ハイドロキシアパタイト添加の 乳酸‐グリコール酸共重合体による硬組織

ハイドロキシアパタイト添加の
乳酸‐グリコール酸共重合体による硬組織誘導能の評価
日本大学大学院歯学研究科歯学専攻
諸隈
正和
(指導:石上 友彦 教授,磯川 桂太郎 教授,
本田 雅規 准教授,月村 直樹 准教授)
ランニングタイトル
PLGA 担体の硬組織誘導能の評価
歯髄
キーワード
間葉系細胞 象牙質 担体
PLGA
HA
要旨
本研究は組織工学の技術を応用し,歯根象牙質再生に有効な担体について検討した。
担体は,気孔率 80%の乳酸‐グリコール酸共重合体 (PLGA) にハイドロキシアパタ
イト (HA) を添加した HA 添加 PLGA 担体と HA 非添加 PLGA 担体の 2 種類を用いて
検討した。ヒト歯髄組織由来細胞 (hDPCs) を硬組織誘導培地下で培養し,増殖能お
よび象牙芽細胞への分化能を検討した。結果,hDPCs は培養 12 日間で細胞増殖と共
に ALPase 活性値が上昇した。hDPCs を硬組織誘導培地下で 3 週間培養するとカルシ
ウム沈着を認めた。細胞動態を観察すると,培養 3 週間で PLGA 担体全体に hDPCs
(1×106 個)が分布した。hDPCs(1×106 個)を播種した PLGA 担体を Scid マウスの
背部皮下に移植し,16 週後に担体を回収した。in vivo micro CT 画像から,HA 添加
PLGA 担体内部に石灰化物を認めた。担体の石灰化量は当初の HA 量の約 3 倍相当で
あった。同様に石灰化度は,約 1.5 倍相当の値を示した。H-E 染色から担体内部に血
管形成と eosin 好性の組織に HA の残留を認めた。組織に細管構造は認めず細胞の埋
入を認めた。免疫組織化学的解析から,HA 添加 PLGA 担体内の約 70%の細胞にヒト
ミ ト コ ン ドリア陽性反応を認めた。 eosin 好性を示したと考えられる部位には
osteocalcin と dentin sialophosphoprotein 陽性反応が検出された。
以上の結果により,象牙芽細胞分化能を有する hDPCs を HA 添加 PLGA 担体に播種
した場合,象牙質様組織が形成されることが明らかになった。従って,HA 添加 PLGA
担体は硬組織誘導能を有し,歯根象牙質の再生に有効な担体であると示唆された。
緒
言
再生医療は,従来の患者負担が大きい再建術や臓器移植に代わり,失われた組織や
臓器を患者自身の細胞を用いて再生させて,機能を回復させる医療である。そして
1980 年代に Langer と Vacanti ら 1)によって提唱された再生医療における組織工学
(tissue engineering) は,担体に成長因子と細胞を組み合わせ,再生組織を誘導する技
術である 2,3)。本研究が対象とした担体は,生体材料 (biomaterial) と呼ばれ,1974 年
に開催された国際会議 (6th Annual International Biomaterial Symposium) において「身
体に移植する材料だけでなく,生きている細胞に直接接触する材料の総称」と定義さ
れている。
1
組織工学における担体の種類や成分の構成比は,細胞の分化や増殖等に影響するた
め 4,5)適切な担体の選択が重要となる。これまで歯科の再生分野は,被圧変位特性と
感覚閾値が天然歯と異なるインプラント 6)に代わる歯根再生に適切な担体を模索して
きた。例えば,軟性材料ではフィブリン 7-9),コラーゲン 10),アルジネート 11)および
ヒアルロン酸 12,13)等が挙げられるが,低強度で吸収速度が速いといった欠点を有して
いた。一方で,軟性材料と比較して高強度で吸収速度が遅い剛性材料として,乳酸と
グリコール酸の配合量が調節可能な人工材料である乳酸‐グリコール酸共重合体(以
下 PLGA)14)や,免疫寛容で骨伝導能を有し生体適合性も良好なハイドロキシアパタ
イト(以下 HA)がある 3,15,16)。
これまで PLGA を担体として用いてエナメル質,象牙質,歯髄の再生が試みられた
が 17),臨床応用に向けた問題点として,生体内で担体が大きさや形態を維持できず,
