大東文化大学図書館 大東 BOOKS 第 8 号 2009 年 3 月 31 日 図書館からのお知らせ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 図書あれこれ 体罰・虐待・戦争等の暴力の循環からどう抜け出るか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 寄贈図書をかたる 私と書物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 海外資料収蔵機関めぐり フランス国立文書館 Archives nationales de France ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 図書館からのお知らせ ◆新入生 新入生ガイダンス 新入生ガイダンスの ガイダンスの実施のお 実施のお知 のお知らせ(東松山キャンパス 東松山キャンパス図書館 キャンパス図書館) 図書館) 新入生ガイダンスは、2009 年 4 月 7 日~4 月 9 日の 3 日間実施します。図書館を利 用する際の基本的なこと(貸出・返却、館内施設等)を説明します。また、年間を通し て個別のゼミガイダンスも行います。図書館資料・データベースの検索方法(就職活動 に活用できる日経テレコン 21 他)やレポート・論文作成に役立つ資料類の紹介、図書 館見学ツアーなど行います。事前にカウンターで手続きをお願いします。 ◆図書館 図書館ガイダンス 図書館ガイダンス(板橋キャンパス 板橋キャンパス図書館 キャンパス図書館) 図書館) レポート・論文作成に役立つガイダンスを実施します。2 階のメインカウンターに申 し込んでください。利用の目的にあわせて「図書館利用編」と「資料検索編」がありま す。 ◆2009 2009 年度指定参考図書コーナー 年度指定参考図書コーナーの コーナーの設置(両キャンパス図書館 キャンパス図書館) 図書館) 本学教員が推薦し授業に関連する図書類を指定参考図書コーナーに備えました。 1 ◆冬季休暇中の 冬季休暇中の開館の 開館の入館者数について 入館者数について 3 年間の両館の入館者数(延人数)は、以下のとおりです。 年度 ※ 開館日 入館者数 入館者数 (板橋) (東松山) 合 計 2007 1/5~1/6 202 人 105 人 307 人 2008 1/4~1/5 206 人 139 人 345 人 2009 1/6~1/7 397 人 262 人 659 人 2008 年度冬季入館者数のピークは 1 月期末試験直前となり、板橋キャンパス図書 館では、1 日当り 3,000 人、また、東松山キャンパス図書館では、1 月に 3,500 人を超 えました。 ◆2008 年度両図書館の 年度両図書館の蔵書点検作業報告 ・板橋キャンパス図書館 2008 年 8 月 18 日~9 月 1 日 207,042 冊(不明 25 冊) ・東松山キャンパス図書館 2009 年 2 月 4 日~3 月 9 日 308,262 冊(不明 23 冊) ◆2008 年度私立大学等研究設備整備費等補助金の 年度私立大学等研究設備整備費等補助金の交付内定 (国際関係学部国際関係 国際関係学部国際関係学科 国際関係学科) 学科) 書名:戦前・戦中期のアメリカの対中政策文書集成―米中外交の総合的研究:門戸開放 からスティムソン主義へー(マイクロフィルム 431 リール) 2 図書あれこれ 体罰・虐待・戦争等の暴力の循環からどう抜け出るか? -自らの内なる力と外なる力のエンパワーメント- 田尻敦子(文学部教育学科准教授) 世の中、 「力」をいかにつけるのか?という本が氾濫している。確かに、力をつけるのと 様々なことができるようになる。しかし、大切なのは、能力や学力や知力などの「力」を 身につけるのは何のためだろうか?と問うことではないだろうか?誰のために、何のため に、どう力を使うのか?この自問自答がなければ、力は暴力にもなりうる。力は、人を殺 し、生かし、黙らせ、話させ、育て、従わせ、悩ませ、死なせ、苦しませ、喜ばせる。 