著作権法判例集 - GRACEセンター

著作権法判例集
2009/11/16 ver.1
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
国立情報学研究所先端ソフトウェア工学・国際研究センター
※以下の裁判例において、枠囲みの中の文章は、判決文を原則としてそのまま引用したものです。
ただし、「原告」「被告」「控訴人」「被控訴人」等の記載については、分かりやすくX、Y等のアル
ファベットに置き換えています。
-1-
判例1. 数学論文野川グループ事件控訴審
(大阪高判平成6年2月25日判時1500号180頁)
X(原告)とY(被告)は、脳波の実験的及び理論的解析に関する研究を共同で行い、昭和47年
から昭和55年に至るまで、種々の研究論文の公表や学会発表を行ってきた。その後、Yが、昭和
55年、同58年に単独名義等で第一論文、第二論文を学術雑誌に発表したため、Xは、①前記研
究論文や学会発表論文の著作権をYとの間で共有している、②これらについて著作者人格権を
有している、との前提に立って、第一論文、第二論文はXのこれらの権利を侵害すると主張し、慰
謝料の支払と謝罪広告の掲載を請求した。
本判決は、以下のとおり、研究論文及び学会発表論文の著作物性を認めたものの、命題の解
明過程は著作物に該当しないと判断した。
数学に関する著作物の著作権者は、そこで提示した命題の解明過程及びこれを説明するために
使用した方程式については、著作権法上の保護を受けることができないものと解するのが相当で
ある。一般に、科学についての出版の目的は、それに含まれる実用的知見を一般に伝達し、他の
学者等をして、これを更に展開する機会を与えるところにあるが、この展開が著作権侵害となると
すれば、右の目的は達せられないことになり、科学に属する学問分野である数学に関しても、そ
の著作物に表現された、方程式の展開を含む命題の解明過程などを前提にして、更にそれを発
展させることができないことになる。このような解明過程は、その著作物の思想(アイデア)そのも
のであると考えられ、命題の解明過程の表現形式に創作性が認められる場合に、そこに著作権
法上の権利を主張することは別としても、解明過程そのものは著作権法上の著作物に該当しな
いものと解される。
その上で、本件で主張されている「著作権の侵害」は、実際には、前記研究論文や学会発表論
文に表された命題の解明過程(すなわち数学的な思想そのもの)が共通しているということであり、
その論文における表現形式が著作権の侵害として主張されているものではないから、Xの請求は
認められないとした。そして、前記研究論文等と第一、第二論文との間では、論述内容も異なるし、
表現形式で唯一同じ部分も、共通の命題をそのまま表したもので、創作性のある表現形式によっ
たものではなく、方程式の使用は著作物性を有しないことからしても、著作権侵害を認めることは
できないと判示した。
なお、本判決は、学説ないし学問上のアイデアのプライオリティーは権利として保護されないと
の点についても言及している。
-2-
判例2. 発光ダイオード論文事件
(大阪地判昭和54年9月25日判タ397号152頁)
X(原告)は、Y会社(被告会社)の無線研究所において、MgTe-CdTeについての調査をしてきた
ところ、昭和39年頃から、カドマテライト(CdTeとMgTeの混晶)の合成実験を始め、昭和40年5月に
は、カドマテライトが可視EL(可視電場発光)など光半導体としてすぐれた性質をもっていることを
発見した。その後、昭和40年11月には、Y会社無線研究所において、Y(被告)やXを含むカドマテ
ライトの研究グループが編成され、以後、昭和43年11月に右グループが解散されるまでの間、X
は、右研究グループの一員として研究を進め、この間に、Xは社内の研究報告書や外部の学会
誌に数回にわたって研究成果を発表した。他方、Yは、昭和47年に、「CdTeとMgTeの混晶による
発光ダイオードの研究」と題する本件学位論文を東京大学に提出し、昭和48年に工学博士の学
位を得た。これに対して、Xは、Yの本件学位論文はXが作成した社内の研究報告書等の記述を
そのまま利用したものであり、Xの著作者人格権及び著作権を侵害するものであるとして、Y及び
Y会社に対して、謝罪文の交付と慰謝料の支払いを請求した。
本判決は、以下のとおり、本件学位論文は、Xの著作者人格権、著作権をいずれも侵害するも
のではないと判示した。
著作物として著作権法が保護しているのは、思想、感情を、言葉、文字、音、色等によって具体的
に外部に表現した創作的な表現形式であって、その表現されている内容すなわちアイディアや理
論等の思想及び感情自体は、たとえそれが独創性、新規性のあるものであっても、小説のストー
リー等の場合を除き、原則として、いわゆる著作物とはなり得ず、著作権法に定める著作者人格
権、著作財産権の保護の対象にはならないものと解すべきである(アイディア自由の原則)。殊
に、自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した技術的思想の創作である発明等は、万
人にとって共通した真理であって、何人に対してもその自由な利用が許さるべきであるから、著作
権法に定める著作者人格権、著作財産権の保護の対象にはなり得ず、ただそのうち発明等が著
作者人格権・著作財産権とは別個の特許権、実用新案権、意匠権等の工業所有権の保護の対
象になり得るに過ぎないと解すべきである。もっとも、自然科学上の法則やその発見及びこれを