改善の必要性があった。この問題は,細胞が組織形成する速度が,自然分解型生体吸
収性高分子の PLGA18)の分解,吸収 19)より遅いためと考えた。そこで,免疫寛容で生
体活性セラミックスに分類され,溶解度が小さい HA20)を PLGA に添加したハイブリ
ット担体を用いることで,生体内で担体の形態が維持され,標的とする組織が形成可
能と考えた。さらに,担体の形態や表面性状によって,細胞との相互作用,細胞増殖
および組織形成が影響を受けるとの報告もあり 5,21,22),多孔性担体が組織工学に有効
23,24)
とされている。そこで本研究は,歯根象牙質の再生に向けて,採取が容易で誘導
培地下で象牙芽細胞へ分化する 25-27)ヒト歯髄組織由来細胞(以下 hDPCs)を用い,
HA が添加された PLGA を基材とするブロック状担体の硬組織誘導能について検討し
た。
材料および方法
1. 供試材料
担体にはブロック状で気孔率 80%,直径 5 mm,高さ 2 mm の円柱状に作製された
PLGA 担体(GC scaffold,ジーシー)を使用した。主成分の PLGA は乳酸とグリコー
ル酸 (75:25) から成り,PLGA のみで構成される HA 非添加 PLGA 担体と HA 添加
PLGA 担体の 2 種類を用いた。
2. 気孔径の測定
デジタルマイクロスコープ(以下 VHX-1000,KEYENCE)を用いて 2 種類の PLGA
担体を撮影した。気孔径は,画像上でランダムに選択した気孔断面の長径を 5 回測定
した。
3. 細胞培養
2
本実験では,ヒト歯髄組織由来細胞 (hDPCs) を用いた(第 1 表)。hDPCs は日本大
学歯学部付属歯科病院に来院した患者の抜去歯を可及的速やかに分割,無菌的に歯髄
組織を採取し細断後,増殖培地 [MEMα (Wako),15%ウシ胎児血清 (NICHIREI
BIOSCIENCES INC),1%ペニシリン-ストレプトマイシン溶液 (Wako)] を用いて,37℃,
5% CO2 気相下にて培養した。数日後,ヒト歯髄組織から外生した細胞が培養皿上で
80%コンフレントに達した時に,0.5% Trypsin-EDTA (Invitrogen) にて分散させ,3~5
継代培養した。硬組織誘導培地は,増殖培地に 50 μg/ml L-アスコルビン酸リン酸エス
テルマグネシウム塩 (Wako),10 mM β-glycerophosphate disodium salt hydrate (Sigma),
10-8 M dexamethasone (Sigma),100 nM カルシトリオール (Wako) を加えて作製した。
なお,本研究で採取されたヒト歯髄組織および hDPCs は日本大学歯学部倫理委員
会の承認(許可番号:倫許 2008-8)後,ヘルシンキ宣言に則り本研究の主旨と内容,
権利などについて患者の理解と同意を得た後,使用した。
4. 実験動物
生後 5 週齢の C.B-17 系統雄性 Scid マウス(日本クレア)3 匹を用いた。動物の飼
育は,イノケージ(オリエンタル技研工業)内で,午前 7 時点灯,12 時間明暗サイク
ル,室温 24 ± 2℃,湿度 55 ± 5%に設定した恒温恒湿の環境で行った。
なお,本研究は日本大学歯学部動物実験指針 (AP10D014) に従い,飼育は本学部動
物飼育室にて行った。
5. 細胞増殖と ALPase 活性値の測定
6 穴プレートに hDPCs(1.0×105 個/well)を播種し,硬組織誘導培地下で培養した。
培養期間中は,3 日ごとに新鮮な培地と交換しながら,培養 1,4,7 および 12 日目の
タンパク質濃度をもとに細胞増殖と alkaline phosphatase(以下 ALPase)活性値を測定
した。
6 穴プレートの各穴から培養上清を除いて細胞層をリン酸緩衝生理食塩水(以下
PBS,pH 7.35)で数回洗浄した。0.1% Triton-X100 (Sigma) / 50 mM トリス塩酸緩衝液
(pH 7.2, 以下 Tris-HCl)を各穴に 100 µl ずつ分注した後,スクレイパーで細胞を剥
がし細胞抽出液を回収した。
