議事要旨 - 野村総合研究所

第2回
日中円卓会合議事録(要旨)
August 08, 2013
議
題
開催日時
出席者
中国と日本が直面するマクロ金融面の課題について
2013 年 6 月 22 日<13 時 00 分~18 時 00 分>
<中国側講師・発言者>
金中夏
(中国人民銀行金融研究所 所長)
瞿 強
(中国人民大学金融証券研究所 副所長)
魏加寧
(国務院発展研究センターマクロ経済部 副部長)
管 涛
(国家外貨管理局国際収支司 司長)
孫国峰
(中国人民銀行貨幣政策司 副司長)
張季風
(中国社会科学院日本研究所 研究員)
劉 端
(中国社会科学院日本研究所 研究員)
王海明
(中国金融四十人論壇秘書長<モデレーター>)
<日本側講師・出席者>
須田美矢子(キャノングローバル戦略研究所 特別顧問)
深尾光洋 (慶應義塾大学商学部 教授)
関 志雄 (野村資本市場研究所 シニアフェロー)
貝塚正彰 (在北京日本大使館 公使)
福本智之 (日本銀行 北京事務所長)
岡嵜久美子(日本銀行国際局 シニアリサーチャー)
関根栄一 (野村資本市場研究所北京事務所 首席代表)
神宮 健 (野村総合研究所(北京) 金融システム研究部長)
井上哲也 (野村総合研究所 金融 IT イノベーション研究部長)
議事
1. 中国の政策に関するセッション
スマネーの拡大を防ぐべく、公開市場操作を通じて不胎化を行った
2. 日本の政策に関するセッション
ほか、窓口指導や預金準備率の引上げを通じて貨幣乗数を抑制
する政策を採用し、流動性効果を抑えるための金利の引き上げも
議事概要
Ⅰ. 中国の政策に関するセッション
1.日本側講師によるプレゼンテーション
関氏:
○
中国の国際収支の特徴と政策対応の概観
・中国は長期に亘り国際収支の黒字を計上し続けており、これが金
融政策の上で大きな制約となっている。また、日本の場合は経常
収支は黒字でも、資本・金融収支の赤字で相殺されているのに対
し、中国は、経常収支だけでなく資本・金融収支も黒字である。これ
は、当局が意図的に人民元の価値を均衡水準より低い水準に誘導
していることによると思われる。実際、当局の介入によって外貨準
備は増加し続け、これに伴いベースマネーも増加している。ベース
マネーの増加は貨幣乗数を通じて M2 の大幅な増加をもたらし、最
終的には資産バブルを形成するリスクを内包している。
行ってきた。
○ 管理変動相場制の実態
・中国は 2005 年 7 月に「人民元改革」を実施し、BBC(Band,
Basket and Crawl)方式と呼ばれる管理変動相場制に移行した。
一つ目の「B」は為替レートの変動を一定の範囲に抑えるという意
味である。当局は、毎日の取引開始前に基準となる中間値を発表
し、一日の変動幅を当該中間値を中心とする一定の範囲内に制限
する。当初、変動幅は上下0.3%と設定されたが、2007 年5 月には
上下 0.5%に拡大され、2012 年 4 月には上下 1.0%に拡大された。
二つ目の「B」はバスケット、つまり通貨バスケットを意味する。これ
は、当局が為替を調整する際に、米ドル以外の主要通貨との安定
性も考慮していることを意味する。もっとも、人民元レートの実際の
変動をみると、米ドル以外の主要通貨との連動性が極めて小さい
ので、通貨バスケットにおける米ドルの割合は非常に大きいと推測
・中国当局は、資産バブルを防ぐため、人民元の切り上げ、輸出抑
される。最後の「C」は微調整を意味し、ある方向性をもって為替レ
制と輸入増進、QDII などを通じた対外投資の奨励といった施策を
ートを微調整するという意味である。2005 年 7 月の「人民元改革」
通じて、国際収支の黒字を減らす努力を続けてきた。同時に、ベー
から今日までに、人民元は対米ドルで約 30%上昇した。いずれに
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しろ、現行の制度を維持するためには、当局は日々介入を続ける
為替レートを放棄する一方で、自由な資本移動と独立した金融政
必要がある。
策を確保している。現在の中国は、いずれのパターンにも該当せ
○
問われる金融政策の有効性
・BBC 方式の 3 つの要素のうち、マクロ経済に与える影響が最も大
きいのは調整速度(Crawl)だと思う。これまで、実際の調整速度は
時期によって異なり、経常収支を考慮したものと理解されているが、
ず、いわば中間的な方式を採用している。すなわち、資本移動が
完全に自由化されている訳ではないが、完全に不自由な訳でもな
い。為替レートも部分的な変動相場制を採用しているが、完全変動
相場制への移行は完了していない。
私は人民銀行がインフレ率に基づいて人民元の為替レートを決定
・私は、中国が最終的に完全変動相場制を選択すべきであると考
している結果だと理解している。実際に、2005 年 7 月以降、人民元
える。グローバル化の下で、内外資本移動を制限することに逆戻り
の対米ドルレートと国内インフレ率との間に明確に正の相関関係
するのはほぼ不可能であるし、中国のように大規模な経済にとっ
が認められる。教科書的にはインフレは為替相場に下落圧力をか
ては独立した金融政策が不可欠である。残った選択肢として、固定
けることになるが、中国の場合は、当局が物価安定のツールとして
相場制を諦めるしかないように思う。
為替レートを用いているため、インフレ下では為替レートが逆に増
価することになる。
○
人民元改革
・2005 年 7 月以降、当局は人民元レートの日々の変動幅を徐々に
・2004 年頃から人民銀行が自ら手形を発行して不胎化を行ったが、
拡大してきたが、人民元レートは現在も市場の需給を完全に反映
2009 年以降、この手形は発行残高が減少し始めていることに象徴
した動きにはなっておらず、当局の管理の下でいわば「変動させら
されるように、不胎化手段として活用されなくなった。現在、人民銀
れている」状態であり、金融政策の有効性を阻害する大きな要因に
行は、主として預金準備率の操作を活用してマネタリーベースをコ
なっている。完全変動相場制に移行するため、当局は徐々に市場
ントロールしている。人民銀行にとっては、手形の発行であれ、準
への関与を減らし、最終的には中間値の発表を廃止すべきである。
備預金への付利であれコストが発生するが、より金利の低い準備
「人民元改革」以降、人民元の実質実効為替レートは対米ドルレー
預金を活用することで不胎化のコストを引き下げているのではない
トと同様に約 30%上昇しており、これを受けて、国際収支の黒字は
かと思われる。
大幅に減少した。為替レートが均衡水準に近づいた時こそ、完全変
・中国の金利引上げは総需要の過熱に追いつかないことが多い。
例えば、インフレ率は 2009 年 7 月の-1.8%から 2011 年 7 月には
6.5%に上昇したが、人民銀行による金利の引上げ幅は僅か
1.25%ポイントであり、実質金利はむしろ低下した。米国における
テイラー・ルールの議論によれば、1%ポイントのインフレ率上昇に
対する政策金利の引上げ幅は 1%ポイント以上とされる。ところが、
中国の実績から推計すると僅か 0.1%ポイントとなる。これは、中
国の現在の為替制度の下では、大幅な利上げが流動性を抑える
どころか、逆に海外からの資金流入を招いてしまうことを当局が懸
念しているからである。
・その意味では、金利調整という金融政策の手段は流動性をコント
ロールする役割を果たしていないが、だからといって金融政策の有
効性を全て否定することも適切ではない。実際、リーマンショック後
の金融緩和期にはマネーサプライが大幅に増加し、ピーク時には
前年比 30%程度も増加した。しかし、その後の引締め政策によっ
て、マネーサプライの増加率はピーク時の半分以下まで低下した。
その上で、私は、中国の金融政策の手段の中では、預金準備率操
作が一番有効であると理解している。
動相場制に移行する絶好のチャンスである。
神宮:
○ 中国における金融自由化の進展
・中国の金融自由化には、2012 年以降に幾つか注目すべき動き
があった。まず、人民銀行の調査統計司によるレポートで、今後三
段階にわたって資本自由化を進める一つの案が発表された。その
中では自由化の内容と時期の双方が初めて明記されており、全世
界の注目を集めた。また、為替レートの一日の変動幅が拡大され、
さらに、8 年ぶりに預貸金利の自由化が再開された。
・金融自由化の角度からみると、現在の中国は日本の 1970 年代
から 1980 年代前半に類似している点が多い。一方、日本との相違
点としては、中国ではある意味で「勝手に」金融自由化が進んでい
る。つまり、国内では民間貸借といったインフォーマルな取引が存
在し、対外的にも地下金融を通じた送金が相当程度行われている。
つまり、国の管理下に置かれた取引と非公式な取引が併存してい
る訳であるが、その評価には議論の余地がある。同時に、金融機
関に対する保護政策の弊害も顕在化している。中国では、昨年、銀
行が暴利をむさぼっているとの批判が高まったが、これは 1990 年
○「国際金融のトリレンマ」に対する中国の選択
代の日本の証券業に関する議論に通じる面もある。当時は固定手
・2005 年以前の中国は、自由な資本移動を放棄する一方で、固定
数料で保護された利益が優良顧客や大手顧客の損失補填に使わ
為替レートを維持しながら、独立した金融政策を確保していた。こ
れた。確かに、「勝手に」自由化が進んだり、保護政策によって
れに対し、ユーロ圏の諸国やドルペッグ制を実施する香港は、独
様々な歪みが生じたりすることを考えれば、当局主導での金融自
立した金融政策を放棄する一方で、自由な資本移動と固定為替レ
由化を加速した方が良いと考えられる。
ートを選択している。また、日本をはじめとする先進諸国は、固定
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すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
2
第2回
○
金融自由化における日本の経験
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政策の観点からは、新しい金融商品が拡大する中で、従来の通貨
・日本では、金利自由化を進める際に規制回避の動きが相当多く
集計量は有効なのか、あるいはマネーの流通速度はどう認識すべ
生じ、深刻な問題を引き起こした。規制金利と自由金利が併存する
きなのかという課題がある。また、過剰流動性が発生した場合に、
と、資金は必然的に自由金利の方へ流れる。例えば、規制緩和途
マクロ的には中央銀行による引締め政策で解決できるとしても、中
上の日本では「特定金銭信託」(以下、「特金」)や「指定金外信託
小企業向け貸出への影響をどう回避するかといった課題がある。
(ファンドトラスト)」(以下、「ファントラ」)と呼ばれる商品が流行した
が、中国で流行っている理財商品には共通点も多い。すなわち、日
