環境政策におけるコミュニティサイクルシステム(CCS)の

名古屋大学 環境学研究科 社会環境学専攻
環境政策論講座
平成 19 年度 修士論文
環境政策におけるコミュニティサイクルシステム(CCS)の有効性と
名古屋地域での実現に向けた課題の考察
A survey research on the effect of Bike-sharing program to prevent
Left-bikes problem and The global warming in Japan and Nagoya.
名古屋大学
環境学研究科
河本
社会環境学専攻
広大(340603100)
1
環境政策論講座
環境政策におけるコミュニティサイクルシステム(CCS)の有効性と
名古屋地域での実現に向けた課題の考察
A survey research on the effect of Bike-sharing program to prevent
Left-bikes problem and The global warming in Japan and Nagoya.
目次
第1章
序論
1節
研究の背景と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
2節
国内の自転車を含む交通状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
2-1
都市の移動手段の現況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
2-2
交通面からの環境負荷について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
3節
日本の自転車を取り巻く現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
3-1
日本の自転車保有台数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
3-2
放置自転車問題の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
第2章
1節
自転車共有化構想の分類と意義
自転車共有化構想の分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
1-1
自転車共有化構想の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
1-2
レンタサイクルシステム(RCS)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
1-3
コミュニティサイクルシステム(CCS)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
2節
コミュニティサイクルシステム(CCS)の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
2-1
自転車そのものの特徴や利点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
2-2
コミュニティサイクルシステムの利点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
2-3
放置自転車を活用した CCS の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第3章
1節
1-1
2節
1-2
コミュニティサイクルシステム(CCS)の事例の検討
日本国内の事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
日本の CCS の苦戦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
国内の主要事例に対するヒアリング調査の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
事例1.東京都練馬区役所のよる「ねりまタウンサイクル」・・・・・・・・・・・・・・・・21
2
1-3
事例 2.千葉県市川市の NPO 法人、青少年地域ネット21の
「フレンドシップ号」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
1-4
事例 3.新潟県新潟市のレンタサイクル研究会による「にいがたレンタサイク
ル」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
3節
近年のヨーロッパにおける新規自転車使用型大規模 CCS の事例・・・・・・・・・・・・・33
3-1
世界の CCS の流れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
3-2
コペンハーゲン市の「シティバイクプロジェクト」の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
3-3
クリアチャネル・アウトドア社(Clear Channel Outdoor)による
「スマートバイク・プログラム」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
3-5
4節
フランス・リヨン市の「ヴェロブ」とパリ市の「ヴェリブ」・・・・・・・・・・・・・・・・40
これまでの先行事例のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
4-1
各事例の特徴の整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
4-2
CCS の課題とその克服・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
第4章
都心部におけるコミュニティサイクルシステムの事業化に向けた
諸課題の整理
1節
名チャリプロジェクトの背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
2節
名古屋市における放置自転車問題の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
3節
名古屋地域のおける CCS 社会実験「名チャリプロジェクト」の概要・・・・・・・・・47
4節
都心部におけるコミュニティサイクルシステムの事業化に向けた
諸課題の整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48
第5章
総合考察
1節
CCS の現状についての考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
2節
本研究の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
2-1
CCS の環境政策としての有効性の検証・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
2-2
CCS の利便性の向上・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
2-3
都市部での CCS の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53
3
第1章
1節
序論
研究の背景と目的
近年、地球温暖化や都市部の交通渋滞問題、運動不足による健康問題など、自動車に依
存した社会の在り方が問われている。それに伴い、自転車の有効性が様々な場面で言われ
ている。自動車の交通渋滞による社会的損失は、平成 11 年度道路交通センサスによると
年間 12 兆円、時間損失は平成 9 年度道路交通センサスによると国民 1 人あたり年間約 42
時間と見積もられており、交通システムの抜本的な改革が必要であるといえる。
このようなこれまでの日本の自動車中心の交通体系を改めるため、自転車利用の促進が
言われることも多い。ただし、自転車がかかわった交通事故も増えており(自転車対策検
討懇談会『自転車の安全利用の促進に関する提言』、2006)、また放置自転車も深刻なため、
安易に自転車利用を増やすことはできない。自転車を交通システムの中にしっかり位置づ
けた上での総合的な施策が求められている。
近年、より一層のシステマチックな自転車利用の促進の面から、コミュニティサイクル
システム(CCS)といった、自転車を共有化する取り組みが各地で行われている。これは
自転車を社会的に共有化し公共の交通手段とすることで、自転車の有効利用、駐輪スペー
スの有効利用などを狙ったものである。
脱温暖化社会・循環型社会の形成を目的とした既往研究や各種報告書などでは、コミュ
ニティサイクルシステムは、環境政策として位置づけられてこなかった。コミュニティサ
イクルシステムは、放置自転車の発生抑制・資源の有効活用と交通渋滞を緩和して CO2
など自動車からの温室効果ガスの削減を同時に達成できる可能性のある仕組みである。名
古屋市でも、コミュニティサイクルシステムを作る動きがあるが、本研究ではどのような
仕組みにすればもっとも環境に貢献できるコミュニティサイクルシステムが実現できるの
かを、国内外の事例を分析することで明らかにすることを目的とする。
4
2節
2-1
国内の自転車を含む交通状況
都市の移動手段の現況
通勤・通学について 2000 年の国勢調査では表 1-1 のように、通勤・通学者の 44.3%
(2,735 万人)が自家用車だけを使用しており、しかも 10 年前の 37.2%、20 年前の 28.7%
の割合に比較して大幅に上昇する(この 20 年間で自家用車のみの利用者の数は 2 倍弱(約
1,320 万人の増)など、自動車への依存が大幅に進行している状況である。
表 1-1
通勤・通学の交通手段(総数及び単独利用)(単位千人)
総数
自転車のみ
自家用車のみ
徒歩のみ
公共交通のみ
2000 年
62,105
7,569(12.1%)
27,522(44.3%)
4,610(7.4%)
10,429(16.8%)
1990 年
59,517
7,654(12.9%)
22,120(37.2%)
6,197(10.4%)
11,420(19.2%)
1980 年
49,259
8,096(16.4%) 14,140(28.7%)
7,326(14.9%)
11,800(23.9%)
オートバイ含む
出典
総務省統計局
「平成 2 年国勢調査」及び「平成 12 年国勢調査」による
また、電車やバスなどの公共交通は、通勤・通学だけではなく高齢者などの交通弱者の
足として重要な役割を果たしている。三大都市圏(注 1)と地方圏(注 2)における鉄道
の輸送人員を見ると、三大都市圏では堅調な推移を示しているものの、地方圏では、落ち
込んでいる。また、バスの輸送人員は、三大都市圏、地方圏共に減少しているが、特に地
方圏では、三大都市圏以上に落ち込みが激しい。(表 1-2、グラフ 1-1)
(注 1)東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)、大阪圏(京都府、大阪府、兵庫県、
奈良県)及び中京圏(愛知県、岐阜県)
(注 2)三大都市圏以外の道県
5
表1-2
鉄道・バスの輸送人員の推移
鉄道
年 昭和 50
60
平成 10
11
12
13
14
15
全国
100 109
125
124 123
123
123
124
三大都市圏
100 113
131
130 129
130
130
131
地方圏
100
89
87
87
86
95
93
92
11
12
バス
年 昭和 50
60
平成 10
13
14
15
全国
100
78
58
56
54
53
51
51
三大都市圏
100
81
69
67
65
63
62
62
地方圏
100
75
49
46
46
44
43
42
(注) 昭和 50 年を 100 とした値
資料 国土交通省
グラフ 1-1
鉄道・バスの輸送人員の推移
公共交通が発達している三大都市圏においては、平日、自動車による通勤は 38.4%であ
り、地方中枢都市では同 53.7%、人口 50 万人以上の地方中核都市では同 68.9%、人口 50
万人未満の地方中核都市で同 72.2%、地方中心都市圏では 76.6%であり、人口規模か小さ
くなるに連れて、通勤手段における自家用車割合が高くなる傾向がある。一方、二輪、及
び徒歩の構成比は、都市圏の規模によらず比較的一定している(国土交通省『平成 11 年
全国都市パーソントリップ調査 1.基礎集計編』P18、2002)。
6
また、表 1-3 のとおり、平日の自動車利用による移動のうち、6km 未満のトリップ長の
割合は、全体として都市圏の人口が少なくなるにつれて高くなる傾向があり、短い距離の
移動において自動車がより多く使われていることがわかる。
表 1-3 圏域別自動車利用による 6km 未満のトリップ長の割合圏域
出典
圏域
自動車による 6km 未満のトリップ割合
三大都市圏政令市
50.2%
三大都市圏その他
53.8%
地方中核都市
49.9%
地方中核都市圏 50 万人以上
59.0%
地方中核都市圏 50 万人未満
60.8%
地方中心都市圏
64.1%
国土交通省(2002)
「平成 11 年全国都市パーソントリップ調査 1.基礎集計編」P24
自転車の利用については、グラフ 1-2 のとおり、近距離の移動が多い地方圏では、自動
車の利用が多くなっていることが示されている。大都市圏では地方都市圏ほど自動車利用
の割合は多くないが、交通渋滞が頻発する三大都市圏においても通勤及び業務目的の移動
共に自動車の利用割合が最大である。また、自動車への依存度は、経年的にも増加が顕著
である。自転車の利用においては、地方都市圏と大都市圏の差はあまりでていない。理由
として、自転車の利用者が免許を保有していない学生の割合が高く、代替手段として車が
ありえないこと。また、どのような都市においても近距離移動には自転車が便利であるこ
とが想定できる。
7
グラフ 1-2
出典
移動距離帯別交通手段分担率と全トリップ頻度分布(平成 11 年)
「都市における人の動き
~平成 11 年全国都市パーソントリップ調査集計結果・
分析結果~ 」
また自転車の利用状態の経年変化については、国土交通省の調べ(国土交通省国土交通
政策研究所『国土交通政策研究第 58 号
都市交通における自転車利用のあり方に関する
調査』、2005)によると、この 30 年間で大きな変化はみられない。
さらに同研究によると自転車の利用距離が 5km 弱以下の場合、他の移動手段よりも所
要時間が短い結果も得られていることから、自転車の利用実態及び利用の効果の両側面か
ら見ても、5km 以下程度の近距離における自転車利用は、他の交通手段に対しても一定
8
の代替効果があることが示されている。
2-2
交通面からの環境負荷について
自転車を環境負荷という視点から見ると、まずは CO2 の増加を背景とする温暖化がひ
とつの論点となる。ここでは自転車を含めた運輸部門の環境負荷について述べる。
過去を振り返ると産業部門では特に石油ショックを機に様々な省エネルギー対策技術
が導入され、その後も取組が進んでいる。しかし、図 1-1(環境省『環境・循環型社会白
