気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ 石 田 祥 代* 野 澤 純 子** 藤 後 悦 子*** Research Trends on the Upbringing of Children with Special Needs Sachiyo ISHIDA Junko NOZAWA Estuko TOGO 1.はじめに 等があるとされており、その背景として、地域 社会の教育力の低下、家庭の教育力の低下が指 近年、我が国では、家庭の教育力や子育て機 摘されている。 能が低下してきており(松田,2011)、社会状 このような地域社会や家庭の教育力の低下を 況の急激な変化に伴い家庭生活の維持そのもの 改善するために、子どもの生活力を高める家庭 が困難を極める状況を生み、子どもの家庭教育 教育の強化や支援等の政策が打ち出されてき に少なからず影響を及ぼしているといわれてい た。その一つとして少子化社会対策基本法(平 る(工藤,2010)。中央教育審議会による答申 成15年)があり、本法第11条によれば、国・地 『子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後 方公共団体は「保育所、幼稚園その他の保育 の幼児教育の在り方について─子どもの最善の サービスを提供する施設の活用による子育てに 利益のために幼児教育を考える』においても、 関する情報の提供及び相談の実施、その他の子 近年の子どもの変化には、基本的な生活習慣の 育て支援が図られるよう必要な施策を講ずるも 欠如、コミュニケーション能力の不足、自制心 のとする」とされ、子育て支援に対する行政機 や規範意識の不足、運動能力の低下、小学校生 関の責任が示されている。加えて、「生命の尊 活への不適応、学びに対する意欲・関心の低下 厳並びに子育てにおいて家庭が果たす役割及び * ** *** Sachiyo ISHIDA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology) Junko NOZAWA 立教女子短期大学(St. Margaret’s Junior College) Estuko TOGO 東京未来大学(Tokyo Future University) 35 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015) 家庭生活における男女の協力の重要性について 家庭への支援として、母子保健家庭訪問や児 国民の認識を深めるよう必要な教育及び啓発を 童発達支援センター、幼稚園や保育所での相談 行うものとする(第17条)」とされ、家庭の役 等が挙げられるが、このうち保育時間が長く、 割が法的に改めて確認された。さらに、 教育 日中のほとんどを過ごす子どもたちも多い保育 基本法の改正(平成18年)によって「父母その 所に対しては、挨拶や食事、排泄をはじめ交通 他の保護者は、子の教育について第一義的責任 ルールを守ることや集団の中での決まり事を を有するものであって、生活のために必要な習 守ること等の生活習慣の確立への高いニーズが 慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成 認められる。これに加えて、先述のように、家 し、心身の調和のとれた発達を図るよう努める 庭の教育力低下や、発達障害を含む気になる子 ものとする(第10条)」、「国及び地方公共団 どもの親が「困り感」を持っている点、多様な 体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者 ニーズを有する子どもたちが通所していること に対する学習の機会及び情報の提供、その他の から保育士の資質・専門性の向上がますます重 家庭教育を支援するために必要な施策を講ずる 要となってきている。しかしながら、現状では よう努めなければならない(第10条2)」と家 保育士の経験や能力の不足、資質向上のための 庭教育に関する条項が盛り込まれた。並びに、 機会の不足により、家庭支援や親への対応の困 社会教育法の改正(平成20年)においても家庭 難さを訴える保育士も多いという。それ故、発 教育の支援に重点が置かれ、市町村教育委員会 達障害児も含む「気になる子ども」を対象とし の事務として「家庭教育に関する学習の機会を た親と保育士の「困り感」に焦点をあて、「困 提供するための講座の開設及び集会の開催並び り感」を軽減する具体的な子育て技術の獲得を に家庭教育に関する情報の提供並びにこれらの 目指した家庭支援プログラムの開発が今後の研 奨励に関すること(第5条7)」が加えられてい 究課題として提示されている(野澤・藤後, る。その上、現在、子ども・子育て支援新制度 2013)。 に基づいて計画が策定されている子ども・子育 そこで、本稿では、保育所を利用する気にな て支援事業において「地域と家庭の子育て力と る子どもの家庭支援プログラムの開発を最終的 教育力の向上」を掲げている地方自治体も数多 な目的とし、同プログラムにおける「家庭教 くみられる。 育・しつけ」要因を検討するための前段階とし 特に、発達に遅れのある子どもや気になる子 て、主に幼児の「しつけ」について、家庭と保 どもを養育している多くの親や家庭は、大きな 育所・幼稚園での取り組みや議論を明らかに 不安とともに閉塞感を感じ、孤立している現状 し、保育所に在籍する気になる子どものいる家 にある(堀川,2012;寺沢ら,2013)という。 庭の「しつけ」に関する研究課題を分析する。 