利用した発明等についても、これを叙述する叙述方法について創作性があり、その論理過程等を
創作的に表現したものであって、それが学術、美術等の範囲に属するものについては、その内容
とは別に、右表現された表現形式が著作物として、著作者人格権・著作財産権の保護の対象とな
り得るものと解すべきである。
-3-
判例3. 京都大学博士論文事件
(知財高判平成17年5月25日)
京都大学は、Bが執筆した学位論文に基づき、同人に対して、工学博士の学位を授与した。こ
れに対して、X(控訴人)が、本件学位論文は控訴人の創作に係る著作物を盗用して執筆されたも
のであり、京都大学による上記学位授与行為はXの有する著作権及び民法上の人格権を侵害す
るものである旨主張して、京都大学を設置することを目的として設立された国立大学法人であるY
(被控訴人)に対し、慰謝料の支払い等を請求した。
本判決は、Xの、実験結果等のデータをグラフ化した図表が著作物に該当するとの主張に対し
て、かかる図表は創作性を有しないとして、著作物に該当しないと判示した。
実験結果等のデータ自体は、事実又はアイディアであって、著作物ではない以上、そのようなデ
ータを一般的な手法に基づき表現したのみのグラフは、多少の表現の幅はあり得るものであって
も、なお、著作物としての創作性を有しないものと解すべきである。なぜなら、上記のようなグラフ
までを著作物として保護することになれば、事実又はアイディアについては万人の共通財産として
著作権法上の自由な利用が許されるべきであるとの趣旨に反する結果となるからである。しかる
ところ、本件図表は、(中略)実験の結果等のデータを、一般的な通常の手法に従って、データに
忠実に、線グラフや棒グラフとして表現したものであると認められる。したがって、本件図表は、著
作物に当たらないものといわざるを得ず、Xの上記主張は理由がない。
-4-
判例4. 光学的縮小投影露光装置論文事件
(東京高判昭和58年6月30日無体裁集15巻2号586頁)
X(控訴人)は半導体工業用の光学的縮小投影露光装置に関する研究をし、講義録や雑誌論
文を発表し、世界で最初に、基本原理として、右装置が備えるべき五つの条件を発表した。他方、
Y会社(被控訴会社)は、右条件を完全に満した米国GCA社の縮小投影露光装置DSW4800を輸
入販売するに当たって、同社が作成したテクニカル・レポート類を輸入し、更にY会社自身で
TECHNICAL NOTEと称するパンフレットを印刷、頒布し、Y(被控訴人)は雑誌に「10対1縮小投
影露光装置『4800 DSW』」と題する文章を掲載したが、その際、Y会社及びYは、各作成の右文書
に、先行文献たる控訴人創作に係る講義録や雑誌論文を引用しないで利用した。これに対して、
Xは、Y会社及びYの本件著作物利用行為は著作権法第32条第1項に違反するものであって、X
の著作者人格権を侵害する行為である等として、Yに対して上記パンフレット等を用いた商行為の
差止め等を求めた。
本判決は、以下のとおり、思想そのものは著作権法で保護される著作物にあたらないと判示し
た。
(著作権)法第2条第1項第1号によれば、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの
であつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であるから、それが自然科学の分野
における論文等であっても自然科学的思想あるいは技術的思想を創作的に表現したものである
かぎり、それは著作物であり、著作権法上の保護を受け得るものであることはいうまでもない。し
かし、自然科学的分野あるいは技術的分野における「思想の創作」であっても、その創作が表現
される文章、図画等の「形式」に関係のない「思想」そのもの、例えば特許法でいう「発明」そのも
の、実用新案法でいう「考案」そのものは、著作権法で保護される著作物に当らない。「発明」又は
「考案」は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法第2条第1項、実用新案法第2条第1
項)であり、産業上利用することができる発明又は考案をした者は、その発明又は考案が特許要
件、実用新案登録要件を備えているかぎり、特許権又は実用新案権として登録され、特許法、実
用新案法上の保護を受け得るが、技術的思想の創作である発明、考案も、それが「言語」あるい
は、「図画」、「図表」、「図形」、「写真」等の「形式」(著作権法第10条第1号、第6号、第8号参照)で
表現されていないかぎり、その発明又は考案に含まれている抽象的な技術思想、自然科学的、
技術的原理・原則は、著作権法でいう「著作物」ではなく、したがってそれは同法上の保護を受け
得ないのである。
-5-
にんじん
判例5. インド人参論文事件
(大阪地判平成16年11月4日判時1898号117頁)
X(原告)は、Y(被告)外数名がその名義で発表した論文が、Xが作成したインド人参にかかる
論文に依拠するものでありながら、執筆者としてXの氏名が表示されておらず、また、論文中でX
が作成した論文の成果を前提としたものであることも指摘しなかったと主張し、このような論文を
発表したことが、著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害にあたるとして、損害の
賠償等を請求した。
本判決は、以下のとおり判示して、被告の請求を棄却した。
論文に同一の自然科学上の知見が記載されているとしても、自然科学上の知見それ自体は表現
ではないから、同じ知見が記載されていることをもって著作権の侵害とすることはできない。また、
