個体生物学の新たな学習マトリックスとその関連学習コンテンツ (高校

H27 日本科学教育学会 年会 発表論文
個体生物学の新たな学習マトリックスとその関連学習コンテンツ
(高校生物の学習内容構成論の構造化に向けて)
A new “learning matrix” of biology education and its related “learning contents”:
Toward structuration for a leaning content construction in high school.
*
○羽曽部 正豪
*
*
HASOBE Masahide
・ 吉村 成弘** **
YOSHIMURA Shigehiro
**
東京海洋大学 海洋科学部、 京都大学大学院 生命科学研究科 *
Tokyo University of Marine Science and Technology,
**
Kyoto University, Graduate School of Biostudies
[要約] 本邦の生物教育では「器官系」や「階層性」の学習を軽視する傾向にあり、その結果、学習項目や
用語の単離浮遊化といった現象が散見される。左記2項目の意味意義の理解は生物学習の基本であり、
「独自に考える力の基盤」であるが、その必要性を具体化するには学習内容構成論に向けた構造化、並び
に、それらを補完する新たな学習コンテンツや実験教材の導入が必要であろう。そこで、本研究では、その
現状・経緯に言及しながら、新たに構築した個体生物学の「学習マトリックス」を解説し、具体化された関連
学習コンテンツとの連立連携から「生物領域における卓越性の科学教育」に寄与することを図る。
[キーワード] 生物学習内容構成論、学習マトリックス、構造化、細胞培養実験、魚類マクロ組織
1. はじめに(背景と目的)
本研究は本会 H24・25・26 年既報の継続研究
(科研費基盤 A「卓越性の科学教育」代表.銀島
文)であり、卓越性を志向した生物教育実践のコン
テンツとカリキュラム開発を目的としている。
ところで、既報(羽曽部 2012)のように、「生物」受
験者が約7割を占める大学新入生(118 名)に「器
官系 10 又は 11 区分の名称を列記せよ」と求めた
場合、その正解率平均は 27 点であり、「生物は得
意」を自認する対象者(40%)であっても 33 点となる。
生殖器や感覚器がその区分にあることを自ずと気
づく学生は極めて少ない。更に、体構造の基本的
視点「階層性9区分をその順列から列記せよ」では
ほぼ壊滅的という状況を見る。
その理由は「高校では習わないから」が大多数で
あり、高校教師に尋ねると「器官系は中学の扱い」
というもっともな意見を見る。その事実を生物系研
究大学教員に尋ねると「心配は無い、大学専門を
通じて自ずと理解する」という達観に収束する。な
お、学生が意識する生物(受験)学習の要点には
「繰り返し確認・暗記」という意見が多数を占める。
つまり、受験対策とは別次元において「用語・項
目の単離浮遊化」が顕在している。従って、この現
状への考察や対応策(論)は不可欠と考える。
そこで本報告では、試論として新たに構成した「3
軸構成の学習マトリックス」について言及し高校生
物の学習内容構成論に向けた構造化を試みる。
また、これまでに開発した学習コンテンツや実験
学習教材について、その後の経緯も含め、学習マ
トリックスの補完のため、その概要を解説する。
つまり、生物教育の理念「実体と概念の連立連
携」に対し、基幹的な枠組み「学習マトリックス」とそ
の具体的な学習コンテンツから、生物学習内容の
構造化に寄与すること図る。
図 1.個体生物学の学習マトリックス(BioMTX)
2. 学習マトリックスと学習内容の構造化
自然科学の目標は対象とするものことの「起源・
構造・運動・変化の法則性」を明らかにすることと言
われるが、科学「生物」においても同様の枠組み
(視座視点)の設定により学習課題や対象の論理
的考察や本質的な話合いが可能となると考える。
つまり、個体は構造体であり「構造とは要素の配
置とその繫がり」という平素な前提に従った場合、
学習対象(要素)には、第1の視座〔主軸〕、構造レ
ベル「階層性」が配置される(図 1)。なお、動物体
