92 †•½ ¬28”N(2016)

ごあいさつ
鶴友92号の刊行によせて
鶴水会会長 石原 忠
(11・製)
明けましておめでとうございます。
新しい年を迎え、会員の皆様にはご健勝に
て職務にあるいは家庭生活にお励みの事と存
じます。また全国各地でのご活躍の様子心よ
りお慶び申し上げます。
さて、鶴水会の総会時の支部長会議では、
各支部の活動の様子や各支部の抱えている諸
問題等を聞かせて頂いて来ました。これから
も、鶴水会の活性化に活かしていきたいと考
えております。
総会で挨拶する石原忠会長
鶴水会の活性化は、各支部の活発な活動や
各卒業回期毎の同期会により、会員相互の親
ている社会全般の経済状況と関連していると
睦を深めることが大きな基盤になっていると
も考えられますし、この点を解決すべく役員
思います。したがって各支部長や支部の役員
一同種々努力しておりますが、残念ながら大
の方々に大きな負担をおかけする事も多々あ
きな効果は上っておりません。
ると思いますが、今後ともよろしくお願い致
長崎大学水産学部の学生・卒業生であると
します。
いう自覚を持って、一人ひとりが同窓会(鶴
ところで話は変わりますが、支部の活動を
水会)へ入会する事を心から願っています。
活性化するための一つの方法として、支部援
以前、鶴友に記載した事ですが、長崎大学
助費を増やしたいと考えております。ただし
では国立大学法人化以後、長崎大学東京事務
本会の現在の資金状況では、かなり難しいと
所を千代田区九段北1−9−17(寺島文庫ビル
いわざるを得ません。鶴水会の資金は卒業生
2F・TEL 03−6268−9116)に設置しており
からの年会費と新入生ならびに在学生の入会
ますので、同窓会や同期会等に利用して下さ
金によって運営されます。しかし近年、新入
いとのことです。
生ならびに在学生の本会への入会者が著しく
最後になりましたが会員の皆様のご健勝を
減少しているため、入会金としての年収が非
祈念申し上げますと同時に併せて皆様の更な
常に少なくなっています。これも現在低迷し
るご活躍を期待しております。
−1−
新任教員紹介
シオフキガイの潜砂行動を一日中観察したり
と、幸せかつ貴重な経験をさせていただきま
海洋資源動態科学講座
助教
竹内 清治
した。また一連の研究を通して、水産資源管
理を行っていく上で対象種に限定的な見方で
は資源動態を真に把握できないこと、対象種
を取り巻く群集・生態系の包括的管理が重要
であること、また生態系の変化には人間活動
平成27年10月1日付けで本学の水産・環境
が深く関わっていることに改めて気付かされ
科学総合研究科の助教に着任いたしました竹
ました。
内清治(たけうち・せいじ)と申します。学
学位取得後は、海洋研究開発機構にて海底
部から大学院博士後期課程に至るまで本学に
鉱物資源の開発が深海生態系に及ぼす影響を
大変お世話になった、長崎大学出身者です。
評価するための手法確立を目指し、そのなか
故郷は、阿波踊りで有名な徳島県徳島市にあ
で熱水域に優占する深海生物の分布推定モデ
り、今でもお囃子の音が微かに聞こえただけ
リングに関わる研究に携わってきました。そ
で居ても立っても居られなくなります。実家
こでは、影響評価基準がまだしっかりとでき
の近くには一級河川の吉野川が流れており、
ていない状況にもかかわらず、人間の手が深
幼いころからタモを振り回して水生生物と戯
海にまで及ぼうとしていることに懸念を抱く
れる日々を送っておりました。このような経
ようになり、持続可能な資源利用の実現こそ
験が、今の職業を目指すようになった理由の
が自然から恩恵を受ける我々にとっての責務
根底にあるのだと思います。
だと強く感じるようになりました。
落ち着きがない私でしたが、なぜか昔から、
今回、本学への着任が決まり、再び長崎の
動きが少ない生き物に対して特別興味が向い
地に戻ることができて大変嬉しく思っており
てしまいます。例えば、趣味である熱帯魚の
ます。今後は、地域水産業に根差した研究に
中では、東南アジアに広く分布するトゲウナ
も積極的に取り組み、貢献していければと考
ギという砂の中でじっと潜んでいるような底
えております。
魚が好きで、その科に含まれる種を集めて飼
今回、このような機会に恵まれたのは、ひ
育していましたし、研究でも、これまた動き
とえに周囲の方々による厚いご支援の賜物で
が鈍そうな二枚貝を主な対象にしております。
大学では、海洋ベントス生態学研究室にて、
玉置先生の指導の下、水産有用二枚貝のアサ
リを含む群集の動態把握と、それを駆動する
主要な生態学的プロセスについて研究を進め
てきました。そこでは、有明海にある広大な
干潟で調査を行ったり、アサリ、ハマグリ、
−2−
干潟にて、二枚貝の潜砂行動を観察する様子
す。これまでに、有益なご指導をいただいた
とだと考えております。また、一教員になっ
多くの先生・先輩方、また陰ながら支えても
た今、この分野を先導していける人材の輩出
らった友人・家族には、この場をお借りして
にも努めていくべきだと考えており、今後は、
お礼申し上げます。
教育・研究活動に邁進していく所存ですので、
最後になりましたが、先述した責務を果た
ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げま
すために私ができることといえば、この課題
す。
について科学的に取り組み、実証していくこ
有明海にある広大な砂質干潟にて調査する様子
新任教員紹介
いました。その後、ずっと関西で過ごしたた
め普段は関西弁ですが、生粋の関西人による
海洋資源動態科学講座
准教授
柳下 直己
とちょっと変な関西弁だそうです。
高校生の時、将来は魚に関係した仕事に就
きたいと漠然と思っていた私は、京都大学農
学部水産学科に入学しました。大学では釣り
サークルに所属し、よく琵琶湖へブラックバ
平成27年5月1日付で水産・環境科学総合
スを釣りに行っていました。特に1・2回生
研究科の准教授に着任いたしました柳下直己
の時は自由な時間が多く、琵琶湖の近くに住
(やぎしたなおき)と申します。
もうかと考えるほどでした。3回生の時の研
私は横浜で生まれ、そこで小学3年生まで
究室分属では、いろいろな魚に触れる機会が
過ごしました。幼いころは昆虫が大好きで、
ありそうだと思い水産生物学研究室を希望し、
横浜といっても当時家のまわりには林が多く、
よく虫を捕まえて遊んでいました(今はあま
り虫と触れ合いたいとは思いません)。小学
4年生の時に兵庫県へ移ってからは魚釣りに
目覚め、海や川、湖などによく釣りに行って
−3−
最初の研究対象であるメジナ (長崎ではクロと呼ばれる)
分類学を学ぶことにしました。卒業研究の
から遠ざかってしまっていましたが、次には、
テーマは「東アジア産メジナ属魚類の分類学
長崎大学環東シナ海環境資源研究センターの
的再検討」と言うテーマでした。メジナ類は
プロジェクト研究員として、分類学的研究を
長崎でも多く見られ、クロと呼ばれている磯
中心に行うこととなりました。有明海や東シ
の魚です。大学院では、世界のメジナ属魚類
ナ海に生息する魚類は多様であり、分類学的
を対象に、分子系統関係や食性の進化につい
および生態学的研究を行う上で大変興味深く、
て研究を行いました。
また、それまで全く研究対象としていなかっ
博士課程修了後は、京都大学総合博物館の
た板鰓類の魅力も知ることができました。そ
研修員として、スズキ目魚類の系統・進化に
の後、近畿大学農学部・大学院農学研究科の
ついて研究を行いました。その後、京都府立
講師として5年間、魚類の分類・生態・遺伝
海洋センターの任期付研究員として、底曳網
育種に関する研究・教育を行いました。在職
で漁獲されるカレイ類やズワイガニの資源管
中には、マグロ類の持続可能な漁業と養殖の
理に関する研究を行いました。そのような研
発展を目標として、パナマ共和国水産資源庁
究は、分類学を専門とする当時の私にとって
および全米熱帯マグロ類委員会との共同研究
本望ではありませんでしたが、資源生態学的
に参加させていただき、何度かパナマに赴い
