みのレベルに満足しているかとたずねてみる。
痛みの継続的アセスメントにより、痛みが緩和されていないと判断される場合は、以下のよ
うな点から再度検討してみるようにする。

鎮痛薬の効果の判定方法に問題はないか?

薬物の効果に影響を及ぼす身体的変化はないか?

この症状は薬物の副作用かそれとも病状の変化か?

痛みを増強させる要因はないか?

患者の目標と医療者の目標はずれていないか?

医療者の態度や考え方・信念が影響していないか?
虎の門病院がんサポートチーム編
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がん性疼痛のマネージメント
第 1 段 階 : ア セ ト ア ミ ノ フ ェ ン と NSAIDs の 使 い 方
アセトアミノフェンと NSAIDs は除痛ラダーの全段階で使用される最も基本的な薬剤である。
それ故、長期投与されることが多く、特に NSAIDs では副作用の出現に十分注意する必要があ
る。これら薬剤は第 2・第 3 段階でも併用することが基本であるが、予後の程度によっては継
続の必要性や中止の可否、NSAIDs からアセトアミノフェンへの変更が可能かどうかなど、そ
の都度検討する必要がある。
アセトアミノフェン
アセトアミノフェンには NSAIDs のような抗炎症作用はないが、解熱鎮痛作用は 1 回投与量
を増すほど (1000mg/回まで) 増強する。半減期は 2.4 時間であり、1 日 4-6 回の内服が勧め
られる。我が国での常用量は 1 回 300-500mg、1 日 900-1500mg であったが 2011 年 1 月
に用量拡大が承認された (1 回 300 1000mg、1 日 4000mg まで)。また、アセトアミノフェ
ンには抗血小板活性・腎機能障害・消化性潰瘍などの副作用もなく幅広く使用することができる。
ただし、肝障害には注意が必要で、特に 1 日の投与量が 4000mg を超えると危険性が高くなる
ので注意が必要である。
また、後述する NSAIDs とは作用が異なるため併用することで鎮痛作用の増強も期待できる。
NSAIDs
NSAIDs は炎症や痛みに関与するプロスタグランジン (PG) の合成酵素であるシクロオキシ
ゲナーゼ (CO
X) を阻害し、PG の誘導を抑制することでその効果を発揮する。その抗炎
症作用は強力であり、炎症を伴う痛みや骨転移による痛みなどで特に有効である。逆に内臓痛に
対してはその効果が不十分であることもある。
CO
X には 2 つのアイソザイムがある。CO
X-1 は生理的に胃粘膜保護や腎血流
維持、血小板凝集などの生体の恒常性維持に関与している。一方、CO
X-2 は炎症刺激に
より誘導される酵素であり、炎症部位における PG 産生に大きく関与し、炎症や疼痛を増強さ
せる。そのため、副作用軽減のため CO
X-2 選択的阻害薬が開発されたが、それでも腎
障害は起こることがあり、さらには長期使用により心筋梗塞や脳梗塞などの合併症の報告も見ら
れている。NSAIDs を使用する際には、推定される生命予後から使用期間を想定し、安全性を
11
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
考慮した上で薬剤を選択することが重要である。
NSAIDs 開始時には胃腸障害の予防薬が必須である。保険適応のあるものはミソプロストー
ル (サイトテック®) のみだが、PPI (プロトンポンプ阻害薬) あるいは H2 ブロッカーが用いられ
ることが多い。
また、高齢者などでは血圧低下を来すことも多く注意が必要であるし、ワーファリンやニュー
キノロン系抗菌薬、および SU 剤などとの相互作用にも留意する必要がある。
当院採用のアセトアミノフェンと NSAIDs
一般名
アセトアミノフェン
インドメタシン
ロキソプロフェン
ナプロキセン
イブプロフェン
フルルビプロフェン
ジクロフェナク
メフェナム酸
アンピロキシカム
スリンダク
メロキシカム
セレコキシブ
エトドラク
商品名
(mg)
カロナール®
(200)(細粒)
インフリー®
(100)
ロキソニン®
(60)
ナイキサン®
(100)
ブルフェン®
(100)
ロピオン®
(50)
ボルタレン®
(25)
ポンタール®
(250)
フルカム®
(13.5)
クリノリル®
(100)
モービック®
(5)
セレコックス®
(100)
オステラック®
(100)
用量用法
鎮痛
消炎
解熱
半減期
(hr)
胃腸
障害
備考
1600 240
0mg 分 4-6
++
-
+++
2.4
-
肝障害
4C 分 2
++
+++
++
1.5
++
3T 分 3
++
+++
++
1.3
+
6T 分 3
++
+++
++
14
++
6T 分 3
++
++
+
1.8
++
150mg 分 3
++
?
?
5.8
?
3T 分 3
++
+++
+++
1.7
++
4C 分 4
++
?
?
2.3
?
2C 分 1
?
?
?
42
?
3T 分 2
+++
+++
+++
15
+
2 3T 分 1
++
+++
++
18
+
2-4T 分 2
++
+++
++
7
+
CO
X-2 選択阻害
4T 分 2
++
+++
++
6
+
CO
X-2 選択阻害
胃腸障害強い、骨髄抑制
トリアムテレンと併用禁忌
肝代謝のプロドラッグ
半減期短い
腫瘍熱に有効
安価 (42 円/日)
唯一の注射剤
筋注不可
最も強力、長期使用不可
トリアムテレンと併用禁忌
シロップあり
安価 (40 円/日)
半減期長い
肝障害では効果減弱
腎障害は少なめ
CO
X-2 選択阻害
半減期長い
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 第 1 段階の薬剤は長期使用することが多いので、その副作用には十分留意する
□ アセトアミノフェンと NSAIDs は併用することで、より効果が高まることがある
□ NSAIDs は骨転移による疼痛には必須である
虎の門病院がんサポートチーム編
12
がん性疼痛のマネージメント
実際の処方例
カロナール® (200)
8∼12 錠分 4 (毎食後と就寝前)
ロキソニン ®(60)
3 錠分 3 (毎食後)
ガスターD® (20)
1 錠分 1 (就寝前) ∼ 2 錠分 2 (朝食後と就寝前)【適応外】
モービック® (5)
2 錠分 1 (夕食後)
カロナール® (200)
8 錠分 4 (毎食後と就寝前)
プロテカジン® (10)
1 錠分 1 (就寝前) ∼ 2 錠分 2 (朝食後と就寝前)【適応外】
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虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
第 2 段階 : 弱オピオイドの使い方
第 2 段階で使用される薬剤はリン酸コデインと低用量オキシコドンであったが、2010 年 9
月にはトラマドールが加わった。オキシコドンは本来、強オピオイドに分類されるが、5mg の
低用量の錠剤があることから第 2 段階にも分類されている。
リン酸コデイン
リン酸コデインの鎮痛効果はモルヒネの約 1/10 である。副作用はモルヒネと同様であるが、
嘔気・嘔吐や眠気はモルヒネより軽度である。リン酸コデインには錠剤と散剤があるが、当院で
採用されているのは 5mg、20mg の錠剤と 10% の散剤である。5mg の錠剤は薬事保管上、
一般薬であるが 20mg の錠剤と 10% の散剤は麻薬に指定されている。
当院採用のリン酸コデインとがん性疼痛に使用される際の用法用量
剤型
5mg 錠
20mg 錠
10% 散
麻薬指定
なし
あり
あり
用量用法
1 回 4-8 錠、1 日 3-6 回
1 回 1-2 錠、1 日 3-6 回
1 回 20-40mg、1 日 3-6 回
リン酸コデインを開始するタイミングは、第 1 段階でのコントロールが「いまひとつ」にな
った時である。このタイミングで第 1 段階の薬剤にリン酸コデインを 1 回あたり 20mg、1 日
3-6 回の投与で併用する。リン酸コデインは日本では使用量は多くないが、強オピオイドよりも
低用量で使用でき (MS コンチン®:20mg/日∼、オキシコンチン®:10mg/日∼ これは MS コ
ンチン®15mg/日相当、リン酸コデイン®:60mg/日∼ これは MS コンチン®6mg/日相当)、高
齢者にも使用しやすく有用である。実際にリン酸コデインを使用することで強オピオイドを使用
することなく最期まで過ごせる例も多い。
リン酸コデイン開始時には下剤の投与は必須であるが、制吐剤は不要なことが多い。投与量が
120mg-240mg/日 (40mg/回) になった時点で第 3 段階への移行を考慮する必要がある。その
際にはリン酸コデインの約 1/6 量の MS コンチン® (もしくはオキシコンチン®約 1/10 量) へ変
更する。
また、リン酸コデイン使用時のレスキューは使用可能な範囲でアセトアミノフェンや NSAIDs
を使用するか、もしくはオキノーム散 0.5%® (2.5) 1 包などを使用する 。
虎の門病院がんサポートチーム編
14
がん性疼痛のマネージメント
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ リン酸コデインは第 1 段階でのコントロールが「いまひとつ」になった時に開始
□ リン酸コデインは 1 回 20mg から開始し 1 日 3-6 回内服
□ リン酸コデイン開始時には緩下剤は必須
□ リン酸コデインが 120-240mg/日になった時点で第 3 段階への移行を考慮
□ 強オピオイドへ移行する際は、MS コンチン®なら 1/6 量に、オキシコンチン®な
ら 1/10 を目安に変更
(例 : リン酸コデイン 120mg/日 →
MS コンチン®20mg/日 or オキシコンチン® 10∼15mg/日)
オキシコドン
オキシコドンを第 2 段階で使用する際にはオキシコンチン®5mg 錠を使用し、10mg 分 2 か
ら開始する。効果を見ながらレスキューの使用頻度も考慮し、ベースアップする (1 日あたりの
増加量は 20∼50%に留める)。
実際の処方例
リン酸コデイン錠® (5)
16 錠分 4 (6 時間毎、あるいは毎食後と就寝前)
マグラックス® (250)
3∼9 錠分 3 (毎食後)
オキシコンチン® (5)
2 錠分 2 (9 時、21 時)
ノバミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
マグラックス® (250)
3∼9 錠分 3 (毎食後)
トラマドール
トラマドール (トラマール®) はオピオイド受容体の中でμ受容体に結合し、オピオイド作用
を示す一方で、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 (SNRI) としても補助的に鎮痛
作用を示す可能性のある薬剤である。このため神経障害性疼痛に有効とされ、また麻薬扱いでも
ないため、海外では軽度から中等度のがん性疼痛に広く使用されている。日本でも 2010 年 9
15
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
月に発売となった。
トラマドールは他の経口強オピオイドと比較して便秘の副作用が少ない (約 30%) ことも特
徴である。開始時は 1 日 100mg を 4 回に分割投与し、1 回 100mg、1 日 400mg を超えない
ように漸増する。トラマール使用時のレスキューは 1 日投与量の 1/8∼1/4 を経口投与する。
また経口モルヒネとの換算比は 1:5 である (経口モルヒネ 60mg はトラマドール 300mg
に相当)。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ トラマドールの鎮痛作用にはオピオイドと SNRI の両者が関与している
□ トラマドールは麻薬扱いではない
□ トラマドールと経口モルヒネの換算は 1:5 である。
実際の処方例
トラマール® (25)
4 錠分 4 (6 時間毎、あるいは毎食後と眠前)
虎の門病院がんサポートチーム編
16
がん性疼痛のマネージメント
第 3 段階 : 強オピオイドの使い方
中等度から高度の疼痛には強オピオイドを使用する。NSAIDs が炎症を起こしている末梢組
織部で PG 産生を抑制し鎮痛効果を示すのに対して、オピオイドは主に中枢神経に多く存在する
オピオイド受容体に作用して鎮痛効果を示す。このように、両者の鎮痛薬としてのメカニズムは
全く異なるため両者の併用が有効であることが多く、強オピオイドを開始しても NSAIDs など
の第 1 段階の薬物は継続するのが基本である。
強オピオイド開始の流れ
第 2 段階でリン酸コデインや低用量オキシコンチン®、あるいはトラマール®を使用している
場合には第 3 段階への移行は比較的容易である。そうでない場合には速やかにタイトレーショ
ンを行い、至適量を決める必要がある。以下に強オピオイド開始の流れについて図に示す。
第2段階の薬剤を使用している
NO
持続的な痛みが強い場合
オキシコンチン
10mg分2もしくは15mg分3で開始
or
MSコンチン20mg分2で開始
or
24時間持続注射で開始
塩酸モルヒネ : 10mg/日より開始
フェンタニル : 0.1mg/日で開始
間欠的な痛みが主な場合
速効性製剤をレスキューとして
使用し、1日に使用するレスキュー
ドーズを元に1日量を換算する
例
オキノーム2.5mgをレスキューとして
1日6回 (計15mg) 使用した場合
定期オピオイド量を20-50%ずつ増量する
(倍量は過量になりやすい)
17
低用量オキシコドンの場合
虎の門病院がんサポートチーム編
リン酸コデインの場合
オキシコンチン10mgでは
コントロール不良
リン酸コデイン120-240mg
でもコントロール不良
15mg/日→20mg/日→30mg/日
の様に20-50%程度ずつ増量する
(倍量にすると過量になりやすい)
MSコンチン使用時
リンコデの1/6量
オキシコンチン使用時
リンコデの1/10量
を目安に変更する
オキシコンチン 20mg分2あるいは
15mg分3で開始
持続的な痛みが続く場合
(レスキューを使うことがなくても)
YES
定期オピオイドの作用時間前に効果が
消失してレスキューを使用する場合
1日に使用するレスキュー量を
定期投与量に上乗せする
突出痛が強くレスキューを頻用する場合
定期オピオイドの増量は必ずしも
有効でないので増量は慎重に行う
がん性疼痛のマネージメント
図に示すように、強オピオイドを開始する際には徐放性製剤から開始する方法と、速効性製剤
から開始する方法がある。どのオピオイドを選択するかについて、明確な指針はないが一般的に
第 1 選択薬として用いられるのはオキシコンチン®である。理由としては、①低用量の経口剤が
存在する、②モルヒネより副作用 (せん妄など) が軽微である、③MS コンチン®より安価である、
④腎障害例にも使用しやすい、⑤神経障害性疼痛にも効果が期待されている、などが挙げられる。
ただし、呼吸困難を伴う場合、イレウス症状を伴う場合にはそれぞれモルヒネ製剤やフェンタ
ニル製剤を第 1 選択薬として使用することがある。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 第 2 段階から強オピオイドへの移行は容易である
□ 低用量オキシコンチン®使用時には投与量を 20-50%ずつ漸増する
□ 強オピオイドの第一選択薬は基本的にはオキシコドンである
強オピオイドの種類
次項に強オピオイドの種類を示す。
ブプレノルフィン (レペタン®) やペンタゾシン (ソセゴン®) は有効限界があり、作用時間も
短いことから WHO の推奨する強オピオイドの基本薬からは除外されている (ブプレノルフィ
ンは代替薬に分類されている)。また、これらはオピオイド拮抗性鎮痛薬 (部分作動薬) であるた
め、モルヒネやオキシコドン、フェンタニルの強オピオイド基本薬との併用やオピオイドローテ
ーションは退薬現象や疼痛の著しい増強を引き起こすので行ってはならない。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ モルヒネ製剤は最も種類が豊富で、剤型も錠剤・散剤・注射剤・坐剤と揃う
□ 薬剤および剤型の違いにより、薬価が大きく異なる
□ レペタン®は一時的に用いる以外にはなるべく使用を控える
虎の門病院がんサポートチーム編
18
がん性疼痛のマネージメント
代表的な強オピオイドとその用量・薬価
一般名
塩酸モルヒネ
商品名
塩酸モルヒネ®
オキシコドン
227/100mg
10mg/1mL
315
50mg/5mL
1422
10mg
328
パシーフカプセル®
MS コンチン錠®
オキシコンチン®
オキノーム散 0.5%®
フェンタニル
100mg/g
塩酸モルヒネ注射液®
オプソ内服液®
硫酸モルヒネ徐放剤
薬価 (円)
モルヒネ塩酸塩注射液®
アンペック坐剤®
塩酸モルヒネ徐放剤
規格
20mg
621
5mg/2.5mL
124
10mg/5mL
231
30mg
814
60mg
1529
120mg
2800
10mg
257
30mg
752
60mg
1396
5mg
149
10mg
279
20mg
523
40mg
965.2
2.5mg
65
5mg
130
10mg
260
オキファスト注®
10mg
352
50mg
1609
デュロテップ MT パッチ®
2.1mg
1926
(3 日毎の貼り替え)
4.2mg
3467
8.4mg
6538
12.6mg
9356
16.8mg
12047
1mg
570
(1 日毎の貼り替え)
2mg
1063
(2010 年 12 月採用薬)
4mg
1982
6mg
2853
8mg
3695
フェントステープ®
フェンタニル注射液®
レミフェンタニル塩酸塩
アルチバ静注用®
塩酸ペチジン
オピスタン注射液®
塩酸ブプレノルフィン
レペタン坐剤®
0.1mg/2mL
350
2mg/V
2495
35mg/1mL
344
0.2mg
190
0.4mg
251
レペタン注®
0.2mg/1mL
167
ペンタゾシン
ソセゴン注射液®
15mg/1mL
78
ブトルファノール
スタドール注®
2mg/1mL
222
白抜き字は 2012 年 11 月時点で当院不採用規格
19
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
強オピオイドの比較
オピオイド受容体には代表的なものとしてμ (1,2 のサブタイプあり)、κ、δの 3 種類がある。
各オピオイドはこれらの受容体に結合することで、様々な薬効を現す。下表にその受容体ごとの
生理作用を示す。ただし、それぞれの受容体の感受性には個人差がある。
オピオイド受容体
鎮痛
μ
鎮静
呼吸
抑制
便秘
+
μ1
+
μ2
+
+
+
κ
+
+
+
δ
+
嘔気
嘔吐
鎮咳
+
+
+
+
+
縮瞳
尿閉
+
+
興奮
幻覚
多幸感
+
+
+
各オピオイドと受容体への作用を下表に示す。モルヒネが 3 種類の受容体に幅広く関与する
のに対して、オキシコドンはμ受容体に選択性が高く、フェンタニルはμ受容体の中でもμ1 へ
の選択性が高いと考えられている。しかしながら、これらの選択性は絶対的なものではない。
各オピオイドの受容体への作用
コデイン
ブプレノルフィン
モルヒネ
オキシコドン
フェンタニル
μ1
+
+
+
+
+
μ2
+
+
+
+
κ
+
+
+
δ
+
+
+
μ
オピオイド受容体とそれに対する感受性の特徴から、次表のように強オピオイドの特徴をまと
めることができる。モルヒネは肝で代謝されて薬理活性のある M6G になり主に腎排泄される。
このため、腎障害例では使用しにくい。一方、オキシコンチンやフェンタニルの代謝産物は薬理
活性が少ないので (フェンタニルの代謝産物は非活性である)、腎障害例でも使用しやすいとい
う特徴がある。
各強オピオイドの特徴
モルヒネ
オキシコドン
代謝産物
薬理活性のある M6G が多く
生成される
薬理活性のあるオキシモルフ
ォンは極少量
薬理活性なし
(ノルフェンタニル)
腎障害時
の減量
必要
不要
不要
嘔気・嘔吐が多い
便秘が多い
嘔気・嘔吐はモルヒネよりや
や少ない
せん妄が少ない
嘔気・嘔吐、便秘、眠気、せん
妄などが少ない
腎障害例でも使用し易い
副作用
フェンタニル
虎の門病院がんサポートチーム編
20
がん性疼痛のマネージメント
代表的な強オピオイドの薬物動態を下表に示す。効果判定は最大効果発現時間で行い、速効性
製剤をレスキューとして用いた場合は、効果判定時に無効であれば再度追加する (オプソ内服液
®、オキノーム散 0.5%®は基本的には 1 時間間隔で追加投与が可能である)。レスキューとして
有効なのは効果発現時間が短いオプソ内服液®とオキノーム散 0.5%®であるが、アンペック坐剤
®も場合によっては使用してもよい。パシーフカプセル®は速効性製剤と徐放性製剤の組み合わ
さった薬剤であるので、レスキューとしての使用は不適である。
強オピオイドの剤型と薬物動態
効果発現
時間
最大効果
発現時間
作用時間
オプソ内服液®
10 分
30 分-1 時間
4 時間
MS コンチン錠®
1.5∼2 時間
2-4 時間
8-12 時間
パシーフカプセル®
30 分
1 時間、6-8 時間
(2 峰性)
24 時間
アンペック坐剤®
20 分
1-2 時間
6-10 時間