の構成要素とは一義的にはその階層レベル下位
の集合体であり、また上位により限定されるため、
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その成り立ちに対し直裁的な判断を可能とする。
更に、その学習対象(要素)は、通常、形・役割・
仕組み・由来(形態・機能・原理・起源)、専門的に
は解剖組織学・生理生化学・発生遺伝学という視
点で扱われることから、副軸として第 2 の視座「考
察の基本」が成り立つ。なお、「形・形態」は実体と
しての重要性から「部位・形状・名称・繫がり・区分
(構成)」で補完する。
その結果、実践学習の場においては「課題考察型
学習」を可能とし、同時に「学習内容構成論の構造
化」にも寄与すると考える。例えば、生物学習にお
ける必須用語(基幹的な用語)の選定や定義にそ
の筋道を与えると考える。
ところで・しかし、高校生物学習の現状では、前
述の通り、その基本をとなる「階層性、考察の基本、
動物生理の基本(器官系区分の意味意義の解
説)」自体が学習対象として不明瞭であること、また
は、学習概論として取り上げていないことから、「学
習マトリックス」の必要性の是非は今後の議論に委
ねられる。
補足:なお、上記に従い大学新入生に学習マトリッ
クスの構成概論を行った場合、学生は当然のごと
くそのロジックを容易に理解する。また、器官系区
分や階層性について「中学・高校・大学のどの修
学期で扱うべきか」を問うとその大多数は中学ある
いは高校と回答する。大学とする者の理由は「試
験(受験)勉強で忙しいからロジックは大学入学後
に」という素直な回答を得る。
図 2.考察の基本(視点 9 項目)の事例
3. 学習マトリックスを補完する実践学習コンテンツ
実践学習の場に対する学習マトリックスの導入に
は、前述のような概説に加え、その実効性を保証
する具体的コンテンツによる補完を必要とする。
既報(羽曽部 2013)では「生物系のロジカルシン
キング トレーニング」として一連の演習講義資料
(いわゆるワークブック形式の学習コンテンツ)を作
成し、更に Web テキスト化を図っている(文末関連
サイトを参照)が、ここでは前述の学習マトリックス
に強く関連する項目を改めて俯瞰する(下記 3a.生
物系のロジカルシンキング トレーニング)。
また、生物教育の理念は「実体と概念の連立連
携」であり、学習内容の構造化においても実験学
習教材によるバックアップは必要である。
例えば、階層性の基幹的な要素「細胞」とその上
位・下位に関わる実験学習システム(実験教材)は、
今現在その対応例が脆弱であることから、その充
実は不可欠な課題と考える。既報(羽曽部 2014)
では「細胞実験キットの導入」の観点からその概要
を示したが、本編ではその後の経緯・検証・改良か
ら更に実践的な実験学習キットとした。ここでは、
表題「はじめの一歩の細胞実験」して取り上げ、そ
の状況を下記 3b.に概説する。
また、細胞培養実験の意味意義は、階層レベル
との連続性(発展展開)に求めることも可能であり、
既に作製したインターネット組織観察の経緯・検証
の結果から、新たに「魚類マクロ組織のポスター画
像に基づく組織器官の考え方」を作成した。下記
3c に取り上げ、その状況を概説する。
また、役割(機能)は重要な学習課題であること
から、その補完には第 3 の視座「役割の補完」の設
定が求められる。これには古典的なロジック「動物
生理の基本:2 系 6 要素・器官系 11 区分」を導入
する(器官系区分の意味意義・配置が自ずと論理
的に理解される)。この観点は、階層「細胞」下位の
いわゆる分子レベルの学習「細胞生理(機能)の基
本:細胞自身は何をしているか」においても有効で
あり、その基本的な解説・考察法を与える。
図 3. 生物学習の枠組み「学習マトリックス」
つまり、上記から成り立つ「3軸構成の学習マトリ
ックス:BioMTX」は生物学習の最小必須要素と考
えるが、同時に「独自に考える力の基盤」ともなる。
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細胞構造の概念化、と考える。
左記の項目 1, 2, 3.の概要は、その概念・配置図
