方言のモーラ* —記述言語学的な視点から

北海道言語文化研究
No. 11, 49-62, 2013
北海道言語研究会
ノ ル ウ ェ ー 語 Sandnes( サ ン ネ ス ) 方 言 の モ ー ラ *
—記述言語学的な視点から—
三村 竜之
On the Morae in Sandnes Norwegian
− From a Descriptive Linguistic Viewpoint−
Tatsuyuki MIMURA
Abstract: In the recent works on Norwegian phonology, mora is claimed to be necessary in addition
to syllable. The author takes the standpoint that, while syllable is inherent in any language, the
necessity of mora depends on languages and on whether it will provide a better explanation of their
phonological phenomena. Starting from this position, and critically examining the mora in Sandnes
Norwegian as well as in recent phonological theories, the author points out that the phenomena
claimed to be “better” explained using the mora can actually be explained without it, and that
several prosodic aspects of the dialect, such as accents and syllable structure, can be “better”
explained using syllable alone; thus mora lacks the explanatory power and raison d’être. From these
arguments, the author concludes that mora is unnecessary in the phonology of Sandnes Norwegian.
キ ー ワ ー ド : モーラ、音 節 の短 縮 化 、複 合 語 形 成 、アクセント、記 述 言 語 学
1. 序
1.1 本 研 究 の 目 的 と そ の 背 景
本 論 文 の目 的 は、ノルウェー語 Sandnes(サンネス)方 言 (以 下 、Sandnes 方 言 とする)の音 韻 論
における「モーラ」の概 念 を、記 述 言 語 学 の立 場 から、特 にその「必 要 性 」と「有 用 性 」に着 目 しな
がら批 判 的 に考 察 を行 うことにある。
筆 者 は、Sandnes 方 言 のアクセント解 釈 に関 する拙 案 を既 に公 にしたが(2011, 2012a)、これに
対 して理 論 的 な問 題 点 の指 摘 を受 けた。これが、Sandnes 方 言 における「モーラ」の概 念 を批 判
的 に検 討 するに至 ったそもそもの動 機 である。
Sandnes 方 言 は 、 語 に 主 強 勢 を 担 う 音 節 が 必 ず 一 つ あ り 、 そ の 音 節 に は (主 と し て )「高 平 調
high-level tone」(ゲルマン語 学 の伝 統 では「アクセント 1」と呼 ぶ)と「下 降 調 falling tone」(アクセ
ント 2)の二 種 類 の音 調 のいずれかが伴 う(具 体 例 は稿 末 の付 録 を参 照 )。このような音 調 の音 韻
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
三村 竜之
論 的 な解 釈 案 として、筆 者 は以 下 に要 約 するような拙 案 を既 に公 にした(拙 稿 2012a):
(1)
a.「高 平 調 」と「下 降 調 」の二 種 類 の音 調 は「下 降 調 」という一 種 類 の音 調 に還 元 される。
b. アクセント対 立 において有 意 義 な特 徴 は音 調 の「向 き(種 類 )」ではなく、当 該 音 節 内
部 で下 降 するか音 節 末 尾 で下 降 するかの「位 置 (タイミング)」の違 いである。
筆 者 のこの主 張 に対 して、次 のような問 題 点 が私 信
1)
にて指 摘 された:
(2) 拙 案 に対 する問 題 点 :
(筆 者 の唱 えるような)音 調 の下 降 の位 置 の違 い、即 ち、主 強 勢 を担 う音 節 の「内 部 」での
下 降 と「直 後 」での下 降 という位 置 の差 異 をアクセントの弁 別 的 な特 徴 であるとする解 釈 は、
(日 本 語 アクセント論 で言 うところのアクセント核 に相 当 する)下 降 調 の担 い手 である音 節 を
「割 る」ことを意 味 し、下 降 調 の担 い手 としてのモーラの存 在 の可 能 性 を考 慮 する必 性 が
自 ずと生 じることになる。
このような問 題 点 の指 摘 を承 けて、筆 者 は拙 論 (2012b)において Sandnes 方 言 におけるモーラ
の概 念 の検 討 を試 みたが、本 稿 では、さらに拙 論 (2012b)に対 して寄 せられた意 見 を踏 まえて筆
者 のモーラに対 する理 論 的 立 場 を明 確 にした上 で、改 めて Sandnes 方 言 におけるモーラの概 念
の有 用 性 や必 要 について批 判 的 に検 討 する。
そもそも筆 者 は予 てから、音 節 が音 声 言 語 にとって不 可 欠 な単 位 であるのに対 し、モーラは「持
つ」言 語 と「持 たない」言 語 があり、当 該 言 語 の音 韻 論 を記 述 する上 で必 要 であれば設 定 する、と
考 えてきた(拙 稿 2008; 詳 細 は上 野 2001 及 び本 稿 1.4 節 を参 照 )。このような立 場 を前 提 として
本 稿 では、筆 者 がフィールドワークにより採 取 した一 次 資 料 2) に基 づき、特 に音 節 構 造 とアクセン
トの二 点 に関 連 付 けながら、個 別 言 語 と一 般 音 韻 理 論 の両 面 からモーラの概 念 の有 用 性 や必
