テーアの「合理的農業の原理」における 土壌・肥料

( 89 )
肥料科学,第30号,89∼138(2008)
テーアの「合理的農業の原理」における
土壌・肥料
熊澤 喜久雄* 目 次
はしがき
1 テーアの「合理的農業の原理」
2 「合理的農業の原理」における「農学と土壌・栽培」
2-1 叙述の順序
2-2 用語
3 土壌評価と土壌分類
3-1 テーアの土壌分類
3-2 テーアの土壌評価,地力度論
4 テーアの土壌研究と「腐植」
4-1 土壌の研究
4-2 「腐植」の研究
5 テーアの施肥論
テーアの切手(旧東ドイツ)
5-1 肥料
5-2 18世紀初頭における植物栄養研究
6 明治期日本の農学におけるテーア
6-1 幕末までの日本の土壌・肥料の研究
6-2 明治初期農芸化学分野におけるテーアとリービヒ
6-3 「テーア農学」の日本への受け入れ
7 テーア農学の現代的意義
7-1 テーア農学の再評価
7-2 テーア農学と競争原理
7-3 現代農業における土壌肥沃度問題と発展の方向
謝辞
文献
*
東京大学名誉教授(財団法人肥料科学研究所理事長)
Kikuo K UMAZAWA : Soil Fertility Problems in the T HAER s Principles of the rational
agriculture
( 90 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
はしがき
アルブレヒト・テーア(Albrecht Daniel THAER, 1752-1828)の主著であ
る「合理的農業の原理」が相川哲夫により全訳され,全三巻として相次いで
刊行された1)。
テーアは学問としての「農学」の創始者として知られ,わが国においても
相川の訳書冒頭における訳者解題や本校の引用文献にもみられるように多く
の優れた紹介がなされている。特に柏 祐賢は彼の生涯と学説を詳細に記述
している2)。なお,柏は日本語での表現についてもタール,テール,タエル,
テエル,テーア,テアーなど種々の書き方があったことを紹介し,プロイセ
ンでなされていた実際の発音に最も近いものであろうとし,またドイツ人の
発音するのを聞くことにより,テーヤが最も近いと述べている。しかし,本
校では直近の日本訳書に従いテーアとした。
テーアの学説に対しての受け止め方は農業経済・経営研究者と自然科学と
くに土壌肥料研究者の受け止め方との間には若干の相違があるようで,それ
が日本における農学のあり方との関係においても問題になる。
この間を繋ぐものは農業に於ける土壌資源と施肥に関する考え方,「地力
均衡論」あるいは「土壌肥沃度論」であるが,主著の全訳の刊行を機にこれ
らの問題について考えてみたい。
テ ー ア の「合 理 的 農 業 の 原 理」
本訳書における「合理的農業の原理」は第1篇 基礎篇,第2篇 経営・
農法論(エコノミー)
,第3篇 土壌論(アグロノミー),第4篇 施肥論,
耕作・土地改良論(アグリクルツール),第5篇 作物生産,第6篇 畜産
になっている。
(本書の叙述は短い文節に分けてなされ,それぞれに通し番
号がつけられているので,以下本訳書からの引用文の場合には訳書の巻頁と
ともに原著の節番号,§番号をつけて表すことにする。
)
テーアにおいては「農業は営利事業であり,植物体,動物体の生産(さらには
1 テーアの「合理的農業の原理」 (
91 )
加工の場合も)によって利得を生み出すこと,すなわち利殖をその目的とする」
(上43§1)もので「最も完全な農業とは,農業者の能力,生産諸力,資産状況に
応じて,できるかぎり最高の利潤を持続的に引き出す農業である。」
(上43§2)
「科学的農学は具体的な行動準則を指示するのではなく,現れるどのような事態
に対しても―それを鋭く分析しながら―可能な最善のやり方そのものを見出せる
ような根拠を展開する。技能は法則を所与・前提とするのに対して,科学は法則
自体を定立する。」
(上44§7)すなわち具体的な農業の営み方は風土的諸条件,
社会経済的諸条件などにより多種多様であるが,もっとも目的にあった農業
の営み方,すなわち農法を採用するかを選択する原理を明らかにすることが
重要であるということである。
野口彌吉3) は「テーアの合理的農業の提唱は,ただ,単に農業に自然科学的な
合理性を与えようと試みたばかりでなく,最も重要な点は,何より先ず,経済的
合理性を打ちたてようとしたところに中心が置かれております。一方,このこと
は,その当時のドイツ農学のゆきずまりを打開しようとした,経済的自由主義の
主張とみてよいと思います。」と指摘している。
テーアの時代は産業革命後のイギリスにおける著しい農業の発達に関する
情報が,伝統的な三圃式農法の慣習に制約されて停滞していたドイツ農業に
対して,その打開を迫っていた時であった。
テーアはゲッチンゲン大学で医学を修め,1780年にはイギリス王室と関係
の深いハノーヴァー国の宮廷医となったが,自分で農園を所有し農業を営む
ことにより,農業研究に関する関心を次第に深め,そこに設立された王立農
業協会の積極的会員になった。英国農業の紹介からその実際をドイツに導入
する努力が始まったのであるが,その過程で農業の地域性と歴史性にたち,
自由な栽培体系などの選択を妨げ農業生産力の発現に支障をきたしている農
地制度,農奴制などの改革の必要性を強調した。
その後,テーアは農業発展を強く望んだプロイセン王のフリードリヒ・
ヴィルヘルム三世(1770-1840)に招かれて,枢密顧問官などとして農業改
革,農業技術普及を精力的にすすめることが出来た。施政者や国民を納得さ
( 92 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
せ,協力を得るためにも,個別的経験を超えた,農業技術,農法の基礎にあ
る理論,法則を提示し,そこから改めて論理展開をすることが重要であった。
「農学」の体系化が要求されたのである。
この点について,後の歴史家は次のようにも位置づけている。すなわち農
業協会においては,「さしせまった農業改革に関する当時新しくまき起こってき
たあらゆる問題が討議された。例えば,まず耕地強制で拘束された農地制度の廃
止,それに関連して休閑や共同体家畜の休閑放牧の廃止,および従来の休閑地の
4)
個人耕作化などである。
」「テーアをプロイセンにおける農民解放の精神的先覚者
として,また当時のプロイセン農業立法の科学的根拠づけをした人物として認識
5)
しなければならぬ」
ともあれテーアは当時発展しつつあった近代的科学技術の成果を農業に持
ち込み,個別的・経験的な農業技術・経営の実践の中からその底にある共通
的普遍的な科学的原理を見いだし,農業技術の新たな発展の契機にしようと
したのである。
別 の 見 方 か ら い う と「 資 本 主 義 農 業 の 発 展 に と っ て は, 農 学(Agrarwissenshaft)が独自の体系をもって成立し,しかもそれにふさわしい研究教育
施設が設置されることが必要であった。農学の発展を促進したのは,経済学お
よび自然科学諸部門の大きな発展であって,経済学,生物学及び化学の新知識
が,18世紀以来,ドイツ農学を飛躍させることになった。とくにそれは農業学
(Landwirtschaftslehre)が,重商主義的行財政学たる官房学から解放され,農
業 経 済 学(Agrarökonomie), 農 芸 化 学(Agrikulturchemie) お よ び 作 物 学
(Pflanzenbaulehre)などの学科が成立したことにある。A.D. テーアは,イギリス
農業文献に刺激をうけながら,経済学や自然科学の農業への適用によって「合理
的農業」の理論をうちたて,資本主義的農業経営の方向づけ(農業経営の経営計
6)
算の基準を収益 Gewinn におく)を与えた。
」 とされる。
農奴制と僕婢強制賦役を廃止したプロイセンでの農業改革は1807年の10月
勅令で行われ,封建地代と農民地についての封建的束縛にかんしても1811年
に「調整勅令」が公布された7)。
2 「合理的農業の原理」における「農学と土壌・栽培」 (
93 )
「合 理 的 農 業 の 原 理」に お け る「農 学 と 土 壌・栽 培」
2-1 叙 述 の 順 序
上述したように,農学の確立は農業学(Landwirtschafts1ehre)が,重
商主義的行財政学たる官房学から解放され,農業経済学(Agrarökonomie)
,
農芸化学(Agrikulturchemie)および作物学(Pf1anzenbau1ehre)などの
学科が成立したことにある。テーアは「合理的農業の原理」の第1巻の第1
篇を基礎篇とし合理的農業の概念について述べ,第2篇を経営・農法論(エ
コノミー)に,第2巻は①土壌論(アグロノミー)②施肥諭,耕作・士地改
良論(アグリクルツール)
,第3巻は作物生産,第4巻は畜産にあてている。
野口弥吉はこの構成の説明において,「「合理的農業の原理」は6章から成立
つております。その内,第3巻乃至第6巻,すなわち後の部分の第3章“アグロ
ノミーすなわち士壌の成分に関する理諭”,第4章“耕種”,第5章“植物性物質
の生産”
。第6章“畜産”は,主として,自然科學的な農學,いいかえれば農業の
生産技術に相当する場面を取扱っております。それに対して,第1章の“総論”
及び第2章“エコノミー,すなわち農業経営の関連と設備と方向の理論”は,第
1巻と第2巻に亙って全巻の約1/3を占めて,今日のいわゆる農業経営論を展開し
8)
ております。」と記している 。また,柏によるとテーアがドイツの最初の農
業教育施設として開いたツェレ農学校の講義の内容として記しているのは下
記のようである9)。
夏学期の講義,一,アグロノミー(土壌の性質,状態,評価に関する学
問)
,二,アグリクルトウル(土壌の耕耘および肥沃化に関する学問)
,三,
プロドウクチオン(栽培,飼育に関する学問)
冬学期の講義,四,農業という特有領域に関する経済学(農業の終局目的
達成のための,全体の施設および結合に関する学問―この部は,同時に,カ
メラルヴィッセンシャフトすなわち官房学の基礎を包含している―)
この講義内容は「合理的農業の原理」と同様であるが,後者では,この四
すなわち農業経済学の部が冒頭に回り,エコノミーとして纏められ,農学総
( 94 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
論のようになっている。
2-2 用 語
テーアは「合理的農業の原理」を明確にするために,使用する言語につい
ての概念を明らかにしている。まさにドイツはカント(1724-1804)やゲー
テ 1749-1832)の活躍していた哲学・文芸の黄金時代,怒濤時代であったの
である。
「エコノミー」は「農場経営の諸関係,組織,管理の学」である。テーア
は「エコノミー」という用語が歴史的に様々な内容で使用されてきたことを
述べ,
「合理的農業の原理」では「ラテン語の本来の意味に立ち返り,エコノミ
ーを農学の中で,特に生産諸力の合理的な諸関係,管理,利用の学と解している。
それゆえ,この用語の主要概念となるのは労働力の雇用・維持・管理,家畜をめ
ぐる諸関係である。もっと正確に言うと農耕における給飼と施肥の諸関係,これ
に基づく作付け方式や農法によって,それぞれの方式ごとに経営目的を達成する
こと,すなわち経営全体から最高の純収益を持続的に達成すること,である。最
10)
後に農場経営の管理運営とその簿記の記帳もエコノミーに含まれる。」 としてい
る。
「アグロノミー」は「土壌の成分と物性,土壌判定,価値評価の学」とさ
れ,
「アグリクルツール」は「望ましい完壁さで生産できるような状態に土
地をととのえるということである。」また「プロドウクチオン」は「農業生
産」とされ「ファブリカチオン」すなわち「工業生産」とは違うとした。
手元の岩波独和辞典によると,Ökonomie : ①家政,家計 ; 管理,経営 ; 節
倹,倹約 ; 経済②農業③経済学;Agronomie : 農学;Agrikultur:農業とな
っている。一方テーヤは Landwirtshaft(農業)や Landwirtshaft1ehre(農
業学,農業論)という言葉を使用している。
現在の英語からの理解においては,Agronomy は農学,作物(栽培)
学,Agricu1ture は農業,農耕であり,別に Agricu1tura1 Science(Landwirtshaft1iche Wissennshaft)が農業科学,農学であるので,テーヤのいわ
ゆる「農学」の理解においては注意を要するところである。
3 土壌評価と土壌分類
( 95 )
ともあれ,テーアはエコノミーで農業を統一的に把握し,その繁栄のため
に為すべき,あるいは依るべき科学的原理を追求し,アグロのミーにおいて
農業の根幹は土壌とその管理であるとして,土壌そのものを対象とした自然
科学的研究結果をまとめ,エコノミーで展開した新農法の根拠づけ,説明を
与えたのである。
その中心は「農業重学」であり「腐植説」であるが,それらの中に地力の考
え方が横たわっている。
なお,新渡戸稲造は「農業本論」の冒頭において「農の定義」を問題にし,
古今東西に亘り「農」「農業」の語源的研究をしている。そこでは,ギリシ
ャ語で農はエコノミー(Oikonomia)= Oikos(宅地)
+Nomos(法制,規
則)であり,家政あるいは斎家法で,耕作,農業さらに後に広く経済の意で
使用されること,日本書記も農は「奈利波比」
(なりはい)
,生業,生計をた
てる唯一の方法と記述されていること,などを紹介している11)。
テーアがいうように農業は基本的には土を耕し,作物を栽培し,家畜を飼
養する業である。
土 壌 評 価 と 土 壌 分 類
柏はテーアの土壌への関心について「テーヤは,ドイツ東部の劣等地での
経営の困難を体験してから,土地について深い関心を示していたが,彼の「合理
的農業の原理」においては,土地学を大きく問題とし,各種の土壌の特性につい
て観察し,分類し,さらに科学的に土地評価を試みている。さらにその取り扱い,
改良の方法におよんでいる。また,排水の重要性を探り,さらに灌漑の効果に論
12)
じ及んでいる。」 と紹介している。
農業を営むのには先ず土地を取得しなければならない。土地の条件・状態
により,最高利潤を目指す,農業経営方式,作物栽培法,家畜飼養法などが,
大きく異なるのである。経営的な有利さを与える度合いにより土地の評価も
