ストラクチャード・ファイナンス 日本におけるパフォーミング・ ローン・プール

ストラクチャード・ファイナンス
CMBS / 日本
格付基準レポート
日本におけるパフォーミング・
ローン・プールの格付について
アナリスト
ウィット・ソルバーグ
03 3288-2735
[email protected]
„ 要約
多くの商業用不動産物件担保ローンからのキャッシュ・フロー
をまとめ、支払に優先順位をつけることにより、投資家のリス
ク許容度に適応する CMBS の発行が可能である。
工藤 仁章
03 3288-2630
[email protected]
破綻した貯蓄金融機関(S&L)が保有していたローンをプール
化することによって 1990 年代初めに米国で CMBS が始まった後、
不動産物件所有者によるノンリコース・ローンへのニーズと、
ローンの証券化による利益が相まって、投資銀行は CMBS とし
て証券化するためのローンのオリジネートを開始した。この手
法は、「コンデュイット・レンディング(導管方式の貸付)」と
して呼ばれている。不動産市場が持続的に回復したことと、投
資家に良好な収益を提供したため、CMBS の発行は 1990 年代を
通じて急増していった。
橋本 浩平
03 3288-2674
[email protected]
加藤 進哉
03 3288-2642
[email protected]
ケビン・スティーブンソン
03 3288-2605
[email protected]
日本においても、今後の CMBS 発行の急増を予想する向きも多
い一方、法律的な違いや日本の商業用不動産と金融市場の不透
明感等から、市場の成熟には、より長期間を要するという意見
もあるようである。
格付機関の役割は、CMBS プールの質に関する第三者の意見と
して必要な信用補完水準に関する評価を提供することにある。
本レポートでは、日本の不動産状況及び日本の CMBS 案件、日
本の CMBS プールに対する信用補完水準を評価するために、フ
ィッチが採用している手法を中心に述べることとする。
„ 日本の経済環境
バブル:1985 年から 1989 年の間に、日本円はドルに対して二倍
以上の円高になった。この期間中、銀行は、株式市場での投機
のために不動産を担保として利用した企業向貸付を含む、不動
産担保貸付を大量に行った。土地価格も二倍を超えた地域も多
く、日経株価指数は 180%上昇する結果となった。
土地神話:バブル期における投資家の不動産指向は、「土地神
話」と呼ばれることが多い。a)土地価格はそれまで下落したこ
とが一度もないと考えられていたこと、b)土地の供給は限られ
ていること、c)不動産価格が直近の売買事例によって決定され
る傾向が強かったこと、などから日本の不動産価格は、永久に
上昇しつづけるとの考えが支配的であった。1990 年代初めのバ
ブルのピーク時には、日本の不動産価値は、世界の富の 20%以
2002 年 10 月 8 日
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ストラクチャード・ファイナンス
上に達し、多くは、日本の二大都市圏、東京と
大阪に集中していた。
オフィス供給量
250
暴落:1989 年初め、土地などの不動産の価格高
騰を抑制するために、政府はいくつかの金融政
策を実施した。中でも金利引上は、すぐに株式
市場に打撃を与え、1990 年末までに日経株価指
数は 38%以上下落することとなった。また不動
産部門に対しても投資家の信頼が失われるに従
い、土地価格の下落が加速しはじめた。
200
万㎡
150
1990 年代初めのピークから、大都市圏を中心に
土地価格は急落した。東京の土地価格は、65%
以上も下落する物件も多く、1980 年代初と同様
の水準になっていった。金融機関は、膨大な不
動産リスクをかかえており、ローンの不良債権
化によって特に打撃を受けた。不動産価格の下
落によって、不動産金融は、より持続的なキャ
ッシュ・フローとリターン(収益率)に注目し
始めるようになっている。
100
