Title イギリスの音楽教育における評価

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イギリスの音楽教育における評価 : ナショナルカリキュ
ラムを中心にして
塩原, 麻里
東京学芸大学紀要 第5部門 芸術・健康・スポーツ科学
, 55: 25-34
2003-10-31
URL
http://hdl.handle.net/2309/2915
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要5部門 55
pp . 25 ∼ 34,
2003
イギリスの音楽教育における評価
−ナショナルカリキュラムを中心にして−
塩 原 麻 里
音 楽*
(2003年6月2日受理)
1.はじめに
イギリスの公立学校では,1992年から,5歳から16歳までの11年間の義務教育の期間,全国共通カリキュラム(ナ
ショナルカリキュラム)が教えられている。1995年の第1次改訂を経て,1999年に提示された第2次改訂版のナショ
ナルカリキュラムが,2000年から全国の公立学校で施行されている。第2次改訂カリキュラムでは,数学,英語,理
科を中心科目(core subjects)として,歴史,地理,技術,情報,音楽,美術,体育,外国語,公民が基礎科目
(foundation
subjects)に定められ,これら12科目が必修科目となっている。ナショナルカリキュラムは,初等学校
の1年から2年まで(5歳∼7歳)がキーステージ1,3年から6年まで(7歳∼11歳)がキーステージ2,中等学
校の7年から9年まで(11歳∼14歳)がキーステージ3,そして10年から11年まで(14歳∼16歳)がキーステージ4
1
というように,4つの教育段階よって構成されている。
さらに,2000年からは,新たに多くの子どもたちが何らかのかたちで幼稚園や保育園で過ごしていることを踏まえ
て,必修ではないが,義務教育就学前の3歳から5歳までの教育として,基礎ステージ(Foundation stage)が導入さ
れている。文部技能省(Department for Education and Skills)は,この基礎ステージをナショナルカリキュラムの一部
と規定しており,キーステージ1からの学習が円滑に進むように,準備段階での学習を援助するものとして,カリキ
2 ガイドラインには,早期学習目標(early learning goals)として,
ュラムガイドラインを提示している。
「個人的・社
会的・情緒的発達」「コミュニケーション・言語・読み書き」「数学的発達」「周囲の世界に関する知識と理解」「身体
的発達」「創造的発達」の6つの学習領域3が提示されている。
教育技能省内で,ナショナルカリキュラムの内容や政策に関する決定権をもち,教育と直結する資格に関わる部門
を担当している資格・教育課程当局(Qualifications Curriculum Authority,通称QCA)は,「評価(assessment)」につ
いて,「…教師,親,そして生徒に,子どもが学校においてどのように進歩しているのか,という情報を提供するも
4と定義している。そして「学校は,全ての生徒の記録をつけて保管しなければならない。これらの記録には,
の…」
5とし,担当の教師
全国統一テストの結果も含まれる。そして毎年,学校は生徒の親に対して報告をする義務がある」
による子どもの学習評価を義務付けている。
基礎ステージのガイドラインには,6つの早期学習目標に対して,年齢別ではなく3つの発達段階に色分けされた
「手段(Stepping Stone)」と呼ばれる活動内容が示されており,この内容に照らし合わせて子ども達に何ができるよ
6 そして,それぞれの目標に対して9項目の評価尺度(Assessment
うになるのか,ということが述べられている。
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Scale)が提示されている。
一方,ナショナルカリキュラムのキーステージは,学習プログラム(Programme of Study)と到達目標(Attainment
Target)によって構成されているが,前者は各キーステージごとに,そして後者は全キーステ−ジに共通して8つの
8という9つの記述によって示されている。各キーステージの終了時に,この到達目標に
レベルと「特に優秀な成績」
* 東京学芸大学(184-8501
小金井市貫井北町4-1-1)
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 第5部門 第55集(2003)
示されている基準にしたがって,それぞれの子どもの学習成果に対して到達度評価(criterion-referenced assessment)
が行なわれる仕組みになっている。
ナショナルカリキュラムの中心科目である数学,英語,理科については,1995年からイギリス全土の学校で,キー
ステージ1から3までの各キーステージの終了時に,National Curriculum Assessmentと呼ばれる全国統一テストが一
斉におこなわれている。このテストの結果は,個人の子どもの全国的水準に照らし合わせた学習評価というだけでな
く,各学校ごとの総計を出すことにより,その学校がナショナルカリキュラムを効果的に教えているかどうかを,当
局が監督するためのデータとしても利用されているものである。さらに,全国統一テストの結果は,出欠状況などの
記録と共に,リーグテーブルと呼ばれる学校別全国成績一覧表によって一般に公開されており,親が子どもの学校を
選別する際の資料として活用されている。
中心科目でない基礎科目に関しては,その科目を担当する教師が各キーステージの終了時に,それぞれの子どもの
学習評価を到達目標のレベル別に行ない,各学校がその結果をQCAに報告することになっている。
以上に述べたように,イギリスにおける生徒の学習評価には,大別すると,教師によるもの(teacher assessment)
と,全国統一テストのように学外試験として国のレベルでおこなわれるものとがあるが,イギリスではそれらを密接
に関わり合わせながら,全体の教育の水準を上げつつそれを維持していこうという取り組みがなされている。教育評
価に関わる様々な対策は,既に80年代から続いている同国での大規模な教育改革の根幹にあるものとして,大きな責
任と期待を担う国家プロジェクトとなっている。本論文では,このような状況にあるイギリスの音楽教育における評