書』、2007)によると産業部門の二酸化炭素の排出量の割合は依然として大きいものの、
京都議定書の基準年である 1990 年との比較では排出量は減少している。 主要な産業別で
生産量当たりの二酸化炭素排出量を見ると、日本の製造業においては諸外国よりも省エネ
ルギー等の二酸化炭素排出削減が進んでいる。
これに対して、民生部門(業務その他、家庭)、運輸部門の二酸化炭素排出量は、基準
年である 1990 年と比較して全体として大幅な増加(業務その他約 45%、家庭約 37%、運
輸約 18%の増加)となり、これらの部門で排出量全体の半分以上の排出割合を占めている。
図 1-1
日本の二酸化炭素排出量の推移
運輸部門の二酸化炭素排出量は増加を続け、ピークとなる 2001 年の後、燃費の改善な
どで若干減少に転じた。しかし、2005 年の排出量は基準年と比べ 18.1%の増加となって
いる。
なかでも、図 1-2 にあるように、自家用乗用車の増加が大きく運輸部門全体での二酸化
炭素排出量の減少を阻む一つの要因と言える。家庭で利用される自家用車がある程度 CO2
を出さない自転車に転換することができれば、CO2 の大きな削減効果が得られる可能性が
9
るということがいえる。
図 1-2
3節
3-1
運輸部門の二酸化炭素排出量の推移
日本の自転車を取り巻く現状
日本の自転車保有台数
自転車産業振興協会(『自転車統計要覧第 41 版』、2007)によると、平成 18 年の日本の
自転車保有台数は、71,893,000 台となっており、保有台数で人口を割った保有率は、1.8
となっている。平成 18 年度、自転車の国内生産と輸入台数「国内向け」の合計は 10,673,684
台となっている。自転車の保有台数は年々増加しており、ここ 10 年の間でも約 1 千万台
の増加となっている。生産・輸入などにより日本国内には約 8 千万台あるにもかかわらず、
毎年、年間 1 千万台が日本市場に投入されており、毎年かなりの台数が放置され廃棄処分
されていることが推測できる。2005 年 1 年間の日本の自転車生産台数は約 193 万台、5
年前は 468 万台である。一方、輸入台数は 914 万台、これは 5 年前に比べ 300 万台も増
えていることになる。日本からの輸出は 122 万台で、2005 年の一年間に日本の市場に約
985 万台の自転車が投入されたことになる。
3-2
放置自転車問題の現状
日本の自転車問題として常に挙げられるのが放置自転車問題である。放置自転車は、許
可された場所以外に置かれたもの、所有者が近くにいない場合(占有離脱)などを意味す
るが、一般的には歩道上など、公共の場所に置かれたままのものと認識されている。自転
10
車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律(昭和 55 年 11 月
25 日法律第 87 号)(以下「自転車法」)第 5 条第 6 項では、「自転車等駐車場以外の場所
に置かれている自転車等であって、当該自転車等の利用者が当該自転車等を離れて直ちに
移動することができない状態にあるもの」
(条文中「自転車等」とは自転車又は原動機付自
転車を指す(同法第 2 条第 2 号))を放置自転車等と定義している。内閣府(2006)は『駅
周辺の放置自転車等の実態調査の集計結果』の中で、
『放置自転車』を、自転車駐車場以外
の場所に置かれている自転車であって、当該自転車の利用者が当該自転車を離れて直ちに
移動することができない状態にあるもの、としている。以後本稿ではこの定義を採用する。
放置自転車の台数は、全国的な総数の調査はない。内閣府が隔年で実施する『駅周辺の
放置自転車等の実態調査』の 2006 年の調査結果では、平成 17 年における全国の駅周辺(最
寄り駅から概ね 500 メートル以内)における自転車の放置台数は、グラフ 1-4 のとおり、
約 38 万 7 千台となっている。平成 15 年調査の約 43 万 7 千台と比較すると、約 5 万台の
減少となっている。
グラフ 1-4
駅周辺における自転車の放置状況(2005 年)
出典
内閣府『駅周辺の放置自転車等の実態調査』、2006
11
表 1-4
放置自転車の多い駅(2005 年)
出典
内閣府『駅周辺の放置自転車等の実態調査』、2006
グラフ 1-5 のとおり、平成 17 年 8 月末現在における全国の自転車駐車可能台数は約 393
万 1 千台分あり、前回に比べ約 6 万 3 千台分増加している。
グラフ 1-5
駅周辺における自転車駐車場の設置状況(2005 年)
出典
内閣府『駅周辺の放置自転車等の実態調査』、2006
12
グラフ 1-6 では、平成 17 年 8 月末現在における有料・無料別自転車等駐車場箇所数は、
有料駐車場が 5,353 箇所、無料駐車場 4,115 箇所となっているが、利用率は全体で 75.0%
となっている。
グラフ 1-6
駅からの距離別自転車等駐車場の有料・無料別箇所数と利用率(2005 年)
出典
内閣府『駅周辺の放置自転車等の実態調査』、2006
13
グラフ 1-7 をみると、平成 16 年内に全国の駅周辺の放置自転車で撤去されたものの総
数は、約 265 万台であり、前回に比べ約 3 万 3 千台増加している。撤去の後、同年中に返
還されたものは約 121 万 6 千台、同年中に廃棄処分されたものは約 99 万 1 千台となって
いる。また、放置自転車の撤去を実施している市区町村数は 648 となっている。
グラフ 1-7
放置自転車の撤去、処分等の状況(2005 年)
出典
内閣府『駅周辺の放置自転車等の実態調査』、2006
14
自治体が自転車利用の促進になかなか踏み切れない(後述)理由として、このような深
刻な放置自転車問題が考えられる。これは自転車利用を促進して現状よりさらに自転車が
増えれば、主要駅の周辺など放置自転車により歩道・車道の交通が麻痺してしまうという
恐れがあること、また、自転車政策といってもまず目の前に放置自転車問題が立ちはだか
り、その対策にかかる膨大な仕事量に忙殺されてしまい担当者は中長期的な自転車利用促
進政策を立案・実行する余裕はないことが考えられる。
15
第2章
1節
1-1
自転車共有化構想の分類と意義
自転車共有化構想の分類
自転車共有化構想の背景
自転車産業振興協会発行(2000 年)の「平成 18 年度自転車統計要覧」によると、日本
人の自転車保有台数は 8,481 万台で、国民 1.5 人に 1 台という普及率である。オランダの
1 人につき 1 台(1995 年)など欧州各国には及ばないものの、突出した普及率と言えよう。
保有台数からみれば、日本は中国、米国に次いで第3位、国土面積と対比すると、日本の
自転車の密度は高い。
自転車活用推進研究会(『我が国の自転車政策のあり方に関する調査報告書 2002』)は、
自転車が常時利用されていることはなく、毎日自転車を使っている人は約 3,600 万人と推
定している。残り 5,000 万台近くはごくまれに使われるか、退蔵、放置の状態に置かれて
いるものと見込まれる。また、同研究会(『わが国の自転車政策のあり方に関する調査報告
書 2003』)は、自転車利用者が実際に走行している時間は、一般に1回当たり平均 10 分
から 15 分と推測している。残りの時間は自宅や駐輪場に置かれているものを除き、その
大半が放置自転車として路上に置かれている可能性は大きい。
このよう状態は、自転車は余っている、そして駐輪スペースを余計に占領していると考
えることができる。このような発想から、カーシェアリングと同じように、自転車を共有
化(シェアリング)するという試みが、近年活発になっている。
自転車の共有化構想が一般的に狙うところは、海外では個人所有の自転車の盗難減少、
CO2 など温室効果ガスや大気汚染物質の削減であり、日本での試みはこれらよりも私有自
転車を抑制することで、安くてすぐに放置される自転車を減らすことを目指している。海
外でも国内でも自転車の共有化構想は、実施地域の交通の発展という目的を掲げているも
のが多い。自転車の盗難を防ぐという目的は、によると、2006 年の認知件数は 40 万件近
くにのぼる(警察庁『平成 18 年の犯罪』2006)日本国内でも自転車盗難減少を自転車の
共有化の目的とすることも十分考えられる。
現在世界で試行されている自転車共有化構想は、大きく次の2つのタイプに分かれる。
自転車の共有化は、まずレンタサイクルシステム(RCS)とその発展形であるコミュニテ
ィサイクルシステム(CCS)に分けられる。
1-2
レンタサイクルシステム(RCS)
レンタサイクルシステム(以下、RCS と表記)とは、基本的には一つの駐輪場所から貸
し出され、元の場所に戻されるという簡単なシステムである。RCS には、複数の自転車を
複数の利用者が共用する共用方式と、特定の自転車を特定の利用者が利用する専用方式が
ある。月ぎめ貸し出しと、時間貸しとがあるが、総じて月ぎめ貸し出しが主流である。さ
らに、一度 RCS の利用申し込みをした上、同一エリアのサイクルポートであれば、借り
16
たポートに返さなくてはならないものの、どのポートでも利用できるというものもある。
RCS のメリットとしては、一つの駐輪場の空きスペースが有効利用できるということで
ある。常時一定台数は貸し出されており、その分、自転車導入台数分すべてを収容できる
スペースは必要ないということである。また、料金設定が比較的高く出来ることなどもメ
リットとして挙げられる。
1-3
コミュニティサイクルシステム(CCS)
コミュニティサイクルシステム(以下、CCS と表記)とは、複数のレンタサイクル施設
の相互利用(ネットワーク化)によって、面的な都市交通とするものである。つまり通常
のレンタサイクルが借りた場所に返さなければならないものであるのに対し、複数の専用
の貸し出し場所を設け、行った先などそのどこでも返却できるというものである。貸し出
し場所となる専用駐輪場は、サイクルポートやステーションと言われる。一般的な説明に
よると、CCS とは、共用の自転車を複数の駐輪場で貸出・返却を可能とした交通システム
である、とまとめることができる。CCS の特徴としては、一台の自転車を複数の利用者で
使うことで自転車の有効利用が図れる点、常時一定台数は使用されているため駐輪スペー
スが少なくて済み土地の有効利用ができる点、そして都市内での便利且つ小回りの聞く移
動手段が確保されることで地域経済の活性化に繋がる点、電車やバスへの乗り継ぎの利便
性を高め公共交通機関の利用を促進できる点、ひいては放置自転車の総量抑制に繋がると
いう点が挙げられる。この「コミュニティサイクル」を導入するべく数年前から、全国各
地で社会実験が始まっている。
ステーションを設置しない、乗り捨て自由型 CCS というべき形もある。
CCS には自転車に、黄色などのわかる色を塗り、ステーションを設置せず貸し傘のよう
な形で路上に放置する形もある。便宜的に、以降「乗り捨て自由型 CCS」と言う。ステー
ションのような専用の自転車置き場を設置せず、自分の用がすんだらその場に置いて次の
人がそれを自分の目的地まで使うという、仕組みとしては非常に単純なものである。当然
ながら、利用者は使いたいと思う時に運良く見つけられるかはわからない。このタイプは、
一般的ではあるが、歴史的に見ると、成功した例はごくわずかである。利点としては、自
転車を集めればすぐに始められるため、開始するまでのインフラや予算がほとんどいらな
いことである。欠点は、使いたいときにすぐに使えるか分からない点、また、路上に放置
されているため、自転車がぞんざいに扱われることが多く自転車の状態が悪いといった点
だ。そもそも、土地があまりない都市部では、乱雑に置かれた共有自転車であっても、乱
雑に置かれていては、放置自転車と同じ景観や道路・歩道上の安全性が損なわれるといっ
た問題が発生し、公共的な交通手段と期待するのは難しい。
これに対し、貸出・返却専用の駐輪場(ステーション・ポート)を設け、その間での乗
り捨てを可能にした CCS を「ステーション間利用型 CCS」と便宜的に呼ぶ。
17
2節
コミュニティサイクルシステム(CCS)の意義
ここでは、これまで CCS の意義として挙げられているものを順番にあげていく。これ
らは CCS が大規模に実現された場合に得られる予想効果、と言い換えてもよい。
2-1
自転車そのものの特徴や利点
まずは移動・交通手段としての自転車自体の特徴や利点を挙げる。
①小回りが効き、利用者のペースに合わせることが出来る。
他の交通手段に比べ自転車は、運転者の意思しだいでルートを決めることができ、目的
地到着前など気になる箇所でスピードダウンしたり急なルート変更も可能である。大きな
自動車駐車場を持っていない地域の商店や込み入った場所に行く際には自転車は非常に便
利である。また、自動車より小さいため年齢に関わらず扱いやすく、自動車より駐車スペ
ースも少なくてすむ。移動速度も個人差はあるが最大 40 キロ前後まで出すことができ、
都市内移動には十分である。これらの点から自転車は都市内移動手段として最適である。
②健康によく、足腰に負担がかからない。
15 分の自転車走行で、5 分のジョギングに匹敵すると言われている。もちろん都市内で
は信号や歩行者の存在など止まったり徐行する必要があるのでこのような運動効果が全て
の場合に当てはまるわけではないが、体を動かすメリットはストレス発散など精神的な面
でも大きい。また、徒歩に比べ足に負担がかからず、腰への負担も徒歩より軽い場合があ
る。この点は、高齢社会となった日本では特に重要である。足腰への負担を少なくし適度
な運動を日常に取り入れることで多くの人の健康維持に役立つ。
③維持費が安い。
自転車自体は 2 万円以上出し、メンテナンスをしっかりしていれば十分 4~5 年使用で
きる。駐輪スペースも自動車ほど要らず、駐車場代は自動車よりはるかに安い。車検代、
税金もかからない。多くの人が平等に使える交通手段である。
④CO2 など温室効果ガスや環境に負荷をかける物質を出さない。
自転車は排気ガスを出さず、他の交通手段に比べまったくクリーンである。自転車を都
市内移動の重要な手段ととらえ、交通体系に組み込むことは地球温暖化防止の観点からも
非常に重要であると思われる。
また、国土交通省(『国土交通政策研究第 58 号
都市交通における自転車利用のあり方
に関する調査』、2005)は、自転車そのものの利点として以下の表を提示している。
18
表 2-1
自転車のプラスの特徴
1) 走行空間及び駐車空間を相対的には必要としないこと
2) 化石燃料の消費がないこと
3) 二酸化炭素の排出がほとんどなく地球環境に負荷をかけないこと
4) 窒素酸化物、一酸化炭素、粒子状物質など有害な排出物がないこと
5) 取得費用及び維持管理費が小さく、経済的であること
6) 取得、利用に伴う税負担がほとんどないこと
7) いつでもどこでも利用できるなど極めて手軽な移動手段であること
表 2-2
自転車のマイナスの特徴
1) 雨や勾配などの自然的な条件に左右されること
2) 多くの荷物などを運べないこと
3) 速度が他の交通手段に比較して相対的に低いこと
出典
国土交通省『国土交通政策研究第 58 号
都市交通における自転車利用のあり方に
関する調査』、2005
2-2
コミュニティサイクルシステムの利点
以上の自転車自体の利点を踏まえ、CCS としてネットワーク化が十分に成された場合の