異なる筈である。土地の評価は住民の居住地からの距離によっても異なるの
であるが,作物栽培の観点からみた土地あるいはその上層部である土壌を適
( 96 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
切に分類し,その細別された土壌の中においては共通して通用する農法を決
定することは先ず何よりも重要である。
3-1 テ ー ア の 土 壌 分 類
「農学」の祖であるテーアは,農業の基本的生産手段である土壌について
の学問すなわち土壌学においても確固とした地位と評価を得ている。
テーアは「土質をその理化学的性質によって基本的に判断し,その価値と収量
を規定することは,農学の最重要課題の一つ」(上79§70)と位置づけアグロノ
ミー篇をその解明に当てている。経験的に優良地,中等地,劣等地あるいは
重粘土,中庸地,軽鬆土などと区別されても,それらは相対的なもので,絶
対的な区分ではないことなどを指摘し(上81§73)多分に恣意的な呼称を持
っている耕作などにより変化しにくい土壌の性質により区分し分類した。
塩入松三郎は講義録「土壌学」の講義の冒頭において,「土壌の定義は土
壌学の歴史に付て見ると学者に依り見解を異にする。今二三の代表的の定義を
あげる。古代における土壌学の歴史は省略し農芸化学の土壌の研究に於て有名
な Albrecht THAER(1752-1828)の時代の事を述べる。氏は土壌を一定の物理
的化学的性質に基いて評価しようとつとめた。氏は EINHOF と一緒に此の時代
までの土壌学の知識を総合した人である。」と高く評価し,「THAER und EINHOF
(1709-1812)の土壌の分類法は土壌と作物との関係及土壌を構成する微粒子の大
さ,腐植及 Ca の含量に依るもので現今に於てもその原理は Wissenshaftlich=pra
ktisch=wertbar である。THAER は土壌を単に地殻の軽鬆なる表層物質として考え
ていたのである。THAER 時代を過ぎると土壌に関する学者は土壌をその基因に基
13)
づいて定義を下すようになった。」と述べている 。
テーヤは農業における最も重要な資源である土壌について,先ず農業上の
経験に基づき分類をし,共通点と相違点を明らかにし,とくに農業生産上に
おける特質との関係において分類を試みたので,農学的あるいは実学的土壌
学の祖であるといえよう。
後に塩入14) も「THAER の分類は農学的立場からの分類で,自然科学的
な土壌分類ではありませんが,今日まで農学的に土壌を分類する場合には
3 土壌評価と土壌分類
( 97 )
THAER の分類がとりあげられておるのであります。」と述べ,テーヤの土壌
分類について比較的詳細に紹介をしている。それによると,テーヤは腐植含
量5%以上の土壌は腐植土壌として別に分類し,土壌の大分類は粘土含量に
より,埴土,壌土,砂土など5種に分け,さらに泥炭,泥灰質土壌,石灰土
壌,腐植土などを加えて9階級に分類をした。また別に小麦・大麦・ライ
麦・燕麦等に適する土壌というようにも分けている。こうして塩入は「当時
のドイツの農業では耕地の本質的な作物のでき方に,この土壌の性質が明瞭
に表れるはず」として腐植が多ければそれにつれて生産力が高いというよう
に考えており,植物栄養の「腐植説」提唱者としての面目がみえるとしてい
る。
FANNIG らの標準的な土壌学の教科書においてもテーアの土壌分類は黎明
期のものとして明記されている。その上でテーアにより提唱された小麦土,
大麦土など作物生産性に関連させた土壌分類が現代の地質学的分類に立脚す
るようになったのは19世紀中頃過ぎであったとしている15)。
大杉16) は「テーアは始めて土壌を物理化学的基礎の下に其の生産力及び作物の
種類に依って実用的の分類をした。即ち氏は土壌中の砂,粘土,石灰,腐植の含
量及耕土の深さ心土の位置気候をも生産力を考へ一方耕耘に要する経費等をも加
味して土壌を石灰質,非石灰質,粘土質,壌土質,腐植質とし各々を各成分の含
量の如何に依って貧弱,中等,豊沃の三段階に分け尚主作物に依って大麦土,小
麦土等とした。一般に埴土を小麦土,壌土を大麦土,砂壌土を燕麦土,砂土をラ
イ麦土として居る。」と紹介している。
ビュールらの著書17) においても,テーアの分類は初期の実用的分類の時
代で,高位カテゴリーとして土性(粒径分布)を,低位カテゴリーとして農
業上の適応性と生産性を選び,両者を組み合わせて作りあげたものとした。
テーアは土壌と作物生産性との関連性に着目し,ツエレやメークリンにお
ける実験農場における栽培試験や各地の農業の実際の調査に基づき,帰納的
に一定の法則性を導き出しているものであるが,栽培作物の経済的価値の基
礎になる作物収量を持続的にもたらすための栽培法,あるいは土壌の疲弊と
( 98 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
その回復,さらにこれらと関係の深い土壌の諸性質の研究にはいっている。
土壌固有の性質としてはとくに,水分問題を重視した。これは灌漑,排水,
土質改良などの実際技術と結びつき,その効果の根拠を明らかにするために
も必要であった。作物栽培は農業の置かれている労働力の条件を始め,利用
可能な肥料や農業機械などの適用などに依って影響される。その意味では土
壌の肥沃度の最大の担い手と目された腐植の含量が,土壌の価値評価の基礎
になり,それが土壌分類にも影響していたことは理解できる。しかし,腐植
の効果の中の植物養分的効果が化学肥料などによって補われる時代になり,
テーアの分類の根拠が薄くなり次第にいわゆる地質学的自然分類にとって変
わるようになる。
最新の土壌科学史上もテーアは一定の評価をされているが,農業全般にわ
たる教育・研究におけるパイオニアとしてであり,土壌分類研究においては,
共同研究者としての EINHOF(1808)や CROME(1812)らの研究の貢献が大
きかったとされている18)。
塩入も「今は肥料(金肥)を使いますから,なかなか収量と土壌との関係を密
19)
接につけることは困難であると思います」 と言っているように,テーア時代
のように収量評価,農場収益などをもとに土壌評価をすること,あるいは共
通尺度として土壌中の腐植含量を土壌評価尺度として使用するということは
困難であるが,テーアの展開した土壌肥沃度についての概念規定は現在でも
生きているものである。改めてこの問題について考えてみたい。
3-2 テ ー ア の 土 壌 評 価,地 力 度 論
テーアはドイツ東部の地,ツエレさらにメークリンに土地を取得し農業を
始めたのであるが,そこは相対的な劣等地であり,英国において発展してき
た新しい栽培法を取り入れ農業経営収益を高めるにあたっては,劣等地の改
善が不可欠であり,試験的な作物栽培をしながら,同時に土壌改良を図らな
ければならなかった。この経験を基礎にして,多くの考えが発展してきた。
土地の売買価格は当然のことであるが,土地の評価をともなう。土地には
優良地もあれば劣等地もあることは,常識ではあったが,何をよりどころに
3 土壌評価と土壌分類
( 99 )
してそれが決められているのかは経験的,帰納的に整理されなければならな
かった。彼は次のように考えた。
「慣行の土地区分当然一般的には,優良地,中等地,劣等地の区別がある。ただ
その区別は単に相対的なもので,こちらでは中等地とするものが,あちらでは優
良地とされたり,また別のところでは劣等地であったりする。そこで考慮されて
いるのは,それぞれの地域での豊度の程度だけである。片や乾いたばらばらの砂
地が劣等地と解されるとすれば,片や湿冷の硬い粘土質が劣等地と解される。後
者ではおそらくは排水によって改良できる可能性や,その困難さの多少について
はほとんど考慮されない。また,往々にして優良地が劣等地に優る利点としては,
これまで長く耕され施肥されてきたこと以外にはなく,そのことがもちろん現在
の価値の違いともなっているわけだが,評価時の差額よりもっと少ない費用で代
替できる程度のものである。慣習によって想定された区分は,実務家ではあるが
賢明な農業者自体によってさえ,一定の地区では間違っていると認められている。
それは彼らがよく言うように,自分たちのところの中等地はその優良地に優って
いるからであった。しばしば固い粘土は1等地に,膨軟で時として石灰質の粘土
質は2等地にされた。だが,別の場所では正しくも後者を前者より高く評価した
のであるが,おそらくは前の場合は穀草式農法で自然の草生に力点がおかれたの
に対して,後の場合は耕起と作付けに目を向けてのことであった。時として,重
粘土,中庸地,軽鬆土といった表現が前の場合と同じ相対的な意味でも用いられ
るが,また時として後の穀草式農法の場合について,犂耕やハローがけ時に耕地
の示す粘着度と抵抗度によって区別し名付けたものである。」(上81$73)
このように,同一の地域においては,同じような土地でも違いがあり,そ
れは豊度(Reichtum)の相違であること,また劣等地と言われている土地
も劣等の原因とされるものに違いがあること。劣等地でも施肥により優良地
になること。栽培法の相違により土地の評価が違ってくることなどが認識さ
れ,それらの現象を合理的に説明するための拠り所が求められた。
彼はまた土地の良否が収穫量で比較されることがあるが,「同じ面積であり
同じ土質であるかどうかを知っておくことである。しかしながら,そもそも収穫
( 100 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
が左右されるには,土壌の基本性質よりも施肥水準によることが多い。
」
(上81頁
$74)ことに注意を促し,土地評価と施肥との関連性を指摘している。当時
の肥料の主要なものは厩肥であり,石灰,泥灰土,灰,石膏などであった。
それらの肥料と収量との関係すなわち,施肥による土壌の改善効果が吟味さ
れた。特に厩肥は購入調達される肥料とは異なり畜産を含む経営内部から生
み出されるものであるので,その施用と適切な栽培法の採用により,土地の
生産性を長期的,持続的に維持することとの関連において重要視された。
多年に亘る農場経営経験と調査により,地力は適切な栽培法により増加す
るものであるが,不適切な扱いによっては減少することも示された。
「ある農場についての全体的な評価は,往々に以上のようにして下されるので,
何人もの占有者や持ち主が歴代続いたような農場や衰退してしまった農場を,時
としてまさしく最有利に買い入れられることもある。最後の持ち主が多くを投入
して地力を実際増やすことも多いが,しかし,それも作付けを続けるには十分長
持ちし継続するというわけではないものもある。しかし,こうしてまともに土地
改良をやって後継者の便に供されているといった事例も結構多い。他面では,最
後の持ち主が,圃場の地力を奪い取る形で一時的に高い収益を引き出し,それに
よって自分の資産は増えるが農場ははなはだ劣化してしまうことも知っている。」
(上91$92)
こうしてテーアは土壌の肥沃であることと,その土壌の作物養分供給力と
の関係,さらにその養分とは腐植であるということに導かれる。
「養分(「養分」ということでわれわれが今後理解するものは,腐食質の中で作
物に可吸態化状態にある部分をいう)が土壌の中に存在するその程度に比例して,
植生の強さも,またあらゆる個々の生産物の質量も左右される。養分はただ空間
の広がりによって制限されている。われわれは,これを肥沃度(フルヒトバール
カイト),肥度(ライヒトム)
,地力(クラフト・デス・ボーデンス)と称するが,
これは可変的であって,それを吸収した植物がなんであっても,それを補償しな
ければ減少するものである。」
(上266$252)
「作物にその養分の最も本質的なもの,かつ必須の部分を与えるものは,本来的
3 土壌評価と土壌分類
( 101 )
にはただ動植物によってつくり出される堆厩肥だけ,すなわちまさに分解可能な
状態にある腐食質(いわゆるフムス[腐植]
)だけである。」
(上256$250)
この腐植の根源は堆厩肥であり,それを作り出す栽培管理こそ最も重要に
なる。
「堆厩肥とその分解後に残る腐食質(モーデル)は,すべての作物養分の中心成
分であり,これによって作物は生育し生長し,結実によって生育を完了するにい
たる。だから堆厩肥の数量とその肥力(クラフト・デス・デュンガー)に,つく
り出されるべき生産物の量と質が条件づけられている。それゆえまず問題にすべ
きは,労働とその管理によって堆厩肥をつくり出すのに必要な関係と諸手段につ
いてである。」
(上263$24)
テーアのいう「腐植」は「腐食質」あるいは堆厩肥などで与えられる腐朽
した有機物のうち,植物に吸収利用される可能性のあるものであり,現在土
壌学の腐植概念とは異なるが,この「腐植」の土壌中での量的変動と農業耕
作体系,総作物収量との関連性を積極的に把握し,
「腐植」量の維持とそれ
に必要な諸経費を農業経営上最大の利得を得るようにすることが求められる
のである。
テーアは地力との関連において,あるいは作物生産性や収益との関連にお
いて各種の農業耕作方式いわゆる農法を比較し,短期的・長期的視点あるい
は,三圃式,輪栽式などの利害得失を,その期間における経営支出と経営収
益との比較において研究した。
テーアは地力の増減と農法との関連を明らかにする方法として,現在でい
う「仮設演繹法」的な推理を展開している。すなわち,土地の地力を仮想的
な量として表現し,施肥や休閑による増加,収穫による減少など,各種の土
地に対する作用を一定の仮定した量に置き換え,その量の増減の比較をして
いる。最終的に経営的に得られた利得を合理的に説明するように仮定値を設
定するのであるが,多くの経営に妥当であることにより仮定値は次第に現実
値になってくるのである。
出発点として,
「自然地力」を設定する。
「自然地力」とは「耕地は,収
( 102 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
穫をどんなに繰り返しても,土壌中にいかなる養分地力がなくなって何も生産で
きなくなるほど枯渇してしまうということはめったにないか,ないしはまったく
ない。それは,たとえその耕作がもはや何の利益もないか,または耕作の費用以
上には何の純収益ももたらさないような程度にまで落ち込むことが多くなったと
