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ISSN 1349-4856 C O D E N : T C I M C V
2 0 1 3 .1
156
目次
2
化 学 よもやま話 身 近 な 元 素 の 話
- 重水素
佐藤 健太郎
6
サイエンス < 冬 季 > セミナ ー
- カルボニル・オレフィン化 反 応(1)
東京農工大学 大学院 工学研究院 教授
武田 猛
12
ミニコラム:試 薬 の 変 わった 使 い 方
- アセトンシアンヒドリンを用いた光延反応
東京化成工業株式会社
田口 晴彦
15
製品紹介
- [3+2] 環化反応に有用な不斉有機配位子
- 2 ' - O-メチルリボヌクレオシド: RN Aバイオケミストリー&バイオサイエンスの基 本 試 薬
- 光 反 応 性ジアジリンを含むクロスリンカー - 新しいパラダサイクル触 媒 前 駆 体 - 二 光 子 励 起で放出制 御 可 能な一 酸 化 窒 素 供 与 剤
- 骨再吸収抑制剤 - ピルフェニドン:特 異 的な抗 線 維 化 剤・抗 炎 症 剤
2013.1 No.156
~身近な元素の話~
重水素
佐藤 健太郎
元素記号を持つ同位体
元素を新たに見つけ,命名することは,科学者の最大の夢のひとつだ。何しろ自分の名づけた元
素名が子々孫々にわたって使われていくことになるのだから,これはノーベル賞以上の栄誉といっ
てもよいだろう。史上,100 少々しかないその座をめぐって争いは繰り返され,多くの混乱が巻き
起こされてきた。いったん命名がなされたものの,後に間違いとわかって周期表から消された「幻
の元素」の数は,本物の元素に匹敵するともいわれる。
同じ元素の同位体が異なる元素と誤認され,別の名称を付けられたケースも少なくない。たとえ
ばトリウム 227 は当初ラジオアクチニウム(radioactinium),トリウム 230 はイオニウム(ionium)
という名が付けられ,元素記号も与えられていた。こうした混乱は徐々に修正,整理されていった
が,独立した名前と元素記号を持った同位体が,今でも二つだけ生き残っている。重水素(deuterium,
元素記号 D)と,三重水素(tritium,元素記号 T)がそれだ。
これら二つの名前が生き残ったのは,軽水素(元素記号 H)とは化学的・物理的性質が少々異な
ること,そしてそれを生かした用途が拓かれていることが大きい。ご存知の通り,同じ元素の同位
体の間では,基本的に化学的性質はほぼ同等だ。しかし最小の元素である水素では,中性子の存在
が大きく影響し,化学的性質にも目に見える相違が出てくるのだ。
重水素が発見されたのは,1932 年のことだ。ハロルド・ユーリー(放電によって原始大気からア
ミノ酸ができることを示した,ユーリー=ミラーの実験でも有名)は,液体水素を少しずつ蒸発さ
せ,沸点のわずかな差を利用して,重水素を濃縮することに成功した。わずか 2 年後の 1934 年には,
早くもノーベル化学賞がユーリーに与えられているから,この発見がいかに高く評価されたかわか
る。
原子力と重水素
発見された重水素の大きな用途は原子力開発だった。ウランなどの核分裂が連鎖的に続くために
は,飛び出してくる中性子を適当な速度に減速してやる必要がある。重水素は,この減速材として
ぴったりの性質を持っていたのだ。現在でも重水を減速材として用いる原子炉は,カナダなどで用
いられている。
重水素はまた,核融合の好適な材料ともなり,水爆開発にも用いられた。重水素と三重水素は最
も低温(といっても 1 億度)で核融合を起こす組み合わせであり,核融合炉の「燃料」として最も
有望視されている。しかし実用化に向けて解決すべき問題はあまりに多く,研究開始から数十年を
経た現在も,核融合はいまだ「未来のエネルギー源」であり続けている。
2
2013.1 No.156
1989 年には,「常温核融合」という騒動もあった。パラジウムの電極を用いて重水を電気分解す
ると,異常な発熱と放射線の発生が観測され,その原因は重水素の核融合によるものだと主張され
たのだ。今まで巨大な機器と超高温を必要とした核融合が,ごく簡単な装置で常温常圧下に実現で
きるというのだから,これが本当であればエネルギー利用の革命が起きる。発見者の名を取って「フ
ライシュマン - ポンズ効果」と名づけられたこの現象は,物理学界のみならず産業界・政府まで巻
き込んだ一大センセーションとなった。
しかしその後,多くの科学者たちの追試の努力にもかかわらず,フライシュマン - ポンズ効果は
再現しなかった。放射線量もバックグラウンドとほとんど変わらず,核融合が起きているという主
張を裏付けるにはほど遠いものだった。今も研究は一部で続いているが,信頼できる査読つき学術
誌に掲載された論文はごく少なく,最大限ひいき目に見ても,今のところ未来のエネルギー源とし
て利用できそうな気配はない。何とも人騒がせな話ではあった。
重溶媒
有機化学者にとって最も身近な重水素の用途は,恐らく NMR の重溶媒だろう。合成・単離した
試料を,重水素化されたクロロホルムや DMSO,水などに溶解して測定する作業は,有機化学の研
究者にとって日常的なルーチンワークだ。今や重溶媒を抜きにした研究は考えられないといっても
いいだろう。
ところで,その重溶媒の合成法はどうなっているのだろうか。水の電気分解を行うと,軽水素が
先に反応してゆき,重水素を選択的に濃縮できる。現在ではこの手法で重水の生産が行われている。
古い文献によれば,重水素はヘキサクロロアセトンと重水の反応によって合成できるとされる。
またアセトンを塩基性の重水中で撹拌することで H-D 交換が起こり,重アセトンが得られるとして
いる。恐らく同様の反応で,重 DMSO も合成可能であろう。現在もこの方法で製造されている―
―かどうか調べてみたかったが,やはり企業秘密になっているようだ。ともかく,かつては苦労し
て各自が調製していた重溶媒が,高品質かつ手軽に入手できるようになったのは実にありがたいこ
とだ。
重水素と生命
重水素は,生命にはどう影響するのだろうか?たとえば重水だけで動物を育てたら何か障害は起
きるのか,それとも見た目より体重が 1 割ほど重たいだけの普通の生き物ができるのだろうか。あ
る報告によれば,重水を動物に投与すると,体液の 10 ∼ 20%が重水になった段階で筋力低下など
の障害が起こり,30 ∼ 40%で死に至るという。重水素は通常の水素と若干反応性が異なり,たと
えば一般に C-D 単結合は C-H に比べて 6 ∼ 10 倍ほど反応が遅いとされる。この「重水素効果」が
体内の各種反応を狂わせ,毒性として現れるのだろう。電気分解で重水を分離できるのも,この効
果によるものだ。
重水素の用途は近年広がりを見せている。重水素で標識した化合物は,質量分析などで検出が容
易であるため,生合成経路の研究や,医薬品の体内動態追跡に威力を発揮する。放射性の三重水素
