トマス・サインホーストの PR 系列会社

トマス・
トマス・サインホーストの
サインホーストの PR 系列会社
系列会社
弘田璃夏子
1
1、序章
2、PRとは
3、PRの理論とサインホースト
4、トマス・サインホースト
5、LLCの特徴
6、サインホーストのPRファミリー会社
7、最後に
序章
今日のアメリカ大統領選挙の舞台裏では、ダイレクト・メールやテレマーケティングと
いったPRを中心とした「政治ビジネス」が活用されている。この PR(パブリック・リレー
ションズ Public Relations)の存在は、奇しくも2001年大統領になったブッシュの大統
領顧問、カール・ローブが行っていたダーティー・ポリティクスで、今やその存在が明ら
かなものとなった。
本論文では一つの分析視座として、ブッシュ大統領の政治支援を間接的に行っていた共
和党の PR 会社をみていくこととする。それが、トマス・サインホースト Thomas Synhorst
(以下、サインホースト)の一連のPR系列会社である。
本論考の目的は、現在存在する共和党系の PR 会社を分析対象に入れることによって、ま
ず日本では聞きなれない言葉である“PR”の実態を解き明かし、今のブッシュ政権にど
のような関係を持っているかみていきたいと思う。これを行うにあたって、まず PR の枠組
みを提示した後、サインホーストがどのような人物であり、なぜ彼がこのような PR 会社を
設立するに至ったかをみていく。次に、サインホーストの系列会社の会社形態が今日の共
和党政権をいかに手助けしているかを観察し、最後にサインホーストの系列会社個々に、
スコープをあてていくことにする。
1、PR
そもそもPRとは、1948年に「アメリカにおける全米PR協会」Public Relations
Society of America in the United States(PRSA)が出来て以来、その分野の存在が正
式に認められ1、今やこの会は2万人もの会員を持ち、その業種は軍事から政治までと様々
である2。現在、PRは大手企業が自らの政治目的を果たすために、これらのPR会社を使
っていることが多い。実際、サインホーストの PR 会社のクライアントにはミャンマーの軍
事政権があったが3、主にマイクロソフト社や AT&T 等の大手企業、共和党全国委員会等の
1
2
3
Shirley Harrison, Public Relations: An Introduction, p.13
PRの歴史背景について知りたい場合、同書の第二章(p.13-28)を参照。
http://www.prsa.org/より引用。
ブッシュ大統領が、ミャンマーの人権問題に対し100万ドル拠出させたことから、ミャンマ
2
共和党系クライアント、また全国ライフル協会 National Rifle Association や全米税制改革
協議会 Americans for Tax Reform といった団体が中心を占めている。つまり政治における
PR会社は、アメリカ国内の利益の反映を手助けしている傾向がある。
しかし、ここまで持てはやされている PR だが、PRの定義は世界的に統一されたものが
存在しない。PRSAが1991年に行った会合の定義では、①ある組織と公衆の相互理
解進行役であり、②ある集団の人達の協力を得るための手段、もしくは③公衆とうまく連
絡が取れるようなシステム構築である、としている。また、1976年にハーロウ Harlow
が定めた定義では、PRはある組織の公衆のコミュニケーション、承諾・協力関係を構築
するシステムだと説く。ハーロウの定義では、この状態を保つために、この協力関係を構
築するために持ち上がる様々な問題の管理統制を行うことも含むとしている。これを行う
ために、公衆の意見について常に敏感であることが重要で、公衆の利益を最大限に考え、
またその公衆の利益の変化にもすぐに対応できることが重要であると説く。また、PRは
それらを行うに際し、様々なリサーチを行い、あらゆるコミュニケーション手段を使うこ
とが重要と説いている4。
つまり、PRとは、Public Relations の言葉が示す通り、ある対象が公衆(またはある集
団の人達)を協力させるために、様々なコミュニケーション手段を用いる手法である。
2、PRの先行研究
PRの先行研究には、主に2つの体系的な理論が存在する。その一つは、1984年に
グルニッグとハント Grunig&Hunt が提示した四つのモデル理論であり、もう一つは19
86年のバーンスタイン Bernstein のコミュニケーション車輪モデルである。
まず、グルニッグとハントの理論モデルは、PRを四つのおおまかな体系に分けている。
(以下の図をご参照)
① プレス・エージェントリー/宣伝型 press agentry/publicity
② パブリック・インフォメーション型 public information
③ 相互非対称型 two-way asymmetric
④相互対称型 two-way symmetric。
①プレス・エージェントリー型の主な役割はプロパガンダの目的である。コミュニケー
ションが一方向で用いられ、必ずしも真実を語る情報でなくてもよいとされている。また、
情報のリサーチ量は少なく、スポーツや製品の宣伝に多く用いられる形態である。PR活
動全体の約15%を占める。
②パブリック・インフォメーション型は、情報ばらまき手法を意味する。一方向性のコ