しても,そうである。このような残留地力のことを,われわれは自然地力と称す
る。」(上271$257) テーアは自然地力すなわち,これ以下に下がると農業経
営上の収支が償われなくなる水準である。同時に,標準的農作業に対応する
値を次のように設定している。
自然地力 40度
堆厩肥1フーデル単位(約1トン)施用 +10度
清浄休閑1回分 +10度
問題になるのは作物栽培による地力あるいは作物による地力収奪量の推定
である。作物の地力収奪量は栽培時の地力水準と作物の種類・収量などに依
存して一様ではない。
そこでまずライ麦の単位収量の収穫後に減少した地力として10度を与える。
それに対して,他の穀類は養分含量の相対的値を基に地力収奪度を決めるこ
とができる。(上267$253)
当時の穀物分析により養分すなわちグルテン,でんぷん,甘粘液質の重量
含有率は小麦78%,ライ麦70%,大麦65∼70%,エン麦58%などとして与え
られている。単位収穫1シェッフェルあたりの養分含量は,作物別の重量の
相違を考慮して,小麦92ポンドあたり71.76ポンド,ライ麦86ポンドあたり
60.2ポンド,大麦72ポンドあたり46.8ポンド,エン麦52ポンドあたり30.16
ポンドとなる。
ライ麦1シェッフェルの養分含量を10とおくと,次の値が与えられる。
ライ麦(1シェッフェルの収穫)
10度
小麦(同上)
13度
大麦(同上)
7度
エン麦(同上)
5度
3 土壌評価と土壌分類
( 103 )
すなわち単位収量あたり,この程度の地力収奪あるいは土壌養分枯渇力が
あることになる。
他の作物についてもライ麦を基準として同じような値を出すことができる
が,マメ科作物など経験上土壌改善作物とみなされているものについては,
収奪とともに返還するものも考慮しなければならないとしている。
テーアはこのようにして,当時の代表的な農法による輪作期間中の地力収
支を計算している。多数の例の中から七区輪栽式農法についての計算例を挙
げてみよう。(上277∼278頁)
この場合は出発時の自然地力を40度とし,輪栽を始める前に8フーデルの
堆厩肥すなわち地力換算80度を与え,合計地力120度から出発している。
七区輪栽式農法の地力の変化
作物
1. 馬鈴薯
収量
Sch
収量比例の
地力減耗度
度
地力持ち込み度
度
地力残留度
度
80 96 34 10
2. 大 麦
8.23
28.8
―
67.2
3. クローバ
―
―
10
77.2
4. クローバ
―
―
10
87.2
5. 冬 殼
5.23
26.16
―
61.04
6.4フーデルの堆厩肥施用の
エンドウ
―
―
40
101.04
7. 冬 殼
6.06
30.31
―
70.73
この農法の場合は自然地力40が70.73になり,地力は30.73増加したと評価
される。ただし,堆厩肥の持ち込みが効いているのは言うまでもない。
このようにして,各種の農法による地力の増減が示された。
「地力を増やした農法ではそれぞれの輪換による堆厩肥の生産能力の増大によ
る地力増加が加わるし,また地力を失った農法では堆厩肥生産能力の減少が加わ
る。」(上278$265)
輪栽体系内で生産されようが,農場外から持ち込まれようが,堆厩肥の施
用が地力の維持増進にもっとも効果があることが示されている。
( 104 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
各種農法の地力の増減一覧
農法の酒類
地力増進度
地力減耗度
純粋三圃式農法
―
22.29
(休閑作物にエンドウ導入)
―
24.45
(休閑作物に馬鈴薯導入)
―
26.71
七区穀草式農法
5.72
―
九区殼草式農法
―
6.71
十一区殼草式農法
―
3.72
四区輪栽式農法
22.31
―
七区輪栽式農法
42.96
―
ここでは,地力増進あるいは減耗度の算出にあたり,その基礎的数字を農
業経営の実態調査と一部化学分析結果にもとづき仮り置きをしているのであ
るが,出て来た結果は各地の農業経営の実態を良く説明するものであり,逆
に前置きした数値の妥当性も示されたということになり,次の論理展開が進
められるのである。
地力の増減は休閑や施肥,作物種や目標収量など含む農法と関係があるが,
もっとも直接的な影響を与えるのは堆厩肥の施用であった。作物栽培により
土壌から失われたものを回復するのは本質的に堆厩肥に含まれているもので
あり,それは堆厩肥より生成する腐植であるということに論理的に到着する。
ここでは地力は土壌中の作物に吸収可能な養分,腐植の量と関係があるか,
腐植そのものである。地力の回復は失われた作物養分,腐植の回復によりな
される。
農業が持続的に経営されるためには,失われた養分の回復,すなわち「地
力均衡」が基本になる。この養分は腐植であるという考えは,そのまま植物
栄養における「腐植説」の提唱ともなる。
このように,実際農業の経験から帰納的に「植物栄養の腐植説」が出て来
たのであって,植物生理学的な研究から実験科学的に導きだされたものでは
ない。
テーアの植物栄養における「腐植説」は後年リービヒの「無機栄養説」に
取って代わられるのであるが,それに関連することは別に改めて述べること
4 テーアの土壌研究と「腐植」 (
105 )
にする。
ここでは,永年にわたる農業の実際経験において,土地には良い土地,悪
い土地があること,それが人間労働の関与の下に,相互に変り,またより良
くなったり,より悪くなったりすること,またそれにより,農業の最終収益
に大きな影響を及ぼすことなどが分かっていたが,その原因を土地の構成分
に求め,いわゆる豊度を量的に比較可能にするため地力度という概念を考案
し,それに最も影響するものとして,堆厩肥などより供給される植物栄養分
「腐植」を考え,「腐植」の実体は分からないままに,その供給保全増加技
術,あるいは農法の採用が重要であるとして,
「地力均衡論」
,
「物質償還説」
,
「農業重学」が主張され,発展させられたということを確認しておきたい。
当時の地力増進の方法は限られていた。テーアは「地力増進は二通りの手
段で,すなわち,①施肥強化による方法と,②稔実作物をひかえる方法とで達成
できる。いずれの方法をとるのか,またはどのような関係の中でなら両方とも適
用できるのかについては,各人それぞれの個別の状況によって判断することにな
る。堆厩肥素材を自家生産できる場合には,施肥強化の方法でより高い収量があ
げられ,外部から施肥素材を持ってくる方法一通常それは必ずしも持続的ではあ
り得ない一より大きい効果があげられる。」
(上473)と述べている。
テ ー ア の 土 壌 研 究 と「腐 植」
このようにテーアはそれまで経験的に,習慣的に,直感的にいわれてきた
土地の生産力に関する多くの言葉,地力,豊度,肥力,肥沃,肥度,肥満度
などの概念の内容を吟味しつつ,土地あるいは土壌の肥沃度の存在とその尺
度として地力度を作った。地力度は相対的なものであるが,最適農法などの
選択の基準・指針を与えるものであった。また地力度にもっとも影響を与え
るのは堆厩肥の施用量であり,それは作物の栄養分を与えるからであるとし,
堆厩肥から出来る腐食質,それは土壌中の有機物の一種であるが,可溶化し
て植物に吸収されうる栄養物すなわち「腐植」になると推定した。ここで導
入された「腐植」は概念的なもので実体が明らかになり定量されたものでは
( 106 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
なかったが,
「腐植」の増減で地力度の増減が説明された。
「腐植」概念はさらに一般の農耕諸技術の効果の説明においても使用され
るようになったのであるが,この段階でテーアは最も重要なのは土壌である
として,土壌の理化学的性質と肥沃度の関連性を調べ,人間の土壌に対する
働きかけの最大のものとして,肥料や土地改良の効果などを調べた。これら
はアグロノミーとして第2巻に改めて論述された。
4-1 土 壌 の 研 究
医者として農学者としてのテーアは農業の研究の最大課題として土壌の研
究に進まなければならなかった。それは自然科学者との共同という形をとっ
た。
「われわれは以下ではより根本にさかのぼって,近年この分野で驚くほど急速
に進歩した自然科学の諸発見に支えられながら,土壌を究明していくものである。
もちろん,自然科学者と農学者が同じ対象について共同して真剣に注意を集中さ
せる時問はあまりにも少ないので,なお多くのことが解明されないままであり,
また正確に規定されないまま残されている。それでも現存するもので事柄を正し
く見ることが十分なものもあり,また近い将来より正確に正していくことが期待
できるようになったものもある。それらの研究成果を利用できるようにするため
にも,この自然科学の領域にまで突き進み,土壌成分や土壌物性に関する明快な
概念が得られるよう努めなければならない。そのような概念は,施肥論すなわち
化学的土壌改良の学においても役立つこと大である。」(中28$2)
テーアは,土壌は変化し難い構成分としての鉱物,無機物質と変化を受け
やすい構成分である有機物を含んでおり,それらの組み合わせ方により肥沃
度が決められているとした。
土壌の構成分として存在している特殊な有機物に対して,テーアは「一
種特別の名称を,すなわちラテン語でフムス(humus)腐植なる用語を導入す
る。今後はこの用語が多くに受け入れられ,使用し続けられることが必要と思わ
れる。」(中29$3)として新しく「腐植」概念を導入した。テーアの考えたよ
うに「腐植」はその概念の内容を精密化しつつ現在に至るまで,土壌学にお
4 テーアの土壌研究と「腐植」 (
107 )
いて重要な位置を占めて研究されている。
テーアは「フムスはきわめて可壊的で,動植物の生命力によってのみ生産され
た形成物であり,それ自体として変化するとともに,それ以上に外部からの働き
かけに反応して変化・分解し,新たに表土の中で有機的な変化によって生まれ変
わるものである。したがって同じ場所においても時がかわれば,単に量が変わる
だけでなくその質も変化して存在するものである。」
(中29$4)とした。
土壌中の実体として分析的に把握可能なものはフムスである。「フムス
[腐植]は粘土質の中にあることが非常に多く,しかも粘土質の中では,ただ
混在しているというよりは混合していると思われる。」
(中63$48)
さらに,「粘土は,農業者にとっては重要性が高い。それは粘土質の形で,土
壌肥沃度の本質的な構成要素の一つを成している。土壌肥沃度についての正確な
知識は,この粘土の知識に左右される」(中46$20)というように土壌粘土の重
要性を指摘し,現在土壌学の腐植粘土複合体への洞察をも示していた。
当然,粘土と結合した腐植の分解過程ーそれは同時に土壌肥沃度の喪失過
程でもあるがーにも考察が行く。「消石灰には,消和していない生石灰ほど強く
はないが,有機物を破壊する作用がある。」
「そのことによって石灰は土壌の枯渇
も促進するわけで,それだけに土壌は一堆厩肥を新たに施用しなければ一なおい
っそう早く肥沃度を失うことになる。そのため石灰の施用に当たっては,厩肥か
同種の肥料の施用と結びつく必要がある。
」
(中74$74) このように経験上認め
られていた石灰のアルカリ効果が腐植の分解と結びつけられ,一時的な収穫
の増大と長期的な土壌肥沃度維持の問題が論じられている。
消石灰と同じく肥料として使用されていた多くの資材についても個別的に
土壌成分に及ぼす影響が検討されている。例えば泥灰土が効果を示す場合に
ついて,泥灰土は石灰と粘土との結合体であるが,「泥灰土が,フムスの分解
を早めるように思われ,すなわちフムスが泥灰土によってより溶けやすくなって
流れ出すのである。
」(中94$100)のように解釈している。
土壌の構成分については,珪土,粘土,粘土質,石灰,石膏,泥灰土,苦
土,鉄分,フムス(腐植)
,泥炭などについて,自然科学の諸領域,地質学,
( 108 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
農芸化学,植物学などの成果を基礎に,また共同研究者の研究成果に基づき,
農業経営の実態調査,試験圃場結果と整合性を保つように,詳細な検討が与
えられた。それらの中から,土壌肥沃度に関して絶対的で,変化の少ないも
のと,相対的で変化が大きく,また肥料や土地改良により,さらに農法の相
違により土壌肥沃度の維持・増大・減少に結びついているものとして,想定
された実体としての「腐植」の重要性が浮かび上がってきた。
「フムスは大なり小なり土壌の大きな成分を成す。本来,土壌の肥沃度はこのフ
ムスにまったく依存する。それは水を除けば植物に土壌の中で養分を与える唯一
のものであるからである。
」(中101$109)
こうしてフムスは土壌の中にある水以外の唯一の植物養分であるという確
信が生まれた。
また,生物圏におけるフムスを中心とした循環系が考えられた。「フムス
は生命体の産物であるとともに,それは生命体の条件でもある。それは有機体に
養分を与える。これなくしてはいかなる個々の生命体も一少なくとも完全無欠の
動植物は一この地上では考えられない。だから死滅と瓦解は新しい生命体の誕生
と維持に不可欠である。生命体が多く存在するほど,フムスが多く生産されるし,
フムスが多く生産されるほど,生命体の養分が多くなる。あらゆる有機的自然体
は,生きている間は多くの生の自然素材を同化する。そして最後にはフムスをつ
くるのであるから,ある地域に人間が多くなり動物が多くなるほど,そして土地
からの生産を強化しようと努めるほどますます強力にこの自然素材は増えること
になる。」(中102$109)
テーアはフムスの化学的性質すなわちアルカリ可溶性やフムスのエキス
分,酸化分解性,嫌気的条件下での集積,などについて考えを巡らしている
が,これらも,実際農業経験を説明するものであり,またそう理解されたの
で,有力説と成り得た。例えば,「何度もすき返しを反復することによって施肥
に代替しようと願った農業者は,惨たんたる経験をすることになった。彼らは圃
場をしだいに不毛にしたのであり,植栽土が分解してしまって肥沃度が失われて
しまった」というタルの畜力条播中耕農法に関するソシュールの言について
4 テーアの土壌研究と「腐植」 (
109 )
「このような例は,しかし日常的に知られているわけで,われわれが土壌に育った
作物の一部に堆厩肥の形でフムスを返していればこそ,フムスの枯渇を防いでい