研究を学ぶことにより、研究の視野が大きく
て現地の研究員と共に調査・研究を行うなど、
広がることとなりました。その時に得た経験
大変貴重な経験をしました(残念ながらスペ
や知識は現在の自身の研究においても大いに
イン語はほとんど身につきませんでしたが)。
役立っており、大変良い経験であったと思い
このように、京都⇒奈良⇒長崎⇒奈良⇒長
ます。次に、近畿大学21世紀COE博士研究
崎と、数年ごとに南日本を回遊魚のように移
員として、クロマグロなどの養殖に関する研
動してきましたが、これからは魚類の研究を
究を行いました。養殖魚を対象とした研究も
行ううえで大変魅力的な海に囲まれている長
はじめてのことでしたが、大学院生の時に分
崎大学において、腰を据えて研究・教育に精
子遺伝学的研究の手法を習得していたお陰で、
一杯努力したいと思っております。ご指導、
なんとか遺伝育種学的研究を進めることがで
ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたしま
きました。このように何年間か分類学的研究
す。
パナマにおいて、採集したキハダを測定している様子
パナマの研究員に、DNA抽出の方法を説明している様子
−4−
退任教員紹介
拾われてから40年余
附属練習船「長崎丸」船長 兼原 壽生
教授 (22・海技)
本年3月31日付で長崎大学での職を終えま
その後平成9年3月まで「長崎丸」に乗船
す22回生の兼原壽生です。在職中は同窓生、
しました。この間、初めて船舶建造に携わっ
職員に方々には、公私にわたりお世話になり、
た三代目「長崎丸」が昭和61年2月に竣工し
心より御礼申し上げます。
た時は、感慨一入でしたが、搭載機器の取扱
昭和44年の学外入試、入学式中止の昭和44
い習得に追われる日々が続きました。特に搭
年4月に本学部漁業学科に入学した私が本学
載機器のデータを集中収録する「ミニコン
部特設専攻科を修了したのは、昭和50年3月
ピューター」を搭載したことは画期的なこと
の当にオイルショック真只中でした。そのた
でしたが、担当者としては収録データ解析ソ
め修了直前の1月に北洋鮭鱒船団操業を夢見
フトを作成しなければならず、平成9年4月
て決めた漁業会社から内定取り消しの要請が
の「鶴洋丸」への異動までにデータの全てが
あり、承諾を余儀なくされました。その後は
利用できるようにできなかったことは残念な
自分の意思の外で、建造中であった「鶴洋
ことでした。
丸」に乗組むように話が進められたようです
その後、「鶴洋丸」(初代)には平成17年
が、「長崎丸」(二代目)と「鶴洋丸」(初
3月の廃船まで乗船し、同年4月から前年12
代)の人事の中で実際に4月から乗組んだの
月に竣工した二代目「鶴洋丸」、24年4月か
は「長崎丸」の方でした。この短期間に起
ら15年ぶりに「長崎丸」に戻り、潮に流され
こった一連の事態は、私にとって「青天の霹
続けた船乗り人生の終着を迎えることとなり
靂」というもので、自分の置かれた立場も仕
ました。昭和時代の「長崎丸」では、シンガ
事内容も判らない手探り状態のまましばらく
ポールを中心として、インドネシア、タイ、
は落ち着かない日々でした。しかも6月に海
香港に寄港し、各国海域での共同実習、共同
技免状が交付されるまでの期間は、実習船
調査及びインド洋での鮪延縄実習等に従事し
「鶴水」甲板員兼「長崎丸」三等航海士とい
ました。又、初代「鶴洋丸」では、南太平洋
う変則な立場での就業でした。
での鰹鮪の旋網実習、南半球での海洋観測、
当時の「長崎丸」は、矢田殖朗船長(40)
シドニー寄港を経験しました。さらに、二代
を始め、高木保昌一等航海士(30)、西田英
目「鶴洋丸」、再度の「長崎丸」乗船の11年
明二等航海士(27)、それに兼原(24)と全
間は、航海士の行き止まりの船長職を経験さ
国の練習船で最も若い甲板士官集団でした。
せて戴きました。
−5−
航海士養成施設を設置の目的とした練習船
呼ばれていた頃に、私にとっても辛い時代で
の役割も、以前は目的外使用として注意を受
したが、乗船実習された卒業生の中には、嫌
けていた海洋調査単独航海等が主体となりつ
な思いをされた方も多くおられたことと思い
つある現在においては、本来の航海士養成を
ます。この場を借りてお詫び致します。最後
主目的として航海していた頃が懐かしく思い
に現在代船計画が進められている四代目「長
返されます。
崎丸」が堪航性の高い船となり、航海士養成
当時は、「船は運命共同体だから人命確保
に一躍を担うと共に大いに学生の活躍の場と
のためには規律が必要」との指示の下、規律
して卒業生が誇れる船となることを祈念して
遵守を指導する立場から「鬼のセコンド」と
おります。
−6−
学部だより
“魚礁めぐり”シリーズ(研究室紹介)− No. 11−
海洋社会科学研究室
准教授 山本 尚俊(26・院)
この原稿の執筆にあたり、『長崎大学水産
学部に社会科学系の授業や研究室があること
学部創立五十周年記念誌』(2000年)を確認
を知らずに入学してくる新入生、存在自体を
したところ、海洋社会科学研究室の名称は学
いぶかる在学生もいます。水産学はもともと
科改組が行われた1984年に初出し、吉木武一
漁業・加工業等を起点とし産業科学の側面を
教授(物故)と濱田英嗣助手(現・下関市立
色濃く持ち合わせ、経済・経営・流通等の社
大学教授)の代に遡るようです。また、その
会科学と密接に関係した(関係する)と認識
前身は学部発足当時の水産経済学講座、1973
していますが、少なくとも最近の若者にとっ
年以降の水産経営学講座にあります。以後、
ての水産学は「漁業」や「産業」ではなく
八木庸夫教授(物故)・濱田助教授〈1986年
「生き物」や「食べ物」に主軸があるようで
∼〉、片岡千賀之教授(現・長崎大学名誉教
す。少し寂しい気もしますが、これは時代の
授)・亀田和彦助教授〈1992年∼〉、2008年
変化を映し出しているのかも知れません。と
度以降の片岡教授・亀田准教授・山本助教の
は言え、漁獲の減少や魚価安に伴う漁業経営
各体制を経て、2011年度からは亀田教授と山
の不振や担い手不足・高齢化、漁村の活力低
本の2名で運営しています。水産学部唯一の
下など日本漁業、水産業が直面する社会経済
社会科学系研究室ですが、生産から流通・消
問題に関心を抱き、当研究室への分属を希望
費の全般、経済・経営・商学等の各領域を
する学生が毎年数名はいる事実に少しだけ安
たった2名の教員でカバーするには限界もあ
堵させられます。
ります。それも関係してか、残念ながら、本
2015年度(11月1日現在)の所属学生は、
最終講義を終えられた片岡千賀之先生を囲んで
(2011.2.18、
水産学部大講義室)
−7−
博士前期課程2名(修士1・2年各1名)、
収集等を行う、つまり「現場を知り」「現場
4年生6名で、教員2名を加えた10名で活動
から学び」「現場について考える」姿勢を重
しています。決して大所帯ではありませんが、
視するように求めています。現場以上の教材
学生の出身コースは海洋生産管理学(A)に
はありませんし、また何より学究活動への動
限らず他コースも含まれる点は例年の特徴で
機や興味を高める絶好の刺激になるとの理解
す。
です。
研究面では、亀田教授は水産物のブランド
さて、当研究室では花見やゼミ旅行等の恒
化に果たす生産者の役割、国際的資源管理と
例行事は特段ありません。強いて言えば、私
貿易・商取引の関係、山本はマグロ等国内養
が院生の頃(今から20年程前)から続く午後
殖の産業・流通経済、卸売市場制度とその再
3時頃の「お茶会」は未だ健在です。片岡教
編等に注目しています。ただし、学生の研究
授 の ご 退 職 を 機 に 回 数 こ そ 減 り ま した が 、
課題はその限りではありません。つまり、教
細々と継続しています。かつて、お茶会参加
員のテーマに限定せず、原則、各学生の興味
は「教員から突然のお土産(宿題)をもらう
と自由意思を尊重し、実現可能性を考慮した
リスクあり」「うかつに出れば墓穴を掘る」