例えば、強制収容所でユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツの官吏達の中には、能力も学 力も高く、時に音楽などの芸術を愛する人々もいた。人間を丸太と呼び人体実験を行った 731 部隊に関わった日本人研究者の能力も高かったと考えられる。では、誰のために?彼 らは、国家のために、天皇のために、美しき故郷のためにという名のもとで、人を殺し、 自らの命を捧げた。数百万の人々が、なぜ国家に命を捧げたのか?という問いを探求した のが、① ①ベネディクト・ (白 ベネディクト・アンダーソン『 アンダーソン『想像の 想像の共同体― 共同体―ナショナリズムの ナショナリズムの起源と 起源と流行』 流行』 (白 石さや・ さや・白石隆訳、NTT 白石隆訳、NTT出版 、NTT出版、 出版、1997 年)、である。 では、そのように人を殺す命令を下した者はどのようにして育ったのか?という問いを 探求したのが、② ②アリス・ アリス・ミラー『 ミラー『魂の殺人― 殺人―親は子どもに何 どもに何をしたか― をしたか―』(山下公子訳 (山下公子訳、 山下公子訳、 新曜社、 新曜社、1983 年)、である。大量虐殺を行ったヒットラーは、幼い頃から、厳しい躾をす る父により、体罰を受けていた。暴力を受けた者の中には、暴力をふるった者に自らを同 一化し、自分自身も暴力を振るうようになるケースがある。このように、家庭での暴力と 戦争や虐殺などの暴力は連動している。 体罰や虐待は「教育のため」「躾のため」「この子のため」という名の下で行われる。そ れが「自分の言うことを聞かせるため」「支配するため」であっても「お前のため」「お前 が悪い」という言葉にすりかえられる。虐待やDVは身近な暴力である。 例えば、家庭内で身体的暴力を受けている女性は3~4人に 1 人、心理的暴力・経済的 暴力・社会的暴力を含めると2~3人に 1 人が暴力を受けているといわれる。命の危険が あると感じている女性は 20 人に 1 人である。40 人学級では2人、400 世帯のマンショ ンでは 20 人が命の危険を感じている女性がいる可能性がある。母親への暴力は、児童に心 理的影響を与えるため、児童虐待ともみなされる。DVのある家庭では、児童への直接的 暴力が振るわれるケースも多い。 3 では、暴力の循環からどう抜け出たらいいのだろうか?力を持たないこと、捨てること、 忌避することなのだろうか?この問いに対して、エンパワーメントする方法を具体的に提 示しているのが森田ゆりの一連の著作である。自らの内に力をみつける。それを育む。虐 待を受けた子ども、DVを受けた女性、暴力を振るう男性、犯罪を犯す者、体罰に苦しむ 子ども、体罰をふるってしまう教師、そうした人々が、自らが受けた暴力による傷をみつ め、悲しむ自分、怒りたい自分を見出し、感情を表現し、人に伝えられるようになる方法 が著述してある。なぜ体罰がいけないのか?なぜ暴力をふるってはいけないのか?どうし たら暴力をふるわずに自分の言いたいことを伝えられるのだろうか?そうした具体的実践 方法を見出すことができる。 森田ゆりは体罰や虐待やDVなどの家庭での暴力、犯罪などの社会での暴力、戦争など の世界での暴力の連鎖からどう抜け出したらいいかを模索している。③ ③森田ゆり 森田ゆり『 ゆり『しつけ と体罰― 体罰―子どもの内 どもの内なる力 なる力を育てる道 てる道すじ』 すじ』(童話館出版 (童話館出版、 童話館出版、2003 年)、④ 、④森田ゆり 森田ゆり『 ゆり『新・ 子どもの虐待 どもの虐待― 虐待―生きる力 きる力が侵されるとき』 されるとき』(岩波書店 (岩波書店、 岩波書店、ブックレット、 ブックレット、2004 年)、⑤ 、⑤森田 ゆり『 ゆり『子どもが出会 どもが出会う 出会う犯罪と 犯罪と暴力― 暴力―防犯対策の 防犯対策の幻想』 幻想』(日本放送出版協会 (日本放送出版協会、 日本放送出版協会、生活人新書、 生活人新書、 2006 年)、⑥ 、⑥森田ゆり 森田ゆり『 ゆり『ドメスティック・ ドメスティック・バイオレンス― バイオレンス―愛が暴力に 暴力に変わるとき』 わるとき』(小学 (小学 館、2007 年)。