サービス業務の海外委託が国内労働市場に与える影響に関する実証分析 On the Effect of International Service Outsourcing on the Domestic Labor Market 古谷 直紀 Naoki Furutani 指導教員 Adviser 樋口 洋一郎 Yoichiro Higuchi This paper studies the effects of international service outsourcing on Japanese domestic labor market. The effects on workers’ wage and the number of them are estimated by using employment status surveys and IO-table, respectively. In order to understand the effects more precisely, the service outsourcing is classified into IT service and BPO (Business Processed Outsourcing) service, and the followings are the findings from this study. 1) International IT-service outsourcing has the negative effect on workers’ wage but no significant effect on the number of them. 2) International BPO-service outsourcing has the positive effect on workers’ wage but no significant effect on the number of them. 3) Depending on workers’ educational background and status in employment, the effects are different. Keyword: サービスアウトソーシング、IT、BPO、オフショアリング、国内労働市場 Service Outsourcing, IT, BPO, Offshoring, Domestic Labor Market 1.本研究の背景 企業は、自身が最も高い比較優位を持つ直接業務に経営 増大し、それにより生産を増大させるため、国内でしか出 来ない業務への労働需要が増加し、 雇用が創出されている、 資源を集中的に投入する事を目的として、補助的な間接業 賃金が上昇するといった考えもある。この様に、国内労働 務を外部委託することがあるが、近年、このような外部業 者が海外業務委託によってどのような影響を受けるかは、 務委託が多く見られるようになってきている。その具体的 その職種や業務レベルによって異なってくると考えられ な内容として、IT 企業へのシステム開発の委託やデータ処 る。 理業務や顧客対応業務等を依頼する BPO(Business Process この先、日本でも TPP 等の自由貿易協定による規制緩和 Outsourcing)が挙げられ、今後このような間接業務の外部 によって、また、不況下のコスト削減手段としてもサービ 委託の流れはさらに勢いを増すと言われている。 ス業務の海外委託がより盛んになると考えられ、日本にお これらの業務の委託先は国内企業だけにとどまらず、海 いてもホワイトカラー労働者の雇用の流出や賃金の低下が 外企業へも広がりを見せている。海外の安価な労働力を利 政策上の論点になると考えられる。 用する経費削減効果と海外サプライヤーのサービス品質の 2.本研究の目的 向上を背景として、海外委託業務は拡大しており、特に顕 本研究では、日本において企業のサービス業務の海外委 著な例としては中国やインドの IT 企業にシステム開発工 託が国内雇用労働者にどのような影響を与えるのかを社会 程の中でも下流工程と呼ばれるコード打ち等の比較的単純 調査を用いて実証分析する。具体的には、サービス業務の な業務を委託するオフショア開発や、日本語が堪能な人材 海外委託が国内労働者の賃金に与える影響と雇用者数に与 が豊富な中国の大連でのコールセンター業務や給与計算業 える影響を検証する。