信用金庫の会員の法的倒産手続と会員の持分払戻請求権・持分譲受

信用金庫の会員の法的倒産手続と会員の持分払戻請求権・持分譲受
代金支払請求権を受働債権とする相殺の可否
今泉純一
1,はじめに
借用金庫は協同組織による金融機関であり,会員以外の者に対する貸付は原則として
禁止される(信用金庫法53条1項2号,3号)。
信用金庫の会員となるためには,一定の資格を有する者が出資金の支払いという出資
を行って持分を取得するか,または他の会員から譲受けにより持分を取得をすることが
必要である(同法13条ないし15条)。
本稿は,信用金庫の貸付先である会員に対して,法的倒産手続が開始された場合に,
信用金庫は貸付金等と当該会員の持分の財産的請求権である持分払戻請求権・持分譲受
代金支払請求権とを相殺することができるかどうかについて,停止条件不成就の利益の
放棄による相殺が可能かという問題を絡めて,実務的に検討しようとするものである 1 。
2,脱退と持分の払戻等について
出資者が法人に対して持分を有する場合の持分の払戻しについては,脱退による持分
の払戻しを認め,その払戻しの範囲は法人の財産によるとするのが通常で,その時期等
は事業年度の終期とする例が多い。
信用金庫法では,会員の脱退は,会員の意思による自由脱退と会員の意思に基づかな
い法定脱退の2種類が定められていて,持分の払戻しは法定脱退(ただし,信用金庫法
17条1項5号を除く)の場合しか認められず(同法18条),自由脱退では持分の全
部譲渡が行われ,譲受人がない場合に信用金庫に持分の譲受請求ができる(同法16条)
だけである。
信用金庫にとっては,持分の払戻しも持分の譲受けも経済的に同じだとはいえるが,
信用金庫法は,会員に自分の意思で脱退するから持分を払い戻せという権利を認めてい
ないのである。
他の法律では,信用金庫法と同趣旨の規定を有するものと,出資者の意思による脱退
の申入れの場合にも持分払戻請求権を認めるものとがある 2 。
以下では,法定脱退による持分払戻請求権と自由脱退による持分譲受代金支払請求権
1自働債権となる手続債権(破産債権,再生債権,更生担保権・更生債権,協定債権)の取得が相殺の禁止(破
産法72条,民事再生法93条の2,会社更生法49条の2,会社法518条)に触れないことと,持分払
戻請求権の原因となる会員契約による債務負担が相殺の禁止(破産法71条,民事再生法93条,会社更生
法49条,会社法517条)に触れないことが前提となる。
2信用金庫法と同趣旨の規定を有する例として,農業協同組合法21条ないし23条,水産業協同組合法 26
条ないし 28 条があり,出資者の意思に基づく脱退にも持分払戻請求権を認める例としては,中小企業協同
組合法18条,20条,森林組合法36条,38条,農住組合法22条,24条,消費生活協同組合法1
9条,21条,中小漁業融資保証法17条,18条,金融商品取引法94条,96条がある。
1
の法的性質を検討する。
(1) 法定脱退による持分の払戻し
信用金庫法18条1項によると,会員の持分払戻請求権は,会員が法定脱退(信用金
庫法17条1項1号から4号と2項を脱退事由とする脱退)をした場合に抽象的に発生
する請求権であると考えられる。
会員の持分の全部の喪失も脱退事由となっている(同法17条1項5号)が,持分払
戻請求権の発生原因になっていない。
これは,信用金庫法16条1項の自由脱退による持分全部譲渡の結果,持分を喪失し
た場合に脱退の効力が生じるということを注意的に規定したものだと考えられる 3 。
本稿では,法定脱退による持分払戻請求権という場合の法定脱退とは,信用金庫法1
8条1項で持分払戻請求権の発生事由となる脱退事由(したがって,同法17条1項5
号の持分の全部の喪失を含まない)をいうものとして,以下の記述を進める。
持分の払戻額は法定脱退した事業年度の終期の信用金庫の財産によって定める(同法
18条2項)が,一般的には定款でその上限を出資金の額としている 4 。
持分払戻請求の方法等については信用金庫法は定款で定めることを要求している(同
法18条1項参照)ものの,上限を出資金の額とする定款の規定は,信用金庫法18条
2項の払戻額の算定の規定を制限していることになるが,この定款の規定が有効である
ことに異論はなさそうである。
信用金庫は商人ではない(最高裁昭和63年10月18日判決・民集42巻8号57
5頁)し,持分は株とは異なり投資の対象ではなく,信用金庫の構成員である会員は多
数決をその内容とする団体法理による制約(定款による権利制限)を財産上の権利につ
いても受けると考えられるからである(最高裁平成12年10月20日判決・判例時報
1730号26頁参照)。
持分払戻請求権の法的性質について検討する。
持分払戻請求権は,会員契約 5 を原因とするが,持分の払戻請求という形成権の行使
によって発生する静求権ではなく,法定脱退事由の発生によって抽象的に発生する金銭
債権だと考えられる。
持分払戻請求行為がなくても法定脱退事由の発生によって持分払戻請求権自体は発
生するから,持分払戻請求は形成権ではない。また,金銭債権であるのは持分取得の前
提となる出資は金銭出資しか信用金庫法では認めていない(同法11条参照)から,持
分の払戻しは現物によることは許されず金銭によることになるからである。
3信用金庫法と同趣旨の規定を有する農業協同組合法22条,水産業協同組合法27条の法定脱退事由には,
持分の全部の喪失がないことも本文のように考える理由となる。
4 申合せの定款例16条
5持分の取得によって会員となる信用金庫との間の定款の会員に関する条項をその内容とする契約をいう。
団体の構成員として団体に加入する行為は原始会員として団体を結成する場合は合同行為と考えられるが,
団体が結成された後の加入行為は団体との間の契約である。
2
しかし,脱退時点では,信用金庫法上,持分払戻請求権の有無及びその額は未確定で,
脱退した事業年度の終期に金庫が債務超過の場合(資産より負債の額が多い場合)は,
持分払戻請求権は0となり発生しないし,正味財産がある場合(資産が負債より多い場
合)は払戻額は正味財産を出資金総額で除した額に出資金額を乗じた額になるが,その
額が当該会員の出資金の額より多いときは,定款の規定によってその出資金の額となる
持分払戻請求権が具体的に発生するということになる 6 。
正味財産の額は出資金総額より多いのが通常である(そうでなければ信用金庫は破綻
に瀕する)から,持分払戻請求権は,通常は,脱退した事業年度の終期に当該会員の出
資金の返還請求権として具体的に発生するということになる。
したがって,持分払戻請求権は,会員契約によって生じた,持分に内在する,法定脱
退事由を条件とし,脱退した事業年度の終期に金庫に正味財産が存在することを条件と
して出資金の額を上限として具体的に発生する信用金庫に対する金銭債権であるとい
える。
もっとも,正味財産の存在は停止条件であることは明らかであるが,法定脱退事由が
停止条件なのか不確定期限なのかは検討する必要がある。受働債権について,期限の場
合はその利益を放棄できるが,停止条件不成就の利益を放棄して相殺できるかどうかに
ついて後記のとおり争いがあるからである。
不確定期限と条件の相違点は,不確定期限は何時かわからないが必ず生じるが,条件
は生じる場合も永久に生じない場合もあるという点である。だから「もし自分が死んだ
ら」という場合は,人は必ず死ぬから,不確定期限で条件ではないとされる。この点か
らみると,信用金庫法17条1項2号の会員の死亡は不確定期限だと考えられるが,そ
れ以外の脱退事由は永久に発生しないという場合(破産,法人の解散,除名など)もあ
り得るから,停止条件だと考えるべきである。以下では,会員の死亡を除外して脱退事