例えば、児童を殺害した犯罪者が幼い頃に躾と称した体罰を受けていた事 実などを参照しながら、どのようにしたら暴力をふるわず、暴力を受けず、自らの力を育 むことができるかが記されている。 人にエンパワーメントをする森田ゆりの父親による、⑦ ⑦森田宗一『 森田宗一『ナイスは ナイスは生きている』 きている』 (エンパワーメントセンター エンパワーメントセンター、2007 年)、では、ナイス、ナイスと声をかける魚売りの小 僧さんが、地域の子どもを力づけただけでなく、保護者や地域の人々や自分自身をいかに 励ましたかが描かれている。 また、管理社会の中で、土着の力、自らの力、芸術の力を見出そうと試みたのが、⑧ ⑧岡 本太郎『 ⑨岡本太郎『 本太郎『美の呪力』 呪力』(新潮社 (新潮社、 新潮社、2004 年)、である。⑨ 岡本太郎『今日の 今日の芸術― 芸術―時代を 時代を創造 するものは誰 するものは誰か』(光文社 (光文社、 光文社、1999 年)、では、人間の全体性を回復するために、すべての 人間が芸術を創造すべきだとする。今日の芸術は、うまくあってはいけない、きれいであ ってはいけない、心地よくあってはいけない。そう述べる岡本太郎の見出した美は、縄文、 沖縄、東北などの土着の力の生み出したものであった。 そうした生き生きとした土着の力を感じることができるのが、⑩ ⑩ツイアビ『 ツイアビ『パパラギ― パパラギ― はじめて文明 (岡崎照男訳 はじめて文明を 文明を見た南海の 南海の酋長ツイアビ 酋長ツイアビの ツイアビの演説集』 演説集』 (岡崎照男訳、 岡崎照男訳、立風書房、 立風書房、1981 年)、 である。西サモアの酋長ツイアビの語りを書いたものだとされる。パパラギには時間がな い。パパラギはお金に動かされている。パパラギとは白人を意味する。ツイアビは語る。 パパラギから見れば自分達は貧しい。しかし、その目には喜び、力があふれている。では、 なぜか?パパラギの時間、貨幣、所有などのあり方がときにユーモラスに語られる。 自らの内なる力と外なる力を見出し、いつ、どこで、だれのために、どのように使うの か?それを実践と共に学ぶことで、他人に支配され、支配し、暴力をふるわれ、暴力をふ 4 るい、権力を動かし、動かされて生きるのではなく、自らを育み、他者と共に生きること ができるようになるのではないだろうか。これらの本にはそのヒントが埋め込まれている。 それを見出すのは自分自身の力である。なおこれらの本は、いずれも本学図書館に収蔵さ れている。 寄贈図書をかたる 私と書物 生田 滋(大東文化大学 名誉教授) 私は子供のころから本を読むのが好きであった。もっともテレビもゲーム機もなく、遊 びといえば戸外で遊ぶか本を読むしかなかった時代であるから、当然といえば当然のこと である。また私には蒐集癖がある。これは明らかに母からの遺伝で、やはり子供のころか らいろいろなものを蒐集することが大好きであった。私が研究者になろうと考えたのは、 この二つの楽しみを満足させるためであったということができるかもしれない。 1956 年に私が入学した高等学校の図書館に、戦前戦後に出版された江戸時代の人物・ 書物研究家森銑三の著作がかなりの数所蔵されていた。それらを読んだことによって、私 の本好きは「書物好き」に変わった。同じ図書館で出版されたばかりの和辻哲郎著『鎖国』 を読んだことが、研究者としての私の方向に大きな影響を与えたが、私は森銑三の著作を 読んだことからも大きな影響を受けている。 大学、大学院に在学中は、必要な本を買うこともままならなかったが、1960 年代の後 半になって、いろいろな形で原稿料が入るようになってから、好きな本を買うようになっ た。自分の研究に必要な本はもちろんであるが、当時非常勤講師として東南アジア史の講 義を始めていたので、参考資料として、日本語で書かれた東南アジア関係の本を集めるよ うになった。それ以外にもその時々の研究テーマに応じて、さまざまな本を買い入れた。 その際蒐集癖が禍して、どうしても関連の本を買い集めてしまい、本の数は増えるばかり であった。