フォークソングが、多くのことを教えてくれた ……④ Low Bridge

♫フォークソングが、多くのことを教えてくれた♪……④
F 組 関 眞次
中学校時代から大好きだったアメリカのフォークソング。
関係した歌という推測しかできない。エリー運河に架かる
数多いフォーク・グループの中でも一番気に入っていた
低い橋にさしかかったとき、船長が「低い橋だぞ! 頭を
The Kingston Trio が1963年に発表した16枚目のアル
下げろ!」と注意を促している歌のように思っていた。
バム”#16(ナンバー16)”に収録されている”Low Bridge”
ところが、その後に出てくる「Sal」という名のロバのくだり
という題名の曲がある。僕がこの曲を初めて聴いたのは、
がまったく意味不明。アメリカの労働歌によくある、アドリ
高校3年か、翌年のことだったと思う。
ブを交えて好き勝手に歌う「はやし言葉」のようなものの
その歌詞の一部を紹介しておこう。
ような気がしていた。
最近、この曲を演奏することになり、改めて歌詞を吟味
するために、エリー運河のことをインターネットで調べてみ
た。エリー運河はニューヨークに注ぐハドソン川の支流で
あるモホーク川沿いに作られ、ニューヨーク州・アルバニ
ーから五大湖の一つ、エリー湖の東岸にあるバッファロー
までの全長584㎞の運河である。1817年から建設が開
始され、1825年に全通した。カリフォルニアのゴールドラ
ッシュの23年前、南北戦争開始の36年前、そして大陸
横断鉄道完成の44年前のことである。
1620年にアメリカ大陸への移住が始まり、初期の東海
Low Bridge
岸から、次第に内陸へと居住圏が広がっていった。これ
がいわゆる西部開拓史である。しかし、前回も述べたよう
Low bridge, ev'rybody down
Low bridge for we're comin' to the town
So you'll always know your neighbor
And you'll always know your pal
If you've ever navigated on the Erie Canal
If you've ever navigated on the Erie Canal
I got a mule and her name is Sal
Well, fifteen miles on the Erie Canal
に内陸部に向かう道は標高1000~2000メートルの山が
She's a good old worker and a good old pal
連なるアパラチア山脈によって遮られ、困難を極めてい
Fifteen miles on the Erie Canal.
た。それ故、陸路に代わる水路の開発は1600年代の終
(後略)
わりごろから重要な案件であったが、工事の困難さ、建
*YouTube 参照
設コストの捻出などに手間取り、全通までに100年以上
https://www.youtube.com/watch?v=UzEqNePIrZI
の年月が必要であった。
エリー運河の開通により、東海岸と五大湖周辺の中西
当時は歌詞の内容を深く理解することなく、音楽を「音」
部を結ぶ地域の物流・人の流れは様変わりとなった。馬
と「リズム」だけで聴いていた。それでも、Low Bridge が
車による輸送よりスピードアップし、輸送コストも95%削減
「低い橋」だということぐらいはすぐわかった。しかし、その
できるようになったという。東海岸からは工業製品などが
先がよくわからない。Erie Canal とあるから、エリー運河に
輸送され、中西部からは穀物などが運ばれた。
小さな船の場合には、「頭を下げろ!」と解釈してもか
まわないだろう。しかし、少し大型の船の場合には、この
ように屋根の部分に人が乗り、景色を眺めて楽しんだりし
ていたようだ。だから、橋が近づくと「低い橋だぞ! 下に
降りてね!」と叫んだのではないだろうか。
YouTube を探ると、古いバージョンの”Low Bridge”も
見つかり、そこにはご丁寧に運河の脇をロバが船を引き
ながら進む姿まで描かれていた。興味ある方はご覧いた
だきたい。
これらの記述の中に、1冊の本の表紙が載せられてい
た。『Low Bridge』と題された、この歌の楽譜が掲載され
*YouTube 参照
https://www.youtube.com/watch?v=gIIM1mHfJ0U
た本で、サブ タイ トル に ”Everybody Down” ”Fifteen
Years On The Erie Canal”と、歌詞に近い表現がしっかり
エリー運河建設の最大の問題は、起点であるアルバニ
ーと、終点・バッファローの高低差が約180m あったことだ
語られている。
そして、この曲は1905年、トーマス・S・アレンという人物
という。低いところから、高いところに船を運ぶためには、
によって採譜されたものであることも判明した。歌そのも
50箇所ほどの閘門(こうもん)を建設する必要があった。
のは、もっと前から存在していたもので、それを改めてき
船の前後を扉で前後を囲い、そこに水を引き入れ、進行
ちんとした楽譜にしたようである。
方向にあたる閘門の外側の水位と、閘門内の水位が等
この表紙で、歌詞の疑問が氷解した。低い橋の下をくぐ
り抜けているロバに乗った人物とその馬が引いている小
舟(はしけ)が描かれている。資料の記述によれば、人や
船を乗せた船は自力で航行するのではなく、運河の北
側の道をロバが引いて動かしていたのである。
しくなったところで進行方向の扉を開け、船を前に進める
作業を繰り返したのである。
この大難工事の歴史と、それにまつわるドキュメントも
YouTube で発見することができた。
World Geographic Chanel の ”The Erie Canal -
この楽譜集によると、この歌にはさまざまな歌詞があり、
America's Great Engineering Achievement”という45分
もともとは、”Fifteen Miles On The Erie Canal”と歌われ
の番組。写真とイラストが豊富に登場するので、英語が
ていたが、アレンが”Fifteen years On The Erie Canal”
苦手な僕でも良く理解できた。
と変更したことがわかった。The Kingston Trio の歌は、
*YouTube 参照
古い方の歌詞を採用したのであった。
https://www.youtube.com/watch?v=CB5h0MVBXlc
この歌は、ロバを操り、船を運ぶ男の歌だったのだ。だ
から、ロバは大事な「働き手(good old worker)」であり
「良き相棒(good old pal)」として可愛がっていた。
このように、一つの曲にまつわる背景を知ることができ
ると、演奏するときの楽しみも増すというものだ。
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次に”Everybody Down”の部分であるが、もう一枚の
別なイラストを見て、新たな解釈が加わった。
いや~あ、フォークソングって、本当におもしろいですね
ぇ!……(続く)