頻拍性不整脈

頻拍 tachycardia
頻拍は心臓の拍動が速くなる不整脈のことで,成人で
おり,血液量の減少(脱水,出血など)または血流の異
は心拍数が 100/分を超えるものを指します.洞性頻拍は
常な変化が誘因で反射性の頻拍が生じます.後者の最も
正常な人でもストレスに対する身体反応として現れるこ
一般的な原因は体位変換によって血圧が突然下がる起
とがあります.しかし,頻拍の機序ないしは患者の身体
立性低血圧です.また,発熱,過換気および重症感染症
状況によっては頻拍が続くことで有害作用(心機能の悪
も頻拍の原因になります.その他にホルモンの異常が挙
化など)を生じる危険性があるため,頻拍に対する治療
げられます.これに該当するものとして甲状腺機能亢進
が必要となります.また,重篤な不整脈を発症した場合,
症や褐色細胞腫などがあります.
生命が危機的な状態に陥る可能性があります.
頻拍の原因は不整脈の他にも幾つかあります.一つ目
は心血管反射です.人間の身体には十分な血流や血圧
を維持するためのフィードバック機構が幾つか備わって
洞性頻拍に対する治療は原則的に背景因子を同定し,
それを是正することです.それでも十分な効果を認めず
症状が強い場合には薬物療法(抗不安薬や抗不整脈薬)
が行われます.
頻拍性不整脈 tachyarrhythmias
速く異常な電気興奮が頻拍性不整脈の原因となりま
一方,wide QRS tachycardia を呈する不整脈の中で基
す.様々な種類の頻拍性不整脈を鑑別する上で 12 誘導
も重要なのは心室頻拍です.鑑別すべき頻拍として伝導
心電図が有用です.その原因の発生部位により以下の
障害を伴う上室性頻拍症,副伝導路を順伝導する上室
ように分類されます.
性頻拍症,1:1 伝導の心房粗動などが挙げられます.房
 心室性頻拍:心室内に頻拍の発生源が存在.
・ 心室頻拍
・ 心室細動
 上室性頻拍:房室接合部または心房内に起源が存在.
・ 洞性頻拍
・ 心房細動
・ 心房粗動
・ 心房頻拍
・ 房室結節リエントリー性頻拍
・ 房室回帰性頻拍
室解離や心室捕捉が認められれば心室頻拍と診断する
ことができます.室房伝導がない限り,心室頻拍中に心
房は洞調律を維持していることが多く,房室解離の状態
(QRS 波と関係なく P 波が出現)となります.房室解離
の状態で心室が不応期から脱した時に,たまたま上室か
らの興奮が心室に伝導すると心室捕捉(幅の狭い QRS
波の出現)が起こります.
正常または幅広い QRS が混在する不規則な頻脈性
不整脈(narrow or wide irregular QRS tachycardia)も存
在します.これには致死的な不整脈も数多く含まれてお
り,一般内科医でもある程度の知識と迅速な対応が求め
られる分野です.これに該当する不整脈としては心室細
Narrow and wide QRS tachycardias
頻拍性不整脈は心電図上に表される QRS 波形により
動,偽性心室頻拍(WPW 症候群に合併する心房細動)
,
多型性心室頻拍(torsade de pointes 型を含む),頻拍
narrow QRS tachycardia(QRS 幅は狭く正常)または wide
性心房細動が挙げられます.明らかな QRS 波を認めず,
QRS tachycardia(QRS は幅広い)に分類することができ
振幅や波形が不揃いであれば心室細動が最も考えられ
ます.
ます.QRS 波の振幅や波形,間隔が不規則で,かつ複
房室接合部より上流に責任病巣がある上室性頻拍は
数の誘導で Δ 波が視認できれば WPW 症候群に合併し
基本的に narrow QRS tachycardia を呈します.上室性頻
た心房細動です.QRS 幅が広く,波形が刻々と変化す
拍を鑑別する際に重要なのは頻拍中の心電図中に P’波
るものは多型性心室頻拍で,中でも振幅が基線の周り
を見つけることです(II, III, aVF および V1 誘導で見つ
を捻じれるように変動をするものを torsade de pointes 型
けやすい).代わりに粗動波または細動波が認められ
心室頻拍と呼びます.QRS の間隔が全く不規則で,殆
れば,それぞれ心房粗動,心房細動です.P’波が認め
どの QRS の幅,波形が正常であるにもかかわらず幅の
られる場合,P’波の現れる時相,迷走神経刺激や薬剤
広い QRS が混在する場合は,心室期外収縮ないしは変
(ATP や Ca 拮抗薬,β 遮断薬)による P'波の変化を確
行伝導(右脚ブロックで左軸偏位を示すのが一般的)
認することが診断をする上で非常に有用です.