同じ自然科学上の知見を説明しようとすれば、普通は、説明しようとする内容が同じである以上、
その表現も同一であるか、又は似通ったものとなってしまうのであって、内容が同じであるが故に
表現が決まってしまうものは、創作性があるということはできない。もっとも、自然科学上の知見を
記載した論文に一切創作性がないというものではなく、例えば、論文全体として、あるいは論文中
のある程度まとまった文章で構成される段落について、論文全体として、あるいは論文中のある
程度まとまった文章として捉えた上で、個々の文における表現に加え、論述の構成や文章の配列
をも合わせて見たときに作成者の個性が現れている場合には、その単位全体の表現として創作
的なものということができるから、その限りで著作物性を認めることはあり得るところである。
-6-
判例6. ラストメッセージin最終号事件
(東京地判平成7年12月18日判時1567号126頁)
Y(被告)は、X(原告)らが発行していた各種雑誌の最終号の表紙や、休廃刊に際し編集部等
から読者宛に書かれた文章等(本件記事)を複製し、これらを休廃刊の年毎にまとめ、写真製版
の方法により印刷した『ラストメッセージ in 最終号』との書籍を発行した。これに対し、Xらは、同
書籍において文章(本件記事)を複製した行為はXらの著作権を侵害するものであるとして、同書
籍の差止め及び損害賠償を求めた。
本判決は、以下のとおり、一部の記事について著作物性を否定した。
ある著作が著作物と認められるためには、それが思想又は感情を創作的に表現したものである
ことが必要であり(著作権法二条一項一号)、誰が著作しても同様の表現となるようなありふれた
表現のものは、創作性を欠き著作物とは認められない。本件記事は、いずれも、休刊又は廃刊と
なった雑誌の最終号において、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者
宛に書かれたいわば挨拶文であるから、このような性格からすれば、少なくとも当該雑誌は今号
限りで休刊又は廃刊となる旨の告知、読者等に対する感謝の念あるいはお詫びの表明、休刊又
は廃刊となるのは残念である旨の感情の表明が本件記事の内容となることは常識上当然であ
り、また、当該雑誌のこれまでの編集方針の骨子、休廃刊後の再発行や新雑誌発行等の予定の
説明をすること、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨要望することも営業上当然のこと
であるから、これら五つの内容をありふれた表現で記述しているにすぎないものは、創作性を欠く
ものとして著作物であると認めることはできない。
【著作物性が否定された実例・1】
(雑誌名)は今号で休刊といたします。ご協力いただきました○○学会はじめ執筆者の方々、ご愛
読いただきました読者の皆様に厚く御礼申し上げます。
【著作物性が否定された実例・2】
「(雑誌名)休刊のお知らせ」
小誌は、昭和○○年に野菜と健康の情報誌「(雑誌名)」として創刊し、その理念に多くのかた
がたより深いご賛意と共感をたまわり、厚いご支援の中で現在に至りました。
しかしながら、このたび突然ではございますが、諸般の事情により本号(四月号)をもちまして休
刊の止むなきに至りました。
創刊以来五年の永きにわたりご愛読いただきました読者の皆様、またお力添えをいただきまし
た諸先生に、ここにあらためまして心より御礼申し上げますとともに、不本意ながら休刊の運びと
なりましたことを、深くお詫びいたします。
いずれ、再スタートの機をかたく心に誓う所存でございますので、なにとぞ事情をご賢察のうえ、
ご理解たまわりますよう伏してお願い申し上げます。
-7-
判例7. 読売新聞記事見出し事件
(第一審:東京地判平成16年3月24日判時1857号126頁)
(控訴審:知財高判平成17年10月6日未登載)
本件は、X(原告)が運営するインターネットのウェブサイトに掲載されたニュース記事の見出し
(「YOL見出し」)の著作物性が争われた事案である。
第一審判決は、以下のとおり判示した。
著作権法による保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であるこ
とが必要である(法2条1項1号)。「思想又は感情を表現した」とは、事実をそのまま記述したよう
なものはこれに当たらないが、事実を基礎とした場合であっても、筆者の事実に対する評価、意
見等を、創作的に表現しているものであれば足りる。そして、「創作的に表現したもの」というため
には、筆者の何らかの個性が発揮されていれば足りるのであって、厳密な意味で、独創性が発揮
されたものであることまでは必要ない。他方、言語から構成される作品において、ごく短いもので
あったり、表現形式に制約があるため、他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふ
れたものである場合には、筆者の個性が現れていないものとして、創作的な表現であると解する
ことはできない。
(中略)
①YOL見出しは、その性質上、簡潔な表現により、報道の対象となるニュース記事の内容を読者
に伝えるために表記されるものであり、表現の選択の幅は広いとはいえないこと、②YOL見出し
は25字という字数の制限の中で作成され、多くは20字未満の字数で構成されており、この点か
らも選択の幅は広いとはいえないこと、③YOL見出しは、YOL記事中の言葉をそのまま用いた
り、これを短縮した表現やごく短い修飾語を付加したものにすぎないことが認められ、これらの事