ーの軍事政権は、アン・サン・スーチーの自宅監禁を解除するべく、アメリカと東南アジアとの
良好な関係を築くことを目的に、DCI に対して45万ドル支払った。
(http://www.indianaexpress.com, http://www.diacritica.com/ より)
4 Shirley Harrison, Public Relations: An Introduction, p.1-7
3
ミュニケーション手段が用いられるが、情報が公衆に伝わりやすいために、非常に分かり
やすく噛み砕いた情報を提供する。そのために、情報のリサーチはしっかり行われ、公衆
に伝えられる。現在のPR活動全体のおよそ50%を占め、主に政府関係、そしてビジネ
ス関係で用いられる。
③相互非対称型は、両方向性のコミュニケーション形態を取り、情報の受け手が発信者に
フィードバックする形をとる。しかしその情報によって受け取り手を説得しなければなら
ないため、リサーチは徹底的に行われ、その情報をもって、受け手が納得し、支持するま
での一連のPR活動をいう。受取人のフィードバックの意味は、公衆により受け入れやす
い意見を作り出す目的にある。PR活動全体の20%がこの形態をとる。
④相互対称型は、情報の受取人と発信者が対等な立場から、相互に連絡を取り合うPRを
いう。このモデルは、規制を受けている、もしくは社会的に地位のある組織がPRを行う
時によく用いられる。15%のPR活動はこれに該当する。
サインホースト連携の PR のやり方は、このグルニッグとハントのモデルでいえば、②の
パブリック・インフォメーション型である。特定の人達に、一方的に情報を送信しており、
またその情報は虚偽の内容を含むこともあるが、しかし①のプレス・エージェントリー型
とは違い、情報は非常によく調べてある。
第二のモデル、バーンスタイン・モデルは、PR活動を行うための手段とチェックリス
トを説明している。以下の図を参照して、このモデルの説明を行いたいと思う。
4
バーンスタイン・モデルでは、車輪の中心にある組織が、PR活動を行おうとしている
主体であると考える。そして、中心部を取り巻く業種分野 industry や所属国家 country of
origin、これは外国のPR活動にも適用できるように書かれてある)等のフィルターを通し
て、車輪の輻として見立てられているコミュニケーションの手段を使って、それぞれの対
象にPR活動を行うことを示している。このモデルを見る時、その対象とコミュニケーシ
ョン手段は相互入れ替わってもいいとされる。例えば、PR活動の対象がメディア the
media だとしても、必ずしもそのコミュニケーション手段がメディア関係 media relations
でなくてもいいとされる。つまり、対象がメディアであっても、手段が宣伝 advertising で
もよいとみなされる5。
サインホーストの PR 会社をバーンスタイン・モデルに見立てて説明すると、この車輪の
中心にくるのが共和党全国委員会やマイクロソフト社、AT&T 等、利害が共和党寄りの大
企業や政治組織である。何よりも、サインホーストの PR 会社は、この場合有権者に対して
共和党のアピールといった政治目的を達成することであるため、対象が公衆 general public
で、車輪の幅の部分がサインホーストのPR系列会社が責任を任されているメディア関係
media relations と考えられる。
Shirley Harrison, Public Relations: An Introduction, p.29-46 において、PRの詳細な分析枠
組みについて書かれてある。本論文の主旨に沿うものとして取り上げた枠組みは、上記した2つ
だが、他にもPRの適用の仕方に関する枠組み等がある。そのため、PRのその他の分析枠組み
について知りたい者は、第3章を読むことをお勧めする。
5
5
3、トマス・サインホースト Thomas Synhorst
トマス・サインホーストは現在、フェザー・ラーソンとサインホースト DCI Feather
Larson & Synhorst DCI、及び DCI グループ DCI Group の役員として登録されている。し
かし、彼は共和党内では有名な戦略家であり、過去3回の大統領選挙6に携わってきただけ
でなく、多くの共和党議員の選挙活動アドバイザーとしての役割を果たしてきた7。
サインホーストと共和党との関わりは、サインホーストが R.J.レーノルズ タバコ会社
R.J. Reynolds Tobacco Company(以下、RJR)8に働いていた頃に遡る。1980年代、サイ
ンホーストはこのタバコ会社で広報・渉外としての役割を果たしていた。当時からタバコ
業界に対する風当たりは厳しく、州レベルでは企業等の禁煙活動やタバコ増税問題が起き
ていた。サインホーストは、こういう規制のある企業に出向き、企業役員に圧力を掛け、
1988年、1996年のボブ・ドールの大統領選挙と2000年のブッシュ・チェイニー大
統領選挙のことである。
7http://www.sourcewatch.org/
より。
8 R.J. Reynolds Tobacco Company は、
アメリカのタバコ市場第二位の会社であり、Camel, Kool,
Winston, Doral, Salem というブランド以外にも、Barclay, Belair, Eclipse, Capri, Carlton, Pall
