Untitled - jswork.happywinds.net(自費出版ネットワーク)

NPO法人日本自費出版ネットワーク編
年のあゆみ
ひとびと の声 が聞こえる
日本自費出版文化賞
10
目 次
日本自費出版文化賞
ひとびとの声が聞こえる
︱
年のあゆみ
10
自費出版の底流を忘れずに ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 添田隆男 文化賞の役割 賞がもたらすもの ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 中山千夏 序 章 ﹁日本自費出版文化賞﹂の意味するもの 自費出版に敬意と連帯のあいさつを ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 河村泰志 麻生芳子/井口浩一/伊藤公一/今井茂雄/岩根順子/大庭 繁/岡田久男
日本自費出版文化賞一・二次選考委員コメント ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 自費出版文化賞賛歌 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 土橋 寿 あえて﹁しろうと﹂で ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 小飯塚一也 ﹁日本自費出版文化賞﹂への私の思い ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 伊藤 晋 ﹁感動﹂を大事にしたい ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 秋林哲也 自費出版が独自の文化財であることを再確認︱ 最終選考委員をつとめて
対談﹁これからの自費出版と自費出版文化賞﹂⋮⋮⋮⋮⋮ 色川大吉/中山千夏 膨大で豊かな層の表現がある ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 鎌田 慧 ﹁日本自費出版文化賞﹂の
年をふりかえって ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 色川大吉 第 回日本自費出版文化賞記念講演・対談他
第1章 ﹁日本自費出版文化賞﹂で見えてきたこと 2
1
4
9
6
30 24 10
52 49 46 44 41
10
10
小倉新一/川井信良/喜田りえ子/黒坂昭二/清水英雄/新出安政/新本勝庸
住田幸一/筑井信明/則末尚大/波多野茂男/村上芳信/山﨑領太郎/和田信義
第2章 ﹁日本自費出版文化賞﹂ 年のあゆみ 第3回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2000﹄より
第2回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 自費出版の光と影︱ この1年を振り返る ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 伊藤 晋 第2回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑1999﹄より
第1回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 秋林哲也/岩瀬隆志/則末尚大/大庭 繁/筑井信明/川井信良
波多野茂男/柴野毅実/岩根順子/黒坂昭二/小倉新一/久我幸寛
私のひとこと︱ 初めての選考体験 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 色川大吉委員長/鎌田慧委員/中山千夏委員/伊藤晋委員/土橋寿委員
第1回自費出版文化賞の最終選考に当たって ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 日本自費出版文化賞の創設をふり返る ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 金子政彦 貴重な記録を後世に残すために ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 清水英雄 第1回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑1998﹄より
71
座談会﹁自費出版の使命とネットワークの役割﹂⋮ 自費出版ネットワーク会員 76 74 72
79
87
95 90
98
10
第3回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第4・5回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2002﹄より
子どもやお年寄りが、喜んで読んでくれるようにと
第4回大賞受賞作﹃七戸昔がたり﹄関係者座談会 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第4回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第5回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 受賞作品講評 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第6回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2003﹄より
第5回日本自費出版文化賞記念講演
自分史と自費出版は、いま再検討の時機にある ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 色川大吉 第6回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 講評と受賞者のことば ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第7回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2004﹄より
刊行のことば
﹁自費出版こそ出版文化の中心に﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 中山千夏 第7回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 講評と受賞者のことば ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第8回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2005﹄より
第8回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 講評と受賞者のことば ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 105
108
116 113 111
121
132 129
141 138 137
155 152
応募著者の男女比率は6対3だが、女性の比率は年々増えている ⋮⋮⋮⋮⋮⋮
部門別の比率 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
応募は全都道府県からもれなくあったが、人口比率では1対7の差がある ⋮⋮
167 164
第9回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2006﹄より
第9回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 回日本自費出版文化賞︱ ﹃自費出版年鑑2007﹄より
講評と受賞者のことば ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第
刊行のことば
﹁自費と自由を結びつけたい﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 中山千夏 回日本自費出版文化賞入賞者 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 特集
﹁胎動する著者 揺れる自費出版界﹂
⋮⋮⋮⋮ 自費出版編集者フォーラム 第
講評と受賞者のことば ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹃自費出版年鑑﹄総目次 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 第3章 ﹁日本自費出版文化賞﹂の記録でみる自費出版の動向 歳代後半を中心とした前後
年がピーク ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
年間、約1万件のデータを集計 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 199
日本社会の高齢化で自費出版はどうなるのか? 二つの見方がある ⋮⋮⋮⋮⋮
10
195 186 183 176 175
212 210 209 206 204 201
10
10
60 11
第4章 NPO法人 日本自費出版ネットワーク 年のあゆみ 自費出版ホームページ開設
︵
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
第1回総会﹁日本自費出版文化賞﹂の創設を決定
︵
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
世紀﹂︵
第1回日本自費出版フェスティバル開催
︵
共同企画
﹁100万人の
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
自費出版ネットワーク設立
︵
215
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
03 02
年︶ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
NPO法人化の申請が受理される
︵
回自費出版文化賞表彰
︵
﹁協力会員﹂制度スタート
︵
第
04
年︶ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
NPO法人日本自費出版ネットワーク会員名簿 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
終 章 自費出版界概観 239
236 232 230 226 226 225 222 220 216 216 216
10
年︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
01
自費出版アドバイザー認定制度立ち上げ
︵
20
97
96 96
07 04
自費出版契約ガイドライン制定 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
10
序 章 ﹁日本自費出版文化賞﹂の意味するもの
発足間もない自費出版ネットワークが、
﹁自費出版物に光をあて、著者の
功 績 を 讃 え つ つ 自 費 出 版 の 再 評 価、活 性 化 を 促 進 す る﹂こ と を 目 指 し て
﹁日本自費出版文化賞﹂を創設したのは ︵平成9︶年のことでした。主催
受け持つことで、ようやくスタートを切ることが出来ました。 年を過ぎ
いして物心両面での支援を得ながら、主管運営を自費出版ネットワークが
を社団法人日本グラフィックサービス工業会、後援を朝日新聞社他にお願
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た現在、文化賞が意味するところを関係者に記していただきました。
10
2
文化賞の役割 賞がもたらすもの
日 本 自 費 出 版 文 化 賞 最 終 選 考 委 員
NPO法人日本自費出版ネットワーク代表理事
中 山 千 夏な
作品に対する賞は、作者にさまざまなものをもたらす。称賛。奨励。権威。名誉。名声。
むろん、賞品や賞金という、文字通りのモノもある。受賞効果によっては、直接的な名声や
賞金のみならず、作品が﹁売れる﹂ことによって、大きな名声や富をもたらすこともある。
そして、賞の意義や目的によって、それらのどれに重点を置くかが、決まっていく。
では、自費出版文化賞はどうなのだろう。そして、その選考には、どんな姿勢で臨めばい
いのだろうか。
最初は、簡単なことに思えた。どんな賞であれ、優れた作品を選べばいい。私の場合、作
者がどういう人物か、出版社がどういう会社か、一切考慮しないで、作品そのものを見て、
優れたものを選ぶ。自費出版であるから、少々まずくてもいい、とは思わない。自分でお金
序 章 「日本自費出版文化賞」の意味するもの
3
を出しているからといって、まずいものを輩出されては、世の文化に悪影響をおよぼすだろ
う。それを助長するような選考はするべきではない。
と ま あ、そ の 程 度 の 考 え し か 持 っ て い な か っ た。さ す が に 十 年 た っ た い ま で は、も う 少
し、腰の坐った考えを持つようになっている。
作 品 本 位 で 臨 む の は 変 わ ら な い。た だ、そ れ が 自 費 出 版 で あ る こ と の 意 味 は 軽 視 で き な
い。まず、日本自費出版文化賞の目的は、自費出版文化がより豊かになることだ。自費出版
文化は、なにによってより豊かになるのか。自費出版ならではの素晴らしさを持つ作品が、
続々と生まれることによって、より豊かになる。だから、そうした作品を選考し奨励するの
が、この賞の意味に違いない。
自費出版ならではの素晴らしさとは、では、なにか。手短に言えば、商業出版が受け入れ
難い要素、何千何万の消費者にはウケそうにない要素、つまるところ、経済効率におもねら
ない強烈な個性の素晴らしさにほかならない、と私は思う。そんな作品が溢れる自費出版で
あってこそ、全体主義に傾いてゆく社会にとって、大きな存在意義があるのだと思う。
実際、選考会には、いろいろな意味で個性的な作品がたくさん現れる。毎年、それを味わ
うのが楽しみだ。
4
社団法人日本グラフィックサービス工業会 会長 添
自費出版の底流を忘れずに
田 隆 男
年のことでした。翌年の 年に﹁日本自費出版文化賞﹂を創設したいので
社団法人日本グラフィックサービス工業会の一部有志によって﹁自費出版ネットワーク﹂
が誕生したのは
97
11
して、この﹁日本自費出版文化賞﹂の主催を務めてまいりました。
言ではないと自負しております。そのような関係から、社団法人の社会貢献事業のひとつと
出版部数の少ない自費出版のほとんどは、私たち中小の印刷業者が担ってきたといっても過
P、オンデマンドと研鑽を重ねて、まさに日本の出版の発展とともに歩んできました。特に
に し て き た 業 界 で す。戦 後 は タ イ プ 印 刷、タ イ プ オ フ セ ッ ト、電 算 写 植、電 子 組 版、D T
私たち日本グラフィックサービス工業会は、もともと謄写印刷の時代から文字印刷を中心
ます。
主催団体にと申し入れがあったのは金子政彦会長のときで、あれから 年を経たことになり
96
序 章 「日本自費出版文化賞」の意味するもの
5
﹁日本自費出版文化賞﹂が創設された当時、自費出版が置かれていた状況は、盛んになり
つつあるとはいえ、流通にのる機会も少なく、まだまだ社会的に評価の低い時代でした。文
化賞は、その著者や書籍を発掘、顕彰することで、自費出版を独自の文化財として位置づけ
ようとの試みであったと思います。この文化賞の創設により、底流として眠っていた多くの
人たちの著書が顕在化してまいりました。毎年、貴重な時間をさいて選考に当たられている
先生方も、日本の活字文化の底力と奥深さが見えてきたと、絶賛されておられます。
昨今、自費出版に対する社会のイメージはあまり好意的とばかりはいえない状況もありま
年
すが、人々の表現能力や、伝えたい、書き残したいという出版意欲はしっかりとした底流を
持っています。そのことは、私たちが運営してまいりました﹁日本自費出版文化賞﹂の
の歩みによって証明されていると思います。
と強く思う次第です。
が広がり、自費出版がますます活発になっていくことを願い、この活動を続けてまいりたい
思っています。﹁日本自費出版文化賞﹂の継続により、これからも著者と読者の新しい交流
私 た ち は 長 い 歳 月 を か け て、地 道 に 自 費 出 版 文 化 に 携 わ り、支 援 し て き た こ と を 誇 り に
10
6
自費出版に敬意と連帯のあいさつを
朝日新聞社事業本部メセナ・スポーツ部企画委員 河
村 泰 志
﹁日本自費出版文化賞﹂の活動に深く敬意を表します。朝日新聞社が後援している事業、
催事は数多いのですが、その中で、この賞は掛け値なしに朝日新聞の読者に最も親しんでい
ただける事業の一つだと思います。後援の窓口となっているメセナ・スポーツ部のスタッフ
の一員としてお付き合いさせていただいている小生としても、この賞は印象深いものがあり
ます。これまでを振り返るにあたり、まずは自費出版を成し遂げられた著者の方々に、そし
て文化賞の運営、審査にあたられてきた皆さまに、お祝いとお礼を申し上げます。
私が﹁日本自費出版文化賞﹂とお付き合いするようになったのは第6回の選考会︵200
3年︶からです。多くの賞では形式的になりがちな最終選考会ですが、この賞の選考会は違
います。色川大吉氏を中心に丁々発止のやり取りが続きます。選考委員の皆さんがしっかり
と読み込んで来られたことがよく分かります。予定時間内に選考が終わるかしら、と心配す
序 章 「日本自費出版文化賞」の意味するもの
7
るほどの熱の入りようです。この賞に対する愛情を感じます。もっと大変なのが一次、二次
選考だそうです。1000冊を超す本を手分けして読むのだから大変な作業です。二次選考
は合宿だとうかがいました。﹁著者の熱意にうたれ、選から落とすのに悩みに悩む﹂との声
を聞きました。
どの作品も力作ぞろいです。何冊にもわたる超大作もあります。著者の多くが中高年の方
で す。そ れ ま で の 人 生 を 振 り 返 り、思 い 出 を 掘 り 起 こ し て 書 き つ づ ら れ た 作 品 で す。私 自
身、長く新聞記者をし、若い記者の指導もしてきました。書くことの重み、大変さは承知し
ているつもりです。朝日新聞の看板コラムである﹁天声人語﹂でも620字程度なのです。
長く書くのばかりがいいとは思いませんが、これだけの文章をものする努力、熱意には本当
に頭が下がります。その背景にある人生の重さに、粛然とさせられます。
昨今、パソコンを通じてのネット社会全盛で、活字離れがいわれます。出版の世界も絶版
へのサイクルが早く、生真面目で重厚長大な本は敬遠される傾向にあるようです。そうした
流れの中、﹁書きたい、読んでもらうことで自分の思いを伝えたい﹂という思いを持つ人は
まだまだ多くいます。そうした人を励ますのがこの賞です。同じ活字文化の仲間である新聞
社としても、そうした人々がいることは励みです。日本の文化の一角を支える﹁日本自費出
版文化賞﹂が永く続き、多くの人に書く喜びを味わわせてくれることを期待しています。
これからも、すてきな作品に出会えますように。
回
10
第1章 ﹁日本自費出版文化賞﹂で見えてきたこと
﹁日本自費出版文化賞﹂は ︵平成9︶年に創設され、 年で第
07
目 を 迎 え る こ と が で き ま し た。記 念 す べ き 回 目 の 表 彰 式 を 年 7 月
97
07
日 に 京 都 の 弥 生 会 館 で、
﹁第 6 回 自 費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル﹂と 同 時
10
しました。
談 他、選 考 に た ず さ わ っ て こ ら れ た 方 々 の 文 化 賞 に 対 す る 思 い を 収 録
でNPO法人日本自費出版ネットワーク代表理事の中山千夏さんの対
表彰式での、色川大吉選考委員長の記念講演と、文化賞の選考委員
に行いました。
21
10
記念講演
﹁日本自費出版文化賞﹂の 年をふりかえって
歴史家・日本自費出版文化賞選考委員長 色川大吉
10
年の今年まで
氏
年間やってきたことを、お話し申しあげたいと思います。
︵1998︶年から、この自費出版文化賞の選考が始まりました。私が最終選考委員長に
選ばれて、平成
10
年間の約1万点の作品の中から、大賞が9点、6つの部門賞で 点、そのほかに特別賞、
奨励賞などが
点ありますので、文化賞全体で100ぐらいの作品が受賞されました。
57
第一次選考、第二次選考が事前におこなわれて、最終選考に回ってきます。応募総数が約1万点
28
この
応募者は高年齢層
史の小飯塚一也さんの6人がおります。
山千夏さん、日本自分史学会会長の土橋寿さん、文芸部門の秋林哲也さん、そして、個人誌、自分
最終選考委員には、今日いらっしゃっておりませんが、鎌田慧さんや、あとで私と対談をする中
17
平成
10
10
11 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
ですから、年度にするとだいたい1000点ぐらいの第一次選考作品があるわけです。その選考を
点ぐらいに絞られてきますが、それでもたいへんです。
なさった方々、さらに二次選考をされた方々の努力が一番たいへんだったと思います。私どもの最
終選考に回ってくるときは、毎回
年間をまとめてみますと、応募部門では、A︵小説・エッセイ・詩集︶とB︵歌集・句集︶に
何パーセントで
%ぐらいを占めています。あとは
研究評論部門や、郷土の文化を論じた地域文化部門、グラフィック部門が残りの
分けてある文芸と、自分史を含めた個人誌部門が非常に多く、
60
63
集のようなものが圧倒的に多い傾向があります。
歳から
60
からの課題であろうと思います。
自費出版は、よくシニアの文化、昔の言葉では老人文化だと言われます。この
10
年ではなかったかと思
10
これが社会のトップニュースになる、あるいは多くのマスメディアが取り上げる主題になるという
は、ほとんどが年金、介護、福祉、少子化、それと格差の問題です。全て高齢化による問題です。
うのです。たとえばいま参議院選挙が近づいていますが、大きな課題として提示されているもの
てみますと、日本社会は、老いの時代という意識が社会の前面に出てきた
年間をふり返っ
あとはだんだん下がっていきます。残念ながら若い方のものが非常に少ないのです。これは、これ
その次は喜寿です。喜寿まできたかということで、ぐっとまた盛り上がって山ができます。その
ります。還暦のあと、2年ぐらいのあいだに本が出ます。
年齢的に見ますと、一番たくさんの応募は
歳ぐらいです。還暦が断トツでピークにな
す。日本の自費出版文化は、自分史的なもの、あるいは文芸的な小説、エッセイ、詩集、歌集、句
30
65
10
12
ことは、いかに時代が老いの時代に入ってきたかということです。
いま私は1960年代の歴史の本を700枚ばかり書きましたが、それとのコントラストが非常
に際だっています。1960年代というのは、若者が輝いていた時代です。学生、青年たちが歴史
の主役をなして、前面に出ていました。そのころの方が、ここにずいぶんいらっしゃると思います
が、ご自分のことを少し思い出してみてください。もう全面的に若者が歴史の主役として登場して
いました。
当時の新聞の縮刷版などをめくっていきますと、政治欄・社会欄のトップにいつも若い人が出て
歳代、
歳代になり、
くるのです。いまは一面のトップに若い人はほとんど出てきません。たった 年ぐらいのあいだ
に、それだけ時代が変わりました。そのころ輝いていた人たちが、いまは
この人たちが自費出版文化を担っているのです。
70
40
100年単位で社会の動きを見ていますから、そうした周期が何回も繰り返されていることを知っ
またしばらくしますと、若い人が前面に出てくる時代が来ると私は思います。歴史家というのは
60
歳代です。だいたい明治維新で活躍したの
40
歳代です。若い人が歴史を動かして輝いていたのです。
48
ています。例えば、幕末から明治維新にかけては、若い人の時代でした。伊藤博文、山縣有朋、大
歳、
久 保 利 通、あ る い は 歳 で 死 ん だ 西 郷 隆 盛 に し て も
は、
30
なっています。だいたい歴史というのはぐるぐる回ってきますので、いまが老いの時代だからこの
動かすような時代が来ます。昭和の初めにまた若い時代が来て、それで今日のような繰り返しに
それが、明治の終わりごろになると老いの時代が来ます。年寄りが先頭になって、日本の歴史を
20
13 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
まま日本がだめになるというふうに私は思っていません。けれども、そういう自己認識を持って自
費出版というものを考えていくと、これからいろいろな問題が出てくるのではないかと思います。
では若い人は自己表現をしないのかというと、とんでもありません。パソコンを使われている方
歳代
万8千件も出てきました。﹁自費出版﹂で
はご存じだと思いますが、インターネットの検索サイトで有名なものに、ヤフーとグーグルがござ
います。グーグルは世界一の規模です。
このあいだ、
﹁自分史﹂で検索してみたところ、何と
歳、
歳代です。これは活字のほうに出てきませ
やれば、これはもうたいへんな数です。インターネットの世界で自己表現をしているのは、
の人もいますが、ほとんど若い人で、だいたい
40
78
30
歳代以降の応募が多いのですが、
歳代
歳代の人の自分史もあるのです。それにみんな
年間を見ていましても、たしかにこの文化賞は
60
が自由に書き込んでいます。いま、活字文化として登場していないだけのことだと思います。
この
40
なっていないだけなのです。ブログや日記など、
んが、もうすでに準備段階が進行しているのです。私どもの目が、そこへいっていない、活字に
20
20
わけです。そういう意味でふり返ってみますと、けっこう 歳代の人で受賞した作品もありました。
く、呼びかける姿勢は、若い人に比べると弱いです。ですから、若者の登場を私たちは願っている
やはりお年寄りは懐古的になります。前に向かって冒険をしながら、ある問題を提起し解決してい
ださっています。それは大変うれしいことです。お年寄りがだめだということではないのですが、
海道から沖縄まで、特に日本海側に住む方々が、何年もかけて自分の作品をまとめて、応募してく
の人も盛んに応募しています。そして、かなりの力作を書かれて、受賞作品にもなっています。北
10
40
14
この
年の受賞者
、
年のずいぶん古い話なのですが、克明にまとめられた作品で、もういま
︵1998︶年の第1回で大賞になったのは﹃学童疎開体験﹄で、岩本晢さんという神奈
川県の方です。昭和
20
平成
10
部ぐらいしか刷らないのもあります。そうかと思えば2万
10
で、沖縄県石垣島の二人が受賞されました。沖縄の方はたいへん喜ばれたことと思います。これは
2000年の第3回は、﹃八重山の考古学﹄と﹃大濱永丞私史︱ 八重山﹁濱の湯﹂の昭和︱ ﹄
ろは、採算を度外視して、いいものを世に残すことだと思います。
部も3万部も売れる自費出版もあるわけです。一概には申せませんけれども、自費出版のいいとこ
自費出版ですから、少ないものは、
うものも、この文化賞で取り上げられて、初めて日の目を見ることになると思うのです。
長い年月をかけ、膨大な資料調査をやって、自分のお金をつぎ込んでまとめられています。こうい
です。日本の盲人、視覚障害者、視力障害者の古代から現代までの歴史で、たいへんな労作です。
翌年の1999年、第2回の大賞を受賞された﹃日本盲人史考﹄の著者は、鳥取県のお医者さん
こうあります。
は、枕にするような大作でした。もちろん薄い本でも、密度が濃いという点で受賞した作品もけっ
づ け ら れ る わ け で す。第 1 回 で 特 別 賞 を 受 賞 さ れ た 長 野 県 の 樋 口 昌 訓 さ ん の﹃若 山 喜 志 子 私 論﹄
うものは、この自費出版文化賞で掘り起されることによって、この仕事をしている人がすごく元気
これをやってくれと言われてもできません。そして、商業出版ではまず出してくれません。そうい
19
10
15 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
八重山諸島の考古学的検証です。これも地元にいなければできません。しかも2冊を合わせて、一
族お二人が一度に大賞を受賞されました。民俗的な分野と、考古学的な研究調査です。第3回のと
きの受賞者は、沖縄、岐阜、福井、北海道、埼玉、福岡と、全国的に散らばっています。そういう
意味では偏りがない応募者があったのだと思います。
壁﹄とか、
﹃鈍 感 力﹄と か、そ う い う 発 想 で 売 り 込 ま な い と 、 商 業 ベ ー ス に 乗 ら な い 時 代 に な っ て
きたのです。そういう意味では、ますます自費出版が必要になってくる時代でしょう。中山さん
は、まだ若いから、ぼんぼん出版してくれますが、僕らのような老兵はもうだめです。
2002年の第5回は、
﹃北 近 江 農 の 歳 時 記 ﹄ と い う 、 滋 賀 の 国 友 伊 知 郎 さ ん の 著 作 が 大 賞 を
受賞されました。湖北地方は、古くから米作りの盛んなところでした。その湖北の、農の一年を克
世紀﹂シリーズの第1弾でした。自費出
明に記録されています。この本は、﹁日本自費出版文化賞﹂を主管運営している日本自費出版ネッ
トワークが、この年に企画し立ち上げた﹁100万人の
20
50
2001年の第4回は、青森県の﹃七戸の昔がたり﹄が受賞されております。そうかと思えば、
膨大な研究資料を集めた、
﹃郷土誌 田園調布﹄も、特別賞になっております。こういうものは
年も100年もあとに残るなと思いました。東京のある一画をこれだけ詳しく精細に研究される
と、それはもうかけがえのない資料になります。ほんとうは文化庁がやる仕事なのですが、それを
個人が自費でおやりになりました。
もう 冊も 冊も本を書いている私のようなものでも、今度書いた本を出版社に持って行って
70
も、
﹁そ ん な 本 は 売 れ ま せ ん よ﹂と 出 し て く れ ま せ ん。す ぐ 儲 か ら な い と だ め な の で す。﹃バ カ の
60
16
年間で初めて、大賞の該当作品がなしでした。六つの各部門の力作が
版ネットワークでは、すでに出版された自費出版を顕彰するだけではなく、記録の掘り起こし運動
もしているわけです。
2003年の第6回は、
米騒動を研究している人はたくさんおられて、ある米騒動を研究しているグループから﹁この本の
これが大賞に選ばれたあと、実はクレームがつきました。こういうことは珍しいのですが、同じ
を、富山県の実態から始まって、非常に実証的に細かく研究した本です。
で起こった米騒動が日本全国に広がって、200万人も300万人も参加する大騒動になったこと
2005年の第8回の大賞は、﹃米騒動の理論的研究﹄という本です。大正時代に富山県の魚津
たと思います。
ないものですが、その実態を明らかにされたものが大賞に選ばれました。これも大きな意味があっ
水爆実験で、それが地域にどんな大きな被害を与えたかというものです。普通はメディアに出てこ
どい被災状態を伝えた作品が出ました。チェルノブイリではなくて、シベリアの方での原爆実験、
原爆の被害に対して非常に敏感なところです。その焼津から、旧ソ連の環境破壊、放射線によるひ
静岡県の焼津港は、ビキニ環礁水爆実験で被爆をした船が出たところで、いまでも焼津は水爆とか
2004年の第7回は、
﹃旧ソ連の環境破壊︱ 核放射線被災の実態︱ ﹄が大賞になりました。
ときもありました。
ないのです。ある意味では、勢ぞろいしたと言いますか、粒がそろってしまったのです。そういう
背比べしていて、ぎりぎりまで議論しても大賞が絞れませんでした。レベルが低いという意味では
10
著者と私どもでは評価が違う。その資料の扱い方にも重要な異議がある﹂と言われて、だいぶやり
込められました。私自身も日本近代史の専門家ですから、責任を取るということになりました。だ
からといって、選考を撤回したわけではありません。これは第一次選考からの委員みんなで検討し
た結果、非常に優れた本だということですから、そのまま大賞として残っています。
それ以来、科学的で厳密な選考を要する特殊なものは、受賞の対象から除いたほうがいいという
意見が選考委員から出ました。なぜかと言いますと、ときどき化学、物理学、あるいは理論何とか
学というようなものが出てきますが、これはもういまの選考委員にはお手上げのものなので、あま
り微細で特殊な研究書は、どんなに立派なものでも評価のしようがありませんから、そういうもの
は応募対象から外したほうがいいという意見が、去年あたりから出ています。専門分野のものは他
にある専門部門の賞におまかせして、この自費出版文化賞の選考には向かないということで、外し
ていただこうと思っております。
2006年の第9回の大賞は、
﹃人形のかしら集│ 国指定重要無形民俗文化財 説経人形芝居・
のろま人形芝居・文弥人形芝居│ ﹄です。佐渡島は人形浄瑠璃が盛んなところで、重要無形民俗
文化財になっている人形がたくさんあります。いま残っている人形の﹁かしら﹂を、佐渡全島にお
よぶ調査をされた名畑政治さんの作品が大賞に選ばれました。
い や だ に ば ん か
今 年 2 0 0 7 年 は、第 回 で す。大 賞 は、四 国 山 脈 の 真 ん 中 に あ る 祖 谷 渓 の、
﹃祖谷渓挽歌
︱
10
なくて、いま北海道の釧路にいらっしゃいます。全5冊の大作です。大作ですから大賞になるとい
﹁学の自由﹂に殉じた若き京大生を悼みて︱ ﹄です。これを書いた藍友紀さんは、四国の方では
17 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
18
うわけではありません。薄いものが大賞になったこともありますが、得てして大作が多いです。
今年の作品の中には、グラフィック部門で、﹃創作民話 転読さん﹄という岡山県のご夫婦お二
人の合作の創作民話がありました。みごとな共同制作で、ただ民話を集めたというものではなく
て、民話を現代民話に書き換える文学的な力があり、素晴らしい作品です。それに版画の挿絵が入
昭和二十年八月十五日を詠う﹄という現代的なもの
―
年ルポルタージュ︱ ﹄は、若い人の作品です。若い人が自分の足で歩いて書かれました。ま
ります。創作が奥さん、挿し絵がご主人の合作です。あるいは、﹃玉砕の島々 太平洋戦争︱ 戦
後
てまいりました。
10
とを知らない人も多い。ですが、いま申しましたように、賞はだいたい全国から選んでいますの
初めに後援したのは朝日新聞社ですから、朝日新聞以外の読者は自費出版文化賞があるというこ
たものとして存在し得るのだということが、じりじりと分かるようになってきたと思われます。
近な人のあいだにしか通用しないと思われていたものが、そうではなくて、一般性、普遍性を持っ
自費出版文化賞のこの
年の積み重ねによって、自分の著書が、いままでは友人、親戚、ごく身
選考では、なるべく地域に偏らず、また世代にかかわらず、いいものを選んでいこうと考えてやっ
このように、いろいろな世代の方、あるいはいろいろな地域の方のものが選ばれています。最終
普遍性をもった自費出版
も文芸部門賞をとっています。
た﹃少年少女のための新編昭和万葉俳句集
60
19 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
第10 回日本自費出版文化賞表彰式での記念講演
で、それぞれの県にある有力な新聞社、あるいは全国紙の
年間
地方版で、自分のエリアから自費出版文化賞で入賞したこ
とを報道してくださるわけです。それによってこの
品はいいんだぞ﹂というふうに出してきました。ところが
る人もいるのです。そういう確信を持った人が、﹁俺の作
は、自分の書いたものは売れるんだという確信を持ってい
も ら お う と い う こ と で し た。自 費 出 版 を さ れ る 方 の 中 に
つくった本はかわいいですから、どんどん出して評価して
てくる傾向が分かります。最初は何でも、とにかく自分の
回を重ねてやっておりますと、水準がだんだん高くなっ
になりました。
が、だいたいいまは安定して年1000点ぐらいのペース
と き ま し た か ら、も の す ご い 点 数 に な っ た の で す。そ れ
て、どこへ出していいのか全然分からなかった作品がどっ
初 の 1 9 9 8 年 に は、そ の 前 に た ま っ て い た も の が あ っ
最初の1年、2年は応募点数が非常に多かったです。最
されるようになってきました。
に、自費出版の新しい意味が、各地域の書き手の側に認識
10
20
そのうちに、やはり一般性を持ったもの、人の心を打つようなものがなければだめなのだというこ
とが分かってくるのです。特に個人誌や自分史はそうです。自分史というのは、自分がかわいいと
思うから、一所懸命書くわけです。ですから、細かいし、正確で、叙述も熱が入っていて、力作で
す。ところが、他人が読んで、全然興味がわかないものもあるのです。
もちろん、自費出版は売るためにやっているわけではありませんが、個人誌や自分史を書きなが
ら、どうやって一般性を表現するかということをもう一つ工夫しますと、読者を感動させて、売れ
ないはずの本が売れたりするのです。
売るためには、それこそ装丁をよくしたり、面白いタイトルを付けたり、やはりプロの編集者に
頼まないとなりません。編集者が、校正だけでなくて、校閲までしてくれます。自費出版の場合
は、編集者を媒介しない人がほとんどですが、自費出版を助ける編集者がいるのです。自費出版関
係の本に対するアドバイザーがネットワークをつくって活動をしていますから、そこに相談すると
いろいろと助言してもらえます。原稿を読んで、﹁ここをこうしたほうがいいのではないでしょう
か﹂﹁これは、あなたにとってたいへん大事だと思うけれども、ほかの人にはほとんど興味ないこ
部つくって、自分の親戚
とだと思いますよ﹂ということを、ずばっと言ってくれます。そういう助言によって、一般性が出
てくるということもあります。
しかし、一般性がなくてもいい本もあるのです。例えば、限定出版で
の人の一族誌、あるいは家族誌でいいわけです。けれども、せっかくお金を出すのだから、もう少
と、自分をよく知ってくださっているまわりの人にだけ配る。これはもう一般性はいりません。そ
50
21 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
し多くの人に読んでもらいたいという気も起こるでしょう。そのときには、プロの編集者に相談す
ることが良いし、そういうアドバイザーが待機しています。
年間を顧みますと、平成大不況と言われるほど、不況が深刻でした。1994年に社会党
待たれる若い力
この
21
した。
2001年は、これで平和な時代がきて、
世紀は楽しく暮らせるだろうと思っていましたら、
を入れたりして備えました。ところが何のことはありません、2000年はすっと過ぎてしまいま
ちの水道が止まったり、電気が止まったりするだろうということで、私も大きな缶を買ってきて水
変わるとコンピュータの誤作動で大混乱が起きて、たいへんなことになるぞと騒ぎました。あちこ
1999年から2000年にかけては、みなさんもよく覚えていらっしゃると思います。世紀が
きないでいました。
まだ続いていました。大銀行が倒産するのではないかというぐらい不良債権を抱え込んで、処理で
したので、消費意欲がどっと下がって、また不況になりました。その平成大不況が1998年には
平成不況はこれで終わりだなと思って期待していました。ところが橋本内閣が消費税を導入したり
放り出されて、自民党の単独内閣になるわけです。そのときに、景気がいったん回復しています。
内閣になるわけですが、副総理を社会党にして、首相は橋本龍太郎です。しばらくすると社会党は
の村山富市が、自民党に担がれて総理大臣になりました。村山は1996年の1月に辞めて自民党
10
22
﹁9・
事件﹂が起こり、アメリカが急におかしくなりました。それからアフガニスタンを爆撃し
半年たちました。
10
も、海水浴でも、海外旅行でも、音楽でも、すべて消費者の中心は若い
歳代、
20
歳代でした。彼
1960年代のみなさんが若かったころをちょっと考えてみてください。スキーでも、登山で
持っていません。
いという現状です。これが、この社会を暗くしている情況の根本です。若い世代が未来に希望を
あるいは大企業関係の一部の人たちに富が偏在して、次代の担い手である若い人たちに及んでいな
長い間、経済成長によって培われてきた日本の富はどこへ行ったかと言いますと、中高年齢層、
リーターだの、何だのと言われていますけれども、結局職業がないということです。
ン グ プ ア と い う、
﹁働けど働けど、わが暮らし楽にならざりき﹂という状態です。ニートだの、フ
人は激しいリストラと、不景気の時代に就職できませんでしたから、いまでも半分ぐらいがワーキ
さしているところで、ようやく景気がやや回復してきました。まだゼロ金利に近いのですが、若い
少しずつ上向いてきていますが、この
年は不況の時代がずっと続いているのです。もう嫌気が
挙をおこなって、自民党が300議席近くを獲得して圧勝しました。そのあと、安倍晋三に代わり
2005年、つい2年前ですが、小泉純一郎という役者みたいな政治家が、芝居がかった郵政選
きたわけです。
こしました。日本はそのたびにアメリカ側に膨大なお金を出したり、軍隊を送ったりして援助して
て戦争が始まります。2003年には、今度はフセインがいけないのだと言って、イラク戦争を起
11
30
23 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
らは輝いていたのです。
学生が連日連夜、新聞のトップに出て、政府を揺さぶり、大学を揺さぶり、東大の安田講堂を占
拠したり、毎日話題を提供していました。そういう時代がありました。そのころは、ほどほどに彼
らの懐にもお金が入っていて、中流社会化していました。いまは、その中流社会の若い担い手がダ
年もしたら時代が少し変わってくると思います。
ウンしてしまって、元気がなくなっています。しかし、完全な沈滞ではありません。必ず巻き返し
ますから、もう
論をひとことお話しさせていただきました。
ことが最大の問題だと思います。これは自費出版と直接関係ないかもしれませんけれども、私の持
老いた社会になってきています。元気のもとになる若い世代の、活躍の場が狭められているという
ジアの世界も若いです。ブラジルも若い世代です。インドも若いです。それに対して日本は非常に
例えば、日本の社会と比べて中国の社会は若いでしょう。韓国の社会も、まだ若いです。東南ア
いけません。若い人の力で、破壊していかないとだめです。
ような、いろいろな障碍がつくられてしまっているのです。これは少しずつ取り除いていかないと
はありません。あるのです。ただ、それが社会の正面に出て、時代を推進する表舞台に出られない
らよくなっていくと思います。いまが一番悪いときかもしれません。若い世代は元気がないわけで
そういう情況を反映して、自費出版の歴史そのものにもうねりが見えます。私は、日本はこれか
10
24
︱
膨大で豊かな層の表現がある
作家・日本自費出版文化賞選考委員 鎌田 慧
氏
本日は色川先生と鎌田慧先生、それに私たちネットワークの代表理事でもあります中山千夏さ
んの3人によります鼎談を企画しておりましたが、どうしてもご都合が付かなかった鎌田慧先
年前、初めてこの文化賞の選考をお
生のコメントを、インタビューで収録してあります。お聞きください。
﹁日本自費出版文化賞 ﹂は今年で 年になりましたが、
10
社があってという、いまから考えてみると、きわめて狭いサイクルの中でやってきたわけなんです
僕らは活字文化の中で暮らしているわけですけど、それはもの書きがいて、編集者がいて、出版
ちの人がいっぱいいるんだということですね。
域に、いろいろな、伝えたい、書きたい、あるいは活字にして書き残しておきたい、そういう気持
自費出版文化賞の選者をやらせていただいて、一番よく分かったのは、日本列島のさまざまな地
うお感じになりましたでしょうか。
願いしましたときにはどういうふうにお考えになりましたか。それから、自費出版というものをど
10
25 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
ね。しかし、そういうサイクルに入らないところで、書きたい、伝えたい、残したいという膨大な
エネルギーがあって、それが自費出版文化賞という草の根のルートを通じて、どんどん現れてきた
んだということがよく分かりました。
活字文化というのはプロの世界、あるいは商業生産の世界であったわけですけど、それとはまっ
たく別に自分たちの生き方を問いかけるような、あるいは生きる希望を持つような、そういうこと
を書きたい人たちが無数にいて、それを支えている地方の小さい出版社とか、印刷屋さんとか、そ
ういう草の根のサイクルがあるということが分かりましたね。それはまだまだいっぱいあるわけ
年たっても全然衰えていないということだと思うんですね。
年たって、何か傾向が変わったということはお感じになりますか。
で、だからこそ、この賞が
︱
10
まざまな地域に原石みたいなのがいっぱい落ちているんですけど、商業出版では、それをちゃんと
ないという限界があるんです。しかし、売れなくてもいいものってやっぱりあるわけですから、さ
一方ではあるんですね。また、商品化とは、売れるということですから、売れるものしか出版でき
て商品化できないのは、プロでないと洗練された読みやすいものがなかなかできないということが
自費出版は、商品化できないというプラスとマイナスがあるんですよ。つまり、素人が書いてい
ということはありますね。
し、感覚的にも優れてきたから、表現というか、造本とか、表紙とか、装丁がきれいになってきた
全般的にビジュアル化が進んできて、活字よりもビジュアルなものを作る人たちが増えてきた
10
26
拾い上げて磨くということはなかなかないわけですね。商品生産の中では、最近はますます売れる
もの中心になってきているから、膨大な原石が無数にあっても、それを大事にしないということが
一つありますね。それが商業出版の限界なんですけど。
ところが自費出版は、売ることを目的にしてないから、思い切り書けるんですよね。思い切り書
けるということは、商品化できないことでして、その反面、商品化することは、編集者がどんどん
削って売れそうなことしか編集しないという問題があるんです。そういう意味では、自由に自分の
思いの丈を書けるというメリットが自費出版にはあるんですね。
この﹁日本自費出版文化賞﹂をつくってから現れてきた作品というのは、膨大なものがあるじゃ
ないですか。今回も四国の山の中で暮らしている人のいろいろな思いが詰まった1000ページを
超えるようなものがあって、あれは商業出版では絶対にできないわけです。とにかくいろいろな情
報を全部ぶち込んで本を作りたいという。
考えてみると、本というのは本来そうだったかもしれないんです。いろいろな思いを書いて、そ
れと読者が結び付くという。つまり、あいだに出版社の編集者が介在して、売れないと思うところ
を削って売れるものだけにしていく文化というのは、果たして活字文化としてまっとうだったかど
うか、そういうことも考えさせられるような作品が出て来ますね。もちろん、読みやすさ、という
ことも必要ですが。
いろいろな地方に、そういう商業出版から外れたところで、貴重な研究をして、自分の思いで一
所懸命書いている人たちがいて、それがここで顕彰されることが、ずいぶんありましたね。例えば
27 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
富山県魚津の百姓一揆の記録とか、それから田園調布での空襲の記録とか、佐渡の人形のかしらの
調査とか、そうした膨大な営みがありますね。
活字文化というのはいままでは、商業出版社が作ってきた商品としてしか現れてなかったんだけ
ど、それよりもはるかに膨大で豊かな層の自費出版があって、それがこの賞を契機にどんどん出て
いくようになったということですね。こういう賞があれば、それに向けて書く人も現れてくるで
しょうし、カバーとか表紙も工夫して、もっといいものにしていこうという努力も始まってくるで
一方、著者の中には自費出版であっても売りたいとか、書店に置いてみたいという人が多い
しょう。
︱
ようなんですが、そのことについてはどのようにお考えになりますか。
ところが、それは売れないんですよね。記録でも100年も持つようなものをしっかりつくって
残すことによって、それが将来、違った形で復刻されて出版されるかもしれないということはあり
ますが、素人が書いたものがいますぐ売れるわけじゃない。それはそのものが悪いということでは
なくて、プロで売れやすいようなもの、買いやすいものが、本屋に行けばたくさん流通しています
年
月
日閉店︶とか
から、そっちの方を買ってしまうわけです。だから、ある意味では自費出版のルートをどうつくる
かという問題も、それはあるかもしれない。神保町の﹁書肆アクセス﹂︵
11
17
要はないんですよ。
いろいろなところでやっているみたいですけど、自費出版は売れるということをそんなに考える必
07
28
ただ、相手のことを考えて、読者に読みやすくするとか、読者とのコミュニケーションがうまく
いくように考えることが必要なんですよね。何でもいいから思いの丈を書けばいいというものじゃ
なくて、話し方と同じように、説得の仕方とか、相手にどういうふうにして伝えるかという、それ
は研究、努力する必要があると思います。いま学歴もずっと上がってきているし、もちろん学歴
ばっかりじゃないけど、書く訓練もないわけではないし、活字文化が衰退するということはやっぱ
りないですよね。
将来の問題でいいますと、いま団塊の世代の人たちが大量に定年になってきて、もう一回自分の
人生を考えるとか、自分のやってきたことを振り返るとか、新しいことに挑戦するとかいう人たち
が、膨大な層となってきますね。そういう人たちがこれからどんどん書いていくと思いますよ。
やっぱり書いて残したいというのが古代からの人間の基本的な欲望ですから。
だから、団塊の世代の人たちが書いていくことで、いままで現れなかったこともすごく出てくる
でしょう。いろいろなことを経験した世代で、よくも悪くも日本の一つの時代をつくってきた人た
ちなので、それは活字ばっかりじゃなくて、さまざまな表現がこれから出てくるということが期待
最後に、自費出版とは直接関係ないかもしれませんけど、この 年間の世界の動きの中で、
できると思います。
︱
最近感じられることがありましたら。
行き詰まりというか、閉塞感、何か日本の社会が成熟して退廃しているというのか、かなりまず
10
29 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
︱
ありがとうございました。
思います。
い方に進んできているなという意識は、中高年に多いです
ね。そ れ は 日 本 の 民 主 主 義 が こ れ か ら ど う な っ て い く か と
いうことでもあるし、日本の経済がどうなっていくかとい
う こ と で も あ る し、日 本 と 海 外 の 関 係 が ど う な っ て い く か
という問題でもあるし、結局、みんな何か行き詰まり感が
出てきたというのが、いままでと違うところで、矛盾が深
くなってきたということでしょうね。
それはフリーターという言葉に表れているように、身分
不安定な労働者が、全労働者の3分の1になって、生活苦
か、言論とか、活字の表現とか、出版の自由ということがますます重要な時代になってきていると
社会の中での対立関係がかなり強まってきていると思うんですね。そういう意味でも、民主主義と
暴力の力で報いようという人たちが現れてきています。それが一つの右翼的な運動になってきて、
の首相の訪問に対して批判をしたら、自宅を放火されるとか。そういうふうに言論の力に対して、
の間も長崎市長が銃撃されて死亡するとか、その少し前は、自民党の加藤紘一さんが、靖国神社へ
そういう中で顕著なのは、言論に対する右翼の暴力行為というのが際立ってきていることです。こ
という言葉がまた現れてきているように、餓死したり、生活できない人たちも増えてきています。
鎌田慧選考委員
30
記念対談・色川大吉/中山千夏氏
これからの自費出版と自費出版文化賞
︻中山︼
早速ですが、先ほど﹁自費出版は、売れるということを目的にしなくていい﹂と鎌田さん
がおっしゃっていました。私もそう思います。もちろん売れたっていいのですが、売れるというこ
とを目的にしなくていい。仕組みとしては、お金を介在させないことは非常にメリットがあると思
いますね。
︻色川︼
そうですね。
︻中山︼
だけど、このごろそれを商業ベースで売ってあげますとか言って、だますように出版をさ
せてしまうというような、とんでもないところも出てきているようなので、気をつけなくてはいけ
ないですね。
︻色川︼
ああいう出版社が、けっこう新聞で派手に広告を出していますから、混乱してしまってい
る方も相当いるのではないかと思います。そういう大きい会社が三つも四つもあります。すぐ売れ
るようなことを書いています。
︻中山︼
被害者のお話をお聞きしますと、セールスの人が大変おだてるのだそうです。﹁これを埋
もれさせておくのは惜しい﹂とか。それについ乗って、たくさんお金を出して実際に出版してみた
ら、思っていたように書店に並ばないということです。
メディアリテラシーで、われわれが情報を得るときに賢くならなくてはいけないのと同じよう
に、自費出版を考える人も注意する必要がありますね。
︻色川︼
ですから、鎌田さんの先ほどのお話のなかの、売れないとか売るとかということの向こう
側の世界で、書きたいことを、いくら時間をかけてでも書く、そこに最大のメリットがあるので
す。そこだけは何としても弱めてはだめだと思います。それで、なおかつ売れたら、それはそれで
いいことです。
る、﹁ふだん記運動﹂というのが 年ぐらい前からありまして、それに私も関係したことがありま
き
︻色川︼
自分史が話題になる前に、普通の人が普段着で歩くことと同じように普段の生活を記録す
︻中山︼
そうですね。
31 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
︻中山︼
世の中全体、売れるということが第一でものをつくっていますから、出版も質の面では
ことです。その傑作が結果として、読ませるものになるということが望ましいかたちですね。
句、短歌、小説までみんな入ってくるわけですから、売れるということを度外視した傑作をつくる
そ う い っ た こ と を 考 え ま す と、自 費 出 版 の 世 界 は も っ と 広 く、そ れ こ そ 評 論 か ら、個 人 誌、俳
らしいものが出てきました。
を配るのです。売れるとか売れないとかは無視してやっていたわけです。そんなところから、素晴
す。その人たちも、とにかく自分のことを中心に書くのだけれども、理解してくださる人にだけ本
40
32
ちょっとなあというようなものが爆発的に売れたりしています。
手前みそですが、自費出版文化というものは、お金を介在させないがために、底辺のところで質
を落とさない働きができるのではないかと思うのです。
︻色川︼
ですから、非常に多様であっていいわけです。自費出版の場合は、バリエーションがたく
さんあっていいわけです。その人の好みというか、いままでやってこられた仕事の累積ですから、
ほんとうに小さい世界から、ものすごく大きい世界まで書いてもいいわけです。
︻中山︼
ええ。
︻色川︼
ところで、自費出版の編集のプロが出てきて、そのサービスを始めているということにつ
いては、どう思われますか。
︻中山︼
自費出版ネットワークのなかで、年何回かの研修会を開いて、すごく難しいテストをしま
して、すでに何人かの方がアドバイザーの資格を取られています。そういう人たちが生まれてくる
というのは、さっき話したような被害を防ぐためにもいいのではないかと思っています。適切なア
ドバイスがあれば、内容もよくなる、そして本を安全に出す、というと変ですが、自分の記録を安
全に人の手に渡す、まっとうに渡していくというような意味でも、アドバイザーはいたほうがいい
と思います。
それにしても、何か賞でつって出版させるという方法があったりすると、自費出版ネットワーク
の活動が、この賞も含めてそういう商法と混同して見られるのではないかなと心配になってしまい
ます。
︻色川︼
そうなんですよね。
︻中山︼
それともう一つ、これも鎌田さんが触れていらっしゃいましたけれども、いまの大きな問
題として、言論表現の自由がすごく危なくなっていますでしょう。
︻色川︼
はい。
︻中山︼
普通の方はあまり気が付かれないのかもしれませんが、ことに私たちみたいにあまり自民
党万歳ではない、右翼万歳ではないような立場でものを言っている者にとっては、非常に恐ろしい
状況になっています。メディアで封殺されてしまうのです。
しかし自費出版のなかでは、少なくとも言いたいことは言えるのだという態勢を守っているあい
だは、言論の状況もどこかで歯止めをかけられるかなと思っています。
︻中山︼
そうですね。
くさん出ることによって、言論の自由というのは外側で守られます。
︻色川︼
自分のお金で出すのだから、読みたくなければ勝手に読まなければいいのだというのがた
︻中山︼
いらないですね。
と思われるのではないか﹂とか、そんな遠慮はいらないですよね。
は考えないで、ずばずば書けばいいのです。﹁このようなことを書いたら、すごく保守的なやつだ
りますから、﹁こう書いたら、ちょっとあの人は過激じゃないかと思われるのではないか﹂などと
けずけ書けばいいのです。そういう本がたくさん出てくると、それは一つの時代に対する防壁にな
︻色川︼
そうですね。だから書く人が、思い切って自分の考えていることを、何も遠慮せずに、ず
33 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
34
︻色川︼
戦前ですと、そんな出版でも禁止されました。全部、検閲に引っかかります。
︻中山︼
そういう世の中を来させないためにも、自費出版というものを一所懸命やっていく必要が
あると思います。
︻色川︼
戦前ですが、例えば宮沢賢治の親友が高等農林学校時代、ガリ版で刷ったクラス雑誌で検
閲に引っかかって放校処分になり、雑誌がつぶれてしまうのです。賢治は引っかからなかったので
すが、引っかかった人は一生冷飯を食わされました。そういうものが、ガリ版刷りのサークル雑誌
にまで及ぶのですから、非常に怖いです。
そういうことをさせないためには、日ごろ、どこに行っても勝手気ままなことを言っている人が
たくさんいて、本がいっぱい出ているよという世界をつくっておけば、これは非常に強いのです。
︻中山︼
いま女性運動に対する逆風がすごいのです。教科書でジェンダーという言葉は使ってはい
けないとなったり、男女平等は行き過ぎだから、男女平等を盛り込んだような性教育を、いろんな
理由をつけて、やってはいけないということになって、いま学校の先生たちはそれで処分されたり
しているんです。
︻色川︼
特に東京の場合はひどいでしょう。
︻中山︼
はい。そこの状況はすごく戦前と似ているのですが。インターネットとか、自費出版の世
界とかまでには、まだそういうものはないから、ここでしっかり踏ん張っておかなければいけない
なと思っています。
︻色川︼
そういう意味では、気が付かないうちに、この自費出版の仕事が、時代に対して社会性を
持ってきているわけですね。
記念対談 色川大吉氏と中山千夏氏
歳代の人はいないんじゃないですか。
20
︻色川︼
い ま の 歳 代 、 歳 代 の 人 は 、 言 い た い こ と が た く さ
す。
て、いい漫画が出てくるなんてことがあっても楽しいと思いま
若い人で漫画を描きたいなという人たちが簡単に自費出版でき
︻中山︼
い ま は 漫 画 が 盛 ん で 、 面 白 い の が た く さ ん あ り ま す 。
見ましても、まず
︻色川︼
い ま の ワ ー キ ン グ プ ア じ ゃ 無 理 で す ね 。 今 日 の 会 場 を
いとできません。
︻中山︼
お 金 が か か る も の で す か ら 、 自 費 出 版 は 少 し 余 裕 が な
︻色川︼
あります。
ことと、自費出版に若い人がいないということは関係ありますね。
それともう一つは、先ほどのお話のなかで、若い人が貧乏になってしまったとありました。その
︻中山︼
そうですね。たいへん有意義な動きになり得るということです。
35 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
30
活字文化のなかではあまり出てこないです。
いたいことがあると思うのです。ところがそれは、少なくとも
の中でいいの﹂﹁いったい誰がこんなふうにしたの﹂とか、言
んあると思うのです。﹁いったい、これでいいのか﹂﹁こんな世
20
36
︻中山︼
出てこないですね。音楽に行ってしまうんですかね。
︻色川︼
あるいはインターネットあたりの世界で出てくるのでしょう。それだけで不自然な状況で
す。主要なメディアにその表明が出てこないということです。だから、ますます内向していって、
生きているのが嫌になったら自殺してしまうとか、人をやたらに殺すとか、そういう傾向が広がっ
ていく気配があるのです。
︻中山︼
私も団塊の世代なのですが、1960年代末から1970年代までの、われわれの感覚と
いうのは、セレブというのはよくないという感覚だった。いまはそれが変わってしまって、有名で
お金を持っているのがすごくいいことみたいで、おかしいですね。
︻色川︼
そうなんです。価値観がおかしくなってしまいました。だいたい有名人で、金があって、
年です。
ぜいたくして、家なんか持っていると、何か悪いことをしているような感じがあったのです。
︻中山︼
われわれの世代はそうですよ。
︻色川︼
そういう価値観が変わってきたというのは、特にこの 、
15
︻中山︼
このごろは立派になりましたね。
そういうものが顕彰されるのが、この賞のよさではないかとも思いました。
で止めた手刷りの、わら半紙の作品だっていいわけです。前はそういうのがいくつか出たのです。
︻色川︼
そうですね。だから、こういう自費出版文化賞は、そういう人たちの、それこそホチキス
い人たちが絶望してしまうのはあたりまえですね。
︻中山︼
価値観がそうなってしまったなかで、ワーキングプアの人とか、何も力を持っていない若
14
︻色川︼
例えば、八王子の記録を書く人たちのなかから、とび職の人の話を聞き取って、それを手
刷りの冊子にしました。とび職だから話をさせると裏話がすごく面白いんです。ほろりとするよう
な人情話をいっぱいしているわけです。それをみんなが面白がって読むのです。そのうちに落語家
が 注 目 し て、
﹁俺にやらせろ﹂と、とび職の話をラジオでやりました。それが受けるわけです。そ
うすると、﹁出版させてください﹂と出版社が出てきて、けっこう売れます。そういうプロセスの
本だってあるわけです。
そういうものは、庶民のなかから出てくる一番いいかたちじゃないかなと思うのです。
︻中山︼ そうですね。最初の読者、ここが面白いとか、面白くないと言ってくれる読者は大事だと
少しヒントを与えてくれるとか、そういうことなら作品が膨らんでくると思うのです。
︻色川︼
面白いですよ。そういう膨らまし方もあるでしょうし、それこそアドバイザーの方たちが
ですね。
︻中山︼
ちょっと年表を置いて、私が生まれたときの世の中はどんなだったのかと見ると、面白い
たか、そういうことを書けば社会性が出てくるということなのです。
言ったのは、そのときに友だちが何を言ったのか、そのときに隣のおじさんがどんな話を自分とし
︻色 川︼
そ う な ん で す。だ か ら、自 分 史 が、自 慢 史 と か 自 己 愛 史 に な っ た ら 誰 も 読 み ま せ ん よ と
自分の世界が広がるということがありますね。
でいたところの子どもがどういうことを言っていたのか、みたいなのものを取材していくと、また
︻中山︼
自分のことを書くにしても、ただ、自分の考えとかだけを書くのじゃなくて、自分が住ん
37 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
38
思います。そういう役割もアドバイザーは果たすし、それから、例えば小説や、自分史、あるいは
エッセイなど、どういう分野にするのかということも、相談にのってくれる人がいたほうがいいと
思います。あとはどういう体裁にしていくかです。
︻色川︼
賞の対象に挙がってきた人たちみたいに、自分の身辺を克明に調査して、記録して、それ
と類似のものを他の人の研究のなかから復元してきて、比較しながらまとめていく、一番基礎的な
科学的な仕事も自費出版の大事な仕事で、それがないと、専門家だけでは世の中の学問が進まない
のです。そういうことをなさってくださることが大事だと思います。
︻中山︼
ことに地域文化に対しては大事ですよね。
︻色川︼
私どものように歴史学をやっている連中にとって、一般の人が、例えば隣のおばあちゃん
とかおじいちゃんが、どんなことを言ったかを克明に記録を取って残していただくことが、国民の
歴史を書くときにどれだけ大事かです。
私どももそういう人をたくさん知りませんし、訪ねていく機会も少ないのですから、消えてしま
うわけです。そこで普通の方が、あそこに植木屋のおじさんがいて、こういう経験をしたらしい、
こんないい話をした、そういうことを書いてくださることだけでも大事です。これをまとめるとす
ごく大きい財産になるのです。
そういう意味では、この仕事は、一人一人の記録は小さくても、堆積して、積もり積もっていく
と大きな文化財になるのではないかと思います。
︻中山︼
そうですね。
︻色川︼
自費出版文化の図書館をつくっている方がいるのでしょう。そういう図書館が大きな意味
を持ってくると思います。
︻中山︼
そうですね。
﹃古 事 記﹄を 読 ん で み て 、 や っ ぱ り 戦 後 の 歴 史 の 考 え 方 と 全 然 違 う な と 思 う
のは、あのころの歴史は、偉い人の話しか出てこない。勝ち組の人の話しか出てこないのです。負
けた人とか、下積みの人たちはどうしているのかなと思ったら、何も分からないです。それが戦後
に色川さんたちも始められた自分史の運動というもので、歴史の記述、記録というものの方向が変
わったのですね。
ています。
18
︻色川︼
﹁面白い? 何を言うか。これは畏れ多くも何々天皇が太安万侶に口伝えに伝えたもので
︻中山︼
面白いと言ったら無礼なのですか。
ん面白いと思いました﹂と言ったら、
﹁無礼者、退席﹂と言われました。
だことはあるかね﹂と言うから、
﹁はい、読みました﹂と答えたら、﹁どう思うかね﹂と、﹁たいへ
が平泉澄さんという有名な右翼の先生でした。セミナーで、﹁色川さん、きみは﹃古事記﹄を読ん
︻色川︼
私は、昭和
年、当時の東京帝国大学の国史学科へ入ったのですが、そのときの主任教授
あるに違いないという視点が出てきました。私は何を見るときでも一応そういう目で見ようと思っ
︻中山︼
女性解放運動の流れのなかで、学問の世界も男性の方ばかりが見ているから、見落としが
男の学者にはああいう発想はできないので、面白いと思いました。
︻色川︼
あなたの書いた﹃古事記﹄は、女の人の視点から書いているから、すごく面白いですよ。
39 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
40
あって、詔と同じようなものじゃ。出ていけ﹂と言うのです。それが、東京帝国大学の歴史学の主
任教授ですよ。それはもう、ひどい時代でした。
ましてや、あなたのような﹁古事記伝﹂を書いたら、もう、皇室侮辱罪か何かです。
︻中山︼
﹃古事記﹄は面白いって、百万べんも言いましたから、ほんとうにそうですね。
歳代の若い政
︻色川︼
そういう時代のことを考えますと、半世紀前ですから、ついこのあいだのことです。また
雲行きがちょっと怪しくなって言論に対する抑圧が効いてきますと、何しろいまの
︻中山︼
とんでもないです。というわけで時間が来たようです。ありがとうございました。
︻色川︼
あなたが代表理事をやっていらっしゃるのだから、こちらこそよろしくお願いします。
力よろしくお願いいたします。
つのストッパーにもなる装置としての自費出版文化を守っていきたいと思いますので、今後もご協
︻中山︼
ちょっと間違うと、
﹁治安維持法﹂みたいなものができてしまいます。そんななかで、一
︻色川︼
めぐってきますね。
ごく同じような現象がめぐってくるのですね。
︻中山︼
先ほど、歴史は繰り返すとおっしゃったけれど、まったく同じではないんだけれども、す
ていく可能性があります。怖いですよ。
治家は、ほとんど勉強していませんから、もう突っ走ってしまって、右へ倣えで、昔のようになっ
50
41 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
自費出版が独自の文化財であることを再確認
日本自費出版文化賞最終選考委員をつとめて
﹁感動﹂を大事にしたい
編集者 秋林 哲也
氏
I
毎年、1月末になると事務局から段ボール箱一杯分の本が届く。自費出版文化賞文芸A部門の一
次選考の始まりである。これから約2ヵ月かけて、この本を読むことになる。一日一冊とか数冊ま
とめて読むこともあるし、仕事で出かけたときなど、一冊も読めない日もある。
1月末や3月末には、文芸誌の新人賞の応募〆切がいくつかあるので、私が講師をしているカル
チャースクールの四つの教室の受講者の応募作品を読まなければいけない。エンターテインメント
系の文学賞は原稿枚数が多く、350枚から750枚といったものもある。いまはみんなパソコン
で打ってくるので、書き直しをしてもらっても2、3日で訂正してまた提出してくる。私のカバン
の中は、
﹁読みたいもの﹂ではなく﹁読まなければいけないもの﹂で、いつもいっぱいだ。
42
でも私は、自費出版文化賞の応募作品を読むのは楽しみでもある。段ボール箱の中には、数十
歳をこえた元軍人まで、社会の縮図のようにさまざ
ページの詩集から全5巻といった長編小説まで、さまざまな本がつめこまれている。高校生から子
育て中のお母さん、ずっと病床にある人から
一次選考は
数人の担当者が、各々割当てられた本を一人で読んで選ばなければならない。3分
の一人一人の人生が書きこまれた作品群である。
まの書き手がいる。それらの人びとが懸命に書き綴った本が応募作品として私の目の前に並ぶ。そ
80
い。
次でまた出会って、こんどはもっと厳しい目で見て、結局はふるい落としてしまわなければいけな
仕事がはかどらなくなってしまう。選考を甘くして3分の1でなく2分の1を上げてやっても、二
やりたい、と思い直してもう一度目を通してみる。が、そんなことをしていると選考・選別という
そう考えると、なんとかその1冊に、よい部分や意義のあるところを見つけて二次選考に上げて
考委員の誰の目にも触れることなく、段ボール箱の中に戻されてそれきりになってしまう。
が下手とか文章がうまくないとか、誤記が多いといった理由で落としてしまうと、この本は他の選
を自分で負担し、200とか300部を周辺の人たちに配る。その1冊がこれだとしたら︱ 構成
ものを書くことに必ずしも慣れていない一人の人が、長い時間をかけて原稿を書き綴り、製作費
のわるい思いをする。
とすわけだから、私としては、複数人で読み合う二次選考や最終選考よりも緊張するし、﹁寝覚め﹂
の1程度を二次選考へ上げることになっていて、わりと幅はゆるいのだが、それでも3分の2は落
20
毎年春にめぐってくる一次選考に、私はいつもそんな思いを抱いてぐずぐずして、事務局の中島
さんに迷惑をかける。私はこんな仕事に向いていないのかもしれない︱ などと考えたりする。
が、私の本来の仕事は編集で、相手がプロの作家の場合はそんな悩みを抱かなくて済む。﹁先生、
ここは違ってますよ﹂とか﹁ここんとこは解りにくいですね﹂などと遠慮しないで言える。プロな
らそれに対応できなければ、と思うし、原稿料や印税をちゃんと支払うのだから。
自費出版文化賞の文芸部門の選考に、私は一次から最終まで参加しているが、そのさい選定の基
準の一つにしているのは﹁感動﹂ということである。読む人に感動を与える︱ それはプロの作家
がテクニックで創作する感動ではなく、書き手の真摯さが作りだす感動である。文章が多少下手で
も表現が素朴でも、どうしてもそれを書きたい、人に伝えたい、書き遺しておきたい、という熱意
が伝わってくるものであれば、私は○をつける。そこが自費出版の意義であり、価値なのだと考え
る。
プ ロ の 文 芸 の 世 界、と く に エ ン タ ー テ イ ン メ ン ト 系 の 作 品 に は、上 手 に つ く ら れ た﹁感 動﹂や
﹂つきで毎日のように目にするが、それはけっして悪いことで
!!
