ノート PC を用いた低コスト・ポータブル・サーバー・システム の構築と実践 鈴木悠平*1・三浦靖一郎*2・布施雅彦*3 Email: [email protected] *1: 広島工業大学 情報学部 情報工学科 *2: 徳山工業高等専門学校 機械電気工学科 *3: 福島工業高等専門学校 一般教科 ◎Key Words 公開講座,Wi-Fi 機能,携帯端末 1. はじめに 近年,大学を中心に e-learning 教材が数多く作成・利 用されるようになってきた.また,これと同様に,初 等教育機関および中等教育機関向けの公開講座用教材 も作成されるようになり,その実践例も報告されてい る.ICT 技術と e-learning 教材の多様化により,周辺に 高等教育機関がない僻地においても,一定水準の講座 が受講できるようになりつつある. しかし,僻地の教育施設や公共施設で e-learning 教材 を利用する場合,ネットワーク環境が未整備,あるい は,設備があっても使用用途が限定されていたり,サ ーバー管理者やネットワーク管理者が不在で利用が制 限されていたりしているところも尐なくなく,実際に 教材を利用できる環境が整っていないなどの問題点も 存在する. そこで,ネットワーク環境が十分使用できない中で も e-learning 教材を利用できるように,ノート PC を独 立したサーバーとし,PC 内蔵の Wi-Fi 機能をアクセス ポイントとして,ごく小規模のネットワークを構築す るポータブル・サーバー・システムを考案した. 今回,ポータブル・サーバー・システムの構築方法 と,ネットワーク環境がない場所やその利用に制限が ある場所において実施した小中学生向けの公開講座で の利用法について報告する. 2. ポータブル・サーバー・システム 2.1 導入目的と動作原理 携帯端末を用いた一般的な e-learning システムの概略 図を,図 1 に示す.一般的に,サーバーは一定の場所 に固定して使用するため,利用者が携帯端末を利用し てサーバーにアクセスするにはネットワーク上に存在 するアクセスポイントを介して,外部ネットワーク上 にあるサーバーへ接続することになる.つまり,サー バーを利用するにはサーバーまでのネットワーク回線 が必要となり,ネットワークやアクセスポイントが整 備された環境が必要になる. このため,まだネットワーク環境が整っていない場 所や環境があっても様々な利用制限があるところでは, e-learning 教材は利用できない.そこで,ネットワーク 環境が未整備なところでも e-learning 教材を有効活用す るため,安価・設定が比較的簡単・持ち運び可能とい う条件を満たすポータブル・サーバー・システムを考 えた. このシステムは,持ち運び可能で安価であるノート PC を外部ネットワークに依存しないスタンドアローン 型のサーバーとして使用し,ノート PC が持つ Wi-Fi 機 能をアクセスポイントとしてごく小規模の閉じたネッ トワーク環境を構築するものである. 図1 一般的な e-learning システムの概念図 図 2 に,ポータブル・サーバー・システムの概念図 を示す.ここでは,ポータブル・サーバーとなるノー ト PC 自体がサーバーとアクセスポイントの両方の役 割を果たすので,ノート PC を中心にその Wi-Fi 機能に 応じた任意の空間で e-learning 教材等の活用ができる. 図 2 ポータブル・サーバー・システムを用いた e-learning システムの概念図 ただし,この方法だとノート PC がサーバー機能と携 帯端末との通信を一手に引き受けることになるため, 負荷がかかりやすくなり,動作安定性に欠ける欠点が ある.そこで,ノート PC に外部アクセスポイント(無 線 LAN ルーター)を設置して動作の安定化を図った. そのシステムの概念図を図 3 に示す. アクセスポイントは専用ハードなので,図 2 のシス テムと比較すると多尐の負荷がかかっても安定して動 作する.また,ポータブル・サーバーからアクセスポ イントまでの接続は安定性やスループットの面から LAN ケーブルを用いた有線接続のほうが有利であるが, 無線接続でも問題はない.無線接続の場合は,高速な 通信規格に対応したもの(たとえば,IEEE 802.11g や IEEE 802.11n など)を使用すればよい. 図 3 のシステムを利用することで,ネットワーク環 境が不十分な場所でも,サーバーに依存するソフトウ ェアなどを任意の場所で使用することができる. 図 3 ポータブル・サーバー・システムを用いた e-learning システムの概念図(改良版) 2.2 構成機器 ポータブル・サーバー・システムを構築するのに必 要なシステム構成例を,表 1 に示す.このシステムは, 基本的にノート PC, サーバー・ソフトウェア, 無線 LAN ルーター,携帯端末があれば動作するので,比較的安 価に学習に必要なネットワーク環境が整えられる. 表 1 ポータブル・サーバー・システムの構成例 使用機器・条件 名称・説明 Acer Aspire Timeline ノート PC と AS3810T-H22F Windows Vista Home Premium 搭載 OS (32bit) SP1 サーバー ソフトウェア Apache2.2,PHP5 MySQL5,PHPMyAdmin 無線 LAN ルーター PLANEX MZK-W04G-PK 携帯端末 SONY PSP シリーズ Apple iPod touch また,このシステムは,システムの利用者のレベル に応じて各種カスタマイズできるが,今回は一般的な 利用者が簡易的にも使えることを考慮し,普及度が高 く,使い慣れたクライアント用 OS(Windows)に各種 サーバー・ソフトウェアをインストールとして利用す る.