テレビ CM のクローズド・キャプションによる字幕の有効性に関 する 研究

テレビ CM のクローズド・キャプションによる字幕の有効性に関
す る 研 究 ① - 聴 覚 障 害 者 の 評 価 と 課 題 に つ い て - 井上滋樹
1
1 博報堂 ユニバーサルデザイン 港区赤坂 5-3-1 赤坂 Biz タワー
アブストラクト
現在、日本で身体障害者手帳を保有する聴覚障害者は約 36 万人。世界保健機関(WHO)
が補聴器を推奨する 41dB 以上の難聴者を含めると、約 600 万人が該当するといわれて
いる(国際ユニヴァーサルデザイン評議会,2005)。そうした耳の不自由な人々にとって、
テレビ番組に付与される字幕(クローズド・キャプション)は情報保障の要となるもの
である。デジタル放送への移行に伴い、テレビ番組の字幕付与可能な総時間帯において
は既に NHK(総合)が 100%、民法在京キー5 局では 9 割以上が「字幕付き」になって
いる。しかし、その一方で、放送時間の約 2 割に相当するテレビ CM の対応は始まった
ばかりである。
今回、聴覚障害者にとって字幕付きテレビ CM は有効なのか、より有効とするために
はどのような取り組みが必要なのかを探るため、聴覚障害者 100 名を対象とする「テレ
ビ CM のクローズド・キャプションの有効性に関する研究」を行った。
キ ー ワ ー ド 聴覚障害者; クローズド・キャプション; コミュニケーション
1. 研 究 の 背 景
米国では、TV Decoder Circuitry Act(1990)により、1993 年から国内で販売される 13
インチ以上のテレビセットにクローズド・キャプション(以下 CC とする 1))のデコー
ダーの組み込みを義務付けた後、Telecommunication Reform Act(1996)が、すべてのテ
レビ番組へ CC 付与を義務付けた。また、Telecommunication Reform Act の 255 条では、
テレビ放送がすべての人に利用しやすいことが要求されており、Rehabilitation Act の 508
条では、政府機関が障害者に配慮した家電製品などを買うことも義務付けられた
(Inoue,2010)。
一方、日本での CC の付与率は米国に比べ圧倒的に低く、それを義務付ける法律はな
い。平成 22 年度における総放送時間に占める字幕放送(デジタル放送)の割合は、
NHK(総
合):56.2%、NHK(教育):42.6%、在京キー5 局平均:43.8%にとどまっている(総
務
省「平成 22 年度の字幕放送等の実績」より)(表 1)。
表 1 平成 22 年度の字幕放送(デジタル放送)の実績
放送局
字幕放送の割合(%)
NHK(総合)
56.2%
NHK(教育)
42.6%
在京キー5 局
43.8%
先 に 述 べ た よ う に 、 米 国 で CC は 、 1996 年 の 通 信 法 に 基 づ き 、 FCC ( Federal
Communications Commission, 米国連邦通信委員会)が 1998 年に制定した規制によって
義務付けがなされているが、字幕を付与しなくてよい例外を規定している 2)。10 分間以
下のプロモーション発表、公共サービスが例外とされているため、10 分以下のテレビ
CM については、CC の付与は法律で義務付けられていない(Inoue,2010)。しかし、米
国では、多くの CM に CC が付与されており、聴覚障害者に役立っているのはもちろん、
英語を第一言語としない外国人に対して、また、空港やバーやスポーツジムなど音を出
せない環境での情報提供としても有効である。
日本でも、テレビ CM に CC を付与する動きが 2010 年から始まったが 3)、放送の技術
的な課題から 4)、2012 年現在は、1 社提供の番組にしか CC が付与できない。しかし、
聴覚障害者への情報保障として、インターネット上も含めて、CC 付与が進んでいくと思
われる。その際、聴覚障害者にとってどのような字幕が読みやすいのか、理解しやすい
のか、字幕付きテレビ CM に関する調査や研究は、日本はもとより海外でも非常に少な
いため、一定の規模の調査や学術的な研究をした結果、より聴覚障害者に有効な CC を
制作し、放送することが課題である。
聴覚障害者を対象とした映像字幕に関する先行研究には、Dr. Carl J. Jensema and Dr.
