翻 訳 家 デ ビ ュ ー を 応 援 す る 第1 4回DHC翻訳新人賞 入賞者発表 第 14回 DHC翻訳新 人賞入 賞者 が決 定 いたしました。 今 回 は応 募総 数 が1, 380通 ( うち有効 数 1, 311通)でした 入 賞者 の み なさん、おめ でとうござい ます。 寡 出題 ・ 監修 : 河野 一郎 東京外国語大学名誉教授 アラン・ タ-ニー 清泉女子大学教授 ◇最優秀賞 1名 中尾 千奈美( 東京都) 賞金:1 0 0万円 副賞 :株式会社DHC出版事業部で翻訳に参加 『 Ne ws we e k 』 誌英語版 1 年分 ◇優秀賞 2 名 腰塚 悠子 ( 栃木県) 小脇 奈賀子 ( 東京都) 賞金 :30万円 副賞 :株式会社D HC出版事業部で翻訳に参加 F Ne ws we e k』誌英語版4 0 過分 ◇佳作 5名 士持 貴栄 ( 千葉県) 仲嶋 雅子 ( 兵庫県) 福井 美緒子 ( 大阪腐) 山田 友子 ( 東京都) 和 田 美樹 ( アメリカ) 賞金 :1 0 万円 副賞 :株式会社D HC出版事業部で翻訳に参加 副賞翻訳本は、 Be s tNe wAme r ∫ c a nVo i c e s( 仮)です。 一次 ・二次通過者 【 第二次審査通過者 13名】 尼丁 千津子( ドイツ) 岩木 貴子( 長野県) 臼井 千佳子( 北海道) 大崎 美佐子( 東京都) 金丸 美江子( 東京都) 神原 和代( アメリカ) 栗山 由美子( 北海道) E 第一次審査通過者 河野 肇( 神奈川県) 佐原 愛子( 宮山県) 盛岡 多佳( アメリカ) 盛岡 温子( 東京都) 山中 稔( 埼玉県) 横井 由美( 愛知県) ●DHC翻訳新人賞とは HCが、 2 1 世紀のグローバル社会に 日本最大の翻訳会社であるD 9 9 6年に設立した 活躍できる、より 優秀な翻訳家を発掘する目的で1 国籍 ・ 年齢 ・ 性別 ・ 学歴不問の翻訳コンテスト 。公正を期すため、審 査は応募者の氏名他一切を伏せて行われます。 8名】 飯島 かほる( 神奈川県) 岡 ゆかり( 京都府) 織 田 祐規子( 東京都) 島村 牧樹( 東京都) 津根 いずみ( 石川県) 中林 くみこ( カナダ) 平田 綾子( 神奈川県) 平田 真希子( 神奈川県) 五十音順/敬省略 DHC総合教育研究所 200魯/ APRI L 第1 4回DHC翻訳新人賞 入賞者インタビュー 身に余る賞をいただき、 受賞者として恥ずかしくないよう、 気を引き締めて翻訳の勉弓 削こ励んでいきます。 翻訳の学習歴 は1 0年以上になります。大学 卒業後、 専攻だった英語をもっと極めたいと思う ズムをできる限り訳文に反映させるということで す。そのため、かなりの 日数をかけて、それこそほ ようになり、子どもの頃から本が好きだったこと ぼ暗記するまで課題文を何度も声に出しながら もあって、 翻訳の勉強を始めました。DHCの「プ 読み込みました。そうして原文の文章やリズムを ロ翻訳家養成 英 日出版総合コース」も受講しま 頭に叩 き込 んでから、頭 から終 わりまで一気に したが、ちょうど仕事が忙しい時期で課題にあま 翻訳。その後いっさい推敲は行わず、しばらく原 り時間をかけられず、 成績は芳しくありませんで 文だけを眺める時間を設けた後、新たにゼロか した。とはいえ、 修了後もテキストを何度 も読み ら訳し直しました。同様のプロセスをもう一度だ 返し、 読むたびに新しい発見があったので、 翻訳 け行い、出揃った3つの訳文を照らし合わせ、最 の基本姿勢 を身につけることができたと思いま 終的に応募用の訳文を完成 させました。原文を す。また読解 力をつけるため、 D. H. ロレンスやト 読んでから最終稿 が仕上 がるまで、 2カ月半ほ ルーマン・カポーティなど英米 人作 家の原書 どかかったと思います。 