を伴う心房細動です.
心室頻拍 ventricular tachycardia (VT)
心室頻拍は心室性期外収縮が 3 つ以上連続して現れ
ことが特徴です.心拍が著しく速くなると,血圧が低下
る場合を差します.基礎心疾患がなく,数連発程度の心
して脳虚血症状(めまい,ふらつき,失神など)が現れ
室頻拍であれば心配ありません.基礎心疾患があったり,
ます.極端に血圧が低下しショック状態に陥ることもあり
連発の数が多かったりする場合は生命を脅かす危険性
ます.
が高い不整脈になる可能性があります.心室頻拍の調
律は規則正しいことが多く,その速さは 120~250 拍/分
です.心拍数が比較的遅いと症状が軽い場合がありま
す.しかし,非常に速いと血圧が下がり様々な症状が現
れます.また,心室頻拍からさらに悪性度の高い心室細
動に進行することもあります.
便宜上,30 秒以内に自然停止する心室頻拍を非持続
検査と診断.一言で心室頻拍といっても,定期的に心
電図を取って経過観察するだけでよいものから,厳重な
治療を要するものまで様々です.心電図検査などで心室
頻拍が認められた場合,その悪性度を判断し治療の必
要性を決めなくてはなりません.そのためにホルター心
電図,運動負荷心電図,心エコーなどの検査を行いま
性心室頻拍(non-sustained VT),それ以上持続する心
す.必要と判断されれば心臓カテーテル検査や心臓の
室頻拍あるいは 30 秒以内であっても重い症状が現れる
電気生理学的検査を行うことになります.
ために緊急治療が必要になる心室頻拍を持続性心室頻
拍(sustained VT)と分類しています.QRS 波形が一定
の心室頻拍を単形性心室頻拍(monomorphic VT),QRS
波形が刻々と変化するものを多形性心室頻拍
(polymorphic VT)と呼びます.後者のうち振幅が基線
の周りを捻じれるように変動し,基礎調律で QT 延長を
認めるものを torsade de pointes 型心室頻拍(TdP)と呼
びます.
強い症状がある場合は緊急に治療を受けるべきです.
健康診断などで(非持続性)心室頻拍を指摘されたら,
無症状であっても悪性度の判定のため循環器専門医の
診察を受けることを薦めます.
原因.基礎心疾患があって起こる場合と心臓に明らかな
病気がなくても起こる場合があります.心室頻拍を引き
起こす可能性のある代表的な心臓病は心筋梗塞,心筋
症,不整脈源性右室異形成および心サルコイドーシスで
す.一方,明らかな心疾患がない人に生じる心室頻拍
のことを特発性心室頻拍と呼びます.
心室の筋肉が変性して異常に速い電気興奮が発生す
る,または心室の筋肉内に電気的興奮が旋回する異常
な回路が生じることが,心室頻拍が起こる仕組みです.