無農薬の野菜︱ といえばわかりやすいだろうか。
ら生まれた﹁生の感動﹂である。ぴかぴかに磨かれた店頭の果物ではなく、土や泥のついたままの
なま
私が基準としている自費出版文化賞のそれは違うものであり、書き手の体験が生かされ、生活か
しむ。
はなく、作家の手際といってもよいものだろう。読者はそれに喝采し、1冊1500円を払って娯
﹁衝事﹂が多い。新聞の広告で﹁
43 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
44
﹁日本自費出版文化賞﹂への私の思い
NPO法人自費出版ライブラリー 理事長 伊藤 晋
氏 ニ
1997年9月、自費出版ネットワーク事務局の三澤康武さんが自費出版図書館に来られまし
た。私は1994年4月に自費出版図書館を設立しましたが、場所は東京都品川区のJR大崎駅前
のマンションの一室で、図書館とは名ばかりの恥ずかしいほど小ぢんまりとしたものでした。そこ
へ、三澤康武さんが訪ねて来られたのです。
用件は、自費出版ネットワークが﹁日本自費出版文化賞﹂を来年1998年から実施する予定だ
が、なにがしかの協力を得たいとのことでした。三澤康武さんは﹁日本自費出版文化賞﹂をどんな
目的で、どのように実施するつもりか熱っぽく説明されました。それを聞いて、私は全面的に協力
することにしたのです。
実は、私が自費出版図書館を設立したときの事業内容には、自費出版の賞を設け、自費出版書が
日本の貴重な文化財であることを知っていただくイベントを実施しようとの項目があったのです。
賞を設けたいとのアドバルーンを機会あるごとにあげてはいたのですが、紙の上に書かれただけの
プランで、実際には実行する力量もなく経済的には手も足も出ない状態でありました。
1996年2月に自費出版図書館は、俵元昭さんが同じ品川区の五反田で運営しておられた﹁私
45 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
家本図書館﹂と合併しましたが、私家本図書館では既に私家本の賞を数回実施していたことを伺
い、ますます賞を設けたいとの思いが強くなっておりました。私家本図書館と合併してまもなくの
ことだったと記憶していますが、某新聞社の役員から自費出版の賞を設けることを考えているが一
緒にやらないかとの声がかかりました。しかし、賞の趣旨について互いの意見が大きく異なり、実
現には至りませんでした。私は自費出版のお祭り的なイベントを考えていたのであり、賞に権威を
持たせることには賛成できなかったからです。
三澤康武さんが来館されたのは当方がこのような状態のときでした。賞の主旨や選考の段取・基
準などを伺って、私が計画していた賞とあまり違わないことを知りました。そこで私は、自分の考
えていた賞のプランを披露し、それが計画倒れの状態であることを話し、この際は自分の夢にすぎ
ない計画はボツにして、日本自費出版文化賞に協力することを約束したのです。具体的には、当館
が日本自費出版文化賞の後援をすること、私が選考委員に加わることでした。
自費出版ネットワークの役員さんたちが、
﹁第1回日本自費出版文化賞﹂の計画・実施、そして
実施後も大変な苦労をしているのを垣間見ているだけで、私は敷かれたレールにのって、選考基準
冊余の中から賞の候補を選ぶのは大変でした。2週間
を決める会合に出たり、八王子の大学セミナーハウスで合宿の二次選考に参加したりするだけでし
たが、二次選考で上がってきた私の担当分
あることを再確認させられました。
座長で大満足の結果になりました。応募された素晴らしい作品の数々には、自費出版書が文化財で
はこれに拘束されました。吉祥寺のホテルで行われた最終選考は、選考委員長の色川大吉先生が名
20
46
私は、日本自費出版文化賞には第4回まで選考委員に加えさせていただきましたが、2002年
には辞退せざるを得なくなりました。自費出版図書館の存続が危ぶまれ、その手当に忙しく、選考
に当てるまとまった時間が見込めなくなったためです。
自費出版の歴史において、日本自費出版文化賞のはたしている役割は大きいと実感しています。
氏 カ
回を終え、新しい第一歩を歩み出すに当たり、日本自費出版文化賞が
﹁自費出版﹂が大きな話題になったし、自費出版する楽しさ、自費出版書がもつ素晴らしさなどの
理解を普及させました。第
ライター 小 飯塚一也
最近の道路特定財源の論争では、道路族の立場に立った発言を連発し批判されました。それを問
分たちについてのこんな評を紹介していました。
テレビで人気の東国原英夫・宮崎県知事が、新聞のインタビューで師匠のビートたけしさんの自
たんだと思う﹂
﹁あいつはしろうとだからできるんだ。おれも、しろうとだから、新しい映画のジャンルを作れ
あえて﹁しろうと﹂で
ますますその輝きを増されますよう期待しております。
10
47 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
われてこんな答えです。
﹁ぼくには﹃違うんでねえの﹄という思いもあった。でも、道路特定財源の︵全国知事会の︶強
化副本部長なんて仰せつかっちゃうと、先頭に立って言わざるを得なくなる。ふと気が付くと、民
意とはずれている自分がいるんですよね﹂
こんなうまい言い回しを読まされると、﹁しろうと﹂というのもにわかに信じがたいところがあ
りますが、そのやり取りから昔のある経験を思い出しました。
私は新聞記者OBです。大学を出て入社するとすぐ、九州のある県の支局へ配属となりました。
新聞社は実地訓練主義ですから研修なんてありません。県警本部の担当になり、記事を書いたこと
もないのに翌日からは支局の先輩も記者クラブに顔を出さなくなりました。安保闘争のさなかで大
きな事件もたくさんありました。クラブの他社の先輩にいろいろ教わりながらの修行です。しか
し、百戦錬磨の地元紙のベテランはいつ取材したのか、翌日の新聞に聞いたこともないことを大き
な記事にしています。
﹁抜 か れ て ば か り だ﹂と デ ス ク に 怒 ら れ、支 局 を 出 る も の の ど こ で 取 材 し た ら い い の か す ら 分 か
りません。1年先輩の記者と手分けして走り回っても、﹁少年探偵団 なにしているのだ﹂などと
冷やかされる始末。
しばらくして、同期入社の新人研修会がありました。久しぶりの再会でお互いにこぼし合いで
す。そのとき、隣の県の支局に配属された友人が、新聞記者にはすべての公文書を読むことが出来
る資格を与えるべきだ、という主張をしました。取材にむだな手間がかからない。役所が情報を隠
48
すことが出来なくなれば公正な民主主義社会づくりに資する、というわけです。もみくちゃになっ
ている身として、それは便利だと一瞬思いました。しかし同時に、お墨付きを得た活動ではなにや
ら権力的でもあり変です。
﹁いや、しろうとだからこそいいんじゃないかな﹂というのが私の反論でした。
任地が変わり、県庁を担当するようになりました。知事や局長、県議会議員などといかめしい役
職が付いた人たちとも知り合いになり、親しくなると庁内の人事など県庁の人たちより詳しくな
り、地方版に予測記事を書いたこともあります。政治的な背景など、だんだん関心が深みにはまっ
ていくと、ほかの記者にさきがけて書くおもしろさ優先です。しかし本当は、県の人事など県民に
はさほどのニュースでもない。少し﹁しろうと﹂でなくなって、一方で﹁民意とはずれている自分
がいる﹂ことに気がつくのに少し時間がかかりました。本当に﹁プロ﹂であるためには、県庁論理
からは﹁しろうと﹂でなくては、というわけです。
日本自費出版文化賞の選考委員には、2003年から加えていただきました。その年の地域部門
賞は藤本トシ子さんの﹃花がたみ﹄という本でした。家の代々の女性の手づくり小物の紹介なの
に、明治、大正、昭和の暮らしがとらえられています。商業出版ではかなわぬ自費出版の意義とい
うようなものを実感しました。
そ れ 以 来、宅 配 便 で 本 が 届 く 毎 年 春、
﹁プ ロ﹂の 出 版 界 の 価 値 観 の タ ガ か ら 自 由 な﹁し ろ う と﹂
の作品との出合いをいつも楽しみにしています。
49 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
自費出版文化賞賛歌
︱
きょうのうちに
︱
日本自分史学会会長 土橋 寿
選考委員と読者のはざまから
とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
︵あめゆじゅとてちてけんじゃ︶
歳、妹トシ
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまえはわたしにたのんだのだ
歳の哀惜です。
氏 ミ
これは、宮沢賢治の第1詩集﹃春と修羅﹄の1編、妹の死を悼んだ﹁永訣の朝﹂の書き
出しです。大正 年︵1923年︶
、賢治
ああとし子 27
わたくしをいっしょうあかるくするために
死ぬといういまごろになって
12
25
50
死の間際に、真白い雪を一椀とってきてくれと頼む妹。雪に添えた松の小枝に頬ずりをして喜ぶ
妹。その哀惜が読者の心をとらえて放さないのです。
解釈めいてきましたが、申し述べたいのは作品の解説ではありません。
書誌です。
となり
賢治文学の代表作品の一つであるこの本が、なんと自費出版、当時でいえば私家本だったという
ことです。
論語に、
﹁徳は孤ならず。必ず隣あり﹂
徳を備えた人格者は、どんな場合でも孤立はしない。その徳を慕い、集まってくる人が必ずいる
ものだという格言があります。
転用すれば、出版形態の如何を問わず、よい作品はけっして看過されない。自ずから読者がつい
てくるということができるでしょう。
最近知ったことですが、﹁浅見光彦シリーズ﹂で著名なミステリー文学賞作家、内田康夫氏の処
女出版﹃死者の木霊﹄も、ご夫人のへそくりをはたいての自費出版だったというから、これも驚き
ました。
ことわり
よい作品は、時代を問わず、出版形態を問わず、必ず隣があるものですね。
商業出版は、売らんかな。当然の理ですから、どんなに内容が濃くても、売れ筋の狭いものや無
名な著者など、採算の取れない作品は採用されません。
自費出版文化賞の第一義はここにあります。たとえ商業出版の埒外であっても、よい作品を顕彰
51 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
することは出版文化の発展ばかりではなく、民族の精神文化向上に大きく寄与するものです。
回の現在まで、思わず
年も
私は、
﹁日本自分史学会﹂と﹁日本自分史大賞﹂の提唱者であることが買われたのでしょう。自
費出版ネットワークの皆様の知己をいただいて、本賞制定以来、第
11
表し、あわせて主催者の皆様に感謝の意を捧げます。
おわりに、入選であるか選外であるかを問わず、ご応募くだされたすべての著者と著書に敬意を
してきました。
そして、そのたびに自費出版の意義をかみしめてきました。自費出版文化賞の崇高な理想を痛感
三読。また一読者として夜の更けるまで読みふけってきました。お役目冥利に尽きます。
れどころか、むしろそれよりも内容の濃い幾多の作品と邂逅してきました。選考委員として二読、
選考委員の大役を仰せつかってきました。その間、商業出版とくらべてもけっして遜色のない、そ
11
52
したが、早々に違うと気づかされ、文化・芸術の振興を
も、内容より装丁の豪華さ、質より量と応募しておりま
長 に も 大 き な 収 穫 が あ り ま し た。当 初 は 自 社 発 行 の 本
という感じです。第2回目からの参加ですが、自身の成
﹃自費出版年鑑﹄に大きく掲載された時には飛びあがら
て、陽の目をみた時の喜びはたとえようもありません。
た。私 が 感 動 し 選 ん だ 1 冊 が 最 後 の 選 考 会 も ク リ ア し
インターネットでその結果はいつも気にかけておりまし
なことでした。最終選考会には毎回参加できませんが、
指導、交流会もあり、スキルアップに繋がり大変有意義
席して、業界のニュースや各先生方の貴重なご意見やご
は東京八王子での1泊2日、各部門の選考会。これに出
者を想像する気持ちを持たせてくれました。二次選考会
ました。私に辛抱と根気、幅広い知識とワクワク感、著
い、与えられた書物について全て読み、コメントを書き
日本自費出版文化賞 一・二次選考委員コメント
自分の本が入賞したような思い
友月書房 麻生 芳子
五 年 一 昔︵?︶、右 に 左 に 首 を 振 れ ば 年 経 っ て い た
めざし裾野を広げ、陽の目を当て後世に伝えるべくの本
ん ば か り の 嬉 し さ で す。後 日 の フ ェ ス テ ィ バ ル︵表 彰
れる様子で、ご迷惑だったかもしれません。この感動は
式︶では、その著者を心待ちして話しかけたこともあり
忘れることはありません。自分の本が入賞した思いで、
作りだと﹁目から鱗﹂の体験の連続でした。それは﹁自
た時間でした。
選考委員を仰せつかって良かったと思うひと時です。こ
費出版アドバイザー﹂資格取得につながり、強力な後押
一次の選考は年度末を迎えて繁忙期と重なり、ハード
ますが、当の著者は表彰式の雰囲気にのみこまれておら
なスケジュールでした。しかし書き手のことを第一に思
しになりました。真摯に勉強に取り組んだ久々の充実し
10
53 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
す。昨 今、出 版 業 界 は ト ラ ブ ル 続 発、厳 し い 状 況 で す
も、良い本との出合いを大切に続けていることと思いま
の感動忘れ難く、私は今後も時間に追いかけられながら
にも多いのであります。
﹁俳句を作らう﹂ときめておい
る、ときめてかゝってゐるとしか思へぬ作物が、あまり
ら あ る 概 念 に 傾 斜 し、そ の 傾 斜 の 地 平 こ そ が 表 現 で あ
ところが、応募の韻文はどうかと申しますと、始めか
作らうと思って、どこが変なのか﹂と思ふこと自体、典
げしく拒絶いたします。
﹁俳句を作るのだから、俳句を
て、﹁俳 句﹂が で き る も の で せ う か。表 現 は、人 為 を は
が、逆風を追風に前進あるのみです。
本当の事を書き、本当の本を刊行したい
の基本であるはづです。私たちが、人生なり、事業なり
といつた観点からも、決して忘れてはならぬ、表現行為
このことは、応募者ご本人のみならず、出版界の使命
誠に、もったいない、と感じてをります。
う﹂
、︱ そ れ は、こ の 一 行 に 尽 き る も の で あ り ま す。
誰もが、
﹁本当の事を書き、本当の本を刊行してみや
たゞきたいと存じます。
り ま す が、応 募 状 況 の 所 感 を 率 直 に 申 し 上 げ さ せ て い
歌・詩﹂等、所謂・韻文について、こゝに数年間ではあ
私 が、一 部、担 当 さ せ て い た ゞ い て ゐ る﹁俳 句・短
して永遠の表現︵生命︶であると思ひます。
︱ これが、一瞬に
たとえばそれが﹁俳句﹂であった、
がありません。﹁本当﹂のあなたを音調化してみたら、
自身が、師匠であります。だから、何の心配もする必要
表現と言ふ行為に、人の師匠は、不要です。あなたご
ゐるからなのです。
のあなたなので、あなたはあなたに、その時、出会って
せ う。喜 び・平 安・至 福 と い ふ こ と そ の も の が﹁本 当﹂
いふ行為は、必ず、あなたに喜びを経験させてくれるで
ことを、僭越ながらお奨めいたしたいと思ひます。さう
にあなたの﹁マゴコロ﹂を音調化させてみる、︱ この
世俗的・唯物的な偏頗な自己を吹き払って、
﹁スナホ﹂
型的な自己中心ではありますまいか。
の途絶を経験するのは、自然の生命力からみはなされた
井口 浩一
瞬間であることによって、これがわかります。
54
3塁打1回、2塁打1回
きたのは﹁どんなに立派な中身であっても、読みやすく
する工夫が施されていなければならないし、どんなに分
かりやすく書かれていても、中身が空疎ではお話になり
ません。要は中身と器との調和。だから、プロの作品に
接するのと同じ気持ちで臨みます。決して手は抜きませ
アイ・ケイ・ジェイ 伊藤 公一
宅配便で届けられた小ぶりの段ボール箱の想像以上の
重荷が少し軽くなった。助言のおかげで、第9回は私
晩秋のことだ。自らも出版業界に身を置き、複数の定期
すれば、3塁打くらいの価値はあるのではないかと勝手
が個人誌部門賞を受賞した。大賞を選ぶ眼力を本塁打と
の 推 し た﹃望 郷 の 譜﹄
︵桁 山 伸 子 さ ん 著、光 陽 出 版 社︶
ん﹂という至極明快な心構えである。
重 さ に、課 せ ら れ た 責 任 の 重 さ を 改 め て 感 じ た。 第「9
回日本自費出版文化賞﹂の選考委員を仰せつかった 年
刊行物に執筆している立場なので、読書はさほど苦にな
回 で は﹃九 州 コ リ ア ン ス ク ー ル 物 語﹄
商業出版の流通機構にのっていないというだけで、内
選ぶ人が試されていることでもあることを痛感した。
的には2塁打か。本を選ぶということは詰まるところ、
︵片栄泰氏著、海鳥社︶が第二次選考まで残った。眼力
に 思 っ た。第
容面ではプロの作品と遜色ない良質のものが少なくな
ろうか。
い。だから、出来不出来は別にして、送られてきたすべ
とばかりに、選考の要点を一般論として尋ねた。返って
表理事を取材する仕事が舞い込んできたのだ。チャンス
しかし、神は見捨てなかった。たまたま、中山千夏代
する誘惑に駆られもした。
ちに第一次選考の締め切りが迫る。
﹁全員同率首位﹂と
はない﹂自分の甘さを思い知らされた。そうこうするう
さて、第 回はボールをどこまで運ぶことができるだ
10
ての本を受賞させたくなってしまう。
﹁プロの読み手で
迫ってくる著者の熱い思いとの闘いである。
ら な い。悩 ま し い の は、候 補 作 の ペ ー ジ を 繰 る た び に
05
11
55 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
佐渡の﹁人形かしら集﹂が大賞に
様子が目に浮かぶ。そんな人形のかしら970体を収蔵
した力作は、先生方のおっしゃる通り、大変な努力の結
集であり、日本の文化財保存の良い手本になって欲しい
その後名畑さんとは佐渡に帰省した際自宅に訪問し、
と思っている。
その苦労話を聞く機会がありました。
㈱双文社 今井 茂雄
最終選考会は、色川先生の審査開始の挨拶に始まり、
本作りに期待する﹁鳥の目 虫の目﹂
地域文化部門から担当の先生の講評が始まる。毎年のこ
と な が ら、短 期 間 の 内 に よ く 内 容 を 把 握 さ れ、結 果 的
年︶の第9回日本自費出版文化賞で、私の
に、これこれであると結論を出される。
一昨年︵
球の下で蚊に刺されながら楽しく見物した思い出があ
子どものころから、文弥人形芝居は、夏祭りの夜の裸電
人形のかしらをモノクロ写真に撮ったものである。私も
芸能、説教人形芝居、のろま人形芝居、文弥人形芝居の
当たりにすることも楽しいから続いているといえよう。
かに大変興味がある。さらに各地の時代のうねりを目の
とがあり、どのような表現として書籍が発行されている
書籍を発行していることから、他の地域でどのようなこ
係っている。自分自身が滋賀で地域の文化歴史に関する
自費出版文化賞の第1回より、地域文化部門の審査に
サンライズ出版㈱ 岩根 順子
る。佐渡には、文弥人形を演ずる座が幾つもある。昔ほ
先生の人形のつかい方は、木でできた人形が人間となっ
る。それだけに、その土地で生活する人にしか書けない
活や風習に大きな影響を及ぼし、固有の文化が形成され
境もさまざまな様相を呈している。これらが人びとの生
それぞれの土地には固有の歴史や生活があり、自然環
て動いているように見えた。太棹で響く三味線の音と独
歳を超える高齢で亡くなった、浜田守太郎
特の節回しの語り、簡単にはりめぐらした幔幕の舞台の
数年前、
ど盛んでないが、佐渡市佐和田に常設館もある。
しら集﹂が大賞に選ばれた。佐渡に古くから伝わる民俗
故郷新潟県佐渡の名畑政治さんが応募された﹁人形のか
06
90
56
地域文化が重い存在であるといえる。他の部門でも同様
むものでないと感じている。
問題ではなく、制作者もともに﹁生み出す努力﹂を惜し
年
残念に思うことは、この目がかなり不充分ではないかと
三ご指導をいただく。自費出版作品を拝見している時、
の目のように地を這うような洞察力が必要である﹂と再
時、鳥の目のように空高いところからの観察、そして虫
氏 か ら は、
﹁歴史的、社会的な内容をターゲットとする
リーズ刊行に、格段のご支援をいただいている西川幸治
当 社 で 刊 行 を 進 め て い る 滋 賀 の 地 域 文 化 を 扱 っ た シ
て欲しいものである。
が、現実を直視しつつ、対比する対象を常に念頭におい
庶 民 で あ る か ら、難 し い こ と を 要 求 す る も の で は な い
が進む作品も多い。著者の多くは研究者ではなく市井の
また、選考委員と付き合いができたことで、中山千夏
しい出会いがありました。
分や会のアンテナではとうていキャッチできない素晴ら
ビュー。数えると7人の方に登場いただいています。自
どもや家庭に関わる著書を自費出版した方にインタ
す。第1回大賞﹃学童疎開﹄の岩本晢さんをはじめ、子
本を企画に採用するなど恩恵をしっかりいただいていま
私の編集する月刊誌﹃すこーれ﹄は、選考で出会った
回から選考委員として関わっています。
職。同会で月刊誌編集と出版を担当したことから、第4
月に家庭教育をテーマとする民間の生涯学習団体に転
本グラフィックサービス工業会の職員でしたが、 年9
第3回日本自費出版文化賞まで、私は主催側である日
この
いうことである。無論、総てがそうではなく、丹念な調
さんには﹃古事記の小道﹄を2年間連載いただき、黒坂
㈱スコーレ出版 大庭 繁
であろうが、さまざまなテーマの作品が集まる地域文化
部門の審査は楽しみであるとともに、大いに触発される
ことも多い。とくに近年は写真を多用し、理解しやすい
内容のものが顕著で、審査しながらも全国各地を歩いて
いるような錯覚を覚える。
査や研究をされたものは少なくはないが、独りよがりに
ところが残念ながら、資料の横流しや思い込みで展開
なりがちなことは残念に思う。このことは、著者だけの
10
00
57 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
昭二さんには会員から届く俳句の選考をお願いしていま
す。日本自分史学会の土橋寿会長には、男性会員の﹁自
分史づくり﹂にアドバイスを頂戴するなど、ずいぶん助
お世話になった﹁遠来荘﹂
自費出版文化賞の二次選考会に参加するようになって今
毎年、春先に八王子の大学セミナーハウスで行われる
㈲新生アドバイザー 岡田 久男
す。
け ら れ て い る な あ と、人 と 人 の 出 会 い に 感 動 し て い ま
余談ですが、選考委員をお受けした年に私は長年の夢
年で
年になる。
であった﹁食と農の談話室﹂を東京・神田にオープンさ
ワーカーズ・フェアビンデン。結ぶというドイツ語から
の農業視察に行った主婦らと作ったこのお店の名前も、
の方が手伝ってくれ、まさに﹁結い﹂の見本市。ドイツ
んがお客さんを広げてくれたり、お店の移転時には多く
ない人と人を結ぶ展開がたくさん生まれました。お客さ
ネットワークと同じく、農民と消費者の関係にとどまら
およそ150年の歴史を持つ入母屋造りの﹁遠来荘﹂
室、集会所として市民に開放されるという。
T金属会社が譲りうけ、これまでのように研修室やお茶
解体がささやかれていたところへ、環境問題に先進的な
が生え雨漏りがひどくなった。応急処置ではこと足りず
築されるという。老朽化がすすみ、屋根にはぺんぺん草
聞くと、
﹁遠来荘﹂は縁あって遠く四国の西条市に移
れたらしく見当たらない。
長い間、選考会の会場として借りていた茅葺の古民家
つけました。
は、その名もそのまま現役復帰する日が近いと知って、
せました。﹁産地の安心 消費の安全﹂を掲げて弁当販
経営順調と言いたいところですが、悩みは後継者。そ
ほっとすると同時に、﹁すごいな﹂と思った。縁側に並
が第5回の記念に植えた﹁まんさく﹂もどこかへ移植さ
れは自費出版ネットワークを運営する皆さんも同じで
んで撮った記念写真も懐かしい。いつの日かぜひ再会し
﹁遠 来 荘﹂が、こ の 春、跡 形 も な く 失 せ て い た。私 た ち
しょうか? その解決策をぜひとも教わりたいと思って
売やお酒を飲みながらのサロンの開店、無農薬コーヒー
います。
の ブ ラ ジ ル か ら の 輸 入 に 取 り 組 ん で い る と、自 費 出 版
11
東京・水天宮近くの﹁自費出版ライブラリー﹂であり、
選作と再び出会った時は感激すら覚える。その場所は、
再会といえば、過去に一次選考で読んだ応募作品や入
たいものだ。
が、 年前のそのころも、日常感じていたことは、自
入会していた。
か、参加できたか、いま少し定かでない。気がついたら
創設をいち早く知る立場にはなかった。どうして知った
物の刊行を求めている人がいれば、その人をサポートす
分史︵に取り組む︶活動をより活発にしたい、自費出版
きないものかと考えていたので、自費出版ネットワーク
6 年 前 か ら 毎 年 開 か れ て い る﹁自 費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ
も 文 化 賞 も、こ れ は 願 っ て も な い チ ャ ン ス で あ っ た の
ル﹂の会場などである。
だ。そして文化賞の事業が始まって、一次選考をネット
る活動をしたい、より直截に言えば、それらの自費出版
丁とともに、気仙言葉をまじえた飾り気ない語りが記憶
︵佐藤正美さん︶は、著者自身の肖像が表紙となった装
ワークのメンバーで引き受ける、との提案が知らされる
私の場合、ジャンルは﹁個人誌部門﹂の作品だが、と
に鮮明である。
と、直ぐ手を挙げたのである。これまで本︵書籍︶の優
支援活動を自社の業務として引き受けていけるようにで
新しい人の作品をいちはやく読ませてもらえる一次選
劣を判断、評価するというような活動、体験、経験はな
かった。が、評価基準に照らしてどうかなど、皆さんと
も協議して判断すればいいし、後は自分の感性、読んで
の感動の度合いだといった考えであった。そしておりよ
く選考委員の委嘱状が届いて役を引き受けることになっ
た。それから 年が経過した。
私は日本グラフィックサービス工業会の会員ではない
募の本が詰められて送られてくる。約2ヵ月の選考期間
毎年1月の 日過ぎになると、ダンボールに文化賞応
小倉編集工房 小倉 新一
ので、自費出版ネットワークの結成や自費出版文化賞の
20 10
一・二次選考委員を引き受けて
考の春先の作業も楽しいが、過去の作品との出会いもま
り わ け 第 2 回 文 化 賞 の 特 別 賞﹃ウ ザ ネ 博 士 の 一 代 記﹄
10
るで同窓会で旧知に会うような楽しみがある。
58
59 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
る。先に来たダンボールに詰めなおして、一次選考結果
めて選考終了となる。満足感、達成感を味わう一瞬であ
調整をする。最後に一次選考通過作品の講評一覧をまと
ら、それまでにパスと判定した作品を対比して、点数の
け て い く。一 次 選 考 パ ス︵4、5 点︶を オ ー バ ー し た
を書き込んで置く。あわせて◎、〇、△の総合評価もつ
とって、種々のメモ、講評の下書き︵感動の断片など︶
になる。毎回文化賞選考のノートを用意して、1点1頁
詰まってくる。いきおい自宅に持ち帰っての夜なべ仕事
があるが、日常業務で押せ押せになってだんだん日数が
みを重視してきた経緯がある。この考え方も一理ある。
ている。実はしばらくの間、グラフィック部門も内容の
容を重視する︵グラフィック部門は除く︶
﹂と明記され
ところで選考基準の中に、﹁装丁の良し悪しより、内
⋮⋮。
到 達 し て し ま っ た の で は な い か、な ど と は 考 え な い が
えてきたのだろうか。すでに最終選考委員並のレベルに
が、段々とわが意を得ることが多くなってきた。目が肥
気に喜びに変わる。実に情けない評価者である。ところ
員の考えと一致すると我が意を得たりとなり、不安が一
との意見の一致に拠るところが多い。さらに最終選考委
バーっていう代物は必要なんだろうか。よく言われる、
と こ ろ で、少 し 話 が ず れ る か も し れ な い が、あ の カ
わけで、当然装丁の良し悪しも重要な評価判断となる。
グラフィック部門は、外見からもう勝負は始まっている
あろうと質素であろうと、視覚に訴える冊子を評価する
これ見よがしの豪華本も結構多いのだ。しかし、豪華で
一覧を入れ、事務局へ送る。
グラフィック部門は見た目も
使い勝手も選考の対象
㈱文伸 川井 信良
きた。
バーなど付けないほうが良いのではないかと思う時があ
本も沢山ある。なら、そういう本は、読むのに邪魔なカ
出すという話。たとえそれが本当でも、書店に出さない
取次ぎからの返品後に、新しいカバーに代えてまた送り
他人の作品を評価するという作業は、恣意的にならざ
年間﹁グラフィック部門﹂を中心に選考に関わって
るを得なく、その不安を解消するものは、他の選考委員
10
60
次選考は、見た目の装丁と、読みやすさの装丁︵造本設
い。という訳で、グラフィック部門の第一次選考と第二
う 閉 じ な い、そ ん な 本 が 絶 滅 危 惧 種 に な っ て は い け な
製本の欠点である。本を開いて軽く押してあげると、も
てしまう本が多すぎる。残念ながら極一般的なのりづけ
もう一つ言わせてもらうと、手で押さえていないと閉じ
多い。こうなると引き立て役が邪魔物になってしまう。
くても手にとって本を開くと﹁スルリ﹂と抜けるものが
プロピレンフィルムを貼ったものが多いが、見た目が良
グラフィック部門は、このカバーにだまされる。ポリ
いいのだから。
を勧めたい。カバーを取って表紙を工夫して勝負すれば
る。みんながやっているからという程度なら止めること
た。最後の一節が忘れられません。そして第 回大賞の
みき江氏やお母様の志の強さと優しさが心に沁みまし
国からの引き揚げ体験を基にしたお話、著者である若松
門賞を受賞された﹃約束の夏﹄
。第二次世界大戦での中
最後まで水準の高い大河小説でした。第8回で文芸A部
小野三蔵氏の﹃浜町物語﹄。上下2冊の大作でしたが、
印象に残る3冊があります。第7回特別賞を受賞した
ぞれの本たち。1冊ずつ最後までていねいに拝読します。
丁を拝見しながら、著者の息遣いの聞こえるようなそれ
けます。年々レベルが高くなる応募作品の個性のある装
い本との出会いへ期待に胸を膨らませ、ダンボールを開
間、本好きの私にとっては至福の時間が続きます。新し
版 文 化 賞 応 募 作 品 が 送 ら れ て き ま す。こ れ か ら 1 ヵ 月
計︶も選考の対象になっている。ただしこれは、私たち
藍友紀氏の﹃祖谷渓挽歌﹄
。全5巻の大作は、読破出来
し、感動できることだと思います。私の選考の基準を問
新しい世界に出会えること、その世界に引きこまれ共感
思いました。本の素晴らしさは、いままで知らなかった
それぞれ受賞された時は、自分のことのように誇らしく
﹁これしかない!﹂と感動した本が二次選考にも残り、
まれていきました。
るか心配でしたが、読み始めるとドンドン物語に引き込
毎年2月初旬、ネットワーク事務局から、日本自費出
㈱ひかり工房 喜田りえ子
選考委員を体験して
アドバイザーや業者の問題である。
10
61 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
たらなと思っています。
そうした文化の継続、発展にささやかですがお役にたて
を与えてくれます。選考委員をさせていただくことで、
出版文化賞は、そうした本を発掘し、顕彰する良い機会
知らない素晴らしい本がきっとあるはずです。日本自費
りません。自費出版の本のなかには、まだまだ私たちの
であれ自費出版であれ、本の素晴らしさには変わりはあ
出会いの機会が増えたことに感謝、感謝です。商業出版
一次と二次選考をお引き受けして、素晴らしい本との
す。
われたら、迷わず﹁感動の深さ﹂とお答えすると思いま
館協会、自費出版図書館、日本自分史学会などの後援が
通知があり、出席すると朝日新聞社、小学館、日本図書
早速、自費出版文化賞プロジェクト会議があるという
のではないかと思い、すぐ入会を申し込んだのでした。
た。出版した本の紹介をしてあげれば顧客獲得に繋がる
時にネットワークの会員をも募集しているとのことでし
ターネットで著書の紹介をするという内容でしたが、同
日 新 聞 に 掲 載 さ れ た の は そ の こ ろ で す。有 料 だ が イ ン
や文化賞を制定して本格的な活動に入るという記事が朝
自費出版ネットワークが組織化され、インターネット
ら出版社のようなものを立ち上げていました。
決 ま り、ま た、選 考 委 員 に 色 川 大 吉、鎌 田 慧、中 山 千
夏、伊藤晋、土橋寿先生たちが当たられるとのことで、
大変な盛り上がりを見せている時でした。
いう講演と全国から集まった受賞者の晴れがましい表情
我が社の十年
第1回の自費出版文化賞の表彰式は東京ビッグサイト
趣味の俳句を纏めて句集を作ったのがキッカケで出版
に興奮したのを思い出します。
で行われましたが、色川先生の﹁自費出版と自分史﹂と
に興味を持つようになりました。
全国交流会、各種研修会、文化賞の予選など 年に及
㈲安楽城出版 黒坂 昭二
そんなところに句集の編集をして欲しいと依頼してく
製本所との交渉が出来るようになり、いつしか勤めの傍
る仲間が増え、一つ二つと手掛けているうちに印刷所や
自 費 出 版 ネ ッ ト ワ ー ク 発 足 時 に い た だ い た 資 料 を 別
ぶ体験は、私の活動の大きな支えとなっています。
10
62
ファイルで保管し時々読み返しています。そして企画が
つけることを、もっともきらっていた人でもあった。そ
録することをすすめられた。そして、その記録に優劣を
な資料の発掘と顕彰であり、自費出版の後押しでなけれ
創設は、あくまでも、放っておくと埋もれてしまう貴重
んな橋本さんに強く傾倒していた私にとって、この賞の
次々実現していった経過を見て自分を鼓舞しています。
大賞から文化賞へ
ば納得できなかった。
催、朝日新聞社の後援などは決まっていたが、最終選考
文化賞創設当時、日本グラフィックサービス工業会主
自費出版ネットワーク第1回総会で、
﹁日本自費出版
委員は決まっていなかった。その依頼も難航していた中
㈱清水工房 清水 英雄
文化賞﹂の創設が決まったのは 年7月のことである。
ん、第1回目の実行委員会のころだと思うが、
﹁自費出
に も 優 劣 を 競 う 賞 の ニ ュ ア ン ス が 拭 い き れ な い。た ぶ
て、私 に は 強 い 思 い が あ っ た。﹁大 賞﹂と い う と、い か
出 版 文 化 賞﹂に 名 称 変 更 を し て い る。そ の こ と に つ い
創設﹂となっていた。だが募集開始までには﹁日本自費
いま、新聞記事などの記録を見ると﹁自費出版大賞を
幸い、同じ考えのネットワークの仲間も多く、最終的
えていた。
で、﹁大賞﹂では引き受けていただけないのは、目に見
役がまわってきた。色川氏も橋本さんとは親しかったの
になり、同じ八王子市に住んでいて交流がある私に交渉
で、選考委員長に歴史家の色川大吉氏をお願いすること
化の顕彰が全国規模でスタートできたことを、いまでも
に﹁日本自費出版文化賞﹂として、国内初の自費出版文
る。
よかったと思っている。
ば語れない貴重な体験を持っていると主張し、それを記
た。創始者の橋本義夫さんは、全ての人は自分でなけれ
の文章運動といわれた﹁ふだん記﹂との出会いからだっ
私が自費出版に深くかかわるようになったのは、万人
版文化賞﹂に名称変更を強く主張したことを記憶してい
97
63 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
世紀は自費出版の時代
創栄出版㈱ 新出 安政
日本自費出版文化賞が創設された 年から、個人誌部
21
ら作れてしかも低コストで仕上げることができ、著者の
ニーズにも完全に応えることができます。
第3に、インターネットの普及は、無限に広がる販路
と、いつでもどこでも欲しい時に買えるというメリット
第4に、多品種少量生産、多品種少量消費の波が、出
が挙げられます。
門の第一次、第二次の選考に参加させていただいており
版業界にも波及してきており、一部の著名人や作家、有
ここ数年、高レベルの内容や、創意工夫が凝らされた
をしている一人です。
す。
版形態に移行せざるを得なくなってきていると思われま
営が困難となり、出版したい人が費用を負担する自費出
第5に、多品種少量消費の時代では、出版社の企業経
名人の作品だけでは多様化した読者のニーズに応えきれ
作 品 が 増 え、著 者 の 熱 意 と 真 摯 な 想 い が ひ し ひ し と 伝
広範に普及している自費出版を、新しい民衆文化、新
応募作品が毎年1000点近くもあるので、各選考員
わってまいります。確かに選考は大変ですが、このこと
るその大きな布石になると思われます。
日本自費出版ネットワークの取り組みは、 世紀におけ
した学術、文化、歴史、芸術の振興を目指すNPO法人
は自費出版業界の将来性にとても明るい兆しとなるもの
年ほど前までは一般の方々が書いた原稿を
しいメディアとして捉え、その普及を通じて地域に根ざ
た。
入力さえ出来れば、誰でも活字化できるようになりまし
さんでした。それが今日では、全くの素人でもパソコン
活字に出来るのは、印刷屋さんか、限られた一部の職人
第1に、
と思います。その変遷を辿ってみますと、
なくなって来たことです。
ます。早いもので、
年も経ったというから驚きです。
98
のご苦労は大変なものとお察し申し上げます。私も苦労
10
第2に、オンデマンド方式による本づくりは、1冊か
21
20
64
出版の魅力
㈱リーブル 新本 勝庸
と出合った後では、私という人間を変えてしまっている
のだ。もちろんすべての本がそういう力を宿していると
いうわけでは決してない。しかし、少なくとも本を出版
したいと思われる方たちには、人生を変えてしまった本
に携わり、共に喜び、売れないときは共に落胆する日々
える側の人間となる可能性を手に入れることに他ならな
本を出版する魅力とは紛れもなく、この本の魅力を与
人は本を出版したくなるのだ。
との出合いがあったのではないだろうか。だからこそ、
を 送 る よ う に な っ て、つ く づ く﹁本 の 魅 力 と は 何 だ ろ
い。
年ほど前に出版社を立ち上げ、いろいろな人の出版
う﹂と考えることが多くなった。
恋愛、結婚、子育て、仕事。どれをとっても、その本
﹁人の人生に喜びを与える存在となれるかもしれない﹂
たとえば﹁私、本を出したいんですが⋮⋮﹂と言われ
という希望が実現できるなら、車よりも価値があると考
ると、﹁この方にとって一番いい本とはどんな本だろう﹂
だ。
える人がいてもおかしくはないだろう。
質的な喜びとは、人の人生と深く関わる人生を生きるこ
以前、冬のボーナスを封も切らずに持ってこられた方
﹁おかげさまで人生の宝物ができました﹂
と考えずには出版することができなくなってしまってい
があったが、少し古びた彼の愛車を見ながら、この本を
先日出版された方の言葉がまだ耳に残っている。
とであるからだ。
出版しなければ新しい車が買えるのに、と思ったことが
私の心に残っている本たちはすべて、その本に出合う前
を通じて新しい自分を手に入れる﹂ということだった。
私の長い本とのつき合いの中から出した結論は、
﹁本
それほどの本の魅力とは何だろう。
あった。それでも彼はそのあと3冊ほど本を出したが、
る の だ。自 費 出 版 は そ れ ほ ど 安 い 買 い 物 で は な い か ら
10
65 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
自主的文化の発信に
が得られ、文字通りその認められた証として﹁日本自費
出版文化賞﹂の選考に加わることが許される。その重み
を肌で感じる人間がまた一人増えることを願っている。
の存在を知って入会したときは、正直はっきりとした将
東京グラフィックフェアで日本自費出版ネットワーク
である。
本自費出版文化賞﹂の選考をお引き受けしたときのこと
身の引き締まるような緊張を全身に感じた。初めて﹁日
宅急便の小さな白い箱が届けられたとき、思いがけず
えるものでもある。
は、私にとって探し続けていたかけがえのない答えと言
ように紙に刻む出版者の努力が詰まっている。その選考
を届けようとする人々、そしてそれを形として彫刻家の
し、そこには全国で自分なりの表現、唯一無二のことば
な白い箱の中身はただの雑多な﹁本﹂にすぎない。しか
版アドバイザーの試験というものを知らなければ、小さ
おそらく、日本自費出版ネットワークの活動、自費出
来のヴィジョンを持っていたわけではなかった。そのこ
私の暮らしている奈良では、 年に平城遷都1300
共同プリント㈱ 住田 幸一
ろ私は印刷会社の社長の椅子を先代から引き継いだばか
新しい基軸となる方向性を模索している状態だった。お
りで、事業の展望に一抹の不安を抱きつつ、なにかしら
賞﹂に繋がるような作品を発掘すべく、
﹁あをによし自
年 記 念 事 業 が あ り、そ こ で 今 度 は﹁日 本 自 費 出 版 文 化
記録をみると ︵平成9︶年7月5日に開かれた総会
㈱エヌケイ情報システム 筑井 信明
自費出版らしさとは?
費出版展﹂と題した催しを企画している。
10
客様から受け取る原稿を、ただ活字にして送り返す、そ
うした日々の仕事にやりがいを感じないわけではなかっ
たが、もっと自主的な文化の発信に寄与したいという思
いがどこかにあったのだろう。
現在、私を含めて社内に二人の自費出版アドバイザー
がおり、また新たに今年一人が認定試験に挑んでいる。
答えを探すための努力という厳しい自己鍛錬を経て資格
97
年間、毎年のスケジュールのなかに4月の二
ま っ た。そ し て そ の 年 の 秋、第 1 回 の 募 集 が 開 始 さ れ
の人はいなかったのだが、とにかくそこでやることは決
かという時期尚早論で、自費出版文化賞そのものに反対
れた。もっとも反対意見といっても少し早いのではない
意見、反対意見が次々に出され、会員間で議論が交わさ
も︵いまでは想像もつかないほど︶相当なもので、賛成
く、とても暑い日だったことを覚えている。会場の熱気
で﹁日本自費出版文化賞﹂の創設を決めている。空が青
のなかでの﹁自費出版らしさ﹂とは、出版のマーケット
版らしさが消えつつあるように思う。私の個人的な世界
うでないという人もいるとは思うが︶
、いわゆる自費出
いてみると︵もちろん、これはある種の主観だから、そ
作品が存在することはわかった。ただし、その内容につ
に多くの書籍が制作され、想像できる限りのジャンルの
自費出版作品のほうはどうなっているのだろうか。実
く繰り返されているのが現状のようである。
場では、新規参入企業も多く、倒産や撤退などが際限な
次選考会、6月の最終選考会、7月の表彰式がまず入る
うので、外面的なことをいうと手作りの本などもこれに
や流通を無視したとんでもないテーマの作品のことをい
た。以来
ということになった。
ものの責任は重くなっているはずだが、出版界のなかの
過大評価の感じさえする。その分、自費出版にかかわる
クもNPO化して以後、大分評価されるようになった。
︵ステイタス︶は上がったと思う。自費出版ネットワー
それでも、社会のなかでの自費出版というものの地位
かかえるようになった!
がする。
が︵形態だけにせよ︶そのマネをし始めているような気
が、商業主義から自由であるはずの自費出版=個人出版
出版との境目はますますなくなってきているらしいのだ
待に反した常識的なものが多い。自費出版とそうでない
凝っているので思わず手にとって見るのだが、大概は期
も見劣りのしない装丁、デザイン。おまけにタイトルも
ある。これも外面的なことをいうと、書店の棚に並べて
反対に増えてきたのが﹁自費出版らしからぬ﹂作品で
入る。
歳増えた! みんな、親の
11
介護、仕事の転換期、老後︵?︶など同じような悩みを
変わった。私たちの年齢も
あれから時代も変わったし、自費出版をめぐる状況も
11
数少ない成長分野とみられたためか、実際のビジネスの
66
67 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
年目の初心
第一印刷㈱ 則末 尚大 回目を迎えるんですね。毎年、選考の時期が来
た。当日の式の内容は記憶が定かでないが、あさひ高速
印刷㈱の岡社長の迫力のある基調講演が印象的であっ
た。初めてお眼にかかった大阪の佐藤孔房︵現・イデア
ル︶の佐藤社長も岡社長ともども鬼籍に入られた。まさ
に往時茫茫の感懐を禁じえない。
翌年から始まった日本自費出版文化賞の第一・第二次
選考委員の末席を汚して、平成 年まで務めさせていた
り、本を出したりすることは大事なことだと思います。
鳴をあげたのも、いまは昔の懐しい思い出となった。
く、一次選考で送られて来た作品の読み込みに嬉しい悲
だ い た。初 年 度 は 応 募 点 数 が 1 7 8 2 点 と 予 想 外 に 多
の大学セミナーハウスの﹁遠来荘﹂であった。4月も中
本づくりに関心をもっていただくことに役立てたとした
頃を過ぎると八王子は到る所に花水木の花が満開で、文
ら望外の喜びです。
げます。
字通り遠来の客を迎えてくれた。余談になるが、この花
25
日目の品定めが終ってからの懇親会がこれまた楽しい。
だけに甲乙つけ難く、侃侃諤諤の議論も見られた。第1
セミナーハウスで俎上に載せる作品は一次を突破した
閑話休題。
場附近ぐらいであろう。
三条大橋から都ホテルまでの三条通、宝ヶ池の国際会議
水木は京都では珍らしく、東海道五十三次の終点である
この運動︵?︶がこれからも続き、幅を広げていける
年前の1月 日、大阪チサン
11
ホテルで日本自費出版ネットワークが呱呱の声を挙げ
思い起こせばいまから
㈱北斗プリント社 波多野茂男
花水木の花咲けば
ことを願っています。
二次選考は清水代表幹事︵当時︶のお骨折りで八王子
る と、緊 張 で 心 が 震 え ま す。多 く の 人 が 文 章 を 書 い た
もう
11
関係するすべての方のご努力にあらためて感謝申し上
18
11
68
参加者は一村一品ならぬ地元の銘酒と名産品を持参すべ
出 る ペ ー ジ﹂
丁度そのころ、会社のホームページ、中高年の﹁元気が
わ ず 、八 王 子 で は 花 水 木 の 花 が 可 憐 に 咲 く こ と で あ ろ
のミサにエスケープしたこともあった。今年も時季を違
は続くのであるが、私はタクシーを呼んで八王子の教会
を除いて全員が雑魚寝をして1日目は終了。翌日も選考
が並べられ、自費出版談義は深夜まで続いた。後は女性
在員だった著者、細木正志著﹃商社マンのうちあけ話﹄
。
驚 い た。福 井 の 画 家、渡 辺 淳 著﹃山 椒 庵 日 記﹄。海 外 駐
いま改めて振り返ってみると、その多さに今更ながら
得てホームページに連載してきた。
く、私の琴線に触れた本を文化賞発表後、著者の承諾を
選考で目にした作品の中から入選するしないに関係な
と、半分取材も兼ねて参加した。
を立ち上げたば
http://genkigaderu.net/
か り で、自 費 出 版 物 に 良 い 本 が あ れ ば 紹 介 し て も い い
しとのお達しがあるので、私は伏見の一品と京漬物を持
う。
ち込んだ。遠来荘の畳の部屋に各地の選り抜きの酒と肴
年年歳歳花相似たり
琵 琶 湖 に 住 む 著 者 の 写 真 集、八 田 正 文 著﹃近 江 富 士 百
と韓国からむりやり連れて来られた少年との話の絵本、
ランスの風景と美食紀行﹄
。長崎で原爆にあったこども
藤太郎・佐藤義憲・丸山淳士共著、水彩画でつづる﹃フ
景﹄。札幌在住の画家、料理人、健康アドバイザーの伊
歳歳年年人同じからず
文化賞 年と
中高年の﹁元気が出るページ﹂
鶴文乃・能仲リエ著﹃明日が来なかった子どもたち﹄。
下町のお寺の住職が東京大空襲にあって書きとめておい
私は第2回目から一・二次選考委員として参加してい
著﹃里山のとんぼ﹄
。京都の猿を長期に観察しながら四
に生きるトンボの写真を集めた本、むさしの里山研究会
︱
た物を、そのご家族が本にした平田真弘著、増根桂子編
る。きっかけは、デザインプロダクションに勤めていた
昭和雑記帖︱ ﹃東京大空襲と浅草の寺物語﹄。里山
時に手伝わないか、とのお声がかかってのことだった。
中高年の﹁元気が出るページ﹂編集人 か
村上 芳信
10
増田テルヨ著、﹃火焔樹の下で﹄改題﹃フィリピンに暮
真集﹄。ご主人の赴任先のフィリピンで暮らした体験記、
季にわたり撮った、長棟道雄著﹃京の山猿 長棟道雄写
る。返答などあるわけもないのに、男はじっと耳を傾け
人間でさえ答えに窮する根源的な問いを次々とぶつけ
ですか?