より感度は劣るが,安価かつ取り扱いが容易(放射性同位体用の設備を必要としない)であるため,
近年こちらが主流となっている。
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2013.1 No.156
ただし注意すべきは,先述の重水素効果の問題だ。医薬品が肝臓で代謝を受ける際,C-H 結合が
切断されて酸化されるケースは多いが,この位置に標識として重水素を導入すると,通常の医薬分
子とは異なる挙動を示すことがありうる。
この現象を逆手に取り,医薬分子に重水素を導入することで,体内での安定性を高めて薬の効き
方を改善するというアイディアが出された。この手法で既存の医薬に重水素を導入し,片端から特
許申請を行ったベンチャー企業が現れたため,製薬業界は慌てた。これが全て認められるなら,各
社の医薬品の莫大な売り上げが,根こそぎこの企業に持っていかれることになりかねないからだ。
CD3
O
D3C
N
CD3
OH
重水素化医薬の例 抗うつ剤ベンラファキシン
ただしその後,単に既存医薬を重水素化しただけでは,特許の要件である「進歩性」がないとして,
ほとんどの特許は認可されていないようだ。だがこのアイディアはその後ドラッグデザイン手法の
一つとして認められ,代謝を防ぐために重水素が導入された医薬候補化合物は増加しつつある。
また近年では,有機 EL の発光層材料に重水素を導入することで,発光効率の上昇,耐久性の向
上などを実現した例も出てきている。もちろん重水素のコストは問題だが,こうした高付加価値化
合物であれば,ペイする可能性は十分出てくるだろう。水素であって水素でない,この不思議な「元
素」の存在は科学者にとっていわば「盲点」であり,それだけにまだ多くの可能性を秘めていると
いえそうだ。
執筆者紹介
佐藤 健太郎 (Kentaro Sato) [ ご経歴 ] 1970 年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,
ホ ー ム ペ ー ジ「 有 機 化 学 美 術 館 」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html, ブ ロ グ 版 は http://blog.livedoor.jp/
route408/)を開設,化学に関する情報を発信してきた。東京大学大学院理学系研究科特任助教(広報担当)を経て,現在は
サイエンスライターとして活動中。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社),「医薬品クライシス」(新潮社),「『ゼ
ロリスク社会』の罠」(光文社)など。
[ ご専門 ] 有機化学
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用語解説
重水素と三重水素
p.2 化学よもやま話「重水素」
重水素は,陽子と中性子がそれぞれ 1 つずつ集まった原子核と,その外周に 1 つの電子を持った状態の原子
を指します。三重水素とは,1 つの陽子と 2 つの中性子からなる原子核を持ち,その周りに 1 つの電子を持っ
た状態の原子を指します。
核融合
p.2 化学よもやま話「重水素」
2 つの軽い原子核が融合して,より重い原子核に変化する現象を指します。例えば重水素と三重水素が核融
合すると,ヘリウムと中性子に変化します。
核融合のもっとも身近な例として太陽があります。太陽の中心部では,4 つの水素原子が核融合によりヘリ
ウム原子に変換されています。このときに膨大なエネルギーを放出しています。では核融合によってどのくらい
のエネルギーが放出されるのでしょうか?
水素の原子量は 1.008 であるのに対し,ヘリウムの原子量は 4.003 です。原子量 1.008 の水素原子が 4
つ集まると,計算上は 4.032 となりますが,実際のヘリウムの原子量は 4.003 と 0.029 だけ少ないことが
わかります。実はこの差がエネルギーとして放出されているのです。アインシュタインの E = mc2 の式に当て
はめて,そのエネルギー量を求めると,水素原子 1kg を核融合させた場合,およそ 7.2g 相当の重量差が生じ
ます。これに相当するエネルギー量は・・・およそ 6.48 × 1014J(下図の計算式を参照)
とてつもなく膨大なエネルギーが放出されることが分かります。さて,ここで面白いことが起こっていること
にお気づきでしょうか。太陽が核融合すると “ 少し軽くなる ” ということです。まるで太陽がカロリー消費して
ダイエットしているようにも見えますね。
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サイエンス〈冬季〉セミナー
カルボニル・オレフィン化反応(1)
東京農工大学 大学院 工学研究院 教授 武田 猛
1. はじめに
1953 年に Wittig はリンイリド 1 とカルボニル化合物の反応によりオレフィンが生成することを報
告した 1) 。Wittig 反応 2) として知られるこの反応によれば,カルボニル基の C=O 結合の位置に常に
C=C 結合が形成され,他のアルケンの位置異性体は生成しない。Wittig 反応の発見以来,カルボニル
化合物の炭素−酸素二重結合を,その位置で炭素−炭素二重結合に変換するこの反応(カルボニル・
オレフィン化反応)については,有機合成における主要な炭素骨格構築法の一つとして多くの研究が
行われてきた。その結果,Wittig 反応と同様に有機リン化合物を利用する Horner–Wadworth–Emmons
反応 3) ,有機硫黄化合物を利用する二つの Julia 反応(Julia–Lythgoe 反応と Julia–Kocienski 反応:コラ
ム参照)4) ,有機ケイ素化合物を利用する Peterson 反応 5) など,様々な反応がこの目的のために開発
された(Scheme 1)。これらの反応はそれぞれ特徴的な反応性や選択性を示し,合成の標的化合物の
構造に応じて広く有機合成に利用されている。
一方,既に多くの研究が行われているにもかかわらず,カルボニル・オレフィン化には,様々な未
解決の課題が残されている。本稿ではこれら課題の幾つかについて,
我々の研究の成果と共に紹介する。
R4
R3
PR3 1
Wittig reaction
R4
R3
O
R1
POR2
4
R
R2
R3
SO2Ar
(Na/Hg)
Horner-Wadsworth-Emmons reaction
R1
R4
R2
R3
Julia reaction
R4
R3
SiR3
Peterson reaction
Scheme 1
2.四置換オレフィン
Wittig 反応や Horner–Wadsworth–Emmons 反応に残された大きな課題の一つは,多置換オレフィン合