症状.持続時間が短い場合,脈の結滞感や飛ぶ感じ
が中心です.持続時間が長くても心拍が比較的遅い場
合には頻拍症状(動悸や胸部不快感,胸痛など)を訴
えることが多いです.症状は突然始まり,突然停止する
心電図上の特徴として,1. QRS 幅が 140msec 以上,
2. 典型的な脚ブロックとは異なる波形,3. 電気軸は高
度の軸変位を伴うことがある,4. 房室解離や心室補足を
認める,などが挙げられます.また,心電図波形から
心室頻拍の起源を推定することができます.まず左脚ブ
ロック型(V1 誘導で QS または rS)か右脚ブロック型
(V1 誘導で高い R)かを判定し,次に QRS 軸が上下
どちら向きか(II,III,aVF 誘導にて R 波が高ければ下
方軸)という点に注目します.左脚ブロック型ならば右
室または心室中隔由来,右脚ブロック型ならば左室由
来と考えられます.下方軸の場合は起源が心室の上部
(流出路)に存在する,上方軸の場合は下部(心尖部
に近い部位)に存在すると考えられます.右室流出路起
源の特発性心室頻拍では左脚ブロック型で移行帯が
V3~V4 となり下方軸が認められます.左室の左脚後枝
起源の特発性心室頻拍では右脚ブロックと左軸偏位を
呈し,右脚ブロックと左脚前枝ブロックを合併した上室
性頻拍の QRS 波形に比べて左側胸部誘導の R 波高が
低いのが特徴です.
治療.抗不整脈薬,カテーテル・アブレーション,心
臓外科手術および植込型除細動器(ICD)があります.
心機能が悪く持続性心室頻拍の病歴がある場合は ICD
による治療が生命予後を改善する最も確実な方法です.
原因になる心臓病がある場合はそれに対する根本的な
治療も必要になります.
図 1 心室頻拍の心電図(P 波の位置を▼で示す)
A: 3 拍目より QRS 波形が一定の wide QRS tachycardia
C: 2 拍目と 4 拍目に心室性期外収縮を認めます.4 拍目
(11 連発)が記録されています.QRS の軸は洞調律時
の期外収縮の後に QRS 軸が交互に変化する(上向き→
と同じですが,頻拍中に房室解離が認められ.診断は
下向き→上向き)
,wide QRS tachycardia が記録されて
非持続性の単形性心室頻拍です.
います.また,洞調律時の波形をみると PR 延長(I 度
B: 4 拍目の心室性期外収縮に引き続き wide QRS
房室ブロック)と QT 延長(580 ms)を認めます.診断
tachycardia(27 連発)が記録されています.頻拍中に
は QT 延長症候群に合併した Torsade de Pointes 型心室
QRS 軸が変化しており(初めの 4 拍は上向き,残りは
頻拍です.
下向き),診断は非持続性の多型性心室頻拍です.
心室細動 ventricular fibrillation (VF)
規則的な収縮のある心室頻拍とは異なり,心室細動
不明な点が多く残っています.Brugada 症候群や QT 延
では心室筋の規則的な収縮は失われ,ただ不規則に細
長症候群といった病気では心室細動を合併しやすいこと
かく痙攣しているだけの状態になります.心電図上でも
が知られています.これらは心電図上に現れる特徴的な
規則的な波形は消え,不規則に震えるような波形だけに
波形の異常により診断することができます.
なります.心室細動になると心室のポンプ機能は失われ
血液を送り出せなくなります.結果として血圧はほぼゼ
ロになり,脳は虚血状態になります.そのまま心室細動
が続けば死に至ります.心室細動が自然に治まることは
極めて稀あり,速やかな電気的除細動と適切な心肺脳
蘇生術の施行が救命の可能性を決定します.
非常に稀ですが,心室細動が自然に収まり意識が回
復することがあります.このような場合でも心室細動が
再発する可能性があるため,早急に循環器専門医を受
診する必要があります.
原因.急性心筋梗塞や心不全の進行,全身状態の悪化
により生じた電解質の異常(体液中のミネラル成分のバ
ランスが大きく崩れること)などから心室細動が起こるこ
とがあります(二次性心室細動と呼ばれます).また,
抗不整脈薬やその他の薬剤により心室細動が生じやす
くなることもあります.
一次性心室細動は器質的心疾患や電解質異常など
の誘因がない人に突然生じるもので,病態にはいまだ
症状.心室細動が生じると心室のポンプ機能が失われ
て血圧はほぼゼロとなるため,5~15 秒で意識が消失し
ます.全身痙攣が生じることもあります.
治療.心室細動が生じている時,心室筋では無秩序で
不規則な電気的興奮が生じています.この無秩序な電
気的興奮が自然に終息し,心室細動が止むことはまずあ
りません.
