ブラック・ゴスペル歌唱のための ボイストレーニング&テクニック集

ブラック・ゴスペル歌唱のための
ボイストレーニング&テクニック集
2008/01/01 改訂分
鷲尾 経一
[email protected]
★
はじめに
ブラック・ゴスペルを唄ってみたいと考えているアナタ、最近、日本ではやっているコン
テンポラリー・クワイア・ゴスペルはホントにカッコいいですね。ドライブするビートに
乗せて、自在にかけめぐるソリストの歌声、それを力強く支えるクワイアの迫力。そこに
は、アフリカ系アメリカ人の文化といったものを感じますよねぇ。
さて、私たち日本人は、どうしたらアフリカ系アメリカ人のように唄えるんでしょう?
よく言われるのは、「日本人とアメリカ系アフリカ人とでは、声帯も骨格も筋肉のつき方も
違うから、あんなふうには唄えない」。なるほど、一見、この意見は正しいように思われま
す。確かに彼らと,私たちとでは声帯も骨格も筋肉のつき方も違います。でも待ってくださ
い。声帯や骨格や筋肉のつき方で異なってくるのは声質であって、歌い方ではないハズで
す。それならば、私たち日本人の歌声は、歌い方次第でまだまだアフリカ系アメリカ人の
人々に近づけると思いませんか?
じゃあ、彼らはどんな歌い方をしているのでしょう? ブラック・ゴスペル特有の歌い方
ってあるのでしょうか?
この問いに答えてくれる人は、日本にはほとんどいません。ま
た、アメリカでも数少ないのです。なぜなら、彼らはブラック・ゴスペル特有の歌い方を意
識して行っているのではないからです。彼らは小さいときから教会に行き、そこでオトナ
たちが唄っているのを聞いて、自然とそのやり方をマネするようになった、そんな人がほ
とんどです。ですから、留学してむこうのクワイアで勉強しても、『ブラック・ゴスペルら
しい歌い方』なんてレクチャーはないのです。そういうワケで、いま日本で、「ブラック・
ゴスペル(またはブラック・ミュージック)を唄っているんだけど、どう唄ってもアフリカ
系アメリカ人のフィーリングが出ない」と悩んでいる人は、たいへん多いと思います。
けれども、ブラック・ゴスペル特有の歌い方といったものは、まちがいなくあります。そ
して、この小冊子を通じて、誰も語ることのなかったその秘密について迫ってみたいと思
います。日本でブラック・ゴスペルを唄いたいという、そんな人たちに、この小冊子が何か
の役に立つのなら、筆者にとってこれ以上の喜びはありません。
では、はじめましょう!!
2
★ もくじ
1.ゴスペル歌唱のためのウォーミングアップ――
4
2.腹式呼吸のトレーニング ――――――――――
8
3.ボイストレーニングの基礎――――――――― 11
4.ブラック・ゴスペルの発声法を科学する―――― 14
5.PUSHを用いたボイストレーニング―――― 19
6.ブレス ―――――――――――――――――― 24
7.ストレートボイス――――――――――――― 26
8.ストレートボイスの応用テクニック ――――― 30
9.母音間のバラツキをなくすボイストレーニング 34
10.リズム ―――――――――――――――――― 35
11.音程
―――――――――――――――――― 40
12.発音のためのトレーニング――――――――― 43
13.ムーブメント――――――――――――――― 44
3
1.ゴスペル歌唱のためのウォーミングアップ
(1) ウォーミングアップの意味
ブラック・ゴスペルの発声はクラシックの発声(=べル・カント)とは違い、全力で声
を張り上げるスタイルです。それだけに、声帯や筋肉のケガの予防のため、まずは正し
い発声法を身につけることが、なによりも必要です。また、ケガの防止のためには、練
習前にはカラダの筋肉をリラックスさせてやるとともに、発声に必要な筋肉を動かす、
いわゆるウォーミングアップがたいへん重要になってきます。
しかし、実際の練習では合唱の時間を少しでも多く取りたいため、ウォーミングアッ
プはないがしろにされているのが実情のようです。しかし、それではたして、第1声か
ら全力投球ができるでしょうか?
また反対に、ウォーミングアップにスケール(音階)
練習をえんえんと繰り返すクワイアも見られます。やはりウォーミングアップに 20 分以
上もかけるのは現実的でないと思われます。
以下の文章では、筆者がいろいろと試行錯誤した結果、ゴスペル歌唱にもっとも適し
ていて、しかも短時間で効率的に必要部分のリラクゼーションとウォーミングアップが
できるウォーミングアップ法について紹介します。
(2)準備体操・ストレッチ
プロのスポーツ選手などで用いられているスタティック・ストレッチは、緊張を取って
筋肉を柔軟にし、筋肉の障害や筋肉痛を予防し、血行を良くして運動の効率を上げると
いう、まさに良い事ずくめのストレッチ法です。今日では一般的なウォーミングアップ
の方法として広く知られるようになりましたが、まだ、従来の準備体操との誤解・混同
があるように思われます。まずは、このストレッチの一般的な注意点について列挙しま
す。
・ 反動をつけずに行う
・ ゆっくり伸ばして、7〜15 秒静止する
・ オーバー・ストレッチをしない(痛いと思うほど伸ばさない)
・ 呼吸しながら行う
次に、ゴスペル歌唱のウォーミングアップ用に最適化されたエキササイズ手順です。
肩や首といった、歌唱時に力の入りやすい、でも、力が入ってはいけない上半身のメニ
ューが中心です。なお、準備体操とあるものは静止を伴いませんが、ストレッチとある
ものは上記の注意を守って静止してください。
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①
肩を回す準備体操(速さを変えて2回)
②
右(左)手で左(右)足のつま先を掴むストレッチ(左右)まん中の図
③
腕を背中に回すストレッチ(左右)
④
腕を首の前に回すストレッチ(左右)
⑤
首を回す準備体操(速さを変えて2回)
⑥
首のストレッチ(左右)
5
⑦
首のストレッチ(前後)
(3)ライオン
〜顔のストレッチ
『ライオン!』の掛け声とともに、顔中の筋肉を硬直させて、まるでライオンが「ガ
ーッ」と吼えているかのような表情にします。7秒以上の硬直の後、
『リリース』の掛け
声とともに顔中の筋肉を弛緩させます。これを交互に行う練習です。この練習のバリエ
ーションとして、顔中の筋肉を顔の中央に引っ張ってくる『ウメボシ』があります。ど
ちらの運動も顔の筋肉をリラックスさせ、英語の発音をキレイにするという効果があり
ます。
(4)リップロール
リップロールは、顔の筋肉がリラックスしているかどうかをチェックするのに最適で
す。これは、唇を震わせ、「ブブブブブブブブブ」と言います。いろんな音程でやってみ
てください。30 秒連続できたらOKです。なお、顔(特に頬)の筋肉が硬直していると
リップロールはできません。ライブ前の緊張度チェックにも有効です。
(5)ウィッチ
ウイッチとは、
・ 一息で
・ 自分の最低音からウラ声の最高音まで、なめらかに上昇し、
・ そこから再度、最低音までなめらかに駆け降りる
という発声練習です。ポイントは、音程の上昇も降下も同じようになめらかに行う、と
いう点です。
この練習は、ピッチ(音程)を決定する筋肉の動きを滑らかにする効果があり、ウォ
ーミングアップとしては最適です。また、1分間×3回もやれば十分で、従来のように
10 分以上かけて音階練習をする必要はありません。また、この練習には、換声点(オモ
テ声とウラ声が切り替わる音程)の幅を広くする、という効果があります。曲中でウラ
声が使いにくい、という人は換声点が狭いため、ウラ声にチェンジしにくい場合が多い
のです。そういう人にも、この練習をオススメします。
(6)まとめ
6
以上のトレーニングをまとめますと、
(2)・・・・・・・ 上半身の筋肉のリラクゼーション
(3)(4)
・・・・
顔の筋肉のリラクゼーション
(5)・・・・・・・ 声帯の周囲の筋肉のウォーミングアップ
ということになります。この(2)〜(5)のトレーニングを一連のウォーミングアップ
として、クワイアの練習前に行いますと、筆者の経験では、高音域の倍音、音量が、とも
に 20〜30%程度、増加するように思われます。所要時間は 20 分ほどですので、ぜひ試して
みてください。それと、せっかく楽しく唄うのですから、ぜひともノドや筋肉の障害のな
いよう留意してください。では、次の章ではブレストレーニングに移りましょう!!
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2. 腹式呼吸のトレーニング
(1)胸式呼吸と腹式呼吸
まず、トレーニングの前に、ちょっと理屈を理解しましょう。人間の呼吸法には大きく
分けて2種類あります。それは胸式呼吸と腹式呼吸です。簡単に説明すると、肋骨の間に
ある肋間筋の運動によって胸が押し広げられるのが胸式呼吸、横隔膜の上下運動によって
行われるのが腹式呼吸です。この二つは違う呼吸のように思われていますが、通常はこの
二つを併用して呼吸しています。
この二つを見るには、お腹と胸にそれぞれ手を置いてみて深呼吸をしてみてください。
どこが膨らみましたか?
胸が膨らんだり肩が上がったり、お腹が膨らんだりしています
ね。ちなみに腹式呼吸といってもお腹に空気が入るわけではなく、腹式呼吸によって横隔
膜が下に押し下げられると肺の下にある内臓が圧迫され、逃げ場を失って腹部が盛り上が
るため、お腹〜腰が膨らむのです。
唄う時には腹式呼吸を用います。腹式呼吸は肺が骨のない下方に引っ張られるため、横
に大きくなる胸式呼吸に比べて1回の呼吸量が多く、また、筋肉の塊である横隔膜を利用
することにより爆発的な呼吸ができるため、唄うのに適しているのです。(図1参照)
使う筋肉
動く個所
特徴
胸式呼吸 肋間筋など
胸、肩
1回の呼吸量が少なく、静かで穏やかな呼吸
腹式呼吸 横隔膜、腹直筋など
腹、腰
1回の呼吸量が多く、爆発的な呼吸
図1:胸式呼吸と腹式呼吸の違い
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男性は、ふだんから腹式呼吸と胸式呼吸を併用しているため、腹式呼吸のマスターが早
いのですが、女性は胎児の保護のため(妊娠していなくても)、ふだんは胸式呼吸の割合が
多いので、腹式呼吸を正しくマスターするのは、けっこう難しいですよ。
(2)腹式呼吸のトレーニング
では、まず、あお向けに横になってください。なぜって?
