全国すし商生活衛生同業組合連合会国際渉外委員会副委員長 風戸正義

全国すし商生活衛生同業組合連合会国際渉外委員会副委員長
風戸正義
2009年1月21日
成田空港第一ターミナルに車を着け、荷物を降ろしてパーキ
ング業者を待つ。
海外出張は調理機材や、時には食材もあるので車に限る。タ
ーミナル引き渡しシステムは、1 週間 5,000 円ほどで大変便利である。
車を預け ANA の A カウンターで搭乗手続きをする。このカウンターはファース
トクラスやビジネスなどの VIP カウンターである。
今回はイベント先の予算の都合で、全国すし連からの派遣は一人。クラスはエ
コノミーである。
しかし ANA の SUPERFLYERS メンバーの特典で、ラウンジの使用と、席はプ
レミアムエコノミーに優遇される特典がある。
搭乗手続きを済ませ、ターミナル内で換金をすると、1ユーロは 121 円であっ
た。
ANAラウンジ
手荷物検査は VIP 専用検査場で済ませ、出国手続を経てラウンジに向かう。前
回は介護老人が(誰とは言わない)カートにしがみつき、おぼつかない足で歩
いていたのが頭をよぎる。43搭乗口の近くの ANA のラウンジは、ターミナル
の端にありかなり遠い。ラウンジには飲み物や軽食もあり、搭乗までの時間を
過ごすのには寛げる場所である。
今回もかなりハードな日々を過ごしての渡航なので、入ると直ぐにマッサージ
を頼んだ。時間がかかるだろうと思いそばを食べ、缶ビールを手にしたら呼び
出しが来た。
ロシア上空から雪の山並みを望む
案内の女性の後を追い、蓋の開
けない缶ビールを情けなく持っ
たまま、マッサージルームへ。
とても賓の良い美人のお姉さん
が白衣で迎えてくれた。今回の
旅はツキまくる予感がする。
彼女の名前は高橋さんである❤
ボクはそれだけで満足。
逆にボクがマッサージしてあげたいと思考回路が点灯したが、待ち時間を見て
50分のマッサージを受ける。費用はマイレージで払ったが 6,300 マイルであ
った。肩こりがひどかったのでラウンジで受ける事を考えていたが、ターミナ
ルの中にも彼女の所属のマッサージ室があると言う。ここには出張して来る事
を教えられた。
時間待ちに余裕のある人は是非利用を勧める。
普段マッサージを受けている時、イビキをかいて寝ているのが常だが、この時
だけは無口な自分だが不思議に良くお話をした。
マッサージが済み搭乗口に向かい、全国すし連の山縣会長に携帯で出発の挨拶。
会長はロマンスカーの中で、神奈川県鮨組合の新年会の帰路だと言う。
電話が済み 5 分ほどで搭乗案内があった。
搭乗していつものビジネスクラスを恨めしく通過して、プレミアムエコノミー
の席へ。
一人旅の時は隣の席が気になる。
今日は運が良いか悪いか、やはり悪かった!
離陸
定刻の 12:30、NH206 便はカクテルグラスの、氷のような眩い蒼空へと飛び立
った。
機長のインフォメーションがあり、フランクフルトまでは 11 時間 40 分、現地
の気温は3度とのこと。時間があるのでPCにこの記録を打ち込む。
フライトして 30 分ほどして食事が運ばれたが、ダイエット中なので節制。
40 日で 8kg 痩せたのでもう少し頑張れば・・
しかし椅子に座ったままでの長時間はカロリー消費が気になる。
途中仮眠し映画を少し観たが、セミナーで使用するパワーポイントを修正。
有り余る時間を潰すが時の経つのは遅い。
一度暗くなっていた外の景色がバルト海上空に入ると明るくなっていた。
ドイツ・フランクフルトエアーポート
フランクフルト空港には、定刻よりも 20 分ほど早く着き、機体はターミナルⅠ
に横付けされた。
リヨン行きのエールフランスはターミナルが異なるので移動だ。
乗り継ぎ案内の地上係員にターミナル移動を訪ねる。しかし広い特徴の捉え様
のない場所での移動は、訳が分からない。案の定しばらくして迷ってしまう。
乗り継ぎの時間は1時間。この空港は2度目だが心が焦る。
乗り継ぎ案内の係員は、ターミナル移動の案内地図くらい持っていてほしいも
のだ。
ターミナル移動はモノレールであるが、その上階でその乗り場までがかなりの
距離である。
どうやらターミナルⅡはD・E の搭乗ゲートのようだ。D・E を子供のお使いの様
に、反復し矢印をたどる。
ダイエットの運動には良いがちょっと厳しい。ようやくモノレール乗り場の表
示に辿り着く。頭上にその乗り場があった、見つけた!