Mall, GPC, Lucky Strike , Misty, Monarch, More, Now, Private-Label Brands, Tareyton,
Vantage, Viceroy 等のタバコも同時に売っている。
6
6
この禁煙規制を解くよう様々な活動を行っていた。その一例として、1990年代の RJR
の内部資料によると、サインホーストがカンザス州のボーイング社で禁煙規制解除の活動
を行っていたことが記されている。他にも、サインホーストは各企業で「喫煙者保護団体」
を立ち上げ、法律家を招いての集まりを企画、またタバコ業界の意向を示す記事を地元の
新聞に体裁するように取り合っていたこと等が挙げられている9。
1980年代のサインホーストの活動は、同時に政治活動とも関係していた。当時の風
潮として、反タバコ運動を主に率いていたのが民主党であり、タバコ業界はその資金をど
んどん共和党の議員等に送金していた。サインホーストのロビイング活動はこの RJR から
生じていた。1988年には、アイオワ州の共和党議員、チャールズ・グラスリーCharles
Grassley の選挙活動に携わっており、その後、1996年にカンザス州にダイレクト・コ
ネクト Direct Connect Inc.10というテレマーケティング11会社を設立した。また、ボブ・ド
ール Bob Dole 候補の1996年の大統領選に選挙担当者として関わっていき12、サインホ
ーストとシュラド Synhorst & Schraad, Inc.13というテレマーケティング会社の役員として
登録を行っていた。
1997年、サインホーストは新たな会社、DCIグループ DCI Group14の設立に携わ
る。アリゾナ州フェニックスにあるこの会社は、主にその仕事をPRの法律事務所、及び
共和党のロビイング会社としての役割を持っている。DCIグループの役員を見ると、テ
ィモシー・N・ハイド Timothy N. Hyde,ダグラス・M・グッドイヤ Douglas M. Goodyear
と、RJR の同僚であることが分かる。特に、グッドイヤは RJR に働いている当初から、ウ
ォルト・クラインとアソシエイツ Walt Klein and Associates15というPR専門の法律事務
所の役員であり、RJR の広報活動も同時に行っていた。またグッドイヤは、ラムハースト
会社 Ramhurst Corporations16の設立にも関わっていた。このラムハーストは、全国規模の
http://legacy.library.ucsf.edu/ より。
1996年のドールの選挙活動の中で、この団体が実際に選挙のために雇われていた。選挙
活動用のテレマーケティングを行う会社であり、カンザス州で登録されている。
11 テレマーケティングとは、電話、ファックスやパソコン等の通信手段を使って対象者(多く
の場合は消費者)に対し、1対1のコミュニケーションを取る方法。
(日本テレマーケティング
協会 http://www.jtasite.or.jp/top.html より)
12 ドールの大統領選挙には、1988年と1996年の2回に渡って選挙支援を行っている。
13 Campaign & Elections Political Pages によると、Synhorst & Schraad は、電話とダイレク
ト・コンタクト・サービスをする会社である。1996年の Kansas City Star によると、キー
ス・シュラド Keith Schraad は、Direct Connect の創設者であると報じられていた。
14 DCI Group について、後に詳述。
15 1980年代から、RJR と関係のあるPR系法律事務所。
16 1993年に、Goodyear は Ramhurst Corporation と関わりを持っていたとされている。主
な仕事としては、ワシントンにおけるタバコ業界の声が、RJR 系の全国的な偽グラスルーツ活
動と連動しているかを調査する会社である。言うまでもなく、RJR との関係は密接である。1
994年、Ramhurst は RJR から 260 万ドル受け取っている。これは連邦、州レベルで、スモ
ーカーズ・ライト団体を運営する資金として使われた。
9
10
7
偽グラスルーツ団体17の設立を取り仕切っていた会社であり、献金者の多くがこれらのタバ
コ業界等18であった。実は、DCIグループの設立後、2000年にサインホーストが新た
に立ち上げたフェザー・ラーソンとサインホーストDCI Feather, Larson & Synhorst
DCI19の活動はこのラムハーストの活動内容と類似している点が挙げられる。フェザー・ラ
ーソンとサインホーストDCIの顧客である AT&T のPR活動として、選択のための表明
Voices for Choices や信頼できる電子通信連合 Responsible Electronic Communications
Alliance、インターネットから手を外せ Hands Off the Internet 等の偽グラスルーツ団体を
組織していた。
サインホーストは、これら数多くのPR専門会社を通して、ジョージ・W・ブッシュの
テキサス州知事選挙にも携わり、アーカンソー州のマイク・ハカビーMike Huckabee 州知
事の再選選挙、ジョージア州のジョニー・イサクソン Johnny Isakson 議員、アイオワ、ア
