防災・減災ななつばなし 矢守 克也 京都大学防災研究所巨大災害研究センター 教授 はじめに─茨城県とのご縁 筆者は、根っからの関西人であるが、茨城県 人の指示に従って落ち着いて園庭に向かって避 難した。 と若干のご縁がある。昔からの友人伊藤哲司さ 年長児がしっかりと年少児の手を取る姿があ んを介してのご縁である。伊藤さんは、現在、 ちこちでみられた。おかげで、将棋倒しになる 茨城大学人文学部教授で、筆者と同じ研究分野 こともなく一人も怪我をせずに全員が無事に園 を専攻し、しかも同年代である。茨城大で講義 庭に避難することができたとのことである。當 をさせていただいたことも数回ある。 眞さんの調べによれば、近隣の小学校では高学 東日本大震災の発生後、伊藤さんは被災地の 年児の中でも悲鳴や泣き声があがる一方でふざ 支援活動を開始した。そのうちの一つが、以前 ける子もいて騒然としていたという事例もあっ から交流のあった大洗町での活動である。筆者 たらしい。 もわずかではあるがその活動に関わりをもって このエピソードのポイントは、 「ふだん」と「ま いる。本稿では、そんなご縁から生まれた茨城 さか」の接点にある。この保育所では、 「ふだん」 発のエピソードを出発点にして、筆者が防災・ から、異年齢保育が行われていた。食事のとき 減災の分野で展開してきた研究や実践について、 にはまだ食器の扱いもおぼつかない年少児を年 各項目読み切りの「ひとつばなし」を7つ連ね 長児が手伝う。年少児が靴を履いたり、掃除を て紹介することにしたい。 したりするのも年長児がサポートする。そんな ちなみに、 「ひとつばなし」とは、国語辞典に 「ふだん」のやりとりが、「まさか」のとき「手 よれば「いつも得意になってする同じ話」のこ を取る」ことにつながり、すばらしい成果を生 とである。「生活防災」、 「災害情報」、 「避難訓練」、 んだのだ。 「防災教育」の4つが、今回ご紹介する7つの「ひ 大切な点なので繰り返すと、この保育所では、 とつばなし」全体を縦に貫くキーワードになっ 年長児が年少児の避難を助ける訓練をしていた ている。そのつもりでお読みいただければ幸い わけではない。 「まさか」のときにそのような反 である。 応が生じるような習慣を、─特に意図はして いなかったと思われるが─「ふだん」の生活 1.ひとつばなし─水戸の保育所にて この事例は、水戸市内のある保育所で異年齢 に組み入れていた。それが、結果として大きな 成果を生んだわけである。 保育の導入に関わっていた當眞千賀子さんから うかがったものである。當眞さんも私の知人で、 以前茨城大に勤務していた(現九州大学)。 あのおそろしい地震が起こったとき、子ども 2.ふたつばなし─「生活防災」の発想 阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして、近 い将来の発生が心配される首都直下型地震、南 たちは、昼寝の最中だった。強い震動のため、 海トラフの巨大地震。災害に相次いで見舞われ、 一部建物の天井材が崩れ落ちる中、0歳から6 また、次なる災害の想定に関する情報に接する 歳までの120人以上もの子どもたちが、だれひと と、多くの人が「何か対策をしなくては」と思 り悲鳴を上げることも泣き出すこともなく、大 い立つ。懐中電灯や保存食品を買い求める人が ’ 14.5 4 矢守 克也(やもり かつや) 1987 年大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取 得退学。博士(人間科学)。専門は、社会心理学、防災 心理学。ヨハネス・ケプラー大学客員教授、ウィーン 環境大学客員研究員などを経て、現在、京都大学防災 研究所巨大災害研究センター教授、同研究所阿武山地 震観測所教授、京都大学大学院情報学研究科教授、人 と防災未来センター上級研究員などを兼任。 主著に、 「防 災人間科学」 (東京大学出版会)、 「アクションリサーチ」 増える。住宅の耐震補強や地震保険の契約を検 討する人もいるかもしれない。 (新曜社) 、「巨大災害のリスク・コミュニケーション」 (ミネルヴァ書房)など。