そして、その要因の一つとして、発達に遅れの 本稿で、主に「しつけ」を研究のキーワードと ある子どもや気になる子どもの生活習慣の確 する理由としては、しつけは家庭教育に比し 立の難しさがあり、親がその対応に育てにくさ て、教育一般よりも生活全般にわたる行為を指 などの「困り感」を感じることが多く(佐藤, すことが多く、幼児の家庭においてよく用いら 2007)、早期からの家庭支援の必要性が指摘さ れる術語であること、「生活習慣としつけ」と れている(小泉,2000;本郷,2006,根来・山 並列されるように「しつけ」が生活習慣を身に 下・竹田,2004)。このような子どもを育てる つけるための方法としてしばしば用いられるこ 36 気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・ しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ とを挙げることができる。 者への支援について事例研究を行っているが、 その研究において、下記のように言及してい 2.方法 る。保育の現場では「気になる子ども」という ことばで表現される場面が増加している。園で 文献の収集は、主にCiNii(国立情報学研究 の集団生活を送る上で何か引っかかりを感じ 所 学術情報ナビゲータ)と厚生労働省・文部 る、友だちとうまく遊べない、行事に円滑に参 科学省における答申と報告書を利用した。検索 加できないなど、「気になる」ところの目立つ キーワードは、「しつけ」「家庭支援」「気に 子どもが多く見られるようになってきたのであ なる子」「保護者支援」「保育」「発達障害」 る。このように、保育所などの保育現場におい 「生活教育」「家庭教育」であった。本研究の ては、障害ゆえに他の幼児と同様の行動をとる 最終的な目的は、保育所に通う気になる子ども ことができない幼児のみならず、周囲の雰囲気 の親の家庭支援プログラムの開発であることか をうまくつかめない、指示がうまく理解できな ら、現在の支援ニーズを重要視したいと考え、 い、指示と行動を結びつけることができない等 概ね過去10年の資料を概観した。まずは、内容 の理由から集団生活を送る上で「気になる子ど 別に整理した上で、「しつけ」用語およびその も」が少なくない。このような気になる子ども 定義について整理を行い、次に幼児の家庭にお のうち、成長とともに自然と「気になる」場面 ける「しつけ」に関する調査報告、現状や支援 が少なくなる子どももいれば、「気になる」場 実践について概観する。最後に、保育所に通所 面が継続し、さらには増大する子どももいる する気になる子どもの家庭における「しつけ」 が、実際に「気になる」子どもを養育している 研究から、これらの家庭支援プログラムのうち 家庭や保育所では、困った場面に遭遇した際、 「家庭教育・しつけ」要因を検討するために必 どのように対応すべきか、あるいは、どのよう 要な今後の研究課題を設定する。なお、本稿で にしつけを行っていけばよいのかなど具体的な は、原文では「保育園」と言及されている箇所 解決に結びつく支援が求められている。 についても児童福祉法に規定される「保育所」 ということばを用いることとする。 3.「気になる子」について 4.「しつけ」について 表1に各辞典における「しつけ」の定義をま とめた。表1によれば、「しつけ」という日本 寺田(2011)は、「気になる」子育て家庭へ 語は「する」と「つく」の合成語で、もとも の支援に関する研究において、子育て支援者が と、田に稲を植えつける、衣服を仕立てるなど 「気になる」と感じる55項目を抽出した。その に用いられたのが、後に転じて、子どもをおし うち、「気になる」子どもの状態について①よ えならすことを意味するようになったとされて く泣く、笑わないなど子どもの情緒が不安定で いる。このような理由から、広辞苑や広辞林 ある、②子どもにアレルギーや発達の心配事が にあるように「しつけ」(仕付け)ということ ある、③子どもがかむ、ひっかく、笑うなど ばは、「仕立てること」、「田植え」、「つく 問題を起こす、の3点を挙げている。また、磯 りつけること」、「嫁入り」、「奉公」という 野・井上(2011)は「気になる子ども」の保護 ようにさまざまな意味で用いられてきた。新教 37 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015) 表1 辞典における「しつけ」の定義 広辞苑 ①作りつけること。②(「躾」とも書く)礼 儀作法を身につけさせること。また身につい た礼儀作法。③嫁入り。奉公。④(「躾」と も書く)縫い目を正しく整えるために仮に ざっと縫いつけておくこと。⑤(稲の苗を縦 横に正しく、曲がらないように植えつけるこ とから)田植。 新・教育心理学事典 しつけという日本語は「する」と「つく」の 合成語で、もともと、田に稲を植えつける、 衣服を仕立てるなどに用いられたのが、後に 転じて、子どもをおしえならすことを意味す るようになったとされている。・・・(中 略)・・・しつけは、大人や教師の側から教 え込んで、子どもに望ましい行動様式を身に つけさせることである。このしつけには、広 義と狭義の2つの考え方がある。望ましい行 動様式を学ばせることは、いわゆる生徒指導 や道徳教育のねらいもあるので、それらと同 義に考えるのが広義の立場である。しかし一 般的にはより狭義に、まだ事柄の是非善悪の 弁別がつかない幼児から、もっぱら賞罰など の方法により、行動の習慣づけをすることを 意味する。しつけが家庭教育に関連して重視 されるのはそのためである。 新教育社会学辞典 「しつけ」は、一般に社会化といわれている 事象のうち、特に日常生活における基本的な 行動様式や習慣の型を身につけることを意味 する日常用語・・・(中略)・・・もともと この言葉は、シツケ糸や作物をシツケルなど というように、一定の型にはまるように矯め たり、つくりつけることを意味していた。 現代教育学辞典 人が社会生活を営むために必要とされる望ま しい行動様式を教えること。