由を停止条件と考えて論を進める。
なお,会員には会員契約上は持分払戻請求権以外に剰余金配当請求権(信用金庫法5
7条)などの自益権,議決権(信用金庫法12条1項),役員の解任請求権(信用金庫
法38条1項)などの共益権があり,この会員契約上の会員の地位を持分と呼んでいる。
したがって,会員の持分は会員権と呼ばれる契約上の地位のひとつということになる。
ただし,信用金庫法上は,持分払戻請求権というように,会員の財産的請求権をいう場
合にも持分と呼んでいる場合があるので,信用金庫法では持分は会員契約上の地位を指
す場合と会員契約上の財産的請求権だけを指す場合の2種類があるということになる。
次に,判例や学説が持分払戻請求権の法的性質をどのように考えているかについて述
べる。
大審院昭和15年5月27日判決(民集19巻482貢)は,協同組合の組合員の持
6信用金庫法18条2項の払戻額の算定方法を具体的に定める法規は存在しないが,優先出資金がある場合
は,共同組織金融機関の優先出資に関する法律20条の規定からみて,純資産額から優先出資額を控除し
た残額が正味資産になると考えられる。
3
分払戻請求権は,脱退の効果発生とともに取得される将来の請求権ないしは期待権であ
るとしている。
また,福岡高裁昭和45年5月28日判決(金融法務事情591号34頁)は,協同
組合の組合員の自由脱退による持分払戻請求権は,その事業年度の終わりという将来に
発生し,しかも組合の正味財産が存在することを条件とするいわゆる将来の条件付請求
権であるとしている。
これに対して,東京地裁平成15年5月26日判決(金融・商事判例1181号52
頁)は,信用金庫の会員の持分払戻請求権について,はっきりしない部分もあるが,法
定脱退事由の発生と脱退した事業年度の終期における信用金庫の正味財産の存在をそ
れぞれ停止条件とする2重の停止条件付債権であるとしているようである。
停止条件付債権とは,債権の発生原因となる法律行為にその効力の発生を将来の不確
実な事実の成否にかからせる特約(付款)が付された債権のことをいい,民法127条
1項の停止条件と意味は同じである。
将来の請求権とは,債権の発生原因となる法律行為に法定の停止条件が付された債権
のことであるとされている。法定の停止条件とは,法律行為の効力の発生を将来の不確
実な事実の成否にかからせる付款であるが,付款とされる不確実な事実が法律の規定に
よって定まるものをいう。
停止条件付債権と将来の請求権は,停止条件が特約によるか法定されているかの違い
はあるが,法律行為の効力の発生が将来の不確実な事実の成否にかかっている点では同
じであるから,倒産法では同様の取扱いを受ける(破産法67条2項後段,70条,1
03条4項,198条2項,民事再生法87条1項3号ホ,へ,会社更生法136条1
項3号ホ,へ等参照)。
学説は特に見かけないが,実務上はこの東京地裁判決と同じように考えて処理してい
ると思われる 7 。
持分払戻請求権は,信用金庫上定められた法定脱退と脱退した事業年度の終期の正味
財産の存在,及び定款の規定によって出資額を上限として発生する請求権だと考えられ
るが,これらの条件のうち信用金庫法によって定まる条件(法定脱退事由の発生と期末
の正味財産の存在)は法定の停止条件であり,定款によって定まる条件は定款の会員に
関する条項を会員契約の内容であると考えると,法定の停止条件ではなく,通常の停止
条件(正味財産による算定額が出資額より大であるという将来の不確実な事実)である
から,持分払戻請求権の性質は,将来の請求権と停止条件付債権の混合した請求権であ
ると考えるべきである。もっとも,前記のように停止条件が特約であろうと法定であろ
うと取扱いは同じであるから議論の実益はない。
会員に対する倒産手続の開始と法定脱退の関係についていうと,破産では破産手続開
7信用金庫実務研究会・信用金庫取引実務の再検討〔第11回〕金融法務事情970号25頁,全国信用金
庫協会編・信用金庫職員のための身近な金融法務155頁など
4
始決定が法定脱退事由(信用金庫法17条1項3号)であり,特別清算では清算手続が
必ず先行し,清算手続の開始原因のひとつが株式会社の解散決議(会社法475条1号,
471条3号)で,解散決議を行って清算から特別清算というのが通常のルートである
から,特別清算に入った場合は先行する解散決議が法定脱退事由(信用金庫法17条1
項2号)になっている。しかし,民事再生開始決定と会社更生開始決定は法定脱退事由
にはなっていない。
これをまとめると以下のとおりである。
会員の破産では,法定脱退事由の発生という(法定の)停止条件は成就したものの,
事業年度の終期の信用金庫の正味財産の存在という(法定の)停止条件と算定による持
分額が出資金額を超過することを停止条件とする,停止条件が未成就の将来の請求権
(停止条件付債権)だと考えることになる。
会員の特別清算では,会員の特別清算開始時点における会員の持分払戻請求権は,解
散が先行している通常の場合は,特別清算開始時点で解散による法定脱退した事業年度
の終期が経過しているときは,具体的な額が確定した持分払戻請求権(通常は出資金返
還請求権となる)となり,事業年度の終期が経過していないときは,破産と同様の将来
の請求権(停止条件付債権)となる。
会員の民事再生と会社更生では,会員の手続開始時点における会員の持分払戻請求権
は,法定脱事由の発生と事業年度の終期の金庫の正味財産の存在という2つの(法定の)
停止条件と,算定による持分額が出資金額を超過することを停止条件とする,各停止条
件が未成就の将来の請求権(停止条件付債権)だと考えることになる。
(2) 自由脱退の場合
信用金庫法では,会員の自由脱退(信用金庫法16条)の場合は,他の会員への持分
の全部譲渡または信用金庫への定款の定めに基づく持分の譲受請求の方法によること
ができる反面,持分払戻請求の発生原因とはなっていない。
自由脱退の場合は持分を譲り受ける者がないときは信用金庫への買取請求はできて
も(同法16条後段),持分払戻請求権は生じないことになる。
自由脱退による会員の信用金庫に対する定款の定めに基づく持分譲受請求によって
信用金庫には持分譲受義務が生じ,持分譲受代金支払請求権が生じることになる。一般
的な定款 8 では,会員の譲受請求から6ヶ月経過日以降に到来する事業年度末に出資金
の額を上限とした譲受額で譲り受けるものとされている。
持分譲受代金支払請求権は会員の譲受請求権の行使によって発生する請求権だとい
うことになり,持分払戻請求権ではない。
持分譲受代金支払請求権とは,要するに持分の売買代金請求権のことである。
持分譲受請求権は持分払戻請求権とは異なり形成権であると考えられる。この形成権
の行使によって信用金庫との間に持分譲受契約が成立し,持分の売買代金である持分譲
8
申合せの定款例13条
5
受代金支払請求権が発生することになる。
持分譲受代金支払請求権の性質は会員契約によって生じた自由脱退による会員の譲
受請求権の行使(形成権の行使)を停止条件とする停止条件付債権であるといえるかど
うかが問題となる。
この点に関して,前記の東京地裁判決は,譲受請求権は形成権であるとしながら,持
分譲受代金支払請求権は,会員契約に内在する停止条件付債権であるとしている。
学説は見かけないが,実務では,国税徴収法により信用金庫の出資持分を差し押さえ
た徴税吏員が国税徴収法74条1項の規定によって持分換価の方法として信用金庫に
持分の譲受請求をした場合は,信用金庫に会員に対する貸付金等の反対債権があるとき
は持分譲受代金支払請求権と相殺をするという処理をしている 9 。この相殺は昭和45
年6月24日の最高裁判決に依拠して,差押債権者に対抗できるとしているところから
