総合論文 カソーディックストリッピングボルタンメトリーを用いた 海水中の微量鉄の分析 小 1.はじめに 畑 元* 2.カソーディックストリッピングボルタンメ Hi ghNut r i e nt ,Low Chl or ophyl l (HNLC) トリー 海域において,鉄が生物生産の制限因子になっ 船上で海水中の鉄を測定するための方法を表 ている可能性が指摘されて以来 (Mar t i ne t 1に示した.その中で吸着カソーディックスト al . ,1988),海水中の鉄に関する研究は大きな リ ッ ピ ン グ ボ ル タ ン メ ト リ ー (Ads or pt i ve 発展を遂げた.この鉄に関する研究は,海水中 Cat hodi cSt r i ppi ng Vol t amme t r y:ACSV) の鉄の分析化学的研究と大きく関わり合ってい は比較的簡便で,誰にでも使える方法である. る(詳しい背景については「海と湖の化学」を 海洋化学の分野でよく利用される ACSVは, 参照されたい). 市販の吊り下げ水銀電極を用いた方法である. 筆者は故中山英一郎先生(当時京都大学理学 まず海水試料に配位子を添加することで金属錯 部附属機器分析センター)と京都工芸繊維大学 体を生成させ,水銀電極表面へ吸着濃縮する. 柄谷肇先生のご指導を仰ぎ,ルミノール―過酸 その後,電位を負に掃引する際に検出される還 化水素系化学発光法とキレート樹脂カラム濃縮 元電流を測定する.この還元電流と海水中の金 法を組み合わせ,海水中の極微量鉄(数十 pM 属イオン濃度が比例することを利用して定量を レベル) の自動分析法を開発した (Obat ae t 行う(詳しくは「海と湖の化学」参照).10以 al . ,1993;1997).この内容と背景については, 上の元素について,実際の外洋水レベルの濃度 すでにいくつかの総説に詳しく述べられている が測定可能である(図1).筆者は大学院生時 (中山,1996;小畑,2003).この分析法は,船 代に ACSVを使った経験はなかったが,海水 上で自動測定ができるという点で有用であり, 中のチタンを高感度に測定できる方法が大阪教 現在でも様々な研究機関に利用されている(例 育大学の横井邦彦先生によって開発されており, えば西岡,2006).しかしながら,この方法は 興味を持っていた(Yokoiandvande nBe r g, かなりトレーニングを積んだ人間しか上手く使 1991).海洋における鉄の挙動を解析する時, うことが出来ず,誰もが簡単に扱えるというわ 比較する金属元素としてチタンが有効ではない けにはいかなかった.今後の海洋研究の発展を かと考えたからである.そこで,滋賀県立大学 考えると,生物生産に関わる他の栄養塩などと で日本学術振興会特別研究員をしていた時,横 同様に,モニタリングという形で常に測定を継 井先生の研究室に出入りし,測定法を教えてい 続できるシステムが必要であった. ただいた.マンデル酸と塩素酸ナトリウムを用 いる方法であるが,極めて高感度な方法である (検出限界 7pM).また,よく手入れされた装 * 東京大学海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野講師 第25回石橋雅義先生記念講演会(平成17年4月28日)講演 2 海洋化学研究 第19巻第1号 平成18年4月 置を用いれば,比較的簡単に海水中の微量金属 f or Moni t or i ng and Oc e anogr aphi c Re - 元素を定量できるという印象を持った.結局, s e ar c h) という Wor ks hopで話をしたことが 外洋表層水レベルのチタン (~2pM) を測定 あった.面識があったせいか,快く受け入れ先 することはできなかったが,この貴重な体験が を引き受けていただいた.海外特別研究員にも 後の研究で生かされることになった. 何とか採用され,2000年2月から渡英すること その後,海水中の微量鉄の測定を時系列モニ になった. タリングできるくらいに簡便化する方法を真剣 に考え始めた.しかし,そもそも船上で利用で 3.ACSVによる海水中の微量鉄の分析 きる方法は限られており(表1),化学発光法 多くの外洋域表層では鉄が欠乏しており,最 以外では ACSVしか考えられなかった.そこ も低いところで20pM 程度であるという報告も で,ACSV による鉄分析法にフロー系を導入 あった(Mar t i n,1991).我々の開発したルミ して自動化するという申請書を書き,1999年度 ノール―過酸化水素系化学発光法とキレート樹 日本学術振興会海外特別研究員に応募した.行 脂濃縮法によっても,表層で10pM 以下の濃度 き先は英国リバプール大学である.