人間はあお向けになった
とき、最も腹式呼吸をしやすくなるからです。次に、口からおヘソの下9cmあたりま
で、体の中に風船が入っていると想像してみてください。いいですか?
それではゆっ
くり息を口から吐いていきますよ。お腹をぺったんこにして、これ以上吐けない、とい
うところまで息を吐き切ってください。
次は、先ほどの風船を、下から順に膨らませていくイメージで、ゆっくりと鼻から息
を吸っていってください。はい、どうですか、うまく下から膨らみましたか?
この場
合、自分で簡単にできるチェック方法があります。それは後ろわき腹に手を当てて、こ
の部分が膨らんでいるかチェックするのです。ここが膨らまなければ、横隔膜が十分に
下がっていません。もう一度、息を吐くところからやり直しです。
うまくわき腹が膨らんだアナタ、おめでとうございます。でも、きっとスゴク腰が痛
いと思います。それは日常使わない筋肉を急に動かしたせい。なーに、じきに慣れます
よ。おっとー、ムキになって何回も繰り返し練習してるアナタ、アブナイからおやめな
さい!!過呼吸になっちゃいますよ。このトレーニングでは、ふだんのアナタの呼吸量
の何倍もの酸素が体内に摂取されるのです。なんかフラフラしてきたなぁと思ったら、
すぐトレーニングを中断して休憩してください。
あお向けで何回か行って、コツが掴めるようになったら、今度は立ってやってみてく
ださい。立つと仰向けよりはやりにくいかと思いますが、息を吸った時のお腹の動き方
を意識して行ってみてください。さて、うまくマスターできたら、次のステップへ。
(3)ブレスのトレーニング
唄う上でブレスは重要です。十分に息が吸えないと、どんなにテクニックを持ってい
る歌手でも、そのテクニックを使うことができません。ここでは、一息でお腹一杯に鼻
から空気を吸うトレーニングを行います。
まずは、あお向けの状態で両手を胸とお腹に置き、ゆっくりと口から息を吐いていき
ます。そして、吐き切ったところで一気に鼻から息を吸います。この時、胸が膨らんだ
らアウト!
もう一度やりなおしです。ポイントとしては、『息を吸う』というつもりで
はなく、『息を吐き切ってぺったんこになったお腹を一気に膨らませる』、『すると、空気
が勝手に肺の中に入ってくる』、という意識でやるとうまくいきます。うまくいったら、
立ってやってみましょう。
うまくいくようになったら、どれくらい吸う力が増したか実験してみましょう。2リ
9
ットルの空ペットボトルを用意してください。これを口に当て、ブレスの要領で一気に
息を吸いこむのです。では、やってみましょう、せーのーでっ!!
ベコッとペットボ
トルが潰れたら大成功。あなたのブレスは十分、曲中で使えるだけの吸う力をつけてい
ます。
では、今度は、より実践的なトレーニングをしましょう。メトロノームを用意して、
♪=120 にセットして鳴らします。7拍の間、ゆっくりと息を口から吐いていき、8拍目
に鼻から息を吸うのです。そして、また1拍目から吐いていきます。ポイントとしては、
息を吸うのは8拍目の音と同時に、できるだけ短時間で一気に吸うという点です。そし
て、この時、『息を吸う』というつもりではなく、『息を吐き切ってぺったんこになった
お腹を一気に膨らませる』、『すると、空気が勝手に肺の中に入ってくる』、という意識で
やるようにしてみてください。
1分間続けてみましょう。どうですか、できましたか?
なりましたか。じゃあ、次のステップに移りましょう。
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ハハハ、腹筋がヘロヘロに
3. ボイストレーニングの基礎
(1)PUSHのトレーニング①
さて、また聞き慣れないコトバが出てきましたねぇ。まあ、詳しい説明は後にして、
ここでは一気に息を吐く方法ぐらいに考えてください。
では、先ほどのステップの要領で、お腹いっぱい、もーこれ以上吸えまっしぇーん!
というくらいまで腹式呼吸で息を吸って、今度はそこで息を止めてください。おや、顔
が真っ赤ですよ。はい、それくらい吸いましょう。
吸ったら、そのままの状態で、さらに思いっきりお腹を突き出して力を入れます。ち
ょうどお腹の中からつっかえ棒をかましたような状態で固めるのです。この時、腹筋に
力を入れるからといって、腹筋をへこませてはいけません。キタナイ話ですが、ちょっ
とトイレでキバっている時みたいな要領で力を入れて、腹筋を突き出した状態で固める
のがポイントです。
ここの部分がよくわからない人は、うつぶせに寝て、両手で両足首を持ち、腹筋だけ
でジャンプする練習をしてみましょう。腹筋を突き出した状態で力を入れるコツが掴め
ると思いますよ。これは、横隔膜を支えている筋肉に瞬間的に力を入れることによって
横隔膜を張るトレーニングです。
今度は腹筋を突き出した状態のまま、腹筋を動かさずにフッ!と息を鋭く出します。
ちょうど口の中にいれたウメボシのタネを,できるだけ遠くへ飛ばすときのように鋭く
フッ!と出すのです。いいですか、フーと出すのではなく、ウメボシのタネを飛ばすよ
うにフッ!と出すのですよ。この時、胃の上とおヘソの横(右でも左でもかまいません)
5cmあたりに右手と左手を置いて下さい。フッ!と吹いた時、胃の上がへこんだり緩
んだりせずにおへその横(またはわき腹)がピクッと動いたらOKです。
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これはどういう練習かといいますと、人間は息を吐く時、胃の上の筋肉(腹直筋)を
使いがちになるのですが、この筋肉を使うと息のスピードが出ません。ところがブラッ
ク・ゴスペルを唄う時は、この息のスピードが非常に重要になってきます。そこで、胃の
上の筋肉ではなく、もっとスピードが出るわき腹〜おヘソの横の筋肉(腹横筋群)を使
う練習なのです。あいにく、この筋肉はなかなか意識して動かせるものではありません
ので、この練習ではけっこう苦労するかと思います。
みなさんはセキやクシャミをしすぎて、下っ腹が痛くなったという経験はありません
か?
セキやクシャミは、気道に入ってしまった異物を体外に飛ばし出すという働きが
あるため、この時、息を吐くスピードは最大になります。そのセキやクシャミで痛くな
る筋肉(腹横筋群)を、唄うときに使用するというワケなのです。これこそがブラック・
ゴスペルにおける重要な技術である『PUSH』です。
(2)PUSHのトレーニング②
次は、この『PUSH』のトレーニングをメトロノームとやってみましょう。イメー
ジとしては、お腹の中からつっかえ棒をかましたつもりで、胃の上の腹筋がへこんだり
緩んだりしないように気をつけてやりましょう。
先ほどと同じく、♪=120 に設定して、今度は3回息を吐いたら4拍めにブレスしまし
ょう。息を吐くのは口からで、息を吸うのは鼻からですよ。こんなカンジです。
はっはっはっ、すっ、はっはっはっ、すっ
まずは、がんばって1分間続けてやってみましょう。かなりキツイと思いますが、こ
れはブラックゴスペルを唄う上において,たいへん重要な練習ですので,ぜひがんばって
やってみてください。
(3)PUSHのトレーニング③
今までは吐く息だけのトレーニングでしたが、このステップではいよいよ声を出して
みましょう。では①の要領で、息をお腹いっぱいに吸ったら、ちょうどお腹の中からつ
っかえ棒をかましたような状態で固めるように、さらに思いっきりお腹を突き出して力
を入れます。そして今度は、梅干のタネを飛ばすかわりに声を飛ばしてみましょう。
ただし、
『声を出す』と意識すると、どうしても胃の上の腹筋が緩んでしまいますので、
『喉のトンネルに息を通して声帯に息をあててやるだけ』という感覚がちょうど良いか
と思います。言葉は『アッ!』か『パッ!』と言って下さい。では、いきますよ。せー
のーでっ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いやー、出ましたねぇ、太くて通る声が。なんですって?
出ると思わなかったって?
自分にこんなに大きな声が
いえいえ、誰だって出るんです。ふだんは隠れてるだけな
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んです。不思議なもので、悲鳴を上げるときは、どんな人でも『PUSH』を使った発
声になるのですよ。ではでは休憩していただいて、次章ではこのへんの説明を。
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4. ブラック・ゴスペルの発声法を科学する
(1)ブラック・ゴスペルの発声法って?
① ブラックゴスペルの発声法 〜PUSH
この章では、誰も語ることのなかったブラック・ゴスペルの発声法を、検証していきた
いと思います。いったい、ブラック・ゴスペルの発声法ってあるのでしょうか? ブラッ
ク・ゴスペルの発声法は、他のクラシックやポピュラーの発声法とは違うのでしょうか?
まず、これらの質問から答えていきたいと思います。
たとえば日本の民謡からフラメンコ、モンゴルのホーミーにいたるまで、この地球上
の音楽はすべて、その音楽固有の『声質』を有しています。日本の民謡ならかん高い声、
フラメンコならしわがれ声、ホーミーなら倍音といった具合です。それならば、それぞ
れの音楽には、その固有の『声質』の声を発声するための発声法があると考えられます。
そう考えると、アフリカ系アメリカ人の文化であるブラック・ゴスペルにも、固有の発声
法があっても不思議ではありませんね。
結論から申し上げますと、ブラック・ゴスペルでは、3章で述べた『PUSH』を用い
ることによって、
『声量が豊かで、太く通る声』を発声することがなにより大切なのです。
以下に述べるように、『PUSH』は息の速さに重点をおいた技法であるため、体の共鳴
機構を最大限に活用するクラシック声楽の技法『べル・カント』とは、まったく異なる
技法であると言えます。にもかかわらず、日本においてこの2者が混同されて指導され
ているのは、まったく残念に思われます。
② PUSHは誰でもできる!?