上で課題を設定しています。これは、とくに
として、学生はビクビクし、時にはお茶会時
卒業研究では(立派な成果を導き出すことも
刻直前に外出(緊急避難)することでその場
勿論大切ですが)自ら興味を持って課題を設
を凌いだものですが、今や単なるコーヒー付
定し現場調査に出掛けるなど計画的かつ主体
き座談会に様変わり。学生もリラックスした
的に取り組む“過程”と“姿勢”が何よりも
表情で参加しています。これまた時代の変化
重要と考えていることによります。このため、
でしょう。かつてのお茶会をご存知の卒業・
彼らの研究対象はナマコの資源管理から六次
修了生の皆様、お近くにお越しの際にはどう
産業化、ブランド化、“変わり種”では水産
ぞ安心してお茶会にご参加下さい。
高校の進路指導のあり方に至るまできわめて
最後になりましたが、同窓各位の益々のご
多彩です。結果、教員は力量不足を痛感させ
健勝とご多幸を祈念致しまして、当研究室の
られる日々です。なお、研究に際しては、如
紹介に代えさせて頂きます。今後ともご指
何なるテーマであっても、学生には、必ず現
導・ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます。
場に通い、関係者から聞き取り調査やデータ
院生と調査・視察へ
(下関・唐戸市場)
2015年度の主要メンバー&お茶会の様子
−8−
学部だより
海ごみサミット報告について
ながさき海援隊 尾崎 健史(水産・環境科学総合研究科2年)
②地域振興に関する議論では、長崎県壱岐で
実施されているボランティアと旅行を組み合
わせてボランティアをするだけでなく島外の
人達に壱岐の魅力も満喫してもらいながら地
域にも貢献してもらうという「ボランツーリ
ズム」、民間企業や県などの支援を受けなが
ら継続的に行われている「沖縄・台湾 漂着
ごみ対策交流事業」などの全国各地のユニー
深刻化する海洋ごみ問題の改善に向けて、
クな取り組みが紹介され、マイナス面ばかり
去る10月23日から25日にかけて長崎県五島市
で捉えられがちな海洋ごみの可能性やそれを
において第13回海ごみサミットが開催され、
利用するアイデアを学ぶことができました。
私が所属する「ながさき海援隊」から3名の
また、地域で活躍されているNPOの方々の
学生が参加・発表を行いました。
創造性やエネルギーは特に印象に残っており
この海ごみサミットには主催者の一般社団
非常に心強く感じました。
法人JEAN、長崎県をはじめ環境省、三重県、
このように非常に多くのことを学んだ今回
島根県、五島市などの行政機関の職員だけで
の海ごみサミットへの参加であったのですが、
なく日本各地から集まった海洋ゴミに関わる
多くのことを学ぶと同時に様々な人々の若い
NPOや研究者、民間企業職員など(中国、
大学生への期待も強く感じました。特に水産
韓国、台湾のNGOも)様々な地域から様々
学部の学生に対してだからかもしれません。
な分野の方々が参加されており、①国際連携、
②海洋ごみ問題を題材にした地域振興につい
ての2点について活発な議論が行われました。
①国際連携に関する議論では、海洋ごみ問題
以外の複雑な事情により政府間同士での海洋
ごみ問題に関する連携はされていないものの、
まずNPOやNGOなどの民間レベルでの連携
から国際連携の糸口を探すと言った事例紹介
(台湾・中国)など、今まであまり関わって
こなかったグローバルな視点を学ぶと共に、
−9−
海洋ごみに触れる機会も多いはずです。海に
近い私たちだからこそこの問題に対して何か
やらないといけないなと改めて感じた海ごみ
サミットへの参加でした。
なお私たちながさき海援隊はFacebookに
て活動報告を行っております。詳細な海ごみ
サミットの報告や写真などはそちらに掲載さ
集めたゴミの前で記念写真
れておりますので、もし良ければご覧いただ
海洋ごみの起源は河川が8割、海が2割とさ
けると幸いです。またながさき海援隊が主催
れており、海洋ごみ問題の解決には海辺に住
する清掃活動や展示活動の広報もこちらで
む人だけでなく多くの人々のポイ捨ての防止
行っております。水産学部OB・OGの方々、
などを含む海洋ごみ問題への意識の向上が必
学生、教職員の方々の参加を心よりお待ちし
要です。しかしながら、海洋ごみ問題の現状
ております。参加の場合は以下のメールアド
を知っている人や実際に海浜清掃などの活動
レスもしくはfacebookにてご連絡ください。
を行っている人々は海に近い人々です。私た
[email protected]
ちは水産学部生として海に深く関わっており、
11月10日・長崎新聞
−10−
学部だより
第61回 西日本新人カッター競技大会報告
女子部2位入賞
1年 畑田 菜緒
私たち女子カッター部は現在、1年生3人、
チを上げ回転の速い漕ぎをしました。レース
2年生4人で活動しています。2015年10月31
では、海上保安学校と水産大学校と競い、結
日(土)に第61回西日本新人カッター競技大
果は2位で、1位の海上保安学校とは約14秒
会が静岡県立三ケ日少年の家、前面海域で行
差でした。2位という結果で悔しさの残る試
われました。試合に臨むに当たり、9月には
合にはなりましたが、精いっぱい漕ぐことが
合宿を行い、2年生から指導を受け練習を行
でき良い大会になりました。次の全日本大会
いました。幸い天気が良く、例年より涼しい
に向け目標を見つけることができたと思いま
日が続いたということで練習を多くすること
す。
ができました。
大会前には故障者が出て不安な部分もあり
大会当日は少し冷え込みましたが、海況は
ましたが、最後までみんなでチームを盛り上
湖ということもありさほど悪くありませんで
げて一団となり戦うことができたと思います。
した。女子艇の競技艇は本来6m艇ですが、
今大会を無事に終えることができたのは、
今大会では三ヶ日青年の家が所有する7m艇
カッター部顧問の諸先生、お忙しい中練習に
で漕ぐことになり、またオールも軽いものが
来てくださった先輩方、又応援してくださっ
多く、練習と異なる部分の多い大会となりま
たすべての方のおかげだと思います。
したが、公開練習で体を慣らすことができま
今大会で経験した悔しさを忘れずに次の大
した。予選レースでは九州看護福祉大学と競
会に向けまた日々の練習に励んでいきたいと
い、1位で勝ち進みました。決勝レースでは
思います。最後になりましたが、応援してく
スタートが予選レースと入替り、ゴールから
ださった皆様本当にありがとうございました。
のスタートで追風・追波となったため、ピッ
そして今後ともよろしくお願いいたします。
浜名湖三ヶ日青年の家を背景にスタート位置に集合する各艇
男子予選第一レース トップにて回頭する長大クルー
−11−
第61回西日本新人・第55回東日本新人カッター競技大会結果
平成27年10月31日(土) 神戸大・東海大主管
会場:静岡県浜松市三ヶ日青年の家 前面海域 天気:雲りのち晴れ
海況:Sea smooth with WNW'ly slight swell, Wind force 3 to 4
コ−スは手前岸側より沖側に向けて1コース∼4コースを設定。
女子レース 片道1000m ⑪、⑬、⑮レースは通常のゴール地点よりスタートの逆コースで実施。
男子レース 片道1000m往復の2000m 結果:長崎大学男女とも予選1位通過。決勝へ進出するも男子は海保大、鹿児島大に次ぐ3位、女子は、海保大に次ぐ2位。
なお、次年度の全日本カッターレースも三ケ日にて、平成28年6月4日
(土)
に開催予定です。
順位 西日本:①海上保安大、②鹿児島大、③長崎大、③神戸大、④京都海洋高校、⑤水産大、⑥三重大、⑦海技大学校
女子:①海上保安大、②長崎大、③水産大、④東京海洋大海洋工学、⑤鹿児島大、⑤九州看護福祉大、⑥神戸大、⑦館山海技校
東日本:①防衛大学校、②東海大学、③東京海洋大海洋科学部、④同海洋工学部、⑤日大、⑥館山海技校
−12−
同期会だより
26回生同窓会の開催について
水頭 元嘉(26・海技)
卒業して37年、お互い還暦の年を迎えたこ
頂きました長崎丸兼原船長、旧航海学教室の
