IT プロジェクトマネジメント

第1章
IT プロジェクトマネジメント
1.1 プロジェクトマネジメントとは
プロジェクトマネジメントの目的は,遂行に関わる経営諸資源(人,物,金,技術,
情報)を最も効果的に使用し,「費用」「時間」「品質」の統合化を図りつつ,プロジェ
クトの目標を達成することである。
PMBOK の定義では,プロジェクトマネジメントとは「プロジェクトの事業主体や
他のステークホルダー(当事者としてプロジェクトに関わっているか,またはその利害
がプロジェクトによって影響される,個人や組織)の当該プロジェクトに対する要求事
項を満足させるために,知識,スキル,ツールおよび技法をプロジェクト活動に適用
すること」である。そしてプロジェクトマネジメントの真髄は,次のような相克する
要求事項間の最適バランスを取ることにある。
①
スコープ(開発範囲),タイム,コスト,並びに品質
②
異なるニーズと期待を持つステークホルダー
③
特定された要求事項
アメリカ人は,「プロジェクトマネジメントとは品質,コスト,タイムの 3 つの玉
を器用に操るジャグリング(お手玉)」と言う。フランス人は,「プロジェクトマネジ
メントとは大自然の要素と情熱的な造り手による完成度の高いワイン」と言う。日本
人である筆者は,「プロジェクトマネジントとは綱渡り」と思える。うまくゆけばゴー
ルにたどり着けるが,気を抜けばすぐに綱から落ちてしまう(プロジェクトの失敗)か
らである(図 1.1)。
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1. IT プロジェクトマネジメント
プロジェクトマネジメントの成功には,ステークホルダー,管理対象(スコープ,品
質,タイム,コスト,リスク等)を常に考慮し,判断事項の優先順位付けを時に応じて
正しく行い,バランス良いマネジメントができることが必要である。
一方,プロジェクトマネジメントは 2 つの側面から成り立っている。ひとつは技術
的側面(プロジェクト計画,プロジェクト実行管理,管理支援システム,科学管理技術)
であり,もうひとつは人的側面(組織運営,人間関係管理)である。最近,プロジェク
ト成功の要因として人的要素(ヒューマン・ソフトスキル)が重要となっている。特に,
個人の行動特性であるコンピテンシーが注目されている。このため,最近の新しいタ
イプのプロジェクトマネジメントには,この人的要素がキーとなる。
バランスを取って,
なんとか目的地にたど
り着きたいものだ
ゴール
図 1.1 プロジェクトマネジメントの真髄
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1.2 プロジェクトにおける 2 つのプロセス
1.2 プロジェクトにおける 2 つのプロセス
プロジェクトは 2 つのプロセスから構成されている。プロセスとは,「プロジェク
トの構成要素で,入力を出力に変換する相互に関連した活動のまとまり」であり,結
果をもたらす一連の作業を意味する。
プロジェクトにおける 2 つのプロセスは,以下のとおりである。
①
製品に関するプロセス
プロジェクトの成果物を特定し,生成することに主眼を置く。通常は開発ライ
フサイクルと成果物によって定義される。IT プロジェクトとして強調すべきプロ
セスと言える。
②
プロジェクトマネジメントのプロセス
プロジェクトの業務を説明し,体系化することを主眼に置く。PMBOK の 9 つ
の知識エリアがこれに相当する。
2 つのプロセスはプロジェクト遂行期間を通じて重なり合い,相互に影響を及ぼす。
図 1.2 は,2 つのプロセスの関係,相互作用を概念的に示している。
製品に関するプロセス
<プロダクト開発・移行・サービス>
要求事項
供給
製
開発
品
運用
プロジェクトマネジメントのプロセス
<人・物・金・技術・情報…>
図 1.2 プロジェクトのプロセス概念
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1. IT プロジェクトマネジメント
1.3 IT プロジェクトマネジメントのフレームワーク
従来のシステム開発では,ライフサイクルと成果物を定義し,開発プロセス(もの作
り)の標準化を図ってきた。管理面ではフェーズ独立プロセス(スケジューリング,進
捗管理,仕様変更管理,リスク管理など)が相互に作用し合うが,体系化されていない
(各社まちまち)。
IT プロジェクトマネジメントでは,製品に関するプロセス(以下,製品プロセスと
呼ぶ)とプロジェクトマネジメントのプロセス(以下,管理プロセスと呼ぶ)という相互
に作用し合う 2 つのカテゴリのプロセスを正しく理解し,コントロールすることが肝
要である。このため,この 2 つのカテゴリをマッピングしてシステム開発プロジェク
トマネジメント対応のフレームワークを設定する。フレームワーク設定によりプロ
ジェクトマネジメントの枠組みが明確となり,関係者での共通認識を容易にする。
図 1.3 に,共通フレーム 98 と PMBOK とのマッピングによるプロジェクトマネジ
メント・フレームワーク例を示す。
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調達マネジメント
リスク・マネジメント
企
画
終 結
実
画
コントロール
終 結
実
画
行
コントロール
計
実
画
終 結
立ち上げ
行
コントロール
計
実
画
終 結
立ち上げ
行
・システム適格性確認テスト
・システム結合
・ソフトウェア適格性確認テスト
・ソフトウェア受入支援
・ソフトウェア詳細設計 ・ソフトウェア結合
・ソフトウェアの導入
・ソフトウェアコード 作成及びテスト
・業務運用と利用者支援
・プロセス開始の準備 ・業務及びシステムの移行
