心理会計と結婚指輪の支払い

流通科学大学教養センター紀要
第 3 号,1-10(2013)
心理会計と結婚指輪の支払い
Mental Accounting and Payment of Marriage Ring
蜂屋 真*
Shin Hachiya
調査Ⅰは、評定法を用い、4 つの非耐久性商品と 5 つの耐久性商品の支払い方法を調べた。その
結果、結婚指輪をのぞき、非耐久性商品が耐久性商品と比べて前払いされやすいことが見出された。
調査Ⅱは、調査Ⅰで使用された耐久性商品を用い、プレゼント用購入と自分用購入で、支払い方法
が異なるかを調べた。その結果、プレゼント用耐久性商品が、自分用耐久性商品と比べて、前払い
されやすいことが見出された。
キーワード:心理会計、評定法、前払い、非耐久性商品、結婚指輪
Ⅰ.緒言
行動経済学は、
Kahneman と Tversky が 1979 年に提出したプロスペクト理論に始まる(Kahneman
& Tversky, 1979)1)。プロスペクト理論は、人は判断の基準にする参照点をもつ、利益の増加ある
いは損失の増加と共に価値の増加は次第に減少する、人は利益の増加より損失の増加に敏感であ
る、とする価値関数に基づいており、行動経済学は、人は標準的な経済学が前提としているよう
な合理的な経済人ではないと論じた(友野、2006)2)。行動経済学は、数多くの実験を行い、従
来の経済学から説明が難しいと考えられる様々な現象を見出してきた。
それらの現象の一つに、心理会計(mental accounting)という現象が挙げられる。心理会計とは、
人は、心の中にコストと便益が記録される心理的口座(mental account)を持っており、このコス
トと便益がどのような状態にあるかによって、お金の支払いの意思決定が異なるという現象を指
。
す(Thaler, 1980 3): Tversky & Kahneman, 1981 4))
Tversky & Kahneman(1981)は、以下に述べるチケット課題を用いて、心理会計を説明してい
る。彼らは、ある被験者に「あなたは 10 ドルの芝居を見に行くことにしたとする。劇場に入った
時、10 ドル紙幣をなくしたことに気付いたが、あなたは芝居のチケット代 10 ドルを支払うだろ
うか。
」、また、別の被験者に「あなたは 10 ドルの芝居を見に行くことに決め、チケットを前もっ
高雄翔氏が調査Ⅰを実施し、蜂屋が調査Ⅱを実施し論文をまとめた。
*流通科学大学サービス産業学部、〒651-2188 神戸市西区学園西町 3-1
(2013 年 3 月 31 日受理)
C 2013 Journal of the Center for Liberal Arts
○
蜂屋
2
真
て購入したとする。劇場に入った時、このチケットをなくしたことに気付いたが、あなたは再度
チケット代として 10 ドルを支払うだろうか。
」と尋ねた。
両状況は、劇場に着いた時 10 ドル相当を失っている、芝居を見る為にお金を支払うか否かの選
択に迫られているという点で類似している。しかし、前者の状況では 88%の被験者がチケットを
購入すると答えたが、後者の状況では 46%の被験者しかチケットを購入すると答えなかった。
この結果を Tversky & Kahneman は、チケット口座という心理的口座の開設時期から説明した。
チケットを前もって購入した場合、チケットを購入したその時点でチケット口座が開設されてお
り、劇場で再度チケットを買うとチケット代は 20 ドルになる。一方、10 ドル紙幣を失った場合、
劇場でチケットを購入する時点でチケット口座が開設されることになり、チケット代は 10 ドルで
ある。10 ドル紙幣を紛失した場合と比べて、チケットを紛失した場合ではこれから楽しむ芝居の
便益に対するコストが割高になり、それ故この場面でチケットを買うと答えた被験者が少なかっ
たと、彼らは説明した。
Tversky & Kahneman(1981)は、心理的口座の開設時期が購買の意思決定に影響を及ぼすこと
を示しているが、耐久性商品と非耐久性商品の心理的口座は異なり、それ故それらを前払いする
かそれとも後払いするかの意思決定が異なるという報告もなされている(蜂屋、2009a
5)
: 蜂屋、