リゾナ、フロリダの州共和党委員会を顧客としてきた。また、2000年のブッシュ・チ
ェイニー両候補の大統領・副大統領選のアドバイザー、そして2002年には、ドール Dole
夫人の議員選挙活動にも携わっていた。
実際、サインホーストはこれら多くのPR専門会社の設立に携わり、各クライアントの
選挙活動を通して、共和党系のPR会社のメッカを作り上げていた。実際、サインホース
トはこれらの活動を行って、共和党内ではアストロサーフ・ロビイング20の普及者とまで呼
ばれる存在になっていた。
次の章では、サインホーストのPR会社ファミリーを作り上げている会社形態、並びに
主な団体や会社をみていく。
4、非公開会社
サインホーストは、自らが依頼されたPR活動を推進していくに際し、様々な会社を設
立している。しかしそれらのPR会社の会社形態は非公開会社、または閉鎖会社と呼ばれ
るものであり(以下、非公開会社で統一していく)、株主が15名未満の小規模な会社で
ある。最も、非公開会社は会社設立の住所、会社名称、並びに設立者の名前だけを州に強
いられているだけであり、その他の情報は無論公開しなくても良いとされている。尚、非
公開会社の株は会社設立を行った株主以外の第三者に売られていない。それ故、非公開会
社はその内部情報は非公開にすることにより、高度な秘密性が守られている。
偽グラスルーツとは、見せかけグラスルーツのことを意味する。特定の対象がなく、宣伝の
意味を込めて活動を行う団体。英語では、”Front group”という表現を使っている。
18 http://legacy.library.ucsf.edu/ より。
19 Feather, Larson & Synhorst, DCI については、第四章で詳しく見ていく。
20 アストロサーフ・ロビイングとは、Ramhurst Corporations 及び Feather, Larson, Synhorst
DCI が行っていたように、偽グラスルーツ団体を大量に作り、様々なPRを行う形態のロビイ
ングである。主に、これらのグラスルーツの資金を与えている献金者の名前を伏せることができ
るため、かなり謎に包まれた団体のことである。しかし、大体は大手企業が献金者であることが
多い。
17
8
この非公開会社という形態の中でも、LLC(Limited Liabilities Corporation)という特
殊な会社のカテゴリーがある。一般的な株主制度を持つ非公開会社とはまた別格の制度を
持っており、一般的な非公開会社は経営者に代表取締役、常務取締役等を据えないといけ
ないが、LLCは代表取締役を据えなくても、役員が会社の全責任を負うという形で設立
できる。また一般的な非公開会社では、所得税と法人税の2重の税負担を強いられる。会
社経営者にとって、これは大きな負担となりかねない。だが、このLLCはこの税金控除
が受けられる。
日本では、
アメリカでいう一般的な非公開会社を有限会社のような会社形態であるとし
て、イメージされやすいが、LLCは日本には現在ない会社制度であるため、以下で詳述
する。
[1]LLC
LLC とは、Limited Liabilities Corporation の略であり、日本語に訳すと“有限責任会
社”となる。しかし日本の有限会社にその形態を似せるが、その本質は日本のそれとは違
う21。2003年の内国歳入法(IRS)の調査によれば、アメリカに存在する LLC 会社は
109,1052 社である。そして90年代からの約10年間において、一般的な株式会社が10
0万社設立されたのに対し、この LLC は70万社、と LLC の存在は今やアメリカの会社
の中で重要な地位を占めている。
そもそも、LLC は1977年にワイオミング州法で初めてその規定が設けられた。それ
から20年後の1997年、漸く内国歳入法(IRS)がチェック・ザ・ボックス規制
Check-the-Box Regulation で、「納税者が企業(Corporation)としての取り扱いを希望する
場合等、特別な事由がない場合は原則的にパートナーシップ(組合)として取り扱う」と
規定し、初めて全国的な LLC の基準が制定された。
主に LLC と一般的株式会社との最大の違いは、その責任性にある。一般的なアメリカの
株式会社(Corporation)は各株主に対し、一定額の配当金を支払う義務、そして法人税と
所得税(二重課税)を請け負う。一方 LLC は有限責任であるため、株主に対し出資額のみ
を保証することが義務付けられている他、LLC 内で生じた利益に関して、出資者へ支払わ
れる。尚、LLC の会社経営は、パートナーシップに見られるような会社の構成員同士の合
意のみによって決めることが出来、株式会社のように、会社の経営者と出資者を明確に分
ける必要はない。
このように、LLC はパートナーシップと株式会社のいい側面を持ち合わせた会社形態で
ある。そのため、あまりリスクを負わない形でビジネスを行うことができる上、非公開会
社として、会社情報を開示しなくていい。リスクの高い仕事を行う時や、株式会社を作る
まで手をまわすことのできない専門家(ex.弁護士)がこの LLC を活用することが多い。
サインホーストの LLC 会社も、テレマーケティング等を行う専門家を集めたメンバーか
日本の有限会社は、株式所有者(出資者)と経営者が別個に存在しているため、会社形態的