(図 4, 5, 6)により容易に理解が可能であると思うが
(4.は紙面の都合から省略)、その詳細は Web コン
テンツとして確認が可能である(文末 Web 資料を
参照)。実践的にはプロセス重視「連続スライドによ
るワークブック形式」として利用する。
図 4.器官系区分の順列配置とその概念
3b. 実験キットによる「はじめの一歩の細胞実験」
開発した細胞実験キットの詳細は既報又は Web
テキストの参照により可能であるが、本編に関連し
特に付記すべきは下記2項目である。なお、本編
の続報(中川ら)では、表題「はじめの一歩の細胞
実験:その方法と効果」の観点から、その具体性と
実証評価を取り扱う(当該論文を参照)。
1)細胞培養実験の必要性(その意味意義)
培養細胞とは生体の組織細胞に由来し維持管
理される細胞のこと。細胞培養とは生体組織の細
胞が生きるその様式(微小環境)をシャーレなどに
再現すること。具体的には、固相・液相・気相(細
胞培養3要素+α)の設定により成り立つ。その結
果、培養細胞は生体細胞の基本的性質を少なか
らず顕示する(足場依存性と細胞シートの形成)。
従って、細胞実験の方法・経過・結果は、生体との
類似性や相関性から考察すべき対象である。
図 5. 「2 系 6 要素・器官系 11 区分」に基づく「体内
構造の描き方/概念化(動物体の側面俯瞰図)」
図 7. はじめの一歩の細胞実験:培養法と結果(染
色細胞の顕微鏡観察像)
図 6.考察の自己相似性に基づく細胞機能の理解
3a.生物系のロジカルシンキング トレーニング
前述「背景」の経緯に基づき、また学習マトリック
スの実践的な理解に向けて、現状の高校生物に
おいて導入すべき学習項目は、1.器官系区分の
意味意義(動物生理の基本)、その補完として 2.体
内構造のマクロ的概念化、3.細胞機能(細胞生理
の基本)、の理解であり、加えて 4.左記(3)に基づく
2)「はじめの一歩の細胞実験」の特徴と結果
本実験は実験キットの導入に特徴を置くが、その
実技操作は「迅速・簡便・確実・低コスト」を付帯条
件としてシステム化され、時・人・場所・設備を問わ
ない。つまり、実験器具・設備の充実が伴わない高
校であっても、図 7 が示す平易な細胞培養法(カ
バーガラス上に細胞液を滴下し細胞培養を行う)
が可能である。これまでに例を見ない実験系では
あるが、その結果は、細胞構造、細胞運動、組織と
3
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の類似性など、細胞に関わる多くの情報を容易に
提供する。それらは数多くの学習項目とも連携す
る(実体と概念の連携)。実践調査においても高校
生の積極性を生み出す状況が確認されたことから、
生物教育の構造化に深く寄与すると考えられる。
3c. 魚類マクロ組織ポスター:組織器官の考え方
高校生物における「動物組織」の取扱いは極め
て希薄である。いわゆる「用語項目箇条書き:暗記
もの」の回避にあるが、「組織の理解」はロジカルシ
ンキングの典型でもあり、また、個体発生・形態形
成にも関連するため、組織に基づく動物体の理解
は Up-To -Date な基幹的な位置付けにもある。
本研究によるその対応は「インターネット地図の
ように拡大縮小が可能なバーチャル顕微鏡 Web
システム」の製作とその実践利用として展開してい
るが、その後の経緯から図 8 のようなポスター画像
の利用の有効性も実証されつつある。
つまり、実物標本は 2cm 程度のプレパラートであ
るが、提供するポスター画像(図 8)のサイズは 1m
x 2m であり、圧倒的な迫力で生徒を魅了する(し
た)。例えば、学校内に展示されたポスターは、生
徒と教師との自発的・自律的な話し合いの場を提
供する。現在その効果を下記メッセージの付記に
より検証中であるが、期待できる新たな学習コンテ
ンツであることに多くの教師の疑念は生じない。
図 8. 魚類マクロ組織の特大ポスター(2m x 1m)
〔卓越性に向けたポスター画像の話合いのヒント〕
1) 組織学はヒストロジー、ヒストリーのように綴ら
れた体の中身の考察法。 2) 組織はティッシュ、
薄く織り込まれたように見えるもの(組織標本)。
3)体の薄切り、赤青 2 色で染めたらどうなるか?