るわけである。」(中105$114)とフムス償還をとなえ,粘土の役割についても
「粘土質はその性質ゆえにフムスと混じり合ってその粒子を散らばった形で抱え込
んで外気の影響を十分遮断し,分解を防いでいる。
」
(中106頁$115)として,植
物の根が到着する前にフムスの分解を防いでいる効果があるという,一部は
現在でも考察されている機能にも考え及んでいる。
また,いわゆる泥炭地などに集積しているフムスは植物養分に役立たない
が,空気にさらすことにより有効化することが出来るということや,アンモ
ニアを発散しているような新鮮な厩肥の肥効は早く現れること,石灰施用も
厩肥の分解を早めることなど,さらに動物性由来のフムスは植物性由来のも
のより,多くの窒素や,硫黄,燐が混じっていること(中108∼112)など重
要な結果を得ていたのであるが,植物の栄養分についての真理を把握し得な
かったのは,単一の実体である食物を摂取している人間を観察している医者
の目があったのであろうか。
ともあれ,当時急速に進歩していた化学分析技術は,植物は空中からその
主要な構成分である炭素を取り込んでいることを明らかにしており,腐植の
主要構成分は炭素であることも示されていた。
また,テーアもマメ科作物は穀作物に比べて地力度を増加させる効果があ
ることは認めていたが,その原因にまでは思いが至らなかった。
4-2 「腐 植」の 研 究
腐 植(humus) と い う 言 葉 は 古 代 ロ ー マ 時 代 よ り 土 壌(soil) や 土 地
(earth)
,泥(mould)などと関連した言葉として使用されてきたが,それ
を初めて明確に土壌の重要な構成分として認識して使用したのはテーアであ
ったと評価されている20)。
土壌中の新しく認識された実体「腐植」についての化学的研究,あるいは
土壌中での変化の実態については,微生物学が未発達であり,分析化学の萌
芽時代にあっては,充分な解析が出来ず,思考上の認識に留まらざるを得な
( 110 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
かった。
一方,「腐植」の生成・分解過程や堆厩肥の植物栄養分としての「腐植」
への転化過程などについては,植物栄養の「腐植」説,あるいは土壌肥沃度
の担い手としての「腐植」という前提の下に,実際の農耕における堆厩肥に
よる肥培とその収量増進効果などの考察より,多くの思弁がなされた。
土壌中で植物に養分を与えるフムスの特性として,「粘土質の多い土壌を多
孔質のものに改善し,通気性をよくすることで膨軟性と溶解性を促進する」
,
「フ
ムスと砂が適切な割合で混ぜられた土壌のほうがより粘着力があり,保水性に富
む」など多くのまとめがなされたが,例えば粘土質土壌の改良において「ど
の程度までフムスを混ぜれば粘土質の土壌肥沃度を高め。その価値を大きくでき
るかについては,私はいまだ確定するにはいたっていない。」
(中119$127)とい
うのが率直のところだった。
一方,腐植の給源である堆厩肥の確保については,多くの実際的指導が伴
っていた。
それらについては,施肥論,耕作・土地改良論として,編を改め,アグリ
クルツール編で論じられている。
テ ー ア の 施 肥 論
テーアは施肥論に入るのに先立って,施肥に代表されるような人間の作物
栽培技術の実施について論理的整理を行っている。
現在 Agriculture は農業そのものを意味するが,テーアは「言葉の本来的
な意味でのアグリクルツールとは,望ましい完壁さで生産できるような状態に土
地をととのえるということである」(中173$1)と言い,その意味でアグリクル
ツールは化学的と力学的の二分野において問題にされている。
化学的アグリクルツールは「土地の肥沃度を高めるような物質,すなわち土
地の養分質を増やすか可給態化するような物質を供給することで……通常の用語
では施肥と呼ぶ」(中173$1)
力学的アグリクルツールは「耕作によって作物の根系を十分張りめぐらせ,
5 テーアの施肥論
( 111 )
作物が土地に含まれている肥沃な部分を見つけ出すことができる状態に土地をと
とのえることであり,耕地の耕作のことである」(中173$1)
5-1 肥 料
こうして先ず肥料と施肥論が詳細に展開される。肥料とは土を肥やすもの
であることは古今東西を問わず共通認識である。
肥料は動物性肥料,植物性肥料,鉱物質肥料などがある。このうち前二者
の主要なものは堆厩肥である。
堆厩肥の作用は二通りあり,「一つはそれが作物のために耕地に新しい養分質
を供給することであり,二つにはそれが土壌の中にすでに含まれている素材を化
学的な相互作用によって分解し,改めて作物がその素材を吸収できるように可給
態化することである」(中175頁$3) 細かく言えば動物性のものは植物性のも
のに比べて「窒素とか,燐,硫黄といった物質を供給するだけでなく,不溶性の
フムスの分解を促進し,作物をいっそう活性化に向けて刺激する」
(中176,$4)
と述べている。さらに,ふん尿,家畜の排泄物,尿,厩肥,馬ふん,牛ふん,
羊ふん,豚ぷん,鶏ふん,人間の排泄物,コンポスト,動物の屍体,骨,魚
肥,植物性肥料,ミネラル肥料などについて,現在でも通用する性質や貯
蔵・使用上の注意などが詳細に記されている。
それらの効果も終局的にはフムスの動態に及ぼす影響に収斂される。例
えば「羊の厩肥,とくにその尿からはたくさんのアンモニウムが発生する。その
ことによってフムスが溶けないまま残っているような耕地にはとくに効果が大き
い」(中183$15)
また人間の排泄物には多くの頁を割いてその効果を高く評価している。人
間の排泄物はその食べ物の種類によって効果が違ってくるというように,明
らかに物質循環の要に人を入れて考えている。すなわち「人間の排泄物は周
知の肥効の高い肥料であり,家畜の排泄物を基本にそれを混ぜて使えば注目すべ
き効果を発揮する。その場合でも人間の摂取する食料で動物性のものが多いか植
物性のものが多いかによって,その排泄物は違ったものになってくることはあり
得る」(中185$18)のである。
( 112 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
人間の排泄物が正当に処理され,効果的に利用することにより,「ヨーロ
ッパで百万人以上の人間が生きていけるということも,疑いの余地はない。今ま
では,それは大部分未利用のまま自然によって再び分解されてしまうか,水を通
って海底に打ち棄てられるかであった」
(中185)として,いくつかの例を挙げ
ている。「農村部では,それぞれの家屋敷や集落の中でそれが風雨にさらされない
ようにしているし,また便所を取り付けてそれを集めることが,常に非常に有用
な対策となっている」「パリにはそうとう大きな工場があって,そこではプドレッ
テ[乾燥人ぷん]の名前で肥効の高い,また非常に需要の多い粉末肥料が製造さ
れている」「オランダ人も,同様にこの人ぷん尿肥料を非常に高く評価するもので,
これ自体を液状のどろどろのまま一そのものすごい臭気にもかかわらず一陸上輸
送や水路輸送で遠くまで運び,堆肥に混ぜたり多量の水で薄めたりして使ってい
る。中国や日本でも人ぷんは同様に高く評価されていて,そのためこれは日本式
肥料とも呼ばれてきた。」(中185∼186$18)
テーアがここで日本式肥料と紹介している日本の農業事情についての知識
の源泉は恐らくオランダ経由,すなわち江戸時代に平戸,長崎にあったオラ
ンダ商館(東インド会社日本支社)経由であったかも知れない。リービヒが
後にロンドンやパリなどにおける下水道設置に伴う大量の作物養分の損失に
対比して日本の農業を養分循環面において高く評価したのは大分後のことで
ある。
テーアは魚肥の有効性にもふれ,鰊などもあらかじめ石灰かアルカリで腐
らせておけば,非常に強力な肥料になるが,ニシン油など腐りきらないまま
でつかうと植生に有害であることも述べている。(中224$43)
また植物性肥料について「植物性だけの肥料は動物性の肥料にくらべて肥効
と速効性では断然劣るが,土壌の中では非常に持続性がある。それは遅効性のフ
ムスをつくり出しているためであるように思える」
(中227$46)と植物のリグニ
ン物質からの土壌腐植生成とその分解について記述している。作物への肥効
と土壌肥沃度への効果の両面を考えていたのである。その点では動物質と植
物質の適当な組み合わせが最も推奨される。
5 テーアの施肥論
( 113 )
ミネラル肥料として使用されていたのは,客土,石灰,泥灰土,石膏,塩
類,硫酸鉄,灰などであるが,とくに頁をついやしたのは,石灰と灰である。
この両者は共に当時の実際農業において,多量に使用され,肥料効果を挙げ
ていたものであるので,その効果の説明を与える必要があった。
石灰については,その化学的効果をフムスとの関連において,「フムス
[腐植]に対して分解促進剤として働き,それを溶かして作物への移行をたやすく
できるような可給態化へ作動させていく」のを主要効果としているが,それだ
けではなく「もう一つの石灰の肥効としての働き方としては,石灰は炭酸によっ
ても影響を受け,何か炭酸の作用によって石灰が実際に作物に養分を与えるよう
になるという公算が大きいことである。作物根系の生命活動,とくにある種の植
物のそれは,石灰から炭酸を奪い取る力をもっているように思われる。同時にま
た石灰は,その量に応じて大気から再び炭酸を吸着するわけである」(中240∼241
$54)という興味ある考えを示している。腐植の少ない土地でも石灰施用効
果が大きいという観察は無視出来ないので,石灰が直接に作物の養分吸収に
関与する,あるいは炭酸石灰の炭酸を植物に与えるのではないかというので
ある。フムス以外の根から吸収される炭素給源があるのではないか,それは
無機物質の炭酸カルシウムからの炭酸ではないかということである。石灰岩
中に植物の根が貫通して行くのは良く観察されるところである。
「石灰による炭酸の吸収によって,石灰と作物根系と大気との間でこの炭酸の継
続的な代謝が始まるとともに,吸収を再開するのである」(同上)
土壌中に存在する塩類の効果について,テーアは概して否定的であり,
「土壌の塩類や堆厩肥の塩類については,時たま見かける土壌中の油についてと同
じく論じることはやめたほうがよいし,はっきりした概念を混乱させるばかりで
あろう」(中269頁$87) とまで言っている。ただし硝酸塩については効果は
あるのであろうが,実験的データが存在しないので指摘だけにとどめると
言っている。自然に存在する硝酸石灰土壌が肥沃であるのは分かっていた。
「土壌中に生じた硝酸塩はすぐ洗い流されてしまうので,その有無を調べてみても
見つかることはまずない。それが多く見つかるのは,硝酸塩の生じている土壌に
( 114 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
育つ作物においてであって,たとえばテンサイの中では,硝酸塩がたまたま異質
の成分として,けっして本質的な成分を成しているわけでない形で見つかる」(同
上)と述べているようにテーアは硝酸の作物成長促進効果を認めつつも,実
際農業上の意義は少ないと考え,彼の腐植概念との整合性を欠くこともあり,
これ以上の追求はしなかったようである。
動物の尿中のアンモニアの施用効果も認めていても,それはフムスの養分
的利用を助けるものだと解釈された。
灰については,肥料的な効果のあることは自明であった。しかしその効果
について「カリ塩は分解促進剤として効果の大きいことを認めないわけにはいか
ない」 と述べ,あくまで腐植栄養に拘っている。それでも観察の結果,「灰
の中にはおそらく植物の生命にかかわる何かがあるということ,われわれの五官
をもってしても,それをさぐり当てるにいたっていないものがある」(中272$
90)という考えに至っていた。
「空気を制限しながら弱火でゆっくり燃やした灰は,強火で燃やした灰よりもは
るかに肥料として効果の高いということがある」には気がついていたが,カリ
ウムの含量変化には思いが至らなかった。
無機塩類,灰,あるいは石灰,カリウム,硫黄などの施用効果については,
当然当時の自然科学,化学の発達段階に対応して,テーアおよび共同研究者
の頭を離れなかった研究対象であったであろう。
5-2 18世 紀 初 頭 に お け る 植 物 栄 養 の 研 究
テーアとともにメークリンにおいて土壌関係の研究をすすめたのは,
Heinrich EINHOF であり,二人の共著 Grundriss der Chemie fur Landwirthe
は英国の DAVY らによっても屡々言及された名著であった。しかし EINHOF
は1808年に没し,その研究内容は「合理的農業の原理」中に反映されるに留
まった。テーア自身も指導的な農業研究者として,自然科学の成果を基礎に,
合理的な農法の構築にあたったのではあったが,化学においてはまだ錬金術
から完全には抜け出ていなかった。当時の著名な自然科学者,化学者の著に
基づき「穀粒を実らせる植物にはそれが石灰とは一切の係わりのないままに生長
5 テーアの施肥論
( 115 )
したものであっても,その穀粒に多くの石灰や珪土を含む……まったく石灰を合
まない土壌で生長した種々の樹木の灰の中に,そうとう多くの石灰が含まれてい
る……鶏の排出物と卵には食べた餌よりももっと多くの石灰が含まれている……
石灰とカリ塩とは相互に変性するようにも見える。それは立毛中にはカリ分があ
るが,それを乾燥して灰にすると石灰になってしまうからである」(中33$7)と
いうことを信じていた。
このことについては,C. A. BROWNE も詳細に紹介し21),テーアはカリウ
ムが植物体中で石灰に転化するとか,石灰がある条件下では珪素に転換す
ると言っているが,この種の誤りは,当時の化学分析技術の未成熟であっ
た時代においては屡々認められた,と述べている。頻繁に引用している De
SAUSSURE の著作 Chemical Reserches on Vegetation が,植物が空気中から
二酸化炭素を吸収し,酸素を出すことを示し,腐植が植物の栄養ではない,
植物中の無機物は植物が作り出すのではないと述べている部分には全く関心
を示していない。テーアは土壌を肥やすものとしての腐植に気を奪われてい
たのである。
そ の 後 の こ の 方 面 で の 代 表 的 研 究 者 は ス プ レ ン ゲ ル で あ る。Carl S.