心室細動に対する最も確実な治療法は胸部か
ら行う電気的除細動です.心室細動に陥ってから時間が
経つほど除細動の成功率は低下します.長時間(5 分
以上)経過すると,仮に除細動が成功しても脳に酸素が
供給されない時間が長くなるため,低酸素脳症の後遺
症が残る可能性が高くなります.
心室細動から救命された患者さんには,再発を予防す
る治療とともに,再発時に確実に救命がなされるよう植
込み型除細動器(ICD)の植え込みが薦められます.
原因になる心臓病がある場合はそれに対する根本的な
治療も必要になります.
図 2 心室細動の心電図
前述の心室頻拍とは異なり,規則的な波形は消えて不規則に震えるような波形だけになっています.
心房細動 atrial fibrillation (AFib or Af)
心房細動は心房が 450~600 回/分の頻度で不規則に
興奮し,その興奮波が房室結節へ無秩序に伝わるため
心室興奮が確実に不規則になる不整脈です.そのため
絶対性不整脈と言われます.房室結節の伝導が良けれ
ば心室応答数は多くなり不規則な頻拍となります.心房
細動は期外収縮に次いで起こりやすい頻拍性不整脈で,
高齢になるほど有病率は増します.
一過性心房細動(何らかの原因で心房細動を生じる
が原因の除去により再び心房細動にならない)
,発作性
心房細動(自然停止と再発を繰り返す)
,持続性心房細
動(薬物治療や電気的除細動によって洞調律に戻る),
および永続性心房細動(治療を行っても洞調律に戻すこ
とができない)に分けられます.
原因.心房細動は心臓弁膜症(僧帽弁疾患など),高
血圧性心疾患,虚血性心疾患,心筋症などの心疾患が
あって心房に負荷がかかっている場合,呼吸器疾患,
甲状腺疾患などに合併します.心房細動は明らかな基
礎疾患のない人にも起こり,これは孤立性心房細動と呼
ばれます(心房細動全体の 2~15%).孤立性心房細動
であっても次第に発作を繰り返すようになり,持続性心
房細動,さらには永続性心房細動へ移行してゆきます.
心房細動は心房内を不規則に興奮が旋回するリエン
トリーにより維持されますが,多くの心房細動は肺静脈
を起源とした期外収縮が引き金になって生じます.また,
肺静脈内の頻拍が左心房へ伝わり心房細動になること
もあります.
症状.頻拍に関連する症状が中心で,動悸,胸部不快
感,胸部絞扼感などが一般的です.発作を頻回に繰り
返す人ほど症状が強い傾向にあります.致死的不整脈
ではありませんが,集中力の低下など生活の質(QOL)
を低下させる可能性があります.
治療を行わず放っておいたり,治療抵抗性であったり
すると,次第に心房細動になっている時間が長くなり,
常に心房細動を起こしている状態(持続性,さらには永
続性)になります.ここまでに至る期間には個人差があ
ります.また,高度の頻拍が長期間持続すると,次第に
心機能が低下し,心不全を合併することがあります.
検査と診断.脈の測定や心音の聴取により心房細動を
疑うことはできますが,確実ではありません.正確な診
断のためには心電図記録が重要です.心房細動の病型
を判断するためにホルター心電計を装着します.
基礎疾患の有無や心機能を把握するために,甲状腺
機能を含めた血液生化学検査,心エコー検査,12 誘導
心電図,胸部 X 線検査が必要です.
治療.心房細動中の心拍数を抑えることで,自覚症状の
軽減や合併症の予防を図ることができます(レートコン
トロール療法).そのために房室結節の伝導を抑える薬
剤(β-遮断薬,ジギタリスや Ca チャネル遮断薬)を経
口(急ぐ場合は経静脈)投与します.目標心拍数は安
静時で 60 台~80 台/分,軽労作時で 110/分未満です.
また,脳梗塞などの血栓塞栓症を予防するために抗血
栓薬(ワーファリン)または抗血小板薬(アスピリンな
ど)が併用されます.