ことを後悔していませんか? あなたの存在意義はなん
る。するとほんのかすかに、ソデの端から、ノドの奥か
す﹄。イ タ リ ア へ 一 人 で ス ケ ッ チ 旅 行 の、茅 野 玲 子 著
ら、コグチの脇から、本の叫びが聞こえてきた。
女 一 人 ス ケ ッ チ ブ ッ ク 片 手 に︱ ﹃ボ ン ジ ョ ル ノ ! イ タ リ ア﹄
。年平均1本紹介し、今年8月が文化賞と同
書曰く﹁夢の結晶なり﹂
﹁著者の分身なり﹂
﹁人生の集
大 成 な り﹂
。片 や﹁騙 さ れ た 挙 げ 句 の 燃 え 滓﹂と 憤 り、
ブームの落とし子﹂そんな恨み節さえ⋮⋮。
﹁妥協の産物なのよ﹂のすすり泣き。﹁
〝産めよ殖やせよ〟
内容で選ぶべき、編集の巧拙を問え、総合的に判断せ
あなたはどうして生まれたのですか? 生まれてみて
つかない様子で、ついには本に問いかけ始めた。
みたり。ときにはにおいまで嗅ぐ。それでもまだ決心が
つ眺めてみたり、骨董品を品定めするように軽く叩いて
悶々としている。目の前には十数冊の本。ためつすがめ
小さな部屋の真ん中で、一人の男が腕組みをしながら
数日間、大好きな本を遠ざけたくなるほどの疲労度を、
てしまう。そんな葛藤と相克による疲弊度を、選考後の
過ぎるあまり、毎年、文化賞選考期間はヘトヘトになっ
直、反駁できない。こんな方法で良いのだろうかと考え
そ れ が〝厳 正 な る 選 考〟な の か と 難 詰 さ れ る と、正
を聞けるか否かなのだと私は思っている。
に選考を決定付けるのは、五感を駆使した上で本の叫び
総合して選考しているつもりだ。でも結局、最後の最後
本の叫びを聞け
よ、言うは易しである。もちろん中身は吟味するし、編
どうですか? 自分の姿形に満足していますか? 中身
集の程度も頭に入れてある。造本設計から著者の声まで
のある造りになったと思っていますか? 生まれてきた
揺籃社 山﨑領太郎
周年になる。これからも面白い本との出会いを待っ
10
ている。
じ
︱
69 第1章 「日本自費出版文化賞」で見えてきたこと
70
でした。
てもいる、さる文化賞一次選考委員の言い訳めいた叫び
となればそれも判断材料になるのではないかと思い始め
本をぺろりと舐めたことはさすがにないけれど、いざ
をと思う。
厳正さの証拠物件Aとして法廷に提出し、どうかご勘弁
の皆様方の更なる御活躍を期待いたします。
自費出版の分野が益々活発になられますこと、また著者
以上、雑駁ですが感想を述べさせていただきました。 などが気になりました。
になるかと思いますが、中身の字配りや白頁の多いこと
かったでしょうか。そして、作品としての意図はおあり
考えすぎ、懲りすぎの装丁も
第一印刷㈱ 和田 信義
小生、印刷・文化・情報の経験は多いのですが、文筆
に対する評価についてはいささか抵抗があり、おこがま
しく思っております。専門分野である、印刷・企画・編
集については長年のプロとしての勉強は少々自慢しても
よ ろ し い の で は と 自 負 し て お り ま す。そ ん な こ と で 装
丁、編集、字配りという観点で感想を述べさせていただ
きたいと思います。
表紙、カバーのバランスが大変凝っているように見受
けられましたが、帯とのバランスが悪かったように思え
る作品が見受けられます。考えすぎ凝りすぎたのではな
第1回日本自費出版文化賞第二次選考会
八王子大学セミナーハウス「遠来荘」にて
第2章 ﹁日本自費出版文化賞﹂ 年のあゆみ
鑑﹄を毎年発行してきました。 年版だけが欠けていますが、この文化賞の運営
品、入選、受賞記録を中心に、自費出版に関わる情報を盛り込んだ﹃自費出版年
NPO法人日本自費出版ネットワークでは、﹁日本自費出版文化賞﹂の全応募作
10
年のあゆみをたどってみました。なお、
10
けなかった方は割愛してあります。敬称も略させていただきました。
で一部抜粋など再編集しました。また連絡の取れなかった方、転載許可のいただ
記載の肩書き・社名等は、年鑑発行当時のものです。再録にあたり、誌面の都合
その﹃自費出版年鑑﹄から、文化賞の
が、必ずしも平坦な道のりではなかったことを物語っています。
01
﹃自費出版年鑑1998﹄より
第 1 回 日 本 自 費 出 版 文 化 賞
刊行のことば
貴重な記録を後世に残すために
9月に設立されました。
http://www.
http://www.
まず、インターネットのホームページ︵
m m j p . o r . j p / J S H O M E=
/ 現在は
jsjapan.ne ︶
t/ に 自 費 出 版 書 籍 を 登 録 し て、情 報 の
発信と無限の可能性のあるデータベース化に取り組みま
年7月に開かれた第1回総会で、すぐれた自費出版
した。
物の顕彰と自費出版の振興を目的に﹁日本自費出版文化
全国規模の自費出版物を対象にした社会的事業である
賞﹂の創設を決定しました。
個人史部門賞を受賞された松井ソノさんの﹃行李と花
﹁自 費 出 版 ネ ッ ト ワ ー ク﹂は、社 団 法 人 日 本 グ ラ
として本当にうれしいことです。
れた作品があったと聞いています。この賞を運営した者
す。この他にも受賞・入選されたことで、新たに注目さ
て読者がふえ、故人の十三回忌を機に増刷されたそうで
記を、ご遺族が一周忌に出版された本です。受賞によっ
本自費出版文化賞﹂がスタートしたのです。
造詣の深い諸先生を選考委員にお迎えして、第1回﹁日
慧・中山千夏・伊藤晋・土橋寿氏など、自費出版文化に
ホ リ ゾ ン な ど か ら い た だ き、さ ら に は 色 川 大 吉・鎌 田
ハマダ印刷機械・リョービイマジクス・理想科学工業・
分史学会、協賛を富士写真フイルム・富士ゼロックス・
学館・丸善・日本図書館協会・自費出版図書館・日本自
主管運営することになりました。後援を朝日新聞社・小
ビス工業会に依頼して、私たち自費出版ネットワークが
ことから、主催を社団法人である日本グラフィックサー
年続けられた故松井ソノさんの手
フィックサービス工業会の会員有志を中心に、自分たち
非営利団体が行う﹁文化賞﹂の運営には、当初より経
富山で置き薬売りを
と海﹄が増刷されたと伺いました。﹃行李と花と海﹄は、
自費出版ネットワーク代表幹事 清水英雄
97
が製作にたずさわってきた自費出版書籍に光を当てるこ
30
とと、デジタル化時代の自費出版の研究とを目的に 年
96
72
73 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
作、あるいは公的団体の支援のウエイトがつよい本など
指 し て い る 人、明 ら か に 画 家・写 真 家 と わ か る 人 の 著
いる著作、プロ・ハイアマなど専門の研究家・作家を目
を審査対象とするかに始まり、すでに他の賞を受賞して
か、審査員の先生方を交えての会合を重ねました。装丁
りました。発足当時あいまいだった審査基準をどうする
済的、人的、組織的、さらに時間的な困難がついてまわ
はないかと期待しています。 している出版文化に新たな時代を築くことができるので
と回を重ね、自費出版の存在価値を高めることで、停滞
人のもつ表現へのエネルギーの強さでした。2回、3回
規模のものでした。そこにみなぎっているものは、日本
数、内容の重厚さなど、私たちの予想をはるかに上回る
つくことができたというのが実感です。しかし、応募点
4日の第1回﹁日本自費出版文化賞﹂の表彰式にたどり
中には、一人で2冊、3冊と応募してきた人もいます
いないため、その全容が明らかになっていません。本書
地位を占めていますが、統一した統計や収集が行われて
自費出版物は、日本の出版・情報文化のなかで一定の
は審査対象から除外することが、走りながら確認されて
頁参照︶
が、ほとんどの方が一生に1冊で、その人の生涯をかけ
が日本の自費出版書籍の本格的な情報を提供するための
いきました。︵選考基準は
た著作が多く、私たちの尺度で選考していくことに不安
第一歩となるよう、今後努力していきたいと思います。
﹁日本の庶民には潜在的にすぐれた表現能力があるの
最後に、この文化賞の選考委員長をつとめられた色川
です。それを引き出していくことは、非常に大切な文化
といった苦悩の連続でした。その結果、最終選考委員の
と鎌田氏から言われてしまうほどでした。それを一ヵ月
事業です。誇りをもって取り組んでいただきたいと思い
先生の表彰式後の記念講演における感動的な言葉をおか
ちょっとの短期間に読んでいただくというハードスケ
ます﹂
りして、結びといたします。
ジュールで、最終選考会を開いていただきました。
先生方にダンボール詰めの本を送りこんでしまうことに
各方面の多くの方々のご協力をいただきながら、7月
な り、
﹁こ ん な に 沢 山 の 本 が 送 ら れ て き た の は 初 め て﹂
作品を二次選考に回し、複数の選考委員に読んで欲しい
をいだきながら一次選考に臨みました。なるべく多くの
76
社団法人日本グラフィックサービス工業会
会 長 金子政彦
ばかりの自費出版ネットワークの、その結成の熱気をそ
のまま日本自費出版文化賞の創設に向けていこうという
意見。これらが賛成論の内容でした。
一方の慎重論は、自費出版ネットワークがまだ組織さ
れたばかりで、これほどの大事業をやり切る力があるか
どうか、財政面を中心に懸念される部分が多すぎると、
趣旨には賛成しながらもリスクの大きさを指摘していま
を社団法人日本グラフィックサービス工業会と自費出版
自費出版ブーム﹂と言われる現在、日本自費出版文化賞
賞の存在は大きな励みになるという意見。また﹁第3次
ました。自費出版本の著者にとっても日本自費出版文化
版を強く世にアピールすることができる点を強調してい
賛成論は、日本自費出版文化賞の創設によって自費出
のでした。
すから、大手印刷企業ではなく中小印刷会社がその制作
が、1点当たりの印刷部数は数百部というものが殆どで
自費出版本は毎年3万点から4万点発行されています
確信が持てました。
文化賞はこの熱意に支えられて必ずや成功するだろうと
責任感がひしひしと感じられたからです。日本自費出版
版﹂に対する深い思い入れ、その担い手としての自負と
くしは強い感銘を受けました。参加者の多くの﹁自費出
業会会長として来賓席でこの議決を拝見していて、わた
した。
ネットワークの共同事業として創設することで、自費出
の 大 半 を 担 っ て い ま す。特 に わ た く し ど も 日 本 グ ラ
ネットワークの第1回総会に臨席したときのことが、印
版本の制作を担う中小印刷業界の存在感を強く世に押し
フィックサービス工業会に加盟している2000社近く
長い議論の後、大多数の拍手で日本自費出版文化賞の
出せるという意見。日本グラフィックサービス工業会の
創設が決定されましたが、日本グラフィックサービス工
会員有志が中心になって結成され、最初の総会を迎えた
象深く思い出されます。この総会で﹁日本自費出版文化
年︶7月5日に行われた自費出版
97
賞﹂の創設が提案され、賛否両論が熱っぽく議論された
いまでも、昨年︵
日本自費出版文化賞の創設をふり返る
74
75 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
社の会員
感じられる印刷企業と受け止められていると存じます。
ステムによって、自費出版本の著者の皆さんには身近に
た現在でも、デジタルデータをそのまま取り込む印刷シ
ワープロやパソコンで原稿を作成されることが多くなっ
た企業が多いため、少部数のページ物印刷を得意とし、
の印刷企業は、過去に謄写印刷、タイプ印刷を行ってい
になっております。ますます、自費出版したいという著
しても、従来以上に少部数の印刷需要に応えられるよう
にありますから、文字物印刷にしてもカラー写真印刷に
現在の印刷技術の革新はオンデマンドを指向する方向
根の文化活動に寄与していくものと思われます。
版本を刊行しようという著者を増加させ、我が国の草の
自費出版ネットワークの活発な活動は、必ずや自費出
者の皆さんの期待に応えられる印刷業界に変わりつつあ
そのような業界特性があるために、 年に
有志が集まって自費出版ネットワークが結成され、参加
る、そのように認識していただいてかまわないと思いま
19
を呼び掛けたところ、最初の1年で 社に、そして第1
96
ンも少しずつ増えているということで、業界活動の従来
会会員以外の印刷会社、出版社、企画編集プロダクショ
て拡大した年でもあり、日本グラフィックサービス工業
また、この1年は自費出版ネットワークが外に向かっ
かで最も活発なグループになっております。
回日本自費出版文化賞は成功することができました。
さんの有志の皆さん。こういった皆さんのご協力で第1
当で運営に当たってくれた自費出版ネットワークのたく
にあたってくださった各先生、それに文字どおりの手弁
ております。後援と協賛をいただいた各社、真剣に選考
きなご厚意に支えられて成功することができたと感謝し
す。
の殼を打ち破っていく可能性も感じられるところです。
表彰式でお会いした受賞者の皆さんの喜び、感謝は、
回日本自費出版文化賞を実施したこの1年で141社に
ぜひ自費出版ネットワークには自費出版本の制作にか
以上に列記させていただいた関係者の皆さんに全て差し
今回の第1回日本自費出版文化賞は、多くの方々の大
か わ る、企 画 編 集、印 刷、出 版 の 業 者 を 広 範 に 組 織 し
じます。
上げて、主催者としての感謝とさせていただきたいと存
思います。
て、自費出版の質的向上と量的拡大を推進して欲しいと
も増えるという、日本グラフィックサービス工業会のな
78
76
容をもっているか
こういった点から評価をおこないました。
以上の結果、大賞には岩本晢さんの﹃学童疎開体験﹄
が選ばれました。これは国民学校5年と6年の兄妹の葉
第1回自費出版文化賞の
最終選考に当たって
■最終選考委員会終了後の記者会見での発言から
書を綴りながら、庶民の一体験をベースにして、幅広い
地域文化部門賞は堀口英昭さんの﹃秩父の祭と行事﹄
高い作品に仕上がっています。
視野でその体験を歴史状況のなかに捉えかえした、質の
年6月1日 於・吉祥寺東急イン︶
︵
色川大吉委員長
を選びました。これは 年代から、 数年にわたって秩
父全域を記録した写真集です。
受賞者は地域的にも全国に及んでおり、その意味でも
バランスのとれた選考結果になったと考えております。
個人誌部門は故松井ソノさんの﹃行李と花と海﹄が選
おんりょう
話を追求する中で、次々に村の共同体の隠された謎が解
で、民俗的な研究を踏まえて、自分の町の百姓一揆の民
研究評論部門賞は曾根幸一さんの﹃七人童子 怨 霊 考﹄
でした。
版にならない、純粋で鮮烈な激しい思いを書いた長編詩
が、長 編 詩 集﹃ 募 集﹄が 選 ば れ ま し た。こ れ は 商 業 出
ぼっしゅう
文 芸 部 門 は、5 部 門 中 最 も 多 く の 応 募 が あ り ま し た
書いて欲しいとの願いをこめて選びました。
くできている作品です。多くの人々に自分史を積極的に
選考にあたっては、厳しい基準を設けたわけではあり
5 研究書や研究評論、研究エッセイではすぐれた内
りしているか
4 長期間にわたる民俗の変化を記録したり研究した
界で生きた庶民の生涯がよく綴られているか
3 ほとんど筆を執ったこともない、文字と無縁の世
高い質をもっているか
2 商業出版に乗れない内容と、自費出版ならではの
ティアなどとの接触を十分経てまとめられたものか
1 地域での着実な調査を踏まえて、あるいはボラン
ばれました。これは自分史の典型的な作品で、非常によ
30
ませんが、自費出版文化賞の目的にふさわしい、
60
98
77 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
究者でなくてはできない仕事で高く評価されました。
きあかされていく、みごとな作品でした。地域密着の研
います。
いという選考委員の気持ちがこの奨励賞には込められて
でもこれだけの文章が書ける、他の人々にも書いて欲し
であり、採算を考えたらできない出版です。若山牧水の
れは総ページ数が4000ページはあろうという超大作
もう一つは樋口昌訓さんの﹃若山喜志子私論﹄で、こ
特別賞を設けて顕彰することになったものです。
優れた、自費出版ならではの言葉で書かれた点が、急遽
にできていて印象深かったのですが、小説として文章も
小説集が獲得しました。造本自体も手作りでとても奇麗
特別賞の一つは﹃百姓読﹄という三田村順次郎さんの
同じような試みが出ればよいと考えています。
すが、﹃岡山の面影﹄の受賞がキッカケとなり、各地で
最初、宅急便でたくさん本が送られてきて、他の賞の
るのが分かった。
文化の底辺、モノを書く習慣が底深く、広く広がってい
までが見えてきた。外国の例は知らないが、日本の活字
つ勉強されている姿、いままで見えなかったそういう層
る世界だが、今回それらよりもっと広く、地方でこつこ
もあってある程度全国に知られているもの、つまり見え
いろいろな地方に郷土史家がいて、そういう人は著書
とができた。
以上に、というか遥かに高い水準の作品に多数触れるこ
自費出版文化賞は日本ではじめての試みだが、思った
鎌田慧委員
グラフィック部門は、多田光さんの﹃岡山の面影﹄と
いう作品が選ばれました。戦災にあった岡山の街を丹念
に歩き回って、元の姿を思い起こしそれをスケッチした
妻で、かつあまり知られていない歌人である若山喜志子
選考委員も経験があったが、せいぜい 冊程度しか送ら
もので、日本の主要都市はほとんどが戦災に遭っていま
の生涯と仕事、そして人柄を追跡した大作です。
い、皆読めっていうのかい。ひどい目に遭った﹂と思っ
来て、こんなことは初めてだったので、﹁どうするんだ
れて来ないものだが、今回はその何倍もどっと送られて
りがとう〟が言いたくて⋮﹄を選びました。急死した恋
奨 励 賞 は、出 版 当 時 歳 だ っ た 小 林 直 美 さ ん の﹃
〝あ
10
人のことを綴ったものですが、立派な文章であり、少女
16
78
と質をもった作品も多く、いま出版文化が形骸化して来
まとめ直せば、立派に商業出版として出せるような内容
作り方によっては、つまりプロの編集者の力を借りて
の間までの日本が見えて、選考は楽しい仕事だった。
だ滅びてはいないがしかし滅びかけているもの、ついこ
日本の共同体の中にあって、滅びかけているもの、ま
た。日本の活字文化を再認識できた。
選考に当たった方が絞り切れなかったんだなと得心でき
と、それぞれ甲乙つけがたく、選考に迷った。前段階で
たものだが、実際に1冊1冊手にとって選考をはじめる
世界ならではのことだと思う。
ても、たいへんな体験だったが、これも自費出版という
本屋さんでは出会えない文芸に出会えた。私自身にとっ
巧みに処理してみごとな長編詩を構成していた。普通の
が、この作品は足でよく調べ、資料を集めて、時として
文 芸 の 中 で も、こ と に 詩 は 机 上 の も の が 一 般 に 多 い
持ちで長年詩を書き続けて来た赤山勇さんの作品。
ういう作品だった。戦争を風化させたくない、という気
ないだろう︱ 文芸部門賞を獲得された﹃ 募 集﹄は、そ
ないが、題材としても難しく、出版社には買ってもらえ
と思った。もちろん人を引きつける文芸でなくてはなら
ぼっしゅう
ているが、そこでとり残された部分を自費出版が埋めて
いる、安心感と力強さを感じた。
伊藤晋委員
いくらい良い作品が幾つもあった。
き受けした。主として文芸部門を見たが、落とすのが辛
して、自費出版を活性化するお手伝いができればとお引
消費社会の中で渦巻いている商業出版とは別の世界と
も、商 業 出 版 と は 異 な る 特 異 な 存 在 で あ る と い う 点 で
し て い る と い う こ と、同 じ 本 と い う カ タ チ を し て い て
強く感じられたのは、自費出版は独自の文化財を形成
なった。
う作品を選ぼうとしたが、選考結果は満足できるものに
の作品、自費出版の良さを実現していることで、そうい
私が選考基準としたのは、いかにも自費出版ならでは
文芸に優劣をつけるのは難しいし、好きでもないが、
中山千夏委員
今回は基準として﹁自費出版故に出せた作品﹂を選ぼう
79 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
あった。
個人誌部門を中心に見たが、各人各人の人生に対する
ひたむきな思い、意欲的な生き方がひしひしと伝わって
きて圧倒された思いがする。
生きた証を残したいという著者の気持ちを実感でき、
自費出版という方法はすばらしいと再認識した。
私のひとこと
初めての選考体験
−
支えられています。第1回では 名の方々に協力を
■日本自費出版文化賞は多くの一次、二次選考委員に
いただきました。一次選考では、送られてきたすべ
ての作品を手分けして読み、約300点を選考。二
ですが、2日間にわたる選考委員会を開催し、この
次選考は、交通費も出ないまったくの﹁自費参加﹂
色川先生が提唱した自分史を専門にしているが、伊藤
中から約 点の入選作品を選びました。
大賞、後者を個人誌部門賞とすることができて良かった
位にするかと、二人で悩みに悩んだが、結果的に前者を
李と花と海﹄の2作品はどちらを1位にしてどちらを2
ろくほど評価が一致していて、﹃学童疎開体験﹄と﹃行
先生と一緒に個人誌部門を担当した。二人の意見はおど
土橋寿委員
27
自費出版の編集者から
の創設で日本文化に大きな寄与をしているという点を強
主催者の日本グラフィックサービス工業会が、この賞
分で負担すること﹂と甚だ明確である。研究社の新和英
物を出版するのに、その費用を出版業者に負わせず、自
広辞苑第4版︵ 年︶によると﹁自費出版﹂とは﹁書
波多野茂男 ︵北斗プリント・京都︶
調しておきたい。
なと、最終選考に当たられた他の先生方に感謝したい。
50
大辞典第4版第 刷︵ 年︶にも
publish one's book
とあり、この語が広く一般に定
at one's own expense
91
28
93
80
着してきたことが窺える。
予想以上にレベルは高く、一般に流通している本と遜色
た。夏目漱石﹃草枕﹄の研究書である。大学の先生には
のないものがかなりあった。私が最も注目したのは、仙
できない掟破りの手法で書かれた研究書で、私は一読し
台市で不動産鑑定士をされているらしい高橋巌さんの
時の喜びは、著者以上のものがある。
十年来、専ら自費出版に関わって来て、職業作家でな
大正・昭和の激動期の戦争体験を軸として書かれた傘
て気に入ってしまった。この本のお陰で長く忘れていた
く極く普通の庶民︵あまり適切な表現とは言えないが︶
寿 の 方、障 害 者 と し て 世 間 の 偏 見 と た た か い な が ら ユ
﹃草 枕﹄を 再 読 す る 機 会 を 得、さ ら に 漱 石 の 最 高 傑 作
﹃草枕異聞 陸前の大梅寺︱ 即天去私への軌跡﹄であっ
ニークな創作童話集を出版された娘さん、社会人学生と
きた。
﹃明暗﹄も再読し、大変貴重な知的体験をすることがで
の熱い思いを文字・画像を媒体としてカタチに仕上げた
して大学に学び冠句の資料発掘に努め、成果を上梓され
﹃陸前の大梅寺﹄は今時珍しいA5判8ポ1段組で4
た主婦の方など、1冊1冊の作品には限りない思い出が
あり、著者とのお付き合いが現在も続いていて、正に編
54頁もある。さらに、現在読んでいる﹃明暗﹄の研究
と私は老眼鏡を調達しなければならない。
くする傾向がある。もっと光をあてて欲しい。さもない
しまった。研究書の類は定価を下げるために文字を小さ
書は8ポ2段組407頁もあり、すっかり目があがって
集者冥利に尽きると言える。
ボランティア選考で老眼進行
柴野毅実 ︵玄文社・新潟︶
研究評論部門の一次選考は楽しかった。もともと好き
なジャンルで、ただで沢山の本を読むことができた。こ
の 分 野 は 商 業 出 版 で も、最 も 部 数 が 出 ず 儲 か ら な い か
ら、優れた作品が数多く自費出版に流れてくるだろう。
81 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
自費出版文化の素晴らしさを痛感
岩根順子 ︵サンライズ印刷・滋賀︶
を楽しみにしている。
さらに、こうした作品の誕生までのお手伝いができる
仕事に携わることの幸福感を感じた、今回の審査であっ
た。
さらなる﹁文化賞﹂を目指して
費出版文化の素晴らしさを痛感したものである。回を重
調査研究を1冊の本として後世に語り伝えていくこの自
くても、人々の日常の生活の歴史や、庶民の等身大での
れ感動を覚えた。そして同時に、商業ベースには乗らな
ものが多いが、選に入らなかった作品の多くにもそれぞ
今回入賞した作品には自費出版ならではの特色のある
読み進めていく中で読み取ることができたからである。
も、1冊の本が誕生するまでの過程をでき上がった本を
接、その書籍が発行されるまでの経緯にふれていなくて
る こ と の 困 難 さ を 感 じ た こ と も 少 な く は な か っ た。直
かを直接、審査するという役を受け持ったが、甲乙つけ
事の一つである。今回、全国から寄せられた作品の何点
たいという多くの著書の力作に目を通すことができまし
二次選考に立ち会うことができて、自費でも作品を残し
以上ない舞台だと思いました。幸いその文化賞の一次、
ネットワークの﹁日本自費出版文化賞﹂の誕生は、これ
れ る 場 が ほ し い。そ ん な 夢 を 見 て い た の で、自 費 出 版
そうした作品が多くの人の目に触れて、正しく評価さ
はいつも持ってきました。
たからです。優れた作品、残す価値の高いものを作る志
た。そんな苦労を最初から承知で始めた出版の仕事だっ
あります。必死になって著者と二人三脚で取り組みまし
費用の用意ができないという人の出版を引受けたことも
た文章を本にしたことがあります。出版に見合うだけの
余命三ヵ月という癌の宣告を受けた人が、枕元で書い
黒坂昭二 ︵安楽城出版・東京︶
ねるごとに、さらに大きく自費出版文化が開花すること
身もそして一緒に作業を進める人も、もっとも楽しい仕
生観やお人柄に触れるという温かみのある仕事で、私自
行ってきた。この仕事は、なによりも、著者その人の人
昭 和 年 代 の 初 め の 頃 よ り、自 費 出 版 の 印 刷 業 務 を
50
82
後はもっと大規模な﹁賞﹂に育てられると確信していま
して大きな反響のあった﹁日本自費出版文化賞﹂を、今
この文化賞の趣旨に合っていると思いました。初年度に
い、すがすがしい気分で読み終えることの多い作品が、
し ろ 心 を 打 ち ま し た。売 ら ん か な の 姿 勢 の 全 く 見 え な
ではないからこの位の体裁でといった控え目なのが、む
自分の本だからこのような形でとか、売るためのもの
た。
を引き受けて一番強く意識させられたことであった。そ
こに光りを当てるのだ、その想いがボランティア審査員
といえようか。これこそ自費出版の真骨頂であろう。そ
メントを第一義とする商業出版とは一線を画す刊行姿勢
にめぐりあうことができた。ともすればエンターテイン
の追悼集など、知らず知らず襟を正さざるを得ない作品
が不治の病で苦しむ闘病記、平和運動に生涯を捧げた人
や、自ら障害者として障害者運動の最前線にあった著者
での立ち回り先の人たちとの心温まる交流を描いたもの
今回、第1回の文化賞からそんな作品が大賞や各部門
であったろう。
れは地域文化部門やグラフィック部門などでも同じこと
す。
作品の充実した内容に圧倒される
賞に選ばれたことを満足に思う。最終審査に当たられた
ての強い手応えがあることを強調されていた。同感であ
審査員諸氏もまた、選ばれてきた作品に自費出版物とし
日本自費出版文化賞は全国で毎年3万∼4万にのぼる
る。
小倉新一 ︵小倉編集工房・埼玉︶
自費出版物に光りを当て、文化の香り高い労作を世に紹
介することを目的に設けられた。その第1回を実りある
ものにするために、我々日頃自費出版のサポートをさせ
ていただいている者が、その経験を生かし選考のお手伝
いをすることになった。
私が担当したのは個人誌部門だったが、長年の置薬業
83 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
読書感想は選考たり得たか
久我幸寛 ︵ユメディア・新潟︶
た。
出版の原点を目指す姿勢に拍手
ての読後感想等で選考したのだった。これは優れた小説
が。そして、解決を持ち得なかった私は、読者個人とし
変 わ っ た ス タ イ ル ⋮⋮ な ど と 勝 手 に 思 っ て は い た の だ
切ってはくれなかったのだ。少しでも若い人、少しでも
老練な作家の手になるものが大部分で、私の疑問を吹っ
予想どおり応募作品は、地方の文芸誌の同人、それも
書家への啓蒙⋮⋮?﹂と。
ろうか、出版の奨励のためなのか、褒賞か、はたまた読
う な 疑 問 が 大 き く な っ た か ら で あ る。 自「費 出 版 文 化 賞
の小説部門とは、小説家たる者の発掘のためにあるのだ
その時は、次第に苦痛な面を持ち始めた。次第に次のよ
覚的に示し、私をわくわくさせた。しかし楽しいはずの
ルの箱に詰め込まれた本たちは、読書に浸れる時間を視
日本グラフィックサービス工業会が、ここのところに
ずいぶん遠いものになってしまっている。
あったはずなのだが、現今の出版の業態からは、それが
れ を 世 に 問 う、と い う こ と が 出 版 と い う も の の 原 点 に
一人の人間が自分の人生を懸けて1冊の本を書く、そ
版界はいま再販制度の見直しを迫られている。
りにもったいないのではないか、と弱点を衝かれて、出
だ。これを断裁してもとの紙屑に帰してしまうのはあま
で も い う べ き 現 象 で あ る。そ の 結 果、4 割 以 上 の 返 品
こんなに多くの本が要るはずがない。まさにバブルと
するまでになった。1日平均160点あまり。
発行によってその規模をふくらませてきた。それを維持
の高度成長とともに、出版社もまた週刊誌や大型全集の
長い間、出版社の中にいて本を作ってきた。日本経済
秋林哲也 ︵編集者・神奈川︶
集を選考するという結果として、間違いでなかったはず
着目して﹁日本自費出版文化賞﹂を設定したことに拍手
ある日、宅配業者によっていきなり届けられた段ボー
だが、いまでも気にかかっているところである。他の応
運営するために、年間6万点、 億冊という書籍を発行
募 作 を 読 み、他 の 委 員 の 意 見 を 知 り た い と こ ろ で あ っ
16
84
こ と を 教 え ら れ た。良 い 仕 事 に 参 加 さ せ て も ら っ た と
一次と第二次の選考に当たったが、それを通して多くの
には、その大事なものが篭められていると思う。私は第
第1回の応募作品1782点の1冊1冊の自費出版本
を送りたい。
集に結実した、その著者の喜びをしっかりと受けとめる
にある被写体を長年撮りつづけてきて、いま1冊の写真
選考の仕事は、なかなかに興味深いものだった。身近
いし、全体の構成もよく工夫されていて、感心した。
選考を通過した作品は、アマチュアとしては写真がうま
阪神・淡路大震災をテーマにした作品もあった。第一次
自費出版文化賞が多くの心ある人たちのご尽力で創設
話 を 小 社 へ い た だ い た と き、
﹁こ れ は い い 賞 に な る な﹂
され、その一次選考に参加させていただいたことに感謝
視る目を問われて
作業であったと思う。
思っている。
著者の喜びを受けとめる作業
岩瀬隆志 ︵朝日新聞社文化企画局・東京︶
との予感を抱いた。運用次第では、社会的にも意味のあ
申し上げます。全国各地で内容の豊かな、造本上も優れ
則末尚大 ︵第一印刷・北海道︶
る大きな賞に成長する可能性を秘めていると思う。
た書籍がこのようにたくさん出版されていることにまず
昨年、自費出版の賞を創設したいので後援を、とのお
すこし前まで出版局で 年近く仕事をしてきて、
﹁ア
サ ヒ グ ラ フ﹂
﹁アサヒカメラ﹂そして写真集の編集にか
どの本もそれぞれ特長があり、甲乙つけがたい内容で
驚きました。
れていることを感じました。
動しました。そして審査にあたる私自身の視る目が問わ
かわったので、グラフィック部門︵写真集︶の第一次選
冊 の 写 真 集 を 見 た。山 や 川、花 々 な ど 身 近 な 自
あり、著者の思いが見事に表現されていることに深く感
約
考をお手伝いさせていただいた。
30
然、ふるさとの背景を撮ったものが多かった。中には、
40
85 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
た作品もなんらかの形で残されるこの制度が、今後も継
ちによって運営されたことも素敵なことです。選に洩れ
の初々しさで競い合う、この文化賞が大勢の普通の人た
売ることに力点を置いた本よりも、中身の濃さ、表現
とは嬉しいことでもありました。
念なことですが、選ばせていただいた数点が入選したこ
私どもで応募した作品がことごとく選に洩れたのは残
るが、身を乗り出して聞き入る人が多いのには少々驚い
話は変わるが、いろいろなところで自費出版の話をす
る。自費出版の選考は本当に罪つくりだ。
く な い な、と 思 っ て も み た が、出 会 い が 楽 し み で も あ
1冊1冊への思いは強いものがある。来年は引き受けた
ナス点を探してしまう自分に気がついた。それだけに、
のコンクールとは違う、とわかってはいるが、結局マイ
喜びと、同時につらい思いも味わった。この審査は普通
1度目をとおした本をまた手にして読み返す。夜遅くま
間に及ぶ第二次選考会は、それほど真剣なものだった。
らく批判の声はあがらないだろうと自負している。2日
た方々が選考会審査のようすをご覧になったなら、おそ
数を自分の費用で出版するだけだろう。そんなひっそり
分の研究や人生についての著述を行うとしたらごく少部
る。最近の世の中を見ると余計そう思う。そんな人が自
想かもしれないが、私はそんな気持ちをいつも持ってい
えば聖人︶は世の中に地味にひっそりと生きている。幻
大隠、朝市にあり︱ 本当に優れた人︵昔の言葉でい
筑井信明 ︵エヌケイ情報システム・埼玉︶
豊かな人生を垣間見る
に ⋮⋮。活字文化の本流はきちんと動いている。
ている。商 業 出 版 物 の 売 れ 行 き が 落 ち 込 ん で い る の
続されることを願ってやみません。
活字文化の本流は動いている
大庭 繁 ︵東京グラフィックサービス工業会︶
私の推薦した数冊の本は、第二次選考の最後のふるい
で、また、朝早くから気になる本をチェックし、苦渋の
にかけられて惜しくも涙をのんだ。もし、今回応募され
思いでノミネートからはずす。すばらしい本に出会えた
86
と消えてしまう本に︵あるいは著者に︶出会いたい。自
費出版ネットワークにはそんな気持ちもあって参加して
いた。
見た目の良いものが⋮⋮
外にも価値のある本がたくさんある。これを紹介する場
の人生を豊かにするものだと思っている。入選した本以
自費出版文化賞を継続して行くこともささやかながら私
する人間の力はすごいもんだと感じたことも多い。この
いかもしれないが︶人生を垣間見ることができた。持続
背後にあるその著者の豊かな︵必ずしも幸せとはいえな
きた人生をこつこつと書き溜めた本の存在、そしてその
コミにも登場しない地域の自然や文化財、自分の生きて
が大勢いることもわかったが、行政にも無視され、マス
目が捨てられない今日このごろを過ごしてしまってい
来年の審査こそは、見た目でなくと思いつつも、見た
そろ学習効果なるものが効いてくれないかと思った。
ずしも見た目順の推薦にはならず、懲りない自分にそろ
査となった。長い時間をかけて拝見させていただき、必
ても、見た目の良いものが気になり、結局見た目順の審
しかし、面喰の私はなかなかそれができない。どうし
じゃないよ、中身だよ﹂という考え方に近い。
い﹂と い う 内 規 が あ る。そ れ は﹁人 間 は 顔 や ス タ イ ル
今回の審査基準に﹁原則として装丁は審査対象にしな
川井信良 ︵文伸印刷所・東京︶
を作るのが次の仕事だ。
る。
今回の第1回自費出版文化賞では意外に俗っぽい著者
技術的な感想をいうと、レイアウトや印刷技術、装丁
は商業出版に負けない立派なものが多くなっているが、
肝心の内容に、誤植やミスがあるものがかなりあった。
目を覆いたいものもあった。どんなに形を作っても問題
は内容である。間違いのないテキストは基本中の基本で
ある。自分も含めて制作に携わる者は心していきたいと
思う。
第1回日本自費出版文化賞入賞者 大 賞 学童疎開体験 岩本 晢 神奈川県
■入選作品
◇地域文化部門
明治末期の暮し︱丹後の宮津にのこされた資料より 西川久子 京都府
近江中山芋くらべ祭り 岡本信男 滋賀県
野仏巡礼 三村正臣 大阪府
ウトロ︱置き去りにされた街 地上げ反対! ウトロを守る会 京都府
ヒタカミ黄金伝説 山浦玄嗣 岩手県
秩父の唄︱秩父山村民謡2 栃原嗣雄 埼玉県
聞き書き︱奥羽山系に拾う︱マタギの残映 グラフィック 岡山の面影 多田 光 岡山県
研究・評論 七人童子怨霊考 曾根幸一 香川県
文
芸 詩集 募集 赤山 勇 香川県
個 人 誌 行李と花と海 松井ソノ 神奈川県
地域文化 秩父の祭と行事 堀口英昭 埼玉県
育児ネットワーク 埼玉県
あそぼうよ︱上尾子育て情報マップ1996
ケセン語入門 山浦玄嗣 岩手県
中山史︱芋くらべの里 岡本信男 滋賀県
私のサイノカミ︵道祖神︶入門 原本哲也 大阪府
玉野の治山 砂走正義 岡山県
郷右近忠男 宮城県
特 別 賞 百姓読 三田村順次郎 福井県
じゃごたろバンザイ︱胆沢町の夏 トンボと蛍のす 奨 励 賞 〝ありがとう〟が言いたくて 小林直美 茨城県
〃 若山喜志子私論 樋口昌訓 長野県
︻部門賞︼
87 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
む水の郷づくりの記録 渡辺美智子 岩手県
96
88
1997年11月15日 朝日新聞の社告
◇個人誌部門 一粒の山椒の実︱ポストマン人生 年を生きた やれば開ける見えてくる︱山畑生活・老後の 年 中島弘子 東京都
ひとり生かされて︱戦争孤児の歩み︱
大沢三好 神奈川県
私のアルバム日記︱昭和史の試み︱
松島文雄 埼玉県
40
みえない月 一見幸次 三重県
◇文芸部門 前田忠広 埼玉県
国の大義の名のもとに︱草莽の証言・私の昭和史 マニラ新聞︱私の始末記 青山広志 東京都
大森絹子 大阪府
タイ山岳民族カレン︱国際保健医療活動の現場から 鈴鹿源流 辻 涼一 滋賀県
浮舟宣武 大阪府
あるかぐや姫の旅立ち︱さよかよ安らかに眠れ 谷 勝三 兵庫県
10
短歌随想 まんさくの花 的場信輝 山梨県
句集 秘色 岡田貞峰 東京都
時 雫 槙みちゑ 東京都
﹁火﹂以後 渓さゆり 神奈川県
秧鶏の唄 友清恵子 東京都
津和野 三浦義之 山口県
増田昭雄 長野県
大陸に燃えた日々︱開拓義勇軍とシベリア抑留思い出の画集 ボタニカルアート画集 沢田佳歩 東京都
関東の風景 小泉 実 千葉県
蝶からのメッセージ 難波通孝 岡山県
ふるさと長良川 後藤 亘 岐阜県
石橋の詩 上原晴夫 熊本県
四季丹沢 白井源三 神奈川県
◇グ ラ フ ィ ッ ク 部 門 近江の連歌・俳諧 木村善光 滋賀県
欽明という時代 池田定通 愛知県
邪馬台国の位置と日本国家の起源 鷲崎弘朋 東京都
森 哲郎 東京都
15
自費出版ネットワークの募集パンフレット
オール見世物 カルロス山崎 東京都
草かげの小径 北原礼子 神奈川県
鎌倉行進曲 五十嵐英壽 神奈川県
わが酒屋うた 高木謙次郎 宮城県
抗日漫画戦史︱中国漫画家たちの 年戦争
水俣から未来を見つめて 水俣病訴訟弁護団 熊本県
小倉と原爆 工藤瀞也 福岡県
陸前の大梅寺 高橋 巖 宮城県
三島由紀夫解釈 島田 亨 長野県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 89 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
﹃自費出版年鑑1999﹄より
第 2 回 日 本 自 費 出 版 文 化 賞
自費出版の光と影︱ この1年を振り返る
自費出版図書館館長 伊藤 晋
上記の三つの賞を比較してみると、
てのジャンル
﹁日本自費出版文化賞﹂︱ 自費出版した書籍を応募、全
﹁私の物語・日本自分史大賞﹂︱ 商業出版した書籍も応
募、自分史に限定
﹁北九州市自分史文学賞﹂︱ 原稿応募、自分史文学に限
定
このような差異はあるものの、全国規模という共通点
の表彰式が盛大に行われ、現在は第3回の応募が
賞﹂︵㈱雄松堂書店主催︶などがある。いずれも全国規
﹁自分史大賞﹂
、自費出版に限定していないが﹁ゲスナー
が あ っ た。こ の ほ か、原 稿 応 募 の 週 刊 ダ イ ヤ モ ン ド の
行われている。年を追って自費出版文化が確立さ
地方版の賞
なってかなりあるようだ。
模という共通点がある。このほかに小規模の賞は最近に
87
れていく様子が実感できて嬉しく思っている。
今年︵ 年︶7月に第2回日本自費出版文化賞
99
自費出版に関する賞として大きなものは三つある。そ
Ȗ 従来の全国的規模の賞
私 は﹁新 潟 出 版 文 化 賞﹂が﹁新 潟 県 の 文 化﹂に こ だ
のものである。
賞﹂は、新潟県内在住者の自費出版に限定した新しい型
これらの賞に対して、今年創設された﹁新潟出版文化
れ は﹁日 本 自 費 出 版 文 化 賞﹂
︵ 年から 自費出版ネッ
わっているらしいことに共感している。将来、地方の文
:
ト ワ ー ク︶と、﹁私 の 物 語・日 本 自 分 史 大 賞﹂
︵
97
98
:
ら 日本自分史学会︶と、﹁北九州市自分史文学賞﹂︵
年から
:
北九州市︶である。
国版の﹁日本自費出版文化賞﹂があるという具合になる
化にこだわった各県別の﹁自費出版文化賞﹂があり、全
年か
1 新 し い 賞 の 出 現

90
のもいいなと考えている。
で、ジャンルを問いません。﹃これは自分史だ﹄と思わ
史﹄か ら、エ ッ セ イ 集、俳 句 や 短 歌 の よ う な 詩 歌 集 ま
設名は自分史センターとあるが、﹁⋮⋮いわゆる﹃自分
れる作品ならどんなものでもお寄せ下さい﹂とある。
なお、自費出版とは限っていないが、地方の出版文化
回を迎える。
賞としては愛媛新聞が行っている﹁愛媛出版文化賞﹂が
あり、今年で
私が﹁㈲自費出版図書館﹂を開設した時は、事前に、
自費出版関連の図書館は、小規模ながら昨年までに各
ものだが、
﹁日本自分史センター﹂はこれからどうする
な問題にある程度の結論を出していて、それから始めた
何を集め何を集めないか、分類をどうするかなどの大き
地にできた。そして、今年末には春日井市の自分史セン
春日井市の自分史センター
年 月にオープンした愛知県春日井市の施設﹁文化
﹁㈲自費出版図書館﹂には蔵書が約12000点余ある。
今 年 5 月﹁ホ ー ム ペ ー ジ 自 費 出 版 図 書 館﹂
︵現 在 =
ば、いま私の手元に、自分史に関しては﹁出版年度別出
出 版 に 関 す る か な り の 統 計 資 料 が 得 ら れ て い る。例 え
﹁ホームページ自費出版図書館﹂のデータから、自費
望すれば、その情報も掲載する予定である。
の貸出のみに限って行っている。また、著者が販売を希
が、現在は貸出しするためのスペースがなく、来館者へ
︶を立ち上げ、そこでは、9月
http://library.main.jp/
現在4000点の蔵書を紹介している。順次ふやして、

存、閲 覧、情 報 発 信 を 目 的 と し た﹁日 本 自 分 史 セ ン
の書類を見ると、自費出版と限定していない。また、施
だ1100点と聞いている。寄贈を呼かけているが、そ
﹁日 本 自 分 史 セ ン タ ー﹂の 蔵 書 は、本 年 9 月 現 在、ま
どを含めた複合文化施設で、立派な建物である。
万冊︶・ギャラリー・視聴覚ホール・交流アトリウムな
本自分史センターの外に、春日井市図書館︵収蔵能力
フォーラム春日井﹂の文芸館の中に、自分史の収集、保
﹃ホームページ自費出版図書館﹄
のか見守っていきたい。
70
ターが開館する。また、当﹁㈲自費出版図書館﹂では、
2 自費出版関連図書館の動向
15
最 終 的 に は 全 点 紹 介 す る。貸 出 に 応 じ る つ も り で あ る
11
タ ー﹂が 開 設 さ れ る。﹁文 化 フ ォ ー ラ ム 春 日 井﹂は、日
99

﹁ホームページ自費出版図書館﹂を開設した。
91 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
版点数﹂﹁職業別出版点数﹂﹁年齢別出版点数﹂それにそ
れぞれの男女別統計資料などの数字がある。自費出版に
3 著者の動向
書店販売希望者の増加傾向が続く
統計資料の一部を掲載しよう。当館の自分史︵自分で
は当館が少しずつではあるが公表していくつもりである。
の傾向は、未だに増加し続けているようである。著者は
が目立つようになったのは、ここ数年のことである。そ
一般書店で自費出版書を売ってみたいと希望する著者
関する統計資料は、従来あまりにも乏しかったが、今後
書いた自分の歴史書︶は823点、そのうち共著などの
﹁儲けようとは思っていない﹂
﹁自分の本が書店で売られ
︹年度別︵5年ごとの集計︶男女別出版点数︺
左記の表の通りである。
67
見 つ か れ ば 満 足﹂な ど と 謙 虚 な 発 言 を す る が、本 音 は
﹁もしかすると2万部や3万部は⋮⋮﹂と考えている方
∼
∼
∼
∼
∼
8 1 9 0 9
6 1 7
500冊も売れればベストセラー、1000冊も売れれ
いって、書店に並べただけでは100冊だって怪しい。
が 多 い よ う だ。ジ ャ ン ル に よ っ て 異 な る が、一 般 的 に
∼
∼
計 557 138 170 109 61 34 20 10
99 95 90 85 80 75 70 65 60
∼
199 46 69 36 27 11
若い人の自分史
トラブルに発展する。トラブルに関しては6で触れる。
従って、著者の思惑通りに売れるわけもなく、とかく
の世界の常識である。
ばまれに見る大ベストセラーと考えていいのが自費出版
∼
年度 男 女 計︵点︶
ているのが嬉しい﹂﹁見知らぬ読者が一人でも二人でも
点をのぞいた756点の﹁年度別男女別出版点数﹂は

は該当するものがない。当初、若い人が自分史を書いて
の問い合わせが、今年数件あった。残念ながら、当館に
若い人の自分史を見たいというマスコミや研究者から

92
756 184 239 145 88 45 28 11
93 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
さ ら に、本 年 9 月 に﹁エ イ ジ ン グ メ ッ セ 早 稲 田﹂
ターネット上で発表しているようだ。
い る と い う こ と を 飲 み 込 め な か っ た が、現 実 に、イ ン
フォーラムの機関紙﹃自費出版ジャーナル﹄に順次発表
販売を行った。それぞれの結果報告は、自費出版編集者
﹁自費出版編集者フォーラム﹂では、次のような展示
で、私は﹁自分史のすすめ﹂の講師をしたのだが、自分
年8月
年1月
されている。
日∼9月 日、丸善日本橋店
日∼2月
た。
30 30 25
年9月 日∼ 月
99 99 99
卒業後の人生設計を変更せざるを得なくなったため、
  
自費出版書の展示販売イベントは、本と読者の出会い
続いて、丸善岡山店、丸善津田沼店などでも開催予定
る。
の場として結構効果的との評価がなされており、今後も
自分を見つめなおしてみたいと、そのためには自分のこ
若い人が自分史を書く動機は、純粋に自分を見つめな
様々な組織が開催するものと思う。
5 出版社の動向
自費出版の部門、ないし子会社を持っている大手の商
地域本の展示販売をした。その結果については、この年
﹁自費出版ネットワーク﹂では、今年度の総会の時に
に参入する動きがあった。例えば文藝春秋・学研が静か
こへ、ここ数年、新たに大手商業出版社が自費出版業界
社などがあり、それぞれ数十年の歴史を持っている。そ
業出版社として、講談社・岩波・中央公論・主婦と生活
鑑または自費出版ネットワークのホームページ上で発表
した。
に参入しているようだし、今年は小学館・新潮社が参入
増える傾向にある。
されるのであろう。このような自費出版書の展示販売は
4 自費出版書の展示販売イベント
いるのだが、どんなものだろうか。
皆に知って欲しいという願望のためではないかと考えて
おすため、また、このような私がここに存在することを
である。
日、丸善名古屋栄店
12 11 15
れまでを振り返って自分史を書いてみたいとのことであ
10
日、伊勢治書店︵小田原市︶
史を書きたいという若い大学生がいて、彼女の話が聞け
in
94
小学館も新潮社も、本格的に自費出版業界に参入した
ないが、人件費程度は稼げるはずである。
る。商業出版と異なり、大きな儲けを生む付加価値こそ
か ら 、原 稿 が 絶 え る こ と な く あ れ ば 成 立 す る 商 売 で あ
ところか。自費出版は著者が経費を負担するものである
傾向にある商業出版界が、自費出版に目をつけたという
単行本の総売上げのみならず雑誌の総売上げまで減少
出版のトラブルを真正面から取り上げた。
それが今年、夕刊紙と業界紙ではあるが、3紙が自費
た例はあるが、詳しい報道がなかった。
ある。これまでも新聞や雑誌でトラブルが取り上げられ
館﹂に寄せられる相談の中には結構な件数のトラブルが
出 て こ な い も の で あ る。し か し、当﹁㈲ 自 費 出 版 図 書
内では時に話題になることがあってもなかなか表面には
日の﹃夕刊フジ﹄である。原稿を見て、
各社とも状況判断をしている段階なのであろうか。しか
自社媒体を使って宣伝しているにとどまっているのは、
ん、別の男性、ある女性の三例のトラブルが紹介され
う 自 費 出 版 大 手 の N 社 が 取 り 上 げ ら れ、N 社 と A さ
Aタイプ、Bタイプ、Cタイプに分類して出版するとい
まず4月
し、大手商業出版社が大々的に自費出版業界に参入して
ている。
ことを現在はまだ大々的には広告していない。せいぜい
くれば、既存の自費出版社にかなりの影響が出ることも
この﹃夕刊フジ﹄の記事をめぐって、自費出版編集
14
考えられる。例えば文芸作品の場合であれば、新潮社か

である。そのような意味合いで、自費出版業界も幾分か
すると大きな影響があるのではないかと懸念されるから
なれば、文芸作品中心の既存の自費出版社には、もしか
ら出版したいという著者が多いことが予想されるし、と
9月 日の﹃新文化﹄は一面を﹁トラブル目立つ自
掲載した。
通信﹂が﹁フジ紙の記事が自費出版に波紋﹂と題して
を組んで大問題にしていることを、6月7日の﹁文化
者フォーラムの機関紙﹃自費出版ジャーナル﹄が特集
自費出版社と著者との間で発生したトラブルは、業界
6 トラブル
の変貌をとげるきっかけになるかもしれない。

30
版の欺瞞﹂としてS社に疑問を投げている。また、同
﹁誤解招く商法はやめてほしい﹂としてN社、
﹁共同出
費出版﹂のテーマで埋めた。渡辺勝利氏の寄稿では、

紙の記者は、著者A氏が自費出版専門のJ書店と販売
契約料でトラブルになった例を紹介している。
さて、自費出版社と著者の間で発生した卜ラブルは数
多いとはいっても、
﹃新文化﹄にも書かれているように
という事実に注目しなければならない。
﹁そのほとんどは、一般書店に流通させたケースである﹂
近年、原因はともあれ、自費出版書を一般書店で売り
たいという著者が増えている。自費出版業者にとって、
これは確かにビジネスチャンスだ。しかし、自費出版書
が売れるようになったわけではない。著者が考えている
ほ ど 売 れ る も の で は な い に も か か わ ら ず、全 く 安 易 に
個 人 誌 夕張新炭鉱の大事故 赤石昭三 北海道
社会教育大学歴史研究科飛古路の会 長野県
森 納 鳥取県
第2回日本自費出版文化賞入賞者 大 賞 日本盲人史考 ︻部門賞︼
自費出版書の意義は? 自費出版書を一般書店で販売す
文 地域文化 史的ニ上田 る意義は? について、自費出版業者も著者も真剣に考
グラフィック ふれあい 相場浩一 新潟県
仲山智子 新潟県
芸 ムササビとたはぶれた日々
える必要があると考えている。
があるのではないか。私は、商業出版と対比した形で、
だろうが、もっと根本的なところにトラブル発生の原因
か、共同出版の欺瞞というのも大きな問題には違いない
トラブルが発生しているように思う。誤解を招く商法と
﹁一般書店で売ってあげます﹂式の商売をするところに
95 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
佐藤正美 岩手県
特 別 賞 ﹁ ウザネ博士﹂の一代記︱新田山開拓の回想︱
読む方言辞典︱秋田県能代・山本編︱
浦田 遊 北海道
﹁久摺﹂第七集 釧路アイヌ文化懇話会 工藤泰二 秋田県
小林 寿 東京都
小さな小さな箱から︱脳腫瘍と小林太也 父の日記より︱
旅のスケッチ︱画文集 沖田明彦 大阪府
鈴木評詞 北海道
ことば星とおり︱鈴木評詞遺稿集︱
◇個人誌部門 奨 励 賞 武四郎千島日誌︱松浦武四郎﹁三航蝦夷日誌﹂より 榊原正文 北海道
図説・団塊の世代史 木村章一 愛知県
〃 モリー・マガイアズ︱実録・恐怖の谷︱
〃
久田俊夫 愛知県
〃 松木千鶴詩集 松木千鶴詩集刊行会 東京都
■入選作品 ◇地 域 文 化 部 門 有明文化圏讃歌 鶴記一郎 福岡県
毛利権一 福井県
堤防︱暴れ川九頭竜を制した男たち︱
mamaぽおと高知編集室 高知県
元気なお年寄りたちに魅せられて︱ 歳のアメリカ
アメリカの風︱ゆれる家族︱ 宮城正枝 香川県
ガーナ通信 浄弘由実子 東京都
小幡祥一郎 東京都
皇居造営︱宮殿・桂・伊勢などの思い出︱
遠藤 覚 神奈川県
鏡のはなし︱遊び半分面白半分︱
受け継ぐ︱新潟の老舗︱ 岩村文雄 新潟県
4週間ホームステイ︱ 沼みどり 千葉県
mamaぽおと高知︵1・2号︶ 越前北谷物語︱むらの歴史︱ 石井昭示 千葉県
安本直弘 東京都
改訂四谷散歩︱その歴史と文化を訪ねて︱
いのち再現 日比野元実 岐阜県
花嵐 ︱女たちの大正デモクラシー︱ 仙崎章夫 東京都
61
96
波涛を越えて︱特別輸送艦海 号航海記︱
浪岡芳男 東京都
◇文 芸 部 門 ハルビン一九四六年 黒羽幸司 秋田県
バオバブと砂漠︱西アフリカ三国旅行記︱
盛弘仁/恵子 兵庫県
﹁共生き﹂は 世紀のキーワード 田中瑞穂 岡山県
離反と融合 柴野毅実 新潟県
人 魚 田代青山 兵庫県
余花の雨 村上光子 千葉県
死刑囚のうた 田中雪枝 東京都
粉搗き小屋 宮岡あかり 東京都
書いてまた消すごはんの便り 河村秀敏 鹿児島県
近江を描く 岩田重義 大阪府
私の八高線今・昔 千島和男 埼玉県
ミクロファンタスティック 西永 奨 富山県
ひとときあかし 貴島千代彦 大阪府
思い出の花と山 海野澄子 埼玉県
飛 翔 横手一敏 熊本県
ぼくは中学2年生 練尾登志子 香川県
◇グラフィック部門 ひむがし 最東 峰 栃木県
天気晴朗に御座候 瀬川欣一 滋賀県
ああ宮ヶ瀬 熊坂 實 神奈川県
の2部門に分けて募集することになりました。
セイ・詩集・童話︶
、B︵歌集・句集・川柳︶
前田正裕 東京都
ラテン・アメリカと海︱近世対日関係外史︱
魔界への遠近法︱泉鏡花論︱ 吉村博任 石川県
第3回より、文芸部門をA︵小説・戯曲・エッ
上海の舞台 伊藤 茂 愛知県
ヒロシマを生きる 山本良雄 滋賀県
21
105
﹁反戦平和﹂の源流をたどる 高柳泰三 岐阜県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 97 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
﹃自費出版年鑑2000﹄より
第3回日本自費出版文化賞
座談会
自費出版の使命とネットワークの役割
設立5年を迎えた自費出版ネットワークの幹
事が、今日の出版文化の中で自費出版の役割
月 日、東京で︶
や使命、さらにネットワークの果たす役割に
ついて語る ︵ 年
出席者
15
筑井信明︵埼玉・㈱エヌケイ情報システム︶
新出安政︵宮城・創栄出版㈱︶
清水英雄︵東京・㈱清水工房︶
黒坂昭二︵東京・㈲安楽城出版︶
小倉新一︵埼玉・㈲小倉編集工房︶
岩根順子︵滋賀・サンライズ出版㈱︶
柴野毅実︵司会 新潟・玄文社︶
11
山崎良幸︵東京・㈲ ポピー︶
■コンビニ化する出版社・書店
年間の出版点数がついに7万点を超えたそうです。
−
逆に出版不況は深刻化する一方で、文芸書の出版では定
評のあった小澤書店も倒産してしまいました。
本が売れないのとは逆に出版点数は増えています。大
きい出版社だと、取次に本を卸したその時点でお金がも
らえるわけです。あとで売れようが売れまいが、本を出
︻清水︼大手は委託に出すとお金が入ってくるのです
しさえすれば、その時にはお金になる。
か。
︻岩 根︼は い、入 っ て き ま す。う ち な ん か が 扱 っ て い
るものでも %は入ってきます。
出版点数が増えると、書店に置く期間がどんどん短
−
く。中身は大したことないのだけれど。
けだけで広告宣伝をして、それが話題になって売れてい
︻山崎︼売れるか売れないか分からない状態で、仕掛
場に投入するわけです。
ければ売れないほど、本を出すサイクルを短くして、市
格差はあるのですけれども、大きいところほど優遇
−
されていてすぐにお金が入るのです。だから本が売れな
50
00
98
99 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
から、他の商品と違うんですよ。
われない。しかし本は文化というものがからむ問題です
え方が支配的になってきています。質の問題があまり問
ンビニ化だと思うのです。そういうシステムというか考
もった出版社なり書店がどんどん減っていく。一種のコ
経済的に唯一成り立つ状態になっています。ポリシーを
法で、本の寿命も一ヵ月ももたないというような手法が
るに話題性にのっかって、大量生産・大量消費という手
︻山 崎︼某 出 版 社 の よ う に、仕 掛 け を つ く っ て、要 す
んの分析を山崎さんひとつ⋮⋮。
くなりますね、そうするとなおさら売れない。そこらへ
化を守っていく人がいないのですね。
いような状態です。ちゃんとした発言をしたり、精神文
出版は地場産業ということですが、優秀な人材はほ
−
とんど東京に出てしまっていて、地方文化が成り立たな
の使命でないかという気がします。
です。信念をもってやっていくのが自費出版を承る業者
地域のことを一番わかっているのはそこに住んでいる人
のであっても、誠意をもった対処が必要だと思います。
ような本になるのではというときには、どんな小さなも
ひょっとしたらこの本は誰かが利用して、何かを調べる
い と い う こ と を、や か ま し く お っ し ゃ っ て い ま す。
︻岩根︼大手出版社にできないこと、また流通には乗
はやっぱり自費出版というのは、はっきり言って地場産
きなさいという結論めいたことになったんです。地域で
けれど、地域の文化を大事にしながら出版業をやってい
考える﹂というシンポジウムの話の中であったことです
︻岩根︼日本書籍出版協会京都支部の﹁京都の出版を
方でテーマにあたっていく必要性も、十分に話しておく
本を作っていることにはなりません。大局的なものの見
と思います。原稿を受けてそのまま印刷するのは本当の
げて書きやすい状況づくりをすることも、我々の仕事だ
す。そのためにはターゲットを決めてテーマを作ってあ
な い 地 の こ と は、地 元 の 人 が 自 分 の 言 葉 で 語 る べ き で
それぞれの土地にあります。外からでは十分に理解でき
らなくても残しておくべき地域の文化のようなものが、
業に近い、私はそう自負しています。
ことが大事です。
■商業出版から自費出版へ
自費出版編集者フォーラムの伊藤さんなんか、自費出
じ
版であっても、内容をきっちりと吟味しなければいけな
︻新出︼また最近は、自費出版も軽薄短小になりやす
ポイントだろうと私は捉えてるんです。
かを、私たち業者がしっかり教え込んでいない。ここが
地方文化と言えば、地域のことをこつこつ研究してい
なっていくということはあるでしょうね。あまり劇的な
︻清水︼たしかに、これからの方が書くことが少なく
■地域文化の担い手として
確かに商業出版ばかりでなくて、自費出版にもバブ
−
ルがありました。最近困っているのだけれど、ある老人
る人もいますね。こういうのは商業出版では扱ってくれ
い傾向にある。自分を残すというのはどういうことなの
が格言を集めていて、図書館に行って写してくる。ノー
ないから、われわれ自費出版をやっている会社の仕事に
体験がないとか。
トに何冊かたまった。これを本にしてくれという。僕は
が多かったわけではないでしょ。それを書かせるように
︻清水︼もともと自費出版というのはそんなに書く人
のですが、他でとられてしまっています。
のですよ。種まきが大好きで時には肥料までやっている
種まき専門の会社だったので、刈り取り方がわからない
︻岩根︼断る勇気って必要ですよね。うちはもともと
さん方が 人位集まって、本を出しているんです。
のある場所が結構残っているんですよ。そこで、町の奥
︻新出︼仙台では二十人町とか五十人町とかいう歴史
大事な仕事であると思っています。
たり、団体の活動記録を作るとか、周年誌も自費出版の
思います。地域の人々が自分たちのまちの歴史をまとめ
︻岩根︼自費出版は個人が出版するものに限らないと
ていることになります。これを大事にしたいです。
なってきます。中央文化に対する地域文化の一つを担っ
というか、そんな雰囲気を僕らがつくってきたと思って
﹁やめてくれ﹂と言いたい。
いるんですが。
ただ 歳代、 歳代の人たちは体験の重みがあった
−
から自然にそうなった。それから下の年代ではなかなか
80
そうは動かない面があるんです。
そういう動きはあるということですよね。
−
■激動の時代を振り返り未来に生かす
︻清 水︼良 く も 悪 く も 世 紀 は 激 動 の 時 代 で し た。文
20
70
10
100
101 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
明というか生活面では画期的な発展をとげ、随分豊かに
特に文芸、俳句とか短歌の場合は、自費出版が中心
−
ですよね。本当に本を作りたいという熱意を持っていま
は別にありません。
すよね。
なり便利になったけど、逆に環境や教育など文化面では
世紀が産み出したもの
負の遺産もたくさん残してしまったでしょう。新しい世
紀 を 切 り ひ ら い て い く に は、
す。われわれはあまりに現在しかみていなかったという
そういうことは文化的使命として大事なことだと思いま
︻筑井︼自費出版ネットワークの設立意義からして、
おさないとだめなんでは。
︻山崎︼俳句は若い人に結構流行っていますよね。外
を狙います。
から、いろいろなコンクールに応募して俳句総合誌の賞
︻黒坂︼そんなことはないですよ。若い人は聡いです
ちというのは。
︻筑井︼老齢化しているんじゃないですか。書く人た
歴史的な反省があります。これからは、過去を重要に考
国人もやりだしていますしね。
︻岩根︼俳句、短歌は結社の主宰者の影響が大きいの
ところで文芸とか詩歌とかは自費出版に一番近い分
−
野ですが、その辺はどうですか。
︻筑井︼どんどん新しいのができているんだ。
張っているので、若手は窮屈に感じているようです。
ろには若い人が集まります。伝統のある結社は古老が頑
ではないですか?
