スタークルーズ 日本進出における経営判断ミスの要因分析

日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016
《研究ノート》
スタークルーズ
日本進出における経営判断ミスの要因分析
な る
み
し ん
ご
成実 信吾
東洋大学大学院
In 2000, Singaporean Cruise Ship Company Star Cruise came into Japanese cruise market with short and low rate cruise. They
offered 3 nights and 4 nights round trip cruise from Kobe, Japan to Busan, Korea for 30 thousand yen per person. Many
Japanese welcomed this cruise and Japanese cruise population in 2000 grew high. Star’s strategy was to invite passengers with
low rate and get benefit from expenditure on board, especially in Casino. It was unfortunate that most of the passengers on this
ship was families, who had no money to try their luck in Casino. Consequently, Star Cruise withdrew from Japanese market after
one year and half of struggle. Star’s action, however, proved Japanese cruise market is not a special one but no one ever
provided short and low rate cruise.
キーワード:スタークルーズ、低価格・短期クルーズ、プロモーション、プロダクト、プライス、カジノ
Keyword:Star Cruise, Low price and short period cruise, Promotion, Product, Price, Casino
1.はじめに
ものの、長年18万人程度で推移してき
である。その内6件は、わが国のクルー
日本は四方を海に囲まれた島国であ
た
ズ市場の問題点について論じたものであ
り、古来より朝鮮半島や中国大陸との間
四方を海で囲まれ、船には馴染みが深
る。そ の 6 件 と は 有 馬(2002)、森 本
で盛んに海上交通が行われてきた。また、
いはずの日本が、大陸国の米国の70分の
(2002)
、國玉(2003)
、五艘(2008)、白
国内においても瀬戸内海は言うに及ば
1に過ぎないのである。
井(2010a)
、飯田(2011)である。
ず、北海道、本州、四国、九州の4島を
どこに問題があるのか、クルーズ人口
この6件の論文の内、本論文のテーマ
取り巻く周辺の島との間で船を利用した
の推移を見てみると、西暦2000年に一時
であるスタークルーズの2000年日韓ク
交通が盛んに行われてきた。
的に上昇したことがあった。この年はそ
ルーズについて取り上げたものは、有馬
このように、船は日本人にとって身近
れまでのレベルを大きく超え20万人を超
(2002)と國玉(2003)の2件であった。
な存在であるはずだが、船を使った観光、
えた。しかし、残念なことにこの上昇は
両論文とも、日本のクルーズ市場がシ
即ちクルーズは長年低迷してきた。普通
翌2001年には20万人に減少し、その翌年
ニアの富裕層に大きく依存(即ち、高額
の旅であれば、毎日移動し、そのため毎
はさらに減少し、以後17~18万人のレベ
で長期間のクルーズに依存)しており、