深尾氏:
本の特金・ファントラは、会計上の有利さもあって利殖目的で利用
○ 人民銀行の課題
する企業が多かった訳である。バブルの根本的な原因が金融政策
・人民銀行のバランスシートは、現在約 30 兆元に達し、GDP の約
にあったとしても、現象面では大量の資金が特金・ファントラに流入
60%に相当する。資産側では、外貨準備の構成比が最も大きく、米
したことも影響し、特金・ファントラの規模はピーク時で約 45 兆円に
国の金利が低いためにそのリターンは低い。一方、負債のうちで
達し、東証時価総額の約 1 割に相当した。もちろん、日本ではその
貨幣はゼロ金利で発行できるが、準備預金や中銀手形の発行に
後のバブル崩壊によって、企業は結果的に巨大な損失を被った。
は金利コストが発生している。
・1980 年代の日本では、大規模な迂回融資も行われた。国内では、
・現在は、商業銀行に準備預金の保有を強制することで、人民銀行
規制によって銀行本体では実行できない融資が関連ノンバンクを
にとって低利での資金調達が可能になっている。これは、民間銀行
通じて行われ、ピーク時に 85 兆円に達するなど、当時の日本の
が GDP 対比で数%程度もの大きさで課税されていることを意味す
GDP である 400 兆円に比べても相当の規模に膨らんだ。これらは、
る。同時に、現在は民間の預金金利が低位に規制されているので、
少なくとも当時は規模や資金使途が見えにくかっただけに、後々深
民間銀行はいわば規制に伴うレントによって超過利益を得ているこ
刻な問題を引き起こした。迂回融資には香港などの海外市場を経
とになる。これらを全体としてみれば、人民銀行が民間銀行の超過
由するものもあった。つまり、国内の規制金利を避けるため、邦銀
利益を吸い上げている構造が浮かび上がる。その背景には、人民
が東京オフショア市場で資金を調達し、本支店勘定を通じて香港拠
銀行が保有する外貨準備の利回りが低いという問題がある。また、
点に送金した上で、香港拠点が日本国内の顧客企業に融資するも
人民銀行のバランスシートは表面上、資産と負債・資本が均衡して
のである。実際、この時期の香港の対外債権・債務は両建てで大
いるが、これまでの米ドルに対する人民元レートの増価も考えれば、
きく増加した。迂回融資という面でも、最近の中国には同じような状
人民銀行は外貨準備の保有に伴う巨額のキャピタルロスを抱えて
況が散見される。一般に、規制緩和がある程度進むと、むしろ規制
いる可能性が高い。人民銀行の健全性には大きなリスクがある。
回避行動を助長する面があるように思う。
○
中国の現状
・中国が金融自由化を円滑に進めるためには、民間銀行による競
争条件を整える観点から、民間銀行に対する人民銀行による事実
・現在の中国で、最終的な資金の主要な借り手は地方政府の融資
上の課税を引き下げる必要がある。すなわち、現在のように 20%
プラットフォームや不動産会社であろう。最近増加している債券発
近い水準になっている預金準備率を大幅に引下げ、準備預金に対
行の主たる担い手は融資プラットフォームであり、それらの債券が
する支払金利も市場金利に近づけていく必要がある。しかし、先に
理財商品に組み込まれて販売されている。すなわち、銀行は直接
述べたように、これを行うと人民銀行の巨額の損失が顕在化するリ
に企業に貸し出すことができるのに、規制を回避するために理財
スクが生ずる。一般に、巨額の損失を被った中央銀行は、バランス
商品を経由している訳である。そうした迂回チャネルは最初は信託
シートの均衡を保つため、政府から財政的な支援を受け入れる必
会社であったが現在は証券会社に拡大し、具体的な手段も集合理
要がある。これは大きな問題であり、政府から財政的な支援を受け
財等を含むようになっている。
続けなければならない中央銀行には、独立した政策運営をするこ
・このスキームのリスクとして期間のミスマッチを指摘する向きが多
いが、私は、信用リスクが最大の問題であると考えている。もちろ
ん、形式上は、理財商品には元本保証が付されていないため、信
用リスクは購入者の自己責任に帰されるのが筋であるが、実際は
銀行や政府による保証が暗黙の前提になっており、一種のモラル
ハザードが起きている。
とは出来ないと考えるべきである。
2.中国側講師によるプレゼンテーション
金氏:
○
中国における金利自由化の進展
・過去十数年間に中国の金利自由化は大きな進展を遂げたが、現
在も預貸金利は規制されている。預金金利は上限から 1 割、貸出
・金利自由化を見据えて、現在の中国でいわゆる「中国版バーゼ
金利は下限から 3 割の幅が認められるようになったが、実際に下
ルⅢ」が導入されたり、預金保険制度の設立に向けた準備が進め
限の金利で実行される貸出は少ないだけに、預金金利の上限だけ
られたりしている点は評価できる。その上で、日本の経験を踏まえ
が有効であるともいえる。一方、マネーマーケット、債券市場、外貨
ると、情報開示を強化することが非常に重要である。また、マクロ
預金や理財商品の金利は、既に完全に市場の需給によって決定さ
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第2回
れるようになっている。
・現在の中国は、更なる金利自由化を進めるための条件をほぼ揃
えている。第一に、金融機関の金利リスク管理能力はここ数年で格
段に向上した。株式会社への転換や国内外での上場を通じて、ガ
バナンスも強化された。第二に、上海銀行間取引の基準となる
Shibor が整備された。第三に、中央銀行は、公開市場操作を通じ
て銀行間市場や債券市場の金利に影響を与えるようになっている。
第四に、銀行間市場の金利が中長期金利や物価水準に影響を与
えるようになっており、中央銀行が金利操作の目標を現在の預貸
金利から銀行間金利に移行する条件が整っている。
○
金利自由化による経済構造改革への効果
・2012 年後半には金利自由化が加速し、先に述べたように貸出金
と預金金利の設定にある程度の自由度が設けられた。これにより、
預貸利鞘は 1%以下まで縮小されたため、人民銀行が定める基準
金利による商業銀行への補助金としての意味合いは薄れた。これ
は商業銀行の経営に大きな影響を与えるであろうし、銀行間の競
争も金融構造に大きな変化をもたらすと考えられる。預金金利は、
22 June 2013
この報告書によれば、自由化後の金利はいったん上昇した後に低
下するとされていたが、結果的に予想通りとなった。また、一般論と
しては、一国の金利水準は主として経済成長率とインフレ率によっ
て決定される。経済成長率は本質的に実質金利の水準を決定し、
インフレ率は名目金利の水準に影響する。先進国の自然利子率は、
長期国債の実質利回りまたは実質 GDP 成長率で近似できる。つ
まり、金利形成には一定の理論があり、自由化された結果、銀行間
の競争によって預金金利が無限に上昇する訳ではない。また、米
国、欧州、日本といった先進国の預金金利はそれほど高くないが、
これは、中央銀行による金利目標が預金金利から銀行間市場の基
準金利に移ったことに伴うものである。
・現在、理財商品の利回りが 1 年物預金金利を大きく上回っている
ことを根拠に、預金金利が故意に低水準に抑えられていると主張
する向きもあるが、私はそうは思わない。なぜなら、1 年物預金金
利はいわば無リスク金利であり、その意味では現在の水準は相当
高い。つまり、「無リスク金利」とリスクプレミアムを含む理財商品の
利回りを単純に比較することは適切ではない。
ここ数年間は実質ベースでマイナスであったが、昨年からはプラス
・金利自由化後の銀行の利鞘は、銀行のビジネスモデルの方向性
に転じ、直近ではプラス幅が 1%ポイント以上まで拡大した。このよ
や監督体制に依存すると思う。銀行の利鞘を、広い意味で負債側
うな銀行預金のリターン向上は、資産バブルを抑制することも期待
の支払利息の加重平均と資産側の収益の加重平均との差として比
できる。また、貸出金利を柔軟に設定できることは、価格メカニズム
較すると、中国の銀行は米国や英国より小さく、他の BRIC 諸国と
の機能を通じた効率的な資源配分に資する。
比べるとはるかに小さい一方、日本やドイツより高い。これは、各
・預貸利鞘の縮小は、銀行の証券に対する優位性を低下させるた
め、今後は金融システム全体の資金調達に占める直接金融の割
合を増加させるかもしれない。これは、長期的にみて株式市場と債
券市場にとって良いことであると同時に、預貸利鞘に依存すること
ができなくなった銀行はビジネスモデルの転換を迫られるであろう。
監督当局はこれらの点を把握しておくべきである。
国の銀行システムの構造や個々の経営戦略の違いを映じていると
考えられる。
瞿氏:
○ 中国の金融システムにおけるリスク
・第一のリスクは不動産市場である。不動産価格は過去十数年に
亘って上昇し続け、住宅取得における投機性は益々強くなっている。
・マクロ経済の観点からは、金利自由化は経済成長パターンを変
不動産にバブルが存在するか否かに関する議論が長年続いてき
化させる可能性がある。金利メカニズムを通じて、貸出がより収益
たが、原因の一つは基本データの欠如による。不動産市場の高騰
性の高い企業・産業に配分されるため、「規模」ではなく「効率」を追
を都市化による需要増で説明しようとする専門家もみられるが、経
求する投資が成長を牽引することに繋がる。仮に個人消費の規模
済学では需要とは支払能力を伴った「有効需要」であるべきである。
が変わらないとしても、このように企業活動が効率化することで、
なお高いジニ係数を考えると、都市化によって流入してきた市民が
個人消費の総需要に占める割合は増加するであろう。また、自由
高い不動産価格を支える需要を生み出していると主張するのは難
化された金利環境では金融政策の有効性も向上し、金利体系全体
しいように思う。
もより均衡水準に近づくので、外的ショックが発生した場合のイン
パクトが小さくなることが期待される。このように、全体的に見て、
金利自由化は中国経済の構造改革に積極的な役割を果たすこと
が期待される。
○
自由化後の金利動向
・第二のリスクは、地方の資金調達プラットフォームである。これら
は、もともと国家開発銀行が推進した制度革新であり、都市化の進
展に大きな役割を果たしたが、規模が大きくなるにつれ、システミッ
クリスクが危惧されるようになった。最近の事例とマクロデータから
判断する限り、決して楽観できる状況にはなく、短期的には流動性
・完全自由化後の金利動向は、それ以前の金利が均衡水準にどの
リスクが相当蓄積されている可能性がある。実際に流動性リスクが
程度近かったかに左右される。他国の経験によると、金利が完全
システミックリスクに繋がるかどうかは様々な条件によるであろう
自由化の前に均衡水準に達していれば、自由化後の変動は比較
が、この問題への対応は非常に重要である。地方政府がいまだに
的小さい。マレーシアでは、金利自由化に先立ち、中央銀行がマハ
