緊急被ばく医療第3章

第 3 章 放射線事故の特徴と医療対応
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• 原子炉および原子力関連施設の事故
o チェルノブイリ型炉心崩壊事故
o スリーマイル型気体放出事故
o 核燃料施設の臨界事故
o 管理区域内の汚染事故
o 核燃料再処理施設での事故
• 放射線取扱施設での事故
o 医療施設の被ばく事故
o 工業用照射施設の被ばく事故
o 軟 X 線発生装置による被ばく事故
o RI 実験室/病院検査室での汚染
• その他の事故等
o 癌治療線源盗難/紛失事故
o 非破壊検査線源盗難/紛失事故
o 放射性物質輸送時の事故
o 多数(10 名以上)の汚染・被ばく被災者への対応
o 9.11 事件以降の被ばく医療におけるトピックス
原子炉および原子力関連施設の事故
≪チェルノブイリ型炉心崩壊事故≫
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
・チェルノブイリ事故の概要
1986 年 4 月 26 日,旧ソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ発電所
4 号炉で事故が発生しました。この日,タービン発電機の慣性のみで
どの程度発 電できるか実験しようとしていましたが,実験の過程で
自動停止装置を切り,さらに制御棒の本数を減らすなどの原子炉が
不安定な状況下でタービンを停止した ところ,わずか 30 秒程の間
に原子炉出力は定格の 100 倍に達しました。その結果,水蒸気爆発
および水素爆発がおこり,原子炉内の核分裂生成物が大量に環 境中
に飛散しました。また,高熱の黒鉛により火災が生じ,これを消火
しようとした消防士や作業員が重大な被ばくをうけ,約 30 名が死亡
しました。
・チェルノブイリ事故の特徴
1. チェルノブイリ事故では,原子炉を密封する構造がなかったた
め,事故時に大量の放射性物質が放出されました。(p147「原
子炉のしくみと構造」参照)
2. わが国の発電用原子炉の炉心構造は,炭素鋼による堅固な密封
構造となっているため,チェルノブイリ型事故に進展する可能
性は小さいと考えられています。
3. チェルノブイリ型事故の教訓は,大きな放射線災害の対策を考
える場合に参考になります。
4.
・被災者の類型
チェルノブイリ型事故では,現場での作業者および消火活動者は,
濃厚な放射性プルームによる全身外部被ばく,体表面に濡れて付着
した粒子や塵芥による皮膚の汚染,および放射性ヨウ素や放射性セ
シウムの内部汚染を生ずる可能性があります。
汚染地域の住民は,放射性ヨウ素や放射性セシウムの内部汚染を
生ずる可能性があります。
清算作業員(*)は,原子炉内に残った核種により,外部被ばくや内
部汚染を生じる可能性があります。
表 3-1
チェルノブイリ型事故の被災者の類型
主な影響
主な核種
治療・対策
外部被ばく(+
放射性希ガ
現場直近の消火 ++)
急性放射線症候群
ス
作業者と発電所 皮膚汚染(++
の治療,皮膚障害の
I-131,I-133,
作業員
+)
治療
Cs-137,s-134
内部汚染(++)
周辺住民
皮膚汚染(-)
避難,食物制限の実
~(+)
I-131,Cs-137 施安定ヨウ素剤の
内部汚染(-)
投与
~(+)
清算作業員(*)
外部被ばく(+)I-131,
作業計画上の安全
皮膚汚染(+) Cs-137,
確保
内部汚染(+) Sr-90,Pu-239
(*)
清算作業員:事故後,長期間にわたって復旧作業にあたった作業
者のこと。Liquidators(リクイデイタ)と呼ばれる。
・救急医療上のポイント
1. 重症外部被ばくの鑑別:事故現場直近から搬送された患者で,
初診時に嘔気,嘔吐,下痢の症状がある者は重症の外部被ばく
を疑います。⇒嘔気にはカイトリル がある程度有効。(嘔気
は潜伏期に入れば自然に消失します)。血管確保を行い,急性
放射線症候群の治療可能な病院に転送します(p56「高線量全
身被ばく /急性放射線症候群の対応」参照)。
2. 皮膚の初期紅斑の確認:皮膚の発赤(初期紅斑)の部位と広が
りを確認します。発赤は一過性なので初診時に記録することが
必要です。⇒潜伏期の後,放射線熱傷に進展し,障害面積は生
命予後に相関します(p71「放射線皮膚損傷の治療」参照)。
3. 外傷+被ばく患者の対応:創閉鎖のための手術処置が必要な場
合,48 時間以内に実施します。⇒白血球が枯渇してからでは手
術創はくっつきません。
・除染のポイント
1. 目視確認:放射性物質は目に見えませんが,もし大量の放射性
物質が存在するとすれば,それは目で見て[(1)衣服などが
変色,(2)濡れ,(3)異物(液 体,粉体,金属,粒子)が
付着]や水濡れをしている部分を疑います。これらをとりあえ
ず除去するだけでも,患者も医療チームもかなりの二次被ばく
のリスク を低減できます。金属や粒子状の異物を除去する場
合には直接指で触ってはいけません。長摂子(長いピンセット)
を用いてください。
2. 脱衣:除染より救命処置を優先します。しかし,トリアージや
血管確保を行いながら脱衣(切り取り)を平行して行います。
脱衣により放射性物質の 90%が除去されます。
3. 血管確保部位:血管確保(血管へのアクセス)は,汚染のない
皮膚から行います。しかし適当な部位がなければ,酒精綿で良
く清拭した上で汚染が疑われる皮膚 から行います(清拭後に
皮膚に残った汚染は固着しているため遊離しにくいことから,
血管確保の傷口からの内部被ばく(または汚染)の可能性は低
い)。
・住民対応ポイント
1. 避難誘導:放射性物質の放出量,気象条件などから避難規模や
経路を決定します。⇒放射性プルーム(放射性物質を含んだ気
流)の通過地点を避けることが重要です。
2. 安定ヨウ素剤投与:放射性ヨウ素から甲状腺を保護するための
薬剤であり,とくに幼・小児への対策として重要です。しかし,
効率的な避難が有益な場合もあり ます。⇒放射性プルーム通
過地点以外の避難所等で配布を行います。ヨウ素剤を求めて放
射性プルームの中に立ち入ることは避けます。(p47「安定ヨ
ウ素剤 の投与方法」参照)
3. フォールアウト(放射性降下物)への対処:放出源(事故現場)
の状況や事故後の気象によって,放射性物質を含んだ雨や塵状
の物質が降る場合があります。被 災住民の衣服や身体がこれ
により汚染している場合,できるだけ早期に除染します。⇒15
分以内に脱衣などによる除去をすることでかなりの被ばくの
リスクが 低減されます。
4. 被災者の登録:被災(避難)住民の氏名,状況,医療記録を登
録することは,事故後の公衆衛生学的な経過観察にきわめて重
要です。事故後の疾病調査や被災者の社会保障に必要となりま
す。
図 3-1 事故後のチェルノブイリ原子力発電所
≪スリーマイル型気体放出事故≫
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・スリーマイル島事故の概要
1978 年 3 月 28 日,アメリカペンシルバニア州スリーマイル島原子力
発電所の 2 号原子炉(図 3-2)で,いくつかの要因が重なり(図 3-3
~3-5)炉心の冷却水の水位が下がった結果,炉心の上部が露出し,
炉内燃料の融解がおこりました。この結果,放射性希ガスや放射性
ヨウ素などの気 体が大気中に放出されました。しかしながら原子炉
圧力容器は堅牢であり,破壊されませんでした。
図 3-2 加圧水型原子炉の構造
図 3-3 二次冷却水の停止,逃し弁閉鎖不全
図 3-4 非常用炉心冷却装置の稼働
図 3-5 一次冷却水の充填ミス
放出された気体は,間もなく検出が困難な低いレベルまで大気中で
拡散されました。公衆に健康上問題となるような有意の被ばくはあ
りませんでした。
州知事が,半径 5 マイル(8km)以内の妊婦と乳幼児の避難を勧告
したところ,それ以外の者を含む多くの住民が避難を行いました。
また,情報の混乱や電話の輻輳なども問題となりました。
・スリーマイル島事故の特徴
1. スリーマイル島原子力発電所の原子炉は,炉心部が圧力容器や