基本的生活習慣 (食事・睡眠・排泄・清潔・衣類着脱)から 始まり、日常生活における言葉づかい、立居 振舞、礼儀作法など、を繰り返し教え、身に つけさせ、それを通してその社会のもつ価値 観をも学ばせようとするものである。田植え 前後の農作業を一括してしつけと予備、また 衣類の仕立てが狂わぬように糸で縫いおさえ ておくことをしつけというように、折り目正 しく、一定の型に形成していくことを意味す る。 *しつけについての定義や解説を抜粋 38 広辞林 ①仕立てること。したて。②田植え。植えつけ。③礼儀作法を教え 習わせること。しこみ。④新しくつくった衣服の縫い目がくずれな いように、縁をあらく、しつけ糸で縫っておくこと。⑤しつけい と。⑥しつけそ。⑦しつけばり。 教育相談事典 しつけという日本語は、もともと田植えや衣服のしたてについて用 いられたものが、行儀作法を教えならすという意味に使われるよう になったが、今日では、英語のdisciplineすなわち、訓練または訓 育の意に広く用いられている。子どものしつけを考える場合、はっ きりした教育目標をうちたてておく必要がある。教育基本法には、 「教育は、人格完成をめざし、平和な国家および社会の形成者とし て、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、 自主的精神にみちた心身ともに健全な国民の育成を期して行わなけ ればならない。」そのためには、「実際生活に即し、自発的精神を 養い、自他の敬愛と協力によって、文化の想像と発展に貢献するよ うに努める。」ということがうたわれている。そこで、子どもの命 を何よりも尊重し、自主独立、主体性の確立とともに協力共同ので きる人格を形成することこそ、われわれの子どものしつけの目標で なければならない。この目標にそって、乳幼時期から、家庭・保育 所・幼稚園・学校ならびに社会で、正しいしつけが行われるべきで ある。 現代社会学事典 社会化のひとつの形態であり、ある社会集団の成員が、日常生活に おける生活的な習慣・価値・態度・行動様式などを、それを未だ習 得していない成員に対して教え、習得させる過程をいう。民俗学に おけるしつけ研究によると、「しつけ」という言葉は、本来、しつ け糸、作物のしつけ(苗を植えること)、しつけ奉公、しつけ約束 などの用語からわかるように、作りつける、矯め育てること、つま り人の性質を矯め直しながら、一人前の社会人に仕上げることをさ していた。しかし、現在はしつけという言葉は一般に、子どもを日 常生活における行動様式や生活習慣の型を身につけさせること、い わゆる行儀作法を体得させることに用いられる。 新教育学大事典 この意味はもともと、着物の「しつけ」とか、農作物を「しつけ る」とかいう形で使われてきた日常用語であるが、人間に関して躾 という国字が用いられるようになったのは、柳田国男によると、武 家社会においてであるという。いずれにしてもそれは、浮動しやす 型 いものや形をなさないものを、一定の方にはめることを意味してい る。人間の行動やその発達についてしつけが問題にされるとすれ ば、それは社会化という学問的用語と密接な関連をもつことにな る。ただ社会化が、人間のパーソナリティの発達についての包括的 な概念であるのに対して、しつけは日常生活の面での習慣化された 行動に限定して用いられるのが普通である。例えば、言葉使い、立 居振る舞い、挨拶の仕方などについてのしつけは、その典型であ る。しかし、そのような行動様式はそれ自体文化であり、それなり の価値意識を包含しているので、それらの習得は社会化そのもので ある。しつけは内容的に社会化であるだけでなく、方法的にも社会 化としての特質を備えている。つまり学校での勉強のように、計画 的・専門的に行われるよりは、日常生活のなかで自然に行われるの が普通であり、論理的・理知的に学習するよりは、繰り返し要求さ れて体得する性格のものである。また人間は生活し発達していくな かで、様々な集団に所属したり通過したりするが、それぞの集団は 違った行動の仕方をもっているので、例えば家庭、学校、職業集団 のそれぞれで異なったしつけを受けることになるのである。このよ うに考えると、結局しつけとは、社会化の一形態であり、それぞれ の所属集団が成員に対して、その日常生活に合ったかたちで、基本 的な行動様式や習慣の型を身につけさせることである─といってよ いであろう。 気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・ しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ 育社会学辞典では、このような定義を挙げた後 る。つまり、いよいよ着物が縫い上がるとしつ に、日本的しつけの特徴を3点示している。第 け糸ははずされるが、しつけは「しつけ糸」を 一の特徴は、実際の行動という形で外に現れる はずすことを最初からの目的としてなされたと 型や形の習得を重視するものであり、外面がで いう。そして、この「はずす」ことが、子ども きることで内面は自ずからできあがるという思 の発達にとっても重要な意味を持つ、と捉えて 想があるという点である。第二は、しつけは言 いる。 葉によって論理的に明示されるものではなく、 他方、松田(2012)は「しつけ」とは、一般 実際の生活の場の中で、自得され、体得される 的には、社会生活を営む上で必要な行動を身に べきものだと考えられていたため、経験の積み つけられるよう、身近な大人が子どもに対して 重ねの中から体で覚え、会得していくという方 行う行為を言う、と定義づけている。厳密に言 法が取られた、ということである。第三に、伝 えば、「社会生活を営む上で必要な行動」に 統的な日本のしつけの注目するべき点として、 は、基本的生活習慣から礼儀作法、善悪の区別 子どもに対する親以外のものによるしつけが重 まで幅広い内容が含まれている。「しつけ」と 視されていたことがある。