中東研究フォーラム 2015 年 5 月例会報告要旨 (2015 年 5 月 28 日、東洋英和女学院大学大学院棟) 発表者:高橋雅英 報告テーマ:リビア情勢―2 つの「議会と政府」の対立 カダフィー政権崩壊後のリビア情勢は、依然として混迷を深めている。現在リビアでは、 国内で東側と西側に「議会」と「政府」が並列しており、それぞれが民兵や部族、部隊を巻 き込み、内戦状況が続いている。また、無秩序状態の同国では「イスラーム国(IS)」など のイスラーム急進派勢力の伸張が指摘されており、エネルギー供給やテロの脅威の拡散と いった面で懸念材料となっている。高橋氏は、①リビアが如何にして現在のような一国二政 府という状況に陥ったのかを考察し、そして②イスラーム主義対世俗主義/反イスラーム 主義と言われる二項対立構図の実態を解明することを目的とし、報告を行った。 第 1 の問いであるリビアが一国二政府状態という状況に陥った要因は、①議席配分をめ ぐる地域間争いに起因する制憲議会(GNC)の民主化移行プロセスからの逸脱、②カダフィ ー政権関係者を粛清する「政治的罷免法」の広範な適用、③カダフィー政権期の元軍人ハフ タルの登場と反 GNC 勢力であるイスラーム主義陣営の結集、の 3 点に集約することが出来 る。 カダフィー政権崩壊後のリビアでは、当面の目標を制憲議会(GNC)発足とする暫定政権 「国民評議会(NTC)」主導で、民主化移行プロセスが進められた。しかし、議席配分をめ ぐり東部・南部地域から反発の声があがり、選挙プロセスを妨害する暴力行為が頻発した。 その後、暫定政権は議席配分を調整し譲歩の姿勢を示したが、東部キレナイカはそれでも西 部トリポリタニア中心の政治運営を危惧していた。その後、東部からの猛烈な圧力に屈した NTC は、GNC 選挙の直前に「憲法宣言」を修正し、当初の予定では GNC が任命すること になっていた「憲法起草委員会」委員を、国民の直接選挙によって各地域から選出すること を決定したのである。憲法起草委員会の任命権を失った GNC は、その存在意義自体を問わ れるようになり、民主化移行プロセスから逸脱することになる。 こうした状況下で実施された制憲議会選挙では、リベラル派政党「国民勢力連合(NFA)」 が第 1 党、次いでリビア・ムスリム同胞団の「公正建設党(JCP)」が第 2 党となった。NFA はその後、同党が連携するマガリエフを GNC 議長に擁立し、またジンターン(西部の都市) 民兵と協力しながら、政治的主導権を掌握する。他方、NFA とジンターン民兵が形成する リベラル派陣営に不満を持つ諸勢力(イスラミストやミスラータ民兵等)は、2013 年 5 月 に「政治的罷免法」を強行可決する。政治的罷免法とは、表向きにはカダフィー前政権関係 者を粛清することを目的としていたが、実際には NFA などのリベラル派陣営の影響力を削 ぐことを意図していたため、同法の可決は制憲議会内の勢力構図を大きく変化させること になった。NFA の主要メンバーは前政権期の政治家や官僚であり、ジンターン民兵にも軍 将校や治安部隊員が含まれていたため、イスラーム主義陣営は同法を利用することで GNC 議長ポストを奪還し、同議会への支配を確立したのである。 そして 2014 年 2 月、上述のような主導権争いなどによる憲法起草作業の遅れを理由に、 GNC はその任期延長を発表する。しかし、この発表に対して国民からの批判が噴出し、同 議会は GNC に代わる新たな立法機関「代表議会(HOR)」の創設を余儀なくされた。こう した状況で登場した前政権期の元軍人ハフタルは、当時イスラーム主義陣営が牛耳ってい た GNC の解散を要求する。2014 年 2 月時点では、ハフタルによる GNC 解体の試みは実現 しなかったものの、GNC に不満を持つ諸勢力を結集させる契機となり、2015 年 5 月に開始 されたイスラーム主義者掃討作戦において、多数の賛同者の獲得を可能とした。他方、イス ラーム主義陣営は 2014 年 6 月の HOR 選挙で敗北すると、ハフタルと連携するジンターン 民兵をトリポリから排除する「ファジュル・リビア」作戦を開始し、トリポリを管理下に置 いた。さらに、GNC は新たな立憲機関の HOR を違憲とし、GNC の続投を決定した結果、 東西で「議会」と「政府」が並列することとなったのである。 第 2 の問いである二項対立構図の実態を理解するためには、ハフタル主導の「カラーマ作 戦」に注目する必要があると、高橋氏は説明した。2014 年 5 月、ハフタルが東部ベンガジ で、イスラーム主義者掃討作戦(カラーマ作戦)を実施し、そこに離反軍やジンターン民兵、 新カダフィー部族、 「キレナイカ軍」 、石油施設警備隊(PGF)が合流した。HOR は、同作戦 を国軍の公式軍事作戦と位置づけ、後押ししている。同作戦において、異なる目的を有する 民兵、部族、部隊が連合・同盟関係を結び、イスラーム主義陣営と対峙したことで、現在ま で続く闘争が二項対立の様相を呈することになったのである。しかし、双方ともさまざまな アクターの寄り合い集団であり、二項対立構図だけで捉えきれない面も多い。他方で、ハフ タル陣営は「テロとの戦い」、イスラーム主義陣営は「革命の防衛」 「ジハード」というスロ ーガンを掲げることで、それぞれの攻撃の正当化と援助の獲得を図っているため、諸外国が こうした二項対立におけるイデオロギー上の対立を煽るという動きも見られる。とりわけ 隣国エジプトは、自国の安全保障上の問題と直結しているだけに、ハフタル陣営への援助や 直接的な軍事介入が指摘されている。 間断なく変動し、未だ今後の見通しが立たないリビア情勢に関する報告ということもあ り、報告後には非常に活発な質疑応答が行われた。フロアからの質問は特に、東西での政府・ 議会の並列という状況の詳細(国家収入や財政、国際支援の受け皿の状況など)や、リビア 情勢の今後の展望という点に集中した。多数の政治勢力の存在や不安定な情勢により、現状 の把握さえも困難と言われるリビアに関する報告は大変貴重であり、今後同国の動向を観 察する際に非常に有意義な視点を与えるものであった。 (文責:白谷 望)
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