や、森鴎外、夏 日瀬石、吉本ばなな等の 日本人 翻訳 自体はとても楽しい作業でした。とはいえ 作家の小説を多読するようにし、 いま巷ではどの 時間をおいてから読み返してみると、原文の雰 ような話し言葉、 書き言葉が好まれているかを知 囲気 を伝 えきれていないのではと不安になり、 るために、折にふれ女性週刊誌 やコミックの類 応募するのを何度もためらいました。そんな状態 にも日を通すようにしてきました。 でしたので、受賞の知 らせをいただいたときに DHC翻 訳 新 人賞 の存 在 は5年 ほど前 から は、 驚きのあまり手が震えるほどでした。このよう 知っていましたが、いつも仕事の都合で締め切 な身に余る賞をいただくことになり、 今後は受賞 りに間に合わず、 今 回が初めての応募です。課 者として恥 ずかしくないよう、いっそう翻訳の勉 題文は文章のリズムが非常に良く、気 づいたら 強に身を入れなければと、気持ちを引き締めて 声に出して読んでいたほど。加 えてユーモアも おります。 皮肉もたっぷりときいていて、一読して大好きに これまで実務翻訳やノンフィクション作品の なりました。手強い課題であることは重々承知し 下訳などをさせていただくチャンスに恵まれまし ていましたが、ぜひ 自分なりの 日本語 にしてみ たが、自分の実力はプロの翻訳家としてひとり たいと思い、幸い時間的に余裕 もあったので、 立 ちするにはまだまだ不十分だと自覚していま 絶対に訳文を完成させるんだという強い気持ち す。自分の訳書 を出すことを目標 に、今後 も地 で臨みました。 道に勉強を続けていくつもりです。また、 夢のま それまで「うまく」訳そうという気負いから訳し た夢 ではありますが、日本の書物 を英語に訳し すぎるきらいがあったので、あくまでも原文に思 て諸外国に発信するという、 発信型の翻訳にも 実にかつ自然体で、 単純に訳す作業を楽しむこ 挑戦したいと思っています。 とを心 がけました。最も留意したのは、原文のリ l広 l告 l企 l画 l 中尾 干奈美さん ( なかお ちなみ) PROFI LE 東京外 国語大学英米語科卒。 英会話学校 で2年間常勤講師 を務めた後、非常勤講師として 専門学校や予備校 などで英会 話 やTOEFL対策 を教 える。そ の傍ら、 翻訳家が主宰する勉強 会 に参 加 し、実務 翻 訳 や ノン フィクションの 下 訳 を開 始 。 2001年にDHC通信講座「プロ 翻訳家養成 英 日出版総合コー ス」 を修了。 河野一郎 今 回も 1 , 3 8 0件という多 数 の応募 をいただきました。ただ毎 度のことなが ら、書 式違 反や 締め切 りを過 ぎての到着 などで失格となった作 品が 6 9件もあったのは、たいへん残念です。 今 回の出題 文はアメリカのベトナム系作家 による異 色作 品でした。登場 人物 のイメージが 掴 みやすかったせ いか、どの答案からも物語を楽しみながら訳しておられる様子 がうかがえ ました。ところが、物語 の語 り手を女性 と取 ってしまい、女言葉 で訳 した答案 が非常 に多 かっ ' m bi s e xua lという表現 が たのは出題者 の「想 定外 」でした。ちょっと気 をつけて読めば、Ⅰ bvi ous l yaj o ke[ 男 あり、おばあちゃんから 「 赤 ちゃんを作 らないようにね」と言 われた後、o 同士 だから妊娠の恐 れはないのに、これはおばあちゃんの冗 談なんだ]という語 り手のコメン トが入っているので、( サ ンフランシスコという土地柄 を考えずとも)主 人公が「バイセクシャル」 だということがす ぐに分かります。 