博 士 学 位 論 文 - 島根大学総合理工学部

博 士 学 位 論 文
論 文 内 容 の 要 旨
及
び
論文審査の結果の要旨
平成 26 年 6 月
(第 18 号)
島根大学大学院総合理工学研究科
はしがき
本号は,学位規則(昭和28年文部省令第9号)第8条の定めるところにより,平成26年3
月25日に博士の学位を授与した者に係る論文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨をここに公
表するものである。
目
学位記番号
学位の種類
( ふりがな )
氏
名
総博甲第89号
博士
(理学)
(ごとう
総博甲第90号
博士
(理学)
(よしおか
総博甲第91号
博士
(理学)
総博甲第92号
博士
(工学)
総博甲第93号
博士
(理学)
総博甲第94号
総博乙第7号
博士
(工学)
博士
(工学)
たかし)
後藤 隆嗣
吉岡
かおる)
薫
(いー もん はん)
Ei Mon Han
(ふぁむ
ほぁん あん)
Pham Hoang Anh
(たまたに
玉谷
(うぇい
韋
(すやま
みつる)
充
うし)
于思
ひろし)
陶山 大志
次
論
文
題
目
頁
微化石群集解析に基づく後期鮮新世における日本海の
海洋環境の時間空間的変化
(Spatio-temporal changes of marine environments
in the Sea of Japan during the late Pliocene based on
faunal analysis of microfossils)
1
日本の閉鎖性海域における近年の珪藻群集と海洋環境
( Recent diatom assemblages and marine
environments in enclosed seas of Japan)
4
Organic geochemical study of the upper Cretaceous
to Paleogene-Neogene mudstones and coals, Central
Myanmar Basin, Myanmar
(ミャンマー中央堆積盆地の上部白亜系-第三系泥岩
と石炭に関する有機地球化学的研究)
7
New development of EBSD data analysis for
crystallographic study on microstructure formation
of martensitic steel
(新しい EBSD 解析手法を用いたマルテンサイト鋼の
結晶学的組織解析)
10
Pattern recognition based on naive canonical
correlations in high dimension low sample size
(高次元小標本におけるナイーブ正準相関に基づくパ
ターン認識)
13
Acceleration of Thorup Shortest Paths Algorithm by
Modifying Component Tree Demonstrated with Real
Datasets
(コンポーネント木の改良による Thorup 最短経路ア
ルゴリズムの高速化と実データによる検証)
16
横打撃共振法による樹木の材質診断技術の実用化に関
する研究
(Practical application of non-destructive diagnostic
technique for wood qualities inside standing trees
using lateral impact vibration method)
21
氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
専 攻 名
後藤 隆嗣
博士(理学)
総博甲第89号
平成26年3月25日
学位規則第4条第1項
甲第515号
マテリアル創成工学専攻
学位論文題目
微化石群集解析に基づく後期鮮新世における日本海の海洋環境の時
間空間的変化
(Spatio-temporal changes of marine environments in the Sea of
Japan during the late Pliocene based on faunal analysis of
microfossils)
論文審査委員
主査 島根大学教授
島根大学教授
島根大学教授
島根大学准教授
島根大学准教授
入月
石賀
三瓶
酒井
林
俊明
裕明
良和
哲弥
広樹
論文内容の要旨
日本海の海洋環境は,今から 350 万年前頃の後期鮮新世の初期に南方海峡が開き,南から暖流
が流入したため,それ以前と比較して大きく変化したと考えられている.そこで,この変化を主
に石灰質微化石である甲殻類の貝形虫化石と“原生生物”の浮遊性有孔虫化石の群集解析に基づ
き,時間空間的に復元すること,およびこのような海洋環境の変化に伴う日本海における暖流系
の貝形虫群集の変遷を解明することが本研究の主目的である.
北陸以北の日本海側に分布する海成鮮新統の堆積年代の推定と各地層の対比は,主に生層序と
古地磁気層序に基づき行われてきた.特に上部鮮新統に関しては,浮遊性有孔虫化石の
Globorotalia inflata (s.l.)の多産層準が広く認められ,この層準は No. 3 G. inflata bed と呼ばれ,
地層の広域対比に有用であるとされた.また,日本海側の地層中から産出する G. inflata (s.l.)は
温帯水塊の指標とされ,後期鮮新世の日本海中層には温帯水塊が形成されていた可能性を示唆す
ると考えられている.そこで,本研究ではこの浮遊性有孔虫種の産出が期待されるあるいは報告
されている 4 地域;(1) 富山県富山市八尾地域の三田層;(2) 富山県氷見市灘浦地域の藪田層;(3)
新潟県新発田市上寺内地域の鍬江層;(4) 新潟県胎内市坂井周辺地域の鍬江層を対象に研究を行
った.
本研究での検討事項は大きく以下のように区分される.
(1)No. 3 G. inflata (s.l.) bed に基づき研究地域の層序を対比すること;(2)貝形虫化石群集の
Q-mode クラスター分析に基づき全試料間の類似性を比較すること;(3)研究地域ごとに貝形虫
1
化石群集と浮遊性有孔虫化石群集の R-mode クラスター分析および因子分析に基づき,古環境の
時間空間的変化を復元すること;
(4)貝形虫殻の Mg/Ca 比に基づき古水温を定量的に推定する
こと;
(5)中新世から鮮新世における日本海の環境変遷に伴い暖流系種群がどのように変化した
のか解明すること.
結果として,坂井周辺地域を除き,G. inflata (s.l.)が産出する 3 地域の調査層準は,No. 3 G.
inflata bed の基底層準に対比された.一方,坂井周辺地域の No. 3 G. inflata (s.l.) bed は,これ
らより上位の層準に対比されることが明らかになった.
各地域から採取した試料から 300 種以上の貝形虫化石が認められ,それらのうち多産した種は
現在の日本列島周辺海域に広く認められるものであった.しかしながら,絶滅種,熱帯-亜熱帯性
種,環極域種,湾域種も試料によっては多産した.本研究では産出した貝形虫種の中で,現在の
九州以南に分布域を持つ Cytherelloidea hanaii,Paranesidea sp.および Triebelina sp.の 3 種を
特に熱帯-亜熱帯性種と認定した.貝形虫化石群集の Q-mode クラスター分析の結果,検討した試
料は 4 つの貝形虫化石相にまとめられることが明らかになった.4 つの化石相は,浅い沿岸海域
に堆積した三田層の試料(化石相②)
,陸棚〜深海域で堆積した藪田層,鍬江層試料(化石相③),
赤江川支流の三田層最上部の試料および藪田層下部の試料(化石相①,④)であった.さらに,
浮遊性有孔虫化石群集と貝形虫化石群集の R-mode クラスター分析と因子分析の結果,各地域の
海洋環境は以下のように復元された.
三田層では大きく 2 回の寒冷~温暖のサイクルが認められた.温暖期には暖流系種が産出し,
現在より温暖な水塊が日本海に流入した.寒冷期には部分的に地層が削剥され,貝形虫化石の群
集構成から当時は約 50 m の海水準低下が起きたと推定された.藪田層では 1 回の寒冷~温暖サ
イクルが認められ,中部層準付近から上位に向け相対的に温暖な環境へと変化した.新発田市の
鍬江層では,最下部層準では寒冷な環境で,中部から上部層準にかけて,暖流系種の産出および
G. inflata (s.l.)の多産が認められ,強い暖流の影響が示唆された.また,中部から上部層準にか
けて浅海化が起き,暖流系貝形虫種の産出頻度が増加することから,これの浅海化は半世界的な
海水準変動によるのではなく,地域的な構造運動による可能性が示唆された.坂井周辺地域の鍬
江層では,1 回の深海化が認められ,深海化の層準付近で G. inflata (s.l.)が急増し,貝形虫殻の
Mg/Ca 比に基づくと古水温が 6℃上昇したことが推定され,この深海化は汎世界的な温暖化に伴
う海水準上昇によると考えられた.
以上の調査地域ごとの対比や古環境の変遷を総括すると,各地域に認められた寒冷化は海洋酸
素同位体ステージの MIS M2 に対比された.また,鮮新世の日本海における暖流の流入開始時期
はそれ以前に起きており G. inflata (s.l.)が初めて日本海に出現する層準は MIS M1 に相当するこ
とが明らかになった.さらに,坂井周辺地域における G. inflata (s.l.)の多産層準は MIS G19 に
相当すると推測された.