︻黒坂︼私は自費出版したものが売れるとは考えてい
持つ人も出て来ています。
てもらえなかったけれど、いまは 年位で自分で結社を
︻黒坂︼俳句結社と言っていますね。主宰の若いとこ
ません。仲間に口コミで買ってもらうか、せいぜい同人
︻黒坂︼そうです。昔はなかなか新しい結社を持たせ
気がします。対象者が全国におり、地域や年齢的な制約
句集、歌集、詩集などは、自費出版に一番向いている
0部位の出版が多いですね。
雑誌の紹介記事や広告で売れる範囲の300部から50
■文芸の分野での自費出版
えていく時代になるのじゃないでしょうか。
失ったものをしっかり捉えなおして、そこから出発しな
20
10
102
■自費出版と流通
大事な問題として、これから自費出版を流通にのせ
−
ることが課題になっていくと思うのですが。
︻清水︼流通で一番難しいのは、自費出版する人が委
すけれど、だいたい平均550部くらいです。
注文販売の場合、ほとんどが営業活動をしないし、本
屋さんに並びません。委託販売しか本屋さんに並ばない
んだということを明記しておく必要がありますね。
地方限定ならいいですけれど。
−
︻清水︼地方限定だと、書店さんを直接歩いて置いて
に近いわけでしょ。
会 社 は、自 社 の ホ ー ム ペ ー ジ で、こ う い う 本 が で ま し
そんなに期待できないです。ただ自費出版をやっている
︻岩根︼インターネットで本を売るということ自体は
最近、インターネット上での書店が伸びてきていま
−
す。わたしなども利用しますが、これを自費出版の流通
■インターネットで本は売れるか
もらっているんですけど。取次ぎを通して全国の書店に
た、この著者は誰です、こんな内容の本ですということ
託販売を望んでいるということです。全国の書店に自分
委託で置いて欲しいとか、そういう相談もときどきくる
をお知らせするということは必要です。これは本を売る
つらいです。
︻筑井︼やり方次第では、売れる場合もあるというこ
れていくようにすることだと思うのですよ。
以前のサービスだと思います。そういうことが、本を売
の本が並ぶという。ところがほとんどそれ、 %不可能
けど、いまはうちでは全部断っちゃっています。ほとん
︻新出︼僕の場合は委託販売ですが、仲継ぎの星雲社
と結び付けられないかということですが。
ど返品ですよ。返品の本はいたんじゃってね。見るのも
に宣伝してもらっています。そこから取次店へ行き、全
う ち の 本 も そ う し て い ま す し、自 費 出 版 も 入 れ て い ま
で、
﹁買い物籠﹂方式で本を買えるようにしています。
︻岩根︼努力しているところは、インターネットの上
とですね。
書店を歩いたり電話をした
り。そういうような努力をしないと売れません。100
ね。だ い た い 1 点 に つ き
国 の 書 店 に 並 び ま す。一 方 で 私 た ち が 営 業 し ち ゃ う の
99
0部作るとして、悪くて300部、良ければ完売なんで
30
103 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
くったのですが、この本がDEFという聾唖者のメーリ
この間﹃手話讃美﹄という手話教育の先覚者の本をつ
す。
に載せるとともに、自分で潜在的な読者に知ってもらう
らなければ買えません。ということは、インターネット
うのは手軽なんですよ。ただし、どんな情報があるか知
︻筑井︼本に限りませんが、インターネット注文とい
と い う 宣 伝 を し て も ら い ま し た。そ の お 蔭 で イ ン タ ー
ムに属している人でしたから、自分で本を出しましたよ
私のところで、オンデマンド出版の実験も兼ねて、あ
努力を別にしていないといけないわけです。
件ぐらいのペースで注文がきまし
ングに乗って1日に
冊程度だったのが、それをきっ
います。
ネットで数十部は売れましたが、知らない人があのペー
かけに爆発的な反響があって驚きました、インターネッ
︻筑井︼インターネットで本が売れないというのはあ
る人の詩集を出しました。パソコン通信の詩のフォーラ
る程度事実です。本は書店で衝動買いする割合が多いで
ジを見て買うなんてまず考えられないですよ。
ところで自分史のブームは結局何が原因になってい
−
るわけでしょう。
■自分史ブームとは?
︻新出︼ブームっていわれるの好きじゃないな。
ただし、知っている本は買えます。それから、信頼感
のあるひとなどが薦めている場合。いまの岩根さんの場
︻小倉︼自己を強烈に考える時代だから、これから以
降ずっとそうだと思うんだけれど。
合がそうですね。知っている著者の新しい本だったら買
こか限界がありますね。
︻小倉︼やっぱり時代がバックにあるんじゃないです
︻新出︼楽天市場とかインターネット上のサイトがあ
すが。
りますね。あそこと契約してやるというのが多いようで
時 代 の せ い で す か、年 代 に よ る も の で は な い で す
−
か。
う。でも、まだインターネットの本の販売というのはど
い﹂できないですね。
か 表 紙 の 絵 ぐ ら い の も の で し ょ う。そ れ じ ゃ﹁衝 動 買
すが、インターネットで流す情報はせいぜいあらすじと
トは本の紹介と同時に読者サービスをすべきものだと思
た。それまでは、月に
20
10
104
いということにつながる。そういうことを 年前の人た
いう一抹の寂しさがあって、やっぱり何か残しておきた
を言いますよね。自分が死んじゃったら何も残らないと
か。それを考えると生きた証を残したい、そういうこと
という崇高な考え方の人がいるんだよね。これを書いて
には人間の生き様を歴史的な記録としてまとめておこう
記録だそうですよ。そういう書く動機があって、結果的
思い出、それから自分のルーツ探し、驚いたのは青春の
しゃっていた自分の人生を振り返ること、まさしくそう
おけばだれか見てくれるだろうというような。先程おっ
なんですって。思い出を書いていると面白くてしょうが
ちはあんまり考えなかったんじゃないですか。文字を書
なんて考えられなかったしね。
ない、熱中するんだそうです。
わけだから、それを単に自分で考えるだけでなくて、文
︻筑井︼高齢者は思い出の中で生きている部分もある
このへんで自分の一生を振り返って、自分の一生は
−
何だったのかという気持ちで書く人もいますよね。
まず、出版不況の問題があり、商業出版が文化の担い
す。
い け ば い い の か、方 向 性 が 見 え て き た よ う な 気 が し ま
版ネットワーク﹂がいまどういう立場にいて、何をして
■自費出版ネットワークの役割
章にして残すという、非常にその期間は幸せらしい。
出版物が自費出版の方へと流れているというお話。積極
︻清 水︼皆 さ ん の お 話 を 伺 っ て い て、私 た ち﹁自 費 出
﹁生き方﹂の領域に入ってきているんですね。
−
︻小倉︼そういう意味ではライフサイクルが長くなっ
的な意見としては、地域の文化を守っている人々を発掘
気になったとき、戦争の記憶、戦中戦後の苦しい生活の
︻新 出︼自 分 史 の 執 筆 の 動 機 は、親 族 の 死、自 分 が 病
すよね。
あって書き始めるような人たちはいますが、われわれは
ま た、自 分 史 の よ う 個 人 出 版 で も、内 在 的 な 動 機 が
して、出版をしていければという話もありました。
手としての出版が困難になってきたいま、地域の地道な
て、余暇の時間が非常に長くなったということが言えま
人もいると思いますね。
が、中には自分て何? というところから出発している
︻清水︼残したいというのがほとんどだと思うのです
くとか読むとか余裕もなかったし、第一、本を作ること
50
105 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
それをお手伝いすればいいという時代は終わっていて、
これからは﹁種まき﹂として、記録を書いて残してもら
う働きかけの時期になっている。自費出版の質の問題も
含 め て、私 た ち の 課 題 は 大 き い と い う 意 見 も あ り ま し
た。
敗戦というかつてなかった苦しい体験、戦後復興期の
経済一筋のあゆみ、あるいは戦後教育の急激な意識や価
値観の変化の中で、失うものも大きかった 世紀、この
クとして﹁
世紀を記録する﹂運動を、会員各社ができ
具体的な話までにはなりませんでしたが、ネットワー
います。
啓蒙にしていかなければ、というような流れだったと思
100年を、いまこそしっかり記録して新しい世紀への
20
ま検討中の共同企画﹁
世紀の記録﹂を残す活動︵ 年
01
世紀﹂として立ち上げる︶などが有
20
効に機能していくような気がします。 ︵抜粋︶
に﹁100万人の
20
ク第2弾﹁あなたの自分史つくりませんか﹂
、それとい
画中の﹁自費出版アドバイザー制﹂や、販促ハンドブッ
そのためのツールとして、いま川井さんが担当して企
向性だったと思います。
るような筋道を考えていければいいな、というような方
20
第3回日本自費出版文化賞入賞者
大 賞 八重山の考古学 大 濱 永 亘 沖 縄 県
大濱永丞私史 八重山﹁濱の湯﹂の昭和 ―
―
大濱永丞 沖縄県
︻部門賞︼
地域文化 年表にみる飛騨の女たち 明
―日を拓く女性た A 春荒涼 佐合真弐 東京都
ちのために ― 神出加代子 岐阜県
個 人 誌 又兵衛どんの娘 天野熙子 福井県
文芸
文芸 B 風 葬 林多美子 北海道
◇個人誌部門 糸遊び 高橋紀世子 京都府
鬼丸ヤエ 北海道
グラフィック 里山のトンボ 遠い日近い日 小西節治 兵庫県
研究 ・評論 憂愁の詩人 徐志摩伝
むさしの里山研究会 埼玉県
遥かなる道 熊谷長平 岩手県
山椒庵日記 渡辺 淳 京都府
商社マンのうちあけ話 細木正志 東京都
努 力 賞 ﹃福岡県の文学碑﹄古典編 大石 實 福岡県
■入選作品 あさなえの子供たち 田村峰政 山口県
雨の日も北京晴れ 則松淑子 福岡県
山の放課後 松川由博 神奈川県
25
翁長徳栄 沖縄県
ちび黒先生体当たり 前澤和明 東京都
バンビはつづくよどこまでも 刀とマンドリン 渡邉雅美 兵庫県
SLの戦士たち 高橋長敏 東京都
◇文芸A部門 バンビ共同保育所 大阪府
鐘の音 伴 貞子 長野県
生き方の流儀 内田純平 東京都
心理学者内田勇三郎の
迷留辺荘主人あれやこれや ―
奄美名音集落の八月歌 田畑千秋 大分県
あまみ民話絵本 1∼6 嘉原かをり 鹿児島県
湯浅治郎と妻初 半田喜作 群馬県
娘とやくざとチャイコフスキー 三浦 豊 神奈川県
冬の街 山
―谷の窓口日記 山村柊午 神奈川県
豊里むがしむがし 佐藤幸夫 宮城県
われ、ここにきて後悔せず一筋の人生 周年記念誌﹃わいわいドタバタ日記﹄ 歩みの会 周年記念誌編集委員会 大分県
25
もうひとつのレイテ戦 竹見智恵子 東京都
歩みの会
白保村風土記︵第一集︶ 崎原 久 沖縄県
◇地 域 文 化 部 門 106
しなやかな暗殺者 橘しのぶ 広島県
詩集﹁助手A﹂ あいはら涼 東京都
赤い月 白武留康 佐賀県
ビルマ曼荼羅 梶上英郎 岡山県
さびたの残花 中村英史 北海道
中村柊花 若山牧水・喜志子とのえにし 土の歌人 ―
三澤静子 長野県
教育史散策 神辺靖光 東京都
妖怪たちの劇場 久田俊夫 愛知県
今すぐ役立つ鉄道旅行への道 松林秀樹 宮城県
丹醸銘酒剱菱への旅 山京東伝 京都府
加藤弘之とその時代 武田良彦 兵庫県
オリーブの島 壷井久子 香川県
高安和子作品集 高安和子 京都府
片野元彦作品集﹃絞と藍﹄ かなちゃんのおはなし おおもりみつえ 大阪府
ライオン先生 泉 昭二 東京都
回想のアルバム 京
―都市電 ― 品川文男 京都府
街角で出会った気になる風景 川谷清一 大阪府
◇グラフィック部門 ◇文 芸 B 部 門 身世打鈴︵しんせたりょん︶ 朴 貞花 東京都
いのち輝く 松田錬太郎 岩手県
是風 西家孝子 東京都
歌集 ﹃メタセコイア﹄ 石川英雄 宮城県
片野元彦/片野かほり 大阪府
第一滴 黒坂紫陽子 東京都
歌集 杉の木 宮中栄二 石川県
アゴーン 林 徳一 三重県
望月弘久 東京都
DIARIA SNAP SHOTS
美し国伊勢路を彩る 参宮街道三十六景 歌集 秘色 松本ますみ 石川県
国語国字の根本問題 渡部晋太郎 大阪府
季節が流れるお城が見える 岩根豊秀 滋賀県
アゴーン事務局 東京都
橘花は翔んだ 国
―産初のジェット機生産 屋口正一 茨城県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 107 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
﹃自費出版年鑑2002﹄より
しちのへ
第4回大賞受賞作﹃七戸昔がたり﹄関係者座談会
第 4 ・ 5 回 日 本 自 費 出 版 文 化 賞
第 1 回 日 本 自 費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル
子どもやお年寄りが、
喜んで読んでくれるようにと
出席者
高田 明さん
著者・昭和6年八戸市生まれ。平成3年小学
校教員を退職。趣味は野菜・果物づくりと俳句
福士 忠さん・序文 盛田典子さん・挿絵 高田さん、本書をお書きになった動機は?
大下内尚さん・出版社︵柏文社印刷㈱︶
︱
︻高田︼私は 年前の生活のようすをいまの子どもた
部藩の城下町として、また奥羽街道の宿駅として栄え
1万1000人余りの小さな町。江戸時代には七戸南
ゴ、農耕馬、競走馬の飼育などを主産業とする、人口
を見て回ったんです。とにかく子どもへ残す本だから立
の本のイメージを掴みたくて、図書館に行って児童図書
にしたら子どもたちが手を出して読んでくれるのか。そ
ちに書いて残したいって思ったんです。それでどんな本
西 に 八 甲 田 山 を い だ く 青 森 県 七 戸 町 は、米、リ ン
た 地 で す。﹃七 戸 昔 が た り﹄は、こ の 地 で の 少 年 時 代
派な本にしたくて⋮⋮。紙質も活字の大きさも文章も、
子どもによくわかるようにがんばったつもりです。
︻高田︼お描きいただいた盛田典子先生は、いまは二
ご本は、かなり贅沢なつくりといえますね。挿絵も
科会2回連続入選ですごい芸術家になってしまってるん
︱
町内、まさに﹁ made in七戸町﹂の本でもある。関
わった皆さんにもご参加いただき、内容について語り
カラーになさったのは成功だったと思いますが。
合っていただいた。
同書は挿絵や写真のご担当、印刷・製本会社も同じ
た文章で綴り、審査員各位の高い評価を得た。
の遊びや食べ物、お祭りなどの思い出を生き生きとし
60
108
109 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
だけど、あの挿絵をお願いした時はちょうどその製作に
取りかかる前でしたから、何かと気ぜわしい思いをされ
たと思いますけれど⋮⋮。
ちゃったり⋮⋮。
ところで、この賞へ応募なさったのは、どういう経
緯でですか?
︱
︻高 田︼俳 句 の 仲 間 が﹁朝 日 新 聞 に﹃日 本 自 費 出 版 文
持って帰ったのか。いまならビニール袋ですけど、そん
の か ? あ っ た と す れ ば、す く っ た 金 魚 を ど う や っ て
て も ら っ た り、
﹁おせり﹂の夜店で金魚すくいがあった
わからなくて、パーマ屋さんに行って年輩の方から教え
て滑ったもの︶の鼻緒はどういうふうになっていたのか
︻盛 田︼昔、は い て 遊 ん だ ノ ッ ペ︵冬、女 の 子 が は い
︻高田︼例えば、どんな所ですか?
い所もあって、あっちこっち聞いて歩いたりしました。
ました。でも、昔のことですから、記憶がはっきりしな
先でしたから、わりにスラスラと筆を進めることができ
あ、昔の生活の絵を描いてみたいなあ﹂って思ってた矢
︻盛田︼年齢的にも昔を懐かしむ気持ちが強くて、﹁あ
たってはいろいろご苦労もあったと思うんですけど。
︻高 田︼い く ら 絵 描 き さ ん で も、や っ ぱ り 描 く に 当
でも秋田県でもあんまり聞いたことないんです。
は、本は出すけれども賞をもらうなんてことは、青森県
て?﹂ってすごくびっくりされました。私たち出版業者
る 人 か ら﹁お 前 と こ で 出 し た 本、日 本 一 に な っ た っ
︻大下内︼私のところには、秋田の同じ出版業やって
て思いました。
たり﹄らしい雰囲気が出ていて﹁ああ良い本だなあ﹂っ
の囲炉裏を写生したものですけど、いかにも﹃七戸昔が
あの本の表紙の絵は、十和田市の郷土館に行って、昔
挿絵を見ると、昔を思い出して懐かしい﹂だのって。
かってきて。﹁見たよう。あれすごく良い絵だね﹂﹁あの
︻盛田︼すごかったですねえ。電話がジャンジャンか
挿絵の盛田先生のとこにも反響あったでしょう?
思ってなかったんです。町でも大騒ぎになっちゃって。
応 募 し た ん で す け ど、ま さ か 大 賞 に な る な ん て 夢 に も
から出してみないか﹂って電話があったんです。それで
化賞募集﹄って出てるよ。高田さんのユニークで面白い
なもののない昔はどうだったのだろうって思うとわから
ノッペの鼻緒はどんなだったのか?
な く な っ て、﹁え い、創 作 で や っ て し ま え﹂っ て 描 い
︱
あの本のどこがそんなに良いんでしょう?
漢字の使い方などにも気を配る
なさっていて、漢字の使い方などにも細かく気を配って
おられ、何より流れるような文章の進め方がたいへん魅
力的で、思わず釣り込まれそうになりました。
もっとも、 年も前の子どもの日常ですので、いまの
です。
そういう点では、高田さんの本、全然違う。特異な本
強くて、何か自己満足のための本みたいで。
とはまずありません。だいたい書く人の思いこみばかり
と思うんですけど、私の場合は終わりまで読むなんてこ
んで読んでくれるようにと、そのことだけ考えたのがよ
︻高田︼いまになってみると、子どもやお年寄りが喜
覚えるのではなかろうかと思いました。
とっては現実の姿だったのだと知った時、やはり感動を
取 ら れ る か も し れ ま せ ん が、そ れ が い ま の 大 人 た ち に
子どもたちにとっては、まるで夢か絵空事のように受け
︻大下内︼皆さん、自費出版の本は何冊ももらってる
︻盛田︼あれは読んでいてあきない。一気に読んでし
かったんでしょうね、きっと。何だかね、無欲の私に対
を見て感心する箇所なども、読者も同じ視点で見ること
仲良しのトグダロが大きな馬の世話を平気な顔でするの
ます。﹁アグビ︵アケビ︶とり﹂の項でドキドキしたり、
の 子 で は な く、
﹁臆病な子﹂なのが成功の要因かと思い
と、語り手である少年時代の﹁私﹂が、元気で活発な男
と、また県内大方の図書館には寄贈本として自由に閲覧
送局が取り上げてその数章を読み聞かせてくださったこ
の方全員に行きわたらなかったことです。幸い、地元放
好著を300部しかおつくりにならなかったので、希望
︻福士︼ただ少し残念に思うことは、せっかくのこの
んです。
する天の神様のご褒美だなあ⋮⋮って、そんな気がする
ができます。
できるようにしていただけました。
私も読ませていただいた感想を言わせていただく
︻福士︼原稿を見せていただいた時から、私自身の体
︵抜粋︶
るだろうなあと予想していました。長らく学校の先生を
験とも重ね合わせて、これはなかなか面白い読み物にな
︱
まう。
60
110
第4回日本自費出版文化賞入賞者
大 賞 七戸の昔がたり 高田 明 青森県
グラフィック 物語のはじまり︱仲村英子七宝作品集
仲村英子 京都府
特 別 賞 郷土誌 田園調布 ϊ田園調布会 東京都
奨 励 賞 図説庚申塔 縣 敏夫 東京都
■入選作品 ◇地域文化部門 大坂の街道と道標 武藤善一郎 大阪府
シネマな面々 上田雅一 東京都
からくり人形の宝庫︱愛知の祭りを訪ねて/からくり人
形師︱玉屋庄兵衛伝 千田靖子 愛知県
写真で見る 中原街道 羽田 猛 神奈川県
ふるさと川崎の自然と歴史 上巻 高橋嘉彦 神奈川県
土佐日記﹁室津の泊り﹂はどこか 佐藤省三 高知県
市川まちかど博物館 いちかわ まち研究会 千葉県
文芸
B みどりの風 松岡英士 京都府
A 橄欖の枝 林 進武 東京都
東京大学・学生演劇七十五年史 鵜飼宏明 東京都
◇個人誌部門
文芸
赤灯巡礼の旅 大森テルエ 栃木県
老いの視点 高橋一治 宮城県
わる ― 中田豊一 兵庫県
研究・評論 ボランティア未来論 私
―が気づけば社会が変
個 人 誌 私のカラフト物語 恵原俊彦 東京都
地域文化 波臣の涙 李 相煕 和歌山県
︻部門賞︼
111 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
ぶらり・山と花のひとり旅 大久保昭次 東京都
大地遙かなり 瀬川欣一 滋賀県
鬼頭陞明 京都府
レインボーロード スーパーバトル 平原 学 佐賀県
軍国少年の日記 遥かな土手 李 美子 東京都
詩集 訣れまで 山中以都子 岐阜県
声を聴かせて 仁田尾さゆり 北海道
生き生きどんぼ 森本 勲 大阪府
百歳の叡知 大橋美恵子 千葉県
儀太郎のシルクロード 小口悦子/田中玲子 大阪府
ウルムチの灯りが見える 安川 操 東京都
柏蔭物語︱柏原家家史︱上・下 柏原及也 東京都
なてしこ 小寺比出子 川柳集 向日葵 高鶴礼子 埼玉県
はつよの川柳つれづれ帖 蔵田はつよ 福岡県
冬の序奏 米山恵美子 長野県
◇文芸B部門
おやすみ、お母さん 大内 晴 愛知県
赤彦を慕う日々 川井静子小伝 関 幸子 長野県
鬼たちの火祭 佐滝宏和 徳島県
◇研究・評論部門 霜の畦 阿部ひろし 東京都
イワンの馬鹿の恋 恩田侑布子 静岡県
中国服の青春 あ
―る商社マンの日中交流記 近藤昌三 愛知県
絵日記 冨田久子 京都府
最終選考会 記者発表であいさつする今井茂雄ジャグラ会長
失せ物いでず 清岳こう 宮城県
◇文 芸 A 部 門 112
熱帯の植物を訪ねて︱フィリピンへの旅の記録 土屋幹夫/たづ子 岡山県
第5回日本自費出版文化賞入賞者 大 賞 湖北賛歌/北近江 農の歳時記
孤立の憂愁を甘受す 高橋和巳論 脇坂 充 東京都
子どもの本と私 愛甲千惠子 三重県
吉田一郎 滋賀県
地域文化 戦時生活と隣組回覧板 江波戸昭 東京都
︻部門賞︼
幻のクーデター 猪又明正 新潟県
アルタナティーフな選択︱ドイツ社会の分かち合い
原理による日本再生論 関口博之 新潟県
オールドノリタケの美 井谷善惠 東京都
翔け 神戸 大仁節子 兵庫県
神奈川県原爆被災者の会 神奈川県
忘れられないあの日 広島・長崎被爆者の詞画集
むくげの花の少女 植野雅枝/植野末丸 高知県
おかねさん 中根潮美 愛知県
丹沢・残されたブナの森 斉藤 進 神奈川県
face
星川ひろ子 東京都
One's
近江富士遊々 八田正文 滋賀県
奥秩父の滝 深田光雄 埼玉県
◇グ ラ フ ィ ッ ク 部 門 113 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
個 人 誌 坐古庵嫌人 探仏秘帳 高橋佳子 東京都
文芸 A 貸本夏冬堂 小野滋子 岡山県
文芸 B 歌集 律速 三好みどり 大阪府
医療過誤に挑んだ母の執念 ―
研究・評論 悲しき勝訴 ―
佐々木孝子 大阪府
グラフィック 黒白のメッセージ 木田英之 徳島県
◇個人誌部門 地球放浪 夫
―婦で風まかせに生きてみる ―
谷野賀津代 長野県
見るべき程のことは見しか 自
―分史の試み ―
大森定嗣 石川県
■入選作品 林 棕櫚 東京都
黎明 日
―露のはざまから ― 動物ドクターの眼から観たアニマル・ライフ
花 岡部うた子 埼玉県
特 別 賞 反進化・論 江口 渉 大阪府
◇地 域 文 化 部 門 坂田金正 新潟県
従軍日記から ―高島市良 東京都
日中戦争従軍記 ―
かたくり 甲斐澤泰次 長野県
内神田界隈江戸模様 久保元彦 東京都
志士 苅宿仲衛の生涯 松本美笙 福島県
20
世界で初めて公害に挑んだ男 早乙女伸 栃木県
人と水 脇ノ村里水文化 國見慶英 徳島県
瀬戸内の風土 芥川和夫 愛媛県
母と紡ぎし日々 外山とし 神奈川県
國づくり物語 若
―き日の北条早雲 ―
湯山浩二 神奈川県
医者の大養生 杉浦昭義 東京都
◇文芸A部門 東京の坂風情 道家剛三郎 東京都
失われた時の叫び 岩手スモンの会 岩手県
晴れときどき曇りところにより雨 島谷彌生 埼玉県
四季暦江戸模様 久保元彦 東京都
近代広島・尾道遊郭志稿 附録 酒
:癖 道開封 忍 甲一 広島県
母と家族の闘病生活 長谷川知沙 三重県
Grow up
青い風船 柏崎克巳 神奈川県
114
石炭の技術史 摘録上・下巻 児玉清臣 北海道
成長の風景 柳田 一 宮崎県
北海道の裁判所史 1・2巻 山田幸一 北海道
わが牙よ眠れ︵上下︶ 魚住 洵 岩手県
南畝の恋 享和三年江戸のあけくれ
◇グラフィック部門
響け﹁時計台の鐘﹂ 前川公美夫 北海道
森岡久元 東京都
消えゆく日本の草葺き民家 小野清春 神奈川県
星と生きる 天文民俗学の試み 北尾浩一 兵庫県
◇文 芸 B 部 門
石のささやき 松田茂樹 埼玉県
ブーヘンヴァルトのドーナル楢 新井田良子 神奈川県
遠郭公 長谷川洋児 栃木県
おでかけ けんちゃん かわばた けいこ 宮城県
天命の人 小説中江藤樹 渕田隆雄 滋賀県
句集 眠れぬ鹿 火箱游歩 京都府
サバンナブルー よしざわ ようこ 神奈川県
飛鳥と竜田 安藤正憲 愛知県
漏刻博士 遠山 満 奈良県
ふくろう版画雑記帖 杉見徳明 千葉県
さっちゃんは戦争を知らない 宮 静枝 岩手県
句集 蕙 河合佳代子 奈良県
悲しみの街 伊東 裕 兵庫県
戦闘機﹁臨済号﹂献納の道 水田全一 兵庫県
夏の炎 鶴見典子 神奈川県
下町思ひ想ふ 杉山八郎 東京都
教育学・私の方法 中村弘行 東京都
神子秋沙 上村佳代 奈良県
小
―説館陶事件 ― 桑島節郎 茨城県
八王子発 夕焼け通信 大賀美智子 東京都
裸 木 井村経郷 静岡県
イラストレーションでこんにち輪 菊地義美 北海道
軍隊内反乱
丹 青 伊丹さち子 千葉県
西川清人遺作集 普賢の刻 西川清人 長崎県
とき
風のかけら 木城きよたか 長野県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 北の濤 今田雨汐 青森県
115 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
受賞作品講評
◆大 賞
﹃湖北賛歌 ︱ 吉田一郎著作集2001﹄吉田一郎著
﹃北近江 農の歳時記﹄
国友伊知郎 ︵吉田一郎︶著
︻色川大吉選考委員長︼ 地域文化部門に応募された吉田
一郎さんの表題の2冊がセットで大賞となった。前者は
自費出版ならではの大著で、後者はそのエッセンスを写
真と解説文でうまく編集している。
著者は、滋賀県長浜市の広報の編集などを担当してき
た市の行政マン。
地 方 新 聞 の 連 載 や 市 史 の 編 纂 を す る な ど、地 域 の 歴
史、民俗、文化に造詣が深い人で、芸術的な写真も撮る
マルチ型の人といっていい。
域おこしの活動に結びつけ、市民と対話してイベントな
どのプランを立てて進めている。これは、これからの日
本の地域行政、地域文化の在り方のひとつの模範を示し
ており、新しい未来を拓いていくものだ。そういう点が
審査員全員の賛同を得て、大賞となった。
今 後 こ れ を 参 考 に 各 地 の 地 方 行 政 が 新 し く 成 長 す れ
ば、たいへん嬉しく思う。
︻大賞受賞者インタビュー︼ ︵抜粋︶
どれだけ地域に貢献できるかを
第一のものさしとして
吉田一郎︵国友伊知郎︶
﹃湖北賛歌﹄は生きてきた足跡
中 日 新 聞 滋 賀 県 版 に 8 年 間 連 載 し た﹁湖 北 の 民 俗﹂
年代は農村を中心として、地方が大きく変わっ
い が 、こ の 著 者 は 研 究 成 果 を 地 域 の 市 民 に 還 元 し て い
しい資料を発見した喜びで自己満足してしまうことも多
い。大きな財産になるし、歴史になるぜ﹂と言われて、
の方に﹁いまのうちに写真に撮ってストックしときなさ
藁葺きの家はなくなっていく。昭和 年ごろ、新聞記者
た時代でした。機械化は進み、減反が始まり、伝統的な
昭和
﹁土の詩﹂﹁畔の木の四季﹂3部作をベースにしました。
る。
地域の歴史や民俗の研究はお国自慢になりがちで、新
もっと普遍的なものを目指しながら、まちづくりや地
40
50
116
﹁よ し
年 後 に 冊 の 写 真 集 を 出 し た ろ う﹂と、写 真 を
10
ね。
に し な が ら、日 本 の 地 方 都 市 を 見 つ め て い き た い で す
これからは日本の一地方都市・長浜をケーススタディ
撮り始めたんです。
10
◆地域文化部門賞
﹃戦時生活と隣組回覧板﹄
江波戸 昭著
︻鎌 田 慧 選 考 委 員︼ 田 園 調 布 と い う 地 域 色 の あ る 地 域
に、昭和3、4年から残っている回覧板を分析したもの
で、実物を直接見たわけではないが、戦時中の生活を知
して﹃北近江 農の歳時記﹄を出版しました。
﹃湖北賛歌﹄のエッセンスを抽出して一般向きに編集
戦争というものが、戦場や空襲といったことだけでな
ないつくり方をしている。
あり、編集もなかなかうまく、専門的に見ても間違いの
る貴重な一級資料と思われる。それを紹介する資料集で
当時消えつつあった農村の風景が、本を出すころには
ている。銃後の庶民の生活が細かいところまでよくわか
く、日々の市民の生活に影響するというのがよく表われ
業でした。
り、物書きとしては非常にうらやましい資料だ。おそら
が、こうして自費出版というかたちで出てきたというこ
く今後いろんなところで使われるだろう。そういうもの
ひとりよがりな人生の集大成では自己満足に終わるだ
んなと。やはり地域へ貢献し得るかどうか、どれほど地
域のお役に立つことができるかということを第一のもの
年間で 冊の本を出すとい
さしにする必要があると思っているのです。
それを忘れずに、向こう
う大きな目標を立てています。
10
20
︻土橋寿選考委員︼
著者の父親は素人ながら、学生時代
﹃坐古庵嫌人 探仏秘帳﹄
高橋佳子著
◆個人誌部門賞
とが嬉しい。
10
けで人のお役に立つわけがないですから、それではいか
年間で 冊の本を出すのが目標
20
まったく消えてしまって、文章を過去形にする悲しい作
﹃北近江 農の歳時記﹄はエレジー
117 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
から平成初年に亡くなるまでの約
年間、京都、奈良を
る。視点も構成も見事で、とてもよい小説だと思う。庶
民生活の喜びや悲しみに向けられた視線がとても優しく
貸本屋という舞台がテーマになっていること、そして
悲しくて、心をうつ感動的な作品だ。
徹底して名もない人たちの喜び、悲しみを書き込んでい
中心に鎌倉、甲州、諏訪神社のある長野まで足を伸ばし
得帳を遺した。
るということ、それはこの賞の文学として非常にふさわ
しいということに作品を選んでから気がつき、なおいっ
著者は、尊敬する父親が遺した心得帳を世に広めたい
り、自身の研究も加えて本にした。
の 心、人 生 と い う も の を、き め 細 や か に 書 き 込 ん で い
てらいのない書きぶりで、岡山県の田舎町に住む庶民
いな、手触りのいい織物のような小説集だ。
あった人々の人生を横糸にして織り上げた、とてもきれ
る。夏冬堂という貸本屋を縦糸にして、そこに関わりの
ちになっているが、全体としてひとつの物語になってい
︻中山千夏選考委員︼ 8篇の短篇小説を寄せ集めたかた
と思う。
クールな目が交錯している歌集で、非常に独特なものだ
拓いたといえる。女性ならではの感性と化学者としての
化学と短歌の言葉をともに巧みに使って新しい土壌を
れを律速段階という﹂と書いている。
むとき、その反応を律するのは一番遅い反応であり、そ
とでもいうのだろう。何段階もの反応で化学反応がすす
く、﹁﹃律速﹄は反応速度論の用語である。速さを決める
︻秋林哲也選考委員︼
著者は薬学・化学の専門の方らし
﹃歌集 律速﹄
三好みどり著
◆文芸B部門賞
そう嬉しくなった。
かれていて素晴らしい。
自分のものとして生活を充実させていることが如実に書
亡き父親の人生観、生き方を切々と綴り、その足跡を
と、彼 が 歩 い た と こ ろ を 夫 婦 で 約 4 年 か け て す べ て 回
て仏像の美を探求した民俗学者で、仏像を観るときの心
40
﹃貸本夏冬堂﹄ 小野滋子著
◆文 芸 A 部 門 賞
118
といった化学用語が存分に使われている。それを短歌の
る。ほかにも﹁ミトコンドリアの約束﹂﹁青きリトマス﹂
用語が短歌の中に非常に柔らかい響きとして入ってい
る。カーミンが染色体を赤く染めるのだろう。この化学
で、顕 微 鏡 を 通 し て 染 色 体 が 分 か れ て い く の を 見 て い
は 細 胞 染 色 液 と あ る。お そ ら く 著 者 は 仕 事 場 の 研 究 室
午後はカーミンの紅はつか滲む﹂
。注には、カーミンと
代表的ないい歌がある。
﹁染色体ふたつにわかれゆく
自費出版の道があり、自分たちで主張していけるという
を訴えたい人がいるだろう。商業出版には乗らなくても
なか商業出版では難しい。いろんな地域でいろんなこと
たい。自分の子どものことについて訴えることは、なか
両親だけでこれだけ頑張ったということに敬意を表し
というのが残念だ。
るが、こういった過去の事件が教訓になっていなかった
い。また、院内感染など、現在いろんな医学の問題があ
木田英之著
﹃黒白のメッセージ︱ 木田英之写真集﹄
◆グラフィック部門賞
ことが、この賞によって広まればと思う。
ス
伝統的な言葉と素直に結びつけて新しい世界を拓いてい
る。
ミ
ものだが、この本には後ろのほうに題が書いてあるだけ
︻中山千夏選考委員︼
ふつうは写真集でも説明文がある
で、いっさい説明がない。裁ち切りで、ずっと黒白の写
年ぐらいから、新しくても 年までの写真を、徳島
県のあるまちに住みながら、撮られているのだろう。最
真が並んでいる。
故 で 入 院 す る と こ ろ か ら 始 ま る、医 療 ミ ス が テ ー マ の
年に事故があり、両親が訴え、医学の問題がわか
らない弁護士を解任して、ご自身が勉強して、 年に勝
後に出てくる著者の肖像写真では、田んぼの中で働く格
97
訴したという事件だ。
74
94
ど う し て こ う い う 医 療 ミ ス が 起 こ る の か 信 じ ら れ な
54
本。
︻色川大吉選考委員長︼ 著者の息子さんがオートバイ事
佐々木孝子著
﹃悲しき勝訴 ︱ 医療過誤に挑んだ母の執念﹄
◆研 究 ・ 評 論 部 門 賞
119 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
120
好をして首にカ
メラを提げてい
力的だった。
◆特別賞
﹃反進化・論 ︱ 大いなるフィクション
ここに撮影され
募された江口渉さんの﹃反進化・論﹄を選んだ。タイト
︻色川大吉選考委員長︼
特別賞は、研究・評論部門に応
小なるリアリズム﹄
江口 渉著
ている人たちの
ルからは専門的で思想的な本のように見えるが、
代の
動き、表情がと
わからないが、
かいことはよく
写真技術の細
る。
第1回日本自費出版フェスティバル会場で
手作り製本の実演に見入る参加者
てもいい。活き
著者が日本だけでなく世界の情勢を博物学の観点から、
に、ラジカルな批判を加えている。難しい論文というだ
近代的なものの考え方の根底にある進歩思想、進化論的
けではなく、地域の鳥や植物の観測といった具体的な事
活きしていて、
にうたれた。あ
思 想 と い っ た、モ ノ を 無 限 に 開 発 し て い く と い う 思 想
の時代の貧しい格好をした子どもたちやお年寄りの顔が
柄から問題が解説されている。シュバイツァー博士の生
き方に共鳴し、その考え方の根底にあるものについての
費出版ネットワークが、著者と制作者のふれあい
ているという努力、発想に対して、心から敬意を表した
このような高齢の方が人類の未来に向け警告しつづけ
優れた論文も書いている。
の場として企画した独自のイベント﹁日本自費出
い。
年から﹁日本自費出版文化賞﹂の表彰式は、自
一様に活き活きしているのが、私にはとても不思議で魅
その表情のよさ
80
版フェスティバル﹂会場で行われています。
02
第6回日本自費出版文化賞
第2回日本自費出版フェスティバル
﹃自費出版年鑑2003﹄より
記念講演
色 川 大 吉
準が高くなって、密度の濃いものが最終選考に残ってき
ています。審査員の方もなかなか甲乙を付けるのが難し
くて大変だったと思います。直木賞だのと比べるとまだ
知られていませんが、もうちょっと年月をかければ、だ
んだん正当な地位を得ていくものと思われます。
私どもがこれを始めましたときに、出版社も著者も受
賞する賞というのは、毎日新聞社がやっております﹁毎
日出版文化賞﹂だけだったんですね。他に文学賞はたく
さんありますけれども、総合的な図書出版に関しての出
版文化賞というのは﹁毎日出版文化賞﹂しかありません
でした。スポンサーがもっと張り切って、朝日新聞でも
コ もうちょっと大きな記事を出してくれるといいと思うん
費出版フェスティバル﹂が独自に企画され、日本自費出版文
というところに非常な特徴があるわけですね。ユニーク
んですけれど、朝日が後援しているこの賞は、自費出版
﹁毎 日﹂が や っ た か ら﹁朝 日﹂が、と い う ん じ ゃ な い
ですよ。
化賞の表彰式も同時に行われることになりました。記念講演
さがあります。自費出版というのは日の目を見ない本だ
もらいたい。
は﹁毎日﹂だが、自費出版は﹁朝日﹂だぞと印象づけて
けですから、朝日新聞はもっと本腰を入れて、商業出版
ということになっていたのですが、それに光を当てるわ
として、選考委員長の色川大吉氏が自分史と自費出版につい
てきた、たくさんの本の審査をしておりますと、年々水
﹁日本自費出版文化賞﹂も5回になりまして、集まっ
自 費 出 版 文 化 賞 の 知 名 度 ア ッ プ を
て語られました。
年より、著者と制作者のふれあいの場づくりとして﹁自
02
自分史と自費出版は、
いま再検討の時機にある
121 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
122
数万枚も写真を撮られ、あるいは中日新聞に400
本日、大賞を受賞された吉田一郎さんの本は、それこ
そ
は思いました。
なかった。本の形をとっても日の目を見ないで脇に追い
うと思います。そういったものがいままで本の形をとら
大著なんですね。投入された歳月は数十年に及ぶのだろ
年に私が本に使いまして、それからだんだんと市民権
ではないのかという話です。﹁自分史﹂という言葉は、
について、もうそろそろ再検討してもいい時機が来たの
さて、今日私が申し上げますのは、自分史と自費出版
初期の自分史運動、二つの発端
やられている存在だったと思います。しかし商業出版に
回近くも連載された、その中から選ばれたものを編んだ
10
に、あるいは後世に残したいという一念があってなさっ
分 の 研 究 な り 評 論 な り と い う も の を、自 分 の 子 々 孫 々
ら商売をやるためにつくった本ではないのであって、自
い、いいものであるということになるわけです。初めか
わ け で す。で す か ら、で き あ が っ た も の は 大 概 質 の 高
は、取材にものすごい時間とエネルギーがかかっている
こ と で は あ り ま せ ん。そ れ だ け の 本 を つ く っ て い く に
した。これは、ただページ数が多いからいいんだという
中には600ページ、700ページという本もありま
です。
ん。審査をした人たちみんなが共通して感じていること
はないかと、私は思います。これは私だけではありませ
比べて質の高いものが、最近はこちらのほうが多いので
孤立無援の戦いをずっとやってきた方なのです。
﹁ふ だ
していた方がいたのです。ほとんど理解を得られないで
から、それこそ半世紀ぐらい前に、そういう呼びかけを
私が橋本さんと知り合ったのは、 年︵昭和 ︶です
呼びかけていました。
いう、そういう表現運動が万民に行き渡るような活動を
ほんとうの働いている庶民が自分のことを文章に書くと
とか文化人とかというような人たちでない普通の庶民、
てもらう運動をしていました。特にいままでの知識階級
ら﹁ふだん記﹂という、万人、すべての人に文章を書い
あった、八王子市の橋本義夫さんという方が、その前か
ました。私はただネーミングをしただけで、私の同志で
もちろんその前から自分史のような内容のものはあり
を得てきました。もう 年も経っております。
58
33
ぎ
たんだろうと思います。それに光を当てなければと、私
75
27
123 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
ん記運動﹂というのを、
の責任だというので、一生懸命になって書くことを勧め
当てていく。そのことが橋本さんのように呼びかけた人
みたいなものを持っている。そこをボーリングして掘り
年から始めました。私が﹃あ
す。橋本さんは、ふだん着の格好をして、ふだんのよう
る昭和史︱ 自分史の試み﹄という本を書く7年も前で
言ったら、みんなすくんでしまって手が震える。そうい
たいがいの人は劣等感の塊ですから、
﹁書け﹂などと
られたのです。
呼びかけたのです。
50
部がスタートです。
数ヵ所もの地域に﹁各地ふだん記﹂とい
にも配って来られました。その
です。橋本さんは自転車に乗って1軒1軒、私のところ
35
持っているんだという呼びかけだったのです。それが関
東から始まった自分史運動の原点でした。
ンケート方式の﹃自分史メモリーノート﹄をおつくりに
れました。福山さんは、自分史を書いてもらうためにア
それからもう一つ原点があるのです。それは関西、特
ん。
うグループがあって、それぞれが年2回の文集を出して
そういう大発展
なりました。このあいだ、私、大阪で初めて福山さんに
に大阪を中心にして始まった自分史の運動です。これは
をしたわけです
お会いしました。
﹁先生あれは 万部出たんですよ﹂と
います。中心にある八王子市のふだん記は、もう100
が、見方を変えれ
福山琢磨さんという方が非常に精力的になさって拡げら
いまは全国
50
う人に書いてもらう。そういう人こそが書くべき宝物を
その第1号というのは、ガリ版刷りで ページ、 部
な気持ちで気楽に書こう、ふだんの記録運動をしようと
68
号 を 超 え て い ま す。会 員 も 何 千 人 い る の か わ か り ま せ
20
いうんです。すごいですね、 万部ですよ。ということ
10
の人しかない、か
ただ福山さんの場合は、橋本さんのように宗教家的な
は、いかにそれが普及したかということです。
いったというのではありませんでした。福山さんは新聞
けがえのない宝石
イヤモンドの鉱石
情 熱 で、一 人 一 人 個 別 に ア ピ ー ル し 訴 え な が ら 拡 げ て
10
のようなもの、ダ
ばすべての人はそ
色川大吉選考委員長
印刷という印刷会社をやっていましたので、業界の人に
て無着成恭さんが﹃やまびこ学校﹄という本を出したの
綴り方教室﹄という本を出したこと、国分さんと共鳴し
﹃やまびこ学校﹄という本をご覧になった方もいらっ
が同じ年ですが、その中に自分史の原点がちゃんと出て
しゃると思いますが、小学校の上級生に、自分の生活記
協力してもらって、全国にネットワークをつくって、そ
にもなる。ビジネスにもなって、しかも庶民の中に眠っ
こへ自分史の呼びかけをして歩かれました。
ている財宝を掘り起こすことにもなり、社会的な仕事に
録を書いて先生に出させる。ところがそれは自分の生活
いると指摘しているんですね。
もなるというような、非常に合理的で近代的なやり方で
記録だけで終わらないわけです。昭和 年というのは、
それは同時に中小印刷会社としては、自分のビジネス
展開していったのです。
い時差があります。福山さんも、橋本さんや私たちの書
代です。お父さん、お母さん、二人揃っている人が少な
世
世話から何もかもぜんぶやるというような時代です。そ
ういう親の苦しい姿を見ながら育っている子どもたちで
すから、おのずから作文が自分の家の生活記録になるわ
活記録をフィクションなしに書く。それを無着先生が指
けです。それはもう非常に感動的な作品でした。その生
紀の回顧﹄︶。その付録に自分史年表を付けられているの
導したのです。それが﹃やまびこ学校﹄という本になっ
て出版されました︵
﹃マイヒストリーで綴る自分史
ですけれども、その年表の1ページ、2ページは、橋本
て、当時のベストセラーになりました。
したのは、
年︵昭和 ︶に国分一太郎さんが﹃新しい
です。さらに一番古いところでは、さすがだなと思いま
義夫さんを中心とする、ふだん記運動のことがほとんど
20
婆ちゃんの面倒をみながら農作業をするとか、子どもの
いのです。お父さんが出稼ぎに行くとか、お母さんがお
お弁当を持ってこられない子どもがまだいっぱいいた時
26
いたものなどを参考にしながらやったんだということを
大きくいうと発端は二つあります。その間、 年ぐら
10
年ぐらい続けて定期的に発行している
申されております。
福山さんが、
16
﹂があるのですが、
﹁自分史づくりの情報誌 My-History
そのニュースを新聞の縮刷版みたいな大判の本にまとめ
124
51
26
年代ぐらいから、だんだん自分史が世間
自分史のいままでの 年か
年の歴史には、自分史前
40
歴史でもいいし、自慢史でも、とにかく文章を書くこと
チャースクール︶というのを始める。特にNHKの自分
な新聞社、テレビとかマスコミ関係が自分史教室︵カル
あるわけです。これでだいぶ普及しました。
いてください。そういうふうにして拡げていった時期が
になってきますと、今度は選別されるわけですね。もち
ところが、もう後半の段階に来ています。後半の段階
ろん選択にかけるようなことを忌避して、自分は自分だ
史通信講座の開設は大きかった。応募者が1000人か
ですね。
けでいいという人もいます。それも自分史の王道です。
というのは、たとえば北九州市で自分史文学賞が始まっ
幸いなことに、全国にいくつかの自分史のネットワー
しかし、自分史というのは書いて自己満足するだけで
たり、名古屋市のように自費出版する人に助成金を出し
クができましたし、各地域に網の目のように自分史友の
はなくて、読まれるものを書くわけですから、そこには
2000人くらいかと思っていたら、万を超える単位で
会とか、自分史を書こう会とか、自分史を勉強する会と
おのずから努力、工夫、他人のことも自分の視野の中に
応募してくるというんですよ。何万人もの人がNHKの
か、そういうようなものができました。マスコミも注目
入れて書かなくてはいけないという、そういう段階に来
てくれたり、春日井市︵愛知県︶のように日本自分史セ
して、珍しいものがあれば取り上げるようになりました
ています。
自分史講座を聴いて自分史を書き始める。そしてはじめ
から、だんだんとそういう宝も埋もれたまま消えてしま
ンターなどというのをつくったり、あちこちで行政が力
うことが少なくなっていくだろうと思います。
は小さな本という形ですが、自費出版されるわけですか
60
を入れだしましたね。それに賞を出すというようなこと
60
ら、いまではいったい何万点出ているか分からないわけ
たのは昭和
に普及していく。福山さんたちが本格的に活動を展開し
から書いてください、と。何でもいい、もう自分だけの
期というのがあったと思うんです。とにかく何でもいい
30
が先ですから書いてください。書きやすいところから書
50
年代ですが、 年になりますと、いろいろ
そして昭和
自 分 史 と 自 費 出 版 の 変 革 期
125 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
126
いったものがだんだんと求められるようになってきたと
互の批判、それから編集指導者のような人の活躍、そう
もそうだと思いますが、書き方の工夫や、書くための相
運動もそうですし、関西で始まった﹁自分史センター﹂
そうするとここで、八王子市で始まった﹁ふだん記﹂
北海道自分史友の会の会報第 号に、福山琢磨さんが
のです。
なってきた。これは非常にいい傾向ではないのかと思う
の が 生 ま れ、ほ ん と う に 質 の 問 題 が 議 論 さ れ る よ う に
論しておられる。こういった日本自分史学会のようなも
記録、歴史に属するのか。そういったいろんな問題を議
とも、自分史というものは文学に属するのか、あるいは
は、いわゆる普通の歴史とどこが違うんだろうか。それ
るのか、ルールがあるのか。いったい自分史というもの
か。自分史の中にも、一つの法則的な何かステップがあ
か。そ の 中 に は ど う い っ た 傾 向 の も の が 宿 っ て い る の
い う 社 会 状 況 の 中 で、こ う い う も の が 生 ま れ て き た の
て見ている。学問の対象として見ている。いったいどう
ものもできました。自分史というものを研究の対象とし
ちょうどその端境期あたりに、日本自分史学会という
を与えるわけです。
をつくりだそうという方向に転換してきたなという感じ
期から、より質の高いもの、読まれるにふさわしいもの
これは、自分史にしても自費出版にしても、拡大発展
ました。
思います。そのことが、この5、6年、特に顕著になり
もちろん自分史はノンフィクションでありながら、や
だと、福山さんはいっております。
うに上手に蹴ってゴールに入れるか、それが自分史なん
うのは、自分が経験してきた事実ですね。それをどのよ
う手は使ってはいけないんです、と。ボールを蹴るとい
ないことを、やったように書くこともできます。そうい
て、事実から離れた虚構といいますか、自分のやりもし
よ。手 と い う の は フ ィ ク シ ョ ン あ る い は 想 像 力 に よ っ
ど も、自 分 史 と い う も の も サ ッ カ ー の よ う な も の で す
ればならない。だからサッカーがおもしろいんですけれ
のは手を使ってはいけない。足だけでボールを扱わなけ