クライアント用 OS(Windows)を使用する場合, OS のバージョンに応じてサーバーに同時接続できる 端末数に制限があり,解答時間を競うような利用法に は不向きである.本格的に利用するのであれば,OS に サーバー用 OS や Linux を導入する必要がある. 2.3 構築手順 ポータブル・サーバーの構築手順を表 2 に,アクセ スポイントとなる無線 LAN ルーターの設定手順を表 3 に示す. このシステムを構築には, 一般的な家庭内 LAN と同様な手順をとるが,ポータブル・サーバーが LAN の中にあるため WAN 側の設定は不要となる. 表2 ノート PC の初期設定(Windows Vista Home Premium の例) # 説明 (1) コントロールパネル →「ネットワークとインターネット」 →「ネットワークの状態とタスクの表示」 (2) 左側「タスク」→「ネットワーク接続の管理」 (3) 「ローカルエリア接続」 (右クリック) →「プロパティ」 (4) 「インターネット プロトコル バージョン 4(TCP/IPv4)」 (右クリック)→「プロパティ」 (5) IP アドレス,DNS サーバーのアドレスの 両方とも「自動的に取得する」に設定 # (1) (2) (3) 表 3 無線 LAN ルーターの初期設定 説明 無線 LAN ルーターの LAN 側アドレスを調査 (ここでは 192.168.0.1 とする) ブラウザでルーター(http://192.168.0.1/)に接続 ルーターの DCHP サーバー機能を有効に設定. サーバー・アドレスを 192.168.0.2 に固定するた め,自動割り当て開始 IP アドレスを 192.168.0.20 に設定(余裕を持たせる) 無線 LAN アクセスポイントを設定. SSID に名称(ここでは rocket_AP)を付与. (4) (5) 無線 LAN のセキュリティの設定. 認証方式:WPA-PSK/WPA2-PSK mix mode PASSWORD 暗号化方式:TKIP/AES mix mode パスフレーズ:任意の文字列 次に,ノート PC にサーバー・ソフトウェア類をイン ストールして,そのポータブル・サーバー化をする手 順を表 4 に示す. # (1) (2) 表 4 ノート PC のポータブル・サーバー化 説明 XAMPP for Windows を用意. (1)の installer を起動し Install ボタンを押す. →コマンドプロンプト画面の表示 → y/n(yes/no)回答モードへ移行.標準の回 答を選んでエンターキーを入力 無線 LAN ルーターの管理者の設定,MySQL の管理 者パスワード等,セキュリティの設定は当然する必要 がある.また,ノート PC にファイヤーウォールソフト ウェアをインストールしている場合,インストールし た Web サーバー・ソフトウェアが使用する通信ポート を使用できるように設定する. 以上でポータブル・サーバー・システムの構築は完 了する.表1の構成例をもとに構築したポータブル・ サーバー・システムを図 4 に示す.一見すると普段と 変わらない PC の使用風景に見えるが,内部ではサーバ ー・ソフトウェア類が動作しており,立派な移動サー バーが構築されている. y/n 回答モード後,選択肢モードへ移行 X キーを入力後,エンターキーを押し終了. (3) (4) (5) desktop 上のアイコンから XAMPP Control Panel を起動後,Apache と MySQL を起動. Windows ファイヤーウォールの警告が出た ら, 「ブロックを解除する」を選択. ブラウザで,ポータブル・サーバー (http://localhost/)に接続して「日本語」を選択. セキュリティ設定画面を開き,MySQL と XAMPP ディレクトリへのアクセス用パスワー ドを設定. (セキュリティ上重要な設定) (6) ブラウザを閉じ,再度 http://localhost/に接続. セキュリティ設定が OK なら認証画面表示. (7) (8) PHPMyAdmin へアクセスし,正しいユーザー 名とパスワードでログインを確認. (9) 表 2 手順(6)の画面で,設定を次のように変更. IP アドレス:192.168.0.2 サブネットマスク:255.255.255.0 デフォルトゲートウェイ:192.168.0.1 優先 DNS サーバー:192.168.0.1 図 4 ポータブル・サーバー・システム 今回,このポータブル・サーバー・システムの動作 確認とその利用法を検証するため,サーバー・ソフト ウェアを用いて,簡単なテストを行う簡易 e-learning シ ステムを作成し,小中学生向け公開講座での確認テス トに使用した.簡易 e-learning システムは,PHP スクリ プトを利用し,採点や解説,受験者毎の成績の保存を 簡易的に行うことができるものとした.一般的な学習 管理システム(LMS)ほどの機能は無いが,ユーザー登 録・選択問題作成・解説作成・解答作成など必要最小 限の機能を簡単に設定できるように工夫した. 簡易 e-learning システムのページへアクセスした時の iPod touch における表示画面を図 5 に示す.