中期中新世初期に日本全国で繁栄した暖流系貝形虫群集と,本研究で認められた後期鮮新世の
暖流系貝形虫群集を比較した結果,両者は種構成が大きく異なっていた.これは後期鮮新世の暖
流系種は新たに南方海峡が開いたときに日本海へ移動した種群であり,中新世からの生き残りの
暖流系種とは異なることが明らかになった.
2
論文審査結果の要旨
日本海へは約 1000 万年前に南方海峡が完全に閉鎖したため,南からの暖流が流入しなくなっ
た.その後,約 350 万年前の後期鮮新世初期に南方海峡が開き,以前と環境が大きく変わったと
されている.また,この時代は現在よりも暖かく,その後,徐々に約 4 万年周期の氷期—間氷期
サイクルが汎世界的に顕著になった時代でもある.この時代の日本海における暖流の流入動態や
汎世界的気候変動に伴う海洋環境の変化についてはいくつかの説があり,明らかになっていなか
った.そこで,本論文では 1)石灰質微化石である甲殻類の貝形虫化石と“原生生物”の浮遊性
有孔虫化石の群集解析と,貝形虫化石殻の微量元素分析に基づき,後期鮮新世初期の日本海の環
境変化について,高精度の時間軸の設定と地層の対比を通じて復元すること,2)このような海
洋環境の変化に伴う日本海における暖流系の貝形虫群集の起源や変遷を解明することを目的とし
ている.そのために,本論文では後期鮮新世の浅海成層である富山県八尾市の三田層,氷見市の
薮田層,新潟県新発田市〜胎内市の鍬江層の地質調査と微化石試料の採取と種々の分析を行い,
これらの研究結果と従来の研究結果を統合して考察を行った.
結果として,対象地域の上部鮮新統には浮遊性有孔虫化石の No. 3 Globorotalia inflata bed の
基底層準(約 325 万年前)が挟在することが明らかになり,この生層準を基準として,時間空間
的な環境変化を初めて復元できるようになった.次に,産出した貝形虫化石群集と浮遊性有孔虫
化石群集の統計学的解析による古環境の復元と,貝形虫化石殻の微量元素分析に基づいた古水温
の復元を行った.その結果,以下のような新しい知見を得た.1)従来,後期鮮新世初期には恒
常的に暖流が流入していたとされてきたが,数万年周期の海面変動を伴う氷期—間氷期サイクルを
認め,氷期には暖流の影響がほとんど無いことを指摘した.2)最も寒冷化し,海水準が低下し
た年代は,海洋酸素同位体ステージ(MIS)の M2(約 330 万年前)であり,その時に約 50 m
の海面低下が起きたことを指摘した.3)鮮新世において初めて日本海に暖流が流入した時期は
MIS M2 以前の約 350〜330 万年前の間であり,
本格的に強い暖流の流入が起きた年代は MIS M1
(約 325 万年前)に相当することを初めて明らかにした.4)約 300 万年前の深海化が起きた層
準で温帯性の浮遊性有孔虫種が急増し,この層準付近で産出した貝形虫化石殻の Mg/Ca 比に基
づくと,当時の古水温は 6℃上昇したことが推定され,この深海化は汎世界的な温暖化(MIS G19)
に伴う海水準上昇によると示唆した.5)約 1600 万年の中期中新世初期に日本全国で繁栄した暖
流系貝形虫群集と,本研究で認められた後期鮮新世の暖流系貝形虫群集を比較した結果,両者は
種構成が大きく異なっており,これは後期鮮新世の暖流系種は新たに南方海峡が開いた時に日本
海へ移動した種群であり,中新世からの残存暖流系種とは異なることを明らかにした.6)同定
した貝形虫種のうち,1 新種の記載を行った.
上記のように,本研究では正確な地層の対比と膨大な試料の微化石分析を行うことによって,
日本海の浅海環境が時間空間的に詳細に復元され,これまでの論争に決着をつけるような成果や
今後の研究の発展が期待できる成果を得ている.これらの成果は地質学,層位・古生物学,古海
洋学の分野に大変貢献すると判断され,高く評価されるものである.成果の一部は日本地質学会
発行の査読誌である「地質学雑誌」に 2 編と,国際誌の「Paleontological Research」に 1 編,関連
論文として公表または受理済みである.
以上を総合して,本論文は博士(理学)の学位授与のための論文として合格と判断した.
3
氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
専 攻 名
吉岡 薫
博士(理学)
総博甲第90号
平成26年3月25日
学位規則第4条第1項
甲第516号
マテリアル創成工学専攻
学位論文題目
日本の閉鎖性海域における近年の珪藻群集と海洋環境
(Recent diatom assemblages and marine environments in
enclosed seas of Japan)
論文審査委員
主査 島根大学教授
入月 俊明
島根大学教授
石賀 裕明
島根大学教授
三瓶 良和
島根大学汽水域研究センター
准教授
瀬戸 浩二
論文内容の要旨
本研究の目的は,4 つの異なる環境上の背景を持つ閉鎖性海域において,近年の人為的・自然
状態の環境変化が海洋環境や珪藻に与えた影響を解明すること,およびそれぞれの海域における
珪藻群集の変化を総括し,珪藻に関する環境指標を確立することである.調査海域は 1)近年の
人為的環境改変の影響を強く受けた海域である播磨灘北部と北西部,2)外洋起源の栄養塩負荷
が高い海域である播磨灘南部,3)離島の小規模な内湾である隠岐西郷湾,4)2011 年東北沖津
波の影響を受けた宮城県松島湾で,これらの各海域における珪藻群集の時間的・空間的変化を明
らかにした.また,堆積物試料を用いて年代測定(14C 年代測定,Pb-210・Cs-137 法),CHN ま
たは CNS 元素分析,粒度分析も行った.
播磨灘北部の兵庫県坂越湾,相生市沖,室津湾でそれぞれ 1 本ずつ採取された計 3 本の柱状堆
積物試料を分析し,過去数百年間の海洋環境の変遷を明らかにした.播磨灘北部沿岸域では,1930
年代以降に海域が富栄養化し,それに珪藻群集が応答した.高度経済成長期には,海域の富栄養
化が顕著になり,更なる栄養塩の増加に対応して浮遊性珪藻が増加した一方,付着性珪藻が減少
した.1980 年代以降には,国による環境保全対策の効果が坂越湾でのみ見られた.また,坂越湾
と室津湾ではマガキの養殖による底質環境の悪化が,相生沖と室津湾では揖保川の水質改善に伴
う海域の水質改善が認められた.
播磨灘北西部の岡山県瀬戸内市沖と虫明湾の 11 地点から採取された表層堆積物試料を用いて,
各種分析を行った結果,岡山県瀬戸内市沖と虫明湾では,底質環境や珪藻群集の絶対量と群集組
成が著しく異なることが明らかとなった.瀬戸内市沖では,底質の有機物濃度が比較的低く,浮
4
遊性珪藻が優占するのに対し,虫明湾では,底質の有機物濃度が高く,付着性珪藻が優占した.
虫明湾の底質環境および珪藻群集はマガキ養殖の影響を受けたことが示唆された.
播磨灘北西部の岡山県瀬戸内市沖と錦海湾で採取された 2 本の柱状堆積物試料を用いて各種分
析を行い,過去約 2 千年間の海洋環境の変遷を明らかにした.約 300 年〜400 年以前は,堆積速
度が速く,
珪藻の生産性は高かったが,
約 100 年以前から約 200 年までに珪藻の生産性が低下し,
これは弥生の小海退の影響であると推定された.約 300〜400 年から 1700 年までは,堆積速度
が遅くなり,珪藻の生産性がそれ以前よりも低下したが,この期間に珪藻の絶対量に変化は見ら
れず,海域環境は安定していたと推定された.その後,1700 年以降には製塩業の発達に伴い海域
の富栄養化が始まり,1950 年代からの高度経済成長期には,播磨灘北部沿岸域と同様,海域の富
栄養化がさらに顕著になり,それに珪藻群集は応答したことが推定された.
播磨灘南部の香川県津田湾で採取された柱状堆積物試料の珪藻分析を行った結果,播磨灘北部
や北西部と同様に,1980 年以前から浮遊性珪藻の急増と付着性珪藻の減少(総珪藻殻数としては
増加)が認められた.従って,播磨灘南部においても播磨灘北部や北西部と同様に,近年の人為
的環境改変により海域が富栄養化し,それに珪藻群集が応答したと考えられる.