価について,義務教育で教えられているナショナルカリキュラムの音楽と各種の学外音楽資格試験との関連性につい
て明らかにした上で,キーステージ1から3における評価に焦点を当てて,その特徴について考察するものである。
そして,これらの考察を通して,日本の音楽教育における評価に示唆を与えると思われる点について考えていきたい。
2.音楽資格試験における評価
音楽は,前述したように2000年から導入された基礎ステージにおいて,「創造的発達」の領域の中に含まれている。
ナショナルカリキュラムにおいても,導入された1992年から現在まで,2度の改訂を通して基礎科目の一つとして位
置付けられてきており,キーステージ1からキーステージ3までの子ども達に必修科目として教えられている。キー
ステージ4で音楽を選択する生徒は通常,終了時の16歳時に行なわれる学外試験である中等教育資格(General
Certificate of Secondary Education,通称GCSE)試験で,音楽を選択して受験することになっている。そのために,キ
ーステージ4の学習プログラムは,GCSE試験の音楽のシラバスに従って計画されることが一般的である。
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GCSE試験の音楽では,3つの評価目標(Assessment Objectives,略してAO)が次のように提示されている。
AO1:演奏の技能
独立したパートを(二重奏になっていないもので,伴奏付きか無伴奏のソロ,あるいはアンサンブルのパートの1
つでもよい)を,技術的なコントロール,表現,解釈,そして必要であればアンサンブルの中で演奏するための技能
も提示しながら,歌う,あるいは演奏する。(短期コースの場合は,自分の作曲した曲を実際に演奏することが含ま
れる。)通常のコースの場合,少なくとも一つの演奏は,アンサンブルの中の重要なパートを含むものとする。
AO2:作曲の技能
与えられた,あるいは自分で選択した摘要(brief)に関わらせながら,音楽のアイディアを考え,それらを発展さ
せる。(短期コースの場合には即興が含まれる。)摘要には作曲のきっかけとなったことがらや,作曲者が意図してい
ることがらについての説明が,明確に述べられていなければならない。
AO3:音楽を聴いて評価する技能10
音楽用語を用いながら,音楽を分析したり評価したりする。
評価は,特によいグレードであるA’からGまでの8つのグレードで示されるが,最低のグレードであるGに達しな
いものは不合格になる。評価の基準として,グレードA,グレードC,そしてグレードFについての記述が示されてお
り,評価者はこれらの説明を頼りに,その他のグレードについて見積もりしながら評価を行なう。例えばグレードB
はグレードAとグレードCの中間ぐらいである,グレードEはグレードCには到底及ばないが,グレードFよりはよく
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塩原:イギリスの音楽教育における評価−ナショナルカリキュラムを中心にして−
できている,といったように見積もっていくのである。義務教育の修了試験であるGCSE試験は,自分の進路に合わ
せて10科目程度を受験するのが普通である。
GCSE試験の音楽でよい評価を得て,さらに音楽関係の高等教育機関へ進学を希望する生徒は,義務教育終了後の
16歳から18歳までSixth Formと呼ばれるカレッジで,教育資格(General Certificate of Education)のAレベル
(Advanced Level)試験やAS(Advanced Subsidiary)試験を受験するための準備をする。AS試験は2つ合格するとAレ
ベルと同等に扱われる,通常1年の準備で受験する資格試験である。音楽に関連する科目としては,Aレベル試験の
音楽の他に,Aレベル試験のパフォーミングアーツ,Aレベル試験の音楽テクノロジーの科目が用意されている。A
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レベル試験の音楽では,2つの評価目標(AO)が定められている。
AO1:
a)演奏
技能と表現のコントロール,様式の理解,そして音楽の演奏される場面や(あるいは)アンサンブルとしての気付
きをもって,音楽のアイディアを解釈する。
b)作曲
音楽上の工夫や既に確立されている作曲法を創造的に用いながら,技能と表現のコントロールをもって,音楽のア
イディアを発展させる。
AO2:
音楽の構造,表現,そして情況に関する内容について理解していることを証明し,これらのことについて認識を持
って論評する。
評価については,グレードAからEまでの5つのグレードまでが合格となるが,AからCが優秀な成績とみなされ
ており,大学の音楽学科へ進学するためには,音楽を含む3科目程度において,優秀な成績を修めていることが入学
の条件となっている。
普通教育科目を中心とするAレベル,AS試験の他に,中等教育の終了時に応用分野を対象とする職業資格を得るた
めの試験として,全国一般職業資格(General
National
Vocational
Qualifications,通称GNVQ)の試験がある。音
楽に関しては,パフォーミングアーツという受験科目が用意されている。基礎・中級・上級の3つのレベルがあり,
基礎と中級の試験を受けるための準備課程は1年間,上級の試験はAレベル試験のための準備期間に相当する2年間
の課程を経て受験することになっている。GNVQの上級は2000年から「職業Aレベル」と名称変更され,基礎と中級
は2002年から「職業GCSE」となり,資格試験全体の整合性を整える作業が進められてきている。資格の対応は,基
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礎GNVQはGCSE試験におけるD~G評価,中級はA’∼C評価,上級はAレベル,ASレベルと同等と考えられている。
前述した音楽資格試験は,義務教育修了後に行なわれるものであるが,義務教育期間においても平行して受験する
ことのできる音楽資格試験として重要なものに,王立音楽学校協会のアソシエイテッド・ボード(Associated Broad
of the Royal Schools of Music,通称ABRSM)等の主催する,音楽技能検定試験のシステム(通称,音楽グレード試験)
がある。イギリスの義務教育における音楽教育には,初等教育においても中等教育においても,クラスルームでの一