格納容器で密封されている点で,日本の発電用原子炉と共通し
ています。そこで,日本の原子力防災の考え方は,この事故の
教訓を充分反映したものとなっています。
2. 放射性希ガスや放射性ヨウ素などの気体が大気中に放出され
ましたが,原子炉圧力容器は破壊されていないので,多くの放
射性物質は原子炉構造内にとどまっていました。
3. 公衆に健康上問題となるような有意の被ばくはありませんで
したが*,情報の混乱などの問題がありました。
4. 住民の避難指示については,適時に的確に判断することの重要
性が認識されました。
【*:半径 50 マイル(80km)の住民の平均被ばく線量は 0.01mSv で,
最大の被ばく線量 でも 1mSv であり,健康上問題となるような有意
の被ばくはありませんでした。(p7「自然放射線による被ばく,医
療被ばく,職業上の被ばく,放射線事故 による被ばくの比較」参照)】
・被災者の類型
スリーマイル型気体放出事故の場合には,原子力発電所内では補修
作業中の外傷などに加えて,放射性ヨウ素による汚染や内部被ばく,
および冷却水による汚染などの可能性があります。
一方,発電所の外では,そこまで到達する気体は大気中に拡散し
ているので,周辺住民に対する実際の影響はないか小さいものと思
われます。雨などにより,身体や衣服が汚染した場合には,皮膚汚
染の原因となる可能性があります。
表 3-2
スリーマイル型気体放出事故の被災者の類型
主な影響
主な核種
治療・対策
外部被ばく(-)
発電所補修作業
皮膚汚染の除染
皮膚汚染(+) I-131,Co-60
員
一般外傷の治療
内部汚染(±)
周辺住民
皮膚汚染(-)
I-131
~(±)
避難,皮膚汚染(雨
など)の除染
・救急医療上のポイント
1. 一般外傷および一般疾病の救急治療:発電所補修作業員につい
ては作業中の外傷が,周辺住民については避難中の外傷や一般
疾病(脳卒中,心筋梗塞など)の発生が予想されます。
2. 汚染を伴う場合であっても,一般外傷や一般疾病などで救命処
置を要する場合は,救命処置を優先して行います。
3. 汚染を伴う外傷は,創面を生理食塩水で洗浄し,清潔なガーゼ
で被います。遊離する汚染を除去しておけば,健康影響を生ず
る可能性は低いです。
・除染のポイント
1. 除染より救命処置が優先されます。
2. 除染の始めは脱衣からです。脱衣により放射性物質の 90%が除
去されます。靴底の汚染にも充分注意します。
3. 避難住民の除染を行う場合には,精神面を考慮しながら行いま
す。住民の汚染は,そのほとんどが健康に影響する量よりはる
かに少ない(しかしサーベイメータには充分反応している)量
ですから,冷静に除染を行います。
・住民対応のポイント
1. 事故の規模や放出状況,気象条件などにより,避難等の必要性
が判断されます。避難経路は放射性プルームの中を通らないル
ートで決定します。
2. “未来がわかる”と,不安が和らぎます。少ない情報の中であっ
ても,今後の状況の予想,今後の救援の予定を伝えることによ
って,住民の不安を低減します。
3. 被災者の登録:被災(避難)住民の氏名,状況,医療記録を登
録することは,事故後の公衆衛生学的な経過観察にきわめて重
要です。
4. おそらく健康に問題のない多くの人々が,汚染検査や相談を希
望して避難所や医療機関を訪れる(サージ現象)ことが予想さ
れます。病院においては,一般診療に支障のないように,対策
チームを決めておく必要があります。
≪核燃料施設の臨界事故≫
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・核燃料施設での臨界事故の概要(JCO 事故)
1999 年 9 月 30 日,茨城県東海村で起こった臨界事故は,別々に調製
したウラン溶液の濃度を出荷前に均一にするために,溶液を一ケ所
に集めたこと がきっかけとなりました。この日, 3 人の作業員は,
これまでと違って,臨界防止のための制限の約 7 倍量のウランを,
沈殿槽と呼ばれる容器で一度に均一化しようとしました。作業員 A
(16~20GyEg 程度以上)が沈殿槽のそばに立ち漏斗を支え B(6~
10GyEg 程度)が上から硝酸ウラニル溶液をそこに注ぎ込んでいる最
中に,溶 液が臨界に達しました。社員 C(1~4.5GyEg 程度)は壁を
隔てた廊下にいました。
臨界が起こった瞬間,3 人は青白い光を見ました。A は直後から嘔
吐,下痢を発症,B も 1 時間以内に嘔吐を始めました。(p56「高線
量全身被ばく/急性放射線症候群の対応」参照)。
A と B については,その被ばく線量から骨髄機能の廃絶が予想さ
れたため,造血幹細胞の移植が必要と判断され,A は末梢血幹細胞
移植を,B は臍帯血幹細胞 移植を受けました。しかしその後,集中
的な治療にもかかわらず,A は 12 月 21 日に,B は 2000 年 4 月 27
日に亡くなりました。C は 1999 年 12 月に 退院,その後は定期的な
健康診断を行っています。
上記の 3 人以外の被ばく線量は,健康に影響が生じる事が確認さ
れているレベルよりも低いものでした*。
【*:敷地周辺にいた住民 7 人(最大 15mSv),JCO 社員等 56 人(最
大 47mSv),消防 士を含む防災業務従事者 60 人(最大 13mSv),
臨界を止める作業を行った JCO 社員 18 人(最大 45mSv)の被ばく
線量は,いずれも健康に影響が生じる事が確認されているレベルよ
りも低いものでした(p7「自然放射線による被ばく,医療被ばく,
職業上被ばく,放射線事故による被ばくの比較」参 照)。】
臨界とは:ウランのような核分裂性物質は,中性子が当たると核分
裂反応を起こし,大きなエネルギーを生み出すとともに,2,3 個の
新たな中性子を生成します。このため,一定量以上の核分裂性物質
が,ある条件下で集まると生まれた中性子が核分裂性物質に当たり
次々と核分裂反応を起こし,その反応が持続します。この核分裂が
持続されている状態を臨界といいます。
・核燃料施設での臨界事故の特徴
1. 臨界により放出される γ 線と中性子線で,被災者は外部被ばく
を受けます。
2. 臨界の現場直近での外部被ばく線量は,致死的線量に達します
(p56「高線量全身被ばく/急性放射線症候群の対応」参照)。
3. 放射線の強さは距離の 2 乗に反比例するため,被災者の発生す
る範囲は狭く,実質的にはおよそ十数 m 以遠では晩発性の影響
も含め生じません。
4. 臨界による中性子の外部被ばくにより,体内の元素が放射化し
ます。このうちナトリウム(Na-24)は容易に検出できます。
放射化とは:原子核を高エネルギーの粒子たとえば中性子などで衝
撃すると,核反応が起こり,放射性核種が生成されます。これを放
射化と言います。
・被災者の類型
現場直近の被災者(作業者)は致死的な線量の外部被ばくを受け,
現場から離れるほど線量は低くなります。原則的には核燃料施設で
使用する核種からの 内部汚染や皮膚汚染は問題にならない程度で
す。しかし放射化により生じたナトリウム(Na-24)は,体内・汗・
尿中から検出できます。
核燃料施設での臨界事故時の反応は,ふつうその容器を破壊する
には至らず,放射性物質の散逸も通常ありません。少量の放射性希
ガスが発生し,環境モニタリングポストの数値が上昇することがあ
るかもしれませんが,環境に影響を与える量ではありません。
表 3-3
核燃料施設臨界事故の被災者の類型
主な影響
現場作
業者
主な核種
外部被ばく(++
臨界による外部被
+)
*
皮膚汚染(-) ばくのみ
内部汚染(-)*
治療・対策
急性放射線症候群
の治療
外部被ばく(-)
周辺住
民
**
皮膚汚染(-)
内部汚染(-)
なし
不安対策,広報
*
ただし放射化により生じたナトリウム(Na-24)は,体内・汗・尿
中に存在します。
**
健康上問題となるような外部被ばくはないが,念のため近隣住民
に避難を推奨することはありえます。
・救急医療上のポイント
1. 重症外部被ばくの鑑別:事故現場直近から搬送された患者で,
初診時に嘔気,嘔吐,下痢の症状がある者は重症の外部被ばく
を疑います。⇒嘔気にはカイトリル®がある程度有効(嘔気は
