46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 ペットとの死別に ともなう悲嘆過程 -予期的な悲嘆と長期的視点を含めた質的検討- 東京大学大学院教育学研究科 臨床心理学コース 修士課程 中川 真美 家庭での飼育動物はペット(愛玩動物)と呼ばれてきたが、最近はコ ンパニオン・アニマル(伴侶動物)という呼び名が普及してきた。し かし伴侶動物と呼ぶのは、日本全体から見れば動物福祉に関心のある 人たちなど特定の人々に限られており、いまだにペットの方が一般的 である(林,2002)ことから、本研究では「ペット」と呼ぶこととす る。 1 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 <本発表の概要> 1、問題と目的 2、方法 3、結果と考察 4、まとめと今後の課題 2 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 1、問題と目的 3 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 1、問題と目的 問題意識 ・日本の約4割の家庭でペット飼育(総理府,2000) ・多くの飼い主が犬・猫を「家族の一員」と認識、「かけ がえのない存在」、「心の支え」とみなし、心理的結び つきを重視(濱野,2001) ・ペット喪失の悲嘆への援助に対する潜在的なニー ズに応えることが重要(Sharkinら,1990;2003) ペット喪失にともなう悲嘆過程について、 理解を深めることが必要 問題意識 総理府の2000年の調査では、日本の約4割の家庭でペットが飼育されてい ることが示されています。多くの飼い主がペットの犬や猫を「家族の一員」と 認識し,「かけがえのない存在」「心の支え」というような心理的結びつきを重 視していることが明らかとなっています. ペットは人間より短命であるため、多くの飼い主はペットとの死別を経験する ことになります。「家族の一員」であるペットを失くした際の悲嘆の援助に対 する潜在的なニーズに応えることの重要性が指摘されています.そのニーズ に応えるために、ペットの喪失にともなう悲嘆過程について理解を深めること が必要だと考えます。しかし,日本において研究はあまりなされていないの が現状です 4 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 1、問題と目的 本研究の目的 ペットとの死別にともなう悲嘆過程に ついて、実態把握と仮説生成を行う。 ①ペットの喪失を予期した時点から死別に至るまで の心理過程(予期的な悲嘆) ②ペットとの死別後の心理過程 (死別後3年以上の予後を含めた検討) ③予期的な悲嘆と死別後の悲嘆の関連 ④悲嘆過程に影響する要因 目的 そこで本研究では,「ペットとの死別にともなう悲嘆過程について,実態把握 と仮説生成を行う」ことを目的としました.その際,次の4点について検討を 行いました。1点目はペット喪失を予期した時点から死別に至るまでの心理 過程、予期的な悲嘆についての検討です。これは先行研究で検討されてこ なかったものです。2点目は死別後の心理過程で、先行研究で検討されてこ なかった死別後3年以上の長期的な予後についての検討を行いました。3点 目が予期的な悲嘆と死別後の悲嘆の関連について、4点目が悲嘆過程に 影響をおよぼす要因についての検討です。 5 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 2、方法 6 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 2、方法 (1)データ収集 対象者: ペット(犬・猫)との死別体験のある成人男女14名 (20代~50代、男性4名・女性10名、死別後経過時 間5ヶ月~7年、病気による死別11例・老衰3例) 方法: 一対一の半構造化面接 (一人45分~2時間50分、平均1時間30分) ・ペットの死を予期した時点から死別に至るまで ・死別後から現在に至るまで 調査期間: 2005年6月~10月 方法 まずデータ収集について.対象者は犬・猫との死別体験のある成人男女14 名を対象に、一対一の半構造化面接を行いました.