エスカレーターがあるが、下りのみなので階段を昇る。これが間違い!
しばらくすると時計回りのモノレールが到着。D・E の表示に安心して乗るが、
この車両には自分だけで、後ろの車両には人だかり。嫌な予感がする。後ろは
反対のホームから乗った人達だ。要するに自分は下車専用の反対側から乗って
いた。ようやくターミナルⅡに到着。後ろの車両の人達も下車したが、反対側
専用の扉の中に消えて行った。電光掲示板でAF5883 の搭乗口を探すがどこに
もない。しばらく D・E の表示を追いかけ搭乗案内の表示板を探す。どうやら端
の方に来て、迷ってしまったようだ。
通路で工事をしていた人に尋ねると、フランス行きの場所はこの通路の下だと
教えてくれた。先ほど迷って一度来た所である。
入口のパスポート検査係員に聞くと、こちらだと教えてくれる。
パスポートチェックを済ませ、再度手荷物検査をくぐりゲートを探す。
目の前まで来たのに、これは乗り遅れるかなと内心思う。
やっと搭乗案内の表示板に AF5883 のゲートナンバーが見えたが時間が無い。
駆け足状態でようやく D32 ゲートに辿り着く。
大汗をかいて搭乗と荷物手続きを済ませる。汗の引く間もなく5分で搭乗案内
がありバスは出た。バスは幾多の巨大な飛行機の間をぬって、広い敷地内のは
ずれで停まった。
見ると窓の外には、小さな可愛いジェットがいた。
機体の長さは 26.7m 幅 21.21m50 人乗り Bombard CRJ100 である。バスか
ら降りて狭い10段もないタラップを昇り、定刻の 17:50 にパリを後にする。
RIYON へ
国際航路だが目的地の RIYON は隣国なので、低空飛行の小さな機体は小刻みに
揺れる。1 時間 20 分ほどで ROYON の空港に到着。
成田を出て 15 時間後の外の空気は冷たくおいしい。飛行機から降りて、ターミ
ナルには徒歩で入る。乗り継ぎで航空会社が異なると、荷物が届かないことが
良くあるあるので不安だ。しかしフランクフルトの搭乗手続で、荷物札のチェ
ックをしてあったので抜かりは無かった。
ターンテーブルで待つこと 20 分、ようやく荷物を手にしてロビーに出たのは、
現地時間の 19:30 になっていた。
ロビーの待合で一人寂しく恋人を待つかのように、パリ経由の SBA(コンクール
の主催社)の川上さんや丹青社の佐藤さん達を待つ。
この時の私は、フランス映画の主人公のように見えたかも???