2009b 6); Prelec & Loewenstein, 1998 7))
。
Prelec & Loewenstein(1998)は、被験者に、6 ヶ月後に 1200 ドルの商品を購入予定であるが、
その代金を今から毎月 200 ドルずつ前払いするのか、それとも 6 ヶ月後に商品を購入しその後代
金を毎月 200 ドルずつ後払いするかを尋ねた。その結果、6 ヶ月後に購入する商品がカリブ海へ
の 1 週間の旅行であると教示された被験者はその 60%が前払いすると答えたが、6 ヶ月後に購入
する商品が洗濯機と乾燥機であると教示された被験者はその 16%しか前払いすると答えなかった。
蜂屋(2009a、2009b)は、Prelec & Loewenstein(1998)の見出した現象の頑健性を検討するた
めに、被験者に 3 つの商品の支払い方法を商品ごとに尋ねた。蜂屋(2009a)の実験Ⅰは、6 ヶ月
後に購入予定の、それぞれ 12 万する海外旅行、家具、スーツについて、今から毎月 2 万円ずつ 6 ヶ
月間前払いするか、それとも商品の購入後に毎月 2 万円ずつ 6 ヶ月間後払いするかを、被験者に
回答してもらった。その結果、家具とスーツに比べて、海外旅行が前払いされやすいことが見出
された。さらに、蜂屋(2009b)は、1 年後の結婚に際し購入が予定されている、それぞれ 120 万
円する新婚旅行、披露宴パーティ、家電について、それらを今から毎月 10 万円ずつ 12 ヶ月間前
払いするか、それとも商品の購入後に毎月 10 万円ずつ 12 ヶ月間後払いするかを、被験者に回答
してもらった。その結果、新婚旅行と披露宴パーティは、家電より前払いされやすいことが見出
された。同様に、新婚旅行、披露宴パーティ、自動車の組み合わせでは、新婚旅行と披露宴パー
ティが自動車より、新婚旅行、披露宴パーティ、家具の組み合わせでは、新婚旅行と披露宴パー
ティが家具より前払いされやすかった。
心理会計と結婚指輪の支払い
3
上述の蜂屋の実験は、一定期間後に購入予定の 1 つの商品に関して、それを分割前払いするか
それとも分割後払いするかを尋ねている。蜂屋(2009a)の実験Ⅱは、6 ヶ月後に購入予定である、
それぞれ 12 万円する 2 つの商品について、いずれの商品を分割前払いし、いずれの商品を分割後
払いするかを一対比較法で尋ねた。その結果、海外旅行、資格講座、高級料理の支払いは、家具
とスーツの支払いに比べて、前払いが好まれることが見出された。
このように、蜂屋の一連の研究は、非耐久性商品である海外旅行、資格講座、高級料理、新婚
旅行、結婚披露宴が、耐久性商品である家具、スーツ、家電、自動車より前払いされやすいこと
を見出した。何故、代金の支払い条件が同じにもかかわらず、非耐久性商品は耐久性商品より前
払いされやすいのだろうか。
蜂屋(2009a)は、非耐久性商品と耐久性商品の心理的口座の相違から、この現象を説明した。
非耐久性商品具を前払いすると、これからもたらされるものにその代金を支払うことになり、心
理的口座のコストに対応する、これから期待される便益があるので、非耐久性商品が前払いされ
る可能性がある。同様な議論が耐久性商品の前払いに関しても当てはまる。一方、後払いの場合、
心理的口座は非耐久性商品と耐久性商品で様相が異なる。耐久性商品を後払いした場合、支払い
時に商品からの便益が存在するから、すなわち心理的口座のコストに対応する便益が有るから、
耐久性商品が後払いされる可能性もある。しかし、非耐久性商品を後払いにすると、過ぎ去った
出来事にその代金を支払わなくてはならなく、心理的口座のコストに対応する便益が無いことに
なり、非耐久性商品の後払いは回避されることが予想される。それ故、人は、耐久性商品と比べ
て、非耐久性商品を前払いしたがるのである。
。被験者に、
蜂屋の一連の研究は、二項選択法を採用している(村田・山田・佐久間、2007 8))
購入予定の非耐久性商品と耐久性商品を提示し、それらを分割前払いするかそれとも分割後払い
するかを尋ねていた。本研究では、二項選択法とは異なる評定法を用いた場面でも、非耐久性商
品が耐久性商品より前払いされやすいという現象が見出しうるかどうかを検討した。
Ⅱ.調査Ⅰ
方法
日時:2010 年 10 月