隠岐諸島の南東部に位置する西郷湾で採取された 23 地点の表層堆積物試料を用いて,各種分
析を行った結果,八尾川を除く西郷湾全域では小型の Thalassiosira 属,次いで Chaetoceros 属
の休眠胞子が多産し,西郷湾西浦・北浦奥部で総珪藻殻数が非常に多いことがわかった.特に,
西浦では流入河川の八尾川からの栄養塩負荷,海底地形に伴う海域の富栄養化,および有機物の
濃集が示唆された.また,西浦に関しては,近くに露出する中新世に堆積した珪藻土の再堆積の
影響が認められた.
宮城県松島湾で採取された柱状堆積物試料から,津波襲来以前と以降の海洋環境,および津波
堆積物中の珪藻群集の特徴を明らかにした.津波襲来以前には高度経済成長期に伴う人為的な富
栄養化に珪藻群集が応答したこと,また,同じ頃から藻場の拡大が起きたことが示唆された.津
波堆積物下部の淡水・淡水~汽水生珪藻を含んだ粗粒堆積物の存在は,津波の襲来により松島湾
東方の野蒜海岸方向からこれらが供給されたことを示唆した.津波襲来後には短期間の富栄養化
に浮遊性珪藻の Thalassionema nitzschioides や Chaetoceros 属の休眠胞子が応答したこと,そ
してその後,松島湾では新たな生態系が発展して来ていることが明らかになった.
以上のように,各海域において海洋環境および珪藻群集の時間的・空間的変化が明らかとなっ
た.本研究と先行研究の結果を総括した結果,以下の様な結論を得た.1)近年の人為的環境改
変を受けた瀬戸内海では,全域で Neodelphineis pelagica,小型の Thalassiosira 属,Chaetoceros
属の休眠胞子の 3 タクサが共通して多産し,小型の Thalassiosira 属,Chaetoceros 属の休眠胞
子の比率が現世の海域における評価指標として有用であることが示唆された.2)外洋起源の栄
養塩と珪藻群集の関係性に関して,外洋からの高い栄養塩負荷を持つ播磨灘南部と陸からの高い
栄養塩負荷を持つ播磨灘北部・北西部の珪藻群集の変遷を比較したが,本研究では両者の間に顕
著な差異は認められなかった.3)離島に位置する西郷湾での珪藻群集の分析結果に基づくと,
西郷湾の生産性は瀬戸内海を上回り,これらの海域間では少なくとも現在において異なる生態系
が成立していることが示唆された.4)2011 年東北沖津波に関連した珪藻群集と CNS 分析結果
に基づくと,閉鎖性の強い内湾において津波直後の浮遊性珪藻の急増と TOC・TS 濃度の増加が,
過去の津波堆積物の重要な手がかりになる可能性が示唆された.
5
論文審査結果の要旨
日本各地の閉鎖性海域では,1950〜1970 年代の高度経済成長期に富栄養化,有機汚濁,重金
属汚染などが頻発し,生物や海洋環境に深刻な問題を引き起こした.その後,様々な環境保全対
策が実施されたが,現在でも回復していない場所も多い.また,2011 年東北沖津波のような自然
の要因によっても藻場の消失や底質の変化のような影響が認められ,復旧が急がれている.そこ
で,本論文の目的は,異なる環境上の背景を持つ日本沿岸の閉鎖性海域において,近年のこのよ
うな人為的改変や自然の環境改変が,海洋環境や単細胞藻類で水域の第一次生産者として重要な
珪藻に与えた影響を解明すること,およびそれぞれの海域における珪藻群集の現状や近年の変化
を総括し,環境モニタリングや古環境の復元に応用するための珪藻の環境指標種を確立すること
である.本論文の調査海域は 1)近年の人為的環境改変の影響を強く受けた海域である瀬戸内海
の播磨灘北部と北西部,2)外洋起源の栄養塩の負荷量が高い海域である播磨灘南部,3)離島の
小規模な内湾である隠岐西郷湾,4)2011 年東北沖津波の影響を受けた宮城県松島湾である.こ
れらの海域から表層堆積物と柱状堆積物を採取・記載後,珪藻分析の他,年代測定(14C 法,210Pb・
137Cs 法)
,CHN・CHNS 元素分析,粒度分析等を行った.
分析の結果,各調査海域における海洋環境および珪藻群集に関して,主に過去数百年間の詳細
な時間的・空間的変化が復元された.これらを考察した結果,以下の様な結論を得た.1)近年
の人為的環境改変を受けた瀬戸内海では,全域で Neodelphineis pelagica,小型の Thalassiosira
属,Chaetoceros 属の休眠胞子の 3 分類群が共通して多産し,特に小型の Thalassiosira 属,
Chaetoceros 属の休眠胞子が高度経済成長期において極めて多産し,これは当時の栄養塩の急増
が原因であることが示唆された.また,それらの比率が現在の海域における環境評価の指標とし
て有用であることが示された.2)外洋起源の栄養塩と珪藻群集の関係性に関して,外洋からの
高い栄養塩負荷を持つ播磨灘南部と陸からの高い栄養塩負荷を持つ播磨灘北部・北西部の珪藻群
集の変遷を比較したが,本論文では両者の間に顕著な差異は認められず,栄養塩の起源に関わら
ず,いずれの海域でも類似する変化が起きたことが示された.3)隠岐西郷湾の珪藻の生産性は
瀬戸内海のそれを上回り,これらの海域では少なくとも現在それぞれ全く異なる生態系が成立し
ていることが示唆された.4)2011 年東北沖津波に関連した松島湾の珪藻群集と CHNS 元素分析
結果に基づくと,津波の初期に堆積した砂質堆積物では津波の侵入経路である陸域や沿岸域から
運搬された珪藻群集が高い頻度を占め,津波後の泥質堆積物では浮遊性珪藻と TOC・TN・TS 濃
度が一時的に急増し,これは津波によって巻き上げられた泥に含まれていた栄養塩と休眠胞子に
よる影響であることを初めて指摘し,このような現象が過去の津波堆積物の重要な手がかりにな
る可能性が示された.
上記のように,本研究では閉鎖性海域における膨大な試料の珪藻分析を始めとした種々の分析
を行うことによって,各海域における時間空間的な珪藻群集と環境変化が詳細に復元され,環境
モニタリングや環境対策へ貢献する重要な成果と今後の研究の発展が期待できる成果を得ている.
これらの成果は環境地質学,海洋学,第四紀学の分野に大変貢献すると判断され,高く評価され
るものである.成果の一部は日本第四紀学会発行の査読誌である「第四紀研究」に 2 編掲載され,
また,国際誌の「Paleontological Research」に関連論文として投稿中である.
以上を総合して,本論文は博士(理学)の学位授与のための論文として合格と判断した.
6
氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
専 攻 名
Ei Mon Han
博士(理学)
総博甲第91号
平成26年3月25日
学位規則第4条第1項
甲第517号
マテリアル創成工学専攻
学位論文題目
Organic geochemical study of the upper Cretaceous to
Paleogene-Neogene mudstones and coals, Central Myanmar Basin,
Myanmar
(ミャンマー中央堆積盆地の上部白亜系-第三系泥岩と石炭に関す
る有機地球化学的研究)
論文審査委員
主査 島根大学教授
島根大学教授
島根大学教授
島根大学准教授
島根大学准教授
三瓶 良和
入月 俊明
髙須
晃
ロザー B.P.
酒井 哲弥
論文内容の要旨
Upper Cretaceous to Tertiary clastic sediments from the western margin of the Central Myanmar
succession have been investigated to evaluate the source of organic matter (OM), maturity, hydrocarbon
potential, paleo-depositional environment, and paleoclimate based on CNS elemental analysis, vitrinite
reflectance, Rock-Eval pyrolysis, δ13C measurements, XRF analysis and gas-chromatography-mass
spectrometry (GC─MS). Ninety-four outcrop samples including coals, coaly shales, mudstones and
sandstones were collected from different stratigraphic units throughout the western margin of the Central
Myanmar Basin (CMB) in the Upper Cretaceous and Paleogene-Neogene periods. The CMB succession
includes Upper Cretaceous (Kabaw Formation), Paleocene (Paunggyi Formation), Eocene (Laungshe, Tilin,
Tabyin, Pondaung, and Yaw Formations), and Pegu Group (Shwezetaw, Padaung, Okhmintaung, Pyawbwe,
Kyaukkok, and Obogon Formations) in ascending order.