みれば,持分譲受代金支払請求権を停止条件付債権と考えているのであろう。
自由脱退は,他の資格者に対する持分の全部譲渡が原則で,この者がない場合に限っ
て信用金庫に買取請求権を行使できるということが,信用金庫法16条の趣旨だと考え
られる。
国税徴収法74条1項は,差し押さえた会員の持分の換価の方法として信用金庫法1
6条後段の譲受けを金庫に請求することを認めているが,再度換価に付してもなお買受
人がないことを要件としているから,やはり,信用金庫に対する持分譲受請求は例外だ
と考えているのであろう 10 。
この点をとらえると,持分譲受代金支払請求権は会員契約によって生じる請求権とい
うよりは,会員の持分譲受請求権という形成権の行使によって新たに信用金庫に対して
生じる請求権であると考えることも可能であるが,持分の財産性を考えると,信用金庫
法は,会員の出資の回収方法として,法定脱退による持分払戻の方法と自由脱退による
持分の譲渡の方法の2種類を認めているわけであるから,譲受請求は形成権の行使で会
員の意思にかかる部分はあるものの,自由脱退と譲受請求権は会員契約上の会員の権利
で,自由脱退による譲受請求権の行使は将来の不確実な事実であるから,前記の東京地
裁判決のように停止条件と考えてもよいが,正確には持分払戻請求権と同様の信用金庫
法上の自由脱退と譲受請求権の行使という法定の停止条件が未成就(額については定款
では出資額を上限とするという規定はあるが,算定方法は信用金庫法にも定款にも定め
られていない)の将来の請求権であると考えるべきである。もっとも,停止条件が特約
であろうと法定であろうと倒産法上の取扱いは同じであるから議論の実益がないのは
9立原幸雄・森井英雄・三訂信用金庫法の相談事例37頁
10国税徴収法74条1項は,持分の一部の譲受けを請求することができるとしており,国税徴収法基本通達
第5款74条関係7では1万円以下の部分については譲受請求をしないとしている。信用金庫法16条の
任意脱退による持分の譲受請求は持分全部でなければならないが,国税徴収法74条1項の規定は信用金
庫法16条の特則ということになる。
6
持分払戻請求権の場合と同じである。
会員の倒産と自由脱退の関係についていうと,破産と特別清算では,手続開始時点で
は法定脱退事由が生じて会員は既に脱退しているから自由脱退の余地はないが,民事再
生と会社更生では,手続開始時点では法定脱退事由は生じていないから,会員は持分譲
渡による自由脱退をすることができることになる。
会員の民事再生と会社更生では,手続開始時点では,会員の自由脱退による信用金庫
に対する譲受代金支払請求権は,会員の自由脱退による金庫に対する譲受請求権の行使
を法定の停止条件とする将来の請求権ということになる。
3,会員の倒産手続の開始と持分払戻請求権による相殺の可否
会員に倒産手続が開始された場合に,会員に対する貸付金等の債権で持分払戻請求権
と相殺ができるかどうかについて検討する。
(1)破産
破産では,相殺に供することができる自働債権である破産債権の範囲は破産債権の現
在化・金銭化(破産法103条2項,3項)に対応して拡張されている(同法67条2
項前段,70条)が,白働債権の範囲の拡張に対応して受倒債権(破産債権者の債務)
を現在化することで,その範囲も民法より拡張しているとされる。
拡張の内容は,期限付債権,停止条件付債権,将来の請求権も,受働債権として相殺
に供することができる(同法67条2項後段)ものとされるが,自働債権の拡張とは多
少その範囲が異なっている(受働債権の金銭化はされていない。)。
通説によると,相殺に際して,受働債権は期限の利益を放棄して相殺に供することは
できると解釈されているが,停止条件付債権や将来の請求権を受働債権として相殺に供
することはできないと考えられているから,破産法67条2項後段の規定は期限の点を
除いて民法の受働債権の拡張ということになるわけである。
(ア) 停止条件未成就の状態での相殺の可否
破産では,破産法67条2項後段の解釈としては,停止条件や法定条件が未成就の状
態で相殺に供することができるが,この場合は破産債権者は停止条件未成就の利益や将
来の請求権が発生しないという法定の停止条件未成就の利益を放棄して,受働債権を現
在化させて相殺をすることになるとするのが定説でほとんど異論を見ない。
持分払戻請求権を受働債権として相殺をする場合は,事業年度の終期に正味財産が存
在しないという法定の停止条件の不成就の利益と,事業年度の終期に正味財産が存在し
たとしても持分の額が出資額を下回るという停止条件の不成就の利益の双方を放棄し
て出資金額と相殺するということになる。
このような停止条件不成就の利益を放棄して相殺することが可能かどうかを検討す
る。
上記のように,停止条件不成就の利益や法定の停止条件不成就の利益を放棄すれば相
7
殺できるという点には異論はないのであるが,停止条件不成就の利益を常に放棄できる
かどうかについては,余り議論がされていない。
金銭債権で停止条件成就までは額が未確定の場合は停止条件成就で額が確定しない
と相殺することができないとする見解 11 や,額が未確定な停止条件付債務は相殺の期待
の程度が低いから,破産法67条2項後段の適用がなく,停止条件成就前に相殺するこ
とはできず,停止条件成就後の相殺も破産法71条1項1号の相殺禁止に触れるとする
見解 12 などを見かける程度である。
停止条件不成就の利益は通常は債務者のみの利益であるから放棄して相殺に供する
ことができる 13 のが原則であるが,①債務の額が未確定の金銭債権で停止条件不成就の
利益を放棄してみてもその額が確定できない場合のほか,②停止条件不成就の利益の放
棄と相殺の結果,法が認めない結果が生じる場合や、③停止条件不成就の利益の放棄と
相殺の結果,相手方(受働債権の債権者)の権利や利益を侵害する結果を生じる場合,
などは停止条件不成就の利益の放棄による相殺はできないと考えて,この間題を停止条
件不成就の利益の放棄の可否と相殺の可否の問題の一環として考えるべきである。
①に関していえば,停止条件成就までは額が確定しない金銭債権でも,その上限が画
されている場合でその上限以下になる利益を放棄できる場合は,額が未確定の金銭債権
でもその利益を放棄して相殺することができると考えるべきである。
このような例として敷金返還請求権をあげることができる。敷金返還請求権は貸貸借
契約終了後に目的物返還をした時点で敷金額から未払賃料等敷金で担保される被担保
債権を控除した残額として発生するというのが最高裁判例である(最高裁昭和48年2
月2日判決・民集27巻1号80頁)から,敷金返還請求権は停止条件付債権だと考え
られ,条件成就までは額が未定の金銭債権であるが,上限は敷金額である。
破産債権者である賃貸人は,賃貸借終了・目的物返還という停止条件の不成就の利益
と,被担保債権が発生するという停止条件の不成就の利益を放棄することは可能である
と考えられる。つまり,敷金の担保的機能を放棄して直ちに返還債務を発生させて相殺
に供することが可能だと考えるべきである。
持分払戻請求権についていうと,破産開始時点では破産者である会員は法定脱退事由
11
山木戸克己・破産法167頁
山本克己・大コンメンタール破産法294頁
13たとえば,会員権という点では持分と同じものとして,預託金制のゴルフ会員権を考えてみる。この会員
権の預託金返還請求権は,会員からの退会(約定解約権の行使)によって発生する(通常据置期間という
期限付の),退会を停止条件とする停止条件付債権であるが,停止条件不成就(退会しない)の利益を放
棄することは可能だと考えられる。この場合はゴルフ場会社が預託金の返還をしたり預託金返還債務を相