調査対象者:平均年齢 19.3 歳の大学生 196 名(男子 153 名、女子 43 名)
調 査 手 続:心理学の授業中に以下の質問紙を配布し回答を求めた。調査対象者に、『私たちは
日常生活において、様々なことにお金を支払いますが、私たちは普段商品と交換で代金を支払っ
ていると思います。しかし、今回お尋ねしたいことは、皆さんが 6 ヶ月後に商品を手に入れると
して、前払いされるか後払いされるかを調査したいと思います。前払いとは、商品を手に入れる
前に今から毎月 1 回、計 6 回払いで代金を支払い、支払い完了後に商品を手に入れることとしま
蜂屋
4
真
す。一方、後払いとは、まず 6 ヶ月後に商品を手に入れます。その後、毎月 1 回、計 6 回払いで
代金を支払うということとします。以下に、代金を支払う様々な対象が並んでいます。もし、あ
なたがこれらの商品を買ったとすると、前払い・後払いどちらの支払い方を選択しますか?』と
いう教示文を読んでもらい、
3 種類の価格の 9 商品について、
それらを、1 絶対前払いすると思う、
2 たぶん前払いすると思う、3 どちらかというと前払いすると思う、4 どちらかというと後払いす
ると思う、5 たぶん後払いすると思う、6 絶対後払いすると思う、の 6 段階で評定をしてもらった。
まず、12 万円の商品である(1)ブランドの時計、
(2)1 週間の資格講座、
(3)友人との国内旅行
から回答を求め、次いで、30 万円の商品である(4)最新の 3D テレビ、
(5)友人との海外旅行、
(6)家具について回答を求め、最後に、120 万円の商品である(7)結婚式の披露宴の費用、
(8)
結婚指輪、
(9)自動車について回答を求めた。
結果及び考察
図 1 は、平均評定値を示す。評定値が 3.5 以下の商品、すなわち前払いが好まれる商品は国内
旅行、結婚指輪、海外旅行、結婚披露宴代、資格講座であった。一方、評定値が 3.5 以上の商品、
すなわち後払いが好まれる商品は、家具、時計、テレビ、自動車であった。分散分析の結果、商
品間に有意差が見いだされ(F(8,1560)=50.76, p<.01)
、さらに、HSD 検定を用いた多重比較を
行ったところ、国内旅行、結婚指輪、海外旅行、結婚披露宴代、資格講座の商品群と家具、時計、
テレビ、自動車の商品群との間に有意差が見いだされた(MSe=1.82, 5%水準)。このように、結
婚指輪をのぞき、非耐久性商品は耐久性商品と比べて前払いされやすいことが見いだされた。
平
均
評
定
値
5
4.5
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
(3)
(8)
(5)
(7)
(2)
(6)
(1)
(4)
(9)
商品
図 1.各商品の平均評定値 (3)国内旅行、(8)結婚指輪、
(5)海外旅行、
(7)結婚披露宴代
(2)資格講座、(6)家具、(1)時計、
(4)テレビ、
(9)自動車
心理会計と結婚指輪の支払い
5
図 2 は、各商品の後払いを選択した調査対象者の割合を示す。1 絶対前払い、2 たぶん前払い、
3 どちらかというと前払い、を選んだ調査対象者を前払い選択者、4 どちらかというと後払い、5
たぶん後払い、6 絶対後払い、を選んだ調査対象者を後払い選択者として、後払い選択者の割合
を図示した。後払い選択者の割合が 50%以下の商品は国内旅行、海外旅行、結婚指輪、結婚披露
宴代、資格講座であり、後払い選択者の割合が 50%以上の商品は時計、家具、テレビ、自動車で
2
=151.2、p<.01)
、
あった。χ2 検定の結果、各商品に対する後払いのされやすさが異なること(χ(8)
及び図中で隣接する資格講座と時計の後払いのされやすさが異なること(χ2(1)=8.70、p<.01)
が見いだされた。このように、この測度でも、結婚指輪をのぞき、非耐久性商品は耐久性商品と
比べて前払いされやすいことが確認された。
このように、非耐久性商品は耐久性商品より前払いされやすいという蜂屋(2009a)の予測が、
評定法を用いた場面でもほぼ確認された。しかし、耐久性商品である結婚指輪が前払いされやす
いことも見いだされた。この事実は、蜂屋の予測に全く反する。
何故、耐久性商品である結婚指輪の前払いが好まれたのだろうか。結婚指輪が結婚式という儀