潜伏期に入れば自然に消失します)。血管確保を行い,急性放
射線症候群の治療可能な病院に転送します(p56「高線量全身
被ばく/急性放射線症候群の対応」参照)。
2. 皮膚の初期紅斑の確認:皮膚の発赤(初期紅斑)の部位と広が
りを確認します。発赤は一過性なので初診時に記録することが
必要です。⇒潜伏期の後,放射線熱傷に進展し,障害面積は生
命予後に相関します(p71「放射線皮膚損傷の治療」参照)。
3. 唾液腺の腫脹の有無を確認します。
4. HLA タイピングのための採血は早期に,造血幹細胞移植のド
ナーを探す作業を開始します。
・放射線管理上のポイント
1. 原則的には現場の核種からの内部汚染や皮膚汚染は伴わない
ため,除染は必要ありません。
2. しかし,放射化により生じたナトリウム(Na-24)は,体内・
血液・汗・便,尿中,吐物に存在し,サーベイメーターは充分
反応しますので,汚染拡大防止は定型的に行います。
3. ナトリウム(Na-24)は救急隊員や病院職員に健康影響を与え
る量にはなりえません。なお,ナトリウム(Na-24)は半減期
が短いため数日で消失します。
4. 放射化物から被ばく線量を推定できます。血液中のナトリウム
(Na-24)はもちろんですが,身につけている金属製品,携帯
電話のバッテリー中の金属の放射化などからも測定できます
から,捨てないように保管します。
・住民対応のポイント
JCO 事故では,3 人の作業員以外には放射線による直接の健康被害は
生じないと考えられますが,周辺住民が強い不安を経験したことは
間違いなく,2004 年現在,不安軽減を大きな目的の一つとした周辺
住民の健康診断が続けられています。
≪管理区域内の汚染事故例≫
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・管理区域内の汚染事故の想定
日本の原子力発電所では,約 1 年に 1 回,運転を停止し,原子炉や
タービンの保守点検(定期検査)を行います。本項では,原子力災
害に相当する事故(前述のチェルノブイリ型炉心崩壊事故やスリー
マイル型気体放出事故)ではなく,定期検査中の労働災害事故を想
定しています。
・管理区域内の汚染事故の特徴
定期検査中の原子力発電所は,作業を行う場所が大きな放射線源を
含む環境となっています。作業者は,汚染の程度に応じて手袋,保
護衣,マスク等を付けて作業を行います。作業中に労働災害(転落,
酸欠等)が発生した場合は,放射性物質による汚染が起こることが
あります。ただし,工業用施設の事故と違 い,身体に影響を及ぼす
ような外部被ばくを伴うことは原則ありません。
原子力発電所から患者を医療機関へ搬送する際は,放射線管理要
員が汚染患者に随行するため,核種,汚染部位,程度等の状況につ
いては,比較的容易に把握することができます。
・被災者の類型
定期検査中の原子力発電所における作業で想定される汚染事故の例
とその汚染形態,核種ならびに線量評価方法や治療の概要を表 3-4
に示します。
表 3-4
定期検査中の原子力発電所で想定される汚染事故の災害者
の類型
主な汚染核
種
線量評
価方法
作業中に誤 創傷汚染
って身体を
損傷
コバルト
(Co-60)
GM 管式
サーベ
イメー
タ
NaI シン
チレー
ション
式カウ
ンタ
ホール
ボディ
カウン
タ
生理食塩水
で洗浄
局所麻酔し
て,ブラッ
シング
作業中に酸 身体汚染
欠等で倒れ
る
コバルト
(Co-60)
GM 管式
サーベ
イメー
タ
水や除染剤
(オレンジ
オイル)を
使っての拭
き取り
想定事故
汚染の形態
治療の概要
保護マスク 内部汚染(被ばく) コバルト
(Co-60)
の脱落等
で,誤って
放射性物資
を微量吸入
鼻腔ス 医師による
メア(ス カウンセリ
ワブ) ング
GM 管式
サーベ
イメー
タ
ホール
ボディ
カウン
タ
・救急医療上のポイント
1. 身体汚染をおこす放射性物質は,運転中の中性子によって放射
化されたコバルト(Co-60),マンガン(Mn-54)等です。セシ
ウム(Cs-137),ストロンチウム(Sr-92),ヨウ素(I-131)等
の核分裂生成物質に汚染されることはありません。
2. 医療機関での受け入れ準備
i. 処置室の汚染拡大防止措置
処置室の床や診察台は,ビニールシートなどで覆います。
ii. 医療従事者の保護衣
ディスポの手術着,手袋,オーバーシューズなど(p25
「個人の防護装備の原則」図 2-2 参照)を着用します。
iii. 個人線量計
患者に付着している放射線物質から受ける医療従事者の
二次被ばくは極めて低い(線量計でも検出されない程度)
のですが,念のため装着します。
3. 汚染の測定と外部被ばくの評価
i. 身体汚染,創傷汚染の測定
GM 管式サーベイメータで汚染部位,程度について測定
します。
ii.
iii.
内部汚染の測定
口,鼻腔のスメア(スワブ)を行います(p41「内部汚染
の評価方法」参照)。スメア(スワブ)で汚染を認めた
場合,あるいは事故の状況より内部汚染の可能性を認め
た場合は,内部汚染(被ばく)を考慮し,ホールボディ
カウンタで評価します。
外部被ばく
患者のアラーム付き個人線量計で確認します。定期検査
中の発電所内の空間線量率は低く管理されており,外部
被ばくはあっても極めて低く,法令線量限度を超えるこ
とはありません。
・除染のポイント
1. 脱衣
作業衣を脱衣することにより,90%以上の除染効果が期待でき
ます。
2. 体表面汚染の除染
健常皮膚の汚染(身体汚染)は,水や除染剤(中性洗剤やオレ
ンジオイルなど)で拭き取ります。
3. 創傷汚染の除染
創傷部位の汚染(創傷汚染)は,生理食塩水で洗い流します。
必要に応じて,ブラッシングを行います。
・住民対応のポイント
1. 施設外への影響はありませんが,正確ですばやい情報の公表を
行います。
2. プライバシーに関わる情報(被災者の氏名など)は開示を控え
ます。
3. 医療処置を行った病院施設については,処置室などを以前の状
態に復旧した段階で,通常診療に支障がないこと,放射性物質
への心配がないことを公表します。
≪核燃料再処理施設での事故≫
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・過去の再処理施設の事故例:ハンフォード事故
1974 年 8 月 30 日,アメリカハンフォード再処理施設でアメリシウム
(Am-241)による人体汚染事故がおきました。イオン交換樹脂に吸
着させ た高濃度のアメリシウム(Am-241)をカラムに入れ,ストラ
イキのためそのまま放置し,ストライキ終了後,抽出のため硝酸を
注入したところ化学反応に よりカラムが破裂しました。ちょうど覗
き込んだ作業員は,グローブボックスの窓ガラスの破片とともに,
アメリシウム強硝酸溶液を顔面に強烈に浴びてしまい ました。被災
後,直ちにハンフォードの緊急医療施設に収容され,顔面の除染と
同時にキレート剤による治療が行われました。
・核燃料再処理施設の特徴
1. 原子力発電所で使い終わった燃料をいったん溶かしてから,新
しい燃料に作り変える化学工場です(図 3-6)。
(出典:「原子力・エネルギー」図面集 2004-2005,(財)日
本原子力文化振興財団)
図 3-6 再処理施設の概念図(例)
2. 原子炉のような核分裂反応が起きないように設計されていま
す。
3. β・γ 核種だけでなく,α 核種も存在します。
4. 放射性物質への対応だけでなく,硝酸などの化学物質への対応
(化学熱傷など)が必要です。
・被ばく医療の対象となる事故のパターン(被災の類型)
と救急医療上のポイント
1. 表のように多くのパターンがありますが,被災の類型と問題核
種を把握して対応することが必要です(表 3-5)。
2. 最も多いパターンは,汚染を伴う外傷,熱傷,偶発的な疾患で
す。
3. β・γ 核種では,セシウム,ストロンチウム,ルテニウムなどが
存在します。
4. α 核種ではプルトニウム,アメリシウムなどが問題となります。
→α 核種摂取の場合には,早期にキレート剤を投与することが
必要です(p53「内部汚染の除去剤の使い方」参照)。