(染色原理とその特徴)。 4)チューブやボールを
切った面、どんな形が現われる?(体断面の基礎)。
5)「有る」は「無い」との境界線(面)、形を書いて確
認しよう(体の形・描いた線 とは何?)。 6)細胞
は体の基本単位、体は細胞と(細胞が生み出す)
細胞間物質でできている、体は一粒の細胞からで
きてくる。(細胞説)。 7)細胞の基本的な性質は
「足場依存性と細胞シートの形成」(はじめの一歩
の細胞実験)。 8)体の表面・体腔管腔その壁面、
どこが表面・どこにある。 9)上皮組織とは、オモ
テ側の細胞層(細胞面)。 10) 外皮・表皮・真皮、
上皮・中皮・内皮、何が同じでどう違う。 11) 体の
中身と方向性(極性)、体外・体内、何がオモテでウ
ラはどこ。 12) 薄くて弱い細胞層(上皮組織)、そ
のウラ側には何が必要・何がある。 13) ウラの話
は由来や起源(中胚葉由来の結合組織:細胞と物
質7項目)。 14) カルシウムを除いた「骨」の形、
どんな様子で残るのは何?(骨切り実験)。 15)骨
と軟骨、何が違う・染めるとどう見える。 16)筋線維
は筋細胞、細胞骨格がその主成分、簀巻きになっ
て仲間と一緒に束になる。 17) 神経・感覚・内分
泌の細胞、どれもこれもパラニューロンと「細胞くん」。
18) サカナの縦縞・四肢・尻尾、他の動物と何が
同じ で ど う違う? (ヒトもサ カ ナ も基本は 同じ)。
19) 構造レベルは「階層性」、考察の視点は基本
4項目「形・役割・仕組み・由来」、役割の補完は「2
系 6 要素・器官系 11 区分(動物生理の基本)」。3
軸構成の学習マトリックスで考えよう。 20) 組織
学、その成り立ちと理解はロジカルシンキング(独
自に考える視座視点):描き・見て・考えよう。
重複するが、これらは教師と生徒との「自律的な
話し合いの場」を支援する枠組み・共有命題であり、
平素な視点による学習内容の構造化に向けた試
みである。必ずしも解答を求めるものではない。
4. 終わりに
iPS 細胞などが社会現象となる現状において、生
物学習のロジックに触れる事は修学者の喜びであ
り、考えるに適した学齢期への適切な対応と考える。
卓越性のためには「フェアな且つロジカルな学習
フィールドの整備と提供」が不可欠と考える。
文 献
1.羽曽部正豪・中川優子(2012) 卓越性を志向し
た論理性に基づく高校生物の実践に向けて.日
本科学教育学会年会論文集 36:189-192.
2.羽曽部正豪(2013) 脊椎動物の構造をモデルし
た生物系のロジカルシンキング トレーニング.日
本科学教育学会年会論文集 37:230-233.
3.羽曽部正豪・吉村 成弘(2014)「卓越性の生物
教育の実践」に向けた新たな動物細胞実験キット
の導入とその論理的背景、日本科学教育学会年
会論文集 38:229-232.
4.Web 資料「実演生物学」(羽曽部制作)
本編に関わる Web 検索用語「学習マトリックス、
生物系ロジカルシンキングトレーニング、はじめ
の一歩の細胞実験、魚類マクロ組織ポスター」に
より参照可能である。なお、[3]の学習コンテンツ
は「描き・見て・考える」の一覧表示から当該サイ
トへ移動参照とする。
4
高校生物における「はじめの一歩の細胞培養実験」:その方法と効果
The first system for an animal cell experiment in biology learning
: its practical methods and effects in high school education.
