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エジプト・カイロの生活

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現地駐在員だより エジプト・カイロの生活
豊田通商㈱ カイロ事務所 化学品部マネージャー 椎名 武郎
遥かなる砂漠の遺構エジプトのカイロに着任したのは2013年4月でした。前任地のドバ
イと同じイスラム圏でしたが赴任当初は生活水準,治安の問題など両都市の違いに戸惑い,
そうこうしていると6月にはモルシ大統領(モスリム同胞団)の退陣を求めるデモが革命
に発展,家族は退避のため緊急帰国,と波乱な幕開けでカイロの駐在生活がスタートしま
した。この3年間色々なことがありましたが,そんな中でのカイロの生活の一部をご紹介
したいと思います。
エジプトは人口9千万人(海外の出稼労働者を入れると1億人と言われております)
,古
代エジプトのピラミッド,スフィンクス,ツタンカーメン黄金のマスクで有名なカイロ博物
館,ナイル川クルーズなど観光資源に恵まれ,またアジアと欧州を結ぶスエズ運河を有し,
これまでは安定した外貨収入源を確保しておりました。
(※以下がエジプト外貨歳入TOP3)
1位:出稼ぎ労働者の外貨送金 190億㌦/年
2位:観光収入 100億㌦/年
3位:スエズ運河通行料 40億㌦/年
ギザのピラミッドと悠久のナイル川
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しかし,アラブの春以降,二度の大きな革命(ムバラク大統領退陣/2011年,モルシ大
統領退陣/2013年)により,三本柱の一つ観光業が大きなダメージを受けました。2010年
に12万人いた日本人観光客も2014年には1.2万人と1/10に激減,現在エジプト政府は観光
客を呼び戻すために治安強化に努めております。
カイロの余暇の過ごし方
近年は不安定な国状ですが,カイロには1945年に設立されたアラブ連盟(アラブ21ヵ
国が加盟)の本部があり,第二次大戦以降アラブ諸国の中心的な役割を果たしております。
日本政府は現在も中東の要として位置付けており,在エジプト日本大使館は中東エリアで
は最も多い邦人職員を抱えております。エジプト全体ではカイロを中心に官民合わせて
1,000名ほどの日本人が暮らしており,余暇の過ごし方は限られておりますが,当地には
いくつかの邦人サークル活動があります。私はソフトボール部に所属,オフには米国人チー
ムと試合をして汗を流しております。
「イスラム教の国で野球ができるのだろうか?野球場はあるのだろうか?」と当初は疑問
に思ったのですが,「ベースボール」をこよなく愛するアメリカ人にその心配は無用でし
た。
カイロの Maadi という各国の大使館が集まり,外国人が多く居住する東京で言えば麻
布のようなエリアのど真ん中に Victoria Park という広大な球場(野球場が二面)があり
ます。アメリカ政府がカイロに駐在している米国人のために造ったグランドです。グラン
ドの周りには警備員としてライフル銃を携えたエジプト軍人が配備され,万が一の民衆の
暴動やテロなどに備え,球場内にいる米国人を厳重に守っております。一方,グランドの
中に一歩入ると,売店では Coca Cola,ハンバーガー,ホットドック等が販売されてお
り,アメリカさながら外の厳戒態勢とは別世界でプレーを楽しめます。
我が日の丸ジャパンのメンバーは大使館職員,日本人学校教員,JICA,マスコミ,メー
カー,商社など異業種の邦人駐在員で構成され,春と秋にCAL(Cairo American League)
という米国人のリーグ戦に加盟,年間2シーズン戦いそれぞれ優勝を競います。男性8チー
ム,女性3チームが参加しておりますが,昨年フィリピン人チームが離脱した後は,我が
侍ジャパンだけが孤軍奮闘で米国人相手に「目指せ優勝!」を合言葉に戦っております。
エジプトの2大国民食
砂漠気候で食材の乏しいエジプトですが,国民がこよなく愛する国民食を二つご紹介し
ます。
一つ目は“コシャリ”です。パスタ(3種),お米,レンズマメの上にフライドオニオン