式で交換される特別な商品だからだろうか。蜂屋の予測から結婚指輪という商品を考えてみよう。
本研究では、6 ヶ月後の購入予定の 9 つの商品について、それらを、前払いするかそれとも後払
いをするかを、調査対象者に尋ねている。そこでは、暗黙に調査対象者がその商品を自分用に購
入することが想定されていた。しかし、結婚指輪は通常パートナーと交換する商品であり、本研
究の調査対象者も結婚指輪をプレゼント用と捉えた可能性が有り、そのことが本結果に影響を与
0.8
0.7
0.6
後
払
い
の
割
合
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
(3)
(5)
(8)
(7)
(2)
(1)
(6)
(4)
(9)
商品
図 2.各商品の後払いを選択した調査対象者の割合 (3)国内旅行、
(5)海外旅行、
(8)結婚指輪、
(7)結婚披露宴代、
(2)資格講座、
(1)時計、
(6)家具、
(4)テレビ、
(9)自動車
蜂屋
6
真
えたのかもしれない。事実、本調査が行われたクラスと別なクラスで、6 ヶ月後に結婚指輪を買
うという文章を読んで、この文章が指輪を自分用に買うことを意味するのか、それともパートナー
用に買うことを意味するのかを尋ねたところ、63 人中 58 人がパートナー用と回答した。
もし結婚指輪をプレゼント用に購入するとしたら、支払いの観点から考えてみて結婚指輪は、
非耐久性商品と同じ特性を持つことになる。すなわち、非耐久性商品を後払いすると、イベント、
すなわち商品・サービスの消費は終了しているが支払いだけが残るという事態が生じるが、この
ことが結婚指輪にも起きることになる。このような事態を回避したいという心理会計が、耐久性
商品である結婚指輪にも働いた可能性が有る。このことを調査Ⅱで検討する。
Ⅲ.調査Ⅱ
方法
日時:2012 年 11 月
調査対象者:平均年齢 19.3 歳の大学生 128 名(男子 95 名、女子 33 名)
調 査 手 続:心理学の授業中に質問紙を配布し回答を求めた。調査Ⅱの教示文として、調査Ⅰに
用いた教示文の最後に、
“また、自分用に買う場合と、友人(生活を共にしない人)あるいは婚約
者にプレゼントする場合で、代金の支払いをどうされるでしょうか?”という文を付け加えたも
のを使用した。半数の調査対象者に、自分用商品として、
(1)ブランドの時計(12 万円)
、
(2)
最新の 3D テレビ(30 万円)、
(3)家具(30 万円)
、(4)結婚指輪(120 万円)
、
(5)自動車(120
万円)について、調査Ⅰと同様の、1 絶対前払いすると思う、2 たぶん前払いすると思う、3 どち
らかというと前払いすると思う、4 どちらかというと後払いすると思う、5 たぶん後払いすると
5
4.5
4
3.5
平
3
均
評 2.5
定
2
値
1.5
プレゼント用
自分用
1
0.5
0
(1)
(4)
(2)
(3)
(5)
商品
図 3.各商品の平均評定値 (1)時計、
(4)結婚指輪、(2)テレビ自動車、
(3)家具、
(5)自動車
心理会計と結婚指輪の支払い
7
思う、6 絶対後払いすると思う、の 6 段階評定で回答してもらった。次いで、プレゼント用商品
として上述の 5 商品の支払いに回答してもらった。残りの半数の被験者には、まずプレゼント用
商品に回答してもらい、次いで自分用商品について回答してもらった。
結果及び考察
図 3 は、平均評定値を示す。自分用に耐久性商品を購入した場合すべての商品で評定値が 3 点
以上の値をとるが、プレゼント用に耐久性商品を購入した場合で、自動車をのぞき、2 点代の値
であった。自分用に商品を購入した場合とプレゼント用に商品を購入した場合で、支払いの仕方
が異なるかを t 検定によって検討したところ、すべての商品で有意差が認められた(時計:t(127)
=3.68, p<.01; 結婚指輪:t(127)=3.51, p<.01; テレビ:t(127)=3.85, p<.01; 家具:t(127)=3.77,
p<.01; 自動車:t(127)=4.84, p<.01)
。
このことは、耐久性商品であってもプレゼント用に購入される場合、自分用に購入される場合
より、前払いされやすいことを示している。すなわち、耐久性商品であってもプレゼント用に購
