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モンテッソーリ教育 第48号

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ISSN 0913-4220
モンテッソーリ教育 第48号
巻頭言 いのちの尊さ .................................................................................... 瀧野正三郎 (1)
講 演
子どもの生きる力を信じて .........................................................................中村桂子 (2)
シンポジウム
未来への責任 ∼自然・子ども・社会のハーモニー∼
第 1 シンポジスト 国分幼稚園の実践から.........................................................冨坂洋子
(17)
第 2 シンポジスト「深草こどもの家」の実践 .............................................. 根岸美奈子
(24)
第 3 シンポジスト 多様な世界のニーズに応えるモンテッソーリ .............. 深津高子
(30)
第 4 シンポジスト「未来と今」
・
「グローバルとローカル」.......................... 福原史子
(36)
司会者としての報告 .........................................................................................友井桂子
(44)
コーディネーターとしての報告......................................................................相良敦子
(47)
論 文
戦前日本におけるモンテッソーリ教育の歴史 .....................................前之園幸一郎(52)
幼児期における現実とファンタジー ............................................................. 岡本直子(64)
母語・母国語の獲得における伝承わらべうたの意義をモンテッソーリ教育原理から考察
.......................................................................................................................野萩万佑未(75)
「モンテッソーリ会議」に見るイギリスにおけるモンテッソーリ教育法の検討 .............. 中田尚美(92)
実践報告・事例報告
(104)
モンテッソーリ教育と音楽教育 .......................................................................森 貞子
ルーメル賞
第 3 回「ルーメル賞」授与 ..........................................................................江島正子
(115)
教育エッセイ
ネパール・ポカラでのモンテッソーリ教育の一例 ..................... 川岡俊子・戸田恵子
(117)
海外情報
「ルーメル通り」の誕生 .............................................. フランツ‒ヨゼフ・モール SJ
(127)
図書紹介
『オールカラー まんがで読む 知っておくべき世界の偉人 ⑲ モンテッソーリ』.. 関 聡
(132)
.........................................松本静子
『マシュマロ・テスト:成功する子・しない子』
(136)
『うつは手仕事で治る なぜ昔の人はうつにならなかったのか』........... 早田由美子
(141)
第 48 回全国大会参加報告 日本モンテッソーリ協会(学会)第 48 回全国大会報告.......................根岸美枝子
(146)
第 48 回全国大会(奈良)ワークショップ報告 ...................................... 根岸美奈子
(148)
支部報告 .............................................................................................................................(150)
教員養成コース報告 ..........................................................................................................(164)
事務局報告 ..........................................................................................................鈴木弘美
(173)
欧文摘要 .............................................................................................................................(184)
編集後記 ..............................................................................................................江島正子
(203)
2 0 1 5
日本モンテッソーリ協会
3階
巻 頭 言
いのちの尊さ
瀧野 正三郎
(カトリック京都教区司祭)
今こそ、いのちの尊さを考えなくてはいけません。世界中で争いが絶え
ず、
毎日たくさんの人々が亡くなっています。いのちは 38 億年前から、脈々
と受け継がれてきました。これからも、そのいのちは、次から次へと受け
継がれていくのです。
いのちが受け継がれていくためには、自然との調和が必要です。子ども
たちは自然に触れることで、たくさんのことを学びます。生きた教材は自
然の中に無限に広がっています。
目の前にあるものに関心を持ち、不思議な世界を観察し、新しい発見や
出会いに感動する心が大切です。無関心では何も始まりません。子どもた
ちの純粋な心を大切にし、子どもたちと一緒に、いろんな物やいろんな人、
いろんなできごとから、刺激を受けることが必要です。
私が初めてモンテッソーリ全国大会に参加したのは、第 36 回沖縄大
会でした。押川司教の基調講演のテーマは、「平和・癒しの礎《ヌチドゥ
宝》」で、沖縄におられるからこそ、いのちは宝であると実感されている
のです。豊かな自然に恵まれた沖縄で、いのちを宝として受け継がれてい
くのでしょう。 「いのち」という言葉を考える時、常に「死」についても考えなければ
なりません。人は必ず死ぬものであり、誰も死をまぬがれることはできま
せん。人にとって死は大きな問題です。しかし、人にとって避けることが
できない死も、それですべてが終わるのではありません。
私たちはもっと、
「生きる」ことの大切さを考えなければなりません。
私たちの手で、
「いのち」の尊さを伝えていきましょう。
−1−
講 演
基調講演 「子どもの生きる力を信じて」
中村 桂子
(JT 生命誌研究館館長)
大会の全体テーマである「未来への責任」を考えますと、私も次世代に
繋ぐために昭和の時代を一生懸命生きてきたつもりの者として、こんな社
会を渡すつもりではなかったと今、思います。私がこれまで関わってきた
ことを振り返りながら、標題についてご一緒に考えさせてください。
私は「子どもが一番すごい」と思っています。毎年夏休み、NHK「電話
子ども相談」の「いのち」について担当していますが、先日も小学校三年
生の男の子から「生き物って、なんで死ぬのですか、死なない方法はない
のですか」と聞かれました。本当に子どもはよく考えていると思います。
大人になるとお金儲けのほうが大事になって、そんなことバカバカしい、
と思うし、「未来への責任」と言われても、大人はどうにかなると思って
しまいますが、子どもは未来を信じています。私は今、子どもの生きる力
を信じて生きていくしかないと思っています。
(1)
「?」と「!」
私が大好きな詩人に、まどみちおさん(1909 〜 2014)がいらっしゃい
ます。幸いなことに、まどさんも私の仕事を大好きでいてくださって、よ
くお手紙をいただいていました。残念ながら 2014 年に 104 歳でお亡くな
りになったのですが、著書『百歳日記』
(NHK 出版)に、
「世の中に『?』
と『!』と両方あればほかにはもう何もいらん」と書いていらっしゃいます。
そう言い切れるのは 100 歳だからかもしれませんが、本当に大事なものは
何かと言われたら、私もこの「?」と「!」の二つではないかと思います。
子どもたちというのは、このかたまりではないでしょうか。
−2−
講演
ぞうさん
ぞうさん ぞうさん
おはながながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ
Little elephant
“Little elephant, little elephant,
What a long nose you have.”
“Sure it‘s long.
So is my mommy’s”
ぞうさん ぞうさん
だあれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ
“Little elephant, little elephant,
Tell me who you like.”
“I like mommy,
I like her the most.”
私の立場では、これは遺伝学です。お母さんの鼻が長ければ、子どもも
長い。そうやって親から子どもへつながっていく。だからお母さんが好き
なの、と。実は、まどさんは、この詩を作ったときのことをこうおっしゃっ
ています。「動物の学校の中で、
『ぞうさん、おまえ鼻長いじゃないか、お
かしいな』っていじめられたときにショボンとならずに、
『いや、だって、
母さんだって、長いんだぜ』と、お母さんを頼りにいじめに対抗して、
『お
母さんが大好きなんだ、ぼくは』と言った。遺伝もあるけど、そういう気
持ちもあるのですよ」と。こんなやさしい小さな詩ですけれども、これ一
つとっても考えることがたくさんありますね。
隣に英語を書きました。これをお訳しになったのは、皇后さまです。皇
后さましか、まどさんの詩をお訳しになれる方はいらっしゃらないと思い
ます。皇后さまが英訳なさったことで世界中に知れわたり、まどさんは国
際アンデルセン賞を受賞なさいました。
人間は生きていく上で、
?(クエスチョンマーク)と!(エクスクラメー
ションマーク)を忘れてはいけません。いろんなことを考えて生きていこ
うと子どもは生まれてきますが、大人は忘れてしまいます。大人に大事な
ことを忘れさせる悪者の一つは科学技術だと思います。子どものことを考
えるときに、今が科学技術の時代だということを考えなければいけないと
思います。『科学技術時代の子どもたち』という本は、お亡くなりになっ
た河合隼雄さんに「どうしても」と請われて書きました。
「私は子どもの
専門ではありません」と逃げ回っていたのですけれども、今になってみる
と、自分の著書の中で一番好きな本と言ってもいいくらいです。実は、こ
−3−
の『科学技術時代の子どもたち』を考えていくのに、私が子どもの頃に生
きていた子どもと今の子どもを比較してみようと思って選んだのが、リン
ドグレーンの書いた『やかまし村の子どもたち』です。その概要は次のと
おりです。
・赤ちゃんが生まれることの素晴らしさ
第一章は「オッレの妹が生まれました」というタイトルです。赤ちゃん
が生まれるということが今とても少なくなっています。当たり前のようで
すが、赤ちゃんが生まれてくることは素晴らしいことです。やかまし村の
子どもたちは、
「生まれる!」と大騒ぎします。これが原点です。
・大きくなっていくことの素晴らしさ
二章では生まれた赤ちゃん、シャスティンをみんながかわいがります。
子どもたちが、小さな赤ちゃんを育て、みるみる大きくなっていくことの
素晴らしさを感じるというのが二番目の点です。
・働く
三章は「さくらんぼ会社」というタイトルです。学校へ行く途中に大き
なさくらんぼの実があります。その実をみんなで取って、売ってお小遣い
にします。働くということです。私は働くことが生活の基本だと思います。
会社へ行ってお仕事をするだけでなく、家事一般、お庭の雑草取りなど、
全部含めて、働くことがうまくできなかったら本当に生きることができな
いと思います。
・学校を考える
第四章はボンティスという子がやっと学校へ行けるようになった話で
す。羊がついてきて、羊も一緒に学校へ行っていいよ、というゆるい社会
がとても好きです。この章で大好きなのは、ボンティスがちょうど学齢に
達したときにあまり機敏じゃないのを先生が見て、ボンティスは来年にし
たほうがいいのでは?と言うところです。それでボンティスは喜んで遊ん
でいます。
−4−
講演
・不思議を考える
次の章は「水の精を見に行きました」です。これは不思議を考える内容
です。子どもたちは魔法や不思議が怖いけれど大好きです。いろいろなこ
とを考え不思議なことがいろいろあることを知ります。それこそ『?』マー
クです。私は魔法と科学は同じだと思っています。子どもたちが魔法のこ
とを考えたり、不思議なことを考えたりするのは、決して科学と反対では
なく同じことなのです。
・おじいさんは 80 歳になりました
やかまし村の子どもたちはみんなおじいさんが大好きです。みんなでプ
レゼントを持っていきます。人間が年を取ったときに気持ちが休まり、そ
ばにいてうれしいのは、「子ども」ですよね。このおじいさんは本当に幸
せだと思います。
このやかまし村のお話は、たぶんリンドグレーンが自分の思い出を書い
たのでしょうが、生きるということの基本が全部ここにあると思います。
こういう中で子どもたちに育っていってほしいというのは、いつの時代で
も変わらないと思っています。私は科学の中にいますから、科学を否定す
るつもりは全くありませんが、科学技術がこういうことを少しずつ壊して
いるのは問題です。
お子さまのご専門でいらっしゃる皆さまの前で専門外の私が、少し無理
をして子どもの話をして導入をいたしましたが、ここからは私の専門に入
らせていただきます。
(2)人間は生き物であり自然の一部である
・生き物の多様性
基本は「人間は生き物」で「人間は自然の一部」であるということだと
思います。これまでずっと、人間は生き物で自然の一部、それをベースに
して「生きている」とはどういうことだろう、と考えてきました。私は科
学者ですので、科学を徹底的に考え、その上で社会の在り方を考えたいの
です。「生命誌研究館」を始める際、やりたいことを一目瞭然にしようと
思って描いていただいたものが「生命誌絵巻」です。扇型の天には端にバ
クテリア、ひまわりもあります。ゴリラもいます。生物多様性という言葉
−5−
がありますが、この地球上には本当にさまざまな生き物がいるということ
が、生き物を考えるときの基本です。どれだけの生き物がいるか、ヨーロッ
パで調べられたのが 170 万種類ですが、実はアーウィンというアメリカ人
が熱帯雨林で大きな木を下から燻して調べてみたら、落ちてきた虫の中で
分かったものが 4%。逆に言うと、96% は未知のものでした。このくらい、
私たちはものを知らないということをよく分かってください。この地球上
の生き物は 170 万種類なんて、とんでもない。何千万種類もいるはずです。
その中の私たちは、ほんの数パーセントしか知らずに暮らしているのです。
そのうち、70%くらいは昆虫で、昆虫が一番多様です。熱帯雨林が今次々
に壊されています。緑を壊しているという意味でも私たちが生きていく上
で決して望ましくないばかりでなく、そこにいる生き物が全部いなくなる
のです。私たちはせっかく生まれてきた生き物たち、名前も知らない生き
物たちを片っ端から消滅させてしまう。こんなことをしていいのだろうか
と思います。いずれにしても、まず一番言いたいのは、生き物は多様であ
るということです。
・祖先が一つ
ミツバチも蝶もひまわりもキノコも、違うと言えば違うのですが、生物
学的には全部細胞でできていて、その中に DNA がはいっているという点
では、みんな同じなのです。みんな違って、みんな同じなのです。ここが
面白いところです。こんなことが偶然に起きたとは思えません。おそらく
全ての生き物は祖先が一つです。祖先細胞があり、みんなそこから進化し
たのだろうと思われます。扇の要は生命誕生の時です。
・みんな 38 億年という歴史を持っている
生き物の起源はまだ科学で分かっていませんが、38 億年前の海にはそ
の痕跡があります。38 億年前の海の中で生まれた細胞が進化して、だん
だんいろいろな形に変化をして、藻になったり、魚になったり、それが陸
に上がってカエルになったり、鳥になったりして、多様な生き物たちが出
現してきました。
普通生き物を描くときは、バクテリアは単純で、だんだん立派になって
いって人間という素晴らしいものになったと、下から上へ向かう描き方を
−6−
講演
しますが、この絵はコンパスで書かれていて、バクテリアまでの距離も、
人間の距離も全部同じ 38 億年です。ここに一匹の蟻がいたとして、この
蟻を組み立てることはできません。この蟻が生まれるには親が必要で、そ
のまた親が必要。そうやって考えていくと、38 億年前がないとこの蟻は
いないのです。しかも、その一つ一つ、ゲノムの中に私たちは両親から
DNA をもらっていて、その両親はそのまた両親からと、ずっとたどって
いくと、その先の人間の祖先は、また 38 億年前にもどるわけです。私た
ちが今持っているゲノムは 38 億年かけてできてきた。皆さん一人として、
38 億年の歴史がなかったらここにいらっしゃらないのです。それは人間
だけではなく、蟻も、バクテリアもそうです。すべての生き物は体の中に
38 億年の歴史をもっている。DNA を調べると、人間はどうやって人間に
なってきたのか、蟻はどうやって蟻になってきたのか、そこに書いてある
ので、その歴史物語を読むことに私は夢中になっています。
そして改めて申し上げますと、人間もここに描かれている一つです。科
学技術時代の人間は「人間は扇の外にいる。人間だけが上にいる」と思っ
ています。それを表しているのが、
「地球にやさしく」という言葉です。
上にいて、地球にやさしくしてやろうなどと偉そうなことを言うのは違い
ます。地球にやさしくしていただきながら、他の生き物たちといかに生き
るか、
が問題です。他の生き物がいなかったら、
私たちは生きていけません。
今、政治家をはじめすべての方に、これだけは分かっていただきたいとい
うのが、私の願いです。人間はこの中にいる。先ほどの「やかまし村の子
どもたち」は感覚として中にいますね。
いろいろな生き物がいて、全部同じ祖先でみんな 38 億年という時間を
抱えている。命の大切さにはいろいろな意味があると思いますが、蟻を
ちょっと殺してしまったら、38 億年を消していることになる。これはか
なり責任のあることです。そうは言っても庭に出ると蚊がよく飛んできま
すので、刺されたら私だってもちろん嫌なので、パチンとやります。それ
はしかたがない。ここが生き物のつらさで、ダイヤモンドだったら永久に
なくならないようにしておけばいいのですが、生き物は自分の命のために、
他の命をもらわなければならないのです。命を大切にしましょうと言って、
命を何も失わないような生活ができるのなら簡単ですけれど、それはでき
ない。でも命は大切。その複雑さを考えることが「生きる」ということだ
−7−
と思うのです。○か × か、良いか悪いかで言えば命を奪うのは悪いに決
まっています。でも奪わないで生きられますか。全部○ × で暮らせるな
ら楽ですが、○ × だけでは暮らせないのが、生きるということだと思い
ます。
・生き物はみんな仲間
ナミアゲハはミカン類にしか卵を産みません。「いっぱいある緑の中か
ら、あなたはミカン類がどうして分かるの?」こういう疑問が、私たちの
仕事のスタートです。アゲハチョウは葉に止まると、トントンと葉を叩き
ます。ドラミングと言いますが、たぶんそれで葉から成分が出てくるので、
それを足の黄色い毛にすりつけると毛の穴から葉の成分が入ってきます。
この細胞が脳に繋がっています。脳にここにミカンの葉っぱがあったとい
う信号が行くと、蝶のお母さんは安心して卵を産みます。蝶のお母さんは
味見をしているのです。私たちは舌で味見をします。舌の細胞を味蕾と言
いますが、味蕾の細胞を顕微鏡で見ると、蝶の足の細胞と全く同じ構造を
しています。仲間とはこういうことです。38 億年の中でこの細胞ができて、
みんなこれを使うようになったのです。今度蝶をご覧になったら、私の舌
と同じだと思い出してください。
さて、私たちは生き物として生きようとしているはずです。しかし、日
常生き物であることを意識して生きているかどうか、「つくる」という言
葉に注目して考えてみましょう。
「自動車を作る」
自動車は設計図と部品があれば作れます。自動車会社は他の会社よりも
早く、良いものを作ろうと努めます。
「コメを作る」
38 億年の歴史がないとお米は作れないのに、私たちはお米を「つくる」
という。これが扇の外側にいる人の発想ですね。お米なんか作れっこない。
今、38 億年かかってできたイネを育てているのです。おそらく弥生時代
も奈良時代の人たちも、
そうやっていたでしょう。これはイネが自分で育っ
てるのです。でも「つくる」と言うから、
「車はじゃんじゃん作って売れ
−8−
講演
るのに、イネは一年に一回収穫されるだけ。こんな能率の悪いことをやっ
てもお金が儲からない」と、農業から人を離れさせた。そして、お金を儲
けて、食べ物はよそから買えばいいという社会になってしまったのが今で
す。人間が「生き物」だったら、
自分のところで、自分に合ったものを作り、
それを食べるのが当たり前なのです。
「子どもをつくる」
子どもをつくれますか。子どもは生まれるものです。気持ちとしては恵
まれるものですね。
この「つくる」という言葉は、科学者だけが使っているのではなく、皆
さまが普通に使っていらっしゃる言葉です。何気なく使っている「つくる」
という言葉は「生きる」ということから考えたら変な言葉です。機械と生
き物は違うのです。機械は便利で均一で、速くでき、手が抜ける。しかも
思いどおりにできる。
お子さまに毎日接していらっしゃる皆さまはお分かりでしょうが、生き
物の営みを加速できますか。生き物にとっては、むしろ一つ一つのプロセ
スが大事なのであって、飛ばしていいものや、速くしていいものはありま
せん。私も子育てしていた頃のことを思い出すと、手がかかるのに思いど
おりにはならない、というのが子どもだと思います。だから、機械とぜん
ぜん違います。機械は「速くて、手が抜けて、思いどおりにできる」とこ
ろがいいけれど、生き物には、手をかけることに喜びがあります。お花で
も子どもでも、育てるのに手をかけることが楽しい。思いどおりにはなら
なくても、なかなか言うことをきかなくても、ときどき思いがけないこと
をやってくれて、
これが喜びでもあります。機械が思いがけないことをやっ
たらとんでもないです。思いがけないことをやって素晴らしいのは生き物
だけです。機械は新しいものを求めます。なんでも新しくします。蝶々も
人間も新しいものは誰もつくってくれません。古いものを大事に使うのが
生き物です。機械はすべて知ってないといけませんが、生き物の世界は知
らないことだらけです。分からないことだらけだからこそ面白いのかもし
れない。そして生き物というのは、つながっていくことと多様性がとても
大事です。
−9−
さて、科学技術とお金が私たちを動かしているこの時代は効率至上主義
です。何にでも正解が必ずあって、○か × にする。これが機械の考え方
です。
一方、生き物は変わらないのではなく、38 億年の間にいろいろなこと
が生まれ、変わってきました。これを進化と言います。私は絵巻を創りま
したが、evolution とは辞書をお引きになると絵巻を開く、展開するという
意味で、これが進化という言葉になったのです。ですから進化というのは、
一筋に進むのではなく、さまざまなことが展開されます。進歩というのは
一筋。だから子どもを一列に並べて 1 番 2 番 3 番としてしまうのでは、生
き物としての子どもを扱っていることにはならないと私は思います。
進歩・・・・・・・効率・量・均一/構造・機能/機械
進化(展開)
・・・過程・質・多様/歴史・関係/生命体
(3)子どもの力を信じる
具体的に 2 か所の子どもたちの話から、私が子どもの力をなぜ信じてい
るかということをお話しいたします。
・豊岡市(兵庫県)
洪水で小学校も自分の家も浸水して悲しくて仕方ない時に近隣の方たち
が手助けをしてくださって、人のためになることをするのは素晴らしいこ
とだと、新田小学校の子どもたちは実感しました。彼らも、役に立つこ
と、人のためになることをしたいと思ってコウノトリの役に立つことをし
ようと思いました。豊岡はコウノトリの里です。学校の近くの田んぼを借
りて、そこにコウノトリが来て餌が食べられるような田んぼ作りを始めま
した。それにはまず、餌ができるようにナマズが上がってくる魚道が必要
でしたが 30 万円かかることが分かりました。みんなのお小遣いを集めて
も到底届かない。そこで彼らは、森林組合から板をもらって自分たちで作
ることにしました。森林組合の方は板をくれただけではなく、しようがな
いねと言いながら手伝ってもくれました。こうして魚道がみごとにできあ
がり、コウノトリがやってきました。彼らの最初の目的はコウノトリが喜
ぶように、餌を食べられるような田んぼを作ろうということでした。とこ
ろが、田んぼだからお米ができます。考えてみたら、これは給食で豊岡の
− 10 −
講演
子どもたちが食べるのがいいと、市長さんのところへ乗り込んでいきまし
た。有機栽培ですから、政府のお米より高いです。市長さんも、
「2 〜 3 ヵ
月に一回これを使うなら、給食代を上げなくてもできるかもしれない」と
考え、使ってもらえることになりました。さらにこの子たちは、コンビニ
へ行って「僕たちの米、コンビニでも使ってください」と店長さんにお願
いしました。コウノトリをどうしたかということも見せましたが、コンビ
ニの店長さんは厳しいです。
「君たちのとれるお米はどれくらいだ? コ
ンビニのおにぎりはこうやってできるんだよ、君たちのじゃ無理だろ?」
というような感じで追い返されます。しかしこの子どもたち、なかなかや
るな、と思いませんか。
・喜多方市(福島県)
喜多方市小学校農業科。田植えに子どもたちを連れていったとか、夏に
山へ行って、きのこを採る活動をしたなどということではなく、農業科と
いう、
他のどこにもない授業がここにはあるのです。21 世紀の初めにグロー
バル社会が誕生したときに、これからの子どもたちに何を学ばせるべきか
と偉い方たちが未来への責任として議論なさいました。そして、小学校に
不足しているものは英語とコンピューターだという結果を示しました。両