客のまばらなドリンクバーでアイスダンスのテレビ画面を見ながら、生ビール
を 1 杯飲む 3.4 ユーロだ。
30 分ほど待ったであろうか、後続組と合流してホテルへと向かう。
ホテルで打ち合わせをして部屋に入ったが、寝たのは11時を過ぎていた。
1月22日
シラ国際産業見本市会場へ
朝6時に起床、パソコンのデーターチェックをしてシャワーをする。
ついでにお洗濯もする。荷物は最小限なので欠かせない仕事だ。ロシアは風呂
にもヒートパイプが入っていたので
乾きは早かった。
しかしフランスの浴室はヒーターが
無く、前回の乾きは遅かった。8時に
レストランに行きスタッフの皆さん
と朝食。旨いものは甘いので要注意。
今日はイベント会場の下見と、仕込み
のレストランマツリでの打ち合わせ
だ。
外は零度近くて寒々としている。9時半に SBA の皆さんとタクシーに乗って会
場へ向かう。時間的にラ
ッシュは過ぎており、一
度高速に入り20分ほど
で会場の搬入経路へ到着
した。料金は 25 ユーロだ。
すでに会場の裏手の駐車
場には、途轍もない大型
の冷蔵車や、搬入車両が
犇めきあっている。
会場のブースは骨組みこ
そ出来てはいるが、まだ
設営途中のスシコンクール会場
工事中の館内は多くの工
事関係者が遽しく働いている。
出展は 2000 社余で、東京ビックサイトの 5 倍はあろうかと言うホールは、目的
のブースを探すのは至難の業だ。
ジャパンブースは天井に日の丸を模した垂れ幕が下がっていた。
工事中のブースでは丹青社の皆さんが打ち合わせをしていた。会場でしばらく
話をしていると更に冷え込みを感じ、巨大な冷蔵庫にいるようだった。
会場を一通り見学したが、一昨年と違いジャパンブースは入口に近い良い場所
である。腹も空いたので下見は止めて帰ることにした。
設営中のホールとは違い、人気の少ない正面入り口に向かい、ウエイティング
テントの隙間から表に出る。
外は冷風が吹きすさび、裏の駐車場の様に工事車両も人もいない。
当然タクシーも来ないので、再度会場に戻り裏口の駐車場の車両の隙間を抜け
てタクシーを待つ。強風と共に身を切るような寒さが襲ってくる。
5 分ほどでタクシーが入って来たので出口で待ち伏せて、リヨンの街中に向かっ
た。
RIYON の街
リヨン名物の鉛筆形のホテルの近くに、レストランマツリがあるのでその周辺
で車を降りる。すでに時間は午後 2 時を過ぎていた。
空腹と寒さしのぎに中華屋さんに入る。
店内はランチタイムが過ぎたせいか、客は 1 テーブルの 3 人だけである。
料理はメニューで注文では無く、ビュッフェスタイルで客席の奥に料理が置い
てある。フランス語の分からない自分でもこれなら強気で行ける。
店の主人はこれもあれも取って皿に盛れと愛想良い。
ビールを頼んで、空腹に出来るだけ低カロリーの料理を入れる。
この辺でやめようと箸を止めると、奥さんが油まみれのエビの唐揚げを持って
来た。
1 時間ほどゆっくり食事をして、22 ユーロを支払い表に出た。
外は更に冷え込み霙交じりの雨が落ちて来た。
見ると人が吸い込まれて行く殺風景な建物がある。
そこはデパートであった。自分も流れに乗るかのように、時間つぶしにデパー
トに入る。
飲食店は15時でクローズになるので、この時間からデパートは混み合う。
かなりの人が引切り無しに入ってくる。
今回、時計を忘れて来たので、時計屋を買うことにした。使ってから土産にし
ても良いと思い大きめの時計を買う。フランス土産は CASIO だ。
中は暖かくなってい
るが、先ほどビール
を飲んだのでトイレ
が近い。
年をとると近くなる
のか、ビールのせい
か困ったものだ。
しかしトイレには関
所があった。0.5 ユ
ーロを入れると有料
トイレのバーは回転して入れた。デパートで有料トイレとは商根逞しい。
有り余る時間を潰し 16 時過ぎに、ポールボギュールの名前の付いた市場で川上
さんと落ち合う。そこでワインを買い、所用を済ませて 18 時にマツリレストラ
ンに行く。
ガラス張りの幅の広い店内は、回転寿司のターンテーブルが、R状にカウンタ