これにより、まず、サービス業務の 務などの BPO が見られる。 海外委託は国内労働者の雇用や賃金に影響を与えるのか、 サービス業務の海外委託が盛んに行われている国の 1 つ また、あるのであればどのような特性や属性を持った労働 は米国で、そこで議論になっている論点の一つとして、ホ 者により大きな正または負の影響があるのかを特定化する ワイトカラー労働者の雇用の流出や賃金の低下がある。つ 事を目的とする。それにより、これから日本はどの産業に まり、海外に業務を委託することにより、以前そのサービ 力を入れていくべきか、どのような職種の人材を育ててい ス業務を行っていた国内のホワイトカラー労働者が職を奪 くべきかを考える際の一助となる知見を提供することを目 われる、または海外からの労働供給の増加により賃金が減 的とする。 少するということを意味している。 3.既存研究の整理 海外へのサービス業務委託が国内ホワイトカラー労働者 サービス業務の海外委託が国内労働市場に与える影響を の雇用に与える影響が議論されている一方で、サービス業 実 証 分 析 し た 代 表 的 な 既 存 研 究 と し て 、 Liu and 務の海外委託により、国内企業は費用を削減でき、利益が Trefler(2008)、 Amiti and Wei(2005)、Falk and Wolfmayr(2008) がある。 また、以上 2 つの分析でのアウトソースの指標は Amiti and Wei(2005)の産業連関表を利用する方法を参考とした Liu and Trefler(2008)は米国の個票調査を用いて、サービ が、この既存研究での指標は各産業における他の各産業か スアウトソーシングにより影響を受ける労働者が属してい らの海外輸入中間投入量を考慮出来ていないため、正確な る産業が前年に中国とインドに委託したサービス業務の金 指標とは言えない。そこで、本研究では産業連関表の輸入 額でその労働者の賃金、失業期間、転職の有無を回帰する 表を用いることによりこの不正確さに対処している。この ことによりサービス業務の海外委託の国内労働者への影響 点も既存研究にはない本研究の特徴と言える。 を実証分析した。この研究から、米国においてサービスの 5.分析 海外委託は労働者の転職の頻度に影響はない事、失業期間 5.1.労働者の賃金に与える影響に関する分析 を増やす影響はあるがその影響は非常に小さい事、所得を 減らす事が示されている。 産業別のデータを用いてサービス業務の海外委託が労働 この分析では平成9 年と平成14 年の就業構造基本調査の 個表データを用いて、個人の賃金をその個人が所属する産 業の全中間投入量に占めるサービス業務の海外委託の割合 需要に与える影響を実証分析したのが Amiti and Wei(2005) に回帰することでその影響の有無や大きさを推計する。 と Falk and Wolfmayr(2008)である。前者は英国を、後者は 5.1.1.分析方法 EU の 5 カ国を対象に分析している。分析手法は共に共通 5.1.1.1.アウトソーシングの指標 で、産業内の労働者数をその産業が海外委託したサービス サービス業務の海外委託の指標は Amiti and Wei(2005)に 業務の合計中間投入量に占める割合に回帰する事でサービ 倣い、労働者が所属している産業が中間投入した全投入量 スアウトソーシングが労働需要に与える影響を分析してい に占める割合を用いる。前述したように、本研究では産業 る。Amiti and Wei(2005)では、サービスアウトソーシングは 連関表の輸入表の各産業からの輸入投入量のデータを使っ 製造業の雇用には負の影響が無いが、サービス業の雇用に ているため、より正確な指標と言える。さらに、IT システ は負の影響があることが実証され、Falk and Wolfmayr(2008) ム開発と BPO の海外委託と国内委託の指標を用いて分析 では、製造業で低賃金国、高賃金国からのサービスの輸入 することにより、この 2 つの業務の海外委託の性格の違い は雇用に影響がないこと、サービス業では、低賃金国から や海外委託と国内委託の性格の違いから生じる労働者の賃 のサービスの輸入は雇用に負の影響があることが実証され 金への影響の違いを検証する。 ている。 また、日本のデータを用いて同様の実証分析を行った研 IT 究として Takagi and Tanaka(2011)が挙げられる。