進化する北陸ニット産地 - 伊藤忠商事繊維カンパニー

vol.613
2011
since 1960
5
毎月1回発行
■ 発行:伊藤忠商事株式会社 繊維経営企画部
大阪市中央区久太郎町4-1-3
■ TEL:06-6241-2027 ■ FAX:06-6241-2008
■ URL:http://www.itochu-tex.net
本紙に関するご意見・ご感想をお寄せ下さい。[email protected]
Vol.613 CONTENTS
─ ITOCHU Mission ─
Committed to the global good
豊
か
さ を
担
う
責
任
Special Feature /
進化する北陸ニット産地
Topics /
新部門長紹介/ニュース・クリッピング
World Report /
アジアのアパレル生産事情 ④
5面
Fashion Report /
贈りたい欲を作り出す売り場、be my Gift渋谷オープン!
6面
1-3面
4面
独自の研究開発で新境地開く
進化する北陸ニット産地
S
pecial
Feature
出席者
(社名50音順)
日本の繊維産地を取り巻く環境は、依然厳しい状況が続いています。現在、東日本大震災の影響もあり、市場にはいっそう不透明感が漂っ
ています。そうしたなか、北陸産地は過去に直面した厳しい状況を、その時々に技術改革・構造改革などを行い、進化し、乗り越えてきました。
今回は、独自の戦略で危機を突破されてきたニットの有力企業にお集まりいただき、日本の技術力と開発力を衣料・非衣料両面で紹介いただ
くと同時に、今後の取り組みを構造改革・業態変革の側面からお聞きしました。
ケーシーアイ・ワープニット㈱ 代表取締役社長 川田 征利氏
福井経編興業㈱ 代表取締役専務 髙木 義秀氏
八田経編㈱ 代表取締役社長 八田 嘉一郎氏
伊藤忠商事㈱ 繊維原料・テキスタイル部門長代行兼テキスタイル・製品部長 朝倉 英文
ケーシーアイ・ワープニット
自販比率45%に拡大
岡 村 まず各 社の紹 介を。それぞれの
企業の歴史と現在進めておられる経営施策
などについてお話し下さい。
川田 ケーシーアイ・ワープニットは富山
県 南 砺 市に本 拠を置く川田ニッティンググ
ループの主力製造会社です。1969年、当
時の鐘紡のKと親会社の川田ニットのK、伊
藤忠商事のCIから「KCI」のネーミングで
設立されました。川田ニットそのものは1910
年に絹織物生産で創業するなど100年を超
える歴史があります。戦後、経編みに進出し、
今日ではアウターからインナー、水着、衣料
資材、産業資材などの用途に向け、薄地
から起毛品まで幅広いニット生地を生産して
います。編み機の数で言えばメーカーチョッ
プに振り向けているのが55%、自販(自社
コンバーター)が45%という構成比です。
ケーシーアイ創業時を振り返ると、北陸産
地はニットも織物も原糸メーカーからの加工
賃 ベースの受 託 生 産、いわゆるメーカー
チョップが多く、自販による展開は皆無とい
える状況でした。とくに富山県の場合は集
散地である大阪から距離が遠く、特急「雷
鳥」で2時間半の距離だった福井などに比
べ地理的ハンデが否めませんでした。極端
な話、「大阪に行かんでもいい。我々に任
せよ」とまで商社やメーカーから言われたほ
どでした(苦笑)。より川下の近くにと、前
に出るにも出られず、厚い時間と距離の壁
に閉ざされていた時代といえます。
金沢市内に営業所を設けたのは1995年
になってからです。伊藤忠・金沢支店内の
1室を借りてスタートしました。10年 後 の
2005年秋、大阪に営業所を移してからは、
婦人衣料、スポーツ衣料をメインに付加価
値商品の展開を図ってきました。現在営業
所は5人のスタッフで運営し、自販の拠点と
なっています。
また、海外では1995年に中国・寧波にト
リコット生地製造の寧波三同編織有限公司
を設立、衣料芯地を中心に中国での生産・
販売に力を入れているところです。
福井経編興業
好調な「ハイテンション」
髙木 1944年に福井市内で創業し、今
年で67年になります。トリコットの編み機が自
家工場に58台、第2工場と位置づける子会
社のジェフティ(福 井 県 大 野 市)に40台、
このほか協力工場分を合わせて130台の編
み機を抱えて生産・販売活動に従事してい
ます。日本全体で1100台が稼働していると
されていますから、ざっと1割のシェアを持つ
ことになります。糸量換算では月間の消費量
が680トンを数えます。
生産品種は婦人アウター、
スポーツ・水着・
司会進行
伊藤忠商事㈱
北陸支店長 岡村 敦実
インナーが各30%と主力です。ドアートリムな
ど車両用内装共用材がこのところ数量を増
やしており、衣料に次ぐ柱に成長してきまし
た。婦人アウター向けではストレッチ性で人
気のある生地「ハイテンション」がボトムス
で中肉織物のシェアを奪い取る勢いを見せ
ています。すでに開発から10年の歴史があ
る商品です。車両用共用材も大手自動車
メーカーが全車種での採用に拡大するなど
販売量が拡大してきました。
写真前列左から:八田 嘉一郎氏、川田 征利氏、髙木 義秀氏、後列左から:朝倉 英文、岡村 敦実
2
2011年5月号
進化する北陸ニット産地
ハイテンションのボトム。ソフトな風合いが特徴のオリジナル品(福井経編興業)
八田経編
ダブルラッセルに挑戦
福井経編興業㈱
代表取締役専務
髙木 義秀氏
自家工場は開発中心の付加価値型商品、
ジェフティは量産型の商品を手がけていま
す。1998年に設立操業開始しましたが、当
時は繊維工場への新たな設備投資は珍しく、
「今さら設備投資をしても……。大丈夫?」
と心配をおかけしましたが(苦笑)、今から
思えば投資しておいて良かったと思っていま
す。同工場は車両用内装共用材や水着用
が柱となっていますが、平均毎分2300回転