晩荷造りに明け暮れるが、クルーズは一
ルで推移することになった。
市場の拡大や活性化には低価格・短期ク
度乗ってしまえば、船が目的地まで連れ
この2000年に何があったかと言うと、
ルーズを実施して、中年や若者等の新た
て行ってくれる。毎晩荷造りする必要は
シンガポールのクルーズ船会社スターク
な年齢層を呼び込む必要がある、と主張
ない。また、食事やエンターテインメン
ルーズが乗り込んできたのである。しか
し、その低価格・短期クルーズを実施し
トも料金に含まれているため、気楽に楽
し、この会社は1年半で撤退した。
た例としてスタークルーズ2000年日韓ク
しむことが出来る。それゆえ、クルーズ
この会社の成功と失敗を分析すること
ルーズをあげている。
はコストパフォーマンスの高い大変優れ
で、日本のクルーズの発展には何が必要
たレジャーと認識され、世界中で人気の
か分かると考え、
分析を行うものである。
。
(1)
3.スタークルーズについて
スタークルーズは、1993年にシンガ
あるレジャーとなっている。
世界のクルーズ人口は年間約2,300万
2.先行研究
ポールで創業したクルーズ船会社であ
人と言われており、その約6割、1,300万
一般の不人気を反映して、日本におけ
り、主としてマラッカ海峡を中心にファ
人は米国人である。一方、日本のクルー
るクルーズの研究は進んでおらず、ク
ミリー層をターゲットとしたカジュアル
ズ人口は、ここ2年ほどは増加している
ルーズに関する論文は10件を数えるのみ
クラスのクルーズ船会社である。同社は、
-215-
日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016
2000年に現代クルーズのビジネスモデル
者会見を行い、日韓クルーズの開始を発
けでなく関東でも反響が大きかった様子
を作り上げた会社の一社であり、当時業
表し、その記事が同日の朝日新聞(以降
が伺える。読売は、その原因を格安の料
界第3位のノルウィージャン・クルーズ・
「朝日」と略す)大阪版、日本経済新聞
金と見ている。当時は、
不況の真最中で、
ラインを傘下に収め、業界第3位の企業
(以降「日経」と略す)九州版、読売新聞
ユニクロや100円ショップの成長など、安
グループに成長した。
(以降「読売」と略す)大阪版、及び神戸
いものがもてはやされる時代背景があっ
この会社について、國玉(2003)は営
新聞に掲載された。
た。
業戦略を低料金・短期クルーズとサービ
翌19日には、毎日新聞(以降「毎日」
さらに3月10日の就航開始を前に、3
スのオプション化(一部のレストランや
と略す)大阪版
月6日には朝日の東京版と毎日の大阪版
レビューショーの有料化)と分析してい
、及び産経新聞(以降
(2)
「産経」と略す)大阪版に掲載されてい
に記事が掲載された。
る。乗りやすい料金と日程を提示して、
る。
一方、翌7日には横浜市が同社の別の
乗客を集め、乗せて仕舞えば、乗客は船
船が神戸と博多に寄港するため、各社
船が横浜港を母港とするクルーズを2001
からは逃げられないので、船上で金を使
共関西や九州以外で大きな反響が出ると
年より開始すると発表し(3)、このニュー
わせるような仕組みを考える、と言う戦
は思わず、大阪版や九州版に掲載したも
スが、朝日、読売、日経の東京版と産経
略であったのだろう。カリブ海クルーズ
のと思われる。
の大阪版に掲載され、それらの記事はこ
によくある手法であり、買い物好きの米
一方、記者会見の3日後の1月20日に
の日韓クルーズが好調であることも触れ
国人には適応する戦略である。
は読売と毎日の東京版に記事が掲載さ
ていた。
スタークルーズは、2000年に日本を
れ、初めて東京でも報道された。その結
マスコミ大手もこのころには、このク
ターゲットに見据え、これらの戦略を用
果、読売の編集部には「
『もっと詳しく知
ルーズが読者の高い関心を呼んでいるこ
いて日本市場攻略に進出してきた。
りたい。連絡先を教えてほしい』
