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財団法人 国際金融情報センター
2005 年12月 1 日
トピックスレポート:ミャンマー(シンガポール事務所作成)
ミャンマーの国境貿易:国際的な闇金システムの実態
要旨
中国・タイ・ラオス・インド・バングラデシュの5カ国と国境を接したミャンマーは、88年の軍
事クーデターにより、従来の鎖国政策から開放政策に転換したものの、民主化には失敗し、
同国における人権問題を重視する欧米諸国から経済制裁を受けるなど、その国際的なビジ
ネス環境は厳しさを増している。このような状況下、中国・タイ・インドなどの近隣諸国は、豊富
な天然資源を持つミャンマーを重視し、経済援助など多方面からの支援を行うとともに、国境
を通じた貿易を活発化させている。
このように活発化する国境貿易に対する密輸の取締りが強化される中、独自の貿易規制を
とっているミャンマーにおいては、最近、シンガポール等の外国銀行を巻き込んだ形で新たな
貿易決済システムを利用した輸入の過少申告問題が生じている。
今回のレポートでは、国境地帯も含む現地出張によって得られた調査結果や体験を踏ま
え、ミャンマーにおける国境貿易及び貿易決済システムの実態を明らかにしたい。
1. はじめに:知られざるミャンマーの貿易実態
(1) ミャンマーは、中国・タイ・ラオス・インド・バングラデシュの5カ国と国境を接し、その国境線は
5,800kmに及ぶ。また、これら近隣諸国を合わせた人口は実に26億人となり、世界の約4割を占
めている。
(2) 社会主義に基づく鎖国政策を採っていたミャンマーは、88年に起こった軍事クーデターにより、
開放政策に転換したものの、民主化には失敗し、野党指導者のアウン・サン・スーチー女史を軟
禁したため、人権問題を重視する欧米諸国から経済制裁を受けるなど国際社会から孤立した状
況にある。このため、ミャンマーは、近隣諸国との国境貿易に力を入れてきている。
(3) しかし、ミャンマーの国境地帯は、かつて麻薬生産で有名であった黄金の三角地帯と呼ばれた
タイ・中国・ラオスとの国境が交わる地域を始め、交通の便が極めて悪いことに加え、ミャンマー軍
事政権が市場開放政策を推進しているとは言え、いろいろな面からの規制も多く、特に情報管理
は厳しく統制されており、ミャンマーの経済実態が分かりにくくなっている。このような事情から、こ
れまで国境貿易の実態の多くが謎に包まれてきた。
(4) 今回のレポートでは、国境地帯も含む現地出張によって得られた調査結果や体験を踏まえ、ミ
ャンマーにおける国境貿易及び貿易決済システムの実態を明らかにしたい。
2. 国境貿易の経緯と現状 : 経済制裁で重要性が増した国境貿易
(1) 1988年の軍事クーデターによって成立した現政権は、それまでの社会主義に基づいた鎖国
政策から市場経済に則った開放政策に転換し、それに合わせ、国境地点を通過する国境貿易を
正式に認めることとし、まず88年にはミャンマー貿易省(現在の商業省)傘下のミャンマー輸出入サ
ービス公社が中国雲南省の輸出入公社との間で国境貿易協定を締結し、89年から中国との間で
正規の国境貿易を始めた。その後、他の近隣諸国とも交渉を行い、94年1月にはインドと、同年5
月にはバングラデシュと、96年にはタイとの間で国境貿易協定を結び、国境貿易はミャンマーの
貿易の中で重要な地位を占めていった。
この結果、現時点では、中国5箇所、タイ4箇所、インド2箇所、バングラデシュ2箇所の合計13
箇所で国境貿易を行うことが認められている。
なお、88年以前の社会主義政権下では、法律上、国境貿易が禁じられていたが、事実上、政
府が黙認した形での密貿易として行われていた。
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(2) タイとの国境貿易協定が締結された96年には国境貿易の監督・促進を強化する観点から、商
業省のもとに国境貿易局が設立され、輸出入の許認可業務を行ってきた。また、2001年には、国