成への応用が困難なことである。1972 年に Barton はアジンを経由する四置換オレフィンの多段階合
6
2013.1 No.156
成法を報告しているが(Scheme 2)6) ,この論文の中で「オレフィンを生成する反応は立体障害の影
響を大きく受ける。Wittig 反応は二置換オレフィンの合成には広く使われているが,三置換オレフィ
ンの場合には収率が低く,四置換オレフィンの場合には一般に極めて低い(しばしば報告されていな
い)」と記述している。
O
H2N NH2
2
H2S
N
N
74%
100%
HN
HN
Pb(OAc)4
S
N
N
99%
P(OEt)3
S
75%
Scheme 2
また Julia–Lythgoe 反応によるケトンの三置換オレフィンへの変換も通常の反応条件では困難であ
り,第二段階である還元を SmI2 で行う改良法により達成されている(Scheme 3)7) 。さらに困難
であるケトンの四置換オレフィンへの変換に Julia 反応を利用した例は知られていないようである。
Peterson 反応による四置換オレフィンの合成については立体障害が小さいアルキリデン基が置換した
環状化合物の合成例などが報告されているが,三置換オレフィンの合成に比べると収率が大幅に低下
する(Scheme 4)8) 。
1) Hex
O
OCOPh
Hex
SO2Ph / BuLi
Ph
Ph
2) PhCOCl
81%
SmI2
Hex
Ph
SO2Ph
72% E:Z = ca. 2:1
Scheme 3
O
O
O
Ph
SiMe3 / LDA
O
R
R
R = H 89%
O
Ph
R = Me 50%
Scheme 4
嵩高い置換基を持つ四置換オレフィンを合成する最も有力な手段は,おそらく低原子価チタン化合
物によるケトンの還元二量化反応(McMurry カップリング)9) だろう。tert-ブチル基が四つ置換した
エチレンの合成は報告されていないが,イソプロピル基などが置換したオレフィンの合成が行われて
いる(Scheme 510),6
11))
。しかし,一方のケトンを過剰量使用しても非対称オレフィンの選択的な
合成が難しい(Scheme 7)12) など,McMurry カップリングには制約が多く,ケトンを多置換オレフィ
ンに変換する新しいカルボニル・オレフィン化反応が求められている。
TiCl3-LiAlH4
TiCl3(DME)1.5-Zn/Cu
2
2
O
O
87%
13%
Scheme 5
Scheme 6
O
O
(4 equiv)
+
TiCl3 / Li
Scheme 7
+
50%
26%
7
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3.カルボン酸誘導体のオレフィン化
カルボニル・オレフィン化によるカルボン酸誘導体のヘテロ原子置換オレフィンへの直接的な変換
についても多くの研究が行われているが,この変換にもまた様々な制約が残されている。アルデヒド
やケトンのオレフィン化とは異なり,Wittig 反応をエステルなどカルボン酸誘導体のカルボニル・オ
レフィン化に適用することは,アシル化が優先するため一般には困難と考えられている。しかし実際
には,下の例に示すように,アシル化(Scheme 8) 13) とオレフィン化(Scheme 9)14) のいずれが優
先するかは基質の構造に依存しており,ある場合には合成的に十分な収率でヘテロ原子置換オレフィ
ンが得られる。Scheme 9 に示した反応では環構造の形成に有利な立体配座とともに,共役系の生成
がオレフィン化を優先させているものと考えられる。
O
O
O
Ph3P
OEt
PPh3
84%
O
PPh3
O
O
O
O
60%
Scheme 8
OMe
O
OMe
Scheme 9
さらに幾つかの反応例を下に示したが(Scheme 1015),1116),1217),1318)),カルボニル・オレフィ
ン化が選択的に進行するのはギ酸エステルや電子求引性のペルフルオロアルキル基やアシル基が置換
したカルボン酸誘導体などに限られる。これらの反応は Non-classical Wittig 反応 19) と呼ばれ,最後の
例に示すように複素環の合成にはしばしば利用されている。
O
AcO
O
O
O
O
PPh3
OAc
AcO
65%
OAc
CF3
O
OAc
O
O
CF3
Ph
O
OAc
O
S
Ph3P
CO2Me
N
CO2Bn
67%
O
Ph
65%
Scheme 10
PhOCH2CONH
PPh3
Scheme 11
PhOCH2CONH
MeO2C
S
PPh3
E:Z = 1:1
NHOBn
O
N
CO2Bn
S
NHOBn
Scheme 12
86%
S
Scheme 13
McMurry カップリングは通常アルデヒドやケトンの還元的二量化に用いられるが,エステルやアミ
ドを用いた反応も知られている。分子間反応によるエノールエーテルなどのヘテロ原子置換オレフィ
ンの合成例は限られているものの(Scheme 1420),1521)),カルボン酸誘導体の分子内 McMurry カッ
プリングはベンゾフラン(Scheme 16)22) やインドール(Scheme 17)23) などの合成に有用であり,
アルカロイドなど天然有機化合物の全合成にもしばしば用いられている。
8
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O
OEt
O
OEt
TiCl3-LiAlH4, Et3N
+
SBu-t
60%
t-BuS
Scheme 14
O
NEt2
+
MeO
MeO
O
Ph
Ph
Sm-SmI2
Ph
Ph
75%
NEt2
Scheme 15
O
O
MeO
H
O
O
TiCl3-C8K
89%
MeO
Ph
NH
O
OMe
O
TiCl3-C8K
MeO
86%
MeO
Ph
OMe
Scheme 16
OMe
N
H
OMe
Scheme 17
カルボン酸誘導体をヘテロ原子置換オレフィンに変換する方法としては gem- 二臭化物と TiCl4 −
Zn − TMEDA から生成する有機金属種を用いる反応(Scheme 18)24) や,gem- 二亜鉛化合物を用い
る反応(Scheme 19)25) なども知られている 26) 。
Br
O
Ph
Br
OMe
/ Zn / TiCl 4
TMEDA
Scheme 18
MeO
Ph
61% E:Z = 10:90
CH2(ZnI)2
O
OPr-i
β-TiCl3 / TMEDA
OPr-i
90%
Scheme 19
このように,カルボン酸誘導体のカルボニル・オレフィン化には様々な試薬が用いられているが,
この変換に使用される最も一般的な試薬となりうるのはチタン−カルベン錯体であろう。1978 年に