SPRENGEL(1787-1859)はツエレ及びメークリンで7年間テアーの下で研
究し,EINHOF より直接の指導を受けた。その後1820年ゲッチンゲン大に入
学,化学その他を学び卒業後1831年まで農業及び農芸化学の講師を務め,世
界で始めて農芸化学の講義を開講し,土壌学(Bodenkunde, Agricultural
knowledge)という語彙を最初に使用した土壌学者である。SPRENGEL はテ
アーの後継者として農芸化学の研究に従事し,後に Regenwald に農業アカ
デミーを設立し,1859年に同地で没した。彼は錬金術から解放され,進ん
だ化学分析技術を用い,植物・土壌・肥料などの正確な成分分析結果を得
て,植物体中での元素の変化や植物栄養分としての腐植の役割を否定し,植
物の必要とする養分は特定の無機元素であることを示し,植物の無機栄養説
と施肥における最小養分率をリービヒに先駆けて発表したことで知られる優
れた農学者,農芸化学者である22)。SPRENGEL に関するこれらのことについ
( 116 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
ては別に紹介し,次のようにまとめたことがある。すなわち「農学の正統で
あるテアーからスプレンゲルヘの研究発展の道は,現在の日本の農学研究者に対
しても示唆するところが少なくないであろう。ともあれ,合理的農学の祖である
テアーの直接の門下生であったスプレンゲルが,その技術実践研究を通じて,最
新の化学的研究の必要性を認識し,テアーを乗り越え,農学の内部から実践に耐
えうる理論構築をし,農業化学を創設したことの意義は銘記してしかるべきであ
23)
ろう。」
この点に関しては柏 祐賢は次のような見方を示している。すなわち「実
は,植物栄養に関して無機質の供給に注目していたのは,ほかならぬテーヤ自身
であった。テーヤは,すでに石灰を施用したり,泥灰土や灰を施用することに重
要な肥料的意義を見出していたのである。したがってテーヤの弟子から,無機質
肥料に注目する学説が出てきても,少しもおかしくはない。むしろ無機質肥料論
は,テーヤの学問体系の中にあるもの,その意味では,テーヤ自身に根底を置く
ものであったとしなくてはならぬ。シュプレンゲルから,やがてリービッヒヘと
24)
進むが,その源は,すでにテーヤの中に用意されていたのである。
」
ともあれ,テーアは農業の実際経験から,持続的な農業経営の維持のため
には,土壌とくにその肥沃度の維持向上が最大の課題であると考え,そのた
め最大の効果を発揮している堆厩肥の役割を作物の養分を供給するものとし
て評価し,養分の実体を堆厩肥から産出される腐植(フムス)という実体に
求めた。腐植そのものの研究は困難であるとしても,養分としての腐植を仮
定することにより,様々な肥料の役割,土地改良の意義なども解釈出来,腐
植の給源の確保を農法の軸とすることにより,いわゆる「合理的納農業」を
確立・推奨することが出来た。
しかし,農業技術科学の方面では,大航海時代を経て,グアノ,チリー硝
石などの輸入使用も始まり,化学分析精度の向上と分析値の集積は,植物生
理学の発展にともない,間もなく「腐植栄養説」は「無機栄養説」に取って
代わられたのであるが,土壌肥沃度についてのテーアの考え方と堆厩肥施用
の重要性は今日に至るも変わることがない。
6 明治期日本の農学におけるテーア
( 117 )
明 治 期 日 本 の 農 学 に お け る テ ー ア
6-1 幕 末 ま で の 日 本 の 土 壌,肥 料 の 研 究
わが国においても,江戸時代における多くの農書に見られるように,農業
や農業技術に対する関心は深いものがあった。作物栽培技術の進歩も,機械
技術関係の土地改良,耕作機械の導入などにおいては西欧に遅れていたが,
農耕に関する知識啓蒙はそれなりに進んでいた。作物品種とともに土壌や地
力に対する事項はその中で大きな位置を占めていた。ただし,水田中心の単
作であったため,土壌の肥培管理技術はあたかもテーアの理論をそのまま実
践しているようなところがあり,堆厩肥やし尿の蓄積使用の推奨はあったが,
畑における輪作の思想はなく,まして畜産を含めた循環思想はなかった。
明治以前とくに江戸時代において印刷された「肥料および肥料知識」に関
する農書の多くについて,川崎一郎が原文を交えて紹介している25)。それら
の中には明治期においても農業指導書として使用されていたものもあった。
その代表的著者は佐藤信淵と大蔵永常であろう。ちなみに佐藤信淵の「培養
秘録」
「十字号糞培例」
「土性弁」は明治7年に初版が,大正3年に四版が発
行されている。
江戸時代の代表的農学者の一人である佐藤信淵(1769∼1850)は,二百数
十年に及ぶ佐藤家伝来の,天文・地理・農業・物産などに関する学問とくに
農業にかんする学問の集大成を図り,一連の書物を家学全集として刊行した
が,とくに享保9年(1724)初版の佐藤信景著,信淵増補の「土性弁」
,天
保11年(1828)刊行の佐藤信季著,信淵筆記の「培養秘録」は,作物の種類
に合わせて土壌を選び,適切な施肥をすることの重要性を説いているもので
ある26)。明和6年(1769)から嘉永3年(1850)の間の信淵の活動はテーア
の活動した時代と重なる。彼は渡辺華山や高野長栄との交流にもあるように,
当時の蘭学の動向にも通じていた。しかし近代科学とくに化学の未発達であ
った日本において,その農学の体系は国内各地の農業経験の集大成であり,
テーアと同じような農業生産に関する実践的認識の体系化であった。
( 118 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
27)
「土性弁」
の叙説においては,作物の生育は生育する場所の土性によっ
て大差を生じることから,各地の作土を採取して,その含蓄するものを精査
したところ,大地の含量の多いものは銹腐の銕粉であり,その他各種の金属
の粉,琥珀,水晶,瑪瑙,滑石,白亜,石灰,石炭,燧石,明礬,磠砂,焔
硝,芒硝,諸塩(一部省略)などと炭粉末,各種の油などの混合したもの
である。混合物の多少により性質がことなる。「草木ヲ耕作シテ成熟ノ功ヲ十
分二全クセンコトヲ欲セバ,先ヅ其土ノ称首トナスベキ者ヲ挙テ其性ヲ弁明シ且
此ニ属スル土質ニ,塩気,膏腴ヲ含有スル等級ヲ定メザレバ,化育強弱ノ次第ヲ
審ニスルコト能ハス,是ニ依テ大地ノ土ノ称首ト為スベキ者ヲ大別シテ六種トナ
ス」として,土を壤土,埴土,墳土,塗泥,壚土,廣斥(砂土)に分別した。
さらにこれら六種に属する土を精細にわけると,壤土,埴土,墳土の三種
はまた九等に分けられて27種になるが,これらは真土といわれること,塗泥,
壚土,廣斥はまた7等に分けられて,21種になり,擬土と名付けられた。こ
うして総合すると48等の土性になるが,草木の生育は土性によって,その含
有する成分によってことなるので,作物を十分に豊熟させるためには余るも
のは除き,不足するものは補い,天地の化育を全うさせることが必要である
ことを述べている。
もちろん作物ごとに土の性質をそのように転換することは容易のことでは
ないが,六種四十八等の土を等ごとに其の性質を明らかにし,これに適合す
る草木と是を培養する方法を示した。
「土性弁」は土壌の性質と作物の生産性との間に密接な関係があることは
認めているが,その作物別改良対策は個別的であり,土壌の肥沃性に対する
統一的,総合的な考え方は与えられていない。
なお,永塚鎭男28) は「「土性弁」の27年前に刊行された宮崎安貞の「農業全
書」が黒土,赤土,黄(白)土,砂地,浮泥,白けたる岩土など六種類にわけ,
土壌の乾湿,粘稠性,砕易性,可塑性,硬堅度など土壌の物理性を中心に分類さ
れ,現代的土壌分類体系を思わしめるのに対し,
「土性弁」における土壌分類体系
は,土壌の粒径組成が高次の分類カテゴリーで考慮され,土色は低次の分類カテ
6 明治期日本の農学におけるテーア
( 119 )
ゴリーで取り扱われるようになっている。……なぜこのような逆転がおきてしま
ったかということについては,土壌観のちがいとか,西欧の近代科学をとり入れ
る際の姿勢とか,いろいろ論議のあるところである」と指摘している。
29)
は信淵の父信季が天明4年(1784)の死の間際に語った内
「培養秘録」
容を中心にしたものであると言われ文化14年(1814)に完成されている。こ
こにおいては,土壌の性質に応じての作物栽培法が詳説されているのである
が,当時の最も重要な肥料であった人糞尿の利用を中心とするものであった。
とくに人糞尿の貯蔵法,有効な利用法などが強調されているのが印象的であ
る。また焔硝の製法やその効能,石灰,硫黄などの効果,含砒素鉱物の作用
などにも触れている。
佐藤信淵と同時代人である大蔵永常(1768∼1861)は文政9年(1826)
30)
を著した。ここでも人糞尿や家畜糞尿・堆厩肥,さらに,
に「農稼肥培論」
ぬかや動植物残さ・遺体,魚粕,油粕,とうふ粕,醤油粕,酒粕あるいは泥
土などの使用法等が述べられている。さらにこれらの焼却灰や侵出液の利用,
それらから取り出された焔硝(硝酸カリウム),水硝(芒硝石,硫酸ナトリ
ウム)などの効果などにも触れている。 大蔵永常はこれらの肥料の作用原理を考察し,動植物の生長における土・
水・油・塩の効果を論じ,植物は水の助けを借り,土の中の油と塩を根から
吸収して太陽の力を受けて生長し,動物はそれを食し,死後土中で,あるい
は焼却後,油と塩にもどり,再び植物に吸収されるという循環論を唱えた。
塩の代表は焔硝であり,油の代表は動物質肥料であった。また油も多きに過
ぎては害をなすとして,油粕の利用を奨めた。
佐藤信淵も大蔵永常も蘭学を学び,オランダ経由の科学知識を有し,それ
らを日本の農業とくに肥培技術の説明に生かそうとしたようである。永常は
ヴァン・ヘルモントの有名な実験(1644年)を紹介している。「紅毛の説に,
植木を鉢に植るに土の目方を掛てうゑ,三,五年立て其植木成長したる時,引ぬ
きて能土をふるひ取て目方を掛るに,元入たる土の目方ありて,少しも減少なし。
然らバ水にて養ふ事明らかなりといへり」とし,土は宿を貸し,水は養う役で
( 120 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
あり,養い水に肥えをしたし,根から吸収させるのだと述べている。し尿な
どの施肥を通じ,硝酸カリウム,石灰,硫黄,塩化アンモニウム(磠砂)な
どの効果の説明などは,無機栄養説に近い感じを受ける。彼らの時代は思想
的には「陰陽二気」を基本原理としていた31) が,徳永によると32)「大蔵永常
にしてはじめて,天と地と生き物の間をめぐる循環構造が,焔硝の塩気を根
源として肥料論として述べられることとなった」とされている。
もとより棉作,藍作,野菜作などのいわゆる換金作物,商業作物に対して
は,魚粕,油かす類の施用もなされ,これらの肥料の取引についても,寛永
元年(1624)に大阪靭に干鰮荷揚場が設けられ,元禄13年(1700)には深川
西永代町に干鰮場があり,肥料問屋も成立していた33) ことは,18世紀始め
における日本の農業実践に基づいた土壌肥料知識と栽培技術が国際的にも先
駆的状態にあったことが推定できる。
宮崎安貞の「農業全書」にも「国土又勝れて肥良なれば,萬づ種植の類,
物として成長せざるはなし。もろこしの外にかかる上国はなきとぞ聞え侍
」とあるようにアジアモンスーン地域のわが国では土の良否に従って,
る34)。
作物を選び,適切な肥やしを施すことにより耕作が可能になるとされていた。
これらの日本の農業技術,とくに人糞尿,家庭塵芥などを含めて,都市,
農村を結び有機性廃棄物を完全に耕地還元していたことは,西欧諸国にも知
られ,先に述べたように既にテーアにより評価され,また後にマローンの報
告を受ける形でリービヒにより見習うべきものとされていた。
実際に幕末から明治初期に使用されていた肥料についての詳細は戸谷敏
之35) が取りまとめているが,現在でいう地域バイオマス資源を網羅してい
たことがわかる。これによると「明治十年頃までの一般肥料技術は徳川時代
其の侭であった。併し乍ら,新時代の曙光も既に仄見えた」としてリン酸質
肥料であるグアノが幕末の旧姫路藩により米国より輸入され効果試験が行わ
れたことを紹介している。
水田が灌漑,湛水という条件下において,無機養分の供給において有利で
あり,し尿などによる養分供給,堆肥による有機物供給システムと相まって,
6 明治期日本の農学におけるテーア
( 121 )
自ずからその収量水準に見合った持続性の高い農業を営む事が出来た。そこ
では,次の段階に収量を高めるのには,安定した循環システムの水準を高め
るための手段すなわち収量限定要因となっている無機養分補給が必要とされ
ていた。
実際に土壌や肥培のことが自然科学的基礎の上にたって理解され,新しい
農業技術の展開に役立ったのは明治維新後であった。
幕末維新期の西欧諸国における土壌や肥料関係分野においては,テーアの
植物栄養における「腐植説」がリービヒの「無機栄養説」にとって変わり,
実際の肥料資材としての窒素質肥料の必要性についての,リービヒとロース