語 り手が 高校 2年生 だというので、「ぼく」とその「恋 人」との会話 を「やべ え; ∼じゃん」な どと、過剰 な若者言葉で埋 めた答案がかなり見 られました。あまり自分好みの「 色」を付 け過ぎ ないように、抑 え気 味に訳 すほうがより効 果 的な文章になるものです0 中尾 千奈美 ナンシーは ぼく より年 上 だし、ぼく にも っ と いい考え が あ る わ け じ ゃな か った ので'ぼ く ら は お ばあ ち ゃんを 冷 凍 にし た。 死 んだ とき お ばあ ち ゃんは'九 十 四歳 と 八 カ月 と 六 日 だ ったQ三 度 の戦 争 と 二度 の 飢 健 を 生 き 延 び'実 に苦 労 つづき の生 涯 を 送 った。そ れ に アメリ カも 'お ば あ ち ゃんに は そ れ ほど いいと こじ ゃな か った。体 が 弱 っ 最優秀賞 受賞作品 おば あち ゃんの物 語 父 さ んと 母 さ んが ラスベガスに出 か け た 翌 日'お ば あ ち ゃんは死 んだ。ナンシーと ぼ く は'二人 と も どう し た ら いいか わ か ら な か ったO線 香 を 立 てた-、お坊 さ んにお 経 を あ げ ても ら ったり と いった ベ- ナムの伝 統 的 な 葬 式 の手 配 な ど tは く ら に は わ か ら な てき ていたのでtはく ら の大 き な どクー リ ア 朝 ふう の家 の二 階 に 閉 じ こも った き り だ っ か った か ら だ。大 き な 冷 凍 庫 が あ るじ ゃな い、と ナ ンシーが 言 った。お ば あ ち ゃんを 冷 が ち ょっとだ け。ウイ ・ ムシュー、セ 二アヴィダ たし'英 語 も 話 せず 、話 せるのはフランス語 母 さ ん を わ ず ら わ す こと な いわ。お ば あ 凍 にし ておこう 。そ う よ。な にも 、父 さ んと え え '間 違 い マン・ アン・ プ ティ ・ モンストル( な く 寄 形 児 です )と か'ノン・ マダ ム'ヴ ・ ネ ち ゃんに は'いま さ ら 一日'二 日 く ら い'ど う ってこと な いんだ か ら。 審査講評 一見紳かなことのように見 えますが、この物語では生きている登場 人物 の会話には引用符 がつ いておらず、いったん死 んで生 き返 ってからのおばあちゃんの言葉にだけ ""がつ い ていることに気づかれたでしょうか。全部の会話にカッコをつけてしまっては、作者の意図に反 します。また会話 の部分だけを新 しい段 落で書き出すことも、原則として禁物。段 落には作 者 のいわば息追 いが 出ているので、特 に文学作 品を訳 す場 合にはおろそかにしないこと。 今 回誤訳 の多 かった箇所 をあげてみると- npe t i tmo ns t r eを、多 くの答案 が 「元気 な子 /わんぱく小 僧」と *フランス語 で書 かれた u 解釈 していました。これはす ぐ後 に t wo he ade dbabi e s ,Si ame s et r i pl e t sと続 いている ト・ パ ∴アユ・ト ウ・タ ンサ ント 、ジ ユ・ヴ ・ザ う だ ね と 言 った。ナ ンシー は し か め 面 に な お ばあ ち ゃんは、ま るで高 級 な いんば いのよ はき'唇 を赤 - 塗 り た てていて'そ れを 見 た よ'あ そ こじ ゃウエイ ターだ ってた いていのベ せん'ご安 心 く だ さ い)と いった程 度 だ。