殺に供することによって,預託金のない会員(プレー権はある)ができることになるが,このようなこと
に法律上の問題はない。
ゴルフ場会社の民事再生における再生計画案では,退会しないという停止条件不成就の利益を全面的に放
棄して,会員のままで預託金の一部(権利変更による一部免除後の残額)を支払うという権利変更条項を
みかけることがよくある。
将来の賃料請求権は,将来の目的物の使用・収益という法定条件付の債権であるから,将来の請求権であ
るが,将来の使用・収益ができないという法定条件不成就の利益は放棄できるから,特に問題となること
はない。
12
8
の発生で脱退しているから,破産者は会員としての地位を喪失して後は金銭債権である
出資金の額を上限とする停止条件付債権として残存しているだけである。したがって,
敷金返還請求権と同様に,停止条件不成就の利益を放棄することは可能であると考える
べきである。持分払戻請求権の場合は,事業年度未の正味財産が存在しなくて,仮に存
在するとしても持分の額が出資金額に満たないときも,信用金庫はこのような(法定の)
停止条件が不成就になった場合の危険を負担して相殺することになるが,事業年度の終
期時点で出資金返還請求権として具体的に発生する確率は非常に高いうえに,破産債権
の配当率は微々たるものであることが通例であることを考えれば,受働債権の範囲で破
産債権の額面額によって相殺できるというメリットはあるので,信用金庫法上の問題も
生じないと考えられる。 14
実際上の問題としても,出資金の額(信用金庫法11条,同法施行令4条の2では大
都市の信用金庫は1万円以上,それ以外の信用金庫は5000円以上とされる)は高額
なものは少なく通常は数万円から数十万円程度であるし 15 ,相殺することができる期限
は最後配当の除斥期間満了時であると考えられている(破産法198条2項参照)から,
停止条件不成就の利益を放棄することができないとすると,停止条件成就(脱退の後の
事業年度の終期)を待っていると手続の迅速化が図られている現在の破産法の下では最
後配当の除斥期間が満了してしまう可能性も高く,そうなれば破産手続が終了しても破
産財団には持分払戻請求権が残存することになって清算が終了しないことになって破
産の清算目的が達成されない結果となる場合が生じることもあるので,相殺を認める必
要性がある。
実務上は,このような理論的検討を経たかどうかは別として,停止条件未成就の段階
で出資金返還請求権との相殺処理を行う場合が多いとされている 16 。
ちなみに,実務では,出資金返還請求権との相殺に代えて,破産管財人に依頼して出
資持分を譲渡(一旦部店長に譲渡し,他の会員に譲渡する)させて,譲渡代金を出資金
返還請求権とみなして相殺処理を行うという便法が行われることも見かけるが,これは,
破産で会員としての地位は消滅している(持分の譲渡はあり得ない)し,相殺の当事者
は異なるし,法律上は全くの誤り(法律的には無効)で,正面から相殺の意思表示を行
うべきである。
(イ) 停止条件成就後の相殺の可否
14
平野英則・金融法務事情1705号10頁は,額が不確定なものは権利を行使することができないため,
その額が確定するまでは相殺することができないことを理由に,信用金庫は会員の法定脱退時点では停止
条件付持分払戻請求権を受働債権とする相殺はできないとし,この見解が通説だとする。しかし,信用金
庫法18条2項を制限する定款の規定を有効と考える以上,相殺に供するため信用金庫法18条2項の法
定条件不成就の利益を放棄することは信用金庫法の趣旨に反しないと考えられるし,定款で債権額の上限
が決められているから,本文のようにこの停止条件不成就の利益も放棄すれば相殺が可能であり,上記の
見解が通説だとは考えられない。
15 信金中金総合研究所・全国信用金庫概況(2006年度)によると,平成19年3月末日現在の全国の
信用金庫の会員数は925万6033人,出資金総額は6898億7500万円となっていて,単純平均
では会員1名あたりの出資金は7万4532円である。
16信金実務の現状とその問題点・金融法務事情913号39頁など
9
次に,事業年度の終期を待って,正味財産が存在した(通常は定款による上限の出資
金の額)後に相殺することが可能かどうかは,破産手続開始後に停止条件の成就した場
合の相殺の可否の問題の一環で,この点に関しては旧破産法時代から争いがあった。も
ちろん,事業年度の終期が最後配当の除斥期間の満了時までに到来した場合の問題であ
る。
前記のとおり,受働債権が破産手続開始時点で停止条件付債権(将来の請求権でも同
じ)の場合に,上記のように停止条件の不成就や将来発生しないという利益を予め放棄
して相殺をすることができることは,現行法でいえば破産法67条2項後段からみて異
論は見当たらないのであるが,この利益を放棄しないで,破産手続開始後に停止条件が
成就した場合(将来の請求権では法定条件が成就して請求権が発生した場合)に,その
時点で相殺ができるかどうかについては,相殺の合理的期待が認められる場合は相殺可
能とする積極脱(通説)と,現行法でいえば破産法71条1項1号(破産手続開始後の
債務負担)に触れるから相殺はできないとする消極脱の争いがあった。
判例は,前記の東京地裁平成15年5月26日判決(金融・商事判例1181号52
頁)は,通説に依拠して,持分払戻請求権について,相殺の合理的期待があるので,停
止条件成就後の相殺を現行法でいえば破産法71条1項1号に抵触しないとして,その
相殺の効力を認めている。
最高裁平成17年1月17日判決(民集59巻1号1頁。以下「平成17年判決」と
いう)は,「旧破産法99条後段(現行法67条2項後段に相当)の趣旨は,破産債権
者が当該債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権とする相殺の担保的
機能に対して有する期待を保護しようとする点にあるものと解され,相殺権の行使には
何らの制限も加えられていない。そして,破産手続においでは,破産債権者の相殺権の
行使時期について制限が設けられていない。したがって,破産債権者は,その債務が破
産手続開始時点で停止条件付である場合には,停止条件不成就の利益を放棄したときだ
けではなく,破産手続開始後に停止条件が成就したときにも,特段の事情のないかぎり
相殺をすることができる。」旨判示して,積極説を採用した。
平成17年判決は,旧破産法99条後段(現行法67条2項後段に相当)の場合は一
律に相殺の担保的機能に対して有する期待を保護するものとして相殺を有効だとして
いるものと考えられ(一種の擬制をしている),停止条件成就後の相殺について,通説
のように相殺の合理的期待が認められる場合に限定しているわけではない。
平成17年判決は,相殺が禁止される「特別の事情」とは何かについては判示してお
らず色々な評釈がある 17 が,平成17年判決を上記のように考える限り,相殺権の濫用
17調査官解説として三木素子・ジュリスト1298号162頁,評釈として,島田邦雄ほか・商事法務1
735号41頁・栗田隆・リマークス2006(上)128頁,谷本誠司・銀行法務21,648号56
頁,中西正・NBL804号8頁,野村秀敏・金融商事判例1225号7頁,水元宏典・ジュリスト131
3号144頁,杉山悦子・別冊ジュリスト184号117頁などがある。
本件判例の「特段の事情」が何かは,従来の相殺の合理的期待を要求する通説の観点から,相殺期待の合
理性を阻却する事情を指すと考えることになるが,本文のように一律に相殺の担保的機能の期待を保護し
たものであるとするときは,相殺権の濫用というような例外的な事情を指すと考えることになる。
10
