重力・ジオイド・地球ダイナミクスに関する 国際シンポジウム(GGG2000

重力・ジオイド・地球ダイナミクスに関する
国際シンポジウム(GGG2000)報告
金尾 政紀
(国立極地研究所)
1. はじめに
平成 12 年7月 31 日∼8月4日にバンフ(カナダ)で行われた「重力・ジオイド・地球ダイナミクスに
関する国際シンポジウム 2000(International Symposium on Gravity, Geoid and Geodynamics 2000;
以下 GGG2000 とする)」に、日本学術振興会の国際研究集会派遣研究員として参加した。その会議内容の
最新のトピックスをご報告する。GGG2000 の全体の参加者は約 30 カ国から計 176 名、日本からは著者を含
めて6名(国土地理院、京都大学、東京大学、及び国立極地研究所)である。カルガリー大学を中心とし
たスタッフの献身的な運営が行われ、会議場の完備した施設であることが印象的であった。
2. シンポジウムの概要
GGG2000 は「国際ジオイド及び重力研究集会」(最近では 1994 年にグラッズ、1998 年にトリエステ)の
中間の年において4年毎に開催され、前回は 1996 年に東京で行われている(GraGeoMar96)。今回は、近
年急速に進展している衛星測地や固体地球科学、及び宇宙科学等に関連した応用研究に焦点を当てて開催
された。これまでの重力・ジオイド関連の主な研究領域に加え、地震学を含めた諸々の地球ダイナミクス
研究、衛星軌道の精密決定、航空機によるエアボーン観測、さらに極域における研究等を多く取り上げた
のが特徴的である。
また GGG2000 は、国際測地学協会(International Association of Geodesy : IAG)の主催であるが、
その他にも多くの共催団体(ヨーロッパ地球物理協会(EGS)、カナダ地球物理連合(CGU)、カナダ天然資
源・測地調査所(GSD)、アメリカ国立測地研究所(NGS)、及びアメリカ国立地理局(NIMA))の後援を受
けている。シンポジウム主催者は、M. G. Sideris 氏(カルガリー大学・衛星測地学)であり、シンポジ
ウムの成果は2年後の「国際ジオイド及び重力研究集会」に発展して継続され、IAG においても今後の継
続実施が強く推薦されている。
3. 極域の特別セッション
今回の特別セッションとして「極域における測地学及び地球ダイナミクス」が開かれ、氷床及びその下
に存在する地殻・マントル、さらには氷床に隣接する海洋の静的・動的状態の観測・理論の両方による研
究成果が発表された。具体的には衛星高度計、ジオイドモデル、南北両極での氷床の進化過程・質量収支、
プレート運動、地域テクトニクス、海水準変動、最新の技術開発等に関連した観測データ並びに隆起量や
マントル対流等の理論計算が中心であった。
著者はこの特別セッションにおいて、
1) 1998 年3月 25 日に南極プレート内バレニー諸島付近(64。S, 150。
E)で発生した巨大地震について、震源メカニズムおよび氷床変動との関係を解明したこと(図1;横浜
市立大学・坪井氏との共著)、
および 2) 日本の南極観測における、
ドームふじ観測拠点までの内陸約 1000km
に及ぶ地上重力測定の結果をまとめたもの、等最新の研究成果をポスター発表した。関連する研究者との
意見交換を行い、今後の研究推進の指針を得ることができたと言える。
特に、この特別セッションの主催者である E. Ivins 氏(カリフォルニア工学研究所)や、P. Wu 氏(カ
ルガリー大学)らの氷床変動学の大家と詳しく議論することができ、バレニー諸島の地震については氷床
後退による地殻隆起が地震を励起する要因の一つであることが支持された。
また、ドームルートでの重力測定の発表(京都大学・東氏との共著)については、アメリカ地質調査所
(USGS)の Hothem 氏(2000 年7月 SCAR(南極科学委員会)総会にも参加)から、ドーム基地での FG5 型
絶対重力測定の実施を勧められた。USGS ではドーム C や南極点基地でも行う予定らしい。また、C.K.Shum
氏(オハイオ大学)は、検潮儀による海面の低下にかなりの関心をもち、昭和基地における 30 年以上連
続して取得したデータをかなり評価していた。
4. 氷床後退と地殻変動・地震活動
「極域における特別セッション」では、
氷床後退と地殻隆起のモデル計算が活発に行われた。
先の E. Ivins
氏からは、両極域の氷床後退のモデル計算の過去 10 年間のレビュー的な講演がなされ、また将来に可能
性のある私案について発表があった。南極氷床の衰退により南極大陸、特にその縁辺部で地殻の隆起が確
認されている(図2)。これは隆起汀線の現地調査のみならず、大陸縁辺部の定常観測基地の高精度重力
計の連続測定や、検潮儀等のデータからも支持されている。さらに、トロント大学の Peltier 氏により南
北両極のリバウンド量が計算され、特に西南極・エンダービーランド・およびアデリーランド周辺に隆起
の目玉があることが示された。さらに水平方向の動きについては、西南極周辺部で最大であり、今回発表