自宅と研究室だけではそれを置いておくのに足らず、ワンルームのマンション の一室を買って、そこにも置いてある。次にそうした「収書」の間に体験した二三のエピ ソードを書いてみたい。 かなり以前のことであるが、古琉球史の研究を始めたころのことであった。たまたま仕 事でソウルに行ったことがあった。せっかくソウルに来たのだから、琉球史の重要な史料 である『海東諸国紀』を買いたいと思って、案内してくれた友人に古書店に連れていって ほしいと頼んだ。友人が案内してくれた店で「『海東諸国紀』はないか」と聞いてもらうと、 5 「あります」といって出してくれたのが、戦前に朝鮮総督府朝鮮史編修会から出版された 復刻本であった。私としては普通の活字本か、せいぜいが同書のリプリントがあればと思 っていたので、実はびっくりしたのであるが、価格はそれなりの妥当なものであったので、 早速それを買ったことはいうまでもない。 また大東文化大学に勤務するようになってから、ある財団から研究費をもらって、リス ボンに史料蒐集に行ったことがある。たまたま家内とともにある古書店を訪れ、かなりの 数の本を買うことにした。すでに 2 時近かったので、支払いをする前に食事をしたいとい うと、そこのドイツ人の店員が「良い店があります」といって、そこから少し離れたとこ ろにある小さなレストランに案内してくれ、店の者が食事を始めようとしているのを無理 に頼んでくれて、ワインのボトルをおごってくれて、自分は店に帰った。私たちがゆっく り食事を楽しんで古書店に戻ると、彼氏は「もう帰ってこないのかと思いました」といっ て大変喜んでくれた。結局かなりの数の本を追加して、支払いをすませた。その中の一冊 で、彼が売りたくないといっていた本が、後に中公新書で『大航海時代とモルッカ諸島』 を執筆する際に非常に役に立った。 また最近のことであるが、ある古書店のカタログを見て、ジョン・ガンサーの Inside Asia を注文したことがあった。本の包みを受け取って、それを聞いてみて、私は思わず「あっ」 といった。というのは、それは戦前の内務省による検閲で、当時の政府にとって好ましく ない部分を数ヶ所何ページかカミソリで切り取ったままの状態になっており、しかもそこ に「其筋の達しにより・・・」の紙片が入ったままになっていたのである。ジョン・ガン サーの回想録を読んだことがあるが、その中で彼は、日本で発売された同書の中で、天皇 に関する部分などがカミソリで丹念に切り抜かれていたと述べている。これがまさにそう した仕打ちを受けたものの一冊だったのである。私は早速同書をそのまま図書館の貴重書 庫に預けることにした。これこそその「書物」自体がある時代の貴重な証言を提供してく れている例のひとつである。 私は定年退職に当たって、こうして集めた本の大部分を東松山の 60 周年記念図書館に寄 贈することにした。図書館が私の申し出を快諾していただいたことに本当に感謝している。 まだ使用している本もあるし、またポルトガル語、オランダ語などの史料を含めた大航海 時代関係のコレクション、それにフランス語で書かれたフランスの海外進出などに関する 本のコレクションなども手許にのこしてある。それらもいずれ図書館に寄贈し、後進の利 用に供したいものと考えている。 6 海外資料収蔵機関めぐり フランス国立文書館 Archives nationales de France 瓜生洋一(法学部政治学科教授) フランス、特にパリにおいて歴史研究をおこなう場合、AN と呼び慣わしている国立文書 館のお世話になること大である。パリの中心部で、最近観光地として有名になったマレ地 区に件の AN、実は CARAN(国立文書館受入・研究センター)の建物がある。 1 フランスの文書館の概要 1-1 フランス文書館体制 Archives nationales de France フランスの国立文書館は、パリの CARAN(アンシアンレジーム期から 1950 年代まで)、 フォンテヌブローの CAC(現代史資料センター:1950 年代以降の文書所蔵) 、エクサン プロヴァンスの海外資料センター(アフリカを中心とする植民地関係資料) 、ノール県ルベ の労働の世界文書館、の4つからなる。