予想される利点を列挙する。既往研究に挙げられている点は、健康的、経済的、地域経済
の活性化、環境性というものにまとめられる。
一つ目として、一台の自転車を多くの人が使うという自転車の共有化により、CCS 実施
地域の自転車の総数が減少し、それに伴い放置自転車の発生抑制につながるという点があ
る。また、都市内移動の際、CCS により多くの人が自転車をスムースに使うことができる
ようになると、自動車では行きにくいお店に客足が増える可能性がある。また、利用者が
自動車では気づかなかった商店や徒歩では遠くていけなかった場所にいけるようになるこ
とで地域の商業地域が活性化する。これが二つ目の利点である。三つ目は、自転車移動が
より大規模に、かつ便利に整備されることで、車からの乗り換えが進み、地球温暖化や交
通渋滞問題に一定の効果が期待できるという環境面へのメリットである。四つ目は、電車
やバスなど既存の公共交通への乗り継ぎの利便性を高め,公共交通機関の利用を促進でき
る点が挙げられている。CCS として十分にネットワーク化が成された場合、当該地域は大
きな発展の可能性があるとされる。
特に CCS は高齢社会となった日本にとってとても良いメリットがある。CCS のネット
ワークが規模として十分であり安全性が十分確保されていれば、高齢者など、移動の制限
がある立場の人にも非常に有用なモビリティを提供することができ、高齢者の外出の機会
を増やす可能性があるからだ。先に触れた、健康によく足腰に負担がかからないという点、
19
運転する人の尺度に応じた移動ができるという二つの自転車の利点から、高齢者にとって
近距離移動のための便利な手段ができる。さらに、高齢者の移動が確保されることは、高
齢者自身だけでなく様々な波及効果を社会に及ぼす可能性がある。公共交通は鉄道、バス
ともに体の弱い高齢者には使いにくい。公共交通は「乗り合い」であり多数派である健康
な者に合わせなければならないなど、気持ちの面でも使いにくい。公共交通の駅が遠い場
合や公共交通がカバーしていない場所や、公共交通が特に苦手とする近距離移動では、自
分の子供や婿嫁などの車に乗せていってもらわなければならない。外出する際は高齢にな
ればなるほど他人に頭を下げねばならず、これが高齢者の外出を妨げている現状がある。
自力で人に気兼ねなく楽に行ける場所が減り、外出するのも億劫になり趣味の機会や仕事
や社会貢献もやめてしまう、という高齢者のひきこもり現象が社会的な問題として認知さ
れているのは周知の事実だ。
CCS などによって、特に近距離のモビリティを充実させることで、高齢者自身にとって
も地域社会にとっても良い影響が生まれる。気兼ねなく移動が出来ることになれば、趣味
を継続することも出来るし、日常の買い物もリタイアする前と変わらず買い物も出来る。
高齢者の心身にもプラスになり、医療費の削減につながる。自転車に乗ることさえ可能な
らばいろいろな場所へのアクセスが簡単になり、高齢者自身が活性化し、様々な場所が活
性化する。高齢者が以前とかわらず好きな場所へ行ける状態を社会的に作るということは、
現在埋もれてしまっていたマーケットが出現するということである。近年では定年退職後
から「第二の人生」といわれ、老人力などの言葉もあり、機会さえ確保されれば自らの好
みで高齢者が活発に消費行動を行なうことは明白であり、現在の若者の消費中心の経済か
らの脱却・地域商店街の復活に繋がる可能性は十分にある。
また、ヨーロッパの CCS は自転車泥棒対策としても考えられている。どこでも自由に
自転車が借りられるようになれば、自転車泥棒が減る可能性がある。利用者にとっては、
自分の自転車を盗まれる心配がない。当然、CCS 自体が盗まれないようにある程度の工夫
は必要であるが、個人自転車の盗難減少という点も CCS に望める利点であろう。
2-3
放置自転車を活用した CCS の意義
自治体が撤去した放置自転車を修理し、CCS で使用するという試みが数年前から各地で
始まった。CCS に放置自転車を活用することで、次の 2 つの効果が考えられる。一つ目は、
放置自転車の発生抑制である。私有自転車から CCS のような公共の自転車に乗換えが進
むことで、安易に捨てられる自転車が少なくなると同時に、CCS でいつでも誰でも自由に
自転車が利用できれば自転車盗犯も減少し、放置自転車の発生源を減らすことになるとい
う理由、また、一台の自転車を複数人で有効活用することにより自転車の利用ニーズを満
たしつつもモノとしての自転車は少なくなり、CCS エリア内の自転車総数が減少し、放置
自転車も結果的に減っていくという理由以外に、次のメカニズムが働くことが考えられる。
放置自転車が街を走ることにより、誰もが放置自転車問題に触れることになるという点で
20
ある。現在は、放置自転車は深刻な問題だと一般的に認識はされているが、マナーの問題
だと片付けられてしまい、年間たくさんの税金が使われている現状などが実感を持って理
解されていない。多くの放置自転車が街を走り、まだ使えるのにこんなに捨てられている
という現状を多くの人が実感することで、なんとかしなければと放置自転車問題を身近に
考えられるようになる。つまり放置自転車を CCS に利用することで、現在眠っている放
置自転車問題を本当の意味で社会問題化するということである。
二つ目は、放置自転車の有効利用である。名古屋市では、路上などに放置され撤去され
た自転車が約 8 万台ある。返還そのうち返還されるのは約 2 万台、自転車店に引き取られ
中古として再販売されるものが一部、残りの約 5 万台が毎年、廃棄されている。これまで
に述べたメカニズムで放置自転車の発生抑制が起こったとしても、放置自転車の減少には
長い時間がかかり、毎年かなりの廃棄自転車今後も発生することは明白である。CCS によ
り放置自転車がなくなるまで、今後の都市内交通の重要な手段として有効利用することは
環境政策上大きな意義がある。
21
第3章
1節
1-1
コミュニティサイクルシステム(CCS)の事例の検討
日本国内の事例
日本の CCS の苦戦
日本の共有自転車システムは、大きく二つに分かれる。一つは、レンタル・サイクル・
システム(RCS)であり、他の一つは、コミュニティ・サイクル・システム(CCS)である。日
本では、前者のレンタル・サイクル・システム(RCS)が、圧倒的に主流である。コミュニ
ティ・サイクル・システム(CCS)は、欧米で、主流のシステムとして採用されているもの
であるが、日本においては、まだ、構想段階のものが多い。
日本の RCS、CCS の現状を内閣府『駅周辺の放置自転車等の実態調査の集計結果』P37、
(2006)より、以下の表 3-1 に示す。この表ではレンタサイクルとなっているが、RCS
だけではなく CCS も含まれている。
22
表 3-1
駅周辺におけるレンタサイクルの都道府県別設置状況(平成 17 年)
稼働能力
箇所数
稼働能力
箇所数
(台)
(台)
北海道
5
57 滋賀
9
445
青森
0
0 京都
15
787
岩手
6
50 大阪
46
6682
宮城
7
30 兵庫
14
1202
秋田
1
50 奈良
8
460
山形
5
57 和歌山
5
20
福島
4
56 鳥取
2
25
茨城
10
147 島根
1
5
栃木
9
123 岡山
10
924
群馬
13
87 広島
5
484
埼玉
14
2341 山口
9
1004
千葉
10
338 徳島
1
10
東京
43
4740 香川
8
890
神奈川
29
927 愛媛
5
43
新潟
5
47 高知
2
35
富山
7
65 福岡
3
27
石川
5
101 佐賀
0
0
福井
20
355 長崎
2
15
山梨
1
50 熊本
6
57
長野
11
75 大分
3
20
岐阜
9
191 宮崎
4
65
静岡
6
10
52
愛知
13
408
23695
三重
7
出典
90 鹿児島
398 合計
68
国土交通省『国土交通政策研究第 58 号
都市交通における自転車利用のあり方に
関する調査』、2005
国内の CCS の事例では、福岡県久留米市の「水色の自転車」が先駆けとなるものであ
る。これは久留米大の駄田井正教授とゼミの学生が「脱クルマ社会への実践運動」として、
1999 年の春から取り組みを開始し、これまでに「水色の自転車」約 400 台配置された。
市から引き取り手のない自転車をもらい受け、修理をしたうえ、市内 4 カ所に配置した。
23
ペンキ代、パンクの修理代、区域外に乗り捨てられた自転車の回収などに年間約 80 万円
の経費がかかるが、1 口 5,000 円で自転車に張る広告を集めて対応している。しかし、こ
れだけでは足りないうえ、市営駐輪場からは「所有者不明のものは預かれない」と断られ、
自転車店にも「自転車が売れなくなる」という理由で修理の協力が得られない状態である。
「水色の自転車」は、大学生のボランティアにより運営されてきたが、この後に続く国内
での試みは「水色の自転車」ほとんど同様の結果となり、廃止されるケースも多い。
「水色の自転車」とよく似たケースとして 2004 年に始まった兵庫県洲本市の「ベンチ
ャリ」がある。洲本市と同市防犯協会が放置自転車を再利用した前かごに「ベンチャリ」
の表示をした 80 台を青色と黄色で目立つように塗装し、集客施設や公共施設など 13 箇所
に配備した。最初の一年間は実験期間とし、その間に台数と置き場所を順次増やす予定で
あったが、最初の1年間で大半が行方不明になったため廃止された。ステーションではな
く行き先の道路端や溝などに放置するケースが多く、また、パンクや部品の盗難も多かっ
たという。つくば市が 2000 年から始めた「のりのり自転車」は企業からの寄付による自
転車を用意し、100 円のデポジット式(借りるときに 100 円入れて自転車返却時に 100 円
が戻ってくる)を採用していたが、私物化やいたずらなどにより台数が減り、2005 年 3
月に廃止となった。荒川区の「フリーサイクル」はステーションを設けないタイプの「乗
り捨て自由型」CCS であったが、区外へ持ち出されるなどして、区長が交代すると同時に
終了した。
以上のような事例は、概ね、エリア外へ持ち出されたものの回収や修理に余力がなくな
り持続不可能となったという流れが共通している。
一方で、住民ではなく観光客を対象に考えた CCS として「ハマチャリ(横浜)」がある。
「ハマチャリ」は NPO 法人ナイス・ヨコハマが 2004 年から開始した放置自転車を再利用
した CCS である。横浜市が撤去した放置自転車をナイス・ヨコハマが譲り受け、現在、
ステーションは5箇所(有人:シルバー人材)、約 200 台が配備されている。1 日 500 円
の料金と自転車の広告収入で運営している。観光客であれば旅行中は出費を覚悟している
のが一般的で、ある程度高くても料金を払うため、この料金設定で運営できている。
2節
国内の主要事例に対するヒアリング調査の分析
ここでは、筆者が行なったヒアリング調査から得られた情報をまとめ、参考とする。ヒ
アリング調査は、行政主体型 RCS の事例として東京都練馬区役所のよる「ねりまタウン
サイクル」、行政主体型 CCS の事例として愛知県碧南市役所による「リ・サイクルタウン
事業」、NPO など地域団体主体型 CCS の事例として千葉県市川市の NPO 法人、青少年地
域ネット21の「フレンドシップ号」、NPO など地域団体主体型 CCS の事例2として新
潟県新潟市の任意団体、レンタサイクル研究会による「にいがたレンタサイクル」という
四つの事例を対象に行なった。まず、それぞれの特徴をまとめる。
1-2
事例1.東京都練馬区役所のよる「ねりまタウンサイクル」
24
事業概要
ヒアリング実施日:平成 20 年 1 月 11 日
場所:東京都練馬区役所
対応:練馬区役所
財団法人
土木部交通安全課交通施設係
竹永修一氏(係長)、上原健生氏
練馬区都市整備公社自転車事業課
宮北裕氏(課長代理)
事業データ
・事業実施主体:練馬区役所、都市整備公社
・協力主体:自転車商組合・・・専用自転車の提供、修理
・事業の目的:区内における近距離交通の充実化と放置自転車の減少
・事業開始:平成 4 年(実証運用は平成元年から)、1992年に値下げ
・形態:RCS、新規自転車型
・自転車配備数:開始時 2,050 台、平成 20 年 1 月 11 日現在 2,750 台
・ステーション設置場所、設置数:鉄道駅のみ
開始時 9 箇所(8 駅)、
平成 20 年 1 月 11 日現在7箇所
(ほとんどが駅の駐輪場に設置)
・ステーション形態:立体機械式
学生
一般
(エレベーターレールラック式)、
1 か月
1,500 円
2,000 円
コンピュータ制御
3 か月
4,200 円
5,700 円
1 回利用者のためにシルバー人材や臨時職員
6 か月
7,200 円
9,600 円
がスタッフとして常駐
・利用資格:12 歳以上
・利用料金:有料
定期利用(右図)と
1 回利用(1 日 200 円、半日 100 円)
・利用可能時間:24 時間、年間を通していつでも利用可能(1 回利用は 9 時から 17 時)
・利用方法:借りた場所に返す RCS 方式
初回に利用申請を行い、発行された磁気式カードを利用
どのステーションからでも利用可能
・自転車の確保:地域の自転車商の協力の下、専用自転車を用意し、機械式専用立体
駐輪場(エレベーターレールラック式)に対応できるように簡単な改造を施した
(1 台あたり約 3 万円)
・利用者数:平成 18 年度延べ 63,012 人
・事業規模:平成 18 年度年間約 78,000,000 円
・事業収支:平成 18 年度マイナス 28,461,000 円、
以下、ヒアリング調査をもとに、ねりまタウンサイクルの現状と、ねりまタウンサイク
25
ルに対する区役所の考え方や今後の方針をまとめる。
練馬区の公共交通は、東西が鉄道、南北がバスとなっており、バス路線が確保できない
地域がある。平成 15 年のパーソントリップ調査によると、渋滞によりバスの平均速度は
自転車の時速 12kmより遅く、自転車(交通分担率 17.5%)がバス(3.0%)以上に利用
されている。また、自転車の所有状況も平成 2 年では 1 人につき 1.9 台の所有であったの
が、平成 15 年 5 月には 1 人が 1 台の所有割合となるなど、自転車の量が区内において急
激に増え放置自転車数も増加していった。公共交通が区内の移動をカバーできず、放置自
転車が増加してきたという状況を受けて、ねりまタウンサイクル事業が平成 4 年に始まっ
た。もう少し詳しくねりまタウンサイクル事業の変遷を見ると、まず平成元年に大泉学園
駅北口にてレンタサイクル事業実証運用が開始され、平成 2 年にはねりまタウンサイクル
整備計画が策定されたうえ、平成 4 年に事業がスタートした。平成 13 年には、より一層
の利用者獲得のため、ねりまレンタサイクルの料金が現行の料金設定に引き下げられた。
平成 14 年にはステーション数が現在の 6 駅 7 箇所に減少し、現在に至っている。平成元
年の段階から、ねりまタウンサイクルの実際の運営業務は練馬区が委託した練馬区都市整
備公社が担当している。
この事業の基本方針は、自転車を、電車やバスと同じような一つの公共交通と位置づけ
ること、電車やバスを補完する移動手段とすること、自転車駐輪場不足の解消、
「交通需要
の管理」や「自転車の適正利用の促進」を補完するものとすること、というものであった。
練馬区が挙げている「ねりまタウンサイクル」のメリットは三つあり、まず放置自転車の