50
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
0
年
資料:森ビル株式会社 (床面積 10,000 ㎡超の物件)
日本の商業用不動産価格は、価格の急騰と大暴
落を経験しており、信用リスク評価上、将来の
市場価格の下落可能性は重要な問題である。一
方、昨今の不動産ファイナンスはキャッシュ・
フローとリターンに注目し実施されており、物
件価値についてもキャッシュ・フローをベース
に判断されるようになってきており、フィッチ
が、各案件を評価する場合には、不動産物件か
らの長期に持続可能なキャッシュ・フロー及び
ストレス・ベースの債務支払に対する比率
(DSCR)を特に重要視している。
ないかと懸念している投資家も多い一方、新設
ビルは、自己使用目的で建設される場合も多く、
市場に与える影響は限定的であると論じる向き
もいるようである。
フィッチでは、優良なアメニティを求めて、
「B+/A-」物件から新規ビルへ移転するテナント
による影響が大きいものとみており、2003 年の
大規模オフィスビルの供給により「B+/A-」クラ
スの物件の空室が増加する可能性が高いと考え
ている。これらの資産の空室率と賃料の安定性
に対しは、より詳細な注意を払っていくことと
している。比較的小さなフロア・スペースを求
めるテナントを対象とした、堅実な予算で運営
しているビルにおいては、短期的には、2003 年
問題によりテナントの減少に悩まされる可能性
はさほど大きくないと考えている。
2003 年の新規建設:東京都心部において大規模
なオフィスビル開発が進んでいる。2003 年には、
200 万㎡を超える優良オフィス・スペースが竣
工予定であり、10 千㎡を超える大規模物件に関
して言えば、これは過去最高だった 1994 年をも
上回る水準であり、過去 10 年間の年平均供給量
の 2 倍以上となる。新規開発ビルの多くは、オ
フィスビルのほか、映画劇場、スパ(温泉施
設)、バー、マリーナ、スポーツ施設、ホテル、
居住施設などを併設するものも多く、大規模フ
ロアや近代的なアメニティ施設を備える物件を
指向するテナント向けとなっている。
„ 透明性
マスター・リース:日本で不動産証券化を行う
際に、マスター・リース契約を行う場合がある。
場合によってはこのような案件における賃貸借
契約の内容が必ずしも市場賃料となっていない
場合も見受けられる。フィッチの分析は、物件
のマーケット賃料水準に焦点が当てられる。こ
の市場レベルの分析を通じて、マスター・リー
オフィスビル供給が、中古オフィス在庫物件の
空室率と賃料にマイナスの影響を与えるのでは
日本におけるパフォーミング・ローン・プールの格付について
2
ストラクチャード・ファイナンス
が存在するもあるが、日本の CMBS 案件ではほ
ぼ全ての物件に地震リスクが存在するといえる。
スの安定性を適切に評価する。資産が良好な状
態で維持されているか否か、推定される市場賃
料で、リースアップが可能か否かを判定するた
めに、物件の現地調査にもより大きな重点が置
かれる。
日本では、1971 年と 1981 年に建築物の対震基
準が改定されている。ただし、東京都によれば、
東京中心部(有楽町と丸の内地区)のビルの
50%以上は、築 30 年以上のものであり、依然旧
耐震ビルも多く存在している。
運営実績:比較的小規模の商業用不動産案件の
場合、過去の運営実績を正確に反映した財務諸
表が入手できない場合もある。安定的なキャッ
シュフローを査定する場合には、より詳細な市
場レベルの分析が必要となるケースも多い。
各々のローンを実施する場合には、その物件に
対する最大可能損失額(「PML」)を示す地震に
関するレポートを取得することが通常である。
フィッチでは、地震リスクを反映した信用補完
水準を算定するために、一般的には各々のロー
ンに対して、「AAA」から「A」までの格付けレベ
ルに応じ PML をストレスし、それらの金額を物
件価格から控除した価格をもとに、信用補完水
準を算定する。適格な保険会社による妥当な保