お ば ト ナムの上 流 階 級 の男 たち よ- 立 派 な格 好 シュール( いいえ、奥 さ ん、妊 娠 な さってはいま 棟 で婦 長 を し ていたO頭 が 二つあ る奇 妙 な を し てる し、鴨 のパテと か サ ーモンのムー ス コのし ゃれ た カ ク テ ルパー テ ィー に行 く の 赤 ん坊 を 取 り 上 げ た 話 と か'腰 のと ころで を 盛 った銀 のー レイ や、巽 のあ る氷 の彫像 が - 'これ か ら いつも の有名 な サ ンフランシス つな が ったシャム三 つ子 を 取 り 上 げ、ハッピー 置 いてあ って'ヴィヴ ァルディの生 演 奏 を やっ あ ち ゃんは'ベト ナ ムが フランスに植 民 地 支 ( し あ わ せ な 子 )'リ ベレー シ ョン ( 自由な 配 さ れていた時 代 に、ハノイ の病 院 の産 科 病 千 )、デ イ ( 祝 い日 の子 )と名 づけ た 話 と か、 だ か ら な んだ か んだ と 言 わ な いでようお てる んだ か ら。 お ば あ ち ゃんが 死 んだ のは'ぼ く と ナ ン いか ら。 ばあ ち ゃん'あ た し は いんば いな んかじ ゃな 聞 か せても らう のが、ぼく は大 好 き だ った。 たoナ ンシIはし ゃれ た黒 のミニスカー ト を シーと いっし ょに春 巻 き を 食 べてる最 中 だ っ 上、この部分全体 のコンテクストを踏 まえて読 むと、「 奇形児」と取 らなくてはなりません。おそら くベ トナム戦争 中アメリカ軍の使 った特 殊爆弾 による後遺症、その次 の「ノン、マダム、妊娠 な きってはいませ ん、ご安心 ください」も、アメリカ軍による婦 女暴 行 に言及 していると思 われま す。字面には一切 出てきませんが、行 間に吐 められたメッセージを読み取ることが翻訳者には 要求 され ます。 *He'sgot…awarm laughも意外 に誤訳 の多 かった個所。暖か い「微 笑」ではなく、「笑 aughを引くと、「( 声 を立てて)笑う」とはっ い声 」です。中 ・ 高校生 向けの学 習英和辞 典 で 1 きり書 いてあります。翻訳 者にとっても、学習英和辞典 は案外役 に立つものです。 *She'd(-Shehad)seenusmorepassionate…anddidn'tmindの部分では、過去完 了形を無視した答案 がほとんどでした。おばあちゃんは「 垂生 もっと熱烈なシーンを見ていた d」です が、時 間を大 きく変 える から、これくらいでは平気 だった」のです。小 さな身振 りの 「' 重 要 な役 割 を持 っているのでご注 意を。 最優 秀貨となった中尾 さんの作 品には大きな誤訳 がほとんどなく、素直 な読 みやす い訳文 に仕上が っていました。一人前 の翻訳者として十分活躍 できる実力の持 ち主です。あえて欲 を言 えば、原 文の持 つ 口語体 の語 り口がやや硬 めなので、もう少 し柔らかくしてもよかったで しょう。優 秀質の小脇 さんの訳も、リズミカルで流れるような文章が楽しめました。ただ、原文 F P でたびたび使 われている coolという若者好 みの形 容詞を、全 部 「クール」で通 してしまった のは、もう一工夫欲しかったところ。同じく優秀 賞の腰塚 さんの作 品もこなれた読みやす い訳。 若者 らしい語 り口がうまく再現 されていますが、やや漢字 が多 めだったため、せ っかくの若者 がちょっと年を取 ってしまいました。仮 名と漢字の配分 いかんで読者に与える視覚 的イメージ が大 きく変 わるので、翻訳に携 わる方 々はぜ ひこの点にも気 配りを。また括 弧を使 っての訳注 は、文学作 品 ( 特 に短編小 説)には出来るだけ使 わないようにして下 さい。 