斉授業,合唱団やブラスバンド,スクールオーケストラといった課外活動,そして学区地域を巡回指導するミュージ
ックスペシャリストと呼ばれる非常勤講師による,希望する子ども達への器楽の個人指導という,3本立ての音楽教
育が根付いている。器楽の個人指導を受けている子ども達は,その学習成果を,音楽グレード試験を受験することに
よって確かめていくという慣例がある。音楽の学習を特に望む子ども達にとって,音楽グレード試験のシラバスに則
って受験準備をすることは,GCSEの音楽試験やGSEの音楽Aレベル試験等を目指すのと同様に,大きな意味を持っ
ている。試験の種類としてはそれぞれの楽器の演奏や歌唱,音楽理論,実用音楽技能等が用意されているが,それら
一つ一つにグレード1からグレード8までの試験が用意されている。希望者は年齢に関わらず自分の能力にあったグ
レードの検定試験を受験するが,演奏に関しては100点以上が合格(Pass),120点以上が良(Merit)で合格,そして
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130点以上が優(Distinction)で合格することになっている。
大学の音楽学部等に進学を希望する場合,Aレベルの成績とグレードのいくつを持っているのかということが選考
の条件となっている。例えば,2003年度のロンドン大学,キングスカレッジの音楽学科入学資格は,3つのAレベル
(A評価が2つとB評価が1つ,音楽のA評価を含む)と1つのASレベル(合格),あるいは2つのAレベル(A評価が
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 第5部門 第55集(2003)
2つ,音楽のA評価を含む)と3つのASレベル(A評価が2つとB評価が1つ),そしてどちらの場合においても,
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ABRSMのグレード8,あるいはそれに相当する演奏能力を持っていることが条件となっている。
以上に述べたように,イギリスの音楽教育においてはナショナルカリキュラムにおける学習評価と共に,それらと
平行するかたちで存在する音楽グレード試験のような学外検定試験があり,その後に一連の学外資格試験が背後に控
えている。このような音楽教育の全体像や背景を踏まえた上で,次にナショナルカリキュラムの音楽における到達目
標による評価について述べていく。
3.ナショナルカリキュラムの音楽における到達目標
1992年に導入された最初のナショナルカリキュラムの音楽,1995年の第1次改訂版の音楽,そして現在施行されて
いる第2次改訂版の音楽では,到達目標の扱われ方に大きな変化が見られる。まず,初版では各キーステージにおけ
るカリキュラムの項目に,「到達目標1:演奏と作曲(Performing and Composing),「到達目標2:聴取と評価
(Listening and Appraising)」が提示されており,その副項目として「キーステージの終了時の記述(End of Key Stage
Statements)」と学習プログラム,そして「事例」が示されていた。つまり,到達目標という概念が,カリキュラム全
体を指すものとして使用されていたといえるだろう。「キーステージの終了時の記述」が,各キーステージの終了時
に子どもたちに期待する学習成果についての記述であるが,これは身に付けるべき知識や概念を記述しているという
よりは,何をしたのか,何ができたのか,ということを確認する,言ってみれば活動を主体とした記述が中心になっ
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ており,学習プログラムを要約したような印象を受ける。
第1次改訂版のナショナルカリキュラムの音楽では,それぞれのキーステージの学習プログラムがまとめられて最
初に提示されるようになった。そして,キーステージ全体に共通する内容が示された後で,「演奏と作曲」と「聴取
と評価」という2つの構成要素別16にプログラムが示されている。そして「到達目標」は最後に一括され,各キース
テージごとにそれぞれの構成要素の到達目標が,「キーステージの終了時の記述」として示されている。キーステー
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ジ3の記述の後には,新たに「特に優秀な成績」という到達目標が追加された。
第2次改訂版のナショナルカリキュラムの音楽では,学習プログラムの構成に大幅な変更が加えられ,項目として
まず「知識(knowledge)」「技能(skills)」「理解(understanding)」の3つが各キーステージに示されるようになった。
音楽におけるこれらの内容を習得するために,各キーステージを通して,演奏(performing)技能として「歌や楽器
の演奏を通して音をコントロールする」,作曲(composing)技能として「音楽のアイディアを創造し発展させる」,
音楽を評価する(appraising)技能として「応答し評論する」ことが提示され,最後に「聴取し,知識と理解を適用
する」ことが示されている。もう一つの項目として「学習の広がり」という記述があり,実際にどのように学習を計
画したらよいのかということについての,簡単な説明が欄外に記されている。科目を横断していく学習18も奨励され
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ており,関連のある他の科目の学習プログラムへの照会ができるようになっている。
到達目標についても改訂され,これまでの「キーステージの終了時の記述」という概念が一掃されて,キーステー
ジ全体を通して8つのレベルと「特に優秀な成績」の記述に従って,評価が行なわれることになった。これらのレベ
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ルについての記述は次に示すとおりである。
レベル1
生徒は,どのようにして音がつくられ変化させられるのかを認知し,それらを探求する。声を様々な方法で,例え
ば,話したり,歌ったり,唱えたりし,お互いの存在に気付きながら演奏する。予め出発点として与えられたアイデ
ィアへ応答するかたちで,短いリズムやメロディーのパターンを反復し,音をつくったり選んだりする。音楽の様々
なムードに応答しながら音の明確な変化を認識し,簡単な反復するパターンを識別する。音楽的な指示を考慮する。
レベル2