一方,心房細動を停止させて洞調律に戻し,これを維
持する方法があります(リズムコントロール療法)
.これ
には抗不整脈薬や電気的除細動が用いられます.電気
的除細動は低心機能例,薬剤が無効な例ないしは早急
な除細動が必要な例に対して選択されます.その他の
例には基本的に抗不整脈薬(Na チャネル遮断薬や K チ
ャネル遮断薬)を使用します.持続時間や身体状況など
を考慮しながら経口薬または注射薬を使い分けることに
なります.また,心房細動の再発予防には抗不整脈薬
の経口薬を用います.この場合も発作の状況,年齢,
他の臓器障害の有無などを考慮しながら薬剤を選択す
ることになります.
非薬物療法としてカテーテル・アブレーションがあり
ます.多くの心房細動は肺静脈を起源とした期外収縮が
引き金になって生じたり,肺静脈内の頻拍が左心房内へ
伝わって生じたりします.このような観点から,肺静脈と
左心房の間を電気的に離断することによって心房細動を
根治させるアブレーション治療が盛んに行われるように
なっています.成功率は発作性で 90%以上,持続性で
70%前後,永続性で 50%前後と言われています.また,
何らかの心臓手術を受ける患者さんに対しては,心房を
迷路のように区切って心房細動を起こさないようにする
メイズ手術が行われる場合もあります.
図 3 心房細動の心電図
R-R 間隔が不整の narrow QRS tachycardia(心拍数 60
台~70/分)で,基線上に細動波を認めます.
心房粗動 atrial flutter (AFL or AF)
心房の興奮回数が 240~450 回/分で,電気的興奮が
奮回数が 450/分を超えれば心房細動です.また,心房
心房内を大きく旋回する頻拍を心房粗動と言います.心
興奮回数が 220/分未満であれば心房頻拍と呼ばれます.
電図において鋸歯状波が認められる通常型心房粗動と,
心電図による分類では,心房の興奮回数だけで鑑別診
心房興奮が 240/分以上あり規則正しい心房興奮波が識
断が行われています.
別できても,間に基線があり鋸歯状波が認められない非
通常型(希有型)心房粗動があります.
治療.自然停止することは少なく,電気的除細動やカテ
ーテル・アブレーションを用いて止めることがしばしば
原因.通常型心房粗動は器質的心疾患がなくても生じ
あります.心房粗動を速やかに止める必要がある場合に
ます.興奮波が心房中隔を上行し,右房自由壁を下行
は電気的除細動を用います.この方法による心房粗動停
して解剖学的峡部を伝導遅延部位として通過する頻拍
止率は 90%以上です.
です.一方,非通常型心房粗動は障害心筋が心房内に
抗不整脈薬による停止率は 20%位と悲観的です.抗
存在する場合に生じやすいです.障害心筋の周囲を興
不整脈薬で停止させようとすると,心房興奮回数の減少
奮が旋回する頻拍です.心房細動に対する薬物療法中
ならびに房室伝導の亢進が起こり,1:1 伝導の心房粗動
に通常型(非通常型)心房粗動が現れることがあります.
に進行してしまうことがあります.心拍数は 200/分以上と
なるため,激しい症状を自覚した後に意識障害を伴うこ
症状.心房粗動は突然始まり,長時間続くことが多いで
ともあります.心電図波形は心室頻拍と鑑別が非常に困
す.頻拍に関連する症状が中心で,動悸,胸部不快感,
難であるため,注意が必要です.一方,抗不整脈薬に
胸部絞扼感などが一般的です.
よる予防効果は 50%~70%とまずまずです.
検査と診断 .12 誘導心電図で鋸歯状波(II, III, aVF 誘
導で下向き,V1 誘導で上向き)が確認されれば通常型
心房粗動と診断できます.通常型心房粗動は 300/分の
通常型心房粗動はカテーテル・アブレーションによる
根治が可能です.根治率は 90%以上で,治療がひとた
び成功すれば心房粗動の再発予防になります.
心房興奮を示し,2:1~4:1 の房室伝導を示すことが殆ど
です.2:1 房室伝導が持続すると心拍数は 150/分となり,
酷似した心電図波形となるため,上室性頻拍との区別が
必要になります.迷走神経刺激あるいは房室結節の伝
導を抑制する薬剤(ATP 製剤や Ca チャネル遮断薬)の
静脈注射により鋸歯状波が確認できるようになります
図 4 通常型心房粗動の心電図
(これらの刺激で粗動は止まらないため).正確な診断
R-R 間隔が整の narrow QRS tachycardia
(心拍数 75/分)
には心臓電気生理学的検査が必要になります.