とを機に、26回生初めての全コース合同の同
合田先生も交え、大きな話の渦となりました。
窓会を去る10月17日、ニュー長崎ホテルにて
特に、卒業時に白水君(開発)が作成した
行いました。
卒業アルバムを今回、高田君(海技)がパ
26回生の在籍は105名で、今回住所が分
ワーポイントに落とし、当時のフォークソン
かっている82名に案内、結果、出席24名、欠
グをバックにプロジェクターで紹介してくれ
席33名、返事無25名と計画した半分の出席者
た時は全員が総立ちで37年前の自分たちを食
による同窓会となりました。当日は、15時よ
い入るように見て、感嘆し、笑い、同窓会は
り長崎丸、鶴洋丸訪船と水産学部訪問の2組
最高潮に達しました。
に分かれ、18時から同窓会を行いました。
会の終わりには、学生時代より余人をもた
会では、冒頭に来賓として出席頂きました
ない末次君(海技)の冠頭言に続いて、水産
食品栄養学研究室 橘 勝康教授に現在の水産
放浪歌、長崎丸出港の歌、鴻洋寮逍遥の歌を
学部の状況を、水産海事情報学研究室 高山
全員で高唱し、三股君(食糧)の一本締めに
久明教授に現在検討が進められている長崎丸
て、5年後の再開を期して同窓会一次会を終
の代船計画についてご説明頂きました。
了しました。
さて、会は鍋島君(生産)のスピーチと乾
その後、近くの居酒屋に移動し、2次会、
杯の発声により始まり、出席者お互いが年月
来賓の先生全員と18名の学生、合計22名にて
の変遷と容姿の変化に戸惑いながら、最初こ
22時半過ぎまで、皆で飲み、語らい、卒業後
そ手探りのような会話でしたが、すぐに来賓
の歩みを共有した楽しい一日でした。
−13−
そこで、5年後65歳の時に同窓会を行うこ
とを出席者で確認し、かつ「今回の雰囲気を
持ち続けるため」、同窓会時の写真や卒業ア
ルバムを入れたDVDを作成し、欠席者を含
めた全員に送付しました。このDVDにて欠
席された同期とも今回の同窓会を共有し、来
る5年後、多くの出席者の元、26回生同窓会
が出来ることを望んでいます。
同期会の一コマ
なお、今回欠席者の多くから、60歳ではま
だ現役として働いており時間がとれない、ま
だまだ元気なため同窓会の気分に浸るような
気分ではない、親の介護があるなど、様々な
理由を頂きました。もしかしたら還暦の節目
とは言え、同窓会を行うには時代が変わって
時期尚早だったかも知れません。
同期会だより
昭和51年入学生の同期会
平井 朋来(30・生)
10月10日に長崎新地会楽園にて昭和51年入
えます。実習、早朝訓練、造船大殴込み事件
学生の同窓会開催しました。同窓会は久しぶ
等の昔話と、今の病気の話に花が咲き、最後
りで、今回は(敬称略します。)寺尾(中四
は3次会まで思案橋を彷徨いていたようです。
国、関西、東海担当)、前田(九州担当)に
今回は日野、乙吉、六倉、岩永、田中、南
手伝って頂き、総勢今までの最多28名が集ま
の6名が初参加で、最初は顔を見て名前を思
りました。関東からは赤瀬、高羽、大島、平
い出せないのか遠慮してた初参加のメンバー
井の4名、中四国、関西、東海からは水上、
でしたが、徐々に盛り上がり、最後は完全に
日野、渡部、深水、早瀬、戸塚、寺尾、平田
大学時代に戻り、相変わらずのパワーを発揮
平吉、乙吉の9名、九州からは六倉、伊藤誠、
するメンバー達との楽しい夜となりました。
平山、玉本、高木、中野、上之園、近松、松
次回はまた連絡させて頂きますが、連絡のな
本、柴田義之、岩永、前田、田中、中村、南
かった昭和51年入学の方、この写真欲しい方
の15名が集まりました。前回は数年前に大阪
は平井まで連絡下さい。
でやりましたが、やはり長崎で開くと人も増
(tomokihirai@handfintl.com)
−14−
久しぶり集まった昭和51年度入学の仲間
同期会だより
八十路の坂を越えた同期会
眞野 季弘(3・漁)
すがすがしい秋晴れの平成26年10月30日、
行艇の基礎作りに貢献した。アメリカ留学中
往年の水産健児は東郷記念館(東京)にいそ
の処遇は日本とはすべて比べられないほど雲
いそと集った。我々第3回生は、昭和30年
泥の差があったと、毎日の食事の豪華さなど
(1955)漁業、製造、増殖の3学科74名が卒
を披露していた。また、永島・蔵座両君も
業し、約60年を過ぎた現在、連絡先不明と物
夫々自衛艦々長、対馬司令、南極観測艦しら
故者は34名を数え名簿上の在籍者は40名と
せの気象班などで要職を歴任して活躍した。
なった。
長野君は中学校々長在職中には卒業生に思
今回の同期会参加者は8名であったが夫々
い出の記念品として記名入りの湯呑を焼き上
が年齢を重ねた人格と貫禄を漂わせているも
げて贈っていたことは新聞紙上有名であった
のの、殆んどの者が知名度の低い学部ゆえ、
が、退職後も日本伝統工芸士として陶芸の指
卒業生は社会での実績が無く、海上自衛隊幹
導、作品の展示会出展で数々の優秀賞を受賞
部候補生の入隊者を除き、真面な職業に就く
するなどその技術と熱意には感銘をうける。
までには数年を経ていたと当時の苦労を振り
外垣、窪田両君は夫々長崎、高知県の県庁
返っていた。
に奉職し東京事務所長、水産試験場長などを
海上自衛隊組の松尾君は入隊後アメリカへ
勤め県の水産行政に大いに寄与した。
留学し救難飛行艇のテストパイロットとして
小宮君は、民間漁業会社で製品開発に専念
の高度な訓練と技術を習得、現在の安全な飛
し、退職後も海外漁業協力財団の専門家とし
−15−
て海外漁業の発展に努力した。
など社会との接触につとめることが健康維持
眞野君は天職の前半は捕鯨事業に従事し、
につながっているようだ。
後半は母校で後輩と共に学んだ。
さて、卆寿の人生卒業式の集合はどうなる
宴半ば、松尾君は声量あふれるカンツォー
だろうか? 色紙の寄せ書きには「願わくば
ネ(本場イタリアでも歌い喝采を浴びた由)
今一度の同期会を!!」の一文が書かれてあっ
を披露、蔵座君も朗々たる詩吟を吟じて実に
た。最後になったが体調不良のため参加でき
楽しい会合であった。
なかった諸兄の一日も早い健康回復を切に祈
今回の主席者は多士済々の人生経歴を送っ
念しております。
たが、退職後は個性にあった生活プランを立
鶴友91号に掲載の予定でしたが事務局の手違いで本号
になりました。お詫び申し上げます。 (編集委員会)
ててゴルフ、声楽、園芸、ボランティア活動
(後列)眞野季弘、外垣信智、小宮秀行、永島三佐男
(前列)蔵座輝男、窪田敏文、長野恵之輔、松尾 亨
同期会だより
第8期卒業生 同窓会便り
徳丸 博美(8・増)
平成27年10月20日第8期卒業生の同窓会を
又明治日本の産業革命遺産に決定した大牟田
開催しました。会場は旧柳川藩立花邸「御
市(三池炭鉱・三池港)も車で30分の所にあ
花」。庭園は「水郷柳河」の一部として、国
ります。出席者は17名で、内奥様同伴の者5
の名勝にも指定され郷里の誇りの一つであり、
名。秋の夜長美酒を傾け近況を語り合い、存
同期生の皆様をご案内でき光栄でありました。
分に楽しみ、翌日の昼食は柳川名物“うなぎ
−16−
立花邸の内部
立花邸の正門
立花邸の庭園
立花邸の御花の一部(西洋館)
のせいろ蒸し”に私共は舌鼓を打たせて貰っ
私の友人で教育学部卒の先輩は80歳を超え、
た。
ついに解散したと言っておりました。卒業生
第8期生の同窓会は毎年開催いたしており
は九州が中心ではありますが、沖縄から北海
ますが、長崎・雲仙・福岡・小倉・熊本・九
道まで在住しております。私共は次期世話役
州以外では奈良・千葉と私の記憶にはありま
も選出致しました。
す。又、残念ながら故人となられ参加できな
次回の盛大な同期会開催を期待し楽しみに
い者も16名に達しております。
しております。
−17−
支部だより
大分支部
大分支部長 小野 眞一(18・増)
鶴水会会員の皆様、明けましておめでとう
丸出航の歌、鴻洋寮逍遥の歌、水産放浪歌の
ございます。大分支部の総会が去る2015年9
大合唱です。小さな文字の歌詞に苦労しなが
月5日(土)大分市内のホテルで開催されま
らも肩を組んで元気よく学生時代に戻って歌