生徒は,どのようにして音が構成されるのかを認知し,それらを探求する。メロディーの抑揚の形を感じ取りなが
ら歌い,簡単なパターンを演奏し,規則正しい拍を維持しながら伴奏する。予め出発点として与えられたアイディア
へ応答するかたちで,音を注意深く選択しながらそれらを開始部,中間部,そして終結部というような簡単な構造に
まとめる。音をシンボルによって表示し,どのようにして,音楽の要素が様々なムードや効果を生み出すために使わ
れるのかを認識する。生徒は自分の作品を改良する。
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塩原:イギリスの音楽教育における評価−ナショナルカリキュラムを中心にして−
レベル3
生徒は,どのようにして音が組み合わされて表現豊かに使われるのか認知し,それらを探求する。正しい音程で表
現豊かに歌い,限られた範囲で提示された音色を使って簡単なパートをリズミカルに演奏する。反復するパターンを
即興演奏し,いくつかの層になった音を,それらが結合されたときの効果に気付きながら組み合わせる。どのように
して様々な音楽の要素が組み合わされ,表現豊かに使われるのかを認識し,自分の作品にいくつかの改良を加え,自
ら意図した音楽的効果について説明する。
レベル4
生徒は,音同士の関係や,どのようにして音楽に様々な意図が映し出されているかを確認し,それらを探求する。
耳で聴いた曲や,簡易楽譜から読み取った曲を演奏する際に,パート同士がどのようにして一つにまとめられている
のかに気付き,さらに全体的効果を得るために必要なことがらに気付きながら,自分のパートを継続して演奏する。
グループ演奏の一つのパートとして,メロディーやリズムのフレーズの即興を行なったり,音楽的な構造の中でアイ
ディアを発展させて曲づくりをする。様々な種類の音楽について,適切な音楽用語を用いて説明し,それらを比較し,
評価する。自分や他の人の作品を改良するための提案をし,どのようにして意図した内容が達成されたかについて説
明する。
レベル5
生徒は,音楽の効果を高めるための工夫や,どのように音楽が時代や地域を反映しているかについて確認し,それ
らを探求する。リーダーの役目をする,ソロのパートを担当する,あるいはリズムで曲全体をサポートするといった
かたちで,自分が全体に果たしている役割に気付きながら,重要なパートを暗譜で,あるいは楽譜を見ながら演奏す
る。与えられた音楽の構造の中でメロディーやリズムの素材を即興し,色々な種類の記譜法を用いながら,メロディ
ー,リズム,和音,そして形式といった音楽的工夫を適切に使って,それぞれの機会に相応しい音楽を作曲する。音
楽の特徴表現を分析したり比較したりする。演奏される場所や状況,そして演奏の目的がいかに音楽のつくられ方,
演奏のされ方,そして聴かれ方に影響を与えるかということについて評論する。自分の作品を洗練させ,さらに改良
する。
レベル6
生徒は,選択された音楽のジャンルや様式について,その様々な成り立ちや背景について確認し,それらを探求す
る。テンポ,ダイナミックス,フレージング,音質を選択し,それらを表現豊かに使う。グループ演奏と合わせるた
めに,自分の担当しているパートの演奏に微妙な調整を行なう。様々な音楽のジャンルや様式で即興したり,作曲し
たりする。和声的な音楽とそうでない音楽の作曲法を,その状況に合わせて適切に使い分けながら,音楽のアイディ
アをそのまま続けたり発展させたりして,予め意図された様々な音楽の効果を生み出す。音楽づくりを計画し,それ
らを修正し,さらに内容を洗練させるために適切な記譜法を用いる。音楽が,創造され,演奏された情況,そしてそ
れらが聴かれた背景となるものを,どのように作品の中に映し出しているかということについて,分析や比較を行な
い,評論する。自分の作品や他の人の作品に,その作曲のために選んだ音楽様式に照らし合わせながら改良を加える。
レベル7
生徒は,選択された音楽のジャンル,様式,そして伝統における音楽の慣例や決まりごと,そしてそれらに及ぼす
様々な影響といったものを識別し,それらを探求する。様々な様式で演奏を行ない,アンサンブル活動において際立
った貢献をし,その曲に適切な記譜法を読み取り使い分ける。提示された,あるいは選択した音楽の構造,ジャンル,
様式,そして伝統の中で,音楽のアイディアを適合させたり,即興的につくったり,発展させたり,延長したり,捨
てたりしながら,自身に内在している音の感覚により一貫性のある曲づくりをする。音楽の慣例や約束ごとの使い方
やその他の特徴について,そしてそれぞれの異なった情況というものが,どのように自分の作品や他の人の作品に反
映されているかということについて評価し合い,批評的な判断を行なう。
レベル8
生徒は,選択された音楽の手段,ジャンル,様式,そして伝統における特徴とそれらの表現媒体としての可能性を
識別し,開発する。メロディーやリズムのフレーズだけでなく,全体的な曲の構成についても,確かな方向性とその
特徴を際立たせながら,広範囲にわたる数多くの曲を演奏,即興,作曲する。耳で聴いたり,適切な記譜法を正確に
用いて,様々な音楽の様式,ジャンル,伝統を探求し,音楽の慣例や決まりごとを理解すると共に,それらに挑戦す
る。異なった音楽様式,ジャンル,伝統間の差異を識別して,音楽とその背景にある文化との関わりについて注釈す
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るが,その際には,自分自身で判断を下し,その考えの正当性を証明する。
特に優秀な成績
生徒は,様々な音楽の解釈について識別し,その力を伸ばす。器楽と声の可能性,あるいはどちらか一方の可能性
を開発しながら,個人の音楽様式を発展させ,その中で自分自身のアイディアや感情を表現する。説得力のある演奏
をし,明らかに他の演奏者と心を通わせて演奏していることが明らかである。音楽アイディアの一貫性のある発展,
矛盾のない様式,そしてある程度の個性的な特徴を示す曲を作曲する。選択された音楽伝統の中で,どのようにして,
そしてなぜ変化が起こるのか− そこには重要な演奏家や作曲家が提供した特別な貢献といったものも含まれ
る−ということについて識別し注釈をする。
キーステージの1ではレベル1∼3までを到達目標とした内容が学習され,キーステージ1の終了時に大部分の子
ども達に期待されている到達レベルは2である。キーステージの2ではレベル2∼5までを目標とした内容が学習さ
れ,大部分の子ども達に期待される終了時のレベルは4である。キーステージ3ではレベル3∼7という広い範囲で