この研究は JIP データベース 2009 を用いて情報サービス業の海外委託 広告・調査・情報サービス輸入中間投入量 全投入量(エネルギー除く) BPO が日本の労働需要に与える影響を分析し、情報サービス業 その他の対事業所サービス輸入中間投入量 全投入量(エネルギー除く) の海外委託は製造業の雇用に正の影響を与え、サービス業 の雇用には有意な影響を与えない事を実証した。 4.本研究の特徴 本研究は日本の個票データを用いてサービスアウトソー 5.1.1.2.分析モデル モデルは人的資本理論に基づいた賃金方程式のミンサー 方程式を参考として以下のモデルを推計する。 シングが労働者の賃金に与える影響を分析した初めての研 ln(時給 i ) OS Sjα 職 種 D 職 種 * OS Sjβ 職 種 究である。また、アウトソーシングの指標として、先行研 学 歴 D 学 歴 * OS Sjβ 学 歴 究でサービス業務として括られていたものをオフショア開 発と BPO 海外委託の 2 つに分け、さらに、国内への IT シ 業 務 上 の 地 位D 業 務 上 の 地 位* OS Sjβ 業 務 上 の 地 位 ステム開発と BPO の委託も考え、IT システム開発と BPO Wi θ D 産業 ρ D i職種σ D year i i OSSj IT j 委託の影響の違いと国内委託と海外委託での影響の違いを 論じる。 また、 本研究の目的である「どのような人に影響が大きい のか」を明らかにするため、労働者の職種別、学歴別、業務 上の地位別にその影響の違いを分析した。 そして、産業データを用いたサービス業務の海外委託が BPO j dIT j dBPO j ここで、i は労働者、j は労働者 i が所属する産業で OSS は以下のアウトソースの指標の行列である。 OSS の各行列要素は、2 年前の産業 j の総中間投入量に 占める 雇用者数に与える影響の分析でも同様にアウトソースの指 IT :広告・調査・情報サービス業の輸入投入割合 標を IT と BPO に分類し、国内と海外の影響を見る。 BPO : その他の対事業所サービス業の輸入投入割合 (1) dIT :広告・調査・情報サービス業の投入割合(除輸入) 中には IT システム開発の委託先である放送・情報サービス dBPO:その他の対事業所サービス業の投入割合(除輸入) 産業に努めている者も存在する。よって、所属産業の国内 である。W は学歴、経験年数、経験年数の二乗、年齢、年 IT 委託が増えると彼らへの需要が増加し、価格である賃金 齢の二乗、業務上の地位、企業規模の個人特性で、D 産業ダミー変数、D 職種 は職種ダミー変数、D 産業 は は年ダミー 変数である。 が上昇することが考えられる。 一方、海外 BPO 委託により競争にさらされる事務員に関 しては、表 2 において海外 BPO 委託比率と事務員ダミーの 本研究の目的で述べた「どのような人にサービス業務 交差項が有意で係数は正である事から、事務員はその他の の海外委託による影響が大きいのか」を特定化するために 職種の労働者と比べて正に大きな影響を受けると言える。 着目する職種別ダミー変数(D (D 学歴 職種 )、学歴別ダミー変数 ) 、業務所の地位別ダミー変数(D 業務上の地位 )と OSS との交差項を取ることによりその影響の違いを検出する。 これは海外 BPO 委託により、国内と海外でそれぞれ行う業 務を分けることにより、生産性が上昇し、日本でしかでき ない業務への需要が増えたことが原因だと考えられる。 また、これらの交差項の係数を足し合わせることによっ 国内委託に関してもその他の職種よりも 1%有意で正に て、労働者の職種、学歴、雇用形態別にそれぞれの影響を 大きな影響があることが分かる。これは前述した受託側の 検証できる。例えば、最終学歴が大学(D 大・院 = 1) 、職種 効果であると考えられる。 が 技 術 者( D技術者 = 1 )、 従 業 上 の 地 位 が 日雇 労 働 者 表 1 技術者とその他の職種での IT 委託の賃金に与える (D日雇 = 1)の場合、(1)式は以下の様になり、OSS が与え 影響の違い る影響の大きさが分かる。 ln(時給 i ) OSSi (α β 技術者 β 大・院卒 β日 雇 ) 業 種 Wi θ D 産 ρ D職 σ D year i i i 5.1.1.3.分析データ 係数 海外 IT(その他職種) 海外 IT*技術者 分析の個票データには就業構造基本調査の平成 9 年度版 と平成 14 年度版を用いる。