には株式会社のミニ版のようなものである。
21
9
ら構成されている。そして何よりも、その目的が PR であるため、会社内部の情報はなるべ
く開示しないほうが望ましいであろう。実際、サインホーストの PR 会社はその多くが LLC
を含め、プライベート・コーポレーションから成っており、会社情報を開示していない会
社が5社22ほどある。こういう観点から、非公開会社の中でこの LLC が占める存在はサイ
ンホーストのような PR 会社にとって非常に有用な会社形態であるといえる。
[2]アリゾナ州法 LLC
アリゾナ州の LLC 法は、1992年9月30日に施行され、1993年12月27日に
内国歳入法の認可を得た。
アリゾナ州は他州と比べ、LLC 内でパートナーシップに多くみられる自治を行っていい
という面から、LLC に対する規制がゆるいとされている23。そのため、アリゾナ州は LLC
内部の経営者構成に関してはあえて規制を設けることなく、LLC の構成メンバーに対し非
常に甘い制度となっている。
5、Synhorst の PR ファミリー会社
・ TSE事業
TSE事業LLC
事業LLC (TSE Enterprises LLC)
LLC)
1996年に設立された会社であり、ウェブページ作成、ダイレクト・マーケティング24
やインターネット・テクノロジー25といった手法で、政治や貿易団体、パブリック・アフェ
アーズ団体関連の政治活動を手助けする会社。サインホーストは、アリゾナ州でこの会社
の代理人として登録されている。尚、以下のホームページは、TSE事業LLCが手がけ
たサイトである。
・アメリカの進歩のため Progress for America (www.progressforamerica.com)
・コンピューター・電話活動 Comp Tel Action (www.comptleaction.org)
・技術的リーダーシップを取るアメリカ人のため
Americans for Technology Leadership(www.techleadership.org)
・テック・セントラル局 Tech Central Station (www.techcentralstation.com)
・アシュレーの物語 Ashley’s Story (www.ashleysstory.com)
・選択のための表明 Voices for Choices (www.voicesforchoices.com)
22
DCI Companies、DCI Properties、DCIG Holdings、SIJN、GoodSIJN の5社である。
Jerome P. Friedlander,II , The Limited Liability, p.45-47
24 ダイレクト・マーケティングとは、電話マーケティング、カタログ、ダイレクト・メールを
含めたメディア、それとテレビ、ラジオ、そして新聞、雑誌、インターネットという手段を使用
して、企業が伝えたいメッセージを、消費者、もしくは対象者、に対して伝達する一つの手法。
さらに詳しくは、Direct Marketing Association(http://www.the-dma.org/)を参照。
25 インターネット・テクノロジーとは、インターネットのウェブページをいかに魅力的にする
かを専門とする分野。
(この定義は、Schipul 社のHP(http://www.schipul.com/)の Schipul
Team with La Porte High School Students to Teach the Importance of Internet Technology
Tools という記事より引用。
)
23
10
・TSE事業 TSE Enterprises(www.tseaz.com)
・投資家活動 Investors Action (www.investorsaction.org)
・求人のための連合 United For Jobs (www.unitedforjobs2004.org/)
・FYIメッセージング FYI Messaging (www.fyimessaging.com)
上記したホームページの中で、サインホーストの関係している団体のものが含まれてい
る。それは、アメリカの進歩のため Progress for America、テック・セントラル局 Tech
Central Station、FYIメッセージング FYI Messaging である。また、
“アメリカの進歩
のため”が2004年のブッシュ再選選挙に、9・11テロの被害者に対しての心配りを
宣伝する目的で、アシュレーの物語 Ashley’s Story26”という題名で、激戦区だった9州27に
跨って、この宣伝をテレビで放映した。尚、この“アシュレーの物語”のウェブサイトを
立ち上げ、運営している会社がTSE事業であることは注目すべきである。
・ DCIグループ
DCIグループLLC(
グループLLC(DCI
LLC(DCI Group LLC)
LLC)
共和党系のパブリック・アフェアー・コンサルティングを行う法律事務所。主に連邦、
州、そして地元レベルでのコアリッションの設立や、企業が資金源のグラスルーツ等の政
治活動を行っている。PR会社は本来、メディアを媒体として、対象者に企業のメッセー
ジを伝えることが主だったが、DCIグループでは、テレビやラジオ等のメディアという