要 性 、並 びにその問 題 点 について詳 細 に論 じる。そして、Sandnes 方 言 において「モーラ」を設 定
することは、理 論 的 に困 難 であり且 つ不 要 であると結 論 づける。
1.2 Sandnes 方 言 の 概 要
Sandnes 方 言 の話 される Sandnes はノルウェー南 西 部 に位 置 する Rogaland 県 の一 都 市 である
(詳 細 な位 置 関 係 に関 しては稿 末 の図 を参 照 のこと)。2012 年 6 月 の統 計 では約 6 万 8 千 人 の
人 口 を有 しており、2013 年 にはノルウェーで 7 番 目 に大 きな都 市 になると見 込 まれている(典 拠 :
http://www.sandnes.kommune.no)。
ノルウェー南 東 部 の方 言 を基 盤 とする標 準 方 言 Bokmål と比 較 すると、Sandnes 方 言 は分 節 音
の点 では様 々な特 徴
3)
を示 すものの、韻 律 的 な側 面 においてはそれほど大 きな特 徴 は示 さず、
アクセント音 調 の具 体 的 な型 の違 い(拙 稿 2012a: 229)や「前 気 音 preaspiration」(拙 稿 2012c)
の存 在 、また筆 者 が本 研 究 において(暫 定 的 に)「寸 詰 まり現 象 」と呼 ぶ音 節 の短 縮 化 現 象 (詳
細 は 3.1 節 を参 照 )を指 摘 できる程 度 である。
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なお、既 に一 連 の拙 論 (例 えば、2011, 2012a)で度 々述 べてきたように、Sandnes 方 言 の音 声 学
及 び音 韻 論 に関 する先 行 研 究 は全 体 的 には乏 しい。分 節 音 に関 しては Oftedal(1947)などの
記 述 研 究 や Dommelen(1999)などの実 験 音 声 学 的 研 究 などが散 見 される一 方 で、アクセントに
関 する研 究 報 告 や調 査 資 料 は極 めて少 なく、管 見 に及 ぶ範 囲 では筆 者 の一 連 の論 考 を除 いて
はほとんどなく、音 声 面 での類 似 性 の高 い近 隣 の方 言 である Stavanger 方 言 を扱 ったもの(例 え
ば Selmer(1927)や Vanvik(1956)など)が辛 うじて参 照 可 能 であるに過 ぎない。
1.3 本 研 究 に お け る 言 語 記 述 の 態 度
既 に冒 頭 でも述 べたように、本 研 究 は記 述 言 語 学 的 な立 場 に基 づいて Sandnes 方 言 並 びに音
韻 理 論 において唱 えられているモーラの概 念 を検 討 する。この言 葉 の意 図 するところは、生 成 音
韻 論 や最 適 性 理 論 などのいわゆる既 存 の音 韻 理 論 の枠 組 みに基 づいて一 般 理 論 を構 築 するの
ではなく、飽 くまでもフィールドワークを通 じて得 られた一 次 資 料 を過 不 足 無 く説 明 することにのみ
考 察 の範 囲 を限 定 するということである。
ここで留 意 すべきは、本 研 究 において筆 者 のとる「記 述 的 」立 場 と既 存 の音 韻 理 論 における枠
組 みが二 者 択 一 の相 容 れない研 究 姿 勢 というわけではなく、飽 くまでも当 該 言 語 の音 韻 現 象 を
捉 える二 つの異 なる視 点 であるに過 ぎないという点 である。敢 えて(不 適 切 であるとのそしりを免 れ
ないことを承 知 の上 で) 例 えるならば、筆 者 の唱 える記 述 研 究 は料 理 における「食 材 」、あるいは
「食 材 」を飼 育 ・栽 培 する「生 産 者 」であり、音 韻 理 論 はその材 料 を調 理 する「料 理 人 」と言 えよう。
音 韻 理 論 の枠 組 みに基 づく理 論 的 研 究 の重 要 性 が言 を俟 つまでもないことは、筆 者 自 身 、十
た
二 分 に理 解 している。しかしながら、そのような理 論 的 研 究 に堪 える言 語 は、英 語 や日 本 語 などを
始 めとする「記 述 」の極 めて進 んだ一 部 の言 語 に未 だ限 られると筆 者 は考 えている。従 って、既 に
言 及 したように、利 用 可 能 な資 料 自 体 の乏 しい Sandnes 方 言 に関 しては、仮 にモーラのように「普
遍 性 」が久 しく唱 えられている単 位 を扱 うにせよ、まずは Sandnes 方 言 という個 別 言 語 の内 部 にお
いて、その音 韻 論 の全 体 像 と関 連 づけて捉 えていくべきである。このような背 景 を鑑 みて、本 研 究
では敢 えて記 述 言 語 学 的 な立 場 をとるのである。
1.4 筆 者 の モ ー ラ 観 : 議 論 の 出 発 点 と し て
近 年 、音 韻 理 論 の世 界 では、世 界 の多 くの言 語 において「音 節 」と「モーラ」が二 者 択 一 な単 位
ではなく、単 一 の韻 律 体 系 において共 存 し得 る単 位 であると主 張 されている。一 般 的 に広 く認 め
られている例 としては、英 語 にも音 節 の他 にモーラがあるという主 張 がある(例 えば、窪 薗 (2002)
を参 照 )。
しかしながら、既 に述 べたように、筆 者 はこのようなモーラの「普 遍 性 」に対 して予 々懐 疑 的 であ
る。というのも、モーラの概 念 に関 してしばしば問 題 点 として指 摘 される点 であるが、「普 遍 的 」であ
ると主 張 されるモーラの概 念 の定 義 がそもそも不 明 確 且 つ不 十 分 であり、「英 語 のモーラ」や「日
本 語 のモーラ」など個 々の言 語 間 の異 同 にも拘 らず、当 該 言 語 の音 韻 論 的 記 述 におけるそもそ
もの必 要 性 に関 する十 分 な議 論 を経 ないまま、普 遍 性 や有 用 性 ばかりが強 く主 張 されてきた感 が
あるからである。
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
三村 竜之
筆 者 は上 野 (2001: 8)に倣 い、音 節 は音 声 言 語 にとって不 可 欠 であり、したがって自 然 言 語 の
全 てに必 要 な単 位 であると捉 えるが、一 方 、モーラは言 語 によって持 つものと持 たざるものがあり、