な引用をして、その違いを述べている。サッカーという
べています。これはおもしろいですね。福山さんは上手
その人に対して福山さんが賛成と反対、両方の意見を述
歴史か文学か﹂という原稿を書いた人がいるからです。
寄稿しています。これは札幌のニュースに、
﹁自分史は
59
解説しています。
と。これがノンフィクション的な創作だと、福山さんは
が深まり、自分の経験の中に価値を見出せるようになる
えなかった面が見えてくる。そうして初めて経験の意味
よそからの光に照らされます。そうすると、これまで見
に、自分の経験を投げ込んでみると、いろんなかたちで
外、地域社会、あるいは日本、もっとグローバルな世界
るいは空間軸、自分の世界だけではなくて、自分の家の
自分の体験をより広い時間的な軸に投げ込んでみる。あ
ンものの、自分史しかできないのではないか。そこで、
大変狭い感じがする。どうも痩せ細ったノンフィクショ
ても、他人から見ますと退屈ですね。読者にしてみると
ります。ただ自分の経験だけを、だらだらと重ねて書い
はり人に読んでもらうんですから、作品を書くことにな
自分を出してはいけないといわれてきました。
うものが大事なわけですが、歴史叙述というものには、
ければ歴史にならない。だから歴史記述、歴史叙述とい
いないものは歴史にも何にもならない。人間が意識しな
歴史というのは、書かれたことですからね。書かれて
が歴史です、そう思われてきた。
を公平に冷静に歪めないで、フェアに客観的に書くこと
察者として、過去なら過去に起こったいろんなできごと
人は自分の感情とか主観を出してはいけない。自分は観
といっているわけですよね。その場合、これを研究する
きた伝統や社会事象や事件の蓄積みたいなものを、歴史
きないし動かすこともできない、過去からずっと続いて
といいますか、自分の外にある、自分では選ぶこともで
世間が考えていた歴史というのは、自分以外の客観的な
ところが、私が提唱したのは自分史ですがら、自分を
を、みんなによく聞かれるんですよ。
史でいいとか、自分史なんて変な言葉を考え出した理由
伝記でいいじゃないか、あるいは個人の歴史だから個人
私に、なぜ自分史などという変な言葉を使ったのか、
いか。いろんな事実の中から、ある重要だと自分が考え
は嘘だと。そんなことを人間ができるわけがないじゃな
平に嘘偽りなく事実だけ書いてきたというけれど、それ
者は、自分はこちら側にいて、社会の歴史を客観的に公
それは学会に対する一つの反逆だったのです。いつも学
押し出すわけです。なぜそんなことをしたかというと、
いままでの通俗的な、いわゆる学者が考えたり、一般
な ぜ ﹁ 自 分 史 ﹂ な の か
127 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
128
れが歴史ではないのかというわけです。
間軸に並べ替えたりして編集したものではないかと。そ
た事実を拾い出してきて、それを時代順に並べたり、空
歴史に変わってくるわけです。
怒ったりしたという関係の中で、血の通うような身近な
ご と の よ う な 歴 史 が、自 分 が そ こ で 泣 い た り 笑 っ た り
メスを入れて書くわけです。いままで冷たい、何か他人
体・地域の歴史の中でもみくちゃになって、そこで生活
た。ただ、自分は東京の周辺に住んでいて、地域の共同
のときに歴史の主体の一つとして、はっきり意識しまし
これは考えてみますと、自分というようなものを、そ
てくれ、﹁自分史﹂流行の端緒になったのです。
れを奈良本辰也さんが取りあげ、毎日文化賞に推せんし
たのが私の﹃ある昭和史︱ 自分史の試み﹄でした。そ
て、みんなから総スカンを食って、鬼子のように生まれ
です。もっと生臭いんです。当時の学界の主流に挑戦し
自分史というものは、そういう冷たい関係にはないん
す。
維新、個人史は伊藤博文の伝記ということになるわけで
伊藤博文という個人の歴史があるんです。全体史は明治
個の商品として流通するためには、最低限こういうこと
はありません。それに助言をし、援助をして、これが1
稿を活字にして、表紙を付けて出せばいいというもので
ですから出版する側も、ただ持ってきた一般の方の原
い、そういう段階にきていると思います。
法 と い う も の を、書 き 手 が 真 剣 に 考 え な く て は い け な
な、あるいは読んで感動するような、そういった書く方
こで客観性といいますか、相手が読んで理解できるよう
ら、自分の責任で読む人を意識して書かれるのです。そ
読む人がいるということが前提になっているわけですか
うな時期になってきました。出版される以上は、やはり
さえ多ければいいというのではなくて、質が問われるよ
さしかかってきました。この発展期というのは、ただ量
会科学、芸術、自然科学まで入る、自費出版の発展期に
自費出版は非常に広大な領域で、文学から自分史、社
自費出版は新しい段階へ
初 め か ら 自 分 史 と い う の は 個 人 の 問 題 じ ゃ な い で す
よ。個人というと、全体史があってその中で個人史があ
していたわけですから、自分のことを何か書こうとした
る。たとえば明治維新という全体史があって、その中で
ら、その地域のことに触れざるを得ない。だからそこへ
129 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
が必要だというアドバイスか絶対必要です。立ち入った
本の内容についても助言、あるいは意見をしてあげるの
が、優れた編集者、出版者の仕事です。
自費出版の世界というのは、つくり手と書き手と、そ
してそれをマーケットに出してあげるための情報の担い
手と、これが協力し合う、そういう関係が積極的に求め
第6回日本自費出版文化賞入賞者 大 賞 該当なし かない、出さないというのではなくて、そういうことな
また書き手も、そういうことを言われたから、もう行
本づくりの協力をお願いしたいと思うのです。
と思いますので、もっと勇気を出して内容に立ち入った
く、友情を持った助言なら聴いてくれるに決まっている
とを言ったらお客さんが逃げてしまうというのではな
各地域の中小の印刷会社や出版関係の方々も、こんなこ
わったわけで、もう第2期に入る状況でありますから、
この日本自費出版文化賞も第1回∼第5回の5年は終
〃 ティニアン・ファイルは語る 原爆投下暗号
尾竹俊亮 東京都
特 別 賞 闇に立つ日本画家 尾竹国観伝
研究・評論 伴林光平の研究 鈴木純孝 京都府
稲垣道子 愛知県
文芸 B 稲垣道子歌集 春のバリトン 文芸 A 兵卒無情 古山新三 東京都
個 人 誌 浪人だった頃 塚田 守 愛知県
藤本トシ子 大阪府
地域文化 花がたみ 我が有縁、無縁の先達に捧ぐ ︻部門賞︼
しには、自分勝手の自己流のものだけで終わってしまい
電文集 奥住喜重/工藤洋三 東京都
られてきている段階になったと、私は思います。
ますし、せっかくの著書が価値を落とすことになります
〃 詩集チョークの彼 さとうますみ 愛媛県
年7月 日 抜粋︶
ので、怒らないで、そういう助言を受け入れるようにし
ていただきたいと思うのです。 ︵
02
13
■入選作品 ◇個人誌部門
われら かく生きたれど 西 毅 滋賀県
うち織 縞の着物 安藤やす江 東京都
玉置泰臣 奈良県
遙かなる過去を尋ねて﹁満州に棄てられた民﹂
ルポ 熊本の結び 消
―えゆく技と形を訪ねて ―
平田 稔 熊本県
おもろいはなし 佐藤富男 岡山県
染めて織って仕立てて古希 永井照子 大阪府
少女 協子 抗
日下中国に育って 西芳寺静江 大阪府
駐在巡査奮闘記 武田 強 熊本県
牛丸達成 東京都
一路の旅 内藤順子 静岡県
福ちゃんの足あと 福田 武 千葉県
明治維新と名参謀 前山清一郎 中山吉弘 長野県
こけ者旅日記 斉藤秀友 埼玉県
◇地 域 文 化 部 門 天草合戦異聞 阿修羅の島 森 光宏 熊本県
風鐸の微笑み 川村憲司 東京都
黄昏の松花江 山本直哉 長野県
◇文芸A部門 牛丸五郎遺稿集 わが人生は岩陰の花
いう風景ではじまるのか 佐藤眞佐美 山梨県
昔話はなぜ子どものいない貧乏な爺さん婆さんがいたと
山崎林治先生遺稿選集︵遺稿編/追悼編︶ 雑木林 ―
山崎林治 長野県
湖の辺 女ものがたり 滋賀県新旭町の明治・大正・昭和 風車の町の女性史づくりの会︵編︶ 滋賀県
桝居 孝 奈良県
雑誌﹃少年赤十字﹄と絵本画家岡本帰一
ドキュメント 被爆記者 戸辺 秀 長崎県
水と風と雲と 詩
―信 年の記録 ―
山本恵一/尚子 山梨県
幻の琉球 トカラ列島 尾竹俊亮 東京都
男のままごと たけのこうき 東京都
26
130
忘れない 久保田靖子 兵庫県
寒椿 母
―の肖像画 ― 加崎希和 兵庫県
冬の花ぐし 石井冴子 千葉県
あはれ逢坂妻有瞽女 中川希恵 神奈川県
日本近代文学と西洋音楽 堀
―辰雄・芥川龍之介・
宮澤賢治 井上二葉 宮城県
渡部琴子 宮城県
平野政吉 世界のフジタに世界一巨大な絵を描かせた男
女流作家の誕生 宇野千代の札幌時代 ABC企画委員会 千葉県
﹁七三一部隊﹂罪行鉄証︱関東憲兵隊﹁特移扱﹂文書
神埜 努 北海道
花 散りてなお 瀬川欣一 滋賀県
アッコのワンディ・エブリディ 高橋亜希子 大阪府
◇文 芸 B 部 門
夢 騒 秦 夕美 福岡県
句集 鷹柱 岡部六弥太 福岡県
句集 赤い車 梅原昭男 茨城県
本多みゆき作品集 ディア マイ フレンド
◇グラフィック部門
﹁菊と刀﹂再発見 アイヌの信仰とその儀式 小松哲朗︵訳︶ 北海道
た日本人 椙村 彩 山梨県
生命と進化 松野善雄 京都府
青き窓 Blue Window Blaues Feuster
桝井幸子 京都府
本多みゆき作品集刊行委員会 神奈川県
歌集 比翼の鳥 加々美正子 東京都
歌集 光響曲 平野由美子 宮城県
韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生き
浅川巧 ―
笑ふ猫 斉藤 定 山口県
越谷喜明写真集 津軽衆になった地蔵さま
句集 涌泉 小野宏文 静岡県
句集 春蝉 新井英子 東京都
越谷喜明 東京都
天つ空見よ 松山博子 宮城県
関口茂画集 関口 貢 東京都
森 貞彦 大阪府
逃世鬼 泰 夕美 福岡県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 131 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
132
写真集 やねこじき 梶田和幸 徳島県
三好豊一郎 詩書画 三好豊一郎 東京都
子どもたち それぞれの季 滝
―澤昭夫写真集 ―
滝澤昭夫 岩手県
四国八十八ヶ所かるた 坂本博司 兵庫県
講評と受賞者のことば
◆地域文化部門賞
﹃花がたみ﹄
藤本トシ子著
︻小飯塚一也選考委員︼
嫁入りや出産、お宮参り、孫が
できたときの人形や晴れ着など、昔からの家庭生活のな
かにあるいろんな小物を、家に残っていた型紙から再現
するなどしている。とるに足らないものと思われがちな
ものでも集大成すると、とてもいじらしく、そこに込め
られた情念を思うと、ある意味怖さまで感じさせる。著
者の自分史であると同時に日本の家庭史にもなってお
り、具体的なモノをとおして浮かび上がらせた特異な、
自費出版ならではの作品。
◆個人誌部門賞
﹃ 浪人だった頃 ︱ 亡き友に約束して﹄塚田 守著
校2年のときに親友を交通事故で失った。 年ぶりに出
︻土橋寿選考委員︼
著者は大学の社会学部の教授で、高
30
ネコ背なネコのフニャ 服部浩徳 東京都
9回目の第2次選考会までお世話になった
八王子大学セミナーハウスの「遠来荘」
老年期までの半生を綴ったものが多いなか、わずか5年
とする力に好感がもてた。自分史というと生まれてから
道を見失いがちな青春時代に、プラス方向へ回復しよう
書いた鎮魂の記となっている。ともすれば自分の生きる
てきた当時の日記をまじえて、大学入学までの5年間を
い喜んでいます。
果たしたお返しに、亡き親友が与えてくれたものだと思
たので、部門賞をいただき、二重の喜びでした。約束を
さんのこの言葉だけでもすばらしい賞だと思っていまし
壇に捧げさせてもらってる﹂と言ってくれました。お母
お送りしたら、電話をかけてくださり、涙ながらに﹁仏
年前に交通事故で亡くなった親友がこの世に生き
﹃兵卒無情﹄
古山新三著
◆文芸A部門賞
でありながら貴重な軌跡を描いた本作品は、後々まで読
み継がれていく本ではないだろうか。
歳ごろに召集され、8年間シベ
として残したい、と思ってから、仕事の合間に、時には
見る目に特別なものを感じた。偉い兵隊さんやインテリ
著者が作った短歌が引用されているのだが、その戦地を
リアに抑留された体験が克明に記録されている。当時の
︻中山千夏選考委員︼
1ページ、時には数ページと書きながら、当時の自分と
て、そしていまも自分の心に生きているという証を言葉
の会話を始めました。日記を読み返しながら、かっこう
の兵隊さんではなく、ほんとうの庶民が人間としての鋭
び
読む人に訴える。
の悪い、未熟な自分を思いだし嫌になるのと同時に、た
歳を過ぎてしまっている
い観察眼をもって状況を細かく記している。だからこそ
の自分史を書く過程は、もう
む
面世界へのいい旅でもありました。
れ、抑留者の会が参加者を募集しているという話を聞い
ソ連政府から、団体による﹁シベリヤ墓参﹂が認めら
夢寐にも忘れることのない苦闘 古山新三
この作品を書き上げて、亡くなった親友のお母さんに
した。それはまた、責任と義務を果たす日常生活での内
いまの自分に若かったころの元気を思い出させてくれま
50
だ一生懸命生きようとしていた自分も発見しました。こ
20
33
亡き親友が与えてくれた 塚田 守
133 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
たので、応募することにした。昭和 年7月のことであ
る。
裁 判 で は 勝 訴 し た も の の、い ま も 自 宅 で 看 護 が 続 く。
野に﹂
﹁病む程に澄みまさりゆく眸のなかに母われの顔
﹁万作の咲けど辛夷は未だしも春のバリトンひびかせよ
べとなっている。
えるのでなく、淡々と歌っており、それが格調の高い調
小さく映れる﹂など、背後にある状況に対して大声で訴
た。
れることのない、あのシベリヤでの言語に絶する苦闘の
者として、 年間詠いつづけてまいりました。このよう
医療過誤が原因で、意識が回復せぬままの息子の代弁
息子の代弁者として 稲垣道子
さまが、次から次へと浮かんで、時には独り言を呟きな
まった。原稿用紙に向かって書き始めると、夢寐にも忘
れ、400字詰原稿用紙4枚ないし5枚程度の連載が始
そ し て 記 者 か ら シ ベ リ ヤ 抑 留 記 録 を 書 く よ う 勧 め ら
が訪ねて来られ、﹁時の人﹂として、紹介してくださっ
私のシベリヤ墓参の話を知って、地元の新聞社の記者
57
終戦からすでに半世紀が過ぎたが、シベリヤ抑留のこ
がら⋮⋮夢遊病者のように、記憶をたどる日が続いた。
ございます。
願っている私ども家族にとりまして、この上ない喜びで
く 社 会 に、一 人 で も 多 く の 人 た ち に 訴 え て い き た い と
な歌壇以外の賞をいただけますことは、医療の安全を広
厚くお礼申し上げます。
ン﹄のなかにお汲みとり下さいました選考委員の皆様に
このたび、親としての必死の思いを歌集﹃春のバリト
く、微力ながら活動をつづけています。
を出版、あらゆる機会をとらえて医療の安全を訴えるべ
夫は、一昨年﹃克彦の青春を返して﹄
︵朝日新聞社刊︶
と な ど 一 人 で も 多 く の 方 に、特 に 若 い 世 代 の 方 た ち に
20
知ってほしい、読んでほしいとの強い思いで書き綴った
ものである。
入っていたが、医療過誤で意識を失ったままとなった。
︻秋林哲也選考委員︼ 著者の息子さんは大学で合唱部に
﹃春のバリトン ︱ 稲垣道子歌集﹄ 稲垣道子著
◆文 芸 B 部 門 賞
134
◆研 究 評 論 部 門 賞
この人物の末裔で4代の孫にあたるから間違いない。本
来﹁鈴木﹂姓だが、わけあって﹁伴林﹂に改姓したもの
ンターネットの検索でも二様だから困る。もっとも目標
だが、﹁ばんばやし﹂の誤称が著名な辞書にもあり、イ
は歌人国学者としての生涯で、多数の歌作や著述、風雅
鈴木純孝著
︻色川大吉選考委員長︼ 先祖の国学者について鈴木純孝
な多趣味と尊皇精神の純粋さ、人物の大きな器など書き
ともばやしみつひら
さんが書いた﹃伴林光平の研究﹄。伴林光平は、幕末の
たかった。発願といえばたいそうだが、自分が書かなけ
﹃ 伴 林 光平の研究﹄
文久年間に大和の天謀組蜂起に最年長者として参加した
爾来、社寺旧家の資料博捜と撮影、読解など新年も忘れ
ほつがん
が 失 敗。そ の 無 念 を 晴 ら し た い と い う 思 い が 流 れ て い
れば⋮⋮という強い意志で執筆にかかったのは確かで、
ての初志貫徹の一筋であった。
はくそう
る。たいへん読みやすく読み応えがある。 年間の徹底
的な資料調査、近親者や関係者への聞き取り調査など、
感がもてる。伴林光平が獄中で書いた本が、戦前に当時
の青年に愛読されたことがあるが、それから半世紀、奇
しくも今回の受賞となった。
ら﹂以外にないと答えたが、気になって調査を志したの
林光平﹂の読みについて聞いてきて﹁ともばやしみつひ
で、ありがたく、かつ素直に嬉しい。かつて友人が﹁伴
折しもこの人物の140年忌が近い点でも意義深いの
が立つ人で、祖父の画業を丹念に調べ、作品をたずねて
いがあったため中央画壇から追われたという。著者は筆
竹3兄弟は優れた画家であったが、岡倉天心らといさか
濃い労作。孫にあたる著者が、祖父の足跡をたどる。尾
この努力を高く評価したい。
全国に足を運んでいる。客観性が少々気になるものの、
が昭和
年の夏頃であったから随分古い。もっとも私が
︻土橋寿選考委員︼
新潟県出身の画家の評伝で、内容が
﹃闇に立つ日本画家 尾竹国観伝﹄ 尾竹俊亮著
◆特別賞
一族ものとしては資料の扱い方がフェアであることも好
20
新年も忘れて初志貫徹の一筋 鈴木純孝
135 第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
35
﹃詩集 チョークの彼﹄ さとう ますみ著
︻中山千夏選考委員︼ 特に変わった手法ではないが、感
著者の意向が生かせる自費出版 奥住喜重
年ほど前から、B 空襲の米軍資料を追跡し始め、
特に 年以降は、工藤洋三氏との共著を主に、時には単
29
の米寿の記念に﹂とあり、ところどころに父親の俳句が
あとがきに﹁詩心をいつの間にか与えてくれたお父さん
で、元の歌をふくらませてうんといい詩になっている。
﹁ チ ョ ー ク の 彼﹂も ひ と つ の 短 歌 に 触 発 さ れ て 書 い た 詩
自費出版に頼るようになりました。宣伝手段を欠くこと
著者の意向が生かされない場合もあることから、自然に
は出版社を探しにくくなったことと、出版社によっては
独でも、自費出版を重ねてきました。この種のテーマで
方々に読んでいただければ幸いと喜んでおります。
が 弱 点 で す が、今 回 の 受 賞 に よ っ て、少 し で も 多 く の
﹃ティニアン・ファイルは語る
︱ 原爆投下暗号電文集﹄奥住喜重・工藤洋三著
︻鎌田慧選考委員︼ 原爆を投下する米軍の前線司令部と
ワシントンとの細かなテレタイプ通信の記録。パンプキ
ンという名の爆弾についても収録されている。米国の国
立公文書館にあった記録を翻訳したもので、当時の状況
を再現する貴重な資料だ。お二人はこれまでに原爆や空
襲など数冊の資料集をまとめており、一連の作業を高く
評価して特別賞とした。
文化賞最年少入選者、椙村彩さん(03年)
散りばめられている。特別に顕彰したい。
覚 が 研 ぎ 澄 ま さ れ て い て、力 の あ る 詩 集。表 題 作
20
94
136
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
137
﹃自費出版年鑑2004﹄より
第7回日本自費出版文化賞
第3回日本自費出版フェスティバル 刊行のことば
自費出版こそ出版文化の中心に NPO法人日本自費出版ネットワーク代表理事 あった。私たちは自費出版文化の向上と発展を目指す団
体である、ついてはこのたび、自費出版物に対する賞を
創設する、その審査委員をやってもらいたい、という。
書籍の審査委員なんて恐れ多いことだと思ったが、色川
さんのご指名だと聞いて、お引き受けした。色川さんに
は市民運動でいろいろお世話になってきている。そうし
て初の審査に臨んだわけだが、それからもう7回目だと
年、第 1 回 の 審 査 に 当 た っ た こ ろ
すると、あれは 年初めのことだったか。
正 直 な と こ ろ、
は、自 費 出 版 の こ と も、自 費 出 版 ネ ッ ト ワ ー ク の こ と
け、とたずねた。7回目、と答えがあった。もうそんな
には何十人もの関係者。誰かが、今年は何回目でしたっ
さんも、例年どおり審査のテーブルについている。周囲
たっていらした土橋寿さん、秋林哲也さん、小飯塚一也
務 め た。ほ か に 第 一 次 選 考、第 二 次 選 考 か ら 審 査 に 当
い っ し ょ に、
﹁日本自費出版文化賞﹂の最終審査委員を
今年も、色川大吉審査委員長のもと、鎌田慧さんとご
ない高い質の作品と出会うことも珍しくない。部門も多
質は、無骨ではあっても決して低くない。商業出版には
はつきものの﹁邪念﹂が皆無なので、その作品としての
である。儲けようとか有名になろうとかいう商業出版に
応募がある。どれもこれも大変な熱意や努力のたまもの
ようやくわかったのだ。とにかく毎回、驚くほど多量の
3回目を迎えるころには、さすがに考えた。というか、
だろう、と思っていた。ところが2回目があり、さらに
もあまりなかった。申し訳ないが、賞はすぐになくなる
になるのか、という感慨が、あちこちから漏れた。私も
岐にわたる。だからいくつかの部門に分け、審査担当も
も、この年鑑のことも、暗中模索だった。深く考える気
﹁自費出版ネットワーク﹂をなのるところから依頼が
j
97
同じ思いだった。
中山千夏
98
138
それによって分けたが、たとえば私が担当する文芸部門
などは、当初一部門だったのを二つに分け、それでも審
査員一同、毎回、多様な作品を並べて評価することに苦
慮している。そんなぐあいだ。
要するに回を重ねるごとに私は、人々が自費出版に注
ぐ情熱の大きさと、それが生み出す出版物の多様さ、質
の高さに圧倒されていったのだった。そこでおのずと、
自 費 出 版 ネ ッ ト ワ ー ク が 誕 生 し た わ け が わ か っ た。出
版、印刷、編集企画などで自費出版にたずさわった人々
も、私同様、自費出版物とその作者のエネルギーに打た
れたのに違いない。そして、これこそが出版文化の中心
であるべきだ、と思い定めたに違いない。7回の選考を
重ねて、私もすっかり自費出版ネットワークの人々と同
じ考えになった。
言うまでもなく出版は大きな力だ。それを有名人や大
出版社など、すでに力のあるものたちが独占するままに
しておいてはいけない。表現の自由を小さな個人、小さ
第7回日本自費出版文化賞入賞者
大 賞 旧ソ連の環境破壊 核放射線被災の実態
塚本三男 静岡県
︻部門賞︼
ムツカリ﹂から﹁シモツカレ﹂へ 松本忠久 東京都
地域文化 ある郷土料理の1000年 ―
元三大師の﹁酢 よう。いまでは私は、はっきりそう思って審査に臨んで
個 人 誌 地域医療に生きる 長
―寿美里の診療所︱
本村吉郎 長野県
な組織の手に確保しよう。微力ながらその流れに参加し
いる。
街道探索 福山藩の山陽道 東山欣之助 広島県
たくましく生きる農村の女性たち 飯塚節夫 茨城県
民俗の原風景 ︱埼玉 イエのまつり・ムラの祭り
文芸 A 蔕文庫 第 号∼ 号︵ 年春、夏、秋、冬︶
松井 勇︵編集発行人︶ 大阪府
吹奏楽黎明期の先達 須藤元夫 群馬県
海の小さな生き
グラフィック MARINE WONDER
ものたち 礒貝高弘 神奈川県
特 別 賞 越後磐舟 ことばの風土記
〃 長谷川勲 新潟県
〃 浜町物語︵上、下︶ 小野三蔵 北海道
〃 ああ! 診療譚 言わせてもらおう!
一開業医のお説教的アドバイス 日下部康明 埼玉県
奨 励 賞 信濃路の双体道祖神 小出久和 長野県
ふみ
〃 史の会研究誌第4号 女
―たちの物語を
再生する ―史の会 神奈川県
話 子らとの十六年
―鈴木敏子 東京都
バルセロナ そして旅とEメール 小林智子 東京都
らい病﹂だった
書かれなくともよかった記録 ﹁―
飢餓日記 丹あずみ 東京都
神様からの伝言 笠原伸夫 山形県
質・管理の品質の向上を求めて 伊藤 昭 愛知県
自立型経営コンサルタントの実践指導ノート 会
―社の品
シャムス ペットロス症候群を乗り越えて ―
神奈川県
いけだよう︵外川寿子︶
熟年パパ 岡田健三 奈良県
木に魅せられて 池上晴夫 茨城県
◇個人誌部門 雨森の四季 第9集 ふ
―るさとづくりの心を求めて
︵他2点︶ 平井茂彦 滋賀県
たちの愛
手仕事にみる飛騨の暮らし 伝
―えたい、命を紡いだ母
―高山女性史学習会編 岐阜県
文芸 B 川柳句集 仙人掌の花 長江時子 大阪府
03
大舘勝治 埼玉県
15
研究・評論 明治の陸軍軍楽隊員たち 12
40
半田空襲と戦争を記録する会 愛知県
知多の戦争物語 ◇地 域 文 化 部 門 ■入選作品 第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
139
―
シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田︵1934
2000︶遺作・遺稿 保田春彦 神奈川県
―
句集 石語 手島靖一 神奈川県
◇研究・評論部門 桶屋の八市っちゃん 平馬 學 静岡県
曼陀羅 小川クニ子 奈良県
詩集 子どもたちよ 三上敏夫 北海道
丁卯生まれ 小堀文一 埼玉県
白木蓮の詩 八木芙佐子 岡山県
憶 うおずみ千尋詩集 うおずみ千尋 石川県
山村日記 大橋土百 新潟県
太閤夢譚 知
―られざる秀吉像 ―司馬胡男 山梨県
マレーシア人の太平洋戦争 渡辺正俊 山梨県
京都・半鐘山の鐘よ 鳴れ! 宮本ヱイ子 京都府
宮本武蔵 研究論文集 福田正秀 熊本県
中村建治 東京都
中央線誕生 甲武鉄道の開業に賭けた挑戦者たち
白鳥省吾物語 ︵上巻、下巻︶
佐藤吉一 宮城県
あくがれの歌人 中嶋祐司 兵庫県
岡田泰子/田中穂波/山口恵子 埼玉県
現代歌枕紀行 ◇文 芸 B 部 門 みなしご﹃菊と刀﹄の嘆き 森 貞彦 大阪府
歌集 パンセの森 水原 茜 京都府
水煙草 はしもと風里︵橋本淑子︶ 神奈川県
Walking in the Gardenひらのあきこ アメリカ
美ヶ原厳冬 杉浦宏昌 愛知県
いぬのこうまちゃん 庭をめぐる
飄々 大阪百景 山門直三 大阪府
◇グラフィック部門 浮雲 信ヶ原綾歌集 信ヶ原綾 京都府
ゆかいな野菜たち 亀谷進/鈴木久恵 神奈川県
山口俊平 大阪府
日 輪 吉本和彦 兵庫県
Pony the Puppy;
歌集 小雨︵ペニーレイン︶ 柳内祐子 北海道
博 士
神の鶏 桑高清而︵喜代次︶ 静岡県
句集 花野変幻 村田桑花 埼玉県
◇文 芸 A 部 門 140
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
141
料理絵の本 首藤芳子 東京都
宮ヶ瀬 ダムに沈んだ村 井之口マツ 神奈川県
里山百花 江南和幸 滋賀県
新潟の風土に生きる 越佐の女 ―
―清水重蔵 新潟県
メジロ・ヒヨドリ 安部克美 兵庫県
第3回日本自費出版フェスティバル
会場に展示された受賞作品
講評と受賞者のことば
◆大 賞
﹃旧ソ連の環境破壊 ︱ 核放射線被災の実態﹄
塚本三男著
︻鎌田慧選考委員︼
旧ソ連の核実験の被災地は、セミパ
ラチンスクやクルチャトフなどがよく知られている。著
者は静岡県焼津市在住の元教師で、ご存じのとおり焼津
は、アメリカの水爆実験で被爆した漁船﹁第五福竜丸﹂
のお膝元だ。いまは静岡県浜岡原子力発電所がいちばん
危険だといわれている。
著者はそのような場所に住んでいることから問題意識
があり、チェルノブイリ以降、被災地の調査を行ってき
た。この本は、チェルノブイリ以外も含め旧ソ連の核実
験地域をまわった報告書で、奇形胎児の標本や、発癌し
た 女 性 の 写 真 な ど、無 惨 な 写 真 も 掲 載 さ れ て い る。ま
た、カザフスタンのセミパラチンスク周辺では、出生児
の5%を奇形児が占めるというデータもある。標本など
を見せてもらえたのは、著者が長いあいだ行っていたか
害が発生している。
れていたわけだ。そして、いまもずっとひどい状態の被
爆弾を投下する以前にこのような実験場ですでに証明さ
米ソの核実験・開発競争がいかに愚かであったかは、
極めで具体的で貴重な報告だと思う。
てきている。もう一度核について考えるという意味で、
が、一方では劣化ウラン弾などの問題がどんどん広がっ
最 近 で は 核 実 験 も あ ま り 問 題 に さ れ な く な っ て い る
書である。
らこその信頼関係によるものだ。ほんとうに貴重な報告
ん で す。ま ず 年 の 核 廃 棄 物 の 大 量 廃 棄 に よ っ て、テ
ここでは原子炉から出た核廃棄物を湖や川に捨てていた
た。郊外に核の製造工場群があって、恐ろしいことに、
ま ず ロ シ ア 連 邦 の チ ェ リ ャ ピ ン ス ク 周 辺 を 訪 れ ま し
という二つの目的で行ったんです。
したので、その被災と、アラル海の被災の状況を知ろう
チンスク核実験場の周辺がいちばんひどいと聞いていま
うとしていました。なかでも、カザフスタンのセミパラ
ソ連崩壊後も、多くの被災があったことが隠蔽されよ
なことには関心が払われません。
チャ川流域の住民に異常が発見されました。
旧ソ連では核の問題を隠蔽する体質があり、軍と工場
が一体となって、人民を虫けら同様に扱ってきた。1万
人や2万人死んだって仕方ないんだという考えが根底に
あまりに知られていない核実験の被災
るか。だからみんな話さないんです。日本でも戦争中は
らしたりした人たちは、殺されるかシベリア送りにされ
あるということがわかりました。反対したり、秘密を漏
核兵器の使用については、全世界で賛成する人はいま
を使用していて、その被災者も非常に多い。でも、そん
も存在し、湾岸戦争やイラク戦では米軍が劣化ウラン弾
せっかくカラー写真を撮ってきていますから、お金は
まずは見てほしいという思いをこめて
かけていません。これほど原子力発電所が増え、核兵器
そうだったんでしょうけれど。
塚本三男
52
せん。しかし一般の方々は、放射線についてあまり気に
放 射 線 被 災 の 実 態 を わ か り や す く 伝 え た い
︻大賞受賞者インタビュー︼ ︵抜粋︶
142
もらいました。
版した﹃カザフスタンの核悲劇﹄から写真を転載させて
に要望しました。カザフスタン被災者同盟の写真家が出
かかりますけども、全部カラーで載せていただくよう特
在している。
く、いまでも北関東地方に﹁シモツカレ﹂という名で存
記 し た﹃宇 治 拾 遺 物 語﹄な ど に そ の 名 の 源 が あ る ら し
料理で、その歴史は古く比叡山延暦寺の大僧正のことを
文化的価値のある、後世に遺してもらいたいというよ
だきたいと思います。
出版の販路も全国的なネットワークのなかでやっていた
いいものを残していくということで、できるだけ自費
全国ネットで販路を広げてほしい
た方で、研究者というよりはドラマチックなエンターテ
著者の松本忠久さんはテレビ局のTBSに長くおられ
力量が、選考会でも高く評価された。
ひとつの料理についてこのような大著に仕立てあげた
ろい。
など、さまざまな切り口で取り上げられていて、おもし
その料理について、歴史的な典範、文学作品への登場
うな本は、なかなか売れない。硬い本は売れないという
イメントを仕立てる力量がある人だろう。
かったのである。
は 絶 対 に 書 か れ な か っ た、庶 民 の 食 文 化 に 光 を あ て た
くる庶民の文化史である。有職故実書や秘伝の料理書に
料理そのものではない。それを通して、浮かび上がって
あるのは、郷土料理、この場合は﹁シモツカレ﹂だが、
歩き、食通の蘊蓄話になりがちである。わたしの関心が
うんちく
郷土料理のエッセイというと、とかくお国自慢や食べ
書きたかったことは﹁庶民の食﹂
松本忠久
難 し い 時 代 に 来 て い ま す ね。で き る だ け そ う い う 点 で
も、若い人も含めてやっていけたらと思います。文化の
伝承は、出版社の使命だと思いますから。
ニンジンをおろした中に煎った大豆と酒粕などを加えた
︻小飯塚一也選考委員︼
﹁酢ムツカリ﹂とはダイコンと
ムツカリ﹂から﹁シモツカレ﹂ヘ﹄
松本忠久著
﹃ある郷土料理の1000年 ︱ 元三大師の﹁酢
◆地 域 文 化 部 門 賞
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
143
ろう。しかし、意を汲んでくださって、賞をいただき、
力がおよばず、説明が不十分だったり、誤りもあるだ
もので、 年の生きざまが見事に描かれている。このよ
父親から受け継いだ膨大な資料を息子さんが整理した
品についてエッセイを書いているが、大きな力で後押し
たいへん嬉しい。いま、納豆や醤油など、日本の伝統食
活ぶりは日本の地域医療の現状へ向けての警告でもあ
うな記録はほかにもあるだろうが、すさまじいほどの生
︻土橋寿選考委員︼ 長野県小諸の長寿村美里の診療所医
医療にささげてきた活動が認められたという嬉しさと、
の先生は
年間、村人たちの長寿のために献身的に努力
での記録だ。昨今の﹁医は算術﹂的な医師ではなく、こ
31
している。多いときには1日に 件近く往診があって、
40
法然に親しんで自分の信念をさらに高めている。
わら、各地で健康・医療の研究会で講演したり、親鸞や
夜中まで飛び歩いていたという。そのような医療のかた
40
です。 人たちが日本の社会・経済を支えてきたのだという思い
父と同じように、決して表舞台に立つことのない多くの
賞をいただいて率直に思うことは、父のこの間の地域
た。
ものではなく、父のごく親しい人たちに配っただけでし
分史として編んだものであり、もとより広く人に見せる
もともとこの本は父が記してきた日記をもとに父の自
本村 充
表舞台に立たず、社会を支えてきた人たち
り、現職の医師に読んでもらいたいと感じた。
時に、喜びを分かちあいたい。
かたちで評価してくださったかたがたに、感謝すると同
てくださったり、小著を読んでいただいたり、賞という
された気持ちである。一介の素人に、取材などで協力し
40
師〝昭和の赤ひげ先生〟による昭和 年から平成6年ま
本村吉郎著
﹃地域医療に生きる ︱ 長寿美里の診療所﹄
◆個 人 誌 部 門 賞
144
◆文 芸 A 部 門 賞
﹃蔕文庫 第 ∼
号︵
年春・夏・秋・冬︶
﹄ 03
ずぶの素人の無謀な試み 松井 勇
ずぶの素人が、いきなり﹁季刊・投稿誌﹂を立ち上げ
るというのだから、無謀といえば無謀ではあった。労働
季刊誌で、年4回の発行回数が少し減ることもあるらし
て、﹁そりゃ無理だ﹂﹁甘いのじゃない﹂などと、ほとん
代 半 ば に し て 文 芸 雑 誌 の 編 集・発 行 人 に 変 身 す る な ん
運動一筋で生涯を終え隠退するはずのぼくだったが、
いが、こんにちまで続いている。
どの友から忠告された。
﹁3号雑誌で終わっても、やるだけやればいいんじゃ
朋友もいた。
ない﹂と、半信半疑のままながら支援を約束してくれる
か。
あれから4年。古希を迎えたこの春、第 号の発行に
あった。なかでも文芸同人誌はけっこうあるが、このよ
どのような考え方でつくっているか、編集の担当者が
うな総合誌のかたちをとったものは珍しいのではない
こ れ ま で も 同 人 誌 作 品 が 最 終 選 考 ま で 残 っ た こ と は
年に大阪府八尾市で創刊された
松井 勇︿編集・発行人﹀著
15
00
ひた向きに生き続けた人たちの足跡と息吹を、いまの高
次のように書いておられる。
﹁どんな困難な時代にも、
入選通知だった。﹃蔕文庫﹄は﹁バラエティに富んだ総
まで漕ぎつけた。そこに転がり込んだのが、このたびの
あまり読まなくても、川柳はおもしろいという方もいる
︻秋林哲也選考委員︼
新聞・雑誌で、俳句や短歌の欄は
﹃川柳句集 仙人掌の花﹄
長江時子著
◆文芸B部門賞
合文芸誌﹂と評価され、今後の励みとなった。
くことはとてもいいことだ。
自費出版というかたちを使い、このように発信してい
る。
り、創作あり、詩ありと、内容もバラエティに富んでい
に な っ た﹂
。そんな志を抱いて仲間を誘い、エッセイあ
齢社会のなかで全世代共有のものにしたいと考えるよう
16
60
12
︻中山千夏選考委員︼ 第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
145
て い た だ け た こ と が、何 に も ま し て 嬉 し ゅ う ご ざ い ま
じゃれや語呂あわせに過ぎないという誤解がまだござい
だ ろ う。に や り と す る よ う な こ と や、皮 肉 っ ぽ い と こ
ます。そのなかで、自分の作りたいイメージの本を、こ
す。
シャープな批評性が自分にも向けられているという姿勢
の句集に反映できたのは、家族の理解と仲間の支援、印
確かに川柳人口は増え、多くの人が川柳に関心を持っ
が非常にはっきりしている。自分の内部、他人、ひいて
刷所の協力のお陰と感謝しています。
ろ、社会時評的なところがおもしろくて、寸鉄人を刺す
は人間の存在に対する批評といったことまで考えさせる
書くことは自分を見つめ直すこと、詠むとは人を深く
ようなものが多い。
ような、たいへんおもしろい川柳集だ。
観察し理解することと思います。話言葉で素直に、さま
てくださるようになりましたが、社会一般の認識は、駄
たとえば、﹁自分史の中の小骨はそのままに﹂。自分史
﹃仙人掌の花﹄にはそうしたことも含まれるとともに、
を自費出版することが多いなか、そういったことを非常
ざまな人間模様を一行のポエムにするおもしろさ、難し
年から明治
て、北辰事変、日露戦争、明治天皇の凱旋などといった
の終わりまで、著者の父親が軍楽隊員として陸軍に入っ
︻色川大吉選考委員長︼
この作品は、明治
須藤元夫著
﹃明治の陸軍軍楽隊員たち︱ 吹奏楽黎明期の先達﹄
◆研究・評論部門賞
す。
さ を、こ れ か ら も 追 求 し て ま い り た い と 考 え て お り ま
に巧みに批評した作品だと思う。
﹁内野安打を時どき打って生き延びる﹂。こういった生
きる姿勢。僕らもついこのようなことをやってしまうこ
とが随分ある。ほかに、
﹁ちょっと名が売れて取れなく
なる仮面﹂など。
非常に批評性に富んだ、人間を斜めから刺すような、
長江時子
くすぐるような、刺激を与えるような、そういったもの
がたくさんつまっている。
川 柳 の 魅 力 を 伝 え た く て 現代の川柳、人間諷詠の川柳を、このような形で認め
30
146
は軍楽隊で演奏した曲目を音譜にして再現している。軍
父親の持っていた克明な日記と、手紙や写真、あるい
を訪ね、補充して書かれた大著だ。
名前などは分からないので、著者が防衛庁の資料室など
を書いた日記を基本にしている。もちろん日記だけでは
国家の重要な式典などに出て、いろいろと目撃したこと
したのが﹃明治の陸軍軍楽隊員たち﹄です。
姿を知ることができるので、あえて日の目を見せて出版
が、わが国の洋楽、吹奏楽の先達となった多くの隊員の
本来なら埋もれたままとなるはずの個人の記録でした
列的には誤差が出ないと思います。
とめた回想録より、リアルタイムで書いた日記類は時系
その空白を埋めることができると分かりました。後日ま
︻色川大吉選考委員長︼
著者は、伊豆の海岸から湘南の
﹃ MARINE WONDER
︱ 海の小さな生きものたち﹄ 礒貝高広著
◆グラフィック部門賞
楽隊というのは式典に出るものだから、明治の日本国家
が日露戦争にかけて、どのような国家儀礼をやったかと
いうことが側面から照らし出されている。
非常に高い資料的価値を持ち、しかも、長い年月をか
けて本にすることにより、それらの資料が生かされてい
る。
時の軍楽隊の活躍の詳細が不明と述べられておりまし
よって出版されていましたが、前者によれば北辰事変当
すでに﹃陸軍軍楽隊史﹄と﹃海軍軍楽隊﹄が関係者に
軍軍楽隊でした。
を実行するため、渡米の資金作りの原点となったのが陸
私の父、元吉は少年時代に世界一周の夢を抱き、計画
いった仕事が評価されることはないのではないかという
めったに出ないだろうから、この機会を見送ると、こう
ような写真が収められている。このような写真集はもう
超ベテランダイバーである中山さんが観ても驚嘆する
結果、写し出された写真である。
れた。海の生物に対する並々ならぬ関心と愛情と研究の
をつくり、イルカや魚たちの飼育係をずっとやってこら
マリンスポーツ会社にもおられ、その後、自分でも会社
た。記録魔であり、保存魔であった父が残した資料は、
埋もれたままとなるはずだった記録 須藤元夫
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
147
ことで、ほかにもいくつか優れた写真集はあったが、あ
えてこれを部門賞として選ばせていただいた。
小さな生きものたちが棲む海は 礒貝高弘
今回、受賞した写真集は、海に棲む小さな生きものた
◆奨励賞
﹃信濃路の双体道祖神﹄
小出久和著
﹃史の会研究誌第4号︱ 女たちの物語を再生する﹄
史の会 ︿代表・江刺昭子﹀著
︻小飯塚一也選考委員︼ 長野県の小出久和さんが県内に
自然が生み出した不思議なほど見事な造形美を中心に構
2904基あるという二人一組の道祖神を 年かけて撮
ちの姿形の精密さと色彩の艶やかさにスポットを当て、
成した。撮影にあたっては、モデルである彼らをわが家
たころ、彼らに声をかけながら楽しく行った。
の水槽に長期間同居させ、環境になじみ、素顔を覗かせ
このようなものを本にしようという情熱がすばらしい。
祖神の研究者にとっては、これ以上ない資料となった。
影し、国土地理院の地図を添えて写真集にしたもの。道
れることを決して忘れてはならない。そして、モデルに
きものたちの存在があってこそ、地球上の生態系が保た
ら知られていない。しかし、これら名も知れぬ小さな生
けてきた。内容が資料的にもすばらしく、その活動ぶり
川県を中心とした女性問題に関する研究活動をずっと続
﹁史の会﹂は横浜にある女性の研究グループで、神奈
双体道祖神のメッカである長野県内全域を調査・撮影
小出久和 ﹁野ざらしの文化財﹂を記録に残すという使命感
全体を評価するという意味で奨励賞となった。
きれいな環境であってほしいと願っている。
なってくれた小さな生きものたちの棲む海がいつまでも
ものが棲息しているにもかかわらず、その多くが存在す
地球上には、我々の生活に直接関係のない小さな生き
15
し終えるのに 年を費やし、できあがったものが写真集
15
148
仕立ての﹃信濃路の双体道祖神﹄です。
あまりにも情報量が多く、マニアックすぎて自費出版
◆特別賞
の評価も賜り、公共図書館や石神仏研究の方々などに、
しかし、信州︵長野県︶の道祖神の戸籍台帳であると
方言研究と言葉の採集に情熱を傾けた新潟県の長谷川勲
とばの風土記﹄が特別賞となった。教職を経て、地域の
︻小飯塚一也選考委員︼
地域文化部門から﹃越後磐舟こ
﹃越後磐舟 ことばの風土記﹄
長谷川勲著
地方石像文化財の資料としてご活用いただいておりま
さ ん の 研 究 的 エ ッ セ イ と い え る 本 だ。方 言 の 奥 深 さ を
でしか対応できなかったのが現状でした。
す。
くっきりと描き出している。
ふる里ことばに籠められた文化と歴史 長谷川勲
信濃路の原風景にひっそりとたたずむ道祖神巡りのガ
イドブックとして、少しでも多くの方々にご利用いただ
けたら幸いです。
方 言 集 め を 始 め た の が 年 前。採 集 を 続 け て い く う
た主婦中心の学習グループ﹁史の会﹂の研究誌です。神
神奈川県の女性史﹃夜明けの航跡﹄の編纂にかかわっ
た。真意は、ふる里ことばと、ことばに籠められた地域
い っ た が、散 逸 の 恐 れ も あ る の で 一 篇 に 編 む こ と に し
が っ て き た。そ れ を 折 に ふ れ て 地 元 紙 な ど に 寄 稿 し て
ち、一 語 一 語 の 裏 に 地 域 の 人 々 の 生 活 の 姿 が 浮 か び 上
奈川県の女をテーマに、会員各自が資料を集め、聞き取
況のなか、私たちの歩みも逆風にさらされております。
た。女性問題に対する、近年の激しいバックラッシュ状
これを機により多くの人たちに読んでもらえたら幸せで
版文化賞には無欲の参加。賞をいただけたのは望外で、
に軸足をおいた研究を継続するつもりです。
ある。
16
評価していただいたのを励みに、地域と女、平和と平等
り を し、小 論 文 に ま と め る 作 業 を
の文化と歴史を書き残したいというのが第一で、自費出
史の会︿代表・江刺昭子﹀
32
年間続けてきまし
逆 風 の な か で 第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
149
﹃浜町物語﹄︵上・下︶ 小野三蔵著
くて、つい笑ってしまう。世の中に対するいろいろな考
え方が、それほど大上段からではなく、笑わせながら語
られている。著者は、人権を大切に思い、反体制的で、
だけど人間というものも信用できないと人間性について
戸惑いを抱えながら、けっこう楽天的なところもある。
私が考える我々世代のいいところが健康的に出ていて、
﹃浜町物語﹄︵上・下︶は、二人ともおもしろいという
せた。
が、両方とも入れてもらおうということで、この二つを
る と や や 難 が あ る と こ ろ も あ っ た。二 人 で も め た の だ
﹃浜町物語﹄
︵上・下︶もすばらしいのだが、私からす
しかも文章が上手でおもしろいエッセイだった。
ことでは一致している。しかし、これは小説である。漁
特別賞に選ばせていただいた。
いて、たいへんよくできたおもしろい小説だった。この
苫小牧地域の漁の様子や時代背景も細かく書き込まれて
がら、それ以外は史実に基づいて書き進めた結果、地元
ての受賞で感動の極みです。登場人物はフィクションな
く、苫小牧から出ての取材もしないで7冊出版し、初め
古 く か ら の 言 葉﹁井 の 中 の 蛙 大 海 を 知 ら ず﹂の ご と
井の中の蛙大海を知らず 小野三蔵
ままNHKの連続テレビ小説にしてくれたらおもしろい
りの医者が書いたエッセイで、読むと笑わずにいられな
お説教的アドバイス﹂は、全然性格が違っている。ひと
﹃あ あ ! 診 療 譚 言 わ せ て も ら お う ! 一 開 業 医 の
のではと、受賞を契機に次の出版に挑んでみたいと思っ
目に触れるよう奮闘中で、そのことが即老化防止になる
出版で部数消化は大変ながらも、ひとりでも多くの方の
読者の反響が大きく、書き手冥利を実感しました。自費
と思う。
な方を軸にして、そこから3代の物語を書いたものだ。
られた、非常に頑固な﹃老人と海﹄を彷彿とさせるよう
業に生き、最後には漁業協同組合の初代理事長にまでな
た。秋林さんと私で推す作品が異なり、相当激論を戦わ
︻中 山 千 夏 選 考 委 員︼ 文 芸 A 部 門 か ら 特 別 賞 が 二 つ 出
一開業医のお説教的アドバイス﹄
日下部康明著
﹃ああ! 診療譚 言わせてもらおう!
150
ています。
精神科の医者になって
年、いろいろな分野の仕事を
い に 語 っ て み た。自 分 の 入 院 中 に 書 い た 原 稿 で、そ の
である。で、プライバシーに配慮して、若干脚色して大
もどかしさ、くやしさなどをおおっぴらに語れないこと
ひとつ残念なことは、この開業医のうれしさ、悲しさ、
ろい。人間に興味をもつ私の天職だと思っている。ただ
やってみたが、開業医がなんといっても圧倒的におもし
35
分、丁寧な仕事と評価をいただいたと思っているし、と
てもうれしい。
1泊2日で行われる第2次選考会
人間に興味をもつ私の天職 日下部康明
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
151
﹃自費出版年鑑2005﹄より
個 人 誌 障害乗り越え発明人生 加藤源重 愛知県
文芸 B 砂時計 文芸 A 約束の夏 約
―言 ― 若松みき江 北海道
墳崎行雄 茨城県
第8回日本自費出版文化賞
聖 コシャマイン
松本中学校・松本深志高校野球部誌編集委員会 長野県
川辺川の詩 尺
―鮎の涙 ― 岐部明廣 熊本県
松本中學校・松本深志高校 野球部の一世紀
日露戦争と群馬県民 前澤哲也 群馬県
◇地域文化部門 ■入選作品
見える救急医療 曾根秀輝 山形県
奨 励 賞 救急最前線が危ない! 気管内挿管問題から
極光の使者 ―
―
若岡直樹 北海道
長崎屋かく子の青春日記 三木暢子 兵庫県
特 別 賞 与路島︵奄美大島︶誌 屋崎 一 鹿児島県
グラフィック 野良の画集 耕
―作=創作 ―
斎藤良平 宮城県
研究・評論 過去帳 永
―遠に生きている名の発見 ―
切田未良 岩手県
―
第4回日本自費出版フェスティバル
第8回日本自費出版文化賞入賞者
︻部門賞︼
地域文化 四百年の長い道
朝
―鮮出兵の痕跡を訪ねて
尹 達世 兵庫県
大 賞 米騒動の理論的研究 紙谷信雄 富山県
152
第3集防長山野へのいざない 金光康資 山口県
日︱旧満州国 白山郷開拓団︱
花に嵐の 悲しからずや我が人生 斉藤文子 東京都
昭和雑記帳 東京大空襲と浅草の寺物語 平田真弘/増根桂子 埼玉県
8月
ȩ石川県教育文化財団 石川県
◇文芸A部門 坂本芙紀 神奈川県
ブルージュでひと息 ボビンレースの日々 牛山三都男 埼玉県
膝折外史 牛山三都男 埼玉県
私の﹃夜明け前﹄ 小堀文一 埼玉県
金野静一 岩手県
堂坂の家 桶
―川宿伝馬騒動異聞 ―
福田登女子 埼玉県
巣鴨に消ゆ
ある戦中派の記録 新開正臣 熊本県
おにぎりを作りたい 水間摩遊美 熊本県
ヒマラヤからのメッセージ 伊藤みちこ 愛知県
ロカ岬まで 大竹習郎 東京都
光 父
―の遺していったもの
!!