また、この『PUSH』というテクニックは、けっこう、私たち日本人も気づかない
うちに使っています。
想像してみて下さい。サッカーワールドカップ予選決勝戦、あなたは日本チームのキ
ャプテンです。前半が終わって1対1、これから後半戦です。代表メンバーで円陣を組
み、あなたはその中心でゲキを飛ばします。
「(スーーーッ)、ぜっったい、もういっってん、とるぞぉぉぉー!!」
大きく息を吸った後、下腹に力を込めてこのゲキを飛ばすとき、「ぜ」と「い」と「と」
は、自然と『PUSH』になっていると思います。
また、想像してみて下さい。今度は甲子園球場で、あなたは観客です。9回裏0対0、
バッターは金本です。今日の相手投手上原は絶好調でここまでノーヒットピッチング、
あ、金本がレフトに打ち上げました。平凡なフライかと思ったら、浜風に乗って意外と
伸びる。球場全体が息をのむ。ひょっとすると…。
入った、入りました、サヨナラホームラン!!
「やっったぁぁぁ!!」
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このときも、「や」と「た」はキレイな『PUSH』になっているはずです。
このように、このテクニックは、アフリカ系アメリカ人にはできて、日本人にはでき
ないということではなく、誰にでもできるテクニックなのです。
③ PUSHの心理的効果
では私たちは、どのような場合にこの『PUSH』を用いているのでしょうか?
まず一番に挙げられるのは、上記②項の例の二つめの場合、すなわち歓喜の表現の場
合、このPUSHが使われることが多いのです。次には上記②項の例の一つめの場合、
すなわち強い決意や固い意志の表現の場合にもよく用いられます。
一方、ブラック・ゴスペルは、どのような気持ちを表現することが多いのでしょうか。
よく、「ゴスペルは神様を賛美する音楽だ」と言われます。その言葉自体には誤りはない
のですが、この場合の「ゴスペル」とは、「クリスチャン・ミュージック」=「新しく作
られたキリスト教宗教歌全般」の意味で用いられているように、わっしぃには思われま
す。
もちろん、ブラック・ゴスペルにもその要素はあるのですが、それよりも、ブラック・
ゴスペルが、他のクリスチャン・ミュージックと決定的に違う点は、『罪がゆるされ、神
の子どもとされ、永遠のいのちが与えられた私の歓び』を、積極的に他者に伝え、『これ
からも信仰の道を歩んでいこうとする、私の固い決意』を、積極的に他者の前で表明す
る点にあるのではないかと、筆者は考えます。これは、キリスト教でいうところの「証
し」にきわめて近いものです。
これらの『歓び』や『決意』の表現は、聴く者に元気や勇気を与えます。「ああ、あそ
こで頑張っている人がいる。ワタシも頑張らないと…。」その「証し」の歌声を聴いた者
はそう思って、自らの歩みを進めるのです。
「ゴスペルを聴くと、何か元気が出る。勇気をもらえる。
」ゴスペルの歌詞などご存知
ないような方からも、よく聴かれる感想です。そして、その直感は正しいと、筆者は考
えます。なぜなら、ブラック・ゴスペルは、その特長的な技法PUSHによって、英語が
わからない人々に対しても、感覚的に『歓び』や『決意』の気持ちを伝えることができ
るからです。そして、その唄い手の『歓び』や『決意』の気持ちは、聴き手にとっては
元気や勇気の源となるのです。
このように、語頭などを『PUSH』で強調することによって、強い決意や意思、喜
びを表現することができ、そのような歌詞の内容の歌が多いブラック・ゴスペルには、
『P
USH』はなくてはならない技法であると言えましょう。
(2)声量とは
この項では、発声法について述べる前に、まず基本的なことを勉強してみましょう。
ブラック・ゴスペル、特にクワイアは、よく「声量豊かな」とか「大迫力の」とかいった
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形容詞で表現されることが多いのですが、いったい声量の違いってどうして起きるんで
しょうか?
ひとつ考えられるのが息の量によって変わるんじゃないかということです
が、実はそれだけではないのです。
声をムツカシク定義すると、『空気を吐き出す際、空気それ自体の持つ運動エネルギー
が、声帯で音エネルギーに変化したもの』といえます。ここでいう、音エネルギーとは
声の持つエネルギーで、まあ、いわゆる声量と同義語だと考えてください。そうすると、
声量と空気(息)の運動エネルギーとは相関関係があるということになります。
では、声量を上げるためには空気(息)の運動エネルギーをアップさせればいいとい
うことになり、運動エネルギーの法則(E=1/2mv2)より、
声量 = 1/2 ×(一瞬のうちに吐き出す空気の量)
×(一瞬のうちに吐き出された空気の速さ)2
という式が導き出せます。つまり、息の量より息の速さの方が、全体としての声量を左
右するのです。
(2)息の速さをMAXにする技法=PUSH
前章でも述べましたが、そのセキやクシャミをするときに使う筋肉を歌う時に使用す
ることにより、息の持つスピードを最大限に高め、この息の持つ運動エネルギーを声帯
で音エネルギーに変化させる技法が『PUSH』です。つまり、言いかえると、
『PUS
H』とは、最大限に声帯でデカイ声を上げさせるための技法に他なりません。
ところが、ここで注意しなければならないことがあります。それは、私たちが大きな
声を出そうとすると、どうしてもノドに力が入ってしまうという点です。そのまま無理
をしてノド声を続けると、声帯ポリープができてしまう危険があります。
ところが、正しく『PUSH』を使って発声すると、どんなに大きな声を出してもポ
リープができにくいのです。それはなぜでしょうか?
それは声帯自身のしなやかさと関係があります。私たちが大きな声を出そうとノドに
力を入れると、声門抵抗を高めようとして声帯の筋肉(甲状披裂筋)に力が入ってしま
い、声帯襞粘膜が固い筋肉にサンドイッチされてしまう結果となります。そのため、筋
肉に挟まれた粘膜質が破れ、ポリープになってしまうのです。
ところが、
『PUSH』を用いる発声では、腹筋により息の速さをMAXにすることに
重点がおかれ、ノドには力を入れません。ですから声帯はしなやかなままなので、どん
なに大きな声を出してもポリープができにくいというワケなのです。
(3)PUSHを用いた時の声帯
この項では、PUSHを用いたとき、声帯レベルではどのような事が起こっているの
かを見ていきますが、まずは声帯の説明から行いましょう。
声帯の内側は粘膜質の襞でできていて、垂直断面図は、やや上スボマリの形をしてい
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ます。ここを空気が通過する際に襞と襞がぶつかりあって声を発するのです。したがっ
て、ぶつかりあう面積が大きく、しかもぶつかり方が激しいほど大きな声が出るという
ことになります。(図7参照)
どうして『PUSH』を用いて発声すると大きな声が出るのか、これは物理学で習う
ベルヌーイの定理を用いて説明することができます。『PUSH』を用いて発声すると、
声帯を通過する空気のスピードが通常より速くなります。ここで定理によれば、流体(こ
の場合は空気)の任意の2点で、圧力と位置エネルギーと運動エネルギーの和は一定と
されています。つまり、声帯を通過する空気のスピードが速くなると運動エネルギーが
大きくなり、エネルギーの和は一定なので、必然的に声帯内部の圧力が下がります。言
いかえると、声帯を通過する空気のスピードが速くなると、声帯内部が陰圧となること
により、襞と襞が吸い寄せられて、より激しく広くぶつかり合う結果となり、大きな声
が発声できるというワケなのです。
(4)PUSHを用いた時の声の周波数特性
また、この『PUSH』を用いると、単に音エネルギーが大きい(=声量がある)だ
けではなく、音響学的にも優れた特性を持つ声を発声させることができます。
フーリエの理論によると、音は多くの周波数の重ね合わせによってできているとされ
ています。人間の声も例外ではなく、例えば母音『ア』を発声した時は最も低い基本周
波数は約 120Hz、その第2倍音の周波数は 240Hz、第3倍音の周波数は 360Hz・・・とい
うように多くの周波数から成り立っているのです。
この倍音の強さ(大きさ)は周波数が上がるにつれて急激に弱くなります。典型的に
は、周波数が2倍になると(1オクターブ上がると)1/4 に減少するとされています。と
ころが、『PUSH』を用いて強い声で発声すると、周波数が2倍になっても 1/2 にしか
減少しません。つまり、
『PUSH』を用いるとそれだけ多くの周波数倍音が聞き手の耳
に届くのです。これが、ブラック・ゴスペルは『太い声』『ぶ厚い声』だと言われる理由
なのです。
また、音響学の音源フィルター理論によると、声の物理的な性質は、音源特性、声道
特性、放射特性という3つのそれぞれが互いにほぼ独立な特性によって決定されるとみ
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なされています。音源特性とは上で説明したことで、倍音の強さは周波数が上がるにつ
れて減少するということです。
次の声道特性によると、人間の声道の特性として、500Hz、1500Hz、2500Hz、3500Hz・・・
という周波数帯が共鳴しやすいとされています。このうち 2500Hz〜3000Hz の帯域はシン
ガーズ・フォルマントと呼ばれ、この帯域にエネルギーの集中があると、バックの演奏に
かき消されることなく歌手の声が聞こえてくるとされています。
『PUSH』を用いると、通常の発声よりも高音域周波数倍音の減少率が小さいため、
それだけシンガーズ・フォルマントのエネルギーがアップする結果となるので、単に『太
い声』になるだけではなく、バックの演奏に負けない『通る声』にもなるということに
なるのです。この『太くて通る声』こそが、ブラックゴスペルが「大迫力の」とか「声
量豊かな」とか形容される理由なのです。
さて、いろいろと理屈っぽいことを説明してきましたが、いよいよ次章からは本格的
なボイストレーニングに移ります。用意はいいですか?
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いざーっ!!