で,基線上に鋸歯状波(II 誘導で下向き,V1 誘導で上
心房興奮回数が 350/分を超えて心房興奮が不規則に
なると心房細動と区別がつきません.定義上は心房興
向き)を認めます.房室伝導が 4:1 で固定しているため
R-R 間隔は一定です.
心房頻拍 atrial tachycardia (ATach or AT)
心房頻拍は心房内に起源をもつ頻拍です.洞結節や
房室結節を含まず,リエントリーによって生じる心房内リ
エントリー性頻拍(IART),洞結節以外の心房内に発
生する異常自動能が原因の異所性心房頻拍,心臓手術
後の患者に起こる心房切開線やパッチ閉鎖を行った瘢
痕部周囲を旋回するマクロリエントリにより起こる心房
瘢痕部心房頻拍などが知られています.
いずれの場合も洞調律とは異なる P'波が認められ,
P'Q 時間は一定ではなく,様々な程度の房室ブロック
(特に Wenchebach 型 II 度房室ブロックなど)を伴うこ
とがあり,QRS 波形は洞調律と同じという特徴がありま
す.ジギタリス投与時にブロックを伴う心房頻拍を起こ
すことがあり,PAT with block として有名です.
図 5 心房頻拍の心電図
R-R 間隔が一定の narrow QRS tachycardia(心拍数 120/
分)です.先行する心拍の T 波の終末部に P’波(▲)
を認め,診断は心房頻拍となります.
発作性上室性頻拍 paroxysmal supraventricular tachycardia (PSVT)
発作性上室性頻拍は突然脈拍が速くなり,しばらく続
いた後に突然止まる頻拍で,心房,房室結節,副伝導
路(ケント束)などが成立に関与する頻拍の総称です.
WPW 症候群の房室回帰性頻拍(AVRT),房室結節リ
エントリー性頻拍(AVNRT),心房内リエントリー性頻
拍(IART)および洞結節リエントリー性頻拍(SNRT)
の 4 種類が含まれます.
検査と診断 .診断には発作時の心電図所見が非常に
役立ちます.発作時の心電図が規則正しい narrow QRS
tachycardia(脚ブロックや変行伝導を伴うときは wide
QRS tachycardia)であれば,発作性上室性頻拍と診断
できます.QRS 波と QRS 波の間に P’波が常に認められ
れば診断は確実になります.
確定診断には心臓電気生理検査が必要です.これに
原因.これらの頻拍はリエントリーを機序として発生しま
より頻拍の誘発と停止が可能であり,頻拍中の心房波と
す.リエントリー性上室性頻拍の特徴は解剖学的な刺激
心室波の関係を容易に把握することができます.頻拍中
伝導回路が回路内に含まれることです.2 つの特性の異
の心房の興奮状態を見ることにより前述の 4 種類の不整
なる伝導路があり,一方は伝導速度が速くて不応期は
脈を区別できます.
長く,他方は伝導速度が遅いが不応期は短いという条件
が成立する時にリエントリーが生じます.
発作性上室性頻拍と区別が必要な不整脈には心房粗
動(2:1 伝導)
,心房頻拍,単形性心室頻拍などがあり
WPW 症候群に生じる房室回帰性頻拍.興奮波が房
ます.頻拍中に ATP 製剤を投与することで粗動波が明ら
室結節を順行し,副伝導路を心室側から心房側へ伝わ
かになれば心房粗動の可能性が,QRS 間隔が少し不規
る正方向性房室回帰性頻拍と,興奮波が房室結節を心
則であれば自動能亢進による心房頻拍の可能性が高く
室側から心房側へ逆行して副伝導路を心房側から心室
なります.P 波(心房興奮)と QRS 波(心室興奮)と
側へ伝わる逆方向性房室回帰性頻拍とがあります.房
が解離していれば,一般には心室頻拍になります.
室回帰性頻拍の 95%は正方向性で,逆方向性は 5%程
度です.