ーと客席を回っている。アイドルタイムなのでお客様の姿は無く、スタッフが 2
人ほど仕事をしていた。
奥さまの田村さんが 5 分ほどで到着。早速打ち合わせをして仕込み場を見せて
いただく。
一昨年お邪魔した時も見学していたので、調理器具と調味料の確認だけである。
明日ランチタイムが終わってから、厨房をお借りしての仕込みだ。
簡単に打ち合わせをして、ホテルに戻
り夕食に向かう。
今夜は丹青社の佐藤さんを含め 6 人で
夕食だ。ここは日本人シェフのお店で、
ボリュームもあって大変おいしかった。
ダイエットしていると言うのに、美味
しく頂いちゃった。
1 月 23 日 コンクール準備
5 時半起床、時差ボケでやはり早く起き
てしまう。
8 時に嵐のように荒れた中、タクシーはシラの会場に向かう。木々の枝は直角に
曲がるほど風に打たれている。
会場に入ると昨日とは違い、各出展ブースはほぼ準備が出来ていた。しかしこ
れからが重要である。特に電気関係や設備に不都合が無いかの確認は必須だ。
即席の設営なので毎日の営業の中での設備とは違い、予備や代用が利かない事
がある。
搬入や工事関係者が最後
の詰めに遽しく動いてい
る。
コンクールに使用する、食
材提供の魚協会ブースに
挨拶に行く。
前回のブースよりは小さ
くなっていたが、ハモニカ
店舗の様な共同ブースの
前は広く、イベント広場を
兼ねている。
この広場で 25 日は
プレンゼンテーショ
ンを 2 回行う予定だ。
協会のオジサン達と
は顔見知りなので、
打ち合わせもスーム
ースである。
早速外に出て寒風の
吹きすさぶ表の駐車
場に出て魚を頂く。
外は立っていられな
いほどの強風で、音を立ててトラックを揺らしている。
台車にサーモン 鯖 墨烏賊 鮪 鯛を載せ、広い会場を縫う様に運ぶ。
すしコンクールの会場の設営はほぼ完成しているが、魚の仕込みは出来ずバッ
クヤードにそれらを収納。
調理器具やその他の食材と調味料などで、狭い部屋は賑やかになった。
チェコから応援のマレック達がなかなか来ない。会場の入り口で侵入を阻止さ
れていると携帯に連絡があった。
近くの警備員に事情を話し車はようやく到着。プラハから12時間かけて、こ
のイベントの為に彼は無報酬で来た。
運転は彼女と交代で、律儀な海外の弟子はありがたい。久保さんというプラハ
在住の奥さんと、マレックの宿泊先の、のり子さんも一緒に来ての応援だ。
急いで仕込みの材料を車に積み込み、リヨン市街のマツリレストランに向かう。
本来2時半に仕込みに入るはずであったが、3時半にやっと仕込みに入った。
ベルギーから、前回のコンクール責任者、川田さんも仕込みを手伝う。
遽しくサーモン、鯛、鯖などの仕込みを 1 時間半ほどしていたが、夜の営業の
妨げになるとばかりに、追い出され仕込みを中断した。来た道を再度会場に引
き返し、水回りの整った会場の選手厨房で、再度の仕込みと準備を行う。
往復の移動はかなりの時間ロスで、仕込みが終わったのは9時であった。リヨ
ンの旧市街で夕食を済ませホテルに帰ったのは零時近かった。
1月24日 コンクール
冬の朝は暗く川上さんと7時にホテルを出る、シラの初日である。会場の業者
関係入口は早くも渋滞していた。8時にお手伝いの皆さんと一緒に、各選手の
使用食材を揃え、炊飯は川田さんが担当。ベルギーで SUSHI レストランをして
いるので流石卒がない。全てが順調に行くかと思ったら、大変な事が起きてい
た。冷蔵庫のカギを開けて魚を手にしてビックリ。−20℃になっており全ての
魚が凍っていた。流水で解かし鯛を捌く。脂の無い鮪は質が変わっている。嘆
いていても埒が明かないので、全力で準備をする。コンクールは 13:30 からス
タートだが、まるで老人クラブの余興の様な昔のお姉さんの踊りや、手品のシ
ョーが前座を務めた。個人的には若いお姉さんの踊りの方が私は好きだ。こと
もあろうか、皿回しは皿の真ん中が三角に
凹んでいる。傘の上の風船転がしは、唐傘
の天辺から透明の糸が出ていて、紙風船に
繋がっている。漆喰のような化粧の腰の曲
がり気味の姐さんが傘を回すと、時折会場
の証明に糸が反射している。 インチキバ
レバレだ!