方とも大事でないとは私は思いませんが、
「コンピューターでどんなこと
ができるようになったらいいのですか」と質問したら、「例えば株の扱い
方とか」とおっしゃるので、そこで私は、
「その株よりも畑の蕪の方が子
どもたちには」とつい、つぶやいてしまいました。そのことが日経新聞の
記事になり、喜多方の市長さんがそれをご覧になって、
「やりましょう、
うちで!」とおっしゃってくださったのです。それが始まりでした。去年
も私はとうもろこしが実ったときに行ってきました。とうもろこしは捥い
で、皮をむいたら、すぐ食べられ、甘くておいしい! 一生懸命教えてく
ださる先生は 100 人ぐらい、特にボランティアのお年寄りです。自分たち
のウリはなかなか育たないけど、おじいさんが作ったのはとてもおいしい、
となると、
「すごいなー、おじいさん!」と子どもたちはもう見る目が違い、
大尊敬です。彼らが書いた作文を持ってきました。
・三年生―「ぼくはえだ豆を作りました。…シャワーのような水やりがと
− 11 −
ても楽しかったです。えだ豆に「大きくなれよ」と話しかけました。…農
業はさい高です。
」
・四年生―「学校でとれた野菜を家に持ち帰ったとき、家族がすごいねと
笑顔を返してくれました。…一生けん命育てれば育てるほどおいしい野菜
になり、みんなの笑顔が増えるなんて、野菜作りにはすごいパワーがある
と思いました。
」
・五年生―「原発事故のせいで…せっかく農家の人が苦労して野菜や米を
つくったのに出荷停止になったりしたニュースを何回も見ました。…喜多
方のお米は安全ですごくおいしいです。…福島県へ来る人が増えるといい
な、とこの米つくりで思いました。
」
・六年生―「私たちが育てたあずきを使って赤飯をつくり一人暮らしのお
じいさんやおばあさんにくばりました。泣いて喜んでくれた人もいて ・・・
その時のことが心に残りました。
」
喜多方と豊岡の子どもたちと接して、本当に子どもたちが持っている生
きる力というのを感じました。文科省は教育の目的は生きる力をつけるこ
とだとおっしゃっています。そこで私は「生きる力って何ですか」と伺っ
たことがあります。そうしたら難しい言葉をずらずらと並べておっしゃら
れましたが分からなかった。そこで私は子どもたちに接して自分で探しま
した。
〈生きる力〉とは
・すてきな笑顔
・自ら考えて行動する
▶交渉能力 ▶表現能力 ▶コミュニケーション能力
「つながりの中に自分がいる」
、これは豊岡の子が書いた字です。生き物
を自分たちで育てて感じたことを書いて私に送ってくれました。先ほど、
人間は外にいる、と言いましたが、この子どもは中にいて人とも、他の生
き物ともつながっています。私が教えたのではありません。彼らが感じた
− 12 −
講演
のです。喜多方では 20 年前から地域の方が毎朝収穫した野菜を子どもた
ちの給食に食べさせたいと、地域の全部の小学校に送ってきていました。
農家の方自身が自分たちは素晴らしいものを作っているのだから、子ども
たちにどうしても食べさせたいとお思いになって始めたのです。校長先生
が喜多方の給食について文科省に申請をしましたが、お米は政府米を使う
のが決まりなので、もちろん、答えは「NO」でした。そのうえ「そうい
うことをするなら、補助はいたしません」と言われたそうです。たいてい
ここで引き下がりますが、この人たちのすごいところは、市と教育委員会
と保護者が三分の一ずつ負担して、補助金を受け取らずに始めたのです。
給食の写真をお見せします。会津なので漆器です。子どもたちは漆器のお
椀でおつゆを飲んでいます。ただし、子どもたちが少し乱暴に扱ってもよ
いように給食用に丈夫に作っています。子どももすごいけれど、大人もす
ごい、素晴らしい地域だと思います。
(4)私たちが持っているもの(人間らしさ)を大切に
・想像力
蜂は蜂らしく、カラスはカラスらしく生きていく。人間は人間らしく、
他の生き物が持っていないけれど、私たちが持っているものを大事にして
いきたいと思うのです。その第一番は想像力。イマジネーション。わたし
はこれを本当に大事にしています。文科省がよく「クリエイティビティー
を育てましょう」と言いますが、クリエイティビティーなんてどうやって
育てるのでしょう? イマジネーションする想像力を教育が壊しているよ
うに私には見えるのですが、これを壊さないでおけば、人間はいくらでも
クリエイティビティ―を持っていると思います。今、アフリカで子どもた
ちがお腹をすかせている。中東へ行ったら、小さな子どもの上に爆弾を落
としている人がいる。犬がどんなに賢くても、そんなことは想像できない。
38 億年昔を考えられるのも、未来を考えられるのも、人間だけです。地
球の反対側の人のことまで考えられることが、グローバルです。
・分かち合う心
二番目が分かち合う心です。チンパンジーでも、
「ちょうだい」と言わ
れれば、あげることはできはしますけれども、人間は言われなくても、あ
− 13 −
の子は欲しいだろうな、お腹空いているだろうなっていうことが分かって
分けることができます。
・世代を超えて助け合う
野生の生き物は、だいたい生殖を済ませたら死んでしまうのが本来の姿
ですが、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおじいさん、ひいおばあさん
がいて、おじいさんに野菜作りを教えてもらう、作った野菜をおじいさん
へ届ける。そういうことができるのは人間だけです。
こんなことを考えていたとき、東日本大震災が起こりました。これは
ショックでした。特に原発事故もありましたから、科学技術の中にいる人
間としてはあのときほどつらかったことはなかったです。そのことについ
て『科学者が人間であること』
(岩波新書)に書いていますが、悩みに悩
んだ結果得たものは、
「人間は生き物だ」ということをきちんと考え、ま
たそういうことを考えられるような若者を育てることこそが私の仕事だ
ということです。そのときになぜか宮沢賢治を読みたくなって片っ端から
読みました。彼は東北の人ですから、そういう意味でも本当に心にしみま
した。
『セロ弾きのゴーシュ』は今まで何度も読んでいたのですが、その
ときに初めて気づいたことがありました。ゴーシュは叱られてしょんぼり
帰って必ず水をごくごく飲むのです。それまで気がつかなかったのですが、
こちらは乾いた世界。まさに近代社会。もう一方は湿った世界。生き物の
世界です。そこで、水を飲むということが、乾いた世界から湿った世界に
行くときの儀式なのではないかと思ったのです。これは私の勝手な解釈で
すが、ゴーシュは気がついていないけれど、自然の中で命の音を身に付け
たら、街にいた乾いた人たちもそれを聴いて、
「あっ」と動かされた。湿っ
た世界の音が乾いた世界の人を動かした。これは私がやりたいことだと
思ったのです。そこで、私は人形劇にしてみました。皇后さまも見に来て
くださいました。
・愛づる
私は愛づることを一番大切にしています。
『堤中納言物語』に「虫愛づ
る姫」というお話があります。1000 年前に紫式部と全く同じ頃の京都に
いらしたお姫さまです。両親は早く結婚しなさいと言うけれど、虫が大好
− 14 −
講演
きで、男の子に集めさせては、かわいい、かわいいと、全然動じません。蝶々
が飛んでいたらきれいと言うだけでは儚い。本当に生きる力はこの虫(幼
虫)がもっている。そう思ったら、毛が生えてるとか汚いとかでなく、生
きている力を見ましょう、とこの姫はおっしゃる。それが「愛づる」です。
Love じゃない。本質を見たら、とても素晴らしいと思って、愛する気持
ちになるでしょうというのが、愛づるです。このお姫さま、ナチュラリス
トで、この頃は、眉を剃らなければいけないのですが嫌なので、ゲジゲジ
みたいな眉でおかしい、と書いてあります。お歯黒も嫌。真白い歯で笑っ
て変な奴と書いてあります。生き物をきちっと見てナチュラルに生きる、
1000 年前の女の子。科学は 17 世紀にヨーロッパで生まれて、日本は明治
に取り入れました。だから日本は科学の心がなく、真似ばっかりしている、
とよく言われますが、
とんでもない。このお話は 11 世紀です。自然をきちっ
とながめて、生きる本質を考えて、それを愛づるという気持ちにもっていっ
た。日本人としてこんなに誇らしいことはない。もちろん DNA のことな
どご存じないけれど、そんなことは問題ではありません。本質を見るとい
うこと。私はこれを祖先と思って、とても尊敬しております。
前述の『科学技術時代の子どもたち』に谷川俊太郎さんが詩をつけてく
ださいました。1 連目の書き出しは、
「えだをひろげるきのしたに ?」で 2 連目の書き出しは「こたえへとつづくみちを !」
です。これは 2 連から成る詩です。機会がありましたら、皆さまどうぞ全
編をお読みください。谷川さんと打ち合わせたわけではありませんが、
「?」
と「!」です。本日は「?」で始まって、
「!」で終わります。ご清聴あ
りがとうございました。
(編集委員会注:中村先生からはご講演の終わりに「ぼくが ここに まど・みちお」というまどみちおさんの詩のご紹介もありましたが、残念
ながら紙幅の都合でここに掲載できませんでした。また、本文中には写真
の参照がありますが、これにつきましても同様に掲載しておりません。)
− 15 −
生命誌絵巻
・協力:団まりな
・絵 :橋本律子
− 16 −
シ
ン
ポ ジ
ウ
ム
未来への責任 ~自然・子ども・社会のハーモニー~
国分幼稚園の実践から
第 1 シンポジスト
冨坂 洋子
(国分幼稚園 東京モンテッソーリ教育研究所付属教員養成コース)
国分幼稚園は千葉県市川市にある学校法人立の小さな幼稚園です。昭和
43 年(1968)創立、昭和 63 年(1988)よりモンテッソーリ教育の実施園
となり 2 歳から 5 歳の障害児も含めた子どもたちが生活しています。現在
47 年目となり園児数 55 名です。子育ては個育て、育児は育自、教育は共育、
これをモットーとして親、保育者も子どもと共に成長しあえる場となって
います。
子ども
モンテッソーリ教育は一人ひとりの育ちを助ける教育、今その子のた
めにどんな支援ができるのか……それを考え実施していくことではないで
しょうか。ここで私が関わった特別支援児のことをお話しいたします。
まず、慎ちゃんの話。彼は知的障害があり、言葉でのコミュニケーショ
ンはできず、こちらの言うことは場面によっては理解できることもあるか
な、という状態でした。年長組になっても排泄が自立していませんでした。
食事もきちんとした咀嚼ができていませんでした。慎ちゃんの楽しみは食
後園庭のブランコに乗ること、いつも決まった場所で右から二つ目のブラ
ンコが彼のお気に入りの場所でした。でもいつもそのブランコに乗ってい
る時にお漏らしをしてしまうのです。なんとかして排泄の自立をと思って
いたので、このタイミングなら排泄のトレーニングができるな、と毎日お
弁当が終わったらトイレへ誘いました。慎ちゃんの好きなブランコはトイ
レでオシッコしてから行くのよ、と語り掛け、洋式トイレに一緒に入って
いました。慎ちゃんは早くブランコに乗りたくて「おーん、おん」と泣き
ます。私は、
「オシッコしてからブランコね」と粘りました。毎日毎日ト
イレにこもる日が続きましたが、慎ちゃんはなかなかトイレでオシッコし
てくれません。そのうちに慎ちゃんが機関車トーマスを好きなことを思い
出し、トーマスの絵本を持ってトイレにこもり、絵を見せては「トーマス
− 17 −
はどれ? パーシーはどこ?」と話しかけるようにしました。慎ちゃんは
ちゃんと見分けられるのです。私の問いかけに絵本を指さして答えてくれ
ました。そんなことを毎日毎日続けていくうちに気持ちがほぐれたのかト
イレでオシッコを出すようになったのです。そして毎日、食後にトイレで
オシッコしてからお気に入りのブランコに乗るようになりました。卒園ま
でそんな状態でした。卒園と同時に我孫子市に引っ越し、特別支援学校(当
時は養護学校)に進みました。4 月になり慎ちゃんの進んだ支援学校の先
生が幼稚園に見えて慎ちゃんの様子を伝えてくださいました。ある時、生
徒たちが体育館に行くため並んでいたら、慎ちゃんがその列を離れてどこ
かに向かう様子、ついて行ってみるといつもの教室のそばのトイレに入っ
てオシッコをしたとのこと、その先生はこのような障害の重い子でも排泄
が自立していることは素晴らしいと言ってくださり、私は慎ちゃんとトー
マスの絵本を持ってトイレにこもった日々が彼の育ちを助けるために無駄
ではなかったと思いました。
次は昌也君の話。昌也君は二分脊椎という障害をもっていました。排泄
をつかさどる神経が麻痺していて自力で排泄できず、彼も 4 歳児で入園し
た時はおむつをしていました。年長組に進級する頃、今後のために「セル
フ」といって自分で導尿する作業をやってみてはどうか、という話になり
ました。就学前の幼児が自分で導尿することは医療の場でも試みられたこ
とはなく昌也くんが初めての事例だったそうです。園で 1 回自分で導尿し
てみることにしました。毎日お弁当を食べた後、昌也君と導尿用の管とビ
ンを持って洋式トイレにこもりました。医療行為なので私が手を下すこと
はできません、あくまでも彼が自分で排泄器に管を通し尿をビンに貯める
のを見守るだけです。でも彼が不安にならずにできるようにいろいろな話
をして付き添っていました。ビンに溜まった尿の量を測り、お家の方に伝
えていました。初めはおそるおそるやっていた昌也君もだんだんと慣れて
きて時間もそれほどかからずにできるようになっていきました。卒園して
も特別な配慮をしてもらい地域の普通学級に進みました。もうその頃には
付き添わなくても自分で導尿ができるようになっていました。卒園式当日、
昌也くんのお母さまからいただいた手紙は私の宝物として今も持っていま
す。その手紙には次のように書かれていました。「前略……セルフの件に
しても冨坂先生の『もう見ているだけですよ』のひと言に、あぁ、まさや
− 18 −
シンポジウム
もできるようになったのだ、と思っていた自分が恥ずかしかったです。『見
ているだけ』ということがどんなに大変なことか気づくのに数か月かかり
ました。私はそれができず、いつも口を出しまさやの考える力を奪ってい
たのでは……と反省しました。中略……こんどは自分で自分のために頑張
ることを見つけていってほしいと思っています。そして私も当たり前のよ
うに『見ているだけ』と言えるような親になりたいと思っています。本当
にありがとうございました。
」
排泄支援の話が続きましたが次は違います。祐斗くんは情緒面で問題が
あり、時々パニックをおこすことがありました。年長組に進級した時に、
思うとおりに物ごとが進まないと混乱することが続きました。年長組にな
ると集団で動くことも多くなり、そのたびに言葉で説明しても納得せず混
乱していたので、毎朝その日の予定を簡単な文章にして時刻を入れてスケ
ジュール表として彼専用のカードケースに入れ、首にかけて生活するよう
にしてみました。文字はよく読めて、特に数字時刻に関しては敏感に反応
する子でしたので、このスケジュール表によってパニックを起こすことも
減り、自分で表を見て行動することもできるようになりました。
このように一人ひとりの育ちを助ける、ということはその子その子に必
要な支援は何か、と常に考えなければなりません。一人ひとりをよく観察
し、子どもの姿から私たちがそれを感じ取らなければなりません。もちろ
ん、これは障害がある子だけでなく、どんな子にも言えることです。私た
ちは子どもたちの「ひとりでできるように手伝って」という声や気配を感
じる感性を磨いておかなくてはなりません。
社会
さて、今お話ししたような特別支援児に対しての支援をするということ
は、その間ほかの子どもたちのことを見ていることはできない、というこ
とになります。私は慎ちゃん、昌也君とトイレにこもっていた時も年長組
の担任という立場でした。その間他の子は何をしていたか分かりません。
国分幼稚園では一応年齢別にクラス担任はありますが、それは保護者対応、
連絡ノート書き、日々の記録、年度末の書類作成の時に責任をもってやる、
ということで日ごろの保育ではクラスの枠はなく、子どもたちは室内や園
庭のどこへでも行って活動し、そこにいる保育者と関わります。いわゆる
− 19 −
チーム保育をしています。縦割りクラスで全員がひとつの部屋で過ごし、
それを保育者全員で見ているのです。そのチームの保育者は、現在 80 歳
代から 20 歳代まで計 9 名です。それぞれがそれぞれの場で子どもたちと
関わります。保育終了後、各自子どもとの関わりを記録します。これが大
事な時間で、自分が関われなかった子どもがどう過ごしていたか他の保育
者から話を聞くのです。私もトイレにこもっていた時間に他の子がどんな
だったかをたくさん聞きました。お互いを信頼し話し合うことで、全員で
子どもたちを見ていこうというのが国分幼稚園の保育です。
子どもたちも保育者が一人の特別支援児に関わるのを見ても、特にそれ
を何とも思わず、ごく自然に障害を持った子と接しています。それは必要
な時には先生はちゃんと関わってくれるという信頼感を持っているためで
はないでしょうか。世の中にはいろいろな人がいる、みんな違ってみんな
いい、と、ごく自然にそう思える環境となっています。
今年も年少組に特別支援が必要な子が入ってきました。園庭の金魚のい
る池に何度も砂を投げ入れてしまいます。そのたびに、
「ここは砂入れちゃ
だめなの」と繰り返し伝える年長組の子、とうとう泣き出してしまったそ
の子の前に、「Y ちゃんが好きなもの持ってきたよ……」と言って小さな
小石を拾ってきて並べて見せてあげていました。こうやって人との関わり
を身をもって学んでいきます。まだ 1 学期、自分のことで精いっぱいの年
長児もいます。私たちは、それはそれで良いと思っています。いずれ 2 学
期 3 学期になってその子の歩みで小さい人と関われるようになれば良いと
思っています。縦割り保育だからといって大人が、誰ちゃんは誰ちゃんの
お世話係、と割り当てるようなことはしていません。もうお世話してもら
わなくて良い!と小さい子がきっぱりと年上の子の世話を断る場面も何度
も見てきました。子どもの力を信じて待つ、これもとても大切なことだと
思います。
長いこと幼稚園に勤めていますと、成人した卒園生の話を聞くことがで
きます。あるお母さまは、
「うちの子どもたちは周りの人がこうするから、
私も……という選択はなかったと思う、そういう意味では一人でも平気
だった。
」お子さんは、
「幼稚園時代、
毎日やりたいことができて楽しかった、
アイロンをかけたり、いろんな匂いをかいだりした」という話をしてくだ
さいました。このようなことを聞くと、私たちは元気をもらい前進するこ
− 20 −
シンポジウム
とができます。これからの時代、まだまだ足りないことはあると思います
ので、みんなで力を合わせて学んでいくつもりです。
自然
国分幼稚園の子どもたちは、自然とどのように関わっているかをお話し
します。
園庭は 403 ㎡、決して広いとは言えない園庭にいろいろな木、草花が
あります。その木には名前カードを付けていて、「木にも名前があるのよ」
というメッセージになっています。食べられる実をつける木や草花も多く、
ヤマモモ、イチゴ、ミニトマト、ビワ、アケビ、ブドウ、カキ、キンカン
……とあります。子どもたちは実を採ってきれいに洗って食べています。
たくさん採れた時にはお弁当後のデザートとして置いておき、食べたい人
が順番に食べられるようにしたり、みんなで 1 切れずつ、と食べたりして
います。また園庭の草花の写真を撮っておき、それをカードにして置いて
あります。裏には紙が貼ってあり、
「この花はどこにあるでしょう? 見
つけた人は名前を書いてね」
と説明します。子どもたちはそのカードを持っ
て園庭を歩き回り、
「ここにあった!」と見つけては自分の名前を書いて
いきます。ゲームのようにして楽しんだ後は、年末近く、または年の初め
に「1 年・四季の表」という教材をやる時に活用しています。
「四季の表」
は地球が太陽の周りを一回りして、それが 1 年という時を知らせる教材で
す。実際に地球儀を持って太陽の模型の周りを歩いてみます。
「1 がつ、2
がつ、3 がつ、4 がつ……」という歌を歌いながら一回りすると、
「12 がつ」
でちょうど元いたところに戻ってきて、子どもたちは、
「あぁ ひとまわ
り……」と納得しています。日本には春、夏、秋、冬の四季があり、1 月
から 12 月に分けられているとそれぞれのカードを置いていきます。周り
にはその季節を表す草花、虫などのカードを置いていきます。その時にこ
の園庭の草花カードも出してみます。
「この花は見たことあるな」と考え
て周りに置いてみます。
また柿の木の写真を 1 年を通して撮りためておき、カードにしてみまし
た。「四季の表」の周りにぐるりと並べてみると柿の木の変化、葉がでる、
葉がしげる、花が咲く、実ができる、実が育つ、実が熟す……葉が落ちる、
という 1 年の変化が見られます。子どもたちは「食べたよね」と思い出し
− 21 −
ていました。
国分幼稚園ではうさぎ、亀、金魚を飼育しています。そのほか春になる
と、毎年ツバメが巣を作り、子育てしています。カエルも卵を産みに来て、
オタマジャクシになり、小さなカエルになったところで、園庭に放してい
ます。こうやって身近な生き物との触れ合いをできるだけ子どもたちが体
験できるようにしています。保育者のちょっとした工夫で、子どもたちは
どんどん自然と関わっていくことができます。
未来への責任
私は 3 年ほど前から東京モンテッソーリ教育研究所付属教員養成コース
で講師として文化・歴史の分野を学生さんたちにお話ししています。子ど
もたちが、現在・過去・未来をどのように知っていくか、地球の歴史に対
して人間の歴史はとっても短い、地球はどうやってできて、生き物はどの
ように生まれてきたのか、そんなことを子どもたちにどう伝えるかという
話をしています。その時に使う「生命誌トランプ」というものがあります。
これは午前中基調講演をなさった中村桂子先生の JT 生命誌研究館で作ら
れたものです。
地球上に暮らす何千万種もの多様な生きものは、大きく 6 つの生物界
(真正細菌界、古細菌界、原生生物界、菌界、植物界、動物界)にわ
けられます。38 億年前に海で生まれた一つの祖先から始まった生き
ものの歴史を辿ると、一気に繁栄した時代も氷河期で大絶滅した時代
もあります。たった一つの細胞から多様な生きものが生まれる山あり・
谷ありの進化の物語をトランプに描き出しました。ババ抜きや七並べ
をしながら、私たち人間も含む生きものたちが歩いた道を辿ってみて
ください。
このような説明がついています。このトランプで七並べをして、並んだ
ところをじっくり見ながら気がついたことを話し合います。こうした授業
後、学生さんたちは次のような感想を伝えてくれています。
*文化、特に宇宙や地球のことを知ることは謙虚な気持ちになる。人間も
− 22 −
シンポジウム
その他の動物たちと共に生きている、他の生き物がいなかったら人間の
存在もあり得ないことが分かってくる、とても大切な教育だと思う。
*ただ単に歴史を知るということだけでなく、なぜ私たちがここにいるか
などの深いテーマがそこに隠されているようでした。子どもたちに身近
にある不思議や変化に気づき、楽しいと感じる心を養ってほしい。
東京コースは夜間コースですので学生さんも私たち講師も昼間の保育の
仕事を終えてから集まります。心身ともに厳しいと感じることもあります
が、夜ならではの授業もできます。昨年 10 月 8 日、全国的に皆既月食が
見られました。ちょうどその日その時間、東京コースの文化の授業があり、
少し早目に教室を出てみんなで赤銅色の月を見ることができました。また
子どもと自然をつなぐ役割を果たすのに「こども環境管理士」という資格
についても知らせています。このようにして、これからのモンテッソーリ
教員を育てることも大切な仕事です。最後に私がこのような考えを持つこ
とができるようになったのは上智モンテッソーリ教員養成コース(日本で
最初のモンテッソーリ教師養成コース)の先生方や先輩方(第 1 期生の吉
田晃子先生、佐藤宮子先生)のご指導のおかげと心より感謝申し上げます。
− 23 −
「深草こどもの家」の実践
第 2 シンポジスト
根岸 美奈子
(深草こどもの家・京都モンテッソーリ教師養成コース)
はじめに
マリア・モンテッソーリは、
「自然は生命について教える教師である。
自然のやり方に習おうではありませんか」と言っています。
0 歳から 6 歳までの小さい子どもたちには、水・空気・光・土・草花・木、
そして小動物など、たくさんの自然に囲まれ、自然の不思議なことをたく
さん経験できる機会があることが大切です。
不思議なことを、どうして?と考え始める時、まさにこの時期にこのよ
うにたくさんの自然との関わり、そしてたくさんの種をまいてあげましょ
う。
今回の基調講演の中村桂子先生は子ども向けの著書の中で次のことを
おっしゃっています。
「あなたは、誰かが作ったものではなく、生き物と
して生まれ、自分で生きていく存在です。これを少し難しい言葉では“自
立”と言います。生きるということは誰かに動かされるのではなく、自分
で自分を作っていくことなのです。こうして生きていく時、あなたはあな
たの
“生命を大切にしている”
と言って良いでしょう。この時大切なことは、
他の人、それだけでなく、すべての生き物は自立して生きているのであり、
それも大切にしなければならないということです。」
深草こどもの家は山に囲まれた、京都の町の外れに位置していますので、
緑いっぱいの環境に恵まれています。
春から夏にかけては、竹やぶからウグイスの声が聞こえてきます。歌
いはじめのときは、
「キョッ」とか、
「ケキョ」とかしか歌えません。だん
だん上手になって、
「ホーホケキョ」とさえずるようになります。こども
たちもその声の変化を楽しんでいます。クヌギの雄花は 2、3 週間、雨の
ように毎日降ってきます。竹の葉っぱが降り注ぎ、この間までは竹の葉の
穂先までも、雪のように落ちてきていました。それから台風の時期になる
− 24 −
シンポジウム
と、竹が唸りをあげて右へ左へ、上へ下へと動き回ります。
この時、いつもは見えない「風」を目の当たりにして、子どもたちは驚
きの表情で見入っています。また雨が降って、太陽が出たときの屋根を見
ると、真っ白い湯気が上へ登っていくのが見えます。樋から流れる雨の行
方、
側溝を流れていく水。どれをとっても、
子どもたちにとっては興味津々、
面白いことだらけです。
「こどもの家」にはモルモットの小屋があります。小屋に入るときには、
人間はちょっと遠慮して、
「お邪魔します」という気持ちで入らないと、
足で踏んでしまったり、モルモットに怖い思いをさせてしまいます。
外に出れば、アリは地面のどこにでもいますが、ベランダや家の中に入っ
てきたら困りますね。アリには「ここは人間の家なので、外に出てくださ
い」という思いを込めて、小さい箒で塵取りにそっと入れて外に出します。
手でつまむと潰れてしまうからです。
反対に、地面の上はアリの住まいなので、草の上にシートを広げてお弁
当を食べていると、いつのまにかアリがシートの上に上がってきます。で
も、ここは地面の上なので、人間が気をつけて、お弁当をアリに食べられ
ないようにしないといけないよ、と伝えます。それぞれの生き物にはそれ
ぞれの生きる場所があるということ、人間だけが偉いわけではないですね。
人間の都合ばかりを主張したらいけないということを、一つ一つ、小さい
子どもにも分かるように伝えていってほしいと思います。
それでは、毎日の生活の中で、子どもたちはどのように自然と関わって
いるのでしょうか?