実に照らすならば、YOL見出しは、YOL記事で記載された事実を抜きだして記述したものと解す
べきであり、著作権法10条2項所定の「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」(著作権法
10条2項)に該当するものと認められる。以上を総合すると、Xの挙げる具体的なYOL見出しは
いずれも創作的表現とは認められないこと、また、本件全証拠によるもYOL見出しが、YOL記事
で記載された事実と離れて格別の工夫が凝らされた表現が用いられていると認めることはできな
いから、YOL見出しは著作物であるとはいえない。
また、控訴審判決は、以下のとおり判断して、いずれのYOL見出しについても創作性を認めるこ
とはできないと判断した。
一般に、ニュース報道における記事見出しは、報道対象となる出来事等の内容を簡潔な表現で
正確に読者に伝えるという性質から導かれる制約があるほか、使用し得る字数にもおのずと限界
があることなどにも起因して、表現の選択の幅は広いとはいい難く、創作性を発揮する余地が比
-8-
較的少ないことは否定し難いところであり、著作物性が肯定されることは必ずしも容易ではないも
のと考えられる。しかし、ニュース報道における記事見出しであるからといって、直ちにすべてが
著作権法10条2項に該当して著作物性が否定されるものと即断すべきものではなく、その表現い
かんでは、創作性を肯定し得る余地もないではないのであって、結局は、各記事見出しの表現を
個別具体的に検討して、創作的表現であるといえるか否かを判断すべきものである。
【著作物性が否定された見出しの例】
いじめ苦?都内のマンションで中3男子が飛び降り自殺
「喫煙死」1時間に560人
マナー知らず大学教授、マナー本海賊版作り販売
ホームレスがアベックと口論?銃撃で重傷
男女3人でトンネルに「弱そうな」男性拉致
スポーツ飲料、トラックごと盗む・・被害1億円7人逮捕
E・Fさん、赤倉温泉でアツアツの足湯体験
-9-
判例8. 交通標語事件
(第一審:東京地判平成13年5月30日判時1752号141頁)
(控訴審:東京高判平成13年10月30日判タ1092号281頁)
X(原告)は、交通安全のための交通標語「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」
(Xスローガン)を創作した。一方、Yら(被告ら)は、本件スローガンとほぼ同一の交通標語「ママ
の胸より チャイルドシート」(Yスローガン)を作成し、交通事故防止キャンペーンのためにテレビ
放映された広告においてこれを使用した。Xは、Yらの行為がXの著作権を侵害したとして、損害
賠償等を求めた。
第一審判決は、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」というスローガンは著作物
ではあるが、「ママの胸より チャイルドシート」とは、重要な部分で異なっているから、複製権の侵
害ではない、と判断した。
具体的には、まず、Xのスローガンの著作物性については、以下のとおり著作物性を認めた。
著作権法による保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものである」こ
とが必要である。「創作的に表現したもの」というためには、当該作品が、厳密な意味で、独創性
の発揮されたものであることまでは求められないが、作成者の何らかの個性が表現されたもので
あることが必要である。文章表現による作品において、ごく短かく、又は表現に制約があって、他
の表現がおよそ想定できない場合や、表現が平凡で、ありふれたものである場合には、筆者の個
性が現れていないものとして、創作的に表現したものということはできない。
(中略)
Xは、親が助手席で、幼児を抱いたり、膝の上に乗せたりして走行している光景を数多く見かけた
経験から、幼児を重大な事故から守るには、母親が膝の上に乗せたり抱いたりするよりも、チャイ
ルドシートを着用させた方が安全であるという考えを多くの人に理解してもらい、チャイルドシート
の着用習慣を普及させたいと願って、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という標
語を作成したことが認められる。そして、Xスローガンは、3句構成からなる5・7・5調(正確な字数
は6字、7字、8字)調を用いて、リズミカルに表現されていること、「ボク安心」という語が冒頭に配
置され、幼児の視点から見て安心できるとの印象、雰囲気が表現されていること、「ボク」や「マ
マ」という語が、対句的に用いられ、家庭的なほのぼのとした車内の情景が効果的かつ的確に描
かれているといえることなどの点に照らすならば、筆者の個性が十分に発揮されたものということ
ができる。したがって、Xスローガンは、著作物性を肯定することができる。
一方、YがXの複製権・翻案権を侵害しているか、という点については、以下のとおり、侵害して
いないと判断した。
- 10 -
両スローガンは、「ママの」「より」「チャイルドシート」の語が共通する。上記共通点については、両
スローガンとも、チャイルドシート着用普及というテーマで制作されたものであるから、「チャイルド
シート」という語が用いられることはごく普通であること、また車内で母親が幼児を抱くことに比べ
てチャイルドシートを着用することが安全であることを伝える趣旨からは、「ママの より」という語
が用いられることもごく普通ということができ、Xスローガンの創作性のある点が共通すると解する