スシコンクールの出場選手は、ヨーロッパの主要国の調理師学校の生徒である。
エントリーは 11 名であったが、ロシアの選手や病欠で 2 名が欠席、9 名の選手
の戦いである。最初に私が選手に対し模範の技術披露で規定の早にぎり20貫
と、規定作品を制作。その調理過程を選手に対し説明をしながら見本を見せる。
会場の正面の天井には、巨大なスクリーがあり、調理過程を映し出す。選手は
調理の手元を瞬きもせず見つめている。
コンクール開始
先ずサーモンを20貫切り付けてから、既定の20貫の早にぎりだが、包丁の
持ち方や切り方が日本の調理スタイルではない。それでも早くも水浸しのにぎ
り20貫が出来上がった。これで
はどうしようもないと思ってい
たが、時間すれすれに形の良い寿
司が3番目にテーブルに置かれ
た。一番形の良い寿司は8貫ほど
でタイムアウトであった。2番目
の規定は、にぎり10貫と巻物1
本を2皿制作。プロでは無いので、
欲はかけないが形に重点を置く
と感心しない。次の創作すしは全
員が思い思いのすしを楽しそうに製
作している。会場には多くの観客が押
し寄せ、私はパワーポイントですしセ
ミナーを行う。
セミナー中はマレックが鮨を握り、試
食のサービスもあり会場は大変な賑
わいだ。鮨の魅力は素晴らしい。途中
ヨシキンさんの包丁グローバルで、そ
の切れ味を披露。いつもの、美女の腕でキ
ュウリの切断である。私好みの女性がいた
ので、先ず紙を包丁で切る。背筋を凍らせ
る音が出る。流石グローバルの包丁は先ほ
ど皆さんの前で研いだので良く切
れる。女性を客席から引っ張り出
し、キュウリを白いスベスベの腕
の上に置いた。女性の視線は腕に
は無く、反対を向いている。押さ
この女性は美人だったので責任を取りかった
えた腕が震えている、相当怖い様だ。美人なので失敗したら責任をとると宣言
し、包丁はキュウリに下ろされた。キュウリは 3 つに切断され腕の上にある。
女性の目が潤んでいる。よほど嬉しかったのか、それとも責任を取ってもらえ
ないので辛いのか残念な結果だ。
優勝はフランス人女性
5人の審査委員の点数を纏め優勝した
のは、フランス女性であった。彼女は日
本に大変興味があるらしく日本語も多
少は出来る。次はヘルシーアイランドの
ジャパンパビリオンの鏡開きで、すしの
サービスである。食材と共に会場に大急
ぎで移動。チェコからの助人マレックも
大活躍ですしを握る。
会場の人達も私の倍の大きさの人間が
すしを作っているので興味津々だ。
マレックは包丁の使い方も、握りも随分
上手になっている。関係者も驚いていた。
一応の仕事が片付いたのは 7 時半くらい
であったであろう。
ミシュラン★★ピラミッド
今日はリヨンの隣街まで、雨の中を 1 時間ほどタクシーで走り、2 つ星レストラ
ンピラミッドのディナーである。
料理研究家の内坂さんと川田
さんそしてロンドンの丸茂さ
んと 4 人でレストランに到着。
ここは内坂さんのお知り合い
のシェフが腕を振るう素晴ら
しいレストランである。
料理界の代名詞ポールボギュ
ールが、このレストランで修業
したレストランである。
恐れ多い所であるが、これが大
変暖かい感じのレストランで、
堅苦しく無く素晴らしいレストランであ
る。料理も大変美味しく、ウエイターのサ
ービスも素晴らしかった。
1 月 25 日
すしデモンストレーション
8 時にホテルを SBA の山本さんと出発、
彼女は同じ千葉県の八千代市であることを知る。
今日の予定は魚組合で 2 回のデモンストレーションと、ヘルシーアイランドの
すしセミナーである。ジャパン
パビリオンでシャリを炊き、調
理道具と食材を台車に載せて、
最初の魚協会まで広い会場を、
若い 2 人の女性と昔の若い女性
もついでに従えて移動。若いの
はS&B食品の萩原さんと、埼玉
から参加のお茶の貫井園の貫井
香織さんだ。のり子さんはギャ
ルじゃないのでの紹介は省略。
私とマレックの大小コンビが面