5. PUSHを用いたボイストレーニング
(1)準備するもの
さあ、いよいよです。早く声を出したい気持ちをぐっと抑えて、まずは準備するもの
について説明しましょう。
●水、ポカリスエット・できれば、トレーニングの1〜2時間前から充分に水分を摂取
するようにしてください。これぐらいの時間から水分を摂取す
ると声帯に十分に水分がいきわたり、声が楽に出ます。声帯が
乾いていると声がかすれやすくなってしまいますのでご注意。
ただし、コーヒーやお茶などには利尿作用がありますので、飲
むのは水かポカリスエットがいいと思います。
PUSH の練習は思ったよりハードです。すぐにノドが渇いてき
ます。トレーニングの合間合間にこまめに水分補給してくださ
い。氷で冷やしたような、キンキンの冷たさである必要はあり
ませんが、少なくとも体温よりは冷たくしてください。
●メトロノーム・・・・ここから先のトレーニングは、日本人にとって不得意なビート
感覚を養うトレーニングを兼ねて、メトロノームと行います。
大きな声を出していると、なかなかメトロノームの音は聞こえ
ませんので、スピーカーにつなげたりヘッドフォンで聞くこと
のできるようなアウトプット端子つきのものがいいでしょう。
もちろん、キーボードに付属しているようなドラムマシンがあ
ればなによりです。
そして、ボイストレーニングは必ず立って行ってください。座るとPUSHの時に使
うおヘソの横の筋肉が働きにくくなります。それから、特にしなければいけないような
姿勢はありません。アゴが出ないようにさえして楽な姿勢で立っていただいたら、少々、
猫背でもかまいません。
(2)8拍1音1ブレス
さあ、3章のPUSHは、だいたいマスターできましたか?
上手にPUSHできて
いると、不思議なもので、あれだけの大声を出しているのに、ノドがちっともシンドク
ありません。もし、PUSHの練習をしていて、ノドがイガイガっと感じたら、いわゆ
る喉声、前章でいうところの大声になってしまっています。注意しましょう。
まず、キーボードで、先ほどのPUSHの練習の際に自分が出していた音の高さを確
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認しましょう。この高さは、あなたが最も声を出しやすい高さです。今後の発声練習の
ベースとなる高さですので、よく覚えておいて下さい。
次にメトロノームを♪=120 に設定して、メトロノームに合わせて8拍目にPUSHし
て発声します。こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
(
呼吸と声
♪
)吐いて
♪
♪
吐いて
♪
♪
吸って
♪
♪
固めアッ
これは思ったより忙しいですね。どうしても息を吸うのが1拍では時間が足りず、必
然的にお腹を固めることができなくて思ったようなPUSHができない、という結果に
なることが多いようです。やはり、
・お腹をぺったんこにして、これ以上吐けない、というところまで息を吐き切る
・『息を吸う』というつもりではなく、『お腹を一気に膨らませる』つもり
・お腹の中からつっかえ棒をかましたような状態で固める
という3つの基本をしっかり守ってくださいね。
(3)8拍2音1ブレス
次も同じく、♪=120 で、こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
(
呼吸と声
♪
)吐いて
♪
♪
吐いて
♪
♪
♪
♪
吸う固めアッアッ
これは8拍1音1ブレスよりも、さらに息を吸う時間が短くなります。上に書いた3
つの基本をしっかり守ってやってみてくださいね。
(4)8拍4音1ブレス
次も同じくメトロノームを♪=120 に設定して、1拍おきにPUSHして発声します。
こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
(
声
)アッ
♪
♪
アッ
♪
♪
♪
アッ
♪
♪
アッブレス
最初のうちは、息が続かなくなったら中断して、ゆっくりと息を吸って、吸い終わっ
たらまた始めて下さい。慣れてくると8拍目の部分でブレスを行い、この練習を1分間
続けてください。
これは思ったよりハードですよね。30 秒を過ぎたあたりから喉声になってきていませ
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んか? 「こんなん、できへん!」と思ったアナタ、ごくごく正しい反応です。実は『歌
う』ということは、元来、制御不能な人間の能力を一つ一つコントロールしていく作業
に他ならないのです。だから、最初はできなくても当然です。
とは言っても、これができないと次のステップに進めませんから、水を飲んで休んだ
ら、もう一度やりましょう。1回1回の時はPUSHができるのに、この練習になると
喉声(大声)になってしまうのは、次の3つの可能性が考えられます。
①
空気が十分吸えてない
②
上半身に力が入っている
③
胃の上の腹筋が緩んでいる
①の場合は、ブレスの回数を増やしてみましょう。②の場合は、手を下にダランと下ろ
した状態で、手をブラブラ振りながら練習してみましょう。③の場合は、もう一度2章
をよく読んで、コツを掴んでください。
最初にも言いましたが、このトレーニングはたいへんハードなので、1分やって2分
休むを1ラウンドとして、1回 10 ラウンドを上限としてください。途中でもノドに違和
感を感じたら、そこで練習は中断するのがよいと思われます。1回にたくさんやるより
は、10 分でもいいですから毎日やる、という方が上達は早いです。
(5)3拍1音1ブレス(または7拍1音1ブレス)
次はロングトーンの練習をしてみましょう。同じく、♪=120 に設定しておいて下さい。
こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
♪
♪
♪
♪
♪
♪
♪
(
―
―
ッ
ア
―
―
ッ
声
)ア
上記の「ッ」の部分でブレスをします。これの注意点は2つ。ストップ&ブレスとス
トレートボイスです。次章と7章に詳しく説明をしてありますので、よく読んでおいて
下さい。これも1分間続けます。ロングトーンが3拍ではお腹に空気が残ってしまうの
でかえってやりにくいという方は、ブレスを1回にして7拍ロングトーンでも結構です。
また、PUSHの時と同じように力を入れた状態でロングトーンを発声しますと、声
が立体的になりません。やはり、ロングトーンの部分になると力を抜いて音量を一気に
落とすことが必要です。これをグラフ化すると、ちょうど心電図みたいになりますね。
PUSH ロングトーン ブレス
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(6)1拍1音ノーブレス
さて、そろそろ基礎的なトレーニングに飽きてきた頃ですね。「こんなんやって、何に
なるんや!」
「ボイストレーニングはしょせんボイストレーニング。実際の曲中では使え
ない!」。ええ、アセる気持ちはスゴクよくわかります。じゃあ、次の練習は目先を変え
て、曲中で使えるビブラートの練習をやりましょうか。まずは♪=120 で、こんなカンジ
です。
(メトロノーム)♪
(
声
♪
♪
♪
♪
♪
♪
♪
)アーアーアーアーアーアーアーアー
息が続かなくなるまででかまいませんので、声を伸ばしたまま再度PUSHする感覚
を掴んでください。これは、ちょっとでも胃の上の腹筋が緩むとできませんよ。できま
したか?
さあ、それではメトロノームをだんだん速くしてみましょう。♪=150 くらい
までできましたか?
では、今度はメトロノームの速さだけを半分にしてさっきと同じようにしてみましょ
う。こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
(
声
♪
♪
♪
)アーアーアーアーアーアーアーアー
あーら、不思議。さっきはできたのに、メトロノームの速さを変えただけで、同じ事
がもうできない。でも、実はこれが8ビートのビブラートなのです。じゃあ、今は3連
のビブラートに挑戦してみましょう。メトロノームの速さを最初の速さの1/3に。最初、
♪=150 だったら、今度は♪=50 にしましょう。こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
(
声
♪
♪
♪
)アーアーアーアーアーアーアーアーアーアーアーアー
ははは、ボロボロでしたか。1つの音符を3分割するというのは、日本人にはない感
覚です。そして、この感覚こそがブラックミュージック特有のグルーブ感を形づくりま
すので、まあ、アセらずやってください。歩く速さが、だいたい♪=60〜70 ですので、
歩きながら「アーアーアーアッ、アーアーアーアッ」と3連のリズムを口ずさむのも、
3連の感覚の養成にいいかもしれませんね。
そして、なんとかできるようになってきたら、メトロノームを少しずつ速くしましょ
う。最初のトレーニングで♪=210、つまり三連ビブラートで♪=70 くらいの速さができ
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るようになってくると、十分、曲中でビブラートとして使用することができます。
そして、このトレーニングは、いろいろな音程でやってください。あんがい、中音域
にニガテなところがあったりするので、ご用心。
(7)1拍1音ノーブレス音程変化
では今度は、先ほどの1拍1音ノーブレスに音程変化をつけてみましょう。ベースと
なる音程がC(ド)の人であればこのような音階でやってみるといいでしょう。
(メトロノーム)♪
♪
♪
♪
♪
♪
♪
♪
(
声
)アーアーアーアーアーアーアーッ
(
音階
)C
B
A
G
A
B
C
ブレス
これも1分間継続してやってください。そして終わったら、キーボードなどでCの音を
出して、自分が終わった音とのズレをチェックしてみてください。なに?
がってた?