毎日、モルモット、金魚、メダカのために餌を作ってあげます。特にモ
ルモットには、人参、胡瓜、キャベツなどを、いつでも自由に包丁で切っ
てあげられるように、準備しておきます。特に 3 歳くらいの小さい子ど
もは大好きです。いつもはお母さんが準備してくれたものを食べているの
に、今は自分より小さいモルモットに餌を作ってやっている。その餌をモ
ルモットがおいしそうに食べているのを見たら、どんなにうれしいことで
しょう。
ここで大切なことは、いつでも、いくらでも、本人が満足するまで自由
− 25 −
に活動できるように、環境としておいておくということです。
子どもたちはいろいろな生き物を素手で捕まえています。しかし手で
触ってはいけないものもあるということも、伝えなくてはなりません。深
草では、梅雨時のジメジメした頃になると、ムカデが出てきます。ムカデ
は毒を持っているので、見つけたらすぐに知らせるように子どもたちに
言っておきます。園内の数カ所に火バサミを置いておき、捕まえたらすぐ、
透明の瓶の中に入れ蓋をしておきます。
「ムカデ きけん どくをもって
いるので、さわらないこと!」と紙に書いて、ムカデの入った瓶を観察棚
に置いておきます。瓶に入っているので、ムカデの形、色、足、口など、
よく観察することができます。
蜂も時々飛んできますが、見つけたら静かに後ろに下がってその場を離
れ、近くの大人に伝えるように言ってあります。決して物を投げつけたり、
大声を出したり、走り回ったりしないこと。蜂がビックリして、ミツバチ
などでも攻撃してきますから。
このように自然の中にいると、危険なこともたくさんあります。知らな
い虫は素手で触らないこと。落ち葉の上や竹やぶの中は素足で歩かないこ
と。どんな虫が潜んでいるか分かりませんから。何が危険で、何が大丈夫
かという危険を避ける能力は、普段から自然と向き合う経験の積み重ねに
よって、ついてくると思います。
「こどもの家」では青虫の観察を毎年しています。山椒、柚子、金柑、
すだち、レモンなどに、蝶が小さな卵を産みつけていきます。ゆっくりと
時間をかけて、目を凝らさないとなかなか見つかりませんが、慣れてくる
と、子どもたちの方が、たくさん見つけてきます。その卵から、ある日、
小さな小さな幼虫が生まれ、毎日葉っぱを食べて少しずつ大きくなって、
やがて青虫から蛹、そして蝶の誕生です。このドラマはどんなお話よりも
面白く、子どもたちの心の中に入っていくようです。大きくなるためには
食べ物が必要であること。その食べ物は蝶が卵を産みつけたその葉っぱが
一番良いことなど、さまざまなことを感じているはずです。
葉っぱをモリモリ食べて、大きくなっていく様子は子どもたちにもとて
もよく分かり、卵から蝶になるまでは約一カ月間という短い期間なので変
− 26 −
シンポジウム
化がよく分かり、生き物を育てるという教材として、最適ではないかと私
たちは思っています。蛹から蝶が誕生した時は、どの子も興奮して、
「何
の蝶かな?」「オスかな? メスかな?」と大騒ぎになります。子どもが
すぐ調べられるように図鑑を何冊か置いておきます。卵の色、大きさ、幼
虫の姿、蛹の形、そして蝶の姿。図鑑の調べ方も、保育者が一緒に調べる
ことによって、やがて一人でもできるようになってきます。
年長児には意図的に「観察ノートを作ろう」と全員に声かけをします。
はじめから取り組まない子もいますが、青虫が大きくなり始めた頃から、
興味を持つ子もいますし、中には蝶になった姿を見て、描き始める子もい
ます。
一人ひとり、興味・関心が違うので、その子のペースに合わせて、無理
なく取り組むことができ、たっぷりの時間をかけて、見守る必要があります。
この観察ノートを作るにあたって、私たちが大事にしていることは、ま
ず「よく見る」こと。
「観察する」ということです。
そしてどうなったか
「言葉で表現する」
こと。文字のよく書けない子には、
「青虫はどうなった?」と聞くことにしています。すると「大きくなった」
「もっと大きくなった」
「蛹の上に登っている乱暴ものがいる」などなどい
ろいろな表現をしますので、子どもが発した言葉をそのまま、薄く書いて
なぞれるようにしてあげます。上の段に絵を描いて、下の段に文字を書き
ます。この観察ノートを子どもたちは毎日書くのです。
「もっと大きくなっ
た」
「もっともっと大きくなった」などと書いて、最終の蝶の羽化まで書く
と横に広げて 2 メートルくらいになる子もいます。年長児にとっては、実
際に目にしたことを、言葉にしてまとめるということが大切だと思います。
あるとき、青虫の飼育箱の中に蜂が飛んでいました。子どもたちは大騒
ぎです。さっそく本を広げてみました。ありました。
「アゲハヒメバチ」です。
アゲハヒメバチが自分の卵を青虫の体に産みつけて、青虫が蛹になった
ところで、幼虫になり、中のものを栄養として全部食べて、蜂になり、蛹
に穴を開けて出てくると書いてあります。蛹には小さな穴が空いていて、
中は空っぽです。
そのことを知った子どもたちは、
「わるいな! わるい奴や!」と怒っ
たり、ビックリしたりしていました。
今年はさらに、パンジーの葉から「ツマグロヒョウモン」
、キャベツの
− 27 −
葉から「モンシロチョウ」と、いろいろな虫を見つけ、羽化した蝶をその
日のうちに、子どもたちの前で外に放してあげました。
「元気でねー」
「ま
た帰ってこいよ」
。今年は 20 匹くらいの蝶が羽化して飛び立ってゆきました。
今「こどもの家」で飼っているモルモットは、すべて二匹のオスとメス
から生まれた子どもたちです。二匹のお父さんとお母さんはかなりの年齢
になります。
動物小屋とは別に、保育室にそのお母さんと娘を入れて飼っていました。
冬のある朝、そのお母さんモルモットが亡くなっていました。
「どうしたんだろう」
「病気かな」
「かわいそう」
「もう遊べないね」
。い
ろいろなことを考えています。
みんなのお母さんモルモットですから、みんな悲しみでいっぱいです。
小さいカゴに布をしいて、モルモットを寝かせました。お手紙を書きたい
という子に紙を渡すと、何人もの子が手紙を書きました。
「モルモットを
いっぱい産んでくれてありがとう」
「天国にいかないでほしいよ。ずっと
幼稚園にいてね」
「人参たくさん食べてくれてありがとう」
。モルモットの
前で手を合わせて、それぞれがお祈りをしています。お寺の家の子どもは、
お経をあげています。最後にお墓を作って、子どもたちは一人ひとりお花
と手紙を入れてお別れしました。小さいインコも、金魚も、死んでしまっ
た時に、大人だけで処理しないで、その死を子どもと一緒に共有し、大切
にしてほしいですね。
子どもたちは、毎日のように、ダンゴムシ、アリ、トカゲ、カタツムリ
などを小さい容器に入れて家に持ち帰りますが、よく見た後は、その日の
うちに逃がしてあげるように伝えています。
土の上にいたものは土の上に。水の中のものは水の中に。葉っぱの上の
ものは、葉っぱの上にと、それぞれが生きていける場所に戻すことの大切
さが分かるように伝えます。
終わりに
「深草こどもの家」は幸いなことに、自然に恵まれた所ですので、その
まま外に出れば、何も言わなくても自然が子どもを呼んでくれます。誘っ
てくれます。
− 28 −
シンポジウム
「うちは、街の真ん中だから無理だわ」と言う方はいませんか? 木が
少なくとも 1 〜 2 本はあるでしょう。プランターに花々を植えることがで
きるでしょう。そうすれば、風の動きを感じることができます。
蝶や蜂も飛んで来ます。ダンゴムシやアリはどんな所にでも出没します。
親や保育者が、保育の重点をどんなことに置いているか、子どもの何を大
切にしているかを問われることだと思います。
時間のことはどうでしょうか? 時間の制約のない、0 歳から 6 歳の子
どもたちにはせめて、たっぷりの自由な時間をあげましょう。
たくさんのイベントを作って参加させたり、一斉保育の合間だけ自由に
遊ばせていたら、子どもたちは自分で考えることができなくなってしまい
ます。
何かを始めようとしたり、どうしてかな?と考え始めたら、
「集まりです」
のひと言で止めなければいけないのでは、子どもは考えることを諦めてし
まいます。
一時の親や保育者の満足のために、大切な子どもの時間を奪っていませ
んか? 山の中でも街の中でも、大人の関わり方一つで環境を変えること
はできると思います。目で見て、触って、耳を澄ませて、確かめていくと、
それぞれの感覚が知らず知らずのうちに研ぎ澄まされていくでしょう。そ
の時、親や保育者が一緒に共感すること。
「なんだろう」「あれ?」
「ふしぎだね」
「わー」とか、そんな時間を大切
にしてほしいと思います。
− 29 −
多様な世界のニーズに応えるモンテッソーリ
第 3 シンポジスト
深津 高子
(AMI 友の会 NIPPON 副代表)
1970 年、ローマのスラムの「子ども
の家」
モンテッソーリ博士がサンロレン
ツォに最初の「子どもの家」を開い
て早や 108 年の歳月がたった。これ
までにまるで花が開花するように(図
1)地球レベルで普及してきたモン
テッソーリ教育の広がりを振り返り、
その多様性に注目してみたいと思う。
(図 1)
3 − 6 歳コースの開始
「子どもの家」開催から 2 年後の 1909 年、モンテッソーリ博士はイタリ
アのウンブリア州のチッタ・ディ・カステーロという町で第 1 回目のイタ
リア国内教師養成コースを開催した。会場はフランケッティー伯爵の城、
ヴィラ・モンテスカだった。ここでモンテッソーリ博士は著書“Absorbent
Mind”
『子どもの精神』を執筆したが、それだけでなくこの町で働く女性
たちにも大きな貢献を残した。それはチッタ・ディ・カステーロの有力産
業の一つでもあった織物工場 TelaUmbra で働く女性たちに教育の機会を
与え、その子どもたちにも「子どもの家」をオープンした。今なら企業内
保育所にモンテッソーリ教育を提供したのだ。その頃の様子が、今でも町
の織物博物館に残されている。
http://www.cittadicastellonline.it/davedere/telaumbra/telaumbra.php
そしてその 4 年後、1913 年 1 月には、ローマで初めての 3 − 6 歳国際
教師養成コースが開催された。ここには日本を含む世界 17 カ国から 90 人
が集まり、その年の 4 月までコースが開催された。
− 30 −
シンポジウム
AMI の設立
1929 年には、モンテッソーリ博士の死後もこの教育が保護され守られ
るようにと、本人と息子マリオ氏によってデンマークでの国際会議中に国
際モンテッソーリ協会(AMI)が設立された。
0 − 3 歳コースの開始
3 歳以前の発達はどうなっているのかを探求し始めていたモンテッソー
リは 1949 年、イタリアのローマで乳児アシスタントコースをコスタ・
ニョッキと共に開催した。それから 31 年後、同じローマで国際コースが
モンタナーロ博士によって開催された。ここにはアメリカから 6 人参加し
たが、その内の 1 人が 2016 年 2 月まで大阪で 0 − 3 歳コースを開催して
いた AMI のトレーナー、ジュディー・オライオン先生だ。日本で最初の
0 − 3 歳コースは、1994 年に大阪のむぎの穂保育園でモンタナーロ博士と
ジュディー・オライオン先生によって始まった。
小学校コースの開始
1957 年に、正式にエレメンタリー教師養成コースがイタリアのベルガ
モで、グラッツィーニ氏によって始まった。小学校と言えば、従来は教師
や机に向かって一斉に勉強するが、モンテッソーリ小学校では個々の子ど
もが国で定められた必須科目の他に、自分の研究課題を決め、それに向かっ
て計画を立てながら進んでいく。また調べたいテーマを学校以外の施設(例
えば博物館、
美術館、
図書館など)にリサーチに行くというユニークな「ゴー
イングアウト」もある。これは遠足ではなく、小グループで目的地を決め、
学芸員や関係者と電話でアポイントを取り、そこまでの交通費や経路を調
べ、調査した結果をクラスメートに発表するまでがプロジェクトだ。最後
に、学芸員に「礼状を書く」ところまでを含めている。
思春期を担当する教師の集い
その後にやってくる重要な発達段階、思春期を担当する教師の養成は今
だに正式なコースはないが、1996 年から Forum という非公式の集いが、
アメリカのオハイオ州のデイビッド・カーン氏を中心に展開されている。
私が 10 年前に訪問したモンテッソーリ中学校および高校は、メキシコ
− 31 −
であった。そこでは畑を耕しながらそれに必要な学び(水質検査のような
化学や、土木のための測量、農業など)農的生活に必要な学びをホリス
ティックに展開させていた。また同じキャンパスにある高校生は、隣接村
の貧しい先住民たちが織るハンディクラフトを写真に撮り、HP を立ち上
げ、世界のどこからでもフェアトレードでネットショッピングできるよう
なサイトを作っていた。自分ができることで社会貢献しようという前向き
な姿勢が、どの高校生からも感じられた。
第 1 回 国境なき教育者の会
(EsF)
私 は 1999 年、 第 1 回 EsF の 研
修 会 に 参 加 し た。 研 修 場 所 は 90
年前にモンテッソーリ博士が最初
の国際 3 − 6 歳コースを開催した
イタリアにある小さな街チッタ・
デ ィ・ カ ス テ ー ロ。 講 義 会 場 も、
モンテッソーリ博士が執筆活動に専
念できるようにと手を差し伸べたフ
ランケッティー伯爵の城、ヴィラ・
世界 13 カ国から集まった第 1 回 EsF の
参加者 22 人
モンテスカだった。世界から 22 人のモンテッソーリ教師やトレーナーが集
まり、6 週間にわたりモンテッソーリの著書を再度深く読み合い、また、い
かに貧困層の子どもたちへモンテッソーリ教育を届けるか、またコソボ難
民キャンプで救援活動するユニセフ職員の話なども聞いた。
この EsF の 2 年前にモンテッソーリスクールの仕事を辞めた筆者は、
まずオランダの AMI 本部に行き、その頃事務局長であったレニルデ・モ
ンテッソーリと話をする機会をもった。私の訪問目的は一つ。
世界中でモンテッソーリ教育はひと握りの富裕層の教育と誤解されてい
るが、いったいモンテッソーリの原点であったサンロレンツォのような貧
しい子どもたちへの活動はどうなったのかと訴えるためだった。
その頃、
彼女もたまたまテレビで「国境なき医師団」を目にしたばかりで、
「今まで教師を養成することが急務であった AMI も、そろそろ原点に戻ら
なければならない時期が来ましたね」と静かに話してくれた。
それから 2 年後、うれしい便りがレニルデさんから届いた。
「高子さん、
− 32 −
シンポジウム
貴方が訴えに来てくれたおかげでこんなプロジェクトができました。記念
すべき第 1 回目の集いに、もちろんあなたは参加してくださるでしょう
ね!」と書いてあった。EsF の設立に深く関わった今は亡きレニルデ・モ
ンテッソーリ、エレメンタリートレーナーであったグラッツィーニ氏、そ
の夫人でありエレメンタリートレーナーのバイバ夫人も 22 人の仲間だっ
た。
(写真)現在も、この時に出会った仲間とは交流を続け、それぞれの
地域でより援助を必要としている地域の子どもたちへのプロジェクトを支
えているのは、本当にうれしいつながりだ。
難民への支援
●カンボジア難民
1980 年代、ポルポト時代を体験したカンボジアの人々は、着の身着の
ままで故郷から逃げてきた。タイ・カンボジア国境沿いのキャンプでは、
親が強制労働させられる姿を目撃したり、地雷、迫害を体験してきた子ど
もたちで溢れていた。子どもたちはどこかで安心感を得る必要があった。
そしてキャンプ内に設立された「希望の家」で、子どもたちは再び人を信
じたり、人間の良い側面を発達させる環境に出会うことができたのだ。
●チベット難民への支援
1959 年以来ダライ・ラマ法王が在住す
るチベット亡命政府(インド北部ダラム
サールにある)では、未来のチベット人
へ最高の教育をと、子どもたちをモンテッ
ソーリ教育で育てている。奪われた母語
「チベット語」を取り戻すために砂文字に
よって自国文化の継承をしている。
(写真)
●ケニアのナクル難民への支援
ナクル難民キャンプの中で保護者によるレンガ作りから始まったキャン
プ内の子どもの家。子どもの家で使う教具は、いずれも元大工や保護者が
協力して作ったものだ。海外から高価な教具を購入できない時でも、地域
にあった技術と材料、そして温かいマンパワーを使って、ケニアの未来を
− 33 −
担う子どもたちの為に用意された家具・教具だ。ここでは AMI によるキャ
ンプ内での教師養成コースも始まった。
先住民への支援
10 年ほど前にメキシコのナワット族の村を訪問する機会を得た。彼ら
の作物(オーガニックコーヒー)は自然農法に従い、有機的に育てられて
いたのに、そこに暮らす子どもたちは、3 歳、4 歳になっても大人にずっ
と抱かれ、食べさせられていた。
「この村をどう思う?」と農業組合の会
長に聞かれた時、正直に「コーヒーはオーガニックに育てているのに、な
ぜ未来のナワット族の担い手である子どもたちを、自然の法則に従って育
てないのか?」と伝えた。すると「そんな方法があるなら教えてほしい」
となり、0 歳からの発達が分かる 0 − 3 歳養成コース用の心理感覚運動の
タイムラインを見せながら、英語→スペイン語→ナワット語という 2 人の
通訳を介して、彼らに一生懸命、子どもの自然な発達と彼らができる援助
の話をした。
森を壊さずに、果物の樹木の木陰にコーヒーの苗を植えるという彼らの
祖先からの農法、森林農法(1)が、モンテッソーリと重なるようで、彼らは
すぐにこの教育法で子どもたちを育てたいと言ってきた。1 年後には首都
のメキシコシティーからモンテッソーリ教師を雇い、トセパン協同組合の
中に子どもの家が始まった。現在は小学校まで広がり、すべての家具、学
校の建材は、森の中から切り出した竹でできている。
リハビリ介護
Brush Development というアメリカ
のオハイオ州にある団体がモンテッ
ソーリ教育をアルツハイマー病や認知
症の治療に取り入れている。
http://brushdevelopment.com/montessorifor-aging-and-dementia/
ピースボート(2)洋上子どもの家
2009 年 8 月より現在まで、親と乗船
− 34 −
「香りのお仕事」ハーブを嗅いで絵と
合わせる認知症患者の活動
シンポジウム
して来る子どもたちのために「洋上子どもの家」を 9 回開催してきた。約
20 カ国を訪れる 3 カ月の船旅だが、約 1,000 人の乗船客との生活の中で、
子どもたちは逞しく成長する。各寄港地では世界遺産を訪問したり、現地
の子どもたちとの交流、また北欧ではモンテッソーリスクールも訪問する。
船内はまるで大学のような講演会、ワークショップ、映画会などが日々行
われるが、その中でもありがたいのは、モンテッソーリ教育に関するレク
チャーを 10 回ほどさせてもらえることだ。話を聞き、船内の子どもの変
化を見て下船後、モンテッソーリ教師の養成コースに申し込む若者も増え
てきた。偏見を持たず、違う文化をあるがままに受け入れられる幼児期な
らではの貴重な船旅だ。
* * * * * * * * *
以上、私が今までに関わってきたモンテッソーリ教育の広がりについて
お話ししたが、これを機にこの教育が幼児教育にとどまらず、多様な世界
の問題・ニーズに応えていることを知っていただければ幸いだ。モンテッ
ソーリ博士の功績は 100 年以上たった現在も、社会的、経済的、宗教的な
枠組みを超えて、グローバルに尊い生命の援助を提供し続けている。
注
(1)
森林農法:アグリフォーレストリーとも呼ぶ有機的農業のやり方の 1
つ。多くの先住民が今も伝承し、大規模に森を伐採してコーヒーだけ
を植えるのではなく、バナナやマンゴーなど多様な樹木の間にコー
ヒーの苗を植えていく方法。これによって日陰を作り、バナナの落ち
葉が腐葉土となり、コーヒーも森も豊かに育っていく。
(2) ピ ー ス ボ ー ト:1983 年 に 国 際 交 流 を 目 的 と し て 始 ま っ た 日 本 の
NGO。約 3 カ月の世界一周の船旅を通して、世界の歴史、文化、貧困、
環境問題などを知り、草の根的な国際交流を体験できる。
ピースボート洋上子どもの家 http://pbkodomonoie.jp/cont/img/top.jpg
− 35 −
「未来と今」
・
「グローバルとローカル」
第 4 シンポジスト
福原 史子
(ノートルダム清心女子大学准教授)
はじめに
本全国大会で基調講演をしてくださった中村桂子先生が、童話作家であ
りミュージカル脚本家である山崎陽子さんと、一貫して自然をモチーフに
描いておられる画家の堀文子さんと三人で描きだされた「いのちのハーモ
ニー」が、絵本『いのち愛づる姫』です。主人公は虫の大好きなお姫さま
です。しかもこのお姫さま、蝶よりも毛虫の方が好きなのです。「愛づる」
とは、時間をかけて本質を見いだした時に生まれる愛であり、知的な面が
あると中村先生は述べておられます。(1)美しい蝶よりも毛虫にこそ生きる
本質を見いだして愛づるお姫さまに科学者の姿が重なります。絵本には、
バクテリアやミドリムシ、クラゲやタイ、シダや松などが、飛脚や京女、
老女などの姿をして現れ語りかけます。38 億年前に生じた一つの細胞か
ら地球上の全ての生き物たちが続いていること、また、受精卵という一つ
の細胞から生まれ死んでいくサイクルを繰り返しながら、いのちが受け継
がれていくことが、壮大な物語に描かれているのです。
不思議だと思いませんか。
英語で「不思議に思う」ことを wonder と表現します。「満ち溢れている」
状態を full と言います。二つを合わせると wonderful「すてき・すばらし
い」という言葉になります。それでは、
子どもを中心とした“Wonderful !”
な今と未来について、一緒に考えて参りましょう。
1.子どもと自然~いのちのハーモニー~
生物の多様性は、生に組み込まれた死によって生じるそうです。二つの
細胞が出会い受精卵となり新しいいのちが生まれて、そして死んでいく。
(2)
そのサイクルの中で、多様な生き物が進化してきます。
身近なところで
は、花壇のダンゴムシほど子どもたちの心をつかむものはいないように思
います。抜群のプレゼン力です。石を持ち上げると驚いたようにゴソゴソ
− 36 −
シンポジウム
動き出し、突っつくと堅い玉に丸まります。
「この下にもいるかな? やっ
ぱりいたいた。おもしろい!」と、子どもたちの話し声が聞こえてきそう
です。堅く丸まっても、そっと見ていると期待どおり動き始めます。自然
はどうしてこのようなおもしろい生き物を創ったのでしょう。
今、コミュニケーション能力やプレゼンテーション力が注目されていま
すが、ダンゴムシにはかなわないと思います。プレゼンテーションとは、
大自然からのプレゼントであるこの人間が、自己の考え方をプレゼントと
して示すことだそうです。日々の提示や提供も英語で presentation と言い
ます。私たちから子どもたちへの、心のこもったプレゼント、ギフトとなっ
ているでしょうか。
2.子どもと社会~人と人とのハーモニー~
1945 年 11 月、第 2 次世界大戦終戦直後に制定されたユネスコ憲章の前
文には、「戦争は人の心の中でうまれるものであるから、人の心の中に平
(3)
和のとりでを築かなければならない」
と述べてあります。モンテッソー
リは、『平和と教育』の中で「平和を建設するのは教育の仕事です」
「平和
を建設するための教育というものは、学校や授業の枠の中に限定されるも
(4)
のではありません。それは、宇宙的な広がりをもつ一大作業です」
と述
べています。ユネスコとモンテッソーリは設立当初からつながりがありま
す。ユネスコ憲章とモンテッソーリの考えを合わせると、現在クローズアッ
プされている、ある一つの教育理念にたどりつきます。ESD(Education
for Sustainable Development 持続可能な社会のための教育)です。ESD
を積極的に進めていく学校として、これには幼稚園から大学まで含まれま
すが、ASP ネット(ユネスコスクール)があります。(5)
2014 年 11 月にユネスコスクール世界大会が岡山市で開催されました。
その時の特別講演を日本ユネスコ国内委員会会長であり中央教育審議会会
長でもある安西祐一郎氏が「未来を生きる子どもたちのために」のタイト
ルでなさいました。グローバル化時代に対応して、今、まさに教育の質的
転換が求められ、さまざまな議論がなされている最中です。安西氏は、こ
れからの時代を生きていくには、背景の異なる多様な人々と協働すること
が重要であり、
「知識・技能の活用力」
「生涯楽しく学び続ける学習継続力」
「情報を吟味する力」
「合理的思考力」
「予想外の変化に即座に対応する臨
− 37 −
機応変力」「自分の目標を自分で見出して実践する主体性」などが必要で
(6)
あると述べられました。
これらの能力は、高校や大学で急に身に付けよ
うと思って付けられる力ではなく、乳幼児期からの取り組みが重要だと言
われています。現在、
「アクティブ・ラーニング」という学び方が注目さ
れています。実際にやってみる、意見を出し合って考える、知識を活用し
て応用問題に取り組んでみるといった学習方法です。(7)モンテッソーリ教
育ですでに実践されている方法だと考えます。
さて、話題をモンテッソーリ教育にもどします。2013 年夏に、全米で
一番エコな町と言われるオレゴン州のポートランドでモンテッソーリ世界
大会(2013 International Montessori Congress)が開催されました。市内
には無料の路面電車が走り、会場となった郊外のコンベンションセンター
と結ばれており、たいへん便利な場所でした。お店で買い物をしても、プ
ラスチックバッグは貰えず、紙バッグまたは「バッグなし」といった徹底
ぶりでした。そのポートランドでの世界大会で、90 分間の英語での口頭
発表をさせていただきました。内容は「1. Geographical Features(日本の
地理的特徴)
」
「2. Four Distinctive Seasons(四季の変化と花や食べ物)」
「3. Historical Features(歴史的特徴と伝統文化)
」
「4. Coexistence with
Nature(自然との共存)
」の四つの面から日本を紹介し、ESD と関連づけ
て考察を試みました。この発表では、いろいろな国の方から反応をいただ
いたのですが、中でもシンガポールの方のコメントがとても印象的でした。
「シンガポールは新しい国で、しかも多民族国家、そのため子どもたちに
伝えられる伝統文化が何もない。日本がうらやましい」とおっしゃるので
す。日本に暮らしていると当たり前で気づかなかったことを、
「すばらしい」
と言ってくださる人がいて、日本の良さを再認識することができました。
日本の中央、ちょうど北緯 35 度の線を地球儀でたどっていくと、線上
にはアメリカのデスバレーや西アジアのシリア砂漠、カヴィール砂漠など
砂漠が多くあります。その北緯 35 度あたりに位置しながら、日本は国土
の約 7 割(67%)を森林が占める豊かな自然に恵まれています。ですから、
その気候風土に合った暮らしをし、木や和紙を使った伝統文化が発展して
きました。折り紙だけでなく、紙に文字を書く書道や和歌や物語なども含
めた紙の文化の長い歴史があります。その日本文化に海外で触れること
もできました。世界大会のスクールツアーで訪れた Montessori School に
− 38 −
シンポジウム
は、日本文化のコーナーがありまし
た(写真)
。また、カリフォルニア
の Montessori School の Elementary
(小学校) で美術の先生をされてい
るアメリカ人の女性は、日本の伝統
文化がたいへんお好きで、華道はも
とより、茶道も書道も、焼き物まで
なさり、着物もご自身で着られると
のことでした。
日本の長い伝統と文化、
例えば『い
図:ポートランドの Montessori School
で見つけた日本文化のコーナー
(2013 年 8 月撮影)
のち愛づる姫』は堤中納言物語の中
にある「蟲愛づる姫君」がもとになっています。そしてこの物語は平安時
(8)
代後期、今から千年近く前にすでに生まれていたのです。
日本文化の奥
深さを感じずにはいられません。
3.未来への責任~「未来と今」
・
「グローバルとローカル」~
(9)
「子どもは親や教師の言う通りにはならないが、する通りになる」
と、
ノートルダム学園の渡辺和子理事長が、教育実習に行く前の学生たちに向
けていつも話してくださいます。インドにおけるモンテッソーリについて
研究し『コスミック教育の形成』を著した Sr. クリスティナ・マリー・ト
ルドゥーも、「子どもたちの内面からの開花を促すためには、教師自身の
研究が必要である」
「教具の扱い方を知るだけではモンテッソーリ教育は
完全ではなく、モンテッソーリの精神を理解し、新しい事実に目を開き、
取り込んでいく研究心と勇気と努力がこれからのモンテッソーリアンには
必要なのである」と、教師の在り方に言及しています。(10)
子どもにチャレンジしてほしいならば自らが何かに挑戦しなければ、子
どもに豊かな創造力を身に付けてほしいならば自らが creative な日々を
送らなければ、子どもに wonderful な生き方をしてほしいならば自らが
wonderful でなければならないと心から思います。そこで、私が選んだ一
つの挑戦は、モンテッソーリ世界大会における発表でした。この挑戦は、
バラの街ポートランドにちなんで Rose Project と名付けて取り組みまし
た。あまりに壁が高いと、もう自分一人の力ではどうにもならなくなりま
− 39 −
す。そうすると周りの方々が助けてくださり、
支えてくださいました。ノー
トルダム清心女子大学の教職員の方々、附属幼稚園の先生方、附属小学校
の先生方、学生の皆さん、地域の方々、家族……本当にたくさんの力を借
りて、なんとか発表に至りました。今でも思い出すと胸が熱くなります。
何よりもうれしいことは、その後、挑戦の輪が広がって、自らトレーニ
ングコースに入って学び始めたり、大学院で学び始めたりなさる方々が周
りに複数現れたことです。
ここで、海外でがんばっている谷川花愛さんを紹介させてください。大
学卒業後、英語力や経済力などの幾多の困難を乗り越えて、ニュージーラ
ンドの大学院に進学し、現在はモンテッソーリ教師として働いています。
粘りに粘って、ついに永住権が取得できたそうです。ニュージーランドも
またシンガポールに似て新しい国、多文化社会です。しかし、土着のマオ
リの人々を尊重し、彼らの言葉や文化、風習を維持するために努力がなさ
れているとのことでした。また、近年では小さい頃から自分で考える力を
育成する教育に重点が置かれているようです。
一方で、日本政府の進めるグローバル戦略とは逆に、若者の内向き志向
が指摘されてもいます。日本人の英語が上達しない理由の一つとして、間
違いを恐れる点が挙げられます。谷川さんを見ていると、アクティブな行
動力と、うまくいかなくても自分でフォローしながら前向きに取り組む姿
勢、そして自分が今まで何をしてきて、何をこれからしていきたいのかア
ピールできるプレゼン力を備えていることが目立ちます。これは、前述の
安西氏の指摘のとおり、大学で急に身に付く力ではなく、幼い頃からの教
育の賜物だと思います。まさに、モンテッソーリ教育で養える力、養いた
い力ではないでしょうか。
現在、インターネットが発展し、クリック一つでどんな国でも旅した気
分になれます。いろいろな情報にアクセスできます。しかし、実際に自分
で行ってみないと分からないことのほうが多いと思います。何日もかけて
スーツケースに荷造りをして、飛行機の狭いシートに何時間も乗って、緊
張の中、疲れた体でイミグレーションを通って初めて見える 360 度の現実
世界があるのではないでしょうか。まさに「Going out!(行ってみよう)
」
です。
ポートランドでの発表の半年前に、東北地方を車で巡りました。西日
− 40 −
シンポジウム
本に住んでいる私が震災について話すのは不謹慎ではないかと悩みました
が、世界の人たちから見れば同じ日本、関心を持たれているに違いないと
いう考えに至ったからです。せめて、自分で行って、自分自身の目で見て、
その土地の空気に触れ、その土地の食を味わって、そこで出会った人の話
を聴いてから、発表に組み入れるかどうかを決めることにしました。震災
からすでに 2 年が経っていましたが、そこで目にした光景とその空気は
テレビのニュースやインターネットで視聴したものとは全く違っていまし
た。石巻市立大川小学校の校庭に立った時、圧倒されて言葉が出てきませ
んでした。今でも言葉にするのは難しいです。その校庭の隅に卒業制作を
見つけました。「世界が全体に幸福にならないうちは、個人の幸福はあり
えない……」
、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』の一文です。偶然見つけた壁
画と一文でしたが、この卒業制作に出会ったおかげで、震災について話題
にする決心がつきました。
幼稚園の花壇に戻ります。ある日、子どもたちが目を輝かせてダンゴム
シを見ていました。上からのぞいて、
「ダンゴムシだね」と言ったら、私
の心がこもってないことを子どもは敏感に感じたのでしょう、「ちゃんと
見て」と引っ張るのです。強く促されて、座って子どもたちと同じ目の高
さで花壇を見ると、そこにはダンゴムシの赤ちゃんがたくさんいました。
突っ立ったままの大人の目線では見えない、小さな小さなダンゴムシの赤