ことはできない。これに対し、Xスローガンは、Yスローガンと対比して、①「ボク安心」の語句があ
ること、②前者が「膝」であるのに対し、後者は「胸」であること、③前者は、6字、7字、8字の合計
21字が3句で構成されているのに対し、後者は、7字、8字の合計15字が2句で構成されている
点において相違する。そして、①Xスローガンにおいては「ボク安心」という語句が加わっているこ
とにより、子供の視点から見た安心感や車内のほのぼのとした情景が表現されているという特徴
があるのに対し、Yスローガンにおいては、そのような特徴を備えていないこと、②「ママの膝」と
「ママの胸」とでは与えるイメージ(子供の年齢、抱きかかえた姿勢等)に相違があること、③Xス
ローガンにおいては、3句構成からなる5・7・5調が用いられ、全体として、リズミカル、かつ、ゆっ
たりした印象を与えるのに対し、Yスローガンにおいては、2句構成からなる7・5調が用いられ、
極めて簡潔で、やや事務的な印象を与えること等から、前記各相違は、決して些細なものではな
く、いずれもXスローガンの創作性を根拠付ける部分における相違といえる。 そうとすると、両者
は、前記の共通点があっても、なお実質的に同一のものということはできない。 以上のとおりで
あるから、Yスローガンは、XスローガンについてXが有する複製権を侵害しない(なお、前記と同
様の理由から翻案権侵害もない。)。
控訴審判決も、第1審と似たような判断をしている。
すなわち、控訴審では、まず、以下のように判断して、交通標語は保護される範囲が狭いことを
明らかにした。
XスローガンやYスローガンのような交通標語の著作物性の有無あるいはその同一性ないし類似
性の範囲を判断するに当たっては、①表現一般について、ごく短いものであったり、ありふれた平
凡なものであったりして、著作権法上の保護に値する思想ないし感情の創作的表現がみられない
ものは、そもそも著作物として保護され得ないものであること、②交通標語は、交通安全に関する
主題(テーマ)を盛り込む必要性があり、かつ、交通標語としての簡明さ、分りやすさも求められる
ことから、これを作成するに当たっては、その長さ及び内容において内在的に大きな制約がある
こと、③交通標語は、もともと、なるべく多くの公衆に知られることをその本来の目的として作成さ
れるものであること(Xスローガンは、財団法人全日本交通安全協会による募集に応募した作品
である。)を、十分考慮に入れて検討することが必要となるというべきである。そして、このような立
場に立った場合には、交通標語には、著作物性(著作権法による保護に値する創作性)そのもの
が認められない場合も多く、それが認められる場合にも、その同一性ないし類似性の認められる
範囲(著作権法による保護の及ぶ範囲)は、一般に狭いものとならざるを得ず、ときには、いわゆ
るデッドコピーの類の使用を禁止するだけにとどまることも少なくないものというべきである。
- 11 -
そのうえで、本件においては、以下のとおり判断して、侵害ではない、とした。
すなわち、Xスローガンの著作物性については、「ボク」、「ママ」及び「チャイルドシート」という三
つの語句は、チャイルドシートに関する交通標語において、使用される頻度が極めて高い語句で
あり、また、「…よりチャイルドシート」とすることは、ごくありふれた手法に属するとして、Xスローガ
ンに著作権法によって保護される創作性が認められるとすれば、それは、「ボク安心」との表現部
分と「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との表現部分とを組み合わせた、全体としてのまとま
りをもった5・7・5調の表現のみにおいてであると判断し、Yスローガンは、「ボク安心」に対応する
表現はなく、単に「ママの胸より チャイルドシート」との表現があるだけで、全体としてのまとまり
をもった5・7・5調の表現がないことから、Xスローガンを複製ないし翻案したものということはでき
ないと判断した。
- 12 -
判例9. 電車線設計用プログラム事件
(東京地判平成15年1月31日判時1820号127頁)
X(原告)は、汎用設計ソフトであるAutoCAD上で作動する電車線設計用プログラムを作成し
た。一方、Y(被告)は、Yプログラムを格納した製品を製造・販売していた。Xは、XプログラムとY
プログラムは実質的に同一であるとして、Yの行為はXプログラムの著作権(複製権、翻案権、譲
渡権)の侵害に当たると主張し、Yに対し、Y製品の差止め、損害賠償等を求めた。
本判決は、以下のとおり判断して、Xプログラムの一部について、ありふれた短いプログラムは
創作性がなく、著作物とはいえないと判断した。
ある表現物が、著作権法の保護の対象になる著作物に当たるというためには、思想、感情を創作
的に表現したものであることが必要である。そして、創作的に表現したものというためには、当該
表現が、厳密な意味で独創性のあることを要しないが、作成者の何らかの個性が発揮されたもの
であることは必要である。この点は、プログラム(電子計算機を機能させて一の結果を得ることが
できるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの)形式で表現されたもので
あっても何ら異なることはない。プログラムは、具体的記述において、作成者の個性が表現されて
いれば、著作物として著作権法上の保護を受ける。ところで、プログラムは、その性質上、表現す
る記号が制約され、言語体系が厳格であり、また、電子計算機を少しでも経済的、効率的に機能