地価や不動産価格の値上がりを前提とした大規模な投資を継続し
ティール首相に自由化後の金利動向に関する報告書を提出した。
ようとしていることは大きな問題である。
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第2回
22 June 2013
・第三のリスクは、シャドーバンキングや銀信合作である。シャドー
ある。安易な「保増長」(成長を保つこと)は構造転換を遅らせること
バンキングをめぐる議論は二つの点に集約できる。一つは、銀行
に繋がる。構造転換は市場原理なしには実現しないものであり、政
の理財商品に代表されるように、期間のミスマッチによる流動性リ
府主導の経済構造転換は現実的でないと認識すべきである。経済
スクである。もう一つは、資産プール方式で商品発行を繰り返して
成長が鈍化すると金融システムのリスクが顕在化するが、構造転
いるため、いわゆる「ポンジ・スキーム」になっているのではないか
換に伴うある程度の「痛み」は甘受せざるを得ない。
という点や、投資対象である資産の健全性に関する問題である。
理財商品の規模は膨張を続けており、最新のデータによると残高
3.自由討議における主な議論
は 10 兆元近くに達している。
(1) 金利自由化に伴う課題
・最終的には、不動産価格の調整が銀行部門にどのようなインパ
クトをもたらすかが最も重要である。人民銀行による最新の「金融
安定報告」によると、主要金融機関の不動産ローンは増加している
ものの、その金額は大きくない。しかし、多くの大企業は親会社名
王氏<モデレーター>:
・金利自由化は金融改革の重要な一歩である。将来的に、金利自
由化は金融経済にどのような影響をもたらすか。また、どのような
課題が想定されるか。
義で銀行から融資を受けて傘下の不動産会社に資金を回したり、
金氏:
他の名目で債券市場から資金を調達して不動産に投資したりして
・金利自由化に向けて進むのは望ましいが、それで全て完了という
いるだけに、実態を正確に表していない可能性もある。
訳ではなく、新しい課題に直面すると思う。第一に、金融政策の波
○
金融システムのリスクの把握
・1980 年代から 2008 年の金融危機に至る期間を採ると、米国の
マネーサプライが安定していた一方、非金融部門全体の債務残高
は急速に拡大していた。金融危機前にヘンリー•カウフマンはこの
問題に気づき、急激な債務拡大が深刻なリスクを孕んでいると指
摘した。彼の指摘は、債務の拡大とデリバティブの組成が繰り返さ
れた結果、システミックリスクが顕在化するまで信用の価値が誰に
もわからなくなったというものだが、これは極めて的確な表現だと
思う。信用の拡大によって不均衡が生じているとすれば、いずれは
調整される必要がある。「信用はマネーよりも重要」という彼の言葉
は非常に重い意味を持つ。
及経路を如何に正確に理解できるかという点である。一部の先進
国では、金利の完全自由化が実現したにも拘わらず、金融危機を
回避できなかった。金融政策の基本的な波及経路は、短期金利の
操作を通じて中長期金利に働きかけ、イールドカーブ全体の変動
を通じてその他の金利に影響するというものである。しかし、このメ
カニズムは想定通り機能しない時もある。例えば、FRB は金融危
機前に短期金利を引上げたが、長期金利は予想通りには上昇しな
かった。米国当局は、中国や日本の外貨準備が米国債を購入した
ために長期金利が低下したと説明していたが、そうであれば市場
は必ずしも効率的ではないことになる。将来、中国の金利が自由
化された後にも、同様に金利の波及メカニズムに関する理解に問
題が生ずるかもしれない。また、金融危機後に政策金利がゼロま
・全銀行のバランスシートを統合した通貨集計量は銀行の資産規
で低下し、「流動性の罠」に陥った場合は、金利政策は効力を失い
模と概ね同じであり、銀行貸出とほぼ同じペースで増減している。
数量調整に戻らざるをえなくなる。
ただし、これはあくまで狭義の信用であり、中国でも広義の社会資
金調達においてマネーは半分ぐらいしか占めていない。つまり、貸
出だけを見ていては不十分であり、債務全体が経済に与える影響
に着目しないと金融システムのリスクを過小評価する。
○
金融システムのリスクと経済構造転換に伴う負担
・第二に、如何に基準金利を選択し、調整するかという点である。
金利自由化とは金利決定を完全に市場に委ねることでなく、当局
がどの金利をどのように管理するかという問題はなくならない。今
後は、銀行間市場の金利が基準金利となるだろうが、具体的にど
の水準に誘導するかは基本的には中央銀行の判断に委ねられる。
・企業から地方政府まで一様に債務が厳しい状況にあるが、これを
テイラー・ルールを厳格に守る中央銀行はなく、主観的な判断に委
危機発生の前兆と見るべきであろうか。アジア通貨危機の際には、
ねられているため、ミスが発生する可能性もゼロではないし、誤っ
中国では経済成長の鈍化、物価の下落、銀行の不良債権の増加と
た判断が長く続いた場合は大きな不均衡をもたらすリスクもある。
いった問題が同時に発生した。当時、中国でも金融危機が発生す
るとの指摘が海外では多かったが、我々は、中国経済に成長のポ
テンシャルがあり、それによって債務の相対規模を引下げうると判
断していた。将来に向かって、中国経済がアジア通貨危機後のよう
な高度成長を見せることはないだろうが、現在の銀行部門の自己
資本比率や不良債権比率から判断する限り、総体的にリスクはコ
ントロール可能な範囲内にあると考えている。
・第三に、貨幣数量をどのようにモニターするかという点である。調
整の重点を政策金利に置いたとしても、貨幣数量はやはり重要で
ある。FRB も、名目上は貨幣数量のフォローや調整を中止したが、
実際は M2 や国内の流動性、海外のドルの流動性を今でもモニタ
リングしている。中国も貨幣数量のモニタリングを引続き改善し、必
要な時には調整しなければならない。第四には、金利と為替レート
の関係をどのように捉えるかという点である。金利と為替レートは、
・従って、短期的に何らかのリスクが顕在化しても、特に慌てる必
双方が自由化されても密接な関係にあり、人民銀行の政策金利に
要はなく、重要なことは如何にして経済構造の転換を実現するかで
関する決定は為替レートにも大きな影響を及ぼすことになる。また、
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
5
第2回
22 June 2013
開放経済の下では、金利が自由化されても、金利調整は依然とし
すぎる、あるいは急ブレーキをかけることは、過度な景気変動をも
て両面性と複雑性を併せ持つ。つまり、閉鎖経済の下では利上げ
たらす可能性があるので非常に危険である。
は必ず引締め効果を持ち、利下げは必ず緩和効果をもたらすが、
開放経済の下では必ずしもそうではない。
金氏:
・深尾さんの考えには一理あるが、政策金利の調節は車の運転よ
貝塚氏:
り複雑である。第一に、金利変更の影響が実体経済に及ぶにはタ
・金利自由化を推進する意義は、市場メカニズムによる資源配分を
イムラグがある。アクセルを今踏んでも、車が加速するのは 10 分
通じて経済厚生を向上させることにある。しかし、それはどのように
後かもしれない。しかし、10 分後に上り坂にあるか下り坂にあるか
評価すべきだろうか。例えば、中国政府の重点政策の一つに中小
には不確実な面がある。第二に、経済状況を判断する指標は数多
企業育成が掲げられているが、資源配分を民間金融機関のみに
くあるが、どの指標に依拠するかで判断結果も変わりうる。第三に、
委ねることで、必要な資金を確保できるだろうか。日本の場合、財
指標間の矛盾が判断を余計に困難にする場合がある。例えば、イ
政的な負担を伴う面もあるが、政策金融機関を通じて中小企業金
ンフレ率で経済を判断するのは伝統的な方法だが、インフレ率が
融の円滑化を支援してきた。金融自由化の中で、市場機能だけで
高くない中で資産価格が上昇している際の判断は難しい。
確保できない資金の流れへの対応も考えるべきではないか。
(2) 政策金利の調整
王氏<モデレーター>:
・マネーマーケットの金利にどんな問題が存在し、人民銀行は如何
に金利を調整すべきか。
井上:
・中央銀行が長期金利をコントロールするのは難しいとの議論があ
ったが、私も全く同意見である。特に中国の場合、資本の自由化を
進めていく中で、人民元の上昇期待が剥落して行ったとしても、長
期的な成長期待によって世界から資本フローを引きつけるであろう。
その意味では、日本より米国に近い存在になることが考えられる。
須田氏:
理論的には、為替レートを自由化すれば国内で独立した金融政策
・十年間に亘り日銀政策委員会の委員を務めた経験から申し上げ
が実現できるとされるが、実際は、米国の例が示すように、資本流
ると、金融政策はルールに基づいて機械的に運営することはでき
入の影響によって国内に低金利環境が出現しうることになる。
ず、総合的な判断によるしかない。大切なことは、それを如何に市
場にわかりやすく伝え、対話していくかである。何を、いつ、どのよ
(3) 金利自由化に伴うリスクへの対応
うに発信していくかというコミュニケーション・ポリシーが非常に重
王氏<モデレーター>:
要である。これは中国だけではなく、先進国も直面する大きな課題
・金利自由化に伴う金融経済へのリスクをどう考えるべきか。また、
である。また、常に万能ではない市場に不完全ながらもその機能を
どのような対策でコントロールすべきか。例えば、預金保険制度の
発揮させたければ、必然的に投機を許容せざるをえず、大きな不
導入は預金者に明確な制度的保証を与えるのに、なぜ遅々として
安定要因にもなりうる。つまり、金利自由化について白か黒かとい
進まないのか。
う議論はできず、市場に委ねることで生じる問題を回避しつつ、市
場の良い点をどう活かすかという視点が重要である。
井上:
・貸出金利の自由化を進めた場合、潜在的な不良債権があぶりだ
深尾氏:
されるリスクをどう考えるべきか。例えば、日本の銀行は、現在、金
・中央銀行が政策金利を考える際には、モデルを用いて最適な水
融監督の指標からみて良好な状況にある。しかし、海外の専門家
準を推定するテイラー・ルール等も使われているが、実際にはモデ
からは、借り手が問題なく返済できているのは超低金利だからであ
ルに組み込めない経済状況も数多くあるため、金融政策を適切に
り、将来、金利環境が変わっても貸出内容は良好であり続けると言
運営することは難しい。しかし、政策金利の調整をあまり難しく考え
えるかと問われることがある。日本経済の問題が資本効率の低さ
ることも適切でない。政策金利の決定は車の運転に似ていると言
にあるとすれば、こうした指摘は真実の一端を突いている可能性も
われる。つまり、経済の減速は車が坂を登っているようなもので、
ある。中国でもマクロ的に同様な問題が存在するとすれば、同様な
その場合はアクセルを踏めばよいし、経済成長の加速は車が坂を