の論争がローダムステッド農業試験場や現場の農業経験において実践的に正
しく解決され,また厩肥供給の意義についても土壌肥沃度維持の観点,ある
いは「地力償還説」に沿って理解されてきた時代であった。
従って,農業の指導原理,農業経営の考え方においては,テーアの樹立し
た原理原則は「農業重学」として紹介され近代農学の基礎として発展してき
た。しかしその腐植循環論は,「腐植栄養説」としては受け入れられず,従
来から畜産との結合が弱く,堆肥,人糞尿中心の肥培管理を行ってきた米作
中心の日本農業の改良に対しても無効であった。
6-2 明 治 初 期 の 農 芸 化 学 分 野 に お け る テ ー ア と リ ー ビ ヒ
明治初年において導入された西欧の農業関連の書物においてテーアとリー
ビヒはどのように記載されていたのか。
ドイツにおいては,
「テーアの権威によって,彼の著作は幾度も新版が出
され増補されたが,それらは19世紀全般にわたり入門書としてドイツ農業に
36)
されたというが,わが国において
貢献した。1880年にも新増補版が刊行」
は,川崎一郎の名著「日本における肥料及び肥料知識の源流」37) の中におい
て紹介されている「泰西農学」をはじめとした多くの訳書の肥料関係の内容
を見る限り,テーアの名前は見当たらない。地力維持,無機養分の償還に関
する,ロースとの論争時代を経た,リービヒの無機養分説が批判的に論述さ
れている。テーア,リービヒ,ロースらの植物養分論にたつ施肥の実際につ
( 122 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
いての理論や論争の変遷については,吉田武彦の訳書,リービヒ「化学の農
業および生理学への応用」につけた解題38) の中に要点を良く伝えている。
ともあれ,西欧農学が日本に導入され始めてた明治初年は,すでにリービ
ヒの無機栄養説が確立された後であり,生物圏における腐植の循環が,無機
物の循環に置き換わり,肥料としての腐植による土壌肥沃度の回復が無機元
素肥料の施用による土壌肥沃度の回復に意識的に利用されてきた時であった。
リービヒはテーアについて次のような正確な評価をしていた。「彼は深い
学問的教養を身につけた人物である。また彼のあらゆる偉大な業績は,彼がはじ
めて科学的諸原理を農業に適用しようと試みたことに基づいている。いかなる実
践家も,テーアがもっていたような国民経済学に対する正確な知識なしには,生
産費および収益についての農業計算を行ない,粗収益および純収益の概念を発展
させることはできなかったであろう。テーアの哲学的教養なしには,ばらばらの
無数の農業上の諸事実から,経営を規定する原則の確立に成功することもなかっ
たであろう。さらにいわんや自然科学的知識なしには,自然科学の農業への適用
39)
を試みることもできない。」
両者間には物質循環論,地力償還論の精神においては共通したものがある。
このように農学においてテーアは高く評価されていたが,その植物栄養とし
ての腐植説は無機栄養説に置き換わり,近代肥料学の中心からは次第に忘れ
られて行った。
一方,堆厩肥を肥料として,減耗した地力の補給に使用する技術は,実際
農業においては,普遍的に行われ続けた。無機質肥料の施用が全盛時代を迎
えた後において,費用対効果関係での施用価値が問題視されたことはあって
も,様々な視点から堆厩肥の必要性は論じられてきた。
このことについては日本においても例外ではない。地力償還説にたっても,
無機質肥料では補えないものがあるので,改めて「地力とは何か」から整理
する必要があり,その点においてテーアの地力論に対する回帰が必要になっ
てくる。
6 明治期日本の農学におけるテーア
( 123 )
6-3 「テ ー ア 農 学」の 日 本 へ の 受 け 入 れ
すでに考察したようにテーアの合理的農業における中心課題は,農業重学,
すなわち,物質償還論であり,土地から失われた肥沃度の回復であった。最
終的な収益に反映する肥沃度の増減は「腐植」という実体の増減や挙動に関
連づけられ,作物に吸収され,奪われる地力実体としての「腐植」が耕畜一
体とした農耕体系の中において,堆厩肥などの中に再生され,土壌,人間
(動物)作物の循環系あるいは輪作体系の内部に投じられ,あるいは外部か
らの補給を受けながら,土壌中で「腐植」に転化,集積するようになる。
テーアにおいては,排水や客土などの土地改良や土壌耕起のような農作業
や輪作体系の選択のような栽培技術もすべて,土壌肥沃度の向上や持続性の
視点から統一的に把握されていた。それはまた農業経営の持続的発展の基礎
となっていた。
土壌の生産力の発揮のためには,作物養分の供給とともに養分を吸収する
作物根の伸張を良くする必要が有る。「土壌が粘土質であるほどその結合は強
くなって固まりやすくなる。しかし,たいていの栽培作物の根系は,このように
固くなった土壌の中には伸びていかないので,そこに含まれている養分を吸収で
きない。だから土壌は力学的に膨軟化しなければならない……土の塊をなくさな
ければならない。士の塊の中には作物の毛根は伸びていかない」
(中281$102)同
時に「耕土の砕土化効果の大きいことを経験を通じて確信していた者の中に,た
とえば J. タル(Jethro TULL)がいたが,彼は土壌の肥沃化の意義をもっぱらこ
の点だけから主張していた」と批判的に紹介している。
厩肥のすき込みについても土壌との混合に細心の注意を払うべきものとし
「未熟厩肥は,それを土中でしっかり受け止めるためには十分深耕する必要がある
が,完熟厩肥はそれをあまり深く沈下させないために浅耕が必要になる」(中286
$104)とした。
このような目的にあうような作業をするためには犂の構造なども選ばなけ
ればならない。「合理的な畜力農機具は,手動農機具をもってする場合と同程度
の耕作と同程度の肥沃度を土壌に与える。」(中287$104)
「土壌の肥沃度や生産高
( 124 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
の大小までもが,犂の構造のいかんに依存している」(中295$109)
しかし,耕深の浅深は肥沃物質の分布との関連で考える必要がある。「深
いところの肥沃度を利用可能にするということと,耕深の浅い土壌を犂耕によっ
てより深く耕すということ,すなわち,もう少し深いところまで土壌の主成分を
一様に混ぜ合わせ肥沃物質で満たすということとは大きな違いになる。この両者
は区別しなければならない」(中375§159)
耕深の程度も供給可能な堆厩肥の量を考慮して経営内全体で配分を考
える必要がある。「経営内給の堆厩肥増産がねらえるような優れた農法によっ
て,経営内自給の堆厩肥の生産が余るようになって,従来の耕土をもっと肥沃化
することが必ずしも有利にはやれなかったところに堆厩肥がまわせるようになれ
ば,ここではじめてこうした土壌深耕に取り組むことが有利になってくる」(中
380$162)
灌漑も土壌を肥沃にする。「養分不足で不毛の土壌も,灌水による灌概によっ
て時とともに肥料成分が増えてくる。水にそうした養分が多く含まれているほど,
ますます早く増える。もちろん,自然の成り行きだけに委ねる場合には水の中の
肥料成分が少ないほど,土地への肥料成分の増加に時間がかかる。その場合には
水を介して土壌に,まずは地衣やコケが生え,これが腐ってやがて必須のフムス
[腐植]に変わっていき作物の肥料になる。けれども経験によって明らかなことは,
養分のない水でさえ,不毛の砂地に10年たたずして肥えた芝土をつくり出し,灌
水をさらに続けると肥沃な採草地に改造され,その後も年々改良されていく。し
かし,こうした芝草づくりや牧草の生長は,この土地に何がしかの肥料を施用す
ることでより促進される。」(中481$279)
以上の多くの引用文においても明らかなように,テーアは土壌の作物生産
性を土壌肥沃度としてとらえ,土壌は作物の根の伸張する場であり,根を健
全に維持し,根に対する養分の供給を十分にすることが,作物生産性の向上
すなわち土壌肥沃度の向上に寄与すると考えていた。土壌に応じて,土壌肥
沃度を改善する手段として,耕作深度や排水,灌漑が考えられ,また堆厩肥
の生産,供給条件が考慮されなければならなかった。
6 明治期日本の農学におけるテーア
( 125 )
どのような改良手段をとり,どの程度に堆厩肥を供給するかは,農場全体
の経営収支すなわち,水利権,土地の価格,開墾経費,灌漑排水費,労賃な
ども考慮しなければならないが,土壌肥沃度の維持向上はもっとも基本であ
る。
テーアはアグロのミーすなわち作物栽培と土壌管理を基礎にアグリクルツ
ールすなわち施肥,土地改良,耕作を手段としてプロドウックチオンすなわ
ち農業生産を行い,全体としてエコノミーすなわち農業経営の発展を目指し
たと言える。そのため,耕作においては経営規模と栽培条件に応じた適切な
農機具の改良導入が重要になり,また資本の投資が必要になり,さらに農政
改革すら必要になった。
幕末維新期の日本においては,農業諸条件は旧態依然のままであったので,
テーアの農学の体系を全体として理解し導入するには程遠かった。その事情
について戸田は次のように述べている。
「明治前期には,干鰯・胴鰊・鰯〆粕・鰊〆粕を太宗とする各種金肥の施用が増
大し,一般肥料の施用技術も可成りの段階に到達してた。それは,鍬と鎌以外に
何もないとさへ言ひ得る農具の未発達状態に対し顕著なコントラストをなすもの
である。かかる跛行性の原因は何に求められるか。」として,当時の識者の言葉を
挙げ,
「明治前期の農家は,労働を重んぜず,その合理化を意企しなかった。かか
る性格を有する日本農業も,近代経済の発達が労働力の重要度を高めるに随ひ漸
次緩慢なる前進の道を辿った。労働集約と技術の進歩が相携へて行はれ,その結
40)
果発達の場面は農具ではなく肥料に求められる所以である」 と述べている。
こうして,農業の全体的な発展を包含したテーアの思想は,分断され,そ
の中の施肥思想がリービヒの肥料思想として受け入れられ発展し,育種技術
とともに日本農業を牽引することになる。明治初期における多くの老農の活
躍も,主として農業生産面に限られていた。代表的老農の一人である船津伝
次平も「各地に出張して農蚕林の諸方法を説くに当り,ところによってはまず農
業総論ともみるべき諸項,すなわち植物の生長と日光・温度・肥料等の関係につ
いて概論を試みている。……肥料については,窒素・燐酸・ポッタースの三要素
( 126 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
が必要であり,それらが植物の成育にいかなる影響を与えるものであるかを述べ,
外来の農学説を迎えるにも決して消極的でなかったことを示している」と評され
ている41)。
一方でテーアのエコノミーは農業経済学,経営学としての発展を辿り,土
壌肥沃度論を含んだ農法論として発展をしたが,自然科学的な研究との乖離
は絶えず問題になり,総合的な「農学」の必要性が強調されるようになる。
テ ー ア 農 学 の 現 代 的 意 義
7-1 テ ー ア 農 学 の 再 評 価
テーアの農学は農業に関係する経済と自然科学の諸分野を有機的に統一し
て構成されている。すなわち,大きく分けると農業経営的側面と自然科学的
側面を持ち,前者を主要な側面とした農学(エコノミー)として統一されて
いると考えられる。両側面を繋ぐ大きな柱が土壌資源問題あるいは土壌肥沃
度(地力)問題である。
経済学的には土壌肥沃度論は地代論の基礎の一つを形成している。
地力は伝統的,農民的感覚でとらえた土壌の作物を生産する力,能力であ
るが,科学的にあるいは分析的に考察される過程で,その表現が様々になり,
豊沃度,肥沃度,豊度,豊饒度,また場合に応じて地力度,自然地力度,自
然肥沃度などの言葉も使用されてきた。とくに農業経済・経営学が農業自然
科学と乖離した状況下において,上記の様々な語にあるように同じ対象が別
の言葉で語られるようにもなってきた。
日本においては,農学の研究教育体系が初期より農学と農芸化学,獣医学
などに分離し,テーア農学の経営的側面は農業経済・経営学において受け止
められ,農業自然科学的側面はそれぞれ対応する分科学において研究される
ようになった。テーアの強調した土壌関連の研究についても,土壌分類は土
性調査として,土地改良などとともに農学において,その諸性質は,肥料に
関するものとともに農芸化学において研究された。
農芸化学は当初よりテーアの「腐植説」を否定したリービヒの「無機栄養
7 テーア農学の現代的意義
( 127 )
説」に立っていたため42),後に土地評価や土壌分類体系などが問題になるま
では,テーアの名前は殆ど聞く事はなかった。
農学の有機的統一を図ることが大きな課題となっている今日,改めてテー
ア思想を学ぶことの意義は大きい。
川井一之は夙にテーアに学ぶ必要のあることを論じ,「テーヤは個別具体的
な農業披術の確立を通じて,農業者個々の利益だけでなく,社会全体の利益を実
現するための政策的目標をも明らかに示すというように,個と全体との両面性の
合一をつねに配慮して,彼の農学体系や農業科学理諭の体系化の構築に努力がは