これは、統計法に基づいて独立 国内 IT(その他職種) 行政法人統計センターから「就業構造基本調査」 (総務省) に関する匿名データの提供を受け、必要サンプルである労 国内 IT*技術者 働者に絞った点で、総務省が作成・公表している統計等と は異なる。そして、アウトソースの指標は平成 7 年度版と ***1%有意 **5%有意 3.90 (2.59) -6.08 (3.93) 2.29 *** (0.27) 0.78 * (0.47) *10%有意 ()内は標準誤差 平成 12 年度版の産業連関表の基本表と輸入表から計算し、 各労働者の所属する産業によって割り当てる。この際、産 表 2 事務員とその他の職種での BPO 委託の賃金に与え 業連関表の産業分類に比べ就業構造基本調査における産業 る影響の違い 係数 分類はより大きい。よって、後者の細分類を結合させるこ とにより、前者の分類と対応させた。 海外 BPO(その他職種) 5.1.2.結果と考察 表 1 から海外 IT 委託が職種別に賃金に与える影響の違 いが分かる。ここで、係数の値は委託依存率が 1%上昇し た際に上昇する賃金の割合(%)を意味している。 海外 IT 委託によって代替されうる技術者に関しては、技 術者ダミーと海外 IT 委託比率の交差項が有意ではなく、技 術者はその他の職種と比較して異なった影響を海外 IT 委 託から受けているとは言えない。これは、IT 自体が他の職 海外 BPO*事務員 国内 BPO(その他職種) 国内 BPO*事務員 ***1%有意 **5%有意 10.02 *** (1.60) 4.24 *** (1.17) 0.43 *** (0.14) 0.30 *** (0.04) *10%有意 ()内は標準誤差 種の仕事も代替しうるためだと考えられる。所属産業が IT 委託をするということはその産業での業務の IT 化が進み、 そこで働く労働者の業務が IT システムに置き換わるとい うことでもある。 次に、表 3 と表 4 から最終学歴別にサービスアウトソー シングが賃金に与える影響が異なるかを見ていく。 表 3 の IT 委託に関しては、海外委託は中卒者と比べて、 また、国内 IT 委託に関してはその他の職種よりも影響が 大・院卒者と短大卒者に有意でより負に大きい影響がある 有意に正に大きいという結果となった。これは、技術者の ことが分かる。ここで、教育年数が長い労働者の方がより 複雑な業務を遂行しているとすると、海外 IT 委託によって 表 4 学歴別に BPO 委託が賃金に与える影響の違い 影響を受けるのは複雑な業務と言うことになる。 また、国内委託に関しては、短大卒は有意ではないが、 中卒よりも教育年数が長い最終学歴の労働者に負に大きい 係数 10.02 海外 BPO(中卒) (1.60) という海外委託と同様の影響があることが分かった。この 結果は IT 業務の外部委託によって労働者の業務の IT 化が -1.20 海外 BPO*大・院卒 (1.73) 進む際に IT 化による賃金上昇の恩恵を受けやすく、賃金が 下落しにくいのは中卒者であることを示している。 -5.33 海外 BPO*短大卒 -6.52 海外 BPO*高卒 0.43 国内 BPO(中卒) 0.61 国内 BPO*大・院卒 0.24 国内 BPO*短大卒 えられる。BPO 委託はオフィス管理や書類作成など国内で のみ可能な業務が存在するが、一方で、IT 委託は通信回線 を利用したサービスの伝達が可能で、国内委託と海外委託 で業務内容の違いはない。この違いから学歴別の影響の違 いの正負の方向が異なったのではないかと考えられる。 表 3 学歴別に IT 委託が賃金に与える影響の違い 係数 海外 IT(中卒) 海外 IT*大・院卒 海外 IT*短大卒 海外 IT*高卒 国内 IT(中卒) 国内 IT*大・院卒 国内 IT*短大卒 国内 IT*高卒 ***1%有意 **5%有意 *** (2.21) 次に、従業上の地位別にサービス委託が賃金に与える影 響を見ていく。 まず表 5 から、海外 IT 委託に関しては常用雇用者と比べ て臨時労働者と日雇労働者に正により大きな有意差がある ことが分かった。これは、臨時労働者と日雇労働者は短期 への対応に適しているために需要が増加するものと考えら れる。 は検出されず、臨時労働者は常用雇用者よりも有意に小さ な影響を持つという結果が得られた。 