5. 硝酸などによる化学熱傷を伴う場合には,早期に流水冷却しま
す。創部に α 核種が認められる場合にはキレート剤を添加した
生理食塩水で洗浄します。α 核種が熱傷面から吸収される場合
には,キレート剤を投与することが必要です(p53「内部汚染
の除去剤の使い方」参照)。
6. 気道熱傷が疑われる場合には,早期に集中治療室へ収容するこ
とが必要です。収容区域の養生を行います。人工呼吸器の汚染
管理は必要ですが,患者の呼気により空気汚染がおこる可能性
は低いです。
・除染のポイント
1. 施設の工程により存在する核種が異なるので,どのような核種
による汚染なのかを,施設からの情報により確認しておきます。
2. 汚染部位に同時に存在する酸,アルカリ,有機溶剤などの化学
物質についても,施設からの情報により確認しておきます。
3. 核種の種類によって適切な測定器が異なります(p74「サーベ
イメータ使用方法の実際」参照)。
4. 化学熱傷の場合には,まず早期に流水冷却します。測定は充分
水分を拭き取ってから行い,α 核種が認められる場合にはキレ
ート剤を添加した生理食塩水で洗浄します。
・住民対応ポイント
施設内で汚染事故が起きても,施設の空気流通の多重構造があるた
め周辺環境にまで影響を及ぼす可能性は極めて低いものです。しか
し,正確なデータを公開するなどの,周辺住民の不安に対する配慮
が重要です。
表 3-5
事故
被災の類型と問題核種
主に問題
主な線量
となる核
評価の方
種
法
(A) 皮膚汚染,創傷汚染
すべての
サーベイ
汚染拡大
管理
核種であ
メータ
防止の上
区域
るが,ほ
傷モニタ
で一般治
内で
とんどの
療。多く
の偶
場合有意
の場合汚
発的
な被ばく
染量は人
な外
には寄与
体に有意
傷お
しない。
な量には
被災の内容
の類
型
治療の概
要
よび
至らな
疾病
い。
の発
生
(B) 皮膚汚染。プール水の吸飲による肺お コバルト
サーベイ
溺水治
燃料
よび消化管摂取。(燃料直上では外部 60
メータ
療。誤飲
貯蔵
被ばく)
マンガン
全身カウ
量では年
プー
54
ンタ
摂取限度
ルへ
トリチウ
に達しな
の転
ム
い。(た
落
だし燃料
直近では
外部被ば
く)
(C) 吸入摂取
プルトニ
サーベイ
α 核種の
空気
ウム
メータ
場合年限
汚染,
アメリシ
全身カウ
度を若干
防護
ウム 241
ンタ
超える事
マス
肺モニタ
も時にあ
クの
バイオア
る。状況
脱落
ッセイ
が不明な
(尿・糞) ら,まず
キレート
吸入。
(D) 創傷汚染
プルトニ
サーベイ
α 核種の
試料
ウム
メータ
場合,キ
分析
アメリシ
バイオア
レートに
中の
ウム 241
ッセイ
よる洗
グロ
(尿・糞) 浄。(機
ーブ
能障害を
ボッ
残さない
クス
範囲で切
での
除)
針刺
し外
傷
(E) 外部被ばく
汚染はな
個人線量
急性放射
高線
い
計
線症候群
量区
ガラスバ
の鑑別
域へ
ッジ
(急性症
の立
状,リン
ち入
パ球数)
りに
と治療
よる
外部
被ば
く,検
査用
線源
によ
る外
部被
ばく
(F) 重大な皮膚,気道熱傷
プルトニ
サーベイ
熱傷冷却
硝酸
熱傷面からの放射性物質の吸収
ウム,ア
メータ
/救命処
/有
吸入摂取
メリシウ
全身カウ
置
機溶
ム 241,ル ンタ
ICU 管理,
剤噴
テニウム
肺モニタ
人工呼吸
出に
106,スト バイオア
器回路の
よる
ロンチウ
汚染管
化学
ム 90,セ (尿・糞) 理,キレ
熱傷
シウム
ッセイ
ート投与
137
(G) 建屋内では充満した放射性ガスによ
硝酸
る外部被ばくおよび内部被ばく
ルテニウ
サーベイ
熱傷,気
ム-ロジ
メータ
道熱傷
/有
ウム 106, 全身カウ
(同上)
機溶
セシウム
ンタ
の管理
剤の
-バリウ
肺モニタ
α 核種吸
急激
ム 137,プ バイオア
入の場合
な反
ルトニウ
ッセイ
キレート
応ま
ム
(尿・糞) 投与
たは
火災
その他,臨界事故(p93「核燃料施設の臨界事故」参照)が事故の類
型として考えられる。
放射線取扱施設での事故
≪医療施設の被ばく事故≫
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・病院の放射線機器
病院で使用される放射線機器は放射線診断用機器と放射線治療用機
器に大別されます。診断用機器には一般撮影を行う X 線撮影装置,
バリウム造影や血管 造影などを行う X 線透視装置や CT など体外か
ら X 線を照射する装置と骨シンチ,PET などの様に放射性同位元素
を体内に投与し,その分布を調べる核医学検 査があります。
一方,治療用機器にも複数の装置があります。体外から放射線を照
射する装置にはリニアックやマイクロトロンなど加速器を用いて体
外から放射線を照射 する放射線治療装置とこれらの開発以前に主
として用いられたコバルト(Co-60)を用いた放射線治療装置があり
ます(特殊の施設では,陽子線治療施設や 重粒子線治療施設なども
あります)。さらに,コバルト(Co-60)を用いた装置として脳定位
照射専用装置の γ ナイフがあります。
また,直接または間接的に,体内に放射線源を挿入し体内から放射
線を照射する方法を小線源治療と呼びます。小線源治療ではイリジ
ウム(Ir- 192),コバルト(Co-60)などを用いる密封小線源治療装
置(RALS)を使用したり,舌癌などに使用される金(Au-198)や前
立腺癌治療に用 いるヨウ素(I-125)など直接体内に刺入したりしま
す。放射線治療で用いられる放射線は診断機器の放射線に比べて複
雑なものが多く,人体への影響も大 きいため取り扱いに注意が必要
です。
・医療施設での被ばく事故の実例 1
ある病院で,納入業者が新しい医療用放射線発生装置(リニアック)
の据付調整を行いました。この際,作業員 1 名が治療室の天井裏で
作業を行っていた ことに気づかずに放射線の照射テストを行った
ため,この作業員が全身に被ばくしました。当初この作業員の被ば
く線量は納入業者の線量測定の結果から最大約 1 シーベルトと推定
されましたが,その後,放射線医学総合研究所において物理学的・
生物学的線量評価を行い,特段の症状が見られなかったことなどか
ら,
被 ばく線量は全身で 200 ミリシーベルト以下と推定されました。
図 3-7 リニアック装置の一例
(本文中の事故とは関係ありません。撮影協力:(財)癌研究会癌
研有明病院)
図 3-8 事故時の状況イメージ
・医療施設での被ばく事故の実例 2
小線源治療に用いる治療装置内の線源交換作業中に誤って線源を直
接手で触れるなどして 2 名が被ばくしました。この事故で 1 名は
2.3mSv(手の最 大被ばく線量は 78mSv),1 名は 0.0mSv でした。
原因は業務従事者の人為的ミスで,本物の線源を模擬線源と勘違い
したことによるものでした。
図 3-9 小線源治療装置の一例
(本文中の事故とは関係ありません。撮影協力:(財)癌研究会癌
研有明病院)
・被ばくの類型
これらの場合の被災の類型は,外部被ばくのみとなります。
表 3-6
放射線被ばくの類型
主な影響
主な核種
治療・対策
外部被ばく(+)
リニアック設置
皮膚汚染(-) 汚染なし
中の作業員
内部汚染(-)
線量評価
急性放射線症候群
の有無を観察
外部被ばく(+)
小線源に誤って
皮膚汚染(-) 汚染なし
触れた病院職員
内部汚染(-)
線量評価
被ばくした局所の
観察
・医療対応
1. 放射線被ばくが疑われた場合,まず患者の被ばくの様式と被ば
く部位(全身か体の一部分か)とその線量を推定する必要があ
りますが,呼吸や循環など救急処置が必要な場合には,救命処
置が優先されます。
2. 被ばくの様式には,外部被ばく,体表面汚染,創傷汚染,内部
汚染があります。外部被ばくの場合,被ばくの原因が除去され
れば周辺の人に放射線の影響はありません。
3. 放射線被ばくの直後から症状が出現するのは,全身にかなりの
放射線を被ばくした場合が多く,その際,症状の出現した時間
の記録や血算などの採血をしておくことで全身への被ばく線
量推定に役立ちます。
・重度の放射線被ばくを避けるために