した。当日は昼間にゴルフコンペを開催して、
いました。最後は上城義信氏(11回)の万歳
夜は総会と懇親会で盛り上がりました。大分
三唱で閉会となりました。ゴルフコンペには
支部には新しく岡本昭氏(30回、別府大学短
鳥栖市在住の水頭元嘉氏(26回)も参加し、
期大学部食物栄養科教授)と堀浩也氏(63回、
引き続き、総会・懇親会まで付き合ってくれ
㈱マリーンパレス津久見事業場イルカ島)の
ました。
両名が加入され、同窓生から大歓迎を受けま
なお、役員改選があり、以下の新体制とな
した。
りました。
総会には鶴水会本部からは谷山茂人准教授
支部長:小野眞一(18回)
、
副支部長:利根修二
(46回)の臨席を頂きました。先生には、水
(19回)
、
幹事:城戸崎九一
(21回)
、
坂本進
(26回)
、
産学部の学部概要「海」やPPTを使って近
岡田敏弘
(30回)
、
監事:南和利
(28回)
、
吉渡正満
況報告をして頂きました。今回、新しい試み
(40回)
/事務局長:伊藤龍星
(34回)
として会員のなかから講演をしてもらうこと
文中記載以外の参加者(敬称略)
にしました。第1回目は㈱マリーンパレス津
安部和智
(14回)
、
前川浩司
(14回)
、
三重野紘
久見事業場イルカ島のパフォーマンスディレ
司(15回)、平嶋豁(15回)、福岡和光(15回)、二
クター澤田達雄氏(51回)にイルカの生理生
村勝治
(16回)
、
池辺武
(17回)
、
弘蔵守夫
(17回)
、
態や飼育の留意事項等について講演していた
中植民雄(18回)
、
森由基彦(18回)
、
三ケ田則和
だき、皆さん興味津々で聞き入り活発な質疑
(19回)、松本啓志(26回)、大串岳三(27回)、花
応答がありました。総会後の懇親会は、長尾
崎充伸(31回)、冨高新一(32回)、堤憲太郎(40
長樹氏(3回)による乾杯の発声で開幕。懇
回)
、
中村晋太郎
(44回)
、
朝井隆元
(48回)
親会の〆はお決まりの冠頭言に始まって長崎
2015年9月5日(土)
−18−
支部だより
関門支部
関門支部長 加藤 博道(22・開)
晩秋の小雨の夜、鶴水会関門支部総会を小
活躍中の方、リタイヤ後種々のご活動に参加
倉にて開催致しました。現在連絡先の判明し
されてるお話等楽しいひと時でした。
ています、103名に葉書を送り、19名よりご
幹事より2名の方がご逝去されたとの報を
参加の返事を頂戴いたしました。
受けてご冥福をお祈り致しました。時は過ぎ、
当日1名体調が不良とのことで欠席となり
記念撮影に収まり、来年の再会を祈念して各
ましたが、新たに2名の会員が本年度よりご
人帰路に着いた次第です。関門支部の一コマ
参加頂き、交流の輪が広がりました。
でした。
懇談の後各人の近況報告に入り、現役でご
支部だより
広島支部
広島支部長 高本 幸博(22・海技)
2015年、広島支部は発足25周年になりまし
を懐かしみながら話し込みました。
た。1990年発足し1998年の第5回総会を最後
第9回臨時総会は馴染みの顔ぶりで、長崎
に14年間の活動休止がありましたが、2012年
の話や職場関係の話題、趣味の話などに花が
に活動再開し3年が経ちました。
咲き、2時間余りの会話はあっという間に時
2015年は福山地区OB会を、4月28日に福山
間が経ち、愉快な一時を過ごしました。広島
駅前「はなの舞」で第3回を開催し、11月14
県職員関係では鐘尾さん(19回)、松井さん
日に第9回臨時総会を広島駅ビル6F「水車」
(19回)、中森さん(60回)が、海洋関係で
にて開催しました。
は越智さん(26回)、畑田さん(44回)、牟
福山OB会では、日頃から忙しい広島県警
田さん(59回)の中で大いに話題が盛り上が
福山東署の折見さん(45回卒)と左山さん
りました。趣味のゴルフでは倉田さん(9
(20回卒)が初参加で7名が参集し、楽しい
回)が三島さん(30回)にスコアカードのつ
一時を過ごしました。折見さんは県警という
け方やスイングについて伝授するなど公私に
馴染みの深い(?)職業で話が弾み、左山さ
充実した臨時総会でした。
んは私自身卒業以来42年ぶりの再会でした。
今年の総会は、2015年広島県に就職した3
特に、左山さんは在学中カッター部主将とし
名を初め、今回出席できなかった仲間も集ま
てリーダーシップを発揮され我々後輩はかな
り記念すべき第10回を盛りあげたいと思いま
りしごかれた中、優しく接してもらったこと
す。
−19−
第3回福山地区OB会記念写真【敬称略】 後列左より
折見(45回)、藤井(17回)、鐘尾(19回)、縄稚(25回)、高本(22回)、
渡辺(12回)、左山(20回)
第9回臨時総会記念写真【敬称略】 後列左より
畑田(44回)、中森(60回)、越智(26回)、牟田(59回)、鴛海(56回)
三島(30回)、高本(22回)、倉田(9回)、鐘尾(19回)、松井(19回)
−20−
支部だより
沖縄支部
幹事・前城 統(25・海技)
新年明けましておめでとうございます。本
移りました。懇親会では友利昭之助さん
年もよろしくお願い申しあげます。
(13・増)より沖縄水産高校の稚ウニ(シラ
米軍普天間基地の県内移設問題が連日メ
ヒゲウニ)種苗放流への取り組みが新聞に
ディアで報じられておりますが、日本の安全
載ったことの話題提供があり、指導した佐藤
保障をどう考えるかという大命題であると同
さん(前出)へ先輩諸氏より激励の言葉があ
時に、沖縄県が直面する切実な問題としてぜ
り、また3月末で那覇工業高校校長を定年退
ひ注目をしていただきたいと存じます。
職された川満雅夫さん(25・海技)並びに6
沖縄県支部の平成27年度総会は、10月2日
月に沖縄県漁連を退職した前城(前出)には
(金)18:30より那覇市内の「海のちんぼー
石原金盛さん(12・製)をはじめ先輩諸氏よ
らー」において開催されました。金曜日とい
り叱咤激励の話で盛り上がりました。山本一
うことで行事等と重なったこともあり、少な
生さん(27・生)からは、仕事の関係(いで
い参加者ではありましたが年長の方々のご参
あ株式会社沖縄支店長)で長らく沖縄に居る
加をいただき、こじんまりながら熱が入り盛
が、昨年の県支部総会に出席できなかったの
り上がった総会となりました。
は、同日長崎であった初めての同期会に参加
開会ののち、幹事の前城統(25・海技)よ
したためとの話がありました。また5月末頃
り支部長は出席できないためあいさつは省略
から6月初旬にかけて長崎丸(兼原嘉生船
する旨の説明があり、運天政一さん(7・
長)が那覇へ寄港した折には、川満さんと前
増)より乾杯のあいさつがなされました。最
城さんが訪船表敬したとの報告がありました。
年長の運天さんからは「八十路を越えてはい
支部長は、現在宮古島市漁協においてモズ
るが、自宅から一里の道程を徒歩で参加した。
ク養殖の加工販売に携わっており、養殖現場
鶴水会沖縄県支部のますます発展を期して乾
の種付け計画と来年注文予約の調整業務の次
杯しよう」との力強いご発声をいただきまし
期にあることから総会を欠席されました。モ
た。続いて会計の佐藤佳菜子さん(53・生)
ズクはこの時期に全国からの注文がスタート
より収支報告があり、期中においては会員へ
し、来年3月までに糸モズク(細)の収穫、4
の結婚祝金と出産祝金の支出が計画どおり実
∼6月に沖縄モズク(太)の収穫となり、普
施され、支部奨励金の入金及び次期繰越金等
通7∼8月頃には予約販売が終了します。国内
の説明がなされました。
で消費されるモズクのほとんどは沖縄県産で、
次に会員名簿の確認を行い、県外転勤等の
酢の物をはじめ味噌汁・お好み焼き・すき焼
方は病気療養中の方などの様子を情報交換す
きの材料などとして食され、体にいい海藻特
ることでお互いの絆を高めました。現時点で
有のヌルヌル成分の食物繊維多糖類が豊富に
の支部会員数は24人となっております。
含まれています。紙面をお借りしてご紹介さ
総会は30分程度で終了となり、懇親会へと
せていただきます。
−21−
支部だより
福岡支部