Extensive coals and coaly shales were deposited at the western margin of the Central Myanmar Basin
(CMB) during the Late Eocene. Moderate weathering was recognized in three coaly shales, as manifest by
microscopic cracks, holes, and rim structures in vitrinite. A sample pair of fresh and weathered coaly shale
collected from one seam showed that HI, Pr/Ph ratio, PAHs and long chain n-alkanes (>nC20) bonded to
kerogen in the coaly shales decreased drastically due to weathering, and OI increased. These results
suggest that potential of hydrocarbon generation of the coaly shale as an oil/gas source rock was decreased
to about one tenth by the weathering, whereas the free n-alkanes, biomarkers such as steranes and
triterpanes, and δ13C ratios of kerogen were not affected. Facies change from the coaly shale layers
(Phase-I) to the coal layers (Phase-II) was accompanied by variations in origin of the organic matter. The
source of the OM was mainly terrestrial herbaceous vegetation and/or aquatic plants, deposited in oxic to
7
oxygen-poor peat swamps associated with an estuarine/fluvial-deltaic setting. Phase-I was relatively rich in
gymnosperm biomarkers such as retene and 1,7-dimethylphenanthrene (DMP), whereas Phase-II showed
an increase in angiosperm proxies such as oleanane content and oleanane/C30hopane ratio, with δ13C
values ranging from -24.6‰ to -26.5‰. Based on HI values of unweathered samples, Phase-I is
characterized by type II-III kerogen, while Phase-II contains type III kerogen. Higher values of HI, Pr/Ph
ratios, nC29/nC19 alkane ratios (>1.5) and higher concentrations of conifer-derived 1,7-DMP in Phase-I
suggest a significant attribution of resinous higher plant origin. High Fla/(Fla+Py) ratio in the uppermost
coal suggests occurrence of wildfire, probably related to dry climate in Phase-II. The unweathered CMB
samples show good source rock quality, with potential generation of liquid/gas hydrocarbons.
The western margin of the CMB has been classified into three phases based on biological markers. [1] In
the first phase (Upper Cretaceous to Paleocene) mudstones, the OM was sourced from terrestrial land
plants including angiosperms, with a minor amount of aquatic plants accumulated under oxic to
oxygen-poor conditions, with periodical marine water influences. Aquatic materials are more significant in
the Upper Cretaceous mudstones. Gymnosperms were lesser contributors in the first phase. Lesser contents
of perylene show dry condition. [2] The second phase (Lower to Upper Eocene) mudstones consists of
abundant inputs of terrestrial land plants with lesser amount of aquatic plants and bacteria, deposited in
freshwater oxic to anoxic conditions, with frequent marine water fluctuation due to sea level rises. Lower
Eocene (Laungshe Fm.) and middle to Upper Eocene (Tilin and Yaw Formations) contains more aquatic
materials. Gymnosperms are more predominant in the middle Eocene mudstones, while less abundant in
the other mudstones. Low to high contents of perylene indicate dry (warm) to wet (humid) climatic
conditions. [3] The third phase (Pegu Group: Oligocene to Miocene) mudstones contain mixed inputs of
terrestrial higher plants including angiosperms and gymnosperms and aquatic plants accumulated under
oxic to anoxic conditions, with periodic sea water influence according to eustatic sea level changes.
Aquatic materials are more abundant in the middle to Upper Oligocene (Padaung and Okhmintaung
Formations) and middle Miocene mudstones (Pyawbwe and Kyaukkok Formations). Oligocene mudstones
(Shwezetaw, Padaung, and Okhmintaung Formations) show abundant contributions of gymnosperm
vegetations. Perylene contents are relatively higher in the third phase, indicating wet (humid) climatic
conditions.
Various maturity parameters for mudstones in the western margin of Central Myanmar succession
(WMCMS) showed an immature to very early mature in the OM. According to the Hydrogen Index (HI~
200 mg HC/g TOC) values of the Upper Eocene coals and coaly shales in the CMB, potential of
hydrocarbon generation is reasonably good, mostly gas prone.
In addition, Upper Cretaceous to Eocene deposits were mostly generated from geochemically intermediate
sources, and the Pegu Group is from recycled materials associated with continental island arc. CIA values
indicate moderate to high source weathering in the Upper Cretaceous to Miocene mudstones may exhibit
alternating shifts of dry (hot) and wet (humid/seasonal) climatic conditions. Upper Cretaceous and
Paleocene mudstones could be mainly sourced from both the tectonically stable Eurasia Plate and active
continental margins. Eocene and Oligocene mudstones were generated from active continental margins
such as uplifted Myanmar (Burmese) margins and Himalaya and partly from passive margin (i.e. Eurasia
Plate). Some Oligocene and Miocene mudstones were sourced from both the passive margin and Himalaya
during active tectonism. Upper Cretaceous to Eocene materials are mainly originated from the Myanmar
magmatic arc as an intermediate source. The Pegu Group (Oligocene and Miocene) mudstones and
sandstones may have been generated from both the Myanmar arc and Himalayan detritus. The Pegu Group
contains recycled quartzose materials and the Eocene sediments indicate partly some inputs of recycled
8
materials.
論文審査結果の要旨
本論文の学術的意義は、大きく分けて2つ認められる。1つめは、石炭と炭質頁岩の風化(肉
眼では分かり難い弱~中程度の風化)による炭化水素生成ポテンシャルの低下度を明らかにし、
風化で変化する有機物指標と変化しない有機物指標を明らかにしたことである。2つめは、ミャ
ンマー中央堆積盆地(CBM)西縁において後期白亜紀から中期中新世までの長いスパンで、主に
有機物を用いて古環境と古気候を復元し、それがインド大陸衝突に密接に関係し、かつ細かな変
動を繰り返しながら大きく変化したことを明らかにしたことである。この1つめの成果は、堆積
有機物ケロジェンの基本的な特性変化としてほとんど議論されて来なかった風化の影響を詳細に
明らかにしたことに新規性があり、2つめの成果は、古環境復元がミャンマーで始めて明らかに
されたことに高い価値が認められる。
本論文の成果の具体的内容は以下のようにまとめられる。
①中程度に風化した炭質頁岩の炭化水素生成能力が約 10 分の 1 に落ち、ケロジェンにはカルボ
キシル基・カルボニル基が相対的に増え、高分子側の n-アルカン側鎖が減る。
②中程度に風化した炭質頁岩でも、バイオマーカー、フリーn-アルカン、δ13C 値には影響がなか
った。
③後期白亜紀~暁新世では被子植物が多く裸子植物は少なく、乾燥気候を示した。
④前期始新世以降には、藻類の影響が増え裸子植物が増加し、乾燥-湿潤の変化がある気候に変
化した。これらの大きな変化はインド大陸の衝突によってミャンマー北東部が隆起したことに起
因する。
⑤Zr/Sc 比は、インド衝突の前後で堆積物粒子が塩基性岩起源から酸性岩起源に変化することを示
した。
Ei 氏が用いた地質試料は、石炭・炭質頁岩・泥岩・砂岩の計94試料であり、本人自らが博士
1年時に行った地表地質調査によって得られたものである(当初は MOGE 所有のボーリングコア
の使用を考えていたが、ミャンマー政府の許可がおりなかった)。分析は、CNS 元素組成、ビト
リナイト反射率、XRF 分析、GC─MS 分析、コンピュータモデリングを行い、自ら全て技術を習
得して確かなデータを得た。一部、ロックエバル熱分解分析、δ13C 値については外部委託して行
ったが、データの吟味・解釈は自ら行った。Ei 氏は有機地球化学的手法をマスターし、一部、無
機化学的手法も修得することで幅広い技術・知見を身に付けたため、今後、研究者として活躍す
る基礎が確立したと判断される。博士論文からは、本人の能力・修得した知識・技術・研究遂行
能力が十分であることを読みとることができ、博士論文として十分な内容・成果を有していると
判断される。
9
氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
専 攻 名
Pham Hoang Anh
博士(工学)
総博甲第92号
平成26年3月25日
学位規則第4条第1項
甲第518号
マテリアル創成工学専攻
学位論文題目
New development of EBSD data analysis for crystallographic study
on microstructure formation of martensitic steel
(新しい EBSD 解析手法を用いたマルテンサイト鋼の結晶学的組織
解析)
論文審査委員
主査 島根大学教授
島根大学教授
島根大学教授
島根大学准教授
島根大学准教授
大庭
山田
水野
森戸
北川
卓也
容士
薫
茂一
裕之
論文内容の要旨
The present study aims to expand current knowledge of microstructure formation of martensitic steel with
an extended view point from prior austenite microstructure to fine morphology of lath martensite. It was focused
on fundamental problems of microstructure formation such as the formation of prior-austenite microstructure, the
austenite/martensite orientation relationship and the misorientation between martensite variants with varying of
chemical composition or transformation condition, the effect of local stress on martensite nucleation. Using
electron backscatter diffraction (EBSD) as main experimental tool, this study is also aimed to develop a new
analytical method for effective analyses of EBSD data by involving an advanced computational approach. The
following questions are investigated in each chapter:
Chapter 1 provides a review on crystallography and morphology of lath martensite. The status of EBSD
application in the research topic is summarized and discussed. The view point is also focused on recent
knowledge of microstructure formation in martensitic steel and the relationship between microstructure and
properties.