険が付保されていれば地震リスクは緩和される。
借入人:借入人の財務能力が明確でない場合も
多く、物件管理の経験、テナント構成、過去の
実績推移への分析が中心となる。
証券化目的のためにオリジネートされたローン
は、より完全な情報を備えている場合が通常で
ある。運営実績に関する報告書の質、レントロ
ール及び記録を過去何年遡れるかという点は、
ローン実行段階で非常に重要である。また、発
行会社が、物件にマイナスとなる事実(例えば、
営業状態の悪い店舗、破産したテナント、実際
の賃料コストなど)について十分な情報を開示
している場合、フィッチでは、受領資料の信頼
性は高いと考えている。
„ 反社会的犯罪組織
日本の商業用不動産市場で外国の投資家から比
較的注目される点で、組織犯罪の関与に関する
問題がある。商業用不動産にこれらの組織の関
与が認められる案件も存在するものの、フィッ
チでは、パフォーミング・ローンの CMBS プー
ルについては、基本的に犯罪組織の関与は極め
て限定的であると考えている。
„ 賃貸借契約
日本では、更新・中途解約に関し、米国に比べ
テナントに有利な賃貸借契約が一般的である。
テナントは、賃料支払いのほか、家主へ敷金差
入れや退去時の原状回復といった義務を負って
いるが、通常、契約期間は、2 年間とされ、契
約期間内でも数ヶ月の事前通知により契約を終
了する権利を認められている場合が多い。さら
に契約期間満了時には、テナントは、市場相場
の賃料(場合によっては、プラス一定の更新手
数料)で契約更新できる権利が与えられている。
借地借家法上、テナントにこのような権利を認
めない定期借家契約が、1999 年以降締結可能に
なったが、今のところテナントに有利な従来型
の賃貸借契約が一般的である。
„ フィッチによる分析概要
日本においては、ローンの数で、5 件から 25 件
程度の総額 100 億円から 300 億円程度の小型の
ローン・プールの証券化が当面中心となるとみ
られる。これらの小型のローン・プールに関し
ては、フィッチは各ローンを個別に検討するこ
ととしている。LTV や DSCR により、個別ロー
ンの各格付水準に対応する信用補完水準を査定
した後、全てのローンの信用補完水準を、格付
レベル毎に合計し、プールを考慮しながら調整
を行う。より大型のプールの分析においては、
より確率的な分析手法を用いることになる。
„ 地震
日本は、世界で最も地震活動が活発な地域の一
つに位置している。米国の案件でも地震リスク
標準的な格付プロセスとしては、各ローンをレ
ビューし、キャッシュ・フローの査定、担保と
なる個々の不動産の現地実査、分析を行う。分
析は不動産やローンにおける法的、ストラクチ
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3
ストラクチャード・ファイナンス
„ キャッシュフロー分析
フィッチでは、プールに組み込まれている各々
のローンを評価し直し、物件の維持可能なネッ
ト・キャッシュフロー水準(「フィッチ NCF」)
を算定している。フィッチ NCF は、物件の過去
の運営実績、現在の市場環境、テナントの状況、
テナントの入替えの可能性などの分析を通じて
算出する。
ャー上の特徴を考慮して行っている。前述した
ように、情報量や質は、案件ごとに異なってお
り、重要情報が入手できない場合には、分析上
の障害から、リスクが高いと判断され、大きな
信用補完水準が要求される場合がある。
以下では、日本での商業用不動産担保ローンプ
ールを裏付け資産とした証券化案件の、格付手
法の概要を述べる。
収入:賃料は、通常、保守的な賃料とその時点
の現実の賃料うち、低い方を安定的な賃料とす
る。空室率は、過去の実績及び市場空室率を考
慮し維持可能な水準を査定する。物件の状況が
変化し、過去のデータの有用性が低い場合、市
場の状況、プロパティ・マネージャーの能力、
テナントの状況に対して、より重点的に検討が
加えられる。一方、物件の管理者が同じで、収
入が一時的に増加している場合では、フィッチ
は直近の増加したキャッシュ・フローの水準よ