病気発覚などでペット の死を予期した時点から現在に至るまでの経緯と気持ちについて聞きまし た. 次にデータ分析について.面接のテープを逐語録におこしたものを分析 対象とし,グラウンデッド・セオリー・アプローチを参考に質的な分析を行い ました。 7 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 2、方法 (2)データ分析 データ: インタビューのテープを逐語録におこしたもの (一人当たり13000字~49000字,平均24400字) 方法: グラウンデッド・セオリー・アプローチ (Strauss&Corbin,1998) の1バージョンである事例ごとの分 析法(能智,2004)を参考に質的な分析。 8 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 3、結果と考察 9 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 3、結果と考察 感情 精神的打撃 ショック 混乱 修士論文検討会 2006年2月7日 ①予期的な悲嘆過程モデル 喪失を予期するつらさ 喪失するのかという不安 喪失することに対する恐怖 嫉妬 後悔・自責 時間 延命を願う 死別の可能性を認める 死別を覚悟する ペットの生 への執着 喪失の可能性を受 け入れる 認知・思考 喪失の可能性 を受け入れら れない 死別後のことを考える 結果と考察 予期悲嘆の過程モデル 分析の結果、予期的な悲嘆過程について仮説的モデルが生成されました。喪失の予期から時間軸に 沿ったモデルになっており,感情と認知・思考に分けて上下に配した構図になります. 喪失の可能性が提示されることにより、ショックや混乱という【精神的打撃】が体験されていました。そ の後、【喪失を予期するつらさ】にまとめられたものとして、『喪失するのかという不安』、『喪失すること に対する恐怖』、他の健康なペットやその飼い主に対する『嫉妬』、ペットの病気の発見の遅れに対す る自責や自分がペットの病気を招いたというような『後悔・自責』という心理が体験されていました。 一方、そのような精神的苦痛に対し、認知・思考の面について下の部分に示します。喪失の可能性 が提示された直後は、『喪失の可能性を受け入れられない』状態になり、その後『延命を願う』という気 持ちになり、死別まで継続して体験されていました。この心理が弱まるにつれ、『死別の可能性を認め る』、『死別を覚悟する』、これは家族を呼び戻したり安楽死について考えたりなど,死別を具体的に想 定し、予期される死に対して何らかの行動や認識をしていたという語りから生成されました.『死別後の ことを考える』は、葬儀社の検討などの死後の具体的な手続きについて,また死別後自分が後悔しな いように今せいいっぱい世話をする、という認識について語られた中から生成されました。 予期的な悲嘆過程は、喪失の可能性を受け入れる過程であると考えられましたが、ペットの生への執 着を捨て去って受け入れるというように段階的に移行するのではなく、重なり合う形で構造が変化する 過程として捉えられるのではないかと考えられました。 10 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 3、結果と考察 修士論文検討会 2006年2月7日 ②死別後の悲嘆過程モデル 安堵 生前と異なる新たな関わり 精神的打撃 感情 ・自身の内的世界に亡くなった ペットを位置づける 死を受け止めるつらさ 死別の悲しみ 喪失感・寂しさ 怒り・嫉妬 後悔・自責 ・ペットの遺骨や墓への働きかけ ペットとの絆の再構築 価値観の変容 思慕 対人関係、人生観の見直し 死の事実を認める ペットの存 在を願う 死の事実に納得する ペットの死を受け入れる 認知・思考 死の事実を受 け入れられな い 時間 ペットの一生をそのまま受け入れる 死別後の悲嘆過程モデル 死別後の悲嘆について仮説的モデルが生成されました。ペットの死から時間軸に沿ったモデルに なっています。 ペットの苦しみを見た場合や看病・介護の負担が大きかった場合安堵が体験され,精神的打撃が体 験されていました。