Chapter 2 describes the materials and experimental techniques used in the present study.
Chapter 3 presents the development of a computational method for EBSD data analyses. An improvement
of existing orientation fitting method was made in order to increase its efficiency and precision. The advantages
of using the new method for fitting austenite orientation and OR, auto indexing of martensite variants and visual
plotting martensite morphology are discussed.
Chapter 4 deals with reconstruction and characterization of prior-austenite microstructure in high carbon
steels. In this chapter, the concept of “prior-austenite microstructure” is proposed. A new method for precise
10
reconstruction of austenite microstructure from EBSD data of martensite is developed. The method is applied
successfully for reconstruction of austenite microstructure in several high carbon steels. A specific morphology
of twin-related neighbor grains in prior-austenite microstructure of high carbon steels is firstly observed and
characterized. The mechanism of prior-austenite microstructure formation is proposed and discussed.
In chapter 5, a statistical investigation of austenite/martensite orientation relationship (OR) with variation
of steels’ chemical composition is conducted. For given steel, the ORs measured for different prior-austenite
grains are likely identical with the error of 0.5 o. The obtained precision of present method is comparable with that
of advanced TEM method. The effect of C as interstitial impurity or Ni and Mn as substitutional impurity on
orientation relationship and misorientation between martensite variants is characterized and discussed. The result
is important for deeper understanding the crystallography of martensite, since it reveals the relationship between
martensite morphology, OR and chemical composition.
Chapter 6 presents a molecular dynamics calculation of boundary energy between martensite variants. The
new models for calculation of boundary energy of twist and tilt boundaries are proposed. The boundary energies
are calculated for all possible pairs of martensite variants. The role of boundary energy on microstructure
formation of lath martensite is discussed.
In chapter 7, a new approach for study on the effect of local strain on nucleation and growth of fine
martensite morphology is taken. The model steel with excessive amount of TiC inclusions is successfully used for
this purpose. A new method for mapping local strain in austenite is proposed. The local strain map shows local
raise of austenite rotation near TiC inclusions. Nucleation and growth of new morphology sub-units such as
packet, block and sub-block are observed in the area surrounding micron-sized TiC particles. The effect of local
strain around micron-sized TiC particles on formation of fine martensite morphology is characterized and
discussed.
Finally, chapter 8 gives concluding remarks of the present study.
11
論文審査結果の要旨
マルテンサイト鋼の組織解析には SEM/EBSD(走査電子顕微鏡/電子線後方散乱)を用いて結
晶方位の解析を行うことで有益な情報を得ることができる。測定により実験データ得ることはで
きるが、定量的な解析には結晶学的な知識が必要となり、また経験も必要とされ、多大な時間を
要する。そのため誰でもができるわけではない。Pham 氏はこの問題点をオーステナイトとマル
テンサイトの結晶方位関係をもとに結晶方位のフィッティング法を開発することによって解決し、
迅速に解析を行う手法を確立した。以下、各章の内容を記す。
1 章では研究背景としてラスマルテンサイトの形態学的、結晶学的なレビューを行い、EBSD の
適用の現状をまとめ、問題点などを議論している。
2 章では本論文で扱われている材料、日本刀を含めた炭素鋼、TiC 析出物を含んだ鋼、と主に用
いる実験方法について記載している。
3 章では効率と精度をあげた、新たに開発した EBSD 測定の解析法、結晶のフィッティング法に
ついて述べている。本解析法ではマルテンサイト鋼の重要な組織であるラスマルテンサイトの複
雑な組織を構成しているマルテンサイトのバリアントの検出、パケットやブロックの検出、旧オ
ーステナイト粒界、旧オーステナイトに含まれる双晶や亜粒界の検出について、有益な情報が得
られることを述べ、結果をマッピングできるなどの利点についても述べている。
4 章では高炭素鋼の旧オーステナイトミクロ組織の特徴と再構築を扱っている。ここで再構築と
いうのは高炭素鋼ではマルテンサイト変態してしまうと旧オーステナイトの情報が見えなくなっ
てしまうが、Pham 氏の開発した解析法を利用することにより旧オーステナイトのミクロ組織を
示すことができることを言っている。実際に日本刀をはじめ高炭素鋼への適用を行い、旧オース
テナイトの微細方位分布などを容易に検出し表示することができ、特定の結晶方位関係を持った
ものが比較的多いことを示している。
5 章ではオーステナイトとマルテンサイトの結晶方位関係について、炭素鋼、合金鋼を用いて炭
素濃度の影響、添加元素の影響について、開発した解析法を利用して結晶方位関係を調べ述べて
いる。新たな解析法を用いることによって炭素濃度により、また添加元素によって結晶方位に特
徴的な傾向があることが明らかになったことを示している。
6 章では分子動力学を利用してマルテンサイトのバリアント界面のエネルギーの計算を行い、実
際に観察されたバリアントの頻度との考察を行っている。
7 章では TiC の析出物を含んだ鋼に本解析法を利用し、結晶方位のずれを検出し、局所的な歪を
見出し、析出物の生成、成長について論じている。
8 章では本論文のまとめを記している。
以上のように、この本解析法の開発により、これまで明らかにされなかった結晶方位の特徴的
な関係を論ずることができるようになり、炭素濃度の異なる炭素鋼や合金鋼に応用し、マルテン
サイトのバリアントやパケット、ブロックの分布を明らかにし、侵入型の炭素濃度や置換型の原
子濃度によって結晶方位関係に特徴的な関係があることなどを見出した。これらは本解析法が開
発、適用されないと明らかにならなかったことであり、今後の鉄鋼材料の開発の助けになると考
えられる。
12
氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
専 攻 名
玉谷 充
博士(理学)
総博甲第93号
平成26年3月25日
学位規則第4条第1項
甲第519号
電子機能システム工学専攻
学位論文題目
Pattern recognition based on naive canonical correlations in high
dimension low sample size
(高次元小標本におけるナイーブ正準相関に基づくパターン認識)
論文審査委員
主査 島根大学教授
島根大学教授
島根大学教授
内藤 貫太
中西 敏浩
黒岩 大史
論文内容の要旨
パターン認識とは,クラスへの属性が既知のデータがあり,どのクラスに属しているかが未知の
観測値が新たに得られたときに,クラスが既知のデータを利用して,その新たな観測値を,属す
るクラスへ判別する手法である.パターン認識の枠組みは,文字や音声などのオブジェクトをデ
ジタル変換処理する「観測」
,オブジェクトの位置や大きさを整えたり,ノイズの除去や色の調節
をする「前処理」
,オブジェクトに依存した特徴を取り出し,観測値ベクトルに変換する「特徴抽
出」
,観測値ベクトルから判別するのに有効なものを選択する「特徴選択」,そして,その観測値
ベクトルがどのクラスに属するかを決定する「識別」のもとで成り立っている.
パターン認識では,クラスが未知であるデータに対して,誤って判別してしまう確率をなるべ
く小さくすることが重要であり,様々な手法が提案されている.2 クラス判別問題でよく用いら
れている手法の一つとして,フィッシャーの線形判別関数が挙げられる.この手法は,各クラス
の平均ベクトルによる違いから生じるばらつきを表す“クラス間変動行列”と各クラス内でのデ
ータのばらつきを表す“クラス内変動行列”の比を最大にする手法であり,各クラスのデータが
分散共分散行列の等しい正規分布に従っていれば,他のどんな手法よりも誤判別率が小さいこと
が一般に知られている.そして,多クラス判別問題においても,正準相関の観点で判別関数を構
築することによって拡張を与えることが可能である.しかしながら,これらは次元がデータ数よ
りも小さいという仮定のもとでの話であり,次元がデータ数よりも大きい場合はクラス内変動行
列の推定量が特異行列となってしまうため,この手法を適用することができないという問題が生
じる.