減少につながることである。このRCSにより、自転車を共同利用するため(1 台を複数
人で使うため)、自転車の利用台数は減らすことなく駅への乗り入れ台数を少なくできるこ
と。二つ目は、このRCSにより、バスなどの公共交通を補完しより一層、都市交通を充
実させることができること。練馬区では、平成 2 年に「練馬区立ねりまタウンサイクル条
例」が制定されており、その中でも「地域交通の発展を図ることを目的とする」
(第 1 条)
とされている。三つ目は、土地の有効利用ができるということである。これは、ねりまタ
ウンサイクルが、24 時間、年間を通していつでも利用できる状態にあり、いつも必ず一定
台数は利用されているため、導入した自転車台数分のスペースを必要としない、という理
由による。
ねりまレンタサイクルは自転車そのものと自転車駐車場をあわせて貸し出すもので、駅
と自宅、または通勤・通学先との交通として使われている。自転車貸し出し・返却窓口と
なるステーションは、練馬(400 台)、東武練馬駅(200 台)、石神井公園駅(400 台)、大
泉学園駅北口(650 台)、大泉学園駅南口(500 台)、上石神井駅(400 台)、練馬春日町駅
の計 7 箇所である。利用料金は、定期利用と 1 回利用に分けられる。定期利用は 1 か月 2,000
円(学生 1,500 円)、3 か月 5,700 円(学生 4,200 円)、6 か月 9,600 円(7,200 円)となっ
ており、1 回利用は 1 日利用(24 時間)が 200 円、半日利用(4 時間)が 100 円である。
ステーション設備は立体機械式(エレベーターレールラック式)のコンピュータ制御とな
26
っており、利用者は 24 時間いつでもカード一枚で利用できる。実際の利用は、出庫可能
ランプの点灯しているレーンのカード差込口にカードを挿入すると、自動でドアが上に開
き、設備の中から自転車がレールに沿って出てくる。後は利用者自身が自転車の点検を行
ない、利用する。返却時は、入庫可能ランプの点灯しているレーンのカード差込口にカー
ドを挿入し、床のレールに自転車の車輪を合わせ、自動で開いたドアの奥に軽く押して、
ベルトコンベアーに乗せると入庫は完了する。利用者にとっては非常に便利で、入出庫は
10 秒から 30 秒程度で完了し、自動機械式のため利用者に特別な負担がない、非常に便利
なシステムである。
実際の利用者は平成 18 年、年間延べ 63,012 人(7 ステーション合計)であり、一日の
平均利用者数は約 172~175 人である。ねりまタウンサイクルの収支状況は、平成 18 年は
マイナス 28,461,000 円であり、大きな赤字である。以下に平成 11 年度以降の収支状況を
グラフ 3-1 に示す。
参考資料:練馬区作成資料「ねりまタウンサイクル収支状況」
平成 15 年度前後は、事業開始時に用意した自転車の買い換え時期となったため、赤字
も増えている。
27
平成 18 年度の収支内訳は以下の表 3-2 のとおりである。
表 3-2
タウンサイクル収支(単位:千円)
収入(利用料金のみ)
支出
支出内訳
49,900
78,000
シルバー人件費
21,000
臨時職員人件費
12,000
保守委託費
20,000
修繕・光熱費等
25,000
合計
78,000
参考資料:練馬区都市整備公社作成資料
平成 18 年度のねりまタウンサイクルに従事する者の数は、正規職員が 11 人、臨時職員
が 9 人、シルバーが 40 人となっている。
この他に、多額のステーション設置費が事業開始時に発生している。ステーションの仕
様と施設建設費を表 3-3 に示す。
表 3-3
施設名
練馬
ねりまタウンサイクル
開設
延べ面
自転車
年
積(㎡)
配備台数
H4
約 708
400
ステーション施設概要
施設構造
土地
所有
施設建設費
維持管理費
(平成 18 年度) (平成 18 年度)
区有地
174,187,500
9,215,925
立体機械
民間
216,725,310
7,711,050
式(地下)
賃貸借
立体機械
区有地
225,535,000
11,380,862
立体自走
民間
12,573,000
15,820,239
式(地下)
賃貸借
立体機械
区有地
201,653,400
10,937,927
区有地
255,044,000
8,149,185
区有地
623,055,056
9,988,600
1,708,773,266
73,203,788
立体機械
式
東武練馬
石神井公園
H4
H6
約 362
約 552
200
400
式
大泉学園駅
H4
約 482
650
北口
上石神井
H5
約 845
400
式
練馬春日町
H8
約 197
200
立体機械
式(地下)
大泉学園駅
H14
約 598
500
立体機械
式(地下)
南口
合計
約 3,744
2,750
資料:練馬区役所作成資料より作成
28
ステーションは先に触れたとおり、カード一枚で 24 時間毎日、自動で出入庫が出来る
ものであり、利用者にとっては便利ではあるものの、一方で莫大なイニシャルコストがか
かっている。用地の借地代や維持管理費も多くかかっている。
ねりまタウンサイクルは始まってから 15 年以上たっているが、経常的な赤字を抱えて
いる。これらの原因として、導入までの初期投資、導入後に発生する毎年度の諸経費が通
常の駐輪場に比べ額が大きいことを練馬区役所は挙げている。収入源は、現在では利用者
の利用料金以外(ステーションや自転車への広告収入など)は検討しておらず、利用料金
を増やすために利用者数を増やす方針ではあるものの、うまい PR の仕方が分からず、
「区
民の中ではまだレンタサイクルをご存じない方も結構いるようだ(竹永氏)」としている。
今後の方針として、利用促進案内、自転車駐輪場利用者(個人所有)からレンタサイク
ルへの乗り換え、料金体系の見直し、駅での利用案内、一回利用の見直し(廃止を含めた)
、
経費削減、利用者の少ない施設の廃止・転用の検討、といった項目を挙げている。しかし、
検討中のものが多く、実行する予定というわけではない。
ヒアリング調査結果
以上のヒアリング調査を踏まえ、考察に入る。ねりまタウンサイクルの実施で想定され
ていたメリットは先に挙げたとおり、放置自転車の減少、都市交通を充実させること、土
地の有効利用ができるということである。開始から 15 年以上たった現在、これらの効果
は得られたのだろうか。
表 5(大泉学園駅への自転車乗り入れ台数の推移)のとおり、
駅への自転車乗り入れ台数が減少したことから、一定の成果は出
ていると篠山(1992)は結論付けている。
将来的に自転車の総量を減らすには、導入台数に対し利用者数
を上回ることが今後一層必要となる。平成 18 年のレンタサイク
昭和 63 年
4,154 台
平成元年
4,071 台
平成 2 年
3,831 台
平成 3 年
3,315 台
ル設置台数は 2,750 台、利用者数は延べ 63,012 人(7 ステーション合計)であり、一日の
平均利用者数は約 172~175 人である。
区内交通の発展という点では、ねりまタウンサイクルは年間で 6 万人以上の住民が使う
ものとなっており、一つの公共交通となっているとはいえよう。この意味で地域交通の発
展に多少つながったものと思われる。また、土地の有効利用という点では、平成 18 年で
一番利用者の多い大泉学園駅北口ステーションでも一日の平均利用者数が 9.8 人となって
おり、利用の多い日を考慮しても自転車数は 20 台程度で十分ということになる。この大
泉学園駅北口ステーションには 650 台の自転車が配備されており、このスペースは十分に
生かされていない宝の持ち腐れ状態だといえるだろう。
ねりまレンタサイクルは、当初から CCS への転換を予定していた。RCS より、一層、
放置自転車の減少、都市交通の充実、土地の有効利用を実現できると考えていたためであ
る。しかし、平成 4 年 9 月から平成 5 年 3 月にかけて実施した社会実験の結果を受け、CCS
29
への転換は見送られた。路線の異なる二つの駅(石神井公園駅、上石神井駅)に配置され
たステーション間でそれぞれ 220 台の自転車を用意し、モニターに無料で貸し出したとい
うものだが、利用者の 91%が CCS に賛成するものの、実際のステーション間利用は全体
利用の 6.0%(平日)、11.5%(土日)にとどまり、借りた場所で返した人がほとんどであ
ったためである。練馬区内は通学・通学などの直線の往復移動が多いということが分かっ
た上、管理・運営費用が莫大にかかる CCS をわざわざすることはないという結論に達し
たのだ。CCS は練馬区には向いていなかった。
これまで述べたことを踏まえると、練馬区という地域の特徴に RCS という方式は合致
していること、また、年間 6 万人以上が利用していることから、地域交通としてある程度
機能しているといえる。税金で運営しているものである以上、区民が赤字なら必要ないと
すれば廃止を含めた方向で検討を進める必要があるが、赤字でも地域に必要だという住民
の合意形成ができれば、存続・発展に向けて取り組むという方向が望ましいのではないだ
ろうか。ただし、イニシャルコスト、ランニングコストともに莫大な費用がかかるこのよ
うな大掛かりな管理システムを維持するには、利用者の支払う利用料金のみでは当然無理
がある。広告収入など、利用料金以外の収入源を開拓するなど、抜本的な改革は必要とな
ろう。
1-3
事例 2.千葉県市川市の NPO 法人青少年地域ネット21の「フレンドシップ号」
事業概要
ヒアリング実施日:平成 20 年 1 月 11 日
場所:千葉県市川市行徳
対応:青少年地域ネット21
事務局長
三宮美道氏
事業データ
・事業実施主体:NPO 法人「青少年地域ネット21」
・協力主体:市川市役所・・・放置自転車の提供、放置自転車保管場所の一部無料貸与
市民・・・運営にかかるボランティア
・事業の目的:放置自転車の再利用を進めることにより、市民の意識向上を図ること
特に自転車のペイント作業を通じ子供の物を大切する気持ちを育てること
・事業開始:平成 14 年 4 月から平成 19 年まで(現在は運営休止中)
・形態:CCS、「放置自転車再活用・乗り捨て自由型 CCS」
・自転車配備数:開始時 100 台、最盛期は平成 15 年 12 月時点の 725 台
・ステーション設置場所、設置数:開始時 23 箇所(3 駅、10 公共施設、10 公園)
平成 14 年 12 月に 13 公園を追加、計 40 箇所
・ステーション形態:各ステーションに「フレンドシップ号」ののぼりを設置、無人
(駅は許可された一定エリア、公共施設はその駐輪場、公園は入り口付近)
30
・利用資格:特になし
・利用料金:無料
・利用可能時間:24 時間、年間を通していつでも利用可能
・利用方法:ステーション間の乗り捨てが可能な CCS 方式
貸出・返却手続きや事前の利用申し込みなどはない
自転車に鍵はついていないため、ステーションにある自転車を好きな
ときに利用できる
またステーションにも自転車を固定しておくチェーンロックなどはない
・自転車の確保:市川市の回収した放置自転車の中から状態の良い物を譲り受けている
・利用者数:利用登録など借りる手続きがないため、利用者数の正確な集計はできない
が、開始 1 年後の平成 15 春(500 台)の時点で月に約 45,000 回と推定
男女比は 6 対 4(推定)
どの年代の人も利用しているが、女性では特に 20 代、30 代が多い(推定)
・事業規模:年間約 300 万円
・事業収支:最初の 2 年間は広告収入があったが、それ以降は年間 300 万円の赤字
ヒアリング調査結果
以下、ヒアリング調査をもとに、CCS「フレンドシップ号」の概要と、実施主体である
NPO 法人青少年地域ネットの CCS に対する考え方や今後の方針をまとめる。
市川市の行徳駅は全国的に放置自転車が多く、内閣府の調査(平成 15 年「駅周辺におけ
る放置自転車等の実態調査の集計結果」)によると、平成 15 年は駅周辺(駅から半径 500m)
の放置自転車台数で全国第 10 位(1,950 台)であった。さらに、放置自転車の引取り率も
撤去台数のうちの 30%と低く、年間 14,000 台の自転車が破砕処分されている状態にあっ
た。NPO 法人青少年地域ネット21は、大学生たちの発案により、CCS で有効活用でき
るように活動を始めた。もったいないという意識が原点にあったという。
CCS で使う自転車は、市川市へ交渉を重ね、無償譲渡ということになった。自転車は市
内の小学校の総合学習の時間に 100 台ずつ、小学生の好きなようにペイントしてもらうこ
ととした。前カゴは黄色のペイントで統一され、カゴの内側には注意事項などが書かれて
いる。青少年地域ネット21は、市民や社会にペイントされた自転車を動く作品集として
大切にしてもらい、放置しない社会を作ること、そして小学生が自らの手で放置自転車を
ペイントし再生に関わることで、小学生に将来自転車を放置しない、物を大切にする心を
持ってもらうことに重点に置いた。これがフレンドシップ号の目的である。また、これに
加え、CCS により自転車を共有することで、自転車の総数を減らして放置自転車の発生抑
制につなげるという目的も設定していた。
フレンドシップ号は、平成 14 年 4 月に 100 台からスタートし、3 か月おきに小学校の
31
総合学習の時間に小学生に市から譲り受けた自転車 100 台ずつをペイントしてもらい、
CCS に投入した。その後、CCS 用の自転車は、定期的なペイントと破損や消耗などで増
減を繰り返しながら、平成 15 年 12 月には 750 台に達した。その後は、初期に投入した自
転車が処分となり、減少が続いた。
ステーションは、開始時は 23 箇所(3 駅、10 公共施設、10 公園)、平成 14 年 12 月に
13 公園を追加し、計 40 箇所となった。駅のステーションでは許可された一定エリア、公
共施設のステーションではその駐輪場、公園のステーションでは入り口付近に目印として
「フレンドシップ号」ののぼりが設置された。
誰でも簡単に利用できるように、フレンドシップ号には自転車自体にカギがついていな
い。利用希望者は、ステーションにあるフレンドシップ号を利用登録などの貸し出し手続
きなしですぐに乗って行ってよいというものである。このため、運営者側も誰が使ったの
か、何人使ったのかということは正確には把握できない。開始から 1 年後の平成 15 年春
には 500 台の走行で、月に 45,000 回利用されたと推定している。これは管理のため、毎
日ステーションを回ることで、一日にどれくらいの台数が使用されているかという推定に
よる。フレンドシップ号の台数調整は、事務局長の三宮氏が朝 5 時からフレンドシップ号
実施エリアを巡回し、ステーション以外に点在しているフレンドシップ号をステーション
に戻すという方法を取っていた。
運営にかかるスタッフは、受付事務 1 名、朝巡回に 1 名、日中の撤去回収に大学生の有
償ボランティアが数名、パンク修理などのボランティアで、ペイント時には、ペイント準
備から完了までに延べ 15 人のボランティアが関わっていた。
自転車のペイントは、総合学習の時間に、校庭にブルーシートを敷き、その上で、自転
車 100 台に子供たちが自分の好きなように塗装していくというもので、周囲の大人が驚く
ような意外性のある作品もたくさんあった。小学校からは、ぜひ来てほしいという声も多
く、マスコミの取材も多かった。