りも、過去何年か持続的に得られた収入水準に
基づいた金額を安定的な収入として査定するこ
とになる。
用語
フィッチ NCF
フィッチが特定のローンに対して査定
したキャシュフロー。賃貸費用と設備
更新準備金控除後の NCF。
フィッチ・コンスタント
債務支払に関するストレス。物件の種
類と資産のボラティリティに基づいて
決定。
フィッチ DSCR
フィッチ NCF / (フィッチ定数 x ロー
ン金額)
フィッチ・
キャップレート
各物件に対して適用されるストレスの
かけられたキャップ・レート
フィッチ LTV
フィッチ NCF / フィッチ・キャップ・
レート
サイジング・
ハードル
特定の 格付に必要とされる DSCR と
LTV の基準パラメーター(比較的小型
のプールで使用)。
大型プール
通常 20 件程度以上のローン・プール
サボーディ
ネーション水準
特定の格付を維持するために必要な
信用補完の水準
フィッチ損失率
複数借入人モデリング分析の際使用。
歴史的な市場価値下落を参考に AAA
ストレスにおける損失率を使用。
フィッチ
デ フ ォル ト率
AAA ストレスにおいあてローンが
で債務 不履 行に 陥る確率 。フ ィッチ
DSCR.に 基 づ き 債 務 不 履 行 確 率 を 想
定。
大型プールの
サボーディ
ネーション水準
経費:不動産税、保険関連経費は、将来の増加
が判明している場合を除き、現時点の水準が継
続するものと想定する。所有者が管理している
物件については、マネジメント手数料が人為的
に低く抑えられていることも多いため、第三者
がその物件を管理した場合に必要となるマネジ
メント手数料の水準に調整する。
賃貸費用:オフィスの改装費は、通常賃借人に
よって支払われるが、仲介手数料は、新たなテ
ナントを吸引するために、賃貸人によって支払
われることが多い。フィッチは、多くのケース
でテナントの回転率を年間 20%、オフィスやリ
テールに対する仲介手数料を通常 1 ヶ月の賃料
相当額と想定している。また、それまでの賃貸
費用実績、現時点のテナントの状況、不動産管
理契約についても考慮する。
設備更新準備金:物件の競争力を維持し、新規
のテナントをひきつけるために、ビルの所有者
は、定期的に設備を更新していく必要がある。
(「AAA」ストレスでの債務不履行確
率 x「AAA」ストレスでの損失)+
プール調整
集合住宅の場合では、カーペット、設備器具、
その他消耗機器が定期的に更新されなければな
らないし、オフィスやリテール物件でも築年数、
日本におけるパフォーミング・ローン・プールの格付について
4
ストラクチャード・ファイナンス
小型ローンプールの DSCR サイジング手法の事例
オフィス:郊外 - クラスB 格付け
ローン
フィッチが引き受け審査したネット・キャッシュフロー
金利
フィッチのストレス定数
DSCR サイジング手法
格付トランシェ
AAA
AA
A
BBB
BBB-
100,000,000
10,000,000
2.50%
6.50%
フィッチのストレステをかけた DSCR = 1.54
クラスB オフィス物件のハードル例
キャッシュフロー/フィッチ定数/DSCR ハードル
DSCR ハードル
2.40
2.05
1.75
1.55
1.40
金額
64,000,000
11,000,000
13,000,000
11,000,000
1,000,000
* 分割償還、プール構築による恩恵を要因化せず。
状況、テナントの状況に応じた準備金の積立が
必要となる。ホテルは、客室が実質的に毎日使
用回転されており、最も消耗の度合いが大きく
なる傾向がある。家具、カーペット、カーテン、
テレビなど備品の更新のため毎年準備金を積み
立てる必要がある。一般的にはサービスを限定
している「ビジネスホテル」に対して、フルサー
ビスの「シティーホテル」の方が通常準備金積立
額は多くなる傾向がある。
けている。フィッチ・コンスタントは、築年数、
立地、テナントの内容等を考慮に入れ、主に物
件タイプに基づいて決定している。従って、ホ
テルのようにキャッシュ・フローが相対的に不