○中川 優子*, 羽曽部 正豪**
NAKAGAWA Yuko, * * HASOBE Masahide
*
聖ドミニコ学園中学高等学校, **東京海洋大学 海洋科学部
*
St.Dominic’s Junior and Senior High School, * * Tokyo University of Marine Science and Technology
*
[要約] 細胞は体の基本単位であり、構造レベル(階層性)の要であるが、動物細胞に関わる高校実験学
習の現状は脆弱であり、生命科学社会の実情に対応した学習効果の高い細胞実験システムが望まれる。
しかし、動物細胞培養技術は専門的であり、学校レベルへの導入には各種の制限要素が付帯する。そこ
で、我々は「魚類細胞を用いた細胞実験キット」に改良を加え、それらの制約解消を図っているが、今回、
多数の受講者を対象とした実践学習の場においても無理なく導入が可能な改良型の細胞実験学習システ
ムの開発に成功した。本報告ではその具体性「特徴、実施方法、結果、その効果」について報告する。
[キーワード] 高校生物、動物細胞培養実験、細胞実験キット、細胞形態、細胞運動
1. はじめに(背景と目的)
iPS 細胞に基づく再生医科学などが社会現象の
一部となる現状において、その先進先端な科学技
術・動物細胞培養技術に触れることは一部の SSH
事業などにおいて珍しくはない。しかし、実践学習
の場の現状は基本的に旧来の踏襲であり、上述の
波及効果が新たな実験教材の提供といった状況
になることはほとんどない。つまり、「ないものは使
えない」の状況ではあるが、生命科学の躍進に対
応し実用可能な細胞培養実験システムは今後の
生物教育にこそ不可欠と考える。
本研究は、科研費基盤 A「卓越性の科学教育」
代表.銀島文の分担「生物領域」であり、上述の状
況を打開するため「魚類細胞を用いた細胞培養実
験キット」の実践的な学習システムの開発を目標と
している。そのため、検討と改良に勤めその一部
は前報(羽曽部 2014)としたが、その後の経緯から
本質的な改変・改良を加える必要性が生じた。
現在、その対応の結果、受講者多数の高校教育
においても無理なく導入が可能な本格的な細胞実
験学習システムの完成に至った。本報告ではその
具体的な特徴や実施法、結果、効果に加え、実証
評価の進捗状況などを報告する。
2.「はじめの一歩の細胞実験」システムの特徴
前報(羽曽部 2104)で概説したように、「細胞実験
キット」の利用とその実技操作は「時・人・場所」を
選ばず理想的であるが、しかし、現実的な問題は
やはり生じる(た)。つまり、受講者多数の一般的高
校において、その主な実験材料「培養シャーレ」な
どの経費はどうするか、である。専門的には問題と
ならない事項であっても、高校レベルでは無視で
きない大きな課題となる。また、授業時間は1時間
を基本とするため、通常の授業「時間割」内への導
入にはその対応策が求められる(た)。
その経緯から改変した方法が「はじめの一歩の
細胞実験」であり、高価?な培養シャーレの代用と
して安価なカバーガラスを細胞の培養基質(培養
面)とした(経費削減は1/5)。時間的制約へは遠
心分離(6500rpm x 10 秒)による細胞洗浄により対
応した。その結果、細胞運動の自律速度は約 10
倍の効果として現れ、細胞は数十分程度で最大の
細胞運動(接着伸展)を示した。つまり、カバーガラ
ス(CG)細胞培養法は、専門的な培養シャーレ法
に勝るとも劣らない優れた成果として示された。
図 1. カバーガラス(CG)を用いた細胞培養実験
3.「はじめの一歩の細胞実験」:実践方法