放射線は五感で感じないため,放射線が発生する環境では被ばく事
故は常に発生する危険性があります。しかし,ウイルスや細菌など
の病原菌と異なり, 放射線を測定することが可能なため必要以上に
恐れる必要はありません。高線量の放射線が発生しうる場所での作
業時には,アラームメータや線量計を携帯する ことで,被ばくの影
響を最低限に押さえることができるので,これらの準備は有用だと
考えられます。
≪工業用照射施設の被ばく事故≫
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放射線照射装置は,医療,工業,化学,農業などの分野に広く普及
しています。放射線照射装置の誤作動,管理ミス等で,事故が発生
しています。工業用施設の被ばく事故は,外部被ばくのみが多く発
生しています。
原子力施設等の事故と違い,患者搬送時に放射線管理要員は随行
されないため,事故の状況については,把握することが困難です。
・工業用施設の放射線発生装置
工業用の放射線発生装置には,大まかに 2 つあります。
1. いつでも強力な放射線を出している放射性物質を装備し,格納
部から露出したときに照射を行う機器。医療材料の消毒,農産
物の発芽予防,製品の品質改良,などの目的で使われています。
本章ではこれについて述べます。
2. X 線発生装置のように電源を入れた時のみ放射線の照射を行
う機器。これについては,次項の「軟 X 線発生装置による被ば
く事故」(p110)を参照。
・工業用の強力な放射線発生装置による事故例:ソレク事
故
1990 年 6 月 21 日,イスラエルのソレク原子力研究センターで,商用
照射装置(線源はコバルト(Co-60)線源,1.26TBq)の照射用コン ベ
ヤーの故障を修理しようとした作業者が照射室内に入り,全身に
10Gy 被ばくしました。この作業者は,数分後から急性放射線症状を
呈し,直ちに入院した が,36 日後に死亡しました。
・被ばくの類型
外部被ばくのみであり,皮膚汚染や内部汚染の可能性は低いです。
表 3-7
主な影響
作業者
被ばくの類型
主な核種
外部被ばく(+
++)
汚染なし
皮膚汚染(-)
内部汚染(-)
治療・対策
急性放射線症候群
の治療
・医療上のポイント
1. 医療機関での受け入れ準備
放射性物質による汚染は原則無いため,診療する医療機関で
は,外来処置室の汚染拡大防止措置や医療従事者の保護衣は不
要です。
2. 重症外部被ばくの鑑別
初診時に嘔気,嘔吐,下痢の症状がある者は重症の外部被ば
くを疑います。この場合,血管確保を行い,急性放射線症候群
の治療可能な病院に転送し,急性放射線症候群の対応を開始し
ます(p56「高線量全身被ばく/急性放射線症候群の対応」参
照)。
3. 外部被ばく線量が 1Gy 以下の場合には,定期的な血算および一
般健康診断にて外来経過観察を行います。
・外部被ばくの線量評価
1. 自覚症状,他覚症状
患者の自覚症状,他覚症状より,おおよその外部被ばく線量を
推定することができます(p62「外部被ばくの線量評価の方法」
参照)。
2. 個人線量計
放射線業務従事者であれば,個人線量計より被ばく線量は評価
できます。しかし,直読できる線量計を装着しているとは限ら
ず,ガラスバッジ等の場合は直読することが出来ないので,そ
の場合は計測業者に測定結果の読み取りを依頼します。
≪軟 X 線発生装置による被ばく事故≫
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軟 X 線発生装置はエネルギーの低い X 線を照射して,製品検査,物
理実験,化学解析などを行う装置です。安全装置の解除や不適切な
使用法による外部被ばく事故が発生しています。
・事故例:
2001 年 11 月,岩手県の高等学校の物理実験室で,X 線発生装置を使
って封筒の中に入った鍵を透視し,ビデオに映し出す実験をしてい
ました。この際,教諭が投影機のピントを合わせる間,手に X 線を
当てていた生徒が約 30 秒ほど照射を受けました。
・事故および症状の特徴
1. 被ばく部位は圧倒的に手指に多いです(=手指の局所被ばく)
2. 被ばくに気づかないことがあります
3. 当日は無症状のことが多いです⇒翌日あるいは数日以降,手指
のしびれ,痛み,皮膚発赤,色素沈着,角質化,熱傷様変化が
出現します。
・被ばくの類型
表 3-8
主な影響
被ばくの類型
主な核種
外部被ばく(+)
手指を機器に入
皮膚汚染(-) 汚染なし
れていた人
内部汚染(-)
治療・対策
皮膚障害の治療
・医療のポイント
1. 原因不明の手指の熱傷を見たら⇒放射線による局所被ばくを
疑います。
2. 被ばく線量の計算は難しい⇒保健物理の専門家に原因となっ
た装置を見てもらい,事故の再構築により計算することが必要
となります。
3. 被ばくした手指が痛む場合には⇒非ステロイド性鎮痛薬を用
います。オピアト®も有効です。
4. 被ばくした手指は皮下組織の感染を起こしやすい⇒外傷をつ
けないように保護します。ドレッシングの交換は無菌的に行い
ます。
図 3-10
事故後 6 週間の症例
図 3-11 軟 X 線発生装置
(出典:共に JAMMRA10 号,2003)
≪RI 実験室/病院検査室での汚染≫
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・基本的事項
RI 実験室や病院の RI 検査室では,液体状の放射性物質や気体,パウ
ダ-状の放射性物質を利用しており,常に汚染の可能性が高い放射
線取扱施設のため,汚染管理を重点に放射線防護の対策を実施する
必要があります。
ライフサイエンス分野や医学分野の RI 実験室では,標識した放射性
物質(放射性標識化合物)を用いてのトレ-サ-法(追跡子)が多
く,これらの RI 手法を用いて DNA の塩基配列の解析や遺伝子の発
現調整,タンパク質の DNA への結合機構等の研究を行っています。
また,病院の RI 検査室では,患者に放射性医薬品を投与し,核医学
検査を行っています。また,最近は陽電子放出核種を用いて,癌の
発見に期待されている PET 検査や,RI で標識したモノクロ-ナル抗
体と腫瘍関連抗原との免疫反応を利用した腫瘍検査が実施されてい
ます。
・RI 実験室の汚染事例
我が国の RI 実験室は,放射線障害防止法により規制されており,こ
れまで同法の規制に基づく放射線事故件数は 131 件(1958 年度から
2002 年 度まで)起きており,汚染事故は 15 件発生しています。こ
れらの汚染事故で放射線従事者の線量限度の年間 50mSv(実効線量)
を超える被ばく事例はあり ません。最も高い被ばく事例は,1986
年に清掃作業中の放射線従事者がビニール袋を取り出す際に,ビニ
-ル袋が破れ,実験器具に付着していた放射性物質 (鉛,ビスマス,
ポロニウム)が漏洩し,職員 2 名が被ばくを受けたものです。体内
汚染による内部被ばく線量は 1 名が 42mSv と,もう 1 名が 3mSv と
評 価されました。
また,最近では 1997 年には研究室でリン(P-32)のアンプルが紛失
し,RI 実験室内を故意に汚染させた事例や,ヨウ素(I-125)の微量
の 試薬を RI 実験室から持ち出し JR 駅前に撒いて,汚染させた事例
があります。両事例とも汚染レベルが低く人への放射線影響を心配
するには及ばない汚染でし た。しかし,RI の線源管理と社会的な放
射能不安を悪用した事例として,心理的不安を検討する際に参考と
なる事例です。
・RI 検査室の汚染事例
病院の核医学検査では,放射性物質は溶液の放射性医薬品として患
者に静脈注射として投与されることが大半です。甲状腺ではヨウ素
(I-131)標識 製剤カプセルの飲用や,クリプトン(Kr-85)ガス吸
入等の投与もあります。そのため,線源の分注操作や投与時または,
投与後の患者からの排泄物が原因 で汚染が起きる場合が多いです。
しかし,放射性医薬品で代表されるテクネシウム(Tc-99m)の半減
期は,6 時間のため汚染が起きても 24 時間後には 1/16 に,60 時間
後には 1/1000 以下に減衰します。そのため,汚染によって放射線従