これ以外にも、各省庁(外務省、国防省)、議会、 コンセイユデタ、パリ警視庁にも文書館を置いている。Archives nationales の下に、地 域圏レヴェルには地域圏文書館 Archives régionales、県レヴェルには県文書館 Archives départementales、都市レヴェルには都市文書館 Archives municipales、市町村レヴェ ルにはコミューヌ文書館 Archives communales が設置されている。 フランスにおける文書館の特徴としては、第 1 にフランス文書館は、各省庁からすべて の文書を統一的に集中収集し、その上で分類・保管する強力な権限を有する。各省庁に文 書の始末を預けないで、すべて文書館に引き渡される(外務省、国防省は例外) 。アンシア ンレジーム期の文書は、教会、領主、大学、地方などの団体の特権を記したものが多くを 7 占めた(「証書なくして領主なし」南仏地方の法諺)。フランス革命は、すべての特権を否 定し、多くの文書を国家が接収したので、証書類はすべて国家の手に一元的に収集される ことになった。その結果 1790 年 9 月 12 日 Archives nationales が設置された。 第2にその強大な権限を裏打ちすべく文書行政に当たる文書専門官 archivistes の地 位・資格を高く定め、文書専門官養成の専門大学(グランドゼコル 1) の一つ、エコル=デ =シャルト Ecole des Chartes)を設置している。これを修了すると各地の文書館に専門 官として派遣され、強大な権力を振るうことになる。行政官僚ではなく、学者官僚である。 日本で公文書館をつくる前に文書専門官大学をつくるべきであったと考える。 第 3 に、法律によって国立文書館 )・地域圏文書館、県文書館、都市・コミューヌ文書館 2 にいたるまで整然たるピラミッドを形成している。あたかも、中央集権体制を文書管理の 世界で実現したようなものである。しかし、利用する側からいわせてもらうと一長一短で、 どこに行けばなにが見ることができるというのは一目瞭然であるが、文書整理が官庁縦割 りなので、ある事象を追う場合、横にソートするのがとても難しい。場合によっては、 CARAN だけでも大変で、その上、陸軍省、警視庁、県の文書館を片っ端から洗っていか なければならない。合理的でありながら非合理になる、という事例の典型である。 第4に最も重要なことであるが、文書類は、30 年ルールによって原則的に公開される(例 外は、個人情報、国家安全上の情報については制限あり)。さらに、公文書のみならず私文 書も収蔵している(文書館が先買権を持っている) 。最終的に市民に文書を公開することに よって、行政へのチェックが可能になる(官僚をして歴史の前に畏怖せしめよ ! 例の厚労 省の C 型肝炎問題文書の顛末は記憶に新しい?)。これは、革命の中で定められた原則であ る。 (1794 年 6 月 25 日デクレ:第 37 条 すべて市民は、あらゆる文書保管所において、 定められた日、時間において、保管所が保管する文書の閲覧を求めることができる。閲覧 は、無料で、・・すべての市民に対しておこなわれる ))。 3 広義の国立文書館という場合は、上記の全国に張りめぐらされたネットワークを指し、 狭義の意味では、CARAN と呼ばれる特定の施設をいうことが多い。以下、国立文書館 AN とは、現在では狭義の国立文書館 CARAN のことをいうことにする。 1-2 AN から CARAN へ AN ということばから、私のような旧い世代は、やはりスービーズ Soubise 館の方を想 起してしまう。私が歴史研究の青春時代を過ごしたせいであろう。現在フランス史博物館 が入っているフランブルジョワ通りに面した堂々たる貴族の館、それがスービーズ館であ る。18 世紀にマレ地区が新興地として開発され、貴族の館が櫛比した。そのうちでも実に 優美な造りの館の一つ、それがスービーズ館である。国立文書館は、1808 年スービーズ 館に定まった。