『仕事が
とが漸く分かったようである。
ひと区切りついたので乗ってみたい』と
朝日は、2000年7月に「日本のクルー
3-1 2000年の日韓クルーズについて
いった声が、この日だけで14件」あった、
ズ乗船者数は年間約17万人と言われる。
マーケティングの観点からスターク
との記事が2月5日に掲載され、関西だ
そんな中、このクルーズは就航から四か
ルーズが実施した施策を見ていく。通常、
マーケティングでは、プロダクトから説
表1 スタークルーズ2000年日韓クルーズ マスコミ露出
明するが、今回はスタークルーズが派手
新聞社
日本経済新聞
毎日新聞
産経新聞
神戸新聞
1月13日
地方版・大分
大阪夕刊・2社(*)大阪夕刊・1面(*)地方経済面・九州A(*)西部朝刊・社会(*)
夕刊・8面(*)
1月18日
西部朝刊(*)
地方版・大分
(*)
西部朝刊・大分(*)
大阪朝刊・経済面(*)大阪朝刊・社会面(*)
1月19日
地方版・兵庫
(*)
1月20日
東京朝刊・C経面(*)
東京朝刊・経済(*)
1月21日
地方版・高知(*)
2月5日
東京朝刊・気流
2月11日
地方経済面
朝刊・25面(広域)
2月20日
(船内見学会お知らせ)
3月4日
西部夕刊・社会(**)
3月5日
西部朝刊・福岡(**)朝刊・視点採点
大阪朝刊・社会(**)
朝刊・1面(**)
3月6日 大阪朝刊・2社(**)
3月7日 東京朝刊・神奈川 東京朝刊・横浜 地方経済面
大阪朝刊・経済面(**)
3月8日
地方版・神奈川
3月11日 大阪朝刊・兵庫(**)
3月15日
西部朝刊・大分(**)
3月17日 西部朝刊・大分(**)西部朝刊・大分(**)
地方版・大分(**)
4月27日
夕刊・10面「旅」
6月14日 西部朝刊・2経済 西部朝刊・2社面
朝刊・29面(地域総合)
6月30日
(中国航路就航お知らせ)
7月10日 東京夕刊・ほがらか
7月15日
地方版・高知
7月21日
夕刊・3面
8月7日
朝刊
8月25日
地方経済面・兵庫
9月5日
朝刊
西部朝刊・経済
9月9日
西部夕刊・社会面
なプロモーション戦略を取ったので、先
ずプロモーションから説明する。
3-1-1 プロモーション
池田(2002)によると、スタークルー
ズは就航に先立ち報道陣等を招待したワ
ンナイトクルーズを幾度も実施し、その
結果テレビ、新聞等マスコミに幾度も紹
介され、マスコミへの露出度が上がった。
新聞には、連日のように大きな広告が掲
載され、一般の人たちの注目度が高まり、
旅行代理店でパンフレットが不足する人
気ぶりだった、と回想している。これら
の状況から同社が事前に入念にプロモー
ションを実施して人気を煽ったことが伺
える。
当時の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、
日本経済新聞、産経新聞及び神戸新聞の
各紙を調べたところ、就航の3か月前の
2000年1月17日に大分県庁、翌18日には
神戸市役所でスタークルーズの社長が記
日 付
朝日新聞
読売新聞
(*)スタート時の記者会見に関する記事 (**)運航開始に関する記事
-216-
日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016
月ですでに約2万人が利用した。」と報じ
員が多いのは、元々この船がフェリーと
料金は、それぞれ1人2万円。
ている。
して建造され、のちにクルーズ船に改造
なお、クルーズの代金には、移動、宿
これら大手の報道に対してクルーズの
されたため、窓が無い内側船室が多く作
泊、食事、エンターテインメントの費用
母港となる神戸港の地元紙、神戸新聞は
られたことによる。
が含まれるが、酒代や寄港地での観光費
1月18日の夕刊で第一報を報じたのち、
この「スーパースタートーラス号」に
用等は含まれない。また、食事について
本船見学会のお知らせや運航開始日の報
ついて、Ward(2001) は3スタープラ
は、メインダイニングは無料で利用でき