オキノーム散 0.5%®
15 分
1-2 時間
4-5 時間
オキシコンチン®
1 時間
2-3 時間
12 時間
フェントステープ®
*4 5 時間
20 時間
24 時間
デュロテップ MT パッチ®
*2 時間
45 時間
72 時間
*: 貼付剤は吸収開始時間を示す
フェンタニル貼付製剤は従来 3 日ごとに交換するデュロテップ MT パッチ®のみであったが、
2010 年 6 月に 1 日ごとに交換するフェントステープ®が発売となった。デュロテップ MT パッ
チ®と比較して、作用持続時間は短く、効果発現時間は若干遅い。毎日入浴するような症例では
入浴前に剥がし、入浴後に貼り替えることができるため利点が大きい。また、デュロテップ MT
パッチ®使用症例で 3 日目の疼痛が強く 2 日毎に交換しているような症例でも効果が期待される。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ オピオイド受容体には種類があり、それぞれに特有の作用がある
□ オピオイドの種類によって各受容体への選択性が異なる
□ 腎不全時にモルヒネを使用すると代謝産物の蓄積により過量となりやすい
□ 強オピオイドの中でフェンタニルが最も副作用が少ない
□ フェンタニル貼付製剤は 3 日ごとに貼り替えるデュロテップ MT パッチ®に加えて
1 日ごとに貼り替えるフェントステープ®も発売となった (2010 年 6 月)
21
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
タイトレーション
高度の疼痛で緊急にコントロールが必要な場合には塩酸モルヒネ、あるいはフェンタニルの持
続静注もしくは持続皮下注で行うのが適当である。そうでなくとも持続注射でタイトレーション
を行い、その後徐放剤に変更するのに効率がよく有用であるが、現実的に持続注射でタイトレー
ションを行うのは緊急時に限られることが多い。
持続注射でのタイトレーション方法
塩 酸 モ ル ヒ ネ で あ れ ば 0.4-0.5mg/hr (10mg/ 日 程 度 ) 、 フ ェ ン タ ニ ル で あ れ ば お よ そ
0.005mg/hr (0.1mg/日程度) で開始する。疼痛時にはレスキューとして 1 時間投与量を早送
りする。半日あるいは 1 日毎に効果判定を行い、レスキューで使用した分を上乗せして 1 日投
与量を増加する。レスキューの使用頻度が少なくなった時点で徐放性剤 (オキシコンチン®、MS
コンチン®) あるいはデュロテップ MT パッチ®に変更する。
実際の処方例
塩酸モルヒネ® (10mg/1mL)
1A
生理食塩水 100mL
1本
フェンタニル® (0.1mg/2mL)
1A
生理食塩水 100mL
1本
4mL/hr 持続静注 (ベースアップは 1 日毎に行う)
4mL/hr 持続静注 (ベースアップは 1 日毎に行う)
中心静脈栄養等のベースにモルヒネやフェンタニルを混注することはレスキューを使用する際
に不便であり、タイトレーション時には特に避けることが望ましく、単独ルートで投与するべき
である。
虎の門病院がんサポートチーム編
22
がん性疼痛のマネージメント
内服でのタイトレーション方法
持続的な痛みが強い場合には徐放性製剤から、間欠的な痛みが強い場合には速効性製剤から使
用する。前者の場合、オキシコンチン® 10∼15mg/日 、あるいは MS コンチン 20mg/日から
開始し漸増する。後者の場合にはレスキューとしてオキノーム® (2.5) あるいはオプソ® (5) を
使用し、1 日使用量を元に徐放性製剤へ変更する。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 持続注射でタイトレーション行う際には、必ず単独投与とする
□ ベース内へのオピオイドの混注は量の調節がしにくいことや、レスキュー使用時
の煩雑さからして避けるべきである
□ 内服で行うには徐放性製剤から開始する方法と速効性製剤で開始する方法がある
□ 徐放性製剤で開始する場合には特に副作用対策が必要である
□ オピオイドの増量は 1 日当たり 20-50%ずつ行う (倍増は過量になりやすい)
オキシコンチン® (5)
2 錠分 2 (9 時、21 時)または 3 錠分 3 (6 時、14 時、22 時)
ノバミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後) またはオキシコンチン®と同時に【適応外】
マグラックス® (250)
3∼9 錠分 3 (毎食後)
MS コンチン® (10)
2 錠分 2 (9 時、21 時)
ノバミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
マグラックス® (250)
3∼9 錠分 3 (毎食後)
オキノーム散® (2.5)
疼痛時頓用
ノバミン® (5)
オキノーム散®と同時またはその前に 1 錠 【適応外】
貼付剤でのタイトレーション方法
貼付剤でのタイトレーションはデュロテップ MT パッチ®、フェントステープ®いずれも推奨
されていない。
23
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
レスキュー
レスキューとは突出痛など一時的に疼痛が強くなったときに鎮痛をはかるために投与する速効
性オピオイドのことである。適する薬剤は前述したオプソ内服液®とオキノーム散 0.5%®に加え
て各種注射薬である。
レスキューで使用する薬剤は原則的には定期投与しているオピオイドと同じもの (オキシコン
チン®ならオキノーム散 0.5%®、MS コンチン錠®ならオプソ内服液®) を使用すべきであるが、
併用してはいけないということではないので、剤型なども考慮して選択する。フェンタニルの速
効性内服製剤は現時点ではないため、他剤で代用するしかない。
レスキュードーズ
経口投与の場合
1 日投与量の 1/6 量をレスキュードーズとする。投与間隔は原則 1 時間である。
持続注射の場合
1 日投与量の 1/24 量、すなわち 1 時間分をレスキュードーズとする。注射の場合、
30 分間隔で追加投与を行ってもよい。
貼付剤の場合
デュロテップ MT パッチ®をオキシコンチン®あるいは MS コンチン錠®に換算し、
その 1/6 量の速効性製剤をレスキュードーズとする。
レスキュードーズの例
経口剤
持続注射
貼付剤
定期オピオイド
オキシコンチン®
1 日使用量
120mg
MS コンチン錠®
塩酸モルヒネ注®
デュロテップ
MT パッチ®
フェントステープ®
40mg
50mg
4.2mg/3 日
2mg/日
レスキュー薬
オキノーム散 0.5%® (2.5)
レスキュードーズ
20mg (8 包)
オプソ内服液® (5)
塩酸モルヒネ注®
5-10mg (1-2 包)
2mg 早送り
オキノーム散 0.5%® (2.5)
オプソ内服液® (5)
5-7.5mg (2-3 包)
10mg (2 包)
ポ
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イン
ント
ト!
!
□ レスキューに適するのは注射剤か速効性製剤 (オキノーム散®、オプソ内服液®)
□ 経口投与時のレスキュードーズは 1 日投与量の 1/6 量とする
□ 持続注射時のレスキュードーズは 1 日投与量の 1/24 (1 時間) 量とする
□ レスキューは経口なら 1 時間、注射なら 30 分間隔で使用してよい
虎の門病院がんサポートチーム編
24
がん性疼痛のマネージメント
副作用対策
モルヒネを使用したとき、鎮痛効果が得られる量を1とすると、嘔気はその10分の1で発生し、
便秘は至ってはその50分の1量で症状が出現する。一方、行動抑制(眠気)は2.6倍量、呼吸抑
制は10.4倍量で症状が出現するといわれ、死亡に至るにはその357.5倍が必要とされる。つま
り、モルヒネは麻薬に指定されてはいるが、効果と危険のバランスをみるとむしろ安全な治療薬
の1つであると言える。
モルヒネの主な薬理作用と 50%有効量の比較
オピオイドの副作用には様々なものがあるが、3 大副作用といえば、①便秘、②嘔気・嘔吐、
③眠気である。以下に3大副作用への対策を中心に示す。
便秘
便秘は主にμ2 受容体の作用によって出現する。このため、モルヒネやオキシコドンでは必発
する。また、後述する嘔気・嘔吐や眠気とは異なり耐性は生じないので、オピオイド使用中は下
剤を終始継続することが必要となる。フェンタニルはμ1 選択性であることから他のオピオイド
に比べて便秘の副作用は軽微であるが投与量が多くなるとμ2 受容体にも作用するので便秘は
起こりやすくなる。また、同じモルヒネ製剤でも経口投与の方が便秘は起こりやすい (MS コン
チン>塩酸モルヒネ静注)。
予防薬としては塩類下剤 (マグラックス®など) と大腸刺激性下剤 (ラキソベロン®、アローゼ
ン®、プルゼニド®、テレミンソフト坐薬®など) をオピオイド開始時から適宜併用して投薬する。
25
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
なお、便秘のコントロールは薬剤だけでは不十分なことが多く、加温やマッサージなど総合的な
ケアが必要となる。
ポ
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ント
ト!
!
□ オピオイド開始と同時に下剤の投与が必須である
□ 便秘には耐性は獲得されないため、下剤は終始続ける必要がある
□ コントロールが困難な場合にはフェンタニルへのローテーションを行う
□ 薬剤による対策だけでなく、総合的なケアを必要とする
実際の処方例
マグラックス® (250)
3∼9錠分 3 (毎食後)
ラキソベロン液®
1 日 1 回 5 滴から漸増 (眠前)
アローゼン® (0.5)
1 包分 1 (眠前)
テレミンソフト坐薬 3 号® (10) 1 回 10mg、1 日 1-2 回
嘔気・嘔吐
オピオイドによる嘔気・嘔吐は開始時、あるいは増量時に起きやすい (約 3 人に 1 人の割合)。
特に開始時に起こってしまうと内服困難となり、ひいてはその後の内服継続にも悪影響を及ぼす
ので細心の注意が必要である。可能ならばオピオイド導入前から制吐剤を開始しておくとよい
(例 : 初回内服の 1 日前から、あるいは数時間前から)。一方で約 1∼2 週間後には耐性を生じる
ので、制吐剤はたいていの場合中止できる。ただし、増量時には再発することがあるので、制吐
剤の再開を考慮する。
オピオイドによる嘔気・嘔吐は以下のようないくつかの機序で起こると考えられている。
① オピオイドが第四脳室の CTZ (chemoreceptor trigger zone ) を直接刺激し、
それが延髄の嘔吐中枢に伝わる
② 前庭器を介して間接的に CTZ が刺激され嘔吐中枢に伝わる
③ 胃内容物の停滞が求心性神経を刺激して嘔吐中枢に伝わる
虎の門病院がんサポートチーム編
26
がん性疼痛のマネージメント
オピオイドによる嘔気・嘔吐の大部分は CTZ に存在するドパミン D2 受容体を介して生じる
ため、第一選択薬はドパミン受容体拮抗薬 (ノバミン®、セレネース®) である。ナウゼリン®や
プリンペラン®もドパミン受容体拮抗薬であるが、中枢よりも消化管への作用が中心であるため
食後に嘔気が誘発されるような場合には有効であるが、単剤では不十分になることが多い。体動
時などに起こりやすい嘔気は前庭器を介した経路が関与していると考えられるため、トラベルミ
ン®などの抗ヒスタミン作用のある薬剤が有効なことがある。
難治性の場合にはオピオイドローテーションを行ったり、他のドパミン受容体拮抗薬であるジ
プレキサ®やリスパダール®、ルーラン®、コントミン®などを使用することもある。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ オピオイド開始と同時、もしくは前もってノバミン®を 3 錠分 3 で開始する
□ 通常 1-2 週で耐性ができるが、増量時には再度出現することがある
□ 何を契機に嘔気・嘔吐が誘発されるかで追加する制吐剤を選択する
特に契機がなく持続:ノバミン®やセレネース®等のドパミン受容体拮抗薬
食事が契機となる:プリンペラン®やナウゼリン®等
体動が契機となる:トラベルミン®やクロールトリメトン注®等
実際の処方例
ノバミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後)
ノバミン® (5)
1A
【適応外】
生理食塩水 100mL
1本
1 日 3 回 (高齢者では適宜減量)
セレネース® (0.75)
1 錠分 1 (眠前) 【適応外】
セレネース® (5)
1A
【適応外】
生理食塩水 100mL
1本
眠前 1 回
プリンペラン® (5)
3∼6 錠分 3 (毎食前) 【適応外】
ナウゼリン坐® (60)
1 個 (1 日 2 回) 【適応外】
トラベルミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
27
虎の門病院がんサポートチーム編
(高齢者では 2 錠分 2 で使用) 【適応外】
がん性疼痛のマネージメント
眠気
眠気も嘔気と同様、オピオイドの投与初期あるいは増量時に起こることがある。特にモルヒネ
製剤の場合には、増量していなくとも腎機能が低下すれば相対的にオピオイドが過量となり、眠
気が出現することもある。また、眠気は呼吸抑制の前駆症状である場合があり、傾眠患者へのオ
ピオイドの増量は行うべきでない。眠気を訴える際に呼吸抑制を伴っていれば、それはオピオイ
ドによるものの可能性が高く、呼吸抑制の程度が重度ならすぐさま減量しなければならない。こ
のように、オピオイド使用中の傾眠患者をみたら呼吸数のチェックは欠かせない。
除痛に必要なオピオイド量で眠気が発現することは約 20%との報告もあるが、眠気もまた耐
性ができるため、増量しなければたいていの場合は数日から 1 週間で消失する。継続する眠気
であっても、患者が不快と感じず、呼吸回数が 10 回/分以上あればオピオイドを減量する必要
はない。逆に不快な眠気であったり、呼吸回数が 10 回/分未満に抑制されているような場合に
はオピオイドを減量する必要がある (20-30% 程度)。モルヒネやオキシコドンを減量しても改
善されなければフェンタニルへのオピオイドローテーションも考慮する (後述)。
また、眠気出現時には他の原因 (高カルシウム血症、脳転移など) を除外する必要がある。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ オピオイド開始・増量時に起こりやすいが通常は一過性であり数日で消失する
□ 眠気に呼吸抑制を伴う場合はオピオイドの過量の可能性が高い
□ 呼吸抑制が軽度で不快な眠気がある場合は 20-30%ずつ減量する
□ コントロールが困難な場合にはフェンタニルへのローテーションを行う
せん妄
せん妄は末期がん患者全体でいえば約 30%に出現する。その原因のうちの一つがオピオイド
であるがその割合は決して多くはない。最多であるのは著明な全身衰弱に伴うものであって、は
っきりとした単一の原因が特定できないことが多い (せん妄全体の約 1/4)。その他、肝不全・
腎不全や高カルシウム症、脳転移、オピオイド以外の薬剤の関与などが原因となることがある。
オピオイドによるせん妄はその投与期間や投与量とは必ずしも相関しない。また、オピオイド
に限らず、薬剤性せん妄の場合には原因薬剤の減量や中止でほとんど改善することが特徴である。
オピオイドの減量が疼痛のために困難な場合には、フェンタニルへのローテーションか薬物治療
を考慮する。
虎の門病院がんサポートチーム編
28
がん性疼痛のマネージメント
せん妄の原因
せん妄への対応
全身衰弱
肝不全
薬剤性
オピオイド、コルチコステロイド、H2 ブロッカー、
ハイスコ®、向精神薬、βブロッカー等
脳腫瘍・脳転移
腎不全
高カルシウム血症
ショック
高血糖
除去可能な原因、および増悪因子への対応
原因薬剤の減量または中止
(フェンタニルへのオピオイドローテーション)
全脳照射
カルシウム値・血糖値の是正
睡眠薬併用による夜間睡眠の確保と日中の覚醒
夜間の照明、カレンダーや時計の設置
薬物治療
セレネース®、リスパダール®、ジプレキサ®など
セデーション
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ オピオイドが原因のせん妄は決して多くはない
□ オピオイドが原因として疑われる場合は減量もしくはローテーションを考慮する
□ せん妄への対応は薬剤だけでなく環境整備なども重要である
実際の処方例
セレネース® (0.75)
1 錠分 1 (眠前) 【適応外】
セレネース® (5)
1A
生理食塩水 100mL
1本
リスパダール® (1)
1 錠分 1 (眠前) 【適応外】
ジプレキサ® (5)
1 錠分 1 (眠前) 【適応外】
眠前 1 回あるいは頓用【適応外】
呼吸抑制
原則通りにオピオイドを使用すれば重篤な呼吸抑制はほとんど起こらない。呼吸抑制が起こり
得る条件としては以下のような場合が挙げられる。
① 急速静注や筋注などにより血中濃度が急激に上昇した場合
② 過量投与の場合
③ 肝・腎機能悪化時に減量を行わなかった場合
29
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
④ 神経ブロックや放射線照射などにより、急激な除痛が得られた場合
オピオイドによる呼吸抑制とは、単なる呼吸数の減少だけでなく分時換気量・1 回呼吸量も
減少し、さらには不規則な呼吸や周期性変動呼吸を起こすことがある。睡眠中の呼吸数が 6-10
回/分程度にまで低下していても、覚醒により正常化する場合には問題とならない。一方で、
3-4 回/分までの呼吸数減少や、PaCO2 の上昇、不規則な呼吸・周期性変動呼吸が見られる
際には放置してはならない。このような場合には下記のような処置を行う。
舌根沈下時には気道確保を行う
動脈血ガス分析を行う (酸素投与)
オピオイドを中止する
デュロテップ MT パッチ®を剥がした部位への加温や清拭はしばらく避ける
ナロキソン®を投与する
1A (0.2mg/1mL) を生理食塩水で希釈し 10mL とする
1 回 1mL ずつ、2 分間隔で静注する (呼吸回数が 10 回/分以上を維持するように)
厳重に経過観察
ナロキソン®の半減期 (1 時間) を過ぎても呼吸数が減少しないか厳重に観察する
その後も使用していたオピオイドの半減期が過ぎるまでは注意深く観察する
オピオイドの再開
意識レベルが改善したら痛みがなくともオピオイドを少量から開始しレスキューを併用する
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 著明な呼吸数減少や CO2 ナルコーシスを伴う場合には緊急処置を要する
□ 呼吸抑制を起こすくらい過量投与にならないように常に注意する
虎の門病院がんサポートチーム編
30
がん性疼痛のマネージメント
オピオイド ローテーション
オピオイドローテーションとは使用中のオピオイドを他のオピオイドに変更することである。
その目的と注意点を下記に示す。
オピオイドローテーションの目的
鎮痛効果が不十分
副作用のため継続が困難
投与経路の変更を要する
内服が不可能になった、あるいは点滴が不可能になった
鎮痛効果の耐性形成の回避
オピオイドローテーション時の注意点
力価表 (後述) に従い等価量へ変更する
使用しているオピオイドが比較的多い場合には 1 度に変更せず、30-50%ずつ徐々にローテーションを行う
デュロテップパッチ®への変更時は貼付後、効果発現まで約半日を要するので注意する
中止・開始のタイミングに注意を要する (後述)
デュロテップパッチ®への変更時には腸管抑制が減少するため、蠕動亢進を生じることがあり下剤の調節が必要なことがある
レペタン®やソセゴン®へのローテーションは行ってはならない
退薬症状や著しい疼痛を生じることがあるため
腎不全患者におけるモルヒネ製剤へのローテーション時には過量投与に注意する
オピオイドローテーション後にはレスキューの指示も変更する
【実際のローテーション例】
オキシコンチン®80mg 分 2 (9 時、21 時) からデュロテップ MT パッチ®への変更
1 日目
9時
21 時
オキシコンチン®40mg 内服
オキシコンチン®20mg 内服
デュロテップ MT パッチ® 4.2mg 1 枚貼付
2 日目、3 日目
9時
21 時
オキシコンチン®20mg 内服
オキシコンチン®20mg 内服
4 日目
9時
21 時
オキシコンチン®20mg 内服
オキシコンチン®中止
デュロテップ MT パッチ® 4.2mg 2 枚貼付
31
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 大量投与時のローテーションでは個体差による過量投与に十分注意する
□ ローテーションは何らかの効果を得るために行うが、まずは安全に行うのが第一
ローテーション時にはそれぞれのオピオイドの中止および開始のタイミングに注意する必要が
ある。でなければ、適当な量にローテーションしていても一時的に過量投与になったり、あるい
は疼痛が出現したりしかねない。実際には内服・点滴・貼付それぞれの剤型において薬効の出現
と消退のタイミングを考慮してローテーションを行う。具体的には下表のように行われることが
多い。ただし、表中の内服とは徐放性製剤 (オキシコンチン®や MS コンチン®) を指す。