課題が存在するのではないか。もちろん、これは長い目で中国経
降りているようなもので、その場合はアクセルを外すかブレーキを
済に必要な調整過程なのであろうが、その過程で顕在化するかも
踏むかである。アクセルもしくはブレーキを何度の傾きで踏むべき
しれない不良資産を負担しきれるだろうか。
か決定する基準はなく、時々の状況に応じて速度計を見ながら絶
え間なく調整すべきものである。各国の経済状況はそれぞれ異な
り、上り坂段階の国もあれば下り坂段階の国もあるので、採用する
ストラテジーも異なる。米国の政策金利を調整する上でテイラー・
ルールが有効と言われるが、経済状況が異なる中国や日本に必
ずしも適用できないのは当然である。ただし、アクセルを急に踏み
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
金氏:
・金利が自由化されても、全体的な金利水準は懸念されているほ
ど変動しないかもしれない。経済成長率が鈍化しているので、自然
利子率は数年前に比べて低下したと考えてよいし、一部の国有銀
行の債務は格付で判断する限り「準ソブリン」であり、低金利である
6
第2回
22 June 2013
ことにも納得がいく。もっとも、経営が独立し、国家による保証のな
年以降倒産した銀行は 1 行もなく、預金を完全に失った預金者もい
い企業に対する貸出金利も低いことは、現在の金利水準がリスク
ない。このため、中国の預金者は、政府が全預金を全額保護して
を適切に反映していないことを示している面もあり、金利自由化後
いると無意識に認識している。仮に、預金保険制度を導入して上限
に調整される可能性はある。
を例えば 10 万元に設定すると、中国の預金者は保護される額が
・非効率で低収益な投資の多くはインフラ整備と関連している。中
国はインフラの面では 10 年間で 30 年分の投資を行っただけに、
長期間で徐々にコストを回収しなければならず、短期的な収益率
は高いはずがない。ただし、金利自由化が進展し、収益の高いプ
ロジェクトに資金が配分されることで経済成長力が高まれば、イン
フラの収益率もこれに伴って改善する。その意味では、インフラ投
資の収益性も長期的にはそこまで深刻でないかもしれない。むしろ、
経済構造の調整の中で金利を如何に合理的に管理するかが一番
重要であると思う。もちろん、生産性の低い貸出は存在し、どう考え
ても経済の発展についていけない企業は倒産すべきであるし、銀
行の不良債権になるのであれば償却すべきである。
却って減額されたと捉える可能性が高い。この点が、中国で預金
保険制度の整備を進める障害になっているのではないか。
Ⅱ.日本の政策に関するセッション
1.中国側講師によるプレゼンテーション
魏氏:
○
日中の政府債務の現状比較
・2010 年末の中国と日本のグロスの政府債務規模は中国が約 3.6
兆ドル、日本は約10.6 兆ドルである。政府債務の GDP 比率も中国
は 59%と国際的に認識される警戒線(60%)に近い一方、日本は
180%とその 3 倍である。政府債務と財政収入の比率をみると、中
国は 175%と、国際的に認識される警戒線(100%)を 75%ポイント
深尾氏:
上回る一方、日本は 860%とその 8.5 倍以上である。 同様に 2010
・人民銀行は巨額の外貨準備を抱えている。そのリスクを引下げる
年末で、政府債務の構成をみると、中国は中央政府が 42%である
にはそれを売却し、含み損を実際の損失にする以外に方法がない。
のに対し、日本は中央政府が 81%と大半を占める。先にみた政府
日本も、財務省が外国為替資金特別会計を持っており、リスクを抱
債務と財政収入の比率では、中国の中央政府は地方政府の 2 倍
えているが、中国と比べると遥かに小さい。日本の市場金利は米
であるのに対し、日本の中央政府は地方政府の 4.8 倍である。
国より低いので、外貨を持つコストも中国ほど高くなく、むしろ、日
本と米国の金利差によって財務省に利益をもたらした。日米金利
差によって、ドル安による損失を相当程度補えるという訳である。
また、現在の為替相場で評価すると、過去のドル買い介入による
外貨準備の取得は、外国為替資金特別会計に利益をもたらしてい
る。これに対し、中国が完全に金融を自由化した場合、国内金利は
米国よりずっと高くなるであろう。こうした米中金利差に伴うコストや
ドル安による為替差損の負担を人民銀行は避けることはできない
のではないか。
貝塚氏:
・金利自由化は預出利鞘を縮小させるため、銀行はビジネスモデ
ルの転換が必要である。この流れの中で金融機関の淘汰が起こる
のであれば、預金保険制度や金融機関の破綻法制は必要不可欠
である。昨年のこの会議でも、日本側から中国の預金保険制度に
ついて質問し、その後も我々は関連する当局との意見交換を行っ
てきた。中国当局は、預金保険制度について、制度設計は既に完
了しており、タイミングを見て実施できると発言しているが、一年た
っても導入される気配がない。預金保険制度の導入を阻害する最
大な要因は何か教えていただきたい。
・中国の地方政府債務を主体別にみると、資金調達プラットフォー
ムが 4.97 兆元と最も大きく、全体の 46%を占める。投資家は地方
政府や地方全人代によって保証されているとみているが、資金調
達プラットフォームは有限責任会社なので、地方政府は無限責任
を取る必要がないと考えており、こうした認識の差が危機発生の原
因になるリスクが高い。なお、政府債務全体の 2003 年から 2010
年の年平均増加率は中国が 16%で日本は 4%であった。つまり、
絶対額でみても年平均増加率でみても、中国の政府債務の増加ペ
ースは日本より速かった。
○
日中の政府債務の背景の比較
・日本の政府債務が増大した主な理由は、第一に、1980 年代後半
のバブル期に積極財政を採ったことである。バブルによる偽りの景
気を「経済構造の転換」と誤解した訳である。1986~91 年の間に、
税収は 41.9 兆円から 60.1 兆円に増加した一方、歳出も 53.6 兆円
から 69.3 兆円へ増加した。第二に、90 年代初にバブルが崩壊した
後、税収の大幅減と歳出の増加が同時進行したことである。現在
の税収は約 44.0 兆円であり、1991 年の 60.1 兆円から約 16 兆円
も減少した一方、歳出は 1991 年の 69.3 兆円から 2004 年の 82.4
兆円まで大きく増加した。歳出増加の主因としては、社会保障関連
金氏:
が絶対額で8.2兆円も増加した。今世紀に入って以降は、高齢化等
・個人的な理解では、中国で預金保険制度を導入する背景は米国
を背景に増加率が加速している。また、公共事業関連も絶対額で
とは異なる。米国では、19 世紀や 1930 年代に多くの銀行が倒産し、
2.4 兆円も増加した。これは、バブル崩壊直後に政府が景気対策と
国民は預金を失ったが。預金保険があれば少なくとも 1 万ドルや
して公共投資を大幅に増やしたことによる。
10 万ドルを取り戻せる。こうして、預金保険は倒産の可能性がある
米国の銀行に対する預金者に歓迎された。しかし、中国では 1949
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すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
・中国の政府債務が増加した主たる理由は、第一に、2003 年から
数年の間、経済が過熱気味であったのに国債発行を増加させ、銀
7
第2回
22 June 2013
行の不良債権処理に伴う債務処理を後回しにした点がある。筆者
・中国の地方政府債務が急速に増加したのは、1994 年に分税制
は 2004 年の講演の中で、不景気でも好景気でも大量に国債を発
が実施された後、事業権が下部組織に委ねられた一方、財政権は
行するならば、再び不景気になったらどうするかという懸念を示し
上部組織が召しあげたためである。地方政府にとって政策課題は
た。その後は国債の増加ペースもある程度コントロールされるよう
多いが、現在の『予算法』は地方政府の自主的な債券の公募発行
になったが、総額は増加し続けた。地方政府の債務の増加ペース
を禁じている。このため、様々な隠れ負債が活用され、債務規模が
は更に速く、2003 年の 1 兆元余りが、2006 年に 4 兆元に達した。
急速に大きくなった。同時に、伝統的観念や幹部制度の影響も大き
・第二に、国際金融危機への対応として、2009 年に中国政府は、
いわゆる「4 兆元の政府投資プラン」と「10 兆元の貸出増加」を同時
に実施した。その多くは地方政府や資金調達プラットフォームに流
れたため、地方政府債務は 2010 年に一気に 10.7 兆元へ増加した。
近年は、銀行による資金調達プラットフォームへの直接貸出は有
効にコントロールされているが、地方政府債務は各種の「金融革新」
を通じて高速で増加し続けている。同時に地方政府債務は益々表
に出にくくなり、財政と金融のリスクが密接に関連している。
○
日中の政府債務の制御メカニズムの比較
・日本の政府債務が肥大化した根本的な背景として、バブル期に
過去の債務を返済せず、バブル崩壊後に歳出を増やすことで経済
成長を刺激しようとするなど、循環的変動に対する処方箋で構造問
題を解決しようとしたことが挙げられる。政権が頻繁に交代する中
で厖大な政府債務の責任が取られず、米国のような二大政党の相
互牽制もなかった。さらに、日本国債が国内投資家によって保有さ
れ、海外投資家による強力な制約も受けなかった。
・中国の中央政府債務については、国債の残高コントロールを実
施した後は全人代の制約力は弱まった。それでも国債発行額が大
幅に増加しなかったのは、体制面ないし市場の制約によるもので
はなく、中央政府の財政収入が高い伸びを維持し、国債発行の必
要性がなかったからである。中央財政の状況が厳しくなれば、現在
のメカニズムでは国債の急速な増加を阻止することはできない。
い。従来、中国国民は「お金を借りず、債務を負わない」という観念
の下にあり、政府も「入るを量りて、出ずるを為す」という理念を有し
ていた。計画経済の時期には、中国政府が国内および海外に対す
る債務がないことを誇りにしたが、こうした観念は大きく変化した。
改革開放以降、官僚制における幹部終身制を終了させたが、この
点も短期的な利得を追求するという問題を生んだ。政治業績の審
査では GDP を見て債務を見ないため、地方政府は隠れ債務の大
幅な増加に躊躇しなかった。現在、地方政府の主要官僚の異動は
あまりにも頻繁で、地方債務の責任を取る人も取れる人もいない。
・現在の全人代制度には、地方政府債務に対する制約が欠乏して
いる面がある。法学的には全人代は最高権力機関であり、予算案
も予算執行状況も全人代に提出し、審査を受け、認可を取得しなけ
ればならない。併せて、県級以上の各レベルの地方人民代表大会
にも予算案と予算執行状況を審査し、許可する権限がある。しかし、