・運用テスト
ソフトウェア開発
システム テスト・導入
運用プロセス
出所:「PMBOK 準拠 IT プロジェクトメネジメント テキスト」,JPMF 教材整備 SIG
行
計
立ち上げ
・プロセス開始の準備
・システム要求分析
・システム方式設計
・業務システム詳細設計
・ソフトウェア要求分析
・ソフトウェア方式設計
開発プロセス
システム設計
図 1.3 プロジェクトマネジメント・フレームワーク例
コントロール
計
立ち上げ
・プロセス開始の準備
・情報化戦略の立案
・情報システム構想の立案
・システム計画の立案
企画プロセス
コミュニケーション・マネジメント
人的資源マネジメント
品質マネジメント
コスト・マネジメント
タイム・マネジメント
スコープ ・マネジメント
統合マネジメント
(知識エリア・ベース)
管理プロセス
(共通フレーム・ベース)
製品プロセス/フェーズ
1.3 IT プロジェクトマネジメントのフレームワーク
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1. IT プロジェクトマネジメント
横軸は,ソフトウェア開発プロセスとして,「共通フレーム 98-SLCP-JCP98(ソフ
トウェア品質にかかわる指針 ISO/IEC12207,JIS X 160)」において定義されてい
るプロセスを用いている。共通フレーム 98 は製品プロセスであり,作り込みにフォー
カスしている。
また,共通フレーム 98 ではフェーズ名称(工程名称)を定義しないが,JPMF 教材整
備 SIG ではシステムとソフトウェアの開発,取得者(顧客)と供給者(ベンダー)の責任
分担を考慮して,下記のごとくフェーズを設定している。
(1)
受注提案フェーズ
供給プロセスの作業項目(アクティビィ)群をフェーズとした。
(2)
企画フェーズ
企画プロセスの作業項目群をフェーズとした。
(3)
システム設計フェーズ
開発プロセスのうち,システムの設計に関する作業項目群をフェーズとした。
(4)
ソフトウェア開発フェーズ
開発プロセスのうち,ソフトウェアに関する作業項目群をフェーズとした。
(5)
システムテスト・導入フェーズ
開発プロセスのうち,システムテスト関連と運用プロセスの一部の作業項目群
をフェーズとした。
これに対し,縦軸は各フェーズに共通なプロジェクトマネジメント・プロセスであ
り,PMBOK 知識エリアのフレームワークへの活用と言える。PMBOK はプロジェク
トマネジメントの国際知識標準でありテキスト(ANSI と IEEE も承認している)であ
る。マネジメント技法としてこの PMBOK を適用し,自社のシステム構築手法(メソ
ドロジー)に組み込むことが望ましい。
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1.4 IT プロジェクトの特徴と必要スキル
1.4 IT プロジェクトの特徴と必要スキル
IT プロジェクトの種類・特徴により,プロジェクトマネージャに要求されるスキル
は大きく変わる。また,その困難さ,成功/失敗の判断基準も違ってくる。
ここでは 3 種類の IT プロジェクト(SI,e ビジネス,ERP 導入)を取り上げ,その特
徴とプロジェクトマネージャに求められるスキルを述べる。3 種のプロジェクトは,
いずれも上級プロジェクトマネージャのスキルを必要とする。
(1)
従来 SI プロジェクト
特徴は次のとおりである。
①
初期における正確な見積りが困難(曖昧性)
②
複雑なシステム開発(計り知れない論理量,柔軟性,目に見えない)
③
規模の巨大化に伴い、日程/費用管理が困難
これに対応するためプロジェクトマネージャとして,以下のことが必要となる。
①
円滑な顧客・ベンダー間協業の推進能力
②
開発規模の見極め能力
③
スケジューリング能力
④
品質・納期・対価の優先コントロールと利害関係者の調整能力
(2)
e ビジネス・プロジェクト
特徴は次のとおりである。
①
システム開発が短期間(4 カ月から 5 カ月)
②
提案と仕様まとめに顧客とのコミュニケーションが必須
③
変更多発
これに対応するため,プロジェクトマネージャとして,以下のことが必要とな
る。
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1. IT プロジェクトマネジメント
①
納期をベースにすべてを管理してゆくといった固有の管理ノウハウ
②
ユーザ中心によるサービス要件の定義,ビジネスプロセス決定,開発業務の
洗い出しと見積りへの対応
EC サイト構築パッケージの適用(スパイラル開発能力が必要)
③
(3)
ERP 導入プロジェクト
①
業務プロセス設計,ERP 適用計画のウエイトが高い(コンサル機能)
②
複数の構成・関係メンバーによる推進体制
③
従来型システムとは設計思想が逆転(システム開発手順が大きく異なる)
これに対応するためプロジェクトマネージャとして,以下のことが必要となる。
①
上流工程での業務分析と計画策定の能力
②
複数メンバーのマネジメントのためのコミュニケーション能力
③
プロトタイプのシステム組立及び検証能力
システム
インテグレータ
ハードウェア
ベンダー
ハードウェアの
提供
ERPベンダー
コンサルタント
ERP導入プロジェクトの
プロジェクトマネジメント
ソフトウェア
会社
ERPパッケージ提供
業務分析/業務改革 パッケージソフト
ビジネスモデル提供 と標準ビジネスモデル のアドオン
(非公開)
との整合化
ERPシステム構築
方法論提供(非公開)
図 1.4 複数の構成・関係メンバーによる推進体制
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ERP導入企業
ビジネス情報の開示と
導入以降の運用