白いのか、すれ違う人の視線がこちらに向いている。どこに行っても声をかけ
られる。どうやら私の白衣と鉢巻姿が珍しい様だ。魚組合では、和服でお茶の
サービス。S&B 食品はワサビソースをつけてのサービス。マレックも黙々とに
ぎりに専念している。大変な人気で人集りの山である。内坂さんの知り合いの
フランス女性が、握りにチ
ャレンジ。またもや美女の
腕の上での試し切りをし
たが、失敗したら責任をと
ると言ったので、ブスのお
姉さんまでやるはめにな
った。賑やかなプレゼンテ
ーションを 2 時間行い、魚
組合の会長も大変な人気
にご満悦である。パリの魚
市場ですしセミナーをし
て欲しいとの要望が、前回
に続いてあった。
ジャパンパビリオンへの移動の
途中に、METRO の魚ブースに
川上さんと立ち寄り大歓迎され
た。魚を売るにはすしの人気に
相乗りをするのが一番との戦略
があるようだ。これからすしの
セミナーがあると説明すると、
彼らは私達に付いて来て、ホタ
テとオマールエビと平目を一緒
に運んで来てくれた。
METOR を従えてのご帰還である。ヘルシーアンランドのスシセミナーは、す
しのサービスもあり大変な人気だ。
大盛況のジャパンブース
私はパワーポイントでセミナーを進める。マレックは必死に握って頑張ってい
る。チェコから来て予想以上の大活躍だ。ヨーロッパの食の本場の国際舞台で、
チェコ人が全国すし連の助手をするのは有史以来初であろう。地元ヨーロッパ
で、ヨーロッパ人が一緒に握っ
ている様は、地元の人にも好感
が持てる様だ。嬉しい発見であ
る。
時間の許す限り、握りのサービ
スをして、セミナーは終了した。
残った材料があるのでスタッ
フにマレックは握る。私と川上
さんは先ほど METRO から借
りた皿を返しに行く。その皿の
上には頂いた魚が握られてい
る。METRO のスタッフは大喜びで迎えてくれた。責任者はすしのセミナーに
伺い、理論的にそして化学的に鮨の歴史や調理法を知り大変感銘を受けました。
そして鮨の魅力を知りましたと興奮していた。出来れば同じセミナーをパリで
して頂けるように企画したいと言い、出会いを祝しシャンパンを御馳走してく
れた。隣のハムのブースのおじさんは、生ハムと大きなトリフを何回も御馳走
してくれた。
ヘルシーアイランドに戻ると、S&B 食
品の萩原さんは METR0 と、明日面接
が出来ると喜んでいた。ヘルシーアイ
ランドの出展社の皆さんに、名刺交換
をして頂くようにお願いをしたが、や
はりすしのセミナーは効果があったよ
うだ。お役に立てて嬉しい限りである。
RIYON 市街を望む★レストラン
バックヤードで着替えを済ませ、リヨ
ンのミシュランの★の名店ヴィラ・フ
ロンティーヌでのディナーだ。タクシ
ーは会場を後にしてリヨンの街が一望
できる高台へと辿り着いた。
このレストランは 200 年前までは修道
院で、現在リヨンの不動産会社の持ち物で手入れも行き届いている。ここのヘ
ッドシェフも内坂さんの知り合いで、彼女の交友関係の凄さには驚きだ。ここ
のシェフも仲の良いお友達である。シェフに歓迎され、厨房の見学を済ませレ
ストランの客席へ。笹川日仏財団の伊藤明子さんと、石見さんも一緒に料理を
大変美味しく頂いた。本来であれば相当な料金を取られるようだが、内坂さん
の計らいで 100 ユーロとは驚きだ。しかし私はボードリー社長の計らいで河上
さんが支払ってくれた。
ホテルに帰ると 11 時半を回っていた。荷物の整理をしていると、期間中使用し
た携帯を川上さんが取りに来る。朝早くから深夜まで仕事の延長で疲れた様子
だ。私は明日帰国なので、昨日買ったコンドリウで名残惜しい別れの乾杯をし
た。滞在中 なくサポートをして頂き本当に助かった。優しい彼女の心使に疲
れた時も、忙しい時にも随分癒された。その分彼女は私の倍は疲れたであろう
と推測する。顔を見ると昨日出来たニキビ?が潰れていた。若い証拠かな?