詩集 ハートフル・ポート 五味真紀 神奈川県
日本海かぶれ 後藤 順 岐阜県
湖水風に吹かれて 尾崎与里子 滋賀県
針供養 安部とも 山形県
世代の証言 ― 林田庄治 東京都
先生 参ったなあ 死んだようなもんだ あ
―る
少年院・少年刑務所の回想 ―河原石之介 長野県
― 久松ゆり 高知県
本籍京都市 昭和ひと桁 ふ
―るさとへの想い
山の遊学道︱北越後の山々探訪 山遊亀 新潟県
BC級戦犯 福原勲と妻美志子 ―
−
寺井敏夫 島根県
海の年輪 三陸のある女性の生涯
膝折郵便局小史 明
―治・大正・昭和をかえりみて
岩手方言の語源 本堂 寛 岩手県
野の花に咲いた風 石井喜代子 東京都
―
わかせんにん恋々 郡司 満 宮城県
27
◇個 人 誌 部 門 第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
153
◇文 芸 B 部 門 三角点の夏 米倉 岬 岩手県
内観法の源流をたずねて 吉本伊信の言いたかったこと
岩岡 正 茨城県
歌集 半解凍 桜井世津子 神奈川県
句集 守拙 斎藤東風人 群馬県
和白干潟の風 く
―すだひろこ きりえ画文集 ―
くすだ ひろこ 福岡県
子どもは⋮⋮ 篠木 真 東京都
◇グラフィック部門
歌集 雪の記憶 藤田雪子 愛知県
まつり さた きみよ 兵庫県
句集 少年地図 柴崎昭雄 青森県
西村紫香歌集 太陽の恵み 西村紫香 埼玉県
悠 祈
―り・いのち・風・流・大地 ―全
(2巻 ) 高倉勝子 宮城県
2寝耳にミミズ 妄路迷想 1無駄なおしゃぶり 歌集 方形の窓 生田よしえ 兵庫県
川柳集 あんた 徳道かづみ 大阪府
浜防風
木
―村不可止作品集 ―木村不可止 北海道
勝手気まゝの旅ある記 五味和男 北海道
五味和男スケッチ画集 東海道五十三次 3強引にマイウエイ
針の穴から 和
後藤金哉 愛知県
―英ことわざ考 ― 英諺の中の動物 後藤金哉 愛知県
聖なる島 奄美 西田テル子 鹿児島県
母
1
―03歳を生きて ― 小林光子 神奈川県
ゴミの山はぼくらの天国 藤巻由夫 埼玉県
藤本よしはる/安間くにあき 広島県
バーバーショップ・ハーモニーへの招待 日
―本の拓殖教育 ―
佐藤一也 東京都
もうひとつの学校史
大きなかぶと
The Big Carrot 教
―科書にみる
日・米の文化比較 ―田村 泰 徳島県
菅野哲男/松村一夫 神奈川県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 154
講評と受賞者のことば
◆大 賞
あったのか、そしてそれがあまりにも時代の共通性の上
に立っていたので、たちまち日本全国に広がり、約30
0万人もの大暴動に展開していき、これに対して行政や
警察、軍隊はどのように対応していったかということが
第5章に出てくる。簡潔な文章で、新聞の反応、軍隊の
を使って実にうまくまとめている。第6章で米騒動は日
出動の状況、商店の対応、警察の対応などを統計データ
︻色川大吉選考委員長︼ 研究・評論部門から上がってき
本最大の民衆暴動になったと述べているが、その原因を
﹃米騒動の理論的研究﹄ 紙谷信雄著
た﹃米騒動の理論的研究﹄を大賞に選んだ。 年間にわ
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
155
したすばらしい作品だ。著者の紙谷さんは富山県で教師
たる実証的な研究を積み上げ、最終的に理論的に再構成
米騒動には、だれが参加して、どれだけの人数で、発
て、実証に基づく自分なりの意見を展開している。
もう一度問い直し、いままでの研究者の見解を再検討し
いままでほとんど評価されなかった研究者だったが、
をされていた方で、ほとんど陽のあたらない地方歴史家
日本の民衆運動史の輝かしい業績として残り続けるだろ
端はどうだったかということを、グラフや図形と地図、
ない研究書であるといえる。
う。それを日本自費出版文化賞で取り上げることができ
だった。学会でも評価されずにいた方が、今回長い蓄積
米騒動はどんな歴史段階で起きたかという第1章から
記文資料などを用いて研究している。これは、尋常一様
始まり、その基盤になったのは北陸の地主制であると述
たことは光栄だ。この賞は地方でこつこつやっておられ
の作業ではできなかったのではないか。
べている。米騒動と地主制との関連を掘り下げると同時
る方に光を当てて、やる気を出していただくことをひと
を一挙に集大成した。非常に大事な問題についての研究
に、米騒動が起こったときの富山県の庶民生活と客観的
つの趣旨としている。
に 始 ま っ た か、そ の 参 加 者 の 意 識 が ど の よ う な も の で
な状勢を第3章で分析し、そのうえで米騒動がどのよう
をほぼ一生をかけて成し遂げたという意味で、他に例の
40
︻大賞受賞者インタビュー︼ ︵抜粋︶
ら。地元とは
銭
現在は米騒動関係の本がたくさんでていますが、昭和
明治までさかのぼって集めた統計資料
米を北海道へ出さ
漁民主婦らは、
ですね。
のが有利だったん
あって、外へ売る
近くという差が
10
年頃はあまりなかったので、一からやり始めた状態で
資料がポッと出てくる 紙谷信雄
い つ も 頭 の 隅 に 置 い て お く と
156
年は通いましたね。年数でいうと、 年ぐらいになる
明治までさかのぼって統計資料は集めました。そこに
すね。役場に保存されている行政文書も調べました。
を無闇に値上げし
と、もう一つ、米
ないようにするこ
60
んやね。教員や教頭をやりながらで、中断してた時期も
ないよう米商人に
す。そして騒動が
農家が荷車に積んで売りに来た米を米商人が買うと、
魚津での米騒動の経過
能性をもっていたものと、私は米騒動を解釈してるんで
求する多面的な可
基本的人権を要
起こりました。
みんな銀行の倉庫に入れるわけです。なぜ銀行に入れる
す。
そっちへ売った﹂と商人だった人は言うておりましたか
は米がとれなかったですから。
﹁1銭でも高かったら、
じつは、東京にある老舗の出版社さんに原稿を送った
図表は減らせない
それが主に北海道や樺太に運ばれます。当時北海道で
かというと、金を早く受け取りたいからです。
に入る時期があるんですよ。
頼むことを決めま
40
あるけど、いつも頭の隅においとくと、資料がうまく手
10
みようと。新誠堂さんは﹁魚津の文化のためや﹂言うて
もんやさかいね、地元の印刷屋さん︵新誠堂︶に頼んで
れたわけです。図表だけでそんなにかかってはかなわん
んですよ。図表だけで120∼130万円かかると言わ
にでており、新しい局面を開いたといえる。著者が朝鮮
世界史的な意味をも感じさせる。そのような視点が明瞭
い視点で、朝鮮半島と日本列島の人間の交流が描かれ、
にはつらい思いがあっただろうが、そこからは離れた広
神戸市在住の著者は、日本社会で在日として生活する
しかし、
﹁一冊の本にしておいたら誰かが読んでくれ
出版の勧めもありましたのに、長年放っていました。
ら、誰も読んでくれないだろうと思い、これまで何度か
裏話のような内容で、たいへんマイナーなテーマですか
私のささやかなこの本は400年前の﹁朝鮮の役﹂の
尹 達世
地方図書館の郷土関係の本から題材を得て
半島の祖先の地へ訪れる場面も感動的である。
サービスしてもらって。
大学の研究室へ販売し、反響も
法政大学の歴史学研究会を卒業したOBが﹁新史流の
会﹂という研究会をつくっておられるんですが、そこが
ぼくの本を使って読書会を開いてくれたんですよ。
ダルセ
程がわかる。それは日本社会で考えられるよりも多く、
た。実に核心にふれており、朝鮮の人たちのその後の過
ち の 生 活 ぶ り を、在 日 韓 国 人 で も あ る 著 者 が 訪 ね 歩 い
たくさんの朝鮮人を拉致した。その後の拉致された人た
︻小飯塚一也選考委員︼ 秀吉の朝鮮出兵によって日本は
に出すことを熱心に勧めてくれた多くの方々に報いるこ
認知を得たということにもなるかと思いますので、社会
受賞させていただいたということで、この本が社会的
らでした。
地方の図書館にひっそりと収まっていた郷土関係の本か
す。振り返ってみれば、わたし自身が題材を得たのは各
るものだ﹂という助言もあってようやく出版したわけで
広い範囲で存在する。
尹 達世著
ユン
﹃四百年の長い道 ︱ 朝鮮出兵の痕跡を訪ねて﹄
◆地 域 文 化 部 門 賞
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
157
とができたと喜んでいます。
私は、この 年を機に私自身の心の変化と製作してき
自分の人生にこだわっていく前向きな生きざまがたいへ
具を発明する。自分へのこだわり、障害へのこだわり、
え、なくなった機能を自分で創り出そうとたくさんの機
が、なくなったものを悔やむだけでなく、障害を乗り越
︻土橋寿選考委員︼ 事故によって右手の指を失った著者
時間だったように思います。
あらためて当時を思い起こすと、夢中に過ごしてきた
ませんでした。
たがって、今回の賞に結びつくとは、まったく考えてい
して、心に浮かんだことをそのまま書き綴りました。し
ができないという当たり前のこと、そして、本当の幸せ
は、人の喜びからいただけることを実感しています。
◆文芸A部門賞
︻中山千夏選考委員︼
著者の体験をもとに児童文学の研
﹃約束の夏 ︱ 約言﹄
若松みき江著
私の人生を大きく変えることになったのです。
究誌に 年にわたって発表してきたものをまとめたも
に不自由な方の自助具になり、 年の歳月を迎えようと
していたのです。
10
気付くと、自分の自助具作りから始めたものが、徐々
この不自由から﹁何とかしよう﹂という強い気持ちが
由さを身にしみて実感しました。
私は、平成3年に利き腕の右手指の全てを失い、不自
加藤源重
本当の幸せは、人の喜びからいただけることを実感 幸せは自分で作るもので、待っていても手にすること
しさを味わいながら、今までのことをありのままに、そ
文章作りは不慣れなため、自分の思いを文字にする難
た。
た自助具の整理をしようと思い本にすることにしまし
10
ん心に残り、部門賞に選ばせていただいた。
﹃障害乗り越え発明人生﹄ 加藤源重著
◆個 人 誌 部 門 賞
158
ら高校生の人にぜひ読ませたいと思うほどの作品であっ
の。子どもにも十分わかる書き方で、中学2、3年生か
10
た。
母と3人の子どもが満州からの引揚げが決まった時か
ら日本に着くまでのたいへんな日々を、4歳から8歳に
◆文芸B部門賞
つかざき
﹃句集 砂時計﹄
墳崎行雄著
で、
︻秋林哲也選考委員︼
著者は茨城県水戸市の化学の教師
なるまでの女の子の目を通して克明に綴っている。ただ
子どもを中心に書いたというだけでなく、どんなに困難
年間俳句の勉強をしてこられた方である。今回2
なところにも子どもの感性があり、生活があり、とても
が、女性や子どもにとってばかばかしくひどいものか、
強い言葉では書かれていないが、いかに戦争というもの
﹁生﹂があるのだということがとてもよく表れていた。
非条理になっていても、そこにはいきいきした子どもの
あった。非常にレベルの高いものであったので部門賞に
覚 で あ り な が ら、伝 統 を ふ ま え た し っ か り し た 句 集 で
ままの砂時計﹂からきている。素材的に非常に新しい感
名は三島由紀夫の自決に材をとった句﹁憂国忌止まつた
万句の俳句のうち600句を選んでまとめた作品で、書
歳のとき大学に俳句研究会を作り、俳句に
墳崎行雄
俳句に関わって半世紀、古希を迎えた記念に
国家がひどくても、人種や国籍が違っていても、個人個
戦争してはいけないという人たちの思いを体現した憲
法9条が危機にあるいま、自らの体験をもとにしたこの
昭和 年
関わって半世紀、古希を迎えた記念に句集﹃砂時計﹄を
作品をとおして後世の人たちにその思いを伝えたいとい
う、その意気込みがほどよく描かれており、ひとつの児
中村草田男に 年、加藤楸邨に 年間指導を受け、草田
半世紀の間に、憧れた人間探求派の石田波郷に6年、
出版する。
19
童文学作品として最高級だと思う。
25
んな犠牲者なんだという思いがにじみでていた。
選ばせていただいた。
50
人をとってみれば悪い人はいない、そして個人個人はみ
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
159
26
男には﹁強い骨組みを備えているものが多く、簡潔で歯
12
年同人に推薦されたとき
切れがよく、過不足のない潤いを適度に伴っている﹂と
上には鉄の鍋をかぶせて埋めていた。そういう民衆の意
れのない差別を受けハンセン病で亡くなった方の棺桶の
﹁小生これからの雅兄に大きく期待しています 水戸と
発見できたわけで、いろいろな社会意識の証明になる貴
ている。疫病史の研究というひとつの視点があったから
識がそんなところにも表れていたことを、著者はよく見
励 ま さ れ、楸 邨 に は、昭 和
いふ風土の中から重厚な新風を生み出して﹁暖響欄﹂に
重な作業だったと思う。
をいただく。
り評価されたことがとてもうれしい。過去帳に記された
﹁自分が調べたことが形となり、多くの人の手にわた
仏たちも笑顔を見せるでしょう﹂
著者の切田未良さんが過去帳研究を始めたのは昭和
年。以来、東北地方を中心に調査を重ね、﹁いつも仏さ
んへの弔いの気持ちで歩いていました﹂と日々を振り返る。
本書は話題を呼び、昨年には立命館大学産業社会学部
してきた。過去帳には病気や職業、差別戒名という問題
に、お寺の過去帳を見て各地を歩くという膨大な作業を
︻鎌 田 慧 選 考 委 員︼ 著 者 は 宮 城 県 仙 台 市 の 医 師 と と も
まだ、やりたいことはたくさんあります﹂と笑顔を見せ
受賞の知らせには﹁またいろいろな人と話ができる。
に有効なものと記されていた。
さんの過去帳研究がアフリカなどの飢饉や病気流行対策
についての調査書をまとめた。同書のあとがきには切田
のゼミが来訪。切田さんの研究を基に、江戸時代の疫病
などが具体的に表れている。日本の社会や民衆の意識な
切田未良著
みよし
﹃過去帳 ︱ 永遠に生きている名の発見 ︱﹄
◆研 究 ・ 評 論 部 門 賞
は、この上ない幸せである。
俳句による自分史となった句集により受賞できたこと
12
仏さんたちも笑顔を見せるでしょう 吹き送っていただきたいものと存じます 小生も何とか
名な原子物理学者有馬朗人先生には ページに及ぶ序文
う﹂という激励の手紙をいただいた。そして世界的に有
念願の世界を追求しつづけますので大いに力を協せませ
49
どがわかり、たいへん勉強になった。例えば、当時いわ
33
160
ていた。 ︵﹁胆江日日新聞﹂ 年5月
◆グ ラ フ ィ ッ ク 部 門 賞
日より抜粋︶
﹃野良の画集 ︱ 耕作=創作 ︱﹄ 斎藤良平著
と、綺麗な者を描けば絵になるものをあえて強かに土に
生きた地方民を素人が素描をし、絵画化してきた。
ここにも都市化のパワーが迫り︵兎追った山も小ブナ
釣った川もどこへやら︶
、地球に優しかった先人の百姓
パワーの姿もぜひ巻き戻して残したく、 代に燃焼バク
ハツ! ﹁百姓昔日 ヶ月﹂の壁画︵長さ m高さ3m︶
サンすることで基礎的な訓練をして、著者独特の形式を
してきた著者による画集。周辺の農民約600人をデッ
仏大なり︶一向に孤独の祈りをしてきた。ロマンも1日
に挑む。泥臭く低俗なれど﹁泥中の蓮華﹂
︵泥多ければ
年までの草莽の民565体を足元に落ちこぼれていた落
そうもう
にして成らんが、自慢ヒケらかしもせず昭和初年から
メートルの大壁画に描いており、これ
穂を拾うつもりで完成さす。
このことかも? 斎藤良平
生来の田吾作が、戦中の物不足の青春時より腹の足し
にもならない絵を描いて、親父に筆を折られもしたが、
おくざき
な感性を求め、飽満大国日本も美育にもっと力を入れ四
大教育運動を推し進めたい!
◆特別賞
よ ろ じ ま
島である与路島の地誌である。島の食事や年中行事、民
︻小飯塚一也選考委員︼
奄美大島よりさらに南の小さな
﹃与路島︵奄美大島︶誌﹄
屋崎 一著
と違い鄙びた村落では土まみれの人々と共に働き、泥化
ただただ灼熱にて終わりのない挑戦をしてきた。雅な都
大教育、欧米・中国では美育も含めての四大育教、健全
はやがて注目される作品になるのではないか。自費出版
せていただいた。
今は缶やゴミ拾いの生活大国日本。智・徳・体育の三
働いてる姿を幅
創り出した肖像画が掲載されている。さらに農民たちの
︻色川大吉選考委員長︼ 農業をしながら日々独学で創作
50
22
13
粧の姿に美を求め﹁キレイ事だけが美ではあるまい!﹂
30
12
05
のなかで掘り起こされた大きな業績として部門賞に選ば
22
耕 作 = 創 作 ・ カ ル チ ャ ー ︵ 耕 す ︶ と は
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
161
俗資料、方言などをこと細かく記している。この島がど
のような変遷をたどってきたかが非常に詳しく記録され
別賞に選ばせていただいた。
﹃聖 コシャマイン ︱極光の使者﹄
若岡直樹著
︻中山千夏選考委員︼
アイヌの英雄を伝説から起こして
ており、民俗学的にも価値のある作品と思われる。いわ
ゆる郷土史のスタイルなのだが、読んでいてとても人間
描いたこの作品は、著者独特の文体で綴られている。読
んでいると非常に胸がどきどきするおもしろい小説で
的であった。
あった。
民族のヒーローを語り、世界人類共生の願いを
若岡直樹
﹃聖 コシャマイン︱ 極光の使者﹄を書くためのみに
しての役割が認められたことでもある。審査にあたられ
著者が祖母の日記をもとに追体験で歩くというもの。祖
回か旅をした時の細かな日記が残されており、孫である
でもご参加ください。
り、世界人類共生の願いを共にしています。渡道の際に
外 国 の 少 数 民 族 の 方 も 参 加 し て 民 族 の ヒ ー ロ ー を 語
ます。
山で、7月第1土曜∼日曜日にコシャマイン祭りがあり
と、アイヌの友人と話していました。毎年上ノ国町夷王
ます。一昨日、今年もコシャマイン祭りで会いましょう
イヌ民族のみなさまにも歓んでいただけるものと確信し
ことは、私個人のみでなく多くの未だ陽の当たらないア
北海道に還った私がこのような栄光ある賞をいただいた
歳で他界してしまう。彼女が明治時代に何
23
母への思いがあふれ、明治と平成の時代の文化の比較に
25
もなっている。かなり内容の濃いものであったので、特
に生まれ、
︻土橋寿選考委員︼ 著者の祖母は明治 年新潟県長岡市
﹃長崎屋かく子の青春日記﹄ 三木暢子著
のぶこ
た諸先生方に深く敬意と感謝の意を表します。
ことが取り上げられたことは、離島の位置付け、国土と
日本地図の上にも見ることができない洋上の一孤島の
屋崎 一
離島の位置付け、国土としての役割が認められた 162
◆奨 励 賞
第5回自費出版フェスティバルで講演する藤田敬治氏
﹃救急最前線が危ない! ︱ 気管内挿管問題
から見える救急医療 ︱﹄ 曾根秀輝著
︻鎌田慧選考委員︼ 救急救命士が気管内挿管の処置をす
ることは法的に禁止されているが、一刻を争う場合には
助かる確率が高いため、この処置をしてきた。法と人命
との矛盾があるが、だんだん緩和される方向にすすんで
いる。救急救命士である著者は、この問題をいろいろな
日常の救命活動のなかから指摘している。学校教育のな
かで救命処置や心のケアを教える必要性などを説き、日
本の教育の現状をも思うすばらしい作品である。
いうことについて改めて考えたものです。
で、なぜ日本の救命率が他の先進国に比べて低いのかと
た救急現場の第一線での救急行為について報告したうえ
その背景を辿りながら、法と生命の狭間で揺れ動いてき
こなかった行為についてなぜ許されてこなかったのか、
この本は、気管内挿管という救急救命士には許されて
なぜ日本の救命率は低いのか 曾根秀輝
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
163
﹃自費出版年鑑2006﹄より
説経人形芝居・のろま人形芝居 ・
文弥人形芝居︱ 名畑政治 新潟県
大 賞 人形のかしら集︱国指定重要無形民俗文化財 第9回日本自費出版文化賞入賞者 第9回日本自費出版文化賞
第5回日本自費出版フェスティバル
164
︻部門賞︼
地域文化 ブナ林の里歳時記 石
―黒の昔の暮らし ― 大橋寿一郎 新潟県
個 人 誌 望郷の譜 桁山伸子 熊本県
文芸 A 女大関 若緑 遠藤泰夫 愛媛県
文芸 B 二人歌集 冬の炎 浜村半蔵/キヨ 岩手県
研究・評論 五千日の軍隊︱満洲国軍の軍官たち︱
牧南恭子 東京都
グラフィック 画集 切り絵・創作アプリケ
山田利一/山田眞智子 愛知県
特 別 賞 私家版 馬田氏風説書 馬田智夫 東京都
おうめよう 西芳寺静江 大阪府
私の逢った富士山 大成憲二 長野県
■入選作品 ◇地域文化部門 田山暦・盛岡暦を読む 工藤紘一 岩手県
河井継之助と明治維新 太田 修 新潟県
郷ことばケセン語むかしばなし 紺野矩男 岩手県
﹁語り継ぎたいあの大戦﹂編集委員会 東京都
語り継ぎたいあの大戦
会津残照 遠
―き日々の日本人の情 ―
田村幸志郎 山口県
三角兵舎の月 兵士のように戦争に駆り出された十四歳 ―
―
前橋竹之 神奈川県
戦後六十年
おばあさんから孫たちへ み
―やぎの戦争 ―
退職女性教職員の会宮城白萩の会中央支部 宮城県
私
―とメディアのめぐりあい ―
島守光雄 青森県
無位無官を愉しむ
大映テレビ独立の記録 ―
―
安倍道典 東京都
蕎麦屋太平記 島岡明子 静岡県
西天流離 森山良太 鹿児島県
◇文芸B部門 走り書き魯迅 小野寺丈夫 岩手県
暗い街角 吉本勝彦 兵庫県
鳥嶋遙かなり 木村東市 青森県
少年の眼差し 疎
―開っ子は、何を見たのか? ―
宇都宮アキラ 茨城県
助川城炎上す 北川公二郎 茨城県
塔に生かされて 今井ふじ子 兵庫県
家族︱愛の絆︱ 高橋直也/真木葉子 埼玉県
随想集 文学を求めて 茂呂光夫 新潟県
◇文芸A部門 北の礎 屯田兵開拓の真相 若林 滋 北海道
―
―
昭和初期 ―
太平洋戦争 ―
戦後の物語 ―
昭和の絵手紙 ―
間瀬時江 愛知県
水銀の魔力と魅力 歩
―いて学ぶ歴史と伝承 ―
吉田 登 兵庫県
昭和思い出の記
火焔樹の下で
マ
―ニラの暮らし フィリピンの歌 ―
増田テルヨ 東京都
悠久のロマンを求めた我が人生 ―
鎌田誠一 徳島県
出会いと感動 太古の生命・化石を求めて ―
ある民医連医師の記録 竹中正典 愛知県
豊かなる岡 少
―年時代の回想 ―中島 勲 福岡県
世界が友達 定年からの海外留学 村岸基量 北海道
◇個 人 誌 部 門 第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
165
句集 とらつぐみ 各務千枝子 東京都
句集 移動遊園地 芳賀博子 兵庫県
句集 樹の音 河島いち子 兵庫県
句集 ひよこ 竹井紫乙 大阪府
水越健一 神奈川県
子う取り婆さんの研究 讃
―岐血税反対一揆私論 ―
曽根幸一 香川県
渕上清二 滋賀県
近江商人の金融活動と滋賀金融小史
◇グラフィック部門 エドワード・エルガー 希望と栄光の国
赤えんぴつ 川
―柳句文集 ― 田中正坊 大阪府
花柘榴 山田暢子 埼玉県
句集 根の力 池上千鶴子 茨城県
宮柊二﹃小紺珠﹄論 岡崎康行 新潟県
崎元正教 東京都
ヤマトタケるに秘められた古代史
私本 奄美の釣魚 藤山萬太 鹿児島県
◇研 究 ・ 評 論 部 門 写真集 続百姓日記 気
―仙沼市水梨 年の記録 ―
佐々木徳朗 宮城県
いのちの輝きに魅せられて 市
―川正美布絵集 ―
市川正美 広島県
二等兵物語 大山錦三 静岡県
棚田 たんぼの四季 梅野秀和 佐賀県
いのち輝くブナ 信
―州原生ブナ林を歩く ―
猿渡利二 岐阜県
こぎゃんことがあってよかとか 寺山忠好 京都府
風の碑 白
―川晴一とその友人たち ―
敷村寛治 愛媛県
時差をください 神
―野志/季三江歌集 ―
神野志/季三江 神奈川県
伊福部昭・時代を超えた音楽 木部与巴仁 東京都
安吾よ ふるさとの雪はいかに 丸山 一 新潟県
木部与巴仁 東京都
合本 伊福部昭・音楽家の誕生/タプカーラの彼方へ
ガンガーの祈り ガ
―ンガーマイキジャイ! ―
渡辺直雄 奈良県
166
50
講評と受賞者のことば
◆大 賞
﹃人形のかしら集 ︱ 国指定重要無形民俗文化財 説経人形芝居・のろま人形芝居・文弥人形芝居 ︱﹄
名畑政治著
情 だ と 感 じ た。こ の 作 品 が 大 賞 に 選 ば れ る こ と に よ っ
て、日本の文化財保存のひとつのサンプルとなり、他の
地方でも、埋もれて滅びつつある文化財を保存していこ
うという風潮が起こることを願っている。
︻大賞受賞者インタビュー︼ ︵抜粋︶
傷はあくまでも傷として出す 隠してはダメなんだ
名畑政治
消えゆくものを撮れ
かしら
消えゆく文化の記録。 年後になったら何の価値もな
た。
ちもおらんさかい、放課後はそういう人たちとつきあっ
しは高校生の時にこの町に世話になったけど、誰も友だ
展にだすような画家や書家の先生の家が並んでた。わた
人 形 芝 居 に 使 わ れ る 人 形 の 頭 部︵ 首︶の 写 真 を 集 め た
ほどの人形座と、
家の前の道は昔は﹁芸術街道﹂とよばれたくらい、日
10
大作だ。佐渡博物館と協力して、5年間にわたり徹底的
に佐渡を歩き、いまも残っている
人ほどの元人形師らを訪ねて撮り集めた。国の重要無形
民俗文化財に指定されているものの、国は指定しっぱな
しなので、古い首は捨てられたり、島外に流出してしま
パーセントを撮影したものだ。専門的にみれば、
う。そんななか、この方たちの努力によって残存する首
の約
他の名作と呼ばれる人形に比べ遜色があるかもしれな
い。しかし感心したのは、これらの首には庶民の喜怒哀
いようなものは撮らない。私の写真は、 年経ったら
う気持ちでやってきたの。
記録として保存するだけのつもりだったですよ。本にす
撮影を始めたのは5年前、平成 年︵
︶かと思う。
年の値打ち、 年経ったら 年の値打ちが出る。そうい
10
01
10
楽の生態が、実に素直に、素朴に表れていることだ。と
10
20
95
りわけ1ページ大で掲載されているものは特に優れた表
13
20
10
︻色川大吉選考委員長︼ 新潟県佐渡島の伝統芸能である
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
167
168
ると決めたのは、去年の4月にほぼすべてを撮り終えて
か ら 。撮 っ た 頭 の 数 は 5 0 0 ∼ 6 0 0 だ ろ う と 思 っ た
ら、930もあった。第一印刷所に印刷をお願いした。
◆地域文化部門賞
﹃ブナ林の里歳時記 ︱ 石黒の昔の暮らし ︱﹄
︻小飯塚一也選考委員︼
石黒の昔の暮らし編集会が編集
大橋寿一郎 ︿編集・発行責任者﹀著
銭も得はねえんだ。ほとんど自分で売りに歩いて、もう
された、新潟の雪深い山間地の集落の生活を克明に記録
300部しか作らなかったから、単価は高いよ。俺は一
わずかしかない。ただ、本屋の分は売れなかった。
した﹃ブナ林の里歳時記﹄を選ばせていただいた。過疎
年前
後 の 年 中 行 事 や 農 作 業、衣 食 住、冠 婚 葬 祭、俗 信、伝
がすすむ旧高柳町石黒︵現柏崎市︶の、主に昭和
フ ァ イ ン ダ ー ご し に 見 る と 傷 ん だ 皮 膚 が 美 し い ん だ
説、昔話などをまとめたもので、消えゆく暮らしを記録
撮影は2、3人の手を借りて
なぁ、これが。その皮膚感を出すために、わざわざみん
したものとして非常に意義深いものだと感じた。
子孫に昔の生活を伝え残したい
石黒の昔の暮らし編集会 るーっと回す間に﹁ストップ﹂と声をかけてシャッター
な。俺 は カ メ ラ を の ぞ い と る。そ し て、人 形 の 頭 を ぐ
から人形を出して、髪の毛を整えてな、ライトを当てて
このままでは地区共同体としての存在も危ぶまれるほど
おります。住民の平均年齢が 歳に達した集落もあり、
5人でしたが、現在では 戸、人口133人に激減して
私たちの石黒村は昭和 年には287戸、人口161
大橋寿一郎、関矢政一、大橋信哉
を切るわけだ。そして、人形をまた行李に戻す。
影の時には老人会から2人か3人、手を借りてな。行李
人形はみんな行李とかの入れ物に入っているわな。撮
ダメなんだ。
いもんだから。傷はあくまでも傷として出す。隠しては
な望遠レンズで撮ったんですよ。広角だと皮膚感がでな
20
65 30
の生活を伝え残したい﹂という住民の強い願いからこの
です。このような状況のなかで﹁何とか子孫に昔の石黒
70
黒だより﹂でお知らせしたところです。これからは、今
︶と し て 石 黒 出 身
暮 ら し﹂
︵ www.geocities.jp./kounit
の方々へ発信もしております。早速、受賞について﹁石
冊子が生まれました。現在、ホームページ﹁石黒の昔の
るが、描かれていることは著者自身の人生だ。
周囲の支援グループの方々とともに何度か推敲されてい
文章が実によく、著者の前向きな姿勢に心打たれた。
が実現し、現在は中国で学んだ薬草や気功の講座などで
たしかに生かされていると考えるように
活躍中だ。
回の受賞を励みとして内容の一層の充実をはかりたいと
思います。
桁山伸子
悪夢のような敗戦のあの惨劇からもう半世紀以上、
著者が新京︵長春︶の書店で出会った青年とのすれ違い
︻土橋寿選考委員︼ 戦時中、関東軍のタイピストだった
く な り、本 に し て 残 し た い と 思 っ て 書 き 綴 っ て き ま し
限り若い世代に語りついでいます。もう語る時間は少な
またびっくり、今はあの時代の語り部として体力の許す
が、なかなか身元引受人が見つからない。ようやく帰国
国 を 願 い 出 る た め、園 田 外 相 に 直 接 面 会 を 申 し 込 ん だ
出産したこともあった。まさにすさまじい生命力だ。帰
た。結婚相手との確執があったり、荒野のなかで一人で
本 に 帰 り た い﹂と い う 望 郷 の 思 い を 強 く 持 ち 続 け て き
受 け る。そ の な か で も﹁生 き よ う﹂と い う 生 命 力、﹁日
いものは負けです。終戦のあの場をいやというほど見て
合、正義というものは通用しません。正に弱肉強食、弱
より強いものがいないとき、また相手が圧倒的に強い場
平和ボケがきているのではないでしょうか。人間、自分
条のおかげかと存じます。この 年、たしかに私たちは
世界にありませんから、これは正にわが国の誇る憲法9
60
60
60
◆個 人 誌 部 門 賞
けたやま
の恋に始まる。その後、中国に取り残された著者は、ソ
た。
うた
連軍の侵入や、共産党軍と国民党軍との内戦、共産党政
戦争もなく 年間、一人の戦死者も出していない国は
年の歳月が過ぎてしまいました。自分の歳を考えてみて
権下の文化大革命などにまきこまれ、さまざまな迫害を
﹃望郷の譜﹄ 桁山伸子著
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
169
歳のとき、すごい女性で自慢の母の一代記
生死の境を乗り越えたとき思うのは、人は生きようと
﹃文章読本﹄で初歩から勉強しましたが、厚い壁が度々
を書き始めましたが、元々文才のない私には至難の技。
した。私が
して生き得るものではなく、死のうとして死ねるもので
ペ ン を 遮 り ま し た。そ ん な と き 山 田 ゆ か り 女 史 と 出 会
きました。
ない。たしかに生かされていると考えるようになりまし
年間かけて1冊の本に仕上げた。母親の話
に山形の各地を取材。 年がかりでやっと出版すること
書き残したい一心で、女相撲の発祥地・天童市を中心
スを受けました。
い、母の故郷や足跡をたどり取材をすれば、とアドバイ
書き始め、
としても魅力的だ。著者は学生時代から母親の一代記を
︻中山千夏選考委員︼ ﹃女大関 若緑﹄は女性の生き方
﹃女大関 若緑﹄ 遠藤泰夫著
◆文 芸 A 部 門 賞
た。
20
ができました。この受賞を、一番喜んでくれたのは誰よ
りも、母に違いありません。
◆文芸B部門賞
﹃二人歌集 冬の炎﹄
浜村半蔵/浜村キヨ著
︻秋林哲也選考委員︼
著者夫婦はともに岩手県内の元学
校教員で、すでに亡くなられている。アララギ派、後に
作品に表れている。例えば、半蔵さんが千代さんを思い
生きてきた証や、生活への確固たる信頼といったものが
新アララギ派に属し、長年創作活動をやってこられた。
は上がったんよ﹂母の口癖でした。
やる歌からは、そういった気持ちと、情景の美しさがと
生活感がてらうことなく詠まれており、長く教師として
女大関としてスターだった母から﹁少女時代﹂
﹁相撲
36
取 り 時 代﹂
﹁引退してからの苦労話﹂をよく聞かされま
﹁皇 后 陛 下 で も 上 が れ な い 男 相 撲 の 土 俵 に か あ ち ゃ ん
自慢の母の一代記を 年がかりで 遠藤泰夫
かって楽しい。
て い る の で、女 子 プ ロ レ ス と の 文 化 的 な つ な が り も わ
だけではなく、ゆかりの地へ行って女相撲のことを調べ
36
36
170
おり、技巧的にならず、素直に生活に向き合って歌にし
もに感じられる。全体として人間への信頼感がしみ出て
日報に投稿してきた結果が実を結んだものと思います。
父は昔から﹁アララギ﹂へ投稿、母は朝日新聞や岩手
炎﹄でした。
歳︶
、父 は 平 成 年 に︵
18
歳︶他
94
かけて行くのが日課になっていました。どんなにか、お
けの会のために、お互いに創作に励み、次の朝、父が出
人の短歌会を行っていました。午後は、次の日の二人だ
母の入院中には毎日父が午前中病院に通い、病室で二
嬉しそうな顔が目に浮かびます。
くった満州国軍の中で反乱が起こり、日本人と衝突する
こ し て 日 本 人 を 大 量 殺 戮 す る 記 述 が あ る。関 東 軍 が つ
軍の幹部になったモンゴル人の正珠爾扎布が、反乱を起
て仕上げている。日本の陸軍士官学校を卒業して満州国
から消滅までの過程を、資料を駆使して詳細な記録とし
著者はこれまで小説を書いてこられた力で、軍の形成
の よ う に わ か り、改 め て 涙 し な が ら 読 み 返 し た﹃冬 の
の死に直面し、どんなふうに思っていたのかが、今さら
私の夫が亡くなる前後の歌を読み返して、親が娘の夫
ます。幸せそのものに見えました。
いた。
して注目に値するということで部門賞に選ばせていただ
他にも力作は多かったが、最終的には、貴重な作品と
ことになったわけだ。
ジョンジュルジャップ
互いに短歌によって心が通い合っていたかがうかがわれ
人、モンゴル人らの部隊が、最前線で戦わされていた。
軍﹂の ほ か に﹁満 州 国 軍﹂が 組 織 さ れ、中 国 人 や 朝 鮮
︻鎌田慧選考委員︼
かつて中国大陸では、日本の﹁関東
牧南恭子著
まきなみ
﹃五千日の軍隊 ︱ 満洲国軍の軍官たち ︱﹄ ◆研究・評論部門賞
ている。ふたりで1冊の歌集であり、題字は半蔵さん、
装画はキヨさんの手によるもの。デラックスでもないし
特に凝ったデザインでもないが、この歌集にふさわしい
ものになっていると感じた。
短 歌 に よ っ て 心 が 通 い 合 っ て い た 父 と 母
母 は 平 成 年 に︵
86
界いたしました。仏前に報告いたしましたが、父と母の
14
渡辺洋子
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
171
牧南恭子
自費出版礼賛 本当に読みたい人に読んでもらえる
◆グラフィック部門賞
﹃画集 切り絵・創作アプリケ﹄ た。
にめぐり合ったときに差し上げられる、ということでし
でも手許に置くことができ、本当に読んでもらいたい人
そのあいだに知ったことは、自費出版した本はいつま
た。
ださったのですが、2年の歳月が空しく流れていきまし
ろ﹁大中小と、みんなあたってみますよ﹂と快諾してく
けんもほろろでした。フリーの編集者にお願いしたとこ
新聞社等出版してくれるところを探しましたが、どこも
章もたいへん簡潔で美しく、切り絵やアプリケとともに
もまた、この本にしみじみとした感じを与えている。文
ど各地を歩くようになる。旅先で出会った人々との友情
が若くして亡くなり、その追悼の気持ちから四国遍路な
からこういう共同歩調をとってこられたようだ。娘さん
ご夫婦は、元々先生と教え子だったそうで、結婚当初
よるもので、非常に水準が高い。
んなどをアプリケで表現しており、ともに高度な技術に
村の風景などを切り絵で、眞智子さんは仏画やお地蔵さ
︻色川大吉選考委員長︼
ご夫婦の共著で、利一さんは山
山田利一/山田眞智子著
商業出版された最初の本は1ヶ月というはかない命。
レベルが高いものと判断し、部門賞に選ばせていただい
﹃五千日の軍隊︱ 満洲国軍の軍官たち︱ ﹄を脱稿し、
2000枚にわたる満洲の歴史小説も約2年で絶版、古
山田利一/山田眞智子
た。
受賞を新たな糧として 本で買い戻しては人に差し上げています。今回の本は、
部 屋 の 隅 に 山 積 み で す が、残 っ て い る こ と は 悲 し く な
い、今後、本当に読みたい人に読んでもらえます。
平成2年、最愛の娘が 歳の短い生涯を終えた。暗い
た。売らんかなの風潮のなか、見てくれる人がいた、世
は、娘の死後3年目で、これをきっかけに、夫婦が同じ
日々の果てに四国八十八ヵ所巡拝の旅を思い立ったの
お ま け に、こ の よ う な 賞 を い た だ く こ と が で き ま し
の中捨てたものじゃない、とつくづく思っております。
24
172
目標を持ち手を携えていくことが、娘への最大の供養だ
て、その系譜をまとめたボリュームある労作だ。今後、
絵・創作アプリケ﹄を発行した。出合いの旅、取材の旅
先祖や故郷に育てられた万分の一恩返し
ものである。編集については、前から興味を持ち、請わ
れた出版社の方や、取材や経済面で協力をしてくださっ
この本が受賞できたのは、本の完成まで付き合ってく
馬田智夫
れるままに個人、記念誌、写真集と手掛けてきた。そん
た方たちのおかげです。
故郷の長崎で育ち、離れてから 年経ちますが、受賞
したことで、先祖や故郷に育てられた恩の、万分の一で
や女性の地位、歴史について日頃から思っていたことを
葉だという。この言葉に触発された著者が、男女の関係
入ると思うが、この書名は会津西部で堕胎を意味する言
︻中山千夏選考委員︼
﹃おうめよう﹄は現代詩の分野に
﹃おうめよう﹄
西芳寺静江著
さいほうじ
今回の受賞でそれが評価されたことは、夫婦や家族に
だ
﹁言葉のつながり﹂としても、思想やテーマとしても非
が 出 て く る が、こ れ が 詩 的 に こ な れ て い る。詩 と い う
詩 に 託 し て 語 っ て い る。﹁憲 法﹂や﹁平 等﹂と い う 言 葉
馬 田 氏 風 説 書﹄は、全 国 の 馬 田 氏 や 地 名 な ど を た ど っ
︻ 土 橋 寿 選 考 委 員︼
個 人 誌 部 門 に 応 募 さ れ た﹃私 家 版 ﹃私家版 馬田氏風説書﹄ 馬田智夫著
ば
る目標に向かって生きていきたい。
人生にお休みはない、受賞を新たな糧として、さらな
びである。
も返すことができたかなと思っています
60
とっても、支援してくれている方々にとっても望外の喜
集した。
な経験も含め、レイアウト、カットなど全て自分流に編
を添えて、老夫婦の助け合っている生きざまをまとめた
で、特別賞に選ばせていただいた。
一族史を研究される方への手本になり得るということ
県、作品展は今年で 回。
と悟った。それから取材の旅が始まった。車で回った県
は
23
喜寿・古希を機に今までの集大成として﹃画集 切り
12
◆特 別 賞
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
173
謝したい。題名はやさしい響きの方言だが、女性の性と
えられた。こんなに嬉しいことはない。選者の慧眼に感
この賞で﹃おうめよう﹄が特別賞を得て自信と希望を与
﹃少女協子︱ 抗日下中国に育って﹄を他賞で入選、今回
い た い、そ ん な 願 い の 実 現 の 突 破 口 が こ の 賞 で あ る。
もらうすべがない。私にとって、多くの人に読んでもら
文壇に縁遠い者が出版しても、読者を得て人に読んで
西芳寺静江
女性の性と人権、男女平等の根底を問う﹁根﹂の言葉
常に高度だと感じ、特別賞に選ばせていただいた。
たわけです。まさか賞をいただけるとは思っておらず、
に目にしていただくチャンスがあったほうがとお願いし
した。発行し日が経っていましたが、少しでも多くの人
費出版ネットワークのホームページ登録のことを知りま
ございました。昨年ネットで検索していて偶然、日本自
逢った富士山﹄を特別賞に選んでいただき、ありがとう
富士山の写真をまとめて、上梓させていただいた﹃私の
山梨を離れ、長野に移ったのを機に、撮りためていた
大成 憲二
少しでも多くの人に見ていただくチャンス せていただいた。
大変感激しております。ありがとうございました。
人権、男女平等の根底を問う﹁根﹂の言葉だ。
おおなり
愛される富士山を撮った作品を代表として特別賞に選ば
がたくさんあった。そのなかから日本の風景でいちばん
べて水準が高く、いずれも素人の撮影とは思えない作品
い。グラフィック部門で第二次選考を通過した作品はす
らゆる角度から撮った写真集。撮影技術がすばらしく高
ど、春夏秋冬で千変万化する日本の代表的な名山を、あ
︻色 川 大 吉 選 考 委 員 長︼
星 空 の 富 士 山、嵐 の 富 士 山 な
﹃私の逢った富士山﹄ 大成憲二著
174
﹃自費出版年鑑2007﹄より
第 回日本自費出版文化賞
第 6 回 日 本 自 費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
175
それだけで満足している受信者である、と。
戦前、言論表現の自由はありませんでしたが、
﹁自由
な言論表現﹂はありました。国家権力の方針に合致した
言論表現がそれです。それに満足している限り、弾圧は
対岸の火事ですから、不自由など感じるはずがありませ
ん。治安維持法下の言論弾圧の実情を、正確に看取して
いた一般国民は、どの程度いたのでしょうか。その意味
では、ナチスドイツの社会でも、硬化したソ連の社会で
も、発言や表現に自由を感じていたひとびとはあった。
な言論表現の横溢に圧倒されます。有名人の行動や発言
時にテレビや週刊誌をウォッチングしてみると、活発
が 激 し く な っ た の は、昭 和 天 皇 の 死 亡 報 道 か ら で し た
いまも同じだと私には見えます。マスコミの自主規制
権力者連中だったでしょう。
当然その中心は、政権を持つひとびととその取り巻き、
に し て も、ジ ャ ー ナ リ ス ト の 報 道 に し て も、そ こ ま で
か。以後、マスコミ自体が右傾化していくなかで、コア
な民主主義的、自由主義的発言は、マスコミの主流から
しない言論表現の自由ばかりが横溢しています。
い。
だからこそいま、自費出版および自費出版文化賞の言
意識的にどんどんパージされてきている。そこには、戦
す。
論 表 現 の 自 由 に 与 す る 責 任 は 大 き い ⋮⋮ 大 賞 と な っ た
争できる国家、強者の社会を肯定する、少なくとも否定
ある時、私は、こんなことに気がつきました。言論表
﹃祖谷渓挽歌﹄を読むにつけても、改めてそう心してい
このありさまを見て、どのくらいのひとびとが、言論
現 の 自 由 を 享 受 で き て い る、と 感 じ て い る ひ と び と と
い や だ に
は、
﹁自由な言論表現﹂だけしか持たない発信者であり、
表 現 の 実 情 に 気 付 い て い る だ ろ う か、と 心 配 し て い ま
や っ て い い の か、と 驚 く の は、私 だ け で は あ り ま す ま
中 山 千 夏
自費と自由を結びつけたい
刊行のことば
10
176
特 集
任 は も ち ろ ん、﹁共 同・協 力﹂出 版 や﹁賞 ビ ジ ネ ス﹂商
法に対し、被害に遭った著者を中心に、ブログなどを通
年には宇都宮市立図書館、鳥取県立図書館な
年東京都立中央図書館に闘病記文庫が開設されたの
じて批判や疑問の声が相次いだ。
に続いて
ワークは第 回日本自費出版文化賞の募集を行った。
づ く り の 未 来﹂を 仙 台 市 で 開 催。日 本 自 費 出 版 ネ ッ ト
出版編集者フォーラムが初の公開シンポジウム﹁自分史
図書館に広がりつつある。自費出版関連団体では、自費
どでも同様のコーナーが設けられ、闘病記文庫は全国の
06
10
る次第です。
胎動する著者 揺れる自費出版界
年度自費出版の動きから
年度をふりかえると、まず、3月に碧天舎が倒産、自
いま自費出版界は目まぐるしい変化のさなかにある。 自費出版編集者フォーラム︵JEF︶
﹁自費出版ジャーナル﹂編集委員会
06
費出版界に大きな衝撃を与えた。碧天舎の経営・倒産責
06
05
自費と自由がしっかり結びついていけるように、どう
か今後ともよろしく、ご協力お願いいたします。
最終選考会 記者発表
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
177
碧天舎の倒産
◆自費出版界の動向
﹁共同・協力﹂出版に対する疑念
に絞られていった。
碧 天 舎 倒 産 を 機 に、﹁共 同・協 力﹂出 版 に 対 す る 疑 問
や批判がインターネット上のブログなどで飛び交った。
年3月、自費出版系出版社で業界3位といわれてい
た碧天舎が多額の負債を抱えて倒産した。販売書籍の著
﹂では﹁共同・協力﹂
インターネット市民新聞﹁ JanJan
出版に対する批判と疑問が 回にわたって掲載された。
の指摘もあり、自費出版界では異例のマスコミ報道が続
ディアでも取り上げられ、 年3月には﹁新風舎商法を
ま た、
﹁読 売 ウ イ ー ク リ ー﹂や﹁週 刊 金 曜 日﹂な ど の メ
17
いた。
直前のかけこみ契約などの事実も判明、詐欺まがいだと
者への返却や未刊行原稿の扱いなど問題が噴出し、倒産
06
は最小に留まったようだ。むしろ批判の的は﹁共同・協
が、自費出版希望者は増えているとの報道もあり、影響
ジ が 損 な わ れ、自 費 出 版 を 控 え る の で は と 懸 念 さ れ た
碧天舎倒産の一連の報道で、自費出版に対するイメー
自費出版に対する関心が一段と高まった。
か、一連の騒動への出版人や作家などの意見も相次ぎ、
﹂
︵無料会員制
る特集を組んだ。また、SNSの﹁ mixi
HP︶では碧天舎の被害者が意見や情報を交換しあうほ
費出版ジャーナル﹂誌上で自費出版界への影響を憂慮す
自費出版関連団体でも、JEFはホームベージや﹁自
作費が契約完了までは保護される﹁著作者保護制度﹂を
舎の本を自社で運営する熱風書房で販売し、文芸社は制
こうした中、新風舎は倒産で販売できなくなった碧天
とは歓迎すべき事柄である。
手法や本の所有権に関し、著者自らが発言しはじめたこ
コミなどから疑問が出されていたが、ここにきて、営業
が不透明であるなど、従来から出版業界内部や一部マス
社が持っていることや、出版社が負担するとされる費用
﹁共 同・協 力﹂と い わ れ る 出 版 を め ぐ っ て は、出 版 費
考える会﹂が発足して、情報交換を始めている。
設け、﹁倫理綱領﹂を発表するなどの対応をしている。
用を著者が負担しながらも、本の所有権の大部分を出版
力﹂出版の契約と実態との違い、営業姿勢のあり方など
07
この背景に著者の胎動があることは無視できない。
ラリー︶の統計では、自費出版をする年齢で一番多いの
﹁データでさぐる自費出版のすがた﹂
︵自費出版ライブ
は 歳と示されている。その 歳を迎えた団塊の世代の
﹁共同・協力﹂出版と称する自費出版系出版社の今後
の動向が注目される。
年から始ま
り、 年まで続く。こうした統計から、自費出版の需要
定 年 退 職︵3 0 0 万 人 と も い わ れ る︶が
60
かし、ここ数年、著者の販売志向が強まってきた。お笑
これまで、自費出版は私家版が大勢を占めてきた。し
自費出版する際の注意点を挙げつつも、需要拡大に期待
は大きく膨らんでくることが予測され、新聞各紙では、
高齢者を食い物にする自費出版業者
を寄せる記事が目立った。
を売り上げる大ベストセラーとなった。希有なケースと
年4月、自費出版業者が一人暮らしの 歳代の女性
はないことや、従来の取次を通さずにインターネット上
で8件︶を結ばせた。その額は800万円を超える。
短歌の掲示など次々と高額な契約︵把握されているだけ
宅へ訪問販売で訪れ、短歌集の出版やイベント会場での
で本の販売が容易となったこと、一部の出版社が書店販
はいえ、こうした自費出版からのベストセラーも皆無で
売を過剰に宣伝することなどが、著者の売りたい志向に
は増え続け、異業種からの参入、中でも百貨店の三越が
加 傾 向 に あ り、被 害 の 拡 大 が 懸 念 さ れ る﹂と あ る よ う
付託理由に、
﹁⋮⋮近年、自費出版に関する相談は増
に係る紛争﹂の処理を付託した。
者被害救済委員会に、
﹁高齢者が結んだ自費出版契約等
ず紛争となった。東京都は、この問題に関し東京都消費
言でクーリングオフを主張したが、業者側はこれを認め
親族がそのことに気づき、消費生活総合センターの助
年度もウェブ関連企業の自費出版事業への新規参入
出版社と協力し日本橋店で自費出版サービスを始め、注
06
目を集めた。
自 費 出 版 へ の 新 規 参 入 と 団 塊 世 代
拍車をかけているようだ。
80
た﹃佐賀のがばいばあちゃん﹄が海外も含め400万部
いコンビ﹁B&B﹂の島田洋七が当初、自費出版で著し
販 売 志 向 が 強 ま る 著 者
07
60
10
06
178
に、消費生活総合センターに寄せられる、自費出版に関
年
する相談が増加している︵都のセンターでは、 年9件
に対して
件︶。同業者は説明責任や誠意を持った
36
日 付︶で は、
﹁ブ ロ グ が︵長 野︶県 内 の 中 高 年 に も 広
人たちが、自費出版へと流れると同紙は伝えている。
者数を格段に増やしている。ブログ発信に飽き足らない
き 指 示、改 善 勧 告 を し た︵抜 粋︶﹂と 報 じ て い る。自 費
て、静岡県はJ出版社に対し、特定商取引法などに基づ
つを掲載した本を制作し、高額な書籍代を請求したとし
しては成り立たなかった。しかし、ブログの普及や少部
もっとも、1冊当たりのコストは高く、これまで商売と
理 屈 の 上 で は、1 冊 だ け の 本 づ く り は 可 能 で あ る。
の加工技術の向上等により、1冊からでも本づくりがコ
い。本 を 読 む 側 が 減 っ た 半 面、発 信 す る 側 は イ ン タ ー
本離れが進み、本が売れない出版不況といわれて久し
も数日で本が届くというサービスを、
﹁ホンニナル出版﹂
ルデータ︶を送るとオンデマンド印刷され、安価でしか
用意した表紙、とじ方を選択してもらい、原稿︵デジタ
スト上も可能となった。実際に、あらかじめ制作会社が
ネ ッ ト の 普 及 に 伴 い、ブ ロ グ な ど を 利 用 し 急 増 し て い
︵マツモト、北九州市︶が始めた。ほかにも﹁Qブログ﹂
る。総務省は
07
を782万人と予測した。しかし、 年3月時点で86
05
8万人と1年前倒しで、すでに予測を大きく上回ってい
もちろんこの種のサービスは、編集や校正が一切行わ
いる。
06
る。これを裏付けるかのように信濃毎日新聞︵ 年6月
︵クインランド、神戸市︶などがネット上で運営されて
年の時点で、 年3月末のブログ登録者
ブ ロ グ 加 盟 の 増 加 と 自 費 出 版
数印刷に向くオンデマンド印刷の登場、デジタルデータ
齢者宅を訪問し、話を聞きとり、一人当たり1ページず
者や遺族会などを装い﹃戦争遺族の話を聞きたい﹄と高
07
出版をめぐり、由々しき問題が明るみに出てきた。
1冊からでも本になる
る。
ようにブログの普及は老若男女を問わず増え続け、発信
も⋮⋮中年ブロガーは珍しくない﹂と報じている。この
がっている⋮⋮ブログの文章をまとめて本にしている人
26
一 方、毎 日 新 聞︵ 年 3 月 8 日 付︶で は、
﹁役 所 関 係
姿 勢 が 求 め ら れ る と 同 時 に、紛 争 の 真 相 究 明 が ま た れ
05
01
06
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
179
れないのが一般的で、こうしてできた﹁本﹂を果たして
本と呼べるのか疑問が残るものの、制作という面からみ
自費出版フェアや自費出版賞の開催
年度も各地で自費出版フェアが開催された。7月、
8月に関西自費出版の会による﹁第4回わくわく関西自
北斗プリント社主催の﹁第7回京都自費出版フェア﹂、
同時にこうした手法は今後増えることが予想され、書
費 出 版 フ ェ ア﹂
、 年2月には、かながわ自費出版の会
るとついにここまできたかと隔世の感がある。
きっぱなしの本が横行し、自費出版の評価を下げていく
費出版文化賞﹂﹁私の物語・日本自分史大賞﹂の応募が
また、自費出版賞も各地で継続されており、﹁日本自
く誕生した。こうした地方・地域に根ざした出版活動に
﹁第6回静岡県自費出版大賞﹂
︵静岡新聞社主催︶
、熊本
それぞれ 回目を数えた。また、静岡県では 年7月に
地方の著者も東京の大手出版社へと取り込まれていき、
﹁地方の時代﹂とは逆に東京への一極集中が強まる中で、
しかし、全体として本の売れ行きが減少すると共に、
取り組む出版社の経営を地元の著者による自費出版が支
とうたわれた
年から 年代にかけて全国に出版社が多
密着した自費出版フェアが開催された。
﹁第5回神奈川の自費出版フェア﹂などそれぞれ地域に
07
地 方 出 版 社 は 苦 境 に 立 た さ れ て い る。
﹁地 方 の 時 代﹂
苦 悩 す る 地 方 出 版 社
ことが憂慮される。
06
県 で は、
80
えてきたことは事実である。
70
年 4 月 に﹁第 5 回 熊 日 マ イ ブ ッ ク 出 版 賞﹂
06
︵熊本日日新聞社主催︶の表彰式がそれぞれ行われた。
編集者の存在とJEFのメッセージ
ある。
ビスを営む多くの企業や編集者が存在している。
かかる。著者とのかかわりを重視しながら自費出版サー
丁寧な本づくりには編集は必要であり、編集コストは
自費出版は、著者との密着したコミュニケーションに
共同通信社は 年、JEFに自費出版をする際の注意
を期待したい。
よってつくられることがのぞましく、地方出版社の奮闘
地方の出版社はさらに苦戦を強いられているのが実情で
10
07
点について取材を行い、﹁読まれる本を作るために/自
06
180
費出版編集者フォーラム助言/重要なのは編集費﹂
﹁誰
自費出版書が出版されている。
して、実数を把握できないのは残念であるが、相当数の
年3月時点で、約3万冊の蔵書数があるNPO法人
自費出版の発行点数は、近年、オンデマンドなど少部
保存、閲覧できる施設がある。
年7月には、宮城個人史図書館︵宮城県内の著者の
ギャラリー上六︵大阪市天王寺区︶など、自費出版書を
自 費 出 版 ラ イ ブ ラ リ ー︵東 京 都 中 央 区︶や、B O O K
自費出版書を置く新しい施設
に配るのか/なぜつくるのか/自費出版は目的明確に﹂
などと題して全国の提携新聞社に配信、 紙ほどに掲載
された。出版目的や出版部数、費用の目安、編集の重要
性などが紹介された。
07
15
数での発行もあり、正確な発行点数をつかむことは不可
自 費 出 版 書 の 点 数
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
181
能である。出版ニュース社によると自費出版系出版社の
多摩市立図書館が市民の自費出版した本を収集するコー
個 人 史︿自 分 史﹀
、仙 台 市︶が 開 館 し、9 月 に は 東 京 の
出版点数は
る。
年
月 日現在︶を大きく引き離してい
12
コーナーができることは喜ばしい。
図書館で闘病記コーナー新設
年6月、東京都立中央図書館に﹁闘病記文庫﹂が開
も生まれている。こうした自費出版系出版社をはじめ、
も頻繁に広告を打ちシェアを競い合う中で、後発出版社
版︶の需要を開拓・拡大した新風舎、文芸社が全国紙に
力﹂出版をうたって自費出版︵著者の費用負担による出
た本を、同じ病気と闘う患者や、同じような境遇で介護
難で、これまで著者の身近な人にしか読まれてこなかっ
新設された。中には自費出版書も多く、一般には入手困
50種類の闘病記録などが一覧できる﹁闘病記文庫﹂が
設されたのに続き、 年7月には鳥取県立図書館でも2
多種多様な業種が自費出版に参入してきている状況から
た 日 本 図 書 刊 行 会︵近 代 文 芸 社︶に 代 わ り、﹁共 同・協
12
年代の後半に業態への不信などが報道されて後退し
1065点︵
点となっており、新風舎は講談社1847点、角川書店
06
06
ナ ー を 設 け た。こ う し た 地 元・地 域 に 密 着 し た 施 設 や
年には新風舎2788点、文芸社1468
06
05
90
06
する人が手にとって読むことができる。まさに自費出版
主催では、初の公開シンポジウムにもかかわらず、仙台
ンポジウム﹁自分史づくりの未来﹂を関催した。JEF
以上が、 年度自費出版界の概況である。冒頭に記し
◆まとめ
市民をはじめ160人もの聴衆が集まった。
の醍醐味といえ、こうした試みがどんどん増えてほしい。
年、JEFと日本自費出版ネットワークの正式な組
◆ 自 費 出 版 関 連 団 体 の 動 向
自費出版アドバイザー制度を設け、アドバイザー養成
NPO法人日本自費出版ネットワーク
めている。
トヘの参加、機関誌等への寄稿などの日常的な交流を深
応がこれまで以上に望まれる。
た悪質な業者は論外としても、自費出版界の良識ある対
かになるなど、新たな問題も噴出してきている。こうし
た高齢者を食い物にするような悪質な業者の実態も明ら
たように自費出版界は変化のただ中におかれている。ま
織間交流が決定した。日常的な情報交換や相互のイベン
講座を開催している。このアドバイザー制度はNHK総
年度は、自費出版をめぐる問題について、著者をは
回 日 本 自 費 出 版 文 化 賞﹂の 公 募 な
年7月には﹁第5回日本自費出版フェスティバル﹂
じめとした多くの声を聴く機会を得た。自費出版が、そ
れだけ社会的にオープンな議論の対象になってきつつあ
ることの証左であるともいえよう。わずか 年ほど前に
を 開 催、ま た、﹁第
どの活動を行っている。
は、自費出版を希望する著者には、きわめて限られた情
年4月、第9回総会と講演会を行った。講演会は講
報しか手に入らないのが実情といわれていたのである。
とを期待したい。
ると思われる。自費出版の未来に大きな展望が開けるこ
この期間に日本自費出版ネットワークやJEFが活動を
れた。
師に石田修大︵元日本経済新聞記者/梁塵社編集長︶氏
また、7月には宮城個人史図書館と共催で仙台公開シ
継続し果たしてきた役割が、ここにきて実を結びつつあ
10
を迎え、﹁自伝を読む、自分史に触れる﹂と題して行わ
06
自費出版編集者フォーラム︵JEF︶
10
合テレビでも取り上げられた。
06
05
06
06
182
第
回日本自費出版文化賞入賞者
︻部門賞︼
地域文化 祈りの絵 淡路島の絵馬
永田誠吾 兵庫県
そ
―の発見から出版まで ―
高橋甲四郎 福岡県
個 人 誌 父の遺稿
文芸 A われ鍋にとじ蓋年記 高
―橋一家の年賀状 ―
高橋 鍾 宮崎県
文芸 B 少年少女のための新編昭和万葉俳句集
昭和二十年八月十五日を詠う 瀧本 博 大阪府
―
研究・評論 玉砕の島々 太平洋戦争
戦後 年ルポルタージュ ― 蓑口一哲 北海道
―
グラフィック 創作民話 転読さん イチニイのピョーン ―
―安比津麗 福島県
ばっちゃんこのスキップワン・ジェネレーション
◇地域文化部門 ■入選作品 奨 励 賞 四国赤石山系物語 安森 滋 愛媛県
岡田紗月木/岡田雅夫 岡山県
60
10
大 賞 祖谷渓挽歌 ﹁
―学の自由﹂に殉じた
若き京大生を悼みて ︵
―全五巻︶
藍 友紀 北海道
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
183
大下ユミコ 青森県
フォト&エッセイ 海のある街 南部の漆を支えた人びと 越
―前衆の軌跡 ―
工藤紘一 岩手県
没落家族のゴールデン・ディズ 金子香代 東京都
ゆうなの木の下で 宇崎太利 鹿児島県
古里お祭り訪問記 十和千祭 竹内荘市 高知県
女ひとりスケッチブック片手に
Buongiorno! ITALIA―
茅野玲子 神奈川県
遠い海までてらせ! 日
―本で最初の女性灯台守・
いのちかがやく旅 子どもに語る戦争たいけん物語 ―
︵第1集︶
市原麟一郎 高知県
酒のある風景 吉野公信 福岡県
八ヶ岳の風 二
―人で紡ぐ平和への想い ―
田口重彦/田口幸子 山梨県
◇文芸A部門 扇ヶ浦物語 山根勢五 青森県
文化財で綴る 佃島物語 増山武男 東京都
やさしい遠野旧事記 小原六郎 岩手県
義経北行︵上・下︶ 金野静一 岩手県
◇個 人 誌 部 門 九州コリアンスクール物語 片 栄泰 福岡県
ベルリンからの手紙 第二次大戦、大空襲下の一技術者
北島正和 神奈川県
ロクサンの風景 労
―働者の街・釜ヶ﨑に生きる ―
橘屋 仙 大阪府
子どもたちの声が聞こえる
不登校と向き合った日々 ― 島田直子 富山県
―
インド私録 思
―いきり取り組んだこの 年 ―
武藤友治 神奈川県
物語・飯盒 高原村夫 千葉県
萩原すげ物語 ―青木雅子 埼玉県
ばあば助けて 桃山おふく 神奈川県
見えなくてよかったね 板橋かずゆき 青森県
精神障害を乗り越えて 片桐丈晴 埼玉県
詩集 子どもの宇宙 北原悠子 宮城県
南アルプスの歳月 風間嘉隆 神奈川県
僕たちの移住 廃
―屋からの家造り ―
松岡つとむ/松岡えりこ 北海道
50
184
◇文 芸 B 部 門 歌集 マクベスの妻 杉田加代子 広島県
句集 雪嶺 田 澄夫 東京都
建設現場は泣いている 熊本壽人 福岡県
生
―酔い文化と昔徳利のデザイン ―
宮永節夫 奈良県
日本水鳥記器
和田惠秀の絵手紙で絵ッセー 和田惠秀 福島県
◇グラフィック部門 歌集 ねぢ花 佐々木礼子 北海道
あぜみちの詩 第四集 渡辺うめ 兵庫県
歌集 花愁灯 寒川靖子 香川県
句集 主婦の星 寺西文子 兵庫県
松田茂登子 東京都
望郷子守歌 バナちゃん節のルーツを探る
横山次郎 兵庫県
世界の橋 見てある記︵改訂増補総集編︶
アイヌ史を見つめて 平山裕人 北海道
◇研 究 ・ 評 論 部 門 追分の陰影・江差 松村 隆 北海道
明日の空 陽く舞へ 阿部賢一 北海道
凛として 噴火湾の野鳥たち 阿部賢一 北海道
のとやちえこ絵手紙集 ―
―のとやちえこ 北海道
いつか歩いた道 小野寺寅雄 宮城県
ちえこの日々 旅の絵手紙
子どもたちの視線 新
―間陽子写真集 ―
新間陽子 東京都
日本の書道 基礎から応用まで
小林康浩 大阪府
道化師
pierrot
歌集 月光街 和嶋忠治 北海道
松永 武 福岡県
石
―川啄木入門 ― 太田幸夫 北海道
磁場のなぞ 山部恵造 東京都
金属学 ミニマム&マキシマム/磁石のふしぎ・
啄木と鉄道
忠臣蔵を生きた女 瀬戸谷晧 兵庫県
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
185
講評と受賞者のことば
い や だ に
この作品の魅力は、ひとつは滝川事件について一般の
読者の興味をひくよう、わかりやすく、たくさんの資料
をもとに着実な筆致で描かれていること。資料が多い大
著だと退屈な内容になりがちだが、どんどん読めるよう
に工夫されている。それは語り口もあるが、もうひとつ
の魅力として、当時の政治的な状況・背景や、学生たち
の暮らしぶり、認識・意識・気分といったものが十分に
描き込まれている点がある。著者ご自身も旧制一高・東
く、政府が誤った判断を下していたと名誉回復されてい
い う こ と も あ っ た。戦 後 は、滝 川 教 授 ら の ほ う が 正 し
等警察︶の拷問によって警察内で多くの人が殺されると
という悪法のもと思想弾圧が激しくなり、特高︵特別高
するということがあった。時代背景として、治安維持法
を追われたことに反対して、同学部の教授らが全員辞職
川事件。法学部の滝川教授の著書が発禁となり政府に職
映えからいってもテーマや方向性からいっても、私たち
点で、その学生を中心にすえて描いている。作品の出来
はなく、誰にも知られることなく死んでいった学生の視
したテーマ・視点であり、しかも滝川教授という先生で
しっかり守っていくのが目的だ。その目的に非常に合致
ことによって﹁表現の自由﹂や﹁学問・研究の自由﹂を
私たちの日本自費出版文化賞は、自費出版を応援する
いたということもあるようだ。
大卒という経歴をおもちで、学生たちの雰囲気を知って
る。私が若い頃の学生運動のような動きが、当時の帝国
の賞の大賞にふさわしいと思った。
かれている。
ちがいた。この小説はその若者の一人を主人公にして書
死んでいった、というより権力に殺されていった若者た
大学でも盛り上がっていく。正義を信じて闘ったなかで
︻中山千夏選考委員︼昭和8年に京都大学で起こった滝
﹃祖谷渓挽歌 ︱﹁学の自由﹂に殉じた若き京大
みゆき
藍 友紀著
生を悼みて ︱﹄︵全五巻︶
◆大 賞
186
︻大賞受賞者インタビュー︼ ︵抜粋︶
年にわたるラテフワーク
藍 友紀
今こそ語り伝えたい、京大滝川事件と一学徒の死
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
187
みなさんからの応援で
原 稿 は 4 回 も 書 き 換 え ま し て、そ の つ ど 関 係 者 に コ
ピーを配って読んでもらい、正確を期しました。今回制
作した書籍は第5版になります。今回の出版はオンデマ
もっと多くの人に知ってもらわなければ、と思うように
﹁滝 川 事 件﹂の こ と を 知 れ ば 知 る ほ ど、こ の 事 件 を
た。各300ページ全5巻をとりあえず 部ずつ作成し
違って、オンデマンドの形で書籍にすることができまし
こ れ ま で の ワ ー プ ロ 原 稿 を コ ピ ー し て 製 本 し た の と
ンドで、岩波ブックセンターで制作しました。
なりました。特にこの事件の犠牲となり無念の死をとげ
20
たのですが、反響が広がった場合は、データをそのまま
︻小飯塚一也選考委員︼
著者は、淡路考古学研究会の副
撮影し、描かれた絵からその背景である島の生活などを
も訪ねました。浩美が闘病の末に息を引き取った部屋に
わってきましてね、泣きながら書きました。
たりと、あまり注目されず、見捨てられたような民俗資
解説している。古い絵馬は、ほこりまみれで絵も剥落し
できあがったようなものです。
現地の皆さんの話をまとめることで﹃祖谷渓挽歌﹄は
会長。兵庫県淡路島で確認できた絵馬700点をすべて
﹃祈りの絵 淡路島の絵馬﹄
永田誠吾著
◆地域文化部門賞
うにしてもらいたいものですね。
くの人に読んでもらって、この事件のことを忘れないよ
オフセット印刷にまわせると聞いています。一人でも多
年たっ
た長尾浩美のことを、後世に語り伝えようと決心したこ
﹁滝川事件﹂の関係者の集まりというのが、
とが、﹃祖谷渓挽歌﹄を書き始めたきっかけです。
20
も泊めてもらって寝ました。無念の思いがひしひしと伝
なりますし、長尾浩美の足跡を求めて祖谷渓はもう何度
取材した方々は高知高校の同窓生を含めて何十名にも
い﹂と投書したところ多くの方々から反響があったのです。
尾孫夫の生涯を小説にまとめて、彼の無念をはららした
たいまでも続いているのです。この会の広報紙に、
﹁長
74
なく、生活を浮かび上がらせている点が非常におもしろ
地域の生活に注目している。単に絵の図版的な解説では
料だが、その絵がなぜ描かれてきたか、その背景となる
一会の積み重ねが、今回受賞した﹃祈りの絵 淡路島の
貴重な話を聞けることが再三ありました。こうした一期
声をかけた古老から、その集落ではこの人しか知らない
んでいると、突然念力のようなものに背中を後押しされ
した﹂と述懐しています。ひたすらに創作活動に打ち込
て改めて寺社を訪れた。すると、絵馬の相当数が寺社の
て震えるような感動を味わいます。
◆個人誌部門賞
考古学の﹁表面調査﹂は、初心者には、土器片などな
出会い ︱一期一会の積み重ね 永田誠吾
て 多 年 に わ た っ て 農 法 を 研 究 し、そ の 膨 大 な 資 料 を 戦
︻土橋寿選考委員︼
著者の父親は戦前、朝鮮半島におい
高橋甲四郎著
﹃父の遺稿 ︱ その発見から出版まで ︱﹄
かなか見つかりません。ところが場数を踏むと、漠然と
その資料を自宅で発見した著者が 年かけて﹃朝鮮半島
です。この調査でも長年取り組んでいると、先方から信
は、その土地の人々からの聞き取りが重要なファクター
拙著﹃祈りの絵 淡路島の絵馬﹄をはじめ民俗調査で
つだろうと、出版を期待する声もあったようだ。膨大な
人々にとって日本人の研究した本がいまでもきっと役立
重ねた経緯を綴ったもの。その研究はいまの朝鮮半島の
の農法と農民﹄
︵未來社︶として世に出すまでに苦労を
30
じられないような情報が飛び込みます。畦道などで偶然
飛び込んでくるようになります。
後、友人らと手分けして日本に持ち帰った。受賞作は、
たという。そういう意味でも貴重な記録となっている。
れ落ちたりと、調査を始めたときの姿がほとんどなかっ
より、泥絵の具で描かれた絵馬の彩色が劣化したり剥が
建て替えなどによって廃棄されていた。また環境変化に
15
かつて写真家の土門拳は﹁シャッターの半分は鬼が押
絵馬﹄に集約されています。
年代から絵馬の調査を始めており、本の
い。
著者は昭和
あとがきにもあるように、平成 年に出版するにあたっ
40
地面を見ながら歩くだけで、なぜか遺物のほうから眼に
188
資料はなかなか商業出版とはいかないようで、文部科学
省の出版助成金を獲得するなどしてようやく出版に至る
までが書かれている。父親の仕事を顕彰する内容ではあ
◆文芸A部門賞
あつむ
﹃われ鍋にとじ蓋年記 ︱ 高橋一家の年賀状 ︱﹄
年に第2子が 年ぶりに誕生し
高橋 鍾 著
︻中山千夏選考委員︼
年間の記録を克明に記している。赤ん坊がどう
先生方のご協力を仰ぎ、
﹁農業の実態調査﹂の部分を1
農業に関しては、ずぶの素人である私は、農業専門の
でした。
2ヶ月後に急死したため目的を達することができません
朝 鮮 か ら 引 き 揚 げ て き て ま と め る つ も り だ っ た の が、
した1万3000枚という膨大な資料を、日本の敗戦後
戦前亡父が半生をかけて朝鮮半島全域にわたって調査
いておられること。これは 年経たないとできないもの
いっていない夫婦仲や親子関係があったことを率直に書
状 の 裏 に も、こ ん な に 波 瀾 万 丈 で、け っ し て う ま く は
だが、おもしろいと思ったのは、こういう平和的な年賀
きれいごとの家族仲良くといった年賀状を想像しがち
がしっかり書き込まれている。
のことを書いていくなかに、社会評論や著者の信条など
かし喜んでいることと思います。
するまでの苦闘物語です。今回の受賞を泉下の父もさぞ
いたしました﹃父の遺稿﹄は、その大冊をまとめて発刊
で、その点に私たちは感動した。
なっていったか、妻との間がどうなっていったか、家族
その後
たわけだが、その毎年の年賀状を冒頭に置くかたちで、
たことをきっかけに、一家の年賀状を著者が書いていっ
10
るが、半生をかけて取り組んだ苦労談で、文章も中身も
よく、感動の涙を誘う、父親に寄せる自分史になってい
る。
84
300頁という大冊にまとめることができました。受賞
高橋甲四郎
22
大 冊 を ま と め て 発 刊 す る ま で の 苦 闘 物 語 第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
189
補 い つ つ、後 は 小 賢 し い 文 才 を 恃 み に 仕 上 げ た 代 物 で
たの
年齢とともに薄れゆく記憶力をインターネット情報で
夢と消え去ったベストセラー 高橋 鍾
22
す、部 門 賞 な ど 夢 の ま た 夢 ⋮⋮ な ど と い っ た と こ ろ
初、ベストセラー間違いなしと、自惚れてさえいたので
窃かに大賞をねらっていました。それどころか、出版当
で、他人は騙せても自分は騙せません。正直なところ、
﹁アメリカ兵が上陸してきたら、竹槍で突き殺すために、
作者は名古屋の方で当時は国民学校三年生、句の説明に
ば本土編の一番最初の句﹁竹槍で突く炎天の仮想敵﹂、
本土編・南太平洋方面編・大陸編の3部構成で、例え
るような解説などをつけている。
出身地や名前、その作品が生まれた事情、子どもにわか
す。ただ、地方出版社ですし、その評価や思惑は別のと
です。選考委員会の脳髄を射抜くような重いテーマが描
も手軽なうえに、全体的な調子も軽薄このうえない有様
生を図ったのですが、如何せん、扱った材料があまりに
それではと、急遽、自費出版文化賞に応募し、起死回
ストセラーも夢と消え去りました。
だけの人たちが庶民の視点で昭和の戦争を残している。
一句はけっして完成度が高いものとはいえないが、これ
から沖縄まで全国の方たちの句が収められており、一句
いてこれだけの手間をかけて編集しておられる。北海道
女も子どもも竹槍訓練に励んでいた﹂とある。一句につ
費出版文化賞募集の要項を知ったのだった。
よく読んでみると、締め切りはこの日の 月
月
日。今
日、何気なく机上のパソコンをいじっていて、偶然自
検索が人生を変えるという言葉があるが、昨年の
瀧本 博
どの新聞社や出版社からも相手にされなかった
そういう意味で非常に貴重な記録である。
◆文 芸 B 部 門 賞
﹃少年少女のための新編昭和万葉俳句集 ︱ 昭和二十年八月十五日を詠う﹄
瀧本 博著
年に一度1000句を集めて1
日ならまだ間に合う! 私はすぐこれには絶対に応募し
︻秋林哲也選考委員︼ 11
なければと思った。
30
冊の本にしたものを、今回、少年少女のために500句
11
の迫力もまたなかったと認めざるを得ません。
けたわけではありません。正確な資料を重ねて進める筆
ひそ
ころにあったようで、流通機構に乗り遅れてしまい、ベ
!!