Tebbe 試薬 2 から生成するチタン−メチリデン錯体 3 がカルボニル化合物をメチリデン化することが
見出されて以来 27) ,Pine,Grubbs,Petasis をはじめ多くの研究者によりチタン−カルベン錯体を利用
するカルボニル・オレフィン化が研究されてきた 28) 。メチリデン錯体 3 は最も汎用されるカルボン
酸誘導体のメチリデン化試薬であり,Scheme 20 に示した反応 29) をはじめ,多くの反応例が知られ
ている。ビス (トリメチルシリルメチル) チタノセン 4 から生成する 5(Scheme 21)30) のようなアル
キリデン錯体も様々なヘテロ原子置換オレフィンの合成に役立つ。しかし,このようなジアルキルチ
タノセンの α 脱離によるアルキリデン錯体の調製法には,β 位に水素を持つアルキリデン錯体が調製
できないという大きな制約がある。
9
2013.1 No.156
O
TiCp2 CH2 3
OEt
O
TiCp2
Cl
AlMe2
OEt
81%
2
Scheme 20
Cp2Ti
O
O
SiMe3
5
SiMe3
Cp2Ti
SiMe3 4
O
SiMe3
67% E:Z = 2.5:1
Scheme 21
私たちはこれらのカルボニル・オレフィン化に用いられている従来法の問題点を解決するため,チ
オアセタールの二価チタノセンによる脱硫的チタン化により生成する様々なチタン−カルベン錯体を
利用する新しいカルボニル・オレフィン化反応について研究を行っている。次回はこれらの反応につ
いて紹介する。
引用文献
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2013.1 No.156
二つの “Julia” 反応
名前も使用する試薬も類似しているが,二つの Julia 反応の経路は全く異なっている。1973 年に Marc
Julia と Jean-Marc Paris は α- リチオスルホン 1 を利用するカルボニル・オレフィン化反応を報告した 1)。
後に Lythgoe,Kocienski らにより詳細な研究が行われたこの ”Julia” 反応は Julia–Lythgoe 反応とも呼
ばれ,一つのフラスコの中で全ての変換が行われるものの,本質的に 1 のカルボニル化合物への付加による
β- アセトキシスルホン 2 の生成と,その還元的脱離の二段階からなっている。一方,Sylvestre Julia らに
より 1991 年に報告され 2),その後 Kocienski らにより多くの研究が行われたもう一つの ”Julia” 反応は
Julia–Kocienski 反応といい,スルホンの α- アニオンの付加に引き続く付加体 3 の Smiles 転位と二酸化
硫黄,アリロキシ基の脱離によりオレフィンを与える。
Julia-Lythgoe reaction
O
R1
PhSO2
3
R4
R
R1
R2
R3
PhO2S
1
R4
AcCl
R1
O
R2
R3
PhO2S
2
R2
Na(Hg)
R4
OAc
R1
R3
R2
R4
Julia-Kocienski reaction
O
R1
ArSO2
3
R
R4
R3
ArO2S
R1
R2
R2
1
-
R3
O2S
R4
1
R
2
R
OAr
- SO2, ArO-
R4
O
3
R1
R3
2
R4
R
Smiles rearrangement
Ar =
N
N
,
S ,
N N
N N
R
1) M. Julia, J.-M. Paris, Tetrahedron Lett. 1973, 4833.
2) J. B. Baudin, G. Hareau, S. A. Julia, O. Ruel, Tetrahedron Lett. 1991, 32, 1175.
執筆者紹介
武田 猛 (Takeshi Takeda) 東京農工大学 大学院 工学研究院 教授
[ご経歴] 1977 年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了 , 1977 年 東京大学理学部助手 , 1980 年 カリフォルニ
ア大学ロサンゼルス校博士研究員,1981 年 東京農工大学工学部助教授,1994 年 東京農工大学工学部教授 , 1996 年より
現職。
1987 年 有機合成化学協会奨励賞,2004 年 日本化学会学術賞受賞。
[ご専門] 有機化学,有機金属化学,有機合成化学
11
2013.1 No.156
ミニコラム: 試薬の変わった使い方
アセトンシアンヒドリンを用いた光延反応
東京化成工業株式会社 田口
晴彦
アセトンシアンヒドリンを用いた有機反応
前回より連載開始した試薬の変わった使い方を紹介するコーナーですが,第二回目は古くからシ
アノ化剤として用いられているアセトンシアンヒドリンに注目したいと思います。このアセトンシ
アンヒドリンですが,古くから用いられているためか,用途も多岐にわたっています 1)。一般的な
用途としては,アルデヒド,ケトンからのシアノヒドリンの合成や,さらにアンモニア共存化では
アミノ酸を化学合成する Strecker 反応,α, β‐不飽和化合物への付加反応などが挙げられます。一方,
シアノ基の供給源としてハロゲン化アルキルとの置換反応も報告されています。さらに工業的には
メタクリル樹脂の合成中間体にも用いられているようです。
このようにアセトンシアンヒドリン,用途はいっぱいありますが,シアノ化剤としてみた場合,
地味な存在であることは否定できません。有機合成をする上でシアノ基導入試薬といえば,やはり
シアン化ナトリウムやシアン化カリウムが真っ先に思い浮かぶことでしょう。そこでまずは,これ
ら試薬を用いたアルカンニトリル合成の特徴について触れたいと思います。
二級アルカンニトリルの効率的な合成法
ニトリル合成は有機化学の教科書でもよく紹介されており,比較的簡単なイメージがあるのでは
ないでしょうか?私も学生の頃,ニトリル合成は,シアン化物イオンの扱いさえ気をつければ楽チ
ン∼♪と思っていました。ところが・・・いざやってみると,これがなかなか奥深いものでした。
結果,シアン化物イオン廃液を大量に出して散々な結果でした。
確かにハロゲン化アルキルにシアン化物イオンを作用させると,アルカンニトリルが生成します。
ただ,これは一級のハロゲン化アルキルには広く適用できますが,二級ハロゲン化アルキルになる
と,基質によっては大きく収率は低下してしまいます。求核性の性質と塩基性の性質が両方いっぺ
んに出てしまい,思うように求核置換反応が進まないためです。三級のハロゲン化アルキルは言う
に及びません。このシアン化物イオンを用いるアルキル化反応,実は求核性と塩基性の性質を,身
をもって体験できる反応でもあったのです。
では二級のアルカンニトリルは,どのようにしたら効率よく合成できるでしょう。実験の本では
一級のアルカンニトリルを液化アンモニア中,ナトリウムアミドを用いて α‐カルバニオンを発生