半音以上下
まあ、始めのうちはそんなもんでしょう。できるだけ音程が下がらないよ
う意識してPUSHしてください。
(8)歌詞をつけてのボイストレーニング
ここまで来れば、ボイストレーニングの成果を曲中で試せるのもあと少しです。それ
ではPUSHを用いたボイストレーニングの仕上げとして、実際の曲の一部分を使って
トレーニングしてみましょう。曲は、音程の変化が少ないことから、 Oh Happy Day を
選んでみました。メトロノームは♪=100 くらいで。こんなカンジです。
(メトロノーム)♪
♪
(
オーハピィデエェェェェェェェィ
声
)
♪
♪
♪
(音階ソプラノ)
C
CC
D♭
(音階
アルト)
A♭A♭
A♭
(音階
テナー)
E♭E♭
F
♪
♪
♪
♪
デェェェ…となっているところは8ビートのビブラート、ビブラートの最後の小文字
ィの部分でストップ&ブレスです。ビブラートは連続してエを言うつもりでやるとうま
くできます。ロングトーンが長い上にビブラートが速くてちょっとたいへんですが、こ
れができると自信がつきますので、がんばってチャレンジしてみてください。
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6. ブレス
(1)ブレスは鼻から
ふだん、何気なく行っているブレスですが、実は、これがたいへん重要なテクニック
なのです。どんなにテクニックを持っている歌手であっても、曲中で十分に息を吸うこ
とができないと、そのテクニックを発揮することができません。そういう意味でブレス
はたいへん大切です。
そして、ブレスはできるだけ鼻から吸うようにしましょう。なぜ、鼻から吸うといい
のかというと、主として以下の三つの理由があります。
①
風邪を予防する
②
ブレス後の音程がフラットしにくい
③
息を瞬間的に吸いこむ力を増すトレーニングになる
特に重要なのは②です。これはどういうことかというと、鼻からブレスすると、ノド
の形状を保ったままブレスできるため、フラットしにくくなるということです。
たとえば、オクターブ上のDで7拍のロングトーンを行い、1拍の休符の間にストッ
プ&ブレス(次項参照)して、次のアタマの音がまた上のDだった場合を考えてみまし
ょう。口からブレスすると、Dの音を出しているノドは緊張している→ノドを弛緩して
ブレスをする→再びDの音を出すため緊張する→声を出す、という過程を1拍という短
い時間の間に行わなければならないため、再度の緊張が間に合わず、2回目のDの音が
フラットするという結果に陥りがちです。
ところが鼻からブレスすると、鼻腔のほうが気道より細いため、ブレスのためにノド
を弛緩する必要がありません。ノドがDの音を出すための緊張状態を保ったままブレス
できるからです。よって、2回目のDの音はフラットしにくくなるというワケです。
また、鼻にはウィルスや細菌などの侵入をできるかぎり少なくするためのフィルター
の働きがあります。ところが口から息を吸うと扁桃腺や咽頭にウィルスなどが付着し、
これが体外に排出されないと風邪やインフルエンザの原因となります。
ですから、みなさんもボイストレーニングの段階から、鼻からブレスすることを心が
けるようにしてください。
(2)ストップ&ブレス
これはブラックゴスペルに限らず、ロックでもジャズでもすべての歌に共通して使え
る、たいへん重要なテクニックです。曲中でブレスする時間が短いとき、このテクニッ
クを知っているとたいへん役立ちます。具体的には、
①
休符のアタマで発声を止める
②
同時に舌を『Ŋ』の時の形状にしてノドにフタをし、息が漏れないようにする
③
同時に鼻からのブレスを行う
24
というもので、①、②をストップといい、③がブレスなので、①〜③でストップ&ブレ
スといいます。文章にするとかなり難しそうですが、ポイントは②で舌の形状を『Ŋ』の
形(英語で…ing の時の舌の形状)にする点で、これがわかれば、さほど難しくはありま
せん。ぜひ、次の閑話休題をお読みください。
*閑話休題
〜『ん』の発音と大阪の地名
『天満(てんま)』『天王寺(てんのうじ)』『天下茶屋(てんがちゃや)』、いずれも大
阪の人にはなじみ深い地名ですが、この3つの地名の『天』の中にある『ん』は、すべ
て発音が違うということを知っていますか?
「そんなもん知らんかったかて、生きていけるわい!!」
う〜む、いかにも大阪らし
い反応、ありがとうございます。でもそれだと話が進まないので、ほんの少しだけおつ
きあいを・・・。
われわれはふだん、まったく意識していないのですが、『ん』の音を何種類にも使い分
けて発音しているのです。たとえば『天満(てんま)』と発音する時は、『天満』の『ん』
は上下のクチビルをくっつけて発音します。つまり英語の『m』ですね。また、
『天王寺
(てんのうじ)』の『ん』は舌先を上前歯のつけねにくっつけて発音します。これは英語
の『n』ですね。では『天下茶屋(てんがちゃや)』はどうでしょうか?
『ん』というときに、上あごの奥あたりに舌の腹を盛り上げてくっつけていませんか?
そうそう、それが正しい『Ŋ』の発音です。では次は、『天下茶屋』と言うつもりで『て
ーん』と言ってみましょう。はい、よくできました。それが
ストップ
です。今度は
『てーん』と言うつもりで『ん』は発音しないで、かわりに鼻から息を吸ってみましょ
う。『てースッ』といったカンジです。最初はちょっと難しいかもしれませんが、何回か
やっていくと、なんとなくカンジが掴めるはずです。これが ストップ&ブレス です。
「なんだか、かつがれたみたい・・・」ですって!?
りません。舌先三寸で丸めこんでおります!
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いえいえ、決してかついではお
おあとがよろしいようで・・・。
7.ストレートボイス
(1)ストレートボイスとは
ストレートボイスとは、一つの音を、
①
一定の音の大きさで(途中で音の強弱がつかず)
②
1つの正しい音程で(途中でシャープしたりフラットしたりせずに)
③
決められた拍数、音を伸ばすこと
で、これは他のすべてのテクニックの基本となり、また、クワイアなどのアンサンブル
おいてはたいへん重要なテクニックです。そのため、他のテクニックにさきがけて、ま
ず最初に身につけましょう。
このストレートボイスを応用すると、いろいろと変化に富んだテクニックになります。
たとえば、
・ ビブラート(1つの音を一定のリズムで一定の強弱をつけて伸ばす)
・ グラデーション(1つの音を伸ばしながら、徐々に音を小さくする)
・ ブレス・トゥ・ブレス(1つの音で、空気換声率をゼロから徐々に上げる)
・ スラー(1つの音から次の音へ、なめらかな音程で移行する)
・ メリスマ(連続するいくつかの音を、なめらかに移行する)
などが挙げられます。これらのテクニックは、すべてストレートボイスが基本になって
いるのです。
(2)ストレートボイスのトレーニング
前節で、ストレートボイスとは、
① 一定の音の大きさで(途中で音の強弱がつかず)
② 1つの正しい音程で(途中でシャープしたりフラットしたりせずに)
③ 決められた拍数、音を伸ばすこと
と述べましたが、これは簡単なようで、なかなか難しいことです。どうしても、
アー〜―〜〜
と、音程がふらついたり、
アーアーアー
と、音量が変わったりしてしまいます。
直接筋肉をコントロールして、これを修正することはたいへん難しいので、次のような
イメージトレーニングを考えてみました。閑話休題をお読みください。
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* 閑話休題
〜ストレートボイスのイメージトレーニング
ストレートボイスを出すことはカンタンなようだが、これがやってみると以外にムズ
カシイ。まっすぐに音を出そう出そうと思えば思うほど、音程がふらついたり音量が変
わってしまったりする。
ひとりひとりの音程のふらつきはたいしたことがなくても、これが何人も集まるクワ
イアになると、もうタイヘンである。ひとりひとりの微妙な音程の違いによるうねりが
増幅されて、ものすごくきたないアンサンブルになってしまう。現実に、ストレートボ
イスをトレーニングメニューの中に入れていないため、このようなきたないアンサンブ
ルを発するクワイアは多く存在する。
とはいっても、何とかしなきゃならんので、ここはイメージトレーニングを採用する
ことにする。つまり、『アー』と発声しているとき、あたかも自分の口から細いクモの糸
を吐き出しているような様をイメージし、その糸が途中でよじれたりねじれたりしない
で、まるでピアノ線のようにまっすぐ前方に伸びていくんだと念じつつ、『アー』と歌い
続けるのである。こんなカンジである。
ア――――――――――――――――――
これでストレートボイスがトレーニングできるなんて、まるでウソみたいなハナシで
あるが、これがけっこう効果があるのである。ストレートボイスでお悩みのアナタ、ぜひ、
一度おためしあれ。
27
(3)響き
① ブラック・ゴスペルの体内共鳴=チェスト・ボイス
「唄っている時の自分の声が子供みたいでイヤ」っていう人は多いと思います。そういう
人は体内共鳴がうまく出来てないことが多いようです。
人間の体内でまず一番に声を共鳴する部分は、声帯のすぐ上にある共鳴スペースです。
ところが、その共鳴スペースのすぐ上部に、喉頭蓋が邪魔をしているのがおわかりでしょ
うか? 喉頭蓋とは、私たちがモノを飲み込むとき、この喉頭蓋が倒れこんで気管に文字
通りフタをし、食物を食道のほうへ誘導する役目をしてくれます。この喉頭蓋をできるだ
け起こした(舌にぴったりついた)状態で発声すれば、声帯のすぐ上の共鳴スペースが大
きく取れることになります。
これは舌の後部(舌根)を下げることによって、喉頭蓋を起こすことが可能になります。
ただし、『舌根を下げる』とか『喉頭蓋を起こす』とか言っても、なかなか思ったように
反応してくれません。そこで、『あくび』の時の口〜ノドの形をイメージして唄うように
すれば、勝手に舌根は下がって喉頭蓋は起きてくれます。
また、舌根とノドボトケと声帯は筋肉でつながっているため、舌根が下がっているか
どうかは、鏡や自分の手の指などでノドボトケが下がっているかチェックすることにより
知ることができます。(注:喉頭隆起とはノドボトケのことです)
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また、この声帯のすぐ上にある共鳴スペースのサイズは、姿勢によっても変化するこ
とが知られています。アゴを上げた状態で唄うと、相対的に喉頭蓋が倒れ共鳴スペース
が狭くなってしまいますので、身体はどんなにムーブメントで動いても、常にアゴを上
げないようにして唄いましょう。
このノドボトケを下げた発声法は、一般的にポピュラーボーカルの世界ではチェスト・
ボイスと呼ばれています。ブラック・ゴスペルでは、このチェスト・ボイスが最も一般的
な発声法ですので、まずこの発声法をマスターしましょう。
② チェスト・ボイスとヘッド・ボイスの違い
皆さんはヘッド・ボイスという言葉を聞いたことがありますか?