各剤型毎のローテーションを行うタイミング
変更前投与法
内服
点滴
貼付
変更後投与法
変更のタイミング
内服
前使用薬の内服時間に合わせて開始
点滴
最後の内服後 12 時間で点滴開始
貼付
最後の内服と同時に貼付
内服
最初の内服後 2∼3 時間で点滴中止
点滴
前使用薬の中止と同時に開始する
貼付
最初の貼付後 12 時間で点滴中止
内服
貼付中止後 9∼10 時間で内服開始
点滴
貼付中止後 12 時間で点滴開始
貼付
前使用薬の貼付中止と同時に貼付
虎の門病院がんサポートチーム編
32
がん性疼痛のマネージメント
オピオイド換算
オピオイドの換算には幅があり個人差があるが、たいていの場合は下表を指標に換算を行うこ
とが多い。
オピオイド力価表の目安
MS コンチン® (mg/日)
20
30
60
120
180
240
360
アンペック坐剤® (mg/日)
20
40
80
120
160
240
オキシコンチン® (mg/日)
20
40
80
120
160
240
フェントステープ® (mg/日)
1
2
4
6
8
12
デュロテップ MT パッチ® (mg/3 日)
2.1
4.2
8.4
12.6
16.8
25.2
リン酸コデイン® (mg/日)
120
180
トラマール® (mg/日)
100
150
300
レペタン坐剤® (mg/日)
0.4
0.6
1.2
ソセゴン注射液® (mg/日)
30
塩酸モルヒネ注射液® (mg/日)
10
15
30
60
90
120
180
フェンタニル注射液® (mg/日)
0.2
0.3
0.6
1.2
1.8
2.4
3.6
オキファスト注射液® (mg/日)
15
*
30
*
60
*
90
*
*:オキファスト注射液は発売後間もなく換算には幅があるので、他剤から変更する場合には添付文書などを参照して
投与量を決定すること。
33
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
退薬症候 ( 離脱症候または禁断症状 )
退薬症候とは、主に中枢神経系薬物を反復的に摂取し身体依存が形成されたときに、その薬物
を断つことにより現れる一連の症状のことを指す。
オピオイドを長期にわたって反復投与すると身体依存を形成する。がん性疼痛に対して使用し
ている場合には乱用の場合に比してその程度は軽度といわれていて、精神依存は形成されないこ
とが明らかにされている。しかしながら軽度であっても身体依存が形成されている状況でオピオ
イドを中止あるいは急激に減量すれば退薬症候は出現しうる。したがってその具体的な症状や予
防方法、対処法を熟知しておく必要がある。
また、他にオピオイドローテーションや血液透析、ブプレノルフィンやペンタゾシンの使用な
ども退薬症候の誘発因子となりうるので注意が必要である。
退薬症候の症状
退薬症候はオピオイドの中止あるいは急激な減量後、早ければ 5∼6 時間で出現し、通常は 1
∼3 日後に最も強くなる。その症状は多彩であるが、大別すれば身体症状と精神症状とになる。
身体症状としては、あくび、くしゃみ、めまい、掻痒感、散瞳、異常発汗、鼻漏、流涙、流涎、
胃液分泌亢進、鳥肌、悪寒、発熱、下痢、腹痛、胸部苦悶感、食思不振、嘔吐、動悸、不整脈、
血圧低下、振戦、ミオクローヌス、疼痛などである。
精神症状としては、不安、倦怠感、抑うつ、易刺激性、興奮、不眠、せん妄、意識障害などが
みられる。
退薬症候を起こさない減量方法
長期投与されていたオピオイドの 1/4 量が投与されていれば退薬症候の出現を防止できると
言われている。実際には前投与量の半量を上限に 1∼3 日間隔で減量する方法がとられることが
多い。一般的には 1 日投与量を 1/2∼2/3 量に減量し 2∼3 日経過観察した後に疼痛が再発し
なければさらに減量を繰り返す。
虎の門病院がんサポートチーム編
34
がん性疼痛のマネージメント
対処法
退薬症候が出現した場合、あるいは疑われる場合には前投与していたオピオイドの即効性製剤
を使用する。具体的には内服であれ点滴であれ、前 1 日投与量から換算したレスキュードーズ
を投与する。症状が消失・改善すれば退薬症候であったと判断できるので、ベースのオピオイド
を前投与量に戻し経過観察する。その後に再度減量する必要があれば慎重に行う。
オピオイドローテーション時の注意
オピオイドローテーションの際にその換算比を誤ると退薬症候が出現する。一方で、特にモル
ヒネ製剤からフェンタニル製剤への変更時には適当な量に換算していても退薬症候が出現する
ことがあるので特に注意が必要である。これはモルヒネが様々なオピオイド受容体に親和性があ
るのに対してフェンタニルがμ1 選択性であることが関与していると考えられている。この場合
には、一度に変更せずに分割してフェンタニルへローテーションする方法がとられることがある。
35
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
鎮痛補助薬
鎮痛補助薬とは、NSAIDs ・アセトアミノフェンやオピオイド以外の、本来は鎮痛薬として
は用いられないが、特にオピオイドの効きにくい痛みに対して鎮痛作用を発揮する薬剤のことで
ある。具体的には抗うつ薬、抗痙攣薬、抗不整脈薬、NMDA 受容体拮抗薬などが挙げられる。
これらは WHO の 3 段階除痛ラダーでは第 1 段階から第 3 段階まで全ての段階で、必要時に応
じて鎮痛薬と併用することが推奨されている。
特に神経障害性疼痛では、鎮痛補助薬なくてはそのコントロールは難しい場合が多く、併用さ
れることが多い。下表に痛みをオピオイドの効果毎に分類し、それぞれの対応法とともに示す。
オピオイドの効果に基づいたがん性疼痛の分類
がん性疼痛の分類
オピオイドによく反応する痛み
内臓浸潤による痛み
軟部組織浸潤による痛み
オピオイドにある程度反応する痛み
骨転移・骨浸潤による痛み
オピオイドに反応しにくい痛み
神経障害性疼痛
交感神経由来の痛み
頭蓋内圧亢進による頭痛
骨転移に伴う体動時痛
オピオイドを使用すべきでない痛み
消化管の平滑筋収縮に伴う痛み
対応法
オピオイドを主体とした治療
同上
放射線治療、ステロイド、ビスフォスフォネート、メタストロン®
鎮痛補助薬、神経ブロック
交感神経ブロック
放射線治療、ステロイド、グリセオール®
放射線治療、ケタミン、ビスフォスフォネート、メタストロン®
鎮痙薬、サンドスタチン®、姑息的手術
神経ブロックや放射線照射については別項に記載するので、ここでは主に神経障害性疼痛に対
する鎮痛補助薬の使用について概説する。
虎の門病院がんサポートチーム編
36
がん性疼痛のマネージメント
神経障害性疼痛の診断
神経障害性疼痛とは、末梢神経や中枢神経の損傷や傷害によってもたらされる疼痛症候群であ
る。その特徴を下に示し、診断時のポイントを述べる。
オピオイドへの反応
NSAIDs やオピオイドの効果は不良といわれ、オピオイドを増量しても鎮痛効果は得られに
くい。しかしながら、鎮痛薬の基本は十分量のオピオイドの使用であり、副作用のでないところ
までオピオイドを増量した上で、鎮痛補助薬を調整するのが原則である。日本緩和医療学会の出
した「がん疼痛治療ガイドライン (2000 年)」では、
『モルヒネ 120mg/日を超えて使用しても
鎮痛が得られないこと』 を鎮痛補助薬開始の 1 つの目安としているが、傾眠などの副作用が出
なければさらに増量することが必要である。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ オピオイド不応性の痛みを示唆する所見
- オピオイドの鎮痛効果よりも眠気などの副作用が強く出る場合
痛みの性状、アロディニアの存在
体性痛 (ケガや火傷の時の「うずくような、差し込むような痛み」) や内臓痛 (お腹をこわし
た時の「しめつけられるような痛み」) のような通常の痛みとは異なるが、「痛いとしか表現で
きないような痛み」、または「灼かれるような」とか「刺されるような」、あるいは「電気が走る
ような」などと形容されることもある。また、損傷された神経の支配領域で知覚鈍麻が起こって
いるにも関わらず、その部位が痛むこともある。さらに、軽くさすったり、衣服がふれる程度の
通常は痛みを引き起こさないような刺激によって、異常な痛みを感じる現象を「アロディニア」
というが、この現象があれば神経障害性疼痛と診断してまず間違いはない。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 痛みの表現を注意深く聴取する
□ 疼痛部位に感覚鈍麻などの神経障害を伴っていないか確認する
□ アロディニアについて、その症状の有無を質問する
37
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
画像所見
各種画像診断により、がんによる神経浸潤や神経圧迫などを確認することが重要である。脊椎
転移による神経根の圧迫や浸潤、子宮癌・直腸癌などの骨盤内再発、パンコースト腫瘍などによ
る腕神経叢浸潤などでよく観察される。
鎮痛補助薬の種類とその使用法
鎮痛補助薬の種類を下表に示す。
鎮痛補助薬の種類
抗うつ薬
三環系抗うつ薬 (アモキサン®、プロチアデン®、トリプタノール®、トフラニール®、
ノリトレン®、アナフラニール注®)
SNRI (トレドミン®、サインバルタ®)
SSRI (ジェイゾロフト®、パキシル®、ルボックス®)
抗痙攣薬
ガバペン®、リリカ®、リボトリール®、テグレトール®、アレビアチン注®、ヒダントール®、デパケン®
抗不整脈薬
キシロカイン注®、メキシチール®
NMDA 受容体拮抗薬
ケタラール注®、メジコン®、(セロクラール®)
ステロイド
リンデロン®、デカドロン®
その他
ゾメタ®
メタストロン®
前記したように、アセトアミノフェンや NSAIDs に十分量のオピオイドを併用しても疼痛コ
ントロール不良の際に鎮痛補助薬を選択することになることが多い。上記のように鎮痛補助薬の
種類は様々であり、どの薬剤を選択して使用していくか明確な規定はないが、いくつかの考えに
したがって適したものを選択する必要がある。以下にその考え方の例を示す。
疼痛の性質から
この方法は患者の訴える痛みの性状によって、鎮痛補助薬を選択する方法である。下記のよう
に、それぞれの薬剤で有効とされる性状の痛みに対し選択していく。
虎の門病院がんサポートチーム編
38
がん性疼痛のマネージメント
持続性で、しびれ・灼熱感を伴う痛み
電撃痛あるいは発作性の刺すような痛み
末梢性のしびれを伴うような痛み
アロディニアや異常感覚を伴う痛み、体動時痛
→
→
→
→
抗うつ薬
抗痙攣薬
抗不整脈薬
ケタミン (ケタラール®)
しかし、この方法はあくまで目安であり、参考の一つに過ぎない。
トワイクロスのラダー
これは T
wycross の提唱する鎮痛補助薬を使用する際のひとつの方法である。まずはステロイ
ドの適応を考慮し (下肢脱力を伴う場合には使用する) (ステップ 1)、その後に三環系抗うつ薬か
抗痙攣薬を (ステップ 2)、無効ならば併用し(ステップ 3)、さらに NMDA 受容体拮抗薬 (ステ
ップ 4)、神経ブロック (ステップ 5) と進めていく方法である。エビデンスレベルが低いためか、
抗不整脈が記載されていないが、抗痙攣薬に代えて用いるという考えもある。
神経ブロック
NMDA受容体拮抗薬
三環系抗うつ薬
or
抗痙攣薬
三環系抗うつ薬
or
抗痙攣薬
ステップ 5
ステップ 4
ステップ 3
コルチコステロイド
ステップ 2
ステップ 1
トワイクロスの鎮痛補助薬ラダー
患者の眠気の有無から
鎮痛補助薬として用いる薬剤の多くには眠気の副作用があり、患者の状況次第ではその眠気の
程度を最優先しなくてはならないことがある。鎮痛補助薬として用いられる薬剤の中で唯一、眠
気の副作用がほとんどないのは抗不整脈薬である。下表にそれぞれの場合の選択順位を示す。
眠気の有無にしたがった鎮痛補助薬の選択
眠気がない場合
①抗うつ薬
②抗痙攣薬
③抗不整脈薬
④NMDA 受容体拮抗薬
眠気が強い場合
①抗不整脈薬
②抗痙攣薬
③抗うつ薬
④NMDA 受容体拮抗薬
また、ステロイドは予後と副作用とを考慮して選択する。
39
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
エビデンスレベルから
鎮痛補助薬としてエビデンスレベルが高いものは、ガバペンチンと三環系抗うつ薬である。従
ってこの考え方は、まずはこれらの薬剤を使用し、次にその他の抗痙攣薬またはケタミン®を試
みるというものである。その他の抗うつ薬や抗不整脈薬に関してはエビデンスのレベルは高くな
く、現時点で積極的に用いるだけの根拠には乏しい。
鎮痛補助薬各論
抗うつ薬
抗うつ薬は神経障害性疼痛の薬物治療では後述する抗痙攣薬 (ガバペンチン) と並んで第 1 選
択の薬剤である。鎮痛補助薬として用いられる抗うつ薬には、三環系抗うつ薬 (TCA) や選択的
セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 (SNRI)
がある。その鎮痛作用の強さは、TCA > SNRI > SSRI であると考えられている。一般的に、抗
うつ薬の抗うつ作用が出現するまでには数週間を要するが、鎮痛効果は数日から 1 週間ほどで
現れる。また、うつ病に使用する量よりも少量で鎮痛が得られることが多い。これらの現象は、
抗うつ薬の鎮痛作用と抗うつ作用は機序が異なることを示している。つまり、抗うつ薬が鎮痛補
助薬として有効なのは、合併している抑うつ状態の改善によるものではないので、当然ながら抑
うつ状態でない患者に対しても積極的に用いるべきである。
全ての抗うつ薬は、最小単位を 1 日 1 回 (多くは眠前) から開始する。効果を見ながら 2∼3
日毎に増量していくのが基本であり、効果がないのに少量を漫然と続けても鎮痛作用は得られな
い。
副作用は TCA が最も強く、特に高齢者 (せん妄が生じやすい) や心不全・緑内障合併例など
では注意が必要である。具体的には口渇・便秘・尿閉などの抗コリン作用、Q
T 延長・眠
気・めまい・発汗・起立性低血圧などが認められる。重篤な不整脈や起立性低血圧による転倒に
は特に高齢者では注意が必要である。SNRI や SSRI は TCA に比べて副作用は少ないが、消化
器症状や頭痛、眠気などが見られることがある。
虎の門病院がんサポートチーム編
40
がん性疼痛のマネージメント
鎮痛補助薬としての抗うつ薬
分類
TCA
SNRI
SSRI
商品名
ノリトレン® (25)
トリプタノール® (10)
アモキサン® (10)
アナフラニール® (25)
トレドミン® (25)
サインバルタ® (20)
パキシル® (10)
1 日用量 (mg)
10∼150
10∼150
10∼150
10∼200
15∼100
20∼60
10∼40
用法
眠前分 1∼分 3
眠前分 1∼分 3
眠前分 1∼分 3
眠前分 1∼分 3
分 1∼分 2
分1
分1
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 抗うつ薬、特に TCA は鎮痛補助薬としての位置づけはガバペンチン同様最も高い
□ 鎮痛効果は TCA が最強だが、副作用も強く特に高齢者や心不全合併例では要注意
□ 効果がないのに少量を漫然と投与するのは無意味であり、数日∼1 週毎に漸増する
□ 抗うつ作用を得るよりも少量で鎮痛効果が得られることが多い
実際の処方例
ノリトレン® (25)
0.5 錠分 1 (眠前)
から漸増【適応外】
トリプタノール® (10)
1 錠分 1 (眠前)
から漸増【適応外】
アモキサン® (10)
1C 分 1 (眠前)
から漸増【適応外】
トレドミン® (25)
1 錠分 1 (夕食後)
から漸増【適応外】
パキシル® (10)
1 錠分 1 (夕食後)
から漸増【適応外】
抗痙攣薬
抗痙攣薬は一般的には安静時の発作性電撃痛に効果があるとされている。神経障害性疼痛への
鎮痛補助薬としては TCA と並んで第 1 選択の薬剤として位置づけられている。
中でも Ca チャンネルα2δリガンドであるガバペンチン (ガバペン®) とプレガバリン (リリ
カ®) はそのエビデンスレベルが高く、帯状疱疹後神経痛・有痛性糖尿病性ニューロパチー・幻
肢痛・抗がん剤による神経障害性疼痛・脊髄損傷性疼痛、そして特にガバペンチンではがん性神
経障害性疼痛においてもその効果が報告されている。実際に、欧州疼痛会議やカナダ疼痛会議、
41
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
国際疼痛学会 (IASP) 等のガイドライン (次表) でも神経障害性疼痛の第 1 選択薬として挙げら
れている。いずれの薬剤も主な副作用は眠気であり、眠前投与から開始するのが原則である。ま
た、腎機能障害時 (CCr < 60mL/分) に投与量の調整を要することも同様である。プレガバリン
が優る点としてはガバペンチンで見られるような用量依存性の吸収低下 (臨床的には天井効果)
がないことである。
IASP による神経障害性疼痛に対するガイドライン
第 1 選択薬
第 2 選択薬*
分類
三環系抗うつ薬
SNRI
Ca チャンネルα2δリガンド
リドカイン外用薬
オピオイド
トラマドール
薬剤名
ノリトレン®、desipramine
サインバルタ®、venlafaxine
ガバペン®、リリカ®
モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル
トラマール®
* : 本来は第 2 選択薬だが、以下の場合は第 1 選択薬とする
① 第 1 選択薬の適正量が決まるまで
③ 急性の神経障害性疼痛
② 痛みが激しく日常生活が制限されている
④ がん性神経障害性疼痛
その他、カルバマゼピン (テグレトール®) やクロナゼパム (リボトリール®)、フェニトイン (ヒ
ダントール®、アレビアチン注®)、バルプロ酸 (デパケン®) などもよく用いられるが、カルバマ
ゼピンの三叉神経痛に対する除痛効果以外には確立されたデータはないのが現状である。
鎮痛補助薬としての抗痙攣薬
商品名
ガバペン® (200)
リリカ® (25)(75)
テグレトール® (200) (細粒 50%)
リボトリール® (0.5) (細粒 0.1%)
ヒダントール® (25) (散 10%)
デパケン® (200) (シロップ 5%)
1 日用量 (mg)
200∼2400
25∼600
100∼1200
0.5∼4
100∼400
200∼1200
用法
眠前分 1∼分 3
眠前分 1∼分 2
眠前分 1∼分 2
眠前分 1∼分 3
眠前分 1∼分 2
分 2∼分 3
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 抗痙攣薬は安静時の発作性電撃痛に効果が高い (体動時には無効なことが多い)
□ ガバペン®とリリカ®は神経障害性疼痛に対して第 1 選択薬として用いられること
が多い
使用時には 1 錠分 1 (眠前) から開始し眠気がなければ数日毎に漸増する
□ 他の抗痙攣薬のエビデンスは高くなく、ガバペン®やリリカ®が使用できない時に
考慮する
虎の門病院がんサポートチーム編
42
がん性疼痛のマネージメント
実際の処方例
ガバペン® (200)
1 錠分 1 (眠前)
から漸増【適応外】
リリカ® (25)
1 カプセル分 1 (眠前)
テグレトール® (200)
1 錠分 1 (眠前)
から漸増【適応外】
リボトリール® (0.5)
1 錠分 1 (眠前)
から漸増【適応外】
から漸増【末梢神経障害に適応あり】
抗不整脈薬
抗不整脈薬では主にリドカインとメキシレチンが鎮痛補助薬として用いられる。特にしびれ感
に有効であるとも言われている。前述したように抗不整脈薬は鎮痛補助薬の中では唯一眠気の副
作用が少ないので、眠気の強い患者には第 1 選択薬として用いられることもある。投与量は不
整脈治療に用いる量以下で十分と考えられており、投与量が多くなったり、投与速度が速いと局
所麻酔薬中毒 (嘔気・不穏状態など) の症状が出現しやすくなる。
リドカインは持続静脈注射で投与するが、開始量は通常 5mg/kg/日である。高齢者や全身状
態が不良な場合はより少量 (2∼3mg/kg 日) から使用する。不整脈や眠気、せん妄などの副作
用がないか確認しながら 1∼3 日ごとに 7mg/kg/日、10 mg/kg/日、15mg/kg/日、20 mg/kg/
日程度まで増量可能である。ただし、少量投与でもリドカイン中毒を起こしうるので、血中濃度
のフォローが必要となる。また、リドカインの持続投与はがん性腹膜炎による腹痛にも効果があ
ることが知られている。
メキシレチンは 100∼200mg/日から開始し、400mg 程度まで増量が可能である。副作用
として胃部不快が出やすいので胃薬との併用が勧められている。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 抗不整脈薬はしびれ感を伴うような痛みに有効であることがある
□ リドカインの持続投与は難治性疼痛に有効なことが多いが、中毒には注意が必要
□ メキシレチン開始には胃薬の併用が必要なことが多い
43
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
実際の処方例
リドカイン静注用 2%シリンジ® (100mg/5mL)
5 本【適応外】
生理食塩水 (250)
225mL
持続静脈注射で投与 (1mL/hr=48mg/日)、開始量は症例毎に 2 5mL/hr で行う