境貿易の取締りを強化する観点から、税関・警察・軍で構成する国境安全・検査連隊が創設され、
密輸等の取締りを行ってきた。
さらに05年に入ると、全国13箇所の国境地点における行政組織を効率化するため、国境貿易
局のもと、関税局・歳入局・警察・入国管理局・ミャンマー経済銀行(MEB)の6つの部署を一元化
した国境貿易事務所に再編し、ワン・ストップ・サービスを提供している。
(3) 図1は、国境貿易局の統計に基づく95~03年度(年度=4月から翌3月)における国境貿易の
推移を表している。このグラフからも分かるとおり、95・96年度は輸入が輸出を大きく上回り、2.4
~2.5億ドルの貿易赤字を示していたが、96年に国境貿易局が設立され、国境貿易に対する監
督が強化された結果、97年度には輸入が半減する一方、輸出が3倍近くにも増加し、約0.5億ド
ルの貿易黒字を計上した。その後、多少の振れはあるものの、基本的に輸出入額ともに増加傾向
を示し、03年度には輸出約3億ドル、輸入約2億ドルとなり、約0.8億ドルの貿易黒字を計上して
いる。
図1 国境貿易の推移(95~03年度)
(万ドル)
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
-10,000
-20,000
-30,000
1995
1996
1997
1998
輸出
1999
輸入
2000
2001
2002
2003
貿易収支
(出典) 国境貿易局
(4) 図2は、通常貿易と国境貿易の輸出入額とともに、折れ線グラフにより国境貿易が通常貿易を
含む全貿易額に占める割合の推移を示している。このグラフからも分かるとおり、国境貿易局が設
立された96年以前は、輸出の場合、国境貿易のシェアは5%強であったのに対し、輸入の場合、
20%弱も占めていた。それが、97年には、輸出入管理が強化されたため、国境貿易の占める割
合は、輸出で15%、輸入で5%に逆転している。その後、国境貿易の占める割合は、02年までは、
輸出の場合、徐々に低下する一方、輸入の場合、徐々に上昇し、02年には輸出入とも10%弱と
なっている。しかし、03年に米国が経済制裁を強化したことにより、輸出を中心に貿易額が落ち込
む中、国境貿易の占める割合は輸出入ともに上昇している。国境貿易が貿易総額に占める割合
を他国と比較した場合、中国の場合、輸出入とも1%前後、タイの場合、輸出入とも2%前後であり、
ミャンマーにおいて国境貿易が重要な地位を占めていることを統計データが示している。
なお、通常貿易を含めた全貿易額(03年度)では、第1位はタイ、第2位はシンガポール、第3位
は中国となっており、この3カ国で全体の半分以上を占めている。また、全貿易に占める官の割合
は輸出で約4割、輸入で約3割となっている。
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図2 国境貿易が全貿易額(通常貿易+国境貿易)に占める割合(95~03年度)
<輸出>
(万ドル)
400,000
20
300,000
15
200,000
10
100,000
5
0
(%)
0
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
0
0
100,000
5
200,000
10
300,000
15
<輸入>
400,000
国境貿易
通常貿易
20
国境貿易のシェア
(5) 図3は、01年度における国別・国境地点別の国境貿易割合を示している。上記(1)で述べたと
おり、国境貿易が認められている地点は全国で13箇所あるものの、実際に貿易額が多く、税関が
上級職員をおいて取り締まりを行っている重要地点は、中国2箇所、タイ3箇所、インド1箇所、バ
ングラデシュ1箇所の合計7箇所となっている。
最近は、成長が著しい中国との国境貿易が拡大し続け、図4に示すとおり、03年度には国境貿
易全体の約4分の3を占めるに至っており、次がタイとの間で15%程度となっている。
図3 国別・国境地点別の国境貿易の割合(01年度)
インド
Tamu
バングラデシュ
Maungtaw
タイ
Kaw Thaung
中国
Muse