『予算法』が地方政府の自主的な債券発行を明確に禁止している
ため、地方政府はこっそり借りていることが多い。こうして、地方の
人民代表大会による地方債務への監督は皆無に近くなっている。
・中国は単一制国家で共産党に管理されているため、中央政府と
地方政府の関係は親会社と子会社のようになっている。中央政府
は地方政府の幹部人事だけでなく、多くの事務と一部の財務も管
理している。つまり、法学的には、中央政府は地方政府の債務に
疑う余地ない最終的責任を負っており、これが地方政府に巨大な
モラルハザードを生んでいる。最終的には全てが中央政府の債務
・日本の地方政府債務が小さいのは地方債発行に伴う審査が煩瑣
になる。現時点では、絶対額でも歳出と歳入の比率でも、中国の政
だったからである。総務省(かつての自治省)は、地方債全体の詳
府債務は世界一の債務大国である日本の比べものにならない。し
細な発行計画を作成し、投資家(郵貯、社会保障基金、金融機関等)
かし、中国は、迅速に有効な措置を取り、中央政府と地方政府の関
と発行額等を調整することもあった。地方債の発行額はコントロー
係を徹底的に変えないと、近い将来日本と同じ轍を踏むし、日本よ
ルできたが、中央政府の監督が地方債の信用を裏付けることにな
り早く債務危機が発生する可能性もある。例えば、2010 年の政府
り、投資家はリスク意識を失い、格付制度も導入できなかった。
債務を基に、中国が年平均 16%で増加し、日本が年平均 4%で増
・その後、日本政府は地方債管理の問題を認識し、2005 年に「三
位一体」改革と同時に、地方債の発行を許可制から協議制に変更
加すると、中国の政府債務は 2020 年に日本を超え 15.9 兆ドルに
達する(その時点の日本の政府債務は 15.6 兆ドル)。
した。新制度の下でも、地方債発行の際には中央政府に報告書を
・中国が必要な改革を全面的に成功させ、GDP 成長率を引続き
提出する必要があるが、中央政府の許可がなくても地方議会で承
10%程度に維持できれば、2020 年に中国の政府債務の対 GDP
認されれば、債券を発行することができる。重要な点は、日本が地
比率は 49%に低下する。それでも、債務の財政収入に対する比率
方自治を実施していることである。各地方政府は、中央政府と同じ
は 247%に高まる。これに対し、改革が進展せず、GDP 成長率が
く、比較的に独立した法人であり、事業権だけではなく財政権と財
7%に低下する場合、2020 年に政府債務の対 GDP 比率は警戒線
産権もあり、債券発行権も有する。債券発行権は中央政府の管理
を超えて 63%になり、財政収入に対する比率も 314%になる。さら
を受けているが、各地方政府の間の財務の境界は明確である。つ
に、改革への期待が裏切られ、体制に変化が無く、GDP 成長率が
まり、日本では、地方政府の債務は地方政府の債務であって、中
5.5%に低下した場合、中国の政府債務の対 GDP 比率は 71%に
央政府はリスクの最終責任を負う義務がない。
なり、対財政収入の比率も 356%に達する。因みに日本は、高度成
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8
第2回
22 June 2013
長期にも政府債務の対GDP 比率は 30%を超えることはなかった。
要国による「量的緩和」の下で、裁定取引による資本流入圧力が強
中国の政府債務の対 GDP 比率は既に 59%に達していることを考
まり、外貨準備が著しいペースで増加し、過剰流動性が形成される。
えると、中国の経済成長ペースが鈍化した場合、日本より深刻な問
2013 年第 1 四半期末に人民銀行の総資産に占める外貨準備のシ
題に直面し、その解決も難しくなると懸念される。
ェアは 8 割を超えている。大量の流動性と国際商品市況の上昇に
より中国はインフレに脅かされてきたが、グローバルな低金利環境
管氏:
の下で、国内でマイナスの実質金利が続いていたことは、経済構
○
造調整に悪影響を与えている。つまり、マイナス金利は実質購買
「量的緩和」が中国に与える負の影響
・2013 年 4 月に、日銀は「量的・質的緩和政策」を発表した。約 2 年
力を引下げ、消費拡大を制限する。所得格差の解消にも不利であ
間でマネタリーベースを 2 倍にすると同時に 2%のインフレ目標の
る。同時に資本コストを引下げ、過剰生産能力を生むことで、外需
達成を目指す大胆な政策であり、世界的な金融緩和は新たな局面
依存度を一層高める。さらに、マイナス金利は資産バブルを刺激し
を迎えたように思う。
やすく、多くの資本が生産的活動からバーチャル経済に流れる。地
・主要先進国による「量的緩和」の拡大は、中国に負のスピルオー
バーをもたらしている。つまり、中国では 2009~11 年に経常収支
方政府の資金調達プラットフォームとシャドーバンキングが蔓延し、
財政の脆弱性を蓄積し、金融監督を難しくする。
黒字が減少する中で、(評価損益を除いた)外貨準備の増加額は
○ 日本の金融緩和が貿易と金融の双方から与える影響
年平均で 4121 億ドルに達した。これは資本勘定の大幅な黒字が
・1996 年以来、人民元の対日本円レートは持続的増価を 4 回経験
主因であり、直接投資以外(証券投資およびその他投資)の純流入
しており、その都度、対日輸出増の鈍化をもたらした。2013 年 1~
による寄与度は約 2 割に達している。2012 年には、中国の国際収
4 月にも、対日輸出は前年同期比で 3.1%減少した一方、対 EU の
支は経常収支が黒字、資本収支が赤字という新たなパターンを示
輸出の減少は 1.0%で、対米輸出は 4.9%増加した。ただし、輸入
した一方、外貨準備の増加は明らかに鈍化したが、2013 年第 1 四
への影響は時期によって異なる。例えば、90 年代後半や 2000~
半期に日米欧の金融緩和が強化されるに伴い、国際収支は再び
01 年の人民元高の際には、日中間の加工貿易の特徴を映じて、
経常収支と資本収支の「双子の黒字」になっている
輸入は輸出とともに鈍化した。しかし、2005~06 年には、人民元
・世界的な金融危機以降、国内外の金利差が明らかになり、人民
元高が加速しているため、多くの国内企業は、特に貿易に関わる
部分で資産の人民元化と負債の外貨化を進めている。その結果、
銀行では外貨預金の増勢が鈍化するとともに、外貨貸出の増加が
加速し、それに対応するため対外資産運用を減らし、対外負債を
増やしている。同時に、企業は、輸入支払を延期し、輸出代金を前
の対日本円レートの増価は輸入増をもたらした。今回は輸入の増
加は明確でなく、中国国内の需要動向が影響していると思われる。
EU、米国、ASEA において、日中両国の輸出シェアにも目立った
変化はみられない。この点は中国と日本の輸出商品の構造的な違
いによるものであろう。ただ、中国の輸出が高付加価値なものへと
構造転換しても、競争力が円安によって削減される懸念がある。
倒しで受け取ることで、外貨資金の調達を増やしているという調査
・日本の金融緩和は、日本の金融機関や企業による貸出や投資の
結果もある。2013 年初からは、企業の一部が国内銀行の長期信
能力を強めている。2001 年以来、日本の対中国金融投資(直接投
用状を利用して海外で資金を調達し、国内に送金して運用するとい
資、証券投資及びその他投資を含む)は流出超を続けており、世界
った動きもみられた。もっとも、こうした取引は当局による監督の強
的な金融危機以降も逆に増加している。内容面では直接投資が依
化によって明らかに減少した。
然として主体であるが、貸出やその他の投資も増えている。実際、
・2005 年 7 月の為替レートに関する改革以来、2013 年 5 月末まで
の間に、人民元の対米ドル、対ユーロ、対日本円の仲値は累計で
それぞれ 34%、24%、20%上昇した。このうち、2009 年以降を取り
BISによると、2012年末時点で、EUや米国の銀行による対中国与
信残高は 2011 年半ばに比べて各々10%および 14%減少したのに
対し、日本の銀行の対中国与信残高は 20%増加した。
出すと、各々11%、14%、20%となり、「量的緩和」の影響の強さが
・日本からの貿易資金の純流入も増えている。2002 年以降、中国
窺われる。中国の 2013 年第 1 四半期の経済成長率は 7.7%と市
の経常収支は赤字を続けているが、貿易収支の赤字はそれより小
場の期待を下回った一方、資本の純流入と人民元高の圧力は強ま
さく、貿易金融は中国への純流入となっている。世界的な金融危機
っている。為替レートの決定を市場に任せると、人民元レートの過
以降、両者の差は高い水準を保っており、2009~12 年の平均は
度な上昇をもたらし、中国の輸出や周辺国の経済に大きな影響を
276 億ドルである。つまり、殆どの期間において人民元高が強かっ
与える可能性がある。一方、人民元レートの安定を保とうとすると、
たため、中国企業は輸出時の代金回収を加速し、輸入時の支払を
金融政策の独立性を減じ、為替自由化を推進する上でもマイナス
遅延することで、為替リスクの回避や裁定といった目的を果たした。
である。資本勘定の漸進的開放は社会主義市場経済体制改革と
こうした貿易金融の効果は、資金流出の減少として現れることもあ
整合的である。
り、例えば、中国企業が邦銀の海外支店で資金を借りて輸出代金
・中国の経済構造調整は不利な外部環境の下で行われている。主
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
を支払う場合がそうである。いずれにせよ財の貿易関連の外貨収
支と貿易収支の差は、2013 年 1~4 月に 53 億ドルに達している。
9
第2回
22 June 2013
・日本の過去十数年間の「量的緩和」の経験を踏まえると、それだ
伴い国債が追加発行されるようでは、長期金利の上昇による利払
けで経済成長を実現することは難しい。今回の新たな「量的緩和」
い費の増加が懸念され、金利上昇が加速するリスクがある。米国
は円安と株価上昇の成果を収めたが、最終的に経済を成長させう
では、政府債務の対 GDP 比率は日本より低く、足許で財政状況も
るかどうかはまだわからない。まず、政策目標同士のコンフリクト
好転しているため、この問題は日本ほど深刻ではない。また、世界
が存在する。例えば、インフレ期待の改善は国債利回りの上昇をも
的な金融危機の発生後は、世界中の資金がリスク回避のために米
たらし、長期金利の引下げによる財政圧力の緩和という目標と矛
国に流入し、米国債利回りの上昇を抑制した面がある。日本円にも
盾する。5 月には株価や国債利回りも大きく不安定化した。また、
米ドルのようなリスク回避需要があるものの、米ドルのような国際
「アベノミクス」の中の構造改革と財政健全化という大きな課題には
通貨ではないので、こうした効果も米国ほどには期待できない。
まだ実質的な進展がみられない。加えて、金融の動きが長期間に
亘って実体経済とかけ離れるようであれば、「量的緩和」は経済に