1 日使用量が 500∼1000mg を超えるならオリベス点滴用 1% ®への変更を考慮
メキシチール® (100)
1C 分 1∼2C 分 2 (食後) から開始【適応外】
セルベックスカプセル® (50)
3C 分 3 (毎食後) 【適応外】
NMDA (N-methyl-D-aspartate) 受容体拮抗薬
神経障害性疼痛には NMDA 受容体の賦活化が関与していると言われており、NMDA 受容体
拮抗薬が鎮痛補助薬として用いられることがある。また、オピオイドの作用を増強させる効果が
あるとも言われている。NMDA 受容体拮抗薬としては、ケタミン (ケタラール®) やイフェンプ
ロジル (セロクラール® : 麻酔科限定薬)、デキストロメトルファン (メジコン®) などが用いられ、
神経障害性疼痛の他、骨転移による体動時痛にも有効なことがある。ただし後 2 者については
臨床的に有効性を示すデータは少なく、その効果については不明である。
ケタミンの投与方法は、1 日 25∼50mg の持続注射で開始し、効果を見ながら 200mg/日、
場合によっては 500mg/日まで漸増していく。めまいや眠気、ふらつきなどの副作用は投与量
が 200mg/日を超えると起こりやすくなると言われているが少量投与でも過度の鎮静がかかる
ことがある。また、悪夢やせん妄など精神症状が出現することもあるので注意が必要である。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ ケタミンはアロディニアや体動時痛にも有効だが過度の鎮静がかかることがあり、
使用には注意を要する。
ステロイド
ステロイドはオピオイドや NSAIDs の併用に抵抗する腫瘍の神経圧迫による疼痛、あるいは
難治性の骨転移痛に対しても有効であるといわれている。ベタメタゾンとデキサメタゾンは鉱質
コルチコイド作用がほとんどないこと、抗炎症効果が高いこと、半減期が長く 1 日 1 回の投与
虎の門病院がんサポートチーム編
44
がん性疼痛のマネージメント
ですむことなどから、ステロイドの中でも使用される頻度が高い。開始は 2∼4mg/日程度の量
で行い、効果がなければ 8∼10mg/日まで増量する。それ以上の大量投与は有効とは限らず、
鎮痛補助薬として使用する際には 10mg/日以下で投与されることが多い。効果が見られれば数
日で漸減し 0.5∼2mg/日程度の量で維持する。逆に効果がなければ中止する。副作用として高
血糖やカンジダ症、消化性潰瘍などが挙げられる。カンジダ症はステロイド投与開始後数週間以
内に見られることが多く、その際にはファンギゾンシロップ®などで治療を開始する。また、消
化性潰瘍は NSAIDs 併用例では特に注意が必要であり、PPI や H2 ブロッカーの併用が必要で
ある。その他、不眠や気分高揚、せん妄などが出現することがある。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ ステロイドは神経圧迫による疼痛に効果が高い
□ 補助薬としてのステロイドは 2∼4 mg/日で開始し、0.5∼2mg/日の少量で維持
□ 増量しても効果がない場合には中止する
実際の処方例
リンデロン® (0.5)
4∼8 錠分 1 (朝食後) 効果があれば漸減し少量で維持
必要に応じて
ファンギゾンシロップ® (100mg/mL)
1 回 1mL 1 日 3∼4 回含嗽
オメプラール® (10)
2 錠分 1 (朝食後) 【適応外】
45
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
痛みの緩和のための看護ケア
がんの痛みはトータルペインとして体験されるものであり、複雑な要素が絡み合っている。
ゆえに、痛みの緩和のためには、薬物療法に加え、患者の苦痛を包括的にとらえた多方面から
のアプローチが必要となる。痛みの閾値を低下させる因子を最小限にし、上昇させる因子を最大
限にして身体の痛みを出来るだけ感じにくくさせるようなアプローチは、薬物の効果を最大限に
するためにも有用で、日常の看護ケアとして実践可能なものである。疼痛閾値に影響を及ぼす要
因には心理社会的要因、スピリチュアルな要因が多く含まれており、不安が緩和されることや肯
定的な感情を持つことが疼痛閾値を上昇させる方向に働く。がんの進行に伴い、薬物療法による
緩和ケアが難渋する場合は出来る限り疼痛閾値を高めることが疼痛緩和ケアにおいて重要な位
置を占める。
表
痛みの閾値に影響する因子
閾値を低下させる因子
不快感
不眠
疲労
不安
恐怖
怒り
悲しみ
うつ状態
倦怠
内向的心理状態
孤独感
社会的地位の喪失
閾値を上昇させる因子
症状の緩和
睡眠
休息
周囲の人々の共感
理解
人とのふれあい
気晴らしとなる行為
不安の減退
気分の高揚
鎮痛薬
抗不安薬
抗うつ薬
注意転換法
気分転換は一種の感覚遮断の手段であり、聴覚や視覚、触覚など痛覚以外に意識を集中させる
ことにより痛みの感覚から自己を遮断する方法である。散歩、ユーモアのある会話などがある。
リラクセ ーション・イメージ法
深呼吸法・漸進的筋肉弛緩法・顎の力を抜く方法・平和で穏やかな過去を想起するイメージ法
などがある。これらは生理学的に副交感神経を優位にさせることで酸素消費量を減少、呼吸速度
及び心拍数や血圧の低下、筋緊張度の低下、α波の上昇、血管拡張、末梢体温の上昇が起こると
いわれている。リラクセーション法の効果を検討した研究の結果では対象者はリラクセーション
虎の門病院がんサポートチーム編
46
がん性疼痛のマネージメント
を通して緊張を解きほぐすことにより得た心身の感覚とともに『肯定的な意味を見出していくた
めの糸口』『自分から痛みの緩和への道を探すことへの気づき』という痛みの体験の肯定的な意
味を見出していた。リラクセーションは直接痛みを緩和させるものではないが、不安を緩和した
り、痛みに対する患者の捉え方を肯定的なものとして痛みと付き合っていく患者を支える効果を
期待できる。
アロマテラピー
芳香成分の吸入によって嗅粘膜の嗅細胞に電気的興奮が起こり、視床下部にその興奮が伝わっ
て作用を及ぼすといわれている。他にも芳香成分は気管支や肺、皮膚から血液中に吸収されて多
様な作用をもたらす。また、精油の作用が大脳辺縁系や大脳に関連していることから個人の嗜好
や記憶から同じ精油でも効果が異なることが考えられ、個人の嗜好にあった精油を使用すること
でリラクセーション効果や不安の軽減、不眠への効果が得られると考えられている。
音楽療法
病気や治療に伴う様々な苦しみや痛みに対する全人的ケア、患者が持つ自然治癒力・生命力を
回復させるようなアプローチの 1 つとして用いられている。音楽は脈拍や血圧に影響を及ぼし、
リラクセーションを促し、不安や恐れを減少させる。音楽が感情に働きかけることで内因性のオ
ピオイドが放出されると痛みが知覚されにくくなる。
皮膚刺激法
マッサージ・指圧
痛みへの防御姿勢は不自然な筋肉の過進展、同一体位の保持などに伴う筋肉疲労を招き、筋肉
痛の原因となる。指圧や軽いマッサージ、ストレッチングなどによって緊張をほぐすことにより、
これらの痛みを緩和する。痛みのある部位やその周囲をさするだけでも痛みの緩和に役立つ。た
だし、皮膚が脆弱化している場合は注意が必要である。
現時点では、がんの痛みのある患者に対するマッサージや指圧の成果が得られているとは言
い難いが、短時間の効果、例えばレスキュー薬を投与し、その効果をまつ間などには、効果が
あると考えられている。
47
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
冷・温罨法
患者の心地良さを確認しながら実施する。どちらかというと温罨法のほうが効果のあること
が多い。
① 冷罨法
寒冷刺激は交感神経を刺激し血管を収縮させ痛みを緩和する。
② 温罨法
温熱刺激は副交感神経を刺激し、血管を拡張し、血液循環を改善することで鎮痛効果
をもたらす。非炎症性の関節痛・腹痛・胸痛など、あるいは筋緊張による痛みは弛緩
作用によって痛みを緩和する。ただし、局所血行不良がある場合は低温でも熱傷を起
こす危険性があるため注意する。
患者の対処能力を高める
患者自身が痛みを緩和できるという思いをもち、自ら対処できるようにする。これには、患
者の痛みに対する認知、価値・信念、現時点での対処方法を理解する必要があり、それらに理
解を示し、患者の意思を尊重しながら、痛みの緩和のための情報提供、教育、インフォームド
コンセント、患者の代弁・擁護などが必要となる。
日常のケア
日常性の維持
がん患者は診断を受けがん治療が始まったときから多くの場合、社会生活よりも治療中心の生
活が始まる。それは患者のそれまでのライフスタイルを大きく変え、日常性を失いかねる。入院
が余儀なくされる患者ではその変化は更に大きなものとなる。病院という非日常的な異空間の中
で患者が少しでも日常性を維持しながら生活できるように援助することは患者の癒しにつなが
り、痛みの閾値を上げることにつながる。以下に日常性を維持するケアについて具体的に述べる。
虎の門病院がんサポートチーム編
48
がん性疼痛のマネージメント
① 1人の人間として尊重する
医療者にとって患者としての姿が日常的なっており、その人を『病気をもった患者』
としてしか見られなくなりがちである。しかし、一人ひとりの患者はそれぞれ歴史を
持った尊厳ある一人の人間であり、『一人の患者』としてではなく『一人の人間』と
してその背景を尊重しながら関わることが大切である。患者の人となりを知ることが
大切なケアのひとつである。
② できる限り普段と同じような生活ができるようにする
入院していても愛用しているものや趣味のものを病室に持ってくる、普段の私服を着
用することで日常性を取り戻すことにより患者が一人の人間に戻り、痛みの閾値が上
がればケアのひとつになる。また、病棟内に季節感を感じることが出来る飾りつけを
することも気分転換(注意転換法)につながる。
③ 不必要な拘束を避ける
入院中のがん患者では点滴が必要となることが少なくない。しかし、それが 1 日中や
何日も続くと患者にとって相当な拘束感につながる。この点滴から解放させる時間を
作ることで患者の気持ちの解放になる。
④ 日常生活の援助を通して心地よさを提供する
痛みのある時にはベルトや下着などの圧迫でも痛みを増強させる。ゆったりした衣類
を選択し、寝具も軽い掛け物にするなど、寝具・寝衣の調整、ベッド周囲の環境調整
なども重要となる。
また、清潔ケアなどの際に少しでも患者が心地良いと感じられるような方法で行うこ
とは、一瞬でも患者が痛みを忘れ、リラックスする時間をもつことにつながる。その
際そばにいることや、タッチングなどによる安心感も与えることになる。
そばにいること
そばにいることが患者の安らぎや安心感につながり、ペインマネージメントにおいて痛みの閾
値を上げる効果があることが示唆される。
49
虎の門病院がんサポートチーム編
がん性疼痛のマネージメント
ポ
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換
□ 骨転移部位を安静に保ち、荷重が最低限になる方法を検討し、疼痛の増強や病的
骨折を予防するようにする
□ 画像診断などから転移部位やがんの進行状態を把握したうえで、患者さんととも
に可動域を確認し、検討していく
□ 骨転移部位に荷重の歪みや捻れが生じないように、その部位を支持・固定する
ようにする
□ ベッド上では、良肢位が保てるよう、クッションや枕、タオルなどを用いて、骨
転移部の安静が保てるようにする(いくつかの良肢位を選択できることが望ましい
が、複数のエアーマットの使用やマッサージなどで、皮膚の循環をできる限り確保
する)
□ 脊椎の転移:脊椎の回旋が生じないように、肩と骨盤が一緒に動くようにする。
またベッド上で左右に寄せたい場合、仰臥位のまま寄せると体幹が左右に側屈しや
すいため、側臥位で行うようにする
初版:2009 年 7 月
改訂版:2010 年 3 月
改訂版 2:2011 年 1 月
改訂版 3:2012 年 11 月
虎の門病院がんサポートチーム編
50
虎の門病院がんサポートチーム編 緩和医療マニュアル
呼吸困難感のマネージメント
はじめに
呼吸困難感は末期がん患者の約 50%、肺がん患者では約 70%に出現すると言われ、そのマ
ネージメントは緩和医療を行う上で極めて重要である。しなしながら呼吸困難感を完全に緩和す
ることは現実には困難であることが多い。その大きな理由は、呼吸困難感ががん患者にとって最
も恐ろしい感覚のひとつだからである。実際に、意識清明な患者が呼吸困難感に襲われると、
「息
が吸えなくなるのではないかと考えると不安で仕方ない」とか「痰が詰まって息ができなくなる
と思うと眠れない」などと繰り返し訴えるようになる場合が多い。恐怖や不安によって呼吸はさ
らに促迫して呼吸困難感は増強し、それによりさらに恐怖や不安が強まるという悪循環に陥るこ
ともしばしばである。呼吸困難感は痛みと同様に主観的な感覚であり、病態や呼吸不全の重症度
とは必ずしも相関しない (呼吸不全と呼吸困難は決して同義ではない)。従って、常に患者の訴
えに耳を傾け、客観的な所見 (画像検査・酸素飽和度・呼吸回数など) のみで呼吸困難感のマネ
ージメントを行わないように肝に銘じる必要がある。
他の症状と同じく、呼吸困難感のマネージメントもまた薬物療法だけでなく、精神的ケアや理
学療法、環境調整など多方面から行うことが重要である。
呼吸困難感のマネージメント
呼吸困難感の定義
呼吸困難感とは、「息が苦しい」「呼吸がしにくい」などと表現されるもので、「呼吸時の不快
な感覚」と定義される主観的症状である。それに対して、「呼吸不全」は、低酸素血症すなわち
動脈血酸素分圧 (PaO2) が 60 Torr 以下と定義される客観的病態である。
多くの場合、生理的障害による呼吸不全の結果として呼吸困難感が生じるが、両者は必ずしも
一致せず相関もしない。呼吸困難感の訴えがない低酸素状態もあるし、逆に酸素飽和度や胸部X
線など検査の異常がないのに本人が息苦しいと感じることもある。
呼吸困難のアセスメント
呼吸困難により患者が感じている「つらさ」という主観的情報と呼吸状態そのものを客観的に
とらえることが重要となる。
①呼吸困難の開始時期、頻度
「いつから」「どんな時に」「どのように」 苦しいかを日常生活のなかでの経験や行動を用い
て話してもらうようにする。例えば、「動くと頭の中が真っ白になる」「眠るのが怖い」「便の時
がつらい」
「うまく息が吸えない感じ」
「横(臥床すること)になれない」
「何をするにも疲れる」
など、患者が辛く感じている事柄に関して患者の表現からとらえるようにする。
②呼吸困難の強さ・程度
「どれくらい」苦しいかを客観的に評価をするために、スケール(NRS, VRS, VAS, フェイ
ススケール)を使用する。しかし、スケールでの評価が難しい場合には、①で示したような患者
の辛さの表現を指標とし、呼吸困難の程度や重症度を把握する。
③呼吸困難の増悪・軽減因子
呼吸困難を増悪・軽減させるような、姿勢、動作、環境、薬剤について把握し、増悪因子を
2
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
避け、軽減する因子を活かしたケアプランを立案する。
④呼吸困難の意味
呼吸困難はがんの進行のみならず、死を直接的に意識するような体験であり、患者がとらえ
る症状の意味づけ(「自分ではどうしようもない」
「死が近いことを感じる」
「生きることが辛い」
など)が、症状への対処に影響していることがある。また、死についても考えさせるような体験
のため、それらも理解することが重要である。
⑤呼吸状態 (呼吸回数、呼吸のパターン(深さ、リズム、無呼吸時間の有無とその程度))
・ 呼吸の仕方(楽にしているか、肩呼吸や鼻翼呼吸といった努力呼吸はないか、起坐呼吸で
はないか、呼吸促迫やパニックになっていないか)
・ 呼吸音(強さ、異常音の有無とその内容、呼気と吸気の長さ)
・ 呼吸が楽な体位(右下・左下どちらのほうが楽か:一般的にはどちらか片側の肺機能が極
度に低下している患者の場合には、健側の肺を上側にした体位を好むことが多い。また、
胸水貯留時には常に頭部を挙上したセミファーラー位以上の状態が楽な場合がある)
これら客観的情報を把握する。
⑥随伴症状
咳、痰、痛み、浮腫、疲労感などの随伴症状がないか把握する。
⑦全身所見
バイタルサインの変化(体温、脈、血圧、意識)、栄養状態、チアノーゼの有無を把握する。
⑧日常生活動作
移動、食事、更衣、清潔などの日常生活の中で、呼吸困難によりできなくなっていることは
何か、またどの程度が可能かを把握する。
⑨現在および過去の投薬内容とその効果
⑩医学的問題
併発症の存在(癌性リンパ管症、気道内閉塞、貧血、DIC、感染症など)、既往歴(呼吸器
疾患、循環器疾患の存在)などを把握する。
⑪治療歴(手術、放射線治療、化学療法)
⑫生命予後の見通し
継続的に患者の自覚症状や、行動、心理的変化に関して、主観的・客観的情報の両側面から
把握し、総合的に症状の変化をとらえる。主観的情報としては、スケールの変化、患者の満足度、
症状に対する認知の変化、生活の中で改善されたこと、つらくなったこと、対処方法の変化など
であり、客観的には呼吸状態や日常生活動作の変化などがある。
虎の門病院がんサポートチーム編
3
呼吸困難感のマネージメント
呼吸困難 の原因
呼吸困難の原因は大別すると、①がん関連 (直接・間接含む) の呼吸困難、②治療関連の呼吸
困難、③その他 (がんには無関係)、に分けられる (下表)。
表
がん患者における呼吸困難感の原因
がん関連の呼吸困難
肺・胸膜腫瘍 (原発巣・転移巣)
癌性リンパ管症
気道内外の腫瘍による気道閉塞
胸水・心嚢水
腹水・肝腫大
横隔神経麻痺
上大静脈症候群
呼吸筋減弱
(悪液質・電解質異常・ステロイドミオパチー・腫瘍随伴症候群)
貧血
肺炎 (誤嚥・気管食道瘻)
肺塞栓
気胸
治療関連の呼吸困難
肺切除手術後
放射線肺臓炎・心膜炎
化学療法による心筋症・間質性肺炎
その他
心因性 (不安・恐怖)
慢性閉塞性肺疾患
喘息
うっ血性心不全・虚血性心疾患
肺炎・喀痰
発熱
神経筋疾患
肥満
原因によっては一時的にでも対処可能な場合もあるので、迅速に診断することが必要である
(例:胸水に対するドレナージ、貧血に対する輸血など
4
虎の門病院がんサポートチーム編
詳細は後述)。
呼吸困難感のマネージメント
がん関連の呼吸困難感に対する治療各論
がん性胸水
がん性胸水は進行癌ではしばしば見られ、剖検例ではがん患者の 15%に認められるとも言わ
れる。中でも肺癌と乳癌がその原因として最も多く、全体の約 2/3 を占める。その他の原発巣
としては消化管癌や卵巣癌、悪性リンパ腫などで多い。がん患者における呼吸困難感の原因とし
てがん性胸水の貯留が関与することは多く、そのマネージメントは重要である。一方、がん性胸
水の貯留は予後不良 (生存期間の中央値は 3∼6 ヶ月) を示唆する所見であるため、マネージメ
ントの際には予後を十分に考慮し、治療方法を選択する必要がある。
① 輸液量の減量 (後述)
入院中の予後が短いと予測される (1∼2 ヶ月) 点滴施行患者で、胸水による呼吸困難感がある
場合には、その量を多くとも 1000mL/日にまで減量する。
② 利尿薬・ステロイド
症例によっては有効なことがあり、軽度の症状が出現した際には使用される場合もある。
③ 胸水穿刺
がん性胸膜炎に対する胸水穿刺による排液は、呼吸困難感の症状緩和に有効である。患者へ与
える苦痛を小さくするために、処置の際にはトロッカーカテーテルではなく、中心静脈用カテ
ーテルなど点滴用の径が細いものを使用する方がよい。がん性胸水は炎症性胸水に比べるとフ
ィブリンの析出は少ないため、細いカテーテルを比較的長期間留置しても効果が持続すること
が多い。特に PS 不良患者や、予後が 1 ヶ月以内の患者の場合にはカテーテルを留置したま
まで、1 週間に 1∼2 回の排液を繰り返すことで症状を緩和することができる。また 1 回あた
りの排液は re-expansion pulmonary edema の発生を防ぐためにも少なくとも 1 時間以上
かけて 1000∼1500ml 以下にするように注意する。
④ 胸膜癒着
胸水穿刺が症状緩和に有効で PS も良く、少なくとも 1 ヶ月以上の予後が見込める患者には
胸膜癒着を考慮する。癒着に際しては胸腔ドレーンを挿入し、排液後にアドリアシン®、ピシ
バニール®などの癒着剤を注入する。注入後にはドレーンをクランプして 30 分間隔で体位変
換を行い、2 時間後に開放し排液する。以後、1 日あたりの排液が 100∼200mL 以下になっ
たところでドレーンを抜去する。癒着に際しての副作用として発熱や胸部痛などが起こるため、
あらかじめ NSAIDs を投与することもある。
虎の門病院がんサポートチーム編
5
呼吸困難感のマネージメント
癌性リンパ管症
癌性リンパ管症とはがん細胞が肺内のリンパ管に浸潤し、リンパ管内でびまん性に微小腫瘍塞
栓が形成される病態であり、臨床的には進行性の息切れと咳を特徴とする。組織学的には腺癌に
よって起こることが多く、原発巣としては肺癌や乳癌に多い。化学療法に感受性のある乳癌や卵
巣癌が原因であれば、抗がん剤により根本的な治療が可能な場合もあるが、基本的には予後は不
良であり、発症からの生存期間の中央値は約 3 ヶ月である。
対症的にはステロイド治療が一過性に奏功することがあり、デキサメサゾンで 1 日あたり 4
∼12mg が投与される。
輸血
がん患者は、化学療法による骨髄抑制、がんの骨髄転移や骨髄異形成症候群、慢性炎症、慢性