らわれていたということは,今日でもきわめて高く評価さるべき点であろうと思
われる。」「テーヤの農学が,空理,空論に走るものではなく,実学としての農学
として提示され,実行されたということは,真の意味で歴史的危機意識をふまえ
ていたからこそ,それを具体的に乗りきるべき現実的道標であり手段として,テ
ーヤの農学が示されたのであり,それだけに大きな歴史的役割をになうものであ
43)
ったのである。」などの点を指摘している 。
少なくとも先哲の農学や農法に学ぼうとする場合,その農学や農法のある
一部の理論なり技術を個別的に取り出してきて,あれこれと評価を加えると
いうことは,その大きな時代的価値や歴史的役割を見落す可能性が大きいと
いう点で,注意を要することである
津野幸人44) も次のように問題を指摘している。「テーヤーは農業の経営体は
資本の運用体である,としながらも,合理的農業のとるべき道は,農業部門内に
なりたつべき循環的均衡構造を保つことを主張し,輪作と腐植の効果を強調する。
ところが,この土地保持に払う努力は市場価格的関係とは無関係であり,いわば
物的なものの循環関係として,それ自体で完結している点を,テーヤーの論旨の
不徹底として後世の学者に鋭く追及されている。当然,企業的経営感覚からすれ
ば,利潤追求に反する土の重視は不合理であろう。しかしながら,テーヤーのこ
の矛盾にこそ農業の本質がひそんでいると私は思うのである。」
このように,現代の農業,農学の中には,近代的発展に追われ,得てして
経済合理主義に目を奪われ,農業の持続可能性の基本である土壌肥沃度の減
( 128 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
少をもたらしたものがある。それはテーアの精神を忘れたか,曲解をしたも
のであるとして,テーアを見直す必要があるとの機運が高まりつつ有る。例
えばフランスの C. FELLER らは,今日,先進国でも途上国でも問題になって
いる農業の持続可能性に対する問題を考える上において,テーアの採用した
方法,土壌および有機物施肥に関する多くの経験的発見を非常に念入りに作
られたモデルと結びつけながら半世紀を通じて成功をおさめつつ実行された
方法に学ぶべき点があるのではないかと,テーアの再発見を提案している45)。
作物栽培編,畜産編における実際経験と調査に基づく詳細な記載は,その
まま現代ヨーロッパのみならず,現代日本においても学ぶところが多く,と
くに化学肥料や農薬を使用しない有機農業実践者の範ともなろう。
7-2 テ ー ア 農 学 と 競 争 原 理
人間の生産活動である農業と工業は常に比較されているところであるが,
その間には大きな相違が横たわっている。それを認識するか否かが,現代社
会における農業のあり方に関する国民的認識を左右している。
テーアはこの点に関しては明確な認識を示していた。彼は特に「農業生
産と工業生産との違いとその基礎」という一節を設けて所論を述べている。
(下27∼28)長文になるが,誤解のないように主要部分を抜き書きする。
「農業生産(プロドウクチオン)と工業生産(ファブリカチオン)は通常相互に
対比され,両者は物の面からだけでなく経済とか事業の面からも相互に対立させ
られている。すなわち,工業に通用する原理は農業にはまったく当てはまらない
とか,生産者自身も国の財政家もまったく異なるこの二つの原理原則を考えて行
動しなければならないとかいわれてきた。もちろん両者は違っており,それぞれ
に固有のものがある。しかし,それぞれの固有のものは普通思われるほど極端に
違うわけではない。それどころか対比される原理の違いには根拠がなく,あまり
にも農業生産が不利であるかのようにいわれているだけである。だから,ここで
両者の同一性と相違点に関して一言することは,時宜を得たものといえる。」
(下
27)
「工場経営で成功を収めるために遵守されるべき原理原則は,すでに明快に形成
7 テーア農学の現代的意義
( 129 )
されており,記述されてもいる。工業と農業との類似性によって工業生産の原則
を農業生産に適用できることが推論できるとすれば,工業の原理原則は農業経営
にとっての指針ともなり得るものである。」
(下27)
「いわれてきたことは,工業生産は材料を別のものに変形するだけであるが,農
業生産は材料自体をつくり出すこととされ,これはプロドゥクチオン[産出の
意]という言葉自体にも示されていると思われる。」
(下27)
「しかし,農業生産といえども無から有はつくり出せない。植物でも動物でも,
形成し,生長し,完成するための材料がそこになければならない。農業生産者も
この材料を求め,調達し,人工的に手を加える。既存の素材を用いて生産物をつ
くり出すのは,農業でも工業でも同じで,素材を分解して新しい形につくり変え
るわけである。」
「こうした変形は,農業では自然の力によって生み出されるが,工業では人間の
技術力によってのみ生み出されるものといわれる。」
(下28)
「工業生産と農業生産との問の相違点をさらに詳細にみれば,工業生産は技術労
働によって,自由に物を製造しようと試みるものである。これに対して農業生産
は,自然が決めたとおりの生産形態からは自由に離れることはできない」
(下28)
「物の観点から最も本当らしく農業生産の独自性が捉えられていると思われるの
は,農産物が種子と胚芽だけを利用し,自然によって賦与された形態に全面的に
拘束されているといわれる場合である。植物にしろ動物にしろいかなる農産物も,
胚からだけ生み出されるからである。しかし,その発育に都合のよい条件ととも
に,それを育て,生長させ,完成させるための材料や条件は,大部分は技術によ
って与えられるものである。」(下28)
このようにテーアは農業と自然との関係を自然の諸力への依存性において
正しく把握しているのであるが,経済・経営的視点あるいは資本主義的農業
の発展の観点からは,先駆的な工業生産との共通性から離れることは出来な
かった。すなわち,「私は,以前述べたが多くの者によって不審に思われた私の
考え方,すなわち土地は農業者にとって原料であるとみなす考え方から離れるこ
とはなかったし,農業経営と工業経営を相互に比較すればするほど,ますますそ
( 130 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
のよう思える。こうした考え方は,私には個別経営にとっても国民経済にとって
も,もろもろの最重要な推論を実り豊かにするもの,と思われるのである。
」(下
29)と述べ,農業生産における土壌を工業生産における原料と類比している。
原料としての土壌を持続的に供給するためには,その肥沃性の根源である腐
植の供給,有機物の供給が必要であるということである。
しかし,農業が工業と同じく資本主義的利潤の獲得を目的としている限り
において,土壌の肥沃性の維持の費用も経営的有利性の判定の範囲内でなけ
ればならない。すなわち,土壌肥沃度の収奪と供給のバランスもこの必要経
費との関係の上に成り立っている。
作物生産の視点から見た土壌は,この時点においては,養分の容器であり,
養分の供給を十分ならしめれば作物の生産性は保たれる。従って養分が無機
栄養説に従って供給される時代になれば,土壌有機物のその他の機能は無視
され易い。
たとえ,有機物の機能が正しく理解されてもそれは作土の生産性の改良,
すなわち化学性,物理性,生物性の改良までであり,生産と直接の関連性が
薄いか,認められない,下層土や底岩にまでは及ばない。
一方で,経営的収支は限られた時間内で算定されるので,数十年あるいは
数百年というような単位での変化は無視されるのは当然であろう。競争社会
における実際は,1年の収支であっても経営の維持に影響を及ぼすし,数年
に至る相対的マイナス経営は,その農業の敗退を意味している。
テーアは10年以上にわたる経営実践において,土壌肥沃度の維持の重要性
を訴えているのであるが,資本主義の発展にともなう商品流通の増大は,個
人的・個別的経営の集合体としての農業において,生き残りのために短期の
経営的有利性が追求され,長いスパンにおける計画的生産が許されなくなっ
てきた。
テーアは商品作物の栽培について複雑な状況を記述している。すなわち
「一般的には商品作物を栽培することは,合理的農業者の指向すべき最高の目標で
ある ―― なぜなら,それは最高の利益を与え得るから ―― ということは,われわ
7 テーア農学の現代的意義
( 131 )
れもまったく異存はない。しかし,それは,堆厩肥生産の持続性について確かめ
た後で,慎重に徐々に取り組まなければならない。」
(下195$191) と述べている
が,同時に「この種の全部の作物には,もともと強力な土壌とか,長年続けられ
てきた耕作によって大きな地力が蓄えられてきたような土壌が必要であり,……
自然的な土地肥沃度の高いところとか立地の有利なところとか,さらには長年に
わたって肥沃化を進めてきた農法によって,堆厩肥と堆厩肥素材があり余ってい
る地区に限定されている。こうした条件を顧みることなく,そこに期待される高
い収益につられて,この種の作物をかなりの量栽培し始めると,当初はたしかに
驚くほどの利潤が得られても,やがては経営全体が消耗してしまって,全体とし
ては大損失を生じさせることになる。」
(下191$185)しかし,経営支出のない自
然的肥沃度と経営支出の必要な堆厩肥が同位に置かれているので,自然的肥
沃度減少の絶対的な下限は不明確であり,経営失敗という結果論から推定す
ることになりがちである。
当面の競争に打ち勝ち,経営を維持しようとする場合は,自然的条件によ
って与えられてきた土地の生産性あるいは自然的肥沃度を収奪せざるを得な
い。自然的肥沃度の高い広大な土地から出発した場合には,その収奪力をそ
のまま競争力に代えることが出来た。国内的競争はさらに国際的競争に発展
する。
こうして,自然的肥沃度の全体としての収奪が起きるのは,資本主義的農
業技術の必然的帰結であるということは,既にマルクスによって明言されて
いた。
7-3 現 代 農 業 に お け る 土 壌 肥 沃 度 問 題 と 発 展 の 方 向
マルクス(1818-1883)は「資本論」において,地代論を展開しているが,
その中で土壌肥沃度について明快に説明している。時代的にみて,マルクス
の土壌肥沃度論が,この問題についての当時の最先端の研究すなわちテーア
の「合理的農業の原理」及びリービヒの「化学の農業および生理学への応
用」などを精読した上で構築されたのは間違いないであろう。とくにテーア
の具体的事例をあげた土壌肥沃度の説明を,その根幹において捉え理論化し
( 132 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
ている。
以下「資本論」における主要な該当部分を転記したい。なお,これは岩波
文庫からのものであるが,土壌肥沃度(Bodenfruchtbarkeit, soil fertility)
は「豊度」と訳されている。他の訳本では豊饒度,豊沃度としたものもある。
「気候上その他の諸要素を別とすれば,自然的豊度の差異は,土地表面の化学的
組成の差異に,すなわち,その植物栄養素含有分の差異に,存する。しかし,二
つの地面の等しい化学的含有分及びこの意味においえ等しい自然的豊度を前提し
ても,これらの栄養素が,多かれ少かれ同化され得る,植物の栄養にとって直接
に利用され得る形態をもって存在する程度に従って,現実の有効な豊度は異なる
であろう。したがって,自然的には相等しい豊度の諸地所において同じ自然的豊
度がどの程度まで利用可能にされ得るかは,一部は農業の化学的発展に,一部は
その機械的発展に懸るであろう。ゆえに,豊度は,土地の客観的属性であるとは
いえ,経済的には常に関係を,農業の所与の化学的及び機械的発展度に対する関
係を含み,したがってこの発展度と共に変化する。等しい豊度の土地を事実上ヨ
リ不生産的にしていた諸障碍は,化学的手段(たとえば硬い粘土地における特定
流動肥料の使用,或いはまた重い粘土土壌の焙焼)なり機械的手段(たとえば重
い土壌のための特殊の犂)なりによって,除去され得る(排水もこれに属する)
。
或いはいろいろな土地種の耕作の順序さえもそれによって変化し得る。たとえば,
イギリス農業の一発展期に軽い砂地と重い粘土地のあいだに行われた如きである。
このことはまた,歴史的に ―― 耕作の順次的進行において ―― 豊度のヨリ高い土
地からヨリ低い土地に移行され得ると共に,その逆の方向にも移行され得るとい
うことを示す。同じことは土壌の組成における人為的にもたらされた改良によっ
ても,または農耕方法における単なる変化によっても,生じ得る。最後に同じ結
果は,下層土までも耕作圏内に引入れられて耕土に加えられるに至れば,下層土
の状態が異なってきて,これによっていろいろの土地種の等級における変化が起
ることからも,生じ得る。このことは,一部は新たな農耕方法(たとえば飼料植
物の如き)の応用によって,一部は,下層土を表土にするとか,或いは両方を混
合するとか,或いは下層土を掘り上げることなしにそれを耕作するとかいう機械
7 テーア農学の現代的意義
( 133 )
的手段によって,条件づけられている。種々の地所の豊度の差異に対するこれら