の比較的高速での操業によって効率的な生
産が可能になっています。
一方、付加価値型では先ほど申し上げた
ハイテンションの進化版が好評をいただいて
います。5年前に国内でナイロン66を生産す
るメーカーが消え、供給先を求めてイタリア
の原糸メーカー、メリル社と提携し、高付加
価値商品と位置づける「メリル・ハイテンショ
ン」の独占展開に乗り出しました。これが好
評で、今年は新たに中国向けに2万反を成
約、来年以降、中国でも大きく伸びる手応
えを感じています。
八田 当社は1949年に個人創業で福井
県 鯖 江 市に設 立、会 社としては1965年の
設立となります。当社の歴史はトリコットへの
あくなき挑戦の連続だったといえます。本社
工 場のほか、1970年に現 在のあわら市に
工 場(現あわら工 場)を建 設、大 規 模な
増設に踏み切りました。1980年代に入ると、
カーシートに進出し、1983年にはダブルラッ
セル機を初めて導入し、今日への道筋の一
歩をしるしました。生産量で言うとダブルラッ
セルが70%、トリコットが30%。糸量換算な
らトリコットが50%以上を占めます。
歴史を振り返ると、けっして順風満帆で
あったわけではありません。とくに阪神・淡
路大震災の1995年には大赤字となり、それ
を機にダブルラッセル機での衣料用素材へ
の挑戦が始まりました。2000年にあわら工
場を増築し、本社工場とあわら工場の開発
機能を統合し、研究開発機能の強化を進
めました。その中から生まれた商品の一つ
がランニングシューズ用生地です。2002年
には大 手のスポーツメーカーに採 用され、
2010年には同分野だけで170万メートル供
給するなど成長してきました。
当社の企業理念として、開発には手を緩
めないというものがあります。メディカルや資
材の分野で面白い商品が生まれています。
2000年 以 降、苦しいときも採 用を継 続し、
現在社員の平均年齢は36歳。若い力を活
用しながら新商品の開発を進めています。
存在感高めるトリコット
岡村 伊藤忠テキスタイル・製品部の北
陸産地との取り組みを紹介下さい。
朝倉 当部はテキスタイル1課、インナー
ウエア2課、ユニフォームとカジュアルで1課
高機能・高品質を支えるトリコットマシン(福井経編興業)
という4課編成で、主にテキスタイル課が織
物、ニットを中心に北陸産地に対応していま
す。このほかアパレルや産業資材関連で他
部門も北陸産地と密接にかかわっています。
わたしは1983年 から1991年まで福 井 支
店に駐在し、ここにおられる皆さんにお世話
になりました。当時は合繊華やかなりしの時
代で福井支店、金沢支店(現北陸支店)
それぞれに織物、ニット、原糸の3課があっ
たほどでした。トリコット機も日本 全 体で約
2000台あり、そのうち当社が450∼500台の
編み機の稼働にかかわるという関係でした。
当社と北陸トリコット産地との関係は一朝一
夕でできたものではありません。
北陸産地はご承知のように1990年頃まで
は合繊テキスタイルの大産地でした。日本の
織物、ニット需要の大半を賄う産地といっても
過言ではありませんでした。しかし1990年以
降、縫製拠点の中国への移動が急速に進み、
当初は生地の持ち込みで需要がそう減らな
かった産地も、次第に中国現地産素材に取っ
て代わられ、生産量を落とす結果となりました。
そのなかで付加価値型の開発商品が生
まれてきました。中国でも国内品に飽き足ら
ず、日本品に興味を持つアパレルが増えて
います。トリコットに関しても、中国の設備投
資意欲が強く、新鋭機の導入が進んでいま
すが、いかんせんソフトウエアがついてきて
いません。付加価値の高い北陸産地品の
存在感が強まり、産地品へのニーズは今後
ますます高まると見ています。
北陸3県繊維産業クラスター
販路開拓通じ自立へ後押し
岡村 いま富山、石川、福井の北陸3県
が一体となって、当該地域における基幹産
業の一つである繊維関連産業の事業高度
化を目指しています。最終年度の3年目を迎
えた「北陸3県繊維産業クラスター」は、ク
ラスターの形成によって事業環境の基盤整
備を行うとともに、研 究 開 発、販 路 開 拓、
人材育成の3つの分野において集中的に支
援を行ってきました。この北陸3県クラスター
の取り組みに対する評価と課題について、
どのようにお考えでしょうか。
髙木 あえて誤解を恐れずに言えば、参
加企業のなかには「参加しておけば何かい
いことがあるかもしれない」という消極的な
向きが少なくありません。前向きに取り組み、
研究開発、販路開拓、人材育成の3つの
分野で機能している企業は参加者のうち何
割あるでしょうか。
ただ、このクラスターの意義は評価できま
す。歴史的に見て、北陸産地におけるメー
カーチョップが縮小し、産地企業は自社コン
バーター、自販の強化を促されてきました。
クラスターはそれを後押しする制度で、要は
参加企業の構えの問題です。
八田 販路開拓では実際に現地を視察
し、また行けなかったところは報告書を読む
などして活用しています。販路では中国に
開拓の余地があるな、と見ています。同時
に人 材 開 発の評 価 委員を拝 命しています
が、今年が事業の最終年度で、さて次をど
うするかが喫緊の課題です。せっかくの若
手育成の仕組みをなんらかの形で残さない
ともったいないですから。
髙木 このクラスターに触発されて、強い
企業同士が結び付き、チームを組んで協業
による新しい取り組みが生まれてくるのは間
違いありません。言わば細胞分裂のように
新しい動きが飛び出してくるでしょう。互いが
機能補完する形です。例えば産地企業に
とって直輸出は難しいけれど、それをチーム
でバックアップするような……。
川田 そうですね。得意分野で結び付く
ケースが今後出てくるでしょうね。
岡村 モノ作りでアライアンスを組む?