出血、栄養失調 (鉄欠乏・葉酸欠乏など) など様々な原因によって貧血になりうる。これらは慢
性的に進行することが多く、多くの場合は貧血に伴う症状は無いかあっても軽度であることが多
い。呼吸困難感に関わらず、がん患者において赤血球輸血の適応を考える際には、貧血による症
状の有無が重要な因子となる。末期がん患者に対する輸血のガイドラインはないが、一般には呼
吸困難感や全身倦怠感、起立性低血圧、頭痛、せん妄、狭心痛など貧血が原因と考えられる症状
があり、ヘモグロビン値が 7∼8 mg/dL 未満であれば赤血球輸血を考慮する。逆に症状がなけ
ればヘモグロビン値が低くても積極的には輸血は行わない。
実際の輸血に際しては、末期がん患者では心機能が低下していることを考慮して慎重に投与す
る。つまり、できれば 1 日 1 単位ずつの投与とし、1 単位の投与には 3∼4 時間かけることが
望ましい。
中枢性気道狭窄
喉頭から葉気管支までの中枢性の気道狭窄病変は、気管支原発癌やカルチノイド腫瘍、または
肺癌や縦隔腫瘍などによる外部からの圧排で起こり得る。この病態は致死的になりうるが、一方
では治療次第で回復する可能性もあるため、迅速な診断と対処が必要となる。
治療としては化学療法や放射線照射の他、気管支鏡を用いてレーザーや電気メスにより腫瘍を
一部取り除いたり、ステントを留置することもある。また、ステロイド剤はこの病態でも一時的
に症状を緩和することがある。
6
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
癌性心膜炎
心嚢液は心膜炎により心膜内に貯留し、ある程度貯留すると呼吸困難・咳嗽・胸痛・頻脈・低
血圧などの症状が出現する。大量の場合には血圧・脈拍などの循環動態に悪影響が及び (心タン
ポナーデ)、緊急局所処置が必要になる。
心膜炎の原因として多いのは癌性であり、原発巣では肺が最多で全体の 1/3 以上を占めると
言われている。次いで、乳がんや白血病、悪性リンパ腫などもしばしば原因となる。一方で、原
因が治療関連の場合もあり、放射線照射 (縦隔や甲状腺)、化学療法 (アントラサイクリン系抗癌
剤)、易感染状態による感染性心膜炎などがその代表である。
癌性心膜炎の治療法に関しては、これまで無作為比較試験も行われておらず確立されていない。
一般的には心嚢穿刺でドレナージを行うが、これだけでは高率に再発するので各種薬剤による心
膜硬化療法を行う。外科的治療も時に行われるが、患者の余命や全身状態から行えないことも多
い。
虎の門病院がんサポートチーム編
7
呼吸困難感のマネージメント
呼吸困難感に対する薬物治療
オピオイド
オピオイドは終末期の呼吸困難感緩和に対してもっともよく用いられる薬剤である。慢性閉塞
性肺疾患 (COPD) ではその有効性は既に確立されていたが、がん患者でも比較試験が行われそ
の有効性が確認されている。オピオイドを使用することで過度の呼吸抑制を招いたり、あるいは
死期を早めるといった誤解があるが、適切に用いれば酸素濃度を保ち、かつ二酸化炭素を蓄積さ
せることなく呼吸数を減少させ、呼吸困難感を緩和できると考えられている。
使用されるオピオイドは、これまでの報告の多さからモルヒネ製剤が最多であるが、近年では
より副作用の軽いオキシコドン製剤が使用されることもあり、2009 年の ASCO educational
book にもモルヒネと併記されている。しかしながら現状では、腎障害がない場合にはモルヒネ
製剤が第一選択薬となることが多いので以下にその使用法について概説する。
モルヒネ製剤 (塩酸モルヒネ注®、MS コンチン®、オプソ内服液®、アンペック坐®など) の呼
吸困難感緩和の作用機序は下記のように考えられているが、全てが明らかになっているわけでは
ない。
表
①
②
③
④
⑤
モルヒネによる呼吸困難感の緩和機序
呼吸中枢における呼吸困難感の感受性低下
呼吸数減少による酸素消費量の減少
気道分泌物・咳嗽の抑制
鎮静作用による不安の緩和
血管拡張作用による心負荷軽減 など
呼吸困難感に対する治療の場合は、がん性疼痛の場合より少量のモルヒネで効果が得られるこ
とが多い。オピオイド未使用者に対しては 1 回 2∼5mg の速効性モルヒネ製剤 (オプソ内服液®
など) を 1 日数回 (4 5 回) 使用し、有効であれば 1 日使用量を徐放性製剤 (MS コンチン®など)
として投与する。経口が不可能な場合には 1 回あたり 1∼2mg の塩酸モルヒネ注®を点滴 (30
∼60 分かけて) で投与し使用回数を目安に持続点滴へ変更するか、または初めから持続点滴で
塩酸モルヒネ注®を 1 日あたり 5∼10mg で開始することもある。開始時にアンペック坐®を使
用するのは投与量の面で注意が必要である (最小規格が 10mg であり内服に換算すると 15mg
相当)。
一方、がん性疼痛に対してすでにオピオイドが投与されていた例では、3∼5 割分の量をモル
ヒネとして上乗せして投与する方法がよく用いられる。あるいは、事前に投与されていたオピオ
イドが大量でない場合にはモルヒネ製剤への変更を行うこともある (例:デュロテップ MT パッ
8
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
チ® 2.1mg → MS コンチン®30mg/日)。
効果の判定は患者の評価によるところが大きいが、他覚的には頻呼吸の患者に対してモルヒネ
を使用した際には、呼吸数を 12∼20 回/分程度に減少させることを目標とする。効果が不十分
な場合には、呼吸数が 10 回/分以上で傾眠を許容できる範囲で 20%程度ずつ増量していく。呼
吸数が既に 10 回/分未満になっている場合には、それ以上モルヒネを増量しても症状緩和は期
待しにくく、重度の呼吸抑制が出現することもあるので基本的には投与量は維持する (覚醒時の
呼吸数が 4∼5 回/分未満の場合には中毒量のため投与を中止し、拮抗薬を投与すべきである)。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 呼吸困難感の薬物治療の中心はオピオイドである
□ まずは速効性製剤から使用し、有効ならば徐放性製剤へ変更する
□ オピオイドを既に使用している際は 3∼5 割分の量をモルヒネとして上乗せする
か、使用量が少ない場合にはモルヒネ製剤への変更を考慮する
□ 頻呼吸の患者では呼吸数が 12∼20 回/分になるよう調整する
□ 呼吸数が 10 回/分未満に低下しても呼吸困難感がある場合には、それ以上のオピ
オイド増量は無効なことが多い
実際の処方例
オプソ内服液® (5) または オキノーム散® (2.5)
1 包 (呼吸困難時頓服、2∼3 時間あけて)
ノバミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
マグラックス® (250)
3∼9 錠分 3 (毎食後)
MS コンチン® (10) または オキシコンチン® (5)
2 錠分 2 (12 時間間隔で)
ノバミン® (5)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
マグラックス® (250)
3∼9 錠分 3 (毎食後)
モルヒネ塩酸塩注® (10mg/1mL)
生理食塩水 100mL
1A
1 本 2∼4mL/hr 持続静注 (レスキューは 1 時間分早送り)
虎の門病院がんサポートチーム編
9
呼吸困難感のマネージメント
デュロテップ MT パッチ® (4.2) を 2 枚使用している患者で呼吸困難感が出現した場合
デュロテップ MT パッチ® 8.4mg は MS コンチン®120mg に相当するので、2∼5 割分を増
量するとなると 24mg∼60mg の MS コンチン®を追加することになる。点滴で投与する場合
には半量の 12∼30mg の塩酸モルヒネ注®を持続注射で投与する。
MS コンチン® (10)
3 錠分 3 (8 時間間隔で)∼4 錠分 2 (12 時間間隔で)
あるいは
モルヒネ塩酸塩注® (10mg/1mL)
生理食塩水 100mL
10
虎の門病院がんサポートチーム編
2A
1 本 3∼4mL/hr 持続静注 (レスキューは 1 時間分早送り)
呼吸困難感のマネージメント
抗不安薬
呼吸困難感を訴える患者においては、死に対する恐怖や不安など精神的要素が大きい場合が多
く、先述したような悪循環に陥ることも少なくない。そのような場合には特にベンゾジアゼピン
系の抗不安薬が有効な場合がある。作用機序として抗不安作用はもちろん、鎮静作用や筋弛緩作
用も加わって効果を現すと考えられている。ただし、過度な呼吸抑制による CO2 ナルコーシス
には注意が必要で、その場合にはベンゾジアゼピン系薬剤の拮抗薬であるアネキセート®を使用
する (まず 0.2mg を緩徐に静注し 4 分後に無効な場合には 0.1mg 追加、それでも無効なら 1
分ごとに 0.1mg ずつ総量 1mg まで追加する)。他の副作用としては眠気や脱力などがある。筋
弛緩作用による脱力については、特に高齢者において転倒のリスクが高くなるため十分な注意が
必要である。
よく用いられるベンゾジアゼピン系薬剤としては抗不安作用の強いアルプラゾラム (コンスタ
ン®) やクロキサゾラム (セパゾン®) 、ジアゼパム (セルシン®、ホリゾン®、ダイアップ坐®など)
が挙げられる。また頓用で使用する際にはエチゾラム (デパス®) が使われることが多い。
表
一般名
アルプラゾラム
クロキサゾラム
ジアゼパム
エチゾラム
呼吸困難感に使用されるベンゾジアゼピン系薬剤の例
商品名 (規格)
コンスタン錠® (0.4)
セパゾン錠® (1)
セルシン注® (10)
ホリゾン錠® (2)
ダイアップ坐® (6)
デパス錠® (0.5)
作用時間
短時間∼中間型
長時間型
抗不安作用
++
++
筋弛緩作用
+
++
長時間型
++
++
短時間型
++
+
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ 恐怖や不安など精神的要素が大きい場合には抗不安薬は特に有効である
□ ベンゾジアゼピン系薬剤には筋弛緩作用があるので転倒には注意を要する
□ 錠剤・点滴・坐剤を患者に合わせて適切に使い分ける
虎の門病院がんサポートチーム編
11
呼吸困難感のマネージメント
実際の処方例
コンスタン® (0.4)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
セパゾン® (1)
3 錠分 3 (毎食後) 【適応外】
ダイアップ坐® (6)
1 日 1∼2個 【適応外】
デパス® (0.5)
1 錠 (呼吸困難時頓服) 【適応外】
12
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
ステロイド
ステロイド剤は抗炎症作用や浮腫改善効果により、下記の病態による呼吸困難感に有効である
と言われている。しかし、その効果は比較試験などでは証明されておらず不明な部分も多い。長
期投与となれば副作用も出現しやすくなり、場合によってはステロイドミオパチーによる呼吸筋
力低下で呼吸困難感が悪化する場合もあり注意を要する。
表
ステロイドが有効とされる呼吸困難感の病態
癌性リンパ管症
上大静脈症候群
癌性胸膜炎
中枢気道狭窄
放射線肺臓炎
気管支痙攣
投与量は一般的にはベタメタゾンで 1∼4mg が使用されるが、癌性リンパ管症など特殊な病
態では 8∼12mg 程度使われることもある。無効な際には中止し、投与が長期化する場合には
維持量も可能な限り少量にすべきである。その際には胃潰瘍の予防も必要になることがある。
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
!
□ ステロイドは癌性リンパ管症や上大静脈症候群、中枢気道狭窄など特殊な病態に
よる呼吸困難感に有効である
□ 効果と副作用を考慮し、できるだけ少量で維持する
実際の処方例
リンデロン® (0.5)
2∼8 錠分 1 (朝食後)【適応外】
リンデロン注® (2)
0.5∼2 A
生理食塩水 100mL
1本
(1 日 1 回
朝) 【適応外】
虎の門病院がんサポートチーム編
13
呼吸困難感のマネージメント
気管支拡張薬
気管・気管支病変による気道狭窄が原因の呼吸困難感の軽症例には気管支拡張薬が有効な場合
がある。β2 刺激薬 (ベネトリン®、ホクナリン®など) やテオフィリン薬 (テオロング®、ネオフ
ィリン®など)、抗コリン薬などが用いられる。
テオフィリン薬は治療域が狭く、血中濃度のモニタリングや肝障害時は減量を要する。一方で
呼吸中枢刺激作用もあり、チェーン・ストークス呼吸に使用されることもある。
実際の処方例
ベネトリン吸入液® (0.5%)
1 回 1.5∼2.5mg 吸入
ホクナリンテープ® (2)
1 日 1 枚 (胸部・背部・上腕部のいずれかに貼付)
テオロング® (100)
4 錠分 2 (朝食後・就寝前)
14
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
呼吸困難感に対する非薬物治療
酸素療法
呼吸困難感を訴える末期がん患者のうち、実際に低酸素血症を伴った例は 40% であったとい
う報告もあり、呼吸困難感と低酸素血症は必ずしも相関しない。一方、低酸素血症がなくとも過
呼吸例などでは酸素吸入により呼吸困難感が軽減することもある。このような事例があることか
らも、がん患者における酸素療法の適応や方法には一定の指針がないのが現状である。
実際には酸素療法を行ってはならないのは低酸素血症に呼吸ドライブが依存している高炭酸ガ
ス血症患者であり、それ以外の例については患者の負担にならない範囲で酸素療法は行うべきで
ある。
輸液量調節
ここでは、輸液と胸水の関係および輸液と気道分泌の関係について述べる (『終末期癌患者に
対する輸液治療のガイドライン』(日本緩和医療学会)より)。
胸水が原因による呼吸困難感では、胸水を増加させないことあるいは減らすことが苦痛緩和の
治療となる。輸液量と胸水の相関関係を明らかにした臨床研究は存在せず、確実な知見ではない
が、現段階で示唆されているのは以下のようなことである。① 1000mL/日以下の輸液では胸水
を著明に悪化させない、② 1500∼2000mL/日の輸液では胸水を悪化させる可能性がある、③
輸液量を減少することで胸水による苦痛が減少する可能性がある。これらの点を考慮して現在推
奨されている事項を以下に示す。
生命予後が 1∼2 ヶ月と考えられる、経口的に水分摂取が可能な、胸水による苦痛がある終末期
がん患者において、胸水による苦痛を悪化させないことを目的として、
・輸液を行わない【B】
・輸液量を 500∼1000mL/日以下とする【C】
生命予後が 1∼2 ヶ月と考えられる、経口的に水分摂取が可能だが 2000mL/日の輸液を受けて
おり、胸水による苦痛が増悪している終末期がん患者において、胸水による苦痛を悪化させない
ことを目的として、
・輸液量を 500∼1000mL/日以下に減量、または中止する【B】
虎の門病院がんサポートチーム編
15
呼吸困難感のマネージメント
一方、気道分泌は患者にとっては呼吸困難感を助長するし、また家族にとってもその音は不快
である。ここでいう気道分泌とは『死が迫っており嚥下できない患者において、呼吸に伴って不
快な音を生じる気道分泌物』と定義されるものである。胸水の場合と同様に気道分泌と輸液量の
相関関係を明らかにした臨床研究は少ないが、現在示唆されているのは以下のようなことである。
① 輸液量が多い場合 (例えば 1500mL/日以上)、輸液量は気道分泌と関係し輸液量の減量によ
り気道分泌が減少する可能性がある、② 輸液量が比較的少ない場合 (例えば 1000mL/日以下) 、
輸液量は気道分泌とあまり関係しない可能性が高い、③ 生命予後が数週間以上見込める患者に
ついては知見がない。これらの点を考慮して現在推奨されている事項を以下に示す。
生命予後が数日と考えられる終末期がん患者に気道分泌による苦痛を認めた場合、気道分泌によ
る苦痛の緩和を目的として、
・気道分泌に対する薬物療法 (抗コリン剤など) やケア (ポジショニング) を行う【B】
・輸液量を 500mL/日以下に減量または注射する【B】
参考:推奨の強さ【A】∼【E】
A : 有効性を示す十分な根拠があり、十分な臨床的合意がある。患者の意向に一致し、
効果が評価される場合、行うことを強く推奨する。
B : 有効性を示すある程度の根拠があり、十分な臨床的合意がある。患者の意向に一
致し、効果が評価される場合、行うことを推奨する。
C : 有効性を示す根拠はないが、ある程度の臨床的合意がある。患者の意向に一致し、
効果が評価される場合、行うことを推奨しうる。
D : 有効性を示す根拠はなく、臨床的合意も不十分である。行うのは、患者の意向を
十分に検討し、かつ効果が十分に評価される場合に限ることを推奨する。
E : 無効性・有害性を示す十分な、またはある程度の根拠があり、十分な臨床的合意
がある。行わないことを推奨する。
16
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
ポジショニング (安楽な体位の工夫)
ギャッジアップにより横隔膜を下げて呼吸面積を広げることで、呼吸困難が軽減する場合があ
る。また患者は自ら楽な姿勢や体位をとることがあるので、患者とともに安楽な体位のパターン
を多く見つけ、共に工夫することが重要である。
さらに残存する肺機能で十分換気できるよう体位を工夫する。つまり、横隔膜を下げ、胸郭が
十分に広がるような体位や、呼吸筋を弛緩させて吸気量を多くするような姿勢が基本(病態に応
じ、起坐位、どちらかの側臥位、頭部を挙上したファーラー位など)である。
どちらか方側の肺機能が極度に低下している患者の場合には、機能が残っているほうの肺を下
側にすると、肺の拡張が妨げられて呼吸困難感が増強することがある。また、胸水が貯留してい
る患者の場合には、頭部を挙上したセミファーラー位以上の状態を保つことが必要となることが
多い。
リラクセーション
呼吸困難がある場合、胸郭や呼吸筋が緊張しており、日常的なケアの中で、患者の負担を軽く
するようにしながらリラクセーションを行う。具体的には、頸部∼前胸部∼腹部∼背部∼両上肢
を軽いタッチでマッサージしたり、患者が好むならば蒸しタオルで前胸部や背部に温罨法を行う。
手浴、足浴もリラックスできる。この際、患者とのコミュニケーションも重要である。
呼吸法の指導
胸式呼吸は換気面からは効率が悪く、呼吸困難感を悪化させる原因となるので、できるだけ腹
式呼吸を行うよう指導する。呼吸困難でパニック状態になった患者は、もっと息を吸おうと吸気
に集中し十分な呼気が得られず、息苦しさが増強する。このような場合には、胸郭を両手で挟み
込むようにおき、浅く早い呼吸に同調しつつ、呼気に続いて呼気終末位の段階で胸郭を有効な手
技で圧迫する。次に始まる吸気の時、手はおいたまま拡張する胸郭の動きとともに緩めていくか、
または瞬間に手を離して圧迫をやめると吸気が促進される。これを呼吸が改善されるまで数分∼
数十分繰り返す。
虎の門病院がんサポートチーム編
17
呼吸困難感のマネージメント
排痰の援助
体位ドレナージや呼吸理学療法を行う。必要時にはネブライザーや吸引、加湿器の使用なども
検討する。呼吸困難があると、仰臥位では横隔膜の圧迫で苦しく、ファーラー位か坐位を自然に
取ることが多くなる。また同一体位が長時間に及ぶことでも無気肺になりやすい肺区域は後肺底
区 (S10) である。基本手技では腹臥位 30 度であるが、負担が大きいため、行えないことが多
い。無理な体位変換は痛みの増強、循環動態の変動が生じる。基本的には 2 時間ごとに 40 度∼
60 度の側臥位(左右)をとる。
その他、痰の移動を促す手技としては、様々なものがあるが、このうち比較的患者の負担が少
ない排痰の援助方法としては、①スクイージングや②スプリンギングングがある。ただしこれら
も、胸部や背部に骨転移による疼痛があるような場合など、患者の状態に応じて実施の検討が必
要である。
① スクイージング:胸郭の動きをよく観察して両手をあて、気管分岐部に向かって濃きに合わ
せ て搾り出すように圧迫する。痰が移動して、むせ込んだり、咳が出るようになっても自力
で痰を出せない時は、患者の咳に同調して一緒になって「ごほん」など声をかけながら横隔膜
を圧迫すると、咳き込みと同時に咳がでる。数回繰り返し十分に咳が出せると呼吸困難が改善
する。
② スプリンギング:スクイージングと同様、胸郭に手をおき、呼気時に胸郭の動きに合わせて
圧迫したのち、呼気開始時に胸郭に対して少し抵抗をかけ、圧迫していた手を離す方法であり、
これは、呼気を増大させる。
日常生活の援助
息苦しさのために縮小した ADL をアセスメントし、少しでも自立した生活がきるようにする
ことが大切である。移動、清潔、排泄などを自力で行うことが困難な場合は自尊心に配慮し、複
数の人で手早くケアを行えるように調整する。
また、日常生活援助により患者さんの側にいることになり、苦痛時に患者さんをひとりにしな
いことは安心感を提供するものになる。日常生活援助を通しての看護師の関わりそのものが呼吸
困難の緩和に重要であることを意識し、実践する。
18
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
1) 食事
嚥下、咀嚼しやすい食事の工夫、怒責の必要のない排便コントロール、ジェスチャーや筆談の
活用によるコミュニケーション、ゆっくりと動くように指導する。
2) 環境の整備