ちゃんたちでした。ダンゴムシの赤ちゃんは、毛虫ではなく、小さいなが
らもダンゴムシのフォルムの赤ちゃんダンゴムシなのです。子どもの目の
高さで一緒に見るということも、
「行ってみる」です。どこか遠い世界で
はなく、日常の中の「行ってみる」も大切にしたいです。
おわりに
未来への責任として、キーワードを三つに絞ってまとめます。
まず「挑戦」です。自らが知識を活用し挑戦し続け、子どもたちにも挑
戦してほしいです。挑戦の結果は、
「成功」か「未来の成功のための貴重
な学び」かのどちらかです。そのために私たち大人は、誤りや失敗を非難
するのではなく、自分で調整できる雰囲気を醸し出したいです。
二つ目は「行ってみる」です。本物を使って、または本物を求めて、本
物の体験をしたいと思います。imagination と creativity という二つの「そ
− 41 −
うぞう力」を駆使して、モンテッソーリ教具を越えたその先へも行ってみ
たいと思っています。
最後に「今に集中」することを挙げます。世の中は急速に動いていて、
世界中にいろいろな課題が山積しています。あまりにも展開が速くて、あ
まりにも問題が多くて、訳が分からなくなります。しかし、私たちにでき
ることは、広い世界や未来を憂うことではなく、今、目の前の子どもたち
や目の前の仕事に集中して、私たちにできることを精いっぱいすることで
はないでしょうか。それがなかなか難しいのだけれど、私なりに努力して
いきたいと思っています。持続可能な私たちの社会のために。
注
(1) 中村桂子「解説 ものみな一つの細胞から」中村桂子・山崎陽子『い
のち愛づる姫』藤原書店、2007 年、64 ~ 73 頁。
(2)
同上書、64 ~ 73 頁。
(3)
国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)/ The Constitution
of UNESCO、1945 年、文部科学省日本ユネスコ国内委員会。
〈http://www.mext.go.jp/unesco/009/001.htm〉
(2014 年 8 月 30 日閲覧)
(4)
P. オスワルト・G. シュルツ - ベネシュ編、小笠原道雄・髙祖敏明訳『モ
ンテッソーリ 平和と教育』エンデルレ書店、1975 年、39 頁。
(5) 福原史子「コスミック教育展開の可能性を探る-コスミック教育と
ESD(持続可能な社会のための教育)
」
『モンテッソーリ教育』第 44 号、
2011 年、118 ~ 130 頁。
(6)
安西祐一郎「未来に生きる子どもたちのために(特別講演会)
」
『ユネ
スコスクール世界大会-第 6 回ユネスコスクール全国大会-報告書』
日本持続発展教育推進フォーラム、2015 年、50 ~ 55 頁。
(7)
アクティブ・ラーニング:
「教員による一方向的な講義形式の教育
とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学
習法の総称」〔文部科学省『用語集』
〈www.mext.go.jp/component/b_
menu/.../1325048_3.pdf〉より〕
。
「
『何を教えるか』という知識の質や
量の改善はもちろんのこと、
『どのように学ぶか』という、学びの質
や深まりを重視することが必要であり、課題の発見と解決に向けて
− 42 −
シンポジウム
主体的 ・ 協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」
)
や、そのための指導の方法等を充実させていく必要があります」
〔文
部科学大臣「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方につい
て(諮問)」〈http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/
toushin/1353440.htm〉より〕
(8)
中村桂子、前掲書(1)
、64 ~ 73 頁。
(9)
渡辺和子『愛と祈りで子どもは育つ』PHP 研究所、2006 年、134 頁。
(10)
C .M. トルドゥー著、奥山清子訳「想像力によるコスミック教育」
『モ
ンテッソーリ教育』第 27 号、1994 年、61 ~ 69 頁。
− 43 −
司会者としての報告
友井 桂子
(高田カトリック幼稚園)
本大会のテーマ
『未来への責任』
は、
大変大きく、重いものである。それを、
どのように深めていくか、自分のものとして具体的に身近に感じ考えてい
くか。何度も紆余曲折しながら、実行委員会で終始確認されてきたことは、
基調講演を基に、その話を聞いた全員が引き続いて、その延長線上でシン
ポジウムを行い、語り合い、深まりを得たいということであった。
第一線の女性科学者として、長年生き物と向き合い、いのち・生命を見
つめてこられた中村桂子氏の基調講演を受け、その話からつながって、モ
ンテッソーリの立場からさまざまな実践者、研究者に話題を提供していた
だき、いのち・生きる・自然・世界・環境・平和・宇宙の調和など、モンテッ
ソーリが残した構想をどのように実践しているのか、何を大切にしていく
のかということを考えていきたい、
ということに行き当たった。そして、
『自
然・子ども・社会のハーモニー』というサブタイトルを設け、四人のシン
ポジストに登壇をお願いした。
シンポジストの冨坂洋子氏は、東京の世田谷聖母幼稚園を経て、1991
年からは千葉県市川市の国分幼稚園へと、長年幼稚園という現場でモン
テッソーリ教育に携わってこられた方である。また 2013 年からは、東京
モンテッソーリ教育研究所付属教員養成コースの講師として文化を担当さ
れている。冨坂氏は、今までに出会った子どもたちとの実践、特別支援児
との関わりを通して、子どもが自立するための援助には、子ども一人ひと
りをよく観察し、子どもの姿から感じ取る力、感性が重要であると語られ
た。また幼稚園の子どもたちが自然とどのように関わっているか、コース
の学生たちとの授業についても紹介してくださった。その中で、自然を前
に、子どもを前にして、謙虚になるということは、いのちを見つめてこら
れた中村桂子氏やマリア・モンテッソーリに通ずる点であろう。
京都モンテッソーリ教師養成コースで、主任、文化・言語の担当をされ
ている根岸美奈子氏は、また自然に囲まれた深草子どもの家で、日々子ど
もたちと豊かな生活を展開しておられる。根岸氏は、0 歳から 6 歳の小さ
− 44 −
シンポジウム
な子どもたちに生きること、いのちのことをどう伝えたらよいのだろうと
問いかけながら、毎日の生活の中で子どもたちがどのように自然と関わっ
ているかを、子どもと共に生活しながらその中で見てきたことを丁寧に紹
介してくださった。それぞれが置かれている環境に違いはあるが、親や保
育者、大人がどんなことに重点を置いているか、子どもの何を大切にして
いるかが問われている。一時の親や保育者の満足のために、子どもの時間
を奪っていないかと問い、大人の関わり方ひとつで環境を変えることはで
きる。どういう視点が大事なのかをまとめてくださった。
深津高子氏は、貧しいアジアの難民キャンプでの保育所で、モンテッソー
リ教育哲学と出会い、本当に「平和が子どもから始まる」のならそれを学
びたいと勉強を始めたという経緯を持たれる。東京府中市のモンテッソー
リスクールで勤務し、本当に「平和は子どもたちから始まる」ことを子ど
もから学んだとおっしゃる。深津氏は、1999 年に始まった、貧しい環境
に住む子どもたちにモンテッソーリ教育を提供するという AMI のプロジェ
クト、
「国境なき教育者」EsF 会員。2000 年から 6 年間オランダ AMI 本
部の理事を、
そして現在は、
AMI 友の会 NIPPON の副理事長という立場で、
世界各地や、
またいろいろな NPO や NGO と一緒に幅広い分野で活動され、
モンテッソーリ教育のみならず、子どもの素晴らしさを伝える活動をして
おられる。小学校・中学校・高校、そして、難民キャンプ、いろいろな困
難を抱えている子どもたちや、弱った人、老人に至るまで、私たちの原点
である 1907 年、ローマのサン・ロレンソで始まったモンテッソーリ教育が、
どんなふうに発展していき、今いろいろな所で応用されているかの例をグ
ローバルな視野と経験から紹介してくださった。
福原史子氏は、アメリカ在住の時にモンテッソーリ教育と出会い、学ば
れ、帰国後ノートルダム清心女子大学付属幼稚園でモンテッソーリ教育に
携わってこられ、現在ノートルダム清心女子大学児童学科准教授として、
教育と研究活動をされている。ユネスコとモンテッソーリのつながりを研
究されている氏は、ユネスコスクールの世界大会で語られた、これからの
教育に求められるものを紹介しながら、それらがすでにモンテッソーリ教
育でなされている方法であると述べられた。また、アメリカのオレゴン州
のポートランドでの世界大会での自身の発表を例に、未来への責任を、未
来と今、グローバルとローカルという視点で見つめ、挑戦する、行ってみる、
− 45 −
今に集中するというポイントを挙げてくださった。
そして、このシンポジウムをコーディネートしてくださった相良敦子氏
は、モンテッソーリ教育の第一人者である。ご存じのとおり長年近畿支部
長もお勤めいただいた。今大会の顧問として、折に触れ、適切なアドバイ
スをくださった。相良氏は、
「本当に大切なものは何かと考えた」
「本当に
大事なことはなんだろう」という、中村桂子氏の言葉を繰り返し参加者に
問いながら、本シンポジウムを進めてくださった。
今回のシンポジウムは、
『未来への責任』という同じ言葉のもとに、豊か
な経験を持つ四人のシンポジストが、自分の中にあるものを生かしながら、
実に、
違った観点から違った話をしてくださった。参加者は皆、その豊かさ、
広がり、一人ひとり違うことの良さを感じたことだろう。その違いの中に、
みな共通して「いのちを見つめている」ということは、特筆すべき点であっ
たと思う。それぞれの話から子ども、保育者、大人、社会、世界へとつな
がり広がり、また子ども・生命へとモンテッソーリ教育の根底に流れる神
髄に迫るものがあった。
シンポジウムの間、相良氏は終始、参加者全員に「本当に大事なことは
なんだろう」と、問い続けられた。シンポジストの話に一人ひとりが触発
され、モンテッソーリ教育に出会えてよかった、モンテッソーリ教育に出
会った喜びの中で、
「本当に自分は何を大事にしているか」ということを
考える契機となるシンポジウムであった。
− 46 −
シンポジウム
コーディネーターとしての報告
相良 敦子
(長崎純心大学大学院教授)
1.基調講演の延長線上で
基調講演を依頼された中村桂子先生は、誰よりも真剣に、
「未来への責任」
ということを考え続けてこられた方だけに、この大会タイトルの言葉は先
生の胸に重く響いたようだ。
「
“未来への責任”は辛いです。……一生懸命
やってきたつもりだが、こんな社会を未来に渡すつもりはなかった」と本
当につらそうな顔をして最初にこう言われた時、私はドキリとした。中村
桂子先生は分子生物学・生命科学という最先端の分野で第一級の研究者と
して本質を見極める努力をなさってきた方。そして、25 年くらい前から
生命科学の中で“やりなおし”をしようという構想をもち、
「生命誌」と
いう知、「生命誌研究館」という場を立ち上げておられる。その「生命誌」
の意味を知ると、中村桂子氏が考えておられる「未来への責任」が分かる。
分かりやすい中村氏の言葉を次に引用しよう。
「経済の重要性は認めますが、そのために生きることは御免こうむりた
い。経済のために技術を開発し、そのために生き物の研究をするという発
想はしたくありません。まず生き物についてよく知り、その知識をもとに
皆が生き生きと暮らすことを支える社会を考え、それを具現化するための
技術開発をして経済も活性化するという、逆方向が働く社会でありたいと
思うのです。経済→技術→生命という方向で働く力は、権力と金力であり、
逆の方向で働く力は、生きる力です。生命誌は、生きる力を身に付けるた
めの知でありたいと思います。21 世紀を迎えた私たちは、
『生命』を見つめ、
そこから学び、生命を基本に置く社会を作らなければ、明るい未来を作り
出すことは難しいのではないでしょうか」
。
中村氏は、
「人間は生き物。人間は自然の一部」ということをベースに
して、
「生きているとは、どういうことか」を徹底的に追及し、そのこと
を基本に社会を考えておられる。
「社会が“生命”を基本に置いて動くよ
うになってほしい。ところが、生き物を基本に考えるという立場から見え
る社会は、生きにくいものとなってきた」と言われる。
− 47 −
午前中、本大会の参加者全員が、この中村氏の視点に導かれて「未来へ
の責任」を考えることができた。その全員が集う午後のこのシンポジウム
においては、午前中に考えたことの延長線上で、さらに具体的に自分が関
わる分野でこのことを考えたい。そして、今日の午前と午後を通して考え
たことが、この大会の最後まで一人ひとりの胸の中に余韻を残すことを
願って開始した。
2.シンポジストとフロアから
四人のシンポジストが、
「未来への責任~自然・子ども・社会のハーモニー
~」のタイトルで提案した内容は、ご本人が書かれる。また、シンポジス
トの立場や背後にあるもの、などについては友井桂子氏が述べているので、
ここでは省略。
以下、フロアからの発言の紹介。
根岸美枝子氏、
「中村桂子先生の話で強く心に残っているのは、一人と
して同じ人はいない、ということだが、今、四人の方の話を聞いて……ど
なたも……子どもは今、どこを援助してほしいと思っているかを、よく見
て、手伝おうとしているのに感動した。四人が全く異なる話をなさったが、
お一人お一人がちゃんと子どもを見ていらっしゃる。本当に大事なことを
見つめていらっしゃる。地味だけれども、しっかり見つめて、一人ひとり
を援助していく大切さが、ご発言からよく分かった」。
根岸美枝子氏の「本当に大事なことを見つめていらっしゃる」という感
想は、このシンポジウムのキーワードを得る手がかりとなった。なぜなら、
中村氏が著書や講演のなかで繰り返し使われる二つの言葉がある。「本当
に大事なことは何か」と「基本」という言葉である。幸いにも、本シンポ
ジウムのキーワードにしたいと思っていた言葉が、最初にフロアから出て
きたので、私はこれを捉えて、シンポジストたちに「最後に、本当に大事
なことは何かを、2 ~ 3 分で話していただきたい」とお願いして、次の発
言を求めた。
次の発言を待つ間に、
深津氏が「サン・ロレンソ子どもの家」が、モンテッ
ソーリ教育の原点だと言及されたことに関連して、ネパールのスラムの近
くで子どものために 20 年間働いてきたシスター川岡に話を求めた。シス
− 48 −
シンポジウム
ター川岡の話のポイントは次のようである。
「ネパールのポカラという町のスラムの近くに保育所を開いた。連れて
はだし
こられる子どもたちは真っ裸で裸足。最初の頃は、シラミ取り、洗髪、体
洗いに追われた。教師として採用した人たちは、貧しい人、人生に困難を
感じている人たちで、学歴は小学校か中学程度。そんな中で、子どもたち
を見ながら、子どもたちから学びながら、ネパールの社会に最も適した教
育をしたいと考えた。そして、まず、日常生活を良く生きることができ
るように教育するうちに、モンテッソーリ教育が最適であると思うように
なった。モンテッソーリ教育は、子どもだけではない。先生が変わってい
かなければ本当の保育ができないが、先生たちは、見事に自分の生き方を
変えていった。DV で苦しむ女性が、自分には生きる意味があると気づい
たり、誠実で、素直で、いつも努力し、互いに助け合う教師たちになって
いった。モンテッソーリ教育の精神で、子どもも全ての職員も親も変わっ
ていくのだということを、私は学ばせてもらった」。
モンテッソーリ教育の原点が、ローマ郊外のスラム「サン・ロレンソ子
どもの家」にあったということに皆の思いが至ったとき、シスター林から
深津先生に対して次のような問いがでた。
「貧しい地域の貧しい子どもたちからモンテッソーリ教育が始まったと
いうことは素晴らしいが、今の日本を見ると、裕福で、モンテッソーリ教
育をする教師たちは必至でディプロマを取り、教材をそろえることに追わ
れている。このような今の日本のモンテッソーリ教育を深津先生は、どう
思われますか」
。
この問いに対して深津先生は、
「子どもがどんなに素晴らしい教材に囲
まれていようとも、子どもの求めに応える大人がいなければ意味がない。
モンテッソーリ教育以前の問題だ。子どもと“一緒にいる”質が問われる」
と語られた。
3.では、
「私が本当に大事だと思っていること」は何か?
中村桂子氏は、
「生命とは何か、生きているということはどういうことか」
について考え、「生き物を研究する仲間はもちろん、あらゆる人々と語り
合うことで、皆が生きやすい社会のありようを考えていきたい」と願って
− 49 −
おられる。その願いをこめて、午前中に、
「私が本当に大事に考えている
こと」を話してくださった。その話を受けて展開してきたこのシンポジウ
ムの最後に、もう一度、シンポジストたちに「私が本当に大事に思ってい
ること」をひと言ずつ話していただいた。
冨坂洋子 「一人ひとりの育ちを助ける」
、
「その子その子を大切にする」、
「子どもたちから学ぶ」が基本だと思う。
根岸美奈子 「子どもは、ゆっくりである。全てのことを早くできない。
一人ひとり違う。子どもには、ゆっくり考える力を与えてほしい。子ども
が自分で考えるためには、自由な時間、ゆっくりした時間が必要。ゆっく
りの時。たっぷりの自由な時間を与えてあげたい」。
深津高子 「スローな時間を保証してあげる。話を聞いてあげる。信じ
てあげる。愛着関係をつくってあげる。子どもたちが、20 年後、30 年後、
大人になるときを見通して、一人の大人として尊重してあげる。背景の異
なる多様な業種や国などの人たちと付き合うこと」。
福原史子 「根岸先生が、ゆっくり考える時間が必要とおっしゃったこ
とに同感だが、それに付け加えさせていただく。子どもが考えたことを大
切にする。そのためには、教師自身が考えていること、ワクワク感を持っ
ていることが大切」
。
今、四人のシンポジストが「本当に大事だと思っていること」を言って
くださったが、これを聞いて、何か発言していただきたい、という私の言
葉に対して、甲斐仁子先生がこのシンポジウム全体について次のよう感想
を述べられた。
「今回のシンポジウムは、今までと異なる構成になっていることを評価
したい。基調講演が縦軸となり、横軸としてシンポジストの四人の先生が
同じテーマをモンテッソーリ教育の領域で話された。縦軸と横軸の中心に
子どもがいる。実に明快な良い構成であり、これを聞きながら、モンテッ
ソーリ教育をして良かったと実感している」
。
甲斐先生のこの感想は、まさに本大会実行委員会が企図したことであっ
たので、本当にありがたかった。続いて発言を求めたところ、戸田恵子先
− 50 −
シンポジウム
生が次のように語られた。
「本当に大切にしたいことは、子どもに自分が愛されているという実感
を与えてあげること」だと。
この発言のように、参加者一人ひとりの胸中には、それぞれに「私が本
当に大事だと思っていること」があるにちがいない。この大会の間中、そ
のことを考え続けることで、参加者の皆さまが今後、
「本当に大事なこと」
により専念して生きていかれることを信じたい。
− 51 −
論 文
戦前日本におけるモンテッソーリ教育の歴史
前之園 幸一郎
(青山学院女子短期大学名誉教授)
はじめに
本論では戦前における日本人のモンテッソーリ教育との遭遇、その理論
的紹介、保育現場におけるモンテッソーリ教育の受容と反省、そしてその
(1)
終息の時期にいたる大きな流れを吉岡剛の先行研究
を手掛かりに概略的
な素描を行う。なお、河野清丸の所論については個別的に論じられる必要
があり本論からは割愛される。
1.日本における最初期のモンテッソーリ教育の紹介
1.1.
『萬朝報』
日本で最初にモンテッソーリ教育についての紹介を行ったのは『萬朝報』
である。明治 45(1912)年 1 月 11 日発行の日刊紙『萬朝報』は「モンテ
スソリ教育」と題する記事を一面トップの言論欄に掲載した。「最近各国
に行わるるモンテスソリ式教育を見よ。欧州諸国の教育方法は僅々数年間
に全くその面目を一新せるものなり」
「同式によりて教育せらるる児童は
静粛たるべしと教えらるる代わりに、活動すべしと教えらるるなり。放任
主義の教育を授くるに非ずして、放任し得る児童たらしめんとするなり」
。
この『萬朝報』の紹介をきっかけにして我が国におけるモンテッソーリ教
育への関心が一挙に高まり、多様な人々によるモンテッソーリ教育につい
ての紹介が行われることになる。
1.2.倉橋惣三による「モンテッソリの教育」
『萬朝報』による紹介に引き続いて、明治 45 年 3 月に倉橋惣三は『心理
(2)
研究』
に「モンテッソリの教育」と題する論文を発表した。彼は、同教
育法の概要を紹介し、その根本となる原理は「児童の全自由を尊重し、そ
の自発的自然勢力を残りなく活用せよと云ふことである。…女史の見解に
よれば、この自発性に干渉することは即ち生命の真髄を阻害することなの
である」としている。さらに、この教育法の特色を説明して「その根底た
− 52 −
論文
る心理上の基礎は、…児童の自発性の教育に外ならぬ。
」としめくくって
いる。倉橋は、
『モンテッソーリ・メソッド』の英語版翻訳の出版が行わ
れる以前に、米国の研究誌などを参考にしてこの論文を執筆したと本論文
の終わりの部分で述べている。
1.3.川副桜喬「マリア・モンテスソリーの最新児童教育の様式」
川副は倉橋と同時期の明治 45 年 3 月に近着の「リテラリー、ダイゼスト」
(3)
誌を参考にモンテッソーリ教育の要点を紹介している 。川副によると、
モンテッソーリ教育の新しい方法は、教科書中心の教授法を避けて「子ど
もたちをして出来得る限り〈動きなさい、遊びなさい〉と教えて行く」活
動主義遊戯本位の教授法にある。そして「若しも訓練が自由と云ふ土臺の
アクチー ブ リ ー
上に築き上げられたものであるならば、その訓練こそは到底活動主義のも
のでなくてはならぬ。
」とのモンテッソーリの言葉を引用して、彼女が提
起する訓練の意味について解説を行っている。
1.4.森岡常蔵「モンテスソリ女史の新教育主義」
東京高等師範学校教授の森岡は、米国『教育心理学雑誌』掲載のプリン
ストン大学ワルレン教授の「児童の家」訪問記を通読して「感興を惹きた
(4)
る點少からず」として、モンテッソーリ教育の紹介を行っている。 「児
童の家」の起源、日々の課業、訓練、感覚の練習、書くこと、読むこと、
算(かぞ)えることなど知的練習の説明が簡潔に行われている。
『モンテッソーリ・メソッド』
(1909 年)出版からわずか 3 年後の明治
45 年に『萬朝報』に引き続いてこのように矢継ぎ早に紹介論文が発表さ
れたことはモンテッソーリ教育に対する関心の高さを物語っている。
2.教育学者によるモンテッソーリ教育の理論的紹介
2.1.野上俊夫による本格的紹介
モンテッソーリ教育についての初めての本格的な理論的紹介は、京都大
学助教授野上俊夫による大正元(1912)年 8 月の「新しき幼稚園の試み (5)
モンテッソリ女史の『科学的教育学』を読む」
によって行われた。ちな
みに、明治 45 年は同年 7 月 30 日の明治天皇の崩御によって終わる。元号
は翌日の 8 月 1 日から大正元年に改まる。野上論文は 6 回にわたって連載
− 53 −
された。その内容の構成は『モンテッソーリ・メソッド』にならって学術
論文の体裁をとっている。そのねらいは「序言」に次のように述べられて
いる。
「現今の教育界に於いて著しく学者の注意を惹きつつあるものの一つは
恐らくモンテッソリ女史の新しき幼稚園に対する試みであろう。ローマの
熱心なる一婦人の手によりて案出せられた小さき幼稚園「児童の家」はそ
の創立以来今日まで僅かに 5 年を経たるに過ぎないのに、その挙げ得た成
績の著大なることは諸国の教育界を驚かし。創立後間も無きに既に各国か
らの参観者多く、殊に新奇を好む北米合衆国に於いては最もこの「児童の
家」に興味を有するもの多く、…中には「児童の家」の挙げたる成績の大
なるに驚いて、在来の教育界に一大革命を来すべきものであるといふ人さ
え出て来た」
。(6)
野上は、本論文においてモンテッソーリ教育の持つ問題提起の重要性を
踏まえたうえで、1909 年に出版されたモンテッソーリの著書『子どもの
家における幼児教育に適用された科学的教育学の方法』の内容の詳細な紹
介を行っている。280 ページもの浩瀚な原著について、その全 16 章にわ
たる標題を丁寧に翻訳している。
注目されるのは「女史の教育思想の要点」の章である。そこでは 4 つの
問題が要点として説明されている。その第 1 は教育学の科学的研究の主張、
第 2 は児童の自由の尊重について、第 3 は感官の練習の尊重、第 4 は知的
作用の陶冶である。
野上は、モンテッソーリ教育に対して 1)
「児童を観察することを以っ
てその出発点とした」こと、2)子ども観の新しさ、3)
「実際生活の練習
を秩序的にやらせたこと」
、4)考案された感官練習用の玩具、の 4 点につ
(7)
いて評価している。
2.2.佐々木兵四郎による「モンテッソリ女史の訓練法」
(8)
佐々木兵四郎は「モンテッソリ女史の訓練法」
を発表した。彼による
と、モンテッソーリ教育の根底を貫く原理は自由である。
「今日の教育は、
児童を余りに人形扱いにして居る。傀儡視して居る。之を教育するに補助、
補導の任務を尽すことをせずして代理行為をなし、奴隷の役目を勤めて居
るのである。児童の独立心は、それが為に、その発達を阻害せられて居る。
− 54 −
論文
女史は…独立なき所自由は存在しないと叫び、児童を独立の方向に導かん
が為に干渉し補助するのである」と彼女の子どもへの援助の在り方の新し
さを強調している。
2.3.今西嘉蔵とローマの「子ども家」
今西嘉蔵(兵庫県三田中学校教諭)は、本人自身のローマにおける「子
どもの家」訪問の報告を兼ねて『モンテッソリー女史 教育の原理及実際』
を出版した。今西はその緒言で「実に最近欧米の教育界は、モンテッソリー
女史の名を以って喧(かまびす)しく、教育の雑誌は論無く、其他の雑誌
新聞は競って同女史の教育につきて論載し、多くの単行本も公にせらるる
に至り、諸国の教育実際家及び学者は、踵(きびす)を接してローマに同
女史を訪ね、其学校を参観し、歸來以ってこれが新運動を実施するに、た
(9)
だ人後に落ちざらんことを力むるの盛況なり。
」と述べる。
彼によると、モンテッソーリ教育の「根本原理は児童の完全なる自由自
発を許し、其力を遺憾なく発揮せしむるにあり、訓練の基礎も自由にあり
隋て訓練の価値は児童の能働にありて所働に存せず。さればただ静粛にし
て無動なる児童は是麻痺せられたるものにしてよく訓練せられたるものに
(10)
非ず。
」 とされている。著書のしめくくりとして「真の教育は霊と霊との
接触なり、教師が真に此事を感得し、そが実現をなし能はば児童は霊感を
(11)
起こし不可思議なる神力を現はすに至り驚くべき成績をあらはすべし。」
と述べられている。
2.4.及川平治と『分団式動的教育法』
及川平治はその著『分団式動的教育法』
(大正元年)においてモンテッソー
リ教育に言及している。及川は明治 40(1907)年に明石女子師範学校付
属小学校主事に着任した。彼は同小学校に付設されている付属幼稚園園長
をも兼務しており、同園にモンテッソーリ教育を導入する計画を抱きその
実現のためのに努力を傾注した。
その主著『分団式動的教育法』は、及川がいかにモンテッソーリ教育思
想に深い影響を受けているかを示している。その序文には、
「マダム・モ
ンテッソーリ女史は『学校には実地生活といふ課程あるべし』として幼稚
園を以て実地生活の練習場となし、
『筋肉的記憶即ち事理を腕に学び筋肉
− 55 −
に習慣をつけよ』『児童は遊ぶ者にあらずして働くものなり』と云ひ更に
曰く『児童をして生活せしめよ、自己の諸力を自由に発揮せしめよ、児童
をして自己の世界を創造せしめよ』と主張し居るが是れ正に生活の学校主
義であろう。
」
「手は脳の射出せるもの、手の訓練には必ず脳の訓練を含む」
などモンテッソーリの思想が多く取り入れられている。
2.5.大瀬甚太郎『最近の教育思潮』
大瀬は東京高等師範学校教授である。彼は教育学のこの概説書の中に「モ
ンテッソリー方法」の章をもうけている。先ず「近頃教育界に名高くなっ
たマリア・モンテッソリー女史は伊太利の人でありまして、羅馬の大学に
於いて医学を研究してドクトルの学位を得た人であります。
」とはじまる。
そして「子どもの家」の実践が詳述されている。モンテッソーリ教育の普
及については「大體女史の方法によって幼児を教導して居る場所も少なく
ありません、女史の本國である伊太利よりも英、米、佛、スウヰッルの諸
(12)
國に於いて却って多く女史の勢力が認められるのであります。」
と述べ
ている。
2.6.乙竹岩造『現代教育教授思潮』
東京高等師範学校教授乙竹も概説書に「モンテソリー法」の章をもうけ
て「近頃の教育上に於いて、甚だ注意を惹いているものの一つは、マリヤ・
モンテソリー女史の教育説である。
」と指摘している。そして乙竹は、特
(13)
にモンテッソーリの教師観に注目している。
2.7.野上俊夫『歐米教育の印象』
(14)
野上はモンテッソーリ教育の「実際を見度いとの念を有して」
ロー
マを訪問した。しかし彼はこの国の庶民生活の貧困な状態と教育の実情に
大きく落胆している。そして劣悪なこの国の教育的実情からモンテッソー
リ教育は生まれることになったと述べている。彼は念願のモンテッソーリ
(15)
園の見学を終えて、
「其の精神を失って形骸だけが存して居る」
と印象
を吐露している。しかしモンテッソーリ教育を全面否定しているわけでは
なかった。
− 56 −
論文
2.8.森川正雄『幼稚園の理論及實際』
(大正 13 年 10 月)
奈良女子高等師範学校教授兼同校附属幼稚園主事の肩書を持つ森川は、
「モンテツソリー女史の意見及方法」の章でモンテッソーリ教育について、
「一般原理」「訓練」「體育」
「感覚練習」
「智的陶冶」など項目別に要約し
(16)
て紹介している。
この著書は保育現場の実践のための実用的ハンドブッ
クを意図しているように思われる。
3.モンテッソーリ教育とジャーナリズム
3.1.中尾清太郎記者による「モンテッソリー女史新教育」
大正 2(1913)年 12 月 1 日付きの『大阪毎日新聞』日曜付録に「モンテッ
(17)
ソリー女史新教育」
(中尾清太郎)が掲載された。 「その根本主義とす
る所は子供の自然の発動に於ける完全の自由と子供の固有の精力の利用と
である」
。
「フレーベルでは何事も外から授けるのであったが、モンテソリー
では悉く衷から啓くのである。子供の個性の観察に依って、与えられたる
自由な方法で自然に生ずる子供自身の注意を根本の教育主義とするのであ
る。
」と好意的な紹介が行われている。
3.2.再び、中尾清太郎記者による「野天に営まるる『子供の家』 『大阪毎日新聞』は、再度、
「野天に営まるる『子供の家』
再びモンテ
ソリ女史の新教育法に就きて」と題して翌大正 3(1914)年 5 月 17 日付
(18)
け日曜付録に中尾清太郎記者による特別記事を掲載した。
今回は、
「モ
ンテソリの教育法の中でも、特に出色と見える Silence に重きを置く一條」
が話題とされている。
「沈黙」はモンテッソーリ教育の大きな基本原理で
ある。「子供の家」では子どもたちはお仕事の時も、遊びの時も自分のし
たいことを勝手に黙って行っている。しかしそれは一般に考えられる静粛
とは異なるものだ。
「静粛は外圧的のものであるが、沈黙は内生的のもの
である」からである。中尾記者は、さらにモンテッソーリ教具を所有して
いる日本の幼稚園の調査を行った。モンテッソーリ教具を備えている幼稚
園は大正 2 年には東京に一か所だけ存在した。しかし大正 3 年 5 月時点で、
東京 5、京都 2、神戸 2、秋田 1、米子 1、広島 1、三原 1 の幼稚園が確認
された。
− 57 −
4.京阪神におけるモンテッソーリ教育の導入
4.1.『京阪神聯合保育会雑誌』第 31 号(大正 2 年)における「神戸市保
育会記事」
教育実践の立場からモンテッソーリ教育に対して素早い反応を示したの
は京阪神の保育現場の人々であった。
「神戸市保育会記事」によれば、大
正 2 年 1 月 13 日に神戸幼稚園で開催された幹事会においてモンテッソー
リ教育の導入準備のための具体的な話し合いが進められた。同年 2 月 2 日
には「モンテッソリー科学的教育学ノ講演開催ノ件ヲ評議員及会員ニ通知
ス」とある。2 月 7 日の記事には以下のような興味深い動きが記載されて
いる。
「前記モンテッソリー科学的教育学講習会ヲ神戸幼稚園ニ開ク講師ハ神
戸女学院教師横川八十八氏ニシテ本日ヲ初會トシ一週二回八回ヲ以テ終了
ノ事トセリ出席者毎回百三十名ヲ下ラズ遠クハ岡山、明石、大阪ヨリ近ク
ハ市内各小学校幼稚園及一般家庭ヨリ熱心聴講セラレタリ」「八回ノ講演
毎回多数ノ聴講者アリ殊ニ大阪市ヨリ毎回三四十名の保姆出席セラレタル
ガ如キ時ノ要求ニ適ヒタリ」
3 月 3 日の修了証授与については、
「本日は前記モン女史科学的教育学
講演ノ最終日ナレバ午後二時ヨリ始メシモ六時ヲ過ギ燈火を要スルニ至リ
テ漸ク終リヲ告ゲ直ニ証書授与式ニ移ル 本日証書を授与されし者 神戸
市 68 名 大阪市 36 名」とある。
4.2.倉橋惣三の積極的評価
このような京阪神における保育現場のモンテッソーリ教育に対する積極