また、現代社会学事 いうと幼い子どもに対して行うというイメージ 典では、「しつけ」は社会化のひとつの形態で があるが、実際に「しつけ」をするということ あり、ある社会集団の成員が、日常生活におけ の多くは、子どもが思春期に至るまで(あるい る生活的な習慣・価値・態度・行動様式などを はそれ以降まで)かかることで、「しつけ」の 習得させる過程をいうとし、伝統的には「矯め 内容は拡大していくことになるとしつけの対象 育てること、つまり人の性質を矯め直しなが に言及している。 ら、一人前の社会人に仕上げること」をさして 以上から、本稿で扱う「しつけ」の鍵となる いたが、現在は、「子どもを日常生活における 言葉として、社会・日常生活・子どもが挙げら 行動様式や生活習慣の型を身につけさせるこ れよう。すなわち、「しつけ」とは、社会で生 と」に用いられると言及されている。 きていくために日常生活における基本的な習 岡本(2005)は、「しつけ」をその文化社会 慣・態度・行動様式を実際生活の場の中で自得 で生きてゆくために必要な習慣・スキルや、な し、体得していくものであるといえる。そし すべきこと、なすべきでないことを、まだ十分 て、子どもが習慣・態度・行動様式を身につけ 自分で実行したり判断できない年齢の子ども られるように教え、行為を示すのは親や身近な に、はじめは外から賞罰を用いたり、一緒に手 大人であり、保育所に通う子どもにとっては保 本を示してやったりしながら教えこんでゆくこ 育士・その他の保育所職員も身近な大人だとい と、そしてやがては自分で判断し、自分の「行 える。 動」を自分でコントロールすることによって、 それを自分の社会的「行為」として実践できる ように、周囲の身近な大人たちがしむけてゆく 5.「しつけ」研究の動向 営みと言及した。岡本は、このような定義をし しつけに関する研究は、毎年数多く行われ た上で、多くの辞典で言及されているような着 ているが、諸研究の系譜については増田光吉 物の「しつけ」が担っている意味の方が、しつ (1970)による研究と増田翼(2014)による研 けの過程の本質をよりよく表していると指摘す 究がある。そのうち増田翼による「しつけ研究 39 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015) の系譜と課題」では、100年間に我が国で出さ 家庭におけるしつけに関連する調査とし れた、しつけ研究を①民俗学、②心理学、③社 て、子育ての実態を明らかにしようと試みた 会学、④教育学、⑤その他の各学問領域に分類 「大阪レポート(1980)」と「兵庫レポート し、それぞれの特徴を挙げている。すなわち、 (2003)」は有名であるが、この他に、「子 ①近代以降確立していく各学問領域のなかで、 どものしつけに関する世代間比較調査(長田 人間生活の一部としてのしつけに注目し、その 勇,2001)」、民間による「幼児期から小学1 意義をありのままに捉えようとした民俗学にお 年生の家庭教育調査報告書(2012)」、「子育 けるしつけ研究、②戦後まもなくより、しつけ て生活基本調査報告書(幼児版)(2008)」、 研究の隆盛を支え中心的役割を担い、養育方法 「第4回子育て生活基本調査(小中版) や養育態度が子どもの性格形成にどのように影 (2011)」、「新米パパ・ママの幼児のしつけ 響するか、性格や行動を心理学的に測定し明ら に関する実態調査(2013)」があり、他にも かにしようとした心理学におけるしつけ研究、 「幼児の有能感・受容感と母親の自尊感情、し ③1970年代までの家族社会学と1980年代以降の つけ行動との関連(2013)」、「1歳児をもつ 教育社会学より成る社会学におけるしつけ研 子育て初体験夫婦の家庭内ケア(2014)」等 究、④これまでの教育思想のなかにしつけの考 がある。これらのうち、家庭教育調査報告書 えを見出しそれについて考察するもの、しつ (調査方法;自記式アンケート郵送法、調査対 け方に関しての指南的役割を果たすもの、しつ 象;年少児から小学1年生の子どもを持つ母 けに関する教育哲学的考察を展開するものから 親14,000名(うち回答数5,016名)、調査期間; 成る教育学におけるしつけ研究、⑤しつけの性 2012年1〜2月)による調査結果によれば、母 差に関するもの、栄養としつけに関するもの、 親の養育態度(20項目)のうち、「子どもが しつけ論のパラダイムの変遷に関するもの等学 悪いことをした場合、しかっている」につい 問横断的なしつけ研究、の5点からしつけ研究 ては、ほとんどの母親があてはまる(とても+ が分析されている。そして、増田(2014)は、 まあまあ)と回答している。他方で、「しかる 理論が先行するのでもなく、実践が必ずしも相 よりもほめるようにしている」では半数以上の 対的優位にあるのでもなく、両者の発展的循環 母親があてはまると回答し、現代の子育て姿勢 が重要であり理論と実践の関係を議論すべき点 を反映した結果が読み取れた。生活習慣・マ と、海外におけるしつけ研究の動向を把握すべ ナー(6項目)のうち、「子どもが夜決まっ き点をしつけ研究の課題として挙げている。 た時間に寝るようにうながしている」「食事の 一方で、石川(2013)は、育児情報の「叱 マナーを教えている」「あいさつやお礼をする る」「ほめる」に着目して「しつけ」に関する ようにうながしている」「レストランなど公共 内容を比較している。そして、当該の研究にお の場で子どもがさわぐとき、注意している」に いて「叱る」「ほめる」をキーワードに抽出し ついても9割以上の母親があてはまると回答し た育児書・育児情報を比較し、育児書について ており、かなりの割合で母親が意識的にしつけ は、そのうち15冊に関して各内容を比較分類し をしている様子が読み取れる。この調査は、 ている。 