にあたるような特殊な場合であると考えられる。
平成17年判決は,旧破産法104条1号(現行法71条1項1号に相当)との関係
には言及していないが,現行法でいえば,破産法67条2項後段(ただし,期限の点は
除く)は,同法71条1項1号の特則だと考えているのではないかと思われる。
信用金庫法20条では,信用金庫は脱退した会員が信用金庫に対する債務を完済する
までは,その持分の払戻しを停止することができるとしていることから考えると,持分
払戻請求権による相殺の期待は合理性があることは明らかであり,通説の理解によって
も平成17年判決のいう特段の事情に該当しないことは明らかであるから,事業年度の
終期を待って停止条件が成就してから相殺権を行使してもよいということになる。
(2)特別清算
特別清算(解散決議が先行する場合)では,手続開始時点(特別清算開始命令)で事
業年度の終期が既に到来している場合は,持分払戻請求権は具体的な金銭債権(通常は
出資金返還請求権)として発生しているが,事業年度の終期が到来していない場合は,
破産と同様の停止条件付債権となっている。
手続開始時点で事業年度の終期が既に到来している場合は,手続開始時点で持分払戻
請求権が通常の金銭債権(出資金の額であるのが通常である)となっているから,通常
の方法で相殺すればよいことになる。
手続開始時点で事業年度の終期が未到来の場合は,手続開始時点では破産の場合と同
様の停止条件付債権となっているわけであるが,相殺に関しては破産と同じかというと
そうではない。
結論から先にいうと,実務的には,会社法517条1項1号の相殺の禁止に抵触して
相殺はできないと考えられる。
特別清算では,他の倒産手続と同じく自働債権,受働債権の取得時期等による相殺の
制限規定がある(会社法517条,518条)が,破産のような手続債権(協定債権)
の現在化・金銭化はされないから,相殺の範囲を拡張する破産法67条2項,70条に
相当する規定もないし,再建型である民事再生・会社更生とは異なり,相殺の適状時期
と相殺権の行使期限は手続債権届出期間満了時であるとする民事再生法92条1項前
段,会社更生法48条1項前段に相当する規定もない。
受働債権が特別清算開始時点で停止条件付債権である場合の相殺の可否については,
議論されたものをみかけないし,最高裁判例もないが,手がかりとなる最高裁の判例が
ある。
この最高裁判決は会社整理に関する判例である。
会社法の制定で廃止された商法上の会社整理(再建型の法的倒産手続)では,特別清
算と同様に,自働債権,受働債権の取得時期に関する相殺の制限規定(旧商法403条
による旧破産法104条の準用,なお,旧破産法104条は現行破産法71条,72条
に相当する規定)はあったが,破産法67条2項,70条,民事再生法92条1項前段,
11
会社更生法48条1項前段に相当する規定は置かれていなかった。
最高裁昭和47年7月13日判決(民集26巻6号1151頁。以下「昭和47年判
決」という)は,会社整理手続開始前の処分清算型の譲渡担保契約による譲渡担保権者
が,債務者の会社整理手続開始後に,債務不履行に基づく換価処分・清算(停止条件の
成就)によって発生した剰余金返還債務を受働債権とし,手形債権を自働債権とする相
殺をした事案で,相殺の可否が問題となった例である。
昭和47年判決は,旧商法403条で準用される旧破産法104条1号(現行法71
条1項1号に相当)は債権者平等原則に反する結果をもたらす弊害を防止するのがその
立法趣旨であり,債務負担の原因やその原因の発生時期に応じて相殺制限の除外を認め
ていない以上,債務を現実に負担するに至った時期(停止条件付債権の場合は停止条件
の成就)と会社整理手続開始の時期を比較すべきだとして,停止条件の成就より会社整
理手続の開始が早い場合は,旧破産法104条1号(手続開始後にした債務負担)に抵
触するから相殺は無効だという趣旨の判示をしている。
昭和47年判決については,清算金の額が手続開始時点では未確定であるからとか,
相殺の担保的機能の期待を保護すべき例でないとか,この判例の結論が破産にも及ぶの
かどうかについても色々な評釈がされ 18 ,下級審の判例もいくつか出された(前記の持
分払戻請求権の相殺に関する平成15年の東京地裁判決もそのひとつである)が、平成
17年判決では,前記のように,旧破産法99条後段(現行法67条2項後段に相当)
の立法趣旨は相殺の担保的機能の期待の保護であり,破産では相殺権の行使に制限もな
く行使時期の制限もないということを論拠にして,手続開始後に受働債権の停止条件が
成就した場合もその時点での相殺を認める,という判断をしている。
だから,平成17年判決では,昭和47年判決は事案を異にし本件に適切でないと判
示され,判例変更がされたわけではない。
元に戻って,昭和47年判決を素直に読む限り,危機時期における債務負担は原則と
して相殺は禁止されるところ,その債務負担が手続開始前の原因による等の除外事由が
設けられているが,手続開始後の債務負担には,債権者平等原則の保護のために,危機
時期における債務負担のような除外事由はなく一律に相殺禁止とされているから,この
債務負担とは現実の債務負担をいうものであるといっているものと考えられる。つまり,
一般的に,停止条件付債権は手続開始前に条件が成就していない限り相殺に供すること
ができないといっているのである。学説がいうような相殺の担保的機能の期待を保護す
るかどうかとか,停止条件でも額が未定の場合に限るというような付加的な要件は全く
考えられておらず,相殺の担保的機能の期待があろうがなかろうが,一律に債権者平等
原則に反するから相殺禁止といっているのだと考えられる。
以上から考えると,破産に関する平成17年判決は破産法67条2項後段に相当する
18調査官解説として鈴木弘・最高裁判例解説民事編昭和47年度639頁,評釈として,櫻井孝一・判例批
評173号(判例時報703号)22頁,霜鳥甲一・判例タイムス289号95頁,山木戸克己・民商法
雑誌68巻2号289頁,新堂幸司・法律協会雑誌90巻10号1376頁,高見進・別冊ジュリスト1
63号141頁
12
規定をもたない特別清算には及ばず(破産法67条2項後段は破産債権の金銭化・現在
化とは関係がないから特別清算にも類推適用されると考えることは,会社法の制定は最
近のことであり,特別清算に破産法67条2項後段に相当する条項が設けられなかった
ことを考えると無理である。),会社整理に関する昭和47年判決の射程内にあると考
えられるから,特別清算手続開始時点で停止条件が成就していない受働債権(持分払戻
請求権)は会社法517条1項1号(手続開始後の債務負担)に抵触するので相殺に供
することができないということになる。
もっとも、後記(3)で紹介する,停止条件不成就の利益は期限の利益と同じように
放棄することが民法上も可能で,停止条件不成就の利益を放棄すれば相殺できるとする
学説に立つ場合は,破産の場合と同様に停止条件不成就の利益は放棄可能だと考えられ
るから,事業年度の正味財産が存在しても持分の額が出資額を下回るという停止条件の
不成就の利益を放棄して相殺することが可能ということになろう。
(3) 民事再生
民事再生では,再生手続開始時点では会員契約は継続中であるから,持分払戻請求権
は(法定の)停止条件付債権として存在していることになる。
このような(法定の)停止条件付債権を受働債権として相殺に供することができるか
どうかが問題となる。
手続開始時点で受働債権が(法定の)停止条件付債権の場合の相殺の可否については,
正面からこの点について判断した最高裁の判例はないし,学説は最近のものが大半であ
るが,多岐に分かれている。
民事再生では,破産法67条2項,70条に相当する相殺の範囲の拡張規定は,受働