Myawaddy
Tachileik
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図4 国別の国境貿易の割合(03年度)
中国
タイ
インド
バングラデシュ
その他
(注)「その他」は統計上の誤差等
(6)それでは、次に、国別に貿易額の推移等について紹介しよう。
(a) まず中国との国境貿易は、上述した通り、88年にミャンマー最初の国境貿易協定が
締結され、雲南省との間で始まった。図5は中国との国境貿易の推移を示している。国
境貿易額は、96年にミャンマー・中国の両国政府が貿易管理・規制を強化したため、
97年度に輸入を中心に急減した。その後、輸出については、97年度以降、おおよそ
10~20%の伸びで順調に増加している一方、輸入については、96年度の反動から
97年度に倍増したものの、その後、01年度までは横ばいを示し、02年度以降にな
って、10~20%の伸びを示している。特に、近年は、欧米諸国からの経済制裁が強
化され、それらに代替するものとして中国製品の輸入が急増している。
中国への主な輸出品は豆類・水産物であり、主な輸入品は織り糸、日用雑貨、エンジ
ン、トラクターなどのほか、近年は家電製品が多くなっている。
また、ミャンマー最大の国境貿易地点であるムセーでは、国境貿易の促進を図るべく、
1.6k㎡の広さを持つ経済貿易特別区が建設され、近々、稼動することとなっている。
さらに、最近、ミャンマーの道路(約240km)整備により運送効率がラオスと比べ
大幅に改善したことを背景に、ミャンマーを経由した中国・タイ間の通過貿易(Transit
Trade)も盛んになってきている。これに加え、中国・インド間でもミャンマー北部の山
岳地帯を通過した通過貿易を検討している。山岳地帯を輸送することとなるものの、海
上輸送よりも時間が短縮され、特に中国・インドの場合、遥かマラッカ海峡を通過する
よりも1ヶ月以上も短縮されるというメリットがある。
図5 中国との国境貿易の推移(95~03年度)
(万ドル)
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
-10,000
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
-20,000
-30,000
輸出
輸入
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貿易収支
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(b) 次にタイとの国境貿易を見てみよう。95年度以降の推移を示している図6からも分
かるとおり、96年にタイとの間で国境貿易協定が締結され、正式に認められたことか
ら、96年度は輸入額が前年度の2.6倍に増加した。しかし、同年に国境貿易局が創設
されて輸出入管理が強化されたことに加え、アジア通貨危機の影響を受け、97・98
年度の国境貿易額は2年連続して約40%ずつ減少した。その後、徐々に回復し、01
年度には1.7億ドルを記録している。タイへの主な輸出品はミャンマーの鉱物資源(例
えば自動車部品の原料となる銅など)や農水産品であり、主な輸入品は鉄板・パイプ、セ
メント、ボルト・ナットなどの建設機器・設備機械などとなっている。
また、タイとの間では、統計上、通常貿易扱いになる場合が多い天然ガスの輸出が特
徴として挙げられる。99年からパイプラインを通じて、ミャンマーの天然ガスが輸出
されており、タイへの全輸出額(通常貿易を含む税関統計上の輸出額)の98%を占めて
いる。ミャンマーの税関統計によれば03年度における天然ガスの輸出額(主としてタイ
向け)は6億ドル弱に達している。タイとの国境貿易は、図3の通り、01年度の時点では、
マレー半島が細くなっているミャンマー南端の Kaw Thaung が最も多かったが、03年度以降は、
ヤンゴンとバンコク(ミャンマー・タイ両国の首都)を結んだ線上にある Myawaddy が最も多くなっ
ている。