、、
それ故 、当 該 言 語 の音 韻 現 象 を説 明 する上 で必 要 且 つ有 用 であるならば設 定 すべきであると考
える。
こ の よ う な 前 提 に 立 つ た め 、 例 え ば McCarthy and Prince ( 1995: 320 ) の 唱 え る “ Prosodic
Hierarchy” において含 意 されるような「音 節 とモーラの(階 層 的 な)共 存 関 係 」は、筆 者 が採 る音
韻 論 的 記 述 の少 なくとも出 発 段 階 では無 批 判 には想 定 してはいない。また、例 えば「音 節 」と「モ
ーラ」をそれぞれ「パラメータ」として設 定 し、音 韻 現 象 に合 わせてパラメータの選 択 (あるいは切 り
替 え)を行 う、とする立 場
4)
も前 提 とはしていない。換 言 するならば、筆 者 にとってモーラは「初 め
から」言 語 に備 わっているものではなく、必 要 であるならば、然 るべき手 順 を経 て論 理 的 (帰 納 的 )
に「導 かれる」べきものである。
以 上 、従 来 の既 存 の音 韻 理 論 の枠 組 みからすると些 か特 異 に映 るかもしれないが、本 研 究 は
自 然 言 語 におけるモーラの「存 在 」を前 提 として議 論 を出 発 しているのではない、という点 に改 め
て留 意 されたい。
2. 「 モ ー ラ 」 の 利 点 と 問 題 点
2.1 Sandnes 方 言 に お け る モ ー ラ
既 に言 及 したように、Sandnes 方 言 の音 韻 論 に関 する先 行 研 究 は極 めて乏 しく、管 見 に及 ぶ範
囲 ではあるものの、モーラに関 する論 考 も皆 無 である。しかしながら、幸 いにして Sandnes 方 言 の
音 節 は 、 筆 者 の 調 査 の 限 り で は あ る も の の 、 音 素 配 列 論 ( phonotactics ) や 音 節 量 ( syllable
weight)に関 わる側 面 に関 しては Bokmål とほぼ同 一 と結 論 づけてよい程 の共 通 した特 徴 を有
しており、さらに Bokmål は、仮 に音 節 構 造 にテーマを限 定 したとしても、極 めて多 くの先 行 研 究
が存 在 する。そこで本 節 では、Kristoffersen(例 えば 1992, 2000)の唱 える Bokmål におけるモー
ラの概 念 を仮 想 の「先 行 研 究 」とし、批 判 並 びに検 討 を加 えることにする。
Kristoffersen(1992: 196, 2000: 177)に倣 うと、Sandnes 方 言 の音 節 とモーラとの間 の関 係 は以
下 のように示 すことができると考 えられる(VV は長 母 音 を表 わす; 音 節 頭 子 音 (onset)は全 て C
一 つで代 用 する):
(3) モ ー ラ 数
具体例
5)
音節構造
伝 統 的 な音 節 構 造 の分 類
1モーラ音 節 : på 「〜の上 に」
CV
軽音節
2モーラ音 節 : ti[:]「時 間 」
CVV
重音節
hvi[:]d「白 」
CVVC
超重音節
kost「ブラシ」
CVCC
超重音節
klipp「刈 り込 み」
CVCC
超重音節
norsk「ノルウェー語 」 CVCCC
超 々重 音 節 ?
このように Sandnes 方 言 の音 節 をモーラの概 念 に基 づいて捉 えることで、いかなる理 論 的 な利 点
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がもたらされるであろうか。以 下 、想 定 される理 論 的 なメリットとして、英 語 などの研 究 において提
唱 されてきた「最 大 性 制 約 」と「最 小 性 制 約 」(窪 薗 2002)を取 り上 げ、それぞれ批 判 的 に検 討 し
ていく。
2.2 最 大 性 制 約
Sandnes 方 言 の音 節 においては -VCC という音 配 列 は許 容 される一 方 、-VVCC という配 列 は、
以 下 に示 す僅 かな例 外 を除 いては許 されない:
(4)
a. spi[:]st「食 べる pp. 6) 」(< spi[:]sa「食 べる inf.」)
b. gu[:]lt「黄 色 い sg.neut.」(< gu[:]le「黄 色 い sg.masc./fem.」)
音 節 末 子 音 の数 という点 では -VCC と-VVCC のいずれの音 節 構 造 も共 通 しているが、なぜ音
節 核 音 (nucleus)が V である場 合 は適 格 で VV である場 合 は不 適 格 なのか。この問 いには、英 語
や日 本 語 において仮 定 されている「3 モーラを越 える音 節 は不 適 格 である」という最 大 性
(maximality)制 約 (窪 薗 2002: 64-68)を Sandnes 方 言 にも仮 定 することで、答 えを出 すことが可
能 であると考 えられるが、この制 約 には次 の二 つの問 題 点 があると筆 者 は考 える。
まず第 一 に、最 大 性 制 約 を仮 定 するには、音 節 末 子 音 (coda)のそれぞれに1モーラの資 格 を
与 えることが前 提 となるが、その根 拠 が何 であるか Sandnes 方 言 においては明 確 ではない 7) 。少 な
くとも Sandnes 方 言 では、-VC、-VCC、-VCCC のいずれの音 節 も(例 えばストレス付 与 などの点
において)音 韻 論 的 に異 なった扱 いを受 けることはなく、音 節 末 子 音 を成 す C のそれぞれを 1 モ
ーラと認 定 しなくてはならない内 的 証 拠 は見 つからない。
第 二 に、仮 に音 節 末 子 音 の C 一 つ一 つに1モーラの資 格 を認 定 できたとしても、反 対 に最 大 性
制 約 が成 り立 たなくなってしまう。というのも、Sandnes 方 言 には blomst「花 」や kunst「芸 術 」に見 ら
れるように -VCCC の構 造 を有 する一 音 節 語 が多 数 存 在 し、音 節 末 子 音 のそれぞれを 1 モーラと
する立 場 をとると、これらの一 音 節 語 は全 て 4 モーラ音 節 と見 なされることになり、最 大 性 制 約 の
明 らかな違 反 となる。このような反 例 が存 在 するという事 実 は、そもそもの制 約 自 体 の正 当 性 を揺