この言葉は元々ク
ラシック界では、チェスト・ボイス=オモテ声に対してウラ声を表す言葉だったのですが、
ポピュラーのボイストレーニングでは後鼻腔を共鳴スペースとして発声する方法、もし
くはその声を指します。
この発声法では共鳴スペースとして後鼻腔を用いますので、咽頭腔と鼻腔とは交通し
ている必要があります。つまり、軟口蓋は降りていないといけません(前ページの断面
図は軟口蓋が降りている状態です)
。しかし、m、n以外の発音をする場合、通常、軟口
蓋は緊張して挙上し、咽頭腔と鼻腔とはコンパートメントされてしまうのです。そこで、
軟口蓋を発音に影響しない程度に微妙に下げたまま唄うことによって後鼻腔で共鳴させ
る結果、あたかも後頭部から声が出ているように感じるのが、この発声法の特徴です。
目を吊り上げて、鼻を意識して「んーまーー」と言うトレーニングをされたことのある
方もいらっしゃるかと思います。
ところが筆者の聴覚的印象では、ブラック・ゴスペルでこの発声法をいつも用いて唄う
シンガーはきわめて少ないように思われます。にもかかわらず、一部では、このヘッド
ボイスがブラック・ゴスペルに必須の発声法のように誤解されて指導されていることを、
きわめて残念に感じます。
特に、ブラック・ゴスペルでこのヘッドボイスを用いてはいけないというルールはあり
ませんが、これができないとブラック・ゴスペルじゃないと思って練習するだけの価値の
ある技法ではないと思われますので、ヘッドボイスができない方もご安心ください。そ
れよりは、前項で申し上げたノドボトケを下げたチェスト・ボイスで唄うように注意しま
しょうね。
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8. ストレートボイスの応用テクニック
(1)ビブラート
ブラック・ゴスペルに限らずシャンソンから演歌にいたるまで、たいていの音楽ジャン
ルでビブラートは使用され、たいへんなじみ深いテクニックですが、このビブラートに
は大きく分けて2種類あることをご存知でしょうか?
それは音量の変化によるビブラ
ートと音程の変化によるビブラートです。クワイア系のゴスペルでは、このうち音量の
変化によるビブラートを使うことが多いようです。
① ビブラートの定義
ビブラートに定義なんてあるの?
と思われるかもしれませんが、それがあるんです。
A) 一つの音を
B) 一定のリズムで
C) 一定の音の強弱または高低をなめらかにつけて唄うこと
というのが定義になります。この『一定の』というところがポイントで、リズムや強弱
に変化がついていても、それが一定でなければ、ただの不協和音になってしまう恐れが
あるので、『一定の』という部分が重要なのです。
ビブラートは、フレーズの最後のロングトーンに使ったり、アップテンポの曲中で短
く使ったりと、とにかく音を1拍以上伸ばすところにはどこにでも使え、その効果は絶
大というテクニックです。すぐにやってみたいアナタは、次を読んでください。
② 音量の変化によるビブラート
これは5章でトレーニングしたビブラートで、具体的にはロングトーンを伸ばしなが
ら断続的にPUSHをする、という方法です。特徴としては、
・ 音程が変化しないので、アンサンブルを乱さない
・ 深いパルスが可能であるが、短いパルスは困難である
といったところがあげられ、アンサンブルを乱さないことから、クワイア系のゴスペル
でよく用いられているビブラートです。このテクニックをキッチリ行おうとすると、そ
れ相応の腹筋のコントールを要求されます。まずはストレートボイスをよくトレーニン
グした後にチャレンジしてみてください。
③ 音程の変化によるビブラート
これは半音階をなめらかに上下するビブラートで、具体的にはアーと音を伸ばしなが
ら、♪ド〜シ〜ド〜シ〜ド〜シ〜♪と音程を動かしてやるとできます。特徴は②と反対
で、
・ 音程が変化するため印象的であるが、アンサンブルには不向きである
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・ 短いパルスが可能であるが、深いパルスには適していない
という、どちらかというとソロ向きのビブラートです。
また、②と③をミックスしたビブラートも存在し、ローリン・ヒルは1曲の中でこの
3種類のビブラートを使い分けて歌っています。
(2)ブレス・トゥ・ブレス
① ブレス・トゥ・ブレスの定義
いきなりワケのわかんない名前のテクニックですが、J−POPの玉置浩二の得意技
といえばおワカリでようか?
そうです、歌のフレーズの始めの部分に息の成分の多い
歌い方です。これの定義は、
・ 1つの音を伸ばしながら、空気換声率をゼロから徐々に上げていく
ということですが、かえってわかりにくいかもしれませんので、例を挙げて説明しまし
ょう。
② ブレス・トゥ・ブレスの例
たとえば、森進一の『おふくろさん』という歌を例に挙げて説明しますと、
おふくろさんよー
おふくろさんよー
というフレーズの下線部分にブレス・トゥ・ブレスをつけたいなら、
ほふくろさんひょー
ほふくろさんひょー
と発音するつもりで唄うと、けっこうキレイなブレス・トゥ・ブレスがつきます。つまり、
コトバの始めに、息の成分の多い子音である『H』をつけてやると、なんとなくそれら
しくなります。
このテクニックをきっちり行おうとすると、音量変化によるビブラートと同様に、そ
れ相応の腹筋のコントロールを要求されます。まずはストレートボイスの練習からきっ
ちりと行ってください。
(3)メリスマ
① メリスマの定義
また、ワケわかんない単語が出てきましたねぇ。これは
・ 連続するいくつかの音をなめらかに移行する
テクニックのことで、はやいハナシが洋風の『コブシ』ってコトですね。
② メリスマの落とし穴
マライヤ・キャリーがヒットしてからというもの、日本でも、やたらメリスマを使う
31
アマチュアシンガーが増えましたね。でも、ちょっと待ってください!
アナタのメリ
スマ、正しいですか〜???
実は、ブラックミュージックのメリスマの音階には法則性があって、その法則を踏み
外すと、メリスマがまさしく演歌にしか聞こえない場合があるのです。いやですよねぇ
〜、演歌『Hero』なんて!!
ですからメリスマを唄う際は、めんどうでも一音一音キ
ーボードなどで音を拾って、きっちりとコピーしてから唄うようにしましょう。
(4)シャウト
① シャウトの定義
これは演歌では「唸り」と呼ばれている技法で、仮声帯など声帯以外の場所を振動さ
せることによって雑音成分を声に付加するテクニックです。J−POPやロックで俗に
シャウトと呼ばれている高音の叫び声とは、その技法が異なりますのでご注意ください
ね。
② シャウトの原理
仮声帯は声帯のやや上方にあり、声帯と同じように気管が狭くなっているところです。
仮声帯の主たる役割は、モノを飲み込むときにその食物が気管の方に流れ込まないよう
にしっかり閉じることです。ですから、モノを飲み込まない時や発声時は開放していま
す。発声時、この開放している仮声帯に、意図的に力を加えて半分閉まった状態を作り
出してやることによって、肺からの呼気で声帯に加えて仮声帯も振動させるというのが
シャウトの原理なのです。
③ シャウトの注意点
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シャウト、かっこいいですよね〜。まさにブラックミュージックの中でも最も華のあ
るテクニックですよね。でもでも、自己流でやるには危険がいっぱい。
前項でご説明しましたように、もともと仮声帯は振動させるように作られていません。
その器官を無理やりに振動させるのですから、シャウトをすると、咳き込む、ノドがい
がらっぽくなるなど、かなりの消耗が伴うとお考えください。
また、仮声帯と声帯はたいへん位置的に近いので、仮声帯を意図的に閉じようと力を
入れると、声帯にも力が入ってしまう危険があります。声帯の筋肉に過度の力が加わる
と、声帯ポリープなどノドを痛める危険があるということもよく覚えておいてください
ね。
それと生まれつきのノドの構造や機能などの要因か、どうしてもシャウトできない人
がいるようなので、できないからといって無理に練習するのはおやめください。声帯に
ポリープや結節ができてしまったら、後のシンガー人生に影響するぐらいのタイヘンな
ことになっちゃいますよ。
33
9. 母音間のバラツキをなくすボイストレーニング
(1)母音発声時のノドの形状
発声練習が進んでくると、人によっては「アの音で練習すると太くて通る声が出せる
のに、イの音だとまるっきり出ない」とか、「エの音で練習するとまあまあなのに、ウの音
で練習するとまるでダメ」とかいったように、発声時に母音間にバラツキが出るといった
悩みが起こってきます。なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?
実は、各母音を発声するときのノドの形状が母音によって微妙に異なるため、このよう
なことが起こるのです。アの時のノドの形状がいちばん自然な形状で、このとき最も太く
て通る声が出ます。イとエはノドを細くして発声するため、へたをすると声まで細くなっ
てしまいます。一方、ウとオはノドを裾広がりの形状にするため、これまた通る声が出に
くいのです。概して、イの出にくい人はエも苦手だし、ウの出にくい人はオも苦手なよう
です。
(2)イウエオボイストレーニング法
では、苦手母音をどう克服しましょう?
ゴメンナサイ、これには特効薬がありません。
これから説明するイウエオボイストレーニングで、ひたすら苦手母音を徹底的にトレーニ
ングするしかないのです。
これのトレーニング方法は、たとえば有効最高音(自分が発声できる一番高音)が上の
Eの人なら、1拍4音1ブレス(♪=120)でこんなカンジでやってください。
イーウーエーオー、ウーエーオーイー、エーオーイーウー、オーイーウーエー
C♯D D♯E
C♯D D♯E
C♯D D♯E
C♯D D♯E
この方法ですと、最高音域ですべての母音を発声しますから、自分はどれくらいの高さ
でどの母音が出にくくなってくるかがすぐわかります。あとはその音域の出にくい母音を、
この方法で徹底的にトレーニングすればいいのです。ただし、出にくい母音のトレーニン
グはノドにとって非常に負担が大きく、つまり、それだけノドを痛める可能性が高いとい
うことでもあるので、このトレーニングはボイストレーニング全体のうちの最後の5分だ
けとか決めたりして、くれぐれもオーバーワークにならないよう注意してください。
34
10.リズム
さて、ここから先はボイストレーニングにこだわらず、ブラックゴスペルを唄う時に
大切なことについて、いろいろと見ていきましょう。筆者は、ブラックゴスペルを唄う
のに大切なことは、技術側面から考えると、
・ 発声
・ リズム
・ 音量
・ 音色(声色)
・ 音程
・ 発音
の6つと考えています。特に筆者は、上の6つから発声を除いた5つを『歌の5要素』
と読んでいます。
この6つはどれも同じくらい大切で、練習ではどれがおろそかになってもいけません。
ただ、今の日本のクワイアの練習方法を見ていると、音程と発音にかける割合が比較的
多いかと思います。そこで、以下の章では、今まであまりふれられることのなかったク
ワイアでのリズム練習を中心に解説し、あと音程のトレーニング方法や発音、ムーブメ
ントについても見ていきたいと思います。
(1)クワイアにおけるリズムの重要性
クワイアの魅力って何でしょう?