博士論文では,ナイーブ正準相関に基づいた多クラス判別関数を新たに提案し,漸近理論を構
築した.次元がデータ数よりも大きい場合のパターン認識手法は,2 クラス判別問題においては
様々な手法が提案され,漸近理論が展開されているが,多クラス判別問題における漸近理論につ
いては十分な議論がなされていない.その漸近理論として,誤判別確率の漸近上界を導出するこ
13
とは,手法の精度保証をする利点となり,大変重要であると言える.また,多クラスにおける特
徴選択手法についても提案された手法が少なく,ナイーブ正準相関から得られる固有ベクトル又
は判別方向ベクトルを用いたランキング法及び個数選択の基準を新たに提案することは有益であ
ると言える.以下に,博士論文の概要を各節ごとに述べる.
第 1 節では,次元がデータ数よりも大きい場合のパターン認識手法の背景や本研究の意義を述
べた.
第 2 節では,パターン認識手法の枠組みを述べ,フィッシャーの線形判別関数と正準相関に基
づく判別手法が等価であることを述べ,多クラスへの拡張を紹介した.
第 3 節では,高次元小標本における理論的評価の困難さ及び特徴選択の必要性を述べた.そし
て,その困難さを回避するナイーブ正準相関に基づく判別手法を新たに提案した.
第 4 節では,判別関数の推定量の構築方法及び漸近挙動の設定を与え,ナイーブ正準相関によ
って得られる固有ベクトル及び判別方向ベクトルの漸近挙動を与えるために,適当な条件をいく
つか与えた.そのもとで,固有ベクトル及び判別方向ベクトルの一致性については適当なモーメ
ント条件を持つ一般分布のもとで議論を与えた.ベクトルの一致性については,推定ベクトルと
目的のベクトルとのなす角度の観点を用いて議論し,次元とデータ数の間の増加具合によって一
致性の有無が生じることを示した.そして,一致性が無い場合でも,適当な次元とデータ数の間
の増加条件を満たせば,特定の角度へと確率収束することもまた示すことができた.また,誤判
別確率については,その漸近上界を正規性の仮定のもとで導出した.この誤判別確率の漸近上界
の導出は,次節の特徴選択の基準でも用いられるため,重要な定理の一つであると言える.
第 5 節では,ナイーブ正準相関から導かれる特徴選択手法を提案した.特徴選択手法は主にラ
ンキング法,個数選択の基準が重要となる.2 クラスにおいては固有ベクトルに基づくランキン
グ法と先行研究の等価性を与え,判別方向ベクトルに基づくランキング法を新たに提案した.個
数選択については先行研究の手法を適用した.多クラスにおいてはランキングに用いるべきベク
トルが複数本得られるため,そのことを含めた新たなランキング法を提案した.また,個数選択
についても誤判別確率の漸近上界を用いた新たな基準を与えた.
第 6 節では,第 4 節で与えた条件を満たすいくつかの適当な分布のもとで,ベクトルの一致性
に関する理論結果の数値実験を検証し,誤判別確率の上界についても正規分布のもとで数値実験
による検証をした.
また,
特徴選択手法の性能についても数値実験によって先行研究と比較した.
第 7 節では,特徴選択手法を 2 クラス及び多クラスの実データに適用した結果を述べ,考察を
与えた.
第 8 節では,博士論文で述べた補題,定理及び系の証明を載せている.
第 9 節では,博士論文で扱った内容を総括し,今後展開される研究として帯行列を用いた判別
関数の手法を,帯行列の高次漸近挙動に関する先行研究と併せて述べた.
14
論文審査結果の要旨
本申請論文で議論されているパターン認識は、複数の群への属性がわかっているデータを用い
て、属性のわからない新たなデータを群に判別する統計手法であり、画像解析、信号処理、医学
など、広範な領域で用いられる。マイクロアレイなどの遺伝子発現量のデータの出現により、高
次元のデータに基づくパターン認識の研究が近年重要となっている。データの高次元化により、
データの次元がデータ数を大きく超えてしまう状況が起こり、このようなデータを高次元小標本
と呼ぶ。高次元小標本の設定では、多変量解析における重要な要約統計量である標本共分散行列
が特異になるという問題が生じ、これが高次元小標本における多変量解析の理論研究を難しくし
ている本質的要因であった。
本申請論文では、高次元小標本の設定の下、標本共分散行列についてその対角成分のみを用い
ることで、その特異性を回避して理論構築を行っている。特に、正準相関分析と判別分析との関
連に注目し、
ナイーブ正準相関と呼ばれる手法を定義し、それに基づくパターン認識手法を提案、
その振る舞いを理論的に調べる研究となっている。
本申請論文に含まれる重要な貢献は、多群かつ次元とデータ数が共に発散する設定の下での提
案手法に関する漸近理論の構築とその有効性の評価である。特に、
1. ナイーブ正準相関ベクトルの漸近挙動を、角度の一致性の観点から明らかにした(4 節)
2. ナイーブ正準相関から得られる判別方向ベクトルの漸近挙動を明らかにした(4 節)
3. 提案手法の誤判別確率の漸近上界を導出した(4 節)
4. ナイーブ正準相関ベクトルに基づく特徴選択手法を多群に拡張した(5 節)
5. 判別方向ベクトルに基づく特徴選択手法を新たに提案した(5 節)
6. 数値実験および実際のマイクロアレイデータへの適用を通して、提案手法の有効性を確認
した(6 節・7 節)
とまとめられる。
1 と 2 は、一般の分布族の下で得られたものであり、大変強い結果である。多群におけるこの
ような角度・内積を用いた結果は、他に類を見ない理論的結果であり、高く評価されるものであ
る。また、3 は正規性を仮定するが、多群の下で導出されており、2 群での既存の結果を含むも
のとなっている。多群の下での煩雑な計算と漸近上界の表現を、申請者は見通し良くまとめてい
る。4 と 5 は、多群の下での特徴選択であり、先行研究は不十分なものがほとんどであった中、
申請者は判別手法に忠実でありかつ包括的な特徴選択手法を構築していると言える。6 に挙げた
ように、本申請論文で提案された多群のパターン認識手法は、高次元小標本に対し有効に機能す
ることが確認された。
このように、申請者のこれまでの一連の研究および本申請論文にまとめられた研究内容は、高
い独創性を含む確立された研究であると言える。本申請論文は掲載済論文 2 篇を関連論文として
おり、申請者の活発な研究活動の成果である。
以上の理由により、本申請論文は博士(理学)の学位授与に相応しいと判断した。
15
氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
専 攻 名
韋 于思
博士(工学)
総博甲第94号
平成26年3月25日
学位規則第4条第1項
甲第520号
電子機能システム工学専攻
学位論文題目
Acceleration of Thorup Shortest Paths Algorithm by Modifying
Component Tree Demonstrated with Real Datasets
(コンポーネント木の改良による Thorup 最短経路アルゴリズムの高
速化と実データによる検証)
論文審査委員
主査 島根大学教授
島根大学教授
島根大学教授
島根大学准教授
田中 章司郎
岡本
覚
濵口 清治
廣冨 哲也
論文内容の要旨
This study provides an improved Thorup algorithm which modified the component tree
of the original Thorup algorithm to make it able to maintain the tentative distances of
the vertices without constructing a unvisited structure, in order to reduce the time cost
of pre-indexing and calculating shortest paths in practice. The experiment indicated,
comparing to the array-based Dijkstra, Fibonacci-based Dijkstra and the original Thorup
algorithm, reduction by 17.3%, 78.7% and 87.7% of the time cost, respectively.
The single source shortest path (SSSP) is the problem of finding the shortest path
from a source vertex to every other vertex. It has been applied in many fields such as
navigation [1], keyword searching [2], computer network [3], and it is widely used for
finding the optimal route in a road network. SSSP problem is described as the following
throughout this research. Given a graph
and a source vertex
can reach each vertex of the graph, then find the shortest path from
, in which
and
, suppose s
to every vertex
represent the vertices and edges of G [4]. The m and n mentioned
in the rest of this study represent
respectively. Use
tentative distance from the source vertex to v, and use
16
to represent the
to represent the ensured
shortest distance from the source vertex to v, and let L(v, w) represent the positive integer
weights of edge(v, w). At the beginning,
for every vertex except the source vertex,
. The length of a shortest path should be the sum of the weights of each edge of
the shortest path.