子ども達が音楽学習することが見こまれており,終了時の大部分の子ども達がレベル5か6に到達していることが期
21 各キーステージの終了時には,それぞれの子どもの学習成果について,到達目標に記述されている
待されている。
各レベルの基準に準拠した到達度評価が行なわれる。
4.音楽教育における評価
現在のイギリスの教育では,国際的な競争を乗り越えていくために,国を上げて教育レベルの向上とその維持をは
かっていくことが,政府の基本方針となっている。QCAのスローガンとして“Raising Standard”や”Guarding
Standard”22 と言うことばがよく使われているが,それはこのような方針の現われである。各学校が効果的な教育を行
なっているかどうか,そしてそこで学ぶ子ども達の学力が向上しているかどうか,ということについて調査し教育技
能省に報告するのは,教育標準局(The Office for Standards in Education,通称OFSTED)の役目である。学校は,
OFSTEDから派遣された調査官に対して,その学校で用いている学習評価法に関する文書や,生徒の学習成果につい
て記述された記録を提出して,調査を受けなければならない。記録された各生徒の学習評価は,生徒の親,学校理事,
あるいは納税者など,学外の関係者に対して報告する目的のためにも用いられている。
教師は,学年末に一人一人の子どもの学習進度に関する報告書を,親に提出する義務がある。その方式はそれぞれ
の学校や教師のやり方にまかされているが,一般的な音楽科のレポートは次のようなものである。
(学年末レポートの例)
Name
Thomas Anderson
Class
7b
Attainment
Effort
B
2
Thomas has worked well this year and I was pleased with the work that he did on chords during the project on reggae. He had
so much musical materials that achieving structure and coherence was difficult. In order to improve his composition, Thomas
needs to isolate two or three ideas and try to develop them more fully.23
レポートには,前回のレポートの内容を踏まえ,子どもの学習のどこが前に比べて伸びたのか,これからどのよう
に学習すればもっと伸びるのか,ということについて記述することが望まれており,総括的評価と共に形成的なコメ
ントが付けられているものがよいレポートと考えられている。
さらに,各学校はそれぞれのキーステージの終了時には,ナショナルカリキュラムの到達目標である8つのレベル
24 その際,各学校で用いている評価方法による生
に準拠した評価をおこなって,当局に報告することになっている。
徒の学習評価を,ナショナルカリキュラムの到達目標に則って読みかえる作業が行なわれる。そのために,多くの学
校では日々の学習評価の実践に役立ちながらも,8つのレベルの記述に対応できるような評価法を独自に開発してい
る。特に,義務教育における音楽教育が修了するキーステージ3においては,ある子どもの学習評価を,ある特定の
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塩原:イギリスの音楽教育における評価−ナショナルカリキュラムを中心にして−
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レベルと判断したことに対する根拠を示して,その子どもの学習成果と進度の報告を提出しなければならない。
QCAは教師によるこのような作業をサポートするために,ホームページ上に,色々な学校の様々なレベルの子ども
達が演奏したり,作曲したり,音楽について記述したものを公開し,これらを事例として,どのように学習成果をレ
ベル別に評価していくのかを指導している。さらに,これらの事例の公開は,ナショナルカリキュラムの各キーステ
ージの学習プログラムに則って指導をうけた子ども達が,いったい何歳でどのくらいのことができるようになるのか,
26
という目安としても利用されている。
QCAは,教師が到達目標のレベルに準拠した学習評価を実施する際に,1つの作品や記述を評価するのではなく,
子どもが幅広く色々な音楽活動を,ある程度の期間行なった上で,全ての作品や記述を総合して評価の対象とするこ
とを奨励している。そのような過程をとおして明らかになってきた,それぞれの子どもの強みや弱点を考慮した上で,
27 さらに,演奏,作曲,聴取の活動は個別
その子どもに一番合ったレベルを判定することが重要であるとしている。
に評価するものではなく,これらの活動を通してある音楽学習の側面が共通に現われてくるものとして,判断されな
ければならないとしている。言い換えると,音楽学習の評価は,これらの活動が関連し合う中で,明らかになってき
た内容について判断されることになっている。
幅広く色々な種類の音楽活動を,子ども達に提供していくことを要請されている音楽教師は,一人一人の子どもの
学習とその評価の記録を,一連のシリーズとして保管しておくことが必要になってくる。フィルポットによると,そ
れらの根拠となる記録とは,その生徒の学習の記録,使用したテキスト,生徒の自己評価,評点やグレード,生徒が
音楽を聴いて評価したり,作曲したり,演奏したりする際に書き留めておいた注目に値するコメント,完成したワー
クシート,グラフィックノーテーションやその他の手法で書かれた楽譜,ビデオによる記録,ICT(コンピューター
28 教師はこれらの数多くの記録や資料をもとに,演奏,作曲,聴取
関連)による記録,そしてその他の記録である。
の技能を中心として,一人一人の生徒についての学習評価をおこなうことになっている。
5.評価と記録,そして報告
29 まず,評価は生
イギリスの音楽教育者,ブレイは教育における評価の目的について次の3つの点を挙げている。
徒の発達や進歩,学習成果についての正確な情報を得るために行なわれることである。このような情報は生徒の親へ
報告するためにも用いられるが,それは親が,自分の子どもがクラスの中でどのくらいのところにいるのか,あるい
はその年齢でどのようなことができるようになることを期待されているのか,ということを知る権利があるからであ