事者の被ばくが懸念されることはありません。
また,通常の核医学検査を受ける患者自身の内部被ばく線量は 5
mSv 以下であり,従事者や公衆が数 mSv を超える汚染事例は皆無に
近いことです。そのため,RI 実験室の汚染管理と同様な対応が必要
です。
なお,かなり以前に病院で使用しているラジウム(Ra-226)の密
封小線源容器が破損し,RI 検査室が汚染した事例があります。
・被ばくの類型
RI 実験室や病院の RI 検査室での汚染事故の場合,放射性物質の絶対
量が小さいため,皮膚汚染や内部汚染があっても健康に影響する量
には至りません。
表 3-9
主な影響
被ばくの類型
主な核種
治療・対策
外部被ばく(-)
RI 実験室での汚
皮膚汚染(+) 実験核種
染事故
内部汚染(±)
汚染検査と除染
外部被ばく(-)
病院の RI 検査
治療核種
皮膚汚染(+)
室での汚染事故
検査核種
内部汚染(±)
汚染検査と除染
・対応と対策
これらの放射性物質を取り扱う施設では,汚染管理区域として常に
汚染管理に注意し,汚染測定と汚染した場合の除染および汚染評価
が重要です。ただ し,RI 標識のトレ-サ-法や RI 検査に用いる放
射性物質の数量は MBq 単位であり,核種の半減期も比較的短く汚染
が発生した場合でも,従事者や公衆への 放射線影響の心配はありま
せん。しかし,思わぬ汚染は実験精度や RI 検査の質の低下および,
RI 実験室や RI 検査室の使用に支障を来たす懸念があります。 また,
放射能汚染に対する心理的な不安も懸念されるため,迅速な汚染管
理対応を整備・徹底することが重要です。
その他の事故等
≪癌治療線源盗難/紛失事故≫
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・癌治療線源盗難事例 1:ゴイアニア事故
1987 年 9 月,ブラジルのゴイアニア市で,廃院に放置されていたセ
シウム照射装置からセシウム(Cs-137)線源の入った回転照射体が 2
人の若 者により取り外して持ち出されました。この段階から 2 人の
放射線被ばくが始まり,2~3 日後から 2 人は下痢,目まいなどに悩
まされ始めました。1 週間後に は線源容器に穴を開けることに成功
し,この時点から放射能汚染が始まりました。ここで 2 人は線源を
廃品回収業者に売却しました。業者は暗いガレージの中で 線源の粉
末が光っているのに気付き,家の中に運び込み,その後数日にわた
って家族,親類,隣人が,これを眺め,手で触れ,体に塗ったりし
ました。作業人と その家族全員の体の調子が次第に悪くなり,その
内の 1 人が青白い粉に原因があると思い,ゴイアニア公衆衛生局に
届けました。セシウム(Cs-137)は極 めて水に溶けやすく散らばり
やすいため,汚染地域が拡大し,広範な環境放射能汚染と多数の人々
の被ばくが生じました。事故当時全放射能は 50.9TBq で した。
精査の結果,14 人がリオデジャネイロ,6 人がゴイアニアの病院に
入院しました。セシウムが体内に取り込まれ内部被ばくが発生して
いたため,体内に 取り込まれたセシウムの排せつのためプルシアン
ブルーが投与されました(p53「内部汚染の除去剤の使い方」参照)。
6 才の少女,38 才の女性,22 才,18 才の男性,計 4 人が 4 週間以内
に出血や敗血症などの急性障害で死亡しましたが,その線量は 4.5~
6Gy と推定されました。同程度の被ばく線量で 2 人が生き残りまし
た。また 1 名は腕を切除されました。周辺の放射能の測定も行われ,
特に汚染の著しい 7 軒の家屋は解体し撤去され,高汚染区域の表土
が入れかえられました。
(出典:IAEA Publication on Accident Response, The Radiological
Accident in Goiania, IAEA, 1988)
図 3-12 ゴイアニア事故の放射能除去作業
・癌治療線源盗難事例 2:タイ被ばく事故
2000 年 2 月,タイで,コバルト(Co-60)を装着した遠隔放射線治療
装置が線源交換を行わずに使用不能になった後,線源を収納した治
療器の ヘッドが持ち出され,解体されました。解体に引き続いて金
属片を含むスクラップは,別のスクラップ業者が所有するスクラッ
プ処理場に持ち込まれ処理されま したが,関係者が次々と指のはれ
や複数の症状(激しい頭痛,嘔気,嘔吐など)を訴え,病院に運ば
れました。不快症状を訴えて来院した複数の患者の容態か ら,急性
放射線症の疑いを抱いた医師により事態が発覚しました。
10 名の重度の被ばく者が発生し,4 名は 6Gy 以上でした。その内
の 3 名が被ばく後,2 か月以内に死亡しました。
(出典:IAEA Publication on Accident Response, The Radiological
Accident in Samut Puakarn, IAEA, 2002)
図 3-13 タイ被ばく事故の線源回収の様子
(出典:IAEA Publication on Accident Response, The Radiological
Accident in Samut Puakarn, IAEA, 2002)
図 3-14 回収されたコバルト(Co-60)線源
・癌治療線源盗難/紛失事故の特徴
1. 廃棄された治療線源の管理が悪い地域で起きる。
2. 鉄くずが価値あるものとして換金される地域で起きる。
3. 表示がないかあっても読めないため,危険物と認識されない。
4. 症状があっても,はじめは放射線によるものと気づかれない。
5. 線源(放射能として)が大きいため,死亡者が発生する。
(1.2.3.は経済状態の良くない地域の特徴ですが,先進国でもテロ行
為による故意の盗難により発生する可能性があります。)
・被災者の類型
はじめに盗難,解体をした者は,とくに強い外部被ばくを受けてい
る可能性があります。また,人手に渡るたびに被害者が増えて行き
ます。タイ被ばく事 故のように,線源が金属(コバルト)の場合に
は外部被ばくのみです。ゴイアニア事故のように線源が粉体(もと
もとは固化されているが長年のうちに粉体化) の場合は,粉体の広
がりとともに皮膚汚染や内部汚染も拡大します。
表 3-10
主な影響
被災の類型
主な核種
治療・対策
外部被ばく(+
++)
ゴイアニア事故
皮膚汚染(++ Cs-137
(線源が粉体)
+)
内部汚染(++)
急性放射線症候群
の治療,皮膚障害の
治療,内部汚染の治
療,避難
外部被ばく(+
タイ被ばく事故 ++)
Co-60
(線源が金属) 皮膚汚染(-)
内部汚染(-)
急性放射線症候群
の治療,皮膚障害の
治療
・救急医療上のポイント
1. 原因不明の症状の場合,放射線障害を連想します。気づかれな
ければ,さらに長期間放置されることになります。
i. 原因不明の食中毒様の症状…嘔気,嘔吐,下痢,発熱,
頭痛,めまい⇒全身被ばく
ii. 原因不明の皮膚の熱傷様症状…発赤,水泡,びらん,脱
毛⇒皮膚の被ばく
2. まずサーベイメータで検査します。ただし,患者の身体にサー
ベイメータが反応する場合(汚染あり=ゴイアニア事故)も,
反応しない場合(汚染なし=タイ被ばく事故)もあります。
3. さらに末消血で白血球(リンパ球)数の低下があれば,放射線
障害による可能性が高まります。唾液腺の触診では腫脹を認め
ます。
4. 重症被ばくの場合の治療(p56「高線量全身被ばく/急性放射
線症候群の対応」参照)
5. 皮膚障害の場合の治療(p71「放射線皮膚障害の治療」参照)
6. 内部汚染の場合,汚染除去剤による治療(p53「内部汚染の除
去剤の使い方」参照)
7. 大量の被災者発生時の対応(p126「多数(10 名以上)の汚染・
被ばく被災者への対応」参照)
・住民対応のポイント
1. 線源が不明の場合は,広域で調査が開始されます。地域が広い
場合には,車やヘリコプターを使用してサーベイします。
2. 汚染地区の避難を決定した場合には,(a)今後の見込み,(b)簡単
な対処法,を広報情報にもりこむことにより,住民不安の軽減
を図ります。