入される場合、その商品の性格が非耐久性商品に類似するようになる。
図 4 は、各商品の後払いを選択した調査対象者の割合を示す。調査Ⅰと同様に、1 絶対前払い、
2 たぶん前払い、3 どちらかというと前払い、を選んだ調査対象者を前払い選択者、4 どちらかと
いうと後払い、5 たぶん後払い、6 絶対後払い、を選んだ調査対象者を後払い選択者として、後払
い選択者の割合を図示した。自分用に商品を購入した場合とプレゼント用に商品を購入した
0.8
0.7
0.6
後
払 0.5
い 0.4
の
割 0.3
合
0.2
プレゼント用
自分用
0.1
0
(1)
(4)
(2)
(3)
(5)
商品
図 4.各商品の後払いを選択した調査対象者の割合 (1)時計、
(4)結婚指輪
(2)テレビ、
(3)家具、
(5)自動車
蜂屋
8
真
場合で、後払いのされやすさの相違をχ2 検定したところ、すべての商品で有意差、もしくは有意
な傾向が認められた(時計:χ2(1)=3.86, p<.05; 結婚指輪:χ2(1)=3.06, p<.10; テレビ:χ2
(1)=5.63, p<.05; 家具:χ2(1)=5.14, p<.05; 自動車:χ2(1)=5.02, p<.05)
。このように、こ
の測度でも、プレゼント用耐久性商品が自分用耐久性商品より前払いされやすいことが確認され
た。
調査Ⅰでは、耐久性商品である結婚指輪が、非耐久性商品と同様に前払いされやすいという結
果を得た。この結果とプレゼント用耐久性商品がより前払いされやすいという調査Ⅱの結果を合
わせて検討すると、調査Ⅰの結果が、調査対象者が結婚指輪をプレゼント用と理解し回答したこ
とを示唆する。
Ⅳ.議論
本研究は、評定法を用いた場面で、非耐久性商品が耐久性商品より前払いされやすいという現
象が確認できるかを検討する目的で行われた。調査Ⅰでは、非耐久性商品として国内旅行、海外
旅行、結婚披露宴代、資格講座を、耐久性商品として結婚指輪、家具、時計、テレビ、自動車を
用い、6 段階評定で前払い・後払いを尋ねた。その結果、結婚指輪をのぞき、非耐久性商品は耐
久性商品と比べて前払いされやすいことが見いだされた。調査Ⅱでは、耐久性商品である結婚指
輪が前払いされやすかった原因を検討するために、調査Ⅰで用いられた耐久性商品を用い、プレ
ゼント用に購入された場合と自分用に購入された場合で、前払いのされやすさに違いが見られる
かを調べた。その結果、後払いにすると支払い時に商品・サービスはなく支払いだけが残るとい
う非耐久性商品の特性をもつ、プレゼント用耐久性商品が、自分用耐久性商品と比べて、前払い
されやすいことが見出された。このことは、調査Ⅰの調査対象者が、結婚指輪以外の商品を自分
用商品として、結婚指輪をプレゼント用商品として回答したことを示唆している。従って、商品
が自分用として購入される限り、非耐久性商品は耐久性商品より前払いされやすいという現象が、
評定法を用いた場面でも確認できたといえよう。
Prelec & Loewenstein(1998)は、ある集団に旅行の前払い・後払いを尋ね、別の集団に家電の
前払い・後払いを尋ね、非耐久性商品は耐久性商品より前払いされやすいという現象を、最初に
見出した。用いられた技法は、スプリット法(split ballot technique)と呼ばれ(村田・山田・佐久
間、2007)、これは被験者間実験計画である。一方、同様な現象を見出した蜂屋(2009a、2009b)
は、3 つの商品すべての支払い方法を同一被験者に尋ねていた。これは被験者内実験計画である。
評定法を用いた本研究でも、この現象が確認された。従って、非耐久性商品は耐久性商品より前
払いされやすいという現象は、どのような手法を用いても確認できる頑健な現象であるといえる。
では、非耐久性商品が耐久性商品より前払いされやすいという現象は、非耐久性商品が前払い
されやすいため生じたのか、耐久性商品が後払いされやすいため生じたのか、それとも両方プロ
心理会計と結婚指輪の支払い
9
セスが同時に生起したため生じたのか、このいずれに基づく現象だろうか。図 2、後払いの調査
対象者の割合を示した図は、この問に解答を与える。前払い・後払いが相半ばする 50%ラインを、