熱心に課題に取 り組 み、努力 の成果を送 って下 さったおおぜ いの皆 さんの熱意と関心に、 審査 員 ならびに DHC教 育事 業部新 人ilr 係 一 同を代 表して、厚 く御礼 を申し上げます。 200魯/APRI L DHC総合教育研 究所 いいわよ、お ばあ ち ゃん'ナンシーはそう ろいろあ ったか ら。 踊 れな かっただろ。内 反 足だし'戦争 とか い てお - れ よ。ほ らうな にぶん、若 いころには あ ち ゃんのぶんま でチャチャチャを 踊 ってき 出 か け よう と立 ち 上 が った。ち ょっと、お ば おばあ ち ゃんは声を たてて笑 い、ナンシーは んたには通 じなかったみたいだね。それから んは言 って'ぼくにウインクし た。だけ ど、 あ 褒 めたつも り だったんだよ、とお ばあち ゃ に簡単 なも のだった。でも'おばあち ゃんは、 ン・ ウェイ ンは五人 の人 間 を撃 ち殺 し た。実 訳 し て、三 人 し て笑 っているあ いだ に、ジ ョ が今 のはな かな かだったねと言 い'ぼく が通 めてぼく の唇 にキ スす ると、お ばあ ち ゃん や らに出 か け ていた。)エリックが身 を かが と か いう 妙 ち き - んな ダンスパーティーと てしま ったと ころで、ナンシーは黒 と白 着 用 し ょだ った。( 父 さ んと母 さ んはち ょう ど寝 ウェイ ン主 演 の 「 グ リ ー ンベレー﹄を 見 てい た。エリ ック も ぼ く と お ば あ ち ゃんと いっ あ る夜 'ぼ- たち は居 間 に座 ってジ ョン・ ぼく たちを見 ると'おばあ ちゃんはにっこり には張 り があ るLt 唇 も赤 みを帯 びている。 て、せいぜい五十 四歳 といったと ころで、ほお す っかり若返 って見え た。九十 四歳 じゃな- た。さ らにお かしな ことに'おばあ ち ゃんは て、数 珠 を く - な が ら、金 剛 経 を 唱 え てい 濡 れ ね ず み のお ば あ ち ゃんが 腰 か け てい その跡 を たどっていった。す るとベッド には、 ち ゃんの寝 室 ま で続 いていたのでtはく らは かった。水 とラップの跡 が冷凍庫 からおばあ されていて、お ばあち ゃんの姿 はど こにも な お かしな ことに'冷 凍庫 は霜 取 り に設定 黒 雲 のよう にたな び いた。だ れも が魅 了 さ がただよってく る。後 ろ髪 も 灰色 の混 じった た。内 反 足 も 治 っていて'その姿 か ら は気 品 し ょう と、パンチボールにま っす ぐ 歩 み寄 っ 言 葉 に は そ 知 ら ぬ顔 だ った。一杯 や り ま にな ったじ ゃな い! 反応 を した。お ばあち ゃん、英語 がぺらぺら の指 輪 を 見 せび ら か し て、四十 ド ルのチ ッ ま す と言 って'茄 翠 のブレスレットと ダ イヤ は言 った'「 わ たし は癌 学会 の役 員 でござ い お ばあ ちゃんの目 が カタ、カタ、カターン'カタ' と、そ のとき、お ばあ ち ゃんの箸 が堅 い木 ら だ。お ばあ ち ゃんはか ね が ね ジ ョン・ ウェ と ころを、前 にも 映 画 で見 た ことが あ るか ン・ ウェインのよう な アメリカ人 に撃 たれ る ほんと'へっち ゃらだ った。自 分 の同胞 がジ ョ か ら だ。し かも 、靴 - のな いカリ フォルニア な かった。お ばあ ち ゃんが 英 語 でし ゃべった てみま し ょう か'この三人 で」ぼく は怖 く は 名 な カクテルパーティーに、押 し か け ていっ 笑 って言 った、「 ナンシーが出 かけ ていった有 ち が、いち ば ん喜 んだみ たいだった。お ばあ て聞 かせるか らだ。な か でも フエミニスーた 花 形 になった。