事業経費は、年間 300 万円程度であった。内訳であるが、まず 100 台分のペイント代(ペ
ンキ、ハケ、ブルーシートとイベント準備費など)が 10 万円程度、実施した回数分かか
る。対象地域の巡回のためのガソリン代、自転車の撤去回収、電話受付などで月に 20 万
円かかっていた。これらに加え、受付事務で正規雇用者 1 名の人件費、日中の撤去にあた
る有償ボランティアへの支払いなどが発生している。ステーションの設置費は、駅・公共
施設・公園の使用許可を市川市から受けているため、かかっていない。また、ステーショ
ンは無人なのでステーションスタッフ人件費もかかっていない。自転車も市から状態の良
いものが無償で譲渡されるため、また、修理に必要な部品も他の撤去自転車から抜き取っ
て使用することも許可されているため、費用はかかっていない。CCS 使用で老朽化した自
転車の処分費用は市から免除されている。
収入の面では、スタートした平成 14 年時の 100 台は、一台につき年間 24,000 円の広告
収入があり、6 月に導入した 100 台のうち 20 台に広告があった。よって初年度は 2,880,000
32
円の広告収入が入っている。この時点では、採算はかろうじて取れている状況だったが、
二年目以降は広告収入のめどが立たなかったため、年間約 300 万円の赤字が続き、累計
2,500 万円の赤字となっている。広告収入は、地元企業が少なく中小企業が多いことから
営業の手間がかかり、企業周りなど大きな労力がかかった。赤字でも CCS 運営を続けら
れたのは、事務局長の三宮氏が自身の私財を運営に当てていたためである。
フレンドシップ号は CCS としては、自転車のペイント作業に多くの費用がかかってい
るが、小学生がペイントを通じて成長することを目的としているため、年間 300 万円の出
費は妥当である。
三宮氏は、フレンドシップ号が目指した放置自転車の発生抑制については、700 台の自
転車では、望む結果は得られなかったとしている。フレンドシップの対象となった地域は、
東京メトロ東西線の 3 駅(行徳駅・南行徳駅・妙典駅)が存在し、自転車利用者は 18,000
人、この当時の放置自転車台数は 3 駅合計で約 4,000 台であった。フレンドシップ号の最
も多かった 725 台でもまったく足りず、さらに利用したいときに必ず利用できるとは限ら
ない共有自転車であるため、私有自転車からの乗換えを進められる有効かつ信頼の置ける
交通手段にはなり得なかった。このため、放置自転車の発生抑制にはなっておらず、また
多少の影響はあったとしてもその実態は検証できない。
現在、フレンドシップ号はそのふくらんだ赤字や負担の大きさから、一時休止状態とな
っている。これまでは収入源はほとんどなく、広告も難しいということになった。青少年
地域ネットは、今後、放置自転車問題の解決・地域の活性化・運営側の収入の三つを実現
するものとして、自分たちで駅周辺の放置自転車が多い歩道上で、駐輪場運営事業を行な
うという方針を立てている。自転車利用者に時間対応で料金徴収し、一部を地域通貨とし
て発生させ、駅周辺の商店街の活性化に結びつけていくというものだ。青少年地域ネット
21は利用料金 100 円のうち、80 円が運営者側に収入として入り、20 円分が地域通貨と
して自動発行機から発行される仕組みだ。CCS の利用料金を地域通貨とすることも考えて
いる。CCS 利用者が料金を支払うとその一部は運営者側に、残りが地域通過として利用者
に入り、地域商店街の集客につながるというものだ。
CCS の利用料金を地域通貨に置き換えるのは、CCS のステーション設置を進める際に、
土地の提供面などで地域の協力を得るための一つの方法であろう。
1-4
事例 3.新潟県新潟市のレンタサイクル研究会による「にいがたレンタサイクル」
事業概要
ヒアリング実施日:平成 20 年 1 月 12 日
場所:新潟県新潟市
対応:レンタサイクル研究会事務局
高橋正良氏
33
事業データ
・事業実施主体:任意団体「レンタサイクル研究会」
・協力主体:新潟市役所・・・修理済み放置自転車の提供、市営駐輪場 90 台分の提供、
パンフレットの印刷、ステーションの看板作成)
市民・・・運営にかかるボランティア
ステーション設置場所の土地所有・管理者側のボランティア(200 人)・・・
ステーション窓口での貸出・返却業務
地元企業・・・書店が自転車の目印となるステッカーを印刷
信濃川下流河川事務所・・・自転車修理などのスペースのための倉庫を提供
・事業の目的:商店街・地域経済の活性化、放置自転車の再利用・再使用・発生抑制
・事業開始:平成 14 年
・形態:CCS(コミュニティサイクルシステム)、
「放置自転車再活用型・ステーション
間利用型 CCS」
・自転車配備数:開始時 100 台、現在 180 台
・ステーション設置場所、設置数:開始時 7 箇所、現在 20 箇所
市営駐輪場の一部、公共施設、料亭、ビジネスホテル、スーパーマーケットなど
・ステーション形態:設置場所の土地所有管理者によるステーション貸出業務
・利用資格:特になし
・利用料金:3 時間 100 円(前払い)、1 時間延長するごとに 100 円追加支払い(後払い)
・利用可能時間:9:30~19:00、年間を通していつでも利用可能
・利用方法:ステーション間の乗り捨てが可能な CCS 方式
ステーション窓口で入会手続き(身分証明書の提示)をして
会員証を受け取り 100 円を支払う。係員は貸し出した時間を会員証に記入
返却時に会員証を係員に見せ、追加料金があれば支払う
・自転車の確保:新潟市が回収した放置自転車を修理し、リサイクル研究会に無償譲渡
・利用者数:平成 18 年度延べ約 2 万人
・事業規模:年間約 300 万円
・事業収支:黒字、利用料金収入が年間約 200 万円
ヒアリング調査結果
にいがたレンタサイクルが始まった背景は次のようなものだ。新潟市は、市内中心部を
東西に流れる信濃川で経済エリアが南北に分かれている。川の南は大正時代に信濃川の南
岸を川幅半分ほど埋め立て開発してきた土地であり、JR 新潟駅も川の南に位置している。
川の北側は古町という川南が発展する以前からの経済エリアで、近年は川南の方がにぎわ
っている。この両地区は、重要文化財の万代橋で結ばれている。この両地区を代表する商
店街が、近年増えてきた郊外型大型店舗に対し互いに連携してともに発展することを目指
34
し、にいがたレンタサイクルが計画された。土地が平坦であったことも実現の後押しをし
た。
にいがたレンタサイクルは、川の北側に位置する古町 6 番町商店街振興組合、川の南に
位置する万代シティ商店街振興組合、地域の有志などが中心となって形成される、レンタ
サイクル研究会が主体となり平成 14 年に開始した CCS である。運営は、会長を古町 6 番
商店街、事務局は高橋氏、会計は万代シティ商店街が分担して担当している。郊外型大型
店舗が次々と誕生する中、地域の回遊性を高め商店街の活性化をはかることが主な目的で
あり、さらに毎年新潟市で約 6,000 台発生する放置自転車(そのうち約 3,900 台が廃棄)
の有効活用を目指している。目的として放置自転車の 3R、放置自転車の再利用・再生使
用・発生抑制を掲げている。
にいがたレンタサイクルは、ステーション看板の作成、ステーション用自転車ラックの
購入・設置といった初期投資の面で新潟市から多くの協力を得て始まった。また、放置自
転車を乗れるように修理して防犯登録の再登録まで行い、レンタサイクル研究会に無償提
供(毎年 50 台から 60 台程度、初年度用に 100 台)している。新潟駅近くの市営石宮公園
地下自転車駐車場の一部(90 台分)の無償貸与、にいがたレンタサイクル利用案内のパン
フレットの印刷を毎年支援している。
次に利用状況を見てみる。スタートした平成 14 年度はステーション 7 箇所、途中から
10 箇所に増え、CCS 利用者数は延べ、8,629 人、会員登録者数は 3,845 人であった。平成
18 年度には、ステーション数 20 箇所、利用者数は延べ約 2 万人となった。利用の動向は、
夏場に多く、冬場は夏の半分程度である。
にいがたレンタサイクルの利用料金については、平成 14 年に行なった利用者アンケー
ト(グラフ 3-2)によると、
「安い」、
「ちょうどいい」という回答が、合わせて 89%となっ
ている。また、料金収入で運営をカバーできていることから、料金設定は妥当であるとい
えよう。
グラフ 3-2
利用料金はどうですか。
不明
2%
高い
9%
安い
45%
ちょうどい
い
44%
出典
35
レンタサイクル研究会作成資料
また、自転車の偏りが起きるため、台数調整・再配置が夏場は週二回、冬場は週一回程
度必要となっている。有志の自転車店が有償ボランティア(1 回 1 万円)という形で、ス
テーションからの連絡を受け軽トラックで行なっていて、故障者の修理も担当していた。
平成 17 年からは、事業で出た利益から軽トラックを購入し、レンタサイクル研究会のメ
ンバーが台数調整・再配置を担当している。
次に目的達成についてである。にいがたレンタサイクルは、地域の商店街の活性化、放
置自転車の 3R を目的として掲げている。まず、商店街の活性化という面では、2004 年に
行なった利用者アンケートの結果、グラフ(グラフ 3-3)のとおり、新潟レンタサイクル
利用の目的の大半が「買い物」と回答していることから、高橋氏はある程度の成功といっ
てもよいとしている。
グラフ 3-3
どのような目的でレンタサイクルを使いましたか。
散策
2%
その他
12%
通勤
2%
ビジネス
6%
観光
15%
買い物
63%
出典
レンタサイクル研究会作成資料
次に放置自転車の発生抑制という点である。平成 18 年度の新潟市の放置自転車台数は
約 7,500 台であり、前年度より 1,500 台ほど減少しているが、これがにいがたレンタサイ
クルによるものかは、検証できていない。
にいがたレンタサイクル研究会では、今後の課題として、クレームや問い合わせに常時
対応できる案内センターの設置、交通拠点である佐渡汽船や JR の各駅などへのステーシ
ョン設置、使用自転車の増加(目標は 200 台)などを挙げている。
3節
3-1
近年のヨーロッパにおける新規自転車使用型大規模 CCS の事例
世界の CCS の流れ
コミュニティサイクル、海外で言うところの Bike-sharingprogram(自転車共有化構想)
の最初は、1960 年のオランダのアムステルダムにおける「ホワイト・バイシクル・プラン」
である。その趣旨は、都心への自動車乗り入れ制限を目的としたもので、「誰もが所有し、
36
かつ、誰もが所有しない」2 万台の自転車を共有化することによって、この目的を達成し
ようとしたものである。しかし、この構想は盗難被害が多発した結果、頓挫してしまった。
CCS はヨーロッパでは、その後、1990 年代後半から、デンマークなどで実施され、また、
クリアチャネル社や JC ドゴー社による CCS が一定の成功を見ることになる。
ヨーロッパでは「ホワイト・バイシクル・プラン」の後、1995 年にデンマークのコペン
ハーゲンで「シティバイクプロジェクト」が始まった。その後、各種のシステムやプログ
ラムが開発され試験中であるが、その中でも良く知られているのが、スマート・バイク・
システム(Smart Bike System)である。これは、クリア・チャネル社(Clear Channel、
アメリカ、街路設備を主体とした広告代理店)が開発したプログラムで、自転車レンタル
システムをコンピューター化している。同システムは、1998 年レンヌや 2002 年オスロで
実施されている。
「スマート・バイク・システム」 のシステムは広告収入によりすべての経費をまかなう
もので、クリアチャネル社のライバルである JC ドコー社(JCDecaux、フランス、街路設
備を主体とした広告代理店)は様々な都市での実験を経て、シクロシティ(Cyclocity)と
呼ばれるプログラムを開発した。JC ドコー社は 2005 年、フランスのリヨンでヴェロブを
開始した。そしてリヨンの成功を受け、同社は 2007 年 7 月にフランス・パリにて「ヴェ
リブ」を開始し、大規模な都市型 CCS として大きな成功をおさめた。
これまで CCS は、ヨーロッパの都市で行われてきたが、大きな世界の潮流になってい
るとは言い難かった。しかしこのヴェリブの成功により、CCS は新たな局面を迎えつつあ
る。パリという世界から注目される都市においての大規模 CCS の成功は世界の都市行政
関係者からの注目を浴びている。日本でもマスコミがヴェリブを紹介し、CCS の注目度は
今後もあがっていくものと思われる。
3-2
コペンハーゲン市の「シティバイクプロジェクト」の概要
デンマークの首都コペンハーゲンは人口 50 万人の都市であるが、自動車排出ガスによ
る大気汚染等の防止や交通渋滞の改善等を目的に、自転車利用を積極的に推進している。
市民からの自転車盗難防止策として発案され、1994 年に市がこのアイデアを採用、シテ
ィバイクプロジェクト(CBP)として 1995 年 5 月にスタートした。市が支援し、NPO が
運営する方式を採り、無料自転車のシティバイク 1000 台から運営が行われた。その後、
1997 年に REVA センター(障害者の雇用の場)と協力し、障害者雇用の場としても CBP
は機能している。
利用方法は、シティバイクゾーン内の 110 箇所の駐輪場(1箇所 5 台から 15 台)にて、
ワンコイン 20 クローネ(1 クローネ=約 20 円)を入れるとカギがはずれるというもので
ある。区域内のどの駐輪場にも乗り捨てが可能で、返却するとコインが戻ってくるデポジ
ットシステムである。市内中心地の限られた区域(面積約 20 キロ平方メートル)におい
て利用可能であるが、区域外にシティバイクを持ち出した場合は 1000 クローネの罰金が
37
科せられる。利用時間・日数は制約がない。年間の利用期間は5月初旬から 11 月中旬ま
で間であり、冬期は寒いことや暗いことから利用者が少ないことを考慮しシティバイクの
運営はされていない。この間、すべてのシティバイクは回収されて、保管されている。
補修用トラック 4 台が区域内をまわり、駐輪場で簡単な補修を行なっている。その場で
修理できないシティバイクは、REVA センターの修理工場に運送して整備している。
2004 年は 2000 台が投入されており、うち常時稼働しているのは 1500 台で、500 台は
REVA センターでメンテナンスを行っている。これまで(2004 年 8 月まで)の利用状況
はほぼ 100%であり、主な利用者は若者が多く、旅行者の利用も 40%を越している。利用
者の半数が通勤・通学などに利用しており、夏には観光客に人気があるという。
市内は、歩道と車道の間には幅 3m程の自転車専用レーンがあり、通勤時には多くの自
転車が走っている。広い専用レーンがあるため、自転車事故はほとんど発生しないという。
CBP は年間約 500 万クローネの予算で運営されており、運営費用をすべて広告費で賄
っている。広告費は、1台当たり年間 1300 クローネとなっており、スポンサーにはコカ・
コーラ、ペプシ・コーラのほか、地元のエネルギー会社、高級ブランド、環境団体、英国
政府まで加わっている。これらの広告料が主要な財源となり、予算額の約 2/3(約 6,000
万円)を占める。スポンサー企業は 7 社で、1 社が広告料の 1/3 を負担し、残りの 6 社が