横井先生が になる海域が報告されている (Obat ae tal . , 海水中のチタンや鉄の分析法を研究されたのが 1997).そのため,外洋域を対象とする分析法 リバプール大学であり,C. M. G.vande nBe r g であれば,少なくとも50pM 程度まで測定でき 教授が精力的に ACSVを用いた分析法を開発 る方法を開発することが望ましい.一方,海洋 中であった.リバプール大学では,ACSV と 化学の分野で ACSVが注目されていたのは, フロー系を組み合わせた分析法も開発しており 海水中の微量金属元素のスペシエーションに利 (Col omboe tal . ,1997),自動化することも可 用できるからであった.銅をはじめとして,亜 能だと聞いていた. van de n Be r g教授とは 鉛,鉄,コバルトのスペシエーションに現在で 1997年 に フ ラ ン ス の ブ レ ス ト で 行 わ れ た も応用されている(横井,2005).このスペシ MARC・MOR(Mar i neAnal yt i c alChe mi s t r y エーションは,目的とする金属イオンを海水試 図1.ACSVによって外洋水レベルの濃度が測定可能な元素 Tr ans ac t i onsofTheRe s e ar c hI ns t i t ut eof Oc e anoc he mi s t r yVol .19,No.1,Apr . ,20 06 3 4 海洋化学研究 第19巻第1号 平成18年4月 Vi nylpol yme ri mmobi l i z e d8 HQ Lumi nol /H2O2 Che mi l umi ne s c e nc e t ot ali r on 2, 3di hydr oxynapht hal e ne (DHN) or gani ci r ons pe c i at i on ACSV s al i c yl al doxi me ACSV i r on (I I )andi r on (I I I ) i r on (I I )andi r on (I I I ) 2 (2 -t hi az oyl az o)pc r e s ol (TAC) or gani ci r ons pe c i at i on 1ni r t os o2napht hol t ot ali r on di s s ol ve di r on t ot aldi s s ol vabl ei r on t ot aldi s s ol vabl ei r on di s s ol ve di r on (I I I ) i r on (I I ) ACSV 1ni r t os o2napht hol ACSV di hydr oc hl or i de (DPD)/H2O2 ACSV s pe c t r ophot ome t r y N, Ndi me t hyl pphe nyl e ne di ami ne Vi nylpol yme ri mmobi l i z e d8 HQ Vi nylpol yme ri mmobi l i z e d8HQ Cat al yt i c Vi nylpol yme ri mmobi l i z e d8 HQ Lumi nol Lumi nol /H2O2 Che mi l umi ne s c e nc e Al koxi degl as si mmobi l i z e d8HQ Che mi l umi ne s c e nc e Lumi nol /H2O2 Che mi l umi ne s c e nc e Vi nylpol yme ri mmobi l i z e d8 HQ F( eI I I )300 (3s ) i r on (I I I ) br i l l i ants ul f of l avi n/H2O2 F( eI I )100 (3s ), di s s ol ve di r on (I I ) di s s ol ve di r on (I I )and C18 c ol umn ol umn C18 c Yokoiandvande nBe r g,1992 Me as ur e se tal . ,1995 deJonge tal . ,1998 Bowi ee tal . ,1998 Powe l le tal . ,1995 Obat ae tal . ,1997 Obat ae tal . ,1993, El r ode tal . ,1991 Bl ai nandTr e gue r ,1995 Yie tal . ,1992 r e f e r e nc e 13 (3s ) 100 (3s ) Notr e por t e