Robb Burch、Caption Speed and Viewer Comprehension of Television Programs、August
31, 1999 において、求められるスピードについての研究があり、筆者らは、スピードと
内容理解について、Shigeki Inoue, Yasushi Nakano, “Closed-Captions for Viewers with
Low Vision: Caption Speed and New Tools”, 205-215,Aging, Disability and
Independence: Selected Papers from the 4th International Conference on Aging,
Disability and Independence 2008 において、テレビ CM 字幕の低視力状態の有効性につ
いて研究をすすめてきたが、そもそも、テレビ CM 字幕の聴覚障害者の有効性を総合的
に調査、分析した先行研究は参考にすべきものがなかったため、この調査、研究を実施
した。
2. 研 究 の 目 的
本研究は、聴覚障害者にとって CC を付与した字幕付きテレビ CM が本当に有効なの
かどうか、どのように有効なのかを検証するものである。そして、その検証を通じて、
聴覚障害者にとって、情報がより分かりやすく、伝わりやすく、理解しやすいキャプシ
ョンを制作するための実質的な研究である。
平成 24 年 1 月 13 日から 4 月 27 日まで、花王(株)が、同社の提供番組である『A-Studio』
(TBS テレビ系列 28 局ネット)で、CC を付与して放送したテレビ CM について、聴覚
障害者を対象にした調査を実施することで、まずは、聴覚障害者にとっての字幕付きテ
レビ CM の評価と有効性を明確にすることを目的とする。 3. 方 法
3-1. 調 査 の 概 要
15 歳から 79 歳までの聴覚障害のある男女 100 人(身体障害者手帳保有)を対象に、
2012 年 3 月 7 日(水)~3 月 19 日(月)まで、花王の「ハミングフレア」「アタック
Neo」「ビオレスキンケア洗顔料」「メリットシャンプー」という 4 本のテレビ CM の字
幕付き/なしの 2 種類をローテーション呈示し、質問に回答してもらうインターネット
調査を実施した(表 2)。
表 2 「聴覚障害者にとっての字幕付き CM(CC 付与)の優位性の調査」概要
調査対象
15 歳から 79 歳までの聴覚障害のある男女 100 人(身体障害者手帳保有)
調査地域
全国
サンプル数
100
調査期間
2012 年 3 月 7 日(水)~3 月 19 日(月)
企画・分析
博報堂 ユニバーサルデザイン
調査実施・分析協力
東京サーベイ・リサーチ
対象となる 100 名の聴覚障害等級は、1 級:9 名、2 級:70 名、3 級:14 名、4 級・6
級:各 3 名 5)。2 級と 3 級を合わせた、全体の 8 割超の方が、両耳ともに全ろう(2 級)、
あるいは耳に直接接して大きな声を発しなければ聞こえないレベル(3 級)である。
聴覚障害先天性は、「先天的」が 65%を占め、「後天的」は 33%である。
また、テレビを視聴するにあたって使用している補助機器は、「補聴器」が 56%と最
も多く、「CC」が 19%だった。
裸耳聴力(補助機器の付いていない状態の聴力)レベルは、右耳・左耳とも平均で 103dB
前後。また、補聴器や人工内耳を使用した時の聴力レベルは、右耳・左耳とも平均で 83dB
前後だった。
次に、テレビ音声の聴取有無に関しては、「補助機器を使用して聴くようにしている」
が 4 割、「補助機器を使用しているが、聴いてはいない」も約 4 割で拮抗していた。
普段のコミュニケーション手段は、
「手話」が 85%と最も高く、
「口話」
「筆談」が 66%、
「音声言語」が 46%と続いた。
4. 結 果
・ 聴 覚 障 害 者 の CC 認 知 度 と 関 心 度
まず、テレビ CM の関心度については、
「非常に興味・関心を持っている」が 17%、
「や
や興味・関心を持っている」が 50%で、聴覚障害者の 7 割弱が興味・関心を持っている
ことがわかった。CC については、「知っていたし、利用したことがある」が 41%、「知
らなかった」が 47%であった。「知っていたが、利用したことはない」は 12%であった
(表 3)。字幕付き CM の関心度については、聴覚障害者の 84%が「興味・関心を持った」
と答えた(表 4)。
表 3 クローズド・キャプション認知度
(全体=100)
認知度
割合
知っていたし利用したことある
41.0%
知っていたが利用したことはない
12.0%
知らかなった
47.0%
表 4 字幕付き CM(4素材計)関心度
(全体=100)
関心度
割合
非常に興味・関心を持った
39.0%
やや興味・関心を持った