自然災害学会理事、災害情報 学会理事、災害復興学会理事、文部科学省地震調査研 究推進本部専門委員、大阪府防災会議南海トラフ巨大 地震災害対策等検討部会委員、高知県南海地震対策推 進本部アドバイザー、 宮城県防災専門教育アドバイザー などを務める。 ここで重要なことは、登録者の多くが、 「ふだ ん」本人がやっていることを登録している点で しかし、防災意識が熱しやすく冷めやすいの ある。ドライバーは運転、幼い子どもをもつ保 も事実。いったん高まった災害への意識も、や 護者は子どもの世話、パソコンが趣味の人はイ がて潮が引くように薄らいでしまう。いくら頻 ンターネット操作というように、 「ふだん」の得 発すると言っても、所詮、災害は非日常的な出 意技を活かしているだけのことである。 来事(「まさか」 )だからだ。そして、災害はま た忘れた頃にやって来る。 そんな災害にうまく備える方法はないのだろ うか。残念ながら、特効薬はない。しかし、問 もっとも、 「だけのこと」は、大変失礼な言い 方になる。「そんなことでいいなら、自分にも防 災はできる」と住民たちに思わせたところが、 「町 内チャンピオンマップ」のツボなのだから。 題解決へ向けたヒントはある。保育所でのエピ 防災・減災は、消火訓練や救命救急のスキル ソードが有力な方向性を示してくれている。そ だけで成り立っているわけではない(もちろん、 れは、防災・減災のための工夫を「ふだん」の それも大事だが…)。防災・減災を「ふだん」の 生活に組み込んでしまうことである。このよう 生活から引きはがして、 「まさか」のときのため な考え方を、私は「生活防災」と呼んできた(詳 だけの特別な活動にしてしまうから、人が寄っ しくは、矢守克也(著) 「増補: 〈生活防災〉の てこなくなる。長続きもしなくなる。先の保育 すすめ─東日本大震災と日本社会」(ナカニシ 所の異年齢保育が、防災・減災のため(だけ) ヤ出版)を参照されたい)。 に行われていたわけでない点を思い出そう。 「生活防災」の基本精神は、 「できることから」 、 防災・減災を日常生活の延長線上に位置づけ、 あるいは、 「関心のあることから」である。たと 「ふだん」の生活の中に組み入れることができれ えば、マンション防災の先進事例として全国的 ば、それはきっと長続きする。長続きすれば、 に有名な「加古川グリーンシティ自主防災組織」 忘れた頃に災害に不意打ちされる気遣いも減ろ (兵庫県加古川市)に、 「町内チャンピオンマップ」 うというものである。 という仕組みがある。これは、大規模マンショ ンに暮らす住民が、災害時に自分が提供可能な 能力・サービスを事前に登録しておくというも のである。 3.みっつばなし─「避難せよ!」 NHK放送文化研究所の井上裕之さんが、あの 日、大洗町でおきたある出来事についてレポー 医療や看護の技術、大型車両の運転といった トしている(詳細は、井上裕之(著)「大洗町は 防災に直結することはもちろん、それ以外にも、 なぜ『避難せよ』と呼びかけたのか∼東日本大 部屋の片づけ、買い物や子守りの手助け、イン 震災で防災行政無線放送に使われた呼びかけ表 ターネットによる情報収集や発信など、後方支 現の事例報告∼」 (「放送研究と調査」2011年9 援に関する登録も大いに推奨されている。実際、 月号)を参照されたい)。 被災地では、こういった種類のお手伝いがとて も大切だからだ。 「緊急避難命令、緊急避難命令」、「大至急、高 台に避難せよ」 。これらは2011年3月11日の東日 ’ 14.5 5 本大震災で大津波警報が出された茨城県大洗町 指揮にあたっていた(そのことの是非は別途検 が、住民に避難を呼びかけた防災行政無線放送 討される余地があるが) 。つまり、同町の「避難 の「命令調」の文言である。こうした効果的な せよ」は、それが命令調であったことだけに意 緊急放送も功を奏し、大洗町では、高さ4メー 味があるのではない。そうではなく、避難を呼 トルの津波に襲われながら、津波による死者は びかける人たち自身が避難する人たちと共に当 1人もなかった。このことは全国的にも大きく 事者として渦中にあり(どこか遠くの安全圏で 取り上げられ、事後、NHKの津波避難呼びかけ はなく)、同じローカルな地域性を共有するなか のコメント文にも大きな影響を与えたほどであ での呼びかけであった点が大切だったと思われ る。 