幼児のための教育教材や発達に関する雑誌など をつくっているベネッセに設けられている次世 1)家庭における「しつけ」研究 40 代育成研究所が遂行しており、子育てやしつけ 気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・ しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ に意識の高い家庭が調査対象者となった可能 張、他人に迷惑をかけない項目をより多く選択 性があることを指摘しておきたい。「新米パ していた。そのほか、子育ての悩みについて パ・ママの幼児のしつけに関する実態調査」 は、幼稚園児の親と保育所在所児の親では内容 (調査方法;インターネット調査、調査対象; が異なる傾向にあった。幼稚園児の母親からは 首都圏と関西圏の第1子が3歳以上6歳未満の 「父親の帰宅を待ってなかなか寝ない」、「兄 子どもを持つ既婚男女400名、調査期間;2013 弟げんかする」、「自分でできることは自分で 年4月)によれば、新米の父母のうち97.1%が やって欲しい」、「反抗的な態度をする」、親 幼児期のしつけは重要と認識しながらも、全 側の問題として「身近な大人との関わり」、 体のうち66.3%が自分は子どもに甘いと回答し 「自分のいらいら」、「地域の人との交流がも た。子どものしつけに際し、注意する・叱る頻 てない」、「父親の帰宅が遅く、子育てを手 度が高いのは母親(74.1%)で、父親と回答し 伝って貰えない」等があげられた。一方、保育 たのは全体の16.8%であった。また、子育て全 所在所児の母親は子どもの対応や自分自身の問 体について相談できる相手がいないという気に 題が、自分の勤務条件から影響を受けている悩 なる回答(27%)が示され、特に父親のうち4 みを様々述べており、例えば「帰りが遅く、 割(42%)が相談できる相手がいないと回答し ゆっくり子どもと接する時間がない」、「母に た。以上2つの調査結果から読み取ることがで 夜勤があり、子どもと一緒にすごす時間がな きるのは、幼児を育てる親は子どもの生活習慣 い」、「親の帰宅が遅いので、寝る時間が遅く やルールを守るための働きかけを行うことを意 なってしまう」、「仕事をしている為、子ども 識しているということであろう。 の生活のリズムがうまく整えられない、」家族 このような結果は、幼稚園と保育所に通う幼 関係では「核家族で祖父母が遠方なので子ど 児の家庭を対象とした調査結果にも表れてい もの急な病気の時困る」など子育てに悩む様子 る。佐藤(2009)による幼稚園と保育所に通 もある。加えて「意味が分からず泣かれたらど う子どもの保護者を対象とした調査(調査方 うしてよいか分からなくなる」、「子どもと 法;質問紙法、回収法、調査対象;宮城県S市 コミュニケーションが取れない」などの悩みも 内私立幼稚園と市内民間保育園計4園の保護者 あった。この調査からは、共働き家庭が増加し 323名 (うち回答数249名) 、調査期間;2013年4 ている我が国の家庭でのしつけの現状が垣間見 月)によれば、「家庭で意識的にあいさつ(お える。 はよう、ありがとう、いただきます、ごちそう 父親側からのしつけについて言及している調 様、おやすみ、さようなら等)をするよう、指 査報告書もあった。「1歳児をもつ子育て初体 導しているか」にはどの園の保護者も共に指導 験夫婦の家庭内ケア(2014)」における1歳児 していた。家庭のしつけで特に大切にしてい をもつ子育て初体験の父親(10名)を対象にし るもの(6つの選択肢から2つ選択)に関す た半構造化面接調査の結果からは、「いいこ る結果は、「自分のことは自分でやるよう努力 と、悪いことのしつけはちゃんとしていきた する」「他の人に迷惑をかけない」を選択した い」「1歳になって、子どもにも人格ができて 保護者が多く見られた。一方、「親の言うこと きているのでしつけを考えだした」という父親 を聞く」「家族の言いつけを良く守る」は一番 の協力的な姿が写しだされている。反面、同調 下位に選択され、むしろ子どもの自立や自己主 査では、「初めてで、怒っていいもんか怒って 41 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015) あかんものかわからない、難しい」「しつけは 要であるとの見解を示し、その一員として家庭 僕も一緒に入らないといけないけど自分がいい の機能が家族員の情緒的安定を充足させること 加減なのでしんどい」とのしつけに戸惑う語り に変化してきていることを挙げている。すなわ も見られ、家庭への支援プログラムにおいては ち、家庭の教育力低下という認識の背景には、 父親を対象とした支援も必要なことが改めて確 家庭には子どものしつけを行う責任があるとい 認された。 う常識が存在するが、しつけの担い手は時代と 現代社会学辞典(2012)で言及されるよう ともに変化し、家庭が行ってきたしつけの内容 に、伝統的なしつけはさまざまな社会的仕組み にも変化が生じているため単純に家族がしつけ や配慮のなかで重層的に行われてきたといえる として認識される行為を専ら行ってきたとはい が、今日では各家庭における私的な営みになっ えないと言及している。そして、社会を具体的 てきており、急激に変動する社会のなかで孤立 に感じる場を用意することによって、はじめて する家族の肉親的関係のなかに閉じ込められる しつけは可能になると結んでいる。 傾向にある。またしつけの目的である人を一人 教育相談事典においても、子どもの命を何よ 前に仕上げる方向性が、今日きわめて多様化し りも尊重し、自主独立、主体性の確立とともに てきており、一人前の人間の基準が社会に共有 協力共同のできる人格を形成するというしつけ されにくくなっていることも今日的状況として の目標にそって、乳幼時期から、家庭・保育 指摘できるだろう(表1参照)。