d F( eI I I )77 (3s ) Obat aandvande nBe r g,2001 Cr ootandJohans s on,2000 RueandBr ul and,1995 F( eI I )120 (3s ), Gl e dhi l landvande nBe r g,1994 30 (3s ) 25 (3s ) 21 (3s ) 40 (3s ) Notr e por t e d 10 (3s ) 450 100 de t e c t i on (pM) Fe r r oz i ne r e por t e dl i mi tof Fe r r oz i ne i r ons pe c i e sde t e r mi ne d pr e c onc e nt r at i onme t hod de t e c t i onr e age nt Che mi l umi ne s c e nc e Col or i me t r y LC& c ol or i me t r y de t e c t i onme t hod 表1.海水中の微量鉄の船上分析法 料に添加するという金属滴定法に基づいており, ところから鉄は汚染する可能性があり,このよ 「反応性のある(l abi l e )」画分と溶存総金属濃 うな場合もブランク値が高くなってしまう.そ 度の差から,天然有機配位子濃度と有機金属錯 こで,筆者はブランク値を下げるべく,試薬の 体の安定度定数を求めるという方法である.海 精製,器具の洗浄などを開始した.この実験を 水中の鉄に関しても多くの研究が行われている 1-2ケ月続け,ある程度までブランク値を下 が,人工的に鉄を添加した海水を測定すること げることができたが,いくらクリーン技術を用 が多く,ACSVで50pM 程度の濃度を測定する いても,200pM 以下には決して下がらなかっ ことは,あまり想定されていなかった.いくつ た.どうも Wuらの言うように,このブラン かの方法を調べてみたが,最も高感度な方法は ク値は 1N2N の不純物に起因しているような 横井先生がリバプール大学で開発された 直感を得たが,実証はできなかった.Wuらは 1ni t r os o2napht ho (1 l N2N)を用いる方法で EG&G 社 の 装 置 を 用 い , リ バ プ ー ル 大 学 は あった (検出限界30pM;Yokoiandvande n Me t hr om 社製の装置を用いているという違い Be r g,1992).この方法では通常の 1N2Nによ もあったため,なかなか結果を再現できなかっ る ACSVに過酸化水素を酸化剤として添加し, た.最終的には Squar ewavemodeの10Hzで 接触反応を利用して高感度に鉄の測定を行う. 掃引するという極端な条件で測定することによ 海水中の pM レベルの微量金属元素を ACSV り,この妨害ピークを何とか分離することに成 で測定する上で,接触反応は強力な手法である. 功した(図2).しかし,この条件ではとても リバプールに着いて,まず ACSVを用いて 数十 pM のレベルは測定できなかった.その 数十 pM オーダーの鉄を測定する手法を確立 後,1N2Nの不純物を除くべく,精製を試みた しようと考えた.そこで vande nBe r g教授に が, これも上手くいかなかった. そこで, 相談したところ,横井先生が過酸化水素を酸化 1N2N法は断念し,pM レベルの鉄を測定する 剤として使っているところを,臭素酸カリウム に変えてもよい(Al dr i c handvande nBe r g, 1998) という話を聞いた. ただ 1N2 N 法にも やや問題があった.それはブランク値が鉄200 300pM 相当から下がらないということであっ た.このブランク値について,1N2Nに含まれ る不純物に起因するピークが,鉄-1N2N錯体 の還元電流のピークと重なり,測定を妨害して いるという報告もあった (Wu andLut he r , 1994).Wuらは,接触反応を使わなければ不 純物のピークと鉄-1N2N錯体のピークを分離 できるとしていたが,リバプール大学では再現 できておらず,vande nBe r g教授はむしろ鉄 図2.CSVs c ansf ori r oni ns e awat e ri npr e s e nc eof20・M 1 N2N andPI PES(pH7 . 0) us i ng180sde pos i t i ont i me . の汚染に起因しているのではないかと疑ってい た.試料の接する器具,試薬,操作,あらゆる Tr ans ac t i onsofTheRe s e ar c hI ns t i t ut eof Oc e anoc he mi s t r yVol .19,No.1,Apr . ,20 06 5 ための方法をまた新たに探し出すことにした. 