0.44 次に、表 6 から、海外 BPO 委託は臨時労働者のみ常用雇 (1.84) 用者と賃金への影響の有意差が正の方向にあることがわか *** (0.271) -0.84 *10%有意 ()内は標準誤差 一方の国内委託では、日雇労働者と常用雇用者の有意差 *** (2.38) 2.29 **5%有意 (0.05) 足の補填や将来の余剰労働力を考えた上での一時的な雇用 (2.59) -6.25 ***1%有意 *** 間の雇用契約で、業務の外部委託による一時的な労働力不 3.90 -13.62 0.24 国内 BPO*高卒 これは、海外に委託できない仕事の有無が原因であると考 *** (0.07) た。IT 委託では海外委託と国内委託では学歴別の影響の違 いは同じ傾向を持っていたが、BPO 委託では逆となった。 *** (0.06) 一方の国内委託では教育年数が高い労働者の方がより正 に大きな影響を受けると言う海外委託とは逆の結果になっ *** (0.14) ていると考えられる労働者の賃金に負の方向に影響が大き いと言える。 *** (1.44) 高い方がより負に大きな影響があると言える。よって、海 外 BPO 委託はより複雑な業務、レベルの高い業務を遂行し *** (1.69) 海外 BPO 委託に関しては表 4 から、大・院卒者に関して は有意に差があるとは言えないが、中卒者と比べて学歴が *** る。日雇労働者に関しても有意ではないが正に影響が大き いという結果である事から、海外 IT 委託と同様に短期間の *** 雇用契約が出来る日常用雇用者への需要が高まることが要 (0.25) 因として考えられる。また、国内 BPO 委託に関しては、日 -0.24 雇労働者は有意ではないが、常用雇用者よりも小さい影響 (0.27) を国内 BPO 委託から受けていることが分かる。これも国内 -0.93 *** (0.21) *10%有意 ()内は標準誤差 IT 委託と同様の傾向で、従業上の地位別の海外、国内委託 の賃金に与える影響は IT 委託と BPO 委託で同様の傾向を 示していると言える。 表 5 従業上の地位別に IT 委託が賃金に与える影響の違 い 5.2 雇用者数に与える影響に関する分析 次にサービス業務の海外委託が国内雇用者数に与える 係数 海外 IT(常雇) 海外 IT*臨時 海外 IT*日雇 国内 IT(常雇) 国内 IT*臨時 国内 IT*日雇 ***1%有意 **5%有意 とのサンプルのパネルデータ分析を行う。 3.90 (2.59) 26.87 5.2.1.分析方法 *** *** (5.45) 2.29 5.2.1.1.分析モデル Amiti and Wei(2005)と Falk and Wolfmayer(2008)で用いら (2.56) 24.13 影響を分析する。ここでは、産業連関表を用いて、産業ご *** れたモデルを参考として以下の分析モデルを用いる。 ln Lit 1 ln ITit 2 ln BPO it 3 ln dITit 4 ln dBPO it (0.27) -0.50 5 ln OSM it ln yit Dt it * i: 産業 (0.28) t: 年 L: 雇用者数 (2) y: 国内総生産額 このモデルは個別効果と説明変数が相関するという固定 -0.55 効果(Fixed Effect, FE)を仮定し、一階差をとることにより個 (0.63) *10%有意 ()内は標準誤差 別効果を取り除き、不偏推定量を得る推定法で、一階差分 (First Difference, FD)推定法と呼ばれる。 表 6 従業上の地位別に BPO 委託が賃金に与える影響の 違い 係数 海外 BPO(常雇) 海外 BPO*臨時 海外 BPO*日雇 国内 BPO(常雇) 国内 BPO*臨時 国内 BPO*日雇 ***1%有意 **5%有意 10.02 *** (1.60) 11.95 *** (1.78) *** (0.14) (2)のモデルの他に階差をとらない(3)のモデルを Pooled OLS 推計、固定効果を仮定した Within 推計、ランダム効果 (Random Effect, RE)を仮定した GLS 推計でも推計し、そ の結果を比較、分析する。 5 ln OSM it ln yit Dt u it (3) (3)式をそのままOLS 推定する方法がPooled OLS である。 *** (0.08) -0.28 の指標として基本表から作成した国内総生産を用いた。 