福岡支部長 前田 俊勝(17・漁)
鶴水会会員の皆様方、新年明けましておめ
日田カントリークラブ”にて、又、10月31日
でとうございます。
(土)に“別府扇山ゴルフ倶楽部”にて2回
皆様方におかれましては平成28年の輝かし
開催し、大いに親睦を深め合うことが出来ま
い申年を爽やかなお気持ちでお迎えになられ
した。
たことと存じます。
尚、この他にも、大分支部との対抗戦前に
当福岡支部の平成27年度の活動状況をご紹
練習ラウンドを兼ねた鶴水福岡ゴルフクラブ
介申し上げます。
の懇親ゴルフを3月14日(土)と10月26日
『平成27年度福岡支部総会』を昨年の11月
(月)の2回行いました。
14日(土)17時より福岡市天神の“平和楼本
更には、支部会員の親睦と協調関係をより
店”にて、21名の出席の下に開催致しました。
一層深める為に、1月24日(土)・6月27日
今回は、本部より橘勝康教授(元学部長)
(土)と9月26日(土)の午後4時から3回に
のご臨席を頂いて『学部の近況』についてお
亘り、気楽な気持ちで飲んで食事して近況
聞きし、その後の講演では昨年同様に支部会
等々を語り合う『支部例会』を楽しく開催致
員より、中岡歩さん(53回生)に『福岡県の
しました。
水産資源』について有意義な話をしていただ
以上が、当支部活動の直近の状況です。
きました。
本年も支部会員を始め、鶴水会本部並びに
尚、その後の懇親会では昨年人気を博した
会員各位の倍旧のご指導とご協力を頂きなが
『お楽しみ抽選会』を行うなど終始和やかな
ら、当支部活動を円滑に推進して参りたいと
楽しい雰囲気の下に会員相互間の親睦を深め
存じます。
る有意義な会を持つことが出来ました。
最後に、鶴水会会員皆様方の今後益々のご
又、昨年同様、会員間の相互親睦を図るた
活躍とご健勝・ご多幸をお祈り申し上げます
めの恒例の『大分支部と福岡・関門支部のゴ
とともに、本年も宜しくお願い申し上げます。
ルフ対抗戦』を5月16日(土)に“ローレル
−22−
2015年10月31日 大分支部と福岡・関門支部のゴルフ対抗戦
2015年11月14日 福岡支部総会集合写真 後列/松尾、浦川、上之薗、古瀬、糸永、兼子
中列/樋口、柴田、下川、岩田、井出、中川、丸山
前列/田嶋、友納、畑中、中岡、橘、尼ケ崎、佐伯
10月6日・長崎新聞
−23−
同窓生からの寄稿
世界一周クルーズ記(No.2)
2012年12月14日横浜港出航→2013年3月25日同港帰着
児玉 孝吉(9・漁)
〈アフリカ−フラミンゴラグーン〉
ウォルビスベイはアフリカの南の国ナミビ
アの海の玄関口である。ナミビアの国土は日
本の2倍あまりで2百万人も住んでいない世
界一人口密度の低い国である。荒涼とした世
界最古の砂漠といわれるナミブ砂漠は映画の
「猿の惑星」で知るところで、私は4輪駆動
ナミブ砂漠
で行くナミブ砂漠のネイチャードライブに参
加した。
朝早くから活動が始まる。ダンスレッスン
の音楽が心地よく流れてくる。ある時はルン
〈フラミンゴラグーン一望数万羽〉
バにマンボ、ジルバにチャチャチャ、人に聞
まず赤褐色の大地に広がるラグーンで餌を
くといまのはボサノバではなくサンバという。
とる一目何万羽と云えるほどのフラミンゴの
自主企画の先生の罵声も聞こえるが、タンゴ
群れを一望して驚いた。次にでこぼこの砂丘
やワルツを年配の男女が3、40人も踊りま
とも云えない土漠で5台の車が停まったので
くっているのは壮観というより異様さを感じ
何事かと思ったら、男女構わず大自然の中で
ることもある。外は青い空と海と白い雲の世
用を足しなさいとのことであった。さらに、
界である。
海岸に迫り見上げるような壁になった砂丘状
学生時代にでたらめにおぼえたままでも
大砂漠の渚を走り抜けながら、アシカかオッ
踊ってみたい衝動につい駆られることもあっ
トセイの寝そべっているのを見られるとは
た。非日常の船の上では恥かしさもそう感じ
思ってもいなかった。ところどころにある
ないし健康にもいいと思うが、私はフェミニ
ブッシュの陰にジャッカルとガゼルを発見し
ストのように気をつかうのはもうご免なので
たのもアフリカを感じた。
最初から踊るつもりはなかった。私はマイ
ペースで快適なクルーズを満喫中に、ひとし
〈南米最南端ホーン岬へ〉
れず笑いたくなるような会話を耳にしたこと
これから9日間は南米リオデジャネイロへ、
があった。プロムナードデッキにはマージャ
南大西洋を西に向かって横断するクルーズで
ン卓が8セットある。その会話の一つは、私
ある。横浜を出帆してひと月は過ぎ、乗客は
と3人の女性と卓を囲んでいる三つ先の卓か
船旅に慣れ船内生活は佳境に入ってきている。
ら聞こえてきたものだ。
−24−
鮭は銀鮭で、日本の技術指導で南米のチリで
養殖されたものであるなどと会話ははずみ、
かって北洋で隆盛であった母船式鮭鱒漁業の
ことなどを、いささか海の男になったつもり
で、漁業技術や海の魅力を得意になって話し
たのだった。これが夕食後の麻雀競技中に聞
こえてきた会話につながる。
麻雀卓のあるプロムナードデッキを通って
ケープタウン
いると練習中のおばさまグループからお誘い
夕食時の会話から始めなければならない。
がかかった。麻雀ができるのではとみたので
レストランでの食事の席は、2人席、4人席、
あろう。久しぶりにやりたい気持ちで歩いて
6人、8人と自由にどこでも好みで座れる。
いたから渡りに船だ。女性たちの熱心なこと、
誕生祝をするところでは事務局よりケーキの
船上で女性の愛好者のほうが多いのには驚く
サービスがあるので10人以上のグループもあ
ばかりである。静かにゲームをしているとこ
る。その日の私の夕食のテーブルは女子5人
ろもあれば、枯れかけた男どもを前に安心し
男子3人だったか。950人も乗客がいるのだ
てジョークをとばしながら会話を楽しんでい
から、挨拶はしたことがあっても、まだまだ
るところもある。ふと、3つ離れたところの
ほとんどが初対面のような知らない人である。
卓から聞こえた話が私の耳を捉えた。
主菜が鮭のムニエルだったことから、鮭鱒漁
男の人もいろんなひとがいるけど、先ほど
業の専門家を自認する私としては少々蘊蓄を
食事中に漁師をしていた時の話や普通には食
傾けたのである。鮭にもいろいろな種類が
べ な い さ か な の 美 味 し い 部 分 な ど 聞い た 、
あって、一番でっかいのが10キロ以上もある
男っぽかったわ、顔は悪くても容貌が精悍で
最高級のキングサーモン、日本名では俗に
魅力的だった、あんな男もいいわねと、同卓
「鱒の助」といい、皆さんが燻製の薄切りの
の男女が合の手を入れながら言っている。ち
切り身にレモンをかけて食べる鮭と書かない
らっと見ると、夕食で同テーブルにいた60歳
鱒と言うと、すかさず、そうそう、リューベ
前後の健康美人で落ち着いて礼儀をわきまえ
という冷凍したものもあるわねと。それから
ていたご婦人ではないか。麻雀パイをかき混
紅鮭、白鮭、銀鮭、サクラマス、背張り鱒
ぜながら男の品評会とは恐れ入った。午後の
(カラフトマス)、アメマス、それに陸封型
ひととき、デッキチェアに座って学生時代の
のニジマス、オショロコマ、ヒメマス、ビワ
マ グ ロ は え 縄 漁 業 実 習 を 思 い 出 し てい た 。
マス、イワナ、九州では山奥の清流に棲む
フィリピン南東のパラオ沖で我が母校の柴田
「えのは」という黄とピンクの模様が美しい
恵司船長さえも青くなっていた台風にも遭遇
鱒もそうだというと、北海道の支笏湖で戴い
し、厳しい操業をやりとげ、いよいよ帰路に
たのはヒメマスで刺身も美味しかったわと
ついたときのみごとな夕焼け、鏡のような凪
返ってくる。また夫婦の旦那は、イクラより
の海は透きとおるライトブルーであったこと
も鱒の筋子が好きだなと。そしてお皿のこの
を。いま、それに近い海を眺めている。やは
−25−
り海域によって気象によって海の色は違うの
である。
ましてや、海や湖をスケッチしてどんな色
を付ければいいか時間とともに色は変わるし、
いつも苦労するが、結局はその時の心情で、
エイッと思い切った色とタッチできめてしま