おも しろい話を い- らでも し れ'目を 奪 わ れていたQ お ばあ ち ゃんは褒 め ナンシーはエリックとぼくとま ったく 同じ プを 握 ら せたのよ」 せたQ 答 え ると、かわ いい目 を く る- と 回 し てみ カタっていう 具 合イ ンを 悪 玉 で'水 牛 の尻 よ- 醜 いやつだ と 思 っていたOそ れ にtはく らが唇 にキ スす る し、八人 の子ども を産 むかたわら、ベトミン ニスーたちに向 かって、 自 分 が若- して結婚 ち ゃんは自 分 のま わりに集ま ってき たフエミ す ごいや'おばあ ち ゃんtとエリックが言 っ 英 語 で。 当 然な がら'おばあ ちゃんはパーティーの 閉 じたかと思う と、息を しなく なった。実に そ んな わけ で'ぼく らはお ばあ ち ゃんを よ- す ごいこと を し ているのを 見 ていた の の床 に落 ち- あ っけ な かった。 冷 凍 にし た。お ば あ ち ゃんは小 柄 だ し、冷 蜂起 の最 中 に、中 産 階 級 の家 庭 を家 長 とし た、英 語 がう ま く な ったね。 「 そう なのよ」おばあち ゃんは応 じた。「 生 で、キ スく ら いへっち ゃら だったO赤 ち ゃんが も でき な いよう に気 を つけ るんだよと- お じ いち ゃんのことも 語 った。お じ いち ゃん て支 え た話 を し た。お ばあ ち ゃんはぼく の プ でく るんで'そ れ から 父 さ んと母 さ んが き 返 ると'そう いう お ま け が ついてく るの 凍 庫 は大き いのだ。まず おばあち ゃんを ラッ ち ろん冗談 で- ね 。で も 'も う お 世 辞 は た く さ ん。パー 敬 意 と いったも のだ。( たま にはぼく が通 訳 な年 上 の女 と粋 な若 い男 の間 にふさ わし い ど、二人 の間 には通 い合 う も のがあ った。粋 好 き だった。お互 いに言葉 は通 じな かったけ つ上で三年 生 だ。エリックはお ばあ ち ゃんが す るく ら いハンサムな のだ。年 はぼく より 1 し ていて、笑 い声 が 暖 か -、ほんとう っと り た。そ の中 で泳 げ るく ら い青 く 澄 んだ瞳 を ど、エリ ックのこと はどう でも よく はな か っ も っとも 映 画 はどう でも よかった んだ け て、ベーナム式 の葬式を あげても らわなき ゃ 臭 って- るだろ。両 親 が帰 って- るのを 待 っ - は言 った。な んだって! な んでそ んな こ とし たんだ - ほら、だって、そう し なき ゃ ナンシーと はく と で冷 凍 にし た んだ、と は た。冗談 じ ゃな いってば、死 んじ ゃった んで' さ さ や いて'いつも のす てき な 笑 顔 を 見 せ だんだ、と話 した。冗談 だろ、エリックはそう く は、エリック、 実 はね、おばあ ちゃんが死 ん はカウチの上で愛 し合 った。しばらく してぼ のあ と 二人 でう ち に戻 ってき た。ぼく たち し 込 むと、ぼく はエリックに会 いに行 き、そ ばあ ち ゃんを マイ ナス十 1度 の冷 凍 庫 に押 を落 ち着 けていた。そ れから'つんと取 -港 -、ほおを氷の彫 像 の巽 に押し当 て、 気持 ち 作 だった。もう 少 しでひっく -近- そう にな われ たとき のナンシーの顔 と いった ら、大 傑 ま ったくtはく らがパIティI会 場 にあ ら 人 し て車 でダ ウンタウンに向 か った。 靴 を は- とう髪 を入念 に整 え 'そ れ か ら 三 き らき らのスパンコールがついたベルベットの り のブ ラウスを 着 て'黒 いシルクのパンツに か ら。