的な動きについて、倉橋惣三はすでに明治 45 年 7 月の『京阪神聯合保育
会雑誌』
(第 29 号)の論説「幼児教育の新目標」の中で言及している。「関
西に於きまして、幼児教育の盛んでありますること殊に之に従事せらるる
皆さんのご熱心と、其の設備の進歩して居りますることは、東京に於きま
して我々一同の遠く望んで居るところであります。…総て其の進歩がお日
様の道と反対で、西の方から段々昇って来ると云ふやうな感じが致すので
あります。
」
− 58 −
論文
5.保育現場におけるモンテッソーリ教育導入の試み
5.1.神戸幼稚園保姆 佐藤満壽とモンテッソーリ教具
関西における幼児教育関係者の熱意と新しい幼児教育への取り組みの試
みは、倉橋惣三のみならず衆目の一致するところであった。その代表例の
一つが『京阪神聯合保育会雑誌』第 30 号 大正 2 年に掲載された神戸幼
稚園保姆 佐藤満壽の「モンテッソリー氏教育的器具に就きて」である。
彼女は、ローマの「子どもの家」が誕生してまだ 6 年間弱しか経過してい
ないにもかかわらず、すでにモンテッソーリ教具についての深い理解を示
していた。佐藤満壽論文の書き出しの部分を見てみよう。
「伊国ローマに於いて、モンテッソリー女史が感覚練習を基礎としての
幼児教育法を案出せられ、創立以来今日まで僅かに数年を経ざるに、其挙
げ得たる成績著大なりとて欧米の教育界を驚かし、近来盛に同女史の教育
法を研究せられつつありとの事、心理研究及婦人と子ども其他二三誌上に
顕れてより、之が実際の方法に付詳細なる報道を得度ものと切望し居たり
しに、八月以来教育学術界に詳細なる説明が連載せられたると、当市善隣
幼稚園へ米国より近来の同女史教育的器具てふ小冊子到着せりとの事に、
同園に暫しの借用を乞ひ之が翻訳を試みたることにより、同女史教育法の
一般を知り得たり、今之によりて之を見るに同女史の教育は教育学を科学
的に研究し、幼児の自由を尊び、感覚練習を重んじ、終に之を智的作用に及
ぼさんとするにあり、されば其方法に至りても、一定の室内に定められたる
分量の教材を与ふるが如き不自然なる法をとらず、…幼児の自発性と之に伴
ふ自然の興味とを利用して、幼児自ら実際生活に適応するに至らしむ、即ち
幼児は自ら教へらるると知らずして自然に之を収得し得るものなり」
。
5.2. モンテッソーリ教育の導入による保育現場からの報告
神戸幼稚園 佐藤満壽は
『婦人と子ども』
(フレーベル会、大正 2 年 5 月号)
にモンテッソーリ教育による自分の幼稚園の保育について「保育の此頃」
を寄せている。
佐藤は「我神戸幼稚園に於いては(モンテッソリー女史教育)方法の應
用の第一着として二三ヶ月来試みつつある所を少しく左に記さん。」とし
て視覚練習、触覚練習、聴覚練習、重さの感覚練習、筋肉練習の具体的内
容を例示している。
− 59 −
その理由を「幼稚園時期に於ける感覚練習は尤も必要にして此時期に於
て諸感覚を練習せざれば成長の後此諸感覚は十分なる發達をなす能はずこ
れ實にモンテッソリー女史が意を特に此時期に於ける感覚練習に用ひる所
以なりといふべし。
」と述べている。
なお、『婦人と子ども』編集部の付記も注目される。
「神戸幼稚園に於け
るモンテッソリー研究の熱心は関西に有名なるものであります。則ち切に
乞ふて此の報告を本誌に掲載することと致しました」。
5.3.膳たけによる理論と実践
膳たけは、『京阪神聯合保育会雑誌』第 35 号(大正 4 年)に「關西保育
界とモンテッソリー女史教育思想」を発表した。これはモンテッソーリ教
育の実践と当時のモンテッソーリ理解の水準の高さを示している。
「女史は幼児の天賦の性質の各要素を自然に発達せしめ依て以て完全な
る自立的の性格を涵養するの道は、科学的研究によりて確立せられざる可
らずと確信し、教育は幼児の自発活動を基本とし其自然的発達を保護する
にありとせり。従て幼児の自発的活動を妨ぐるは其本質を破壊するものな
りとなし、… 他人の干渉束縛を厳禁し幼児の自己教育を唱導せり。
」さ
らに膳たけは「モンテッソリー女史の思想を加えたる我園保育の近況」に
も言及し、日々の実践における「子どもの自由」について以下のように述
べている。
「児童を充分観察せんと思へば、児童をして自由に出来得る丈け自発活
動を発揮せしめざれば充分なる研究をなす能はず。されど此自由とは申す
までもなく放任の自由にはあらず。一定の規律秩序の下に許されたる真の
自由なり。我園の如き実行未だ日浅く充分なる効果は挙げ居らざれども、
真の自由と申事を児童日々の行ひの上に実行」すべく試みている。
そして我が園の保母が注意すべき要点として、1)児童を見る慧眼の大
切さ、子ども研究には努力を要すること、2)子どもの自由の尊重と誠意
誠実な態度、3)子どもと行動を共にし、その奥底の心に触れる努力、4)
保母の充分なる素養、5)保母の人格、6)
「モンテッソリー女史は子供よ
り習えよと申されたる言葉は大に服膺すべきこと」、7)「児童に対しては
可成言葉数を少なくして凡て補導(援助)
」を重視、8)子どもの表出に注
意すること、9)子どもの凡ての行動を何事も自分にてなさしむること、
− 60 −
論文
があげられている。これは、すでにモンテッソーリ教育が実践されていた
ことを物語るものである。
6.モンテッソーリ教育への反省期
6.1.野上俊夫による「赤裸々に見たモンテツソリ式教育 -本家本元の
伊太利國を視察して驚き歸つた土産話-」(19)
しかしながら関西を中心にして保育現場で大きな盛り上がりを見せてい
た矢先にモンテッソーリ教育への前向きの関心を動揺させるような上記の
論文が発表された。
野上は、第 1 次世界大戦中のヨーロッパに留学し、その時の印象を次の
ように述べている。
「私の期待した事の外れたことは頗る少なくなかつた。
…その一例は児童教育である現時の我が国で神様のやうに崇敬されている
モンテツソリ氏の教育法も確かにその一つである。私は一昨年十二月伊太
利に入つてモンテツソリ式の幼稚園を親しく参観して非常に失望したので
ある。
」その理由として、
「イタリア国民の半数は無学文盲」であり、
「イ
タリアの教育は全くの寺子屋式」の教師中心主義教育である。これらの現
状の中で「モンテツソリ女史出現は反動的現象」として生まれたものだと
している。野上は、しかしモンテッソーリ教育そのものを否定しているわ
けではない。むしろ、モンテッソーリがイタリアの劣悪な教育的現実の中
で如何に真実の教育を確立しようと努力したかを手短に要約している。
イタリアの現実の実情は、
「総じて云へばモンテツソリ式の玩具や其他
仕方だけが残ってゐて女史の精神といふものが全然失せて了つて居た」
。
この野上のイタリア訪問記の発表を境にして日本におけるモンテッソーリ
教育に対する実践は反省の時期に向かうことになる。
6.2.山桝儀重によるモンテッソーリ教育批判
大阪市視学山桝儀重は「歐米幼稚園視察記」においてモンテッソーリ教
(20)
育への批判を展開している。
山桝は、ロンドン市内でモンテッソーリ
教育が盛んに行われている実情を見学して「英国ではモンテツソリー式が
徹底的に行はれて居る所が多く御座います。
」と記して、その盛んな実情
を山桝自身は認めている。ところがそれに対して「市役所のキミンス視学
はモンテツソリー氏を大変ほめて英国教育史中に一大革新を與えたものだ
− 61 −
と云つて平気でイタリー人に教えを乞ふて居る有様です。」などとモンテッ
ソーリ教育に対する自身の否定的な意見を述べている。この時期の日本に
おいては、国粋主義的潮流の中で山桝に代表されるようなモンテッソーリ
教育に対する否定的な空気が高まりつつあった。
6.3.東京帝国大学教授 吉田熊次のモンテッソーリ教育批判
日本の学問的権威の中枢にあり教育界に絶大なる影響力を持っていた吉
田熊次は大正 4 年にモンテッソーリ思想に対する厳しい批判を展開した。
「…予の見る所を忌憚無く述ぶるならば、彼の教育説は、学説としては極
めて根柢の不明なるものであり、方法としては又極めて一方に偏せるもの
である。… 要するに斯かる偏倚したる意見を、臆面も無く発表した處が
(21)
女史のオリジナリチーとも言へるのでは無からうかと思ふ位である。」
吉田は『我が国體と教育勅語』
(昭和 10 年)の著者でもある。彼は東大
退官後「国民精神文化研究所」研究部長として「学生生徒左傾」対策のた
め「教育ニ関スル勅語」趣旨徹底の指導に当たった。その吉田の目にはモ
ンテッソーリ思想は国體に対する軟弱な教育としてしか映らなかった。吉
田のモンテッソーリに対する否定的評価は、国家主義による自由主義批判
の時代的風潮の中で広く受け入れられていった。吉田の指導のもとに昭和
12 年には国民精神文化研究所の研究紀要『ファシスト・イタリアの教育
改革』が出版された。戦時体制一色の空気の中でモンテッソーリ教育は長
い潜伏の時期を強いられることになった。そして、戦後、再び昭和 43 年
に日本モンテッソーリ協会として復活するのである。 注
(1) 吉岡剛「わが国における Montessori Method の移入-その歴史と現在
の動向-」京都大学教育学部『比較教育学研究』創刊号、1971。
(2) 倉橋惣三「モンテッソリの教育」
『心理研究』第 1 巻第 3 号、明治 45
年 3 月。
(3) 川副桜喬「マリア・モンテスソリーの最新児童教育の様式」
『帝国教育』
第 37 号、帝国教育会、明治 45 年 3 月。
(4) 森岡常蔵「モンテスソリ女史の新教育主義」初等教育研究雑誌『小学
− 62 −
論文
校』明治 45 年 5 月、同文館。
(5)
野上俊夫『教育学術界』
第 25 巻第 5 号、大正元年 8 月。
(6)
同論文、31 頁。
(7)
『教育学術界』
第 26 号第 6 号、11 - 12 頁。
(8)『教育学術界』
第 27 号第 4 巻、大正 2 年、42 頁。
(9) 今西嘉蔵『モンテッソリー女史 教育の原理及実際』大同館、大正 3 年、
1 頁。
(10)同書、9 頁。
(11)同書、29 頁。
(12)大瀬甚太郎『最近の教育思潮』教育新潮研究会、大正 3 年、186 頁。
(13)乙竹岩造『現代教育教授思潮』目黒書店、大正 3 年、439 頁。
(14)野上俊夫『歐米教育の印象』岩波書店、大正 8 年、121 頁。
(15)同書、134 頁。
(16)森川正雄『幼稚園の理論及實際』東洋図書、大正 13 年。
(17)こ の記事は『京阪神聯合保育会雑誌』第 32 号、大正 2 年 12 月に転
載さてれいる。
(18)
『京阪神聯合保育会雑誌』第
33 号、
大正 3 年 7 月号に転載されている。
(19)
『京阪神聯合保育会雑誌』第
39 号、大阪毎日新聞(大正 6 年、5 月 3,
4,5 日)転載。
(20)
『京阪神聯合保育会雜誌』第
46 号(大正 12 年)。
(21)吉田熊次
『現今教育思潮批判』
日本学術普及会、大正 4 年、104 - 105 頁。
− 63 −
幼児期における現実とファンタジー
―商業主義やメディアによるファンタジーが
氾濫する現代に生きる幼児への
かかわりのヒントとして―
岡本 直子
(立命館大学)
はじめに
モンテッソーリ教育では現実世界での体験を重視し、ファンタジーの
扱いに関して慎重な立場をとる。ここでファンタジーとは、
「想像、空想、
幻想をすること」と「想像、空想、幻想の所産」を指す。前者に関して、
モンテッソーリは、実在しないことを子どもに信じさせることは幼児を幼
児のままに押しとどめてしまうと記し、現実に支えられていない想像は知
(1)
性を浪費してしまうと言及している。 後者に関しては、スタンディング
が、幼児は現実を探求し理解することに魅了され、「この世の奇妙なはめ
絵パズルのひとつひとつをつなぎ合わせることで、十分忙しい」と記した
上で、幼児に実在しない魔女や妖精などを紹介すると精神的負担をかける
ことになりかねないこと、時には精神的のみならず肉体的な危険にもさら
(2)
すことになることを述べている。
現代の環境におけるファンタジー(本論文ではファンタジーについて、
「想像、空想、幻想をすること」と「想像、空想、幻想の所産」を区別し
て表記するが、両者を意味する場合はこう記す)の内容や質は、モンテッ
ソーリの時代のものとは異なる部分が多い。モンテッソーリの時代はおと
ぎ話などがファンタジーの主であったが、現代のファンタジーは商業主義
やメディアによる、子どもを引き付けるための諸々の手段であふれかえっ
ている。子ども向けのメディアでは、擬人化されたキャラクターが魔法や
道具で現実にはあり得ない現象を引き起こす。幼児向けの教育番組や視聴
覚教材では、擬人化されたキャラクターが生活習慣のお手本を示す。子ど
も向け用品の多くにはキャラクターが描かれている。このような風潮に感
化された養育者は、幼児にファンタジーを与え、キャラクター用品を買い
与えるのをごく普通のこととして捉える。
− 64 −
論文
モンテッソーリ教育を受けている幼児は一般的な幼児に比べ、園や家庭
で上述のようなファンタジーにさらされすぎないよう配慮されて生活して
いると考えられる。しかし、園や家庭から一歩離れるとファンタジーが幼
児の文化の一部のようになっている現代においては、幼児がそのような
ファンタジーにさらされるのを免れることは難しい。したがって、園や家
庭で商業主義やメディアによるファンタジーを題材にした遊びや話題が見
られることも少なくない。その場合、保育者や養育者は「ファンタジーに
は慎重にということは納得できるが、子どもが実際にファンタジーについ
て話したり遊んだりしている場合はどうすればよいのだろう」という戸惑
いを抱くのではなかろうか。この戸惑いに立ち止まり考えることは、モン
テッソーリ教育、ひいては幼児との関わりに役立つ見解の模索にもつなが
ると思われる。そこで本論文では、筆者の専門である心理学を軸に、幼児
期のファンタジーについて考察する。具体的には次の 3 点に着目する。1
つめは、幼児が「想像、空想、幻想をすること」によって遊ぶ時、現実は
忘れ去られるのかということについて考察する。2 つめは、主に、商業主
義やメディアによるファンタジーを、養育者をはじめとする大人が主導し
て幼児に与える現状について述べる。3 つめは、ファンタジー、特に現代
の商業主義やメディアの氾濫によってもたらされるファンタジーには、い
かなる対応が有効かについて臨床心理学の視点から提言を行う。これらを
通して、ファンタジー、特に商業主義やメディアによるファンタジーであ
ふれる環境に身を置く現代の幼児に対し、モンテッソーリ教育に携わる保
育者や養育者がファンタジーと、またファンタジーで遊ぶ幼児とどのよう
に関わればよいかのヒントを提供するのが本論文の目的である。
1.幼児が「想像、空想、幻想をすること」によって遊ぶ時、現実は忘れ
去られるのか?
(3)
前回の論文
では、心理学の立場から、幼児が現実とファンタジーとの
区別が可能かどうかの問題についていくつかの実験を紹介しながら検討し
た。例えば、
「クッキーをもらった少年」と「クッキーのことを考えてい
る少年」について、
「どちらの少年がクッキーを見ることができますか?」
と 3 ~ 5 歳の幼児に問う実験である。実験の結果は、3 歳児でさえ正しく
答えることができる、すなわち、現実事象とファンタジーの区別ができる
− 65 −
(4)
というものであった。 また別の実験では、実験者が普通に振る舞う状況、
すなわち現実的振る舞いが奨励される状況では、非現実的振る舞いは不利
益をもたらすと幼児が感じ、現実に即した回答になりやすいことが示され
た。一方、実験者が魔女の扮装をするなど非現実的なことが奨励される状
況では、非現実的振る舞いが無難で不利益をもたらさないと幼児が感じ、
(5)
ファンタジー側に揺らぎやすくなることが示された。 これらの実験結果
から、幼児は現実とファンタジーとの区別をある程度できるものの、特定
の状況では揺らぎやすいことがうかがわれた。そして、このように揺らぎ
やすい幼児を大人はサポートするべきであると結論づけた。
しかし、紹介した実験は実験室で大人が与える課題に対する幼児の反応
にすぎないこと、あくまでも大人の視点から見た幼児にすぎないことは否
めない。幼児の視点にさらに近づいた時、現実とファンタジーの関係はど
のようなものになっているのであろうか。
そこで、以下では幼児の自然発生的(幼児が自ら始めた、という意味で
こう記す)な遊びに焦点を当てる。そして、幼児が「想像、空想、幻想を
すること」によって遊ぶ時、現実は忘れ去られるのかという問題について、
実証的研究とエピソードを踏まえて心理学的に検討する。
1.1 参与観察実験の紹介
まず、加用(1992)が行った「
『嘘をあげつらう』対応に対する子ども
(6)
の態度」に関する参与観察実験
を紹介する。保育所の自由保育時間にお
いて、見立て遊びをしている幼児(1 歳 11 カ月~ 6 歳 6 カ月)に質問が
なされた。質問は、例えば砂を食べ物に見立てて遊んでいる幼児に〈これ
何?〉、〈何作ってるの?〉などと実験者が問い、「ハンバーグ」など遊び
の上での視点に立った命名を得た。その上で、
〈でも、これ砂だよ〉など、
現実の視点に立った命名を対置した。言わば、実験者がある種の視点の混
乱を持ちこむわけである。そして、これに対する反応を記録・分析した。
その結果、遊びの中で現実名を言われた時に遊びと現実の区別を理解して
いると思われる反応が見られた。以下に一部を例示する(〈 〉実験者の言葉、
「 」幼児の言葉、
( )幼児の様子)
。
a. 沈黙:
〈何作ってるの?〉
「ハンバーグ」
〈でも、それ葉っぱだよ〉(大人
の顔をちらっと見てから下を向き、黙ったまま再びかき混ぜ始める)。
− 66 −
論文
b. 話題転換:
「ホットケーキできたよ」
〈あ、できた? でも、これ砂じゃ
ない〉
(実験者の顔をしばらく見つめていたが、
「アイス」と言いかえる)。
c. 現実名の冗談否定:
「
(砂を球状に固めたものを差し出す)はい、これ団
子ごはん」
〈
(受け取り)ありがとう。でも、
これ砂だよ〉
(少し黙った後、
「えへへ」と笑い、
「違うよ」と言う。困惑しつつ、ほほ笑んでいる)。
a ~ c のような反応は、視点の混乱を持ちこんだ実験者に対する、正当
な反論となり得ていない応答であり、3 歳半もしくは 4 歳半をピークに減
ることが示された。
d. 2 つの命名の連結:
「これ車やでー」
〈うわー、早いなあ。でも、それ自
転車でしょ〉
「えへへ、これ、自転車の車やで」。
e. 矛盾のつじつま合わせ:
「
(お皿に砂を入れ)はい、スープ」〈砂じゃない〉
「いいの、野菜入りだもん」
。
f. 視点混乱への抗議(3 人の幼児が古いフライパンの中に砂と水をかき混
ぜている。実験者がのぞきこむと、1 人が「びちゃびちゃごはん」と笑
いながら言い、もう 1 人も「どろどろごはん」と笑っている。もう 1
人も笑って同意顔)
〈何作ってるの?〉
「
(3、
4 秒して 1 人が)ケーキ」
〈でも、
これ砂だよ〉
「
(3 人一斉に)いいの」
〈でも、
砂じゃない。食べられないよ〉
「
(1 人が)ウソッコで食べるの」
(他の 2 人も同意顔)。
d ~eのような反応は、視点の混乱を持ちこんだ実験者に対する、正当
とは言えないまでも、ある程度反論が成立している応答であり、3 歳半も
しくは 4 歳半をピークに増えることが示された。
このことから、3、4 歳代で幼児は「想像、空想、幻想をすること」に
よる遊びの中でも現実を理解できるようになること、年齢が高くなるほど
遊びと現実とのつじつま合わせや視点の分化などを行うことで、視点の混
乱を減じようとしていることが推察される。
次に、同じく加用(1992)が行った、
「
『真に受ける対応』に対する子ど
(7)
もの態度」に関する参与観察実験を紹介する。 保育所の自由保育時間に
おいて、砂、粘土、泥水、または砂や土が付着した枯れ葉などを食べ物に
見立てて遊ぶ中で幼児がそれらを実験者に差し出してきた時に、実験者が
ためらいなく口に入れ、幼児の感情反応を見たものである。もちろん実験
者は後で吐き出したりしたが、食べる時の態度としては平静を装って当然
のごとく口に入れることとした。感情反応は、砂などを直接口に入れて食
− 67 −
べて見せた実験者の対応に対して明白な驚きが示されたか否かに着眼して
分類された。その結果、2 歳~ 2 歳半の年齢群とそれ以降の年齢群との間
に違いが見られた。驚きの反応は 2 歳~ 2 歳半までの年齢では 42%にすぎ
ないのに対して、2 歳 7 カ月以降の年齢では 100%に近い幼児が、実験者が
砂や枯れ葉を口に入れたことに対して一様に驚きの反応を示したのである。
1.2 エピソードの紹介
筆者の娘が 3 歳 4 カ月の時、ミニーマウスのぬいぐるみを「マコ(娘の
名前は真帆)
」と名づけ、
「マコちゃんは真帆の赤ちゃん」とかわいがった。
朝自分が着替えるために選んだ洋服を「マコちゃんきがえ」
、
「こっちがま
えだよ」などと言って着せ、自分が昔おんぶされていたおんぶひもにぬい
ぐるみを入れておんぶするなどした。その様子はまるで、ぬいぐるみに命
があると思いこんでいるかのようであった。ところが、巻き寿司を作るた
めに一緒に買い物をしている時に次のようなやり取りがあった。
娘:
「まきずし、まほ、いーっぱいたべる。マコちゃんは?」。
筆者:
「マコちゃんにもあげようね」
。
娘:
「でも、マコちゃん、おにんぎょうだからたべられないよ。(筆者の
目を正視して)どうする?」
。
現実を突きつける娘の真っ直ぐな視線に筆者はうろたえたが、娘が現実
と「想像、空想、幻想をすること」を上手に行き来している印象を抱いた。
このような現実とファンタジーのコントロールは、未知の世界や鬼、お
化けなどのネガティブ・ファンタジーを前にした時により顕著に見受けら
れよう。部屋で筆者が用事をしていると、娘は「ふしぎのくにへ、いこう。
ふしぎのくにへ、い、こ、う!」と元気に歌い出し、置いてあったマッサー
ジミトンを手にはめた。そして、
「ママ! ふしぎのくにに、いこう!」と、
ミトンをはめていない方の手で筆者の手を取った。ベッドマットを指し示
し、「ここからが、ふしぎのくにだよ。これ(ミトン)をつけているから、
だいじょうぶ。ママはてをはなさないで。おまもりのちからが、まほのて
からつづいてくるから」と伝えた。マットを降りる時に筆者の手が離れる
と、
「おまもりがきかなくなるから、だめ!」と注意した。
また、娘が 5 歳の時、ブレスレットを自作し、
「パワーの出るブレスレッ
ト」と称した。娘は、制作や運動など、集中力や踏ん張りが必要な作業の
− 68 −
論文
際には必ずそのブレスレットを身に着け、取り組んでいた。この段階では、
パワーを全面的に信じるというよりも、少し難しいことに挑戦する時のお
守りのように用いていた。実際、成功体験を重ねていくに従い、そして成
長に従い、そのブレスレットは身に着けなくなっていった。
1.3 実証研究とエピソードから導き出されること
先述の実証研究から、幼児は 3 歳前後からは、「想像、空想、幻想をす
ること」によって遊ぶ時も現実を忘れているわけではないこと、現実とファ
ンタジーの区別ができていること、その傾向は発達に伴ってより強くなる
ことがうかがえる。また、エピソードからは、幼児が不思議な世界や怖い
もの、何らかの挑戦を前にして、
「想像、空想、幻想の所産」をよりどこ
ろとすることによって自分で怖さ、不安、困難などをコントロールする感
覚を得ている様子がうかがえる。そして、コントロールできた体験の積み
重ねや発達とともに、生身の自分としてのコントロール感、現実における
強さや自信へとつながっていくことが推察できる。
(8)
臨床心理学や精神医学の重要なキーワードに現実検討能力
という言葉
がある。これは、現実と非現実、自分と他者を区別する能力である。この
能力は非常に大切で、これが弱い場合、現実と非現実との区別がつかない
精神病の状態になってしまう。先に紹介した実験からは、幼児が発達とと
もに現実検討能力を身につけていくことがうかがえる。そして、現実検討
能力を身につけた幼児は現実とファンタジーが区別できることに加え、そ
の時々で現実とファンタジーを行き来して楽しむ、自分でコントロールす
る能力も身につけ、やがて現実における力につなげていくとも考えられる。
つまり、幼児はある程度の年齢になれば、揺らぎやすい脆弱な存在では
なくなっていくのであろう。しかし、これはあくまで幼児が自ら「想像、
空想、幻想をすること」や「想像、空想、幻想の所産」によって遊ぶ場合
である。大人が主導権を握りファンタジーを与えれば幼児は混乱してしま
い、せっかく身につけた現実検討能力も損なわれる恐れがあろう。
2.大人が主導するファンタジー
しかし残念なことに、大人が主導してファンタジーを与える傾向は「想
像、空想、幻想をすること」と「想像、空想、幻想の所産」のどちらにお
− 69 −
いても強まる一方である。
「想像、空想、幻想をすること」については、例えば一般園では、「先生
はお空に住んでいるの」
、
「これは魔法の水なのよ」など、先生が現実には
あり得ない話題を園児に向ける場合があろう。
「想像、
空想、
幻想の所産」に関しては、
冒頭に述べたようなキャラクター、
メディア、絵本など枚挙にいとまがない。メディアが発達した近年のもの
では、鬼やお化けから電話がかかってくるスマートフォンのアプリ、
「お
にから電話」
が挙げられる。このアプリは、
幼児が言うことを聞かない時に、
鬼やお化けが電話越しに幼児を脅かし、
「しつけのサポートをする」とい
うものである。幼児をもつ養育者の間では評判で、普及率も低くないよう
である。現代は、スマートフォンなどのメディアの発展と普及にともない、
養育者が「想像、空想、幻想の所産」を利用する風潮がどんどん強まって
いる。もちろん、昔も「そんなことをしたらお化けが来るよ」というよう
な養育者の脅しは存在したが、
「おにから電話」のようなものは、鬼から
本当に電話がかかってくるため、幼児に与える衝撃は大きい。ともすると
心の傷にもなりかねない。
「おにから電話」は極端な例であるとしても、
「子
どもを喜ばせたい」
、
「子どもの関心を引きたい」という思いから、養育者
はファンタジーを幼児に与えがちである。しかし、現代のようにメディア
が氾濫し、幼児を引きつけようと商業主義を源とするさまざまな手段がは
びこる状況においては、やみくもに幼児にファンタジーを与えるのではな
く、養育者は、そのファンタジーが誰のためのものか慎重に考える必要が
あろう。「おにから電話」にせよ、子守代わりに幼児にテレビ番組を見せ
るにせよ、それは養育者の都合によるファンタジーであり、幼児のための
ものではないことを心に留めておいてほしい。
3.ファンタジーにはいかなる対応が有効か
では、ファンタジーにはいかなる対応が有効なのであろうか。先ほども
記したように、現実検討能力は現実とファンタジーを行き来する上で重要
な力であり、重度の精神障害の場合はこれが十分でないので、現実とファ
ンタジーの識別ができず混乱する。健康な幼児は発達とともに現実検討能
力も育っていくので、そのファンタジーが一方的に与えられたものではな
く幼児自らの「想像、空想、幻想をすること」によるものであるならば、
− 70 −
論文
精神の混乱をきたす事態にはなりにくいと考えられる。ただ、ファンタジー
の中で、例えば絵本の登場人物が空を飛ぶのをまねて幼児が高いところか
ら飛び降りてしまうなど、現実場面で再現されると心身の危険性がともな
いかねないものには、何らかの対応が必要であろう。さまざまな対応が考
えられようが、ここでは筆者の専門である臨床心理学の視点から提言する。
ファンタジーに先に記したような心身の危険性が予想されない場合と予想
される場合とに分けて対応について述べる。
3.1 特に心身の危険性が予想されない場合の対応
ファンタジーによる心身の危険性が予想されない場合は、カウンセリン
グ的応答をイメージした対応が有効であろう。心理療法では相談に応じる
人(セラピスト)は相談に来る人(クライエント)の話を否定せず聞き入る。
セラピストがクライエントの話を傾聴することでクライエントは自分自身
気づいていないことに気づき、問題解決に至るのである。ただし、幼児の
ファンタジーに対応する場合は、問題解決が目的ではない。徹底して傾聴
すると逆にファンタジーを深めてしまう恐れもある。したがって、特段の
危険性が感じられないファンタジックな話には、
「そうなんだ」、
「○○ちゃ
んはそう思うんだね」など、否定せず中立的に、話を膨らまし過ぎず無視
しないのが適した対応であろう。すなわち、ファンタジーの内容に同調す
るのではなく、ファンタジーについて話す幼児を受容してファンタジーを
収めていくのである。また、
「嘘だよ、そんなの」などと言って否定する
ことは、そのファンタジーを話した人(先生、友達など)との信頼関係を
壊すことにもなりかねないので控えたほうが良かろう。
3.2 ファンタジーに心身の危険性が予想される場合の対応
次に、ファンタジーをまねて高い所から飛び降りてけがをするなど、ファ
ンタジーによる何らかの心身の危険性が予想される場合について述べる。
最近のテレビアニメはもちろんのこと、童話にもこのような危険性を有す
る「想像、空想、幻想の所産」は少なくない。しかもそれが「想像、空想、
幻想をすること」につながり、現実場面での危険にもなりうる。モンテッ
ソーリ教育に携わる者のみならず一般の保育者や養育者も留意する必要が
あろう。
− 71 −
このようなファンタジーには、ファンタジーの枠づけが役立つ。心理療
法においての枠は、時間、場所、禁止事項などのことであり、面接時間を
不用意に変更しない、治療の場以外で会わないなどの、心理療法を行って
いく際の基本設定である。心理療法はクライエントの重要なテーマを扱う
ため、日常とは異なる場になるよう工夫されている。枠を設定することで
日常性から切り離された人間関係や時空間が実現し、日常なら語ることが
躊躇されるようなことも、そこでなら話し、気づきを得ることが可能にな
るのである。
この枠の考えを参考に、ファンタジーをファンタジーの世界に限定づけ
る、言わば、枠によって、ファンタジーが現実を脅かすのを防ぐのである。
例えば、テレビアニメのキャラクターの「○○キック!」という行為をま
ねて子どもが他者を蹴る場合がある。
「お話の中でなら、けがをしても次
のお話では元に戻るけれど、本当にけがをしたら、長い間痛いのよ。『キッ
ク!』は言葉だけにしようね」と枠を示すのである。
枠を示す時の姿勢に関しは、
「この中でなら、あなたの大切なことを、
大切に扱うことができる、一緒に大切に考えることができる。あなたも私
も、この中でなら守られる」というのが心理療法で枠を示す時のイメージ
である。ファンタジーを枠づけする場合もこのイメージで行えばよい。
現代は「想像、空想、幻想の所産」が日常のあちらこちらに存在し、園
や家庭で注意してもどこかから入ってくる。それによって幼児が新たな「想
像、空想、幻想をすること」も少なくない。このように絶え間なく入り生
じるもの一つ一つに「ダメ」と目くじらを立てるのではなく、枠の中で幼
児と大人がファンタジーを共有することができれば素晴らしくはなかろ
うか。「そうね、すてきなお話ね。お話の中だから、お空が飛べるんだね、
ライオンさんとお話もできるね。でも、本当にやっちゃったら、落ちてけ
がをしちゃったり、ライオンさんにかまれたりして痛い思いをするかもし
れないよ。お話の中では楽しいね。また一緒に読もうね」
。このような枠
づけは、先述の現実検討能力が身に付いてくる 3 歳頃から可能であろう。
4.総括
前論文では実験室で幼児に対して行われた実験結果に基づき、幼児が現
実とファンタジーをどの程度区別できるかに着目した。その結果、幼児は
− 72 −
論文
現実とファンタジーを区別できるものの、状況によっては揺らぎやすいこ
とが示された。しかしこれは大人の視点から見た幼児であり、幼児の視点
に近づいた検討を行う必要性がうかがわれた。そこで本論文では幼児の自
然発生的な遊びに焦点を当て、実証的研究とエピソードに基づき検討した。
その結果、幼児は大人が課題を与え操作した場合は揺らぎやすさを見せ
るのに対し、自分たちが主導権をもって遊ぶ場合は一般的に大人が考えて
いる以上に現実とファンタジーの区別ができていることがうかがわれた。
また、単なる区別のみならず、幼児が現実とファンタジーを自らコントロー
ルしてそれらを行き来して遊ぶことも示唆された。
しかし幼児のそのような能力が適正に評価されず、商業主義やメディア
によるファンタジーの垂れ流しの中、大人主導で「想像、空想、幻想をす
ること」や、
「想像、
空想、
幻想の所産」が与えられる傾向は強く、大人はファ
ンタジーを用いて幼児を揺さぶってしまいがちである。ファンタジーを幼
児に示す際は、そのファンタジーが本当に幼児のためのものであるかを考
えることが大切ではなかろうか。ファンタジーはその内容も質も多様であ
り、一概に善し悪しの価値判断を行うことは難しいが、大人が主導せず、
自然発生的なものは見守るということが、まず大人には求められるのでは
なかろうか。特にこの姿勢は、
幼児の自立と自律を大切にするモンテッソー
リ教育のそれと一致するものである。ファンタジーの扱いはモンテッソー
リ教育においてはデリケートな課題と考えられてきた。本論文では、幼児
の内なる力を信じ支援するこの教育の姿勢を活かすことで対応が可能であ
ると結論づけたい。
注
(1) Montessori, M.,“Spontaneous Activity in Education: The Advanced
Montessori Method”
(Frederick A. Stokes Company, 1917), p. 259.