るがすと同 時 に、その制 約 の基 盤 となっているモーラそのものの存 在 意 義 が問 われることを意 味
する。
2.3 最 小 性 制 約
例 えば、Sandnes 方 言 と同 系 統 の言 語 であるデンマーク語 では、ごく一 部 のフランス語 からの借
入 語 に限 定 はされるものの、「短 母 音 開 音 節 」(つまりは CV 音 節 )に強 勢 が現 れる語 が存 在 する
(便 宜 的 に強 勢 の所 在 を大 文 字 で表 わす):
(5)
a. byRÅ 「事 務 所 」(*byRÅ[:])
b. bufFET 「ビュッフェ」(*bufFE[:]T)【末 尾 の t はフランス語 と同 様 に黙 字 】
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
三村 竜之
一 方 、Sandnes 方 言 では、(5)に示 したようなフランス語 からの借 入 語 であっても、強 勢 を担 う音
節 は「短 母 音 開 音 節 」であることは許 されない。このような強 勢 と音 節 構 造 の間 に見 られる一 種 の
共 起 制 限 は、従 来 の音 韻 理 論 において最 小 性 制 約 (minimality constraint)と呼 ばれる「語 【単
音 節 語 : 筆 者 注 】の長 さとしては 1 モーラは短 すぎる」という制 約 (窪 薗 2002: 60-64)を仮 定 する
ことで説 明 が可 能 になると考 えられる。
しかしながら、この最 小 性 制 約 を説 明 する上 ではモーラを用 いる必 要 はまったく無 いと筆 者 は考
える。というのも、強 勢 を担 う音 節 (窪 薗 の主 張 する単 音 節 語 )が CV という音 節 構 造 を回 避 すれ
、 、 、 、、、 、
ばよいのであれば、単 に「強 勢 を担 う音 節 は軽 音 節 では不 可 」とだけ規 定 すれば十 分 だからであ
る。つまり、わざわざモーラという概 念 を持 ち出 すまでも無 く、音 節 の概 念 だけで十 分 に説 明 が可
能 なのである。
本 質 的 には表 す内 容 が同 じであるにもかかわらずモーラという新 たな用 語 で言 葉 の置 き換 えを
行 うことは、全 体 的 な議 論 を不 必 要 に複 雑 にするだけで益 するところはないのではないか。
3. Sandnes 方 言 に モ ー ラ は 必 要 か ?
3.1 音 節 の 「 寸 詰 ま り 」 現 象
さらに、Sandnes 方 言 には、モーラの存 在 を疑 問 視 させる韻 律 現 象 が存 在 する。それが、本 稿 に
おいて筆 者 が「寸 詰 まり現 象 」と呼 ぶ音 節 の短 縮 化 現 象 である。
Sandnes 方 言 では、例 えば ka[:]ga「ケーキ」や cella「細 胞 」のように、主 強 勢 を担 う音 節 に長
母 音 を含 む -VV(C)(V) や重 子 音 (geminated consonants)を含 む -VCC(V) のいずれかの構
造 を 有 す る 語 が 複 合 語 の 後 部 要 素 と し て 現 れ た 場 合 、 あ た か も 短 母 音 や 単 子 音 ( singleton
consonants)を含 む -V(C)(V) であるかの如 く「寸 詰 まり」に短 縮 されて発 音 される。具 体 例 を以
下 に示 す:
(6)
a. (i) ti[:]「時 間 」> -ti [-t h i]
(例 : årsti「季 節 」; cf. år「(暦 の)年 」)
(ii) ka[:]ga「ケーキ」> -kaga [-k h A.gA]
(例 : sjokoladekaga「チョコレートケーキ」)
b. (i) cella [sel.la]「細 胞 」> -cella [-se.la]
(例 : sædcella「精 子 」; cf. sæd「種 」)
(ii) panna [p h an.na]「平 鍋 」> -panna [-p h a.na]
(例 : steigepanna「フライパン」; cf. steiga「焼 く」)
この短 縮 化 現 象 に関 して注 目 すべきは「後 部 要 素 の音 節 数 」である。既 に (3) に示 したモーラ
に基 づく音 節 の一 般 化 に倣 えば、(5) に示 した複 合 語 後 部 要 素 は、それぞれ ti[:] では「2モー
ラ」から「1モーラ」へ、ka[:]ga などその他 の場 合 では「3モーラ」から「2モーラ」へと短 縮 された、
という説 明 がおそらくなされるであろうと思 われる。つまり、「モーラ」のレベルでは数 が減 少 している
が、その一 方 で、後 部 要 素 自 体 の音 節 数 は保 たれている点 に着 目 されたい。
北海道言語文化研究
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Sandnes 方 言 は 、 英 語 な ど そ の 他 の ゲ ル マ ン 諸 語 と 同 じ く 「 強 勢 拍 リ ズ ム ( stress-timed
rhythm)」の言 語 であり、従 って、複 合 語 のような長 い(つまりは音 節 数 の多 い)語 ではリズムの等
時 性 を保 つために発 音 時 間 を短 く調 整 する必 要 が生 じると推 測 される。おそらく Sandnes 方 言 で
は語 の長 さを音 節 数 を数 えることで測 っており、そのため、後 部 要 素 を「寸 詰 まり」に発 音 すること
で、複 合 語 全 体 の長 さ(つまりは音 節 数 )は保 持 しつつ、全 体 の発 音 時 間 の調 整 を可 能 にしてい
るのだと考 えられる。伝 統 的 な定 義 に倣 いモーラを「語 や音 節 の長 さを測 る単 位 」であると捉 えた
場 合 、仮 に Sandnes 方 言 にモーラが存 在 するとするならば、このような「寸 詰 まり」現 象 は起 こりえ
ないのではないだろうか。
さらに、そもそも、ここで述 べた音 節 の「寸 詰 まり」を、モーラの概 念 を用 いて2や1という「整 数 値 」
として「離 散 的 」に捉 えることが果 たして可 能 であるのか疑 問 が残 る。というのも、インフォーマント
に内 省 してもらい、「寸 詰 まり」を起 こした後 部 要 素 をリズムを刻 み「数 え」ながら発 音 してもらうと、
単 独 形 の場 合 と同 じく、-kaga は -ka[:].ga と、また -cella は -cel.la と区 切 るのである。仮 にイン