(注) タイ側の統計によれば、03暦年におけるミャンマーからの天然ガスの輸入額は約7億ド
ルとなっている。
図6 タイとの国境貿易の推移(95~03年度)
(万ドル)
20,000
10,000
0
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
-10,000
-20,000
輸出
輸入
貿易収支
(c) インドとの国境貿易は、上述したとおり、94年に国境貿易協定が締結され、95年か
らミャンマーの Tamu とインドの Moreh の間で始められた。図7が示すとおり、95・
96年度は、他の国と同様、ミャンマー側にとって大幅な入超であったものの、国境貿
易の取締りが強化された97年度に輸出額が倍増して以降、貿易黒字が続いている。し
かし、97年にミャンマーが ASEAN に加盟したことや中国との国境貿易が活発化した
こともあり、インドとの国境貿易額は一時的に5分の1以下に減少した。しかし、
2000年度以降、国境貿易額も回復し、1000万ドル超を維持している。このよう
な状況の中、03年のインド商工大臣によるミャンマー訪問を契機に、インドからの経
済協力により鉄道・道路整備が進められたり、インド側から輸出信用枠が提供されたり
している上、05年1月にはバングラデシュを通じてインドまでパイプラインを敷き、
天然ガスを輸出する計画に関係3カ国が基本合意する(注)など、今後、交通が不便であ
ったインドとの国境貿易の促進が図られることが期待されている。インドへの主な輸出
品は、大型ねじや生姜などであり、主な輸入品は肥料となっている。
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(注) ただし、本計画は、現在、インド・バングラデシュ両国間の関係が悪化したため、暗礁に
乗り上げている模様。
図7 インドとの国境貿易の推移(95~03年度)
(万ドル)
3,000
2,000
1,000
0
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
-1,000
輸出
輸入
貿易収支
(d) バングラデシュとの国境貿易は、インドと同じ94年に国境貿易協定が締結された。
図8に示すとおり、バングラデシュへの輸出が全貿易額の約9割を占めており、大幅な
貿易黒字となっている。また、貿易額は、01年以降、2000万ドル超を維持してお
り、インドの約2倍となっている。バングラデシュへの主な輸出品は、穀物(米)、水産
物などであり、主な輸入品は肥料や化学染料などとなっている。
図8 バングラデシュとの国境貿易の推移(97~03年度)
(万ドル)
4,000
3,000
2,000
1,000
0
1997
1998
1999
輸出
2000
2001
輸入
2002
2003
貿易収支
(7) 最近は、アジア開発銀行(ADB)が中心となって進めている「メコン川流域総合開発計画(GMS
=Greater Mekong Subregion Economic Cooperation Program)」の効果もあり、メコン川を中心とし
たこれらの地域のインフラが整備されるとともに、経済も発展してきている。さらに、人権問題を重
視する欧米諸国から経済制裁を受けているミャンマーに対して、隣国の中国・タイ・インドでは、見
返りとしてミャンマーが持っている豊富な天然資源の供給を期待して、ミャンマーに対して経済援
助を申し出る一方、ミャンマー政府もこれらの国をうまく競わして経済援助を引き出している。この
ため、ミャンマーでは、最近になり、天然資源開発が急速に進展するとともに、インフラ整備も進ん
できている。今後、ミャンマーの国境貿易が大きく発展する環境が整ってきているといえよう。
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3. ミャンマー独自の貿易システムと国境貿易の規制
(1) ミャンマーにおいては、輸出先行政策という独自の貿易政策が採用されている。これは、輸入で
外貨不足に陥らないようするため、まず輸出を行うことで外貨を確保した上で、輸出で得られた外