髙木 タイアップによる“強い軍団”の形
成が課題です。
伊藤忠商事㈱
北陸支店長
岡村 敦実
編み立て機の間を移動する自動搬送機(ケーシーアイ・ワープニット)
ケーシーアイ・ワープニットは薄地から起毛品まで手がける(起毛工程)
進化する北陸ニット産地
と独力では難しい。新たな可能性を求めて
挑戦したい気持ちが強く、その面でグロー
バルに展開する商社のバックアップに期待を
寄せています。
髙木 北陸産地は全体として疲弊してき
ても個々の企業をみると体力を強めている企
業が少なくありません。国内はさておき問題
はグローバルな展 開です。この4 ∼ 5年、
欧州市場を中心に海外を頻繁に訪ねていま
す。あえて苦言を呈すると、例えばイタリア
では織物のプロはいらっしゃってもニットのプ
ロがなかなか見当たらない。トリコットはまだ
まだ売れます。その自信はあります。どうか
ニットのプロを世界の主要拠点で育成してい
ただきたい(笑)。
朝倉 合繊が隆としていた時代、当社は
世界各地でテキスタイルを販売していました
が、その主体は織物でした。ニット生地は
どうしても国内主体となり、海外での販売ス
タッフの育成が後手に回った印象はぬぐえま
せん。これからグローバルにニットを展開でき
る要員を育成していきます。
ケーシーアイ・ワープニット㈱
代表取締役社長
川田 征利氏
世界で勝負しないと
生き残れない
産地企業に対して
グローバル展開を支援
岡村 当社も組織改編で販路をワールド
ワイドに求める体制ができました。
朝 倉 4月1日付で福 井 支 店を閉 鎖し、
旧北陸テキスタイル課の業務を大阪本社に
移管し、テキスタイル課として再発足しまし
た。新しい組織では国内生産・販売に加え、
グローバルな対応ができる組織を加え、国
内・輸出を一体で対応できる形に模様替え
しました。大阪本社、北陸支店の体制で産
地のニーズに対応していきたいと考えてい
ます。
岡村 当社に対する要望がありましたら
お話し下さい。
川田 新しい販路の開拓で支援いただけ
ればと思います。既存商品をこれまでとは異
なる他の用途へ展開するといった形です。
例えば衣料用の素材を資材分野にとか、あ
るいはその逆の形もあるかもしれません。ま
た、織物中心の中東向け輸出にニットを持
ち込めないか。時間はかかるかもしれませ
んが、そうした取り組みでの支援を期待した
いですね。
八田 販路開拓については自分の力では
限界もあります。我々は「工」の世界では
なんとか自力でできても「販」の部分は協
業が必要です。国内でしたらなんとかなる
かもしれませんが「グローバル展開」となる
岡村 髙木さんから「トリコットはまだまだ
売れる」という頼もしい発言がありました。日
本のトリコットは世界でまだまだその良さを認
知されていないのが残念です。
川田 以前の話ですが、トリコットのベロ
アを開発してヨーロッパの編み機メーカーに
見せるとニットとは信じてもらえない。「これは
織物だ」と(笑)。日本の加工技術は群を
抜いている、
とそのとき思いました。そこにもっ
と我々は自信を持たないといけません。
髙木 衣料用途のトリコットをみると、デ
ザイナーがまともに使える素材は日本製だけ
でしょう。こと衣料用に関しては日本以外で
は皆無です。先ほど申し上げたメリル・ハイ
テンションが中国 向けに売れた背 景には、
既存のハイテンションの販売実績があります。
中国向け輸出は8年目になりますが、1品番
で8年間売れ続けているテキスタイルがあり
ます。
織物は後加工でお化粧することで付加価
値が高まりますが、トリコットは素材・編み組
織での勝負です。世界に日本と同じようなレ
ベルの高いトリコットは存在しません。アパレ
ルのデザイナーは日本のトリコットを知らない。
ですから、もっと知らせれば「もっと売れる」
と申し上げた次第です(笑)。
2010年の秋冬シーズンを振り返るとヒント
があります。ユニクロが高密度タフタを用い
たダウンウエアを大ヒットさせました。もちろん
中国製の織物もありますが、日本品も大活
躍しました。やりようによっては日本製テキス
2011年5月号
タイルで勝負できる一例です。
当社の輸出比率は現在13%程度ですが、
近いうちに20%にまで増やす計画です。内
需に大きく期待できないだけに、グローバル
展開できないと北陸産地は生き残れないで
すから。
岡村 グローバル展開における留意点が
ありましたら。
髙木 ターゲットを定めて売ろう、と社内
で言っています。「どこにでも売る」では駄
目です。用途、客先を定めて、そこに向け
て開発の力を結集する取り組みが重要だと
思います。
朝倉 トリコットにおける用途開発の進展
は目覚ましい。織物から不織布、ニットと素
材が変わる事例が様々な商品分野で見られ
ます。国内外へ発信していきたいと考えて
います。
東日本大震災からの復興
仕事で「企業」
「地域」守る
岡 村 話が変わりますが、日本は3月11
日に巨大地震に見舞われ、被災地では復旧
作業が進められています。東日本大震災か
ら復旧・復興するためには100兆円にもの
ぼる資金が必要との指摘があります。国債
発行、増税などにより資金をひねり出し、イ
ンフラ投資を含めた復興へのスタートが待た
れますが、一方で個人消費へのマイナスの
影響なども指摘されています。我々は過度
な自粛を控え、粛々と日々の生活を送り、生
産活動に従事すべきと考えます。福島第一
原子力発電所の問題が横たわりますが、企
業としての使命についてどのようにお考えで
しょうか。
八田 原発問題がどう片付くのか。これ
がなんとも気分を暗くさせているのが実情で
はないでしょうか。結局、中小企業にとって
は自分の会社を自分できちんとやっていく、
目の前の仕事を一つひとつこなしていく、こ
れが大事だと思います。
先日、社員を集めて話したのですが、酒
が好きなら遠慮せずに飲みに行け、趣味の
世界があるならそれを楽しもう、と。仕事で
も開発が任務ならそれを着実にやっていく、