フォーマントにとってモーラが離 散 的 な単 位 として認 識 されており、且 つまた音 節 の短 縮 化 がモー
ラ数 の現 象 であるならば、インフォーマントは「寸 詰 まり」を起 こした後 部 要 素 を -ka.ga や -ce.la と
区 切 るのではないだろうか。
以 上 のことから、音 節 の「寸 詰 まり」現 象 は Sandnes 方 言 におけるモーラの存 在 を疑 問 視 させる
のみならず、モーラでは現 象 の説 明 自 体 が不 可 能 であることを示 していると結 論 づけられる。
3.2 ア ク セ ン ト 解 釈 の 簡 略 化
さらにモーラを設 定 しないことで、これまで筆 者 が主 張 してきたアクセント解 釈 をより簡 略 (経 済
的 )で、且 つ音 声 学 的 により自 然 な解 釈 へと改 訂 しうるという利 点 もある。モーラを用 いず音 節 の
みで Sandnes 方 言 のアクセント解 釈 を行 い、以 下 のように拙 案 を修 正 する:
(7)
a. アクセント 1 に関 して:
(i) アクセント核 に相 当 する音 調 は指 定 しない(日 本 語 アクセント論 でいう「無 核 型 」)
(ii)「高 平 調 」は主 強 勢 が音 声 的 に実 現 したものである
b. アクセント 2 に関 して:
音 節 内 部 における音 調 の下 降 調 は、(モーラではなく)音 節 自 体 に与 えられた「下
降 調 」が実 現 したものである
なお、既 に拙 論 において触 れたように、例 えば avis「新 聞 」や matematikk「数 学 」のような末 尾 強
勢 ( oxytone ) の 語 ( ア ク セ ン ト 1 と 解 釈 ) で は 、 強 勢 を 伴 う 音 節 に は 任 意 で 下 降 調 も 現 れ う る
(2012a: 82)が、拙 案 ではこれを「(後 続 音 節 がないため)音 節 末 に与 えられた下 降 調 が実 現 せず、
、、
(音 節 内 部 は音 調 が指 定 されておらず自 由 なため)発 話 末 の下 降 イントネーションが現 れた」もの
として解 釈 してきた(2012a: 89)。これに対 して改 定 案 では、当 該 音 節 にはそもそも音 調 が指 定 さ
れておらず、従 って当 該 音 節 に観 察 される下 降 調 は単 に発 話 末 の下 降 イントネーションが実 現 し
たものとして捉 えることができ、より簡 略 で且 つ自 然 な説 明 が可 能 となる。
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
三村 竜之
以 上 の修 正 案 を踏 まえると、アクセント対 立 における弁 別 的 な特 徴 は以 下 のように修 正 される:
(8) アクセント対 立 において弁 別 的 な特 徴 は、アクセント核 である下 降 調 の「位 置 」の違 いでは
なく「有 無 」(日 本 語 アクセント論 で言 うところの「無 核 型 」と「有 核 型 」)の違 いである
修 正 案 ではこれまで拙 案 で主 張 してきた下 降 調 の「位 置 」を指 定 する必 要 がなくなるため、記 述
が全 体 的 に簡 便 となる。
以 上 述 べたように、モーラを用 いずとも音 節 のみで Sandnes 方 言 のアクセントを過 不 足 無 く説 明
することが可 能 となるだけでなく、音 声 学 的 により自 然 で且 つ簡 略 な説 明 が可 能 となる。
5. 結 語
5.1 ま と め
以 上 、本 稿 では、ノルウェー語 Sandnes 方 言 におけるモーラの概 念 について、記 述 言 語 学 的 な
立 場 に基 づきその必 要 性 と有 用 性 に着 目 しながら、批 判 的 に検 討 を加 えてきた。本 稿 で議 論 を
要 約 すると以 下 の通 りとなる:
(9)
a. 音 節 の「最 大 性 制 約 」や「最 小 性 制 約 」など、モーラを用 いることで優 れた説 明 が可
能 であると考 えられる(あるいは唱 えられてきた)現 象 が、モーラを用 いずとも音 節 のみ
で説 明 が可 能 であり、またモーラを用 いることにより制 約 自 体 が成 立 しなくなるという
危 険 がある。
b. 音 節 の「寸 詰 まり現 象 」のように、モーラの存 在 を疑 問 視 させるだけでなく、モーラを
用 いるとその実 体 が十 分 に捉 えることができない現 象 が存 在 する。
c. アクセント解 釈 のように、モーラを用 いず音 節 のみで解 釈 を行 う方 が、より簡 略 で且 つ
自 然 な説 明 が可 能 な現 象 が存 在 する。
以 上 から、Sandnes 方 言 の音 韻 論 においては、モーラは理 論 的 に設 定 し得 ない単 位 であるのみ
ならず、説 明 力 や有 用 性 を欠 く設 定 の必 要 の無 い単 位 であると結 論 づけることができる。
5.2 今 後 の 課 題
本 稿 で「モーラ」を批 判 的 に論 ずる際 に傍 証 として取 り上 げた「音 節 の短 縮 化 現 象 」並 びに「モ
ーラ」に関 して導 いた結 論 を踏 まえて新 たに提 案 した「アクセント解 釈 」に関 して、以 下 に述 べるよ
うな解 決 すべき二 点 の問 題 点 が未 だに残 されている。
まず第 一 に、音 節 の「寸 詰 まり」現 象 に関 してであるが、以 下 に示 す二 つの点 が未 だに不 明 で
ある。まず一 つ目 の点 として、「寸 詰 まり」現 象 が果 たして義 務 的 に生 じる現 象 であるか否 かに関
して、未 だ明 確 な結 論 に至 っていない点 が挙 げられる。既 に論 じてきたように「寸 詰 まり」現 象 は複
合 語 の後 部 要 素 において観 察 される現 象 であるが、例 えば da[:]g「日 」を後 部 要 素 とする複 合 語
では、あるものは必 ず「寸 詰 まり」が起 こるのに対 し、あるものは必 ず「寸 詰 まり」が起 こらない:
北海道言語文化研究
No. 11, 49-62, 2013
(10)
北海道言語研究会
a.「寸 詰 まり」現 象 が必 須 である例 :
(i)
(ii)
(iii)
fredag [-dAg]「金 曜 日 」(他 の曜 日 名 も同 様 )
middag [-dAg]「正 餐 」(ドイツ語 Mittag に由 来 か?)