させる方法が広く紹介されています。ただ,この方法,液化アンモニアを調製するのでひと苦労。
少し気が引けてしまいますね。そこで,アルカンニトリルの α‐水素の pK a に着目すると,一般に
はおよそ 25 とあります。ということは LDA などの塩基を用いれば容易に脱プロトンできます。
12
2013.1 No.156
ここにハロゲン化アルキルを加えれば二級のアルカンニトリルが得られるだろう。誰もがそう思
うでしょうが,いざこの反応をしてみると,得られてくるのはアルキル基が 2 つ入った三級のアル
カンニトリルばかりです。どうしても二級のアルカンニトリルが得られません。どうもアルキル基
が導入されると,α‐水素の酸性度が向上するのか,アルキル化をうまく制御できないみたいです。
逆にいうと,三級アルカンニトリルの効率良い合成法である,とも言えます。
結局,二級のアルカンニトリルを効率よく得る方法,それはシアノ酢酸エステルをマロン酸エス
テル法と同じ要領でジアルキル化するのが一番確実なようです。ただ,この方法もひと工夫必要
で,アルキル化の後,シアノ酢酸エステルの脱炭酸をアルカリ加水分解してから行うと,条件にも
よりますが,シアノ基も一部加水分解されてしまいます。気にせずこのまま脱炭酸すれば二級のア
ルカンニトリルが得られますが,スマートではありません。ここはひとつアルカリ加水分解せず,
Krapcho の脱炭酸 2) により二級のアルカンニトリルを得るのが最適な方法といえるでしょう。
シアノ基は官能基変換しやすい官能基であることから,有機合成ではよく用いられます。しかし
合成となるといろいろ苦労を伴うこともある,気難しい化合物なのです。
アセトンシアンヒドリンを光延反応に活用してみる
さて,今回注目するアセトンシアンヒドリンに話を戻すと,この試薬,反応形式的にはシアン化
水素と同じように扱えるのが大きな特徴です。ここでシアン化水素の pK a の値がおよそ 9.1 である
ことに着目すると,光延反応の反応基質としての活用が考えられます。当然シアン化水素は簡単に
扱えないので別の方法を模索するのですが,このような目的にアセトンシアンヒドリンがちょうど
合致するのです。文献などを調べると,角田試薬で有名な角田先生がその反応性について詳細に検
討していました 3)。その文献によると,二級アルコールまでなら条件次第で良い収率でシアノ基を
導入することができるようです。
CH3
HO
OH
R1
R2
CN
CH3
Mitsunobu Reagent
CN
R
1
R2
このアセトンシアンヒドリンを用いた光延反応,さらに詳細に文献調査していくと,医薬品メー
カーが原薬の合成を行うのに多用していることがわかります。反応の確実性と,温和な条件下で反
応が進行する特徴が,医薬品の合成手法にみごとにマッチしたのでしょう。
弊社では,光延反応に活用できる試薬を多数取り えております。特に角田試薬は酸性度の低い
ブロンステッド酸にも適用でき,活用範囲は広いものです。アセトンシアンヒドリンを用いた光延
反応は,非常に魅力的な反応です。ぜひシアノ基の導入にご活用ください。
引用文献
1) S. A. Haroutounian, in Encyclopedia of Reagents for Organic Synthesis, ‘Acetone Cyanohydrin’ 2001, 28.
2) a) A. P. Krapcho, Synthesis 1982, 805. b) A. P. Krapcho, Synthesis 1982, 893.
3) T. Tsunoda, K. Uemoto, C. Nagino, M. Kawamura, H. Kaku, S. Ito, Tetrahedron Lett. 1999, 40, 7355.
関連製品
M0361
C1500
A0705
A1458
T0519
T0361
Acetone Cyanohydrin
25mL 2,400 円 500mL 8,600 円
Cyanomethylenetributylphosphorane
1g 12,900 円
5g 38,900 円
25g 110,900 円
Diethyl Azodicarboxylate (40% in Toluene, ca. 2.2 mol/L)
25g 5,200 円 250g 30,000 円
1,1'-Azobis(N,N-dimethylformamide)
1g 9,600 円
5g 28,800 円
Triphenylphosphine
25g 1,800 円 500g 8,300 円
Tributylphosphine
25mL 3,400 円 500mL 22,700 円
13
2013.1 No.156
用語解説
Strecker 反応
p.12 試薬の変わった使い方「アセトンシアンヒドリンを用いた光延反応」
α - アミノ酸の合成法として古くから用いられている合成法の一つであり,汎用性の高い合成として知られて
います。アルデヒドまたはケトンに,アンモニアあるいは塩化アンモニウム存在下,シアン化水素を反応させる
ことで得られる α - アミノニトリルを,そのまま加水分解することで α - アミノ酸に変換します。シアン化水素
の代わりとして,アセトンシアンヒドリン,シアン化カリウムやシアン化ナトリウム,トリメチルシリルシアニ
ドも使われています。
Strecker Reaction
O
R1
O
H2N OH
NH3 or NH4Cl
R1
R2
H2N CN
CN source
R1
R2
R2
H+ or OH-
H2N
hydrolysis
α-aminonitrile
OH
R1 R 2
α-amino acid
CN source : HCN, (CH3)2C(OH)(CN), NaCN, KCN, TMSCN
Krapcho 反応
p.13 試薬の変わった使い方「アセトンシアンヒドリンを用いた光延反応」
Krapcho 反応はマロン酸エステルやアセト酢酸エステル,シアノ酢酸エステルなど,β - 位に電子吸引性基を
持つカルボン酸エステルを,加水分解せずに直接脱炭酸する反応を指します。溶媒として DMSO や DMSO- 水
混合溶媒が良く用いられます。また食塩,塩化リチウム,シアン化カリウム,シアン化ナトリウムなどを添加す
ることで脱炭酸がよりスムーズに進むようになります。1982 年の Synthesis 誌において,Krapcho 先生が
その具体的な使用例を数多く紹介しています 1)。
Krapcho Reaction (Krapcho's Decarboxylation)
O
EWG
O
R1
MX
R3
EWG
DMSO-H2O
R1 R2
M+
MX
+
14
+
R3 X
EWG : ester, acyl, cyano
O
R3
MX : NaCl, LiCl, KCN, NaCN etc.