このような点 所・幼稚園・学校ならびに社会で、正しいしつ については千葉(1999)も注目してきた。千葉 けが行われるべきである、と家庭以外の場にお は、文部科学省による答申『新しい時代を拓く けるしつけを重要視している(表1参照)。 心を育てるために─次世代を育てる心を失う危 機─』に着目し、答申による提言の問題点を挙 2)保育所におけるしつけ研究 げている。答申では、第一に、規範意識の低下 新教育心理学事典で、しつけは「まだ事柄の によって現在生じている問題は家庭でのしつけ 是非善悪の弁別がつかない幼児から、もっぱら が十分なされていないことに原因の一つがあ 賞罰などの方法により、行動の習慣づけをする り、第二に、家庭や地域、特に家庭には本来し ことを意味する。しつけが家庭教育に関連して つけを行う力が備わっており、現在弱まってい 重視されるのはそのためである」と言及されて る力を回復することは困難が伴うかもしれない いるように、しつけは「行動の習慣づけをす が可能である、と家庭や地域の状況が捉えられ ること」である。その意味で、子どもが日中 ている。千葉は、本答申に対し「なぜ」の質問 過ごし、行動の習慣づけの主な場となる保育所 に十分に答えていないと疑問を呈しており、そ や幼稚園は、しつけの担い手の一つとして重要 の上で、「本来家庭にはしつけを行う力があ な場といえ、その意識は保育所や幼稚園側にも る」という考え方の妥当性について検討を行っ 認められた。松田(2011)は、共働きが増えて ている。その検討において、現代のしつけをめ いる我が国の現状から保育士の役割の重要性を ぐる問題状況を解明していくためには、しつけ 指摘しており、「従来は、まず家庭において子 を行う力が家族にある、あるいはないといった どもの生活がつくられるものであったが、今 観点での議論でなく、家族がしつけを行うこと では生後数ヶ月の時期から保育所に通う子ども が難しくなっている要因を明確にすることが重 がおり、幼児期から幼稚園に入園する子どもに 42 気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・ しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ ついても、家庭であまり生活習慣が身について ないことも多い。それでも「しつけ」が有効性 いない子どもたちが増えてきたように思われ を持つのは、子どもと大人との間に基本的な信 る。保育所や幼稚園の保育者の子どもの『生活 頼関係が存在しているからである。「基本的信 をつくる』という役割はますます重要なもの 頼関係」は、「愛着関係」ということばで置き となってきている、と言及している。また、石 換えてもよいだろう。はじめは賞罰などの外発 坂(2009)は、子どもが保育所で過ごし生活す 的動機づけも用いられる。大人が子どもと一緒 る時間は8時間を超え長時間化し、昼間の生活 にやって手本を見せることもある。そのような は保育所での生活になりつつあり、諸々の日常 手段も、それを行う大人が、子どもにとって大 生活的な行為、習慣、生活様式など、従来、家 好きな人であり大切な人(significant other 庭で行われていた日常生活にかかわる体験的学 重要な他者)であることに大きな意味がある。 習は保育所において行われていると指摘してい 情緒的なつながりを持ち、信頼するその人は る。さらに、「保育所における家族援助の実態 また、子どもが最も真似をしたいと思う相手 に関する研究」(2009)によれば、①家族援助 であり、ほめられたいと思う相手だからであ についての相談・助言は約9割の保育所で実施 る。そして、大好きなその人が「やりなさい」 しており、②相談・助言は所長(園長)を中心 (「やってはダメ」)と言う。大好きなその人 に実施、③来談者は圧倒的に在園児の保護者で が、自分にそうしてほしいと思っている(そう あり、④相談内容は「発育・発達」「しつけ」 しないでほしいと思っている)という意図を感 「基本的生活習慣」についてのことが多いと報 じ取るので、子どもはたとえしぶしぶであって 告されている。以上から、従来よりもさらに包 もそれに従うのである。この時に重要な条件 括的な保育と家庭への支援を保育所や幼稚園が として、大人の意図を感じ取れる力が子どもの 担っていかなくてはならないということは明ら 中に育っていること、そして、自分がそのとお かである。 りにすると大好きなその人が喜んでくれる、ほ それでは、「しつけ」において保育士はいか めてくれる(そのとおりにしないと怒られる) なる役割を果たすべきなのだろうか。家庭から というような因果関係も理解できるようになっ 子どもたちを預かって保育を行う保育所や幼稚 ている必要がある。また、幼い子どもの「しつ 園といった保育の現場では、小学校以上の学校 け」においては、大人の方も、子どもを愛着 教育の場と違って、体系的に知識や技能を子ど の対象として捉えていることが重要である。大 もに教えるということよりも、まず子どもの 人は、愛おしい大切な子どもがよりよく生きて 「生活をつくる」(生活リズムを整え、基本 いかれるようにと、機会を捉えて忍耐強くくり 的な生活習慣やスキルを身につけることで、健 かえし伝えていこうとする。このような相互性 全な生活を営むことができるようにする)こと の中で、「しつけ」は子どもにとって、単な を大切な課題の一つとしている。特に幼い時期 る「行動」から「行為」へと意味づけられ、子 の「しつけ」(そして「保育」)において重要 どもの中に内在化されていくと考えられる(松 と思われることは、「しつけ」を行う大人と受 田,2011)。 ける子どもとの人間関係である。「しつけ」 このような考えに従えば、石坂(2009)が指 は、形から入ることも多いが、どうしてそのよ 摘するように、「しつけ」の場をさらに拡大す うなことをするのか、まだ子どもには理解でき ることは重要となってくるだろう。