う。後でみてもしっくりおもうことは少ない。
このように、長期クルーズの魅力の一つは
大旅行にもかかわらず大きなトランクを持ち
イグアスの滝
運ぶことがないのでなんでもできる。これは
る港街をゆっくり遊覧船で観て回ったのだっ
年配者にはこたえられない。そしてほとんど
た。
自由な時間を好きなように過ごしてだれに憚
リオを発ちブエノスアイレスへは3日間の
ることもない。
航海であった。ブエノスアイレスからは飛行
さて、私は大西洋を横断中は、大西洋の海
機で1泊2日のイグアスの滝観光ツアーに参
水を汲み上げたプールで泳ぎ海を眺めること
加した。
が最大の楽しみであった。そのあと碁やピア
イグアスの滝はナイヤガラ、ビクトリアと
ノや読書をすれば満足この上なかった。
ともに世界3大瀑布といわれる。大自然の迫
1月26日朝、リオデジャネイロに入港した。
力ある造形は筆舌には尽くしがたいというの
私には初めての南アメリカ大陸である。次女
がぴったりだ。驚異、畏怖、神秘、秘境、な
が奨めたイグアスの滝、一度は船でまわって
どの言葉があてはまるとはおもえない。
みたかった最南端ホーン岬、世界一人気の秘
感情をもぎとられ生死を忘れ、ただ茫然と
境遺跡マチュピチュへの第一歩である。
立っているとでも云えようか。この天地を揺
ブラジルは日系移民が1世から4世まです
るがす景色は実際みなければわからないもの
でに150万人にも暮らしており、リオデジャ
のひとつであろう。
ネイロはリオのカーニバルで知られるパワフ
ルで陽気な国民性でも、港町を見下ろす巨大
〈ホーン岬を航行せず−残念〉
なキリスト像でも、テレビや写真でおなじみ
船は南下して私の目的の一つホーン岬に近
であるから特別な見聞はない。ただ、海水浴
づいてきた。南米南端を回り込んで越えるの
場はリオもブエノスアイレスもモンテビデオ
は夜間の航行であった。
もそれこそ芋の子を洗うように賑わっていた。
私はうかつにも、マゼラン海峡を大西洋側
広大な常夏の奥地から夏休みに細い海岸線の
より太平洋側に抜ける間に、頭の中に描いて
都市部に人びとが出てくればこうゆうことに
いるあの風浪がほえるホーン岬を見ながら通
なるのか。
過するとばかり思いこんでいたのである。
2月5日の早朝、世界最南端の街ウシュア
〈イグアスに飲み込まれる〉
イアに入港した。南極大陸に一番近いから南
私はリオでは世界3大美港の一つといわれ
極行のクルーズ船はここから出ている。もち
−26−
ろん見渡す山の頂は真っ白である。
南アメリカ大陸南端のパタゴニア地域は日
本ほどの広さが優にあるのは知っていたが、
上陸して店でパタゴニアの大きな地図を買っ
てきて見て驚いた。
複雑な水路・海峡が至る所にあり、船の航
行は熟練を必要とするであろうと想像される
のである。太平洋側のチリはパタゴニア・
フィヨルドとして有名でこの南パタゴニア地
ビーグル水道のペンギン営巣地
域には大小の氷河が50もあるという。大航海
から突き出した南極半島の先まで約1,000キ
時代の16世紀初頭、険しいフィヨルドの水路
ロメートル、これは鹿児島から稚内の直線距
を探索して航路を切りひらいた探検家マゼラ
離が1,500キロだから案外南極は近いと感じ
ン達の苦労は想像に絶する。 る。ここより氷に強い船に乗り換えていく10
さて、ホーン岬であるが、入港したウシュ
日間の南極行のツアーがあったが、大変な予
アイアの南およそ120キロメートルの島の南
算オーバーになるので我慢した。
端に位置していた。マゼラン海峡はウシュア
参加した人の体験談を聞いたが、南極に上
イアの北西ほぼ200キロメートルを横切って
陸した感激はさておいて、船酔いでほとんど
いるのであった。船はホーン岬を回らずに少
の乗客は食事も喉をとおらず、船の激しい揺
し手前のビーグル水道を東より通ってきてい
れで怪我する人もでたとのことであった。
る。ホーン岬を回ったとしても時間的に夜だ
私は母船式南氷洋捕鯨に当時出漁していた
から灯台の明かりしか見えなかったと思われ
先輩に聞いていたとおり、必ず暴風圏を乗り
る。私はホーン岬に関心があることを船長に
越えていかなければならないことを知ってい
話していなかったのを少し悔やんでいるので
たので、船に慣れない人は大変であったこと
ある。もし話していたらホーン岬を回ってく
は察しながらも、現役時代に南鯨を体験して
れたかもしれないと。しかしながら非常に残
おればと思うのだった。
念なことに、スエズ運河やパナマ運河が建設
ビーグル水道では、一目数万羽のペンギン
される前の地球規模の航海について、まして
の島やアシカの島、ウミウの島を可能な限り
やジョン・万次郎の足跡のことを見聞きする
すぐそばまで船は近づいて見せてくれた。騒
ことは航海中ついぞなかった。ジョン・万次
いで逃げるどころか我々が逆に観られている
郎のことは私が船友たちに少し話しただけの
ような感じである。大きなマッコウクジラも
ことである。
遊覧船が後をつけながら観ることもできた。
ウシュアイアでは6時間のビーグル水道遊
これだけ多くのペンギンをはじめとする海鳥
覧船に乗った。
や海獣そして鯨を自然のままで観察できると
気温は10度前後、海水温は5度、船のデッ
いうことは、これらの動物が生きていく豊富
キで風に当たると冷えるので小さくまるめた
な餌があるということであり、植物プランク
軽いダウンジャケットを用意した。南極大陸
トンから動物プランクトンのオキアミ、小魚
−27−
類それらを食べる鳥類、海獣類、鯨類にいた
かな傾斜のもの、かなりの高さから折れて海
る食餌の連鎖をダイナミックに観察すること
に落ち込む断面の青さが見えるもの、双眼鏡
ができたということである。パタゴニアの大
で飽くことなく遠くに近くに、ダウンジャ
陸棚水域の海がいかに豊富な栄養塩類に恵ま
ケットを着て手すりにもたれながら眺めるこ
れているかという水産資源学の基礎を昼間の
とができたのである。なかでもピォ11世氷河
観光で実感したのであった。
は世界一の氷河であるとアナウンスがあった。
ホーン岬は、100キロほどの南にあり、帆
冷たい風が流れてきて、氷河のかけらがカモ
船時代の航海を思い描くのみである。ひんや
メをのせて漂っている。
りとした海風がお慰みか。
地球温暖化の影響で世界各地の氷河も小さ
ちなみにホーン岬は南緯56度にあり、北半
くなってきているといわれているなかで、パ
球では樺太(サハリン)の北端ぐらいである。
タゴニアのアルゼンチン領のぺリト・モレノ
プンタアレナスを昼間の観光で博物館や要
氷河とチリのこのピォ11世氷河だけは、なぜ
塞遺跡、マゼラン像のある中心部の建造物な
か氷が増えているという。海に落ち込む幅が
どを観て回り感じることは、当時の列強の征
4キロメートルという、おそらく棚の高さは
服欲と原住民の素朴で従順な生活との確執は
幅の広さから推計して200メートルはあるだ
激しいものであったであろうと。それだけに
ろうと孫への写真葉書には書いて送った。
風景の美しさに寂寥感が残る。
2月7日、水の補給作業が終わったまだ明
〈眺めてはパシャリパシャリと大氷河〉
るい午後10時頃プンタアレナスを出航した。
真夏ではあるが気温5度から15度の南アメ
これからパタゴニア・フィヨルド海域を2日
リカ南端を南大西洋側から南太平洋にぬける
あまり遊覧して外洋である南太平洋に出て、
パタゴニア海域は、魚も豊富で海獣も鯨も海
それから次の寄港地バルパライソへの6日間
鳥も観察できる豊饒の海であることを重ねて
の航海である。
実感したのである。若き日にアリューシャン
マゼラン海峡を北西に抜けパタゴニア・
列島南北海域をまたいで、母船式鮭鱒流し網
フィヨルド海域の狭かったり広くなったりす
漁をした海もこのようであったのを想いださ
る水路を船は速度を調整しながら北へ北へと
せた。
進んでいく。前方両岸に見えるけわしい山々
は雪か氷かみわけはつかない。その白い部分
や黒い部分が、日本でその形によって今年は
豊作の年であるとかないとか伝えられている
ところがあるように、あれは鶴だ鯨だと想像
して楽しんだ。
〈雪山やマゼラン海峡冷気這う〉
何といっても圧巻は氷河であろう。なだら