45.0%
どちらともいえない
11.0%
あまり興味・関心を持たなかった
4.0%
まったく興味・関心を持たなかった
1.0%
・ 字 幕 付 き CM/ 字 幕 な し CM の 比 較 : 絶 対 評 価
次に、
「内容の伝わりやすさ」
「好意度」
「インパクト」で、字幕付き CM と字幕なし CM
を比較検証してみた。
字幕付き CM の場合は、3 項目のいずれも高得点ゾーンに票が集中しており、聴覚障
害者に「字幕付き CM」が高く評価されていることがわかった。しかしながら、「内容の
伝わりやすさ」(80~100 点:77%)と「好意度」(80~100 点:69%)が非常に高い評
価を獲得しているのに比べ、「インパクト」(80~100 点:45%)に関してはやや低い評
価となった。
一方、「字幕なし CM」の場合は「好意度」「インパクト」「内容の伝わりやすさ」とも
に中間から下の得点ゾーンに票が集まっており、特に「内容の伝わりやすさ」では最低
ゾーンである 0~19 点に約 4 割が集中した(表 5)。
表 5 字幕付き CM/字幕なし CM の(4 素材計)絶対評価点数比較 (全体=100)
絶対評価点数
字幕の有無
好意度
インパクト
内容の伝わりやすさ
80~100 点
字幕付き
69.0%
45.0%
77.0%
字幕なし
16.0%
7.0%
5.0%
字幕付き
16.0%
31.0%
10.0%
字幕なし
19.0%
11.0%
6.0%
字幕付き
9.0%
17.0%
8.0%
字幕なし
28.0%
30. 0%
19.0%
字幕付き
3.0%
5.0%
2.0%
字幕なし
15.0%
26.0%
31.0%
字幕付き
3.0%
2.0%
3.0%
字幕なし
22.0%
26.0%
39.0%
60~79 点
40~59 点
20~39 点
0~19 点
1)「字幕付き CM(4 素材計)絶対評価点数」と「字幕なし CM(4 素材)絶対評価点数」より作成。
2)太字は、各項目で最も割合の高かった点数ゾーンを「字幕付き」「字幕なし」それぞれで表している。
・ 字 幕 付 き CM/ 字 幕 な し CM の 比 較 : 相 対 評 価
次に「CM 相対評価」を通して、字幕付き CM/字幕なし CM を比較検証した。検証項
目は、
「a. 商品・ブランド名が記憶に残る」
「b. 商品機能がわかる」
「c. コメントが伝わ
る」の 3 つである。
3 項目とも最も多かったのは、字幕付き CM の方という結果であった。特に、商品機
能やコメントの伝達については字幕付き CM が圧倒しており、字幕なしを評価する人は
少ない。しかし、
(a)に関しては「やや字幕なし CM の方」
「字幕なし CM の方」の合計
が 21.%と 2 割に上った(表 6)。
表6
CM 相対評価 字幕の有無
相対評価項目
字幕付き CM の方
(全体=100)
やや
やや
字幕付き CM の方
字幕なし CM の方
字幕なし CM の
方
60.0%
19.0%
16.0%
5.0%
商品機能がわかる
75.0%
22.0%
3.0%
0%
コメントが伝わる
86.0%
12.0%
2.0%
0%
商品・ブランド名が記憶に残
る
1)「CM 相対評価」(a. 商品・ブランド名が記憶に残る)、(b. 商品機能がわかる)、(c. コメントが伝わる)より作成
CM による商品購入意向・相対評価は、聴覚障害者全体で「字幕付き CM」が計 96%
と、「字幕なし CM」4%を圧倒した。
・ CM 好 意 度 相 対 評 価
字幕付き/字幕なしの CM 好意度相対評価は、聴覚障害者全体で「字幕付き CM が良
いと思う」が計 96%と、非常に高い値となった(表 7)。
表7
字幕付き
CMの方が良いと思う
CM 好意度 相対評価
やや字幕付き
CMの方が良いと思う
やや字幕なし
CMの方が良いと思う
字幕なし
CMの方が良いと思う
字幕付きCMが
よいと思う計
(%)
81.0
聴覚障害者 全体 (100)
15.0
3.0
1.0
96.0
字幕なしCMが
よいと思う計
4.0
・ CM 理 解 相 対 評 価
字幕付き CM と字幕なし CM を見比べた時の理解度を見ると、
「字幕付き CM の方が理
解しやすいと思う」が計 97%と、非常に高い値となった(表 8)。
表8
字幕付きCMの方が
理解しやすいと思う
CM 理解 相対評価
やや字幕付きCMの方が
理解しやすいと思う
やや字幕なしCMの方が
理解しやすいと思う
字幕なしCMの方が
理解しやすいと思う
字幕付きCMが
理解しやすいと思う計
(%)
聴覚障害者 全体 (100)
84.0
13.0
3.0
-
97.0
字幕なしCMが
理解しやすいと思う計
3.0
・ CM 字 幕 対 応 企 業 評 価 、 CM 字 幕 対 応 企 業 の 社 会 的 評 価
CM 字幕対応企業への評価については、聴覚障害者全体で「評価できる」が計 94%と