元電流を検出する場合と,2)配位子の還元電 振り出しに戻ってしまった. 流を測定して間接的に金属イオンを検出する場 合の2通りがある(vande nBe r g,1991).表 4.新しい測定系の模索 3に挙げたTACやPANなどの比色試薬は2) 既存の方法をもう一度見直すため,過去の文 の場合が多い.2)の場合は接触反応を使えな 献をいろいろと調べ,鉄の分析に利用可能な配 いなど不利な点も多いが,どの程度まで測定 位子を探した.新しい配位子を探すコツはない できるかを調べる意味で, 条件の最適化を かと vande nBe r g教授に尋ねてみたところ, 行った. この中では表3に示したように, 錯体の安定度定数が大きいこと,・電子系を有 2 (2 -t hi az oyl az o)pc r e s ol (TAC;Cr ootand する有機物などを条件として挙げられたが,結 Johans s on,2000)が比較的高感度であること 局のところは「e mpi r i c al 」と言われてしまっ が分かった.最適条件を検討し,なんとか100 た.それならばと,30種類くらいの配位子を試 pM 程度までの分析が可能となった(図3). したが,実際に鉄を検出できたものはそれほど しかし,鉄のピークの直前に錯生成していない 多くはなかった.感度はともかく鉄を検出でき TACに起因するピークが存在し,このピーク た配位子を表2,3に示す.ACSVでは主に, が100pM 以下の鉄の定量には問題となった. 吸着した錯体のうち1)金属元素そのものの還 また,これらの比色試薬は,試料を入れるテフ 表2.ACSVによる鉄分析のために用いたリガンド及びその感度(その1) Compound Abbr e vi at i on 2ni t r os o1napht hol Sal i c yl al doxi me 1ami no2napht hol Cupf e r r on Cat e c hol Pyr ogal l ol Mande l i cac i d Nbe nz oyl Nphe nyl hydr oxyl ami ne 1ni t r os o2napht hol 2, 3di hydr oxynapht hal e ne 2N1N SA AN BPA 1N2N DHN Oxi dant (i fany) pH hydr oge npe r oxi de br omat e br omat e 7 8 8 7 7 7 8 8 8 8 Se ns i t i vi t y (nA* nM1* mi n1) 0. 047 0. 051 0. 065 0. 13 0. 14 0. 47 0. 5 0. 14 1. 6 7. 9 表3.ACSVによる鉄分析のために用いたリガンド及びその感度(その2) Compound Abbr e vi at i on pH Sol oc hr omevi ol e tRS 1 (2 -pyr i dyl az o)2napht hol 4 (2 -pyr i dyl az o)r e s or c i nol 2 (2 -t hi az ol yl az o)4me t hyl phe nol SVRS PAN PAR TAC 5 5 7 8 6 Se ns i t i vi t y (nA* nM1* mi n1) 0. 029 0. 21 0. 67 2. 2 海洋化学研究 第19巻第1号 平成18年4月 ロンセルの壁面にも吸着しやすく,セルの洗浄 続けたが,これはといった結果は全く得られな にも十分注意する必要があった.将来的にフロー かった.あまりに研究が進展しないので,見か 系にするには困難が予想されるため,ここでは ねた vande nBe r g教授からは,「テーマを変 利用することを諦めた.しかし,nM レベルの えてみてはどうか」と勧められた.しかし,途 鉄を測定するには便利な方法であるため,陸水 中でやめるのはどうも嫌だったので,あと「1 学や沿岸海洋学においては十分利用できる. ケ月やってみます」と言ってそのまま研究を続 吸着した錯体の金属イオンを還元する1)の けた.こうして当てもなくひたすら実験を続け 場合は,接触反応を利用できる可能性があり理 ていたが,そのうちに何となく鉄を検出できる 想的である.これまでに報告のある方法は一通 試薬のパターンが見えてきた.その中で有望に り最適化を試みた(表2).スペシエーション 思えたのが,カテコールである.