R 1 R2
1)
CO2
X-
O
EWG
R2
a) A. P. Krapcho, Synthesis 1982, 805. b) A. P. Krapcho, Synthesis 1982, 893.
2013.1 No.156
[3+2] 環化反応に有用な不斉有機配位子 /
Useful Asymmetric Organoligands for [3+2] Cycloaddition
D4168 IAP (= 2,4-Dibromo-6-[[[[(4S,5S)-4,5-dihydro-4,5-diphenyl-1-tosyl-1H-imidazol50mg 13,400 円
2-yl]methyl][(S)-1-phenylethyl]amino]methyl]phenol) (1)
B3934 PyBidine (=2,6-Bis[(2R,4S,5S)-1-benzyl-4,5-diphenylimidazolidin-2-yl]pyridine)
50mg 9,800 円
(2)
IAP(1)および PyBidine(2)は荒井らにより開発された不斉有機配位子です。1 は独自の円偏
光二色性(CD)検出 1) による不斉誘起の迅速解析システムにより導き出された不斉有機配位子で
す 2)。2 はイミダゾリジン部位を有する不斉有機配位子です 3)。一般的な N - 複素環配位子であるイ
ミダゾリンは高い平面性を有するのに対し,2 は sp3 炭素をもつイミダゾリジンに置き換わってい
るため,3次元的により高い不斉環境を与えます。
O
N
S
N
O
Br
N
CH3
N
OH
N
N
HN
NH
CH3
Br
IAP (1)
PyBidine (2)
1 の銅 (I) 錯体は,不斉 Henry 反応や不斉 Friedel-Crafts アルキル化反応において,高い不斉収率
で目的物を与えます 2)。一方,2 と銅 (II) 錯体の組み合わせでは,不斉 Mannich 反応が進行します 4)。
さらに,1 のニッケル (II) 錯体 5),あるいは 2 の銅 (II) 錯体 3) を用いたイミノエステルとアルケンの
[3+2] 付加環化反応では,高い不斉収率でピロリジン環が形成されます。この反応では 1 を用いた
ときは exo' 体が,2 を用いた場合は endo 体が高選択的に得られます。
1 [D4168] (11 mol%)
R1
O2N
+
R2
N
R4
+
R5
N
K2CO3
acetonitrile
−10 °C
2 [D3934] (5.5 mol%)
R6
R3
O2N
COOCH3
Cu(OTf) 2 (5 mol%)
COOCH3
R1
O2N
Ni(OAc)2 (10 mol%)
Cs2CO3
dioxane
rt
R2
N
H
COOCH3
highly exo'-selective
R4
R3
O2N
R5
R6
N
H
COOCH3
highly endo-selective
文献
1) Direct monitoring of the asymmetric induction of solid-phase catalysis using circular dichroism: diamine–
CuI-catalyzed asymmetric Henry reaction
T. Arai, M. Watanabe, A. Fujiwara, N. Yokoyama, A. Yanagisawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 5978.
2) A library of chiral imidazoline–aminophenol ligands: discovery of an efficient reaction sphere
T. Arai, N. Yokoyama, A. Yanagisawa, Chem. Eur. J. 2008, 14, 2052.
3) Chiral bis(imidazolidine)pyridine–Cu(OTf)2: catalytic asymmetric endo-selective [3+2] cycloaddition of imino
esters with nitroalkenes
T. Arai, A. Mishiro, N. Yokoyama, K. Suzuki, H. Sato, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 5338.
4) syn-Selective asymmetric Mannich reaction of sulfonyl imines with iminoesters catalyzed by the N,N,Ntridentate bis(imidazolidine)pyridine (PyBidine)–Cu(OTf)2 complex
T. Arai, A. Mishiro, E. Matsumura, A. Awata, M. Shirasugi, Chem. Eur. J. 2012, 18, 11219.
5) Catalytic asymmetric exoʼ -selective [3+2] cycloaddition of iminoesters with nitroalkenes
T. Arai, N. Yokoyama, A. Mishiro, H. Sato, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 7895.
15
2013.1 No.156
2'-O - メチルリボヌクレオシド:
RNA バイオケミストリー & バイオサイエンスの基本試薬
M2290
M2291
M2317
M2318
1g 12,000 円 5g
1g
200mg 4,500 円 1g
200mg 11,800 円 1g
2'-O-Methyluridine (1)
2'-O-Methyladenosine (2)
2'-O-Methylcytidine (3)
2'-O-Methylguanosine Hydrate (4)
NH2
O
N
HN
HO
N
O
O
O
OH
1
OCH3
OH
N
N
HO
N
O
OH
NH
N
HO
N
NH2
O
O
OCH3
2
N
O
NH2
N
N
HO
42,000 円
23,100 円
14,500 円
41,200 円
OCH3
3
OH
OCH3
. xH2O
4
2'- O -メチルリボヌクレオシドは RNA の微量成分として知られており,主に 2'- 水酸基をメチル
基で修飾したオリゴリボヌクレオチドの合成に用いられています。これらのオリゴリボヌクレオチ
ドの化学,構造および生物学的挙動に関する研究が盛んに行われています。1980 年代には,オリ
ゴ - 2'-O -メチルリボヌクレオチドと RNA から成る二本鎖 RNA は高い熱安定性とヌクレアーゼ耐性
を持つことで注目されました 1)。
2000 年代に入り,2'- 水酸基をメチル基で修飾した合成 siRNA(small interfering RNA)二本鎖は,
RNA 干渉活性を保ちながら高いヌクレアーゼ耐性を持つことが報告されました 2)。また,2'- 水酸
基をメチル基で修飾した一本鎖 ssRNA(single stranded RNA)と二本鎖の siRNA は免疫活性を抑
制することが報告されています 3)。加えて,2'- O -メチルシチヂン(3)はC型肝炎ウィルス(HCV)
の RNA ポリメラーゼを阻害することが示されています 4)。
文献
1) Synthesis and evaluations of 2'-O-methylribonucleotide-RNA duplexes
a) H. Inoue, Y. Hayase, A. Imura, S. Iwai, K. Miura, E. Ohtsuka, Nucleic Acids Res. 1987, 15, 6131.
b) B. S. Sproat, A. I. Lamond, B. Beijer, P. Neuner, U. Ryder, Nucleic Acids Res. 1989, 17, 3373.
c) E. A. Lesnik, C. J. Guinosso, A. M. Kawasaki, H. Sasmor, M. Zounes, L. L. Cummins, D. J. Ecker, P. D. Cook, S.