(2) E.M. スタンディング著 クラウス・ルーメル監修 佐藤幸江訳『モ
ンテソーリの発見』エンデルレ書店、1975 年、499 頁。
(3) 岡本直子著「幼児期におけるファンタジーの諸相-モンテッソーリ教
育の見解と心理学的考察を踏まえて-」
『モンテッソーリ教育』第 45
号、2012 年、87 〜 96 頁。
− 73 −
(4) Wellman, H.M., & Estes, D.“Early understanding of mental entities:
A reexamination of childhood realism”
, Child Development , 57
(1986)
, pp.910-923.
(5) 富田昌平・小坂慶子・古賀美幸・清水聡子著「幼児による想像の現実
性判断における状況の迫真性、実在性認識、感情喚起の影響」
『発達
心理学研究』第 14 巻 2 号、2003 年、124 〜 135 頁。
(6) 加用文男 「ごっこ遊びの矛盾に関する研究-心理状態主義へのアプ
ローチ-」
『心理科学』14(1)
、1992 年、2 〜 19 頁。
(7) 同上、10 〜 15 頁。
(8) 主観的な観念、表象や認識が客観的な事実と一致しているかどうかを
検討する、自我機能の 1 つ。病態化すると、自分の内界から生じた刺
激や考えと、外界からの刺激や知覚の区別がつかず、夢と現実、観念
や空想と幻覚、妄想の区別が不可能となる。
付記
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業「インクルーシブ
社会に向けた支援の〈学=実〉連携型社会」の研究助成を受けて行いました。
− 74 −
論文
母語・母国語の獲得における伝承わらべうたの意義
をモンテッソーリ教育原理から考察
野萩 万佑未
(エンディコットカレッジ M.Ed モンテッソーリインテグレーティヴ ラーニング
(修士課程・アメリカ))
はじめに
拙稿「ことばのはじまり、うたのはじまりにおける母親の声の役割、伝
承わらべうたの意義」(注 1)において、Maria Montessori の説く人語(the
sound of human speech)の力、その理を追い、子どもの音の選好性、声の
持つ倍音構造、音声模倣における音の同一・相違の獲得、同期性などから、
自国の伝承わらべうたがことばの獲得に果たす意義について考察した。
本稿はその内容を踏まえ、モンテッソーリ教育原理から母語・母国語(注 2)
の獲得に焦点をあて、言語発達と音楽、ことにうたとの関係性を捉え、そ
の言語的、音楽的解釈とともに、多言語における言語構造と発音の関係に
着目し、Carl Olff 及び Kodály Zoltán の理論考察を交えていく。伝承わら
べうたに内在する力が、子どもを基とした社会的実践として活かされるよ
う、その意義を明らかにしていきたい。
Work of creation 創造の仕事
Maria Montessori は、子どものことばの獲得を“creation from nothing”
「無からの創造(1)」とし、自然にかなった自発的創造であると“I say,
development, not teaching(2)”
「発達といって教育とはいわない(3)」と述べ
る。人語(the sound of human speech)が、ことばのメカニズム全体に与
えるはたらきを、「言語のメカニズムをはたらかす力をそれだけがもって
いる人語(4)」とし、更に「子どもは目覚めて微妙な音楽を聞き、その神経
繊維は震動をしはじめる。赤ん坊は他の音は耳に届いたことはまだなかっ
たと思うかも知れないが、実際は彼の心が他の音に反応しないからなので
した。人語だけが彼の心を掻き立てる何らかの力があるのです(5)。」と唯
一性、不可欠性を述べている。また胎児期から前言語期にかけての子ども
に聞こえる声を「音楽」とその特性を表し、
“…be awakened by the music of
the human voice, a divine call, …(6)”
「神の呼び声にあたる人間の声の音楽(7)」
− 75 −
とその恩恵をあらわしている。
また「人間のことばは、これらの声を再現したいという目に見えない心
のおののきを起こさせるような強烈な感情や感激を呼び起こして、潜在意
識的精神に特有の印象を与える傾向がある(8)。
」
「子どものこのようなこと
ばの吸収は、非常に正確なために、それは、子どもの精神的個性(Psychic
personality)の一部を形成するのです。それゆえに、のちに非常に努力し
て修得するほかのすべての外国語と明白に区別して、母国語と呼ばれるの
です(9)。
」と、精神吸収(absorbent mind)における刻印的かつ永久的意味
について述べ、更に発声器官(調音器官)の発達との関係について「第一
期に回りの環境にある言葉が母語となる。音声再生のための運動は聴かれ
て精神に焼きつけられた言語音に左右される(10)」「幼児はその母語を創造
するだけでなく、
言語を形成する器官(口や鼻など)を型取るのです(11)。
」
「母
語だけは幼児期に確定したから、正しく発音されるのです(12)。」母語は「後
に学ぶかも知れない他のすべての言語と明らかにちがいます。それはちょ
うど自然の歯と義歯との相違です(13)。
」とその意義について述べている。
子どものことばの発達でいうと母音様の発声が生後 3 か月から 4 か月頃
に、口腔の構造が変化することによって可能となり、その後、足、手を同
期させて笑うことにより呼吸のトレーニングをし、細かい息づかいをする
ことによって子音の発声が可能となる。
Maria Montessori は、このようなことばの発達を”It was certainly a
work of creation, …(14)”
「創造の仕事」とし、
「かれらはことばを創造する
だけでなく、それを話せるように発声器官をも創造するのです。かれは、
あらゆる身体的運動と、あらゆる知的表現手段を創造するのです(15)。
」と
述べ、
「偉業」とあらわしている。
伝承わらべうたの特徴 -言語的・音楽的観点から-
日本語はあいうえおという母音主体であり、うたも母音主体である。例
えば「たこたこあがれ」
(一部)を母音と子音に分けて書くと ta ko ta ko
a ga re となり、歌う際には母音が伸びて「a o a o a a e」→「あおあおあ
あえ」と歌っている。このようにことば(母音)の発声には、うたが有効
であることが理解できる。
その他の特徴においては、
− 76 −
論文
・基本的に一音一語(一音一シラブル)
「た こ た こ あ が れ」♩ ♩ ♩ ♩ ♩ ♩ ♩
・フレーズも短く、音の構成も少ない。
・会話にくらべ、息つぎがしやすく、ことばを分節化しやすい。
・音の高さ、歌のテンポなど、その状況において設定でき、子どもの自発
性を伴い(子どもの要求に応じ)繰り返し行うことができる。
・伴奏を必要とせず、声が主体となって歌を導く。
・動き(身振り)を伴う。
また伝承わらべうたにある構造上の解釈を加えると、民族音楽学者小泉
文夫は、その音の終止に一定の規則性を見出し、二音構成の場合は上の音
に終始し、三音構成の場合は中央の音に終始するとしている。
半音を含まず、少ない構成音上に見られる規則性と秩序性が、子どもに
とって分かりやすい形式、覚えやすい(聴覚記憶)という点にもつながり、
少ない構成音が成す明瞭な音程差が、子どもの音の識別に与える影響も大
きいといえる。
また子どもの音に対する選好性においても、
子どもは耳にしたことば(音
声)の抑揚に反応し、
(感覚器官としての)聴覚の性質から、マザリーズ
Motherese(注 3)にみられるような、はっきりと抑揚を誇張して話すこと、う
たうことに顕著な反応を示すことから、伝承わらべうたがことばの発達に
おいて多くの利点を具えていることを確認できる。
伝承わらべうたにみることばと節(旋律)の関係
日本語は母音を基本とし、その母音と結びつく基本の子音は十四種類あ
り、きゃきゅきょ、しゃしゅしょなど二つの子音をもつものもある。他の
言語に比べて音節の数が非常に少ないとされ、ここに「はし」ということ
ばを例にあげよう。
(1)東京湾にかかる橋(2)その箸を取ってください。
(3)道路の端を歩きましょう。と同音異義語において発音の抑揚がその意
味を区別し、高低アクセントが重要な役割を果たしている。
実際に伝承わらべうたにあらわされたことばと節(旋律)の関係を取り
上げると、「ゆうびんやさん」においての東京での採集をみると(譜 1)
、
子どもの話しことばにそって音の高低、リズムが構成され、子どもがゆう
びんやさんに、いとも話しかけているような終止にて整えられている。比
− 77 −
較して大阪の採集においては(譜 2)
、方言に見られる話しことばの抑揚
が反映され、譜に表されたようにリズムが話しことばのもつ特性を巧みに
あらわしている。
伝承わらべうたは、生活に息づくことばを顕著に映し出し、その地の文
掲載資料
化、歴史により育まれた貴重な産物と言えよう。
(譜 1)
(譜 1)
東京都板橋区志村第六小 昭和 36 年 3・16 採集
尾原昭夫『日本のわらべうた―戸外遊戯歌編―』社会思想社、1975 年、235 頁。
東 京 都 板 橋 区 志 村 第 六 小 昭 和 3 6 年 3 ・ 1 6 採 集
尾原昭夫『日本のわらべうた―戸外遊戯歌編―』
235 頁 。
(譜2)
− 78 −
235 頁 。
論文
(譜2)
(譜2)
大阪府寝屋川市第
4 中 昭和
年 9・5
大
阪府寝屋川
市 第 436中
昭採集
和 36 年 9・ 5 採 集
尾原昭夫『日本のわらべうた―戸外遊戯歌編―』社会思想社、1975 年、236 頁。
尾原昭夫『日本のわらべうた―戸外遊戯歌編―』社
236 頁 。
伝承わらべうたにあることばと動き(運動)
、その展開
小泉文夫は伝承わらべうたについて「単なる歌だけでなく必ず遊びと結 13
びついている。遊びは身体を動かすこと―運動―と結びついている(16)。
」
と述べる。
あそぶの語源を辿ると、本来は広く動作、所作を現すことば(17)、興(きょ
う)のおもむくままに行動して楽しむ、神事に伴う舞楽を行うこと(18) と
され、子どもの運動と音楽を伴う伝承わらべうたが本来のあそびの本質を
備えたものであることが確認できる。
伝承わらべうたは、日本語の一音一語という特徴を如実にあらわし、個
の連なり、また一拍の連なりともいえることばの拍が、からだ遊び、お手
− 79 −
合わせ、まりつき、なわとび、じゃんけん、おはじき、お手玉などにある
動きを導き、ことに子どもの運動(随意筋肉)の調整、また精神と運動の
統合において大きな利点があると考えられる。
児童文学研究者の鷲津名都江においては伝承わらべうたを西洋音楽的に
いえば一拍子と捉え、その言語リズムのあり方をストンピング(stomping)
リズムと、ドシンドシンと重い足取り(19)の一拍子であるとし、同じ強さ、
長さを持った一拍から成っていると高低アクセントが生み出す特性に触れ
ている。
伝承わらべうたが日本語の話しことばを巧みに映し出し、ことばの拍が
主体となり、変拍子も自在とする。そこから生じる動きも微細となり、多
様性とともに自発的な展開をも可能にする。
実践における一例として肥後手毬歌「あんたがたどこさ」を取り上げよ
う。このうたは四つの構成音からなり、ことばのフレーズの最後に「さ」
が使われていることが特徴的であり、この「さ」のことばを区別し、毬つ
きの場合「さ」の部分だけ足を回す動作を行う。この曲を西洋音楽の楽譜
に記すと、曲中に拍子の変化が見られる変拍子となり、この曲(譜)をまっ
たく知らない状況から入った場合、決して容易ではないと思われる。しか
し子どもたちはこの西洋音楽におけるユニークな変拍子をことばを頼り
に、いとも易く、無理なく活動する。伝承わらべうたにあることば、リズム、
動きの三要素を、ことばが主体となり全体を導いている。
ことばに着目した活動の展開として、
「さ」の特徴を活かして様々な動
きやことば(音)の活動につなげることも可能である。
展開 1.
(1)手拍子をしながら歌い「さ」の部分だけ拳(こぶし)を握る。
(2)その反対の動作で。
展開 2.
(1)サ イレントシンギング(心唱・内的聴感)で「さ」のみ歌
わない。
(2)その反対「さ」のみ歌う。
− 80 −
論文
(譜3)
(譜3)
東京都板橋区志村第六小 昭和 36 年 7・4 採集
尾原昭夫
社会思想社、
1972
年初版第
2 刷、253 頁。
東『日本のわらべうた―室内遊戯歌編―』
京 都 板 橋 区 志 村 第 六 小 昭
和 36 年
7・
4 採集
尾 原 昭 夫『 日 本 の わ ら べ う た ― 室 内 遊 戯 歌 編 ― 』社 会 思 想 社 、1 9 7 2
253 頁 。
伝承わらべうたは、子どもたちが自発的に展開していけるという利点を
具え、これまで時(時代)を超えて継承されてきたその証しを、今に見る
ことができる。ことば、リズム、動きが、時代に生きる子どもの姿を映し
(譜4)
出し、その有り様を窺い知ることができる。
多言語における音楽メソッドとの比較
モンテッソーリ教育における音楽活動を記した“The Montessori Music
Curriculum for Children up to Six Years of Age”の著者である Jean
Karen Miller は、子どもの発達に応じた理論と実践を論じており、音楽と
言語の関係についての内容もあげている。
うたを選ぶ際の基準については、子どもが身につけやすく、後にそれら
(譜5)
を自発的に楽器(音感ベル)で演奏でき、楽譜として読めるようになるた
めにと系統性をもった展開を詳述し、次の 8 点をあげている。要約すると、
1.シンプルで歌いやすいメロディ
2.大きな跳躍がないメロディ
3.広すぎない音域を持つメロディ
− 81 −
Jean Karen Miller,“ The Montessori Music Curriculum for Ch
Years of Age”(Case Western Reserve University,1981),p69-p70.
子どもの声帯に負担がかからぬよう 5 度から 6 度の音域を持つメロディ
が望ましく、子どもたちが大声で歌ったり、音が高かったり、とても
長かったりなど無理のかからぬよう。
4.音が順次進行(音階の隣合った音へ移動)しているメロディ
5.分かりやすい形式をもつメロディ
6.短く、覚えやすい作品
7.ことばと音のパターンの繰り返しがある歌 (注 4)
8.多くのリフレイン(反復句)を持つバラッド
最初に、大人が節(the verses)を歌い、そして子どもがリフレインに
加わる。
うたう際には人の声で導くことが模倣においても望ましいとし、特に小
さな子どもにはゆっくりと、適切なテンポでとあげ、発達期における感知、
運動の特性を考慮すべきことを述べている。
子どもが人の声を模倣するうえでは、
「聞く」から「発声」への道筋を立
て、興味深い点においては、Maria Montessori の論述より、一つの音を母
音、hum(ハミング)で持続させてうたい、また低い声で、大きな声でなど、
発声にある調音上の運動を捉えた内容を加えている。
また Anna Maria Maccheroni などの理論も合わせ、系統性をもたせた展
開をあげ、その一連の箇所をあげると“O”の母音、hum(ハミング)で
音を伸ばしてうたう。その後(のち)
、発音のための練習として、音階の
それぞれの音を母音でうたう。音階のそれぞれの音に名前を入れてうた
う。
(譜 4)その後(のち)
、挨拶の言葉“Hello”、“Good-bye”、“How are
you”を入れてうたう。そして一つの音に「文」を入れてうたう。
(譜 5)
ことに詠唱(注 5)の形式においては、子ども自身がことばのリズムパターン
(リズミカルパターン)を見出すようにという指示を与え、英語に見られ
る強弱アクセント、長母音、二重母音などの言語の特徴を捉えた実践とそ
の有効性をみることができる。
− 82 −
) 夫『 日 本 の わ ら べ う た ― 室 内 遊 戯 歌 編 ― 』社 会 思 想 社 、
4昭
譜原
(尾
253 頁 。
論文
(譜4)
(譜5)
(譜4)
(譜5)
(譜5)
Jean Karen Miller,“The Montessori Music Curriculum for Children
up to Six Years of
ren Miller,“ The Montessori Music Curriculum
Jean Ka
Age”(Case Western Reserve University, 1981), p69-p70.
for
Years of Age”(Case Western Reserve University,1981),p69-p
このように言語と音楽の関係性を捉え、Jean Karen Miller の実践を一
連の流れとして楽器演奏への展開をみていくと、まず家庭環境における話
Jean Karen Miller,“ The Montessori Music Curriculum f
しことば、音楽を「聞く」に焦点をあて、うたうことへの導入、音感ベル
e Western Reserve University,1981),p69
(Cas
g e ” の獲得と伴奏ために使用)
Y e a r s o f Apitch
の導入(子どもの
、音名への展開、譜面の
導入(見る、書く)、さらにハンドサインを加え、感覚と運動の関係、そ
の調整も捉えたうえでの構成となっている。
自国の伝承わらべうたにおいては、子どもの感受と運動が生かされ、何
14
より話しことばとうたが結びついており、暮らしの中で自然に音(音程)
、
リズム、動きに親しみ、人との関わりで生まれる「合う」という同期が、
社会性をもった「統合(アンサンブル)
」へとつながり、多様な音楽活動
へつながる土台となり、また原動を具えていることが理解ができよう。
14
Maria Montessori の記述より(1971)
Maria Montessori は、著書“The Montessori Elementary Material”に
おいて、イタリア、スペインでグレゴリオ聖歌に特別な関心を示したとい
う記述を残している。グレゴリオ聖歌とは初期のキリスト教音楽であり、
ラテン語を歌詞する単旋律から成り、和声、伴奏をもたず、本来はネウマ
− 83 −
譜を用いる。記述を要約すると、Maria Montessori は、グレゴリオ聖歌は
子どもたちに提供するうたの中で最も好ましいとし、各音節の発音が明瞭
であり、完全なる話しことばの形式、会話体の抑揚をもち、文の柔らかさ
とともに音楽的なフレーズの豊かさに満ちている。その殆どが音階的な動
きから成っているとし、バルセロナのモンテッソーリ小学校では、子ども
たちがこのシンプルなメロディをピアノ、シロフォン、モノコード(注 6)で
演奏し、とても夢中になり、グレゴリオ聖歌が喜びを与えたとある。
これはモンテッソーリ自身がグレゴリオ聖歌にある特徴を捉え、その音
楽的、言語的要素を、教育に取り入れることが可能であるとした具体的事
例といえる。 また記述には、次のような内容も加えられている。他の文化、時代にお
ける実例も、子どもたちに同じアピールを与えることができるであろうと、
(譜6)
Maria Montessori の言語と音楽に対する着眼をみることができる。
(譜6)
a r i a Montessori
M o n t eMethod,
s s o r i ,The
“ T Montessori
h e A dElementary
vanced Montess
Maria Montessori,“TheMAdvanced
Material”translated by Arthur Livingston,
ted by Arthur Liv
E l e mA.Stokes
e n t a rCompany
y M a tPublishers,1917),
e r i a l ” t r a n sp.l a366.
(New York, Frederick
https://archive.org/details/advancedmontess00livigoog
(New York,Frederick A.StokesCompany Publis
h t t p s : / / a r−c 84
h i−v e . o r g / d e t a i l s / a d v a n c e d m o n t e s s 0 0
論文
Carl Orff“Orff Schulwerk”より
言語(構造)と音楽との関係について、Carl Orff は子どものための音
楽「オルフ シュールベルク」
“Orff Schulwerk”において、ことば、リズム、
運動を重視し、この三者の関係において言葉(母国語)のリズムを出発点
とすることが望ましいとし、また Hermann Regner は、Carl Orff の理念に
つき「音楽教育は、母国語と共に母国語によって始まる(20)。
」と述べている。
言語は 2 つの類型によるアクセントに分類され、一つは英語、ドイツ語
などに見られるような強弱(Stress)アクセント、もう一つは日本語のよ
うな高低(Pitch)アクセントとされる。英語、ドイツ語といった強弱ア
クセントをもつ言語に合わせて作られた旋律に、高低アクセントからなる
一音一シラブル(一音一語)の特徴をもつ日本語を置き換えた場合に、調
音的にも、音楽的にも相違感が生じることが伺え、本稿でこれまで述べて
きた言語と音楽(うた)の関係、その実践において確認できる。
子どもの母語・母国語の獲得が生涯に及ぼす影響を考えるにおいて、口
承によって受け継がれてきた伝承わらべうたが、日本語の特徴を顕著に反
映し、伝統を受け継ぐ文化そして生活環境の中で、子ども自身が肉体化し
ていくことがいかに重要かを受けとめることができよう。
Kodály Zoltán の教育思想
19 世紀から 20 世紀にかけて Maria Montessori とほぼ同時代に生きた
Kodály Zoltán は、
「私たち自身の土壌をもっと深く掘ること(21)」と、その
重要性に合わせ「私たちの音楽上の母国語の根の深みを真に掘り下げ、子
どもたちに知らせてやること。その緊張性を強調したい。(22)」と述べ、そ
の教育思想において次のような論述がみられる。子どもの音楽教育は生ま
れる 9 か月前-母親の誕生から始める(23) とし、子どもの魂をも、自分の
肉体、魂から分け与えて作りあげる(24) と述べ、その獲得を、それは根深
いものという表現とともに、人の人生を決定的にするかのようとその意味
を強調している。Bartók Béla とともに民謡の採集に尽くしたことは知ら
れており、ことばの抑揚と音楽が民謡(わらべうた、子守うたをも含む)
においてもっとも完ぺきに一体をなしている(25)と、ことばと音楽の調和、
ことばのアクセントとうたのアクセントの関係(性)について論及し、う
たうことはこどもの本能的な言語であり、小さければ小さいほど、うたと
− 85 −
いっしょに動くことを要求する(26) と、わらべうたにある音(音程)と肉
体運動との有機的関連を述べている。またコダーイ・システムに関する著
述を行う Forrai Katalin は子どもにむけられたことばとその感知につき、
母親、父親の赤ん坊にむけられた話しことば、あやそうとする語りかけな
どは、ふつうのことばにくらべて、抑揚や強調も強く、すでに一種のふし
のようなもの(27)であるとし、また Kodály Zoltán においては、うたの中で
いわれていることばは、ふつうの話しことばよりゆっくり、各音節ごとに
区切って発音され、鼓動の強調がことばの分離を助け、子音、母音の正し
い形成の習慣(28)につながると述べ、調音上においても、うたうことに伴っ
た咽頭のする運動は、自由な、何ものにも制約されない音の想像を比較的
純粋に確保する(29) と、精神と運動の関係、その創造的発達に触れ、自然
の理に生きる子どもへの真の眼差しが伺える。
系統性においては、やさしいものからむずかしいものへと、最初は半音
のないペンタトニック(注 7)システムの中で育てていく方がよいとし、小さ
い子の声域はd 1 ~h 2 の間で、まず広がりを始める(30) と、子どもの発
達から捉え、その本質的意義について「よい芸術を与えることで、精神は
健康になる。小さい時期によい趣味に育てられた人たちは、将来悪いもの
に対して反対するようになる(31)。
」と、これは子どもの環境における音楽
のあり方、その問いを私たちに投げかけるものでもある。更にこのことば
をあげよう。「全人類の永遠の調和を反映し、またそのこととどう適合す
ることができるかを示すこと以外に、音楽の使命は他に何があろうか(32)。
」
まとめ
Maria Montessori は「言語とは何か。
」について“Un puro alito, …(33)”
純粋な息、呼吸と表している。日本語の「息」という字は自分の心と表し、
英語で心、精神などを意味する spirit はラテン語の息、呼吸するを語源に
持つ。
臨床心理士橋本洋子の研究においては、生まれて間もない新生児を、母
親の胸にのせると、その子どもはまだ目も見えないが、母親の方をちらっ、
ちらっと見、それに応える母親は「ようこそ」
「初めまして」ということ
ばではなく、「ウーウー」
「フーフー」と言った息づかいであり、そこには
母親と子どもが同調している状態が見られるという。人と人との原初的な
− 86 −
論文
関わりといえよう。
生命(いのち)あるものの証しである呼吸、この呼吸を使って生み出さ
れる声、人と人との関わりで生まれ育まれることば、そして響き合ううた。
自己を表し、他者と共鳴、共感、共存することが、私たちに与えられた大
いなる恵みであることを、いつの時代においても認識し、子どもたちと生
きたコミュニケーションを交わし、共に創造的発達の道を歩んでいきたい
ものである。
Maria Montessori のこのことばとともに、
“It is the creation of all(34).”