とって新たな不安定要素になりうる。
孫氏:
○「アベノミクス」に対する反応
・4 月4 日に発表された「量的・質的金融緩和」の規模は市場予想を
はるかに上回った。輸出の改善もあり、日本の第 1 四半期の実質
GDP 成長率は年率 3.5%に達した。日経平均株価は約 3 割上昇し、
日本円の対ドルレートも一時は約 1 割も下落した。この間、10 年国
債の利回りは、歴史的最低値となった 0.33%から一気に上昇、5 月
23日には一時1%を突破した。これは当局にとって想定外だったの
ではないか。ただ、6 月初に安倍首相が発表した「三本目の矢」は、
労働市場改革を避け、経済団体が期待する法人税引下げにも言及
しなかったため、市場の信頼は弱まり、金融市場は大幅に不安定
化している。6 月 21 日までに日経平均株価は 17%下落し、日本円
の対ドルレートは 6%円高となった。資産効果が大幅に弱まる一方、
10 年国債の金利は約0.9%に留まるなど、日本当局には望ましくな
い事態が生じている。
○
「アベノミクス」の内的矛盾
・第三は、金融緩和と成長戦略の矛盾である。日本経済の長期低
迷の根本的原因は構造問題にある。第一に深刻な高齢化である。
高齢化の進展は消費の抑制を通じて税収を引下げる一方、財政支
出の拡大圧力につながる。第二に、技術革新に乏しく国内の投資
機会が少ない。バブル崩壊後の負債恐怖症と、財閥経済による社
会資源の独占が技術革新や設備投資を抑制している。第三に、民
間部門の資金需要が低迷している。十年近くに及ぶ継続的な
de-leverage により、上場会社の約半分は実質無借金企業になっ
た。これは日本企業のバランスシートが非常に健全であることを意
味する一方、金融政策で金利を引下げ、円安で輸出企業の利益を
増やしても、企業の資金調達ニーズを刺激することができない可能
性を示唆する。金融政策だけで構造的問題を解決することは難し
いし、「アベノミクス」全体の成否も成長戦略が日本経済の体質を
強化できるかどうかにかかっている。
2.日本側講師によるプレゼンテーション
須田氏:
○ デフレからの脱却
・日本のデフレは既に 15 年間も続いているという指摘があるが、
IMFの統計を見る限り、日銀が量的緩和政策を解除した2006年か
・時間の推移と共に、「アベノミクス」の内的矛盾も明らかになって
ら 2008 年まで消費者物価指数は前年比で上昇していた。その後も
いる。第一は、金融緩和に関するものであり、日銀が掲げる 2 年以
他の先進諸国と同じ方向に推移していたが、東日本大震災以降の
内に 2%のインフレ率という目標を市場が織り込めば名目金利が上
動きには変化が見られる。日銀による 2013 年のインフレ率見通し
昇することは、国債買入れを通じて長期金利を抑制する政策意図
はプラスであるが、現在日本が直面しているより重要な課題は再
と矛盾する。同時に、投資家が金利上昇を懸念して国債を売却して
びデフレに陥る事態を如何に防ぐかということではないか。グロー
も、国債利回りは日銀の思惑と逆に上昇するし、仮に日銀がさらに
バルなインフレ率は安定しているが、新興国の成長率が鈍化し、先
介入すると、国債利回りは一段と大幅に変動しかねない。短期間で
進国と新興国のインフレ率に減速のリスクがある。日本のデフレ脱
の大幅な金利変動は、投資家のマインドを不安定化させる可能性
却にとって、世界全体で安定したインフレ率を維持できるかどうか
が高く、実際、主要銀行は 4 月に所有国債の 11%を売却した。
は重要なポイントである。
・第二は、金融緩和と財政拡大の矛盾である。一般的には、インフ
・2013 年 1 月、白川総裁の下で 2%の物価安定目標が決定され、
レ目標の実現に経済成長が伴うのであれば、金利上昇は望ましい
政府との共同声明が発表された。黒田総裁の就任後も共同声明は
ことであり、増加した税収で増加した利払い費をカバーしうるかもし
維持されたが、その意味には変化があった。つまり、もともとの共
れない。しかし、マネタリーな要因でインフレ期待が上昇し、金利上
同声明では、「できるだけ早く物価安定の目標を実現する」とされ具
昇が景気回復を先取りすると、消費と投資が抑制され、財政を悪化
体的な期限は示されなかったが、黒田総裁は 2 年を念頭に物価安
させる。例えば、レポ金利が 2 ヶ月連続で上昇したのも市場のイン
定目標を実現すると明確に宣言した。これは達成時期を前倒しした
フレ懸念によるものとみられ、実体経済の回復を歓迎した動きでは
ことも併せて意味する。2%目標の達成にはインフレ期待を引上げ
ない。日本は債務残高が大きく、金利上昇に対する許容度が低い
ることが大切であるが、二人の総裁ではその方法も異なる。白川
点で財政問題は深刻である。このような状況で、「二本目の矢」に
総裁は、潜在成長率を引き上げなければ、最終的に物価安定の目
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第2回
22 June 2013
標を実現することができないと考え、期待潜在成長率の上昇を前
折れし、その結果、低成長やデフレから脱出することはできなかっ
提に目標を設定した。黒田総裁は、大胆な金融緩和を示すことでマ
た」と述べており、デフレの背景について同様な見方を示している。
インドを変えることでインフレ期待を高めることができると考え、金
このような考え方に立つと、デフレからの脱却のために「クラブを大
融政策を通じて物価安定目標が実現できるとしている。
きく振る」、つまり一度に大きく政策変更を行う必要は必ずしもない。
・日本銀行法第 4 条によると、日銀の金融政策は政府の経済政策
の基本方針と整合的なものでなければならないが、日本銀行法に
デフレに再び陥らないために、潜在成長率を高めて経済の足腰を
強くし、ショックに耐えられるようにすることが必要である。
はインフレ率の具体的な目標を誰が決めるかについて規定がない。
○
公法学者からなる研究会は、数値を決めるのであれば日銀が決め
・一部の市場参加者を除くと、依然としてインフレ期待はあまり高ま
るべきとの考えを示したが、日銀はこのような考えに沿って自主的
っていない。これまで 1%程度とされた中長期的なインフレ期待を
にインフレ率 2%という目標を設定した。この間、自民党は、昨年の
2%に高めるには、日銀は目標達成までの具体的な道筋を示さな
衆議院選挙でインフレ率 2%の目標設定を公約して圧倒的な勝利
ければならない。4 月に発表された『展望リポート』によると、2015
を収めた。自民党が望んだ 2%の目標は日銀の物価安定目標と一
年度の消費税の影響を除いた消費者物価指数の前年比予測は
致するが、問題はいつまでにこの目標を達成できるかということで
1.9%である。しかし、例えば 6 月の「ESP フォーキャスト」とは大き
あり、政府と日本銀行はこの点に関してこれまでに幾度も議論を重
な隔たりがある。つまり、民間では、消費税導入の反動などにより、
ねた。メディアは日銀が独立性を失ったと理解する傾向にあるが、
2014 年度の実質 GDP 成長率はかなり低くなると予想されている。
私はこのように解釈されることについて非常に残念に思う。
また、インフレ率見通しも、民間は期待インフレが明確に高まると
・なお、黒田総裁は「質的・量的金融緩和」の効果について、リスク
プレミアムを縮小させ、長期金利を引下げると記者会見で述べた。
しかし、実際は長期金利が上昇し、現在も高止まりしている。この
ため、今では長期国債の金利を引下げるという言い方はしない。
○
「デフレ均衡」論
・セントルイス連銀のブラード総裁の論文に、フィッシャー関係式と
非線形テイラー・ルールの関係を示す図が掲載されている。これに
よると、日本は「デフレ均衡」にあり、別の均衡に移動させるには大
幅にインフレ率を引上げなければならない。ちょうどバンカーに捕
まったゴルフボールのようなもので、クラブを大きく振らなければそ
こから抜け出すのは難しいというのである。また、日銀の中曽副総
裁による 5 月31 日の講演は、下がり続ける物価が企業収益と賃金
を圧迫し、設備投資や消費などの経済活動が落ち込み、結果とし
て物価が下がるという悪循環に、日本経済がこの 15 年間に亘って
陥ったとしている。
・しかし、私はそうではないと思う。日本の中長期的な期待インフレ
率は長期間に亘って 1%前後で安定している。また、2006 年に日
銀が「量的緩和」の終了を決定できたのは、日本経済が好循環の
パスに乗ったと確認されたからである。ただし、日本経済の潜在成
長率はおよそ 0.5~1%の水準でしかなかった。このため、経済が
たとえ好循環のパスにあっても力強いものでなく、大きなショックが
発生すると、景気は落ち込み物価は再び下がる。実際、私が政策
委員を務めた 10 年間にも、9.11 テロ、リーマンショック、欧州債務
期待インフレ率の引き上げ
は想定していないため、2014 年度、2015 年度ともに日銀の見通し
に比べて低い。「2 年以内に 2%のインフレ率が達成できると思うか」
という質問に対し、40 名中 33 名のエコノミストが「達成できない」と
回答したという調査結果もある。これらの点は、インフレ期待のコン
トロールが如何に難しいかを示している。
・日銀総裁の交代というイベントは、インフレ期待を変化させる機会
とはなりうる。福井氏が速水氏に替わって総裁になった際も、今回
と同様、デフレ脱却に積極的に行動する人を選ぶことで期待を転
換させることが求められていた。ただし、福井氏が総裁に就任した
後、日銀は一度に非連続的で大胆な政策措置を取った訳でなく、
徐々に相応の措置を取り、次第に人々のインフレ期待を変えてい
った。このように最初に大胆な政策で人々を驚かせる必要は必ず
しもない。黒田氏がデフレ退治に積極的だとみられているのであれ
ば、インフレ期待を変えるのにあのような大胆な政策をとる必要は
なかったのではないか。
・政策を一度に大きく動かして、その後はじっと様子を見守る姿勢と
いうのは、市場との対話の難しさ、政策対応が過度になるリスク、
出口の難しさなど、様々なコストを伴う。国内外の経済の先行きに
不確実性が高い場合は、理論的にも漸進主義が望ましく、その
時々の状況や先行き見通しを確認しながら徐々に政策措置をとっ
ていくのが望ましい。期待を大きく変えたいという思いは理解できる
が、期待は簡単にコントロールできるものでなく、黒田総裁の下で
日銀はあまりに強力な金融緩和を一度に約束しすぎてしまった。
危機、東日本大震災などといった大きなショックが生じた。要するに、
○
結果的にデフレが長期化したのも、潜在成長率が低い状況で多く
・デフレ脱却の難しさを理解する上で重要なポイントは、日本全体
の下方ショックが発生したからである。6 月 14 日に閣議決定された
でみた賃金は下がっているが、失業率はあまり上昇していないこと
「骨太方針」でも、政府は、政府と日銀の政策に言及した後、「こうし
である。リーマンショック後には一般社員の賃金下落の影響もあっ