道などに止まり、クルーズの母港になっ
スを与えている。乗客数500人から1,000
るが、有料のレストランも船内にある。
ている地元にも拘わらず、大手ほど熱が
人クラスのクルーズ船65隻中27位。ワー
ショーについてはほとんどの船は無料だ
入っていない。同紙は、日韓クルーズの
ド氏の評価では、3スタープラス以上あ
が、このスタークルーズについては一部
スタートを告げた1月18日の夕刊では、
れば満足のいくクルーズが楽しめる船と
有料のものもあった。
「~同船の就航は、瀬戸内海の水先案内人
料金がネックとなり、一時は中止に追い
(4)
されるので、本船は合格点をもらってい
3-2 ファミリーで行った場合の想定費
る。
用
込まれかけたが、同社は最終的に事業化
が可能と判断した。~」と書き、同クルー
3-1-3 プライス(最初のクルーズであ
る2000年3月~6月の設定)
ズの先行きを懸念していることが読み取
子供1人をつれた夫婦が、このクルーズ
に参加した場合の費用を想定して見ると、
1週間を2つに分け、土日をはさんだ
クルーズ費用 夫
3万円
3泊4日コースと平日の4泊5日コース
妻
3万円
3-1-2 プロダクト
を設定した。3泊コースは、時間に制約
子供
2万円
投入船の「スーパースタートーラス号」
がある若いサラリーマン・OL やファミ
計
8万円
は、総トン数25,611トン、乗客定員960人
リー層を狙ったもので、一方4泊コース
となる。一方、子供2人をつれた場合は
と、比較的小型船と言えるが、過去にカ
は年金生活者や学生など金は無いが、時
10万円となる(5)。
リブ海で運航されていたことがあり、船
間はあるというグループをターゲットと
森下(2007)によると、2000年の1世
内にはダイニングルーム、ショーラウン
したものである。
帯当たりの年間の旅行支出は146,217円
ジ、プール、カジノ等設備は揃っていた。
料金は、
どちらのコースも1人3万円。
であり、クルーズ代金8万円(又は10万
れる。
諸元は以下の通りである。なお一般のク
ルーズ船と比べて総トン数に対し乗客定
(1室2名利用時の1名の料金。
)
追加ベッドを入れた3人目と4人目の
円)
に寄港地観光代や土産代を加えても、
十分予算内に収まる。
これらプロモーション、プロダクト、
表2 「スーパースタートーラス号」の諸元および日本のクルーズ船「にっぽん丸」との比較
総トン数
建造年
全 長
全 幅
乗客数
客室数
公 室
スーパースタートーラス
(現セレスタル・クリスタル)
25,611トン
1980年
158.88メートル
25.18メートル
960人
480室
(内、内側船室163室)
ダイニング、カジノ、プール、
フィットネス、ジャグジー、
ディスコ
にっぽん丸
(2010年の改装前の諸元)
21,903トン
1990年
166.65メートル
24.00メートル
408人
204室
(内、内側船室15室)
ダイニング、カジノ、プール、
フィットネス、サウナ、シネマ、
図書室
日曜
神戸
博多
釜山
20:00発
3泊4日
月曜
火曜
神戸
博多
14:00着
水曜
木曜
釜山
別府
4泊5日
金曜
しかし、この後のスタークルーズの戦
略は、消費者のニーズから大きく離れて
行く。
3-3 その後の経過
a.2000年7月~8月
2000年7月~8月の夏休み期間は、日
により、クルーズ料金だけで、子供1人
神戸
を連れたファミリーであれば、24万8千
円、
子供2人であれば29万8千円になり、
料金:30,000円/人より
(1室2名利用時の1名料金)
3人目、4人目追加料金20,000円/人より
-217-
し、料金も9万9千円/人とした。これ
9:00着
22:00発
料金:30,000円/人より
(1室2名利用時の1名料金)
3人目、4人目追加料金20,000円/人より
と考えられる。
ルーズを止め、1週間のクルーズを設定
2000年3月~6月
土曜
く、日本のクルーズ人口拡大に貢献した
本人が休みを取れる時期と見て、短期ク