室内の温度は低めにし、適度な湿度となるようにする。

窓を開けて室内の空気の流れを作ったり、うちわで風を送ったりすると空気飢餓感の
緩和につながることもある。(三叉神経第2枝が刺激され、中枢性に呼吸困難感を抑
制するという説もある)。

患者とともに、最も重視したい活動のためのエネルギーを保全できるよう活動を調整
する。それ以外の活動はできるだけ身体を動かさなくてもすむように環境を整える
(病室内の物の位置、手が届く範囲への物品の配置、トイレとベッドの距離を近づけ
る、電動ベッド・ポータブルトイレの活用など)。
3) 移動
移動しやすいような環境を整えるとともに歩行器・車いす・手すりなどを利用する。
4) 寝衣
ゆったりした寝衣や保温に富んだ掛け物を使用したり、離被架を利用して圧迫感を軽減する。
手・足の保温をはかる。
5) 活動と睡眠
呼吸困難感により活動が制限されるため、限られた環境の中で出来る限り気分転換ができるよ
うにする。活動低下により昼夜逆転傾向となる場合には生活のリズムがつくようにし、夜間の睡
眠が確保できるようにする。
6) 清潔
できる限り負担がないようなケア内容(部分的なケアを計画的に実施するなど)や方法(短時
間に複数人で実施するなど)を検討する。清潔ケアの際は少しでも心地良いと感じられるように
することや、マッサージなどをとりいれ、リッラクスできるようにすることも重要である。
虎の門病院がんサポートチーム編
19
呼吸困難感のマネージメント
アロマセラピー
呼吸困難感への効果の科学的実証は現在研究段階である。現状での呼吸困難感に対するアロマ
セラピーは、主に自律神経系の緊張緩和やリラクセーション、意識的な呼吸運動の促進を期待す
るものとして応用されている。好きな香りかどうかが大きく影響することや、周囲の患者の状況
にもよるため、患者の好みに応じて周囲に影響が少なくなるよう、例えば香りの入ったピローや
香り袋を使用するなど、その方法の検討が必要である。
精神面のケア

優しい言葉かけやタッチング、そばに付き添うことで安心感が得られることもある。
頻繁に訪室したり入眠できるまでそばについていたり、家族に付き添いの協力を依
頼したりする。

患者の訴えを聞いて理解することは治療行為であり、「分かってもらえた」と患者
が感じられれば不安が更なる呼吸困難感を招くという悪循環に歯止めをかけるこ
とができる。つらさや感情を十分に表現してもらうために、呼吸困難感を呈する前
からの治療関係の構築を心がけたいところである。

息苦しさに対してどのように考えているかを話合うこと、患者の言葉を注意深く聴
くことから心理的援助がはじまる。患者の思い込みと現実とのずれを修正すること
で、不安が軽減されることがある。

気分転換は呼吸に集中しがちな意識を分散させる効果がある。

気分が良いと感じる時間を工夫し、短時間でも積み重ねることは不安や恐怖から一
時的にでも患者さんを解放することにつながる。
20
虎の門病院がんサポートチーム編
呼吸困難感のマネージメント
十分な説明

医師からの説明を補足して誤解を解いたり不安を和らげたりすることはナース
の重要な役割のひとつである。

呼吸困難の原因・病態について、今後どんなことが起こりうるか分かりやすい言
葉で家族・本人に説明する。大切なことは「呼吸がすぐに止まって死んでしまう
ことはない」ことや「息苦しさは取り除くことができる」ということを伝え、安
心感を得られるようにすることである。