確実な担保物件には、より高いフィッチ・コン
スタントを用いている。
フィッチ・コンスタントは、国際的な水準と比
較して低いように見えるが、現時点の金利と比
べると大きなストレスがかかっている。名目金
利の上昇が起こった場合、経済がインフレにな
る可能性が高く、インフレ経済は、長期的にみ
て賃料や物件の価格に対して上昇圧力を与える。
フィッチ・コンスタントは、実際の金利上昇と、
それに続いて生じる物価上昇までのクッション
としても考えられる。
通常フィッチでは、エンジニアリング・レポー
トに記載されている金額が、年当たりの準備金
に積み立てられているかどうかを調査している。
物件の築年数、質、エンジニアリング的な評価
はすべて、この金額を設定する時の決定要因と
なっている。
サイジングへのアプローチ:「ハードル」
DSCR:フィッチのデット・サービス・カバレ
ッジ・レシオ(DSCR)は、フィッチ NCF をフ
ィッチ・コンスタントに基づくデットサービス
で除することによって計算される。物件タイプ
ごと、格付レベルごとの DSCR の目安は 6 ペー
ジの表のとおりである。
フィッチ NCF:フィッチの NCF には、設備更
新積立金と予想仲介手数料控除後のキャッシ
ュ・フローである。この NCF が格付の際のベー
スとなる。
フィッチ・コンスタント
主にローンの返済期日における債務不履行リス
クに対応するため各ローンに対してストレスを
かけた利率(「フィッチ・コンスタント」)をも
とに DSCR の分析を行っている。現在の低金利
環境を勘案すれば、リファイナンス時点でも現
在の金利水準が継続しているとの前提に基づく
ことは難しく、より安定化したデットサービス
の水準としてフィッチ・コンスタントを位置づ
LTV:フィッチ NCF に保守的に想定したキャッ
プ・レートを適用することによって、フィッ
チ・バリューを算出している。キャップ・レー
トについては、物件の種類や質などの様々な特
性に応じて決定している。キャップ・レートは
6%~10%の範囲にある場合が多いがケースバイ
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5
ストラクチャード・ファイナンス
ケースである。キャップ・レートは、フィッチ
NCF(資本的支出と仲介手数料を控除したも
の)に対して適用され、ネット・オペレーティ
ング・インカムに対するものとしては取り扱っ
ていない。不動産価値に対するローン掛け目
(「フィッチ LTV」)は、ローン残高とフィッ
チ・バリューをもとに算出する。
切な補修の行われているものが望ましい。
テナントの質:居住用物件についてみると、「家
族」向けもしくは大規模なアパートの方が、典型
的なワンルームのアパートよりもテナントの回
転が小さいことが傾向として示されている。ワ
ンルーム・アパートは一時的な居住者(学生や
単身のサラリーマン)が住むことが比較的多い
からである。
ハードル水準の決定:LTV と DSCR の両方の パ
ラメーター (「サイジング・ハードル」)は、後
述の不動産分析とローン分析における要因に基
づいて調整している。一般的に、DSCR と LTV
パラメーターは、一段と保守的な結果がこのサ
イジングに使用される。
環境レポート
通常は、全国的、地域的に知名度がある業者に
よって、各物件に対しフェーズ I の実地環境ア
セスメントが、十分な範囲で実施されることが
期待されている。このアセスメントは、証券化
以前 12 ヶ月以内に実施されていることが望まし
い。コンサルタントがさらに詳細な調査が必要
であると勧告した場合には、証券化までに調査
作業が完了することが必要である。計量化でき
ず、エスクロー、もしくは保険を通じてリスク
を軽減できない環境問題に関しては、信用補完
水準を引き上げる結果となる。
„ 不動産分析
現地調査
質の劣る物件は、最初にテナントを失うことが
多く、一般的には新規テナントを吸引する力も
弱い。したがってフィッチでは、現地実査によ
って、裏付け不動産の質を見極めることとして