表3 2000年3月~6月の日程と料金
金曜
プライスが消費者に訴えたものは大き
上述の旅行予算を大きく突き抜ける。
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b.2000年9月~10月
表4 2000年7月~8月の日程と料金
9月は、再び3泊コースと4泊コース
2000年7月~8月
に戻したが、どのような経緯か不明なる
も、
週末を含んだコースを4泊コースに、
平日のコースを3泊とし、料金も4泊
コースを7万6千円/人、3泊コースを
金曜
土曜
日曜
月曜
火曜
水曜
神戸
博多
釜山
済州島
上海
普陀山島
13:00着
料金:99,000円/人より
(1室2名利用時の1名料金)
3人目、4人目追加料金50,000円/人より
これにより、サラリーマン・OL やフ
ァミリー層にとっては、週末コースに参
加すると月曜と火曜の2日間休暇を取得
表5 2000年9月~10月の日程と料金
しなければならいことになる。休暇の取
2000年9月~10月
な違いとなる。まだクルーズ人気が定着
していないこの時期に、このようなスケ
ジュールを実施したことは、戦略的に時
期尚早であった。
金曜
神戸
20:00発
5万6千円/人と大幅にアップした。
得が1日であるか2日であるか、で大き
木曜
金曜
土曜
日曜
月曜
火曜
水曜
木曜
金曜
神戸
博多
釜山
別府
神戸
博多
釜山
神戸
22:00発
4泊5日
9:00着
3泊4日
14:00着
20:00発
料金:76,000円/人より
(1室2名利用時の1名料金)
料金:56,000円/人より
(1室2名利用時の1名料金)
c.その後のスケジュールと料金
その後もスタークルーズは、細かなス
減が必要で日程を短縮する。神戸からの
(即ち3泊4日と4泊5日)は熟年層、若
ケジュールと料金の改変を行い、最後は
お客が少なかったわけではなく、クルー
年層(現役層)へのアプローチが可能な
神戸発着を取りやめ博多発着に変更した
ズの楽しみを知ってもらう種はまけた』
ので、復活してほしい、と主張した。
が、
それでもスタート時の人気は戻らず、
と説明。~今後、東京をマーケティング
両氏とも、3泊や4泊のショートク
2001年10月に同社は日本市場から撤退し
拠点に全国から飛行機で福岡まで来て乗
ルーズは必要と考えている模様である。
た。
船するフライ・アンド・クルーズを普及
博多発着については、LCCが発達した現
させたい意向。ただ、カジノについては
在の状況を考えると、果たして集客が本
『不況の影響もあったが、
まだ日本人の慣
当に難しいと言い切れるか、疑問に思う
4.スタークルーズ成功と失敗の原因
4-1 先行研究の指摘
習にはなっていないようだ。
』
と利用が思
ところである。
有馬(2002)は、価格次第で週末の3
わしくなかったことを語っている」と書
次に、
最初のクルーズの料金
(3泊コー
泊コースのみならず平日の4泊コースに
いている。
スも4泊コースも1人3万円)は、今で
も集客の強力な武器となり得るものか?
も多くのクルーズビギナーが参加して、
ほぼ満船となったことから、低価格・短
4-2 現役営業担当者の視点
と聞いた。
期クルーズが世界市場同様、日本でも受
15年後の今、このクルーズに対する評
これに対してA氏は、この料金は今で
け入れられる、と指摘している。
価をクルーズ販売している現役の担当者
も集客の強力な武器になる、と答えた。
一方、國玉(2003)は、手ごろなショー
から聞いた。大手旅行会社でクルーズの
一方、B 氏は、今は、価格だけでない
トクルーズこそクルーズ人口拡大に結び
販売を手掛けている担当者2名、A氏(男
時代に入っているので、質も伴った手の
つくものだが、瀬戸内海の高額なパイロ
性)とB氏(女性)にインタビューした。
届く価格がベストである、と回答してい
ット(水先案内人)料金、予想以上の日
まず、2000年3月~6月の最初のク
る。
本近海の天候不順、カジノの収益が期待