手段を使わずに、電話や E メールやインターネットを通して、直接その対象者に企業のメ
ッセージを伝えている。尚DCIグループは、テレマーケティング会社であるフェザー・
ラーソンとサインホーストDCIや、ダイレクト・メール会社のFYIメッセージングと
も連携しており、いずれの会社もサインホーストがその設立に関わっている。また、この
会社の傘下には、テック・セントラル Tech Central といった共和党系のホームページを運
営している。顧客には、AT&T, ゴールドマン・サックス Goldman, Sachs and Company, イ
ンテル株式会社 Intel Corporation, 全国経済PAC連合 National Association of Business
Political Action Committees, 米 国 研究 製 薬 工業 協 会 Pharmaceutical Research and
Manufacturers of America(通称、ファーマ PhRMA)等があり、多くの共和党系のコアリッ
Ashley’s Story: 9・11テロで16歳の Ashley Faulkner が母を失い、その悲しみの中でブ
ッシュ大統領が Ashley に哀悼を示しているといった内容の宣伝。実際、
この宣伝を放映する際、
Progress for America Voter’s Fund(Progress for America の子会社)は1億4200万円もつ
ぎ込んでいる。
尚、Ashley’s Story は宣伝放映だけでなく、
Eメールや電話、
それに Ashley’s Story
のパンフレットを配っている。2004年度の Advertising Age の Bob Garfield が行った宣伝
ランキングによると、この宣伝はベスト10入りしている。これからも、Ashley’s Story が投票
者に影響を与えたことが伺える。
(http://www.usatoday.com/news/politicselections/nation/president/2004-10-18-adwatch-ash
ley_x.htm、
http://www.usatoday.com/news/politicselections/nation/president/2004-10-18-ad-analysis_x.
htm に詳しく書かれてある。)
27 激戦区の9州とは、フロリダ、アイオワ、ミネソタ、ミズーリ、オハイオ、ペンシルバニア、
ネバダ、ニュー・メキシコ、ウィスコンシンのこと。
26
11
ション、PAC、さらにはLLC等からの依頼を受け持っている。さらにこの会社の人事
を見ていくと、サインホーストはこの事務所の理事を務めており、他には R.J.レーノルズ
株式会社時代の同僚だったダッグ・グッドイヤ Doug Goodyear とティモシー・ハイド
Timothy Hyde や、“アメリカの進歩のため”の代表を務めるクリス・ラシビータ Chris
LaCivita がいる。また、他にはドールの1988年と1996年の大統領選挙を支援した
ジム・マフィーJim Murphy がいる。
・ フェザー・
フェザー・ラーソンと
ラーソンとサインホーストDCI
サインホーストDCI
(Feather, Larson & Synhorst DCI、
DCI、以下、
以下、FLSFLS-DCI)
DCI)
1999年にフェザー、ラーソン、サインホーストの三者が中心となって出来たテレマ
ーケティング会社であり、2000年にDCIグループLLCから独立した。インターネ
ットから手を外せ Hands Off the Internet 等の偽グラスルーツ団体を作り、企業の宣伝目
的に賛同している消費者(もしくは市民グループ)が存在するかのような見せかけ行動を
行っている会社である。FLS-DCI のホームページでは、フォーチュン誌ランキング、ベス
ト50の企業から信頼を得ていることを自負している。2004年大統領選挙時には、共
和党全国委員会から多額の資金を得ており、結果として、2003年まで FLS-DCI が得た
資金は$360,000 に上る。クライアントには、AT&T やマイクロソフト, R.J. レーノルズ・
タバコ会社等の大手企業以外に、全米税制改革協議会, 全米ライフル協会, 中小企業サバイ
バル委員会 Small Business Survival Committee 等のコアリッションが含まれている。過
去に FLS-DCI の携わった選挙運動には、ブッシュ・チェイニーの2000年大統領選挙以
外にも、ドールの大統領選挙、現大統領の弟のジェブ・ブッシュ Jeb Bush 州知事選挙、マ
イク・ハカビーMike Huckabee 州知事選挙、チャック・グラスリーChuck Grassley イリ
ノイ州議員選挙等にも関わってきた。サインホーストが関わってきた選挙の全てに、この F
LS-DCI は携わっていたことになる。
・ FYIメッセージング
FYIメッセージング FYI Messaging
アリゾナ州にある、ダイレクト・メール、テレマーケティング、政治資金集め、グラス
ルーツ団体の総括、ヴォ―ター・コンタクトを主に行う印刷専門会社。尚クライアントに
は、全米共和党上院委員会 National Republican Senatorial Committee, 全米共和党委員