いろいろあるとは思いますが、やはり、いちばん
の魅力は迫力だと思います。では、迫力を出すためにはどうすればいいのでしょうか?
まず、ひとりひとりがボイストレーニングをしてよく通る声になることと、それとあ
んがい気づかれていないのが、ひとりひとりがリズムをそろえて、クワイア全員が同じ
タイミングで発声することなのです。特にフレーズの頭の音や、フレーズ中で大切な語
句についてはリズムに気を遣わなければなりません。この章では、初心者が陥りがちな
リズム上のクセについて、どうすれば良くなるか考えていこうと思います。
(2)『ハシる』のはどうすればいいの?
初心者の場合、唄っているうちに、いつのまにかリズムが
傾向があります。これは、なぜ起きるのでしょうか?
ょうか?
ハシってしまう
という
また、どうすれば防げるのでし
これらの点について、有名なクリスマスソングである『Go Tell It On The
Mountain』を例にとって考えてみましょう。まず、1回唄ってみましょう。
♪Go tell it on the mountain, over the hill and everywhere,
Go tell it on the mountain, that Jesus Christ is born. ♪
35
あれ〜っ、2回目の『Go tell it on the mountain』のリズムが、なんかアヤシイで
すねー。どうしてこうなっちゃうのでしょう?
多くの場合、フレーズの唄い出しはリズムが正確なんですが、唄っているうちに自分
自身の歌声だけに集中してしまい、ビートを見失ってしまうという事が
ハシる
最大
の原因になっています。
これへの対策としては、フレーズの中でビートとシンクロするところ、つまり小節の
1拍目やドラムのスネアーが叩かれるところが歌詞の中のどの部分にくるのかを前もっ
てチェックしておき、そこの部分では、必ずオンビートになるよう意識して唄う、とい
うのが最も有効な方法です。具体的にはこんなカンジで、太字になっているところが歌
詞とビートがシンクロするところです。
①
②
③
Go
−
te‑ll it on
①
②
③
o‑ver
the hill
④
③
Go
−
te‑ll it on
①
②
③
su ‑
d e
④
‑ ‑
①
the mou
④
‑ s Chri‑ st I
−
①
an ‑
②
②
the mou
④
①
Je ‑
①
①
‑ s bor
③
④
n tai
②
③
very
where
②
③
−
n
‑ n
④
④
tain
that
②
③
④
−
−
n
歌詞とビートがシンクロするところをオンビートに唄う意識がないと、どうしても『Go
tell it on the』のところが早口コトバのようになってしまい、結果として『mountain』
が突っ込んでしまうという状況に陥りがちなのですが、このようにビートで分解して考
えると、『tell』の『te』と『on』と『mountain』の『mou』がビートとシンクロするこ
とがわかりますから、ここの部分を注意して唄えば、全体として
ハシらない
ことに
なります。
また、シンクロする部分をオンビートに唄う意識を持つということは、自分の声だけ
に集中するのではなく、まわりの音にも注意を払うということにもつながりますから、
音程などのリズム以外の要素も良くなる可能性があります。
このように、 ハシり やすい個所については、歌詞のどの部分がビートとシンクロす
るか考えてそこを意識して唄うことによって、 ハシる
36
のはかなり改善されます。
(3)休符をオンビートで唄う
そして、もうひとつ重要なことが休符をオンビートに唄うこと、つまり、フレーズの
最後のロングトーンの拍数を意識することです。
①
②
③
Go
−
te‑ll it on
①
②
③
o‑ver
the hill
④
②
the mou
−
③
n tai
④
①
②
③
an ‑ d
e ‑ ‑
very
where
④
①
②
③
①
②
③
Go
−
te‑ll it on
①
②
③
Je ‑ su ‑
①
the mou
④
‑ s Chri‑ st I
‑ s
−
n
tain
④
‑ n/
④
/
④
that
①
②
③
④
bor
−
−
n/
同じく例をあげて説明すると、『−』はロングトーンで伸ばすところで、反対に『/』
ではオンビートで音を ストップ しなければなりません。つまり、この曲では1,2,
4行目の語尾のロングトーンは4拍めと同時に
ストップ
して、完全に音を止めてし
まうことが重要になってきます。
クワイアの場合、休符をオンビートに唄うことによって、統制の取れたクワイア感を
与えることができ、またフレーズとフレーズの間にも緊張感が生まれてきます。さらに、
このことによって、曲のイメージをも、より引き締まったものにすることができますの
で、休符はもっと注意したいものです。
(4)語尾音の位置
日本語の歌の場合、この語尾音の位置はさほど重要ではありませんが、英語などの外
国語の場合、この技術の優劣によって歌の印象が大きく変わるほど大切なテクニックで
す。とりわけ3連のリズムを根底に持つブラックミュージックを唄う場合、語尾音の位
置をまちがえてしまうと、いわゆる『黒っぽさ』がまったくなくなってしまいますので、
ブラック・ゴスペルを唄うときは、この点を非常に注意しなければなりません。以上のこ
とを頭において、先ほどの『Go Tell It On The Mountain』を見ていきましょう。
まず、1行目の『Tell It On The』は『テリオンダ』と均等に唄ってしまうといわゆ
る黒っぽさはゼロです。やはり、ここは『テーリロンーダ』と軽快に跳ねるように唄わ
ないといけませんね。なぜかというと、この曲はブラックゴスペルでは 12 拍子(3連4
拍子)で唄われることが多いからです。普通の8ビートと3連4拍子とでは、リズムの
感じ方がまったく異なるのです。もちろん、どちらも4拍子であることに違いはないの
37
で、オモテ拍の感じ方は同じです。しかし、ウラ拍の位置がこの2つではまったく異な
っています。1行目でいうと、『リ』と『ダ』の位置が非常に重要になってきます。
①
1
②
2 3 1
③
2 3 1
④
2 3
1
Go
−
te‑ll it on
①
②
③
1
2 3 1
2 3
o‑ver
①
1
1
2 3 1
2 3 1
2 3
1 2
−
tai
n
1 2 3
1 2 3
1 2
an ‑ d
e ‑ ‑
very
where
④
①
②
③
④
1 2 3
1 2 3
1 2 3
1 2
−
tain
1
③
④
1 2 3
1
s Chri‑ st I
2 3
the mou
n
3
‑ n
1 2 3
②
Je ‑ su ‑ ‑
1 2 3
2 3
①
2 3
1 2 3
④
te‑ll it on
1
1 2 3
③
−
2 3
④
②
Go
1
③
①
2 3 1
③
②
the mou
④
the hill
②
2 3
①
3
3
that
①
②
③
④
2 3
1 2 3
1 2 3
1 2 3
1 2
‑ s
bor
−
−
n
3
これを図で示しますとこんなカンジになります。で、この太字で書かれた個所が、歌
詞と3連のリズムがシンクロするところです。図を見ていただくとおわかりのように、
上で述べた『テーリロンーダ』の『リ』と『ダ』は、単純に1拍の真ん中にあるのでは
なく、2/3拍目の位置にあるのです。このように唄えるかどうかが、いわゆる『黒っぽ
さ』という観点からいうと非常に重要なのです。
上図のように英語の歌の場合、1拍の中に2音節以上の言葉を言わなくてはならない
場合が、非常に多くあります。この場合、どの音節がオンビートでどの音節がオンビー
トでないのかをよく整理し、なおかつオンビートでない音節も、3連のリズムに乗った
形で処理して唄わないと、いわゆる『黒っぽさ』は出てこないのです。
このように歌詞をビート上で分解して考えることは非常に大切なので、新曲を唄う時
などは、できるだけ分解して考えるようにしましょう。
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* 閑話休題
〜ウラのリズム感アップの練習方法
よく日本人はウラのリズムを感じていないといわれる。一方、アフリカ系アメリカ人
は歩いているだけでもウラのリズムが感じられるような歩き方をしている。この、ウラ
のリズムが感じられるかそうでないかの違いは、唄った場合により大きく現れる。そこ
でウラのリズム感アップの練習方法をひとつ。
まず、メトロノームを用意してください。速さを♪=60 くらいに設定してください。
できましたか?
メトロノーム
それでは、こんな具合に拍子を口に出していってください。
口
♪
1
はい、できましたか?
♪
2
3
♪
4
1
♪
2
3
4
なに、こんなカンタンなこと子供でもできるって?
おっしゃ
るとおりです。では、次のステップを。口に出すのを1拍ずらすのです。こんなカンジ
です。
メトロノーム
♪
口
♪
1
2
♪
3
4
♪
1
2
♪
3
4
どうですか、ちょっと入るのに手間取りませんでしたか?
それではいよいよ最終ステ
ップに行きましょう。上の2つを交互に繰り返すのです。こんな具合です。
メトロノーム
口
メトロノーム
口
♪
1
♪
2
♪
1
3
♪
4
♪
2
3
♪
1
♪
4
2
♪
3
♪
1
2
4
♪
3
4
おやっ、誰ですか、なかなかチェンジできなくて、ずっと同じビートを口ずさんでいる
のは?