2/3 を負担している。スポンサーは、シティバイクのフレームや車輪部分直径約 50cm に
広告看板を取付けている。洗練されたデザインにより、シティバイクへの注目は高く、市
の調査では 96%の市民がバイクを見ており、車体広告は 71%が認知するなど、掲載広告
の認知度も高まっている。
CBP の運営システムは、市と国の支援、民間企業の援助、警察機関の協力、福祉団体と
の連携のもとでシティバイク・ファンデーションが運営しているというものである。管理
者は長期失業者や軽度身障者が中心で 20 人である。国は財政的な支援を行い、2002 年度
に 100 万クローネを援助している。コペンハーゲン市は、道路公園課が中心となり駐輪場
所の確保・管理や自転車道の整備を通じて CBP への支援を行い、また警察は、市条例に
基づき使用区域外にもち出されるシティバイクに対して取り締まりを行っている。さらに、
社会福祉団体の REVA センターは破損したシティバイクの修理工場を運営し、1日 50~
100 台の自転車修理を行っている。
CBP は、環境的な側面、社会福祉の向上、市のイメージアップの 3 つを目的としている。
環境面に関しては、CBP の利用拡大により自動車走行量の減少が見込まれ、自動車排出ガ
スによる大気汚染と温室効果ガス(二酸化炭素)の抑制、交通渋滞の解消の効果が期待で
きるとしている。コペンハーゲン市では、市内を自転車利用のしやすいまちにすることを
めざし、現在の自転車専用道を延長することを課題に掲げている。これにより、長期的に
は 10000 台のシティバイクを配置して市内の自動車交通量を減少させることが目的であ
る。これまでの CBP の取り組みの結果、市民の通勤方法として 1/3 が自転車(シティバイ
クを含む)、1/3 がバス等の公共交通、1/3 が自家用車となっており、自宅から職場や学校
38
への通勤として 30~40 分の距離は自転車で移動することが多いという自動車利用の抑制
につながる効果が得られている。
市のイメージアップと地域活性化に関しては、コペンハーゲンは観光都市としても著名
である。その中で、シティバイク車体の美しいデザインや色彩は、1999 年には国内のデザ
イン大賞を受賞するなど高い評価が与えられており、市民や観光客に対しても、街の美し
さの向上や健康的なイメージづくりに好影響を及ぼしているという。観光ガイドブック等
では、観光客への魅力として市内のチボリ公園等とともにシティバイクを紹介しており、
市の観光資源の一つとなっている状況がうかがえる。こうした結果、スポンサー企業から
は一定の評価が得られており、スポンサー広告収入も順調に伸びている。
CBP の 3 つ目の目的である社会福祉の向上は、1日 100 台近く発生する自転車修理事
業を福祉団体と連携して社会復帰トレーニング等の一環として実施することでなされてい
る。コペンハーゲン市では、単に環境行政の立場で実施するだけでなく常に社会福祉との
連携に留意し、CBP も同様のコンセプトを有している。環境政策と福祉政策の統合という
側面は他の CCS にはない特徴といえよう。
CBP の課題として、シティバイクの管理問題が挙げられる。洗練された車体デザインの
ためか、国外に持ち出されることも多く、年間に約 800 台が紛失(消失率年間 10~15%)
している。指定された区域外に持ち出される自転車は相当数にのぼる。このため、新規の
シティバイクの増設が必要になり、その経費の負担が大きくなっている。シティバイク一
台は 2000~2500Dkr である。この対処方策として、利用者への使用マナーの徹底と取り
締まりの強化、さらに利用区域を広げるゾーンの拡大が課題である。当然、収入増を図る
ことが求められており、台数の増加が計画されている。事務局では現状よりさらに 3000
台から 4000 台の増加を目指している。また、紛失だけではなく壊される自転車も多い。
これに対し、シティバイクの改良とデザインの向上が求められている。シティバイクは不
特定多数の人々に利用されることから、ブレーキやタイヤ等の部品が壊されることが多く、
結果的に高い修理コストを招いている。これまでも技術的な改良を重ねてきたが、さらに
破損に強い車体づくりが求められている。一方、洗練されたデザインは CBP の注目され
るメリットの一つであり、優れたデザインを確保しながら魅力ある自転車が期待されてい
る。
これら、紛失とそれに伴う大きなコストなど課題はあるものの、定着するにつれ市民の
管理責任感が強まり、ゾーン外や自宅に置いてあるバイクに関して通報することが常識に
なってきたという。半面、シティバイク導入のそもそものきっかけとなった個人の自転車
盗難率は減少傾向にある。
3-3
クリアチャネル・アウトドア社(Clear Channel Outdoor)による
「スマートバイク・プログラム」
クリアチャネル社は 1998 年、フランスのレンヌでスマートバイクを開始し、現在、世
39
界各地で採用されており、10 年経った現在までに多くに実績を重ねている。レンヌ(フラ
ンス、1998 年、ステーション 25 箇所/全配置自転車数 200 台)、ドラメン(スウェーデ
ン、2001 年、23 箇所/250 台)、オスロ(ノルウェー、2002 年、120 箇所/1,200 台)、
トロンハイム(カナダ、2005 年、10 箇所/110 台)、イェテボリ(スウェーデン、2005
年、110 箇所/125 台)、ストックホルム(スウェーデン、180 箇所/2,000 台)、バルセロ
ナ(スペイン、2007 年、400 箇所/6,000 台)、ワシントン DC(アメリカ合衆国、2007
年、10 箇所/120 台)となっている。
クリアチャネル社はスマートバイクについて、渋滞や環境汚染を緩和し、既存の公共交
通の拠点間や公共交通がカバーできない細かい交通を補完する、公共交通の更なる完成を
目指すものであり、個人向けの公共交通である、としている。
クリアチャネル社は、世界的な広告代理店の会社で、「ドッキング・コンソール」とい
う名の、コンピュータ化されたカードリーダーによるチェックアウトプログラムを開発し
た。このシステムはハブ・プログラムという、コンピュータ化されたチェックアウトシス
テムで、共用自転車システムとしてはもっとも最新の技術を織り込んだプログラムである。
利用には事前に利用登録が必要である。それぞれの自転車は、特別の駐輪機にロックされ
ており、ユーザーが、ユーザーカード(IDカード)を駐輪機に差し込むと開錠され、使
用できる。貸出し手続きは 10 秒以下で終わる。この際のユーザー情報と借りた自転車番
号情報は、データベースに記録される。返却時はどのステーションでもよいので、開いて
いるラックに自転車をはめ込むと、返却が認識され、ランプの色が変化する。24 時間利用
でき、料金は定額制(年間 10 ユーロ以下、利用時間は利用促進のため 3 時間以内)、時間
制(最初の 30 分無料)の二種類の料金体系があり、実施する自治体との協議でどちらの
料金体験にするか決められる。
スマートバイクの自転車は、1 日平均 10 回から 15 回、約 4 時間使われ、一般自転車よ
り使用量がはるかに多いことから、ハイテクよりも品質、特に頑丈さを目指したものにな
っている。またサドル調整や操作性(3 段変速ギア)、軽さ(16.5 キログラム)など使い
やすさも考慮されている。また、車体がモジュール化されており、故障の際は修理チーム
がステーションでモジュール交換のみ行い、公共スペースでの作業が短時間で終わるよう
になっている。故障部分の修理は保管倉庫で行なわれる。
また、台数調整は、専用車両(自転車ラック搭載の)が巡回し、各ステーション状況を
モニターしている中央システムからの満車・空車警告を受け、ステーション間で台数調整
を行なっている。
クリアチャネル社は、このスマートバイク・プログラムのシステムを売るのではなく、
このシステム導入を決めた自治体と協同して、このプログラム実施に当たる。クリアチャ
ネル社は、導入システム設備を所有し、メンテナンスについてもクリアチャネル社が負担
する。クリアチャネル社が得る収益は、広告権利収入のみである。ステーションの設置費
用は一基約 100 万円前後で自転車 1 台 3~4 万円である。
40
利用状況であるが、バルセロナでは 2007 年開始から 5 ヶ月で新規登録者が 80,000 人に
達した。開始 5 ヶ月目で、配備台数 1,300 台中、自転車貸出総数が 1 日平均 17,500 回以
上、一台あたり 1 日平均 12.5 回の使用を記録している。これにより配備台数 6,000 台へ
の増設が決定した。スマートバイク利用の一回あたり平均利用時間は 22 分となっている。
オスロのスマートバイク利用者は、35 歳男性中心でビジネス利用が中心である。オスロ
の状況は利用者アンケート(グラフ 3-4)によると以下のとおりである。オスロのスマー
トバイク・プログラムは、ステーション 100 箇所で 1,200 台となっている。
グラフ 3-4 週何回スマートバイクを利用しているか。
50%
42%
35%
25%
21%
2%
0%
5回以上
2回から4回
1回以上
1回未満
クリアチャネル・ジャパン作成資料より
また、スマートバイク利用者が利用する理由は、グラフ 3-5 のとおりである。
グラフ 3-5 スマートバイクを使う最大の理由は何か。
41
75%
57%
50%
25%
18%
16%
9%
0%
性
必要
他
その
れ
い
しゃ
り安
よ
でお
肢
康
健
選択
他の
必要性という回答が多いということは、それだけ既存の公共交通が都市内移動の需要を
完全には満たしてはおらず、スマートバイク・プログラムが既存の公共交通を補完してい
るということができよう。この点から、スマートバイク・プログラムは「既存の公共交通
の拠点間や公共交通がカバーできない細かい交通を補完し、公共交通の更なる完成を目指
す。個人向けの公共交通となる」という目的はある程度達成していると見ることができる。
スマートバイクに対しての評価は高く、グラフ 3-6 のような状況となっている。
グラフ 3-6 スマートバイクはオスロの公共交通だと思うか。
100%
77%
50%
6%
4.5%
4.5%
やや賛成
やや反対
反対
0%
賛成
42
スマートバイクは、利用者にとっては、街の公共交通として認識されているといえる結
果となっている。
システムの利点としては、自転車の盗難と損傷がすくなく、自転車の所在を常に把握で
きる点にある。欠点としては、高価であることと、すでに自転車が多く放置自転車や違法
駐輪自転車などが街にあふれている日本にとっては自転車をさらに増やす政策は取りにく
いということがある。クリアチャネル・ジャパン社では、日本での導入に向け名古屋市な
どと交渉を重ねているが、上記理由により難航しているという状況である。
クリアチャネル社は、バルセロナのスマートバイク・プログラムでは、二酸化炭素排出
量を年間 2,500 トン削減できるとしている。
3-5
フランス・リヨン市の「ヴェロブ」とパリ市の「ヴェリブ」
ヴェロブは、JC ドコー社が 2005 年 5 月、リヨン市で始めた CCS である。利用方法や
運営方法はクリアチャネル社のスマートバイクとほぼ同じである。ヴェロブは初期の成功
を受け、2006 年 7 月には、専用サイクルポートを 77 箇所増設して計 250 箇所に、専用自
転車を 1,400 台増やして計 3,400 台に増設された。JC ドコー社はヴェロブ CCS の開発と
実施により、仏全国自転車宣言都市協議会(Club des Villes Cyclables)制定の 2005 年度
『自転車トロフィー』(企業部門)と、2005 年「新工場エンジニアリング」誌制定「開発
賞』」を受賞している。
リヨン市のヴェロブの成功を受け、パリ市では 2007 年 7 月 15 日より、JC ドゴー社
がリヨン市のヴェロブと同様のシステム、ヴェリブ(Velib)を開始した。「Velib」とは
Velo(自転車)と Liberte(自由)の 2 語を組み合わせた造語である。
ヴェロブ、ヴェリブ両者とも、市内の交通渋滞緩和のため、環境に優しい自転車の利用
を促進し自動車の利用を減らすという目的の域内交通政策である。パリ市のヴェリヴはひ
どい交通渋滞の緩和を念頭においているため、市営の自動車駐車場を減らし、そのスペー
スにヴェリブのステーションを設置した。自家用車の利便性を下げ、ヴェリブなど自転車
移動の利便性を向上させ、交通渋滞の緩和を図るとともに、域内の短距離交通の充実を掲
げている。
ヴェロブ、ヴェリブともにステーションは全て無人で 24 時間いつでも利用できる。ヴ
ェロブ、ヴェリブ両者は、利用に際しクレジットカードによる事前登録が必要で、ヴェロ
ブは基本的に 7 日間の短期パスが 1 ユーロ、1 年間の長期パスが 5 ユーロとなっており、
ヴェリブは 1 日 1 ユーロ、1 週間 5 ユーロ、1 年 29 ユーロである。ヴェロブ、ヴェリ
ブどちらも最初の 30 分は無料であり、無料時間を経過すると料金がかかる仕組みになっ
ている。ヴェロブは利用 30 分以上 1 時間半までなら、短期パスは 1 ユーロ、長期パスは
0.5 ユーロかかる。1 時間半以上 24 時間以内ならば、短期パスは 2 ユーロ、長期パスは 1
ユーロとなっている。ヴェリブは以降 60 分まで 1 ユーロ、90 分まで 2 ユーロ、91 分以
降は 30 分毎に 4 ユーロずつ課金される。返却時にそのサービスポイントが満車で無料の
43
30 分が過ぎそうな時は、登録番号を入力すれば他のポイントへの移動時間が 15 分与えら
れる。リヨン、パリの両市では 30 分程度の短時間の移動手段としての利用を促進したい
考えであり、その点を考慮したステーション設置間隔、料金システムとなっている。
両者とも自転車の貸出・返却方法は前述のスマートバイクと同じなので省略する。
リヨン市の「ヴェロブ」
リヨン市のヴェロブの利用・運営状況は次の通りである。利用者には好評であり、32,000
人がパスを所有している。これまでの 1 日の最高貸出回数は、全国的な公共交通機関のス
トに当たる日で、17,000 台であった。
利用者は男性が 70%、年齢別でみると成人(25~55 才)が 66%を占めている。利用者
の内、リヨン市民は 86%で、観光客やビジネスマン等の市民以外は 14%となっている。
平日における利用のピークは 3 回あり、8 時から 9 時、12 時から 14 時、17 時から 19 時
となっている。上述の利用客構成と合わせて考えると、ヴェロブの主な利用者は男性の会
社員で、自宅ないしは駅から、市内中心部にある会社まで、朝夕の通勤に使用しているの
であろうということが推測できる。また、昼食時に買い物等の用事にも使用されているこ
とがわかる。
1回あたりの平均走行距離は 2.2kmで、1回あたりの平均利用時間は 13 分 40 秒とい
う統計が報告されている。どのパスでも 30 分ないし 1 時間以内(共通パスの場合)は無
料なので、大半の利用客は殆ど無料で利用していると思われる。
ヴェロブ専用自転車に関する故障や故意に壊される件数は、事故や盗難より多く、故障
件数は 1 日平均で 80 台に上っている。自転車の運転に慣れていないものの利用も多く、
段差へのむやみな乗り上げなどが原因と考えられている。壊される件数は1日平均で 30
台に上り、パンクやサドルがナイフで切られるなどするという。