特に保育所 43 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015) に通う幼児は家庭において親と子、兄弟が共に 配や気がかりについても、「いつも思う」と回 過ごす時間、会話などが少なくなり親子関係の 答したのは10.5%、「時々思う」と回答したの 希薄化と家族の個人化も進んでいると現代の幼 は51.2%で、6割を超える母親が不安を持ちな 児が抱える問題点を指摘し、その上で、幼少の がらしつけをしている様子が伺えた。「保護 子どもにとって日常的な生活維持、エネルギー 者が望む保護者支援のあり方(岸本・武藤, 限としての衣食住に関する行為の学習・獲得は 2014)」(調査方法;質問紙調査、調査対象; 生得的な行動から、親などの援助と自主的意志 幼稚園に子どもが通っている保護者639名と保 による筋肉運動の繰り返し、練習することで可 育所に子どもが通っている保護者946名、調査 能になり、それは生きるための自己保存の常識 期間;2012年4月〜5月)においても、15.8% 的・日常的な基本的行為として乳幼児期に体験 の母親が「しつけに関すること」を困り事と感 することである。さらに、親と保育者との連 じており、「食事について」「言うことを聞か 携、共同による子育ては大きな今日的課題であ ない」に次いで回答者数が多かった項目であ り、より保育所が子どもと親をつなぐような活 る。 動、場、できれば時間を持ち親子の絆、関係性 一方、「障害者の父親の生活意識の検証(三 の回復、また生活体験的な活動を多く取り入れ 原・松本,2012)」における障害者の父親を対 ることは子どもの正常な育ちを保障するために 象とした調査結果(調査方法;質問紙調査、留 も必要である。今後、保育所に限らず幼児教育 置法と郵送法の併用、調査対象;山口県、広島 施設においても積極的で生活体験的な活動を取 県、兵庫県の3県の障害者施設と団体を利用 り入れる必要があろう(石坂,2009)。 している父親(34〜81歳)550名(うち回答数341 名)、調査期間;2007年8月〜2008年10月)にお 3)気になる子どものしつけ研究 いて、「障害児をもってつらかったことがあっ 先行研究のレビューを通して、発達の遅れや た」理由として、「子どものしつけで悩んだ」 障害のある幼児あるいは保育上気になる幼児の と24.3%(n=120)の父親が回答した。先にも しつけに関する研究はほとんど見当たらない 触れたように、子どものしつけについては母親 が、「3歳児をもつ母親の育児不安に影響する のみならず父親もその方法や対応に悩んでいる 要因についての検討(河野・大井,2014)」に ことが浮き彫りとなっており、保育所における おいて育児不安との関係性の中でしつけについ 家庭支援プログラムに組み込む必要があると思 ての言及がなされている。当該の研究における われた。 3歳児をもつ母親を対象とした調査結果(調査 特別支援学校に在籍する子どもの母親のしつ 方法;質問紙調査、郵送法、調査対象;県内4 けの悩みについては、山地ら(2011)による研 市の3歳児健診に訪れた母親327名 (うち回答数 究がある。この研究では、A県内の特別支援学 177名) 、調査期間;2010年9月〜10月)から、 校小学部に在籍する子どもの母親454人を対象 子どもの成長発達の心配や気がかりであるとの に健康面へのケアに関する質問紙調査(自記 質問項目に対し「いつも思う」と回答したのは 式)を行い、得られた結果のうち「子どものし 8.1%、「時々思う」と回答したのは45.9%で半 つけに悩む」の自由記載をコード化、サブカテ 数以上の母親が子どもの成長や発達を心配して ゴリー化し、それらをさらにカテゴリー分類し いることが明らかとなった。また、しつけの心 た。結果、母親の悩みとして、しつけの困難 44 気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・ しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ 感、逆効果、困惑、葛藤、疑念の5カテゴリー しつけかによって、しつけの内容は異なると考 に分類され、母親は、コミュニケーションがと えられる。そこで、改めて、しつけに関する質 れないことでしつけへの困難感や無力感を感じ 問項目を整理し、より有効な項目を調査のなか たり、わがままが障害に由来するものであるの に設ける必要があるだろう。そのためにも、 かがわからないと」感じたり、どこまでしつけ 「しつけ」や「生活習慣の確立」について言及 を行えばよいのか葛藤している姿が浮き彫りに している育児書と保育士・幼稚園教諭養成のた なった。さらに、しつけそのものの困難さと逆 めの教科書の「しつけ」「家庭教育」「家庭支 効果の出現が、しつけに対する困惑や葛藤につ 援」等に関する内容の分析を早急にすべき点が ながり、しつけそのものの必要性に悩むことに 示唆された。加えて、「生活習慣の確立」を念 なったと分析されている。 頭に置いた「家庭教育・しつけ」要因を検討す るためには、本稿で着目しなかった障害児の療 6.まとめと今後の課題 育でよく取り上げられる他のキーワード「基本 的生活習慣」「身辺自立」「身辺処理」「生 現在、我が国においては、幼児を育てる多く 活」等についても分析する必要があると思われ の家庭において「しつけ」は意識的に行われて た。 いるものの、親の就労形態や家庭構造、地域社 他方、長時間にわたり幼児を養育する保育所 会の変化に伴い、家庭における「しつけ」の主 では、家庭との連携の中で子どもの「生活習 な役割は母親が担っていることが理解できた。 慣」の確立に向けて「しつけ」の主体的機能の その一方で、父親の子育てに協力する姿勢が 一部を担っているとともに家庭への助言も行っ 見られた。