をのせただけのシンプルな庶民の食べ物です。日本の“そば飯”をイメージされると近い
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コシャリ
(EGP7=約100円)
ターメイヤサンド
(左)
とポテトサンド
(右)
(各 EGP2=約30円)
と思います。食べ方はお皿の中に層になった上記4種の具材を豪快にスプーンでかき混ぜ
てお好みでトマトソース,お酢,香辛料をかけます。日本の牛丼店同様にチェーン店がい
くつか展開しておりいつでもどこでも手軽に食せるファーストフードです。炭水化物の固
まり,まさに B 級グルメですが素朴な味にはまり私も家族も大好物です。
続いては“ターメイヤサンド”です。作り方は,潰したそら豆を団子状にしてコロッケ
のように揚げたものです。そのままでも美味しいですが,アエシというアラビックパン
(袋
状になったパン)の中にサラダと一緒に挟んで食べるのが基本系。日本のコロッケパンに
近いイメージです。こちらもシンプルで朝食,昼食には当地のエジプト人はよく食してお
ります。最近ではターメイヤに代わりフレンチフライを挟んだ“ポテトサンドイッチ”が
マイブーム。
お酒の事情
さて続いてカイロのお酒事情についてご紹介します。エジプトは宗教的に95%がイスラ
ム教徒,5%キリスト教徒(コプト教)の構成
になっており,イスラム国家ですので赴任前は
お酒の飲酒には当然制限があると覚悟しており
ました。ドバイ駐在時代には GCC 諸国を巡回
出張しておりましたが,特にサウジ,クウェー
トではお酒の持ち込みすら禁止されている戒律
の厳しい国が当たり前,しかし,エジプトは観
光立国ということもあり,お酒に関しかなり寛
容な国でした。ホテルのレストラン,Bar は勿
論のこと,街を歩いていると酒屋もあり,ライ
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Made in Egypt のお酒の数々
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センス無しでいつでも手軽にお酒が購入できます。さらにビール,ワイン,ハードリカー
とエジプト国産のアルコールがかなり豊富に店頭で販売されております。
しかし,真っ先に疑問に思うのはイスラム教の国で「いったい誰がお酒を造るのか?」
,
いくら緩いとは言えイスラム教徒の彼らが工場で毎日お酒に囲まれて仕事するのは厳しい
はずです。お酒の味をチェックするため試飲もしなくてはいけません。その答えは人口5
%ほどを占めるキリスト教徒でした。調べてみると当地のお酒ビジネスは製造から販売ま
で彼らの独占ビジネスだそうです。
ここで少しエジプトのお酒にまつわる歴史をご紹介したいと思います。紀元前3千年の
古代エジプトでは,既に庶民の間でビールが飲まれていたと言われております。当時既に
発明されていたパンをカメの中に入れて発酵させたビールが各家庭で作られており,ビー
ルは通貨として流通,税金や領土からの貢物としてファラオ(王様)のもとには毎年ビー
ルの入った壺が何千個も届けられたそうです。ファラオはそれを労働の報酬としてピラミ
ッド建設作業者に賃金の代わりに振舞ったと言われております。
次はワインです。ツタンカーメンの副葬品の酒壺からはワインの成分が検出されたこと
で証明される通り(エジプト考古学博物館でその壺が展示されております),ワインも古代
エジプトでは既に作られていたそうです。ブドウは大農園など限られた場所で栽培されて
いたこと,ビールに比べて設備が面倒(ブドウを踏み潰す多人数が必要)だったこともあ
り庶民にはあまり出回っておらず,王家の宴会や宗教儀式に出されていたそうです。今か
ら5千年も前のエジプト人が既にお酒を造っていたとは意外でしたが,そんなところにも
連綿と続くエジプトの悠久の歴史を感じます。
皆さまもエジプトにお越しの際には,ピラミッド,スフィンクス,ツタンカーメンと共
に当地のお酒の歴史にも思いを馳せながらエジプトのローカル酒もお楽しみください!
ピラミッドとスフィンクス像
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