【死の事実を受け止めるつらさ】にまとめられたものとして、『死別の悲しみ』、『ペッ トがいない寂しさ』、『喪失感』、『後悔・自責』、『怒り』、『嫉妬』という心理が体験されていました。これら は時間経過とともに緩和されていましたが、悲しみよりも喪失感・寂しさのほうが長く体験され,怒りや 嫉妬,後悔・自責は比較的早期に緩和されていました。 認知・思考ですが、死の直後は、『死の事実を受け入れられない』という心理が大部分であり、その後 ペットの存在を願う気持ちがやわらいだ形で『思慕』として長期的に体験されていました。ペット不在の 生活を営む中で、『死の事実を認める』という心理が徐々に確かなものになっていました。『死の事実 に納得する』は、死が避けられないものだったと認識したという語りから生成され、『ペットの一生をその まま受け入れる』は,もっと長く生きてくれたらと思わなくなったという語りから生成されました。このよう に、死別後の悲嘆過程は、「ペットの存在を願う」心理と「ペットの死を受け入れる」心理が重なり合って 存在し、構造が変化する過程と捉えられるのではないかと考えられました。 この過程の中で、死別直後から長期的になされる作業として、「ペットとの絆の再構築」と「価値観の変 容」という心理が見出されました。ペットとの絆の再構築は、生前とは異なる形でペットとの関わりを継 続していると考えられた語りから生成されたカテゴリーです。「見てくれている」、「心に住んでいる存 在」というように、亡くなったペットを自分の心の中に位置づけるという心理、ペットの遺骨を身近に置く ことや、墓参りに行くという行動面での働きかけが、ペットとの絆の再構築としてまとめられました。「価 値観の変容」は、ペットのことを軽視する人や支えてくれる人との関わりの中で、対人関係が見直され たこと,ペットの老いや死を見たことで自分自身の老いや死を考えるようになり、死を身近に感じるよう になったことなど,人生観の変容がまとめられました。 11 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 3、結果と考察 ③予期的な悲嘆過程と死別後の悲嘆過程の関連 喪失の可能性と対峙する 精神的打撃 ショック 混乱 喪失を予期するつらさ 喪失するのかという不安 喪失することに対する恐怖 嫉妬 後悔・自責 延命を願う 喪失の可能性 を受け入れら れない 喪失の可能性を受 け入れる 喪失の可能性と向き合う 時間 死別の可能性を認める 死別を覚悟する ペットの生 への執着 A 死別後のことを考える B 予期的な悲嘆過程と死別後の悲嘆過程の関連 予期的な悲嘆過程は時間軸に沿って進行すると考えられるが、どの程度のスピードで喪失の可能性 の受け入れが進むのか、またどのような心理状態で死別を迎えるのかは事例によって異なると考えら れました。予期的な悲嘆と死別後の悲嘆はどのように関連しているのかについて、 喪失の可能性を受 け入れられないという心理状態のAの時点と考えられる心理状態で死別を迎えた事例と、死別後のこ とを考えるまでに喪失の可能性を受け入れていた、Bの時点と考えられる心理状態で死別を迎えた事 例について比較検討を行いました。 Aで死別を迎えた事例としては、「病気の宣告を受け、もうだめだって分かったけれども、認められず、 治療法や延命のための情報を毎日集めていた」という状態で死を迎えた事例が挙げられます。このよ うな事例においては、死別後の精神的打撃、つらさが強く訴えられていました。 Bは喪失の可能性の受け入れが進んだ状態で死別を迎えた事例です。Bの時点の事例として、「病気 発覚時はすごくショックだったけれども、その後1年以上の闘病があって、その間に、ペットの死後後悔 しないように、一日一日を大切にしようと考えて過ごし死別を迎えた」事例が挙げられます。このような 事例において、「ペットが死んだ後も含めてトータルで考えて、病気発覚のときが一番つらかった」とい う語りが見られました。 このことより、予期悲嘆の過程において喪失の可能性の受け入れが進んでいた場合、死別後の悲嘆 のつらさの程度が緩和される可能性が示唆されると考えられました。 