る。 ただし、「命令調」ばかりが注目される大洗町 このように考えてくると、3.11における津波避 の防災行政無線であるが、筆者の考えでは、学 難の呼びかけについては、ローカルな放送局を ぶべきポイントは他にもある。もっとも大切な 基点に、それぞれの地域に対して具体的な地名 点は、その土地の地名の大切さである。だれしも、 等をふんだんに含めた形で、ローカルに呼びか 自分の名前や自分が暮らす土地の名前が読み上 ける必要がもっとあったのではないかとの反省 げられるのを耳にすると(特に、それを予想し が生じる。呼びかけの調子(命令調なのかどう ていないときに耳にすると)、それだけが浮き上 かを含め)やフレーズの文言上の検討のみならず、 がって選択的に聞こえたり、思わずハッと身構 具体的な地名使用の有無、話し手の立ち位置(ど えたりすることがあるだろう。 こにいるだれが呼びかけているのか)を含む、 それは、固有名詞(人名や地名)が、単に、 対象を指示したり意味づけたりする働きだけで 災害情報の送り手と受け手の間の関係性に関す る検討が今後必要となろう。 はなく、それだけで感情を喚起する力をもって いるからである。たとえば、筆者の場合、 「やもり」 4.よっつばなし ─「空振り」は空振りなのか という音を耳にするだけ小さく身構えたり、「天 守物語」という小説本を書店で見るたびに「矢 守物語?」と誤認したりする。 さて、井上氏のレポートによれば、大洗町の 災害情報と言えば、「空振り」の問題を避けて 通ることはできない。せっかくの「避難せよ」も、 あるいは、最近身近になってきた「緊急地震速報」 緊急放送では、 「大洗沖50キロメートルに…」 、 「明 も、結果として避難が必要なかったことが後か 神町から大貫角一までの海岸側に避難命令」と らわかると、 「空振りだったじゃないか」と批判 いった言葉が登場する。同町の避難呼びかけが 的に受けとめられ、 「その次」に悪い影響がもた うまく機能した背景には、「命令調」というだけ らされる場合もあるからである。 でなく、こうした具体的な地名の威力(それら がもつ感情喚起の力)があると思われる。 加えて、同町では海岸から遠くない庁舎で、 町長はじめ多くの職員が避難や呼びかけの陣頭 ところで、 「空振り」の本家は、言うまでもな く野球である。災害情報同様、野球の世界でも「空 振り」はあまり歓迎されておらず、3回続けれ ば三振でバッターアウトである。 ’ 14.5 6 しかし、少し立ち止まって考えてみよう。た という新しい情報をスタートさせ、翌月9月に とえば、自動車運転保険。一年間無事故だった は、台風接近に伴い京都府などに実際に発表さ から保険金は「空振り」だったと思うだろうか。 れた。 私は、三振どころか何十年と「空振り」を続け しかし、将来のことは、何ごとであれ、また ているが、当然、長年の無事故をむしろうれし 程 度 の 差 こ そ あ れ、 不 確 実 で あ る。 だ れ も、 く思っている。あるいは、人間ドックに行って、 100%正確に予測することなどできない。だから、 「特に悪いところなし」との通知をもらって、今 「特別警報」を含め災害情報に百発百中のヒット 年の検診は「空振り」だったと思う人もいない 率を求めることは危険である。 「空振り」がある だろう。 ことを前提に、賢く利用して被害軽減につなげ 考えて見れば、野球の「空振り」も、まった たい。 く無意味というわけではない。走者の盗塁を助 けるため、狙い球を相手に悟られないため、ス 5.いつつばなし ─「個別訓練タイムトライアル∼動画 クイズバントの計画を隠すためなど、相手側と カルテ」 の駆け引きの中で、それなりに意味をもつ「空 振り」も多い。そもそも、何もせずに見逃して 大洗町のサンビーチ。多くの海水浴客が訪れ いてはだめで、実際にスイングすることではじ る観光名所だ。障がいのある方やお年寄りが自 めて相手投手の球筋をよく見極められる、とい 由に安全でしかも快適に楽しめるようにと工夫 う話を聞いたこともある。 されたユニヴァーサルビーチ、あるいは、ライ 災害情報をめぐる「空振り」も、同様である。 