One of the most influential shortest path algorithms is Dijkstra [5][4][6] which is
proposed in 1959. Yen’s paper [7] is considered to be the first one which implements
Dijkstra with an array. In detail, an array is used to record the tentative distance of
each vertex which is adjacent to visited vertices. Every time when a vertex is visited,
the distances of the vertices which are adjacent to the vertex will be recorded in an array,
and then, the vertex which has the shortest distance will be taken to try to relax the
vertices which are adjacent to this vertex. The word relax is described as follows. A vertex,
say A, can relax another vertex, say B, means the distance from the source vertex to B can
be shortened through A. It takes
time to insert a relaxed vertex and
delete a vertex from an array. To relax all vertices, Dijkstra algorithm runs in
the time of maintaining the array, overall, it takes
time to
plus
.
Thorup [8] is an algorithm which theoretically proved that solving the SSSP problem
in linear time with pre-processed index. The paper proposed a hierarchy- and buckets-based
algorithm to pre-process indices for performing queries in undirected graphs with
non-negative weights. Theoretically, this algorithm constructs the minimum spanning tree
in O(m), constructs the component tree in O(n), constructs unvisited data structure in O(n),
and calculates distance of all vertices based on constructed structures in O(m + n). But
in practice, due to the difficulty of implementation, Thorup algorithm occasionally does
not perform as expected according to the experimental result provided by Asano and Imai
[9], and Pruehs[10].
One of the reasons is that the data structures given by Thorup are complicated and
having complex operations. They are difficult to be efficient in practice.
This study proposes two improvements,
1. Make the component tree able to maintain the tentative distances of vertices.
2. Reduce the depth of the component tree by extending the weights’ limitation when
creating components.
About the first improvement, the basic idea of the new algorithm proposed in this study
is that, the component tree could be an efficient structure for maintaining tentative
distances, construct another structure to answer queries from the component tree may not
necessary. The new algorithm maintains the tentative distance of each vertex with the
component tree, so as to avoid creating and using any unvisited data structures. This change
17
has two benefits as follows.
1. Save the time cost from constructing unvisited structures, which is in the first
phase of Thorup algorithm.
2. Accelerate the process of calculating shortest paths, which is in the second phase
of Thorup algorithm.
Two variables should be added to each component of a component tree,
1. distance, which is used to record the tentative distance of each component.
2. deleted, which is used to mark that whether the tentative distance of a component
is not needed to be updated. It happens when we start to bucket the component’s children.
About the second improvement, the depth of a component tree is reduced by extending
the limitation for edges’ weights of components in different levels. This will increase
the advantage provided by using buckets. To visit components frequently through such a
structure will be more efficient.
The improved MX-CIF quadtree [11] has been used to prune the experiment datasets to
delete single lines which both sides of this kind of line do not connect to other lines.
Otherwise, structures used in the algorithm cannot be constructed.
References
[1] D. En, H. Wei, J. Yang, N. Wei, X. Chen, Y. Liu, “Analysis of the Shortest Path of
GPS Vehicle Navigation System Based on Genetic Algorithm,” Electrical, Information
Engineering and Mechatronics 2011, Springer London, 2012, pp.413-418.
[2]
G. Bhalotia, A. Hulgeri, C. Nakhe, S. Chakrabarti, S. Sudarshan, “Keyword Searching
and Browsing in Databases using BANKS,” ICDE Conf, 2002, pp.431-440.
[3]
R. Sivakumar, P. Sinha, V. Bharghavan, “CEDAR: a core-extraction distributed ad hoc
routing algorithm,” IEEE Journal on Selected Areas in Communications, 17, 1999,
pp.1454-1465.
[4]
R. Sedgewick, “Algorithms in Java Part 5, Graph 3rd Edition,” Addison-Wesley
Professional, 2003, ch. 21.
[5]
E. W. Dijkstra, “A note on two problems in connexion with graphs,” Numerische
Mathematik 1, 1959, pp.269-271.
[6]
D. Erik, R. Rivest, S. Devadas, “Introduction to Algorithms,” Massachusetts
Institute of Technology: MIT OpenCourseWare, 2008. Avalible:
http://ocw.mit.edu/courses/electrical-engineering-and-computer-science/6-006-intro
duction-to-algorithms-spring-2008/lecture-notes/
[7]
J. Y. Yen, “A Shortest Path Algorithm,” Ph.D. dissertation, University of California,
Berkeley, 1970.
[8]
M. Thorup, “Undirected single source shortest paths in linear time,” Proceedings
of the 38th Symposium on Foundations of Computer Science, 1997, pp.12-21.
18
[9]
Y. Asano, H. Imai, “Practical Efficiency of the Linear Time Algorithm for the Single
Source Shortest Path problem,” Journal of the Operations Research, Society of Japan,
Vol. 43, No. 4, 2000, pp.431-447.
[10]
N. Pruehs, “Implementation of Thorup's Linear Time Algorithm for Undirected
Single-Source Shortest Paths with Positive Integer Weights,” Bachelor thesis,
University of Kiel, 2009.
[11]
Y. Wei and S. Tanaka, 2013 Improvement of MX-CIF Quadtree With Downloadable Source
Code and Benchmark Datasets, LAP LAMBERT Academic Publishing, 116 pp.