を選んで編集しなおしている。500句に対して作者の
04
30
190
年8月 日、太平洋戦争敗
要な歴史資料でもあるのに、どの新聞社や出版社からも
を素材にしているので、後世に必ず残さねばならない重
戦の日の日本国民の思いを俳句の形で全国募集したもの
真を見せるなどして報告しているだろう。
かなかいない。教員なのでおそらく生徒にも訪問先の写
ではないだろう。ただ自費で戦跡をまわっている人はな
ストによる現地報告なども各種あり、さほど珍しいもの
これらは各地の報道録画や新聞記事、またジャーナリ
いる。
相手にされなかった悔しい本であったからである。こう
なぜなら、私の本は昭和
いうところでならきっと何の偏見もなく、客観的に評価
日本の被害というよりも日本による加害状況、日本が
えていく必要がある。戦後 年経ってもそういう営為、
していただけるのではないか。私はそれこそ神にすがる
る。
戦争中にやったことを繰り返し報道し、子どもたちに伝
15
ような気持ちで、この本を捧げるように郵送したのであ
20
﹃玉砕の島々 太平洋戦争
人々の無念さを埋もれさせてはならない
島々と、レイテ、フィリピンのバターンなどをまわって
ア・サイパン・テニアン・ミクロネシアなど南太平洋の
ミ ッ ド ウ ェ ー 海 戦 の 現 地・ガ ダ ル カ ナ ル・ニ ュ ー ギ ニ
み合わせてまとめたルポルタージュ。取材では、沖縄・
き、そこに行った兵士の遺族にも会って、双方の話を組
本の太平洋戦争での戦跡を個人で訪れて住民に話を聞
沖縄・サイパン・テニアン・グアム・マーシャル・ミ
の﹁南の楽園の島﹂に観光目的で訪問しています。
眠っています。戦後 年を経た現在、多くの日本人がこ
人を超える兵士が、そして戦火に巻き込まれた民間人が
ら送られた﹁兵士﹂の﹁墓場﹂でもあります。100万
す。太平洋の島々は、常夏の楽園ですが、同時に日本か
60
60
︻鎌田慧選考委員︼ 北海道の高校教員である著者が、日
この作品は、 年前の﹁太平洋戦争﹂を扱ったもので
蓑口一哲
部門賞に選ばせていただいた。
努力を続けている個人の仕事を顕彰するという意味で、
60
︱ 戦後 年ルポルタージュ﹄ 蓑口一哲著
◆研 究 ・ 評 論 部 門 賞
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
191
60
いつの時代も、戦禍の最大の犠牲者は私たち﹁庶民﹂
き込まれた戦場も数多くあります。
兵士だけでなく、日本の民間人そして現地の住民が巻
が、戦場となりました。
島・フ ィ リ ピ ン の 島 々 な ど、数 え 切 れ な い ほ ど の 島 々
ク ロ ネ シ ア の 島 々、そ し て ニ ュ ー ギ ニ ア や ソ ロ モ ン 諸
るのではなく、民話とお経と文書を結びつけた創作民話
上がってくる。これら資料を単に解読したものを紹介す
に託して民話に残したのではないかということが浮かび
と、寛政一揆で犠牲になった農民指導者たちを動物の姿
ら い、そ の 三 つ を 結 び つ け て 謎 解 き を し て み る。す る
んな関係があるのだろうか。文書を専門家に解読しても
書かれた文書が伝わっている。その民話と大般若経はど
たお
です。愚かな戦争で斃れた人々の無念さを、﹁歴史﹂の
ており、夫婦合作のかたちだ。協力者として息子さんら
んは作・画を、本業は学者の雅夫さんが版画を担当され
著者はご夫婦で、洋画をやっておられる岡田紗月木さ
の絵本に仕上げている。
の島を取材したルポルタージュで
今回の受賞は、少しでもこの﹁真実﹂を知ってもらえ
家 の 協 力 を 得 て、6 年 の 歳 月 を か け て 完 成 さ せ た も の
で、冷静に描かれており、完成度も非常に高い。
先祖たちの想いも伝わってくる。例えば﹁動物が突然
に あ っ た の だ ろ う。イ ノ シ シ が 主 人 公 の 不 思 議 な 民 話
者の実家は、当時おそらく庄屋として村の代表的な立場
県︶での寛政一揆に対する弾圧事件に関係している。著
︻色川大吉選考委員長︼ 内容は江戸時代の藤堂藩︵三重
大般若経600巻は著者の先祖が供養のため京都まで
書かれている。
ちが成仏できずに助けを求めている姿にもとれます﹂と
れたり、拷問されていく状況、あるいは殺された農民た
いう描写について、あとがきに﹁一揆後、農民が処刑さ
白装束のお坊さまの姿に変わって、手を合わされた﹂と
や、地元の寺院に残る大般若経600巻の由来について
﹃創作民話 転読さん﹄ 岡田紗月木/岡田雅夫著
さ つ き
の名前も載っており、一族合作の感もある。地元の歴史
名の戦争体験が、ベースになっています。
ヶ国
中に埋もれさせてはならないという思いで、戦争体験者
の話を基に
13
る機会になると考えております。
す。証言者
92 11
◆グ ラ フ ィ ッ ク 部 門 賞
192
れている。集まってお経の大事なところを読むという風
会﹂という行事が行われ、村の人に﹁転読さん﹂と呼ば
取りに行ったものだという。いまも盆と正月に﹁転読奉
ものと思っております。
ではなく、むしろ、山田野の人々にこそ与えられるべき
きなかったことでしょう。この賞は、私たち個人のもの
それほどこのテーマは重く、一人の力ではとても出版で
﹃四国赤石山系物語﹄
安森 滋著
◆奨励賞
俗として残っているわけだ。そういった現代に生きる歴
史の姿が、若い人たちや子どもたちにわかりやすいかた
ちで絵本になっている。しかも芸術性の高い作品に仕上
がっているということを評価したい。
生 命 を か け て 絵 本 づ く り を し よ う
う 文 章 を 読 ん で、
﹁何があったのだろう?﹂という単純
と に し て お り ま す。
﹁昔、先 祖 が 山 に 伏 し た ⋮⋮﹂と い
この絵本は創作民話といえども、真実にあった話をも
で、1000ページを超す大著だ。費用を軽減するため
動物・虫類など、赤石山系全体の﹁百科事典﹂的な記録
う山小屋があり、著者はその山荘の2代目主人。植物・
ろだが、そこに会社の関係者が建てた﹁赤石山荘﹂とい
系︵愛媛県︶は、有名な別子銅山の採掘が行われたとこ
︻小飯塚一也選考委員︼
四国山地の西の端にある赤石山
な疑問から始まりました。調査していくうちに、大変な
にご自身で文字入力し、 年かけてまとめた。赤石山を
岡田紗月木/岡田雅夫
歴 史﹁寛 政 一 揆﹂に つ き あ た っ た の で す。農 民 た ち に
なっている。
知るにはこの本を1冊読めばわかるという便利な本に
安森 滋
日本的規模の賞にどこまで迫れるか興味津々
とって、一揆は生命がけの闘いであり、供養もまた生命
ようと思いました。
これを知った時、私もまた生命をかけて絵本づくりをし
がけです。山田野では、それを続けてきました。私は、
10
平成 年7月 日付け朝日新聞愛媛版の﹁自費出版文
25
版画は夫が彫刻。文つくりは初めてなので四苦八苦。
時にはストレスで息苦しくなり、病院にも行きました。
18
第2章 「日本自費出版文化賞」10年のあゆみ
193
化賞の遠藤さん﹂なる記事から、貴賞の存在を知り、応
年1月
日に部門賞を受賞。次は、日本的規
募 し ま し た。先 に 応 募 し て い た 愛 媛 出 版 文 化 賞 の ほ う
は、平成
16
う慈しむ所存です。
これを励みに、拙著の舞台である四国赤石山系をいっそ
八巻蔵王大権現様のご加護があったのでしょう。なお、
いでしたが、奨励賞に齧り付いてくれました。山神たる
かじ
模の貴賞にどこまでこの本は迫れるのか、興味津々の思
19
︻色川大吉選考委員長︼ 日本自費出版文化賞を 年間審
● 総 評
194
だが、この
年間ほとんどそういうことがなかった。選
う中だるみがあってレベルが下がる年があってもいいの
査してきたが、毎年、名作や大作が登場している。ふつ
10
きたい。
目としてさらに新しい
毎年新鮮な作品を応募していただいているが、 年を節
に、私たちの呼びかけが届いてきたかなと感じている。
埋もれており、そういう自費出版の地下水のようなもの
う状況が続いている。全国的にかなり水準の高いものが
考もいつもぎりぎりまでもめて、なかなか選べないとい
10
10
年、 年と呼びかけを続けてい
11
12
195
第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
第3回日本自費出版文化賞
大賞・部門賞・入選・全応募作品紹介
2002年版 ︵A5版420頁︶ ★
講評と受賞者のことば
第6回日本自費出版文化賞
部門賞・入選・全応募作品紹介
2004年版 ︵A5版330頁︶
刊行のことば
刊行のことば
自費出版ならではの文化をめざして
第7回日本自費出版文化賞大賞受賞者インタビュー
自費出版こそ出版文化の中心に
NPO法人日本自費出版ネットワーク代表理事 中山千夏
放射線被災の実態をわかりやすく伝えたい 塚本三男
第5回日本自費出版文化賞大賞受賞者インタビュー
どれだけ地域に貢献できるかを第一のものさしとして
吉田一郎
自分史と自費出版はいま再検討の時機 色川大吉
第1回日本自費出版フェスティバル記念講演
2003年版 ︵A5版272頁︶ ★
第4・5回日本自費出版文化賞
大賞・部門賞・入選・全応募作品紹介
20
いつも頭の隅に置いとくと資料がポッと出てくる
紙谷信雄
第8回日本自費出版文化賞大賞受賞者インタビュー
個人の自由な発信をささえるために 中山千夏
刊行のことば
2005年版 ︵A5版192頁︶
第7回日本自費出版文化賞
大賞・部門賞・入選・全応募作品紹介
特 集
いま自費出版はどうなっているか
講評と受賞者のことば
第4回日本自費出版文化賞大賞受賞作関係者座談会
子どもやお年寄りが喜んで読んでくれるようにと
高田明・盛田典子・福士忠・大下内尚
日本自費出版文化賞第5回記念座談会
自費出版は庶民の文化をになう
﹁100万人の 世紀﹂︱ 平成の万葉集をめざして
自費出版の傾向と対策 応募データ&受賞者アンケート
196
2007年版 ︵A5版214頁︶
刊行のことば
第
回日本自費出版文化賞大賞受賞者インタビュー
自費と自由を結びつけたい 中山千夏
第 回日本自費出版文化賞
大賞・部門賞・入選・全応募作品紹介
読んでもらうための本作り 高石左京
講評と受賞者のことば
胎動する著者 揺れる自費出版界
自費出版編集者フォーラム
沖縄で出版するということ 宮城正勝
特 集
今こそ語り伝えたい京大滝川事件と一学徒の死 藍 友紀
10
出版という家族 涸沢純平
当世自費出版事情
講評と受賞者のことば
第8回日本自費出版文化賞
大賞・部門賞・入選・全応募作品紹介
自費出版年鑑1998∼2004総目次
第1∼7回日本自費出版文化賞受賞作品紹介
2006年版 ︵A5版202頁︶
刊行のことば
第9回日本自費出版文化賞
大賞・部門賞・入選・全応募作品紹介
10
た。バックナンバーがございます。ご希望の方は事務局
またはお近くの書店でお求めください。 ★印品切れ
サンライズ出版㈱ http://www.sunrise-pub.co.jp/
本 書 に は、紙 面 の 都 合 で 一 部 し か 収 録 で き ま せ ん で し
NPO法人日本自費出版ネットワーク 企 画
サンライズ出版 編集発行
﹃自費出版年鑑﹄
10
ひとびとの真摯な声を応援したい 中山千夏
第9回日本自費出版文化賞大賞受賞者インタビュー
傷はあくまでも傷として出す。隠してはダメなんだ。
名畑政治
紙とバーチャルの活字境界線 あんばい こう
特 集
変動続ける自費出版界 自費出版編集者フォーラム
﹁自分史の春日井市﹂ 年の歩みから 平岡俊佑
講評と受賞者のことば
第2章 「日本自費出版文化賞」10 年のあゆみ
197
回目を迎
第3章 ﹁日本自費出版文化賞﹂の記録でみる自費出版の動向
NPO法人日本自費出版ネットワークでは、今年で
書籍および著者の動向を探ってみました。
をデータベース化しております。そのデータをもとに、自費出版
えた﹁日本自費出版文化賞﹂の応募作品に関わるさまざまな資料
11
200
で、1997年の第1回から2007年の第 回ま
費出版文化の発展を目指すことを目的とするもの
て、その内容を審査、優秀作品を顕彰することで自
負 担 し た も の で、主 と し て 書 籍 印 刷 物︶を 募 集 し
た自費出版物︵制作費用の全額または一部を私費で
﹁日 本 自 費 出 版 文 化 賞﹂は、日 本 国 内 で 発 行 さ れ
さをもっていることを示せるのではないかと考えて
せ、内容・テーマについてもその多様さと裾野の広
版 と い う も の が、世 代 や 地 域 を 越 え た 広 が り を 見
ましたが、この集計結果によって、さらに、自費出
出版文化のレベルの高さが広く知られるようになり
ました。自費出版文化賞の開催により、日本の自費
二つに分けています︶
。発行年次は初回を除きほぼ
門の5部門に分かれています︵第3回以降は文芸を
③文芸部門 ④研究・評論部門 ⑤グラフィック部
せん。内容分類は①地域文化部門 ②個人誌部門 域・男女・年齢および内容などに制限は一切ありま
で、毎年開催されています。募集にさいしては、地
数が生み出されています。いずれも書店などの商業
る同人誌といわれるメディアは毎年、数万点以上の
募はありません。ご存知のように、こうしたいわゆ
の応募を禁止していませんが、実際にはほとんど応
なお、自費出版文化賞では、漫画やコミックなど
いです。
います。自費出版物についての参考資料になれば幸
年間の累計総応募数は約1万点にのぼり、
とんどです。
この
の制作や読者の主体は 歳以下の若年層で、独自の
いう形態をとります。ただし、こうしたマーケット
ルートを通らない自主流通本で、多くは自費出版と
年以内に限定していますが、数年以内の発行がほ
11
本自費出版文化賞の応募データをもとにして、自費
なり多数の情報が集まりました。ここでは、この日
で集まっていることになります。著者についてもか
ているのだということではないようです。
ます。自費出版文化賞が自費出版のすべてを代表し
対象とする書籍とは領域を異にするものと考えられ
流通システムも存在するため、当自費出版文化賞が
これだけのまとまった自費出版書籍の情報が時系列
11
出版書籍およびその著者の傾向や動向を調査してみ
30
10
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
201
年間、約1万件のデータを集計
タベース化されていて、書名・氏名などのほか、次のよ
応募された作品については、第1回からいわゆるデー
が、複 数 の 同 じ 書 籍 も 登 録 さ れ て い ま し た。こ う し た
重 複 応 募 を 禁 止 し て い な い た め、数 は 多 く あ り ま せ ん
も規則性に欠ける登録がされている場合がありました。
・住所
・生年月日
・性別
・書籍の内容分類︵自費出版文化賞の分類︶
・発行年次がわかる書籍データ 6006件
・分類がわかる書籍データ 9650件
とした正確なデータの数は以下のようになりました。
れるデータを削除しました。この結果、今回集計の対象
・住所︵都道府県︶がわかる著者データ 8643件
・生年がわかる著者データ 8039件
・性別がわかる著者データ 8993件
応募著者の年齢
総平均は ・8歳 男性が ・7歳、女性が ・3歳
歳以上が全体の %、 歳以上が %を占める
55
61
75
63
70
35
すが、自費出版文化賞の応募書類に記入された著者の生
自費出版の著者の年齢というのは興味のあるテーマで
発行年次など一部欠けている項目があり、また、住所
・応募著書の発行年月日
データ内容をできるかぎり整理し、明らかな誤りと思わ
うな項目が調査可能になっています。
11
行時点での年齢②文化賞応募時点での年齢を集計しまし
年月日と応募著書の発行年月日をもとにして、①著書発
58
202
た。生年だけが記入され、月日が不明の場合は、調査時
点の3月1日としました。同様に著書の発行月日が不明
の場合も3月1日としました。また、 歳以上と9歳以
時点での年齢の差は1・1年間で、多くの書籍が発行年
年に発表した﹃データで探
あるいは発行の翌年に応募されていることがわかりまし
た。
自費出版ライブラリーが
になっていますが、
いようです。
歳前半が平均というのは変わらな
・地域文化 ・個人誌 ・文芸 ・研究評論 歳
歳
歳
歳
︵参考︶自費出版ホームページの集計について
自 費 出 版 の イ ン タ ー ネ ッ ト ホ ー ム ペ ー ジ︵ http://
︶は、 年 に 開 設 さ
www.jsjapan.net/index.html
れ、文化賞より古い歴史をもっています。 年4月現
在で、約4500件の書籍が登録されています。最近
では、文化賞応募者と重複する人も多いのですが、有
料ですし、ホームページに掲載するという一歩積極的
な表現方法を選ぶわけですから、それだけ内容などに
自 信 を も っ た 方 が 多 い と い う 傾 向 も あ り ま す。少 し
違った角度からの集計としてこの結果も参考として分
析してみました。
08
下は、誤りか、特別な事情の場合と思われるので集計か
ら除外しました。
8歳、一方、文化賞応募時点での総平均年齢は ・9歳
その結果ですが、書籍発行時点での総平均年齢は ・
61
になりました。これでみると、応募時点での年齢と発行
62
62
96
97
る自費出版のすがた﹄でも、著者の平均年齢は ・8歳
05
部門別の平均年齢も出してみました。
60
62 60 65 64
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
203
・グラフィック 歳
点での年齢の差に大きな変化はないものの、平均年齢が
となっています。いずれも応募時点での年齢と発行時
個人誌の平均年齢が高いのは予想どおりです。ついで
者︶の高齢化﹂を示しているのかもしれません。
上がっています。これは、﹁自費出版著者︵文化賞応募
地域文化が
ます。やはり地域文化誌の構想や取材・執筆には一定の
時間が必要なのでしょう。また、個人誌の多くを占める
・書籍発行時点での総平均 ・8歳
成の動機が生まれるものと考えられます。こうした分野
後半6回の平均は ・2歳︶
︵前半5回の平均は ・4歳。
と思われる自分史などは、ある程度の年齢ではじめて作
が多いことが、自費出版著者の平均年齢を引き上げてい
・文化賞応募時点での総平均 ・9歳
男女による平均年齢の違いはかなりあります。男性が
︵前半5回の平均は ・7歳。
歳、女性が ・
後半6回の平均は ・4歳︶
・
半である6∼
これを文化賞
歳、最小は 歳ですが、
45
年間の前半である1∼5回までと、後
これが実際のものかどうかは不明です。
でした。なお、年齢の最大は
平均で
歳で、その差は5・ 歳
62
回までに分けてみると、
応募者を1歳単位の年齢別に集計してみました︵
歳以下と 歳以上はまとめました︶
。わかりやすいよ
歳代後
歳代のとこ
ろに、ふたつの頂点があり、 歳代の後半から
うに、グラフ化してみると、 歳代前半と
半までの 年間に応募者数が集中していることがよくわ
70
70
るということもいえます。
62 60
63 61
50 60
92
96 31
1∼5回 発
:行時点の平均年齢は ・4歳
文化賞応募時点での平均年齢は ・7歳
63 62 61 60
∼
歳で、このふたつが平均より上になってい
56
58
6∼ 回 発
:行時点の平均年齢は ・2歳
文化賞応募時点での平均年齢は ・4歳
かります。︵図1︶
20
11
10
61
64
76
11
19
10
63
11
204
歳代後半を中心とした前後
年がピーク
10
応募数
次に、もっと大きな集計の傾向をみるためと、後でみ
位に分けて︵ただし 歳以下と
歳以上はそれぞれ一つ
に合計しました︶、年代別に分類してみると表1のよう
80
60
るように全人口との対比を行うために、応募者を5歳単
19
図1 年齢構成グラフ
205
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
25
歳代が合計で ・9%、
61 70
になりました。
29
50
17
歳代が合計
60
・
・
・
歳以上で全体の %
歳以上で全体の %
歳以上で全体の %
60
・8歳なのですが、実際の
いわゆる定年後の 歳以上の世代が圧倒的に多いとい
う事実があります。こうした世代にとっては、当自費出
版文化賞への応募が一種の社会参加のようにとらえられ
(%)
ているためではないでしょうか。
図2 自費出版文化賞応募者と日本の全人口の 年代別比率の比較
35
70
・7%なのに対して、 歳代は ・5%です。これ
6.20%
6.50%
7.60%
6.80%
6.30%
6.00%
6.90%
8.00%
6.70%
5.80%
5.20%
4.41%
5.00%
で
17.60%
0.89%
1.64%
1.95%
2.95%
3.80%
5.63%
7.32%
10.61%
14.40%
14.88%
14.78%
10.73%
9.80%
でみると、単純な総平均は
0.62%
72
133
158
239
308
456
593
859
1166
1205
1197
869
794
80
応募者数では 歳代以上のほうが多いことがわかりま
50
歳以上を含めると ・3%で、完全に全体の3分
20歳代前半
20歳代後半
30歳代前半
30歳代後半
40歳代前半
40歳代後半
50歳代前半
50歳代後半
60歳代前半
60歳代後半
70歳代前半
70歳代後半
80歳代以上
す。
19歳以下
応募数 自費出版応募者の比率 日本全体の人口比率
の1以上を占めているのです。累積にすると左のように
年代
なります。
表1 5歳ごとに区分した場合の構成
70 65 55
35 50 75
206
考えられることから、 年後は
日本社会の高齢化で自費出版はどうなるのか? 二つの見方がある
この自費出版文化賞の世代別構成を日本の全人口の
歳代後半がピーク、
年後は 歳代前半がピークになる形で推移すると思
60
2006年の ∼
歳の人口比率
:・3%
9
:・5%
われます。例えば同じ国立社会保障・人口問題研究所
05年版︶によっています。
ここでは比較のために、 歳以下と 歳以上を一つ
←
歳以上の人口比率
2020年の ∼
歳の人口比率
をピークにして上と下にゆくにつれ減少しています。
歳、下が 歳前後が巨大な塊を作っ
でもお分かりのように、 歳代後半をピークにしてそ
の前後で、上が
:・0%
:・0%
となっています。それぞれ %、 %という大変な
伸び率になっています。 ∼
歳が
74 23
%増えるという
うになっていくかいくつかのシミュレーションが可能
この表から、今後の自費出版のマーケットがどのよ
じの極端な構成です。
さまざまな問題は別にしても、この結果で、本当に自
とになります。年金や医療などの高齢化社会で起こる
ピークである二つの年代の人口が %増えるというこ
20
60
∼ 年ほどは大きな変化がないと
15
費出版人口︵自費出版を趣味あるいは発表の場として
の人口数は、今後
10
です。日本全体の人口構成で中核となる 歳∼ 歳代
こ と は、単 純 に い う と、現 時 点 で の 自 費 出 版 年 齢 の
65
に対して、自費出版の年齢構成は、表1の年齢別構成
歳以上の人口比率
歳代後半のいわゆる団塊の世代を含む年齢層
75 65
の人口推移予測によれば、
70
がより鮮明になります。日本の世代別人口構成は、国
15
例外も団塊ジュニアと呼ばれる世代になります。これ
成は、
にまとめていますが、図2に見るように日本の人口構
80
立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集︵20
世代別構成と比較すると、自費出版というものの特色
10
74
74
11
15 14
23 61
19
60
10
ています。まるで日本の高齢化を先取りしたような感
15
75 65
50
利用する人の数︶が増えていくのか、あるいはそれほ
23
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
207
どでもないのかという点に関しては、今後の日本の社
在の世代に比べて少なくなるのではないか。
もますます発達するので、本や出版に対する関心も現
争・戦後体験は、誰にも忘れることができず、次の世
の よ う な 共 通 し た 大 き な 体 験 が な い こ と だ。こ の 戦
・一つの理由は、戦争・戦後体験という、現在の世代
出版に向かうとはいえない。
は事実だが、この世代が現在の高齢世代のように自費
係が希薄になる反面、それをうまく保とうとする意欲
る関心がなくなることはない。また、家族や地域の関
して、形にして残しておきたいもので自費出版に対す
写真・絵画、俳句・短歌などはすべてその結果を記録
・趣味の多様化は進むが、ボランティア活動や旅行、
涯学習の傾向は現在以上に普及するだろう。
のため、知的な関心は高くなり、創作や研究などで生
ことは確かである。つまり老後が長くなるわけで、そ
医学や健康知識の普及でますます元気なひとが増える
・確かに戦争体験のように圧倒的なテーマはないが、
︿自費出版人口は増える可能性がある﹀
会・文化構造の変化とも関連しているので、現在でも
議 論 が あ り、以 下 の よ う な 異 な る 意 見 に な っ て い ま
す。
︿自費出版人口が増える可能性はあまりない﹀
∼ 歳の人口自体が 数年後まで増え続けること
代に書き残す意義も大きいという特殊な記録なので、
・
こうしたことがないことは自費出版の動機がかなり減
ある。実際にパソコンなどで高齢者でも情報の作成や
も生まれつつある。
少なくなると思われる。
発表が可能になったことは、現在までのところは自費
少することになるのではないか。
・今後の世代は、比較的に豊かな時代の中で趣味や生
出版の市場を拡大する方向に働いている。
・今後の高齢者世代は最初のインターネット世代であ
きがいの多様化が進み、インターネットなどメディア
り、従来の枠を超えた新しい関係を作り出す可能性が
10
・いわゆる核家族や少子化がさらに進むので、家族・
74
親族の結びつきも弱くなり、記録を後世に残す意義も
65
208
30歳代後半
3.2%
40歳代前半
4.1%
40歳代後半
5.5%
50歳代前半
9.2%
50歳代後半
9.7%
60歳代前半
17.7%
60歳代後半
16.0%
70歳代前半
13.8%
70歳代後半
7.5%
80歳代以上
7.7%
61
2.0%
方にシフトしていることがわかります。当然、個人差はあ
るとは思いますが、 歳代以上はすでにインターネットに
相当親しんでいることがうかがえます。
男女別では、男性が ・ 歳、女性が ・ 歳で、これ
も文化賞応募者のデータと大きな差はありませんでした。
85
57
16
50
62
︵参考︶自費出版ホームページの集計について
ホームページ登録に際しては、生年月日と発行年月日を
記入することになっていますが、これも文化賞データと同
様のエラー処理を行い、1480人の統計がとれました。
その結果ですが、書籍発行時点での総平均年齢は ・4歳
となり、文化賞応募者の平均年齢とほぼ同じ結果がでまし
た。 歳 代 が 合 計 で %、 歳 代 が 合 計 で ・7 % で あ
り、 歳 代 は % で す か ら、大 き な 違 い で は な い の で す
が、文化賞の応募世代より、若い年齢層︵ 代︶が比較的
多くなっていて、世代別全体でみても、ホームページへの
登録者数は、自費出版文化賞応募者の世代別構成より若い
33
30歳代前半
60
1.6%
60
20歳代後半
19
1.8%
21
20歳代前半
70 50
表2 ホームページに登
録した著者の世代
別構成とグラフ
209
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
表3
文化賞
第1回
2回
3回
4回
5回
6回
7回
8回
9回
10回
11回
総 計
女
429
204
256
224
293
244
283
300
257
292
224
3006
男
929
499
561
493
617
503
521
450
494
536
369
5972
総数
1358
703
817
717
910
747
804
750
751
828
593
8978
女性比率
32%
29%
31%
31%
32%
33%
35%
40%
34%
35%
38%
33%
男性比率
68%
71%
69%
69%
68%
67%
65%
60%
66%
65%
62%
67%
応募著者の男女比率は6対3だが、女性の比率は年々増えている
%と
33
応募著者の男女別の比
%、女 性 が
67
率をみると、総計で男性
が
回までの年度別変
なっています。第1回か
ら第
化をみると、それほど極
端ではありませんが、女
性の比率が年とともに増
えてきていることがわか
ります。男女の比率は、
ホームページ登録者の場
合もほとんど同じになっ
ています。
11
部門別の比率
女性の場合は、個人誌と文芸部門を合わせて
文芸は総合でも %、ついで個人誌が %
自費出版文化賞は、応募作品を ①地域文化 ②個人
誌 ③文芸 ④研究評論 ⑤グラフィック│ の5つに
%を超える
部門が ・9%、③文芸部門が ・9%、④研究評論部
・7%、⑤グラフィック部門が8・9%になりま
個人誌と文芸部門を合わせて %になります。男女別
。
した︵表4 ︱1︶
門が
38
文芸部門を合わせて %を超えるからです。逆に研究・
に分けると、もっと極端です。女性の場合は、個人誌と
67
分類しています。
﹁地 域 文 化﹂は、自 費 出 版 独 自 の 分 類 で、特 定 の 地 域
80
:
も興味深い事実です。
か。これは男女の知的関心方向のあり方を考える意味で
別の割合の差も現実の自費出版の傾向ではないでしょう
版の分野や割合を反映したものとも考えられます。男女
ごとの変動がほとんどないことなどから、実際の自費出
自費出版文化賞での、この応募分野別の傾向は、年度
評論分野は男性の3分の1しかありません︵表4 ︱2︶。
80
を扱った研究・調査・評論になります。
﹁個人誌﹂とは、いわゆる自分史を中心に一族史など
の分野でこれも自費出版独自のジャンルといえます。
ますが、集計上今回はひとつのものと扱っています。
﹁研究評論﹂には歴史や文学から音楽、数学までさま
ざまなテーマの作品が入りますが、あまり専門的なもの
は審査から除いています。
﹁グ ラ フ ィ ッ ク﹂は、絵 画 集、写 真 集 で す が、そ の ほ
かにもさまざまな視覚に訴える作品が入ります。
27
28
全体の結果は、①地域文化部門が ・6%、②個人誌
12
11
40
﹁文 芸 部 門﹂に つ い て は 第 3 回 以 降、A 一
:般文芸
︵詩・小 説・エ ッ セ イ︶B 短 歌・俳 句 部 門 に 分 け て い
210
211
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
表4−1 部門比率(%)
部 門
割 合
地域文化部門
12.6%
個人誌部門
文芸部門
研究評論部門
グラフィック部門
27.9%
38.9%
11.7%
8.9%
表4−2 男女別の部門比率
部 門
地域文化部門
個人誌部門
文芸部門
研究評論部門
グラフィック部門
女性比率
6.0%
27.2%
52.9%
4.7%
9.1%
男性比率
13.9%
29.1%
33.0%
15.2%
8.7%
件数
605
1173
1669
670
423
比率
13%
26%
37%
15%
9%
︵参考︶
部 門
地域文化部門
個人誌部門
文芸部門
研究・評論部門
グラフイック部門
なお、ホームページ登録作
品を部門別にみると表5の
ようになっています。研究
評論がやや多いこと以外
は、基本的に同じような構
成になっていることがわか
ります。
表5
212
を計算してみると、そのトップ は、
応募は全都道府県からもれなくあったが、人口比率では1対7の差がある
応募者の地域別集計をみると 都道府県のすべてから
山形県/長野県/新潟県/兵庫県
滋賀県/岩手県/京都府/東京都/山梨県/宮城県/
県とでは、1対7の差があることになります。地元新聞
の順となります。人口比率でみると、多い県と少ない
を示しているのかもしれません。
︶
http://library.main.jp/
自 費 出 版 は 独 自 の 文 化 財︱ ﹄が あ る の で 参 考
にされたい。
︵アドレスは
︱
書を分析された﹃データでさぐる自費出版のすがた
出版ライブラリーの伊藤晋氏が、ライブラリーの蔵
なお、自費出版全体の傾向についてはNPO自費
︵集計・分析=筑井信明︶
考慮する必要があります。
応募者になっているケースがありますので、それを多少
︵特に初期のころ︶、出版社がまとめて応募し、出版社が
る程度の濃淡があるようです。ただ、いずれの集計にも
での記事の扱いなど、都道府県による浸透の度合いはあ
は、
宮城県 264
京都府 347
千葉県 351
愛知県 352
北海道 366
埼玉県 376
兵庫県 475
大阪府 511
神奈川県 622
東京都 1555
応募点数の単純なトップ
応募点数自体は基本的に人口に比例しているようで、
うと、自費出版には特別に地域的偏りがないということ
応募があり、自費出版文化賞が浸透していることがわか
10
ります。海外からも数十点の応募がありました。逆に言
47
となっています。しかし、実際には人口に応じた比率
10
213
第3章 「日本自費出版文化賞」の記録でみる自費出版の動向
都道府県別比率(人口は2005年度)
表6 都道府県順
都道府県
北海道
青森県
岩手県
宮城県
秋田県
山形県
福島県
茨城県
栃木県
群馬県
埼玉県
千葉県
東京都
神奈川県
新潟県
富山県
石川県
福井県
山梨県
長野県
岐阜県
静岡県
愛知県
三重県
滋賀県
京都府
大阪府
兵庫県
奈良県
和歌山県
鳥取県
島根県
岡山県
広島県
山口県
徳島県
香川県
愛媛県
高知県
福岡県
佐賀県
長崎県
熊本県
大分県
宮崎県
鹿児島県
沖縄県
不明(外国含)
総数
件数
人口
366
5627424
94
1436628
217
1385037
264
2359991
41
1145471
113
1216116
84
2091223
132
2975023
71
2016452
100
2024044
376
7053689
351
6056159
1555 12570904
622
8790900
213
2431396
25
1111602
72
1173994
27
821589
102
884531
196
2196012
78
2107293
158
3792457
352
7254432
69
1867166
225
1380343
347
2647523
511
8817010
475
5590381
101
1421367
84
1036061
49
606947
35
742135
151
1957056
166
2876762
76
1492575
50
809974
47
1012261
55
1467824
39
796211
175
5049126
20
866402
47
1478630
67
1842140
80
1209587
29
1152993
68
1753144
55
1360830
1020
9650 127756815
表7 人口に対する比率の多い順
比率
0.006503
0.006543
0.015667
0.011186
0.003579
0.009291
0.004016
0.004436
0.003521
0.004940
0.005330
0.005795
0.012369
0.007075
0.008760
0.002249
0.006132
0.003286
0.011531
0.008925
0.003701
0.004166
0.004852
0.003695
0.016300
0.013106
0.005795
0.008496
0.007105
0.008107
0.008073
0.004716
0.007715
0.005770
0.005091
0.006173
0.004643
0.003747
0.004898
0.003465
0.002308
0.003178
0.003637
0.006613
0.002515
0.003878
0.004041
0.007553
都道府県 件数
人口
滋賀県
225 1380343
岩手県
217 1385037
京都府
347 2647523
東京都
1555 12570904
山梨県
102
884531
宮城県
264 2359991
山形県
113 1216116
長野県
196 2196012
新潟県
213 2431396
兵庫県
475 5590381
和歌山県
84 1036061
鳥取県
49
606947
岡山県
151 1957056
奈良県
101 1421367
神奈川県
622 8790900
大分県
80 1209587
青森県
94 1436628
北海道
366 5627424
徳島県
50
809974
石川県
72 1173994
千葉県
351 6056159
大阪府
511 8817010
広島県
166 2876762
埼玉県
376 7053689
山口県
76 1492575
群馬県
100 2024044
高知県
39
796211
愛知県
352 7254432
島根県
35
742135
香川県
47 1012261
茨城県
132 2975023
静岡県
158 3792457
沖縄県
55 1360830
福島県
84 2091223
鹿児島県
68 1753144
愛媛県
55 1467824
岐阜県
78 2107293
三重県
69 1867166
熊本県
67 1842140
秋田県
41 1145471
栃木県
71 2016452
福岡県
175 5049126
福井県
27
821589
長崎県
47 1478630
宮崎県
29 1152993
佐賀県
20
866402
富山県
25 1111602
比率
0.016300
0.015667
0.013106
0.012369
0.011531
0.011186
0.009291
0.008925
0.008760
0.008496
0.008107
0.008073
0.007715
0.007105
0.007075
0.006613
0.006543
0.006503
0.006173
0.006132
0.005795
0.005795
0.005770
0.005330
0.005091
0.004940
0.004898
0.004852
0.004716
0.004643
0.004436
0.004166
0.004041
0.004016
0.003878
0.003747
0.003701
0.003695
0.003637
0.003579
0.003521
0.003465
0.003286
0.003178
0.002515
0.002308
0.002249
第4章 NPO法人日本自費出版ネットワーク
らを参考に、この﹁
年のあゆみ
年のあゆみ﹂をまとめましたが、なにより大き
ホームページ、自費出版年鑑、総会資料などが残されています。それ
自費出版ネットワークには、公式な活動記録は残っていませんが、
10
広い紙面をさいて報道されていました。
﹁新聞之新聞﹂には、設立準備会から今日までの主な活動すべてを、
な資料は﹁新聞之新聞﹂︵新聞之新聞社︶のバックナンバーでした。
10
7・ 自費出版ホームページ開設
︵ 東京グラフィックス展にあわせ、4社が情報提供︶
社参加
自費出版ネットワーク設立準備委員会開催
設立集会になる。
︵発足当時の運営規定より︶
1997年
▽第1回総会
第1回全国交流会︵全国から 名参加・大阪︶
▽﹁日本自費出版文化賞﹂の創設を決定
1・
講演﹁情報演出業への道﹂
ています。自費出版物の中には貴重なものが多数あ
れ、一般書籍と並ぶ出版文化の重要な担い手になっ
我 が 国 で は 毎 年 膨 大 な 数 の 自 費 出 版 物 が 刊 行 さ
︻目 的︼
﹁日本自費出版文化賞﹂創設
講演﹁自分史の役割﹂日本自分史学会会長・土橋寿氏
7・5 第1回総会︵東京港区・港区立商工会館︶
コーディネーター 川
:井信良氏
パネラー 岩
:根順子、熊谷孝、小西昭憲、
佐藤 浩、都築延男各氏は
﹁わが社の自費出版への取り組み﹂
パネルディスカッション
あさひ高速印刷㈱社長・岡早苗氏
80
9・
と研究
2.自費出版および今後の電子出版化などの情報交換
情報発信形態の確立
1.インターネットなどを利用した自費出版の新しい
︻目的︼
︵日本グラフィックサービス工業会会員などに呼びかけ︶
19
19
3.開かれた自費出版文化の創造 排焜柞怦何倢偽倦偬倆們
25
19 9 6 年
216
217 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
︻主管︼自費出版ネットワーク
︻主催︼社団法人 日本グラフィックサービス工業会
す。
ることが出来ず、著者の苦心が報いられることは極
るはずですが、それらは我が国の書籍流通機構に乗
めて少ないのが現状です。日本自費出版文化賞は、
印刷機械・リョービ
︻協 賛︼富 士 写 真 フ イ ル ム・富 士 ゼ ロ ッ ク ス・ハ マ ダ
会・自費出版図書館・日本自分史学会
︻後 援︼朝 日 新 聞 社・小 学 館・丸 善・日 本 図 書 館 協 費出版の再評価、活性化を促進しようとするもので
す。
イマジクス・理想科
︻部 門︼地 域 文 化、個
学工業・ホリゾン
著者︵個人、団体︶が制作費用の全額または一部を
︻応募資格︼
人 誌、文 芸、研 究・
土橋 寿氏
自分史学会会長
伊藤 晋氏
自費出版図書館館長
作 家 中山千夏氏
作 家 鎌田 慧氏
歴史家 色川大吉氏
︻選考委員︼
評論、グラフィック
私費で負担し、日本国内で出版され、主として日本語
で書かれた書籍。著者の国籍は問いません︵現在は
年以降発行書籍︶。
いわゆる協力出版あるいは共同出版という方法も、
実際には製作費用を著者がほとんど全額負担している
もので、上記の範囲に入ります。定価のついていない
︵いわゆる非売品︶も応募できます。ISBNコード
︵国際標準図書番号︶の有無にかかわらず、応募でき
ま す。発 行 者︵所︶、印 刷 所 は 日 本 国 内 で あ れ ば 資
格・所属を問いません。書籍単位ですので、違う書籍
であれば︵著者が同じ場合でも︶何冊でも応募できま
支乙吁廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗揚司
自費出版物に光を当て、著者の功績を讃え、かつ自
自費出版データの蓄積・公開活動と連動しながら、
95
▽第2回総会
▽第1回自費出版 文 化 賞 表 彰
1・ 日本自費出版文化賞創設記念座談会
︵東京・ジャグラ会館︶
﹁新しい出版文化を育てよう︱ 自費出版には﹃書くこ
選考過程・作品募集︵現在は9∼ 月︶
、第一次選考︵1
・ ﹁自費出版年鑑1998﹂発行
作成
﹁あなたの本をつくりませんか﹂
7・ 販促パンフレット
ア会場︶
月4日、東京ビックサイト/東京グラフィックスフェ
最終選考会︵6月2日頃吉祥寺東急イン︶
、表彰式︵7
選考委員︶
、最終選考
︵4∼5月最終選考委員個人選考︶
旬、1泊2日、八王子大学セミナーハウス、一・二次
∼3月、︵一・二次選考委員︶、第二次選考会︵4月中
11
︵第1回日本自費出版文化賞全応募作品掲載︶
20
と﹄の本質がある︱ ﹂
第2回全国交流会︵札幌︶
出席者 中
:山千夏、伊藤晋、金子政彦、清水英雄
武内暁︵司会︶各氏
1・
NHK﹁おはよう日本﹂が自費出版をテーマに
歴史家・文化賞選考委員長・色川大吉氏
特別記念講演﹁自費出版について﹂ 7・4 第1回自費出版文化賞表彰式
7・4 第2回総会︵東京ビックサイト︶
放送︵今井茂雄JAGRA会長がコメント︶
4・
分科会︵1 受注拡大 2 編集・製作 3 流通︶
地方小出版流通センター社長・川上賢一氏
講演﹁出版・流通業界の最新の事情﹂
27
18
10
19 9 8 年
218
▽第3回総会
第3回全国交流会︵新潟︶
▽第2回自費出版 文 化 賞 表 彰
1・
事例報告︵佐藤博蔵・柴野毅実・波多野茂男各氏︶
﹁自費出版をめぐるフリートーキング﹂
7・4 ふるさと本ブックフェア︵東京ビックサイト︶
7・4 第3回総会
支乞吁挾尻守煆司ク慥哄
7・3 第2回自費出版文化 賞表彰式
記念講演﹁私と自費出版﹂
作家・中山千夏氏
8・ 関西交流会︵兵庫県︶
交友プランニングセンター 訪問
9・3 研修会・インター ネットと出版︵東京︶
事例報告 筑
:井信明氏
・3 関東ブロック交流会
∼
自費出版ネッ ︵栃木︶
・
日 ﹁自費出版営業の基本を学ぶ﹂
﹁アドバイザー制度、試験的研修会﹂
︵ ジャグラ会館︶
トワーク関東地方交流会
20
﹁自費出版アドバイザー制度﹂立ち上げ決定
28
19
自費出版ネットワークでは、発足以来積極的
に情報交換・研修会を実施してきました。その
結果、いま私たちに課せられた急務は、著者と
読者を結ぶためにアドバイザーとしてなにがで
きるか、しなくてはならないのかということで
した。そのための研修をしていくことが決定さ
年の認定制度へ発展していきます。
10
11
30
れ、
03
全日本製本工業組合連合会・新里知弘氏
日 本 図 書 設 計 家 協 会・松本八郎氏 事例報告 小
:倉新一、清水英雄、新出安政各氏
日 ﹁造本設計とコーディネート﹂
19
20
19 9 9 年
219 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
・ ﹁自費出版年鑑1999﹂発行
︵第2回日本自費出版文化賞全応募作品掲載︶
20 0 0 年
▽第4回総会
▽第3回日本自費 出 版 文 化 賞 表 彰
研修会・オンデマンド出版について︵東京︶
年末で休刊︶
1・
第4回全国交流会︵名古屋︶
1・ 情報誌﹁本の風景﹂発刊︵
1・
春日井市﹁自分史センター﹂見学
﹁アドバイザー制度研修会﹂
ミニ講演 全日本製本工業組合連合会会長・牧祥平氏
6・
6・
第3回日本自費出版文化賞表彰式
事例報告 岩
:根順子、清水英雄、新出安政各氏
第4回総会︵東京・ビックサイト︶
︵東京グラフィックスフェア会場︶
座談会﹁自費出版の使命とネットワークの役割﹂
作家・日本自費出版文化賞選考委員・鎌田慧氏
記念講演﹁自費出版について﹂
・
2001年
▽第5回総会
▽第4回自費出版文化賞表彰
世紀﹂
第5回全国交流会︵京都・滋賀︶
▽共同企画﹁100万人の
1・
1・
﹁自費出版年鑑2000﹂発行
中西健夫、斉藤治氏、岩根秀樹氏、清水英雄各氏
パネルディスカッション﹁自費出版と流通の実態﹂
ナカニシヤ出版社長・中西健夫氏
講演﹁自費出版は売れるか︱出版業界の現状と今後﹂
淸何水奩排問尚
30
29 21
24 24
15
20
11
11
27
31
01
220
221 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
第5回総会︵東京・ビックサイト︶
︵第3回日本自費出版文化賞全応募作品掲載︶
7・
共同企画﹁100万人の 世紀﹂で庶民の記録を後生
に残す活動を決定
第4回自費出版文化賞表彰式
7・ 共同企画﹁100万人の 世紀﹂スタート
︵東京グラフィックスフェア会場︶
7・
20
14
14
05
様々な人々の生活記録を書き残すために、共同企画
平成の万葉集を目指して、激動の 世紀を生き抜いた
20
20
﹁100万人の 世紀﹂を立ち上げました︵ 年まで︶
。
20
﹁100万人の 世紀﹂参加作品一覧
愛原 豊︵兵庫︶
﹃花ごよみ﹄
川田民江︵宮城︶
﹃モンゴルの青い空﹄
藤井昭三︵兵庫︶
﹃中学校国語教育の豊かな世界﹄
がねす﹄ 高橋秀毅︵宮城︶
﹃艶笑譚 越後・黒川村 第一集 むがす昔あったンだ
﹃蘭花の国で︱満州国軍人の肖像︱﹄ 南 清司︵埼玉︶
昭和﹄
風車の町の女性史づくりの会︵滋賀︶
﹃湖の辺 女ものがたり︱滋賀県新旭町の明治・大正・
菅野照光︵宮城︶
﹃︱奥の細道の誘い︱みちのくの歴史と文化めぐり﹄
井上敬子︵東京︶
﹃世界一周467日︱留学に同行の旅日記︱﹄
﹃イキマの美 播州祭屋台学宝鑑﹄
粕谷宗関︵兵庫︶
﹃言葉への旅﹄ 村井 勝︵兵庫︶
﹃絵筆片手に︱中学生と心豊かに半世紀 ﹄
―
知念正文︵兵庫︶
﹃菜の花と蝶﹄
下野敏雄︵兵庫︶
﹃コンピューター石器時代﹄
中西研二︵千葉︶
﹃米軍資料︱八王子空襲の記録﹄
奥住喜重︵東京︶
﹃北近江 農の歳時記﹄
国友伊知郎︵滋賀︶
20
﹃春風のうた﹄ 三角スミ︵宮城︶
﹃廻転木馬﹄ 高木ふみ江︵東京︶
﹃兵卒無情﹄ 古山新三︵東京︶
﹃飢餓日記﹄ 沢あずみ︵東京︶
﹃古老の愁﹄ 佐野正雄︵宮城︶
﹃うち織り縞の着物 養蚕農家の手織りの着物﹄
安藤やす江︵東京︶
﹃山河渺茫﹄ 福田邦男︵埼玉︶
﹃震災・空襲を生き抜いた女性の記録 職
―人の家に生ま
若杉幸子︵埼玉︶
れて ﹄
―
﹃地域医療に生きる 長
―寿美里の診療所 ﹄
―
本村吉郎︵長野︶
﹃岡のくらし今昔﹄ 新旭町岡区老人クラブ︵滋賀︶
﹃中山道てくてく 気ままひとり旅﹄
2002年
▽第6回総会
▽第1回日本自費出版フェスティバル
▽第5回自費出版文化賞表彰
1・ 第6回全国交流会︵宮城︶
テーマ﹁育てる、提案する自費出版﹂
講演﹁受注産業から創出産業への転換﹂
宮城大学教授・久恒啓一氏
7・ ﹁自費出版年鑑2002﹂発行
︵以後毎年、サンライズ出版発行︶