させようとすると、指令の組合せの選択が限定されるため、プログラムにおける具体的記述が相
互に類似することが少なくない。仮に、プログラムの具体的記述が、誰が作成してもほぼ同一にな
るもの、簡単な内容をごく短い表記法によって記述したもの又は極くありふれたものである場合に
おいても、これを著作権法上の保護の対象になるとすると、電子計算機の広範な利用等を妨げ、
社会生活や経済活動に多大の支障を来す結果となる。また、著作権法は、プログラムの具体的
表現を保護するものであって、機能やアイデアを保護するものではないところ、特定の機能を果た
すプログラムの具体的記述が、極くありふれたものである場合に、これを保護の対象になるとする
と、結果的には、機能やアイデアそのものを保護、独占させることになる。したがって、電子計算
機に対する指令の組合せであるプログラムの具体的表記が、このような記述からなる場合は、作
成者の個性が発揮されていないものとして、創作性がないというべきである。
- 13 -
判例10. 松本清張作品映画化リスト事件
(東京地判平成11年2月25日判時1677号130頁)
X(原告)は、作家・松本清張の著作に係る小説の映像化に関する業務を行う会社の従業員で
あり、松本清張の小説の映像化に関する事項についてのリスト(Xリスト)を作成した。一方、Y(被
告)は、Xリストと極めて類似するリスト(Yリスト)を作成し、これをY会社発行の書籍に掲載した。
そこで、Xは、Yらに対し、差止め、損害賠償等を求めた。
本判決は、以下のように述べて、Xリストは著作物ではないと判断した。
小説の映画化に関する事項に関し、題名、封切年、製作会社名、監督名、脚本作成者名、主な出
演者名を、また、小説のテレビドラマ化に関する事項に関し、題名、放送年月日、番組名、放送局
名、制作会社名、監督名、脚本作成者名、主な出演者名、視聴率を、それぞれ項目として選択
し、その順序に従って配列して、右の該当事実を整理・編集することは、従来の事実情報資料に
おいても採られていたものであって、Xリストがこの点において何らかの独自性、新規性を有する
とは認めることができず、また、題名、監督名、脚本作成者名、主な出演者名等の各事項におけ
る個々の事実情報の選択・配列の点においても、Xリストが著作物として保護すべき創作性を有
するものとは認められない。
なお、Xは、Xリストについて、その作成の困難性や資料としての価値の高さを強調するが、著作
権法により編集物著作物として保護されるのは、編集物に具現された素材の選択・配列における
創作性であり、素材それ自体の価値や素材の収集の労力は、著作権法によって保護されるもの
ではないから、仮にXが事実情報の収集に相当の労を費やし、その保有する情報に高い価値を
認め得るとしても、そのことをもってXリストの著作物性を認めることはできない。
- 14 -
判例11. タウンページデータベース事件
(東京地判平成12年3月17日判タ1027号268頁)
X(原告)は、自己が作成したデータベース(タウンページデータベース)には、データベースの
著作権が認められると主張し、Y(被告)による類似のデータベースの作成及び頒布が、Xのデー
タベースの著作権を侵害すると主張して、Yに対し、Yのデータベースの差止め、損害賠償等を求
めた。
本判決は、以下のように述べて、タウンページのデータベースは著作物であると判断した。
タウンページデータベースの職業分類体系は、検索の利便性の観点から、個々の職業を分類し、
これらを階層的に積み重ねることによって、全職業を網羅するように構成されたものであり、X独
自の工夫が施されたものであって、これに類するものが存するとは認められないから、そのような
職業分類体系によって電話番号情報を職業別に分類したタウンページデータベースは、全体とし
て、体系的な構成によって創作性を有するデータベースの著作物であるということができる。
- 15 -
判例12. 江差追分事件上告審
(最判平成13年6月28日判時1754号144頁)
X(被上告人)は、江差追分に関する書籍を執筆し、出版した。一方、Y(上告人)らは、江差追
分全国大会に関する番組を製作し、その中にナレーションを挿入した。X は、このナレーションが
自己の書籍(本件著作物)のプロローグを翻案したものであるとして、上告人らの番組の製作及び
放送により、X 著作物の著作権(翻案権及び放送権)、著作者人格権(氏名表示権)が侵害された
と主張し、損害賠償を請求した。
本判決は、以下のとおりに判断し、ナレーションは事実が共通するだけであり、表現が共通する
ものではないから、翻案権の侵害には当たらないと判断した。
言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質
的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は
感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴
を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、思想又は
感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠し
て創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない
部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合
には、翻案には当たらないと解するのが相当である。