タンパク質量の定量は BCA Protein Assay Kit (Thermo)を用いた。検量線作成のため
の BSA 希釈系列と共に,各培養日数の細胞抽出液を 96 穴プレートに 25 μl ずつ分注
した(各 3 well)。各穴に,BCA Protein Assay Kit の混合液(A 液:B 液 = 50:1)を
加えて,37℃で 30 分静置した。その後マルチプレートリーダー (680 microplate reader,
Bio RAD Laborarories) により 562 nm の吸光度を測定した。
ALPase 活性値の測定では,各細胞抽出液に含まれるタンパク質量が 10 µg になるよ
3
う上清を採取し 96 穴プレートに分注した(各 3 well)。次に,p-Nitrophenyl phosphate
Tablets (SIGMAFAST™, Sigma) の p-nitrophenyl phosphate タブレットを Tris-buffer に溶
解し,各穴に 200 µl ずつ追加した。その後,室温で 30 分,遮光下で静置し,405 nm
の吸光度から ALP 活性曲線を作製した。
6. カルシウム測定
hDPCs(1.0×105 個/well)を 6 穴プレートに播種し,3 週間,硬組織誘導培地と増
殖培地下で培養した。培養期間中は,3 日ごとに新鮮な培地に交換し,3 週目にカル
シウム沈着量を測定した。
各穴から培養上清を取り除き,細胞層を PBS で数回洗浄した。次に 1 M HCl を 1 ml
加え,
室温で細胞を 8 時間脱灰させた後,HCl をドラフトチャンバーにて蒸発させた。
蒸留水を各穴に 50 μl ずつで加え撹拌してから 2 時間静置したものを検体液とした。
検体液とカルシウム E テストワコー (Wako) を用いて検体(検体液 50 μl,緩衝液 2 ml,
発色試薬 1 ml)と,標準(標準液 50 μl,緩衝液 2 ml,発色試薬 1 ml)を調整し,カ
ルシウム濃度 [(mg/dl) = (検体÷標準)×10] を算出した。
7. 細胞動態の観察
あらかじめ脱気処理を施した PLGA 担体を増殖培地に 24 時間浸漬後,PLGA 担体
上面に hDPCs を含む細胞懸濁液(1.0×106 個/200μl)を播種し,増殖培地で満たした
培養皿に静置(6 時間,37℃,5% CO2)した。PLGA 担体への hDPCs の生着を確認す
る目的で,細胞播種後の担体を静置した培養皿に残存している細胞数を計測した。細
胞数が 1.0×105 個以下であれば 90%以上 hDPCs 生着とみなした。その担体を硬組織
誘導培地で満たした 50 ml の遠沈管 (BD Falcon) に移し,小型回転培養機 (RT-5,
TAITEC) に装着,3 週間培養 (37℃,2.5 r/min) した。培養期間中は,3 日ごとに新鮮
な培地と交換した。培養期間終了後,担体を固定 [12 時間,10%ホルムアルデヒド液
(Wako)] した。続いて染色液 [ニトロブルーテトラゾリウム = クロリド (Wako) 1 mg,
0.2 M Tris-HCl 250 µl,1.25 M コハク酸二ナトリウム水溶液 200 μl,5 mM 塩化マグネ
シウム水溶液 100 μl,蒸留水 450 μl] に浸漬(4 時間,37℃)した。その後水洗し,
VHX-1000 にて観察した。
8. 移植操作
ペントバルビタールナトリウム(以下ソムノペンチル,共立製薬)にて腹腔内麻酔
を施した生後 5 週齢の Scid マウスの背部を除毛後,ポビドンヨード液にて消毒した。
次に,皮膚に 1 cm の切開を加え鈍的剥離後,hDPCs(1.0×106 個)を播種した HA 非
添加 PLGA 担体 (n = 3) および HA 添加 PLGA 担体 (n = 3) を背部皮下に移植,縫合
4
した。移植 16 週後,腹腔内麻酔を再度施行し,担体を回収した。
9. in vivo micro CT による撮影と解析
移植 16 週後,3 匹のマウスから回収した担体の撮影条件は,管電圧 90 kV,管電流
200 µA,撮影時間 2 分,撮影倍率 20 倍,voxel size 10×10×10 µm とした。撮影範囲