したバレニー諸島の巨大地震の発生メカニズムを考える上で大変参考となった。ドイツからは、南極大陸
全域の SCAR-GPS のキャンペーンデータの概要についてまとめた発表もあった。
その南極半島の結果には、
海洋による荷重の影響が最もよく現れていることが示されている。
これに対して、北極域のカナダ盾状地やバルト盾状地においても、絶対重力観測網や検潮儀データによ
り、それぞれハドソン湾やバルト海中央部に隆起の目玉があることが確認されている。P. Wu 氏からは、
非線型レオロジーを用いての有限要素法によるカナダ盾状地のリバウンドの計算が示された。特にハドソ
ン湾周辺部での隆起量が著しい。また水平方向の速度分布は、ハドソン湾を離れるにつれて大きくなり、
マントルのレオロジーを考察する上で重要であることが指摘された。
氷床後退に伴う地殻隆起による地震発生の可能性は、北極域ではバルト海周辺において Wu et al. (1999)
により指摘されている。しかし、同様な氷床後退がみられる南極域ではこれまで関連した地震発生の報告
はなかった。ごく微小な地震は観測されていたが、今回のM8クラスは皆無であった。この南極巨大地震
の発生原因としては、海洋性プレート内部の変形や新しいフラクチャーゾーンの存在等と共に、氷床後退
に伴う地殻変動による原因の可能性も指摘されている。しかし、現在のプレートテクトニクス理論からは、
発生原因を正確には説明できないため、この地震メカニズムを関係研究者とさらに共同解析することで、
南極プレート内における氷床変動と地殻変動・地震発生について新たな知見が得られると期待される。今
後、地震断層の推定パラメーターから震源周辺の応力分布が再計算され、氷床のリバウンドによる影響が
さらに精密に再現されるであろう。
また、グリーンランドの深層掘削計画(GRIP(Greenland Ice Core Program)、N-GRIP)によるコア掘
削 デ ー タ と の 比 較 に よ る 氷 床 内 部 構 造 の 推 定 、 SLR ( Satellite Laser Ranging) 、 DORIS ( Doppler
Orbitography and Radiopositioning Integrated by Satellite)といった衛星のトラッキングデータによ
る氷床の質量バランスに関する考察、さらに ICESAT/GLAS(Geoscience Laser Altimeter System)レーザ
ー高度計や GRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment) 衛星との結合による氷床の変動研究の講
演もあり、衛星・航空機・地上・さらには氷床内部といった各種のデータを相互に突き合わせて考察する
ことの重要性が再確認された。
5. 測地衛星ミッションと航空機サーベイ
重力場の測定ミッションを目的とした衛星関連では、2000 年7月に打ち上げられた CAHMP(CHAllenging
Mini-Satellite Payload)に続き、GRACE, GOCE(Gravity field and Ocean Circulation Explorer), SSI
(Sattelite to Sattelite Interferometory)等がこの数年間に打ち上げられる予定であり、cm 精度でのジ
オイドモデルの構築が継続される。打ち上げられる測地衛星の順番に、特に短波長側での精度が上がり、
科学的な目的としては固体物理のみならず海洋大循環・氷床流動・測地学的研究・海水準変動など多岐に
わたる。
GGG2000 全体としては、この衛星ミッションに関する講演がかなりのボリュームに相当したが、衛星の
技術的な発表が多いように感じた。静的な重力場のみならず、その時間的変動についても今後詳細に解析
することが可能になるであろう。4. で述べたように、すでに氷床リバウンドに関連した重力場変動現象
も考察されはじめており、他の観測項目と併用しながら静的・動的な地球ダイナミクスを解明することが
さらに期待される。
また極域における地球物理的な航空機観測については、北極海域ではすでに 10 カ国程度により共同研
究が行われている(Arctic Gravity Project)のに対し、南極域では各国が自国の越冬基地の周辺域を中
心に大陸全体をカバーするように、共同して運行・観測を行う方針としている(図3)。しかし、特に高
緯度での衛星軌道の少なさや精度の悪さ、また内陸部が海岸部に比べて航空機でさえもアプローチがいま
だに困難である等の理由により、他緯度の地域に比べてデータの質が未だに劣るのが現状である。そのた
め、地上展開によるデータ取得はそれらを補うものであり、特にこれまでデータの少ない内陸域での重力
測定点は、極域における氷床の流動・変形機構と地殻構造の推定にとって貴重なデータとなることを改め
て認識した。「極域における特別セッション」では、グリーンランド全域と北極海において航空重力観測
が精力的になされ(先の Arctic Gravity Project による成果)、北極海域もかなり広範囲において重力異
常図が得られていることが示された。
6.南極域のサブ・コミッション