実験学習における本実験の目的は、細胞の自
律性とその基本的性質「形態・運動・組織形成」に
関わる基礎実験、であり、その方法は下記である。
H27 日本科学教育学会 年会 発表論文
<3a. 実施方法>
魚類培養細胞 FHLS を含む実験材料は「細胞実
験キット」として宅配輸送により入手し、図2のような
手順(下記の 5 工程)で実施する(した)。
図 2. カバーガラス細胞培養法の実際
図 3. 密封系 CG 薄槽培養:細胞のライブ観察
図 4. 薄槽 CG 培養:「マイクロお絵描き実験」
Step1.カバーガラス(CG)細胞培養装置の作製:
CG に液止めリング(培養面となる)を描き、樹脂
ネットに装着する(図 2 の 1-5、所用時間 5 分)。
Step2.細胞液の調製:細胞を遠心分離(6500rpm x
10 秒)し沈殿細胞を再浮遊する(所要時間 5 分)。
Step3.培養液・細胞液の添加と培養(図 2 の6):
CG の培養面に培養液を6滴、続いて細胞液を3
滴、滴下する(所要時間5分)。そのまま所定時間
の培養(例えば、5 分と 15 分)を加える。
Step4.固定染色処理:固定液を培養面に 2 滴加え
2 分放置し水洗。更に、染色液(クリスタル紫)を3
滴加え 2 分染色、水洗。(所要時間 10 分)
Step5.観察準備と顕微鏡観察:水切りした CG 細胞
面とスライドガラスを水封入し観察準備は完了。
<3b. 実験結果:細胞の顕微鏡観察>
大多数の生徒により、図1のような細胞観察像が
得られた。染色細胞には細胞質内の液胞も散見さ
れるが、細胞核、核小体、細胞骨格(アクチン束)、
糸状仮足や葉状仮足など、細胞接着の様子や基
本的な細胞形態とその変化が明瞭に示された。
<3c. 発展実験の事例>
1) 動物細胞のダイナミックな確認は「生細胞のライ
ブ観察」であるが、倒立顕微鏡の保有は稀である。
そこで「密封系 CG 薄槽細胞培養法(図 3)」を考案
し、ライブ観察の簡便化が可能となった。一般顕微
鏡を光軸傾斜法で扱えば図 3 のように「擬似-微分
干渉顕微鏡像」となることは特筆にある。
2) 「細胞から組織」を実感する発展実験として「組
織形成に関する基礎実験」の設定も可能である。
細胞液を滴下するだけ実験ではあるが、その結果
は CGφ18mm 内に肉眼的にも予定した任意の形
態(図 4 では十字形)の形成となった。検鏡では上
皮組織様の細胞シート(配列)が観察される(た)。
4.考察と課題
基幹的学習要素「細胞」を扱う本実験法の特徴
は、迅速・簡便・確実に加え低コストと安全の保証
であり、実践学習の場に適した究極の細胞実験学
習システムと考えられた。現在、実証評価中である
が、多くの教師はその利便性・実用性・発展性に
強く賛同する。また、生徒の好奇心と向学心の主
体性を育むことから、本実験システムは新たな学
習構造と学習内容の論理性に寄与すると考える。
今後は広域・組織的な取組みも必要であろう。
〔文献〕
1.羽曽部正豪・吉村 成弘(2014)「卓越性の生物
教育の実践」に向けた新たな動物細胞実験キット
の導入とその論理的背景、日本科学教育学会年
会論文集 38:229-232.
2.Web 資料「実演生物学」(羽曽部制作):本編に
関わる Web サイトは検索用語「はじめの一歩の
細胞実験」により参照・可能である。
〔謝辞〕:実証試験では下記の高校教諭の協力を
賜った。記して謝辞とする(敬称略)。宮崎千種・
西郷 孝(愛知県立旭丘高校)、伊藤泰二(三重
県立四日市高校)、野村浩一郎(神奈川県立柏
陽高校)、皆川敬志(新潟県立新潟江南高校)。