お ばあ ち ゃんはし ゃれ た赤 いあ や織 げ で、あ っさり し ゃべれ るよう にな ったんだ と いう のに'おばあ ち ゃんは生 き返 ったおか う、かったるい英語 の特 別授業まで受 けてる 中 学、高 校 と通 って、おま け に ESL ってい らやま し かった。ぼく は英語 を覚 え るのに、 ぼく も答 え た。だけ ど'内 心 はち ょっぴりう いいねえ、とエリックが言 った。いいねえ、と この美 し いアメリカを 目にLtアメリカ人に 思 いついたのだ- だ 人 たち の肉 を食 べ'そ の血 を 飲 む ことを いったけ ど'そ のとき お ばあ ち ゃんが'死 ん ち は飢 え と渇 き か ら 死 にか け る寸 前 ま で 込 み'太 平洋 を渡 ってき た話を した。ぼく た は、ぼく たちが漁船に押 し合 いへし合 い乗 - 流 し合 った ことを 語 った。次 におばあ ち ゃん かったイ デオ ロギーを めぐ って、むだな 血を らにし、兄弟 どう Lが結 局 な んの意 味 も な れか ら、二十 四年 前 の内 戦 が家 族を ばら ば 名 な作 曲 家 にし た、と み んな に話 し た。そ げ '全 員 を 医者 や弁 護 士 やパイ ロッ- や有 の死後 、女 手 ひと つで子 ど も たち を 育 て上 しま ったのだ。おばあ ち ゃんはおじ いち ゃん してなす すべがなく、酒浸- になって死 んで を はせた け ど、フランスの植 民 地 支 配 に対 た頭 のいい人 で、バイ オ リニスト としても名 よ- 言 っていたっけ。わ た 泊ま っているラスベガスのサーカス・ サーカス し はもう ' 赤 ち ゃんを 取 り 上げ るのは卒 業 ティーに行 き ま し ょ」 をす ることも あ ったけど'いつも という わ け な らな いし さ。ぼく らは押 し黙 った。す ると ま してぽく ら のほう にま っす ぐ 歩 いてく る たO ぼく ら はお ばあ ち ゃんが 大好 き だ った。 じ ゃな かった。ぼく の英語 はたいしてう ま く エリックが言 った'ち ょっとおばあち ゃんを見 と' 招 待 されてなき や入 れ な いのに'みんな は、モリ エールと か シェイ クスピアに精 通 し ホテルに連 絡 し た。 し た んだ か らって。とま あうそ んな わ け で、 そう こう しているう ち に、ナンシーはパー ないし、ベー ナム語 とき たらてんでお租末 だ も ち ろんだ よtと ぼく は答 え ティーに出 かけ なき やな らな かったLtぼく か らだ。)お ばあ ち ゃんが イ カシたのは'お た、 き みにとっても自 分 のお ばあち ゃんみた ても いい- どう やって入 ったの、と尋 ね た。 そ れ はさ てお き、ナ ンシーと はく とでお ばあ ち ゃんだ け が ぼく が バイ セクシャルだ いな も のだったか らQそ こではく ら 二人 は、 は ぼく でエリ ックと映 画 に行 く 約 束 が あ っ と知 っていた こと だ。儒 教 の教 え を 守 ってい 冷 凍 庫 の中 を のぞ き に行 った。 ( ※この訳には出題者の加筆・ 訂正が入っています) な れ たと いう わけ だ。 そう やって生 き 延 びて、 るし'仏 教 徒 だっていう のに、ほんと、ち っと 「 ま あ '落 ち つき な さ い」と お ばあ ち ゃん も 騒 ぎ たてな かった。 l広 l告 l企 l画 l
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