ちゃんと1回ずつチェンジしてくださいよ。慣れてきたら少しずつメトロノー
ムを速くしましょう。
この練習は、出先でメトロノームがなくてもできます。メトロノームの代わりに指パ
ッチンをすればいいのです。あんがい、こっちの方が難しかったりして。ほらほら、電
車の中でそんなに熱中すると、まわりからヘンな人と思われちゃいますよ。
39
11.音程
(1) スケール練習は『通る声』で
ドレミファソラシドなどと音階を唄うスケール練習はクワイアの練習前によく用いら
れるウォーミングアップ法ですね。よく、音程を正しく合わせようとして、ボイストレ
ーニングとスケール練習とで声量や声質を変える人がいますが、これはかえって音痴の
もとです。スケール練習は、必ずボイストレーニングで行った『通る声』で発声するよ
うにしてください。
これはどういうことかといいますと、実は音程をコントロールしているのは声帯その
ものではなく、その周囲にある筋肉(輪状甲状筋)なのです。たとえば、同じドの音を
出すのでも、息のスピードが遅いと筋肉はあまり緊張しませんが、PUSHを用いて息
の量もスピードもアップすると、その風圧に負けまいと筋肉はより緊張しなければドの
音になりません。ですから、ふだんのスケール練習の時に小さい声で発声していると、
いざPUSHした時は、音程が大幅にフラットしてしまうという結果になるワケなので
す。
そういう理由で、ボイストレーニングとスケール練習は別のものと考えるのではなく、
この二つは同じものだと考えて、スケール練習の時にも『通る声』で行うようにしてく
ださい。
(2) 音痴克服法
クワイアで気持ちよく唄いおわった後、隣のコから、
「ねえねえアナタ、音程悪いわね、音痴なんじゃない?」
がぁぁぁーーーん!!
これはショックです。まるでシンガーとしての死を宣告された
ような気分です。さあ、どうしましょう?
音痴になってしまう理由は大きく分けて二つあります。それは
・
まわりの音と自分の声との区別がついていない場合
・
発声時に微妙な音程のコントロールができない場合
の二つです。ですので、これらへの対策を時間をかけて行うことにより行うことにより、
たいていの音程は治るのです。
① まわりの音を聞く
カラオケなど、ソロで唄う場合に音痴になってしまう原因は、これが一番多いです。
ご存知のように、周囲の音は、耳が空気の振動をキャッチすることによって聞こえます。
ところが自分の声は、骨導といって頭蓋骨の振動が直接耳に達するので空気の振動より
聞こえやすいのです。そのため、どうしても自分の声だけを聞いてまわりの音を無視し
てしまい、まわりの音程と乖離してしまう=音痴という結果になってしまうのです。
40
これへの対策としては、まずカラオケなどの伴奏を大音量のヘッドフォンで聞きなが
ら唄い、唄っている時に意識して伴奏を聞くクセをつけるということが大切です。また、
リズムに対する意識として、腰などを手で叩きながら唄うというのもいいでしょう。
② 自分の声を聞く
①と反対に、クワイアではまわりの声にかき消されて自分の声が聞こえなくなってし
まい、音痴になるというケースもあります。こんな時は片耳を押さえて唄うと、自分の
声がよく聞こえます。えっ、耳を押さえて唄うと、いかにも初心者が唄ってるみたいで
カッコ悪いって?
だいじょーぶ、スマートな耳の押さえ方があるのです。コブシを軽
く握って中指の第2関節で耳を押さえると、ほら、ポーズとっているみたいに見えるで
しょ。
③ 微妙な音程のずれを感じるトレーニング
微妙な音程のズレを感じることができないため、いつもまわりの音とちょっとズレた
音で唄っている人は多いと思います。この音痴を直すには、音程のズレに対し感度を上
げてやる必要があります。そのためには楽器を使う方法が最も効果的です。
別に高価なものである必要はないので、ギターなどの弦楽器を購入することをおすす
めします。そして、弾く練習はしなくていいので、とにかく毎日調弦してください。楽
器を調弦することにより、2音間の微妙な音程のズレに対し敏感になること、これが最
も効果的な方法です。
④ 音程をコントロールする筋肉をなめらかに動かすトレーニング
③のトレーニングを行って微妙な音程のズレはわかるようになったけど、自分の声が
ズレているのはなかなか治らない、という人は、音程をコントロールする筋肉(輪状甲
状筋)の動きがカタイのです。こんな人は、日々の練習の中に、『Witch』というト
レーニングを組み入れてください。具体的な方法は、1章にあります。
この『Witch』には、音程をコントロールする筋肉をなめらかにする以外にも、
換声点(地声とウラ声が切り替わる音程)を広くするという効果があります。ウラ声は
出るのだけど、うまく切り替わらないので曲中でウラ声が使いにくい、という人にもオ
ススメです。
(3)ノドの疲労による音痴
ふだん音程が正確な人でも、ライブになると突然、音痴になるというオソロシイおハ
ナシを。どうしてこんなことが起きるかというと、声帯の内側は粘膜質の襞でできてい
て、この襞と襞がこすれあって声を発生させます。ライブの時のように長時間唄ってい
ると、襞が摩擦のため熱を帯びてきて、襞が膨張してきます。すると単位時間あたりの
41
振動数が少なくなるので、どうしても音がフラットしてしまう、というメカニズムなの
です。
この現象は避けられません。つまり、ライブ中は誰もが音痴になる可能性がある、と
いうことなのです。ですから音程が正確な人であっても、ふだんから、音程をコントロ
ールする筋肉をなめらかにする『Witch』のようなトレーニングを行う必要がある
のです。
(4)クロマティックボイストレーニング
それから、フレーズの始めなどで、しゃくって(下の音程から上の音程へ音を探しな
がら)唄うクセのある人はいませんか?
しゃくって唄うのはソロではりっぱな技法で
すが、クワイアではただの不協和音のもとです。すぐに修正するようにしましょう。
しゃくって音を探しながら唄うのは、正しい音程間隔の感覚が身についていないから
で、これを身につける方法がクロマティックボイストレーニングです。これは、キーボ
ードでCの音を鳴らして、その音を聴いたらC♯の声を出し、その後でC♯の音を鳴ら
して自分が出した声の音程が正しかったか確認し、次はDの声を出す、というようにし
て順々に半音ずつキーを上げていくトレーニング法です。
キーボード
声
C
C♯
C♯―
↑
D
D♯
D―D♯―
↑
E
E―
↑
↑
F
F♯
F―F♯―
↑
G
G♯
G―G♯―
↑
↑
↑
A・・・
A―・・・
↑
自分の出した声が、正しく半音上になっていたか耳で確認
同様に、今度は半音ずつキーを下げていきましょう。もちろん、この練習の応用とし
て、1音または1音半きざみに上がっていく、または降りていくという方法も考えられ
ます。
この方法だと、どんな音の高さでも音階のベースとなる半音階が自然と身体で覚えら
れるので、正しい音程間隔の感覚が身につくのです。しゃくるクセのない人でも、音程
のとりにくい曲を唄う場合に役立ちますので、オススメします。
42
12.発音のためのトレーニング
発音のためのトレーニングはリラクゼーションに近い効果があるため、ボイストレー
ニングというよりは、練習前、ライブ前などに上半身のストレッチと共に取り入れると
効果があります(1章参照)。日本では、発声の練習と発音の練習が混同されているふし
がありますが、以下の練習には発声のトレーニング効果はないと筆者は考えています。
(1)リップロール
リップロールは、顔の筋肉がリラックスしているかどうかをチェックするのに最適で
す。これは、唇を震わせ、「ブブブブブブブブブ」と言います。いろんな音程でやってみ
てください。30 秒連続できたらOKです。なお、顔(特に頬)の筋肉が硬直していると
リップロールはできません。ライブ前の緊張度チェックにも有効です。
(2)ライオン
〜顔のストレッチ
『ライオン!』の掛け声とともに、顔中の筋肉を硬直させて、まるでライオンが「ガ
ーッ」と吼えているかのような表情にします。7秒以上の硬直の後、
『リリース』の掛け
声とともに顔中の筋肉を弛緩させます。これを交互に行う練習です。この練習のバリエ
ーションとして、顔中の筋肉を顔の中央に引っ張ってくる『ウメボシ』があります。ど
ちらの運動も顔の筋肉をリラックスさせ、英語の発音をキレイにするという効果があり
ます。
43
13.ムーブメント
ムーブメントとは身体の動きのことです。日本のクワイアを見ていますと、どんな曲
でもサイドステップにクラッピングというムーブメントが目立ちますが、ムーブメントは
音楽のジャンル、スピードなどと深い関係にあるため、どの曲も画一的なムーブメントを
行うというのはステージングを単調なものにしてしまうという点からも感心しません。日
本のクワイアにとって、今後の課題になる点だと思われます。
(1) サイドステップ
両脚を肩幅くらいに開き、右脚を一歩右に出します。次いで左脚を一歩引き寄せ、次
は左脚を一歩左に出すというステップです。図で示すと以下のようになります。
拍子
脚の位置
|●
1
2
●→||●→
●||←●
3
●||●
4
←●||●
●→|・・・
このステップは、スロー〜ミディアムテンポ全般に広く使える万能ステップです。また、
ステップの方向を変えることにより、広く応用がききます。
(2)膝のアップ
このムーブメントでは、表カウント(ワン&ツー&スリー&…のワン、ツー、スリー
の部分)で膝を伸ばして身体を上に動かし、ウラ(上記の&の部分)で膝を曲げて身体
を下に動かします。ヒップホップダンスでは基本中の基本の動きですが、これを唄いな
がらやるのは、けっこうムズカシイです。
このステップは、俗にニュージャックスイングなどと呼ばれるシャッフル 16 ビートの
曲の場合に用いられます。
(3)クラッピング
クラッピングとは手拍子のことです。ライブなどでクラッピングするときは、少なく
とも片手の指輪は外しておきましょう。さもないとクラップの音がよくないのみならず、
指輪を壊したり、指を傷つけることもあります。
そして、クラップの際は両手ともちょっと凹ませて、手を少し上下にずらせて打ちま
しょう。ちょうど左手の凹部が右手の凸部に、左手の凸部が右手の凹部に重なるように。
どうですか?
こうするといい音が鳴るでしょう。
また、クラッピングの際、常に同じ速さで手を動かすと、「めでっためでた〜〜の〜」
の若松様になってしまうので、クラップした後、両手をできるだけ長い時間、あわせた
状態にしておき、一気に開いた後にクラップすると見ていてメリハリがつきます。この
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クイックとスローの組み合わせはダンスの原則的な技法で、ステップの際にも応用でき
るテクニックです。
45