債権が期限付の場合も相殺することができるという点(民事再生法92条1項後段)を
除いて設けられていないが,相殺適状の時点を再生債権届出期間満了時まで遅らせ(民
事再生法92条1項前段),相殺の意思表示(相殺権の行使)を再生債権届出期間に制
限しているという特徴がある。
関連する判例と学説について検討する。
(ア) 判例
関連する最高裁の判例は,前記のとおり,会社整理に関する昭和47年判決と破産に
関する平成17年判決がある。
民事再生に関する最高裁の判断が示されていない現在,実務上は結論を異にするこの
2個の判例のどちらが民事再生に妥当するかという点が重要である。
結論から先にいうと,これまで検討してきたことから明らかなように,破産に関する
平成17年判決の射程は民事再生には及ばず,会社整理に関する昭和47年判決の結論
が民事再生に妥当すると考えられる。
平成17年判決の結論は民事再生,会社更生,特別清算には及ばないとするのがこの
判決に関する判例評釈の多数の意見でもある。
13
平成17年判決の結論の論拠は,前記のように,現行破産法67条2項後段の立法趣
旨は相殺の担保的機能の期待の保護であり,破産では相殺権の行使や行使時期の制限が
ないということであるから,この論拠に立つ限り,破産法67条2項に相当する規定が
なく,相殺権の行使時期の制限もある民事再生では,停止条件が手続開始後に成就した
場合も相殺を許容するという結論は妥当しないし,昭和47年判決の論拠は,前記のと
おりで,民事再生法93条1項1号は,危機時機における債務負担とは異なり,再生手
続開始後の債務負担を一律に相殺禁止としているから,この昭和47年判決の受働債権
である停止条件付債権は手続開始時点で停止条件が成就していない限り相殺に供する
ことができないという結論は民事再生にも妥当すると考えられるからである。
もっとも,旧法の会社整理と異なる点は,民事再生では,相殺の適状時期を再生債権
届出期間満了時まで遅らせているから,受働債権が再生手続開始時点では停止条件付債
権や将来の請求権であったが再生債権届出期問の満了時までに停止条件が成就し又は
債権が発生した場合(法定の停止条件が成就した場合)に相殺を可能とするかどうかの
問題は残るが,昭和47年判決の論拠を前提とする限り,やはり手続開始後の債務負担
として相殺は禁止されるという結論になる。
したがって,現在のこれらの最高裁判例を前提とする限り,受働債権が停止条件付債
権の場合(将来の請求権の場合も同じ)は,相殺に供するためには,再生手続開始まで
に停止条件が成就していることが必要で,持分払戻請求権は民事再生開始時点では停止
条件付債権であるから相殺に供することは許されず,再生債権届出期間中に停止条件が
成就した場合も停止条件不成就の利益を放棄した場合も含めて,民事再生法93条1項
1号に抵触して相殺は禁止される(相殺されても無効)ということになると考えられる。
(イ) 学説
学説は概ね3種類に分かれている。民事再生法に関する書物は詳細なものが余りない
から,はっきりした結論を示している学説ばかりではないが,相殺に関する規定の構造
は会社更生も民事再生と同じであるから,会社更生に関する見解も含めて,相殺禁止に
関する見解からみるとこのような結論になるはずだという憶測も含めて紹介してみる。
ほとんどが最近のものである。
a説 受働債権が手続開始時点で停止条件付債権や将来の請求権である場合は,再生債
権届出期間内に,停止条件が成就するなど債務が現実化しても停止条件の不成就などの
利益を放棄しても,手続開始後に債務を負担したものとして,相殺は一切禁止されると
する見解
この見解は2種類あり,自働債権も手続開始時点で停止条件付債権や将来の請求権の
場合は再生債権届出期間中に停止条件の成就等で現実化しても相殺は禁止されるとい
14
う見解 19 と,自働債権については手続開始時点で停止条件付債権や将来の請求権の場合
は,再生債権届出期間中に停止条件の成就等で現実化した場合は相殺ができるという見
解 20 に分かれている。
a説は結果的には昭和47年判決と同様の結論となり,a説に立つと,持分払戻請求
権(出資金返還請求権)を相殺に供することはできないということになる。
b説 受働債権が手続開始時点で停止条件付債権や将来の請求権である場合は,再生債
権届出間内に停止条件が成就するなど債務が現実化したときは合理的な相殺期待があ
れば相殺は認められるが,停止条件不成就の利益を放棄して相殺することは許されない
とする見解 21
b説に立つと,持分払戻請求権(出資金返還請求権)を相殺に供することができるの
は,再生債権届出期間満了時までに法定脱退事由が発生して,かつ,事業年度が終了し
て正味財産があるという2重の停止条件が成就した場合であり,信用金庫法20条の規
定(債務完済まで持分の払戻しを停止できる)から考えてみても,合理的な相殺期待が
あると考えられるから,相殺は可能ということになる。
しかし,再生債権届出期間は開始後1ヶ月程度と指定されるのが通例で,法定脱退事
由で考えられるのは除名(信用金庫法17条1項4号)だけで,通常の定款では除名は
債務の履行が6ヶ月以上されないという要件が必要で,弁明の機会を与えたうえで総会
(総代会)の決議によることが必要であり 22 ,さらに除名後に事業年度の終期が再生債
権届出期間中に到来するということも時間的にみて通常は考えられないから,再生債権
届出期間中に停止条件全部が成就するということ自体が非現実的だということになる。
もう少しいえば,定款の除名要件に関しては,民事再生の開始で再生債権の手続外弁
済が禁止されるから,手続開始によって再生債権の履行ができなったことを理由に契約
の債務不履行解除をすることはできないというのが一般的見解であり,再生手続の開始
で信用金庫に対する債務の履行ができなくなったことを理由とする除名ができるのか
どうかも問題があるところである。
また,b説は,相殺の可否に相殺の担保的機能の期待の合理性という判断基準を正面
から持ち込む通説的な考え方で,最高裁判例の相殺の可否に関する考え方とは異なって
いる点に注意が必要である。将来,最高裁がこの見解を採用する場合は判例変更が必要
となる。
c説
受働債権が手続開始時点で停止条件付債権や将来の請求権である場合は,再生
19
条解会社更生法〈中〉882頁,892頁の見解である。
山本克己・条解民事再生法404頁,拙著・実務倒産法講義改訂増補版上巻240頁。松下淳一・詳解
民事再生法334頁もはっきりしないが,この見解だと思われる。
21 伊藤眞・破産法・民事再生法693頁,696頁。中西正・NBL804号11頁もこの見解だと思われ
る。
22 申合せ定款例15条
20
15
債権届出期間内に停止条件が成就するなど債務が現実化したときは相殺は認められる
し,停止条件不成就等の利益を放棄して相殺することも許されるとする見解 23
この見解は,破産法67条2項後段は相殺権を拡張したのだという通説の見解を否定
し,民法上の相殺も受働債権は期限の利益を放棄する以外にも停止条件不成就の利益や
将来の債権の発生しないという法定条件の不成就の利益も放棄すれば相殺可能だと考
えることが理論的前提になる。
この見解では,民事再生法92条1項後段(受働債権が期限付の場合も相殺を認める)
の規定も破産法67条2項後段の規定(受働債権が期限付や停止条件付や将来の請求権
の場合も相殺を認める)も,解釈上当然のことを注意的に規定したものであり,法律上
は無意味な規定だと考えることになるし,民事再生法92条2項の将来の賃料債務は6
ヶ月の限度で受働債権として相殺を認めるという規定は,相殺の拡張規定ではなく,本
来は将来の使用収益という法定条件の成就を要する将来の請求権である賃料請求権に