る。さらに,自分の子どもはどのくらい努力したのか,前回の報告の時点と比べて何がどのくらいよくなったのか,
これからより進歩していくために何をしなければならないのか,ということを親が理解しており,家庭においても子
どもの学習の支援をしていくことが重要であるからである。第2にブレイは,評価の目的は,ある授業やプロジェク
トがどのくらいの教育効果をおよぼしたのか,ということを判定するためにあるとしている。これらが明らかになれ
ば,必要とあれば将来のために授業のある部分を改善したり,特にある技能を修得する必要がある子どもに対して,
適切な指導を準備することができる。第3に,評価とは,生徒自身が自ら意欲と責任を持って学習していくことを支
えるためにあるとブレイは考えている。なぜならば,生徒自身が,自分は何をしているのか,なぜそのことをしてい
るのか,もっとよくなるためには何をしたらよいのか,といったことをよく理解していれば,それがやがて生徒のや
る気を起こすことにつながっていくからである。
さらにブレイは,教師による生徒の学習評価において,〈評価(assessment)〉,〈記録(recording)〉そして〈報告
(reporting)〉という,3つの互いに深く関わり合ってはいるが,それぞれに異なる目的をもつ概念を明らかにしてい
くことの重要性を論じている。彼は,教師が〈評価〉に関して話すとき,とかく評点やグレードについて話そうとす
る傾向があること,あるいは使用しているマークシートなどを見せ合って自分の評価方法について話そうとする傾向
があることを指摘している。これは実際の〈評価〉について話しているのではなく,どのように〈評価〉を〈記録〉
するのかということを,話題にしているに過ぎないとしている。〈評価〉と〈記録〉は深く関わっているが,同じも
のではない。どんなに洗練された方法を用いて評点や,A・B・C,あるいは日本の例を挙げれば,よい・ふつう・
がんばろう,1∼5,あるいは優良可などをつけたとしても,それが効果的な評価になる保証はないとブレイは考え
ている。効果的な評価とは,生徒の学習にフィードバックされ,これからの学習を助けるものでなければならないと
30
彼は主張する。
− 31 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 第5部門 第55集(2003)
31まず学習成果や努力に対
音楽の授業における一般的な評価の種類について,ブレイは4つのタイプを挙げている。
して評点やグレードをつけるタイプであり,これらはあるプロジェクトが終わる時期などに,通常,総括的評価とし
て行なわれるものである。このような評価の場合,その評点やグレードの拠り所となっている規準(criteria)が,教
師と生徒の間で共通に理解されていることが必要となる。
次のタイプは,生徒が教えられた内容をどのくらい理解しているかということを,観察を通して評価する方法であ
る。例えば,グループで音楽作りをしている子ども達を観察しながら,教師はそれぞれの子どもの個人的な違いにつ
いての留意点や,必要としているアドバイスの内容,そして自分の授業が彼らの音楽作りに効果的であったかどうか
を判断して,その内容を記録することが例として挙げられるだろう。記録された評価の内容は,実際の授業の中で生
徒にフィードバックされることで,形成的評価として次の学習のステップにつなげていくことができるものである。
第3の評価のタイプは,同じく形成的評価となるものであるが,質問と答えという手法を使って,生徒が何をどう
理解しているのかということを,彼等から引き出すことである。例えば,レッスンの最後にそれぞれのグループが自
分たちの作品を発表する際,教師は聴いていた生徒たちに,その発表のどこが良かったか,その作品の特徴はどのよ
うなものだったか,改良するにはどうしたらよいか,などの質問をし,その答えから音楽への理解の深まりを判断す
るのである。これらの質疑応答の内容は記録として保存しておくことが必要である。
最後にブレイは,生徒一人一人の学習の進歩を促していくための学習目標について,個人的なアドバイスを一対一
で行なうという方法を挙げている。例えば,授業中の観察で気付いたことを記録として取っておき,一人一人の生徒
とそのことについてディスカッションを行ない,上達できる方法やその生徒に明確な学習目標を提示して指導すると
いうことが挙げられるだろう。このような評価も形成的なものである。
6.イギリスの音楽教育における評価の特徴と問題点
以上に展望したように,イギリスでは音楽が,まずナショナルカリキュラムの基礎ステージの「創造的発達」に関
わる内容として教えられた後,キーステージ1から3までの必修科目として教えられ,さらにキーステージ4の段階
では選択科目として,GCSE試験の音楽のシラバスに則って教えられている。さらに音楽の専門家としての道を目指
す生徒は,Aレベル,ASレベル,あるいはGNVQなどの資格を目指して,これらの試験のシラバスに従って音楽学習
を進めて行く。それと同時に,年齢や学年には関係無く,好きなときに自分に合ったグレードを受けることのできる,
ABRSMなどの音楽技能検定試験が,学校教育と平行して存在している。最終的に高等機関で音楽を学ぶためには,
学校教育で受けてきた音楽教育とこのような検定試験における成果が共に考慮されるようになっている。興味深いこ
とは,これら一連の音楽教育の体系が,その流れの中で行なわれる学習評価の基準に整合性を与えていることである。
例えば,ナショナルカリキュラムの音楽は,制定される以前の1986年に導入されたGCSE試験の,音楽のシラバス
の内容と整合性をもつようにつくられている。導入された当初,GCSE試験の音楽における評価基準は,音楽のナシ
ョナルクライテリアと呼ばれ,選択科目ではあるものの義務教育最後のキーステージ4における音楽学習の到達目標
を示すものであった。2000年9月から施行されている新ナショナルカリキュラムにおける中心的な概念である「知識」
「技能」「理解」と,これらを学習していく構成要素としての「演奏」「作曲」「評価」は,GCSE音楽試験のシラバス
の内容に準じて今回の改訂から導入されたものである。
さらに,伝統的な音楽技能検定試験における評価法も,ナショナルカリキュラムにおける学習評価に少なからぬ影
響を与えている。音楽グレード試験の中で設定されている評価基準は,長い年月をかけて確立され,多くの専門家に
認識されているものであり,英国の旧植民地である英国連邦の国々はもとより,日本を含む数多くの国々で実施され