彼女の優しい心使いには大きな力があり、無理な事でも彼女の為なら動いちゃ
おうと思えた。その分私もハードワークな数日を過ごした。当然死んだ様に寝
入った。
1月 26 日 帰国
8 時半に目が覚めたが、老いた体には疲労
が重く熨しかかり、体力と思考回路がスパ
ーク気味でとにかくだるい。川上さんが予
約をして於いてくれたタクシーに乗り、リ
ヨン空港に向かう。途中川上さんから、無
事にタクシーに乗れたか確認の電話があ
った。13 時 30 分リヨン空港を発。1 時間
後シャルル ド ゴール空港のターミナ
ルⅡに着く。
難関の シャルル ド ゴール
これから難関の移動だ。2 年前はバスでの
移動だったが、私に断りもなしにモノレー
ルに変わっていた。散々迷いながらターミ
ナル移動のモノレール CDGVAL に乗る。
ターミナルⅠに到着して ANA のカウンターで搭乗手続きをする。帰りの便は成
田空港の都合で、1 時間遅れのフライト。しかし幸いにもビジネスクラスにアッ
プグレードされていた。
ANA のラウンジに向かうがここでも迷う。ターミナルは一方通行になっており、
引き返す事が出来ない。迷ってエスカレーターに乗ると、一度外に出てエント
ランスから、再度目的地に行くはめになる。
散々迷いながら探してやっとラウンジに着く。待ち時間が3時間以上あるので、
ラウンジで今回のレポートをパソコンに打ち込み時間を潰す。
定刻より 1 時間 10 分遅れの 19:40 イカ墨のような欧州の空へと飛び立った。
イベントは 2 日間だけであ
ったが、随分仕事をしたな
と感じたリヨンであった。3
日間は朝から夜遅くまでの
重労働で、立っている時間
が 10 時間以上のハードワ
ーク、足も腰も痛かった。
しかし川上さんや遠くから
応援の、川田さんやマレッ
クの事を思うと自分勝手な
ことは言えない。
機内では食事をしながらパ
ソコンに向かい報告書を作成していたが、疲労のため集中力が消えた。目が覚
めたのは日本海上空であった。今回のイベントの反省と改良点は多々ある。そ
れは自分がクリアー出来る事を提案しよう。
先ず、セミナーは映像のコマをもっと増やし、言葉の壁を映像で補うくらいに
充実させたい。
プレゼンテーションでは、技術と関心度の深いものを前面に押し、見る人をも
っと楽しませるパホーマンスも取り入れたい。
今回のリヨンは、コンクールの時にロンドンから来た鈴木さんに、写真を撮っ
て頂いたので大変助かった。しかし他のイベントなどでは、写真を写している
状態では無かった。
出来ればいつも一緒する吉田さんのように、人に頼めると良いなと後悔する。
今回は費用の関係で単独での派遣だが次回は随行がほしい。
今後の課題と反省面
1
仕込み
移動だけで大変なタイムロスをした。水回りと調理器具や調味料の関係
で、どうしても既存の厨房が欲しいが、設営が整うまでシャリ酢などの
調合をして待つ。加熱物は別として最悪の場合は洗面所で水をもらって
仕込みをすればタイムロスが防げる。
2
食材と調理機材等の確認
今回調理機材と食材は良く揃っていた。魚も最初は大幅に余ると考えら
れたが、プレゼンテーションや選手の追加食材でかなり使った。
魚協会で材料を多く頂いたので大変助かったがサーモンは、選手も規定
食材として多く使用するので、次回はもっとあった方が良い。
3
次回の魚の希望量 (今回と同じイベントの場合)
サーモン 4 本 マグロ 10kg サバ 10 本 イカ 10 杯
キュウリ 10 本 海苔 100 枚 他は今回と同じ
4
1.