ここには、52 座席しかなく、アットホームな雰囲気であった。しかし、世 界中から押し寄せる研究者の増加に抗しきれず、1988 年、スービーズ館の裏側、 Quatre-Fils 通りに面して、巨大な新館を建設し、公開された。これが CARAN である。 これによって、一気に資料閲覧室が拡大し、座席数が 6 倍となった。 8 現在 CARAN が手狭になりつつあるということで、パリの北郊、セーヌ=サンドニ県の Pierrefitte-sur-Seine に広大な土地を造成し、文書館を移すことになっている(2011 年 開館予定)。お役人は、気楽に、研究者に広いところを与えればそれでいいだろう、と考え るだろうが、それは間違いである。現在の CARAN の根本問題である労使紛争を解決せず に、ただ巨大な箱物を作ったところで、いまの CARAN の困難な状況は一つも変わらない。 利用者にとっては、はるか遠い彼方に追いやられ、昼食すらままならぬ砂漠に住まわされ るのである。国立図書館の移転後の状況を見れば歴然としている。しかも、2007 年暮れ のパリ郊外焼き討ち事件の中心の一つに文書館を建てて、世界中から人を呼ぼうとするこ と自体、無謀といわざるを得ない。 2 文書館 CARAN へのアクセス・利用 2-1 アクセス CARAN にアクセスするのは簡単である。まず、パリに居住する住所によって、CARAN 直近のメトロ(地下鉄)駅は、3 つに限られる。 東あるいは西にすむ場合:1 番線の Hôtel de Ville で降車。Rue des Archives を北上し、 rue des Quatre-Fils と交差して右折。50 メートルほどで入り口に着く。 北にすむ場合: 4 番線の République で 11 番線に乗り換え。Rambuteau で降車。Rue des Franc-Bourgeois を東へ。Rue des Archives と交差して左折。その後は、上と同じ。 南に住む場合:7 番線で Pont Marie で降り、あとは徒歩。少し距離があるが、マレ地区の 旧い市街を歩くので、あまり苦にはならない。 バスの場合、オペラ Opéra から 29 番のバスに乗り Archives-Rambuteau で降りる (Opera に帰るときは、Rue des Quatre-Fils のバス停にて) 。 2-2 登録手続き 研究者であることを証明する書類(大学在学証明書・在籍証明書)+パスポートを持ち、 CARAN 入り口(カバンの中身を検査される)からホールを直進して、奥のガラス張りの 事務室で登録申請をする。わりと簡単に申請はみとめられる。ここで、ただちにカードを 作っている間に、ホール中央の会計で登録料(20 ユーロ)を支払う。その領収書を持って 再び戻れば、直ちに利用証(プラスチック製)が支給される。この後、1 階(日本式では 2 階。以下同様)の SALLE DE CATALOGUES で膨大な資料目録を頼りに資料名、資料番 号(COTE)をメモする。この段階をよく練られた戦略と戦術で攻める。そうしないとま るで藪の中に迷い込んだようになる。大きく網を打ち、絞り上げていく。自分の問題意識 とそれに対応する資料群をしっかり眼に捕らえておく必要あり。 2-3 利用態勢に入る 2 階の資料閲覧室 Salle de lécture 入口のカード挿入口に一度カードを差し込み引き抜 くと、ランプが緑色に変わる。ここでドアを開けることができる。すぐ右側の窓口に行く。 ここで、希望する座席を告げ、大型のプラスチックカードをもらう。全部で 300 席以上あ るが、そのかなりの数の座席に、パソコン用の電源プラグが備え付けられている。パソコ 9 ンを示し、パソコン利用可能座席を希望すると、直ちに対応してもらえる。資料を閲覧し ながら、パソコンに入力する。近年、デジカメによる写真撮影が解禁となり、座席でしき りにカメラで撮影している光景を見る。本格的に三脚を立てて、リモコンでシャッターを 切る、という方法をおこなうには、通常の座席では狭いので、係員に三脚使用を告げ、よ り広い座席を提供してもらう。