ルーズの日程(週末を挟む3泊コースお
最後に、スタークルーズがクルーズを
以下、近畿圏、九州圏からの集客の限界、
よび週中の4泊コース)は今でも集客可
スタートした後、日程を長期化し、料金
フライ&クルーズの不浸透など、を失敗
能な日程であるか、どうかを聞いた。
も値上げしたが、客が付いてこられなか
の要因と見ている。
A 氏は、この日程は現在でも集客可能
ったのは日程が問題と思うか、料金が問
同社が日本の母港を神戸から博多に変
な日程ではあるものの、スタークルーズ
題と思うか?と聞いた。
更する直前の2000年3月26日に、毎日の
が神戸発着から最後には博多発着に変更
それに対してA氏は、日程が問題だと
兵庫版には、博多への母港の変更理由を、
した点について、これでは首都圏からの
思う、と答えた。同氏は、日程が1週間
集客は難しい、と指摘した。
となると一挙に対象者が限定されるが、
一方、B 氏は、現在でもこのパターン
週末を利用した3~4日間であれば、全
「
『より低料金でクルーズを楽しめるよ
う、燃料費やポートチャージのコスト削
-218-
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クラスターが対象になり得る、と述べて
スタークルーズは、この日韓クルーズ
クルーズ船の一般的収益構造では、カジ
いる。
だけでなく、同社の方針として、クルー
ノとカジノでのアルコール類の売り上げ
またB氏も、期間が長くなったことで、
ズ代金自体を低く抑え、クルーズ料金に
はクルーズ代金に次ぐ二番目の大きな収
参加可能な対象が減ったのではないか、
含まれる食事はメインダイニングの食事
益の柱であり、米国のビジネスモデルを
と指摘し、やはり日程の問題が大きかっ
のみとしている。同社の船には、メイン
そのまま持ってくれば、カジノとその関
たと考えている。
ダイニングの他に有料のレストランがあ
連売上に大きく依存する構造となる。そ
両氏の回答から、未だに現役のサラ
り、既述の通りショーも一部有料のもの
れが期待できないとなると、料金の値上
リーマン・OL は長期の休暇が取りにく
がある。クルーズ代金に含まれるのは基
げや日程の長期化と言った根本的な改変
い現状が垣間見られる。クルーズだけの
本的なもののみとすることで安く見せ、
が必要になる。そこに失敗の一因がある
問題では無く、観光産業全体にかかる問
経済的に余裕の余りない層にも売り込み
と思える。
題でもあり、昔から指摘されている問題
を図っている。
最後に、
木島氏に対して、
スタークルー
であるが、解決には未だ時間がかかるだ
次に、その後に行った7月~8月のク
ズはそれ以降のクルーズについて、値下
ろう。
ルーズについて、値上げと長期化が実施
げは行ったものの、週末を挟む4泊コー
されたが、顧客の反応はどうだったか、
ス、週中の3泊コースの日程は堅持した
4-3 当時の担当者へのインタビュー
と聞いた。
が、その理由はどう推測するか?と質問
クルーズの営業に50年以上かかわって
木島氏は、スタークルーズは、日程の
した。
きたベテランで、現在は米国のクルーズ
みならず料金も出発間際になって安易に
これに対し、木島氏は、料金の値下げ
船社、プリンセス・クルーズ、シーボー
変更するなど、やり方に問題があり、乗
も日程の変更も共に集客のためだった。
ン・クルーズ、及びキュナード・ライン
客から不信感が出たと感じている。特に
スタークルーズは、なんとか乗船客を集
の日本総代理店㈱カーニバル・ジャパン
関東ではスタークルーズに対して信頼感
めようとした。このクルーズが始まった
の社長を務めてこられた木島榮子氏
が薄れた。ゴールデンウィークにも、そ
頃は、乗客は日本人ばかりであったが、
(2015年9月に退任)に、当時の状況につ
の僅か2~3週間前に突然料金値上げを
日本人が集まらなくなったので、中国人
通告してきて、対応に苦労した。このよ
乗客を取るようになった。その結果中国
うなことをすれば、顧客の信頼を失うの
