パリ・水位・3.5メートル 佐川 美加 セーヌ川研究家 セーヌ川に浮かぶ純白のクルーザー。輝くエッフェル なければならなかった。21 世紀になった現在でも、同 塔やライトアップされたノートル = ダム寺院を眺めなが じ規模の大洪水が来れば、その時と同じ景色がよみが らのディナー。愛する人と最高の時を過ごすクリスマス・ える可能性は否定されていない。川の水がズワーヴの イヴ。その日が来るのを指折り数え、遠く離れた国から 靴を洗うようになると洪水注意報が発令され、ふくらは 飛行機でパリに到着。 ドレスアップしてセーヌのほとりの ぎまで上がってくると船は橋の下を通り抜けることが危 船着き場までやってきた二人は言葉を失った。桟橋に貼 険になり、船舶航行禁止命令が出される。 られた紙にはこう書いてあった。 「セーヌ川の水位がか ・・・船は岸から離れ、まもなく、川の中ほどで止まっ なり上がっていますので、当社の船は通常のルートを航 た。静けさの中、エッフェル塔が一段と輝きを増した時、 行することができない状態です。 この船着き場を出た船 船の中で澄んだかすかな音が響いた。それは、ふたりの は、 シテ島よりも下流の芸術橋とミラボー橋との間、エッ シャンパン・グラスがそっと触れあった音だった。 フェル塔の周辺のみを航行します。皆様のご理解のほ ど、お願い申しあげます」水上からのノートル = ダムの 夜景は楽しめない・・・ 2010 年はパリのセーヌ川にとって特別な年であっ た。半年間にわたって首都機能をマヒさせた史上最大 級の「1910 年の大洪水」から 100 年の節目の年だっ た。パリの洪水シーズンは、冬。12 月に入り北フラン スは雪や雨が続き、記念の年の最後を飾るかのように セーヌ川は 4 年ぶりに増水し、24 日、水位は 3.5 メー トルに達していた。 写真は、 アルマ橋の橋脚についている 「ズワーヴ」 であ る。19 世紀のフランス植民地時代のアルジェリア歩兵 をかたどったもので、セーヌ川が増水すると、 この像がど こまで水に沈んでいるかがパリジャンの関心事となる。 1910 年 1 月 28 日、世紀の大洪水のピーク時、セーヌ 川の水位は 8.62 メートルに達し、ズワーヴは肩から下 が水に沈んでいた。マリー・アントワネットが最期の日々 を過ごした、シテ島内の地下牢も深さ 2 メートルの水に 浸かり、今は美術館となっているオルセー駅は、川から あふれた水によってガラスの大窓が突き破られた。地下 鉄のトンネルにも水が入り、川に近い街路はすべて水に 覆われ、人々はそこに浮かべた小舟に乗って行き来し すい滴/パリ・水位・3.5メートル ● 3
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