3 ln dITit 4 ln dBPO it (3.61) -0.91 るアウトソーシングの指標と産業の生産性とする。生産性 ln Lit 1 ln ITit 2 ln BPO it 3.30 0.43 非説明変数は雇用者数の対数の階差、説明変数は着目す しかし、主体間の異質性を考慮していないため、誤差項u にその主体に固有の効果である個別効果が含まれていると * (0.17) *10%有意 ()内は標準誤差 分散均一性を満たさず、望ましい推定量とは言えない。 固定効果モデルは個別効果と説明変数が相関していると 考えるモデルで、(3)式から各産業の期間平均を引くことに よって個別効果を取り除く Within 推定法で推定する。これ 5.1.3.まとめ により、個別効果が消えるためその推定量は不偏である。 以上の分析から、(1)その他の職種と比較して技術者が海 ランダム効果モデルは個別効果と説明変数が無相関であ 外 IT 委託から受ける影響は有意に異ならない事、 (2) 事 るモデルで、Within 推定量と各産業の期間平均から推定し 務員はその他の職種と比べ海外 BPO 委託から正により大 た Between 推定量の加重平均である GLS 推定量を得る。こ きな影響を賃金に受ける事、 (3) 海外 IT 委託、海外 BPO の推定量は個別効果と説明変数が相関していない時は有効 委託共に中卒者と比べ高学歴者の賃金に負により大きな影 推定量となる。 響を与える事、 (4)海外 IT 委託、海外 BPO 委託共に常用 固定効果モデルとランダム効果モデルのどちらを採択す 雇用者よりも臨時、日雇労働者に正により大きな賃金への るかは個別効果が説明変数と無相関であるという帰無仮説 影響がある事がわかった。 をカイ自乗検定する Hausman 検定により決定する。 また、係数の大きさは、説明変数、被説明変数が共に対 より競争にさらされる事務員の賃金をその他の職種と比較 数であるので、説明変数が 1%増加した時の被説明変数の してより大きく上げる影響を持つ事、(3)学歴や従業上の地 増加割合となる。 位によってその影響が異なる事、(4)海外 IT、BPO 委託は 5.2.1.2.分析データ 雇用者数には影響がない事が分かった。 データは 1990,1995,2000,2005 年度の 4 年分の産業連 (1)は、海外 IT 委託は競争にさらされる技術者と同様に、 関表の基本表、輸入表、雇用表を用いた。産業連関表の分 その他の職種にとっても彼らの仕事を IT 化して奪う事が 類変更に従い産業を統合し 84 分類とした。 考えられるため有意に異なる結果が得られなかったと考え 5.2.2.結果と考察 られる。(2)は、BPO 委託は海外委託される業務への需要は Hausman 検定と F 検定の結果、GLS 推定、Pooled OLS 国内で減少するが、国内でしか行う事が出来ない業務も存 推定ではなくWithin 推定が好ましいという結果が得られた 在し、そこに従事する労働者への需要が上昇し、賃金が上 が、Wooldridge(2003)で紹介されている Wooldridge’s test の 昇するということが考えられる。(3)に関しては、業務の海 結果、誤差項に系列相関が見られ、FD 推定の方が Within 外委託可能性、業務レベル、仕事の定型性等によってその 推定よりも好ましいという結果となった。よって、先行研 違いが生じていると考えられる。(4)に関しては、本研究で 究で用いられた、FD 推定の結果を考えていく。ここで、 はデータの制約上全職種に対する影響を見ることしかでき 系列相関と不均一分散を考慮に入れ、標準誤差は なかったため、有意な結果は得られなかった。競争にさら Newey-West 修正を行ったものとする。 される労働者数が分かれば有意な影響が検出される可能性 表 7 から、海外 IT 委託、海外 BPO 委託共に雇用者数に も考えられ、今後そのようなデータの整備が望まれる。 有意な影響を持つとは言えない事が分かる。国内委託に関 しても IT、BPO 共に有意な結果は得られなかった。 以上から、サービス業務の海外委託が与える影響はその 委託業務、労働者の職種、学歴、従業上の地位によって異 また、被説明変数を常用雇用者、臨時・日雇労働者にし なるため、労働政策や教育政策を決定する際にこのサービ た分析からも、海外 IT 委託、BPO 委託共に有意な影響は スアウトソーシングを考慮する必要があると考えられる。 