いる。通常 A から D までの物件グレードが各物
件について決められる。
エンジニアリング・レポート
物件が市場での競争力を維持するには、建築の
質、築年数とも関係している。フィッチは、エ
ンジニアリング・レポートによる経済的耐用年
数の想定、毎年の更新、補修に要する金額に注
目している。ローンのレンダーがこれらの準備
金を適切に見積もり、設定していれば、当該ロ
ーンの相対的安全性を高め、レンダーの評価に
プラスに働くため、最終的には信用補完水準設
定の際に有利となる。
立地・交通の便・外観:優れた立地は、相対的
に質の高いテナントをひきつけ、長期にわたり
比較的高い価値を維持する。主要道路、公共交
通機関へのアクセスが容易で、外観も重要であ
る。
設計と建築の質:優れた設計は、魅力的であり、
機能的で人目をひき、長期間高い質を維持する。
物件は、過度に流行を追ったものであってはな
らず、老朽化した物件は改築が必要とされるこ
とが多い。建築は品質の高いものが望まれ、適
鑑定評価
フィッチは各々の物件について最新の鑑定報告
書を分析する。原価法や取引事例比較法による
小型ローンサイジングのパラメーター
物件の種類
AAA'
AA'
A'
BBB'
BBB-'
BB'
立地の優れる
小売店舗
DSCR (x)
LTV (%)
2.10-2.30 40.50-45.50
1.80-2.10 47.50-52.50
1.60-1.80 53.50-58.50
1.45-1.60 60.00-65.00
1.35-1.45 64.00-69.00
1.25-1.35 69.50-74.50
シティ/ビジネスホテル
DSCR (x)
LTV (%)
2.95-3.15 29.50-34.50
2.60-2.80 33.50-38.50
2.20-2.40 40.00-45.00
1.90-2.10 47.00-52.00
1.75-1.85 51.00-56.00
1.55-1.65 57.50-62.50
オフィス
DSCR (x)
LTV (%)
2.35-2.55 35.50-40.50
2.00-2.20 42.50-47.50
1.70-1.90 50.00-55.00
1.50-1.60 57.50-62.50
1.35-1.45 63.00-68.00
1.25-1.35 69.50-74.50
集合住宅
DSCR (x)
LTV (%)
2.00-2.20 42.50-47.50
1.75-1.95 48.50-53.50
1.55-1.70 54.50-59.50
1.40-1.50 61.00-66.00
1.30-1.40 65.50-70.50
1.20-1.30 71.00-76.00
*DSCR-フィッチ・デット・サービス・カバレッジ LTV-フィッチの不動産価値に対する掛け目
注:実際の DSCR と LTV ハードルは不動産とローン水準の要因に応じて与えられる。詳細は本レポートで概略が説明されている。
日本におけるパフォーミング・ローン・プールの格付について
6
ストラクチャード・ファイナンス
鑑定をレビューする一方、フィッチは収益還元
法による評価を重視し、特に安定的なキャッシ
ュ・フロー、鑑定士が採用したキャップ・レー
ト、対象資産の市場、対象物件のその市場での
地位に関する鑑定士の判断を重視する。フィッ
チは特定の鑑定業者を推薦することはないもの
の、すぐれた市場データを持ち、市場に関する
レポートを発行し、さらに対象物件に対して専
門性を持っている鑑定会社であることが望まし
いと考えている。一般的には、作成から 12 ヶ月
以上経過したレポートは適切ではなく、直近の
再評価が必要となる。
準備金
各々のローンは税金、保険、設備更新などのた
めに、積立を行うことが望ましい。債務支払に
対するリザーブは、キャッシュ・フローが不足
する場合補う役割を果たす。強力な準備金の仕
組みを持つローンに対する「サイジング・ハー
ドル」は仕組みのないローンに比べて低くなる。
保険
一般的に、証券化案件に対して保険を提供する
保険会社は、少なくとも投資適格格付けを有し