貨の範囲内で輸入を認める制度である。その際、輸出に対して8%の商業税(Commercial Tax)と
2%の所得税(Income Tax)の合計10%の税金が課せられているため、輸入できる金額は輸出額
の90%までとなっている。
(2) 実際には、輸出業者と輸入業者の間で、この輸入する権利が売買されており、そのための市場
まで出来上がっている。具体的には、この輸入権は為替交換という形式で売買されており、貿易
業者の話では、例えば05年9月の調査時点における為替レートが1ドル=1280チャットであった
ところ、輸入権の売買価格は、税金分10%が上乗せられた1ドル=1400チャット程度で売買され
ているとのことである。この輸入権を用いれば、L/Cを利用した正規の輸入が可能となる。
この輸出先行システムは、通常貿易・国境貿易のいずれにも適用される。
(3) 国境貿易については、上述した輸出先行システムに加え、貿易禁制品の規制を課している。政
府関係者によれば、輸出については自国内での需要を満たせなくならないようにするため、また、
輸入については自国産業を保護するため、法律上、32品目の輸出禁制品、15品目の輸入禁制
品を指定して、輸出入を原則禁止した上で、その時々の状況に応じて、ケース・バイ・ケースで輸
出入の許可を与えているとのことである。実際、輸出禁制品に指定されている米についても、政府
の許可を得た上で、バングラデシュと国境を接している Rakhine 州から船を使って輸出されてい
る。
なお、主な輸出禁制品は、農産物(米・砂糖・、ゴマ・ピーナッツ等の油、綿等)、鉱物(石油・金・
ヒスイ・真珠・ダイヤモンド等)、動物関連製品(象牙・水牛・象等)、水産物(海老)、林産品(ゴム・チ
ーク材)、武器、骨董品などとなっている。また、主な輸入禁制品は、食料品(調味料・ジュース・ビ
スケット・缶詰等)、アルコール(ビール・酒)、タバコ、果物、プラスチック製品となっている。
4. 国境貿易の取締り強化 : 密輸撲滅が至上命題
(1) ミャンマー政府は、通常貿易・国境貿易にかかわらず、正規の手続きを経た貿易を促進し、密
輸を厳しく取り締まる方針を採っている。特に国境貿易の場合、国境が長く、政府の監視が届きに
くい上に、国境貿易の場合、L/Cを用いて銀行決済を行う通常貿易と異なり、後述するとおり、
①現金決済、または②当事者間での輸出入額の相殺(事実上の物々交換:barter trade)による決
済が大部分を占めているため、貿易管理が難しく、密輸が行われやすい環境にあり、政府側の不
信感は高い。
例えば、政権内での対立から04年10月にキン・ニュン前首相が汚職容疑で更迭された際も、
最も国境貿易額が多い中国との国境地点の Muse において不正行為に関与していたことが更迭
理由に挙げられているほどである。
このため、国境貿易事務所の近郊では事務所職員によるパトロール・チームが巡回を行ってい
るほか、国境貿易事務所から離れた場所については軍・警察・地方政府が密輸行為の取締りに
当たるなど、国境貿易に対する取締りは厳しさを増している。
また、幹線道路にはチェック・ポイントを設け、税関書類をチェックしたり、積荷を調べたりしてい
る。現地の貿易関係者からは、このチェック・ポイントでの検査は、正規の税関手続きを踏んでい
れば、30分から1時間程度行われるので、それほどの手間ではないという話がある一方、チェック・
ポイントの数が多く、全部合わせると相当な時間的なロスとなっているという話も聞かれた。
(2) さらに、ミャンマー政府では、密輸防止効果を高める観点から、国境貿易についても、通常貿易
と同様の手続き(すなわちL/Cを用いた銀行振替決済)を行うよう指導し始めた。そのため、まず
手始めに、最も国境貿易額が多い中国との国境地点の Muse を対象として、中国側では中国銀行
(Bank of China)、ミャンマー側では外国貿易銀行(MFTB)または投資商業銀行(MICB)を通じて銀
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行決済を行うなど、細かい貿易手続きを定めたMOUを締結しており、この結果、現在のところ、