シンポジウム開催中に、南極観測研究に関連する2つのコミッションがあり日本代表として参加した。
これらは SCAR-GGI(Geodesy and Geographic Information)のワーキンググループや ANTEC(Antarctic
Neotectonics)プロジェクト、さらに IAG における南極重力プロジェクト(Antarctic Gravity Project:
AGP)とも、お互いに関連しながら進める性質のものである。コミッションの進行は、いずれも SCAR-GGI
に参加した A.Capra 氏(イタリア)であった。
一つは地殻の変形(Crustal Deformation)に関するコミッションで、主な活動として共通理解を得た
ことは、1) GPS,検潮儀、VLBI(Very Long Baseline Interferometry)、DORIS、絶対重力の諸観測の積極
的な情報交換、2) 南極におけるレファレンスシステムの作成、3) 共通のデータ STORAGE の作成、4) 南
極域の速度場(Antarctic Velocity Field)の作成、ならびに 5) グローバルモデルの南極域でのキャリ
ブレーションの実施、等である。
もう一つのコミッションは、南極での航空重力(Antarcitc Airborne Gravity)のコミッションであり、
主な活動として、1) 海域や航空重力データなど全てを含む南極域のデータベース(Antarctic Digital
Gravity Synthesis)の作成、2) 衛星重力ミッション(CHAMP、GRACE、GOCE、等)データの積極的な追加、
3)航空機重力測定を中心とした AGP の推進、等が上げられる(図3)。
今回の GGG2000 は IAG の主催であること、また直前の7月に東京オリンピックセンターで行われた SCAR
総会に出席した研究者も多く参加していたこと、等により正規のセッション以外にも、6.で述べたものを
含めて計 10 以上のサブ・コミッションが活発に催された。
7. カナダの構造探査プロジェクト
GGG2000 シンポジウムの直前に、カナダの主要大学や地質調査所を中心とした大陸地殻構造探査の国家
プロジェクト(LITHOPROBE)の拠点である、ブリティッシュ・コロンビア大学(バンクーバー)の R. Clows
氏(全体の総括)と、カルガリー大学の F. Cook 氏(Seismic Processing Facility に所属)とを各1日
つづ訪問し、南極での構造探査や LITHOPROBE の現状の情報交換を行った。
LITHOPROBE は、近年世界中で最も活発に大規模な反射法探査を行なっているトランセクトであり、ハド
ソン湾を中心としたローレンシア盾状地の、先カンブリア時代以降の成長過程が顕著に解明されつつある。
現在は特に、カナダ北西部の SNORCLE トランセクト(図4)が活発に行われている。太古代・原生代地殻
同士の衝突による下部地殻の剥離現象(デラミネーション)の構造も複数報告され、さらに太古代の大陸
-島弧衝突過程における島弧付加プリズムの重要性も指摘されている。
46 億年に及ぶ地球規模の進化過程と環境変動との関係を議論する上で、南極をはじめとするゴンドワナ
超大陸を構成していた大陸群と、カナダ盾状地に代表される北半球のクラトン群の結果とを対比し、南北
両半球に存在した超大陸の形成分裂史を解明することが今後期待される。
8.おわりに
以上により極域における地球ダイナミクスの解明に向けて、今回の研究集会参加により大変有益な情報
交換と将来に向けた議論ができたと言える。南極域における地殻構造とその変形過程、ならびに大陸氷床
の内部構造とその消長過程を、今回のシンポジウムで十分に議論する機会を得た。ここに記して日本学術
振興会にお礼を申し上げます。また、この報告を掲載して頂いた日本極地研究振興会に合わせて感謝の意
を表します。
なお次回の関連する会合としては、AGS (Antarctic Geodesy Symposium、2001 年)、IAG 総会 (2001 年)
が予定されている。さらに、氷床によるリバウンドに関連したシンポジウム(IAG International Symposium
on Recent Crustal Movements)が、2001 年8月にヘルシンキ(フィンランド)で行われる予定である。
(図・写真の説明)
図1:1998 年3月 25 日に発生した南極巨大地震のメカニズム(主に東西方向に押す力が働いたことを示
す)(Tsuboi, et al., 2000)。
図2:氷床リバウンドモデルによる地殻の応答率(鉛直および水平方向)
(James and Ivins, 1998)。
図3:Antarctic Gravity Project による各国の調査範囲。
図4:カナダ盾状地の地質区分と LITHOPROBE のトランセクト。
写真1:
バンフ・センターの正面玄関にて、シンポジウムツアーの前。
写真2:
日本人参加者(左より、古谷正人氏(東京大学)、著者、黒石裕樹氏(国土地理院)
、
福田洋一氏(京都大学)
)
。東 敏博氏(京都大学)による撮影。