ていなければならない。フィッチは、損害保険、
利益保険、包括的な賠償保険へ加入しているこ
とを求めている。
„ ローン分析
償還
元本分割償還型の不動産ローンは、分割償還に
よって満期時の要返済額が小さくなるため、ロ
ーン期間中利息のみを支払うローンよりも望ま
しい。フィッチは、DSCR と LTV パラメーター
が妥当かどうかを評価する際、当初残高と、リ
ファイナンス所要額の両方を検討する。現在の
低金利の環境を勘案すると、金利が固定されて
いる場合、ローン期間中の債務不履行リスクは、
償還時の債務不履行リスクよりも小さいと想定
される。ホテルやその他オペレーティング要素
の強い物件を除き、期間中に分割償還がある場
合には有利な評価が与えられる。
信用補完提供者
金利スワップやキャップ、信用状、その他の形
式の信用補完を提供する業者は、原則「F1」の格
付けを有さなければならない。フィッチは、信
用補完の質を評価するために、関連契約書をレ
ビューする。
スポンサー
フィッチは、大型のローンのスポンサーと、過
去に破産申立てや担保権の実行を受けたことの
あるスポンサーに関して特にレビューを行う。
個々スポンサーに対しての信用事由がそのプー
ルに追加的なリスクをもたらすかどうか判定す
るために、それらイベントが生じた期間中のス
ポンサーの行動に焦点をあてる。経歴上問題が
あるスポンサーに対するローンは、リスクが一
層大きいとみなされ、そのローンに対するサイ
ジング・ハードルで調整を行う。
追加的借入
劣後債務、メザニン債務、優先株に対しては、
追加的なレバレッジ、追加的な債権者の存在に
よって引き起こされるストレスが存在するため
に、追加的な信用補完が要求される。借入人は、
物件の維持管理よりも、信用補填的な債務支払
いを行うか、優先株の分配を行うことを選択す
る可能性がある。もし物件の競争力が劣ってく
ると、キャッシュ・フローが減少し、債務不履
行が生じた場合に損失がより大きくなる結果を
もたらす場合がある。さらに、他の債権者が、
予想以上に早く法的手続きを進める可能性があ
り、この法的手続きによって、その資産の売却
が遅れ、物件の管理に影響を及ぼす可能性があ
る。追加的な債務の存在を勘案し、フィッチは、
追加的債務の金額と仕組みに応じてサイジン
グ・ハードルを保守的にする。
„ プールの分析
一般的にみて、比較的小型のプールは相対的に
少数の資産にリスクが集中している場合が多い。
従って、DSCR と LTV によるサイジング分析か
らの結果を集計したあとプール化による調整は
限定的なものになるのが通常である。しかし、
資産相互の相関性が低い場合、小型プールでも
「AAA」トランシェにおいてプラス要因となる。
他方、大型プールでも相関関係が高い資産が組
み入れられている場合、分散化によるプラスは
あまり期待できない。フィッチは、金額の大き
なローンの割合、物件の種類によるプール構成、
テナントの状況、地理的な立地状況を調査によ
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ストラクチャード・ファイナンス
り相関を判断している。これらの分析に基づい
て、プール段階で調整を行う。
調整:他にもデフォルト率に影響を与える要因
は多く、DSCR に基づくベース・デフォルト率
に、担保の質、地震リスク、資産の種類、資産
の安定性、過去の運営実績の安定性により調整
が行われる。
サービシング:案件を最初から最後まで円滑に
推進するためにはサービサーの役割は重要であ
る。一般的に、案件の仕組みが複雑になればな
る程、物件の種類が特別なものになればなる程、
サービサーの役割は重要になる。フィッチは、
サービサーの柔軟性を重要であると考えており、
ひとたび有能なサービサーが選任されれば、問
題が生じても対処できる十分な余地が与えられ
るべきと考えている。サービサーは、利害相反
が生じないように、借入人から完全に独立して
いなければならない。マスターサービサーとス
ペシャルサービサーに対するフィッチの対応に
関するさらに詳しい情報は、ホームページ、