ているものである。イギリスでは,このような試験の一般の人々への知名度は非常に高く,「音楽が得意である」と
いうことをピアノでグレード5をとっている,あるいは,自分の8歳の子どもがフルートでグレード3をとったから
将来が楽しみだ,などと話すのが普通のこととなっている。音楽グレード試験は楽器の演奏や歌唱の技能に関する検
定試験であり,その評価の目的は限られているものの,ナショナルカリキュラムにおける「演奏の技能」の評価の際
に,生徒の到達度を見るための参考となっていることは否定できない。このような参考にできる基準があるために,
「演奏の技能」に関する評価は比較的容易にできるものと認識されており,教師にとって難しいのは「作曲の技能」
に関する評価であると考えられている。前述したQCAのホームページ上においても,ほとんどの事例が子ども達の
作品に関するものである。
− 32 −
塩原:イギリスの音楽教育における評価−ナショナルカリキュラムを中心にして−
第2次改訂版のナショナルカリキュラムの音楽に導入されている到達目標は,キーステージごとの記述としてでは
なく,全体を通して8つのレベルと「特に優秀な成績」で示されている。現在のイギリスでは,全ての子どもが平等
に機会を与えられる(equal opportunities)という教育の基本とは,全ての子ども達が同じ教育を受ける権利だとは考
えられておらず,それぞれの子どもがそれぞれの能力に合った教育が受けられることと考えられている。学校では,
何かの障害を持っていて特別な配慮を必要とする子どもの学習を保証するのと同じように,特別な才能を持ち,他に
秀でている子どもを早期に見つけ出し,その子どもの能力を最大限に引き出すように,特別な配慮をした教育を行な
32 キーステージの枠を取り払った到達目標を提示することは,このような特別な配慮
うことが義務付けられている。
を必要とする子ども達に対する教育を,より充実させていくことを目的としているものでもある。イギリスの教育に
おいて多様性という概念は,人種や階級,あるいは能力の違いを超えて,個人が多様である,という考え方に変化し
てきている。個人のニーズに答えていく教育の一つの在り方として,到達目標から年齢や学年が排除されていること
33
は興味深い。
ナショナルカリキュラムに到達目標が提示されており,GCSE試験やAレベル試験,あるいは音楽グレード試験等
においてもシラバスが用意されていて,どのように評価されるのかという基準も示されているということは,生徒が
自分の学習に責任を持って,一歩づつ段階を上がっていくことを助けるものである。教師の役目はそのような生徒一
人一人の学習を支えることであり,教師による生徒の学習評価は,このような自主的な学習を支えていくための形成
的評価が中心となっている。言い換えれば,教師の指導力が生徒の学習成果にはっきりと現われるのが,イギリスの
教育評価のシステムといえるであろう。
次に,ナショナルカリキュラムの音楽における評価について,いくつかの問題点を挙げてみたい。まず,前述した
ように,QCAは「演奏」「作曲」「聴取」の分野は個別に評価するものではなく,これらの活動を通してある音楽学
習の側面が共通に現われてくるものとして,判断されなければならないとしているが,そのようなことがいつも可能
であるのかどうか疑問が残る。音楽教師はできるだけ幅広い根拠を集めて,評価を行なうことになっているが,全て
の根拠がある一つのレベルに収まるとは限らない。演奏に関してはレベル7と判断されたが,作曲に関してはレベル
3,そして聴取の活動でのコメントはレベル5と判断された場合,最終的にはどのように判断されるべきなのかがは
っきりとしていない。これらのレベルは数字で表わされているが,それは量的なものを意味しているのではなく,あ
くまでも質的な変化の段階を示しているのだから,平均を取ってレベル5と安易に考えることはできないからである。
ナショナルカリキュラムの音楽には,それぞれのキーステージに,科目を横断して行なう学習に関する項目があり,
関連のある他の科目の学習プログラムへの照会ができるようになっているが,このような学習を行なう際の評価法に
ついては触れられていない。2つの科目にまたがる学習が示されている場合,評価はどちらの科目でおこなうのか,
両方で行なうのか,あるいはおこなわないのか,等の細かい点が不明確である。例えば,体育科と統合してダンスの
活動を行なった場合,美しい動きで踊ったということが音楽科の評価になるのかどうか,そこで判断の対象となる音
楽的に美しい動きへの評価は,「聴取し,知識と理解を適用する」という項目に関連する評価となるのかどうか,と
いったことがまだ取り組むべき課題として残されているように思われる。
7.おわりに
日本においても,2002年度から絶対評価を中心とした新しい評価法が取り入れられている。イギリスの音楽教育は
いわゆる絶対評価であるが,それが機能しているのは,音楽教育の体系と道筋が整えられていく中で,教育のそれぞ
れの段階における到達目標がはっきりと示されてきたためである。これらの全体を貫いた音楽学習の到達目標の体系
が示されているということは,子どもが自分自身の学習に責任を持って進歩していくために必要不可欠である。体系
がなければそれぞれの教育段階での学習に継続性をもたせることは難しいからである。教師は子どもと一緒にその目
標を見据えながら,学習の筋道を準備していく。今現在どこにいて,どこへ向かっているのかが明らかになっている
ことが,生徒の自主的な学習意欲につながっていくと考えられる。そのような学習過程で中心となるのは教師による
形成的評価である。それらはフォーマルなものであっても,インフォーマルなものであっても,教えることと学ぶこ
との中心にあるものとして,我が国においてもその方法論がさらに研究されていく必要があるだろう。
イギリスのように,教師に,ナショナルカリキュラムによるレベル評価を国へ提出することや,学外資格試験に生
徒達を受験させていく義務があるということは,教師が自分の授業や学内での仕事に責任を持つだけでなく,学外の
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 第5部門 第55集(2003)
公な立場で自分の仕事に責任を持たなければならないことを意味している。近年,欧米の音楽教育研究において,
「内省者としての教師(teacher as a reflective practitioner)」に関する論文が数多く発表されている。これらは,教師が
何を考え,どのように行動し,どのように判断したか,そして子ども達にどのように対応し,その影響はどのような