非耐久性商品は大幅に下回るが、耐久性商品はわずかに上回るだけである。蜂屋(2009a、2009b)
でも、この傾向が確認されている。従って、非耐久性商品が耐久性商品より前払いされやすいと
いう現象は、非耐久性商品が前払いされやすいために生じたといえよう。
以上の質問紙実験及び調査で見出された知見が、今後現実の場面でも確認されうるかを検討す
る必要があるだろう。教育資金を前払いしていると考えることができる学資保険が、教育資金を
後払いしていると考えられる教育ローンに比べて、件数で上回っているだろうか。あるいは、宝
飾店で販売される指輪に関して、自分用に購入される指輪の方が、プレゼント用の指輪に比べて、
ローンが組まれる率が高いだろうか。この様な現実場面のデータの支持が、本研究結果の価値を
より高めると考えられる。
最後に、本調査結果を、行動経済学でたびたび論じられる、心理会計、フレーミング効果及び
サンクコスト効果の観点から論じておく。本調査では、非耐久性商品とプレゼント用耐久性商品
が前払いされやすいという結果を得た。これらの商品を後払いすると支払い時点ではコストに対
する便益はなく、コストと便益が記録される心理的口座は赤字になる。この赤字を避けるため、
非耐久性商品とプレゼント用耐久性商品は前払いされたと、心理会計から本調査結果を説明でき
る。また、本調査結果は、フレーミング効果ととらえることもできる。フレーミング効果とは、
問題の提示の仕方で、意思決定が異なるという現象である。本調査では、同一金額の商品の購入
に関して、非耐久性商品というフレームを与える場合と、耐久性商品というフレームを与える場
合で、前払い・後払いの意思決定が異なっていた。
サンクコスト(sunk cost)とは、回収不能になったコスト、すなわち今後便益を伴わない前払
いされたコストのことである。この様なコストを抱え、何とか便益を得ようとして、非合理な意
思決定をしてしまうことをサンクコスト効果と呼ぶ。コンコルドの誤謬はサンクコスト効果の事
例である。コンコルドは、英仏によって 1969 年に開発され、2003 年に退役した超音速旅客機で
ある。コンコルドは開発途上で騒音・航続距離等さまざまな理由で採算がとれないことが予測さ
れた。しかし、今までの開発費を無駄にしないため、更なる資金を投下しコンコルドを完成させ
た。結局、コンコルドは、莫大な赤字を抱えてしまった、商業的失敗事例になってしまった。本
調査では、調査対象者は赤字の心理的口座を抱えないため非耐久性商品を前払いし、コンコルド
開発者は赤字の心理的口座を抱えたため非合理な意思決定をしてしまったのである。
蜂屋
10
真
引用文献
1) Kahneman, D., & Tversky, A.:“Prospect theory: An analysis of decision making under risk” ,Econometrica, 47
(1979), 263-291.
2) 友野典男:『行動経済学:経済は「感情」で動いている』
(光文社新書、2006).
3) Thaler, R.: “Toward a positive theory of consumer choice”, Journal of Economic Behavior and Organization, 1
(1980), 39-60.
4) Tversky, A., & Kahneman, D. :” The framing of decisions and the psychology of choice,” Science, 22(1981),
453-458.
5) 蜂屋真:
「心理会計:商品の前払いに及ぼす耐久性、価値、および選好の効果」応用心理学研究、35(2009a)
1-8.
6) 蜂屋真:
「心理会計:耐久性商品と非耐久性商品の支払いの比較(1)
」応用心理学会第 76 回大会発表論
文集、(2009b)50.
7) Prelec, D., & Loewenstein, G. “The
:
red and the black: Mental accounting of savings and debt” Marketing Science,
17(1998), 4-28.
8) 村田光二・山田一成・佐久間勲編:
『社会心理学研究法』
(福村出版、2007).