www.fitchratings.com でセクター、CMBS、リサ
ーチ、サービサーの項目を閲覧いただきたい。
損失率
基準:デフォルトによるネット損失は、担保物
件の市場価値の低下、担保物件処分費用、及び
それに要した時間によって決まってくる。想定
損失率を設定する出発点として、最も保守的な
立場を取るとすれば、各資産に対して過去の価
格下落を参考に 70%の市場価値下落(MVD)を
想定し、それに加え、担保権実行と移転費用の
ために 20%が追加するという考えもあろう。た
だし、過去の実際の MVD に基づく 90%をスト
レスとするのは、今後同様の地価下落が起こる
可能性は低いと見られること等を勘案し、スト
レスとして適当でないと考えている。将来の損
失率の予想においては、物件の種類ごとに市場
価格の下落率について調整を行っている。
„ 大型なマルチ・ボロワー・プール
大型プールモデルの要約
日本においても将来大型でより多様なプールの
証券化案件の登場が予想される。これらの案件
に対しては、より確率的手法が採用されること
になる。フィッチのモデリング分析の中核は、
「AAA」シナリオに基づく予想デフォルト率に、
予想損失率を乗ずるというものである。これら
の基準数値に対して、当該物件の市場、物件の
質、立地、建築、築年数、安定性などの要因に
応じて調整を行う。各々のローンには、基準と
なる想定デフォルト率、基準となる想定損失率
が与えられる。さらにプール・レベルでは、担
保の集中度合等によりさらに調整している。
調整:ローンの損失率に影響を与える他の要因
には、分割償還、劣後債務、借入人の法的性格
などの要因がある。
データ
分析に必要となるデータとしては、物件及びロ
ーン・データの電子ファイルや案件のタームシ
ートなどがある。データ・ファイルの中には、
各ローンと各物件の重要な特性や現時点のレン
トロール、地図、担保物件に関するカラー写真
などが含まれる。案件のタームシートでは、関
係人、支払いの優先順位、信用補完、案件の仕
組み的な特徴などの概要を示したものである。
デフォルト率
基準:商業用不動産ローンの債務不履行に関し
て利用できる情報が不足しているため、ローン
のデフォルト率を推定することは困難であるが、
米国におけるデット・サービス・カバレッジ・
レシオ(DSCR)に対するデフォルト率をもと
に日本向けのデフォルト曲線を作成している。
一般的には、相対的に低い DSCR を持つローン
は、デフォルト率が高くなる傾向がある。フィ
ッチでは、1.0x フィッチ DSCR の点で、56%を
「AAA」デフォルト率としている。
„ サーベイランス
格付作業は、一度格付けが付与されてしまえば
完了する類のものではない。すべての案件は、
クロージング後も詳細にモニターされる。案件
を効率的にモニターするために、フィッチは定
期的にトラスティー、サービサー、スペシャル
サービサーと連絡をとっている。投資家への配
布報告書の受領に加えて、フィッチは通常四半
期ごとに、財務報告書、稼動報告書、その他適
切な物件情報を受領する。フィッチは、定期的
に DSCR 水準を再計算し、毎年実績に関する詳
日本におけるパフォーミング・ローン・プールの格付について
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ストラクチャード・ファイナンス
日本語版ホームページ www.fitchratings.jp にお
いてサーベイランス情報を掲載している。
細なレビューを行う。さらに、クロージング後
の現地調査、経営陣との面談が適宜行われる。
フィッチは、ホームページ www.fitchratings.com 、
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貨に関しては、当該国通貨に換算した額)の範囲内となることが予想されます。米国証券法、1986 年英国金融サービス法その他の法域における証券法に基づいて作成さ
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