ものであったのか,子ども達はどのようにそれに反応・応答したのか,等を分析しながら,教師が内省者として自分
自身を振り返り,よりよい授業を行なうためにはどうしたらよいのかを問いただしていこうという試みでもある。教
師が教育のプロとして向上していくために,これらの教師の行動に関する研究は,子どもの音楽発達や音楽学習過程
の研究と共に,多いに奨励されるべきであると考える。そして,子どもの学習評価は,教師の授業評価と深く関わっ
ているということを,常に確認していくことが必要であろう。
注
1
Department for Education and Employment and QCA (1999) The National Curriculum for England Music, The Stationery Office.
2
QCA (2002), Early Years, http://www.qca.org.uk/ca/foundation/foundation.asp.
3
原文では“personal, social and emotional development”, “communication, language and literacy”, “mathematical development”, “knowledge
4
QCA (2002), Curriculum and Assessment, http://www.qca.org.uk/ca/, 1/1.
5
同上。
6
Department for Education and Employment and QCA (2000) Curriculum Guidance for the Foundation Stage, QCA, pp.116-127
7
QCA (2003) Foundation Stage Profile Handbook 2 Using the Assessment Scales, QCA, pp.56-61
8
原文では”Exceptional Performance”となっている。
9
QCA, GCSE Subjects Criteria for Music, http://www.qca.org.uk/nq/framework/music.pdf. 翻訳は著者。
10
原文では,”appraising skills”となっている。日本語で訳すことが難しいappraisingという概念は,従来の鑑賞活動を一歩進めたか
and understanding of the world”, “physical development”, “creative development”の6領域となっている。
たちで,その音楽作品を吟味,査定し,しっかりとした根拠のもとに,自分なりの評価をする活動を指すものであり,聴取す
ることと聴取した内容を分析し,それらを言語化することも含まれている。
11
QCA, GCE Advanced Subsidiary (AS) and Advanced (A) Level Specifications Subject Criteria for Music,
http://www.qca.org.uk/nq/subjects/music.asp, 3/5.
12
QCA (2003) Introduction to Qualifications, http://www.qca.org.uk/nq/framework/index.asp, 1/3.
13
Associated Board of the Royal Schools of Music, Examination Regulations & Information, http:/www.abrsm.ac.uk/ukregs_02_01.htm.
14
King’s College in London, Entrance Requirements, http://www.kcl.ac.uk/kis/schools/hums/music/entrance.htm, 1/3.
15
Department of Education and Science (1992) Music in the National Curriculum (England), HMSO.
16
「演奏と作曲」と「聴取と評価」は,領域(area)というよりもcomponentの意味合いが強いので,このような訳にした。
17
Department for Education (1995) Music in the National Curriculum England, London: HMSO.
18
原文では ”links to other subjects”となっている。
19
注1の前掲書。
20
同上書,p.36-37翻訳は著者。
21
同上書,p.36
22
QCAのホームページ,http://www.qca.org.uk/を参照。
23
実物をもとに著者が作成した。
24
注20の同上書,p.36
25
QCA (2002) Year 7 to 9 Assessment and Reporting Arrangements Key Stage 3 2003, QCA.
26
QCA, National Curriculum in Action, http://www.ncaction.org.uk/subjects/music/
27
同上,1/3。
28
Philpott, C. (2001) “Music Learning” in Philpott, C. (Ed) Learning to Teach Music in the Secondary School, London and New York:
29
Bray, D. (2000), Teaching Music in the Secondary School, Heinemann, p.35
30
同上,p.33-37
31
同上,p.36
32
詳しくは教育技能省とQCAのホームページ,http://www.nc.uk.net/gt/general/index.htmを参照。
33
個人のニーズに応える教育の取り組みについては,塩原麻里「イギリスの中等音楽科教育に関する一考察−キーステージ3か
Routledge Falmer, p.19-37, p.32
らGCSEへ−」『東京学芸大学紀要 第5部門 芸術・健康・スポーツ科学』第54集,2002年,pp.19-29を参照。
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