仮に、特に悪いところはなくても、人間ドック フセーバーに関する先進的な取り組みでも知ら れる。 に行けば、ふだん気をつけるべきチェックポイ こうした取り組みをリードしてきた「NPO法 ントがわかるように、実際に避難場所に避難す 人大洗海の大学」の高橋良太さん(愛称ルパン れば、案外遠いと気づいたり、 「こんなに寒いと さん)から、先日、ビーチでの津波避難につい は思わなかった、次は羽織るものを持参しよう」 てご相談を受けた。目下、高橋さんはじめみな と悟ったりできる。大切な練習だと思えばいい。 さん精力的に対策を考えておられるし、私もな お年寄りなど避難に時間を要する方のために、 い知恵を絞りたいと思っている。ここでは、そ 「避難準備情報」という情報が、かなり早めに発 の際高橋さんにご紹介した取り組み、つまり、 表される場合もある。状況によっては、お好き 南海トラフの巨大地震・津波に対する対策を進 なお茶やお菓子を持参して茶話会をなさっても めている高知県で、私自身が関与している取り よい。「よかったね、台風も案外遠くを通ったし」 組みについて紹介しよう。 とみんなでホッと一息つきながら自宅に戻られ たらよいではないか。 高知県の太平洋沿岸の市町村はどこも、今、 巨大地震と津波に対する対策にやっきになって 2013年8月末には、気象庁が、災害の発生が いる。しかし、東日本大震災後に新たに想定さ 切迫していることを知らせるために、 「特別警報」 れた予想で、30メートルを越える津波が襲来す ’ 14.5 7 る危険性を突きつけられた自治体もあって、住 れに対する子どもたちからのメッセージ)が、 民や自治体職員からは危機感よりも戸惑いやあ そして、第4の画面には前述の地図が映しださ きらめの声も多く聞かれる。 れている。画面中央に時計表示があって、4つ こうした事態を踏まえて、筆者らは、高知県 四万十町興津地区という集落で、 「個別避難訓練」 の画面はスタートからゴールまでずっと連動し て動く。 と呼ぶ取り組みを始めた。避難訓練には通常多 くの人が参加することが多いが、この訓練は個 人または家族で行う。訓練者は、自宅の居間な どから高台など避難場所まで実際に逃げてみる。 この一部始終を、地元の小学生たちがビデオカ メラで撮影する。2台のカメラを用い、1台は 逃げる人の表情を、もう1台は周囲の状況を撮 影する。 さらに別の子どもが、時々の状況をメモする。 「そろそろ疲れてきた」、「ブロック塀が崩れる危 図1 個別訓練の様子と動画カルテのサンプル 険性あり」といった具合である。そして、時計 さらに、この地図には、津波浸水シミュレー 係が避難に要した時間を計る。また避難する人 ションの映像が、訓練者の実際の動きと重なっ は、GPS(現在位置を測れる装置)をもっていて、 て表示される。だから、たとえば、「ここまで逃 何分後にどこにいたかが、後からコンピュータ げたときに、自宅にはすでに津波が押し寄せて グラフィックスの地図上に表示される。 きている、間一髪だった」といったことが一目 こうした作業をすべて小学生に依頼したのは、 訓練を支援すること自体が、絶好の防災学習に 瞭然でわかる。 これを、 「動画カルテ」と呼ぶのは、一人一人 もなるからである。つまり、自分自身が「助かる」 の避難の課題が集約されているからである。医 ための防災教育だけでなく、他の人を「助ける」 師が患者の状態を個別にカルテに記録するイ ための防災教育を実施したかったのだ。 「まさか」 メージである。これを通じて、住民一人一人に のときに子どもたちに高齢者の避難の手助けを 寄り添って、本当に逃げられるのか、どこに注 依頼することは、多くの危険も伴うので十分慎 意が必要かについて細かく探り、問題解決を図っ 重な計画が求められるが、事前の訓練でのお手 ていこうというねらいである。 伝いなら問題ないだろう。 この地区では、すでに80人程度についてこの 以上の結果を、「動画カルテ」と呼ぶ映像にま 訓練を実施し、 「動画カルテ」ができあがってい とめる(図1参照) 。画面は4分割されている。 る。まだ地区の総人口の1割にも満たない実施 第1の画面には1台目のカメラ映像が、次の画 率だが、いろいろと重要な発見や進展があった。 