投資も通常通り進める。それしかないです。
福井県は原発の集積地で、本社のある
鯖江市は原発から25キロ圏内に位置し、今
回の出来事を他人事とは思えません。福井
県はこれまでにも多くの人命を失ってきまし
た。1945年の福井大空襲では1500人余が
亡くなっています。また、1948年の福井震
災では石川県を含めて約3700人の尊い命
が失われました。そうした思いを共有しなが
らきちんと会社を守っていく、それが被災地
の復興にもつながるものと確信します。
八田経編㈱
代表取締役社長
八田 嘉一郎氏
髙木 委縮していてばかりでは日本全体
が力を失います。被災していない西日本が
経済を活発化させる原動力にならなければ
なりません。我々は直接の被害もなく、生産
活動に従事できます。働いて利益を出して
企業も個人も税金を払う。地道な仕事を続
けることで被災地を支えるしかありません。
川田 地域社会があってこそ企業が存
在でき、個人と企業によって地域社会が成り
立っています。その地域をしっかり企業とし
て守る。それが我々の務めだと思います。
モノ作りに一生懸命努力する、これが我々
の復興への手助けの第一歩です。
岡村 北陸ニット産地はメーカーチョップ品
の生産に始まり、研究開発やマーケティング
を通じて自販機能を強化し、いい方向に回り
始めているといえます。先ほどから指摘され
ているように、世界のマーケットはまだ日本の
トリコットの良さを知りません。もっと国際的な
展開ができるように伊藤忠としても産地商品
の拡販に向けて支援していきたいと考えます。
繊維原料・テキスタイル部門長代行
兼テキスタイル・製品部長
朝倉 英文
2004年アテネ五輪で勝った野口みずきモデルのレプリカ(八田経編)
3
多様な商品群を編み出す八田経編のダブルラッセル機
4
新部門長紹介/ニュース・クリッピング
2011年5月号
Topics
新部門長紹介
繊維原料・テキスタイル部門長
収益力が見劣りする」と問題点は把握してい
与えられた場で全力投球
香港、上海の駐在生活から6年ぶりに帰
任した。東京本社勤務から直接香港に赴任
したため、大阪本社勤務は11年ぶりになる。
入社は1981年。海外と関係の深い商社に
対する憧れがあり、伊藤忠商事を選んだ。
配属された繊維貿易本部繊維資材製品貿易
部は、タイヤコードなど産業用繊維資材とニッ
トシャツなどのアパレル製品を輸出する営業部
門が合体して誕生した部で、そのなかの衣
料品輸出から商社マン生活に入った。しかし、
入社後は散々。
「受渡しを卒業して意気揚々
と営業に出た途端、
いきなりのクレーム発生で、
そのクレーム処理から営業を学んだ」
N
ews
Clipping
当時、伊藤忠は日本の縫製メーカーと組み、
ポロシャツを米国のアパレル向けに輸出してい
た。営業に出て1年目、輸出した商品がクリー
ニング後、大幅に縮み、
「1億円の損害」と
賠償を求められた。頭を下げつつ、先輩の
指導を受けながらメーカー、販売した伊藤忠
米国会社と三等分してクレーム代金を支払っ
た。このとき、衣料品の取り扱いの難しさ、
厳しさを初めて知ったという。
1985年のプラザ合意後の円相場の高進が
日本のアパレル輸出にとどめを刺し、所属す
る営業部も国内市場向けに急激に転換して
いった。国内部門は製品国内生産が主体
だったため、アパレル輸出入で鍛えたノウハ
ウを国内取引に持ち込み、「伊藤忠における
衣料品取り扱い拡大の先兵となった」という
自負もある。
衣料品取引は前述の品質クレームに加え、
シーズン性がある商品であるため、納期が死
命を制する。納期を1日遅れただけで引き取り
を拒否され、さらには遅延による販売機会損
失を理由に賠償を求められることもままある。
通信販売、量販店といった小売業と取引を
重ねるに従い、この「品質」と「納期」の
大事さが頭に叩き込まれた。
それでも理不尽な理由による引き取り拒否
には断固応じず、粘り強く交渉し、7年分・
十数億円にも上る滞留在庫の引き取りの承諾
を取り付けたときは「長年の胸のつかえがやっ
と取れた」と当時を振り返る。
「衣料品取引はある程度の利幅がないと駄
目。利幅があれば問題が生じたときも柔軟に
対応できる。最初からギリギリの状態で始め
るとどこかで無理が生じてくる」と勘所を押さ
える。
そして、
ギブ&テイクの精神。
ギブ&ギブ、
テイク&テイクでは長く続かず、双方が満足
できるウイン-ウインの関係を目指すことが重要
だと指摘する。
香港駐在時代、大手縫製工場の門を叩
いてから2年も経たぬうちに年間300万枚もの
日本向け製品ビジネスを作り上げ、いつの間
にやら工場のスペース管理や値決めまでを自
分自身で決めていたというエピソードを持つ。
工場トップとの堅固な人間関係は今でも続い
ている。
着任した繊維原料・テキスタイル部門は、
入社時の繊維貿易本部の流れをくむ部門。
ヒアリングの真っ最中だが、「全体として単体
トレードが取り扱い、収益力ともに弱まってい
る。また事業会社が他部門に比べて少なく、
る。単体の商いの仕組みを見直し、M&Aを
通じて事業会社の強化も視野に入れる。北
陸などテキスタイル産地での存在感をいっそう
高めることで、繊維原料、テキスタイル、ア
パレルと連動した取り組みを強化し、更には
中国・アジアの知識経験を生かしてそれら市
場を取り込んでいく考えだ。
信条は「与えられた場で、与えられた仕
事を、まじめに、一生懸命すること。余計な
ことを考えずにしゃにむに前に進めば、必ず
や難関は突破できる」。ユダヤ、華僑などの
世界に名だたる商売上手との交渉で学んだ
上での教訓だ。
単身赴任生活から11年ぶりに自宅に戻っ
た。
「まずは3人の子供の面倒を見て、育て
てくれた嫁さんに感謝」と手を合わせる。日
本と世界のあらゆる地域に取引先があるた
め、より多忙な生活となりそうだが、与えられ
た場で全力投球していく覚悟だ。
なかにし・ひでお
兵庫県西宮市出身。1981年入社。繊維資材製