は高さ 4.8 mm,直径 4.8 mm の円柱形とした。
次に,移植した担体は,基準とする骨塩量ファントム(ラトックシステムエンジニ
アリング,Lot No. 0802-08)および抜去歯の歯根象牙質(上顎第三大臼歯)と同じ条
件で撮影し,石灰化量と石灰化度を算出した。
撮影後の投影データは,統合画像処理ソフト I-view-3DX Ver.1.82 (MORITA) を用い
て画像再構成を行い Volume data を得た。
再構成した Volume data を,3by4viewer Ver.2.4(北千住ラジスト歯科,I-View 画像
センター)で処理した。最初に,骨塩量ファントムのデータを使用して骨塩の密度と
X 線吸収度の較正を行った。その後,担体から得た Volume data から石灰化量と石灰
化度,担体の高さと直径を算出した。
10. 組織学的解析
移植後に回収した PLGA 担体は PBS で調製した 4% paraformaldehyde(以下 PFA)
中に浸漬(4℃,1 時間)して固定した。その後,脱灰操作と PBS にて洗浄,上昇エ
タノール系列において脱水し,通法に従いパラフィン包埋した。脱灰パラフィン切片
は,パラフィン包埋された担体をミクロトーム (SM2000R, LEICA) で厚さ約 8 μm に
薄切し,スライドグラス (MATSUNAMI) に載せ作製した。キシレンにて脱パラフィ
ン後,下降エタノール系列を通し,水洗後に hematoxylin-eosin(以下 H-E)染色を施
し,上昇エタノール系列で脱水,キシレンによる透徹,オイキット (EUKITT, O.Kindler)
で封入を行った。撮影および観察には CCD カメラ (DP11, OLYMPUS) を備えた光学
顕微鏡 (VANOXAH-2,OLYMPUS) を用いた。
11. 免疫組織化学解析
組織学的観察に供した試料と同様に,PFA 固定した PLGA 担体を洗浄後,通法に従
い脱灰パラフィン切片を作成した。脱パラフィン,脱水後,0.025% Triton X-100 を含
む Tris-HCl にて水洗した。組織切片を 1% BSA-PBS に室温で 1 時間浸漬することによ
って非特異的反応部位のブロッキングを行った。次いで 1% BSA を含む 0.05 M
Tris-HCl にて希釈した一次抗体を組織切片と反応(4℃,8 時間)させた後,0.3%過酸
化水素を含む 0.05 M Tris-HCl に 15 分浸漬して内因性ペルオキシダーゼ活性をブロッ
クしてから,PBS で洗浄した。最後に,horseradish peroxidase(以下 HRP)によって
5
標識された二次抗体と反応(室温,1 時間)させた。
一次抗体は抗 human mitochondria モノクローナル抗体 (Abcam)28),抗 osteocalcin モ
ノクローナル抗体 (Abcam)29,30) ,抗 dentin sialophosphoprotein モノクローナル抗体
(Santa cruz biotechnology)27),それぞれを 1% BSA-PBS で 100 倍希釈して用いた。二次
抗体には HRP 標識 rabbit anti-mouse IgG 抗体 (Abcam)31)を,1% BSA-PBS で 2000 倍希
釈して用いた。
陽性部の検出のため,0.42 mg/ml の 3, 3`-diaminobenzidine (DAB, Sigma)を含む
0.001%過酸化水素溶液に組織切片を 15 分間浸漬した。PBS で洗浄後,hematoxylin に
よる核染色を施し封入した組織切片を,CCD カメラ (DS-Fi1, Nikon) を備えた光学顕
微鏡を用いて撮影,観察した。ヒトミトコンドリア陽性細胞率は,陽性細胞数を 10
回計測し,全細胞数を分母とし算出した。
12. 統計学的解析
気孔径の計測およびカルシウム測定は Student t-test,ALPase 活性の測定は一元配置
分散分析を用いた。有意水準は 5%とした。
結 果
PLGA 担体に播種された hDPCs は,線維芽細胞様形態を示した(第 1 図)。各細胞