3. 多人数が汚染した可能性がある場合には,避難所を開設し,住
民に対応した測定,除染,救護活動を行います。なお,避難か
ら除染を受けるまでの間,経口摂取(飲む,食べる,タバコを
吸うこと)をしないように指導します。また,避難所には清浄
な飲料水,食物を準備します。
≪非破壊検査線源盗難/紛失事故≫
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製品を壊すことなく行う検査を非破壊検査といいます。透過力の大
きい X 線や γ 線で金属の対象物を照射し,溶接などの欠陥個所を検
査するもので,透過 した X 線や γ 線を写真フィルムや乾板に受けて
その写真像を解析し,問題の場所を探ります。日本で発生した貴重
な事例としては,1971 年に千葉県で起きた イリジウム被ばく事故が
あげられます。
・事故の概要:千葉イリジウム被ばく事故
1971 年 9 月 18 日午後 3 時頃,千葉県内にある造船所の構内にステン
レス製の自動車のアンテナのようなものが落ちており,A 氏はそれ
が何かわから ないままズボンのベルトにさし,好奇心から自分の下
宿に持ち帰りました。その日の夕方,A 氏の下宿には 5 人の友人が
訪れてその線源をさわり,うち 2 名は部 屋に宿泊,その後 4 日間に
他の友人数名も出入りしました。2 日後,造船所でも非破壊検査に用
いる強力な放射線源イリジウム(Ir-192) (1.63TBq)が紛失してい
ることに気づき,9 月 23 日には科学技術庁(現文部科学省)に届け
出ました。9 月 25 日,A 氏は自分達のさわったものがこの放射線の
線源であることに気づき,9 月 26 日以降,6 名が放射線医学総合研
究所に入院しました。そのうちの 1 名 B 氏は,右手指の潰瘍とびら
んを繰り返 し,22 年後に第 1 指と第 2 指を切断しました。
全身症状
被ばく 1 日目,最も被ばく線量が大きかった B 氏に,急性放射線
症の症状である食欲不振と嘔気が出現しましたが,他の 5 名には認
められませんでした。
造血障害
ほとんどの人に白血球減少等の造血障害が認められました。最も
強い症状が見られたのは B 氏で,2~7 週にかけて白血球数は 800/mm3
3
(正常値 4,800~10,800/mm3),血小板数も 15,000/mm(正常値
130,000
3
~400,000/mm )と減少,軽い出血傾向も認められました。
皮膚障害
線源を拾った A 氏と比較的長い時間線源に触れた B 氏は,局所的
に 26~91Gy の被ばくを受けたと推定され,9 月末からは痛みの強い
紅斑や水泡 が出現しました。背部に線源が当たった A 氏の臀部は,
右側に 30Gy,左側に 90Gy 被ばくし,大きな潰瘍と壊死が発生しま
した(拾った線源を腰ベルトの 左右に交互に吊るし,車に乗って下
宿へ持ち帰りました。腎部の被ばく時間は右が 10 分,左は 30 分と
推定されました)。
一時的な無精子症
A 氏は睾丸に 1.75Gy 程度被ばくし,一時的に無精子症となりまし
たが,後日回復しました。他のすべての人も,被ばくから 3 ケ月以
上経過した後に,精子数の減少が確認されましたが回復しました。
・被ばくの類型
被災者は,非破壊検査の線源から発生する γ 線により,外部被ばく
を受けます。線源から放射線は放出されますが,放射性物質は漏れ
出ることはないので,このタイプの線源は密封線源とも呼ばれます。
したがって,皮膚汚染や内部汚染は生じません。
表 3-11
被ばくの類型
主な影響
主な核種
外部被ばく(+
非破壊検査線源 +)
汚染はない
による被災者
皮膚汚染(-)
内部汚染(-)
治療・対策
皮膚障害の治療,急
性放射線症候群の
評価,手指の循環障
害観察
・被ばく医療のポイント
1. このタイプの被ばく事故は頻度が高く,放射線事故全体の約半
分を占めます。
2. 被災者は原因に気づかないことが多い。原因不明の手指の熱傷
を見たら⇒放射線による局所被ばくを疑います。たいてい,知
らずに手で線源をつかむため,手指の被ばくが最も強くなりま
す。
3. 全身被ばくも伴うので,急性放射線症の有無について評価しま
す(p56「高線量全身被ばく/急性放射線症候群の対応」参照)。
4. 被ばくした手指が痛む場合には⇒非ステロイド性鎮痛薬を用
います。オピアト®も有効です。
5. 被ばくした手指は皮下組織の感染を起こしやすいので⇒外傷
をつけないように保護します。ドレッシングの交換は無菌的に
行います。
6. 数年にわたる経過観察が必要⇒MRI アンギオ(血管造影)など
で手指の血流をフォローアップすることが必要です。
≪放射性物質輸送時の事故≫
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輸送される放射性物質は,L 型・A 型・BM 型・BU 型・IP 型放射性
輸送物と核分裂性輸送物があります(p149「放射性物質等の輸送に
ついて」参照)。輸送時の事故について,その対応と考え方につい
て紹介します。
・事故現場のゾーンニング(区域設定)について
1. 風上から近づき,空間線量率,漏洩物,火災危険物を確認しな
がらゾーンニングを行います。
2. 立入制限区域:一般公衆の立入を制限する区域を設け,誘導員
を置きます。初期設定は事故現場から約 100m,風下はやや広
めにとります。
3. 封鎖区域:汚染の存在が疑われる区域,または空間線量率が
100μSv/h 以上の区域を封鎖区域とします。初期設定は約 15m
ですが,状況により拡大しま す。風下はやや広めにとります。
封鎖区域内では,初動活動,人命救助,消火活動,および放射
線防護下での行動のみが許されます。
4. チェックポイント:封鎖区域の風上先端に設け,汚染のチェッ
ク,除染,養生,装備の着装を行います。いわば前線基地です。
図 3-15
輸送事故現場のゾーニング
・事故の類型と救出
「放射性物質等の輸送について」(p149)で述べているように,核
種が重大なものほどその輸送容器は堅牢に設計されており,事故や
火災についてもそれを上回る強度があります。一方,医療用などの
少量の核種は危険性が小さいため,通常の運輸に近い形で輸送され
ます。
これまで放射性物質の輸送事故により重大な結果を生じたことは
ありませんが,表 3-12 に事故を想定した上での救出方法を示します。
表 3-12
放射性物質輸送時の事故の類型と救出方法
主な影響
主な核種
救出方法
外部被ばく(-)
非事故による外
皮膚汚染(-) なし
傷のみの場合
内部汚染(-)
通常の救出
外部被ばく(-)
放射性物質が漏
皮膚汚染(+) 積載核種
洩している場合
内部汚染(-)
汚染防護衣
半面~前面マスク
放射性物質を巻 外部被ばく(-)
き込む火災があ 皮膚汚染(+) 積載核種
る場合
内部汚染(+)
セルフエアセット
強力な放射線源 外部被ばく(+)
が露出している 皮膚汚染(±) 積載核種
場合
内部汚染(-)
空間線量を計算し,
被ばく線量 50mSv
以下に短時間で救
出
・救助活動のポイント
1. 負傷者を探します。⇒進入は測定者と共に行動します。
2. 輸送物を記載したプラカードを探します。⇒おそらく核種など
の必要な情報はすべてそれに書いてあります。
3. 火が出ていないか確認します。⇒輸送容器に火炎が及ぶか確認
します。
4. ガソリンや引火性物質が漏れていないか確認します。⇒爆発の
可能性をチェックします。
5. 有毒物,化学物質は漏れていないか確認します。⇒刺激臭,白
煙,粉体,周囲を変色や脱色する液体が漏洩していれば,化学
物質などの可能性があります。
6. 風向の変化はないか常に注意します⇒チェックポイントが風
上になるようにゾーンニングの再設定を行います。
7. 漏洩物質の流れる方向を確認します。⇒水系への混入を土嚢で
阻止します。
8. 負傷者の後方搬送はどうすべきか判断します。⇒救命と迅速な
搬送を優先します。しかし可能なら脱衣(脱衣により 90%の放
射性物質が除去される)させた上で救急車へ収容し,後方搬送
します。
≪多数(10 名以上)の汚染・被ばく被
災者への対応≫