Muse における国境貿易額のうち約6割が通常貿易の手続きに従って行われるようになっている。
(3) このようにミャンマー政府が国境貿易の取締りを強化しているため、現地貿易関係者からは、最
近は密輸が減少しており、正規の手続きを踏んで貿易を行っている業者からみれば商売がしやす
くなったという歓迎の声が上がっている一方、これで問題が全て解決した訳ではないとの話も伝わ
ってきた。
5. ミャンマー独自の貿易決済システム : 取締り強化に対抗する新たな不正行為
(1) ミャンマーにおいては、外国貿易銀行により公表される公定レート(1 ドル=6チャット前後)、中
央銀行のライセンスを得た正規の両替商による為替交換レート(1ドル=450チャット前後)のほか、
広く一般に取引される闇市場における両替レート(1ドル=1200チャット前後)があるなど、いわゆ
る多重為替レート制度となっている。また、国有銀行3行(外国貿易銀行(MFTB)、投資商業銀行
(MICB)、経済銀行(MEB)の3銀行)にしか外貨の取扱いが認められていない。このため、前述し
たとおり、外国との銀行決済は、本来、国有銀行を通じて行われることとなるが、当然のことながら、
市場レートとは掛け離れた為替レートが使われる。
このような事情があるため、05年5月31日付のトピックス・レポート「タイの国境貿易の現状:闇
の金融業者が暗躍する世界」に示したとおり、ミャンマーでは、現金決済、貿易業者間の相殺決
済のほか、非公認の決済業者を利用した闇の決済システム(いわゆる Hundi System)ができ上がっ
ている(図9参照)。この闇の決済システムは、可能な限り国内外間の資金移動を行わないですむ
ように、ミャンマー国内と国外において資金の受払いの不均衡が生じないようにしており、外国で
働くミャンマー人労働者が稼いだ資金を家族に送金する際や、闇に隠れた資金送金(すなわち密
輸の決済)などに利用されている。
図9
タイ・ミャンマー間の非公式資金決済システム(図式モデル)
ミャンマー国内
ミャンマー・キャット
ミャンマー・キャット
非公認決済業者
(Unauthorized Clearing Agent)
ミャンマーキャット
ミャンマーの輸出業者
ミャンマーの輸入業者
物品
ネット決済
電話
国境
物品
タイ・バーツ
タイの輸入業者
タイ・バーツ
タイ・バーツ
商業銀行 (Commercial Bank)
タイ・バーツ
非公認決済業者
タイの輸出業者
タイ・バーツ
(Unauthorized Clearing Agent)
タイ国内
(2) しかし、前述したとおり、最近はミャンマーでは国境貿易を中心に取締りが強化され、本当の意
味での密輸が減少してきており、それに代わって、正規の手続きを踏みながら、輸入額を過少に
申告する方法がとられており、この問題が俄かにクローズ・アップされてきている。特に、この輸入
過少申告問題は、シンガポール等の外国銀行を巻き込んだ形で新たな貿易決済システムを作り
上げている点が特徴的である。
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(3) この輸入過少申告問題が起こる背景には、上記3(1)に示した輸出先行政策がある。ミャンマー
の輸入業者は、市場における為替相場より税金分の10%も高い輸入権を購入する必要があるた
め、輸入申告額をできるだけ少なくし、輸入権の使用を抑えようとしている。このため、輸入業者は、
輸入権に基づいて輸入する金額を過少に申告した上でL/Cを用いて銀行決済を行うとともに、
実際に輸入のために支払うべき金額との差額については別決済するという二重請求書を用いた
決済方法を採っている。なお、この場合の別決済では、現金を使ったり、シンガポール・マレーシ
アを巻き込んだ多国間決済を利用している。また、輸出入の相殺による物々交換の場合もある。
このような不法行為に対して、ミャンマー政府は、05年8月以降、輸入評価額の修正指導、す
なわち過少申告(undervalue)の取締りを強化している。