非常に高かった。さらに、CM 字幕対応企業の社会的評価についても、全体の 91%が「社
会的に評価されるべきだと思う」と回答した。
・ 字 幕 付 き CM の 選 択 理 由
字幕付き CM が高い評価を受けるなかで、その選択理由の上位 5 つを見ると、1 位「内
容が理解しやすいから(86.5%)」、同率 2・3 位「他の人と同じ情報を受け取ることがで
きる(63.5%)」
「商品の機能がわかりやすい(63.5%)」、4 位「コメントが伝わりやすい
から(59.4%)」、5 位「家族や友人と同じ内容を話題にできるから(56.3%)」であった
(表 9)。
表 9 字幕付き CM 選択理由
100%
86.5
80%
63.5
63.5
60%
59.4
56.3
46.9
42.7
42.7
42.7
40%
36.5
20%
0%
※字幕付きが良いの
選択者ベース
内 容 がし
理や
解す
い
か
ら
15.6
14.6
13.5
他 をで
の受 き
人ける
と取か
同 るら
じ こ
情 と
報が
商わ
品か
のり
機や
能す
がい
か
ら
コ伝
メ わ
ンり
ト や
がす
い
か
ら
家同 で
族 じ き
や内 る
友容 か
人 をら
と話
題
に
内 容 に 好 感 が持
て
る
印 象残
にり
や
す
い
か
ら
商 品 に 興持
味 て
がる
か
ら
買 にい
い商 か
物品 ら
をを
す選
るび
と や
きす
説
得
力
が
あ
る
か
ら
共
感
で
き
る
か
ら
信
頼
で
き
る
か
ら
そ
の
他
聴覚障害者 全体
(96)
86.5
63.5
63.5
59.4
56.3
46.9
42.7
42.7
42.7
36.5
15.6
14.6
13.5
10 代
(3)
66.7
100.0
66.7
66.7
66.7
66.7
33.3
66.7
66.7
33.3
-
33.3
-
20 代
(19)
89.5
78.9
63.2
63.2
52.6
57.9
52.6
52.6
31.6
52.6
5.3
5.3
5.3
30 代
(23)
87.0
65.2
65.2
65.2
65.2
52.2
39.1
30.4
34.8
34.8
8.7
8.7
21.7
40 代
(27)
88.9
55.6
74.1
55.6
59.3
37.0
40.7
48.1
55.6
40.7
25.9
18.5
11.1
50 代
(17)
76.5
52.9
35.3
47.1
47.1
41.2
41.2
41.2
35.3
11.8
29.4
23.5
17.6
60 代
(4)
100.0
50.0
100.0
75.0
50.0
50.0
50.0
25.0
50.0
25.0
-
25.0
25.0
70 代
(3)
100.0
66.7
66.7
66.7
33.3
33.3
33.3
33.3
66.7
66.7
-
-
-
年
代
別
5. 結 果 の 分 析
これまで日本はもとより海外でも行われたことがなかった精密な調査によって、以下
のようなことが明確になった。
聴覚障害者の字幕付き CM に関する興味・関心は非常に高く、テレビ CM への CC 付
与に大きな期待を寄せている。
また、字幕付き/字幕なしで比較した結果、テレビ CM の「内容の伝わりやすさ」
「好
意度」「インパクト」、いずれも字幕付きの評価が非常に高かった。CM による商品購入
意向についても、
「字幕付き CM の方を購入してみたい」が「字幕なし CM の方を購入し
てみたい」を圧倒した。
「字幕付き CM 印象」の自由回答では、「字幕付きのため、内容がわかりやすかった」
(男性 50 代)、
「CM は気になるものだが字幕がなくてもどかしい思いをしていた。字幕
があるとないのとではまったく違います。CM そのものが理解できるので頭に残ります」
(女性 30 代)等の回答が寄せられた。一方、
「字幕なし CM 印象」の自由回答では、
「何
を言っているかわからず、踊りだけを楽しんでいる感じだったので、製品の魅力が伝わ
ってこない」(20 代男性)、「まったく興味が持てない」(女性 30 代)、「身振りや表情を
みてなんとか理解できているが、後姿などがあって何を言っているかは理解できません
でした」(男性 50 代)等と厳しいものが多く、聴覚障害者に字幕なしで CM の内容を伝
えることの難しさが推察される結果となった。
注目したいのは、内容が理解しやすいこと以外に、他者とのコミュニケーションが広
がるという意見だ。
「字幕付き CM の有用性」の自由回答でも「いろんな人とのコミュニ
ケーションが広がる」(男性 50 代)、「健聴の友人、知人などとの話題の共通性が得られ
る場面が増える」(男性 70 代)、「家族が『この CM 面白いね』と言って声のマネをした
りして楽しそうに会話をしていることがあるのですが、私はその話に入っていけないの
で寂しいと思っていました。(中略)CM に字幕がついていると、これらが改善されて楽