カテコールに ではサリシルアルドキシムを用いる方法が最も よる鉄の分析法はすでに存在したが,高感度で 適 し て い る と 言 わ れ て い た が (Rue and はなかった(vande nBe r gandHuang,1984). Br ul and,1995),微量鉄の測定には感度が足り カテコール自身が分解しやすく,使いづらい試 なかった.その後4ケ月ほど,毎日試行錯誤を 薬であると聞かされており,接触反応による増 図3.CSV s c ansf ori r oni ns e awat e ri npr e s e nc eof10・M TACandHEPPS (pH8. 0)us i ng6 0s de pos i t i ont i me . Tr ans ac t i onsofTheRe s e ar c hI ns t i t ut eof Oc e anoc he mi s t r yVol .19,No.1,Apr . ,20 06 7 感作用も見つかっていなかった.ただ,「カテ げることができた(図4).ようやく理想的な コールに似た試薬で,もう少し安定な試薬があ 測定系が見つかったのはリバプールに来て半年 れば上手くいくのではないか」という直感を得 ほど経った時であった. たので, Pyr ogal l olなどカテコールに似た試 薬をいくつか試してみた.こうして,最終的に 5.フロー系 見 つ け た の が 2, 3 di hydr oxynapht ohol このDHNと臭素酸カリウムを用いる方法に (DHN)である.水に溶けにくいので,メタノー より,検出限界は13pM となった(Obat aand ルに入れて保存したが,冷蔵庫に入れておけば vande nBe r g,2001).ACSVで鉄を測定する 1ケ月くらいは安定に使えることも明らかになっ 方法としては現在のところ最も高感度である た.また,過酸化水素,臭素酸カリウムを添加 (表1).この研究の最終目標はフロー系を導入 すると感度が飛躍的に上昇することも分かって して自動化することであったが,途中で中断す きた.さらにDHNは再結晶により容易に精製 ることになった.海外特別研究員の任期途中に でき,ブランク値も10pM 以下のレベルまで下 東京大学海洋研究所の故野崎義行先生から声を 図4. CSV s c ansf ori r oni ns e awat e ri npr e s e nc eof2 0・M DHN,HEPPS(pH8. 0)and20mM br omat eus i ng6 0sde pos i t i ont i me . 8 海洋化学研究 第19巻第1号 平成18年4月 掛けていただき,2001年5月に帰国したからで 2004年 に ア メ リ カ Mont r e y Bay Aquar i um ある.リバプール大学に滞在中,フロー系の導 Re s e ar c h 入も試みたが,上手くいかなかった.フロー系 Johns on教授が主催する研究航海に乗る機会 の配管一つとっても,当時リバプール大学で使っ を得た(Sampl i ngandAnal ys i sofFec r ui s e : ていたものでは,鉄の汚染を受けてしまうから SAFE).世界中で海水中の鉄を測定している であった.中山先生と共に選定したフロー系の 研究者が,各自の装置を持ち寄り,同じサンプ 部品と同じレベルのものを一から英国で探し始 ルを測定して相互検定を行うという珍しい航海 める時間は残されていなかった.フロー系の導 であった.日本からは,筆者と東京大学海洋研 入は日本へ帰ってから続けようと思いつつ,あ 究所大学院生の土井崇史君(当時博士後期課程 まり仕事が進んでいない点については,大いに 2年)が乗船した.我々のグループは化学発光 反省しているところである. 法を用いた鉄自動分析装置 (紀本電子製; I ns t i t ut e (MBARI ) の Ke n Obat ae tal . ,1997)を持ち込み,測定を行っ 6.汎用性について た.この航海にはリバプール大学から vande n 日本に帰国後は,使い慣れた化学発光法を再 Be r g教授も乗船されていた.また他にも,ア び使い始めたので,DHN法は時々使う程度で メリカ,カナダの ACSVを用いる研究グルー あった.しかし,誰にでも使える方法をという プから何人か乗船していた.彼らと話をしてみ 目標を立てていたので,世界的にどの程度認知 たところ,DHN法は非常に高感度であるとい されているのか気になっていた.そんなとき, う評価を得ていた.ただ,どうやら試薬の精製 表4.試薬の精製法マニュアル 1) 2, 3di hydr oxynapht hal e ne (DHN,Fl uka) ~10gofDHN wasdi s s ol ve di n20mLofme t hanol . 