品貿易部配属。1997年アパレル第二部リーテイ
ルアパレル課長、2001年、アパレル事業部リーテ
イル課長、2005年Prominent Apparel LIMITED
MANAGING DIRECTOR、2008年 中 国 繊 維グ
ル ー プ 長 兼 務、2009年 上 海 駐 在、2010年
ITOCHU Textile Prominent(Asia)Ltd. CEO &
MANAGING DIRECTOR兼務、今年4月から現職。
趣味はスポーツ(ゴルフ)。52歳。
川辺「キットソン ベリーベリー」発売
川 辺 株 式 会 社 は 新しいフレグランス
「kitson very berry(キットソン ベリーベ
リー)」を4月20日からキットソンブティックで
先行して発売、丸井・川辺直営店では同
27日、全国では5月25日から発売することに
なりました。
キットソンは米国ロサンゼルス発のセレブ
御用達のセレクトショップ。その魅力は、世
界中を駆け巡って見いだしてきた個性的な
デザインのアイテムが今の気分に共鳴し続け
ていることです。
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ごしているキットソン・ガールのための新しい
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3,000
3,000
80.00
2,000
2,000
85.00
1,000
1,000
90.00
1/19
2/9
3/2
3/23
4/13
0
2009.2
2010.2
2011.2
0
2009.3
2010.3
2011.3
出所:日本百貨店協会
出所:日本チェーンストア協会
日米金利差拡大観測や、震災の影響で日本の生産が停滞して輸出
*この度の東日本大震災の影響で、日本百貨店協会の3月度販売高
気温が低く春物商品の動きが鈍かったことに加え、震災後の消費マインドの
企業の円買いが鈍るのではないかとの思惑が強まり、4月5日に6カ月ぶ
の集計が遅れています。このため、2月度販売高までのグラフを掲載し
低下や計画停電の影響などから衣料品が苦戦したものの、食料品の動きが良
りの円安水準となる85円53銭まで上昇した。その後は福島原発事故の
ます。 (4/25)
かったことから総販売額は1兆105億円、前年同月比0.3%増と2カ月連続のプ
評価が最悪のレベル7に引き上げられたことや、欧州信用不安の高まり
ラスとなった。衣料品は16.0%減の906億円。紳士衣料はセーター、カジュア
を受けてリスク回避姿勢が強まると、82円台前半まで下落した。目先は
ルパンツは好調だがコート、ジャケット、スーツ、スラックスが不調。婦人衣料は
ポジション調整の円買いが優勢となっているが、ドルの下値固めをした後
フォーマル、ブラウスは好調もジャケット、カットソー、ジーンズが不調。その他衣料・
には日米金利差拡大の思惑等を背景に円ジリ安の展開となろう。
(4/20)
洋品は肌着、ソックスが好調だった半面、ホームウエア、子供衣料は不調だった。
海外報告
orld
RW
eport
インドネシア
インドネシア、豊富な労働力に魅力 タイ、ビジョン共有し取り組みを
① 人口:2億3700万人(出所:BPS=Statistics Indonesia) ② 一人当たりの名目GDP:US$3004(BPS)
③ 最低賃金:139万ルピア(1米ドル=約8500ルピア)(ジャカルタ特別州知事規定、2011年第17号)
インドネシアの人口ピラミッド 2010年
15
12
100万人
9
100+
95-99
90-94
85-89
80-84
75-79
70-74
65-69
60-64
55-59
50-54
45-49
40-44
35-39
30-34
25-29
20-24
15-19
10-14
5-9
0-4
6
3
0
女性
0
3
6
9
12
15
出所:USCENSUS BUREAU
タイ
しかし生産数量は回復するも原料高、ルピア
高で輸出の採算は厳しい側面があり、内需向
けのスペースを増やす縫製工場も散見される。
計画生産ができる欧米向けのオーダーに慣
れている工場にとっては、小ロット、リードタイ
ム、高い品質が要求される日本向けのオー
ダーは敬遠されがちだが、いかにこのような
問題を解決し、スペースを確保するかが日本
向けを増やすには重要と思われる。
生産商品の特徴 インドネシアでは主たる
商品は布帛だが、ニットも伸びてきており現在
の構成比は布帛60%,ニット40%。アイテムは
ドレスシャツ、カジュアルシャツ、カジュアルパン
ツ、スラックス、ユニフォーム、カットソー等で
ある。生地生産に関しては継続生産すること
によって生産効率を高めているので、リードタ
イムが長くなる。ラミネーション、コーティングな
どのスポーツ素材や先染め素材の供給は不得
手だ。発注側は綿密な生産計画を元に生地
手配のスケジュールを立てる必要がある。
インドネシアのアパレル生産は、これまでジャ
カルタ近郊、およびバンドン地区が中心であっ
たが、地場企業、韓国系、中国系の縫製工
場は大都市圏に比べて人件費が安い中部ジャ
ワにスペース拡大のため、増設を進めている。
原材料調達の動向 インドネシアはリング
800万 錘、OE(オープンエンド)12万 錘、
革新織機5万台、有杼織機19万台を有し、
合繊の生産はポリエステル長繊維60万トン、
ポリエステル短繊維42万トン、レーヨン30万ト
ン。綿花は輸入に頼っているが、綿糸の生
産は80万トンと原料の生産ではアセアン随一
の規模であり、自国での生地手配が可能な
環境にある(ただしウールや先染め織物は除
く)。日系合繊メーカー、大手紡績も生産拠
点としてインドネシア拡充に力を入れている。
物流など貿易環境の整備 ジャカルタから
バンドンまでは高速道路が整備されており、こ
れに沿って日系、韓国系の工業団地があり、