しくなりそうです」(女性 20 代)等の意見が多数あることからも裏付けられる。
また、聴覚障害を持つ方々にとって CM の字幕化に対応する企業の評価・その価値は
極めて高いことがわかった。自由回答の中にも、
「字幕の表示方法について、多くの障害
者、専門家などの意見を取り入れ、わかりやすく、好感が持て、印象的な CM を放送し
てほしいです。そのような企業には信頼感を抱きます」(男性 70 代)といった声があっ
た。
これらのことから、字幕付き CM は、聴覚障害者にとって内容が伝わりやすく、商品
購入意向につながり、CM 字幕対応企業の評価にもつながる。さらに、日常生活のコミ
ュニケーションにも貢献しうることが明らかとなった。
なお、聴覚障害者にとって字幕付きテレビ CM は「内容の伝わりやすさ」
「好意度」に
おいて非常に評価が高いことがわかったが、
「インパクト」についてはやや評価が低かっ
たことにも着目しなければならないだろう。自由回答の中にも、
「字幕に目がいって肝心
の商品への興味が薄れたような感じがします」(男性 50 代)、「字幕が出て消えるのが早
かったので、消えるタイミングを少し遅くしてほしい」(男性 20 代)、「バラエティ番組
と同じようにテロップが出ているシーンでは不要。むしろテロップと重なると見づらい」
(男性 40 代)、
「字幕の背景の色が文字の色と近い色だと見づらいので、文字の色が白の
場合、やや暗めの色の帯の上に字幕を入れるとより読みやすくなると思う」
( 男性 30 代)、
「字幕と映像が重なっているので、映像が見えにくいことがあります」(女性 20 代)等
の意見があった。
今後、聴覚障害者に有効な CC を考察していく上で、字幕を入れる位置、書体、色、
表示するタイミング等の試行錯誤を重ね、テレビ CM 本来のインパクトを保ちながら CC
を付与していく技術・ノウハウを確立する必要があると思われる。
6. 考 察 、 ま と め
本研究から、聴覚障害者にとって、字幕付きテレビ CM の必要性は非常に高いこと、
さらには、それを実施している企業の評価も極めて高いことがわかった。
企業が、広告宣伝活動の一環として、聴覚障害者に対して字幕付きテレビ CM を通じ
て情報提供することで、日本に約 36 万人の聴覚障害者に商品情報が一層伝わりやすくな
るという分析結果からは、今後、聴覚障害者がそうでない人と同様に、テレビ CM から
CC によって情報を得ることが、聴覚障害者が消費活動に参画する上で重要な機能を果た
すことも見えてきた。字幕によってその情報が伝わることで、購入意欲が高まる。この
ことは、経済活動の活性化につながるともいえよう。さらには、それが家族間等の日常
のコミュニケーション活動にも好影響を与えることが明らかとなった。
一方で、CC が聴覚障害者以外の方にも必要なのかどうかに関しては、先行研究が少な
いため、今後、研究を行っていく必要があると思われる。また、字幕を一部、あるいは
全部読むことができないケースがある。文字の色、大きさ、フォントによって見えにく
い場合がある。字幕が現われる頻度、速度や時間などにも工夫の余地がある。等の今後
CC を制作していく際の改善ポイントも明らかになったが、特に、ユニバーサルデザイン
の観点からは、より多くの人に対して、どのようなキャプションのスピード、位置、文
字の色、サイズ、出すタイミングなどのデザイン面や情報量が適切か等について研究し
ていく必要がある。
また、字幕を読むためには、聴力だけでなく、視力も含め研究をすすめていく必要が
ある。特に、高齢になると老眼により視力が低下することは、そうした研究の重要性を
裏づけるものである。
聴覚障害者だけでなく、低視力の方や、耳が聴こえにくくなることが多い高齢者に対
する CC の有効性について、さらには、コマーシャリズムの観点からだけでなく、
「字幕
付きテレビ CM」=クローズド・キャプションが人々の生活に与える影響について、引
き続き研究を継続していくことが今後の課題である。
謝辞
本研究は、テレビ CM に CC を展開している、花王(株)からの調査研究助成を受け、
㈱博報堂 博報堂ユニバーサルデザインが調査を実施、分析したものである。本調査に
機会をいただいたこと、また、研究の素材をご提供していただいたことに御礼を申し上
げる。
参考文献
国際ユニヴァーサルデザイン評議会,2005. “聴覚障害者への情報保障のあり方調査” 参
考資料 P115
http://www.iaud.net/library/pdf/IAC_report_050526_reference.pdf
Inoue, Shigeki. 2010. “米国におけるクローズド キャプション(CC)に関する研究 歴
史 と 法 制 度 か ら の 考 察 ” The Third International Conference Universal Design in
Hamamatsu 2010.