ついて,将来の法定条件不成就の利益を放棄して再生債権全額と相殺できるところを6
ヶ月分だけに制限した規定であると考えることになる。
この考え方は従来からの通説の認めるところではないし,民事再生法92条1項後段
の規定の反対解釈(受働債権については期限の利益の放棄以外は認めないという解釈)
とは正面から抵触するし,無意味な規定をなぜわざわざ作ったのかの合理的な説明が困
難で,民事再生法92条1項後段と破産法67条2項後段の規定の内容が異っている理
由の説明に窮ることになろう。
債務を(法定の)停止条件未成就のままで,不成就の利益を放棄して相殺に供するこ
とは,民法上は許されないことを前提に,今回の一連の倒産法の改正がされたからこそ,
従来の条文スタイルと変わらない破産法67条2項後段,民事再生法92条1項後段,
会社更生法48条1項後段の各規定が設けられたのであろう。
受働債権に関して(法定の)停止条件不成就の利益を放棄して相殺に供することがで
きるかどうかは,倒産法に特有な問題ではなく民法上の解釈問題であるが,これまでは
議論されてこなかったようである。
この間題がこれまで民法解釈で議論されてこなかったのは,平常時であれば,誰も自
己の債務が発生しないという利益を放棄して債務をわざわざ発生させてまで自己の債
権と相殺をしようとは考えないからだと思われる。しかし,従来から,期限の利益の放
棄以外に受働債権に抗弁権が付着している場合は抗弁権を放棄して相殺ができるとい
う見解はあった 24 のであり,自分の債権が債務者の倒産で割合的弁済しか受けられない
という状態では,自己の債務が発生しないというリスクを負担して債務を発生させて自
己の債権の額面額で相殺するメリットはあるといえるから,このような議論の意味があ
るということになろう。
また,実務的には,最高裁は昭和47年判決を変更しない限り,この結論をとること
23
山本和彦・論点解説新破産法上100頁。沖野最巳・倒産法概説224頁も多分同じ見解であろう。
24中井美雄。注釈民法(12)397頁
16
はできないということになる。
c説に立つと,信用金庫は,①法定脱退事由の不発生と②事業年度の終期に正味財産
がないか,あっても持分の額が出資額を下回るという2重の(法定の)停止条件の不成
就の利益を放棄することができれば,放棄して相殺をすることができることになりそう
である。
しかし,②の(法定の)停止条件不成就の利益は金銭債権の存否や額に関する利益で
あるから放棄は可能であるというのが破産で検討した結論であるが,①の(法定の)停
止条件不成就の利益は放棄できるかどうかの検討が必要である。
①の法定脱退事由の将来の不発生という利益を放棄して持分払戻請求権を発生させ
て相殺に供することが信用金庫法上可能かどうかということである。
これを前記の利益の放棄と相殺の可否という観点からいえば,(法定の)停止条件不
成就の利益は通常は債務者のみの利益であるから放棄が可能であるが,この利益を放棄
して相殺した結果を法が認めない場合は放棄できず,また利益の放棄と相殺の結果,相
手方の権利や利益を奪う場合は(法定の)停止条件不成就の利益は債務者だけにあると
はいえないから,利益の放棄による相殺はできないと考えるべきである。
法定脱退事由不発生という(法定の)停止条件不成就の利益を放棄して相殺するとい
うことは,とりもなおさず,法定脱退事由が発生していないにもかかわらず持分払戻請
求権を発生させて相殺により債務を消滅させるということになるから,再生債務者であ
る会員は,会員の資格があるにもかかわらず,持分がないということになる。信用金庫
法は出資持分を有しない会員は認めていない(信用金庫法11条)から,放棄の結果,
信用金庫法が認めない種類の会員を認めることになり,このようなことは出資を持ち寄
って組織される人的な協同組織である信用金庫では許されることではない。このように
考えれば,信用金庫法上,この停止条件不成就の利益を放棄して相殺することはできな
いと考えざるを得ない。
もう少し,この点を検討する。法定脱退事由の不発生という停止条件不成就の利益を
放棄して相殺することにより,再生債務者の持分は全部喪失すると考え,持分全部の喪
失は借用金庫法17条1項5号の持分の全部の喪失に該当するから,この利益の放棄と
同時に相殺をすることにより脱退事由が発生するから,法定脱退事由不発生という停止
条件不成就の利益を放棄することはできると考えることは可能かどうかということで
ある。
しかし,停止条件不成就の利益の放棄と相殺によって会員の持分を喪失させることは,
脱退事由がないにも関わらず会見の意思に反して会員の地位を奪うことになり,このよ
うなことは信用金庫法上も許されないと考えられるし,前記のように,信用金庫法17
条1項5号は信用金庫法18条1項の持分払戻請求権の発生原因とはなっていないか
ら,信用金庫法17条1項5号は自由脱退による持分全部の譲渡(金庫に対する譲受請
求による場合も含む)によって,持分全部がなくなった場合を脱退事由としているのだ
と考えるのが素直な考え方で,上記の考え方はこれに反することになるし,また,この
17
考え方に立つと,信用金庫法上も会員契約上も持分払戻請求権の発生原因とならない事
由(持分の全部の喪失)を持分払戻請求権の発生事由としたのと結果としては同じこと
になり,このような考え方は信用金庫法の認めるところではない。
以上のように考えると、c説に立ってみても,法定脱退事由の不発生という停止条件
不成就の利益を放棄して相殺することは信用金庫法上認められないから,相殺はできな
いという結論になる。
(4)会社更生
債権届出期間が手続開始後3ヶ月程度とされる点を除けば,相殺に関する規律は民事
再生と全く同じであるから,(3)と同じである。
4,会員の法的倒産手続の開始と持分譲受代金支払請求権による相殺の可否
持分譲受代金支払請求権は,会員の自由脱退による金庫に対する譲受請求権の行使を
停止条件とする(法定の)停止条件付債権であると考えて,以下検討討する。
(1)破産と特別清算
これらでは,法定脱退事由が発生して会員の資格がなくなっている(持分払戻請求権
だけしか残っていない)から,自由脱退を考える余地はない。
(2)民事再生
持分譲受代金支払請求権は手続開始時点では停止条件付債権であるから,相殺の可否
は出資持分払戻請求権と大体同じである。
前記の最高裁の判例に対する評価を前提とすると相殺はできないということになる。
3(3)のa説によると,相殺はできないということになる。
3(3)のb説に立つと,再生債権届出期間中に停止条件が成就すれば相殺は可能と
いうことになるが,停止条件は自由脱退による譲受請求権の行使であり,譲受時期につ
いては,通常の定款上は,譲受請求から6ヶ月後経過後に到来する事業年度の末に譲り
受けることとされているから,これは期限と考えてよいように思われる。
停止条件(再生債務者の自由脱退による持分譲受請求)が再生債権届出期間中に成就
すれば,期限は民事再生法92条1項後段で放棄が可能であるから,期限を放棄すれば
相殺は可能のようにみえるが,相殺はできないと考えられる。
自由脱退をするかどうかは会員である再生債務者の任意であるから,金庫が会員であ
る再生債務者に対して持分譲受代金支払請求権を相殺に供する目的で自由脱退による
譲受請求をすることを要求し,この要求に応じさせて相殺を行うことや,再生債務者が,
偶々,再生債権届出期間中に自由脱退による譲受請求をしてきたことを奇貨として相殺
をすることは,債権者平等原則に反した相殺を行うことになり,このような相殺は,相
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殺権の濫用として許されないと考えるべきである。