今後起こりうることとして、呼吸困難感の悪化や咳・喘鳴などの随伴症状の出現
に伴い日常生活の活動範囲が縮小したり、生活をする上で工夫が必要になったり
することを理解してもらうことが必要である。大切なことはたとえどんな状況に
なっても、私たちスタッフがそばにいて全力でサポートするということを保証す
ることである。そして、いつでも疑問や質問に答える姿勢を相手に示し、常にコ
ミュニケーションをとっていくことである。
対処能力を高める

対処能力を向上させることは息苦しさそのものを軽減するだけでなく、不安や恐
怖の軽減やパニックの予防など、息苦しさの過度な増強を防ぐことにつながる。

対処できるように覚えてもらう活動には、楽な体位・呼吸方法・症状のモニタリ
ングと薬剤や酸素の自己管理・環境調整・活動の調整などがある。これらの方法
について、あらかじめ患者に教育するとともに、実際にその体験をできるように
することにより、対処能力が向上とするとともに、不安や恐怖を和らげることに
つながる。

リラクセーション方法は筋緊張を緩和して筋の酸素消費を控えるとともに、何ら
かの方略が手にはいることで、呼吸困難になっても大丈夫と思える自信に影響し
ているといわれている。
虎の門病院がんサポートチーム編
21
呼吸困難感のマネージメント
ポ
ポイ
イン
ント
ト!
! :: パ
パニ
ニッ
ック
ク時
時の
の対
対処
処

パニック時は息苦しさを増強させるため、予防と早期解決が必要。

予防:患者自身がパニックをコントロールできるように、普段から対処方法を増
やすようにする。「∼すると楽になれる」などの成功体験を実感したり、息苦し
さがおさまったところで体験を振り返って、次への心の準備をしたりする。

早期解決:速やかな対応と自信のある落ち着いた態度は、患者のみならず家族に
も安心感と落ち着きをもたらす。
①
何が起きているのか?すばやいアセスメント:呼吸不全なのか、パニックなのか、窒
息はないか、誘発因子の有無など。呼吸状態・酸素飽和度などをすばやく判断する。
②
酸素量の調整:呼吸状態や酸素飽和度などをみながら患者の訴えと合わせて調整する。
③
苦痛緩和のための適切な薬剤投与:あらかじめ指示されている薬剤の使用
④
環境調整:空気の流れが顔にあたるような工夫、温度の低め設定、湿度の調整(50
∼70%)
⑤
安静:酸素消費量を増加させないように落ち着かせる。
⑥
体位の工夫:患者が通常好んでいる安楽な体位をとらせる。
⑦
安心感を促す:側にいて声をかける (やや低く、ゆっくり目の声で、一つの文に一つ
のメッセージを込める)。
□ひとりにしない (他者の協力をもとめる)
□落ち着いた態度と表情
□タッチング・マッサージ
⑧
リラクセーションや注意転換:酸素投与や「空気の流れ」を意識させる、胸に手を置
き掌の暖かさを意識させる、患者の手をとり呼吸のペースに合わせて軽くなでる、音
楽をかけるなど。
22
虎の門病院がんサポートチーム編
虎の門病院がんサポートチーム編 緩和医療マニュアル
精神症状のマネージメント
はじめに
がん臨床において問題となりやすい精神症状としては、不穏、抑うつ気分、不安、不眠などが
挙げられるが、臨床の現場では当然のことながらこれらの精神症状を的確に把握・評価し、具体
的な解決へとつなげていくことが要請される。精神症状を把握するにあたり、出発点となるのは
さしあたってわれわれが見聞きした観察事実であるが、そうした観察事実を問題解決への手がか
りとして有意義に活用するためには、観察者の側が精神症状に関する「地図」
、すなわち思考の
枠組みを持っている必要がある。そして、精神医学的な思考の枠組みの中でも重要な位置を占め
るものはやはり個々の疾患に関する知識であろう。ところで、精神科領域において個々の疾患概
念が形成される過程は、もとはといえば観察された種々雑多な精神現象の中からある共通のパタ
ーンが抽出されたところに端を発しているのであるから、精神障害についての知識があれば、眼
前に繰り広げられている精神症状を見立てることはそれほど困難ではなくなるはずであり、見立
てがつけばそれぞれの立場でしかるべき対処法を講じるところまで自ずとつながっていくはず
である。ここでは、がん臨床における3大精神障害といわれる、①せん妄、②うつ病、③適応障
害(ストレス反応)についての概略を述べ、それぞれの特徴的な症状、鑑別における着目点、対
処法等についての知識を整理することを主な目的とする。
精神症状のマネージメント
精神障害の分類
各論に入る前に、精神障害の古典的な分類について述べる。この分類は、表1のように精神障
害を成因別に分けたものであるが、単なる図式的な分類というだけにとどまらず、以下に述べる
ように症状を鑑別するうえで重要な臨床的意義を持っているので、今でもそれなりに有用である。
表1
外因性精神障害
内因性精神障害
心因性精神障害
精神障害の分類
身体疾患や薬物などの身体
的な要因によるもの
素質的な要因によるもの
(遺伝素因と関係する)
心理的な要因によるもの
脳器質性疾患や代謝性疾患などによる精神障害、ス
テロイドによる精神障害など
統合失調症、うつ病、躁うつ病など
適応障害(ストレス反応)、いわゆる神経症圏の障害
など
ここで、上記の3種類の精神障害がカバーする症状の領域の関係を単純化して図示すると図1
のようになる。
外因性
内因性
心因性
図1
精神障害の症状の領域
図1の意味するところは、
① 外因性精神障害では、内因性、心因性でみられるような精神症状も含めてあらゆる精神症状
が出現する可能性がある。
② 心因性精神障害でみられる精神症状は内因性、外因性でもみられる可能性があるので、心因
性精神障害に特異的な精神症状は存在しない(精神科医の間では『ヒステリーを見たら脳炎
を疑え』という俗諺が知られている)。
③ したがって、鑑別は常に外因性精神障害の除外からはじまる。
これから述べる1)せん妄 2)うつ病 3)適応障害に関しては、せん妄は外因性、うつ病
は内因性、適応障害は心因性にそれぞれ該当するので、まずはせん妄かどうかのアセスメントを
的確に行うことが大切である。
2
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精神症状のマネージメント
せん妄
臨床症状と特徴
せん妄は緩和医療において最も頻度の高い精神障害である。せん妄においては、さまざまな精
神障害においてみられるような、ありとあらゆる症状が生じ得る(表2)。
表2
せん妄の臨床症状
まとはずれな会話、不明言動
注意散漫
見当識障害
短期記憶の障害
不穏、興奮、錯乱、幻覚
睡眠覚醒リズムの障害
発動性の低下、不活発
落ち着きのなさ、不安、イライラ、易怒性
抑うつ気分、悲哀感、多幸的気分などの気分変調
急性発症、一日の中での状態のめまぐるしい動揺や変動
夕方から夜間にかけて増悪しやすい
せん妄の本態は、意識障害(覚醒度の障害)である。つまり、軽度∼中等度の 意識混濁 + 種々
の程度の 意識変容 からなる。意識混濁 とは意識の清明度の障害のことであり、意識の 量的変
化 を表す。意識変容 とは、幻覚・興奮・錯乱など、意識の 質的変化 を表す。
分類
せん妄は、意識変容の程度に応じて、過活動型と低活動型に分類される(図2)。
図2
せん妄の分類
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3
精神症状のマネージメント
診断のポイント
前述の臨床所見のうちで診断的な価値が高いのは以下の項目である。
① 一日のなかでの状態の変動性、浮動性
② 短期記憶の障害
③ 見当識障害
④ 不明言動
①があって、かつ②∼④のうちいずれか一つが存在すれば、せん妄である可能性はきわめて高い。
鑑別上の注意
□
低活動型せん妄はうつ病と間違えやすい。
□
過活動型せん妄が認知症とみなされることもある(随伴することは多いが認知症そのもの
の症状ではない)。
□
悲哀感、自責感、抑うつ気分など一見うつ病に典型的とも思える症状が、せん妄によって
もたらされることがある。
□
せん妄において生じている不安やイライラをストレス反応から来る症状とみなしてしまう
ことも多い。
□
なかには鑑別が難しい場合もなくはないが、
「診断のポイント」に着目すればほとんどのケ
ースで鑑別は可能である。
原因検索
せん妄は何らかの身体的な変化により生じることがほとんどなので、せん妄が生じた場合には
原因を検討する作業が欠かせない。緩和医療の領域で多い、せん妄の原因は以下のとおり。
表3
①
②
③
④
せん妄の原因
感染症(肺炎、尿路感染、敗血症など)
脱水
代謝異常(高 Ca 血症、低 Na 血症、血糖異常、ビタミン B1 欠乏症など)
薬剤(オピオイド、抗コリン薬、ベンゾジアゼピン、ステロイド、
インターフェロン、H2 ブロッカーなど)
⑤ 中枢神経系への癌の浸潤
⑥ 臓器障害(肝不全、腎不全、呼吸不全)
4
虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
せん妄の評価
対処法を考える上でも、以下の点について評価しておく必要がある。
1)可逆的か
非可逆的か
せん妄が可逆的かそうでないかはせん妄の「原因」によって決まり、せん妄の「激しさ」とは
関係がない。
可逆的・・・感染、脱水、高 Ca 血症、薬剤など
非可逆的・・原因が複数、肝・腎機能障害、呼吸不全、中枢神経系への癌の浸潤など
2)終末期せん妄
生の最終段階においてみられるせん妄。その後1週間前後で亡くなることが多い。
対処法
1)原因の同定とその治療
感染、脱水、高 Ca 血症、薬剤などの可逆的な原因を確実に同定して対処する。
2)薬物療法
◆薬物療法の原則
① 抗精神病薬を使用する。
② 同系統薬の多剤併用はしない。
③ 睡眠薬や抗不安薬だけで治療しない(無効で、せん妄が悪化することがある)。
④ 抗パーキンソン病薬は使用しない(抗コリン作用によりせん妄が悪化する)。
◆薬物療法開始にあたって考慮すべき点
① 低活動型か過活動型か
② 可逆的か非可逆的か、終末期せん妄ではないか
③ 経口投与が可能かどうか
④ 肝機能や腎機能(薬物代謝に影響する、精神科薬は肝代謝が多い)
⑤ 呼吸機能(呼吸抑制をきたす薬剤がある)
⑥ 糖尿病の有無(糖尿病に禁忌の薬剤:olanzapine ジプレキサ®、quetiapine
セロクエル®)
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5
精神症状のマネージメント
3) 環境調整
日中の覚醒を促して睡眠覚醒のリズムを回復させる。具体的には、時計やカレンダーを置いた
り、メガネや補聴器を使うなどして失見当識に対処する。また、馴染みの品物や家族の写真を用
意したり、家族のつきそいを依頼したりすることで不安が軽減する場合がある。
4) 家族支援・教育
家族はせん妄のことを知らないため、様々な誤解や行き違いが生じる恐れがある。変わり果て
た患者の姿に大きなショックを受けたり、患者への接し方に悩んでいたりするだけでなく、治療
に対する不信感を募らせたりすることもあるため、病態や原因、治療について家族によく説明し
て正しく理解してもらう必要がある。
【説明の例】
「現在のような状態を『せん妄』といいます。半分覚醒していて半分夢をみているような、
夢と現実が混ざり合った夢うつつのような状態です。入院中の方にはしばしばみられる現象
で、それほど稀なものではありません。原因としては今のところ(・・・)が考えられます。
治療法としては(・・・)がありますから現在それを行っています。」
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虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
薬物療法の実際
以下に初期対応の具体例を示すが、いずれの場合でも効果がない場合は早めに専門家にコンサ
ルトすることが望ましい。
1) 緊急時(不穏・興奮が激しいとき)
① haloperidol
セレネース® 0.5∼2A(2.5∼10mg)+ 生食 50ml
・全開で点滴静注
・ 不整脈に注意(まれだが、できればモニター装着)
無効時は 、
② flunitrazepam
midazolam
ロヒプノール® 1A (2mg) あるいは
ドルミカム® 1A (10mg)
+ 生食 100ml
・目視下で急速滴下、入眠した時点で止める
・呼吸抑制に注意する(呼吸回数、パルスオキシメーター)
・呼吸状態に問題がなければ反復使用可
・拮抗薬がある(flumazenil
アネキセート®)
2) 定時(興奮が強いとき、内服不可時)
① haloperidol
セレネース® 0.5∼2A(2.5∼10mg)夜間持続点滴
無効時、または睡眠が確保されないと時は、
② midazolam
ドルミカム® 1∼2A (10∼20mg)
+ 生食 100ml
5ml/時間で開始
①、②ともに無効なときにはやむを得ず
③ chlorpromazine
コントミン® 1∼2A(10∼20mg)+ 生食 100ml
・血圧低下、抗コリン作用によるせん妄悪化に注意
不穏時追加指示は1)に準じる。すでにドルミカム®を使用している場合は、ドルミカム®の
1時間量ずつの早送りも可。その際の注意点も1)に同じ。
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7
精神症状のマネージメント
3) 定時(興奮が強くないとき、経口可能時)
それぞれ以下の初期量を目安に開始し、1∼2日毎に効果をみながら漸増する。
◆定型抗精神病薬・・・古典的薬剤。アカシジアや錐体外路症状などの副作用が多い。
Haloperidol
セレネース® 0.75∼1.5mg 眠前
(錐体外路症状に注意)
◆非定型抗精神病薬・・・新世代の薬。定型薬のような副作用が少ない
Risperidone
Olanzapine
リスパダール® 0.5∼2mg 眠前(液剤あり、腎障害時は要減量)
ジプレキサ® 2.5∼5mg 眠前(DM 禁忌、難治性嘔吐に効くとの報告あり)
Quetiapine セロクエル® 25∼50mg 眠前(DM 禁忌、半減期短い、錐体外路症状が少ない)
Perospirone
ルーラン® 4∼8mg 眠前(半減期が短く残りにくい)
◆低活動型に対しては、抗うつ薬(mianserin テトラミド® 10∼30mg、trazodone レス
リン® 25∼100mg)を使うこともある 。
抗精神病薬の副作用
・
ドーパミン D2 受容体遮断作用を持つため、パーキンソン症状(無動、固縮、振戦な
どの錐体外路症状、仮面様顔貌、小刻み歩行など)、アカシジア(後述)が生じるこ
とが多い。
・
嚥下障害を来して誤嚥を起こすことがある。
・
循環動態や呼吸機能への影響は少ないとされている。
・
頻度は少ないが、重篤な有害事象として悪性症候群を生じることもある。悪性症候群
は抗精神病薬開始後 2 週間以内に発生することが多く、①38℃以上の発熱と意識障
害、②筋強剛・振戦・嚥下障害などの神経症状、③発汗・頻脈などの自律神経症状、
④血清 CK 値の上昇、などがみられれば疑う。疑ったら即座に抗精神病薬は中止し、
体冷却、補液、dantrolene sodium ダントリウム®の使用を検討する。
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虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
アカシジア(静座不能症)について

ドーパミン D2 受容体遮断作用をもつ薬剤による有害事象

原因は抗精神病薬、制吐剤(プリンペラン®、ノバミン®、ナウゼリン®)、まれに抗うつ薬

「じっとしていられない」「体がソワソワする」が主症状

精神症状の悪化と間違われやすい

臥床患者では両足を擦り合わせるような動作として現れることがある

原因薬の中止により数日から長くても1週間で軽快する

症状がひどいときは、アキネトン® (1) 2T + リボトリール® (0.5) 2T 各分 2 (朝、夕) の
処方を考慮するが、アキネトン®によるせん妄誘発には注意が必要である。