房室結節リエントリー性頻拍.房室結節へ侵入する遅
P'波が QRS 波の中に隠れている,または QRS 波の後
半部分に重なっている(偽性 S 波や偽性 R'波を形成)
場合は房室結節リエントリー性頻拍が考えやすく,QRS
伝導路を順行し,速伝導路を逆行する通常型と,速伝導
波の後方にはっきりと認められれば房室回帰性頻拍の
路を下行して遅伝導路を逆行する希有型とがあります.
可能性が高くなります.
心房内リエントリー性頻拍.心房内の小さな回路を旋
回し,心房興奮回数が 240/分以下の頻拍です.
洞結節リエントリー性頻拍.洞結節とそこに隣接する
心房筋の間のリエントリーによる頻拍です.
治療対象として良く遭遇するのは房室回帰性頻拍と
房室結節リエントリー性頻拍です.日中,運動中やスト
レスがかかったときなどに発作が起こることが多いよう
です.時間経過とともに発作の頻度の増加や持続時間
の延長がみられます.
治療.発作性上室性頻拍の 90%を占める房室回帰性頻
拍と房室結節リエントリー性頻拍は房室結節を頻拍回
路に含んでいます.房室結節の伝導を抑えることで,頻
拍を停止させる,再発を予防することが可能です.
房室結節の伝導を抑制する薬物には Ca チャネル遮断
薬(ベラパミルとジルチアゼム),β-遮断薬,ジギタリス
および ATP 製剤があり,頻拍の停止には Ca チャネル遮
断薬の静注または ATP 製剤の急速静注がよく用いられ
ます.ATP 製剤は一部の心房内リエントリー性頻拍や洞
症状.頻拍に関連する動悸,胸部不快感,胸部絞扼
結節リエントリー性頻拍にも効果を示します(ともに房室
感などが一般的です.突然生じてしばらく続き,突然止
結節に似た性質を持つ組織を回路内に含むため)
.従っ
まるのが特徴です.頻拍が起こっていない時は全く正常
て,narrow QRS tachycardia を止めるには ATP 製剤の急
なので,発作時以外に異常を指摘されることはまずあり
速静注が最も効果的です.
ません.頻拍が長時間続くと,心機能が低下しうっ血性
心不全の状態になることがあります.
非薬物療法としてはカテーテル・アブレーションが代
表的です.頻拍回路を形成する組織を焼灼して頻拍を根
治させる治療法です.治療成績がよく(成功率 90%以
室結節へ侵入する遅伝導路を標的にします(これらの頻
上,再発率 5%未満)薬物療法に取って代わられようと
拍に関してはアブレーションが予防的治療法の第一選
しています.頻拍を根治させるので予防的治療法になり
択).心房内リエントリー性頻拍と洞結節リエントリー性
ます.WPW 症候群の房室回帰性頻拍であれば副伝導
頻拍では頻拍中に最も早く興奮する部位を標的にします.
路を,房室結節リエントリー性頻拍では右房後壁から房
図 6-1 発作性上室性頻拍の心電図
発作時の心電図はどちらの症例も R-R 間隔が一定の
narrow QRS tachycardia(心拍数 140/分)を示し,P 波を
認めません.
A: II, III および aVF 誘導の QRS 終末部にノッチが,V1
誘導では r’波が認められ,この部分に逆伝導性 P’波が
隠れています.従って,房室結節リエントリー性頻拍が
最も疑われます.
B: II, III, aVF および V1 誘導の T 波上に逆伝導性 P’波
が認められます.房室回帰性頻拍が最も疑われます.
図 6-2 発作性上室性頻拍の心内電位図(図 6-1 と同一症例)
A: 最早期心房興奮部位はヒス束(HBE)で,心臓の中
B: 最早期心房興奮部位は冠静脈洞遠位部(CSd)で,
央部から外側に向かって(HBE → CSp/HRA → CSm →
心臓の外側から中央部に向かって(CSd → CSm → CSp
CSd)心房興奮が伝達しています.従って,診断は房室
→ HBE → HRA)心房興奮が伝達しています.診断は
結節リエントリー性頻拍です.
左側壁副伝導路を介した順方向性房室回帰性頻拍です.