M. Freier, Biochemistry 1993, 32, 7832.
2) Resistance of 2'-O-modified siRNA to degradation by nucleases
F. Czauderna, M. Fechtner, S. Dames, H. Aygün, A. Klippel, G. J. Pronk, K. Giese, J. Kaufmann, Nucleic Acids
Res. 2003, 31, 2705.
3) Abrogation of immune activation by 2'-O-methyl-modified ssRNA and siRNA
a) A. D. Judge, G. Bola, A. C. H. Lee, I. MacLachlan, Mol. Ther. 2006, 13, 494.
b) M. Robbins, A. Judge, L. Liang, K. McClintock, E. Yaworski, I. MacLachlan, Mol. Ther. 2007, 15, 1663.
c) M. Sioud, Eur. J. Immunol. 2006, 36, 1222.
4) Inhibition of hepatitis C virus (HCV) RNA replication by 2'-O-metylcytidine
S. S. Carroll, J. E. Tomassini, M. Bosserman, K. Getty, M. W. Stahlhut, A. B. Eldrup, B. Bhat, D. Hall, A. L.
Simcoe, R. LaFemina, C. A. Rutkowski, B. Wolanski, Z. Yang, G. Migliaccio, R. De Francesco, L. C. Kuo, M.
MacCoss, D. B. Olsen, J. Biol. Chem. 2003, 278, 11979.
関連製品
Protective reagent for 5'-hydroxy group of nucleosides
D1612 4,4'-Dimethoxytrityl Chloride
Phosphitylation reagent of nucleosides
C2228 2-Cyanoethyl N,N,N',N'-Tetraisopropylphosphordiamidite
16
5g 4,200 円 25g 12,700 円
1g 7,400 円
5g 22,400 円
2013.1 No.156
光反応性ジアジリンを含むクロスリンカー /
Cross-linkers Containing Photoreactive Diazirine Group
T2818 4-[3-(Trifluoromethyl)-3H-diazirin-3-yl]benzyl Alcohol (1) 200mg 5,900 円 1g 20,700 円
T2819 4-[3-(Trifluoromethyl)-3H-diazirin-3-yl]benzyl Bromide (2) 200mg 9,900 円 1g 34,700 円
200mg 9,900 円 1g 34,700 円
T2820 4-[3-(Trifluoromethyl)-3H-diazirin-3-yl]benzoic Acid (3)
N N
N N
CF3
N N
CF3
CF3
CH2OH
1
N
CF3
N
2
CF3
Ligand
N
N
O
CH2Br
C OH
3
CF3
CF3
Acceptor
Acceptor
UV Light
X
Ligand
Ligand
Ligand
ジアジリンは 360 nm 付近の光を吸収して反応性の高いカルベンを生じ,近傍にある分子と共有
結合を形成します。その共有結合は,光反応性アジドから生じたナイトレンによる共有結合に比べ
て安定です。
例えば,パラ位に官能基を持つフェニルジアジリン誘導体 1 ~ 3 は,官能基を介してリガンドに
結合させておくと,光励起によりジアジリン部位が受容体と共有結合します。これらをペプチドや
糖に組み込んだ光アフィニティーラベル 2) や光アフィニティーマイクロアレイ 3) の研究が報告され
ています。
文献
1) 総説
a) T. Tomohiro, M. Hashimoto, Y. Hatanaka, Chem. Record 2005, 5, 385.
b) M. Hashimoto, Y. Hatanaka, Eur. J. Org. Chem. 2008, 2513.
c) 定金豊 , 薬学雑誌 2007, 127, 1693.
2) Photoaffinity labeling
a) Y. Kashiwayama, T. Tomohiro, K. Narita, M. Suzumura, T. Glumoff, J. K. Hiltunen, P. P. van Veldhoven, Y.
Hatanaka, T. Imanaka, J. Biol. Chem. 2010, 285, 26315.
b) E. W. S. Chan, S. Chattopadhaya, R. C. Panicker, X. Huang, S. Q. Yao, J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 14435.
c) K. Matsuda, M. Ihara, K. Nishimura, D. B. Sattelle, K. Komai, Biosci. Biotechnol. Biochem. 2001, 65, 1534.
d) M. Wiegand, T. K. Lindhorst, Eur. J. Org. Chem. 2006, 4841.
3) Photoaffinity microarray
a) D. M. Dankbar, G. Gauglitz, Anal. Bioanal. Chem. 2006, 386, 1967.
b) S. Wei, J. Wang, D.-J. Guo, Y.-Q. Chen, S.-J. Xiao, Chem. Lett. 2006, 35, 1172.
c) N. Kanoh, S. Kumashiro, S. Simizu, Y. Kondoh, S. Hatakeyama, H. Tashiro, H. Osada, Angew. Chem. Int. Ed.
2003, 42, 5584.
4) Phenyldiazirine synthesis
H. Nakashima, M. Hashimoto, Y. Sadakane, T. Tomohiro, Y. Hatanaka, J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 15092.
17
2013.1 No.156
新しいパラダサイクル触媒前駆体 / New Palladacycle Precatalyst
D4191 Di-μ-chlorobis(2'-amino-1,1'-biphenyl-2-yl-C,N)dipalladium(II) (1) 1g 9,800 円
NH2
Pd
Cl
Cl
Pd
H2N
1 [D4191]
(3–5 mol%)
dippf (6–10 mol%)
K3PO4 (4 eq.)
O
R OMs
+
BF3K
O
R
tert-BuOH/H2O (1:1, v/v)
110 °C
R = Aryl, Heteroaryl
46–92% (R = Aryl)
46–81% (R = Heteroaryl)
ジ-μ-クロロビス(2'-アミノ-1,1'-ビフェニル-2-イル-C ,N )ジパラジウム (II)(1)は,アミノビフェ
ニル基が二価パラジウムに結合したパラダサイクル二量体であり,2 つの塩素原子が架橋した構造
を持ちます 1)。1 はパラジウム触媒前駆体であり,さまざまなホスフィン配位子と組み合わせるこ
とで鈴木-宮浦反応に用いられています 2)。例えば,ベンジルオキシメチルトリフルオロボラート
と芳香族メシル酸エステルの反応では,1,1'- ビス(ジイソプロピルホスフィノ)フェロセン(dippf)
を配位子として用いることでカップリング生成物が良好に得られています 2a)。
文献
1) The cyclopalladation reaction of 2-phenylaniline revisited
J. Albert, J. Granell, J. Zafrilla, M. Font-Bardia, X. Solans, J. Organomet. Chem. 2005, 690, 422.
2) Suzuki–Miyaura cross-coupling using 1 as a palladacycle precatalyst
a) G. A. Molander, F. Beaumard, Org. Lett. 2011, 13, 3948. b) G. A. Molander, S. L. J. Trice, S. M. Kennedy, S.