(4) 図10は過少申告による実際の輸入手続きの流れを模式化したものである。
①
ミャンマーの輸入業者は、市場を通じて輸入権を購入し、その代金をミャンマー人が輸入す
るための前払金として銀行に入金する。この時、シンガポール等の外国の銀行から請求書を二
重に発行してもらい、少ない金額の請求書に基づいて輸入代金の申告を行う。
②
過少申告された輸入代金については、L/Cを用いて銀行決済する(実線で示した決済)。な
お、L/Cを用いた銀行決済は、ミャンマーでは国営銀行しか行うことはできない。また、その際、
中国との取引の場合は中国銀行(Bank of China)を、タイとの取引の場合はタイ輸出入銀行を通
じて銀行決済が行われている。
③
実際に支払うべき輸入代金と過少に申告された輸入申告額の残金は、シンガポール等にお
いて銀行決済により清算されたり、あるいは運送業者(Shipping 業者)が輸出業者の代わりに現
金(通常は米ドル)で回収するのが一般的である。特に、二重請求書による過少輸入申告につ
いては、シンガポールの地場銀行(DBS・UOB・OCBC)が深く関与している模様である。
図10 過少申告による輸入手続き・決済の流れ(模式図)
輸入権の売買市場
(為替相場よりも1割程度高め)
為替相場=1,280Ky/$の時
1,400Ky/$程度で売買
ミャンマー政府(商務省)
ミャンマーの輸出業者
物品
輸入許可申請
ミャンマーの輸入業者
国営銀行 (State Owned Bank)
物品
L/C+銀行決済
L/C+銀行決済
輸入代金の差額回収
運送業者
二重インボイスの発行
商業銀行 (Commercial Bank)
外国の輸入業者
(シンガポール等の銀行)
(注)ヒアリングに基づき山沖が作成。
外国の輸出業者
(5) このような事態を受け、最近では、本当の意味での密輸取締りに加え、国境地点では輸入品の
過少申告も含めた積荷チェックが強化されている。
他方、国境地帯の多くは山岳地帯にあることから、国境貿易における密輸はそれら少数民族の
利権となっていることが多く、いかに政府が取締りを強化しても容易にはなくならないという話も聞
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かれた。
(6) 決済通貨については、03年の米国による経済制裁発動を受けて、ミャンマー政府はユーロの
使用を勧めているが、実際には、米ドルによる決済が通常である。ユーロの場合、米ドルを介して
外貨交換する必要があり、そのために5~6%の手数料が多くかかるので、ほとんど使われていな
い。また、タイとの銀行決済ではタイ・バーツだけではなく、シンガポール・ドルで行われることも多
い。
なお、国境地帯における現金決済では、相手国の通貨(例えば、中国との国境であれば人民
元、タイとの国境であればタイ・バーツ)が使われている。
6. 国境地帯における貿易実態 : 有名ブランド品の安売り市場の実態
(1) 最近は、国境地帯における交通網が整備されてきている上、密輸取締り強化に伴い闇の貿易
額が表に出てきている効果も加わり、国境貿易の金額は増加傾向にある。また、前述したとおり、ミ
ャンマーを経由した中国・タイ間、中国・インド間の通過貿易も始まり、国境地帯は徐々に活況を
呈してきている。
(2) 国境貿易で、特に最近注目されていることは、陸路で国境を通過した方がはるかに早くかつ安
く運送できるという点である。現地の貿易業者によると、例えば、タイ・バンコクからミャンマーの首
都ヤンゴンまで貨物を輸送する場合、船便を使うとシンガポールを経由して約1ヶ月かかり、航空
便を利用しても、通関のためにバンコクで2日間、ヤンゴンで2日間留め置かれるので、5日間はか
かる。しかし、陸路を使って輸送した場合、ミャンマー国内は未だに道路が整備されていない上、
交通規制が厳しいものの、国境地点における通関を含めても3日しか掛からない。
前述したとおり、今後、ADB主導で実施されているGMSプログラムに基づき、インドシナ半島
におけるインフラの整備、特に道路網の整備が進展するに従い、国境越えによる陸送の重要性が