多くの日系、韓国系の企業が工場を構えて
いる。インドネシア最大のコンテナ港であるタ
ンジュンプリオク港までこの高速道路によって
つながっているが、急増する物流にインフラ
整備が追い付いていないのが現状で、日々
深刻な渋滞が発生している。
本船到着以降のfree time(コンテナを無
料で借りておくことができる期間)が3日と非
常に短く、かつ輸入者に事前連絡なしにコン
テナヤード(CY)の混雑状況によって他の
保管場所に勝手に移動されてしまうケースが
あり、高額な保管料やコンテナの移動費用が
発生することがある。CYのキャパ不足を解
消するために、新たなCY建設の案はあるが
具体的な計画はまだ立っていない。
関税面では事前の通知なく税率が引き上げら
れる等の問題があり、
各業界からの批判は多い。
① 人口:6765万人(2010年、出所:IMF)
② 一人当たりの名目GDP:US$4621(同)
③ 最低賃金:215バーツ/日<バンコク首都圏>
(1米ドル=30.5バーツ、出所:タイ労働省)
アパレル輸出の近況 2010年度のタイの
アパレル輸出は約1024億バーツ(約33.6億ド
ル)
。そのうち仕向け地別トップは米国の約
401億バーツ(約1 3 . 2億ドル)で、アパレル
輸出総額の約40%を占める。日本向けは約
80億バーツ(約2.6億ドル)と全体のわずか
8%程度。このほかEU各国が上位に並び、
上位10カ国で全体の80%以上を占める。
アパレル輸出はタイ国全体の輸出でトップ10
にも含まれていない。第1位がコンピュータとそ
の部品、第2位が自動車とその部品、第3位
は天然ゴムで、先端工業製品と農産物が上
位にランクされる。1995年まではタイ国の繊維
産業が製造業中トップのGDP(1993年度80
億バーツ、全産業の6.5%)を誇る基幹産業だっ
たが、1995年以降は産業構造の変化により国
際的競争力を急速に失った。
また2000年以降、
縫製業は労働力の豊富な中国の台頭もあり競
争力を低下させて現在に至っている。
2010年の中国縫製事情変化に伴い、チャ
イナ・プラスワンを意識した産地視察の来客
が激増している。しかし、当地では製造コス
トが安いとはいえず、また縫製業者のほとん
どが米国、欧州市場を主対象としており、日
本向けオーダーの取り組みが意外にも難しい
ことを再認識させている。
生産商品の特徴 タイではこの10年の国
内産業構造の変化に伴い、とくに縫製業界で
の労働力確保が非常に困難な状況になった。
タイに縫製業者は2千数百社あるとされている
が、そのほとんどがバンコクとその周辺にあり、
最近は最低賃金で労働者を雇用することが
難しい。慢性的な労働力不足の状況から、
縫製工場も、タイの輸出実績からも分かるよう
に、とくに布帛工場がその影響を受けて減少
傾向にある一方で、より装置産業的なカット
ソー工場については比較的安定している。
以前より、NIKE、adidas等のグローバル
スポーツメーカーが付加価値の高い商品をタ
イで生産してきた。日系をはじめとする豊富な
素材サプライヤーを背景に、こうした開発商
品の生産は現在も継続して行われている。
原材料調達の動向 1970年代、タイの産
業奨励法に基づき日本の合繊、紡績が進出、
日系の素材サプライヤーが多数存在する。彼
らは中国との価格競争では優位性に欠ける
が、品質管理、商品差別化でその地位を死
守している。また、現地系素材メーカーもこ
アメリカ
タイの国別アパレル輸出
ニット類
5
アジアのアパレル生産事情 ④ インドネシア、タイレポート
アパレル輸出の近況 2009年のアパレル
輸出総額は56億ドル(インドネシアの総輸出
額が1165億ドルなのでアパレル輸出は全体の
4.8%)
、仕向け地は北米38億ドル、EU12億
ドル、アセアン4億ドルと欧米向けが約90%を
占める。一方で日本向けは1.5億ドルで全体
の3%弱。2010年は15%程度の増加と予想さ
れるが、日本向けは日本の輸入総額の1%程
度とまだまだ少ない。
中国における縫製業離れ、人件費上昇等
の影響を受け、他のアジア諸国と同様にインド
ネシアへも生産シフトが加速している。内需が
好調であることに加え米国向けのオーダーが
回復してきたこともあり、スペースはタイト。欧
米勢は安定したスペース確保に動いている。
男性
2011年5月号
日本
FOB / 百万バーツ
80,000
イギリス
フランス
ドイツ
その他
布帛類
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 年
0
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 年
出所:タイ国税関輸出統計
伊藤忠インドネシア会社 松
写真左が筆者
◇
インドネシアの人口は2億3700万人でアセア
ン最大、30歳以下の人口が約50%と豊富な
労働力に恵まれた国である。人件費上昇等
によるコスト高、ロット、リードタイム、スペー
ス確保が困難といった問題は横たわる。しか
し、日系の検品業者も進出してきているため
客先、現地パートナーを見つけ独自のスペー
ス確保ができれば、日本向けにもまだまだ魅
力ある産地といえよう。
バンドンにある米国向けスーツ工場
伊藤忠タイ会社 山
の10年の中国との競合で、中国企業とは競
合しない(中国企業がやらない)分野に特
化し、その生き残りを図っている。
日本市場向けには、価格勝負の太宗品は
リードタイムの問題もあり中国との競争で劣勢
を強いられているが、付加価値の高い商品に
ついてはやはり日系企業の素材を好む傾向に
ある。
タイ素材については、
インドシナ
(ベトナム、
カンボジア、ミャンマー)
、バングラデシュでの
縫製を想定した場合にリードタイムの面で優位
性があるが、昨今の綿花、綿糸を筆頭とす
る原料価格の異常な高騰、米ドルに対する
バーツ高で価格競争力が著しく劣ってきた。
物流など貿易環境の整備 タイから日本へ