公開講座参 加者に個別に与えたユーザーID とパスワードを入力し て,確認テストへ移るようになっている. 図 5 簡易 e-learning システムのページ表示例 ソフトウェアのインストールには,Windows に Apache,MySQL,PHP,PHPMyAdmin 等を1つのパッ ケージにした XAMPP for Windows を利用すると便利で ある.ソフトウェアのインストール後,サーバー・ア ドレスの固定を行う. 3. 公開講座における活用実践 本グループは,高専生を中心とした理科普及団体(未 来科学研究会イグナイティア)を 2003 年度より立ち上 げ,地元の小中学生とその保護者を含む一般市民向け に,出張を含む科学講座を実施している.その中でも, モデルロケット講座の人気が高い. このモデルロケット講座は,モデルロケットを通し て日常接することができる科学に触れてもらおうとい う趣旨で実施しており,座学・確認テスト・ものづく り・フィールドワークといった一連の過程を 1 日かけ て実施するものである.モデルロケット講座の学習内 容を表 5 に,その講座の様子を図 6 に示す. モデルロケット教室では,座学終了後に,日本モデ ルロケット協会(JAR)のモデルロケット 3 級従事者程 度の確認テスト(選択式)を実施しているが,2008 年 度までは紙ベースで行っていたため,確認テストの採 点や集計に参加者数に応じた人員や時間を費やしてい た.また,出張講座を行う際に,ネットワーク環境が 未整備のところも多いのが現状であった. そこで,この問題を改善して講座運営の効率化を図 るため,2009 年度よりポータブル・サーバー・システ ムを導入することにした. 表 5 モデルロケット教室の学習内容 項目 内容 モデルロケットの基本構造 モデル エンジンの基本構造 ロケット エンジンの利用法・難燃紙 工学 I ロケットの推進原理 宇宙速度・無重量状態 モデルロケットの安全装置 モデル モデルロケット打ち上げ技術 ロケット 高度測定法(三角法による) 工学 II 自作ロケットの基本事項 火薬類取締法に基づく取扱い 安全な取扱い 協会の自主消費基準・航空法 筆記試験 選択式(上記 3 項目の内容) 実技 モデルロケット・キット組立 実習 打ち上げ実習・定点着地競技 図 6 モデルロケット講座の風景 実際にシステムを導入した講座は,2009 年8月1日 の福島県いわき市主催「発明発見教室」 (小中学生とそ の保護者 32 組 70 名)と,2009 年 11 月 21 日の福島県 いわき市立草野公民館主催「くさのチャレンジクラブ」 (小学生 12 名)の2回である. ポータブル・サーバー・システムの簡易 e-learning シ ステムを利用した確認テストの iPod touch による結果 表示を図 7 に示す. 図 7 簡易 e-learning システムのテスト結果表示 実際に公開講座の確認テストで用いた携帯端末は, 子供たちに馴染みが深い SONY 社製 PSP である.動作 的には,アクセス集中によって応答に尐々時間がかか ると時もあったが,受講者全員のテスト結果がサーバ ー側にも保存され,受講者側にも表示されていたこと から,全般的に特に問題もなく利用することができた. 4. まとめ 今回,ネットワーク環境に制限がある場所において, e-learning 教材を活用するための手段として,ノート PC とその Wi-Fi 機能を利用したポータブル・サーバー・シ ステムを考案した. このシステムの課題としては,セキュリティ面とク ライアント用 OS の同時接続数の問題,そして,手軽に e-learning 教材を作成できるソフトウェアの作成やデー タ互換性などが挙げられる.また,このシステムによ り構築されるネットワークの規模は無線LANルーター の性能に左右されるが,持ち運び可能なこと,構成が 単純であることなどの利点があり,学習に必要なネッ トワーク環境をどこでも構築して e-learning 教材を利用 できる特徴を持つ. さらに,このシステムは,子供たちの学習に必要な ホームページを作成してそれを利用するだけの単純な 使い方から,LMS を導入した本格的な使い方まで,利 用者のレベルに応じて幅広く利用できる. 実際に公開講座の受講者に,市販の携帯ゲーム機を 使って確認テストを行ってもらったところ,小学生は 驚くと同時に夢中になって問題に取り組み,中学生は ネットワークやプログラムについて興味を持つ傾向が 見られた.受講者に科学技術への興味関心をひきつけ る二次的な要素を与えたことはうれしい発見である. 参考文献 (1) 田島貴裕,辻義人他: “インターネット「子ども科学教室」 の実践事例 -システム構成と運営体勢の考察-” ,コンピ ュータ&エデュケーション,VOL.23,pp.80-83(2007) . (2) マイクロソフト: “マイクロソフト ソフトウェア ライセ ンス条項” ,http://www.microsoft.com/japan/,(2010 年6月 4日). (3) Ryo Hoshino, et al.: Development of Model Rocket Design Material for Jr. High School Students and Teachers, ISATE, B 25, 2008.
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