は類似の増殖パターンを示し(第 2 図),培養 7 日目,12 日目において,年齢が若い
hDPCs の ALPase 活性値が有意に高かった(第 3 図)。また,硬組織誘導培地で 3 週間
培養した hDPCs は増殖培地と比較して有意にカルシウム沈着量の増加を認めた(第 4
図)。
2 種類の PLGA 担体の平均気孔径を算出した結果,HA の有無で気孔径に有意差は
認めなかった(第 2 表)。PLGA 担体内における hDPCs の細胞動態を観察すると,播
種直後,生着した hDPCs を担体の播種面表層に認めた。播種直後 3 週間,回転培養
を行うと担体全体に hDPCs が観察された(第 5 図)。この実験における HA 非添加 PLGA
担体と HA 添加担体の細胞動態は類似した傾向を示した。
骨塩量ファントムを元に in vivo micro CT 画像から HA 添加 PLGA 担体の移植前後
を比較し,担体の高さと直径は移植前と比べ大きな変化を認めなかった(第 6 図)。
hDPCs を播種した担体の移植実験では,移植 16 週後における担体の回収は HA 添
加 PLGA 担体 (n = 3) のみで可能であった(第 7 図 A,矢印)。HA 非添加 PLGA 担体
は分解吸収された。
HA 添加 PLGA 担体の断層像(第 7 図 B~E)には,石灰化物が確認された。定量
的に解析すると,担体の石灰化量は当初の HA 量の約 3 倍相当であった。同様に石灰
化度は,約 1.5 倍相当であり,上顎第三大臼歯の歯根象牙質を基準に比較すれば約 1/2
6
の値を示した(第 3 表)。
移植後の hDPCs を播種した HA 添加 PLGA 担体の縦断組織像では,担体周囲に好
中球などの炎症性細胞は認められなかった(第 8 図 A)。内部には血管形成と強拡大
から eosin 好性の組織に HA の残留も認めた(第 8 図 B,C)。強拡大から組織に細管
構造は認めず細胞の埋入を認めた(第 8 図 C)。
免疫組織化学的解析には,HA 添加 PLGA 担体内の約 70%の細胞(第 9 図)にヒト
ミトコンドリア陽性反応を認めた(第 10 図 A)。さらに,HA 添加 PLGA 担体内の eosin
好性を示したと考えられる部位には osteocalcin と dentin sialophosphoprotein 陽性反応
が検出された(第 10 図 B,C)。
考 察
組織工学の分野では,担体の物理的および生物学的特性が細胞の分化に影響を与え
る事が知られており 4),歯根の再生に向けて,過去に様々な担体が検討されてきた 3,7,32)。
また,リン酸カルシウムを担体とした歯髄細胞の培養で,歯髄細胞が象牙芽細胞に分
化したとする報告 33)はある。しかし,象牙芽細胞突起を容れた象牙細管形成を伴う象
牙質誘導の報告はない。そこで本研究は,象牙質再生が期待される担体として,PLGA
担体に注目した。
最初に,hDPCs の増殖能および象牙芽細胞への分化能を検討した。硬組織誘導培地
下で培養すると,hDPCs は経日的に増殖し培養 7 から 12 日目には ALPase 活性値が有
意に上昇し,21 日目にはカルシウム沈着を認めた。したがって従来の報告 25-27,32-34)
と同様に,本研究で使用した hDPCs も象牙芽細胞の分化能を有すると示唆された。
次に,hDPCs を播種した PLGA 担体における細胞動態を観察した。播種直後,hDPCs
は担体の播種面に生着していた。また,hDPCs は 3 週間回転培養した担体ではその中
心部付近においても認められた。これは,担体が有する径 200 µm 前後の連通孔から
の hDPCs 進入と,それらの増殖によると考えられた。
以上の結果を踏まえて,hDPCs を播種した担体における硬組織誘導の有無を in vivo
移植実験にて検討した。自然分解型生体吸収性高分子の PLGA35)のみで成る担体は,
移植 16 週後までに消失し,これは生体内での加水分解 3,19,36)によると考えられた。一
方,HA 添加 PLGA 担体は,移植 16 週後においても移植前の形態が維持されていた。