人乗客の方が多くなり、日本人客は更に
4-3-1 当時の状況
は当然だ、と当時を回想している。
敬遠するようになった、と見ている。
まずスタークルーズが最初に行ったク
さらに、次の9月~10月のクルーズに
この点は初めて聞く話であり、確認が
ルーズについて、顧客は日程(週末を挟
ついて、最初のものとは逆に週末を挟む
取れない情報である。15年前に中国人が
む3泊コース、週中の4泊コース)と料
方を4泊5日とし、
4泊コース、
3泊コー
大挙して乗船したか、
少々疑問に思うが、
金(一人3泊コース、4泊コースとも3
ス共値上げもしているが、どういう背景
当時の営業責任者の発言ゆえ、間違いは
万円)とどちらに魅力を感じたと思うか、
からこのような方策をとったのだろう
ないであろう。
と聞いた。
か、と聞いた。
木島氏は、一般の方々は、日程より料
この質問に対して木島氏は、週末を挟
金に魅力を感じたようである。問い合わ
む方を4泊としたのは、週末の方が売れ
せてきたのは、従来のクルーズ客よりは
ると判断し、客を集めて消席率を向上さ
スタークルーズの日本市場の研究不足
若干若い層とファミリー層であった。神
せたかったからではないか。またカジノ
が伺える。
戸発着や神戸港に事務所があったことに
の売上が予想外に少なく、カジノでのア
スタークルーズはクルーズ料金を非常
加え、スタークルーズがカジュアル船で
ルコール類などの売り上げも同様に少な
に安く設定し、乗客を集め、船内(特に
カジノ船のイメージもあったので、関東
かった。それゆえクルーズ料金を上げざ
カジノ)で金を使わせて、その分を取り
の人より関西の人の方が親近感を感じた
るを得なかったのではないか、と見てい
戻す計画だったと思われるが、乗客の多
のではないか。関東の人の方が保守的で
る。
くがファミリー層で、カジノは予想外に
あることから、スタークルーズを何か得
カジノの売上が想定外に少なかったこ
奮わず、採算が取れなくなり、失敗した、
体のしれないものという感じを受けたの
とは、撤退時の記者会見でも明らかにな
と想像する。
ではないか。関西の人の方がアジア流の
っており、
スタークルーズが、
日韓クルー
既述の通り、クルーズ船会社の収益の
考え方を受け入れやすい土壌があり、人
ズでのカジノの売上及びカジノでの飲料
第2位はカジノとカジノのバー収入であ
気が出たのではないだろうか、と回答し
の売り上げに大きく期待していたことが
る。スタークルーズは、米国のクルーズ
た。
分かる。米国の大学の調査 によると、
船会社をお手本としていることから、カ
いてインタビューした。
(6)
-219-
4-3-2 木島氏へのインタビューから見
えるもの
日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016
ジノとカジノのバー収入に大きな期待を
して日本に乗り込んだと思われる。
した程度であった。
引用・参考文献
この計画は、日韓クルーズの失敗によ
(3)
しかし、上述の通り当時の日本は不況
・有馬卓男(2002)
「状況変化の中でのク
の真最中であり、乗船してきたファミ
ルーズ業界の経営課題」日本海運経済
リー層にカジノで遊ぶ金は無かった。
学会編『海運経済研究』第36号、2002
評論家。毎年、ベルリッツ社から主要
年10月、125頁~136頁
なクルーズ船を評価した“Complete
5.まとめ
り、実現しなかった。
ダグラス・ワードは英国人のクルーズ
(4)
・飯 田芳也(2011)「わが国におけるク
Guide to Cruising & Cruise Ships”を
スタークルーズの2000年日韓クルーズ
ルーズ発展の可能性:旅行会社の中核
編纂している。参照しているのはその
は、日本でも低価格・短期クルーズが人
ビジネスとなり得るか?」城西国際大
2001年版。
権威ある評価として有名で、
気を得ることを証明した。そして、同ク
学『城西国際大学紀要』第19巻第6号、
色々な書物に参照されている。クルー