また,再生債務者が自由脱退をして金庫に相殺に供させることは,この相殺は実質的
には再生債権の手続外弁済と同視すべきものであり民事再生法85条1項に反するも
のとして無効だと考えるべきであるし,自由脱退による持分譲受請求をすることは,再
生債務者は信用金庫の相殺に供させるために義務なき行為を行ったことになるから,誠
実・公平義務(民事再生法38条2項)に違反することにもなる。
なお,信用金庫が会員である再生債務者に代位して持分譲受請求権を行使をすること
(民法423条)も許されないと考えられる。債権者代位権の行使は再生債権の行使の
一種であるところ,再生債権は再生手続によらなければ行使できない(民事再生法86
条1項)からである。
このように考えると,3(3)のb説に立っても,実際には相殺はできないというこ
とになる。
3(3)のc説に立つと,再生債権届出期間内に持分譲受代金支払請求権の停止条件
の不成就の利益を放棄すると,相殺が可能ということになりそうであるが,信用金庫に
停止条件不成就の利益があるのかどうかが問題となる。
停止条件は会員が金庫に持分譲受の請求をすることであるし,6ヶ月経過後に到来す
る事業年度の終期の到来は期限ということになるから,正確にいうと,放棄の対象は停
止条件不成就の利益と期限の利益の双方ということになる。
停止条件不成就の利益が信用金庫にあるとすると,放棄によって,信用金庫は会員の
譲受請求がないにもかかわらず,持分譲受代金支払債務を負担し,それを相殺に供する
ということになるわけであるが,金庫の停止条件不成就の利益の放棄があっても会員は
会員としての資格を依然として有し,持分をさらに他の資格者に譲渡することもできる
と考えるのが放棄の効果でなければならないはずであるところ,持分譲受代金支払請求
権を発生させて相殺で消滅させた結果,実質的には持分がなくなった会員を依然として
会員とするということになり,これは持分払戻請求権の箇所で述べたように信用金庫法
11条1項に反する会員を設けたのと同じことになり,このようなことは信用金庫法は
予定していないし,会員が自由脱退で持分を他に譲渡したときは,信用金庫は何の支払
債務を負担したのか訳がわからなくなる。
もう少しこの点を検討する。停止条件不成就の利益が信用金庫にあり,信用金庫がこ
れを放棄すると,放棄と相殺によって金庫に持分を譲渡したのと同様の結果が生じ,再
生債務者である会員は持分の全部の喪失になって信用金庫法17条1項5号で脱退し
たことになるから,信用金庫法11条1項には違反しないと考えることが可能かどうか
である。
しかし,停止条件不成就の利益の放棄と相殺によって会員の持分全部の喪失という効
果が生じるとすることは,自由脱退もしないのに会員の意思に反して会員の地位を奪う
ことになり,このようなことは信用金庫法上も許されないと考えられるし,信用金庫が
停止条件不成就の利益の放棄と相殺によって信用金庫に持分譲渡がされたのと同じ効
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果が生じると考えると,信用金庫に会員に対する持分譲渡請求権を認めたのと同じこと
になり,このような権利は信用金庫法上,信用金庫には認められていない。
以上のように考えると,3(3)のc説に立ってみても,停止条件不成就の利益を放
棄することは信用金庫法上認められないから,相殺はできないという結論になる。
(3)会社更生
債権届出期間が手続開始後3ヶ月程度とされる点を除けば,民事再生と全く同じであ
るから,(2)と同じである。
5,まとめ
最高裁の判例を前提に,各種倒産手続との比較を含めて持分払戻請求権・持分譲受代
金支払請求権による相殺の可否を検討してみたが,現在のところは,持分払戻請求権と
の相殺は,破産の場合は可能で,特別清算の場合は開始時点で信用金庫の事業年度が終
了した場合に限って相殺は可能であるが,それ以外では,およそ相殺はできないという
結論に達した。
学説の3(3)のb説に立ってみても,持分払渡請求権の場合は手続債権届出期間内
に停止条件の全部が成就することは通常は考えられないし,持分譲受代金支払請求権の
場合は停止条件不成就の利益の放棄自体が許されないという結論に達した。
学説の3(3)のc説に立ってみても,会員の民事再生と会社更生の場合は,会員の
持分払戻請求権については停止条件のうち,発生原因となる法定脱退事由不発生の利益
を放棄して相殺することはできず,自由脱退の持分譲受代金支払請求権の停止条件不成
就の利益を放棄して相殺することもできないという結論に達した。
停止条件付債権にかかる停止条件不成就の利益や将来の請求権にかかる法定条件不
成就の利益は放棄できるのかどうかという議論が必要である。これは3(3)のc説に
立つ場合に限らず,破産では停止条件不成就や法定条件不成就の利益の放棄による相殺
の可否として常に問題となるからである。
前記3(1)(ア)のとおり,(法定の)停止条件不成就の利益は通常は債務者のみ
の利益であるから放棄して相殺に供することができるのが原則であるところ,①債務の
額が未確定の金銭債権で停止条件不成就の利益を放棄してみてもその額が確定できな
い場合のほか,②停止条件不成就の利益の放棄と相殺の結果,法が認めない結果が生じ
る場合や,③停止条件不成就の利益の放棄と相殺の結果,相手方(受働債権の債権者)
の権利や利益を侵害する結果を生じる場合,などは停止条件不成就の利益の放棄による
相殺はできないと考えるべきであるとの一応の結論は述べた。しかし,停止条件や法定
条件は種々なものがあり,不成就の利益が債務者だけにあるのか,額が未確定の場合な
どはどのような利益を放棄するのかといった様々な観点から,(法定の)停止条件不成
就の利益の放棄の可否や相殺の可否がさらに検討されなければならないだろう。
たとえば,平成17年判決は停止条件不成就の利益を放棄して相殺に供することはで
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きるとしているが,この判例の事案も保険契約に関するもので,保険契約継続中の場合
は保険事故による保険金支払請求権や解約返戻金が停止条件付債権ということになる
から,条件不成就の利益は放棄できるのか,放棄できるとすると具体的にどのように放
棄するのか,ということが不明である 25 し,昭和47年判決の事案は譲渡担保契約で担
保権の私的実行に未着手であった例で,清算金発生の可否や発生した場合でも額が未定
であるから放棄が可能かどうか不明であるし,本稿で検討した持分払戻請求権も破産で
は定款で出資金の額を上限としていることを停止条件不成就の利益の放棄を認める理
由のひとつとしたのであるが,このような定款がない場合は,発生の可否や発生した場
合の額が未定という点では昭和47年判決の例と同じということになる。
平成17年判決と昭和47年判決を前提とすると,条文上は全く同じ「手続開始後の
債務負担」(破産法71条1項1号,民事再生法93条1項1号,会社更生法49条1
項,会社法517条1項1号)の解釈が破産と民事再生・会社更生・特別清算では異な
ることになるので,この点も含め,(法定の)停止条件不成就の利益の放棄の可否や相
殺の可否が,色々な事例を想定して相殺の担保的機能の期待の保護という観点を含む
種々の観点から検討されることが望まれる。
以上
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この点をいうものとして,前掲17)水元宏典・ジュリスト1313号145頁
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