見られなかった。 表 7 サービスアウトソーシングが雇用者数に与える 影響 海外 IT 委託 海外 BPO 委託 国内 IT 委託 国内 BPO 委託 ***1%有意 Pooled FD Within GLS 推定 推定 推定 0.001 -0.025 -0.051 -0.035 (0.009) (0.019) (0.033) (0.060) -0.007 -0.004 0.020 0.012 (0.026) (0.022) (0.036) (0.038) -0.009 0.060** 0.095* 0.131 (0.051) (0.018) (0.057) (0.066) -0.008 0.055 0.167** 0.206** (0.087) (0.055) (0.070) (0.043) **5%有意 OLS 推定 *10%有意 ()内は標準誤差 5.2.3.まとめ 以上の分析から、サービス業務の海外委託は海外 IT 委 託、海外 BPO 委託共に国内の雇用者数に有意な影響を与え 参考文献 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. ているとは言えないということが分かった。 6.結論 サービス業務の海外委託が労働者の賃金に与える影響と 14. 15. 雇用者数に与える影響の分析から、 (1)海外 IT 委託はそれ により競争にさらされる技術者とその他の職種と比較して 賃金への影響は異ならない事、(2)海外 BPO 委託はそれに 16. 川口大司 著 「ミンサー型賃金関数の日本の労働市場への適用」 RIETI Discussion Paper Series 11-J-026、2011 経済産業省 「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告 書」、2008 経済産業省 「通商白書 2004」、2004 国際貿易投資研究所 「国際比較統計」 、2011 情報処理推進機構 IT スキル標準センター 「IT 人材市場動向予備 調査報告書」、2008 総務省 「平成 19 年度情報通信白書」、2007 総務省情報通信政策局情報通信経済室 「オフショアリングの進展 とその影響に関する調査研究」、2007 矢野経済研究所 「ITアウトソーシングサービス市場に関する調査」 、 2007 Amiti, M and S. Wei, “Fear of service outsourcing: Is it justified?”, Economic Policy April 2005, 2005 Blinder, A.S., “Offshoring: The Next Industrial Revolution?”, Foreign Affairs, March/April 2006, 2006 Falk, M and Wolfmayr, Y, “Services and materials outsourcing to low-wage countries and employment: Empirical evidence from EU countries”, Structural Change and Economic Dynamics 19 38–52, 2008 Feenstra, R.C. and Hansen, G.H. “Globalization, outsourcing, and wage inequality”, American Economic Review, 86(2), pp. 240–245., 1996 Liu, R and Trefler, D, “Much ado about nothing: American jobs and the rise of service outsourcing to China and India”, NBER Working Paper 14061, 2008 Mann, C.L., “Globalization of IT Services and White Collar Jobs: The Next Wave of Productivity Growth”, Institute for International Economics, 2003 S. Takagi and H. 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