(中略)
これを本件についてみると、(中略)本件ナレーションは、本件著作物に依拠して創作されたもの
であるが、本件プロローグと同一性を有する部分は、表現それ自体ではない部分又は表現上の
創作性がない部分であって、本件ナレーションの表現から本件プロローグの表現上の本質的な
特徴を直接感得することはできないから、本件プロローグを翻案したものとはいえない。
- 16 -
判例13. 交通標語事件
(第一審:東京地判平成13年5月30日判時1752号141頁)
(控訴審:東京高判平成13年10月30日判タ1092号281頁)
「ママの胸より チャイルドシート」(被告スローガン)は、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイ
ルドシート」(原告スローガン)の翻案には該当せず、別個の著作物であると判断された事例。
詳細は、判例 8.(10 ページ)参照。
- 17 -
判例 14. パロディ事件
(最判昭和 55 年 3 月 28 日判時 967 号 45 頁)
Y(被告)は、パロディ作家であり、X(原告)が撮影した写真の一部を切除して、その切除した写
真の右上に自動車のタイヤの写真を合成した写真を作成し、公表したため、X が Y に対して著作
権及び著作者人格権に基づき損害賠償等を求めた。
本判決は、この中で、以下のとおり、適正な引用となるための要件を示した。結果として、引用
されている著作物が、引用している自己の作品の中で一体となっており(明瞭に区別されておら
ず)、また従たる利用であるともいえないとして、引用を認めなかった。
法三〇条一項第二〔現著作権法第 32 条〕は、すでに発行された他人の著作物を正当の範囲内に
おいて自由に自己の著作物中に節録引用することを容認しているが、ここにいう引用とは、紹介、
参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することを
いうと解するのが相当であるから、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形
式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認
識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合
でなければならないというべきであり、更に、法一八条三項の規定によれば、引用される側の著
作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されないことが明らかである。
(中略)
本件写真は、右のように本件モンタージユ写真に取り込み利用されているのであるが、利用され
ている本件写真の部分(以下「本件写真部分」という。)は、右改変の結果としてその外面的な表
現形式の点において本件写真自体と同一ではなくなつたものの、本件写真の本質的な特徴を形
成する雪の斜面を前記のようなシユプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーの部分及び
山岳風景部分中、前者についてはその全部及び後者についてはなおその特徴をとどめるに足り
る部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、本件写真部
分自体によつてもこれを感得することができるものである。そして、本件モンタージユ写真は、これ
を一瞥しただけで本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することにより作成されたものである
ことを看取しうるものであるから、前記のようにシユプールを右タイヤの痕跡に見立て、シユプー
ルの起点にあたる部分に巨大なスノータイヤ一個を配することによつて本件写真部分とタイヤと
が相合して非現実的な世界を表現し、現実的な世界を表現する本件写真とは別個の思想、感情
を表現するに至つているものであると見るとしても、なお本件モンタージユ写真から本件写真にお
ける本質的な特徴自体を直接感得することは十分できるものである。そうすると、本件写真の本
質的な特徴は、本件写真部分が本件モンタージユ写真のなかに一体的に取り込み利用されてい
る状態においてもそれ自体を直接感得しうるものであることが明らかであるから、X のした前記の
ような本件写真の利用は、上告人が本件写真の著作者として保有する本件写真についての同一
性保持権を侵害する改変であるといわなければならない。のみならず、すでに述べたところから
- 18 -
すれば、本件モンタージユ写真に取り込み利用されている本件写真部分は、本件モンタージユ写
真の表現形式上前説示のように従たるものとして引用されているということはできないから、本件
写真が本件モンタージユ写真中に法三〇条一項第二にいう意味で引用されているということもで
きないものである。
【本件モンタージュ写真】
【本件写真】
民集 34 巻 3 号 314 頁
民集 34 巻 3 号 13 頁
- 19 -
判例 15. ゴーマニズム宣言事件控訴審判決
(東京高判平成 12 年 4 月 25 日判時 1724 号 124 頁)
X(控訴人)は、漫画の掲載された書籍を出版した。一方、Y(被控訴人)は、自分の執筆した書
籍の中で、X 書籍に掲載されている漫画のカットを採録し、論評を加えた際、採録したカットの中
に、①人物の顔に目隠しを施し、②文字を○で囲み、加筆をし、③コマの配置をかえる等の改変を
