共和国におけるムスリムによる熟議民主主義の可能性

2011 年 4 月 17 日 日仏会館 (外国人であるということ:パネル4)
フランスにおけるイスラームの問題
共和国におけるムスリムによる熟議民主主義の可能性
浪岡 新太郎(明治学院大学 国際学部)
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問題のありか
民主主義における「熟議」への注目
熟議は政治的決定と結びついた場(議会や行政機関:強い公共圏)のみならず、市民社
会においてもひろく要求されるようになり、強い公共圏での熟議が市民社会での討議を広
く取り込むことが重要視されるようになっている。
熟議の基準(J. Dryzeck)①選好の変容、②公私区分の重要性、③論理的言説など自己利
益の観点を超える基準の設定、④代表制機構に限定されず広く市民に「共通の事柄」への
関心を形成する。つまり、討議の場が複数あり、それが政治的決定と結びついていくとい
うイメージがある。
しかし、熟議はあらゆる言説に開かれているわけではない。聞かれない人々は常に存在
する。そしてこの聞かれない人々こそが特に公共性の名の下に周縁化されるのだとしたら、
彼らをこそ取り込む必要があるのではないか。
本報告では、フランスにおけるムスリムのNPO(以下:ムスリムNPO)による熟議
の試みを事例として取りあげる。フランスは「単一で不可分の」共和国であり、
「市民の間
に(宗教も含む)エスニックな違いを認めない(エスニックブラインドな平等概念)
」こと
をその法的特徴としている。その際にしばしば依拠されるのが政教分離原則である。ムス
リムNPOの熟議の試みは、ムスリムという属性に基づいて熟議を行っているために、政
教分離原則に反するとしてその言説は非正当化され、ムスリムNPOは住民による諮問機
関への出席や交付金の申請が拒否されるなどの不利益を被っている。
90 年代に郊外で盛んになったムスリムNPOは、そのメンバーや住民にとっての「熟議」
の場として機能し、かれらの被る「差別」や「排除」の解決をフランス社会に訴えた。議
会や行政をはじめとする場での非正当化の中で、ムスリムNPOの「熟議」の試みはどの
ように展開したのだろうか。本報告ではそれぞれの組織形態の成立時期から、三つの時期
(1989~97 年、98~03 年、04~10 年)を取り上げて論じる。
1.<共和国>におけるムスリムNPOの熟議の位置
* 約 370 万人(欧州最多数のムスリム系(イスラーム国からの)移民出身者(ただし規則
的礼拝などを行っているのは第一世代、新世代共に 15%前後)
* 1980 年初頭、彼らの特に第二世代以降、すなわち新世代の学歴の低さ、失業の長期化
などの社会的排除、差別と彼らの暴力行為や薬物使用が大きく問題化する。「彼らの排
除・差別をどのように解決するのか」フランス社会の問題
* イスラーム、移民排斥を掲げる極右勢力の拡大の中、「そもそもムスリム系移民出身者
はそのイスラームへの帰属意識ゆえに、フランスの市民になれないのではないか」
* 法的な特徴としてエスニックブラインドな平等概念を利用した移民のムスリム化に対
立するフランス<共和国モデル>の成立:中立的でエスニックブラインドな公的領域
1
(政教分離・男女平等など)と多様な属性が表明される私的領域の公私分離モデル⇔政
教一致、男性優位のイスラーム→排除・差別のイスラーム化→自己責任化
* ムスリムNPO(その多くが宗教法人としてよりもNPOとして設立されている。しか
し、その名称やメンバーが全員規則的に宗教実践を行うムスリムであることなどからそ
の活動がイスラームに基づいていることが明らかである。)
アイデンティティ系:出身国政府の支持するイスラームの維持・普及(金銭的政治的支援)
宗教系:出身国の政府、慣習などのから切り離されるイスラームの維持・普及
上記の二つは移民第一世代中心で、宗教儀式の実践活動の維持が中心(モスクの運営など)
社会政治団体:宗教系イスラームに依拠した政治的社会的異議申し立て運動
移民新世代中心で、郊外の居住区を中心とした社会教育活動が中心、10 人前後のコアメン
バーから構成される。
・ムスリムNPOの熟議⇔自己責任化→個人の問題とされていたものを政治共同体全体の
問題として認識しなおすことを可能にする。
・法的枠内でイスラームに依拠して熟議を行うことによって、なぜカトリック団体の熟議
は政治的決定(強い公共圏)と結びつくのに、ムスリムNPOは排除されるのか→<共和国モ
デル>のマジョリティ中心性の明確化
2.「ムスリム青年連合(Union des Jeunes Musulmans)」による熟議
1989年~1997年:イスラーム排斥を主張する極右勢力の拡大(15%前後)
、スカ
ーフ事件のメディア化、移民のイスラーム化と共和国モデルとの対立の強化
組織:リヨン大都市圏郊外東部のムスリム系移民出身者が多く居住する貧困地域で活動。
組織構造:ボランティア中心、複数メンバーシップの承認、退出の自由、信仰の個人主義
議論の仕方:議論においては各人が個別の経験(郊外での)に基づいて発言することが促
される。そのことによって十分に言語化できない者も「発言するべきものをもつ者」とし
て扱われる。多数決をとることは基本的になく、全員が合意するまで議論は続く、また、
さらにその上で組織として決定があったとしても、個人として従わないことは認められる。
みんなで話すこと自体、つまり個別の経験を共有することの意義が強く評価されている。
また、内部のメンバーに関していえば、イスラームがスティグマとして非正当化されてい
るだけに、個人的にそれを選んだものの間には強い連帯感が生まれやすい。外部のメンバ
ーに関していえば、住民として同じ困難を共有しているということを確認させる。
場所:内部メンバーについてはNPOの組織
レパートリー:宗教教育(イスラームの中での位置づけ:ムスリム同胞団の影響の下、社
会正義に基づいた社会改革)
強い公共圏との関係:私的問題として無関係
場所:外部メンバーについては郊外(最重要課題)