3mLofc onc .HClwasadde dt ot heme t hanol i cs ol ut i on. 200mLofMQ wat e rwaspour e dt ot hes ol ut i on. Af t e rs t i r r i ng,t heDHN wasde pos i t e d Thepr e c i pi t at ewasf i l t e r e dus i ngac i dwas he df i l t e rpape r (What man), andr e s i duewasdr i e di navac uum de s i c at or . 2) Pot as s i um br omat e (BDH) MQ wat e rwashe at e di nami c r owaveove n. 50gofpot as s i um br omat ewasadde dt o200mLofhotMQ wat e r . Thes ol ut i onwass t i r r e d. Thes upe r nat antwasf i l t e r e dus i ngac i dwas hi ngme mbr anef i l t e r (3μm I s opor e ,Mi l l i por e ). 2mLofc onc .ni t r i cac i dwasadde dt ot hes ol ut i on,andt hes ol ut i onwass t i r r e d (Thes ol ut i onhass t i mul at i ngs me l l ,pr obabl yc aus e dbybr omi ne ). Thes ol ut i onwaske pti nar e f r i ge r at orf oroneni ght (~4℃). MQ wat e ri nwas hi ngbot t l ewasal s oke pti nt her e f r i ge r at or . Thepr e c i pi t at ewasf i l t e r e dt hr oughac i dwas he df i l t e rpape r ,andwas he dwi t hc ol dMQwat e r . ( Caut i on!Was hwi t hMQW unt i lt hepH ofwas he dwat e rbe c ome sne ut r al ) Re s i duewasdr i e di navac uum de s i c at or . Tr ans ac t i onsofTheRe s e ar c hI ns t i t ut eof Oc e anoc he mi s t r yVol .19,No.1,Apr . ,20 06 9 が上手くいかず,ブランク値が下がらないよう す.今の時代,このような非効率的なやり方は であった.筆者は中山先生から,鉄の汚染を受 流行らないかもしれませんが,手を動かさなけ けないように試薬を精製する方法をいろいろと れば分からないことは未だに多いと思います. 教わっており,DHN法で用いる試薬も比較的 近頃は雑用にかまけて,めっきり実験をする時 簡単に精製できたが,誰にでもできる技術では 間が減ってしまいましたが,何とかしなけばと なかったようである.そこで,試薬の精製法を 思う日々です. 書いたマニュアル(表4)をあげたところ,喜 ばれた.ただ,そのマニュアルを読んで本当に 参考文献 彼らが精製できるようになったかどうかはまだ Al dr i c h,A. P. ,and van de n Be r g,C. M. G. : 分からないが.この航海を通じて,中山先生が De t e r mi nat i on of i r on and i t sr e dox 考案された技術が世界の最高水準にあることを s pe c i at i on i ns e awat e r us i ng c at al yt i c 再認識した.このような話を直接中山先生に報 c at hodi cs t r i ppi ngvol t amme t r y.El e c t r o- 告できなかったのは残念である. anal . ,10,3693 73 (1998). 