会, 共和党州知事連合 Republican Governor’s Association 等の共和党連合だけでなく、企
業やNPO等を代表していると、FYIメッセージングのホームページは自負している。
また同ホームページ上で、テレマーケティング分野において、FLS-DCI と連携しているこ
とが分かる。その他には、ドールの大統領選挙支援を行っていたリスポンス・コンサルテ
ィング Response Consulting28と連携を組むことによって、本来FYIメッセージングの行
っている印刷業務から、幅広い政治候補の選挙支援を行えるようになった。尚、リスポン
ス・コンサルティングの過去の活動として、ドールの大統領選挙、またドール夫人の議員
選挙支援が含まれており、FYIメッセージングのクライアントと多く重なる部分が指摘
28
Response Consulting(http://www.responsehq.com/)
12
できる29。また、サインホーストとの関連で見ると、このリスポンス・コンサルティングは、
サインホーストが1988年に選挙支援をしたアイオワ州議員のチャールズ・グラスリー
のアイオワ州上院委員会(Grassley Senate Committee)の支援を行っている。
・ オートコール Autocall
ダイレクト・メール、顧客調査、顧客サービス等を行う会社。オートコールのホームペ
ージ30によると、フォーチュン誌のベスト50の企業や政治系の組織や団体の多くが、オー
トコールのクライアントであることを自負している。しかしながらオートコールのホーム
ページには、この会社の住所や電話番号やオートコールのクライアントがどこか等の記載
がなされておらず、かなり謎の多い団体である。
・ テック・
テック・セントラル局
セントラル局 Tech Central Station(以下
Station(以下、TCS
以下、TCS)
、TCS)
2000年にDCIグループの傘下で運営されているインターネット雑誌。元ジャーナ
リストのジェームス・K・グラスマン James K. Glassman が代表を務め、ジャーナリズム
とシンクタンク、読者の意見交換、等を融合した、新たなジャーナリズムの場として立ち
上げる。TCS の扱うニュース・ジャンルはインターネット税、ブロードバンドの普及、ネ
ットのプライバシー保護、バイオテクノロジーを中心に、経済、イラク情報、国内政治、
国際政治、エネルギー問題、貿易等であり、ワシントン・マンスリー紙 Washington Monthly
のニコラス・コンフェソール Nicholas Confessore は、このジャーナリズム手法を“ジャー
ノロビイング Journo-lobbying”と呼んでいる。コンフェソールのいうジャーノロビイング
とは、かつてのロビイングが行っていたような1対1のロビイング手法ではなく、企業か
ら資金を得て、シンクタンクや偽グラスルーツ団体の設立等に使って、保守派全体を巻き
込んだ、間接的圧力団体としての役割を果たしている。特にTCS代表のグラスマンは、
ワシントニアン紙 Washingtonian, ザ・ニュー・リパブリック紙 The New Republic, 後ラ
ンチック・マンスリー紙 Atlantic Monthly, USニュース&ワールド・レポート紙 US News
& World Report, ロール・コール紙 Roll Call, ワシントン・ポスト紙 Washington Post, ウ
ォール・ストリート・ジャーナル紙 The Wall Street Journal 等各種の新聞社で記者を務め、
1996年には保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所 The American
Enterprise Institute の研究員になる。その後、テレビ局のPBSの“テクノ・ポリティク
ス TechnoPolitics、”並びに CNN の“キャピタル・ギャング Capital Gang”の司会者にな
り、多くの共和党議員と面識を持つようになっていった。1999年にグラスマンは、経
済学者のケビン・A・ハセット Kevin A. Hassett と、経済の復活傾向について書かれた“ダ
ウ Dow 36,000”という論文を発表し、大きな衝撃をウォール街に与えた。翌年、この波に
乗って AT&T の支援を受けて、TCS を立ち上げ、多くの読者を得たが、論文が予言してい
重複しているクライアント:Republican National Committee, National Republican
Senatorial Committee, Republican Governors Association, Ehrlich of Maryland (Ehrlich for
MD), Friends of Pataki(Pataki for NY), The Richard Burr Committee(Burr for Senate),
Maryland Republican Party, McKenna for Senate である。
30 Autocall(http://www.consumersvoice.org/autocalls/index.jsp)
29
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たアメリカ経済の復活傾向は全く見られなかった。しかし、それでも尚、グラスマンの TCS