た対応により景気が一定期間回復に転じたものの、政策の転換が
たが、マクロ的な賃金の下落にとって、基本的には労働人口に占
行われる中、海外の大幅な景気後退などを転機に景気回復は腰
めるパート比率が上昇したことの影響が大きい。リーマンショックの
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今後の政策運営
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第2回
22 June 2013
後、欧米では雇用を調整することでショックに対応したが、日本は
したデフレ期待を払拭するために、相当思い切った政策を一度に
賃金を調整することで対応し、失業率は僅かしか上昇させなかった。
実施する必要があるという考えに立っている。また、この金融緩和
日本国民はこのような調整を選んだ訳であるが、賃金と物価の正
策は、「アベノミクス」と呼ばれる経済政策の「三本の矢」の一つとし
の相関を考えれば、物価下落も国民の選択の結果ともいえる。今
て実施された点にも大きな意味があった。政府や日銀、経済団体
後、予期しないショックが発生した際にも賃金の低下を防ぐには、
等も含めた関係者全員でデフレ脱却に向けた意思が共有された中
経済構造を調整し労働生産性を高める必要がある。
で打ち出されたからこそ、我々はこの政策が効果を持つと考えて
・「量的・質的金融緩和」の効果としては、円安、資産効果、金利低
下などが考えられるが、現在マイナス 2%程度とされるマクロの需
給ギャップを、日銀が想定するプラス 2%程度まで持っていけるほ
どに強力とは思えない。このため、最終的には 2 年で 2%という物
いる。後でみるように、今回の政策には「2 年」、「2%」、「2 倍」とい
うように「2」という数値が多用されている。これは、人々の期待を変
えるためには、政策の中身をなるべくわかりやすく伝える必要があ
るという判断による。
価安定目標を達成できず、より大規模な金融緩和を強いられたり、
・「量的・質的金融緩和」の特徴は、第一に、金融政策の操作目標
市場の信頼を失ったりするリスクも大きい。追加緩和については、
をマネタリーベースに変更し、2014 年末までに約 2 倍の規模に拡
限界的効果が低下する一方、コストが増加していくというのが共通
大することである。第二に、イールドカーブの更なる低下を企図し
認識である。それゆえ、今よりさらに金融緩和政策を強めるには問
て、国債保有残高が毎年50 兆円のペースで増加するよう買入れを
題があり、金融政策をソフトランディングさせる方法を探るべきであ
行うことである。また、長期国債の買入対象を、40 年債を含む全て
る。安倍首相が予算委員会で指摘した通り、日銀は 2%の物価安
のゾーンの国債とした上で、日本銀行が所有する国債の平均残存
定目標を決定したが、何がなんでも 2%を達成しなければならない
期間を 3 年未満から 7 年程度に伸ばす。これは国債の平均残存期
訳ではない。日銀がインフレ率を目標の上下 1%にコントロールで
間と同程度である。第三に、資産価格のリスクプレミアムを引下げ
きれば良いとも述べており、当面は 1%を目指すといったソフトラン
るために、ETF と J-REIT の保有残高がそれぞれ年間約 1 兆円及
ディングが考えられる。長期金利への影響や消費税率引上げによ
び約 300 億円のペースで増加するよう買入規模を拡大することで
るインフレ率の上昇も考えると、1%のインフレ率を達成すればデフ
ある。第四に、これらの政策を 2%の物価安定目標を安定的に達成
レ脱却の面で大成功といえるのではないか。
するまで続けることに強くコミットしていることである。これらの政策
・最後に、私が気になっている「ヘリコプターマネー」に関する議論
に触れたい。UKFSA の長官だった Turner は、Bernanke が 2003
年に提唱した「ヘリコプターマネー」、すなわち物価水準安定目標を
設定し、企業や家計に減税を行い、そのファイナンスを日銀が行う
政策は、日本にとって適切な政策であったと主張した。ここで重要
なのは、マネーの増大が恒久的なものと想定されていることである。
日本が 10~15 年前から「ヘリコプターマネー」政策を実施していれ
の波及経路としては、①国債の買入れによってリスクプレミアムを
圧縮し長期金利を引き下げること、②リスク資産である ETF と
J-REIT を購入することで資産価格のリスクプレミアムを引下げるこ
と、③リスク資産運用や貸出を増やすいわゆる「ポートフォリオ・リ
バランス効果」とともに、④これらの施策を通じて経済主体の期待
そのものを変化させることで物価安定目標を目指すことが想定され
ている。
ば、財政問題もデフレの問題もかなり改善していたはずというのが
○
Turner の主張である。その上で、Turner は、このような政策には大
・現在、日本経済は回復過程に入っており、個人消費が持ち直して
きなリスクを覚悟する必要があり、誤った使われ方を制約する強い
いるほか、企業の設備投資も下げ止まりつつあると評価している。
規律を必要とすることも併せて指摘している。現実には、このリスク
また、民間調査によれば、企業の今年度の設備投資計画が上向く
を如何にコントロールするかがまさに最大の難題となる。日銀は財
といった良い兆候もみられる。海外経済についても、若干の変動は
政ファイナンスを行ってはならないと法律に明確に規定されている。
あるものの、全体として良い方向に向かっており、このような下で
しかし、一般の国民には痛みを伴わない解決方法とも映るため、
国内物価も今後安定的に上昇していくと見込んでいる。
財政ファイナンスに関心が集まりやすく、金融緩和に対する過度な
期待が生ずるリスクもある。しかし、これはインフレ税で財政問題を
解決することであり、痛みを伴わないどころか、弱者の負担が大き
い解決方法である。政策当局の信認も失われ、市場の混乱も生じ
うる。成長戦略と財政再建による日本経済の再生の必要性を最後
に再度強調しておきたい。
福本氏:
○「量的・質的金融緩和政策」の考え方
・4 月 4 日に発表した「量的・質的金融緩和」は、長期に亘って定着
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
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経済と物価の展望
・4 月 26 日に発表した『展望レポート』では、2013 年度の経済成長
率見通しの中央値は 2.9%となっている。これには 2014 年 4 月に
予定される消費税増税前の駆け込み需要も織り込まれており、
2014 年度は反動減の影響で成長率が低下するとみているものの、
なお潜在成長率を上回る成長が続くと見込んでいる。消費者物価
の上昇率も、これらを背景に緩やかに増加していくと予想している
訳である。2%の物価安定目標を達成するには、需給ギャップの改
善に加えて、期待インフレ率自体を上昇させることも必要である。
・その意味でも、中央銀行としては目標達成に向けて努力する姿勢
12
第2回
22 June 2013
を示し続け、人々の期待に働きかけ続けることが重要である。また、
閣議決定された経済財政の基本方針の中に盛り込まれた「財政健
政府は「三本目の矢」である成長戦略を発表したが、7 月の参議院
全化目標」は、「2015 年度までに財政のプライマリーバランスの
選挙後も新たな政策が追加されていくものと理解されている。経済
GDP 比を 2010 年度に比べて半減し、2020 年度までに黒字化する
構造改革を進めることも、人々の期待を変える上で有効と考えられ
こととし、その後債務残高の GDP 比を安定的に引き下げていく」と
る。
いうものである。このような目標を設定するとともに、如何に実現し
・物価上昇期待が変化すれば、金利も上昇するのではないかとい
った指摘もあるが、日銀としては、リスクプレミアムを可能な限り圧
縮していくことで長期金利が跳ね上がることは防止できると考えて
いる。4 月から 5 月に長期金利が不安定な動きを見せた際に、日銀
は、国債購入の頻度を増やす、毎回の購入額を減らす、買いオペ
の計画を事前にアナウンスするといったことを通じ、市場参加者の
期待を安定化させるべく努力をした。
ていくかという明確な道筋を示すことがより重要である。現時点で
はそれが示されていないが、参議院選挙後、夏ごろまでには「中期
財政計画」が策定、公表される予定である。
須田氏:
・「アベノミクス」が期待通りの成果を挙げられるかどうかは不確実
であるが、今の日本はいわば「がけっぷち」に立っており後がない。
危機の中にチャンスを掴みたければ、成長戦略を実施するしかな
・金利上昇を防ぐ上でも財政健全化は非常に重要である。この点
い。従って、「三本目の矢」が一番重要であるし、同時に財政健全
は、政府が責任を持って進めることを強く期待している。
化も推進しなければならない。国民は日本が危機的状況にあるこ
とをもっと明確に認識する必要がある。政府に頼ったり傍観者の立
3.自由討議における主な議論
場に立ったりしてはならず、個人も企業も政府も力を合わせて成す
(1) 「アベノミクス」の効果
べきことをなさなければならない。それができなければ、最終的に
王氏<モデレーター>:
ソブリンリスクが顕在化して金利が上昇し、大幅な円安に陥るリス
・「アベノミクス」には、どのような効果を期待されるのか。また、そ
クがある。
れは本当に実現されるのか。
貝塚氏:
・「アベノミクス」が成功するには、第一に設備投資の減少を如何に
食い止め、上昇に転じさせるか、第二に賃金の水準を如何に引き
上げるかがポイントである。物価が上昇し、消費税が引上げられる
中でも賃金が上昇しないとすれば大きな社会問題になる。また、中
長期的に需要が拡大していく明るい展望がなければ、企業は賃金
を引き上げず、設備投資にも取り組まないので、如何に新たな需
要を創出していくかが大切である。
貝塚氏:
・須田さんの考えに賛成であり、いくつか付言したい。構造改革が
実現できるかどうかという質問に対しては、政府として「実現できる
と固く信じているし、そうしなければならない」とお答えすることにな
る。これまで、日本の政府債務を問題視する指摘に対しては、日本
政府は「消費税の税率は比較的低く、引上げの余地がある。消費
税の税率を引き上げれば、債務問題の解決へ向けて動き出すこと
ができる」と説明してきた。それでも、海外の多くの有識者からは、
日本には消費税の税率引上げに対する政治的意思が見えないと
・「アベノミクス」の成功の鍵は「三本目の矢」としての成長戦略にあ
の批判が聞かれた。この点に関しては、前政権下ではあるが、三
る。日本では、6 月14 日に「成長戦略」が閣議決定された。「成長戦
つの主要政党が共通認識を得て、最終的に関連の法律も作ったこ
略」にはクリスマス・ツリーのように多くの事柄が盛り込まれている