面には2台目のカメラ映像が、第3の画面には 意外に速く歩けると自信を深めてくれた高齢者 子どもたちのメモ(訓練参加者のつぶやきとそ がいる。逆に、思ったよりも時間がかかったと ’ 14.5 8 反省し、少しでも早く逃げ出せるよう家具固定 スがほとんどで、玄関を出るまでも問題なのだ。 などの重要性に気づいてくれた方もいる。 黒潮町でも最大震度7の予想である。 「こんなに 他方、子どもたちも、自分たちが逃げること 揺れるんじゃ、腰が抜けてしまう」、「せめて家 だけでなく、地区全体のために何が必要かとい 具固定しておかないと、すぐ逃げられない」 (住 う視点をもってくれた。この橋は大切だから地 民の声)など、「地震、次に津波避難」という意 震で落ちないように補強が必要とか、避難場所 識の向上に役立てていただいた。 への上り坂にコケが生えているからみんなで掃 もう一社は星和電機㈱で、高速道路で見かけ 除しようとか、いろいろな提案が出た。 (この橋 る電光表示板などを製造している会社である。 の耐震補強はすでに完了した。) これが津波避難とどう関係するのか。 とは言え、この試みはまだ最初の一歩。地区 ある集落で、安全性は十分だが遠くて避難に 全員の「動画カルテ」を作成するという大目標 時間のかかる高台と、津波火災など一抹の不安 に向けて少しずつ歩んでいきたいと考えている。 はあるものの、集落内にあってより早く逃げる ことのできる避難タワー、どちらに逃げるかと 6.むっつばなし ─地震体験装置と電光表示板 いう選択が住民を悩ませていた。筆者らは、避 難シミュレーションを通して次のことを見いだ 2014年3月末、高知県黒潮町を訪れた。南海 した。高台へ至る避難経路上のある地点を地震 トラフの巨大地震で全国一の高さ34メートルの から10分以内に通過できたら津波に追いつかれ 津波が想定された町である。筆者は、以前から ず高台に到達できる可能性が高い。しかし、10 この町とお付き合いがあり、住民や役場の方と 分以上経っていたら、タワーに向かった方がい 津波避難について勉強会や訓練を繰り返してき い。つまり、地震からの経過時間に応じて避難 た。 場所を変更することで、多くの命が救われる可 今回、新たに、2つの民間会社のご協力を得 能性が高いとわかったのだ。 た。白山工業㈱には、可搬型地震シミュレーター 問題は、地震直後の大変なときに落ち着いて (通称「地震ザブトン」)を提供いただいた。こ 経過時間を認識できるかである。そこで、地震 れは地震動を体験できる椅子型の装置である。 動や津波情報によって自動起動して経過時間を しかも、東日本大震災のとき仙台で観測された カウントアップするシステムを組み入れた電光 地震動、阪神・淡路大震災のとき神戸で観測さ 表示板を利用しようと考えた。 れた地震動など、実際の地震計記録をもとに揺 今回、避難経路上に実際に表示板を設置して れが再現される。椅子の前にはスクリーンがあっ 訓練を行った。幸い、住民の方から高い評価を て、地震の際の室内の様子をとらえた映像が揺 いただいた。また、表示板はタワーの上からも れと連動して映写されるので、非常に迫力がある。 視認できた。津波来襲までの最短想定時間に近 津波避難というと、とかく玄関を出てから避 づいたら、避難の手助けをしている人にも「そ 難場所までだけに注目しがちである。しかし、 ろそろ上がってこい!」と呼びかけることもで 実際には、津波の前に大きな地震が起きるケー きる。 ’ 14.5 9 もちろん今回の工夫ですべてが解決するわけ 意味する(詳しくは、矢守克也・吉川肇子・網 ではない。しかし、津波避難については、一般 代 剛(著)「防災ゲームで学ぶリスク・コミュ 原則を確認しているだけでは何も解決しない。 (ナ ニケーション─「クロスロード」への招待」 地域特性に応じた具体的な課題をあぶりだし、 カニシヤ出版)を参照されたい)。 それを一つ一つ解消するための装置や手法を導 入していくことが大切だろう。 「クロスロード」では、防災に関わる種々の選 択、特に「あちらを立てればこちら立たず」と いうジレンマの感覚を伴う選択が、YESかNOの 7.ななつばなし ─防災ゲーム「クロスロード」 二者択一の設問形式で提示される。