これは含有される HA が分解吸収を抑制し 20),免疫寛容で生体親和性の高い HA3,15,20)
を足場として hDPCs が組織形成を促したためと考えられた。
そこで,in vivo micro CT を用い,移植前後の HA 添加 PLGA 担体の石灰化度および
石灰化量を定量し,歯根象牙質の値と比較した。その結果から,移植前と比べ石灰化
量は約 3 倍相当の値を示し,石灰化度は約 1.5 倍相当で歯根象牙質を基準に比較する
と約 1/2 の値を示した。これまで象牙質の再生を目的とした担体が,in vivo micro CT
7
から得られた画像と定量的に得た数値の二点から評価されたことは無く,本研究の意
義は大きい。
移植 16 週後の H-E 染色では,担体周囲に炎症性細胞は認めず,生体親和性の高さ
が確認された。in vivo micro CT 所見に照らせば,担体内部の eosin 好性細胞が埋入し
た血管周囲組織は,硬組織と示唆された。硬組織と思われる構造に象牙細管が認めら
れなかったことについては,硬組織形成の開始とともに,同時期に hDPCs がその基
質内へ取り込まれたため 37)と推測される。
免疫組織化学解析から,human mitochondria 抗体陽性細胞が担体内部に存在する約
70%の細胞に検出されたことから,PLGA 担体を足場とし形成された細胞外マトリク
スは播種された hDPCs 由来であると示唆された。また,脱灰操作によって溶解した
HA 周囲の硬組織から osteocalcin と dentin sialophosphoprotein の陽性反応が検出された。
従って,HA 添加 PLGA 担体内に形成された硬組織は象牙質特異的な非コラーゲン性
タンパク質を有する象牙質様組織であると示唆された。
結 論
本研究では hDPCs を用いて PLGA および HA を基質とする PLGA 担体の硬組織誘
導能について検討し,以下の結果および結論を得た。
1. 硬組織誘導培地下で hDPCs は,ALPase 活性値の上昇とカルシウム沈着能を示し
2.
3.
4.
5.
6.
た。
気孔径 200 µm 前後の PLGA 担体に播種した hDPCs は,回転培養後 PLGA 担体
内に深く進入した。
HA 添加 PLGA 担体に含まれる HA は担体の分解吸収を抑制した。
hDPCs を播種した HA 添加 PLGA 担体の断層像から,確認された石灰化物の石灰
化量は当初の HA 量の約 3 倍相当であり,石灰化度は約 1.5 倍相当の値を示した。
HA 添加 PLGA 担体内の血管および HA 周囲に細管構造は認められなかったが,
細胞埋入は観察された。
HA 添加 PLGA 担体内の細胞の約 70%は hDPCs 由来で,組織中には osteocalcin
と dentin sialophosphoprotein 陽性反応が検出された。
以上の結果により,象牙芽細胞分化能を有する hDPCs を HA 添加 PLGA 担体に播
種した場合,象牙質様組織が形成される事が明らかになった。従って,HA 添加 PLGA
担体は硬組織誘導能を有し,歯根象牙質の再生に有効な担体であると示唆された。
謝辞
稿を終えるにあたり,懇切なるご指導およびご校閲を賜りました日本大学歯学部石
上友彦 教授に深い感謝の意を表します。また,専攻の立場からご指導を賜った日本
8
大学歯学部鈴木直人 教授,磯川桂太郎 教授および本田和也 教授に心より感謝いた
します。あわせて,本研究に対して多大なるご助言を頂きました日本大学歯学部本田
雅規 准教授,月村直樹 准教授ならびに本学局部床義歯学講座医局員,補綴学専攻
大学院生各位,また,研究にご協力頂きました本学部解剖学教室第 2 講座の皆様に感
謝の意を表します。
本研究は平成 22~24 年度私立大学経常費特別補助大学院高度化推進特別経費(学
生分:諸隈正和),日本大学歯学部佐藤研究費の助成を受け行われた。また,研究の
一部は第 121 回補綴学会学術大会(平成 24 年 5 月 26 日)において発表した。
文 献
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