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多数の人々が同時に死亡もしくは負傷するような事故で,通常の救
急医療体制では対処できない場合を集団災害といい,一般的には傷
病者数がおおむね 20 名以上の場合をいいます。放射性物質による汚
染・被ばく事故は医療資源の乏しい地域で発生することも多く,ま
た対応可能な医療機関も限られていること から,10 名程度の汚染・
被ばく被災者が発生した場合でも災害と同様の考えで望む必要があ
ります。
・事故現場の把握
放射性物質による汚染・被ばくの危険性がある場合は,救助者や搬
送担当者,医療スタッフへの汚染・被ばくの危険性を事業者もしく
は現場の放射線管理 要員に確認します。救助者への危険性が無いと
判断された後,先着者はまず事故現場全体を見回したうえで,事故
の規模を判断して被災者数を推定します。被災 者数が推定できたな
ら,当該地域の救急医療体制の人的,物的資源に照らし合わせ,地
域内で対応できるのか,広域的な支援を要請する必要があるかを判
断します。現場で判断ができない場合には,事故の発生場所・種類,
汚染・被ばくの危険性の有無,建物や道路の被害程度,推定被災者
数,救助隊の必要性,広域的支 援の必要性などの情報を消防本部等
に入れ判断を仰ぎます。
・探査と救出(search & rescue;S&R)
事故現場から被災者を発見し,救出する一連の作業を探査と救出と
いいます。本作業を円滑に遂行するためには事業所,消防機関(救
急隊,救助隊)の連携が重要です。場合によっては,現場への医師
派遣要請などの医療投入も考慮する必要があります。
・トリアージ(triage)
多くの被災者を対象とした医療は,被災者の緊急度や重症度に応じ
て治療の優先順位を決定し,これに従って応急処置や患者搬送を行
うことが大切であり,このためにトリアージが行われます。トリア
ージの概念は,「限られた人的物的資源の中で最大多数の被災者に
最善を尽くすために,被災者の緊急度と重症 度により治療優先順位
を決める」ことにあります。具体的には,軽症患者を除外し,治療
を必要としている被災者のうち,迅速な治療を必要とする重症患者
とそれ以外の中等症患者を区分けする作業ですが,事故の規模や医
療機関の受け入れ体制により臨機応変に対処する必要があります。
多くの現場では,救急隊員が現 場トリアージの実施者となることが
多いですが,トリアージ実施者は応急処置や搬送に従事せず,トリ
アージを専任で行い,これに要する時間を被災者一人当た り数十秒
から数分以内とすることが重要です。一般にトリアージは「最も近
く」,「最も騒がしい」被災者から実施してはならないといわれて
います。
トリアージの方法は表 3-13 に示す START TRIAGE(Simple Triage
And Rapid Treatment)法が,迅速で現場において多数被災者を選別す
る際に有用で,重症度や緊急度に応じて 4 群に分類します。多数の
救急隊,救助隊,医療従 事者が参集し共同作業を行う場合がありま
すが,現場,搬送,医療機関などの各場面においてトリアージ結果
を容易に理解でき,直ちに次の行動に生かすことが できるように図
3-16 のようなトリアージタッグを用います。トリアージは時間経過
によって変化する被災者の状態に応じて,災害現場,搬送途上,医
療機関 などで繰り返し行います。
・現場での医療処置
災害現場での処置はあくまでも止血,被覆,固定,保温などの応急
処置にとどめるべきですが,生命の危機に直面している被災者に対
しては気道確保や人工呼吸も必要となることがあります。
表 3-13 START 法(Simple triage and rapid treatment)
* 爪床圧迫解除後の毛細血管再充血時間
** 離握手,開眼などの簡単な命令への対応
図 3-16 トリアージタッグの例
(汚染がない場合に「汚染なし」と記入した例)
・医療機関の選定
災害時の搬送はトリアージ結果に従って実施します。すなわち赤タ
ッグは黄色タッグに優先しますが,汚染・被ばくを伴う被災者の場
合には,このような 生理学的な評価の他に放射線学的な評価により,
軽症者であっても除染や搬送の適応となります。被災者の搬送先医
療機関は,個々の医療機関の負担を軽減する ことにより日常の救急
医療レベルに近づけ,一人でも多くの被災者の救命・社会復帰を目
指すため,多数の被災者を 1 つの医療機関に集中させることのない
よう に分散収容する必要があり,緊急被ばく医療マニュアルに基づ
き広域的な搬送も考慮します。
・医療機関における処置
医療機関における被災者の処置もトリアージ結果に従って実施しま
す。解剖学的,生理学的な評価は放射線学的評価に優先することに
注意が必要です。
≪9.11 事件以降の被ばく医療における
トピックス≫
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2001 年 9 月 11 日アメリカでの同時多発テロ以降,核テロに対する被
ばく医療について感心が高まっています。核テロの類型と医療上の
ポイントについて述べます。
・核テロの類型
放射能散布兵器 (RDD:Radiation Dispersal Device)
(1)核爆発を伴わずに放射性物質を飛散させる装置
(2)飛散させるために通常の爆発物を使用(ダーティーボム)
(3)材料の放射性物質は工業や医療を含む広い範囲から使用
(4)殺傷能力は通常兵器や化学兵器より低い
簡易核兵器 (IND:Improvised Nuclear Device)
(1)核兵器の改造や独自の構造により核爆発を起こす装置
(2)材料には濃縮ウランまたはプルトニウムが必要
(3)現場では熱・衝撃波・強い放射線が認められ,殺傷力は大きい
(4)広く放射性の核分裂生成物が散布される
・核テロ時の被ばく医療のポイント
1. 放射線障害の検討を行う前に,患者の外傷を医学的に安定な状
態に保ちます。その後で外部被ばくか汚染かを判断します。
2. 嘔心,嘔吐,下痢,皮膚紅斑が 4 時間以内に出現した患者は,
高線量(しかし生存可能かもしれない)の外部被ばくを受けて
います。⇒8~24 時間以内にリン パ球減少がするので全血算を
連続的に行います。輸液,抗生物質,各種刺激因子による支持
療法を開始。皮膚,骨髄,腸管の障害発生に備えます(p56「高
線 量全身被ばく/急性放射性症候群の対応」参照)。
3. 神経障害(一過性意識消失など)や原因不明の血圧低下の患者
はきわめて高線量の外部被ばくを受けています。⇒生存の可能
性は低いと考えられます。
4. 身体表面が汚染している場合⇒脱衣により 90%の放射性物質
が除去されます。正常皮膚は中性洗剤(石鹸でも可),温水(ま
たは水),ガーゼ(タオル)で効果的に除去できます。傷口の
汚染は生理食塩水とガーゼで洗浄します。
5. 未知の金属片は強い放射性かもしれません。⇒必ずピンセット
で取り扱い,除去した金属片は遮へいされた区域に置いて下さ
い。
6.
・病院管理上のポイント
1. まず,患者の流れの動線を決めます。⇒入り口,出口を決めま
す。動線がクロスしないようにします。
2. 自分が被ばく・汚染したかどうかを知りたい何千人もの人々が
病院に殺到(サージ現象)します。⇒患者の流れを交通整理す
るチームが必要です。
3. 病院自体にテロリストが紛れ込むこともありえます。⇒警備チ
ームが必要です。
4. テレビをつけます。⇒外部と十分に連絡が取れないこともあり,
したがってテレビが重要な情報源になります。得られた必要な
情報は病院内に伝達します。
5.
・災害現場からの問い合わせに対して
1. 放射線以外の症状も聴取:視野異常・刺激臭⇒化学物質テロも
想定します。
2. 現場付近の外傷のない公衆:汚染や被ばくが続いている可能性
もあるので⇒まず現場から逃げて,着替えまたはシャワーをす
るように指示します。
3. 消防・警察からの問い合わせに対して:(1)目視できる煙に
は距離を取るように(放射性物質を含むかもしれない) (2)
放射線測定器および化学物質検知器の反応を確認 (3)現場
の被災者の人数(さらに増えるのか)⇔病院受け入れ可能人数
の調整を行います。