7・ 第6回総会︵東京・アルカディア市ヶ谷︶
NPO法人化検討を決定する
7・ 第1回日本自費出版フェスティバル開催
テーマ﹁本づくりの新しいふれあいを求めて﹂
交換交流会︵フェスティバルの恒例行事︶/手作り製
文化賞受賞作品展示︵第1回分から︶/自費出版著書
講師・色川大吉氏
記念講演﹁自費出版と﹃自分史﹄再考﹂
︵東京・アルカディア市ヶ谷︶
文芸社商法を考える研修会を開催
﹃風遊ぶ道︱大和路と近辺︱﹄ 逆波慶子︵奈良︶
9・
講演﹁文芸社商法について﹂ 元文芸社社員・A氏
29
﹃ 甲州路 てくてく気ままひとり旅﹄ 山本美津雄︵宮城︶
山本美津雄︵宮城︶
26
10
13
13
222
223 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
﹁日 本 自 費 出 版 文 化 賞﹂の 第 5 回 を 記 念 し て、自
費出版ネットワーク独自のイベント﹁日本自費出版
フェスティバル﹂を企画しました。文化賞の表彰式
をメインに、著者、制作者、流通を担う関係者が一
堂に会し、友好を深め、新たな文化活動の情報の共
有 を 目 指 し ま し た。﹁日 本 自 費 出 版 文 化 賞﹂の 受 賞
作品の展示、自費出版著書の情報交換と販売、記念
講演、自費出版相談会などを毎年開催しています。
本実演/自分史かんたん講座
第5回自費出版文化賞表彰式
︵日本自費出版フェスティバルと同時開催に︶
7・ 日本自費出版文化賞第5回記念座談会
テーマ﹁自費出版は庶民の文化をになう﹂
出席者 :岩根順子、岡田久男、小倉新一、 川井信良、黒坂昭二、清水英雄、新出安政、 筑井信明、土橋寿の各氏
支乢吁ヤ棠淸廊櫤忝橆沆厓惨ュ何四椏愽彩
支九庭挌寮司司愆ク樅協常攬咬俳偂倔ナ借促修佐但
224
支乙吁棠淸廊櫤忝橆倦俄修倍侶倡健位支乢吁棠淸廊櫤忝橆沆厓惨歳悅廚
何瀋常侭洪休伶ヤ慥沈椢慥沈ュヘ
椎乳姙 ¨棠ベ
▽第7回総会
▽自費出版アドバ イ ザ ー 認 定 制 度
▽第2回日本自費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル
第7回全国交流会︵神戸︶
▽第6回自費出版 文 化 賞 表 彰
1・
﹁むかしの神戸と今﹂ 作家・和田克己氏
﹁関西からの﹃知﹄の発信 IT革命と出版社﹂
甲子園短期大学助教授・水口洋治氏
﹁オンデマンド出版︱ 私の事例から﹂
一粒社社長・都築延男氏
﹁オンデマンド出版の技術的な背景と今後﹂
エヌケイ情報システム社長・筑井信明氏
﹁書物をつくるということは﹂
エディトリアルデザイン研究所社長・松本八郎氏
神戸須川バインダー社長・須川誠一氏
3・ 販促パンフレット﹁あなたの自分史をつくりま
﹁自費出版年鑑2003﹂発行
せんか﹂作成
7・
7・
第7回総会︵東京・アルカディア市ヶ谷︶
第2回日本自費出版フェスティバル開催
7・
7・
第1回自費出版アドバイザー養成研修会
第6回自費出版文化賞表彰式
NHK学園自分史講座専任講師・内海靖彦氏
記念講演﹁自分史の書き方﹂
︵東京・アルカディア市ヶ谷︶
7・
自費出版アドバイザー認定制度立ち上げ決定
12
12
﹁原稿をどう扱うか﹂ まつ出版社長・松下晴夫氏
棠淸廊櫤忝橆倦俄修倍侶倡健司愆水奩
25
10
13 12
20 0 3 年
225 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
▽第1回NPO法人日本自費出版ネットワーク総会
▽﹁協力会員﹂制 度 ス タ ー ト
▽第3回日本自費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル
第8回全国交流会︵鳥取・本の学校﹁今井書店﹂︶
▽第7回日本自費 出 版 文 化 賞 表 彰
1・
今井書店グループ会長・永井伸和氏
講演﹁本との出会いを求めて﹂
第2回自費出版アドバイザー養成研修会
王子製紙㈱米子工場見学
2・
NPO法人の設立総会
川井信良、清水英雄、新出安政、波多野茂男各氏
﹁アドバイザーとして必要な知識﹂
2・
ゆる活動を支援するとともに、インターネットなど
を利用した自費出版情報の発信、書籍の流通・販売
支援などを行い、多くの市民が自由に自己表現でき
NPO法人化の申請が受理される ︵東京法務局︶
る社会の実現を目的とする。
︵定款より︶
3・
名を決定
・7現在までの認定者︵会社別︶
6・ 第1回アドバイザー認定者
3・ 第1回アドバイザー認定試験開始
中山千夏氏就任
代 表 理 事 に 、 作 家 で 日 本 自 費 出 版 文 化 賞 選 考 委 員 の 24
伊 藤 公 一︵ア イ・ケ イ・ジ ェ イ︶、谷 口 美 保︵㈱ ア イ
ト︶、黒坂昭二︵㈲安楽城出版︶、宮本敏子︵㈱いなも
と印刷︶、出村明︵㈱栄光プリント︶
、林 護︵㈱オー
ピーエス︶
、住田幸一/桝谷純︵共同プリント㈱︶、菅
術、文化、芸術の振興と豊かな市民生活の創造を目
版を新しい民衆文化ととらえ、その普及を通じて学
この法人は、日本全国で広く行われている自費出
比嘉良孝/野沢粛/志村輝和/桑原健次︵㈱清水工房・
島潤︵サンライズ出版㈱︶
、清水英雄/山崎領太郎/
さとう印刷社︶
、渡辺正晴︵㈱三盛社︶、岩根順子/矢
︵㈱ 後 藤 商 会︶、小 林 淳 一︵㈲ 五 月 印 刷︶、佐 藤 稔︵㈱
野潔︵㈱興栄社︶、麻生芳子︵交友印刷㈱︶
、後藤信子
指す。そのため、自費出版物の作成にかかわるあら
︻目的︼
12
24
21
21
07
20 0 4 年
226
227 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
第1回自費出版アドバイザー認定式
﹄創刊
Personal Publishing
サンエイジング社長・吉澤輝夫氏
・ 交流情報誌﹃
︵ 号より﹃PPマガジン﹄に誌名変更︶
12
揺 籃 社︶
、石 森 浩 一︵丸 善 ㈱ 仙 台 出 版 サ ー ビ ス セ ン
﹁自費出版年鑑2004﹂発行
7・
第7回自費出版文化賞彰式
10
タ ー・自 悠 工 房︶、新 出 安 政 / 齋 藤 礼 子︵創 栄 出 版
㈱︶
、中 藤 収︵㈱ 玉 島 活 版 所︶
、杉 山 範 子︵㈱ ウ イ ン
グ︶、土 肥 浩 嗣︵㈲ T C 出 版 プ ロ ジ ェ ク ト︶、 前 田 豊
︵ ㈲ 長 谷 川 印 刷︶
、
川井信良/野村恵美子/宮川和久
︵㈱文伸・ぶんしん出版︶、波多野茂男/仙浪雅一︵㈱
NPO法人化の設立登記
7・
第3回自費出版アドバイザー養成研修会
﹁自費出版サービスは〝商品〟である
︱ クライアントをめぐる新しい関係︱ ﹂
淸何咬寒ヤ屑剃怺杙ュ
ヘ暁彁ベ侭婁咬
北斗プリント社︶
、内藤清/阿部弘泰︵㈱マトリック
6・
7・
第 8 回 総 会・第 1 回 N P O 法 人 日 本 自 費 出 版 ス・オーガナイゼーション︶
7・
第3回日本自費出版フェスティバル
7・
記念講演﹁本を出す意味﹂
講師・中山千夏氏
7・
j場づくり︶
﹁協力会員﹂制度スタート︵著者と制作者のふれあいの
ネットワーク総会︵東京・アルカディア市ヶ谷︶
10 24 10
10
11 10 10
▽第2回NPO法人日本自費出版ネットワーク総会
▽第4回日本自費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル
第9回全国交流会︵埼玉・秩父︶
▽第8回自費出版 文 化 賞 表 彰
1・
明石書店社長・石井昭男氏
中山千夏さんと自費出版を語る会︵第1回協力
7・
第2回NPO法人日本自費出版ネットワーク
﹁自費出版年鑑2005﹂発行
第4回日本自費出版フェスティバル開催︵同︶
記念講演﹁本は私の気持ちを伝える﹂
7・
総会︵大阪・千里ライフサンエイスセンター︶
7・
自費出版編集者フォーラム・矢野寛治氏
﹁編集者から学ぶ現場の仕事﹂
4・2 第4回自費出版アドバイザー養成研修会
会員の集い・東京︶
2・
﹁自費出版のネットワーク自主流通について﹂
フリートーキング
講演﹁自費出版と出版社のこれから﹂
29
20
16 16
16
講師・中山千夏氏
講師・中山千夏氏
第2回自費出版アドバイザー認定式
第5回自費出版アドバイザー養成研修会︵大阪︶
第8回自費出版文化賞表彰式
7・
支九吁廊櫤忝橆侵倒倡便俣ナ椀曼廚
ミネルヴァ書房社長・杉田敬三氏
﹁出版人としての心意気﹂
17
20 0 5 年
228
229 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
・3 公開セミナー・第2回協力会員の集い︵東京︶
﹁自分史を書こう! 想いを鮮明に﹂
2006年
▽第3回NPO法人日本自費出版ネットワーク総会
▽第5回日本自費出版フェスティバル
第6回自費出版アドバイザー養成研修会・公開
▽第9回自費出版文化賞表彰
2・
第3回協力会員の集い︵東京︶
7・ ﹁自費出版年鑑2006﹂発行
会︵熱海︶
7・1 第3回NPO法人日本自費出版ネットワーク総
筑波大学大学院助教授・野上 元氏
自 費 出 版 著 者・中西研二氏
﹁自費出版の発展と歴史を担う役目を考えよう﹂
5・
レビで放送
3・ アドバイザー認定制度について、NHK総合テ
NPO日本著作権協会理事長・富樫康明氏
﹁著作権の基礎と引用・転載の実務﹂
セミナー
25
13
記念講演会﹁自分史と三浦綾子﹂
7・ 第5回日本自費出版フェスティバル開催
︵東京︶ 15 10
小倉編集工房代表・小倉新一氏
昌巨拍厩伎侮位廊櫤忝橆侭學侘司ヘ支乙吁堕燈司副何徙代ベ
11
230
NHK学園自分史講座専任講師・藤田敬治氏
第3回自費出版アドバイザー認定式
第7回自費出版アドバイザー養成研修会 公開
第9回自費出版文化賞表彰式
7・
セミナー︵東京︶
﹄
Publishing
号より
Personal
西野紀子、サンライズ出版・岩根順子各氏
㈱ブッキング・佐田野渉、自費出版著者・
﹁自費出版本を書店におけるか﹂
8・
﹃
第
﹃PPマガジン﹄
2007年
▽第4回NPO法人日本自費出版ネットワーク総会
▽第6回日本自費出版フェスティバル
▽第 回自費出版文化賞表彰
主婦の友社園芸ガイド編集長・八木國昭氏
拡大運営委員会︵東京︶
第4回NPO法人日本自費出版ネットワーク総 7・
第6回日本自費出版フェスティバル開催
﹁自費出版年鑑2007﹂発行
記念講演﹁日本自費出版文化賞 年を振り返って﹂
︵京都・弥生会館︶
7・
会︵東京︶
6・
自費出版ネットワークの今後を考える会
5・
感じよう﹂
﹁自費出版者のこえから、アドバイザーのやりがいを
力会員の集い︵東京︶
3・3 第8回自費出版アドバイザー研修会・第4回協
10
メッセージ︵収録ビデオ︶
鎌田 慧氏
講師・色川大吉氏
10
と改名して発
16
12
16
21 20
行︵ ・4第
号発行中︶
支乱吁廊櫤忝橆侵倒倡便俣ナ瀲戻娯役司 ク
封幃 亘些亙棠淸昴嵭娟堕司烟底晶ゴ殺咾容溯幣
16
10
08
231 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
対談﹁これからの自費出版と日本自費出版文化賞﹂
色川大吉氏/中山千夏氏
回自費出版文化賞表彰式
倦俄修倍侶倡健司愆佇グ杖廃淸佐婁棣侘巧厥引
講師・岩根順子、清水英雄、新出安政各氏
﹁自費出版の受注や受付の実際について﹂
7・ 第9回自費出版アドバイザー養成研修会︵京都︶ 第
21 10
︻参考資料︼
﹁日本グラフィックサービス工業会機関誌﹂
﹁新聞之新聞﹂ ︵新聞之新聞社︶
︵NPO法人日本自費出版ネットワーク︶
﹁自費出版情報﹂
﹁自費出版年鑑﹂
﹁総会資料﹂
232
自費出版契約ガイドライン制定
︵自費出版事業者が自費出版を希望する著者
と自費出版契約を結ぶ際のガイドライン
日
)
ま た、出 版 物 の 制 作 は 著 者 と 出 版 社 の 共 同 作 業 で あ
り、双方が、作業進行上の連絡・情報提供について良
好な信頼関係を保つための努力を行わなければならな
いこともご理解ください。
このガイドラインで自費出版事業者とは自費出版物
の 制 作・販 売 業 務 を 行 う 出 版 社︵印 刷 会 社 な ど 出 版
サービス会社を含む︶をいい、著者とは個人・法人・
年2月
自費出版をめぐるトラブルが一部で社会問題になっ
出版業者と結ぶ契約とその履行過程で発生していま
ればならないことです。トラブルの多くは著者が自費
こうした事態が広がることは不幸なことで、避けなけ
の会員である私たちにとって憂慮すべき問題であり、
性の保証を行うものではありません。
ネットワークが、このガイドライン遵守の強制や実行
業者が自らの責任において行います。したがって、当
に制定するものであり、その遵守は個々の自費出版事
なお、このガイドラインは、当ネットワークが独自
ガイドラインに添った契約が行われているかを確認の
方々は、このガイドライン遵守業者であるか、または
ド ラ イ ン と し て ま と め ま し た。自 費 出 版 を お 考 え の
イドラインを遵守することにより事業者の信頼を確保
者︶保護の精神に基づき、著者の要望に応え、このガ
出版契約を結ぶ際の規範となるものとし、顧客︵消費
このガイドラインは、自費出版事業者が著者と自費
1 ガイドラインの目的
上、ご相談やご依頼をされるようお奨めいたします。
版契約を結ぶ際に遵守すべき原則事項を、以下にガイ
護という観点から、自費出版を希望する著者と自費出
す。当ネットワークでは、消費者である著者の権利擁
日本自費出版ネットワーク︵以下、当ネットワーク︶
団体を問わず自費出版費用を負担する側をいいます。
13
ています。自費出版の健全な発展を目指すNPO法人
08
233 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
し、出版業界の健全な発展に資することを目的としま
はインターネットその他の方法で公表します。また、
とします。当ネットワークは遵守事業者名を文書また
遵守事業者がこのガイドラインに明らかに違反した行
す。
2 ガイドラインでの自費出版契約について
するものとします。
為を行った場合には、認定を取り消し、その旨を公表
5 遵守事業者の行動原則
1 このガイドラインでは、自費出版の規定を、著者
が費用を負担して、出版社との間で行う出版物制作
し、公正、適正な事業活動を通じて、出版印刷・情
1 遵 守 事 業 者 は、そ の 社 会 的・文 化 的 使 命 を 自 覚
および販売にかかわる行為全体を指すものとしま
す。この行為にさいして取り結ぶ契約を﹁自費出版
契約﹂と呼称します。
報社会の健全な発展に貢献するよう努めます。
2 遵守事業者は、著者の基本的人権の尊重と個人情
報 の 保 護 に 配 慮 し、そ の 満 足 と 信 頼 獲 得 に 努 め ま
版物の販売という二つの異なる内容を含むことから
2 通常、自費出版においては、出版物制作および出
・委託制作契約
す。
提供に努めます。
3 遵守事業者は、出版形態に見合った適正な料金の
・委託販売契約
の二つの契約内容を明記あるいは別個に作成するこ
ととします。
もに、企業倫理の徹底に努めます。
現するため、実効性ある社内態勢の整備を図るとと
4 遵守事業者は、この﹁ガイドライン﹂の精神を実
この﹁ガイドライン﹂は、NPO法人日本自費出版
3 ガイドラインの策定・管理者
ネットワークが定め、管理するものとします。
この﹁ガイドライン﹂を遵守することを誓約し、当
﹁消 費 者 契 約 法﹂お よ び﹁特 定 商 取 引 に 関 す る 法 律﹂
び著者からの自費出版制作の申込があった場合には
遵守事業者は、販売に関する広告・勧誘活動時およ
6 法律に基づく消費者保護の義務
ネットワークが認定した事業者を﹁自費出版契約ガイ
4 遵守事業者の認定及び公表
ド ラ イ ン 遵 守 事 業 者﹂︵以 下﹁遵 守 事 業 者﹂と い う︶
234
1 消費者契約法に関係する遵守事項
を守らなければなりません。
事項を、無断で業務関係者以外に漏洩してはなりませ
業務上知りえた著者の個人的情報あるいは業務上の
ん。制作を外部に委託する場合も同様です。
自費出版においては、通常の物販や製造と異なる商
8 自費出版についての説明義務
ん。個人情報保護法を遵守しなければなりません。
・重要事項について事実と異なることを告げてはいけ
ません。
せん。
・不確実な事項につき断定的判断を提供してはいけま
習慣やサービスが存在することから、以下の点を明確
に説明しなければなりません。
・事業者あるいは消費者に不利益となる事実であって
も最終的に消費者に必要のある事項は告げなければ
・制作に関する説明
ン、編集・修正作業、印刷・製本など、個別出版物
出 版 業 務 で は、原 稿 の 整 理、校 正・校 閲、デ ザ イ
いけません。
2 特定商取引に関係する遵守事項
・勧誘開始前に、事業者名、勧誘目的である旨などを
の特長を説明するなかでも、この説明に配慮するこ
その費用の合理的な説明を行うこと。併せて、自社
ごとに独自の制作過程があることを説明し、かつ、
に告げないこと、威迫等による困惑を伴う勧誘行為
・虚偽の説明、重要事項︵価格・支払条件等︶を故意
と。
消費者に告げなければなりません。
をしてはいけません。
・販売に関する説明
登録している事業者に委託する必要があることを説
書店での販売・注文を可能にするには、出版業界独
明すること。また、自費出版物を販売しても著者が
偽・誇大な広告を行ってはいけません。
・広告をする際には、重要事項を表示し、明らかな虚
遵 守 事 業 者 は、著 者 の 要 望 に 応 じ て、業 務 上 の 経
利益を得られない場合があることを説明すること。
自の流通システムに登録している事業者であるか、
歴、編 集・校 正、デ ザ イ ン・製 作、印 刷・製 本、配
7 情報の開示および個人情報の保護責任義務
送、販売などに関する情報を開示しなければなりませ
235 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
自費出版を行う過程で制作あるいは販売にかかる費
用、印刷・製本費用、配送費用などを明確に示すこ
ているケースがこれらに該当します。この場合は、
ゆる﹁協力出版﹂や﹁共同出版﹂という呼称を使っ
こと。
支払う金額や比率︶、支払い条件などを明確に示す
れた場合に、著者に支払う費用︵書籍定価に対して
2 委 託 販 売 に お い て は、販 売 価 格︵定 価︶
、販 売 さ
と。
当ガイドラインでの純粋な委託制作・委託販売では
用の一部を出版社が負担する場合もあります。いわ
ありませんので、著者と出版社の双方が費用の負担
3 取り決めた費用の支払いにおいては、作業着手前
の支払いおよび支払い方法など、著者に誤解のない
や権利関係を充分に了解した上で、適切な契約を結
ばなければなりません。
支払いを求める場合には、作業途中での解約に際し
よう説明し、十分な了解を得ること。作業着手前の
重要な事項の連絡・伝達は、必ず、Eメールあるい
ての返金の割合、返金の時期などについても著者と
9 重要な事項の書面による保存
はFAXなど、保存され永続的な記録の残る形式で行
十分に協議すること。
として推奨しないこと。
4 クレジット︵信用販売︶による支払い方法は原則
うこと。またその記録を該当出版制作業務終了後1年
間以上保存しておくこと。
自費出版契約を結ぶ場合の説明
作完了︵納期︶までの期間、編集費用、デザイン費
所有権、出版権の帰属、出版受託業務の開始から制
1 委託制作においては、完成した製品︵出版物︶の
と。
の場合には、以下の点を明記または明確に説明するこ
費出版事業者合意の上で自費出版契約を結ぶこと。そ
実際の制作販売を開始するにあたっては、著者と自
10
NPO法人日本自費出版ネットワーク
㈱秋田情報プリント 高橋 大輔
㈱くまがい印刷
創栄出版㈱
熊谷 正司
新出 安政
秋田県
秋田県
宮城県
山形県
山形県
山形県
大風 実
杉山 隆
茨城県
㈱大風印刷
㈲杉葉堂印刷
稲本 修一
栃木県
茨城県
土屋 正介
林下 英二 北海道
㈱いなもと印刷
井上 光夫
川上 光彦
たなか ゆうこ 山形県
北海道
㈱井上総合印刷
日立高速印刷㈱
㈲土屋印刷
中西出版㈱
箱崎 岩男
北海道
北海道
創作室 ヴェルク
木の芽書房
則末 尚大
北海道
㈱エヌケイ情報システム 筑井 信明 埼玉県
佐藤 浩
ソーゴー印刷㈱ 高原 淳
青森県
小倉編集工房
第一印刷㈱
文化出版 小笠原カオル
岩手県
岩手県
小倉 新一
岩手県
丸善㈱出版サービスセンター 原 忠良
東京都
千葉県
埼玉県
阿部 信一
今井 奬
あべ印刷㈱
東京都
東京都
牧野伊久男
東京都
東京都
㈱コーヤマ
左田野 渉
東京都
東京都
㈱緑新聞社 西川 孝子
宮城県
ブッキング
小林 淳一
吉岡 新
㈱アイト 谷口 美保
宮城県
㈲五月印刷
共立速記印刷㈱
宮城県
熊谷 晴樹
宮城県
岩手県
創文印刷出版㈱
藤井 治夫
宮城県
細矢 定雄
㈱東北プリント
千葉 了正
自費出版 自悠工房 石森 浩一
㈲明倫社 柿沼 徹
㈱千葉出版印刷
㈲ツーワンライフ
蒼玄社
埼玉県
紺野 矩男
佐藤 博蔵
制作工房 風待茶坊 稲生 若水
㈲共和印刷
㈲博光出版
旭プリント㈱
︻会員名簿︼
236
237 ク支也情クN P O浅憘棠淸廊櫤忝橆倚倆們側ナ俗 椎何仟侏使
㈱ダーツ 大根田利夫
㈱サンライズ
佐藤 稔
添田 隆男
渡辺 正晴
㈲新生アドバイザー 岡田 久男
東京都
東京都
東京都
東京都
東京都
東京都
東京都
第一印刷㈱
㈲長谷川印刷
㈱野毛印刷社
㈱オーピーエス
㈱スコーレ出版
㈱プリンテック
和田 信義
㈲長野プリントサービス 高橋 公男
前田 豊
金子 徹
林 護
永地 榮吉
野上 光之
㈱清水工房/揺籃社 清水 英雄
㈱大廣社 山田 廣司
㈲明文社 福岡 雅典
長野県
長野県
神奈川県
神奈川県
神奈川県
東京都
東京都
東京都
東京都
東京都
㈱マトリックス・オーガナイゼーション
㈱さとう印刷社
今井 茂雄
東京都
東京都
東京都
中央プリント㈱
㈲武井印刷
平谷 茂政
宮澤 正己
佐野 長治
武井 英一
長野県
長野県
長野県
長野県
㈱三盛社
㈱シーズ・プランニング 長谷川一英
東京都
日本ハイコム㈱
電算印刷㈱
阿部 弘泰
㈱双文社
山崎 良幸
菅野 潔
㈲ポピー
㈱興栄社
広報社/ブックワークス 高橋 知博
東京都
東京都
新潟県
新潟県
新潟県
丸山 恵慈
水野 一幸
㈱新潟印刷
㈲しばの印刷/玄文社 柴野 毅実
㈱めぐみ工房
小川 剛
東京都
和田 和二
東京都
㈲杉並けやき出版
中林五十一
東京都
㈱平河工業社
金子 政彦
ナカバヤシ㈱
㈱文伸/ぶんしん出版 川井 信良
新潟県
㈱金精社
㈱フォト・スタンプ新潟 佐藤 学
富山県
東京都
㈲安楽城出版
㈲TC出版プロジェクト 東澤 光明
黒坂 昭二
㈱アーバンプロ出版センター 宮下 知子 東京都
㈱谷印刷 黒沢 康憲 石川県
㈱栄光プリント
石川県
東京都
東京都
出村 明
後藤 理奈
㈱緑陽社 武川 優
㈲後藤商会
238
㈲三星印刷/マイブック出版
㈲シースペース
肥後 健治
兵庫県
兵庫県
交友プランニングセンター/友月書房
㈲岸本出版印刷
奈良県
兵庫県
飛田二三哉 兵庫県
愛知県
住田 幸一
㈱牧歌舎 竹林 哲己
愛知県
愛知県
愛知県
アイ・ケイ・ジェイ 伊藤 公一
愛知県
安藤 隆弘
溝口 郷史
神山 明彦
都築 延男
㈱カミヤマ
みずほ出版
㈱ウイング
共同プリント㈱
矢谷 英志
松田 好司
鳥取県
和歌山県
岡山県
㈱矢谷印刷所
福田 益之
岡山県
鳥取県
㈱津山朝日新聞社
中藤 収
広島県
鳥取県
京都府
㈱玉島活版所
田河内秀子
福井 博
谷川 聡
京都府
㈱タニシ企画印刷
㈲タクミコーポレーション 湯ノ口 悟
青倉 一人
川上富士喜視
高知県
広島県
㈲福井印刷
岸本 洋一
㈲一粒社 愛知県
滋賀県
佐藤 正人
サンライズ出版㈱ 岩根 順子
京都府
文化出版㈱
福野 一美
㈲章美プリント
㈱京都青倉
大阪府
新本 勝庸
宮崎 真
㈱北斗プリント社/北斗書房
京阪高速出版印刷㈱ 美藤 雅彦
大阪府
㈱リーブル
㈱ニシキプリント
千年書房㈱
前平 彰信
清家 邦敏
鹿児島県
福岡県
中村かおり
大阪府
㈲奄美共同印刷
NPO法人知的財産権サポート協会
大阪府
大阪府
サンライズパブリケーション㈱
㈱遊文舎 木原 基彌
岡 達也
大阪府
広島県
㈱かんぽうサービス 桐生 敏明
喜田りえ子
あさひ高速印刷㈱
㈱ひかり工房
沖縄県
文進印刷㈱/沖縄自分史センター
長嶺 紀昭
大阪府
大阪府
岩下 登
蔕文庫舎 松井 勇
㈱登プリント社
終 章 自費出版界概観
自費出版に利用できたのは一部の資産家や成功者だけで
あった。一般の人たちの出版は、ガリ版と呼ばれた謄写
大正デモクラシーを経て第二次大戦終了後までも多くの
印刷によって支えられてきたのではなかろうか。それは
人たちの表現を可能にしてきた。しかし、そこにはまだ
緒 言
出版、自費出版、商業出版などという言葉がいつごろ
表現の自由との闘いもつきまとっていた。
表現の自由が認められてからのことである。
から使われていたか分からないが、少なくとも明治時代
前書きが長くなってしまったが、現在私たちが﹁自費
には﹁自費出版﹂は使われていたのではないだろうか。
4年︶など多くの名作が自費出版であったといわれてい
いま私たちが﹁自費出版﹂と呼んでいる出版が、一般
る。
出版﹂と認識している事柄について、そのめまぐるしい
北 村 透 谷 の﹃蓬 莱 曲﹄
︵1 8 9 1 年︶や、島 崎 藤 村 の
江戸時代には木版画による浮世草子や洒落本、滑稽本
動きを、手元にある資料から3期に分けて概観してみる
庶民に可能になったのは戦後のことで、教育が普及し、
などが出版され、一般に販売され読まれていた。いまの
ことにする。
るいは医術や技術書などが、木版や書写によっておこな
/ 年︶ ②﹁自 費 出 版 ジ ャ ー ナ ル﹂1 ∼ 号︵自 費 出
︵至文堂/吉澤輝夫編集
①﹃現代のエスプリ︱ 自分史﹄
ここでは、主につぎの四つの資料を参考にした。
版編集者フォーラム/
∼
われていた。しかし、一般の人々の表現・記録手段とし
ないだろうか。一方、柳田国男の研究で明らかになった
年︶ ③﹃自 費 出 版 年 鑑﹄
年 版︶ ラフィックサービス工業会/ 年︶である。
④﹃進化を求め続ける印刷集団﹁ジャグラ﹂﹄
︵ċ日本グ
︵N P O 法 人 日 本 自 費 出 版 ネ ッ ト ワ ー ク / ∼
行われていたようだ。
07
08
95
明治になると、日本でも活版印刷が普及し始めるが、
﹁口承﹂による伝達は、日本の庶民の間では、古くから
80
98
98
ては、壁画や彫刻、焼き物などで伝えられてきたのでは
いえる。それ以前は、宗教や権力者による伝達手段、あ
商業出版にあたる﹁版元﹂出版はすでに存在していたと
﹃破戒﹄︵1906年︶、宮沢賢治の﹃春と修羅﹄︵192
240
05
年代後半までを第1期と呼んでおくことに
つまり、﹁一億総作家﹂時代と呼ばれる第2期への準
備期間といえるだろう。
第2期 ﹁一億総作家﹂時代
敗戦の 年から東京オリンピックまでの日本は、いわ
指して各地で起きた文芸サークルや、労働組合など各種
むしろこの時期で特筆すべきは、創作・表現活動を目
活版印刷で行われていたくらいだった。
ら創作活動を続けていた、俳句、短歌、詩など文芸集が
いち早く事業に成功した人々の自叙伝や旅行記、従来か
政治家など一部の限られた人であり、それ以外には戦後
復興、高度経済成長とひた走ってきた人々が、自分の過
イルショックである。敗戦の混乱から立ち上がり、戦後
部分が問題視されるようになってきた。そして 年のオ
水俣病など公害問題が表面化してきて、高度成長の負の
期であった。 年代に入ると、乱開発による自然破壊、
ゆる戦後復興に向けてひたすら経済成長に突き進んだ時
のなかった新しい展開を見せてくる。それは、いままで
この時期に、日本の自費出版は、過去に経験したこと
ある。タイプライターで原紙に印字して、謄写印刷する
で、戦争体験を書く人も増えてきて、創作・文芸や自分
し た と い う こ と で あ ろ う。こ の こ ろ か ら
方法である。そして、
オフセット印刷への試行も始まった。これによって活版
60
印刷に依存しない安価な﹁活字印刷﹂が可能になってき
年代後半ま
ものをいわなかった庶民が自分の言葉で、自分を語りだ
年代に開発された孔版タイプ印刷が
73
70
年代以降に全盛を迎えるタイプ
ガリ版のほかに、
去を振りかえり、物から心へ内省をし始める。
する。この時期に書籍を自費出版できたのは、資産家や
戦後から
|
50
の機関誌活動ではなかったろうか。それを支えたのは、
45
60
第1期 開花への準備期
活版印刷からの開放 241 終 章 自費出版界概観
た。
史とならんで、自費出版界をリードしていった。
年に橋本義夫が提唱した
そ の 先 陣 を 切 っ た の が、
90
こうしたなかで、国分一太郎の﹃新しい綴り方教室﹄、
年代︶。
無着成恭の﹃山びこ学校﹄や、農村の生活記録運動がは
じまる︵
50
れでも、それぞれ自分でなければ語れない貴重な体験を
﹁ふだん記﹂運動ではなかったろうか。橋本は、
﹁人はだ
68
242
◇ 年代から、﹁東京大空襲を記録する会﹂に代表され
多くの人々に受け入れられた。
宜を得たこの主張は、主婦や職人、企業戦士といわれた
費 出 版 に 発 展 し て い っ た。こ の 動 き は 年︵戦 後
これが個人の体験記録と結びつく形で、その多くが自
るように、各地域での戦争体験の記録運動が起こり、
持っている。それを書いて記録すること﹂を奨めた。時
一方、印刷技術の面でも革新が起こっていた。 年代
年︶といういく
50
が立ち上がる︵ ∼ 年代︶
◇このころから地方の時代とも呼ばれ、各地で小出版社
年︵戦後
つかのピークをへて、現在まで連綿と続いている。
年にオフセット用のPS版と呼ばれる刷版が
年︶、 年︵戦後 年︶
、
75
以降、孔版タイプ印刷とともに和文タイプライターの組
いたが、
95
トとして本格的な組版にも使用されるようになってく
能なタイプオフセット印刷に移行。いわゆる軽オフセッ
ライズ出版︶など、自費出版のマニュアル本の発行続
◇﹃基本・本の作り方﹄︵サンライズ印刷=現在のサン
◇日本初のワープロ発売︵東芝 年︶
る。ことに
◇マスコミにも自費出版関連記事が多くなる
出版への助成制度を設ける︵ 年ごろまで︶
◇滋賀県知事武村正義が﹁草の根文庫﹂を創設し、自費
されていく。以下、特筆すべき項目をあげてみる。
年︶
年︶により、﹁自分史﹂が定義づけされる
設︵ 年︶、続 い て﹁自 分 史 メ モ リ ー ノ ー ト﹂発 行、
◇大阪の㈱新聞印刷の福山琢磨﹁自費出版センター﹂開
86
自 分 史 の 図 書 館﹁ブ ッ ク ギ ャ ラ リ ー 上 六﹂開 設︵
年︶、﹃孫たちへの証言﹄シリーズ発行はじめる︵ 年 集︶、自 分 史 回 覧 シ ス テ ム﹁本 の 渡 り 鳥﹂開
年︶
現在第
始︵
89
◇名古屋市が全国に先駆けて﹁文化関係の出版物﹂に助
成金制度導入︵
論社 ◇﹃ある昭和史︱ 自分史の試み﹄︵色川大吉著 中央公
20
これに呼応するかのように、各地で様々な活動が展開
に向上していった。戦後の自費出版文化の勃興は、こう
78
した中小の印刷業者によって支えられた面が大きい。
字による清打ちとダイレクト製版によって、品質が急速
く︵ 年代︶
年代後半に普及し始めた、タイプの曲面活
80
30
70
み合わせによる簡易なオフセット印刷方式が研究されて
50
開発される。これによりタイプ謄写は、写真の印刷が可
85
80
84
89
69
88
40
70
64
60
75
243 終 章 自費出版界概観
自費出版事業部への思い
福 山 琢 磨
部 を 設 け、 ︵昭 和 ︶年 5 月 7 日 か ら 自 分 史 に 取
満 歳 に な っ た の を 機 に、㈱ 新 聞 印 刷 に 出 版 事 業
50
た 軽 印 刷 業 者 が 主 体 で あ っ た。ご 用 聞 き に 回 っ て い
た 営 業 を 改 め、表 通 り に 店 舗 を 構 え、お 客 に 足 を 運
ん で も ら う よ う に し た の で あ る。そ の た め に は 庶 民
思考のサンプルをそろえてニーズを掘り起こさなけ
ネ ス と し て 展 開 し た。誰 で も メ モ っ て い け ば 出 来 上
り 組 ん だ。高 齢 化 社 会 の 商 品 に 育 て て い こ う と ビ ジ
告 で﹁あ な た の 原 稿 を 本 に し ま す﹂と 呼 び か け た の
て 上 げ た 自 費 出 版 の マ ー ケ ッ ト に 目 を つ け、新 聞 広
や 自 叙 伝 も 並 ぶ よ う に な っ た。こ う し て こ つ こ つ 育
れ ば な ら な い。そ の 中 に 句 集 や 詩 集 が あ っ た。戦 記
が る﹁自 分 史 メ モ リ ー ノ ー ト﹂を つ く り、各 地 へ 講
演行脚を始めたのが翌
約 社 の﹁自 分 史 代 理 店﹂を 作 り、
﹁友 の 会﹂や﹁同
85
年、開 設 し て も
好 会﹂活 動 を 始 め て も ら っ た。そ の 間、カ ル チ ャ ー
︵平成3︶
品質面で社会の信頼を失墜させたことは残念である。
小社が㈱新風書房を法人登記したのは
年 5 月 で あ る。取 次 口 座 を 開 設 し、自 費 出 版 で も 良
の 産 経・読 売 に﹁自 分 史 講 座﹂を
ら っ た。 年、自 分 史 の ミ ニ 図 書 館 を 作 り、良 書 を
集 目 と な る﹁孫 た ち へ の 証 言﹂も こ の 年 ス
回 し 読 み す る﹁本 の 渡 り 鳥﹂は
自 費 出 版 が 今 日 の 隆 盛 を 迎 え る き っ か け の 一 つ と
タートしている。
は し て い た が 想 定 外 の 逆 風 で あ っ た。電 話 の 内 容 か
の 新 聞 報 道 で、思 わ ぬ 風 評 被 害 に さ ら さ れ た。予 感
08
89
88
ら、新 風 舎 の あ く ど さ は、こ ち ら が 唖 然 と し た ほ ど
年で
と こ ろ が 今 年︵ ︶1 月 7 日 の﹁新 風 舎 経 営 破 綻﹂
い も の は 書 店 配 本 も や り、地 位 向 上 に 努 め て き た。
86
えていった。ニーズを掘り起こしたのは良かったが、
が 近 代 文 芸 社 で あ る。以 後 多 く の 業 者 が 生 ま れ、消
59
年 か ら で あ る。4 年 の 間 に
84
年 か ら 始 め た。今
91
60
し て、 年 ご ろ ア メ リ カ か ら 入 っ て き た プ リ ン ト
21
の だ ろ う か、い ま ま で タ イ プ 印 刷 を 主 業 務 に し て い
ショップの出現がある。﹁印刷営業の店舗化﹂という
信頼回復に取り組んでいる。
である。初心に返って、自費出版の在り方を見直し、
73
244
◇﹁自費出版情報センター﹂の吉澤輝夫、自費出版専門
年 5号で廃刊︶。その第2号では、
の情報誌﹃ライブブック! 自費出版情報﹄創刊︵サ
ンエイジング 身近になってきたマイブックづくり ―
﹂という特
―
集を組んで、多彩だった当時の自費出版界を紹介して
いる
い た。本 自 体 よ り も、上 梓 に 込 め た﹁著 者 の 思 い、
息 づ か い﹂を 収 集 し、こ れ か ら 自 費 出 版 を し よ う と
私 が 東 京・北 青 山 で 経 営 し て い た 企 画 出 版 会 社 の
その波及効果でパブリシティは予想以上の成果を上
ム﹁ほん﹂に紹介され、一気に三百余の購読者を得、
を 表 現 し た か っ た の で あ る。幸 い、朝 日 新 聞 の コ ラ
考えている人々への強いメッセージ︵あるいは誘い︶
年 3 月 で あ っ た。自 費 出 版 ネ ッ ト ワ ー ク が 結
は、
成 さ れ る 年 前、自 費 出 版 編 集 者 フ ォ ー ラ ム︵略 称
セ ン タ ー は 発 足 後 1 年 半 で 休 止 し た が、こ れ が
き っ か け と な っ て、私 の 関 心 は 自 費 出 版 か ら 自 分 史
へ と シ フ ト す る。 年 ほ ど 後 に 発 足 す る 北 九 州 市 自
想・準 備 に ど れ だ け の 手 間 ヒ マ を か け た か、想 定 読
楽しさを︾とした。
︿なぜ自費出版を志したのか、構
創 刊 の ご あ い さ つ の 見 出 し を︽著 者 の 息 づ か い や
の頃であった。 ﹁ライフワークとして取り組もう﹂と考えたのは、こ
エスプリ・自分史﹄︵至文堂︶の編集へとつながる。
分 史 文 学 賞 事 業 へ の 参 加、さ ら に 5 年 後 に﹃現 代 の
を創刊した。
同 時 に、機 関 誌﹃ラ イ ブ ブ ッ ク ! 自 費 出 版 情 報﹄
14
げた。
事 務 所 に﹁自 費 出 版 情 報 セ ン タ ー﹂を 立 ち 上 げ た の
吉 澤 輝 夫
﹁自費出版情報センター﹂発足時の夢
﹁自費出版サービスにも〝システム商品〟が続々登場
84
J E F︶の 発 足 よ り 年 も 前 の こ と だ っ た。発 足 と
12
者 は ? 残 部 は ?﹀な ど を 著 者 か ら 提 供 し て い た だ
10
84
245 終 章 自費出版界概観
芸社が立ち上げる
設︵ 年 現在
回︶
◇北九州市が生原稿による﹁北九州市自分史文学賞﹂創
◇﹁日 本 自 分 史 文 学 館﹂
︵富 士 吉 田 市 / 土 橋 寿 年︶
﹁自分史は文学たりうるか﹂の議論も
19
◇日本軽印刷工業会︵現・ċ日本グラフィックサービス
年︶
万円台に突入︵ 年ごろ︶
年︶
共同・C=自費出版︶の﹁日本図書刊行会﹂を近代文
﹁自費出版図書館﹂設立の思い
90
工 業 会︶
﹃自 費 出 版 読 本﹄を 発 行 し て、自 費 出 版 営 業
を支援︵
◇ワープロ
盛んに開かれる︵
◇NHK学園が﹁自分史講座﹂開講、自分史セミナーが
◇印刷業界に電子組版機普及し始める︵ 年ごろ︶
85
伊 藤 晋
回︶
年︶
︵現・N P
﹁自 費 出 版 に よ る 書 籍 は、独 自 の 優 れ た 文 化 財 で
しました。
知らされ、びっくりしました。
私 家 本 図 書 館﹂が、と も に 年 も 前 か ら あ る こ と を
ク ギ ャ ラ リ ー 上 六﹂
、東京しかも隣の五反田に﹁日本
ま し た。と こ ろ が、設 立 後 ま も な く、大 阪 に﹁ブ ッ
ます﹂
す。と こ ろ が、少 部 数 の た め、身 内・知 人 に 配 布 さ
がわずか1800点の自費出版図書館を開設しまし
れ る に 止 ま り、貴 重 な 文 化 財 に も か か わ ら ず、散 逸
自 費 出 版 専 門 の 図 書 館 な ん て 初 め て だ と 思 っ て い
閲 覧 で き る よ う に、こ こ に 自 費 出 版 図 書 館 を 設 立 し
も の で す。そ こ で、自 費 出 版 を 専 門 に 収 集 し、常 時
か 分 か ら ず、一 般 の 図 書 館 へ 行 っ て も 閲 覧 し に く い
し て い る の が 現 状 で す。誰 が ど ん な 自 費 出 版 を し た
O法人自費出版ライブラリー︶
◇﹁自 費 出 版 図 書 館﹂創 設︵伊 藤 晋 物語 自分史大賞﹂創設︵ 年 現在
を開設し、
﹁日本自分史学会﹂発足︵ 年︶と、
﹁私の
92
85
◇持ち込み原稿を本にする新システム︵A=企画・B=
86
年 4 月、大 崎 駅 前 の マ ン シ ョ ン の 一 室 で、蔵 書
11 93
94
97
10 84
た。設 立 の 趣 旨 に は 当 時 の 意 気 込 み を 次 の よ う に 記
94
10
246
ぼそとでもやって行けるだろうと考えて設立したの
編 集 経 験 を 活 か し て 自 費 出 版 を 引 き 受 け れ ば ほ そ
いるところです。
た が、こ ん ど は 支 え 切 れ ず、目 下 は 寄 贈 先 を 捜 し て
現在はなんとか蔵書3万5000点までになりまし
年から毎年
年︶、現 在 ま で
◇﹁自費出版ネットワーク︵現NPO法人日本自費出版
で、新しい文化として定着してくる
ネットによる自費出版物の販売も可能になったこと
コ ン に よ る D T P︵
︶な ど と
Desk Top Publishing
結 び つ い て、個 人 で の 出 版 を 普 及 さ せ た。そ し て、
で す が、ま さ に そ の 通 り、ほ そ ぼ そ の 運 営 で し た。
自費出版をサイドビジネスの感覚ではじめる
◇一方出版界では出版不況が続き、ほとんどの出版社が
◇こうした自費出版の隆盛に敏感に対応して特異な市場
を作り上げた、新しいタイプの自費出版ビジネスが台
ネットワーク︶﹂設立︵ 年︶
﹁日 本 自 費 出 版 文 化 賞﹂を 創 設︵
回。﹁日 本 自 費 出 版 フ ェ ス テ ィ バ ル﹂を
年︶
開催。﹁自費出版アドバイザー認定﹂制度立ち上げる
︵
プン︵ 年︶
◇自費出版専門の書店﹁自費出版PPBS﹂神田にオー
◇書店で、自費出版コーナー設置や自分史フェアなどの
開催がはじまる
◇﹁自費出版編集者フォーラム﹂発足︵ 年︶
﹁自費出版についての情報収集や意見交換及びその発
11
96
頭 し て く る。
﹁共 同 出 版﹂
・
﹁協 力 出 版﹂
・
﹁共 創 出 版﹂
年︶な ど を 創 設 す る。大 手 新 聞 に
97
などと呼ばれて、書籍販売を前面に打ち出した新風舎
ニ ッ ク ス 大 賞﹂︵
展 開。後 に﹁新 風 舎 の 出 版 賞﹂
︵ 年︶
、
﹁文 芸 社 フ ェ
大きく募集広告をのせ、応募された著作を過大にほめ
あげて出版にこぎつける。この﹁称賛ビジネス﹂と呼
ばれる手法に対する批判や、書店に本が並ばないなど
の苦情やトラブルも相次いだ
02
98
年は日本のインターネット元年といわれ、個人が世
97
︵ 年︶、文 芸 社︵ 年︶
、碧 天 舎 な ど が 相 次 い で 営 業
◇
界に向かって情報発信できる可能性が開けた。無数の
ホームページや後にはブログが開設され、これがパソ
03
96
00
96
94
96
247 終 章 自費出版界概観
援していく﹂︵規約﹁設立主旨﹂︶。﹁自費出版ジャーナ
信などの活動を通して、自費出版という出版文化を支
しまう。このような本が、一般の市場に出回ることはあ
きる。カバーをかければ、外見上は立派な書籍になって
データを印刷会社で印刷して、出版してしまうことがで
で編集者なり第三者の目を一度も通らずに、無責任な内
も見られる。ここで、問題になってきたのが、出版過程
98
年
月∼ 年8月︶
◇八王子市中央図書館、
﹁橋本義夫の生涯と自分史の源
流展﹂開催︵
02
世紀末以降、日本社会は急激な高齢化が進み、いわ
10
版に興味が広がってきた
第3期 混乱の時代
問われる品質
世紀は、自費出版界にとって氾濫と混迷の時代へ突
第 2 に、こ こ 数 年 マ ス コ ミ で も 問 題 に な っ て い る、
﹁共 同 出 版﹂・
﹁協 力 出 版﹂
・
﹁共 創 出 版﹂な ど 書 店 販 売 を
前面に出した、いわゆる自費出版大手と呼ばれる出版社
の存在である。﹁売りたい﹂﹁売れるはず﹂の著者心理を
くすぐり、その著作をほめあげて契約に結びつける営業
姿勢など、いくつかの矛盾をはらみながら、急激に実績
をのばしてきた。著者が東京の出版社に認められたと喜
んでいるその裏では、地道に地方の文化を担ってきた小
出版社が窮地に追い込まれてもいる。
年には、東京経済社長渡辺勝利が﹁文芸社商法の研
は、すっきりしない痛み分けのような形となった。
究﹂を発表し、文芸社が﹁営業妨害﹂として提訴。結果
第1に、DTPの普及で、だれでもパソコン上で簡単
入したといえる。 |
ゆる裕福なリタイア層が生まれ、趣味としての自費出
◇
01
に 本 が 作 れ る よ う に な っ た こ と で あ る。で き あ が っ た
02
◇仙台・創栄出版が﹁あゆみ図書館﹂オープン︵ 年︶
といわれる少部数出版システムの進出で、その流れにさ
16
売 れ る の か、売 れ な い の か、そ も そ も 自 費 出 版 と は
18
らに拍車がかかりそうである。
14
⋮﹂などの本質について、紙上論議を繰り広げている
トは圧巻。
イ プ﹄
﹂を 巡 る﹁自 費 出 版 ジ ャ ー ナ ル﹂の 緊 急 レ ポ ー
まりないが、インターネットなどで販売されている事例
ル﹂の発行を活動の中心に︵ 号までほぼ毎月、現在
号︶。 年 4 月 日 付﹁夕 刊 フ ジ﹂の﹁自 費 出 版
50
〝だ ま し〟の 手 口 素 人︵著 者︶の 心 く す ぶ る﹃B タ
14
容の本ができてしまうことである。そしてオンデマンド
99
号から 号まで延べ 人が﹁自費出版は
80
20
21
同 年、自 費 出 版 関 連 団 体﹁自 費 出 版 ク ラ ブ﹂創 立。
出版できるための、
﹁自費出版契約ガイドライン﹂をN
作者の交流をはかって開催される﹁第7回日本自費出版
﹁日本自費出版文化賞﹂の表彰式をかねて、著者と制
法人日本自費出版ネットワークがそれぞれ発表した。
PO法人リタイアメント情報センターと、私たちNPO
年に﹁個人情報保護法﹂が施行され、著作権・肖像
フ ェ ス テ ィ バ ル﹂
︵ ・7・ 東 京 ア ル カ デ ィ ア 市 ヶ 谷 代へ突入する。
年に碧天舎、 年に新風舎と、いわゆる自費出版大
19
その他各自治体や地方新聞社による自費出版顕彰運動
く本づくり﹂という公開座談会を企画している。
・1・7 毎 日 新 聞︶
約450冊になる。新風舎の出版部数は一点につき50
日新聞︶だという。単純計算だと一人あたりの在庫は、
精神崩壊ともいえる負の部分をも背負ってきた人たちで
その一方で、経済優先・利便性追求の結果、環境破壊・
半から今日までの繁栄社会を築いてきた人たちである。
団塊世代の人たちも書ける時期にきている。 世紀後
も活発になってきている︵181頁参照︶
。
0∼1000冊というから、仮に一人平均700冊とし
ある。書き残すべきことは、たくさんあるはず。また、
で、倒産時点の本の在庫が約600万冊︵ ・1・ 朝
出 版 し た 人 が 約 1 4 0 0 0 人︵
コラボレーションで﹁満足できる自費出版︱ 読者に届
フォーラム︵JEF︶と、日本自費出版ネットワークの
日本自費出版ネットワーク主催︶では、自費出版編集者
08
て、著者引き取り分を差し引いて、全国の書店で売れた
19
本は何冊になるのだろう。
﹁売りたい症候群﹂とまでい
08
08
手が相次いで倒産し、契約著者を始めとして多くの被害
06
者が出た。新風舎社長松崎義行によると、過去新風舎で
08
権などを巡るトラブルが発生。自費出版の質の向上が問
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われるなか、メルマガ、ブログなどによる電子出版の時
上を目的とした活動をはじめるが、現在は休眠状態。
﹁自費出版倫理綱領﹂を骨子として、自費出版の質的向
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も活発化している。今年になって、著者が安心して自費
表現意欲が衰えているわけではないし、様々な支援活動
マイナスイメージばかりが表面化しているが、人々の
われている著者にも、自覚が欲しいものである。
︵文中敬称略 清水英雄︶
いところである。 真正面に向き合った本が生まれてくることにも期待した
ブログや携帯小説を書いている若い人たちから、社会と
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編集をおえて
私たちが、「日本自費出版文化賞」を立ち上げてから、11年という歳月が
流れました。この間に、自費出版を取り巻く社会的環境もずいぶん変わって
きました。この記念誌では、入賞者の記録はもちろんですが、自費出版周辺
の変化も読みとれるような編集につとめましました。
10年の長きにわたり文化賞の最終選考を務めていただき、この記念誌に講
演や講評の再録をいただきました先生方に改めてお礼申し上げます。おかげ
さまで、意義深い1冊を編むことができました。また、記念誌のために筆を
執っていただきました方々、再録にご協力・資料を提供いただきました関係
各位、そして何より1万冊を超える本を応募してくださった多くの著者と、
1次選考、2次選考に携わってくださった皆様、さらにこの間、物心両面で
のご支援をいただきました全国の会員の皆様、後援団体の皆様、協賛会社の
皆様にお礼申し上げます。
2008 年5月 30 日
「日本自費出版文化賞」10 周年記念誌刊行会
編集委員:岩根順子・小倉新一・川井信良・喜田りえ子
黒坂昭二・清水英雄・筑井信明
ひとびとの声が聞こえる
― 日本自費出版文化賞10年のあゆみ
2008年7月20日 発行
企画・編集 NPO法人
日本自費出版ネットワーク
「日本自費出版文化賞」
10周年記念誌刊行会
〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町7-16
日本グラフィックサービス工業会内
TEL 03-5623-5411 FAX 03-5623-5473
URL http://www.jsjapan.net/
発 行 所 揺 籃 社
〒192-0056 東京都八王子市追分町10-4-101
TEL 042-620-2615 URL http://www.simizukobo.com/
C Nippon Jihisyuppan Network 2008 Japan ISBN978-4-89708-259-2 C0036
乱丁・落丁本はお取替えいたします