。
引用文献
(1) マリア・モンテッソーリ『モンテッソーリの教育・0 歳~ 6 歳まで』
吉本二郎・林信二郎訳、あすなろ書房、2005 年、35 頁。
(2) Maria Montessori, “The Absorbent Mind” translated by Claude
A. Claremont,(The Theosophical Publishing House,1964), p. 112.
(3)
マリア・モンテッソーリ『子どもの心-吸収する心-』鼓常良訳、国
土社、新装版 1 刷 2002 年、初版 1 刷 1971 年、122 頁。
(4)
同上書、132 頁。
(5)
同上書、132 〜 133 頁。
(6)
Maria Montessori “Education for a New World”(Kalakshetra
Publications, 1963)
, p. 43.
(7)
前掲書、
『モンテッソーリの教育・0 歳~ 6 歳まで』76 頁。
(8)
同上書、36 頁。
(9)
同上書、36 頁。
(10)
マリア・モンテッソーリ『創造する子供』武田正實訳、エンデルレ書
店、1999 年、119 頁。
(11)前掲書、
『子どもの心』31 頁。
(12)マリア・モンテッソーリ『子どもの発見』国土社、282 頁。
(13)前掲書、
『子どもの心』33 頁。
(14)前掲書、Maria Montessori “Education for a New World” p. 15.
(15)
前掲書、
『モンテッソーリの教育・0 歳~ 6 歳まで』35 頁。
(16)
小泉文夫『子どもの遊びとうた―わらべうたは生きている―』草思社、
− 87 −
第 1 刷 1986 年、90 頁。
(17)
鈴木棠三『日本語語源辞典』東京堂出版、1992 年、12 頁。
(18)
前田富祺監修『日本語源大辞典』小学館、2005 年、58 頁。
(19)
鷲津名都江『増補版わらべうたとナーサリー・ライム―日本語と英語
の比較言語リズム考―』晩聲社、増補版第一刷 1997 年、初版第一刷
1992 年、152 頁。
(20)
柴田礼子「オルフ研究所レーグナー教授にきく」
『季刊音楽教育研究
第 33 巻 2 号』音楽の友社、1990 年、160 頁。
(21)
コダーイ・ゾルターン『コダーイ・ゾルターンの教育思想と実践 生
きた音楽の共有をめざして』中川弘一郎編・訳、全音楽譜出版社、初
版 1980 年、131 頁。
(22)
同上書、131 頁。
(23)
同上書、151 頁。
(24)フ ォライ・カタリン、セーニ・エルジューベト『コダーイ・システ
ムとは何か』羽仁協子・谷本一之・中川弘一郎訳、全音楽譜出版社、
1979 年 4 刷、1974 年初版、8 頁。
(25)
同上書、3 頁。
(26)
前掲書、『コダーイ・ゾルターンの教育思想と実践 生きた音楽の共
有をめざして』158 頁。
(27)
前掲書、
『コダーイ・システムとは何か』14 頁。
(28)
同上書、30 頁。
(29)
前掲書、『コダーイ・ゾルターンの教育思想と実践 生きた音楽の共
有をめざして』144 頁。
(30)
同上書、141 頁。
(31)
同上書、150 頁。
(32)
同上書、149 頁。
(33)
Maria Montessori, “La Mente del Bambino”,(Milano: Galzanti, 1975)
,
p. 111.
(34)
M aria Montessori, “The Absorbent Mind”(The Theosophical
Publishing House, 1949)
, p. 32.
https://archive.org/details/absorbentmind031961mbp
− 88 −
論文
(注 1)野 萩万佑未「モンテッソーリ教育における音楽活動-わらべうた
から合奏へ―前編-ことばのはじまり、うたのはじまりにおける
母親の声の役割、伝承わらべうたの意義-」
『モンテッソーリ教育
第 46 号』日本モンテッソーリ協会編集委員会・日本モンテッソー
リ協会事務局、2014 年。88 〜 94 頁。
(注 2)M aria Montessori の著書においては、母語、母国語とそれぞれに
Maria
Montessori,“The
使い分けられており、その記述に従う。
Advanced
Montessori
(注 3)前掲書、
E「モンテッソーリ教育における音楽活動-わらべうたから
lementary Material”translated by Arthur Livings
合奏へ-前編-ことばのはじまり、うたのはじまりにおける母親
(New York,Frederick A.StokesCompany Publishers
の声の役割、伝承わらべうたの意義-」89 頁参照。
(注 4)譜例《Are
h t tYou
p s : /Sleeping》
/archive.org/details/advancedmontess00livig
(注 5)ふしをつけて詩歌をうたうこと。
『新選国語辞典新版』金田一京助・
佐伯梅友・大石初太郎編、小学館、1979 年新版 17 刷、1959 年初版、
108 頁。
(注 6)モノコード monochord〔英〕一弦琴 p. 575『新音楽辞典 楽語』淺
図1.
香 淳編集、音楽之友社、1980 年第 9 刷、1977 年第 1 刷。
Maria Montessori,“The Advanced Montessori Method,
The Montessori Elementary Material”(New York, Frederick
A. Stokes Company Publishers, 1917)
.
https://archive.org/details/advancedmontess00livigoog
(注 7)ペンタトニック pentatonic〔英〕五音音階 p. 530 → 5 つの音から
成る音階 p. 211『新音楽辞典 楽語』淺香 淳編集、音楽之友社、
1980 年第 9 刷、1977 年第 1 刷。
− 89 −
参考文献
小泉文夫『合本 日本伝統音楽の研究』音楽の友社、2009 年。
中村明一『倍音―音・ことば・身体の文化誌―』春秋社、2010 年。
星野圭朗『オルフ・シュールベルク理論とその実際』全音楽譜出版社、
2001 年。
正高信男『0 歳児がことばを獲得するとき―行動学からのアプローチ―』
中公新書、1993 年。
正高信男『子どもはことばをからだで覚える―メロディから意味の世界へ
―』中公新書、2001 年。
正高信男『0 歳からの子育ての技術「赤ちゃんとの会話」から「知性を伸
ばす遊び方」まで』PHP 研究所、2009 年第 1 版第 1 刷。
鷲津名都江『増補版わらべうたとナーサリー・ライム―日本語と英語の比
較言語リズム考―』
晩聲社、
増補版第一刷 1997 年、初版第一刷 1992 年。
河合隼雄・谷川俊太郎・阪田寛夫・池田直樹『声の力―歌・語り・子ども―』
岩波書店、2002 年。
フォライ・カタリン、
セーニ・エルジューベト『コダーイ・システムとは何か』
羽仁協子・谷本一之・中川弘一郎訳、全音楽譜出版社、1979 年 4 刷、
1974 年初版。
コダーイ・ゾルターン『コダーイ・ゾルターンの教育思想と実践 生きた
音楽の共有をめざして』中川弘一郎編・訳、全音楽譜出版社、1980
年初版。
野萩万佑未「モンテッソーリ教育における音楽活動-わらべうたから合奏へ
―前編-ことばのはじまり、うたのはじまりにおける母親の声の役割、
伝承わらべうたの意義-」
『モンテッソーリ教育第 46 号』日本モンテッ
ソーリ協会編集委員会・日本モンテッソーリ協会事務局、2014 年。
Jean Karen Miller, “The Montessori Music Curriculum for Children up
to Six Years of Age” (Case Western Reserve University, 1981).
Maria Montessori, “Education for A New World” (Kalakshetra Publications,
1963).
Maria Montessori, “The Absorbent Mind” translated by Claude
A.Claremont, (The Theosophical Publishing House, 1964).
Maria Montessori, “The Absorbent Mind” (The Theosophical Publishing
− 90 −
論文
House, 1949).
https://archive.org/details/absorbentmind031961mbp
Maria Montessori, “ The Montessori Elementary Material” (Massachusetts:
Robert Bentley, 1971).
Maria Montessori, “The Advanced Montessori Method, The Montessori
Elementary Material” translated by Arthur Livingston, (New York,
Frederick A.Stokes Company Publishers, 1917).
https://archive.org/details/advancedmontess00livigoog
− 91 −
「モンテッソーリ会議」に見るイギリスにおける
モンテッソーリ教育法の検討
―フレーベル・モンテッソーリ論争に着目して―
中田 尚美
(大阪総合保育大学大学院生)
はじめに
本稿は、イギリスにおけるモンテッソーリ教育運動研究の一環として、
1914 年に開催された「モンテッソーリ会議」
(Montessori Conference)の
議事録を第一次資料としながら、1910 年代におけるモンテッソーリ教育
法受容の実態について検討する試みである。
イギリスでは、
1870 年から 1900 年の間に 5 歳以下の子どもの 45%が「幼
児学校(infant school)
」に通っていたとされている。しかし、ウィルダー
スピン(Samuel Wilderspin, 1792-1866)が普及に努めた幼児学校の実践は、
書物による暗記中心の形式主義的なものであった。20 世紀初頭の幼児学
校は、50-60 名かそれ以上の幼児が座らされる固定式の階段教室を残して
いた。この階段教室で、教師は 3R’s のフォーマルな教授を与え、子ども
たちはそれらの暗記学習を強制された。1870 年、イギリス最初の初等教
育令(The Elementary Education Act of 1870)が施行され、5 歳から就学
が義務づけられたこととあいまって、知的教授はますます拍車をかけられ
ていった。1887 年に全国フレーベル連合(National Froebel Union)が結
成され、幼児学校にフレーベル(Friedrich Fröbel, 1782-1852)の恩物遊
びや作業が取り入れられるようになってきてはいた。しかし、それらは前
述した階段教室で教師の命令の下に行われる形式主義に堕していた。知的
教授が重視され幼稚園方式が単に息抜きとしか見なされない幼児学校の傾
向は、20 世紀にまで持ち越されることになる。
20 世紀に入ると伝統的な幼児学校の残滓が多くの人々の批判の対象と
なり、アメリカ進歩主義教育の影響を受けて、イギリスでも、より児童中
心主義的な幼児学校観が一般的になりつつあった。教育行政官や視学官、
初歩学校や幼児学校の教師など多様な領域の人々が、新しい教育理念に裏
(1)
打ちされた新しい方法論を求めて新教育運動に結集していた 。以上述べ
− 92 −
論文
たような混沌とした状況下のイギリスに紹介されたのが、イタリアの教育
者モンテッソーリ(Maria Montessori, 1870-1952)の教育実践であった。
それは新しい教育を模索していたイギリスの教育界に大きな衝撃を与え
た。
イギリス新教育運動の研究者セレック(R.J.W. Selleck)によれば、モ
ンテッソーリの教育実践はイギリスの新教育運動の発展に間接的に大き
な役割を果たした。それは、1914 年に開催された「モンテッソーリ会議」
を契機として新教育運動団体「教育の新理想」
(New Ideals in Education,
(2)
1914-1939)が結成されたからである 。この組織の主導者は、イギリス
にモンテッソーリ教育法を導入することに尽力したホームズ(Edmond G.
Holmes, 1850-1936)である。ホームズは「子どもの自由と個性の実現と
自己発達に関心を持つすべての進歩主義的教育者たちがモンテッソーリの
(3)
旗のもとに団結すること」
を希望してモンテッソーリ会議を招集したの
であった。この会議を契機として組織された「教育の新理想」に、当時の
ほとんどすべての教育改革運動の指導者たちが結集し、広範囲にわたる教
育問題について活発な議論を展開し、教育改革を推進していった。
以上述べたように、
「モンテッソーリ会議」はイギリス新教育運動の発
展に大きく寄与したのであるが、会議の実態はいまだ解明されていない状
況にある。先行研究として山崎洋子が、モンテッソーリ教育が紹介された
1912 年から会議が開催された 1914 年までを「教育の新理想」運動の揺籃
(4)
期ととらえ、モンテッソーリ会議のプログラムを紹介している
が、会議
の実態を明らかにしているとは言えない。また会議に関する叙述が、ワイ
(5)
(6)
(7)
トブレッド(Whitbread) 、コーエン(Cohen) 、林信二郎
らの著作
に散見されるが、いずれも断片的であり、会議の全容と実態が解明されて
いるとは言い難い。
そ こ で 本 稿 で は、 第 一 次 資 料 で あ る 同 会 議 の 議 事 録“Report of the
Montessori Conference at East Runton, July 25th-28th, 1914”(8)に拠り
ながら 1910 年代イギリスにおけるモンテッソーリ教育法受容の様相を明
らかにしてみたい。本稿ではまず、モンテッソーリ会議の性格と目的に言
及し、次に会議の内容の概要を明らかにする。さらに、会議の中心的な論
点であったフレーベルとモンテッソーリというテーマを取り上げ、「連帯
(fellowship)の精神」において、
「自由の雰囲気」の中で、
「モンテッソー
− 93 −
(9)
リの自己発達の観点」に基づいて教育について論じるために開催された
この会議において、フレーベルとモンテッソーリ両者に関する生産的な議
論が展開されたことを明らかにしようと試みる。
1.モンテッソーリ会議の性格と目的
1912 年ホームズによって連合王国モンテッソーリ協会(The Montessori
Society of the United Kingdom)がロンドンに設立された後、イギリス各
地の大都市にモンテッソーリ協会が次々と設置されていった。1914 年に
は、連合王国モンテッソーリ協会が核となって全国規模の会議を開催する
ことが決議された。
当日病気のために欠席せざるを得なかったが、開催までの会議の実質的
責任者はホームズであった。すでに述べたように、彼はモンテッソーリ教
育を「子どもの自由と個性の実現と自己発達に関心を持つすべての進歩主
(10)
義的教育者たちの最良の共通認識
」であるとみなしていた。ホームズは
「増大する多くの進歩主義的教育者たちがモンテッソーリの旗のもとに団
(11)
結することを希望してモンテッソーリ会議を招集
」したのである。 会議の目的は、序文において次のように述べられている。
「連帯の精神
において、(中略)自由の雰囲気の中で、
(中略)モンテッソーリの自己
発達の観点に基づいて、子どもの教育に関心がある人を集めること、
(中
略)孤立した実験を結びつけること、モンテッソーリの諸原則に合わせ
ようとする試みの中で獲得された結果を比較し、その試みの中で生じた諸
問題を論議すること、パイオニアの仕事、とりわけ子どもの解放(childemancipation)の仕事を激励し、注意深い記録をつけること、彼らの自発的
な活動を知的・道徳的・精神的な成長の経路へと導くことによって、無益、
束縛、制限、非生命的な抑圧から各地の子どもたちを解放するために、運
動の渦中にいる教育家たちを結集すること、
(中略)すべての子どもの中
(12)
にある見えない活力と善への可能性を広げること
」であった。
セレックが指摘しているように、イースト・ラントンに集まったより急
進的な教育者たちは、会議において「子どもの個性への尊敬と個性は自由
の雰囲気の中でもっともよく成長するという信念」を宣言した。その目的
は特定のグループを援助することではなく、この信念を共有するすべての
人々のために集合所を提供することであり、彼らに困難について議論し、
− 94 −
論文
実験あるいは反省の結果について意思疎通をはかる基盤を提供すること、
(13)
孤立した実験を結びつけ、パイオニアの仕事を激励することであった
。
したがって、この会議はモンテッソーリ主義者のみならず、フレーベル主
義者及び保育学校の擁護者たちなど、旧教育を批判し子どもの自由と個性
の尊重をめざす新教育運動家たちを結集したものになったのである。
2.会議の内容の概略
1914 年 270 人の参加者がイギリス各地から「モンテッソーリという魔
(14)
法の言葉に引き寄せられ
」て、イギリス最初のモンテッソーリスクール
がつくられたイースト・ラントンに集まった。モンテッソーリは電報を送
り、この会議を心から支持し、自分の仕事に対する参加者たちの関心を「あ
(15)
りがたく感謝した」という
。表 1 に、この会議の期間、場所、課題、実
行委員長、参加者数、そして発表者の演題を集約した。
表1
期間:1914 年 7 月 25 日(土)~ 28 日(火) 場所:East Runton テーマ:Montessori System 実行委員長:The Earl of Lytton 参加者数:270 人
①Chairman: Mr.Mellville モンテッソーリ協会議長 Speaker: The Earl of Lytton;
The Social Aspect of the Montessori Movement. Speaker: Miss Lillian de Lissa
アデレード幼児教育大学長、南オーストラリア幼稚園連合会長 ; The Social Aspect
of Montessori Work.
②Chairman: The Rt. Hon. Sir William Mather, フレーベル学院院長 Speaker: Mme.
Pujol-Ségalas; Froebel and Montessori.
③Chairman: Prof. Campgnac リバプール大学 Speaker: Mr.Norman MacMan;
Montessorism in Secondary Schools.
④C hairman: Dr.Jane Walker Speaker: Prof. Culverwell ダブリン大学 ; The
Biological Aspect of the Montessori Movement.
⑤Chairman: Mr.Mellville Speaker: Dr.Yorke Trotter, London Academy of Music;
The Musical Training of Children. Speaker: Miss Lillian de Lissa; Froebel and
Montessori.(これは特別講演として要請されたものである)
⑥Chairman: Mr. G. Montagu, Speaker: Mr. Homer T. Lane; The Little Commonwealth.
⑦Chairman: Miss Herford マンチェスター大学 Speaker: Miss Olive Smee; The
Montessori Apparatus and its Use.
表 1 からも明らかなように会議では多くの議題が取り上げられたが、本
− 95 −
稿では、フレーベルとモンテッソーリというテーマについて検討する。「フ
レーベルかモンテッソーリか」という論争は、イギリスのみならず 20 世
紀初頭のワイマール共和国ドイツやアメリカで盛んに行われたが、両者と
もに「非難のための批判」といった側面が強く、単純な二項対立的な図式
(16)
で語られることが多かったと言われる
。当時、イギリスで幼児教育の専
門家としての地位を確立していたフレーベル主義者たちによって紹介され
た当初から、モンテッソーリ教育法が激しく非難されたことはよく知られ
ている。しかしそもそも、モンテッソーリ会議は「連帯の精神」において、
「自由の雰囲気」の中で、
「モンテッソーリの自己発達の観点」に基づいて
教育を論じるために開催されたものである。
「子どもたちの解放」をめざ
して開催されたこの会議で、
「フレーベルとモンテッソーリ」というテー
マの下にどのような議論が展開されたのかについて以下に述べよう。
3.フレーベルとモンテッソーリに関する講演
3.1 プジョル・セガラス夫人による講演 7 月 25 日
議長のマザー卿(Sir William Mather, 1838-1920)は、貧民・労働者の
幼児対象の無料幼稚園(Free Kindergarten, 1873)の創始者であり、1892
年にフレーベル学院を設立した人物である。注目すべきはフレーベル学院
長である彼が、フレーベルの思想に固執せず、モンテッソーリに関心を抱
き、彼女からもすぐれた点を学ぼうという柔軟な態度をとっていたことで
ある。当時 76 歳の彼は次のように述べている。「我々はモンテッソーリ運
動に非常に共感し、関心を寄せている。対立する気は全くない。この国の
幼児たちのために、より良い教育課程を獲得するという偉大な目的のため
(17)
にモンテッソーリから多くを学びたい
」と。
彼によって紹介された発表者プジョル・セガラス(Pujol-Ségalas)夫人は、
フランスの著名な教育実践者である。彼女が指導しているパリ近くの施設
では、モンテッソーリ教具だけでなくフレーベルの遊具や作業材料も備え
られていて、モンテッソーリ教育法とフレーベル教育法とを併存させてい
たようである。作業や遊戯を始める際、何を選ぶか、あるいはいつまでそ
れを続けるかは子どもたちの自由に任されていたし、その際、彼らはモン
テッソーリ教具だけでなく、フレーベルの遊具や作業材料の中から自由に
選択することができた。彼女は「フレーベルとモンテッソーリ教育は表面
− 96 −
論文
的には異なるが、根底においては共通している」と述べ、同じ教室でモン
テッソーリ教育法とフレーベル教育法を併存させるというこの実践は、子
どもたちのためになっているし、彼女自身、両方の教具の研究から多くを
学んでいるとしている。そして「モンテッソーリは、フレーベルや、セガン、
ルソーと同様に、幼児の自発的活動を尊重し、励ます必要性を再び宣言し
(18)
たのである」と結論づけている
。
(19)
彼女の発表の後、活発な議論がなされた
。フレーベルは自由を強調
しなかったが、我々はモンテッソーリの自由の原理から多くを学ぶべきで
あるという意見に対し、フレーベルは子どもの自由を擁護したが、彼の教
育システムがその実現に失敗したのであるという意見、幼稚園がモンテッ
ソーリスクールのように自由な雰囲気でない一つの原因は、イギリスの保
護者の圧力にあるのではないか、という意見が出た。また、両者の共通点
は多いが、決定的な違いは想像力(imagination)に関する見解である。モ
ンテッソーリは子どもの想像力を抑圧したが、これはモンテッソーリ教育
法の重大な欠陥であるという意見に対し、モンテッソーリは子どもの想像
力を訓練することはできないと考えたのではないか、訓練は子どもの外側
の大人世界からの強制にほかならないではないかという反論があった。さ
らに、自由と統制(control)は対立する概念ではない、法に従うことによっ
て政治的自由を獲得するように、自主的な自己統制は、適切な外的統制に
よって発達させうる。この意味においてモンテッソーリ教育法とフレーベ
ル教育法を組み合わせることは、非常に有益であるという意見もあった。
最後に、フレーベルの方法は 100 年前のものであり、モンテッソーリ
のそれは近年のものであるが、両者はお互いにとって欠かせない付加物
(adjunct)であると考えられるので、両者から学び、優れたものを採用す
ることが次世代のイギリスの子どもたちの教育のために最良の結果をもた
らすことを確信していると議長は述べ、25 日午後の議題を終えた。
3.2 リリアン・ドゥ・リッサによる特別講演 7 月 27 日
二日後、リリアン・ドゥ・リッサ(Lillian de Lissa)による特別講演が
行われた。彼女はモンテッソーリとフレーベルの共通点として、外から強
制するのではなく、個人が内から成長することを可能にする教育システム
であることを挙げている。相違点として、モンテッソーリの思想が単純で
− 97 −
わかりやすいのに対し、フレーベルの思想が神秘主義的で難解であるとし
て、次のように述べている。神的な存在としての子ども観及び教師は受動
的・追随的であるべきという彼の根本原理はほとんど理解されていない。
そのために、子どもたちは集団であるいはクラス単位で扱われすぎている。
「一般的な幼稚園の現状」は、
「同じことを同じ時間に集団で行い、自由な
選択がなく、教師によってコントロールされ、個々の子どもよりもクラス
の成果が強調されている」と、
伝統的なフレーベル主義を批判している
。
(20)
彼女によれば、
「教師は個人(individual)にもっと関心を持たねばならな
い、
なぜなら国家(nation)の強さを形成するのは個人であるからである
」
(21)
と。そして、
「個人の発達を重視し、集団的保育より個人の保育を優先さ
せることはモンテッソーリの方法の最も素晴らしい点の一つである
」
(22)
とモンテッソーリを評価している。さらに彼女は、モンテッソーリ教具と
フレーベルの遊具を比較して次のように述べている。「個別指導は教具の
使用によって可能になる。子どもの『書くことへの爆発』(bursting into
writing)は、ゆっくりとした、しかし系統的なモンテッソーリ教具の訓練
による準備によってもたらされる。フレーベルの遊具では、このような結
果は出せない
」と。
(23)
このようにモンテッソーリ教育を高く評価する一方で、彼女は「子ども
の家」における自由に対する唯一の批判として、「教具を定められた目的
以外に用いる自由がないということ
」を挙げている。さらに、
「遊びが
(24)
全くなく、活動が教具による訓練に限定されている
」ことを批判してい
(25)
る。モンテッソーリは、想像力は現実を誤って認識させると考え、子ども
には空想やごまかしでなく現実や本物を与えるべきと主張した。しかしそ
のような想像力の抑圧は、ドゥ・リッサにとって受け入れ難いものであり、
「モンテッソーリの感覚的自動教育は科学的に正しく完全であるが、想像
力の準備に関しては中途半端である
」と批判している。
(26)
特別講演の結語として、彼女はモンテッソーリの実践によって真のフ
レーベル思想が再評価され始めたことに言及し、「モンテッソーリから学
ばなければならないことを知って、我々幼稚園主義者(Kindergartners)
は心からモンテッソーリを歓迎する。モンテッソーリは我々にフレーベル
哲学の真の精神すなわち干渉するな、子どもの神性を出現させよ、子ども
を内面から展開させよ、等を思い出せてくれた。彼女は科学的実験によっ
− 98 −
論文
て検証され、堅固にされた新しい道を示してくれた。彼女は我々の信念を
新しくし活気づけてくれたのである
」と述べている。
(27)
講演の後、メルヴィル(Mellville)議長の下で活発な議論がなされた
。
(28)
想像力の抑圧という批判に対して、
「幼い子どもは後の人生において想像
し創造するための材料を集めていると考えられる。教師は材料を与え、結
果を待つことしかできないのではないか」と述べてモンテッソーリを擁護
する者もいた。
「子どもの家」でいかなる遊戯も見られなかったという批判に対してク
レアモント(Claremont)は、それは誤解であり、
「子どもの家」の教師に
想像的な遊びを禁止する義務はないとしている。彼は 1913 年モンテッソー
リ国際教師養成コースを受講し、1914 年のコースではモンテッソーリの
助手兼通訳を務めた人物である。彼によれば、ほとんどの見学者は作業の
時間しか子どもたちを観察しないが、作業が終わった後のリラックスタイ
ムには子どもたちが様々な遊びをしている姿がしばしば見受けられる。さ
らに、子どもたちが想像的な遊びを望んだ場合にはそれを妨げるべきでは
ないというモンテッソーリの考えを明らかにしている。
自分の子どもを「子どもの家」に通わせている保護者の一人は、モンテッ
ソーリを擁護して次のように述べている。教具は想像力の発達を妨げると
いうよりはむしろ洗練させるのではないか、それは、子どもが円柱や棒を
使いながら厚い・薄い、高い・低いという差異を発見している際に、彼は
最も安全かつ健康な方法で想像力を訓練していると考えられるからであ
る、と。また、
「書くことの爆発現象」のために、想像力を刺激される必
要のある子どもはほとんどいないであろう、文字を書くために必要なこと
は誤りを訂正することだけであるから、と。所定の時間が経過し、議論は
ここで打ち切られた
。
(29)
4.考察
以上、フレーベルとモンテッソーリに関する講演とその後の議論を通し
て両者の理論と思想、実践の吟味が行われたことを見てきた。本稿では、
この会議での議論の特徴として以下の 3 点を取り上げよう。
第一に、この会議以前は敵対していたフレーベル主義者とモンテッソー
リ主義者の間に「対話」が成立したという点である。モンテッソーリ教
− 99 −
育法が当初からフレーベル主義者によって厳しく非難されたことはすで
に述べたが、一部のモンテッソーリ主義者もまたフレーベル主義者に対
して敵対的な態度を取っていたことが会議の席上で指摘されている。し
かしこの会議の目的は、
「モンテッソーリの自己発達の観点に基づいて、
子どもの教育に関心がある人を集めること」であり、「モンテッソーリの
諸原則に合わせようとする試みの中で生じた諸問題を論議する」ことで
あった。プジョル・セガラス夫人が講演の冒頭で「我々は子どもの解放
のためにここに集まった」のであり、
「次世代の精神的知的身体的な幸福
(spiritual, intellectual and physical welfare)に貢献するために、共に、最
大限の努力を払わなければならない
」と述べているように、批判や非
(30)
難をしりぞけ、対立を超えて次世代の幸福のために教育がどうあるべきか
という議論が展開されたのである。
第二に、モンテッソーリの個人重視の観点が評価された点である。個々
の子どもの興味に基づき、彼らの個性に応じた指導を行ったモンテッソー
リは、集団的保育より個人の保育を優先させるに至った。この集団的活動
に対する配慮のなさが彼女の教育法の欠点として、ドイツやアメリカで厳
しく批判された。しかし、この会議ではそうではなかった。
会議の初日の講演でドゥ・リッサは、
「自らの船の船長であり(中略)
勤勉の精神を持ち(中略)法と秩序を重んじ(中略)自発的に他者を援助
しようとする人間の育成」が大英帝国を維持するために求められており、
「自己教育できる人間の育成」が、
「大英帝国の次世代」の教育課題である
ことを指摘している
。
「教師は個人にもっと関心を持たねばならない、
(31)
なぜなら国家の強さを形成するのは個人であるからである」という彼女の
発言についてすでに述べた。ドゥ・リッサはモンテッソーリ教育法にいく
つかの疑問を持ちながらも、それが大英帝国の次世代を育成する上で有効
な教育法であると考え、集団よりも個人の発達を重視する点を高く評価し
たのである。
この会議以後、個別指導を重視するモンテッソーリ教育法は、一斉教授
が一般的であった当時の幼児教育界に大きな影響を及ぼしていく。すでに
述べたように、当時、圧倒的多数の幼児を引き受けていたのは幼稚園では
なく、
幼児学校であった。幼児学校では従来、
クラス全体の子どもに「チョー
クとトーク」という方法で同時に対する一斉教授の形態が取られていた。
− 100 −
論文
しかし、モンテッソーリ教育法の影響を受けて、より進歩主義的な幼児学
校における教授法は、従来の一斉教授の形態から脱皮して、個々の子ども
の発達を促す個別教授を重視する形態へと大きく変化していくのである
。
(32)
第三に、モンテッソーリの 3R’s の指導方法が高く評価された点である。
モンテッソーリは読み方、書き方、算数の教授を重視し、いわゆる 3R’s
の訓練は「子どもの家」の活動の中心的位置を占めていた。それに反して、
フレーベルは、幼稚園は学校ではないからと 3R’s の授業は行っておらず、
当時のフレーベル幼稚園でも 3R’s の指導は行われていなかった。ドイツ
の伝統的フレーベル幼稚園においては、3R’s の基礎は教えられておらず早
期の 3R’s の指導は子どもにとって過大な要求であると批判された。イギ
リスのフレーベル幼稚園でも同様であった
。
(33)
しかしこの会議では、モンテッソーリが非常に幼い子どもにも読み書き
を教えることができること、彼らの頭脳に過度な負担をかけず、興味深い
ゲームを楽しんでいるかのように子どもたちが読み書きを学ぶことができ
ることが賞賛されている。それは系統的なモンテッソーリ教具による訓練
によって可能になるのであり、フレーベルの遊具ではこのような結果が出
せない、と教具の持つ優れた機能性が評価されている。すでに述べたよう
に、イギリスの幼児教育界には暗記主義・形式的教授の伝統が根強く残っ
ていた。また、
20 世紀初頭には、
庶民層の子どもたちも「大英帝国の次世代」
として認識され、3R’s の習得を要求されるようになっていた。このような
ことから、幼児に読み書きをより早く、より簡単に、より幸せに教えるこ
とを約束するモンテッソーリ教育法が注目されたのではないかと考えられ
る。
おわりに
以上、モンテッソーリ会議の性格と目的、会議の内容、講演とその後の
議論を通してフレーベルとモンテッソーリ両者の理論と思想、実践の吟味
が行われたことを見てきた。フレーベルとモンテッソーリは教具と遊具の
使用という応用の領域では相違が見られるが、子どもの自己活動を教育の
原点におき、内面からの子どもの自己発達を重視するという点では共通し
ているということが確認された。そして「大英帝国の次世代」の子どもた
ちの幸せのために両者の理論と思想、実践の吟味が行われ、啓発的で豊か
− 101 −
な議論が展開されたことが明らかになった。
モンテッソーリ会議の後、モンテッソーリ自身が訪英し、1919 年か
ら 1938 年にかけて隔年にイギリスで国際教員養成コースを開いたことも
あって、イギリスの幼児教育界にモンテッソーリ教育法は定着していく。
1910 年代以降のイギリスにおけるモンテッソーリ教育法の受容の全容と
実態を解明することを今後の課題としたい。
注
(1) この時期のイギリス幼児教育の状況に関して、主に、田口仁久『イギ
リス幼児教育史』明治図書、1976 年 、N・ワイトブレッド著 田口
仁久訳『イギリス幼児教育の史的展開』酒井書店、1992 年、世界教
育史研究会編『世界教育史体系 22 幼児教育史Ⅱ』講談社、1975 年を
参照した。
(2) R. J. W. Selleck, English Primary Education and the Progressives,
1914-1939,(Routledge, 2007)pp. 44-45.