レパートリー:社会教育(世俗的な社会生活の中での位置づけ:スポーツ活動や学習補助、
社会見学、遠足、起業支援:自分たちで組織させる)
強い公共圏との関係:公的支援や地域の学校、ソーシャルワーカーとの協働、住区評議会
への参加を求めるが受け入れられにくい。
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その可能性と限界
・フランスの単一文化主義を明らかにした。
・ 強い公共圏との関係が困難であった。
3.「 リ ヨ ン 大 都 市 圏 ム ス リ ム N P O ネ ッ ト ワ ー ク (Collectif des Associations
Musulmanes du Grand Lyon)」による熟議
1998年~2003年:<共和国モデル>の逸脱としてのムスリム→<反差別>
CFCM(ムスリム宗教儀式評議会)設立の開始、反差別機関の設置
組織:リヨン大都市圏郊外は行政的にも、協働してさまざまな施策が行われることが多く、
同じような郊外での問題が存在するので、問題と解決方法の共有をめぐって成立したムス
リム系NPOのネットワーク。UJM と Mosquée Otthmann が中心。
場所:内部メンバーの討議についてはNPOの組織
レパートリー:UJMを中心とした宗教教育
強い公共圏との関係:私的問題としての公権力の関与の拒否の強調(法的な公私分離維持)
外部メンバーの討議については郊外(最重要課題)
レパートリー:社会教育(環境問題や消費社会批判が強く入ってくる)
強い公共圏との関係:
(環境問題や消費社会批判、ヨーロッパ社会フォーラムへの参加)
その可能性と限界
・ 市民社会とのネットワークを強めることによって周縁化に対抗した。
・ 国家主導のムスリム代表機関設立過程(CFCM)に対して法的原則に依拠して対抗した。
・ 制度化の中で「悪いムスリム」として周縁化される傾向が強まる。
・ 世界社会フォーラムなどへの参加の必要性の理解の困難
4.Entrecultures Mosquée Otthman CRI UJM:熟議から対立へ
2004年~2010年:高等統合審議会の報告書で「反差別」が行き過ぎていたことが
批判されるようになる。スカーフ禁止法の成立、2005年の暴動、2007年のサルコ
ジ大統領の誕生、移民統合ナショナルアイデンティティ省の成立
UJM
内部メンバーについてはNPOの組織
レパートリー:宗教教育(イマームなどの積極的招聘)
強い公共圏との関係:私的問題
外部メンバーについてはNPOの組織
レパートリー:宗教教育(シャティビ学校)
強い公共圏との関係:私的問題
「Mosquée Otthmann(オットマンモスク)
」
内部メンバーについてはNPOの組織
レパートリー:宗教教育(他のムスリム同胞団系の知識をいかに共有するか)
強い公共圏との関係:CFCMによる正当化
外部メンバーについてはNPOの組織(学生中心)
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レパートリー:宗教教育
強い公共圏との関係:CFCMによる正当化(宗教による郊外の治安維持など)
「Entrecultures(複数文化の間)
」
(旧 CAMGL の運営委員会メンバー)
内部・外部メンバーの区別なし:NPOの組織
レパートリー:市民教育(脱成長 décroissance、パレスティナ問題、ATTAC などの対抗グ
ローバル運動)
強い公共圏との関係:グローバルな政治社会改革
「Coordination contre le racisme et l’islamophobie(レイシズムとイスラモフォビアに対
するネットワーク)
」
(旧 CAMGL の運営委員会メンバー)
内部・外部メンバーの区別弱い:イベント
レパートリー:訴訟、衝突の設定、デモ行進、講演会など
強い公共圏との関係:対立点の明確化、法的手段による政治社会の修正
むすび
変容点
* かつて活動の中心となっていた郊外での社会教育活動は縮小もしくは廃止されている。
* イスラームはそれが宗教的側面のものであれ、市民運動の側面を強調したものであれ体
系化が進んでおり、この点でヨーロッパのイスラームという体系の成立の可能性
* 唯一の熟議の場である Entrecultures は郊外の若者たちとの熟議というよりは中産階層
向けの熟議、教育になっている。
* 強い公共圏との関係でいえば、行政的な熟議の場との連絡が絶たれる傾向が強い。
どうしてこのようになっているのか
* 個人的関係を重視することからの、個人の負担の重さ、世代交代の困難。
* 高齢化、*法的装置の整備、*国家の正当化の強さ
非正当化への対抗として
* 法的な手段による政治社会の改革という路線
* グローバル市民社会のネットワークによる政治社会改革の路線
熟議民主主義一般について
* 市民社会における熟議の重視はマイノリティ排除に繋がる可能性
* 政治や市民社会の動向とは相対的に自律した法の重要性
* ポストナショナルな複数の熟議の場の重要性
参考文献
飯田文雄「現代規範的民主主義論と民主化理論の間」『神戸法学年報』
、2009 年。
小川有美編 『ポスト代表制の比較政治』早稲田大学出版部、2007 年。
田村哲樹『熟議の理由』勁草書房、2008 年。
宮島喬編『移民の社会的統合と排除』東京大学出版会、2009 年。
Cesari,J,Musulmans et républicain,Complexe,1997.
Frégosi,F " Formes de mobilisation collective des musulmans en France et en Europe ", in
Revue Internationale de Politique Comparée, 2009, Vol 16, n° 1.
Wenden De Wenden et Leveau Rémy, La beurgeoisie, CNRS,2004.
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