の船便は直行便、第三国トランジットなどを含
め毎日就航し、物流面での不便さは感じない。
日本の場合、直行便なら1週間で到着。国
内の陸送に関しても北部の山岳地帯を除け
ばトラック物流も発達している。
2007年に発効した日タイFTAもあり通商関
係は極めて良好だ。とくにコンピュータや自動
車関連企業がFTAの恩恵を大いに享受して
いる。繊維関連でもFTAを活用してはいるが、
これら産業が国内で隆盛すればするほど、労
働集約型の繊維産業における労働者確保が
一層困難となるため、トータルで見ると繊維産
業がそのあおりを受けている感が否めない。
◇
タイは1995年頃をピークに繊維産業、とく
に縫製業は衰退傾向にある。近年ではミャン
本 竜樹
本 勝久
左端が筆者
だタイの最低賃金法に準じた雇用になるため
コストは安くはなく、総じて早期発注で数量も
多い欧米市場向けの仕事を好んで受注する
傾向にある。欧米のバイヤーは単にコストと
いう観点のみならず、世界的な視野から生
産地を分け、様々なリスクを分散させながらタ
イでのビジネスを継続している。
当社関連でもタイで事業設立後20年以上
経過した事業会社―― TTL、タイシキボウ、
タイタカヤなどが存在感を高めている。当地
縫製メーカーは決して日本市場を拒絶してい
るわけではない。日本向けでもオーダーを集
約し長期契約するなど、バイヤー側が腰を据
えて取り組む動きも出てきており、互いにビジョ
ンを共有できれば強力なパートナーになり得る
と確信している。
マー国境近くの町でタイ資本の縫製工場が
ミャンマー人を雇用する形態の工場も増え、
労働集約的なアイテムの縫製が可能だ。た
成長を続けるタイはアセアンの優等生
6
2011年5月号
F
ashion
Report
No.569
ファッションリポート
「家族に、
友だちに、
自分に、
つい贈りたくなる」
贈りたい欲を作り出す売り場、
be my Gift渋谷オープン!
伊藤忠ファッションシステム㈱ リーテイルソリューションビジネスユニット 百貨店の売り上げ低迷が長く叫ばれる中、百貨店の本来あるべき姿からコンセプトを策定
した西武百貨店の自主編集売り場“be my Gift”が好調だ。10年3月にオープンした池袋
店に続き、11年3月渋谷西武店に2号店がオープン。今回は、両ショップのコンセプト、試
みについて、レポートする。
デパートに置かれている
品物は、すべてギフトになる
be my Giftは、百貨店そのものを再定義
することから始まった。その昔、百貨店は人々
に夢を、憧れを与える場であった。ファッショ
ンビル、駅ビル、SC、ECサイト、通 販 …、
数ある販売チャネルの選択肢の1つでしかな
く、特別な価値を見いだされることが少なく
なった今だからこそ、百貨店という館そのも
のの意味を見直す必要が生じている。そう
be my Gift池袋店で展開されている“ジューンブライド”ス
した中で、西武は『全館がギフトでできたデ
トーリー。左から時計回りに、重ねると花形になるロマンチッ
クなテーブルウェア“five petals,single flower”
(5ピース
パート』と再定義した。『デパートに置かれて
セット ¥9,660、5色展開、ピースごとに販売可能)
、ボジョレー
いる品物は、すべてギフトになる』というコン
のように生まれた年を愛しむオーガニックコットンタオル
セプトは当たり前のようでいて、実はいずれ
“COTTON NOUVEAU”
(フェイスタオル ¥2,625、バスタ
の百貨店も打ち出していない盲点をついたア
オル ¥6,300)
、タキシードとウェディングドレスできめたキュート
なダルマ“BRIDARUMA”
(各 ¥1,995)。新生活を送る2人
イデアだったのだ。館内に置かれているあり
への定番ギフトなアイテムも、2人に似合う花を選ぶ気持ち、
とあらゆる品物に対して、“ギフト”という価
2人の出発となる1年を大切に想う気持ち、2人に開運が訪
値を与えることで、消費に新たな文脈が生ま
れるよう祈る気持ちを込めて、be my Giftで選べば、他では
手に入らないユニークな贈り物に !
れニーズが発生する。贈り物を軸とした、ポ
ジティブかつ脱実需な方向性を百貨店が提
案 することで、百 貨 店 の 本 来あるべき姿
(人々がワクワク、ドキドキできる場)を取り戻
ている。例えば、“ジューンブライド”のテー
し、あらゆるマーケットで原点回帰を求める
マであれば、“five petals, single flower”
消費者にとって魅力的な場に映るのではない “今 治 タオル の COTTON NOUVEAU”
かと考えた末の提案である。
“BRIDARUMA”の3点。フロアの垣根を超
そうした館内にあるbe my Giftは『「贈り
えた商材で1つのストーリーを紡ぎ出すことで、
物をするうれしさ」や「お買い物の楽しさ」、 それぞれが新しい見え方となったり、モノとモ
そんな胸の高鳴りがギュッ!と凝縮された』ギ
ノを繋ぐ余白、関係に見る人なりの意味が生
フト売り場を目指し、全館フロアを超えた品物
じる。この売り場は、単なるモノ選びではなく、
を編集セレクトして提案している。
贈る人、贈られる人、双 方の想いを繋ぐ、
世界でひとつしかないギフトを生み出す場を
印象づける。
1号店としてオープンした池袋店では、子
供服売り場に隣接する6階に位置していること
から、老若男女問わず楽しめるMD計画を
組んでいる。お正月やクリスマスはもちろん、
お花見、結婚式、お中元、卒入学、夏祭り、
紅葉、忘年会等々、四季折々のイベントに細
やかに対応している。
若手クリエイターの品々や、見ているだけ
でも笑顔がこぼれるユニークなものなど、テイ
ストも様々で、今まで百貨店に足を運ばなかっ
2010年3月に西武池袋本店6階にオープンしたbe my Gift
た若年層など幅広い志向の消費者が来店し
池袋店。ショップコンセプト、コピーには資生堂企業スローガ