12 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 3、結果と考察 ③予期的な悲嘆過程と死別後の悲嘆過程の関連 ・Aの時点で死別を迎えた事例 →死別後の精神的打撃やつらさが強く訴えられていた ・Bの時点で死別を迎えた事例 →喪失の予期の時点が死別後よりつらかったという語り 予期的な悲嘆過程において喪失の可能 性を受け入れていた場合、死別後の悲嘆 のつらさの程度が緩和される 13 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 3、結果と考察 ④悲嘆過程に影響する要因 死別後の悲嘆 予期的な悲嘆 緩和 普段のペットの死に対する認識 「ずっと一緒にいられる」という認識 →喪失の受け入れに時間を要していた 動物はいつか死ぬという認識 →死への対処方略・悲嘆の緩和 ペットの死に関する心理教育による予防的援助の可能性 悲嘆過程に影響する要因 予期的な悲嘆における体験が、死別後の悲嘆を緩和する可能性が示唆されました。これらの悲嘆に 影響する要因として、日常のペットの死に対する認識が関連していることが見出されました。「ペットが 死ぬことがないと思っていた」「ずっと一緒にいられるような気がしていた」というような語りが見られた事 例では、これまで身近な存在との死別体験がない場合が多く,喪失を予期したときの苦痛が強く訴え られており,喪失の可能性を受け入れるのに時間を要していると考えられました.(例えば「ペットと ずっと一緒にいられるような気がしていた」という事例では、病気の発覚から1年以上延命できたが、喪 失の可能性を受け入れるのに約1年を要したと考えられた。) 一方、「ペットを飼う時点で喪失を覚悟していた」というように、動物は死ぬということを意識していたこと が語られた事例では、過去にペットとの死別体験があった場合が多かったのですが、喪失の予期から 死別までの時間の長さに関わらず、例えば病気発覚から1週間で死別を迎えた事例においても、喪失 の可能性を受け入れて死別を迎えていたと考えられました。「いつ死んでもいいくらい、かわいがろうと 思っていた」というような、来るべき死に対して心の準備をし、意識的・無意識的に悲嘆の緩和の効果 を得るという対処法略をとっているのではないかと考えられました。 普段のペットの死に対する認識を高めることが、悲嘆の緩和につながる可能性が示唆されました。よっ て、ペットの死に関する心理教育的アプローチによって、予期的な悲嘆、死別後の悲嘆に対する予防 的な援助を行える可能性があるのではないかと考えられました。 14 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 4、まとめと今後の課題 <まとめ> ・予期的・死別後の悲嘆過程の仮説的モデル ・予期的な悲嘆が死別後の悲嘆を緩和する可能性 ・ペットの死に対する認識が悲嘆に影響をおよぼす 可能性 <今後の課題> ①仮説的モデルの精錬 ②臨床事例の検討 ③具体的な援助方法の検討 まとめと今後の課題 まとめとして本研究の意義を述べたいと思います。本研究では、ペットの死別にともなう悲嘆課程に ついて,予期的な悲嘆と長期的視点を含めた調査と分析を行いました。 分析の結果、ペットとの死別にともなう予期的な悲嘆と死別後の悲嘆の仮説的モデルを生成しまし た。予期的な悲嘆過程において喪失の可能性を受け入れていた場合、死別後の悲嘆を緩和する可 能性が示唆されました。予期的な悲嘆過程はこれまで先行研究では検討されてこなかった視点であり、 仮説を提示できたことには意義があると考えられます。また、ペットの死に対する認識が悲嘆に影響を およぼすと考えられ、予防的な援助の可能性が示唆されました。これまでペットへの愛着が強いほど 悲嘆が重度になるという指摘がなされていたのですが、「死を覚悟していた」という事例でもペットをと てもかわいがり大切に思っていることがうかがえ、愛着の強さが同等であっても、ペットの死に対する認 識によって悲嘆の程度に差が生じるのではないかと考えられました。 今後の課題としましては、仮説的モデルの精錬を行うこと、臨床的な事例の検討、臨床例や臨床予 備軍の事例と照らし合わせることにより,具体的な援助の方法について検討したいと思っています。 15 46032 中川真美 「ペットとの死別にともなう悲嘆過程」 修士論文検討会 2006年2月7日 御清聴ありがとうございました 16
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