論文審査結果の要旨
本研究は,Thorup が提案したコンポーネント木の構造を改良することで,索引の作成と最短
経路探索の時間計算量を大幅に削減することを可能にしたものである。
辺に正の重み(距離)を持ち単一の出発点からすべての頂点への最短経路を求める問題 (Single
Source Shortest Paths Problem: SSSP) は,ナビゲーションシステムはもとより,キーワード検
索,コンピュータネットワークの OSPF プロトコルなどの多くの用途で頻繁に用いられるアルゴ
リズムである。
SSSP アルゴリズムは,ダイクストラのアルゴリズムとして大変良く知られる (1959)。その実
装プログラムのうち,いまだに影響力があるのは,UC バークレイ校の J.Y. Yen (1970) が提案し
たものであり,配列データ構造を用いている。配列の要素に各頂点間の距離を一時的に格納し,
順次頂点を回訪して最短の距離を更新していく。対象とするグラフの頂点数を n とすると,これ
には時間計算量 O(n2)を必要としていた。
これに対して Thorup (1997) は,索引構造を工夫することで,検索時間を理論的に線形時間,
O(n)とするアルゴリズムを開発した。しかしコンポーネント木を用いた実際のデータ構造実装の
困難さから,その高速な実現は事実上困難であった。
申請者はこの点に着目し,次の 2 点について,データ構造を工夫した。
1. コンポーネント木のノードに一時的に最短距離を格納する変数を追加した
2. 辺の重みの制約をコンポーネント木の各深さに緩めて拡張することで,その高さを低く
抑えた
このことで申請者は,各頂点に対する頻繁な回訪の回数と時間を大幅に削減し,最短経路を短時
間に求める方法を考案した。
最短経路検索には,辺が各頂点で連結されている必要がある。従って検証用のデータには,連
結の頂点が確実に同じ(x, y) 平面座標値を持たなくてはならない。申請者は国土地理院の道路網
の実際の数値情報を,申請者自身が改良を加えて高速化した mx-cif 4 分木を用いて,日本の本
州ほぼ全てをカバーする無矛盾の検証用データを整備した。検証用データは,頂点数が約
2,000 のものから,約 20,000 のものまで 5 種類を用意した。
辺に正の重み,つまり距離を持つこれらのデータに対して,配列構造,Fibonacci ヒープ構造,
現在までに提案されている Thorup 実装の構造,そして今回申請者が提案した Thorup アルゴリズ
ム改良の構造を比較した結果,全ての場合において,申請者が提案したデータ構造が最も高速な
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結果を示した。
この SSSP に関する申請者の研究は,依然として改良が求められている計算機科学の中核的な
問題に対して,ひとつの実際的な解答を示し,またその結果を踏まえて,さらにデータ構造を改
良する展望を拓いたといえる。
このため,申請者の研究成果は,博士の学位にふさわしいものであると判断される。
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氏
名
学位の種類
学位記番号
学位授与年月日
学位授与の要件
文部科学省報告番号
陶山 大志
博士(工学)
総博乙第7号
平成26年3月25日
学位規則第4条第2項
乙第308号
学位論文題目
横打撃共振法による樹木の材質診断技術の実用化に関する研究
(Practical application of non-destructive diagnostic technique for
wood qualities inside standing trees using lateral impact vibration
method)
論文審査委員
主査 島根大学教授
島根大学教授
島根大学教授
島根大学准教授
中尾 哲也
上原
徹
臼杵
年
中井 毅尚
論文内容の要旨
立木の幹内部の材質を非破壊的に診断する手法が従来から研究・開発されている。しかし,こ
れらの手法は機器が重厚で高価である,計測時に時間がかかる,あるいは幹に傷をつける―など
の問題点があり,課題を残している。これに対して,横打撃共振法は打撃された樹幹の振動の横
打撃共振周波数を診断の指標としており,測定が極めて簡易で非破壊の診断法である。また,計
測に必要な機器は携帯性に優れており,また安価に構築できる。このため,一定の精度が得られ
れば,本法は立木の材質診断法として実用化される見込みが高いと考えられる。そこで,本法の
実用化を目指してつぎの1~4)の研究を行った。
1)横打撃共振周波数検出に及ぼすハンマー重量の影響
本法は樹幹を木製ハンマー等で打撃して,その時の樹幹の振動・音の周波数スペクトルから診
断指標となる横打撃共振周波数 Fr を同定する。しかし,得られた周波数スペクトルには Fr 以外に
も複数の周波数ピークが出現することから,Fr は他の周波数と比較して大きな電圧として検出さ
れることが好ましい。とくに,大径木では Fr を検出しにくいことが経験的に知られている。そこ
で,Fr を誤りなく検出する目的で,打撃するハンマーの質量に着目して,Fr の検出に及ぼすハン
マー質量の影響を調査した。調査は胸高直径 58~107cm の9樹種大径木 21 本を対象とし,質量の
異なる8種類(101~3250g)の木製ハンマーを用いてこれらを打撃した。質量の大きいハンマー
では低周波側の周波数ピークが発生しやすい傾向であった。ハンマー質量と共振周波数 Fr の検
出力の関係を検討したところ,ハンマー質量が増加するにつれ Fr の検出力が高くなる傾向であ
った。大径木においては質量の大きいハンマーで Fr を検出しやすいことが示された。さらに,
質量の大きいハンマーを使用することで,すべての供試木の Fr を検出できたことから,大径木
においても本法による診断が可能であることが示された。また,ハンマーの軽量性と Fr の検出
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力の両面を考慮した実用的なハンマー質量について考察した。
2)横打撃共振法によるスギ立木の心材色の推定
スギの心材の色は赤系~黒色系と差異が大きいが,黒色系の丸太は材価が低い。このため,
黒色系のものは早期に間伐することが林業経営上好ましい。そこで,本法を用いてスギ心材
色の推定できるか,つぎの仮定に基づいて行った。本法の材質の診断指標として樹幹直径 D
と横打撃共振周波数 Fr との積 DFr を用いた。DFr が低くいと心材含水率 Mc は高くなり,Mc が高い
と心材の明度 L*は低くなる,それゆえ DFr が低いと L*は低くなる可能性がある―。本法によって
700 本を測定し,うち 74 本を伐採し心材色を調査した。DFr は D が大きくなるにつれ,低下する
傾向が認められた。このことを考慮して,伐採木の D と DFr の回帰直線に対する各個体の DFr の増
減率 R(%)を算出し,R を L*を推定する指標とした。その結果,R と Mc および Mc と L*に負の相関
が,R と L*に正の相関(r = 0.53)が認められた。R と L*の相関係数は高くなかったが,R によっ
て心材の明度 L*を3階級にグループ分けすることが可能であることが分かった。
3)腐朽・空洞面積率の推定(予備研究)
①本法では,あらかじめ把握しておいた欠点のない健全木の測定値(DFr)と比較して,診断木
の腐朽・空洞面積率を推定する。そこで,健全木の DFr の範囲と分布についてヒノキを対象にし
て調査を行った。ヒノキ 16 林分において約 1500 本を測定したのち,計4林分において約 120 本
を伐倒して,材質を調査し,健全木の DFr の範囲を明らかにした。その結果,DFr は 13~46cmkHz
と広範に及んだが,健全木 99 本の DFr は 30~42cmkHz に分布し,林分や個体によってばらつきが
あることあることが分かった。②空洞や腐朽の大きさが DFr に及ぼす影響を予備的に調査するた
め,人工的に作製した空洞円板と自然の被害木から作製した腐朽円板を用いて,円板の空洞・腐
朽面積率と DFr の関係を調査した。その結果,空洞・腐朽面積率の増加につれ DFr は曲線的に減
少し,円板では DFr は空洞や腐朽の面積率を精度よく捉えていた。DFr によって腐朽・空洞面積
率を推定できる可能性が示された。
4)クロマツにおける腐朽・空洞面積率の推定
クロマツ 240 本について本法によって樹幹内部の腐朽・空洞面積率を推定した。あらかじめ(1)
クロマツ健全木 30 本について本法の測定と伐採調査を行い,診断基準となる健全木の DFr の平均
値を明らかにした。
(2)同健全木の円板を用いて空洞面積率と DFr の減少率の関係を明らかにし
た。
(3)本公園の調査木について本法の測定を行い,(1)
(2)の情報に基づき推定腐朽・空洞面
積率 Riv を求めた。本法の精度を評価するため,27 本についてレジストグラフを使用した貫入抵
抗法によって推定腐朽・空洞面積率 Rrg を求め,3本については伐採して地上高ごとに実測腐朽・
空洞面積率 Ram を計測した。Riv は Rrg(r = 0.88)と Ram(r = 0.80)の両者との間に高い正の相
関が認められたことから,本法によって樹幹内部の腐朽・空洞面積率を推定できることが示され
た。
以上の1~4)の研究によって,樹幹の大きさに応じてハンマーの重量を大きくすることで横
打撃共振周波数を検出しやすくなることを示し,
本法による大径木の診断を可能とした。ついで,
スギ立木の心材色を3段階で推定できることを示し,林業における本法の用途を拡大させた。さ
らに,樹幹内部の腐朽・空洞面積率を推定できることを明らかにし,間伐の選木での利用や街路
樹・公園木の倒伏危険度の診断に本法が利用できることを示した。これらの研究によって本法の
実用性は飛躍的に向上したと考えている。
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論文審査結果の要旨
生立木の幹内部の材質を非破壊的に診断する様々な手法が従来から研究・開発されている。し
かし、これらの手法は機器が重厚で高価である、計測に時間がかかる、幹に傷をつけるなどの問
題点がある。これに対して、横打撃共振法は打撃された樹幹の振動の横打撃共振周波数を診断の
手法としており、測定が極めて簡易で非破壊の診断法である。また、計測に必要な機器を安価に
構築できる。このため、一定の精度が得られれば、本法は生立木の材質診断法として実用化が完
成される見込みが高いと考えられる。そこで、申請者は以下のような研究結果を得た。
精度よく明瞭に横打撃共振周波数を測定するには周波数測定機器の性能よりは、打撃に用いる
ハンマーの材質が重要となる。そこで、申請者は101から3250gまでの 8 種類の木製ハン
マーを用い、様々な検討を行った。その結果、最適な汎用のハンマー質量を見出し、従来診断が
困難であった大径木でも、精度の良い診断が可能となった。
スギの心材色は赤系から黒系と差異が大きいが、黒系の丸太は材価が低い。このため、黒系の
ものは早期に間伐することが林業経営上好ましい。そこで、本法の材質の診断指標である、樹幹
直径 D と横打撃共振周波数 Frとの積 DFrを用いた。700 本の立木の DFr値を求め、うち 74
本を実際に伐倒して心材色を測定した。その結果、DFr値が大きくなるにつれ、心材の明度は低
くなり、黒系になることが分かった。この関係を用いて、DFr値の増減率 R を定義し、心材の
明度を 3 階級に大別する、生立木段階での心材の赤系―黒系の識別法を開発した。
これまでの研究は上記の結果を含めスギに関するものが多いが、他の代表的な造林木であるヒ
ノキ、クロマツについても検討を進めた。ヒノキ 1500 本、クロマツ270本について横打撃共
振周波数を測定し、この内ヒノキ 120 本、クロマツ 30 本を実際に伐倒し、診断基準となる DF
r値のそれぞれに対する健全木適正値を求め、実用化を確立した。さらに、これらから、人工的
に作成した空洞材、及び、実際の腐朽材を用いて、空洞・腐朽面積率と DFr 値との関係を明らか
にし、これらの代表的樹種についても横打撃共振法による診断技術を確立した。
以上のことから、提出された論文は、実験手法の精密さ、解析の有用性、解析された結果の重
要性いずれをとっても優れたものである。
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