緩和医療の領域では、制吐剤の長期投与の結果として現れることが多い。制吐剤の漫然投
与は避けるべきである。
虎の門病院がんサポートチーム編
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精神症状のマネージメント
うつ病
臨床症状・特徴
① 妙に気が沈む(抑うつ気分)
② さかんに後悔してくよくよと思い悩む(悲哀感、悲観的思考)
③ 何をするのもおっくうでやる気がでない(気力低下、意欲減退)
④ 何をしても楽しくない(興味・関心の喪失)
⑤ 体が重くて動けない、頭もまわらない(精神運動制止)
⑥ さかんに自分を責める(自責感)
⑦ 死んでしまいたいと思う(希死念慮)
⑧ 夜中に何度も目が覚める、朝早く起きてしまう(中途覚醒、早朝覚醒)
⑨ 食欲がわかない、食事がおいしくない(食欲低下)
⑩ 朝に調子がでないことが多い(日内変動)
⑪ 人が変ってしまったようにみえる(病前の人柄との異質性)
病態理解
まず始めに、うつ病における抑うつ気分や悲哀感は、通常われわれが経験するような憂うつ感
や悲しみとはまったく性質の違う、きわめて異質のものであることを理解する必要がある。うつ
病における抑うつ気分や悲哀感は、「生気的悲哀」という用語で表現され、生き生きとした感情
の動きを失って重苦しく沈んだ状態のことをいう。悲しみや憂うつ感そのものよりも、感情の喪
失、周囲への非反応性・非共鳴性に重点が置かれており、逆説的に「悲哀不能」と表現されるこ
ともある。同様に、うつ病における意欲の減退、気力の低下を表す「生気的制止」という用語も、
通常の意味での気力のわかなさ、やる気のなさのことではなく、心身両面にわたる活動の停滞を
表している。「生気的」という用語は、「精神」だけでなく、「身体」をも含意する言葉である。
このように、うつ病とは本来「精神」のみならず「身体」をも巻き込んだ症状により特徴づけら
れる病態であるので、われわれの素朴な日常感覚や通常心理によって容易に理解したり追体験し
たりできるようなものではない。したがって、うつ病患者の訴えを聞いていても、たとえばわが
子を亡くして悲嘆にくれる親の姿を目にした時のような痛切な感覚が胸に迫ってくるというこ
10
虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
とは少なく、どこか異質なものとして感じられることが多い。このあたりの事情を精神医学の用
語で「了解不能性」といい、精神現象における病的な事態の存在を感知するメルクマールのひと
つとして重要である。
診断上の問題とポイント
診断上の問題の一つに、がんによる身体症状と、食欲低下や倦怠感などのうつ病の症状との鑑
別が困難なことがあげられる。臨床の現場ではうつ病を見逃さないことが重要なので、一般的に
は inclusive criteria(鑑別困難な症状はとりあえずうつ病の症状としてカウントする)に基づ
いた診断が推奨されている。
また、がん臨床の現場では、患者の抑うつ症状が見過ごされやすいことが繰り返し指摘されて
おり、その理由として、がんという疾患のもつ深刻さのために抑うつ症状が「ごく自然な心理的
反応」とみなされてしまいがちであることが挙げられている。この指摘は、おそらくは現実に生
じているであろう問題を確かにすくい取っているだろうし、医療者側の「早分かり」を戒めると
いう意味でも傾聴に値すると思われるが、この指摘を正当化する別の根拠として、実証主義的な
立場に基づいた操作的診断基準(表4)の登場以降うつ病概念が拡大し、従来はうつ病とみなさ
れなかった病態がうつ病とみなされるようになっているという事情もあるのではないかとも思
われる(このあたりのことは、要はどのような病態をうつ病とみなすべきかという問題なのだが、
多分に専門的な話なので詳細は省く)。
ここでは、前項目で述べたような、「了解不能性」をメルクマールとした症状把握に基礎を置
いたうつ病概念を採用する立場をとっている。具体的には、抑うつ的になっている患者に何か腑
に落ちない点があったり、微かにでも違和感が感じられたりするようなことがあり、かつせん妄
などの意識障害が否定的である場合に、うつ病である可能性を念頭におく、ということである。
このことが、非うつ病性の抑うつ症状についてはなにもせず放置してよいということを意味する
ものではないのは当然のことである。
虎の門病院がんサポートチーム編
11
精神症状のマネージメント
表4
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
DSM-Ⅳ-TR における大うつ病性障害の診断基準
ほとんど毎日の抑うつ気分
ほとんど一日中、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの減退
体重減少あるいは増加、食欲の減退あるいは増加
不眠または睡眠過多
精神運動性の焦燥または制止
易疲労性または気力の減退
無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感
思考や集中力の減退、または決断困難
死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図、自殺するためのはっきりとした計画
①1.、2.のいずれか 1 つ、
②3.∼9.のうち 4 つ、を満たさなければならない
(筆者注:①、②は実はそれほど厳しい条件ではない。また、1∼9の各項目は、うつ病の症状
における質的特徴をそれほど厳密には要請していない)
抗うつ薬について
うつ病と診断した場合は抗うつ薬(表 5)の使用を検討することになるが、抗うつ薬には次の
ような特徴がある。
① すぐには効果がでない(効果が出るまでに2週間前後かかる)。
② がん患者にとって負担になるような有害事象が多い(せん妄、悪心・嘔吐、便秘、口渇な
ど)。
③ 他薬との相互作用が問題になることが多い。抗うつ薬によって抗癌剤の血中濃度に影響が
出ることもある。
④ 鎮痛補助薬としても使用される。
①∼③のような理由から、がん臨床における抗うつ薬の使用には慎重な態度が求められる。実
際に抗うつ薬が使用されることもそれほど多くないのではないかと思われる。
12
虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
表5
商品名
有害事象
三環系
トフラニール®
アナフラニール®
トリプタノール®
など
口渇、便秘、
排尿困難、眠気、
せん妄誘発
(抗コリン作用)
抗うつ薬の分類
四環系
SSRI
SNRI
NaSSA
ルジオミール®
テトラミド®など
ルボックス®
パキシル®
ジェイゾロフト®
トレドミン®
レメロン®
同左
(三環系ほど程度
は強くない)
悪心・嘔吐
Activation synd.
(焦燥、興奮など)
悪心・嘔吐
排尿困難
傾眠、口渇
倦怠感
SSRI : 選択的セロトニン再取り込み阻害薬
SNRI : セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
NaSSA : ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬
虎の門病院がんサポートチーム編
13
精神症状のマネージメント
適応障害 ( ストレス反応 )
概要
適応障害とは、強い心理的ストレスのために日常生活に支障をきたすほどの不安や抑うつを呈
するものであり、ストレス反応性の障害である。
評価
うつ病やせん妄に比べて、個々のケースでの個別的な要因がより重要な意義を持つ場合が多いの
で、以下のような項目ごとにアセスメントを行う(表 6)。
表6
ストレス因子
危険因子
心理的
身体的
社会的
適応障害の評価
死に対する不安や恐怖
不安耐性の低い性格、精神疾患の既往
疼痛、治療による有害事象、身体的活動性の低下
家庭内不和、経済問題、社会的孤立
対策
アセスメントの結果に基づいて、カウンセリングや精神療法による心理面でのサポート、薬物
療法による不安や抑うつ症状のコントロール、環境調整やソーシャルワークなどの対策を多元的
に行っていく。
14
虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
せん妄患者に対する看護ケア
がん患者の場合、せん妄の原因となり得る薬剤の使用(治療薬や症状緩和のためのオピオイド
など)や治療や病状の進行に伴う身体状態の変化(貧血・低栄養・感染・発熱など)、痛みや呼
吸困難などの苦痛症状といった、完全に取り除くのが困難なことがせん妄の誘因となる場合が多
い。また、痛みなどの苦痛症状がある場合、せん妄によりその表現が激しくなり、それに対して
薬剤を投与することでさらにせん妄を悪化させるといった悪循環を呈することもある。さらに、
せん妄は患者にとって苦痛な体験であることに加え、家族にとっても「気がおかしくなってしま
った」と、愛する人の変貌に胸を痛め、死が近づけば近づくほどに、これらの苦悩は増すものと
なる。せん妄に対する看護ケアにおいては、せん妄の予防・早期発見、せん妄の原因を取り除く
ための、あるいは改善させるための治療の実施を適切に行うことが重要になる。また、看護師が
患者を観察しながら行う日々の関わりそのものが、せん妄を悪化させないアプローチになるとい
うことを念頭に置くことも大切である。
せん妄の早期発見
せん妄が顕在化する2∼3日前より前駆症状として軽度の意識障害が先行することがあるた
め、いつもと違うわずかなサインに気づくことが重要である。これは日々の関わりの中で「あれ?
いつもと違う。」と気づくことがそのきっかけとなる。せん妄は日内変動があり、1日の中での
変化、特に初期には夜間のみに症状が出現するケースも多いため、それらを見逃さないようにす
るとともに記録に残し、情報共有できるようにする。
また、いつも身近にいる家族から情報を得ることも大切である。特に、入院間もないときには、
入院までの数日間や入院前後での患者の変化について聞くようにする。
<観察のポイント>

苦痛症状がある場合には、訴えの内容・頻度、それらの経時変化

表情や言動:戸惑い、硬い表情、宙を見る、視線が合わない、同じことを何度も訴える、
会話にまとまりがない、スタッフの説明に返事はあるが説明通りに行えない、つじつまの
合わない言動がある、など

行動:落ち着きがない、いらいらしている、同じ動作を繰り返す、音や光に敏感、ベッド
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15
精神症状のマネージメント
の周りをちらかす、ライン類や機械類へこだわる、ラインを眺める、注意してもラインを
手で握りしめる、時にラインを自己抜去する、動きが緩慢になる、急に立ち上がろうとす
る、ベッド柵から足を投げ出す、ベッドの上に立ち上がる

睡眠覚醒リズムの障害:夜間の不眠、日中の傾眠傾向

興奮性:目つきがぎらぎらしている、感情の起伏がはげしい、多弁、大声でさけぶなど

幻覚・妄想:きょろきょろする、何かを目で追う、手でつかもうとする、常に体に力が入
っている、緊張している、不安な表情がみられる、幻視・妄想、独語がみられる

見当識障害
これらは主に過活動型のせん妄であるが、せん妄には低活動型もあり、その場合は臨床上問題
行動がないこともあり見逃されやすく、うつとの鑑別が難しい。また、過活動型と低活動型のせ
ん妄が混在しているような場合もある。以下に低活動型のせん妄の観察ポイントを示す。
<低活動型のせん妄の特徴>

表情や行動:無表情、反応が鈍い、うとうとしている、ぼんやりしている、動きが緩慢、
自発的な会話の減少、活動性の低下、無気力、周囲の状況への関心の低下、引きこもりな
ど

睡眠覚醒リズムの障害:昼夜の傾眠、眠気が強い

見当識障害
せん妄患者とのコミュニケーション
患者の尊厳や権利を尊重する態度で接することが基本であるが、看護師の関わりが患者の安心
感につながるよう心がけ、以下のような事柄に留意する。

低いトーン、丁寧、ゆっくりと話す。

簡潔で具体的な言葉で話し、質問はできるだけ「はい、いいえ」形式とし、複数の選
択や意思決定を求めるような質問は避ける。また、説明する場合などは、同じ言葉を
使うようにする(言葉を言い換えたりすることは混乱させる場合がある)。

患者にしてもらうことは段階的に分けて、一度に1つのことをやってもらうようにす
る。言葉だけではなく、目に見えるもので説明を補強する。
16
虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント

いきなり後ろから声をかけるようなことは避け、自分に注意をしっかりとむけている
ことを確認してから、目線は患者より低めに、会話時には視線を合わせるようにする。

不安が強い時は、体をさすったり、手を握ったりしてもよいが、いきなり体にふれる
ようなことはしない。

一つのことに患者が固執してしまうような場合は、間をあけて別の話をしてみたり、
少ししてから話をしたり、他のスタッフに依頼したりする。
幻覚・錯覚がある場合の関わり方
患者をより混乱させないようにしながら、幻覚や錯覚に伴う恐怖心や不安感を和らげられるこ
とを目標に関わる。

患者に近づくたびに自己紹介し、患者の注意がナースに向いたことを確認するまでは、
不用意に患者に近づいたりしない。患者の注意がナースにむいたら、今何を行おうと
しているかを説明する。

強い否定・説得・議論・対立は避ける。

患者の言葉に合わせ、患者の体験に寄り添う(患者の感情に耳を傾ける)。

幻覚や錯覚に同調するのではなく、話を聞いた上で安心できるように声をかける。
例)「それは怖いですね、でも安心してください。今は見えないですよ。」
妄想がある場合の関わり方
妄想を強めないようにしながら、妄想に伴う不安感や恐怖心などの感情に焦点をあて、それら
が和らげられるようにできるような関わりが必要である。

妄想に対してとがめたり、否定したり、同調したりしない。

被害妄想のある患者で食物や水分、薬を拒否している場合は、生命を脅かす場合でな
ければ 20 30 分後にもう一度対応する。またはスタッフを変える。

患者が見えるところで、不用意に笑ったり、ひそひそ話をしたりしない。
虎の門病院がんサポートチーム編
17
精神症状のマネージメント
興奮状態の患者との関わり方
興奮状態にある患者と関わる際には、こちらの感情や声も高まりやすいので、それを意識し、
あえて静かな声、穏やかな調子で話かけるようにする。また、患者も私達スタッフもお互いに傷
つくことを避けるということが大切なため、一人で対応しようとせず、スタッフ皆で協力して、
役割分担をしながら、対応していくようにする(危険を感じたら逃げること、また非難経路も確
保すること)。

静かな声で話す。

言葉で理解させようとしない。

危険物を除去し、患者の安全を確保する。

興奮状態が続く時は薬物の使用を検討する。

スタッフ自身の安全にも気を配り、一人で対応しない。敵意を見せない、笑わない。

威圧的にならない。

患者の性向、信念、経験してきたことを尊重し、具体的な言葉で示す。

幻覚・妄想を伴う場合には、感情に合わせて「いらいらしますね」「嫌ですね」と
理解が伝わるように穏やかに反応し、強い否定や説得を避ける。

人の多いナースステーションに移動させることでかえって混乱することもある。

患者から見える位置にたち、目を見て簡潔な表現を用いわかりやすい言葉で話し、
患者の恐怖や不安を軽減する。

患者の前で他者と話すことは混乱を誘発するため避ける。

不要なルート類は抜去する。

身体抑制は興奮を強めることがあるが、患者の安全などを考え、やむを得ず身体抑
制を実施することも検討する。
18
虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
せん妄患者に対する看護ケア (せん妄予防ともなる)
1.
基本的ニーズを充足し、不快な事柄を排除し、心地よさを感じられるようにする
①
身体的不快因子を除去する(痛み、呼吸苦、便秘、脱水、発熱・感染などの諸
症状やルート類など)。
②
心地良さを提供する。同時に安心感を提供する(安楽な体位、マッサージ、清
潔ケアなど)。
③
身体感覚の維持のため、可能な範囲でセルフケアを促す(嗜好に合わせた食事、
食事の体位、排泄のタイミングを考え誘導するなど)。
2.
睡眠(休息)と活動のバランスを保つ
不眠はせん妄の初期症状であり、増悪因子でもある。1日の生活のリズムをつけるよ
うにすること、夜間の睡眠が得られるようにする。
①
食事、排泄、清潔などの日常生活のスケジュールを検討する。
②
身体状態に合わせ、日中は適度な活動や刺激があるよう音楽をかける、テレビ
をつける、散歩をとりいれるなどを検討する。
③
夜間の睡眠が確保できるよう、環境を整える(静かな環境、適度な照明、薬剤
の使用の検討)。本人の熟眠感と客観的な睡眠状況を把握する。適切な睡眠剤の
使用も検討する。
3.
環境の調整
快適な環境を整えるとともに、安心できる環境となるようにする。
①
病室内・寝具類を調整する(寝具類の工夫、適正な室温・湿度、病室内・周囲
の騒音レベルを最小限にする(アラーム音など)・室内の照明の調整)。
②
親しみやすく、安心できる環境をつくる(家族の面会、付き添い、自宅でいつ
も使用していたものをおくなど)。
③
日付や時間の手がかりになるものをおく(カレンダー、時計、いつもつけてい
た腕時計など)。
④
4.
メガネや補聴器を使用していた場合は、入院中も使用する。
現実検討能力を保つ
①
ケアを行うときには必ず名前を呼びかけ、スタッフも自分の名前を名乗り、注
意や関心を促す。
②
患者の見える位置にカレンダーや患者の見える大きさの時計を置く。
③
家族の協力を得て、患者の孤独感を軽減する。
虎の門病院がんサポートチーム編
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精神症状のマネージメント
④
月日・時間・場所の見当識を補強するために、日常的な会話の中にさりげなく
それらを盛り込む。
5.
安全の確保・安心感の提供
①
行動の危険性を評価し、患者・家族に十分な説明を行い、安全性を確保する。
②
環境整備:危険物を除去し、ベッド周囲を片づける。ベッドの高さを低くする。
ルート類の整理・固定の工夫、点滴ボトルなどを目立たないようにする。
③
患者の行動が見守れる環境とする:観察しやすい部屋への移動、頻繁に訪床す
る、離床センサーの使用など。
④
むやみに身体抑制はしない。安易な抑制はかえって興奮を高めることがあるた
め、十分に検討をした上で実施する。
6.
適切な薬剤の投与と効果・副作用の観察
①
薬剤の特徴をふまえたうえで薬剤を投与する。
②
薬剤の効果と副作用について経時的に観察する。
せん妄患者の家族ケア
家族は、患者の変化に不安や心配を抱くとともに、コミュニケーションがとれないことや、患
者の幻覚・妄想などにどのように接してよいのか戸惑う。そのため、せん妄症状はあくまで身体
状態の変化や薬剤など何かしらの原因があって生じており、その原因が除去されれば症状が消失
し得ることを説明することが重要である。その上で、患者にとっても安心感を与える存在である
家族が患者と寄り添うことができるように家族を支援していく。
1.
症状の特徴や今後の見通し、治療について説明する
①
症状はいつも一定ではなく、一日の中でも数日の中でも波があること。
②
認知のくもりが生じており、それは精神病や痴呆・認知症といったことではな
く、身体状態の変化から生じていること。
③
原因を取り除ける場合にはそれを行っていくこと。
④
患者の状態によっては、必ずしも改善しないまま死に至る可能性があること。
⑤
薬剤を使用する場合は、せん妄の症状を抑え認知障害を改善するために薬剤を
使用することや、興奮が強くなった場合は追加でも使用すること、また夜間眠
れるようにするための睡眠薬の使用も必要となること。
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虎の門病院がんサポートチーム編
精神症状のマネージメント
2.
3.
患者との関わり方のポイントについて説明する
①
辻褄の合わない言動は説得しようとせず、優しく訂正する程度に努めること。
②
患者の言動に対して怒ったり、説教したりしないこと。
③
いつでも看護師に相談してよいこと。
家族の協力を仰ぐ
安心感を与える環境作りへの協力を依頼する。できる範囲での付き添いや慣れ
親しんだものを持ってきてもらうようにする。
4.
家族の思いを理解し、苦労をねぎらう
日々の患者の状態を伝えるとともに、家族がどのような思いを抱いているのか
を聞き、家族の認識や感情を理解する。また、家族の労をねぎらい、十分に家
族が休息できているかの配慮や家族内でのサポート体制について理解する。
精神症状のマネージメントにおける看護のポイント
心の問題は身体に影響を与え、身体の問題は心にも影響を与える。患者の精神症状をキャッチ
するのは、一番身近で患者を見守ることのできる看護師であり、
「いつもと違う」
「何か気になる」
といった看護師の観察が重要となる。
また、看護師が、患者の話を聞くとともに、客観的に患者の表情や言動、行動、日常生活をみ
ていくこと、そして信頼関係の構築を目指すことが、精神症状のマネージメントの基盤となる。
□
「いつもと違う」「何か気になる」「何かへん」といった患者の変化を見逃さない
□
症状出現の初期から夜間の睡眠と日中の活動状況に変化が生じることが多いため、1日の
生活のリズムをつかむ
□
表情、言動、行動の変化をキャッチする
□
食事、排泄、家族や他者との交流の様子などを把握する
□
日々の関わりやケアを通して、患者との信頼関係を構築し、患者の変化を理解する
□
家族が患者を支援できるよう家族もケアの対象としてとらえ支援する
□
ためらわず専門家に相談する
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