D. Dreher, M. T. Tudge, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 11667.c) G. A. Molander, S. R. Wisniewski, J. Am. Chem.
Soc. 2012, 134, 16856.
二光子励起で放出制御可能な一酸化窒素供与剤 /
Nitric Oxide Donor Activated by Two-Photon Excitation
D3959 Flu-DNB Monohydrate (= 5-[4-(3,5-Dimethyl-4-nitrostyryl)benzamido]-2-(6-hydroxy5mg 16,500 円
3-oxo-3H-xanthene-9-yl)benzoic Acid Monohydrate) (1)
HO
O
O
C OH
O
O
NH
C
CH3
CH
Flu-DNB (1)
CH
NO2
CH3
Flu-DNB(1)は中川らが開発した二光子励起作動型 NO ドナーです。同一分子内に二光子吸収
部位であるフルオレセインと NO 放出部位である 2,6-ジメチルニトロベンゼン構造を有しており,
720 nm のパルスレーザーを照射することにより二光子励起が起こり,NO が放出されます。1 は遷
移金属を含まず,生体適合性の良い長波長の光を利用できることから,医薬品としての応用も期待
されます。
文献
1) Nitric oxide donors activated by two-photon excitation
a) K. Hishikawa, H. Nakagawa, T. Furuta, K. Fukuhara, H. Tsumoto, T. Suzuki, N. Miyata, J. Am. Chem. Soc.
2009, 131, 7488. b) 菱川和宏 , 中川秀彦 , 宮田直樹 , 薬学雑誌 2011, 131, 317.
18
2013.1 No.156
骨再吸収抑制剤 / Bone Resorption Inhibitors
A2456
D4159
M2289
S0877
5g 7,200 円 25g 23,100 円
Alendronate Sodium Trihydrate (1)
5g 8,200 円 25g 28,800 円
Disodium Etidronate Hydrate (2)
Monosodium Risedronate Hemipentahydrate (3) 100mg 8,900 円 1g 23,100 円
1g 8,000 円 5g 28,000 円
Sodium Ibandronate (4)
O
O
O
O
HO P OH
HO P ONa
HO P OH
HO P ONa
H2N(CH2)3 C OH
CH3
C OH
HO P ONa
HO P ONa
O
O
. 3H2O
1
. xH2O
CH2 C OH
N
HO P ONa
CH3
N CH2CH2 C OH
HO P OH
. 2 1/2H2O
O
2
CH3(CH2)4
3
O
4
ビスホスホネート化合物(1~4)は骨再吸収抑制剤として知られ 1),アレンドロネートやイバン
ドロネート,リセドロネートはファルネシル二リン酸合成酵素(farnesyl diphosphate synthase)
を強く阻害します 1a)。また,イバンドロネートは,in vitro の抗腫瘍効果とその in vivo での役割が
報告されています 2)。
本製品は試薬であり,試験・研究用のみにご使用ください。
文献
1) Anti-bone resorption
a) J. E. Dunford, K. Thompson, F. P. Coxon, S. P. Luckman, F. M. Hahn, C. D. Poulter, F. H. Ebetino, M. J.
Rogers., J. Pharmacol. Exp. Ther. 2001, 296, 235. b) E. Hiroi-Furuya, T. Kameda, K. Hiura, H. Mano, K.
Miyazawa, Y. Nakamaru, M. Watanabe-Mano, N. Okuda, J. Shimada, Y. Yamamoto, Y. Hakeda, M. Kumegawa,
Calcif. Tissue Int. 1999, 64, 219.
2) In vitro anti-tumor effects and its in vivo role
P. Fournier, S. Boissier, S. Filleur, J. Guglielmi, F. Cabon, M. Colombel, P. Clézardin, Cancer Res. 2002, 62,
6538.
ピルフェニドン : 特異的な抗線維化剤・抗炎症剤
P1871 Pirfenidone (1)
100mg 7,600 円 1g 38,500 円
CH3
N
O
1
ピルフェニドン(1)は 1970 年代に抗炎症剤として報告された小分子生理活性化合物で,最近で
も,奥らによりその特異的な抗炎症作用が報告されています 1)。一方,1990 年代に Margolin らに
より 1 に抗線維化作用もあることが見いだされました 2)。この報告によると,1 はラットやハムスター
の肺におけるコラーゲン産生や線維芽細胞増殖を抑制します。種々の動物モデルを用いた各臓器に
おけるピルフェニドンの抗線維化作用の研究が,現在に至るまで活発に行われています 3)。
本製品は試薬であり,試験・研究用のみにご使用ください。
文献
1) Unique anti-inflammatory properties of pirfenidone
H. Oku, H. Nakazato, T. Horikawa, Y. Tsuruta, R. Suzuki, Eur. J. Pharmacol. 2002, 446, 167.
2) The first reports of pirfenidone as an antifibrotic agent
a) H. Suga, S. Teraoka, K. Ota, S. Komemushi, S. Furutani, S. Yamauchi, S. B. Margolin, Exp. Toxic. Pathol.
1995, 47, 287. b) S. N. Iyer, J. S. Wild, M. J. Schiedt, D. M. Hyde, S. B. Margolin, S. N. Giri, J. Lab. Clin. Med.
1995, 125, 779.
3) The antifibrotic activity of pirfenidone in various organs
a) S. N. Iyer, G. Gurujeyalakshmi, S. N. Giri, J. Pharmacol. Exp. Ther. 1999, 291, 367. b) G. Miric, C.
Dallemagne, Z. Endre, S. Margolin, S. M. Taylor, L. Brown, Br. J. Pharmacol. 2001, 133, 687. c) C. J. Schaefer, D.
W. Ruhrmund, L. Pan, S. D. Seiwert, K. Kossen, Eur. Respir. Rev. 2011, 20, 85.
19
2012-2013 年版
第18回LCテクノプラザ
平成25年1月24日(木)∼25日(金) 横浜情報文化センター(7Fの情文ホール及び大会議室)
新機能性材料展2013
平成25年1月30日
(水)∼2月1日
(金) 東京ビッグサイト
構造式,
品名(和・英)
,
分子式,
CAS番号,
キーワード,
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