「誰にでも使える方法」という目標に立ち戻 Bl ai n,S. ,and Tr e gue r ,P. :I r on (I I ) and れば,DHN法が広く使われ始めたというのは i r on (I I I )de t e r mi nat i oni ns e awat e rat 幸先の良いニュースである. その後, この t henanomol arl e ve lwi t hs e l e c t i veonl i ne DHN法を用いて海水中の鉄のスペシエーショ pr e c onc e nt r at i on and s pe c t r ophot ome t - ンに成功したという話を vande nBe r g教授か r i c de t e r mi nat i on.Anal .Chi m.Ac t a, ら伺った(vandeBe r g,2006).ただ,DHN 308,425432 (1995). 法を広く普及させるためには,試薬の精製といっ Bowi e ,A. R. ,Ac ht e r be r g,E. P. ,Mant our a, た細かい技術も広めなければいけないというこ R. F. C. ,andWor s f ol d,P. J. :De t e r mi na- とを痛感した.本研究はまだ始まったばかりな t i onofs ubnanomol arl e ve l sofi r oni n のかもしれない. s e awat e r us i ng f l ow i nj e c t i on wi t h c he mi l umi ne s c e nc e 7.おわりに de t e c t i on. Anal . Chi m.Ac t a,361,189200 (1998). 2000 年2月から2001 年5月までに英国リバプー Col ombo,C. ,van de n Be r g,C. M. G. ,and ル大学で開発した,ACSV による海水中の微 Dani e l ,A. :A f l ow c e l lf oronl i nemoni - 量鉄の分析法が本稿の中心となっています.大 t or i ng ofme t al si n nat ur alwat e r sby 阪教育大学の横井邦彦先生,リバプール大学の vol t amme t r ywi t hame r c ur ydr ope l e c - C. M. G.vande nBe r g教授には ACSVの基本 t r ode .Anal .Chi m.Ac t a,346,101111 的な手ほどきをしていただくと共に,快く装置 (1997). を使わせていただきました.この場を借りて感 Cr oot ,P. L. ,andJohans s on,M. :De t e r mi na- 謝いたします.また,英国特有の雨が多い寒い t i onofi r ons pe c i at i onbyc at hodi cs t r i p- 冬から研究を開始し,何とか鉄の分析法を開発 pi ngvol t amme t r yi ns e awat e rus i ngt he できたのは「頭を使うより,手を動かせ」とい c ompe t i ng l ogand 2 (2 -t hi az oyl az o)p- う中山先生の教えがあったからこそだと思いま c r e s ol (TAC).El e c t r oanal . ,12,565576 10 海洋化学研究 第19巻第1号 平成18年4月 (2000). 化学研究,9,6573(1996). deJong,J. T. M. ,de nDas ,J. ,Bat hmann,U. , 西岡純:北太平洋における鉄の存在状態と鉄が St ol l ,M. H. C. ,Kat t ne r ,G. ,Nol t i ng,R. F. , 生物生産におよぼす影響に関する研究 anddeBaar ,H. J. W. :Di s s ol ve di r onat (2005年度日本海洋学会岡田賞受賞記念論 s ubnanomol ar l e ve l si nt he Sout he r n 文),海の研究,15,1936(2006) Oc e an as de t e r mi ne d by s hi pboar d Obat a,H. ,Kar at ani ,H. ,andNakayama,E. : anal ys i s .Anal .Chi m.Ac t a,377,113124 Aut omat e d de t e r mi nat i on of i r on i n (1998). s e awat e rby c he l at i ng r e s i nc onc e nt r a- El r od,V. . A. ,Johns on,K. S. ,andCoal e ,K. H. : t i on and c he mi l umi ne s c e nc e de t e c t i on. 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