bursdag [-dAg]「誕 生 日 」(英 語 の birthday あるいはドイツ語 Geburtstag に由
来 か?)
b.「寸 詰 まり」現 象 が不 適 格 である例 :
(i)
(ii)
(iii)
D-dag [-dA:g]「X デー」
fridag [-dA:g]「休 日 」(cf. fri[:]e「自 由 な」)
ugedag [-dA:g]「ウィークデー」(cf. uge「週 」)
上 に示 した二 つの-dag の持 続 時 間 の違 いは、無 論 、インフォーマントも確 実 に聞 き分 けることが
でき、且 つ内 省 することが可 能 である(従 って、観 察 者 である筆 者 の「聞 き間 違 い」という可 能 性 は
否 定 される)。しかしながら、確 実 に内 省 が可 能 である一 方 で、インフォーマント自 身 の発 音 に「ゆ
れ」と(筆 者 には)捉 えられる場 合 も少 なくなく、従 って、「寸 詰 まり」現 象 が果 たして「語 音 」のレベ
ル、つまりは音 素 列 のレベルで生 じているのか、あるいは当 該 音 節 が音 声 学 的 なレベルで実 現 す
る上 で生 じている現 象 なのか、疑 問 が残 る。
また、-dag を後 部 要 素 とする複 合 語 における「寸 詰 まり」現 象 の生 起 条 件 も未 だ不 明 である。
(10a)の語 例 と(10b)の語 例 を比 べると(10b)の語 例 の方 が前 部 要 素 の「自 立 度 」が高 い(従 って、
前 部 要 素 それ自 体 で単 独 で用 いる可 能 性 が極 めて高 い)ことが読 み取 れるが、この事 実 から推
察 するに(10a)の複 合 語 はいわゆる「語 彙 化 」(ないし「一 語 化 」)したもの、あるいはそもそも分 析
不 可 能 な複 合 語 で、語 としての纏 まりを音 声 的 側 面 でも示 すべく後 部 要 素 である -dag の持 続 時
間 が短 縮 したのではないかと考 えられるが、未 だ推 察 の域 は脱 し得 ない。語 例 を補 充 し、更 なる
調 査 が求 められる。
さらに二 つ目 の疑 問 点 として、-VVCV という音 節 構 造 を同 じく有 するにも拘 らず、語 によって短
縮 化 の度 合 いに差 異 が観 察 される場 合 もある:
(11)
a. korthuset [-hu.s@](sic)「トランプを重 ねあわせて作 った家 (の様 なもの)」
(cf. hu[:]set「家 sg.def」< hu[:]s「家 sg.indef」)
b. kvellsko[:]le「夜 間 の学 校 」(cf. sko[:]le「学 校 」; kvell「夜 、晩 」)
例 えば (11a) に示 した複 合 語 の後 部 要 素 -huset のように、本 来 有 する -VVC という音 節 構 造
(i.e. hus)から接 尾 辞 の付 加 を経 て -VVCV という構 造 を有 した場 合 は、「寸 詰 まり」の程 度 が著
しく高 く、(少 なくとも筆 者 の観 察 の範 囲 であるが)聴 覚 的 には短 母 音 にほぼ等 しい。その一 方 で、
例 えば (11b) に示 した複 合 語 の後 部 要 素 -skole のように、元 来 -VVCV という構 造 を有 してい
る語 の場 合 は「寸 詰 まり」の程 度 が極 めて弱 い。このことは、複 合 語 後 部 要 素 における「寸 詰 まり」
現 象 の生 起 条 件 として、音 節 構 造 以 外 に何 らかの考 慮 すべき点 があることを示 唆 しており、更 な
る調 査 と考 察 が必 要 である。
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
三村 竜之
続 いて第 二 に、アクセント解 釈 に関 して未 だ不 明 な点 が残 る。既 に論 じたように、Sandnes 方 言
におけるアクセント 1 の音 調 は音 韻 論 的 には指 定 されていないと解 釈 され、従 って、音 声 学 的 なレ
ベルで具 体 的 な音 調 として主 に現 れていた「高 平 調 」は当 該 音 節 が担 う主 強 勢 の音 声 的 な「属
性 」が具 現 化 したものとして捉 えてきた。しかしながら、この主 強 勢 の「属 性 」とは一 体 どのようなも
のであるか、今 一 度 、詳 細 な考 察 が必 要 であると筆 者 は考 える。
確 かに、主 強 勢 を担 う音 節 が「高 い」音 調 を伴 うことは(音 響 および生 理 )音 声 学 的 な観 点 から
見 て至 極 自 然 なことであるが、その一 方 で、例 えばロシア語 やデンマーク語 など、主 強 勢 を担 う音
節 が「低 い」音 調 を伴 う言 語 もある。これらの言 語 において現 れる「低 い」音 調 は、主 強 勢 を担 う音
節 に付 随 する物 理 的 特 性 というよりは、むしろ「イントネーション」の一 種 として捉 えることが理 論 的
に妥 当 であると考 えられるが、では、果 たして Sandnes 方 言 における主 強 勢 を担 う音 節 に付 随 す
る「高 平 調 」はどのように位 置 づけるべきであろうか。今 後 は、イントネーションのそもそもの定 義 と
は何 かといった問 題 点 とも関 連 づけて、イントネーションも含 めた Sandnes 方 言 の音 調 の詳 細 な考
察 を進 める必 要 がある。
謝辞