は安定した読者数が存在し、今日に至る。TCS は、AT&T 以外にも、マイクロソフト, エ
クソン・モービル, ジェネラル・モーターズ General Motors, インテル, マクドナルド, ナ
スダック NASDAQ, ファーマ等の大口献金者がいる。また、TCS の情報源となっているシ
ンクタンクには、ケイトー研究所 CATO Institute, ヘリテッジ財団 Heritage Foundation
といった保守系シンクタンクがある。
5、最後に
サインホーストの PR 系列会社は、ブッシュ政権内で最も大きな影響力を持つ PR 会社で
ある。それ故、PR 会社は会社内の情報の機密性を保つため、会社情報をあまり開示しない
面が強い。今までの PR 会社は、この情報の機密性を守るため、多くを個人所有の小企業と
いう形で州政府に登録していた。もちろん、この非公開会社として登録すれば、会社内部
の情報は開示しなくてよい。だがこの形態の会社だと、連邦税がかかる。その一方、19
90年代に現れた LLC の大ブームにより31、LLC を活用して PR 会社を開いたほうが、よ
り会社内部の情報の機密性が今までの小企業と同じく保たれる上、税金に関しても控除が
効く。
また、サインホーストがこれらのPR会社を系列企業として設立したのも、選挙活動の
違反で、例え一つの会社がその責任を負わされて潰れたとしても、サインホーストの他の
PR系列会社が引き続き業務を遂行できる点に利点がある。さらに、一般的な非公開会社
が負債で潰れたら、その責任はその会社の代表取締役や常務役員の個人資産にまで及ぶが、
LLCはその責任制が有限であるため、会社を支えている会社役員の個人資産にまで責任
性が及ばない。つまり、LLCは個人リスクが少ない会社形態であると言える。
吉原欽一が、ブッシュ政権はグラスルーツ・ポリティクスによって支えられているとい
うことを彼の著書の中で述べているが、同じく、LLC の存在が政治に多く影響していると
いう点から、LLC もグラスルーツ同様、非常に重要な存在ではないかと考える。
一次資料:
Shirley Harrison, Public Relations An Introduction, Routledge, 2003
1990年代、アメリカの企業は不況に陥り、その影響で企業内の経営者が他の優秀な企業
によって事実上吸い取られ、経営者を吸い取られた企業は経営困難な状況になった、ということ
が多くあった。その影響で、一番リスクの少ない LLC に注目がいくようになった。
31
14
江頭憲治郎、株式会社・有限会社法、2004年
http://legacy.library.ucsf.edu/
http://www.jtasite.or.jp/top.html
http://www.jetro.go.jp/
http://www.azleg.state.az.us/
http://www.llc.ip.rcast.u-tokyo.ac.jp/
http://www.nta.go.jp/
http://www.selectory.com/
http://www.sourcewatch.com/
http://www.schipul.com/
http://www.prsa.org/
http://www.indianaexpress.com
http://www.diacritica.com/
二次資料:
日下部聡・石井芳明監修、日本版 LLC、金融財政事情研究会、2004年
Jerome P. Friedlander, II, The Limited Liability Company with a State-by-State Review,
1995
Joshua Micah Marshall, "Mr. Gates Goes to Washington," American Prospect, July 17,
2000.
"Firm polling Montanans about deregulation, sending letters to sign," Associated Press,
June 24, 2001
Jeffrey H. Birnbaum, "Lobbyists Try to Parlay a Presidential Campaign”Washington
Post, April 12, 2004
"Tech central station," Wikipedia
Nicholas Confessore, “Meet the Press: How James Glassman reinvented journalism--as
lobbying” Washington Monthly, December 2003.
Joshua Micah Marshall, "Its bad enough", Talking Points Memo, March 1, 2002.
http://www.usatoday.com/news/politicselections/nation/president/2004-10-18-adwatch-a
shley_x.htm
http://www.tseaz.com/tse/
www.fyimessaging.com
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