とで政治的意思の存在を証明した。須田さんは、国民が危機意識
との指摘もあるが、実際、政府は想定できるものをできるだけ多く
を持たなければならないと仰ったが、既に共通認識になっているよ
盛り込んだ。福本さんが指摘されたように、今回の「成長戦略」はゴ
うに思う。つまり、国民も積極的に日本経済の問題解決に参加して
ールではなくスタートであり、参議院選挙後にも新たな「成長戦略」
おり、例えば、民間の有識者の多くは経済財政諮問会議や産業競
を追加していくことになる。例えば、投資減税や法人税の対応が考
争力強化会議などに出席し、成長戦略や財政健全化について政策
えられる。「成長戦略」にとってもう一つ非常に重要なことは、実施
を提案している。また、安倍首相は経済団体に対して賃金の引上
にあたって詳しいロードマップとタイムテーブルを設定し、どの年で
げに対する協力要請を自ら行った。所定内賃金を引き上げる企業
どの目標を達成するか明確にしている点である。具体的には、各
はまだ多くないが、民間企業は既にボーナスを増やしている。この
分野に KPI(Key Performance Indicator)を設定した上で、「成長戦
ような形で政府も国民も当事者意識を持って経済問題の解決に参
略」の進捗についてリアルタイムでチェックすることで、全ての関係
加しているし、今後もそれを強力に推し進めなければならない。ま
者のモチベーションを高めることにしている。
さに、今回が我々に与えられた「最後のチャンス」であるという覚悟
・財政健全化は、既に「二本目の矢」の中に考え方が盛り込まれて
で取り組んでいる。
いる。つまり、「機動的な財政政策」の中の「機動的」というのは、経
张氏:
済にとって必要な場合は積極的な財政出動を行う一方、中長期的
・「アベノミクス」の「三本の矢」のうち、最初の 2 本はうまく放たれ、
には財政健全化を進めるという考え方を指している。6 月 14 日に
確かに短期的な成功を収めた。我々が今関心を持っているのは
当「議事録」に掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
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第2回
22 June 2013
「三本目の矢」である。最初の 2 本は長期的な構造問題への影響
企業活動の持続可能な拡大であると思う。企業は、設備投資の増
は大きくないであろうが、「三本目の矢」はようやく構造問題に触れ
加と賃金の引上げを「期待」によって決定することはできない。日本
始めた。例えば、安倍首相が示した設備投資増加の目標は、現在
は長期に亘り「量的緩和」を実施したが、企業の設備投資は増加し
の 63 兆円から 3 年間で 70 兆円に引き上げるものである。目標を
ていない。企業は内部留保を増やしたが、その資金を設備投資に
達成する方法としては、投資減税や投資特区が想定されているが、
転じる意欲がなく、最適な資本構造が形成されず、企業の成長を
現在の日本企業は資金に困っている訳ではない。企業は投資する
推進できない。このような状況でどの程度日本経済を改善できるか
チャンスがあれば、減税が無くても投資するはずであり、問題は国
は、「三本目の矢」の進捗を見ないと判断できない。
内に良いプロジェクトがないことではないか。
・「機動的な財政政策」の具体的目標は、2015 年までにプライマリ
ーバランス赤字の GDP 比を 2010 年対比で半減し、2020 年までに
黒字に転じさせることであるが、その達成には疑問がある。2007
年の頃には、小泉首相の構造改革によって、プライマリーバランス
赤字がマイナス 1%以下まで縮小した。2008 年秋の世界的な金融
危機や 2011 年の東日本大震災がなければ、2011 年には黒字に
なったかもしれない。しかし、現在の国内外の経済環境は当時と比
べ大きく変わっている。
深尾氏:
・黒田総裁の「量的・質的金融緩和」が良い効果を収めたのは、主
にタイミングの良さに恵まれたためである。まず、経常収支黒字が
大幅に減少する一方、原発停止に伴う燃料輸入の需要が大幅に拡
大するなど、円安に向けた市場環境ができていた。実際、ドル円レ
ートは、黒田総裁就任前の 80 円から、現在は 90 円台になっており、
持続可能な水準であると思う。また、企業の収益率も金融危機後に
相当程度回復してきていたが、株価には十分反映されていなかっ
た。そのため、今回の「量的・質的金融緩和」をきっかけに株価が
・例えば、賃金は過去 20 年間減少または横ばいの状態にあり、
大幅に上昇した。日経平均株価は 1 万3000 台まで回復しているが、
GDP の約6 割を占める消費が伸び悩む原因になってきた。「アベノ
企業利益などから見て維持可能な水準に近いように思う。
ミクス」の「三本目の矢」は、一人当たりの国民所得を現在の 380
万円から 2020 年には 530 万円に引上げる目標を掲げている。そ
のためには、2020 年まで 2%の実質成長率と 3%の名目成長率が
維持されることが前提となるが、その達成は疑わしい。2000~09
年の実質成長率は平均 0.8%であり、GDP デフレータの上昇率が
マイナスなので名目成長率は更に低い。更に 10 年遡っても、1991
年のバブル崩壊から 2000 年まで、実質成長率は平均で僅か
1.4%でしかない。2010~12 年をとっても、実質成長率の平均は
1.6%で、名目では 1%未満である。これらを踏まえても、どうして
2020 年まで 3%の名目成長率が実現できるのか。この前提が達成
できない場合、先の目標は本当に実現するのか。仮にインフレ目
標を達成できても国民所得が増加しないと、経済はより深刻な事態
に陥るが、既にそうした兆しも現れている
・野田前首相は財政収入を確保するために、消費税増税法案を成
立させた。これに伴い大きな政治的な代償を払ったが、2 段階での
消費税率引上げに関する合意を得た。政府債務の対 GDP 比率を
上昇しないようにするには、歳出の対 GDP 比率を横這いに維持す
ると共に、消費税の税率を 25%以上に引上げなければならない。
現在の消費税率は 5%であるので、25%にまで引上げるには段階
的に対応するしかない。一方で、消費税の税率引上げは経済成長
を抑制するだけに、公的年金の受給開始年齢の引上げといった政
策に踏み込む覚悟がない限り、財政収支の均衡は到底実現不可
能である。野党の政治家は増税しなくても財政収支のバランスが
取れると主張しがちであるが、当選すると増税しないと財政収支の
バランスが取れないことに気付き、様々な増税計画を生み出す。
・黒田総裁の就任後、日銀は大幅な政策変更を行った。現在のマ
(2) 「量的緩和」政策の効果
ネタリーベースは約 130 兆円、GDP は約 480 兆円であるが、日銀
王氏<モデレーター>:
によると、これからの 2 年間でマネタリーベースを 260 兆円まで増
・日本は「量的緩和」を実施し、短期間で大幅な円安を引き起こした。
加させる予定である。日銀が保有する長期国債は現在約 100 兆円
日本経済は再び世界の注目の的となったが、「量的緩和」は本当
であるが、2 年後には 200 兆円、つまり GDP 対比で約 40%まで増
に内需と成長の弱さ、資源配分のミスマッチといった構造問題を解
加させるという。同時に日銀が保有する国債の平均残存期間を 7
決できるだろうか。
年まで引き上げるので、仮に 2 年後に金利が 1%上昇すると国債
の価値は 7%低下し、約 14 兆円の損失が生じる。2%の金利上昇
劉氏:
であれば損失は 28 兆円に膨らむ。黒田総裁は、消費者物価の上
・日銀の黒田新総裁は「リフレ政策」の執行者である。彼や日本の
昇率に 2%の目標を設定した。これは、インフレ率が現在より 2.5%
エコノミストは、日銀の金融緩和に対する消極的な態度を批判して
ポイント高いことになるが、そうなれば、国債の金利も平均的には
きた。しかし、日銀は実際は長年に亘って非常に緩和的な金融政
2.5%ポイント程度上昇する。個人的には 2%のインフレを実現する
策を実施してきた。「量的・質的金融緩和」に関し、「リフレ派」は「期
のは非常に難しいと考えているが、もしそれが実現すると、日銀に
待」の役割を強調しているが、日本のデフレ脱却にどの程度役立
30 兆円近い損失が発生する。具体的に生ずる損失の大きさは、国
つだろうか。デフレを解決する一番の方法は、持続的な経済成長と
債を買入れるペースと金利上昇のスピードの両方に依存する。国
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第2回
22 June 2013
債買入れのペースが早いほど、金利上昇が遅いほど、日銀の損失
は拡大する。本当にこのような状況になれば、巨額の損失を発生さ
せた日銀の独立性に大きな問題が発生する可能性がある。
(3) 中国が受ける影響及び関連対策
王氏<モデレーター>:
・日本が「量的緩和」を実施した後、大量の日本円が中国に流入し
てきた。このような取引の目的は短期の裁定取引か、それとも長期
投資か。どのようにこうした資金をモニターし、また対応すべきか。
福本氏:
・BIS によると、日本の銀行による対中国与信は昨年大幅に増加し
たが、これは自然な趨勢であると考える。何故なら、欧米諸国の対
中国直接投資が減少しても、日本の投資は増加し続けてきたから
である。直接投資の増加とそれに伴う日本の銀行による対中国与
信の増加は日中の経済関係がより緊密になっていることの証左で
もある。
管氏:
・福本さんの意見に賛成である。近年の日本から中国への資金流
入の大部分は直接投資に関連しているように思う。この間、中国の
外貨規制はクロスボーダーの資本フローの調整にある程度の効果
を発揮しているが、資本勘定の自由化が進むにつれ、規制の効果
は制限されている。このため、人民銀行が金利政策を策定する際
には、クロスボーダーの裁定取引に伴う資金フローを考慮すべき
である。例えば、中央銀行は銀行の短期債務に関するガイドライン
を制定することで銀行の借入れをコントロールできるが、企業間の
貸借を直接にコントロールすることはできない。
劉氏:
・円安と低金利が常態化していた 2005~07 年の間、日本円は国
際金融市場における裁定取引のツールになっており、グローバル
な過剰流動性の要因にもなっていた。現在は、日本以外の欧米諸
国も大幅に政策金利を引下げ、金融緩和政策を実施しており、これ
によって中国の資産価格に上昇圧力がかかっている。現在の中国
は、過剰な生産能力と経済発展方式の転換による「痛み」の双方に
悩まされている。このような状況の下で、中国は資本勘定への規
制をむしろ強化すべきであり、その自由化を急ぐべきではない。同
時に IMF が提示したように、金融監督政策を実施すべきである。
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