おおむね、入って右手奥の机がそれに当たる。 2-4 資料請求 2-4-1 自宅のインターネット経由で インターネットで CARAN に接続する(注 2 参照)。PARIS:LE CARAN の下に réserver en ligne とあるので、これをクリックする。Identification のページで利用証の番号を入力 する。次のページで、自分の姓の 4 文字だけ入力する。あなたのカードは何年何月何日ま で有効です、と書かれたページの下部に資料予約というところと、現在のあなたの利用状 況、という 2 つのハイパーリンクが張られている。資料予約をクリックすると、資料番号 と利用希望日を入力するようになっている。 利用希望日に行けば、既に資料は窓口に用意されており、利用証を提示すれば、ただちに 貸し出ししてもらえる仕組みになっている。 2-4-2 当日 CARAN の端末で 2 階の資料閲覧室に入って正面には、資料読書室責任者 Président(e) de Salle de lécture がおり、何かにつけて相談することになる。その奥、窓際に室内室があり、ここに は、検索援助担当者と端末が 4 台備えられている。資料貸し出し画面から利用証を差し込 み、資料番号を入力する。これが、窓口に伝達され、職員が窓口に持ってくる。およそ 2 〜30 分を見ておいた方がよい。 なお、資料番号の入力に当たっては、独特の約束事があるので、備え付けのノートをよ く読んでおくこと。似たような資料番号を入力しても、望む資料は出てこない。待ち時間 のことを考えると、このノートをメモしておいて、自宅のインターネットから事前に申し 込んでおいた方が効率がよい。 2-5 コピーその他 コピーについては専用室がある。まず、閲覧室中央の閲覧室責任者に資料を提示し、コ ピーしてよいかどうかを尋ねる。状態・態様によって判断される。綴じ本形式のものは、 駄目なことが多い。専用室で必要書類に記入後、資料を提示してコピーをしてもらう。た だし、筆者は、最近、ほとんどデジカメでの撮影ばかりしており、コピーをしなくなって いるので、近況は不明である。 マイクロは、3 階に専用室があり、ここでボビンを借り出して、マイクロリーダーにかけ る。やり方がわからない場合、職員に聞くと親切に対応してくれる。 CARAN 正面と資料閲覧室の写真を付した )。 4 10 1) フランス独特の専門家養成大学のこと。高校卒業資格試験バカロレア取得後 2 年間の準備クラスで勉強 し、数千倍の競争入試に成功したものが入学できる。その後も競争が続き、最終成績で行き先が決まる。 ほぼ各官庁の下にあり、卒業生は、高級官僚として入省する。官僚養成以外に、大学教授、古文書専門官 などの専門家養成のグランドゼコルもある。 2) Archives nationales とは、全国範囲をカバーする文書館のことである。CARAN がそれに当たる。 National を国立と訳すことが通例であるが、いささか不正確で、全国的という意味である。しかし、本稿 では、従来の訳語に従う。次のサイトで、概要を知ることができる。 http://www.archivesdefrance.culture.gouv.fr/。CARAN については、 http://www.archivesnationales.culture.gouv.fr/chan/index.html 参照のこと。 3) Archibes Parlementaires, t.92, pp.177-182. 4) Archives nationales, CARAN 20 ème anniversaire, Paris, 2008. 11 大東文化大学図書館報『大東 BOOKS』 第8号 2009 年 3 月 31 日刊行 編集発行人 柴田善雅 連絡先 大東文化大学図書館事務部図書課 住所 〒175-8571 東京都板橋区高島平 1-9-1 電話 (03)5399-7331 Email “[email protected]” 12
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