(2016/12/19)住宅金融と債券市場を結ぶ住宅金融支援機構

新生ストラテジーノート 第 248 号
2016 年 12 月 19 日
調査部長 江川 由紀雄
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(03) 6880-6035
住宅金融と債券市場を結ぶ住宅金融支援機構 MBS
金利環境が変動する中、安定的な名目スプレッドで MBS の起債が継続している意味
住宅金融支援機構 MBS 第 116 回債は、12 月 16 日に利率 0.48%、名目スプレッド(10 年国
債流通利回りとの比較における利回り格差) 0.39%で条件決定した。名目スプレッドでみれば、
11 月 17 日に条件決定した第 115 回債と同水準となった。名目スプレッドに変化はなくても、超
長期ゾーンのイールドカーブのスティープ化などに伴い、YCS および OAS で見ると若干のタイト化
が生じたと評される発行条件であったといえよう。
以下に住宅金融支援機構 MBS の発行条件決定における MBS の利率(発行利回りに等しい)
と条件決定時に参照された 10 年国債流通利回りを基準とする名目スプレッド(ノミナルスプレッド
と称する市場関係者も多い)の過去約 2 年間の推移を示す。今年に入ってからいくつかの局面で
金利環境の激動を経ている。そうした中で住宅金融支援機構 MBS の名目スプレッドは一定のレン
ジ内で安定的に推移してきていることを再確認できる。
図表 1 住宅金融支援機構 MBS の発行条件決定における利率と名目スプレッド
1.20%
MBS利率
1.00%
名目スプレッド
0.80%
0.60%
0.40%
0.20%
2016年11月
2016年9月
2016年7月
2016年5月
2016年3月
2016年1月
2015年11月
2015年9月
2015年7月
2015年5月
2015年3月
2015年1月
2014年11月
2014年9月
2014年7月
2014年5月
2014年3月
2014年1月
0.00%
注: 横軸は新発債の条件決定時を示す 出所: 住宅金融支援機構および新生証券
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新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
住宅ローンの貸出金利に直結する MBS の発行条件
住宅金融支援機構 MBS の発行条件は、住宅ローン【フラット 35】(買取型)の貸出金利と密接
に関係している。住宅金融支援機構 MBS の新発債は、毎月中旬~下旬に発行条件が決定され、
同月中または翌月上旬に発行される。【フラット 35】の貸出金利は、典型的には、毎月下旬に決
定され、翌月の1か月間、その金利が適用される。【フラット 35】は、貸出日当日に取扱金融機関
から住宅金融支援機構に対する債権譲渡がなされ、その時点の住宅金融支援機構が提示する
「買取基準金利」が取扱金融機関に対する実質的なサービシング手数料となる。業界最低水準の
【フラット 35】貸出金利が機構が提示する「買取基準金利」にきわめて近い水準になっていると推
定される。
機構 MBS の発行条件決定と【フラット 35】の「買取基準金利」の決定時には若干のタイムラグ
があり、その間の金利(とくに 10 年国債流通利回り)の変化は「買取基準金利」の設定上考慮さ
れていると推定される。このような運用がなされているため、機構 MBS の発行条件は、ひいては、
【フラット 35】の貸出金利を決める最も大きな要因となっている。以下に機構 MBS 新発債の表面
利率(条件決定月にプロット)と典型的な【フラット 35】貸出金利(適用月にプロット)を示す。両者
はほぼ連動していることが読みとれる
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図表 2 住宅金融支援機構 MBS の表面利率と【フラット 35】貸出金利
2.00%
MBS利率
1.80%
フラット35貸出金利
1.60%
1.40%
1.20%
1.00%
0.80%
0.60%
0.40%
0.20%
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2014年9月
2014年7月
2014年5月
2014年3月
2014年1月
0.00%
注: 貸出期間 21 年以上 35 年以内・融資比率 90%以内の最低貸出金利
出所: 住宅金融支援機構
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新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
債券市場と密接に関係する制度としての住宅金融の意味合い
住宅金融において債券市場を活用する仕組みはアメリカで先行した。アメリカでは、1920 年代
から 30 年代にかけて、住宅ローンの貸手が、住宅貸付債権その他の不動産担保ローンを裏付
け と す る パ ー テ ィ シ ペ ー シ ョ ン ・ モ ー ゲ ー ジ ( participation certificates, mortgage
participation bonds)等と呼ばれる債券を発行し、資金調達を行うことが広く行われていた。し
かし、1934 年にモーゲージ保険を提供する連邦住宅庁(Federal Housing Administration,
FHA)が設立されたこと、大恐慌を経て一部のパーティシペーション・モーゲージが償還できない