しかしながら、「しつけ」に対す ていることが明示され、家庭と保育所をつなぐ る戸惑いや悩みも結果として示されており、家 家庭支援プログラムの必要性が改めて確認され 庭支援プログラムを検討する上で父親も含めた た。今後は、「家庭教育・しつけ」要因も含 プログラムを作成する必要性が見出された。加 めて、保育者が実行しやすい行動観察、対応案 えて、「しつけ」に関する悩みや心配事は多く 作成の方法の検討、および保育者が保護者の家 の母親にみられた。本研究を通して、気になる 庭での取り組みを支援する方法の検討を課題と 子どものしつけに焦点を当てた研究がほとんど し、保育所を利用する気になる子どもの家庭支 ないことが分かったが、今後は、家庭と保育所 援プログラムの開発に取り組んでいきたい。 をつなぐ家庭支援プログラムの要因分析のため に、保育所に通う子どもを育てる母親と父親が 謝辞 「しつけ」についていかなる悩みを有している 本研究は、JSPS科研費 25381068;「特別 のか、どのような支援を求めているのかを分析 ニーズ保育における基本的生活習慣に関する家 するなかで、気になる子どもを育てる母親と父 庭支援モデルの構築(基盤研究C)」から助成 親の「しつけ」の悩みについても明確にしてい を受けている。 きたい。 表2には、先行研究における「しつけ」の質 問項目をまとめた。一概に「しつけ」といって も、月齢や「家庭」か「集団生活の場」による 45 東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015) 表2 調査における「しつけ」の質問項目について 幼児期から小学1年 調査 新米パパ・ママの幼児のしつけに 幼児の有能感・受容巻と母親の自尊感情、しつけ行動 生の家庭教育調査報 との関連 研究 関する実態調査 告書 とてもあてはまる・ まあまああてはま 放っておく・非常に優しく注意す 柏木 (1988)の母親のしつけ行動の調査票を参考に5 回答 る・あまりあてはま る・優しく注意する・厳しく注意 段階評定で 36項目を作成し因子分析した結果 項目 らい・ぜんぜんあて する・非常に厳しく注意する はまらない ほかの子どもにけがをさせる 子どもに「〜しなさい」と指示することが多い レストランなどの公 共の場で子どもが騒 交通量の多い道路に飛び出そうと ほめてやるよりも、叱ったり注意することが多い ぐとき注意している する 指 スーパーなどで購入前の商品を開 子どもに「〜してはいけない」と言うことが多い 示 ける 的 遊具などほかの子が遊んでいる列 子どもがぐずぐずしたり、まごまごしていると、 し まわりの人に「おは に割り込む 早くするようにうながす つ よう」「ありがと 子どもが失敗したときでも、がんばったことをほ け ほかの子のおもちゃを取り上げる う」などのあいさつ める やお礼をするように 電車などの公共交通機関で騒ぐ 子どもを、きょうだいや友だちと比較する うながしている 道路で遊ぶ 家の中では、少々のいたずらをしても叱らない 外出時にひとりでどこかに行こう おふろでは、一人で体を洗わせる 子どもが夜決まった とする 時間にねるようにう ファミレスなどできちんと座らな 脱いだ服は、自分で片づけさせる い ながしている 乱暴な言葉づかいをする おもちゃ屋などでだだをこねる 約束していないもの 挨拶をしない 質問 は、子どもにせがま 項目 れても買わないよう 返事をしない にしている 言い訳や口答えをする スーパーなどで勝手にお菓子を 持ってくる 家で子どもにお手伝 外出時につないだ手を話す いをさせている いつまでも泣き止まない 本屋で絵本を読み続ける 子どもが夜中トイレに行くとき、一人で行かせる 自 立 促 進 的 し その日に着る服を、自分で決めさせる つ け 子どもに自分の考えを言わせるようにしている お手伝いをさせている 幼稚園に持っていくものは、親が点検したり手 伝ったりしないで、一人で用意させる 子どもが自分について話すのをきちんと聞く 短時間なら、一人で留守番させる 子どもが失敗したり、まちがわないように手を貸 すようにしている 友だちの家や遊び場には、子どもを一人で遊びに 行かせない 食事のとき、魚や肉などを食べやすいように小さ 過 く切ってあげる 保 入園前に、他の友だちとあそばせていた 護 子どもがやろうとしていることがうまくできそう 的 し にないときは、やめるようにうながす つ 同じ幼稚園以外の子どもと遊ばせている け 子どもに一人でさせると、遅くなったり、うまく できなかったりするので手伝ってあげる 友だちと遊ぶときは、けんかをせずに仲良く遊ぶ ように、注意したり誘導したりする 46 気になる子どものしつけに関する研究の動向と課題 ─「家庭教育・ しつけ」要因検討のための知見と情報を得るために─ 引用・参考文献 妻の仕事の有無に着目して─. 社会福祉学,53 【研究論文】 (2),108-118. 千葉聡子(1999)家族によるしつけを困難にし 野澤純子・藤後悦子(2013)保育における気に ている要因:社会集団を必要とするしつけ.文 なる子どもの家庭支援の動向と課題-身辺自 教大学教育学部紀要,33,48-61. 立に関する「困り感」に焦点をあてて-. 立教 堀川諭(2012)芦屋市における療育支援相談の 女学院短期大学幼児教育研究所紀要,16,21- 試み.大手前大学論集,13,239-254. 30. 工藤真由美(2010)家庭教育の現状と課題.四 岡本夏生(2005) 幼児期─子どもは世界をど 條畷学園短期大学紀要,43,9-12. うつかむか─.岩波新書. 石川真由美(2013)育児書・育児雑誌における 佐藤陽子(2009)子育てに関する研究─幼児の しつけに関する考え方の分析─「叱る」「ほめ 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