ている。
河崎 知子
プトの下、ビューティー、リラックス、ジュエリー、
フード、バッグなど、女性のライフスタイルを
構成する品々をギフトとして提案している。
3点セットのストーリーとしての見せ方は池袋
店同様にショップのフィロソフィーとして展開し
ているが、ターゲットとなる大人女子たちなら
ではのインスピレーション消費に適うべく、商
材を集積した見せ方を多用している。
『出会っ
たら、ひとめで好きになってしまう』そうした女
子マインドをつかむため、ある程度の面を持っ
て商品を展開し、商品やブランドの世界観、
ストーリーを一瞬で感じ取れるように、MD計
画を組んでいる。
また、アバンギャルドでエッジーなイメージを
大切にする館としての性格上、池袋店に比
べ、個性的でクリエイティビティーあふれる
ブランド、アイテムも多く揃えている。例えば、
“Twiggyのオーガニックヘアケアアイテム”
“CARNETのかごバッグ”
“MARJORAMの
アクセサリー ”。どれもアイテムとしては女性の
ライフスタイルには欠かせないものだが、be
my Giftならではのブランドセレクトで、他人
とは違う贈り物をしたい方や自分へのご褒美
ギフトとしても人気だ。とんがり過ぎたモード
性や、過度なラグジュアリーは今の消費者
気分にはご法度だが、目線の少し先にあっ
て、自分を先導してくれるような、ポリシーを
貫いたブランドのアイテムは、高額であって
も購入されている。
大切な人に贈りたい。でも
その前に、じぶんにも贈りたい
渋谷店で特徴的なのが、自分へのギフト
ニーズの高さ。
“私のギフトになって(be my
Gift)”という店名にもあるように、商品を嬉々
として持ち帰る客がとても多い。ギフトニーズ
で目的来店する客は現状少ないのだが、こ
の売り場で足を止めると、何かを買いたくなる
衝動に駆られるようで、“自分への贈り物”と
いう名目で購入している様子が頻繁に見受け
られる。
ギフトという言葉は、消費を正当化してく
れる役割を果たすと同時に、モノを通して、
贈るひと、贈られるひと(自分自身である場
合も)に幸せを与えてくれる。3月11日の震
災後、祝い事や、祭礼的な行事が各地相
次いで中止となり、百貨店業界では中元需
要の大幅な落ち込みが予想されている。日
[email protected]
2011年3月に西 武 渋 谷 店A館4階にオープンしたbe my
Gift渋谷店。参加クリエイターは池袋店と同じ。店舗のアー
トディレクションを福岡氏に依頼し、女子らしいポップな印象
のショップに。右写真にあるように、ボックス型什器に、商
材を面を持って並べる集積的な見せ方が特徴。
本人のこうした自粛ムードは道徳的には正し
いのかもしれないが、こんなときだからこそ身
の回りの大切なひと、家族、友人、そして自
分に、思いを込めたギフトを贈りたいという
ニーズも確実に存在していて、be my Gift
はそんな前向きな消費者に支えられ好調な
数字をキープしている。
大震災を経験した私たち日本人の消費価
値観は、被害が大きかった東北、関東地
方よりも、関西地方において消費の動きが
今現在鈍ってきているように、今後さらに変
化していくことが予想される。自分にとって
本当に必要なものは何なのか、今まで以上
にシビアに消費行動を選択するようになる。
仕掛けを考える側として、本質的に優れて
いるモノを売るのが大前提となり、何を売る
のかより、どう売るのかが大きな課題となる
のではないだろうか。モノを通して、どういっ
た価値を消費者に伝えていくのか。モノと人
を繋ぐ接点としての“店”がどうあるべきなの
か。消費者マインドの変化を注視しながら、
マーケットの気分にフィットした売り場開発を
今後も続けていくことで、日本のマーケットが
元気を取り戻すきっかけを提供していければ
と考えている。
ン
“一瞬も、一生も、美しく”のコピーを手がけた国井美果氏、
MDプランには
“PASS THE BATON”
を手がけた山田遊氏、
販促物アートディレクションにはキリンの“世界のキッチンか
ら”
を手がけた福岡南央子氏、店舗デザインにはトネリコと、
今熱い注目を集める各界のクリエイターとチームを組んだ。
四季折々を大切に、多様で
繊細な贈り物ニーズに応える
池袋店
be my Gift店 内では、ギフトボックスに
見立てた箱形の什器を設置し、3つの品物
を組み合わせ1つのストーリーとして陳列し
女性のライフスタイルすべて
をギフトにする
渋谷店
be my Gift 2号店として11年3月にオープ
ンした渋谷店。こちらの店舗は、渋谷という
土地柄、婦人服フロアであるA館4階に位置
していることから、ターゲットを西武渋谷店の
中心顧客である生活感度高めな20∼40代女
性、巷でいうところの大人女子に限定した。
『季節のイベントだけでなく、女性の生活にま
つわる品々を、みんなギフトに』というコンセ
Twiggy
CARNET
カリスマ的人気を誇るトータルビューティ
美しいと感じるもの、他にないもの、本
手にとるだけでどこか懐かしく、身につ
サロン。髪と健康、環境問題に至るまで
能的に触れたくなるものを提案する、日
けるだけで幸せな気分になれるアクセサ
“ひと”
への真摯な探究心を持つサロン
本発バッグブランド。遊び心あふれる
リーブランド。独特のカラー、ストーン
の、オリジナルプロダクツ。サロン以外
ディテールと実用性を兼ね備えた機能
使いにファン拡大中の要注目ブランド。
では手に入りづらい、エクスクルーシブな
美に魅了される。パール使いが秀逸で、
ジェリーは女性にとって、人生の大切
アイテム。
(左・中ヘアミスト ¥2,940、
右ヘアトニック ¥9,975)
大人女子にこそ似合うブランド。
(各 ¥23,110)
MARJORAM
な友人!
(ネックレス ¥35,700)
be my Giftプロジェクト及び売り場開発にご興味のある方は、伊藤忠ファッションシステム河崎まで。