高まるものと見込まれる。
(3) ここで、05年9月に出張したタイとの国境地帯における国境貿易の実態を紹介したい。黄金の
三角地帯と呼ばれ、タイと国境を分けているメコン川との間に友好橋が掛けられているタチレクと
いう町には国境貿易事務所が設置されている。ここには、少なくともDFS(Duty Free Shop)が2箇
所あり、タイからの旅行者を相手に、有名ブランド品を破格の安値で売っている。一例を挙げれば、
エルメスの財布が400バーツ(約1100円)、グッチのハンドバッグが1,000バーツ(約2800円)であ
る。
業界関係者によれば、中国製の有名ブランド品を大量に輸入することによって、格安で仕入れ
ることができるため(物によって仕入れ価格は販売価格の約6割)、このような価格で販売しても十
分利益が得られるとのことである。
(4) また、国境貿易事務所近くの市場では、ミャンマー産の農産品のほか、中国製やタイ製の日用
品・衣料品から家電製品やDVD等の海賊版まで、いろいろなものが所狭しと売られている。中に
は、日本メーカーのブランドがついた家電製品も売られているが、このブランド・マークが曲者であ
る。業界関係者によれば、中国にある日系家電メーカーの工場で製造された商品の横流し品であ
る可能性が高いということである。事実、ある日系家電メーカーの製品を購入したところ、店先に並
べてある商品の新品を店の奥から持ってきてくれる。その際、当該商品にはロゴマークが入ってお
らず、正常に動くことが分かり、購入することが決まった時点で、ロゴマークが貼り付けられ、晴れて
日系家電メーカー製品となる。中国のWTO加盟に伴い、最近は、知的財産権の保護が強く叫ば
れている関係から、偽ブランド商品の取締りが厳しくなってきたため、製品本体とロゴマークを別々
に入荷することで対処しているとの話である。
7. 最後に : 政治リスクがネックとなっているミャンマー経済の発展
(1) これまでに述べたとおり、民主化要求勢力である国民民主連盟のアウン・サン・スー・チー書記
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2005 年12月 1 日
長の自宅軟禁に代表される現政権による人権問題に対する欧米諸国からの批判は高まっており、
米国による経済制裁を始め同国を巡る国際環境は厳しさを増している。
(2) その一方で、天然ガスを始め天然資源に恵まれたミャンマーの経済的価値は高まっており、隣
国の中国、タイ、インドを先頭に、各国が同国の天然資源開発に参入したり、経済開発援助を申
し出るなど、同国との関係強化に努めている。特に、近隣3カ国の経済援助により、道路などのイ
ンフラ整備が進められており、ミャンマーを経由して中国・インドシナ半島と南アジアが高速道路で
結ばれる日が訪れるのもそれほど遠くはない。
また、前述したとおり、アジア開発銀行(ADB)主導の「メコン川流域総合開発計画(GMS)」の進
展に伴い、早ければ06年にはベトナムのダナンからタイを経由してミャンマーとの国境のミヤワデ
ィまで高速道路(東西経済回廊)が整備される予定である。
(3) さらには、ミャンマー・タイの関係強化の効果もあり、最近、新たな投資先として、俄かにタイとの
国境地帯が注目され始めている。経済・文化圏的にはタイの影響を受けながら、安価なミャンマー
労働者を使うなど、コスト削減が図れるというメリットが挙げられている。
(4) ミャンマーには大きな政治リスクがあるものの、豊富な天然資源を持ち、安価かつ多くの労働者
を抱えるミャンマー経済の魅力は、少しずつではあるが徐々に高まっており、今後の発展が期待さ
れる国・地域として俄かに注目度が上がっており、目が離せなくなっている。
参考レポート
z トピックスレポート 2005 年 4 月 11 日付「中国(雲南省)による東南アジアとの国境貿易の実態」
z トピックスレポート 2005 年 5 月 31 日付「タイの国境貿易の現状:闇の金融業者が暗躍する世
界」
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