状況に陥ったこと、1938 年に住宅ローンを買い取る機関として Fannie Mae が設立されたこと
などを背景に、こうした形態の資金調達は行われなくなった。ここで債券市場と住宅金融が一旦は
切り離されたことになる。これが復活したのが 1970 年であった。Ginnie Mae (政府抵当金庫)
が初のパススルー債(pass-through bonds)またはモーゲージ証券(mortgage-backed
securities, MBS)と呼ばれる債券を 1970 年に発行した。住宅ローンの多くは、貸出期間が極め
て長期にわたり、毎月元利払いが行われるうえ、繰り上げ弁済も発生する。そのような住宅ローン
に特有の元本返済をそのまま証券の元本償還に反映させるものがパススルー債である。1975
年には、裏付けとなる住宅ローン債権の元本返済とは無関係に、一般的な債券と同様、一括で元
本償還を行う MBB(mortgage-backed bonds)が開発された。1977 年には、銀行が住宅ロー
ン債権を信託設定し、それを裏付けとする MBS を発行した。
日本では、1931 年に施行された抵当証券法に基づく抵当証券が不動産担保ローンの貸手の
資金調達手段として一部に用いられた。1973 年には、住宅ローン債権信託が、1974 年には住
宅抵当証券が利用されるようになった。住宅ローン債権信託は、住宅ローンの貸手(住宅金融専
門会社および銀行)が、信託銀行を受託者として住宅ローンを信託設定し、信託受益権を第三者
に譲渡することで資金調達する仕組みである。住宅抵当証券は、住宅ローン債権を他の金融機
関に譲渡し、同時に、抵当証券を交付するものである。住宅ローン債権信託、住宅抵当証券共に、
「売り切り型」と呼ばれた少数の住宅ローン債権信託の事例を除き、一定期間経過後の買戻し特
約が付されていた。
こうした取引は、住宅ローンの貸手にとっての資金調達手段として機能したが、金利リスク(住
宅ローンの繰上げ返済リスクを含む)や信用リスクを投資家に移転したとは言い難い。
日本における本格的な住宅ローンの証券化は、1997 年に北海道拓殖銀行が多数のアパート
ローンを証券化した事例以降、多く見られる。1999 年以降は、いくつかの銀行が自己居住目的
の住宅を対象とした住宅ローン債権を相次いで証券化した他、2001 年には住宅金融公庫が
MBS の発行を開始した。住宅金融公庫は、2007 年に独立行政法人住宅金融支援機構に改組さ
れた。その後は、同機構が買い取る住宅ローン債権の大半を証券化する運営が続いている。
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新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
住宅金融支援機構の証券化支援事業
住宅金融支援機構の主力事業であった直接融資型の住宅ローンでは、その事業資金を財政
融資貸付に依存していた。国からの財政融資貸付金の借入れにかかる条件と住宅ローンの貸付
条件は連動していなかった。事業が金利低下と民間金融機関による住宅ローン商品の多様化の
局面で住宅ローンの利用者が住宅ローンを繰上げ返済する行動が多発し、資産と負債のミスマッ
チによるリスクが顕在化した。住宅金融公庫の事業が大きく見直される原因がこのような構造に
あったとも言えよう。
住宅金融支援機構の証券化支援事業に基づく住宅ローンの貸出においては、財政融資貸付
金を利用しておらず、MBS 等の発行によって所要資金の調達が行われている。単に資金調達面
で債券市場を利用しているというだけではない。住宅ローンの利用者による任意の繰上げ返済の
リスクもその大部分 1を MBS の投資家に移転していることになる。機構 MBS の各回号は、それぞ
れ紐付けされている信託財産の減少に連動して月次で部分的に元本償還が行われる。こうした
仕掛けによって、かつての住宅金融公庫とは異なり、住宅ローンの繰上げ返済の増減によって住
宅金融支援機構の収支・損益、ひいては、財務状況が極端に変化することはなくなっている。
住宅金融支援機構の証券化支援事業の一環として定期的な発行が続く機構 MBS は、住宅金
融と債券市場をむすぶ存在になっており、結果的に、債券市場が全期間固定金利型かつ繰上返
済が認められる住宅ローンの安定的な供給を支えているとも言えよう。こうした中、名目スプレッド
が安定的に推移してきていることは、住宅ローンの利用者にとって、国債流通利回りの変動によ
る【フラット 35】貸出金利の変化はあっても、それ以外の要因による変化幅が抑えられていること
を意味するとも考えられる。
(調査部長 江川 由紀雄)
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いわゆる「超過担保」の設定(MBS の発行残高よりも裏付けとなる信託財産の方が常に一定の
割合で多くなる運用)がなされていること等から、完全に移転しているとは言えないため、「大部分」
という表現を用いた。
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新生証券株式会社 調査部
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
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たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場
合があります。
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