* 本 稿 は、日 本 音 韻 論 学 会 2012 年 度 春 期 研 究 発 表 会 (2012 年 6 月 15 日 、首 都 大 学 東 京 秋 葉 原 サテライト
キャンパス・産 学 公 連 携 センター)での口 頭 発 表 の際 に配 布 したハンドアウト(拙 稿 2012b)に加 筆 ・修 正 を加 え
たものである。口 頭 発 表 において有 意 義 な助 言 を下 さった聴 衆 諸 氏 、並 びに貴 重 な意 見 を下 さった二 名 の査 読
者 にこの場 をお借 りしてお礼 を申 し上 げる。
注
1)
この問 題 点 は上 野 善 道 先 生 (東 京 大 学 名 誉 教 授 、国 立 国 語 研 究 所 )からご指 摘 頂 いたものである(2011 年
11 月 28 日 )。また小 林 正 人 先 生 (東 京 大 学 大 学 院 人 文 社 会 系 研 究 科 )からもモーラに関 するご指 摘 を頂 いた。
2)
本 研 究 の資 料 は、全 て筆 者 が Sandnes 方 言 を母 語 とする話 者 一 名 をインフォーマントして 2009 年 から 2012
年 にかけて実 施 した聞 き取 り調 査 を通 じて採 取 した物 である(調 査 方 法 並 びに調 査 項 目 に関 しては拙 論
(2012a: 231)を参 照 されたい。数 年 に渡 りインフォーマントとして尽 力 してくださった Brede Tingvik Haave さん
にこの場 をお借 りしてお礼 を申 し上 げる。
3)
例 えば、Bokmål において舌 尖 の「はじき音 flap」(あるいは「ふるえ音 trill」)として現 れる r の音 Sandnes 方
言 では (デンマーク語 標 準 方 言 と同 じく)「有 声 口 蓋 垂 摩 擦 音 」として現 れる。また、これに関 連 して、Bokmål に
おいて特 徴 的 な「反 舌 音 retroflex」は Sandnes 方 言 には観 察 されず、先 に触 れた有 声 口 蓋 垂 摩 擦 音 と歯 茎 音
の組 み合 わせとして現 れる点 も特 徴 的 である。
4)
ここで述 べた「パラメータの選 択 (あるいは切 り替 え)」という解 釈 は、口 頭 発 表 (拙 稿 2012b)の際 に聴 衆 より寄
せられた助 言 に基 づくものである。
5)
本 稿 で引 用 する資 料 は、全 て原 則 としてイタリック体 のラテンアルファベットによる綴 りでのみ示 すこととし、印
刷 等 の都 合 上 、音 声 字 母 を用 いた音 声 表 記 は割 愛 する。Sandnes 方 言 は(他 の方 言 と同 様 に)正 書 法 が確 立
しておらず、従 ってこれまでの拙 論 では便 宜 上 Bokmål ので綴 りを示 し、音 声 字 母 により音 声 表 記 を示 してきた
が、先 に述 べた理 由 から、本 稿 では音 声 字 母 の使 用 を可 能 な限 り避 け、代 わりに実 際 の音 形 に即 した綴 りを用
北海道言語文化研究
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いて資 料 を提 示 する。なお、母 音 の長 短 など敢 えて明 示 する必 要 がある場 合 は、ti[:] のようにラテンアルファベ
ットの綴 りと音 声 字 母 を併 用 する。
6)
本 稿 で用 いる略 号 は以 下 の通 り: def.「名 詞 既 知 形 (英 語 の“the+名 詞 ”にほぼ相 当 する語 形 )」、fem.「女
性 形 」 、 indef. 「 名 詞 未 知 形 ( 英 語 の “a/an + 単 数 名 詞 ” あ る い は “ 無 冠 詞 + 名 詞 ” に ほ ぼ 相 当 す る 語 形 ) 」 、 inf.
「動 詞 不 定 形 」、neut.「中 性 形 」、masc.「男 性 形 」、pp.「過 去 分 詞 」、sg.「単 数 」。
7)
この点 は、上 野 (2001: 12)が既 に指 摘 しているように、英 語 にも該 当 する問 題 点 である。
参考文献
Dommelen, Wim A. van. 1999. Preaspiration in intervocalic /k/ vs. /g/ in Norwegian. Proceedings of the 14th
International Congress of Phonetic Sciences, San Francisco 1-7 August 1999 Vol. 3, ed. by John J.
Ohala et al., 2037-2040. Berkeley: Linguistics Department, University of California.
Kristoffersen, Gjert. 1992. Kvantitet i norsk. Norsk Lingvistisk Tidsskrift 20. 187-208.
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窪 薗 晴 夫 2002「音 節 とモーラの機 能 」窪 薗 晴 夫 、本 間 猛 (編 )『音 節 とモーラ』1-96. 東 京 :研 究 社 .
McCarthy, John J. and Alan S. Prince. 1995. Prosodic Morphology. The Handbook of phonological Theory, ed.
by John A. Goldsmith, 318-66. Oxford: Blackwell.