加えたため、X が Y に対して著作権及び著作者人格権に基づき損害賠償等を求めた事案であ
る。
本判決は、まず、以下のように判示して、主従関係を認め、よって著作権法 32 条 1 項の引用に
該当すると判断した。
X 書籍が「意見主張漫画」として、漫画という表現形式によって意見を表現したものであり、Y 書籍
は、右意見に対する批評、批判、反論を目的とするものであること、及び、Y 書籍に引用された X
カットは、X 漫画のごく一部にすぎず、右批評、批判、反論に必要な限度を超えて、X 漫画の魅力
を取り込んでいるものとは認められないことを考慮すれば、Y 書籍においては、Y 論説が主、X カ
ットが従という関係が成立しているというべきである。として、
なお、引用に際して加えられた改変に関する著作者人格権(同一性保持権)の侵害については、
以下のとおり判示して、一部についてその侵害を否定し、一部について肯定した。
①のカットについては、以下のように判断して同一性保持権侵害を否定した。
風刺画や似顔絵であるからといって、他人の名誉感情を不当に侵害してよいものではないことは
当然である。そして、醜く描写されているために名誉感情を侵害するおそれがあるか否かというこ
とは、単なる主観によるものとしてではなく、常識に照らして客観的なものとして判断することがで
きるものである。(中略)目隠しによって、名誉感情を侵害するおそれが低くなっていることが明ら
かであるから、右目隠しは、相当な方法というべきである。
③のカットについては、同一性保持権侵害を肯定した。
カット37において原カット(ハ)の配置が変更されていることは、著作権法二〇条一項にいう「改
変」に当たるものである。(中略)カット37において原カット(ハ)の配置を変更したのは、Y 書籍の
レイアウトの都合を不当に重視して原カット(ハ)における X の表現を不当に軽視したものというほ
かはなく、Y ら主張に係る著作物の性質、引用の目的及び態様を前提としても、カット37の右改
変を、著作権法二〇条二項四号の「やむを得ない改変」に当たるということはできない。
- 20 -
①のカット(大淵哲也ほか『知的財産法判例集』350 頁(有斐閣,2005)
【X 書籍】
【Y 書籍】
③のカット(大淵哲也ほか『知的財産法判例集』351 頁(有斐閣,2005))
【X 書籍】
【Y 書籍】
- 21 -
判例 16. 藤田嗣治絵画複製事件
(東京高判昭和 60 年 10 月 17 日判時 1176 号 33 頁)
Y(控訴人)は、明治以降の近代日本の美術史を体系的に解説した書籍の中で、画家である藤
田嗣治(故人)に関する論文を掲載し、その論文中で同人の絵画を掲載した。これに対して、画家
の妻であり、相続により同人の著作権を承継した X(被控訴人)が、絵画の掲載は複製権の侵害
であるとして、Y に対して損害賠償等を求めた。
本判決は、まず、以下のとおり「引用」の要件を判示した。
「引用」とは、報道、批評、研究等の目的で他人の著作物の全部又は一部を自己の著作物中に
採録することであり、また「公正な慣行に合致し」、かつ、「引用の目的上正当な範囲内で行なわ
れる」ことという要件は、著作権の保護を全うしつつ、社会の文化的所産としての著作物の公正な
利用を可能ならしめようとする同条の規定の趣旨に鑑みれば、全体としての著作物において、そ
の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区
別して認識することができること及び右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認め
られることを要すると解すべきである。そして、右主従関係は、両著作物の関係を、引用の目的、
両著作物のそれぞれの性質、内容及び分量並びに被引用著作物の採録の方法、態様などの諸
点に亘つて確定した事実関係に基づき、かつ、当該著作物が想定する読者の一般的観念に照ら
し、引用著作物が全体の中で主体性を保持し、被引用著作物が引用著作物の内容を補足説明
し、あるいはその例証、参考資料を提供するなど引用著作物に対し付従的な性質を有しているに
すぎないと認められるかどうかを判断して決すべき(である)。
その上で、本件の書籍の中に使用した絵画について、以下のとおり、これが独立して鑑賞に値
する図版であるとして、引用に該当しないと判示した。
本件におけるように引用著作物が言語著作物(富山論文)であり、被引用著作物が美術著作物
(本件絵画の複製物)である場合も同様であつて、読者の一般的観念に照らして、美術著作物が
言語著作物の記述に対する理解を補足し、あるいは右記述の例証ないし参考資料として、右記
述の把握に資することができるように構成されており、美術著作物がそのような付従的性質のも
の以外ではない場合に、言語著作物が主、美術著作物が従の関係にあるものと解するのが相当
である。
(中略)
富山論文は言語著作物、本件絵画は美術著作物であるという両著作物の性質の相違及び前記
認定のような本件絵画の掲載の方法から、本件絵画と富山論文とは明瞭に区別して認識しうるも
のと認められる。」ものの、「本件絵画の複製物は富山論文に対する理解を補足し、同論文の参
考資料として、それを介して同論文の記述を把握しうるよう構成されている側面が存するけれど
- 22 -
も、本件絵画の複製物はそのような付従的性質のものであるに止まらず、それ自体鑑賞性を有す
る図版として、独立性を有するものというべきであるから、本件書籍への本件絵画の複製物の掲
載は、著作権法第三二条第一項の規定する要件を具備する引用とは認めることができない。
- 23 -