ヴェロブの運営は、事務員 4 名、台数調整トラック運転手 7 名、電話案内係 9 名、自転
車修理班 3 名、の計 33 名の職員で行われている。
ヴェロブの経費は、次の通り。専用自転車の開発製造費が 1 台に付き 1,000 ユーロ
(145,000 円)、計 200 万ユーロ(2 億 9 千万円)。ヴェロブのシステム維持費(専用サイ
クルポート等の設置、コンピューター関連、人件費、車輌、修理工場等)が計 200 万ユー
ロ(2 億 9 千万円)。従って、合計で 400 万ユーロ(5 億 8 千万円)の経費が年間必要とな
っている。
リヨン自転車乗用促進協会のラディグ会長によると、現在のヴェロブに関しては以下の
3つの問題が挙げられるとのことであった。
1. 『ベロブ』専用自転車に広告を入れることができないので、JCドコー社はそれの埋め
合わせのために市内の街路設備における広告を増やす恐れがある。
2. 『ベロブ』の利用者は“平気で”歩道を走るため、歩行者や特に身体障害者に迷惑がか
かり始めている。
3. 『ベロブ』が大好評のため、地元のタクシー会社や、特にレンタサイクル業者の売上げ
44
が減っている(営業妨害)。
パリ市の「ヴェリブ」
一方、パリ市のヴェリブの利用・運営情況は次の通りである。パリ市では 7 月の開始当
月だけで 50,000 人が 1 年契約を結び、8 月には 1 日 1,200 人のペースで契約者が増えた。
2008 年までに 20 万人の登録を見込んでいる。開始当初には市内 750 ヶ所のステーショ
ンと 10,648 台の自転車が設置され、2007 年 9 月には 1,000 ヶ所 14,197 台に増加、およ
そ 300mおきにステーション設置を目指し 2007 年 12 月末までに 1,451 ヶ所 20,600 台
となった。市内を歩くといたるところでステーションを簡単に見つけることができるとい
う状況である。住民、観光客ともに幅広く利用されている。毎日約 10 パーセントの自転
車が修理に出されているという状況である。
ステーションの貸出・返却手続き用の特別機の不調等、細々とした機械上のトラブルも
起こっている。設備機器など品質、運用面ではまだ十分ではないようだ。現在でも緊急の
トラブルに対処するホットラインはあるが、フランス語のみでなかなか繋がらないと不満
の声が利用者から上がっており、その体制作りを充実させる課題がある。
パリでの大規模 CCS の成功例として、ヴェリブは多くの注目を集めているが、様々な
意見も出されている。本当にこれで自動車の利用が減るのかという問題、また、自転車利
用者の増加により交通規則に明るくない利用者による走行マナーの問題である。一番の心
配は交通事故の増加であるが、これは Velib のこれからの運用実績と交通事故との因果関
係から判断するしかない。
ヴェリブの導入によって、本当に自動車の利用者が減るのか、といった意見がある。事
実、このシステムの先駆者であるリヨン市では、自動車の交通量が激減したわけではない。
従来からバスや地下鉄などといった公共交通機関を利用していた市民が、このシステムを
利用するようになっただけではないか、との見方もある。しかし、まだシステム導入から
あまり期間が経っておらず、今後の行方次第ともいえる。一方で、自電車の利用者が増え
ることにより、パリ市内の交通が混乱するのではないか、といった意見もある。フランス
国内の交通規則では、自転車は自転車専用道路、バスレーン、車道のいずれかを走行しな
ければならず、歩道での走行は禁じられている。そのため、自動車の運転手が、自転車に
多くの注意を払う必要が出てくる、というのである。これについては、逆に自動車の運転
マナーを向上させる良い機会ともなる。加えて、自転車の利用者のマナーを懸念する声も
ある。歩道での走行や、一方通行の道路での逆走など、交通規則に違反している利用者が
多いことも事実である。今後の利用者の行動にゆだねられていると言えよう。
ヨーロッパ型 CCS の特徴
CCS の経費については、今までは専用自転車に広告を入れて賄うのが一般であったが、
スマートバイク、ヴェロブ、ヴェリブでは景観を優先したため、広告無しの自転車が採用
されている。
スマートバイクやヴェロブ、ヴェリブなどがこのような大掛かりなサービスを安価な利
45
用料で提供できる最大の理由は、費用負担の問題を解決したことである。パリ市は大手広
告会社 JC ドゴー社と市内 1,600 箇所の広告パネル設置の権利を優先的に与える契約を結
び、その収入でレンタサイクル運営費用を賄っている。パリ市は新たな納税者負担を強い
ることなく、このレンタサイクルを運営しているのである。フランス・パリというもとも
と注目度の高い都市であり、さらにヴェリブが行政主導でありながら税金がかかっていな
いという点で、現在世界中から大きな注目を集めている。
4節
4-1
これまでの先行事例のまとめ
各事例の特徴の整理
これまでに取り上げた事例を、
「運営主体」、
「事業規模」、
「自転車」、
「管理レベル」、
「利
用者数」の項目を分け、以下のような表にした。
「事業規模」はその事業の総事業経費の大
きさ、「自転車」は使用している自転車が専用の新規自転車か放置自転車の再利用か、「管
理レベル」は自転車のステーションでの保管や貸出・返却時の自転車管理の度合い、をそ
れぞれ表 5-1 にあらわす。
表 3-4
共有自転車の分類
事業名
運営主体
事業規模
自転車
管理レベル
利用者数
ヒアリング事例以外の
NPO、行政など
小
放置自転車、
低
小~中
国内 CCS
新規自転車
ねりまタウンサイクル
自治体
大
新規自転車
高
中
フレンドシップ号
NPO
中
放置自転車
低
大
にいがたレンタサイクル
市民団体(商店街)
小
放置自転車
中
中
ヴェロブ
企業(行政主導)
大
新規自転車
高
大
第 2 章で確認したように、CCS には利点は数多くある。小回りが利く、体にやさしい、
環境にやさしい、維持費が安い、という利点を持つ自転車はまさに都市内交通に最適であ
る。自転車を都市内交通のかなめと据えることは、地球環境問題や高齢化社会にうまく対
処してゆくために必須のことであるといえよう。ただし、現実の都市内交通として CCS
が実現するには、多くの課題がある。事例としてあげたとおり、日本で成功したと思われ
る事例はほとんどない。
ハマチャリは、利用対象者を観光客を中心に考えている。そのため利用料金を 500 円と
することができ、何とか運営ができている。
「水色の自転車」を代表とする、住民の日常の無料の足として想定された CCS は、地
域の住民の日常の足として考えられていたため、利用料金をとっていない。それにもかか
わらず管理がゆるいものであったため、エリア外へ持ち出されたものの回収や修理に余力
46
がなくなり持続不可能となったという失敗例であることは第 3 章で考察した。失敗に終わ
った国内 CCS のスタイルは、地域住民の日常の足となるために、料金をとらない、管理
レベルを最も低いものとするといった特徴を持っている。気軽に使ってもらえるように、
という意図であるが、マナー違反者がいない状態でのみ機能する仕組みであるといえよう。
マナー違反者がいると、エリア外の遠くまで回収に行く大きなコストがかかるにもかかわ
らず、利用料金の収入がないため、それをカバーできずに持続不可能となる。住民の良心
を信じて実施され、マナー違反についても「マナーを守って利用してください」と住民に
お願いするのみで、マナー違反があった際の具体的な対応を事前に考えていないという点
が各事例に共通している。
フレンドシップ号は環境教育の面では大きなインパクトを残したものの、CCS の運営自
体は運営側の NPO 法人青少年地域ネット21に負担がかかりすぎて現在は中止になった
ため、
「水色の自転車」を始めとする CCS と同じ属性のものである。このような CCS は、
運営主体に負担がかかりすぎており、自治体、行政、商店街、市民などとうまく負担の分
散ができていない。フレンドシップ号の場合も、行政の協力はバランスよく得られていた
が、地域の企業が始めは広告を出したがものの、ビジネスメリットまで考えてフレンドシ
ップ号に参入していないためと思われる。その点を考慮し、フレンドシップ号の運営主体
である NPO 法人青少年地域ネット21では、地域の商店街と深いところでの連携を目指
し、CCS を休止、地域通貨を利用した自転車政策を展開する準備に入った。
また、RCS、CCS は、運営主体によって、大きな特徴を持つことになる。ねりまレンタ
サイクルはすでに見たように、行政のみに負担が集中している。ねりまレンタサイクルの
場合は経費が高く、広告収入など利用料金以外での収入源もない状況にもかかわらず、行
政のみですべて負担している。管理システムが機械化・高度化されているため、前提とし
て行政のみで運営する形態になっており、一般の市民が入り込む余地はない。行政が運営
主体となる場合のメリットは、用地獲得などにおいての障害が少ないこと、
「公共の」とい
う認識が対象エリアに醸成されることである。また、放置自転車を再使用しようと考えれ
ば、大量の自転車が用意できるということだ。行政が運営主体となるデメリットとしては、
設備投資に莫大な費用がかかることである。
にいがたレンタサイクルがこれらの中でもっともよく各主体間の協力バランスが取れ
ている。レンタサイクル研究会の掲げている目標は達成しつつあり、この意味において成
功している。ただし、放置自転車の減少や、車を抑制して温室効果ガス削減を達成するに
は規模が小さい。
海外のヴェロブは、規模が大きく、CO2 削減効果がまだ検証されてはいないものの、エ
リア内の交通網の発展という目的は概ね達成できていると言える。しかし、日本ではこの
ような海外型 CCS は導入しにくいことが予測される。自治体にとっては、目先の放置自
転車問題が深刻であるにもかかわらず、さらに街に自転車が数千台から数万台増加するよ
うなものは実施しにくいはずである。実際、クリアチャネルジャパンは、名古屋を始めと
47
した日本の各都市で、自治体とスマートバイク導入をアピールしているが、同社の営業担
当者によると現在のところ自治体からの反応は芳しくないという。日本において環境貢献
できるような大規模 CCS を成功させるには、それぞれの自治体の抱えている放置自転車
問題への積極的解決策も同時に提案する必要があろう。
4-2
CCS の課題とその克服
課題として考えられるものは、CCS では自転車の管理に手間がかかりコストが膨大なも
のになるということだ。借りた場所以外の場所でどこでも返却できる CCS では、ステー
ション間で自転車の偏りが発生し、台数調整が必要となるためである。また、高度な管理
システムを導入しない限り、自転車は私物化されたり、いたずらされるなどの問題がある
ため、管理コストが高くなる。これら採算性の問題の他に、日本の都市では自転車が安全
に走行できる道路環境が整っていないという問題も存在する。
自転車管理の面では、国内 CCS での事例を参考にすると、マナー違反(私物化、ステ
ーション以外への放置、いたずら等)が発生した際の対処法を確立させ、利用者にも利用
前に告知しておく必要がある。具体的には、個人 ID と自転車のナンバーを利用者 ID カー
ドに貸出・返却の際に、自動で記録される仕組みを作り、どの利用者がどの自転車を利用
したか、を運営者側が常に把握できているという状況が望ましい。
また、CCS の運営に関しては、にいがたレンタサイクルなどの例から①各ステークホル
ダーとの目的の共有化、綿密な連携と適切な役割分担、がまずはポイントであることが見
えてきた。そして特に海外に事例のように②行政が、企画している CCS のその地域内で
の位置づけをはっきりさせ、公共交通と同等のものとしている事実がある。これも一つの
ポイントである。そして利便性向上がもっとも大事な要素である利用者の増減に直結する
ということから③ステーションの設置場所も大きなポイントとなる。そしてこれまで失敗
した事例はほとんど確固たる収入源はなく、運営主体に負担がかかっていったパターンが
多かったため、④収入源の確保、大きなポイントとなる。これら 4 つがこれまでの調査に
より明らかになった。
48
第4章
都心部におけるコミュニティサイクルシステムの事業化に
向けた諸課題の整理
1節
名チャリプロジェクトの背景
それぞれの地域の特徴を踏まえた RCS や CCS の実現は、大量消費・大量廃棄(大量リ
サイクル)社会から、無駄の多い個人所有、ではない、共有化(シェアリング)とリース・
レンタルの社会への移行を促すきっかけになる。将来的に日本全国にこのような変化を波
及させるためには、都市部での放置自転車活用型大規模 CCS を検討する必要がある。大
都市で成功すればそのインパクトがより大きくなるからである。
以上の目的のために、本稿では、名古屋市の中心部で 2007 年に行われた「名チャリプ
ロジェクト社会実験」を取り上げ、その実現・成功へ向けた検討を行う。このプロジェク
トは、名古屋大学大学院環境学研究科の研究室が企画した、名古屋市の都心部における放
置自転車活用型 CCS 構想である。
2節
名古屋市における放置自転車問題の概要
名古屋市(『自転車駐車対策の概要』、2007 年)によると、平成 18 年度の放置状況は、
30,693 台で前年比から 9.6%の減少となっている。駅別の順位では、1 位が名古屋駅の
3,370 台、2 位は栄の 2,075 台、3 位は金山の 1,317 台となっており、主要な交通拠点とな
る乗換駅・複合駅で占められている。
条例により、放置禁止区域内は即時撤去の対象とし、また、放置禁止区域外は1週間経
過後(ただし、自転車駐車場内においては、2 週間経過後)に撤去の対象としている。撤
去は、放置自転車等に対して、放置禁止区域内にあたっては警告札を、区域外にあっては
注意札をそれぞれ取り付けた後、保管所場所へ運搬している。
保管場所で保管している自転車等については、防犯登録紹介や自転車に記載された住所
などにより所有者に通知し、自転車については 1500 円、原動機付自転車については 3000
円の保管手数料を徴収し、返還を行なっている。
平成 18 年度の撤去台数は、85,086 台となっており昭和 63 年以降の台数と比較すると
大幅に増加している。また、同年度の返還率は 29.3%となっている。放置禁止区域が毎年
増加していることも撤去台数の増加につながっていることの一因と考えられる。
平成 18 年度の撤去台数 85,086 台のうち持ち主に返還されたのが 24,892 台、残った
60,147 台のうち、7,769 台は市内の自転車店が 1 台 2,000 円で名古屋市から購入(市民リ
サイクル)し、再利用・部品売却で海外へ運ばれたのが 3,730 台、48,648 台は、廃棄処分
となっている。
放置自転車対策にかかる一連のコストは、撤去・保管・返還の作業費で毎年年間 2 億円
から 3 億円である。
49
毎年これだけの放置自転車が排出され、市にとっては大きな財政負担となっている現状
は、どんな対策を採ろうとも、すぐには変化しない。これからも毎年かなりの台数が排出
されることは明白である。これを前提に放置自転車を有効活用(リユース)し、それと同
時に放置自転車の発生を防ぐ(リデュース)政策を考える必要がある。
名古屋市で放置自転車を活用した大規模な CCS を実施し、このような意味を持った政
策として打ち出すことは、日本全体に大きな影響を与え、循環型社会構築につながるもの