三 村 竜 之 2008「デンマーク語 モーラ説 の批 判 的 考 察 」『東 京 大 学 言 語 学 論 集 』27.147-61.
三 村 竜 之 2011「ノルウェー語 Sandnes(サンネス)方 言 のアクセント: アクセントの抽 出 とその弁 別 的 特 徴 」『日 本
言 語 学 会 第 143 回 大 会 予 稿 集 』244-249.
三 村 竜 之 2012a「ノルウェー語 Sandnes(サンネス)方 言 のアクセント: アクセント抽 出 の理 論 と実 践 」『明 星 大 学
研 究 紀 要 【人 文 学 部 ・日 本 文 化 学 科 】』20.77-95.
三 村 竜 之 2012b「ノルウェー語 Sandnes(サンネス)方 言 におけるモーラに関 する一 考 察 : アクセント解 釈 と音 節
の「寸 詰 まり」現 象 に関 連 して」日 本 音 韻 論 学 会 2012 年 度 春 期 研 究 発 表 会 (2012 年 6 月 15 日 、首 都
大 学 東 京 秋 葉 原 サテライトキャンパス・産 学 公 連 携 センター).
三 村 竜 之 2012c「ノルウェー語 Sandnes(サンネス)方 言 における前 気 音 の音 韻 論 : 無 声 閉 鎖 音 の解 釈 と関 連
づけて」『日 本 言 語 学 会 第 144 回 大 会 予 稿 集 』162-167.
Oftedal, Magne. 1947. Jærske okklusivar. Norsk Tidsskrift for Sprogvidenskap 14. 229-235.
Selmer, Ernst W. 1927. Den musikalske aksent i Stavanger-målet. Oslo: Det norske videnskaps-akademi i
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Swahn, Jan-Öjvind, et al., eds. 1989. Bra Böckers Leksikon. vol.17. Höganäs: Bokförlaget Bra Böcker.
上 野 善 道 2001「日 本 語 のモーラ、ラテン語 のモーラ、英 語 のモーラ」『国 語 研 究 』64.8-16.
Vanvik, Arne. 1956. Norske tonelag. Maal og Minne 1956. 92-102.
執筆者紹介
氏名: 三村竜之
所 属 : 室 蘭 工 業 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 ひと文 化 系 領 域
Email: [email protected]
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
三村 竜之
付 録 : Acc1 と Acc2 の 語 例
表 1 は Acc1 の語 例 を、また表 2 は Acc2 の語 例 を、それぞれ語 の音 節 数 (ローマ数 字 で表
わす)と主 強 勢 の現 れる位 置 (語 頭 から数 えてアラビア数 字 で表 わす)に基 づいて分 類 したも
の で あ る ( 語 例 は 引 用 形 で 代 表 さ せ る ) 。 「 — 」 は 該 当 す る 語 例 が 存 在 し な い こ と ( accidental
gap)を示 し、また網 掛 けの箇 所 は構 造 上 の理 由 から語 例 が存 在 しないこと(structural gap)を
表 わす。
F, H, M, L はそれぞれ「下 降 調 」、「高 平 調 」、「中 平 調 」、「低 平 調 」を表 わす記 号 として用
いているが、これらの記 号 は、飽 くまでも語 全 体 の音 調 の音 韻 論 的 解 釈 を経 た上 で、欠 く音 節
の音 調 を大 まかに3段 階 に捉 えた簡 略 的 な表 記 に過 ぎない。従 って、中 国 語 の声 調 のように、
それぞれの記 号 が各 音 節 の固 有 の音 調 を示 している訳 ではなく、仮 に同 じ記 号 で表 記 された
音 調 であっても具 体 音 声 としては厳 密 には高 さが異 なりうることは言 うまでもない。また、H や M
といった記 号 を用 いるからといって、筆 者 が Sandnes 方 言 の音 調 を「調 素 toneme」の連 続 とし
て解 釈 している訳 でない点 にはくれぐれも留 意 されたい。
なお、印 刷 上 の都 合 から,IPA(International Phonetic Alphabet 国 際 音 声 字 母 )による音 声
表 記 は割 愛 した。
表 1: Acc1 の強 勢 /音 調 形
I
1
2
3
4
5...
II
III
IV
V ...
gi
vinter
ananas
reserbane
språkskolelærer
[F〜H]
[HL]
[HML]
[HMML]
[HMMLL]
「与 える」
「冬 」
「パイナップル」
「サーキット」
「語 学 教 師 」
byrå
artikkel
narkotika
karbondioksid
[MF~MH]
[MHL]
[MHML]
[MHMML]
「事 務 所 」
「記 事 」
「麻 薬 」
「二 酸 化 炭 素 」
appelsin
Leninisme
paradiseple
[MMF~MMH]
[MMHL]
[MMHML]
「オレンジ」
「レーニン主 義 」
【植 物 名 】
epidemi
memorisera
[MMMF~MMH]
[MMMHL]
「疫 病 」
「記 憶 する」
universitet
[MMMMF~MMMMH]
「大 学 」
北海道言語文化研究
No. 11, 49-62, 2013
北海道言語研究会
表 2: Acc2 の強 勢 /音 調 型
I
II
1
—
III
IV
V...
kaga
menneske
sparebørsa
overvektige
[FL]
[FML]
[FMML]
[FMMLL]
「ケーキ」
「人 間 」
「貯 金 箱 」
「肥 満 の」
rutine
allikevel
reklamebyrå
[MFL]
[MFML]
[MFMML]
「日 課 」
「しかしながら」
「広 告 会 社 」
marmelade
krokodilletegn
[MMFL]
[MMFML]
「マーマレード」
「不 等 号 」
2
——
3
——
4
humaniora
———
[MMMFL]
「人 文 科 学 」
5...
ノルウェー語 Sandnes 方言のモーラ
図 : Rogaland 県 と Sandnes(Swahn et al. (1989: 157) を基 に作 成 )
三村 竜之