グループで 進めるゲームなので、単に防災についての知識 大洗町の髭釜商店街に「ほげほげカフェ」と を高めるだけでなく、自分とは異なる意見や価 いう施設がある。2014年3月、ここで、防災ゲー 値観への気づきも得られるし、合意形成の必要 ム「クロスロード:大洗編」を使ったワークショッ 性を感じとることもできる。 プが行われた(写真1)。リーダーを務めたのは 「クロスロード」は、本来大人向きに作ったも 李䶘昕さん、筆者の研究室の大学院生で、台湾 のだが、最近、小学生がプレーする様子を見聞 からの留学生である。ここ数年、住民のみなさん、 する機会が数回あったので、ここではそのとき 役場の方々のお世話になりながら大洗町で災害 のエピソードを紹介しよう。たとえば、 「小学校 復興について勉強している。ワークショップには、 に300人が避難してきました。現在、200人分の 地域のみなさんのほか、冒頭でご紹介した伊藤 弁当が届いています。この200人分をすぐに配り さんや学生さんも参加くださった。 ますか?」という設問がある。多くの子どもは、 「公平にする方がいい、全員ないとかわいそう」 として「NO」を支持した。 しかし、「YES」も少数存在した。「お年寄りや 小さな子から配る」や「少しずつ分けて食べる」は、 大人のゲームでもよく出る意見だが、 「若い人か ら先に食べて元気になって、外からどんどん食 料を運んでくる」という考えには、 「なるほど、 写真1:大洗町におけるクロスロード・ワークショップの様 子(写真:李䶘昕さん提供) そうか」と感心した。この考えを出したのは、少々 やんちゃそうな男の子たちであった。 「やんちゃ そうな」というのは、同じ子たちが別の設問に 防災ゲーム「クロスロード」は、災害への備 次のように答えていたからだ。 えや災害後に起こる様々な問題を自らの問題と 「災害に備えて準備していた非常持ち出し袋を して考えるための防災教育素材で、2005年に筆 持って避難所に来ました。袋には3日分の水と 者らが開発した。 「クロスロード」 とは「分かれ道」 食料が入っています。一方、避難所には何も持っ のことで、そこから転じて重要な選択や判断を ていない家族がたくさん避難してきています。 ’ 14.5 10 その前で袋を開けて食べますか?」 この設問に ド」で培った力、つまり、予定していた「正解」 ついては、「みんなの分が揃ってからにする」、 通り行動するのではなく、その時その場でみん 「こっそり開ける」など「NO」の意見が多いなか、 この子たちは、「自慢しながら見せびらかして食 べる」と楽しげに話していた。 なで「正解」を作り出す力が大切になる。今回、 子どもたちはその片鱗を見せてくれた。 さて、 「クロスロード:大洗編」は、この手法 現実に大きな災害が起きてしまったとき、こ を使って、大洗町の被災体験、復興への道のり のやんちゃな男の子たちは、持参した水や食べ をみなで共有し継承していこうとするものであ 物をその場で取り出して食べるのだろう。しか る。だから、すべての設問を、大洗町の出来事、 し同時に、たぶん周りの人にも分けてあげるの あるいは町民のみなさんが実際に経験されたこ だと思う。その上で、不足する食料の調達のた とをベースに構成している。 めに働いてくれるだろう。実際、阪神・淡路大 ここでは1問だけサンプルを紹介しておこう。 震災や東日本大震災の被災地でも、「ふだん悪さ 「あなたは消防団員。大地震が発生し、津波警報 していた子がよく働いてくれた、見直した」と も出た。沿岸部で車の避難誘導をしている最中 いう声をしばしば耳にした。 に、20分後に津波が到達するという情報を受け 「クロスロード」は、防災業界には珍しく、正 た。あなたは避難誘導をやめて先に避難するか? 解のない教材である。実際の被災地では、正解 ─YES:先に避難する、NO:誘導を続ける。 」 がない難問が続出する。予め想定していた正解 現在、10問あまりの設問を含む試作版がすで (マニュアル)が通用しない状況になっているこ に完成し、李さんを中心に完成へむけて詰めの とが多いからである。そんなとき、 「クロスロー 作業を進めている。ご期待いただきたい。 ’ 14.5 11
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