の影響はすべて次のことに帰着する。すなわち,経済的豊度として見れば,労働
の生産力の状態も,すなわちここでは土地の自然的豊度を直ちに利用可能なもの
とする農業の能力 ―― 発展段階の異なるに従って異なる一能力 ―― も,土地の化
学的組成及びその他の自然的諸属性と同様に,いわゆる土地の自然的豊度の一要
46)
素である,ということである。」
上記の記述の自然科学的部分はテーアの記述と極めて良く一致している。
自然的肥沃度と実際農業の実践において有効な経済的肥沃度との関係の認識
は,現在の高度に発展した農業技術の段階において,ますます重要になって
きている。
後にソビエトの著名な土壌地理学者,ゲラシーモフは,「自然科学や農学の
発達につれて土地の肥沃度もまた変化する。というのは土壌成分を即座に役立つ
ようにするために用いられる手段が変化するからである。」とマルクスの言葉を要
約し,「ある自然史的,社会的条件下における人間の活動の結果生じた有効肥沃度
は,生産力の水準と生産関係に依存している。なぜならば,社会の生産力の発達
水準のほうはまさにある一定の技術的可能性を決定するし,他方生産関係の性格
は土壌肥沃度のいろいろな利用法と肥沃度の漸進的向上の実現を決定するからで
47)
ある。」と述べた 。
しかし,後の農業と土壌肥沃度の変化状況はそれほど簡単に生産関係によ
って土壌肥沃度の漸増が可能だということにはならないことを示している。
寧ろ事態は,マルクスの透徹した定言のままに進行している。すなわち,
「資本主義的生産は,それによって大中心地に集積される都市人口がますます優勢
になると共に,一方では社会の歴史的動力を集積するが,他面では人間と土地と
のあいだの代謝を,すなわち人間が食料及び衣料の形態で消費する土壌成分の土
48)
地への復帰を,したがって永続的土地豊度の永久的自然条件を攪乱する。
」 さら
に「資本主義劇農業のすべての進歩は,労働者から掠奪する技術の進歩であるの
みではなく,同時に土地から掠奪する技術の進歩であり,一定期間土地の豊度を
高めることにおけるすべての進歩は,同時にこの豊度の永続的源泉の破壊におけ
( 134 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
49)
る進歩である。」 という言葉が重みを持って響いてくる。
現実の農業の発展は耕地面積の増大と単位面積あたりの収量(単収)の増
大により人口の増大に対応しての食糧生産を可能にしてきた。次第に単収の
増大に対する依存度が増え,経済的肥沃度は増大してきたのであるが,同時
に,世界的に土壌流亡,塩類土壌化,砂漠化等が顕著になってきた。すなわ
ち肥沃度の担い手である土壌の破壊が進んでしまった。
とくに土壌破壊は土壌中の有機物含量,すなわち炭素貯留量の減少として
現れ直接的に地球温暖化ガスの上昇にもつながり,人類の生存に関係する地
球環境問題の激化に一役を買っている。
このような状況を打開し,土壌肥沃度の持続的増進を自然的肥沃度を基礎
にした経済的肥沃度の増進として実現しなければならない。テーアは土壌に
対する有機物の還元により土壌肥沃度を維持しようとしたが,現実に有効な
経済的肥沃度の発展が農業の経済性の発展をもたらすことに重きを置き,そ
の基礎にある自然的肥沃度あるいはその担い手である自然土壌そのものに
対する配慮を欠いたとも言える。テーアはその点に関して「私は本書を基礎
に,敬愛するメークリン農業アカデミーの共同研究者であるクローメ(CROME)
とコッペ(KOPPE)―― 前者は農業に関する自然科学的領域に,後者はその実学面
に没頭してきた ―― とともに,さらなる研究を続けるものである。」(下23)と述
べ,自然あるいは自然科学と農業あるいは農学との整合性を追求する姿勢は
示していた。
現在,有機物の土壌還元は単に土壌肥沃度を増進する見地のみではなく,
炭素の土壌貯留量の増大を通して地球温暖化ガスの減少に有効であることが
着目され,その方面から改めて,堆厩肥や生活廃棄物などバイオマスの土壌
への循環還元の意味が問い直され,農業技術の方向付けもなされようとして
いる。
テーア農学,農法の積極面を生かすためには,農業を単なる営利事業とし
て,また土壌を単なる農業生産手段としてみる視点に落ち込むことなく,土
壌を自然生態系の重要な構成分として捉え「生きている土壌」の永続的発展
文 献
( 135 )
をはかる見地を強調する必要がある。
さらに,冒頭に述べたような,テーア,新渡戸らも指摘している「農」の
原点に戻っての省察が必要になる。現在流に言い換えれば「農は人間の営み
であり,生活であり,文化であり,産業であり,それは自然環境との共生の
もとに進化発展してきた。
」という視点に立つ必要が有る。
近年「農業の多面的機能」が強調され,農業の果たしているいわゆる「経
済外的効果」が指摘され,それを担っている農業に対して国の富の再分配を
する必要性が強調されている。農業も単なる経済性の追求のみではなく,地
球環境の破壊を防ぐ方向に向かうべく,妥当な法的規制とその遵守が求めら
れるようになろう。
このような規制は地域的,国内的なものに留まらず,国際的,地球的にな
される必要がある。こうすることにより,地球上の人類を養い,地力を育み
ながら,持続可能な農業を発展させることが出来る。
謝辞
テーアの「合理的農業の原理」の完訳本を読み,感慨を新たにし,本校の
執筆を思い立った。改めて翻訳の大業を成し遂げられた相川哲夫先生のご努
力に感謝する次第である。また,(財)肥料科学研究所常務理事高遠 宏氏
には,本校の執筆に際して多くの貴重な資料を準備して頂いた。深謝する次
第である。
文 献
1) 相川哲夫訳・アルブレヒト・テーア:合理的農業の原理,上巻,中巻,下
巻,農文協,2007-2008
2) 柏 祐賢:農学の定礎者テーヤの生涯,富民協会(1975)
3) 野口彌吉:農学概論,34,養賢堂(1950)
4) H・ハウスホーファー著,三好正喜・祖田修訳:近代ドイツ農業史,21頁,
未来社(1973)
5) H・ハウスホーファー著,三好正喜・祖田修訳:近代ドイツ農業史,27頁,
( 136 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
未来社(1973)
6) クレム編著,大藪輝雄・村田武訳:ドイツ農業史,11頁,大月書店(1980)
7) クレム編著,大藪輝雄・村田武訳:ドイツ農業史,5頁,大月書店(1980)
8) 野口彌吉 : 農学概論,33頁,養賢堂(1950)
9) 柏祐賢:農学の定礎者テーヤの生涯,85頁,富民協会(1975)
10) 相川哲夫訳・アルブレヒト・テーア:合理的農業の原理,上巻,141-143頁,
農文協(2007)
11) 新渡戸稲造:農業本論,明治大正農政経済名著集7,55∼81,農山漁村文
化協会(1976)
12) 柏 祐賢:農学の定礎者テーヤの生涯,140頁,富民協会(1975)
13) 塩入松三郎講師述:土壌学(一),4頁,昭和拾壱年度東京大国大學農学部
講義,「帝大プリント聯盟」発行
14) 塩入松三郎:土壌の分類について,塩入松三郎講演集,1∼16頁,塩入松三
郎講演集刊行会(1973)
15) Delvin S. FANNIG & Mary C. B. FANNIG : Soil Morphology, Genesis and
Classification, 140, John Wiley & Sons(1989)
16) 大杉 繁:一般土壌学,486∼487,朝倉書店(1942)
17) S. W. BUOL, F. D. HOLE, R. J. McCRECHEN 著,和田秀德・久馬一剛・音羽道
三・浜田龍之介・井上隆弘訳:ペドロジー,―土壌学の基礎―,213頁,博
友社(1977)
18) E. MÜCKERHAUSEN : Developments in Soil Science in Germany in the 19th
Century : History of soil science-International Perspectives-(Dan H.
YAALON & S. BERKOWICZ ed.), 261-275, Advances in GeoEcology 29, ISSS
(1997)
19) 塩入松三郎:土壌の分類について,塩入松三郎講演集,11頁,塩入松三郎
講演集刊行会(1973)
20) C. FELLER : The Concept of Soil Humus in the Past Three Centuries, in
History of Soil Science-International Perspectives(Ed. D H. YAALON & S.
BERKOWICZ),15-46, Advances in GeoEcology 29,(1997)
21) Charles A. BROWNE : A Source Book of Agricultural Chemistry. 178-183,
Chronica Botanica, Volume 8, Number 1, The Chronica Botanica
Co.(1944)
22) John P. TADARICH & Stephen W. SPRECHER : The Intellectural Background
for the Factors of Soil Formation : A Fiftieth Anniversary Retrospective,
5, SSSA Special Publication No. 33(1994)
23) 熊澤喜久雄:リービヒと日本の農学,肥料科学,第25号,1∼60(2003)
文 献
( 137 )
24) 柏 祐賢:テーヤの生涯,237,富民協会(1975)
25) 川崎一郎:日本における肥料及び肥料知識の源流,16∼52,刊行会刊行
(1973)
26) 大西伍一:日本老農伝「佐藤信淵」,225∼317,農山漁村文化協会(1985)
27) 佐藤信淵翁著,土性弁,1∼150,東京六合館蔵版(初版1874,四版1914) 28) 永塚鎭男:三つの農書の土壌観,日本農書全集月報14,3∼6,農山漁村
文化協会(1996)
29) 佐藤信淵:培養秘録,日本農書全集69巻,153∼391,農山漁村文化協会
(1996)
30) 大蔵永常:農稼肥培論,日本農書全集69巻,25∼137,農山漁村文化協会
(1996)
31) 徳永光俊:近世農書における学芸̶農の仕組みを解く,日本農書全集69巻,
3∼23,農山漁村文化協会(1996)
32) 徳永光俊:大蔵永常「農稼肥培論」解題,日本農書全集69巻,138∼151,
農山漁村文化協会(1996)
33) 東京肥料史,1∼47(1945)
34) 宮崎安貞:農業全書,岩波文庫版,22頁(1939)
35) 戸谷敏之:明治前期に於ける肥料技術の発達,日本常民文化研究所ノート
第28,日本常民文化研究所(1943)
36) 三好正喜,祖田修訳:H. ハウスホーファー著:近代ドイツ農業史,26頁
(1973)
37) 川崎一郎:日本における肥料及び肥料知識の源流,55∼91,刊行会刊行
(1973)
38) 吉田武彦訳:リービヒ「化学の農業および生理学への応用」,361∼403,北
大出版会(2007)
39) 三好正喜,祖田修訳:H. ハウスホーファー著:近代ドイツ農業史,25∼26
頁(1973)
40) 戸谷敏之:明治前期に於ける肥料技術の発達,日本常民文化研究所ノート
第28,1∼5,日本常民文化研究所(1943)
41) 大西伍一:日本老農伝,525頁,農山漁村文化協会(1985)
42) 熊澤喜久雄:リービヒと日本の農学―リービヒ生誕200年に際して―,肥料
科学,第25号,1∼60(2003)
43) 川井一之:近代農学の黎明,201∼202,明文書房(1977)
44) 津野幸人:農学の思想―技術論の原点を問う―,10頁,農山漁村文化協会
(1975)
45) C. FELLER, L. J.-M. THURIÈS, R. J. MANLAY & E. FROSSARD : The principles
( 138 )
テーアの「合理的農業の原理」における土壌・肥料
of rational agriculture by Albrecht Daniel T HAER(1752-1828). An
approach to sustainability of cropping systems at the beginning of the
19th century,
. 166, 687∼698(2003)
46) エンゲルス編・向坂逸郎訳:カール・マルクス「資本論」
,岩波文庫,第三
巻第四分冊,65∼66,岩波書店(1954)
47) ゲラシーモフ著・菅野一郎訳:土壌地理学の基礎(上)
,346,築地書館
(1963)
48) エンゲルス編・向坂逸郎訳:カール・マルクス「資本論」
,岩波文庫,第一
巻第三分冊,331,岩波書店(1950)
49) エンゲルス編・向坂逸郎訳:カール・マルクス「資本論」
,岩波文庫,第一
巻第三分冊,332,岩波書店(1950)