註 1)
CC とは、ビデオ及びテレビ番組の会話・音響効果・擬音すべての文字を原文のまま書き
出すもので、ビデオの中に埋め込まれたオープン・キャプションが常に画面上に映し出
される「隠せない字幕」のことを指すのに対し、CC は「隠すことのできる字幕」であり、
リモコン操作などによって見たいときだけ字幕を見ることができるものである。
2)
FCC(米国連邦通信委員会)が字幕を付与しなくてもよいとしている事例
1)1996年2月8日以前に効力を発した契約上、字幕を付与することが契約違反となる
場合。
2)字幕付与が膨大な負担となることを理由にFCCに例外措置申請をし、承認された場
合。
3)英語、スペイン語以外の番組。ただしElectronic News Room(ENR)技術を利用し
て
字幕付与できる脚本がある番組は例外措置対象にはならない。
4)番組予定表や地域社会掲示板のように、音声が視覚的に文字やグラフィックで表示
されている番組。
5)夜間午前2時から6時に放送される番組。
6)10分以下のプロモーション発表、公共サービス発表。
7)Instructional Television Fixed Serviceライセンシー発信の番組。
8)再放送の価値がない地元で制作され、配給されたノンニュース番組。
9)新しいネットワークの番組。また放送局開局後、最初の4年。ただし、1998年1月1
日時点で開局から4年以下の局については2002年1月1日まで例外措置。
10)歌詞のない音楽番組。
11)字幕付与費用が前年総収入の2%を超えた場合。
12)年間総収入が300万ドル以下の局。ただし、すでに字幕が付与された番組を放送す
る場合はそのまま字幕をつける義務はある。
13)地域社会制作の教育番組。小中高校向けに公共 TV 局が地滅社会で制作した教育
番組。
3)
2010 年 3 月 22 日(月)、パナソニック(株)が、TBS のドラマ『ハンチョウ』で放送。
日本で初めて字幕付き CM を実施した。
http://panasonic.co.jp/corp/news/official.data/data.dir/jn100319-1/jn100319-1.html
4)
「(前略)放送局側にはテレビ CM に字幕を重畳するシステムがありません。放送番組に
は字幕サーバーというシステムで番組 に字幕が付与されます。CM を送出するシステムに
はそれがありません。さらに CM を放送する際、「クリアパケット信号」を使用して、番組
の字幕が CM にまで入り込まないような仕組みになっており、テレビ CM が放送されてい
る時は、一切、放送字幕が表示されないようになっています 。この他、各放送局における
CM 放送の運用の見直しや全国ネットとローカル局のシステムの違い、字幕制作コスト
など、さまざまな問題があります(後略)」。以上、
『IAUD Newsletter』vol.2 第 5 号(2009
年 8 月号)P17 より抜粋。
http://www.iaud.net/dayori-f/data/newsletter/2009/Newsletter05-0908_bn.pdf
5)
等級は 1 級が最も重度で、2 級は聴力レベルがそれぞれ 100dB 以上(両耳全ろう)、3 級
は両耳聴力レベルが 90dB 以上(耳介に接しなければ大声語を理解しえないもの)に相
当。