ルーズの1人3万円は、今でも集客の武
2011年3月、1頁~28頁
ズ船を船体、船室、食事、サービス等
・池田良穂(2002)
「2001-2002年日本の
色々な面から評価して点数をつけ、更
日本のクルーズ人口が拡大しなかった
客船界の展望」
『フェリー・客船情報
にその点数をグループ化して5スター
のは、低価格・短期のクルーズがなかっ
2002』、2002年4月、5頁~7頁
器になり得ると言える。
たことが、このスタークルーズ2000年日
・國玉勝一(2003)
「日本におけるクルー
プラスから1スターに分類している。
クルーズの料金体系には、子供料金は
(5)
韓クルーズから見て取れる。
ズ・ビジネスの変遷と課題-米国・ア
無い。子供を同伴する場合は、ベッド
スタークルーズは、乗り出し時のイン
ジアとの比較研究」立教大学『立教観
を追加することになり、追加料金が適
パクトある価格設定(マーケティングで
光学研究紀要』第5号(研究ノート)
、
用される。船によっては、通常より面
言うプライス)とマスコミ露出(プロモー
2003年3月、65頁~70頁
積が広く、ベッドも多いファミリー用
ション)に成功した。また投入船(プロ
・五 艘みどり(2008)「我国のクルーズ
の船室が設定されているものもある
ダクト)もそれなりのもので、決して悪
マーケットにおける発展過程と課題に
が、この船にはその種の設定はなかっ
い訳ではなかった。
おける考察」日本観光研究学会『第23
しかし、このクルーズが失敗したのは、
回日本観光研究学会合同大会学術論文
最初の料金、即ち週末を含む3泊コース
集』、2008年11月、393頁~396頁
と週中の4泊コースをどちらも一人3万
・白井義男(2010a)「クルーズシップ・
円とした価格設定にある、と思われる。
ツーリズム I」高崎経済大学地域経済
確かにインパクトのある料金設定ではあ
学会『地域政策研究』第12巻第4号、
ったが、カジノやその関連収益に大きく
2010年3月、59頁~75頁
た。
米国ホフスタラ大学による2011年の調
(6)
査、
http://people.hofstra.edu/geotrans/
eng/ch7en/appl7en/cruise_revenue_
expenses.html より。
この調査によると、クルーズ船会社の
収入の割合は、クルーズ代金が77.2%、
依存するものであったので、カジノ収益
・森下晶美(2007)
「家族構造の変化と家
カジノとカジノでのアルコール飲料収
が期待できなければ、持続出来ない。ス
族旅行-海外家族旅行における現在の
入が12.5%、寄港地観光が4.6%、スパ
タークルーズが手本とした米国のクルー
潮流と展望」
、
『観光学研究』
第6号、
が2.3%、その他が3.4%となっている。
ズ船社ではカジノとその関連収益はク
東洋大学、2007年3月、33頁~43頁
ルーズ料金に次ぐ大きな収入の柱ではあ
・森本三男(2002)
「北米及び日本の外航
る。しかし、当時、日本は「失われた10
クルーズ事業展開と企業の適応戦略」
年」と呼ばれる不況期にあり人びとの間
白鴎大学『白鴎大学論文集』第17巻第
で「とにかく安いものを」という意識が
1号、2002年9月、13頁~51頁
高まっていた。このような時代に、ファ
ミリー層がこのクルーズに飛びついたの
は無理からぬことであり、乗客にファミ
リー層が多いから、カジノは不人気にな
り、カジノでのアルコールの消費も少な
くなる。日本の当時の状況を良く分析せ
ずに米国のビジネスモデルをそのまま移
注
国土交通省編著(公財)日本海事広報
(1)
協会編集『海事レポート2013』
、㈱成山
堂書店、平成25年9月、106頁
毎日新聞は、プレスリリース5日前の
(2)
せば成功する、と考えたのが失敗の一因
1月13日、大分地方版に別府への寄港
と思える。
が決定したことを既に報じていたが、
扱いとしては小さな記事を地味に報道
-220-
【本稿は所定の査読制度による審査を経たものである。
】