ピオ11世氷河(河口約4km)マジェラン海峡を奥に入ったフィヨルドに落ち込む。
−28−
お 知ら せ
訃報 謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。
会員番号
氏 名
逝 去
会員番号
氏 名
逝 去
S30卒業:漁業学科
03・1・12
塚本 英介 H26.10.18
S39卒業:漁業学科
12・1・10
陶山 至 H27.4.14
S31卒業:漁業学科
04・1・21
村上 孝 H26.11.11
S40卒業:製造学科
13・2・18
樋田 攻 H27.6.19
S32卒業:漁業学科
05・2・09
首藤 和弘 H27.5.2
S49卒業:食糧科学系
22・2・30
船江 光明 H25.1.26
S32卒業:漁業学科
05・3・13
兵頭 正員 H25.3.2
S52卒業:海洋開発系
25・1・07
三墨長一郎 H27.7.6
S37卒業:製造学科
10・2・15
柴田 徳平 H27.4
S54卒業:食糧科学系
27・2・07
門脇 隆夫 H27.3.24
S38卒業:製造学科
11・2・18
日野 皓次 H27.11.22
訂正とお詫び
鶴友91号の「訃報」の欄にご存命の方を掲載する、重大な間違いをしてしまいました。
前号に掲載しておりましたS37年卒業:漁業学科 10.1.20 松尾 泰 様は逝去されておら
ず、ご存命です。ここに訂正してお詫びするとともに、ご親族をはじめ、関係者の皆様
には大変ご不快な思い、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
また、逝去日を間違えて掲載しておりました。以下のとおり訂正するとともに、ご親
族をはじめ、関係者の方々に謝罪申し上げます。
(正)
訃報 謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りします。
会員番号
氏 名
逝 去
会員番号
氏 名
逝 去
S35卒業:製造学科
08・2・08
竜口 弘文 H25.12
S43卒業:増殖学科
16・3・08
潮田 卓三 H27.3.30
S35卒業:漁業学科
08・1・21
毎熊 秀穂 H27.5.13
S44卒業:増殖学科
17・3・27
森田 和成 H27.1.8
S38卒業:漁業学科
11・1・05
江口 久雄 H26.12.22
S46卒業:増殖学科
19・3・16
永井 徳次 H26.5
S38卒業:増殖学科
11・3・17
山本 博敬 H27.1.23
S47卒業:製造学科
20・2・03
池田 省三 H27.5.19
S41卒業:製造学科
14・2・03
宇都宮明剛 H25.11.25
S49卒業:食糧科学系
22・2・25
中村 三郎 H25
S42卒業:増殖学科
15・3・09
調 俊策
H 7 卒 業:漁業科学系
43・1・08
瀬戸口 芽 H27.2.7
−29−
謹 賀 新 年
−30−
謹 賀 新 年
水産種苗生産(魚貝・甲殻類)から養殖、観賞魚用餌料
あらゆる資材・機材を取り扱う総合商社です
有限会社 アイエスシー
〒838-0115 福岡県小郡市大保 1017-5
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22 回生 重野 生郎(代表取締役社長)
24 回生 重野 幹子
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61 回生 田﨑 恵梨子
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62 回生 田脇 周太郎
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長崎県地方卸売市場
長 崎 魚 市
株 式 会 社
TECHNO-SUZUTA CO,.LTD
URL http://www.technosuzuta.co.jp/
代表取締役社長
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〒852-8116
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〒851-0103
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[福岡営業所]
〒816-0088
長崎市平和町24-14
川元 克明
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フルノ九州販売株式会社
代表取締役社長 坂井 孝正
〒852-8003 長崎県長崎市旭町3番15号
Tel:
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支 店:西九州、北九州、南九州
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代表取締役社長 小 吉 泰 彦
本 社・工 場/〒850−0043 長崎市八千代町1番15号
T E L :(095)822−2412
F A X :(095)827−6169
E-mail : [email protected]
http://www.tenmaku.co.jp
鶴 水 会
支 部 長
副支部長
監 事
理 事
同 上
同 上
同 上
同 上
顧 問
相 談 役
前田 俊勝
田嶋 猛
畑中 進
尼ケ崎雄文
前田 一郎
広村 正徳
浦川 真仁
中岡 歩
内田 純近
和田 弘喜
福 岡 支 部
(17・漁業)
(20・製造)
(17・増殖)
(13・製造)
(34・生産)
(41・生産)
(53・生化)
(53・生管)
(15・増殖)
(08・製造)
鶴 水 会
広 島 支 部
顧 問 青木 國男(4回漁業)
事務局長兼務
会 計 監 査
渉 外 担 当
渉 外 担 当
事務局担当
渉 外 担 当
渉 外 担 当
支 部 長 高本 幸博(22回海技コース)
副支部長 金川 誠(30回食糧科学)
会計監事 松田 豊文(51回海洋応用生物科学)
幹 事 鐘 まこと(19回増殖)
幹 事 畑田 稔幸(44回漁業科学)
幹 事 由本祐一郎(56回海洋生物科学)
幹 事 中森 三智(60回海洋応用生物科学)
印刷文化に貢献します
自費出版、販促物など企画から
印刷まで何でもご相談ください。
〒852-8134 長崎市橋口町21-12
協 和 印 刷
〒850-0904 長崎市船大工町5-39 睦美ビル1F
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店主 小山 静美・小山 太郎
TEL 095-849-5733
−32−
鶴水会員さま
鶴水会事務局
同窓会名簿(CD版)の配付について
鶴水会会員の皆様におかれましては、日頃から同窓会運営のためご協力いただき
感謝申し上げます。
さて、鶴水会では会員の皆様にすでにご承諾をいただいておりました、新名簿を
発行の準備をしております。ただこの度、卒業年度の新会員に配布する名簿(約
100部)に限り冊子版からCD版に変更させていただくこととなりました。つきまし
ては、CD版同窓会名簿への名簿記載を否とされる方は事務局までご連絡ください。
〈連絡方法〉下記にチェックを入れ、上同封の返信用封筒で(平成28年2月5日
までに)送付ください。
なお、これまで冊子版に掲載否とされておられる方の住所等はすでに非掲載とし
ておりますので、ご連絡されなくとも結構です。また、同意される方も返送不要で
す。なお同窓会名簿(CD版)は以下の様です。
1.同窓会名簿はこれまでの書式です。
2.新入会員のみ(新卒者)に配布します。
3.これまで冊子版に掲載否とされている会員の住所等はすでに非掲載として
おります。(※連絡不要)
キ リ ト リ
同窓会名簿(CD版)に関する確認書
キ リ ト リ
平成 年 月 日
会員番号: お名前: 私の個人情報について、同窓会名簿(CD版)に掲載されることに
□ 同意しません