鯛 10 匹
次回の希望案
METRO のブースで、魚の仕込み実演
仕込み場が借りられて食材も提供されると思うので一石二鳥
(但し、ジャパンパビリオンの出展商品を使用し調理をし、コンクールが
2 日目以降であること)
2.
ヨシキンブースでグローバルの包丁を使い、魚調理をして包丁の
使い方の実演。研ぎ方と持ち方や薄作りなどの包丁の使い方の実
演はかなり効果的なプレゼンテーションになるだろう。
METROでグローバルを使用して調理をしても効果的である。
(基本的に和の包丁の素晴らしさと、使い方やその特性と機能を理解させ
たい)
3.
4.
5.
コンクール中は、セミナーよりもお祭りに徹し、その場にあった
プレゼンテーションをして、会場を盛り上げた方が効果的である
と考えられる。(握りのサービスやパホーマンス)
寿司に関連した食材業者さんは、プレゼンテーションや、セミナ
ーに随行して広報活動をすると良い。会場も盛り上がり、出展業
者さんもビジネスチャンスに繋がる可能性が大である。
今回は基本的に全てのプレゼンテーションを一人で披露した面
が強い。出来れば多くの業者さんに支援して助けて頂き、せめて
もう一人働けるプロが欲しい。そして出展業者さんと一体になっ
て活動出来たらお互いの為になると考えられる。マレックが食材
搬送などしてくれたので、大変助かり鮨も作ってくれたので、出
来れば是非次回もお願いしたい。
6.
通訳はフランス語をしっかり勉強した人が必要である。時として
勝手に話を進め、流れを止めない事が必要である。やはり出来れ
ばベルギーの法廷通訳をされている、野崎亜里沙さんのような有
能な人に、お手伝いいただくと素晴らしいセミナーが出来る。
7. 現地の調理補助も随分と頑張ってくれ、シャリの面では合せ酢か
ら川田さんが卒なくしてくれて、要の部分で不安がなかった。川
田さんのような現地での補助スタッフは必要不可欠である。
重要課題
次回はプロも参戦の大会となるので、調理に対しての採点基準を明確に
しておかなくてはならない。いくら自由作品が美味しくても、ただシャ
リがあるから鮨として評価するのはいかなものであろう。日本の寿司
は、シャリに六部の味があると言われる。この意味合いを重要視すれば、
シャリの味が具と調和されているものが寿司として評価されるべきで
あろう。
プロのスシコンクールでは、基本のすしの調理採点を最重要視すべきで
ある。
海外でのコンクールでは、すしの調理に対する基本調理技術はあまり重
要視されていない。
この状況は、本来の日本の調理技術から遠のいていく危険性もある。
これらの事を総括して次の事を提案したい。
海外でのコンクールに対しての提案
① すしコンクールでは、技術コンクールと、創作すしコンクールとを
明確に表示すべきである。
② スシコンクールの名称を使用する場合は、日本のすしが持つ調理技
術を最重要視すべきである。
(全国すし連が後援をする場合)
③ 創作スシでは、シャリが意味合いを持たないような作品は出品基準
からはずすべきである。
④ 海外でのスシコンクールでの基本調理では、包丁の使い方などの調
理方法も採点基準に入れ、盛り込み作品の調理も提案したい。
○ 創作スシ 調理食材とシャリが調和され、お互いの味が消されるこ
となく斬新な味であり、芸術性を踏まえた美しい作品であること。
○ スシコンクール 基本調理技術が表現された作品と、創作スシのコ
ンクールであること。