と考える。
3節
名古屋地域のおける CCS 社会実験「名チャリプロジェクト」の概要
「名チャリプロジェクト」は名古屋市中心部において放置自転車再活用・ステーション
間利用 CCS を実現するプロジェクトとして始まった。平成 19 年度の内閣官房都市再生本
部の都市再生モデル調査事業に採択され、12/1(土)~12/16(日)の 16 日間、栄・伏見・大須
で放置自転車を利用した社会実験を行った。実験では、栄に 3 ヶ所、伏見・大須にそれぞ
れ 1 ヶ所ずつステーションを設置し、利用時間を 8 時半(土日は 10 時)から 19 時までとし
た。利用者には、住所・氏名・電話番号を記入してもらった。ステーション設置場所や社
会実験の運営にあたっては、地元の商店街、企業、行政の協力・支援を受けた。
ステーションを 3 か所設置した栄地区は、名古屋市の中でも名古屋駅周辺と双璧をなす
商業エリア・ビジネス街である。大須地区は大須商店街を中心とした独自の商店街コミュ
ニティを形成している商業エリアであり、デパート中心の栄とは異なる下町的な雰囲気を
持った地区である。伏見地区は企業のオフィスが集中しているビジネス街であり、外回り
のサラリーマンが多い地区である。名チャリが、大須・栄間の買い物客の移動手段、伏見・
栄間の外回りサラリーマンの移動手段となるように半径 1 キロメートル内の三つの地区を
実験地域(図 4-1)とした。
ステーションはすべて民有地であり、栄地区が、電通中部支社ビル玄関(ステーション
A)、勝鬘寺(ステーション B)、山岸自転車店跡地(ステーション C)である。大須地区
は、東仁王門通り(ステーション D)、伏見地区は、でんきの科学館(ステーション E)で
ある。
50
図 4-1
名チャリ社会実験ステーションマップ
出典
名チャリプロジェクト作成資料
実験期間が寒さの厳しい時期となったこともあり、利用者がどのくらいいるか不安視さ
れたが、開始から日が経つにつれ利用者も増え、利用者登録数は 1,432 名、延べ 1,872 回
の貸し出しがあった。最後の土日においては用意した 124 台すべてがステーションからな
くなり、貸し出しできない時間帯もあった。
4節
都心部におけるコミュニティサイクルシステムの事業化に向けた
諸課題の整理
①利便性が高いステーションの配置
まず、名古屋市の地理特性・経済特性を把握し、これにそったステーション配置を行う
ことが重要であることがあげられる。大須・栄間の買い物客の移動手段、伏見・栄間の外
回りサラリーマンの移動手段となるようにステーションを配置したが、そのとおりの需要
があったようで、利用者には好評であった。2 週間の実験期間であったにもかかわらず、
51
2,000 回弱の貸出があったことは、ステーションそれぞれの立地のよさに起因することが
推測できる。また、コインパーキングの近くにステーションを配置することで、より車か
らの乗り換えを進めることができよう。
②貸出・返却業務の機械化
貸出・返却方法には課題があることがわかった。利用者が予想よりも多く、ステーショ
ンスタッフが貸出・返却リストに記入していくという方法では、どうしても記入ミスが起
こり、特に利用者が殺到した場合に記入ミスが多発した。大規模に行うためには、ある程
度の機械化・自動化の必要性があるようだ。また、事例でみたように CCS は自転車の台
数調整や回収にコストがかかるため、機械化・自動化できるところはそのようにして、運
営者側の負担を減らしておく方がよいということもできる結果となった。
③利用回数を上げるための料金体系
さらに、名チャリの目指す、放置自転車のリユース・リデュース、車からのシフトによ
る温室効果ガス削減といった目標は、一台あたりの自転車の使用される回数が多ければ多
いほど達成に近づく。今回の実験では、朝から夜まで借りっぱなしにしてしまう利用者も
存在し、私有自転車と変わらない状態も見受けられた。自転車の使用回数を上げるため、
海外型 CCS のように最初の一定時間は無料(もしくは低料金)で少しずつ課金されてい
くという料金体系が望ましいという感触が得られた。台東区の CCS 社会実験(2002 年 11
月実施、12 ステーション、カード式、24 時間利用可)では利用者アンケートで、今回と
同様のサービスレベルなら平均で月額 676 円、サービスレベルが今回より向上(サイクル
ポートの配置の改善、対象エリアの拡大など)した場合は同 952 円という水準が得られた。
ある程度の利便性とサービスが提供されれば、月額 1,000 円程度の負担で共有自転車を利
用したいという層がかなり存在するようだ。
④自転車が快適に走れる道路環境の整備
利用者からは、
「CCS はよいが道路が歩行者であふれていて快適に走れない」、
「CCS よ
りもまず自転車道の整備など自転車が安全に快適に走れる環境を作るほうが先だ」という
声が聞かれた。料金が安く、ステーションの立地がよく数も十分であったとしても、自転
車の走行環境の整備が進まなければ、自転車の利点を最大限に生かすことができず、また、
CCS の利用も一定レベルでとまってしまう可能性もある。
52
第5章
1節
総合考察
CCS の現状についての考察
第 1 章では、自転車を中心に日本の交通の現状を考察した。日本では、車中心の交通事
情により、社会・経済的損失が発生し、また、脱温暖化社会のためにも車中心の交通部門
の変革が求められていることがわかった。
第 2 章では、行き詰った日本の交通事情を打開するために有効な、スペースを車ほど取
らない、温室効果ガスや汚染物質をまったく出さないという自転車本来が持つ利点を整理
した。そして、自転車の利点がもっとも生かされる自転車の共有化構想、RCS・CCS につ
いて整理を行った。
第 3 章、第 4 章、第 5 章においてそれぞれ国内の事例、海外の事例を調べた。第 5 章で
それまで取り上げた事例を分類し、運営時の各主体のバランスに着目して考察した。CCS
運営主体が他の主体と協力できずに運営側に負担が集中し過ぎている場合は失敗すること
が多く、また海外の事例など運営はうまくいって規模も大きなものとなっているが、日本
では自治体がまた街に自転車が増えてしまうと及び腰になっている現状がある。
第 3 章でこれまでの CCS の事例を取り上げたが、海外の事例も含めいずれの CCS も放
置自転車の削減や車から自転車への乗り換えが成功しているといえるものはない。放置自
転車のリユース・リデュース、自動車から自転車への乗り換えについては、どちらも CCS
自体の便利さ(ステーションの設置場所、ステーションの数)により大きく左右されるも
のである。
大規模 CCS 実現のキーポイントとなるのは、①各ステークホルダーとの目的の共有化、
綿密な連携と適切な役割分担、②企画している CCS のその地域内での位置づけを公共交
通と同等のものとすること、③ステーションの設置場所、④収入源の確保、の 4 つがこれ
までの事例調査により明らかになった。
①はそれ以降の②、③、④の全てのポイントの前提となるものである。にいがたレンタ
サイクルの事例からもうかがえたが、各主体ごとの均等な取り組み、それも建前ではなく、
それぞれの得意分野・持ち場で全力で取り組むことが、重要なキーポイントとなる。この
度合いが高くなればなるほど、CCS の運営に無理がなくの持続性が保たれることになり、
結果、政策としての効果(放置自転車削減・発生抑制、CO2 削減、街の活性化など)が実
現できる。
また、CCS など自転車交通の総合的な利用を促進するために、以下のような取り組みが
必要となってくる。国土交通省の CO2 削減のための対策の中(国土交通省「平成 18 年度
版国土交通白書」、2006)には、自家用車から公共交通機関への転換目標値はあるものの、
自転車への転換の促進については具体策や目標値は定められていない。自転車は、今後ま
すます重要性を増してくる。モーダルシフトとはいえ、全ての人が公共交通の駅に近いわ
けではないのだから、自転車へのシフトも積極的に促進していくことが望ましい。
53
その際に、必ず問題となってくるのが、現在の自転車の立場であろう。現在の日本では
車との事故を避けるため歩道を走ってもよいこととなっている。車は車道、歩行者は歩道
があるにもかかわらず、自転車にはない。そのため、都市内移動において優れた能力を有
する自転車の力をうまく引き出せていない。歩道は徐行させ、車道も走行しにくい。自転
車の法制度上の位置づけと自転車道などの整備を行うべきである。
2節
2-1
本研究の課題
CCS の環境政策としての有効性の検証
まず、課題としてあげられるのが、CCS の環境政策としての有効性の検証が不十分であ
った点、そして CCS の有効性を高めるための考察ができていない点である。環境政策と
しての有効性の検証とは、放置自転車の発生抑制効果がどの程度あるのかという点と、自
家用車からのモーダルシフトの効果はどの程度あるのかという点の二つがある。本研究で
は、主要な事例ごと、また、CCS のタイプごとに CCS によってどれくらい放置自転車が
減り発生抑制となったか、自家用車から CCS へどのくらい乗り換えが進んだかという点
を数値的に比較検討できなかった。
第 5 章で見たように、クリアチャネル社はバルセロナのスマートバイク・プログラムに
より、二酸化炭素排出量を年間で 2,500 トン削減できるとしている。しかし問題点は、CCS
の利用者の大半が元は徒歩である可能性がある点である。CCS が自家用車の代替となるよ
うなステーション配置の研究を進める必要がある。それと同時に、自家用車から環境負荷
の低い移動手段へのモーダルシフトを促す他の政策との融合策も検討する必要がある。都
市内において、自家用車の利便性が他のどの交通手段よりも高い状態ではモーダルシフト
は起こらない。自家用車が都市内の移動手段としての利便性を下げるような政策、例えば
都市部への自家用車乗り入れに料金を課すロードプライシングや、都市内の駐車場の削減
策などと同時に CCS を行なうことで一層の効果を挙げられるであろう。今後、CCS を都
市内移動手段の主要なものの一つと位置づけ、公共交通や自家用車など他の移動手段の性
質を考慮した合理的かつトータルな交通体系作りが求められる。
2-2
CCS の利便性の向上
また、2 つ目の課題として、CCS をより多くの人が利用するにはどうしたらよいのかを
考察できなかった点である。利用者が増え、CCS の回転率を上げることが、放置自転車削
減・発生抑制、自動車から CCS への乗り換えという二つの目的を達成させることにつな
がる。CCS を利用したいと個人が判断するのは、ステーションが便利な位置にあること、
利用料金が安いこと、貸出・返却システムが簡単なこと、自転車の整備状況が良いこと、
自転車の走りやすい街であることなどが考えられる。これについて、今後、既存の CCS
の利用者に対してのアンケート分析が有効となろう。また、パーソントリップ調査などか
らの CCS 実施エリア内の移動パターンの分析を行い、最適なステーション設置場所を割
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り出すといった研究が必要となってくるだろう。
2-3
都市部での CCS の課題
今後、CCS はヴェリブの成功から世界各地に広がるものと思われる。これまでに見たよう
に、現在の日本では大規模な CCS の成功例はなく、全国に数ヵ所小規模なものがあると
いう程度にとどまっている。RCS や CCS が日本のどこでも身近で当たり前のものにはな
っていない。日本の自転車事情は放置自転車問題や国内法での自転車の位置づけのあいま
いさの問題がまず立ちはだかっているので、行政担当者としてもこれ以上自転車が街に増
えたら困るという思いから、大規模 CCS を考えにくいという現状がある。名古屋のよう
な自転車の溢れる街で CCS を実施するためには、今後のさらなる研究が必要となろう。
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参考文献
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http://www.mlit.go.jp/road/ir/data/jutai/index-d.html
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国土交通政策研究第 58 号、2005
○環境省、平成 19 年度版環境・循環型社会白書、2007
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h19/index.html
○自転車産業振興協会、自転車統計要覧第 41 版、2007
○内閣府、駅周辺の放置自転車等の実態調査の集計結果、2006
○山川仁、都市における自転車交通システムの可能性と限界、都市問題第 83 巻 5 号、1992
○安部剛志・川嶋雅章、持続可能なコミュニティサイクルシステムの構築と運営手法に関
する研究、日本建築学会大会学術講演概要集、2003
○自転車活用推進研究会、我が国の自転車政策のあり方に関する調査報告書 2002、~自転
車総合政策の確立に向けて~、2002
○自転車活用推進研究会、わが国の自転車政策のあり方に関する調査報告書 2003~「2025
年、25%計画」の展開に向けて~、2003
○警察庁、平成 18 年の犯罪、2006
○まちづくりと交通プランニング研究会、高齢社会と都市のモビリティ、学芸出版社
P117-124、2004
○内閣府、駅周辺の放置自転車等の実態調査の集計結果、P37、2006
○練馬区作成資料「ねりまタウンサイクル収支状況」
○練馬区都市整備公社作成資料
○篠山俊夫、地域における自転車の有効活用―レンタサイクルシステムによる地区交通の
整備―、都市問題第 83 巻 5 号、1992
○NPO 法人青少年地域ネット21作成資料
○レンタサイクル研究会作成資料
○田中充、デンマーク等の持続可能な環境政策に係る調査報告書~シティバイクプロジェ
クト調査による川崎市都市政策への示唆~、専修大学都市政策研究センター論文集第1
号、2005
○クリアチャネル・ジャパン作成資料、2007
○名チャリプロジェクト作成資料、2007
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謝辞
本研究を進めるにあたり、環境学研究科環境政策論講座の竹内恒夫教授をはじめ、環境
政策論講座の広瀬幸雄教授、涌田幸宏助教授には、貴重なご指導とご鞭撻を賜りました。
特に、竹内恒夫教授には、多くの時間を割いて、研究計画から論文執筆まで熱心にご指導
いただきました。深く感謝いたします。また、先行研究の調査など快く手伝っていただい
た山下裕介氏、そして名チャリ社会実験の実験後集計作業などの協力をいただいた足立典
子氏、そして、アドバイスやコメントを何度もいただいた松野正太郎氏にも深く感謝して
おります。
本研究には、東京都練馬区、NPO法人青少年地域ネット21、にいがたレンタサイク
ル研究会の協力が不可欠なものでした。ヒアリング調査の実施を快くご了承いただき、心
よりお礼申し上げます。
最後になりましたが、修士 2 年間の苦労と喜びを分かちあい、励ましあった環境政策論
講座、心理学講座の同期のみなさまにも心から感謝しています。
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