(3)
Sol Cohen,“The Montessori Movement in England, 1911-1952,”
History of Education, Vol. 3, No. 1(1974), p. 60.
(4) 山崎洋子「イギリス新教育における『教育の新理想』運動に関する研
究-揺籃期・興隆期・発展期を中心に-」鳴門教育大学研究紀要(教
育科学編)第 15 巻、2000 年、182 〜 185 頁。
(5)
N・ワイトブレッド、前掲書、118 〜 119 頁。
(6)
Cohen.
(1974)
, p.60 .
(7) 林信二郎「イギリスにおけるモンテッソーリ運動に関する一研究―
1910 年代を中心として―」埼玉大学紀要教育学部(教育科学)第 26 巻、
1977 年、22 頁。
(8) Montessori Society,“Report of the Montessori Conference at East
Runton, July 25th-28th 1914”(Women’s Printing Society Ltd.,
Brick Street. Piccadilly)1914.
(9) Ibid., p. iii.
(10)
Cohen.
(1974)
, p. 60.
(11)Ibid
− 102 −
論文
(12)Report of the Montessori Conference, p. iii.
(13)
R. J. W. Selleck.(2007)
, p. 45.
(14)
“Montessori
Conference,”in Times Educational Supplement, Aug.
4(1914)
, p. 130.
(15)
リタ・クレーマー著 三谷嘉明他訳『マリア・モンテッソーリー子ど
もへの愛と生涯』新曜社、1981 年、337 頁。
(16)
小笠原道雄「モンテッソーリとフレーベル」
『モンテッソーリ教育の道』
学苑社、1993 年、349 頁。
(17)
Report of the Montessori Conference. pp. 27-28.
(18)
Ibid., p. 37.s
(19)Ibid., pp. 39-44.
(20)Ibid., pp. 49-51.
(21)Ibid., p. 51.
(22)Ibid., p. 52.
(23)Ibid., pp. 57-58.
(24)Ibid., p. 61.
(25)Ibid., pp. 66-67.
(26)Ibid., p. 71.
(27)Ibid., p. 73.
(28)Ibid., pp. 73-76.
(29)
想像力や教具をめぐる論争は、翌年以降、ロンドン・タイムズ紙上で
展開されるが、それに関しては林信二郎、前掲論文を参照されたい。
(30)Report of the Montessori Conference. p. 27.
(31)
Ibid., pp.10-11.
(32)Jewell Lochhead, The Education of Young Children in England.
(Teacher’
s College, 1932)
, pp. 15-41.
(33)
利島知可子「ドイツにおけるモンテッソーリ教育思想の導入過程」
『教
育学研究』第 41 巻第 3 号 1979 年、214 頁。
付記
本研究はその一部を日本保育学会第 68 回大会にて発表している。
− 103 −
実 践 報 告 ・ 事 例 報 告
モンテッソーリ教育と音楽教育
森 貞子
(滋賀短期大学名誉教授)
はじめに
私はモンテッソーリ教育内容としての幼児の音楽教育の在り方と、その
手法を探求している(48 回大会では、実技・動画・録音・CD による幼児
の play を紹介した)
。本稿では、下記の事項について考察と報告を述べる。
Ⅰ 幼児音楽教育観について
1 モンテッソーリの幼児音楽教育観と私見
2 本研究の動機・対象領域・対象者・指針について Ⅱ モンテッソーリ教育理論に依る幼児音楽教育の研究方法と事例につ
いて
Ⅲ「音の教具」と「音楽の教具」について
Ⅰ 幼児音楽教育観について
Ⅰ- 1 モンテッソーリの幼児音楽教育観と私見 モンテッソーリ(以下タイトル以外の文中では略称 M. とする)は幼児
音楽教育に関して主著『子どもの発見』21 章
(1)(2)
(3)
において、
(以下、抄
訳文責筆者)「…教育における音楽教育の役割を過小評価するわけではな
いが、幼児には音楽の Introduction だけができるにすぎないから、論述は
短い」としている。例えば「数」の領域の論述に比して音楽に関する論述
はほんとうに短い。
私は、幼児に伝え得るのはどの領域についても全て「Introduction 期」
であり、それゆえに重要な時期と考える。ましてや他期に代え難い聴覚敏
感期である幼児の音楽教育の構想としては、この短い論述はいささか片手
落ちではないだろうか、と怪訝に思った。
上掲書において M. は、音楽のカリキュラムの基本となるものとして「リ
ズムとリズム体操」 (Rhythm and metrical exercises)、楽器での演奏
(4)
(5)
(Musical reproductions)
、 音 楽( 楽 譜 ) の 読 み 書 き (The writing and
(6)
reading of music)
を示している。
つまり、
まず静けさを聴き取れる耳を持ち、
− 104 −
実践報告・事例報告
次に身体を動かす事で音楽を体感し、音の高低・強弱・長短・音色を識別
しつつ、音階を理解し、教師が演奏する音楽を聴き、シンプルな楽器でメ
ロディとハーモニーを鳴らす。そして楽譜の読み書きに導かれる、という
音楽教育の構想の概要である。しかし、実際に幼児にどう提供するかにつ
いての記述は、断片的である。
M. の協働者(音楽教師)として、ドルメッチュ
ベンジャミン
、バーネット
(10)
(11)
、マッケローニ
(8)
、
(9)
諸氏が挙げられている。もちろん、これ
ら諸氏の遺された記述は私の貴重な参考資料である。ただ、この諸氏の記
述に至るまでに、更に多くの協働者との討議があったと推察すると、M. 教
育理論と音楽理論を以って追及されたであろうその試行的足跡を知りた
かったと思う。今後、埋もれた資料が発掘される事も期待している。
私は、21 世紀の幼児に対応するには、音楽分野の新局面も考慮に入れ
た幼児音楽教育研究の構想を持たなければならないのではないか、と考え
ている。
M.(1870 ~ 1952)存命の時代と現在とでは、教育環境・人材・機材・
その他が世界的に大きく変化しているのであり、その影響を受けざるを得
ない人間(幼児)も変貌するであろう。その中で音楽も多様化している。
各国の文化遺産も加味されたい。一方、国境も人種も言語も越えた拡がり
を見せている若い音楽家の創作活動も見逃せない。
このような多様化の中で生きていく子供たちだからこそ、彼らにはより
一層、
「音楽の基礎的要素」を、
「Introduction 期」に提供しなければなら
ないと考える。
なぜなら、幼児期に自分で発見しながら体得した「基礎的要素」を、
「自
分の尺度」として持ちつつ成長する人は、多様性に向かって選択力が強い
からである。我々はこれを M. の理論から学んだ。同じく、音楽教育の領
域にも展開したい。何を、どう、提供するかである。
Ⅰ- 2 本研究の動機・対象領域・対象者・指針について Ⅰ- 2 -(1)
動機
50 年ほど昔の保育の現場に遡る。現場の事例として「生活発表会」を
挙げてみるならば、その時の子どもの気持ちは、こうではなかろうかと推
測する。
− 105 −
『ある日、突然、音楽の練習が始まります 生活を発表する会で音楽
をするそうです
何故か 猛特訓です 「何回云ったらわかるの―」と先生がいいます
コワイから笑えません なんだかよくわからないまま 突然おわりま
す ヤット外で遊べます
ああ… あれはもう忘れよう …コドモ』
この現実は、M. 教育でいう「子どものお仕事」とは余りにも違いすぎ
るのではないか。 M. 教師ディプロマをもつ教師のなかに、音楽指導の場面になると、チャ
ンネルが変わったかのように、M. 教育とは思えない「教え込み型の教師」
になる人があるのは何故か。 M. 教育内容として、音楽の課題はどうなっているのだろうか。私の研
究動機は、このような素朴な疑問から始まり、M. 教育と音楽教育の関連
を尋ねる事になった。
Ⅰ- 2 -(2)
対象領域
まず私は、音楽活動の領域を 5 領域にわけた。
① 静けさを知る……………………………………………… silence
② 「音」
・
「音楽」を聴く、聴き取る、聴き分ける… …… listen
③ 身体(動き)で音楽を体感する………………………… move
④ 歌う、弾く(打つ)
、合わせる… ……………………… play
⑤ 創る………………………………………………………… create
この①~④の領域を、聴覚の敏感期にある幼児の中心的な音楽活動の領
域と考え、研究対象領域としている。
Ⅰ- 2 -(3)
対象者
3 歳・4 歳・5 歳の幼児(未満児および卒園児学童を含む)
Ⅰ- 2 -(4)指針
次の 3 点である。
① モンテッソーリ教育理論に依ること
② 音楽理論に適う工夫であること
− 106 −
実践報告・事例報告
③ 日常の保育時間内に組み込める手法であること
Ⅱ モンテッソーリ教育理論に依る幼児音楽教育の研究方法と事例について
Ⅱ- 1 モンテッソーリ教育理論に依る研究方法とは
教育学という実学の常として、また、生きている人間を対象とする分野
であり、公の教育機関としての幼稚園・保育園の機構のなかで行うのであ
れば、いわゆる「実験群によるテスト」など実験のための実験枠を研究方
法に設定する事は出来ないと考える。したがって研究方法は、観察・模索・
実践、この 3 つを複合的に連鎖させて試みるしかないと思う。 では、
「モンテッソーリ教育理論に依る」とは、具体的にどうする事か?
「観察」
「模索」
「実践」の複合的な連鎖とは、どのような状況か? 私の
場合について述べる。私はまず課題を自分で実感するため、無心に子ども
の中に飛び込もうと決めた。
すなわち、M.・メソッドによる提供を受けた子どもが、M. 教具を扱う
時の様子(目線・口元・姿勢・手足の動き・発語など)を、継続的に、多
人数、多場面にわたって、洞察的に観察する事によって、私自身の「実感
自習」を試みたといえるものであった。ここで得た観察力が、後に、私の
研究の基準的尺度になったように思う。音楽活動の場面にも、教具を扱う
場面と相通じる反応が、同じように生じるか・否か、を以って私の模索と
実践の自己評価基準にした。そしてその自己評価の結果を、再び音楽活動
の内容や提供の「模索」に映し、更に工夫を重ね、再度「実践」に戻る、
という連鎖的研究過程であった、という事である。その連鎖は途切れる事
なく 50 年、未だに果てしないプロセスである。
Ⅱ- 2 実践具体例の中から
Ⅱ- 2 -(1)
「紡錘棒箱」(12)の例
さらに、私自身、教具類に何度も繰り返し触れた。例えば、
「紡錘棒箱」
に触れている時、私は容器の箱の仕切りの、
「1」の左に「0」の空間があ
る事に感じるものがあった。
「これは『1 以前がある事』を感じ取らせ、そ
して何事にも通じる『あらかじめの段階』の価値を印象付けるのではない
か」と把握した。この「紡錘棒箱」の「0」の印象が、私の中でどのよう
な関連を辿っていたのか、後日わかった事例をあげるならば、子ども(特
− 107 −
に 2,3 歳児)にフィットする手法として結果的に残った「拍打ち」「息を
吸う」「マレットの持ち方」等々の工夫につながっているのである(詳細
後述)。この工夫は、M. 理論に教示されている「困難性の孤立化」を、転
じて展開した側面でもあると考える。
Ⅱ- 2 -(2)
音楽における『あらかじめの段階』
次の 3 例(表 1、
2、
3)は私の実践で見出した手法の中から「Introduction
期」の幼児音楽教育の中でも当初に行うべき「play のための前段階の準備」
と捉えている例である。
(後述、P. 112 〜 114 を参照されたい)
Ⅲ「音の教具」と「音楽の教具」について
Ⅲ- 1 音楽理論に適うとはどういう事か?
M. が「静けさ」の意識化を提唱した点について、私は、彼女を「音楽家」
であると思う。また音楽教育者に大きなヒントを遺した人として敬服して
いる。これは音楽理論にも適う着想である。音楽は、
「音のある状態」と「音
の無い状態」で織り成すものである。そして音は必ず操作し続けなければ
消えるものであり、音は遂に無音(静寂は無音に近い)には勝てない。し
かし、その無音と測り合えるほどの音の在り方に、私たちは言葉にも似た
「語り」を感じるのではないか、と考える。静けさをまず感じる耳がある
か無いかは大きい差を生むであろう。
「そのうちわかるだろう」とは M. は
云わず、「静けさの提供法」を編み出したのだ。さらに、「音」と 「 音楽」
についても M. は分けて考えている。すなわち、「静粛の練習」
「線上歩行」
は「日常生活練習」の領域に置かれ、
「音感ベル 」「雑音筒」は「感覚教育」
の領域に置かれている。そしてこれらを
「音楽の教具」とは表記していない。
では「音楽の教具」とは何を指すのか。私は模索をし始めた。
Ⅲ- 2「音の教具」について
「音」の要素は、
一般的には 4 つに分類される。
「高低」
「長短」
「強弱」
「音
色」である。M. 教具にある「雑音筒」と「音感ベル」によって、この 4
要素の全ては幼児の聴覚に届け得るのである。その理由で雑音筒と音感ベ
ルは「音の教具」であると私は考える。音楽理論に適う画期的な着想であ
り、
この「孤立化」は過去の幼児音楽教育には見られなかったものであろう。
− 108 −
実践報告・事例報告
ただし、私は実践の過程で残念に思ったことが 2 点ある。それは、雑音筒
も音感ベルも material なのだから、
試行的変更を許されたいと。勿論、M. の
着想の原点は守りつつである。①温度や湿度の影響を極力避け得る素材で
製作し、音そのものの純度を上げ、音質・ピッチの安定を図ること、②さ
らに幼児が扱い易い(鳴らし易い)形状の考案を図ること、である。何故
ならば、幼児がこの教具を自分で選んで、鳴らして、聴く、その頻度をもっ
と高めたいと願うからである。今後の研究に期待する。
Ⅲ- 3「音楽の教具」について
音楽は単なる音ではない。そして人は古来、喜怒哀楽につけて歌い踊り
鳴らしてきた。ドイツ語には「音楽する」というだけの(play に比して限
定的)語義を持つ「musizieren」という動詞があると知った時、私はそれが「自
動詞」である事に深意を感じた。音楽を奏するとはそういう領域なのだと
納得した。ただ、それが教育とどのように繋がるかを、結びつけられずに
いたが、M. 教育原理を学ぶうちにそれは繋がった。「自分でする」がキー
ワードではないかと。ただし私は、教具という言葉のイメージから、
「音
楽の教具」もまた目に見える「形あるモノ」を予想した。が、行き詰まっ
た。そもそも「音楽」は遂に目には見えないモノである。音楽は「音に託
して」誰かが、何かが、play しなければ立ち上がっては来ないモノである。
そう思った時に、他にも「本人の行為」が介在して初めて悟る事ができる
モノが多いのではないか、と整理できた。例えば、線上歩行も、本来の意
図は本人が歩かなければ始まらない。本人の歩行という行為に託されてい
る。自分で出来るようになった時「出来たッ!」というのは、「最初の手
がかりを自分で得たッ」という事であろう。そこから始まる一人歩きのな
かで、徐々に、そして次々に、発酵し熟成させる時間も要るのだ。この積
み上げこそ、自己教育なのであろうと私はしみじみ理解できた。
「音楽は、人間のどのような行為に託されているか」という模索の結果、
私は今のところ「本人の play が音楽の教具になる」と考えるに至っている。
他の人の演奏に感動する事がある。しかし My play にはそれとは異なる体
感がある。これは play のレベルの問題ではない。幼児の play も演奏家の
play も、本人にとっての価値は等価であろう。また「本人の行為」が歴然
と音になって具現する「play」
(musizieren)は、
「選ぶ自由」「誤りの訂正」
− 109 −
「決断」
「達成感」などを含んでいて、本人に判りやすい側面があると思
う。幼児も自分の出す音に己を知っていると思われる反応をする。「いい
音ッ!」
「まあまあやね~」
「なんでや」など自己評価はきびしい。そして「わ
からん 教えて」
「聞いてッ聞いてッ」のプロセスもあって自主練習に向
かい、「手がかり」は発酵していく事になる。そして自家薬籠中のものに
なったのだろうか、発表会では普段と変わらぬ態度と表情で、淡々と play
するようになる。音楽を教具化して自分を育てている人間とも見えるので
ある。
人は、
自分で play している時に、
音が聴こえるだけでなく、自分の内面に、
外からの響きに共鳴するナニカが在る事を、知る瞬間が来る。それは本来、
内在していたナニカのようにも思えるのが、私の実感である。この触発の
感覚を musizieren という以外に無いのではないか。
おわりに
M. 教育内容としての音楽の在り方を求め続けて、今、思う。それは、
園でも家庭でも、日常生活のちょっとした場面において、幼児が、一人で
楽しんで歌う・踊る・弾く(打つ)
、二人で合わせ合う、などの行動を見
せるようになれば、それは「ひとりで出来る」からであり、M. 教育内容
として溶け込んだ形の音楽を提供した結果と言えるのではないだろうか、
と。目標は日常の活動の中に置く。提供法は M. 教具の提供法と同質であ
ることが重要である。
教師の「手伝い」は、手がかりを提供する事である。「手がかり」は、
当人の身の丈に合い、わかり易いもの(
「simple」なもの)でなければ、幼
児は集中力を出さない。集中力は我が身のためにだけ出すのが、幼児であ
る。
「提供」は幼児の耳と、幼児の目に、play で届ける事である。言葉に
よる説明や叱責では音楽は届かない。従来の音楽教育に於いて、欠けてい
たと思えるのは、この「手伝う」という意識と「まず、ちゃんと全体を通
してやってみせる」という提供法ではないか、と思い当たって以来、私は
心苦しい。教師の本気の play は、
幼児にとって何よりの手伝いになる事を、
実践の中で私は確信できた。幼児が目を開き、耳を立てて聴く。そして、
やる気で息を吸う。この一瞬の集中は、私と幼児の間の貴重な接点である。
幼児はこのモチベーションで「自分で出来る時」へ向かって動き、次へ次
− 110 −
実践報告・事例報告
へと自分で積み上げ、そして音楽するのである。
(2015 年 9 月 20 日 記)
引用文献 (1) Montessori. M., The Discovery of the Child(New York: The Random
House Publishing Group, 1972)pp. 286-293.
(2)
M. モンテッソーリ『子どもの発見』鼓常良訳、国土社、1971 年、
323 〜 330 頁。
(3) M. モンテッソーリ『子どもの発見』中村勇訳、日本モンテッソーリ
教育綜合研究所、2003 年、339 〜 348 頁。
(4) 上掲書(2)
、324 〜 327 頁。
(5)
上掲書(2)
、327 〜 328 頁。
(6)
上掲書(2)
、328 〜 330 頁。
(7)
上掲書(2)
、323 頁、328 頁。
(8)
上掲書(2)
、323 頁。
(9)
上掲書(2)
、323 頁。
(10)
上掲書(2)
、323 頁。
(11)
Elise Braun Barnett, Montessori Music(New York: Schocken Books,
1973)pp. 1-2.
(12)K . ルーメル監修『モンテッソーリ教育用語事典』学苑社、2006 年、
扉頁のカラー写真「数教具」の項。
− 111 −
表 1 「拍打ち」について 「拍」の意識化(音楽の秩序を知る)
適応年齢
提示
2 ~ 3 歳から
①教師と幼児は1:1 で(横に並ぶほうが腕の動きが見えやすい)② 正
座または椅子に腰かける ③ 両掌で自分のヒザをゆっくり打ってみせる
まりつきのように軽く弾ませて打つ音をしばらく聴き、二人の音が合う
のを待って、教師は幼児のよく知っている歌(「どんぐりころころ」等)
をアカペラで静かに歌いながら打ち続ける 拍子は強調しないでまず
「拍」に乗れるように誘導する ④ 1 曲終わったら次の幼児と交代(集
中力が途切れないうちに終わる事がポイント)1 曲分の時間だけでもよ
い、翌日も翌々日も…と、頻度を多く体験させる
展開 よく知っている他の歌に替えて変化に対応する ピアノ曲(マーチなど)
を聴きながら一人で打つ
一人一人で出来るようになれば幼児3~4人一緒に「合わせる」体験を
する 曲なしで「拍打ちの音だけ」を聴くのもよい(三・三・七拍子など)
誤りの訂正
ヒザを打つ音が揃わない
備考
◦「拍」を知る体感は音楽の秩序を知る基礎的な体感である 今後、歌
う・歩く・踊る・弾く 等の play の土台になる ◦特に 2 ~ 3 歳児は「自
分に出来る演奏のつもり感」があるらしく好む ◦すぐには「拍」に乗
れない幼児もいるが、指摘しないで回数を重ねる事がポイント ◦フェ
ルマータなど「拍ではカウント出来ない」場合に対しても却って興味を
持って play するようになる
表2 「息を吸う」について 「息を吸う事」の意識化(play のための構えを知る)
適応年齢
2 ~ 3 歳から
提示
① 教師1;幼児数名で ② 教師は「指揮者」の役割になる(指揮棒は
不要)③教師は幼児達と向き合い、脇を上げて両手を胸前で構える(用
意の構え)④「振り上げた時に、鼻からスーっと息を吸うのを見てい
てね」と、やってみせる。 ⑤【用意→振り上げる(同時に吸う)
】で
1 セットになる 数セットの繰り返し練習で意識できるようになる ⑥
よく知っている歌の冒頭の「合図」として用いる事で「予備拍」を知
る
誤りの訂正
タイミング
備考
◦口を閉じて、鼻から息を吸う事の意味がわからない幼児もいる 「い
い匂いをかぐ」、などのヒントで誘導する ◦振り上げるタイミング
で息を吸う事で、その次の動作(発声・演奏・歩行・ダンスなど)の
冒頭が揃う ◦ Play だけではなく、いろいろな動作に「構えの段階」
がある事を知る ◦曲のフレーズを感じ取りやすくなる
− 112 −
実践報告・事例報告
表 3「両手首の柔軟性」について 「両手首の柔軟性」の体得(楽器の「play」に必要な身体的機能)
表 3-1 鈴の場合(カスタネット、タンバリンなど打楽器類の提示はこれに準じる)
適応年齢
提示
3 歳から
まず、教師が一連の動きをゆっくり通してやって見せる ①収納状態
から丁寧に取り出す ②鈴を両手で包み込み、 ③丁寧に、鳴らない
ようにして席まで運ぶ(収納する時も同じ) ④利き手で打つので、
鈴は逆の手で柄を握る ⑤利き手の五指を軽く握りコブシにする ⑥
鈴を持つ手の手首から 3 ~ 4cm 上(腕)をコブシで打つ ⑦手首を
硬くしないで、弾むように打つ(スナップ)⑧「3 拍鳴らして 1 拍休む」
など、基本的な短いリズムパターンで提示する ⑨楽器名称を教える
(3 段階レッスン) ⑩鈴を両手で包み込み、収納場所に戻す
展開 ◦幼児一人でさせてみる 他の幼児はそれを見るのもよい ◦知って
いる歌やマーチ曲と合わせて拍を打つ ◦リズムパターンを音で提示
し、それを聞き取って真似て打つように促す ◦右手・左手を持ち替
えて、両手どちらでも鳴らす事ができるように促す
誤りの訂正
音色、タイミング
備考
◦全ての「提示」は同様に、教師が、一連の動作を 1 回目にやってみ
せる(例えば①~⑩)は時間を要するように見えるが、遠回りではな
い ◦この提示は後々まで素直に守られるほどに子どもに沁みこむ ◦教師の打つ音の音色が良くなければならない ◦収納場所を教える
(やりたい時に自分で出し入れ出来るための用意)
− 113 −
表 3-2 ウッドブロック(箱型)の場合
適応年齢
3 歳から
提示 -1
①教師1;幼児数名 ②ウッドブロックを置いた台を挟んで向き合う
③教師が、正しく構えて(姿勢・両手にマレット)一撥だけ打って聴
かせる ④沈黙の間を少し置いて、さらに1撥だけ聴かせる ⑤楽器
の名称を伝える ⑥マレットの持ち方をみせる(図1) ⑦「持って
みる体験」をグループ提供するのも良い
提示 -2
①利き手で打つが、もう一方の手にもマレットを持たせる(最初から
構えの姿勢を体得するために) ②構えの姿勢を真似させる ③教師
が一撥打つ、幼児も真似て一撥打つ ④音を聴く事がポイントである
から、言葉(声かけ)はなるべく用いない。アイコンタクトと小声で
充分通じる ⑤教師と幼児と交互に、一撥打ちを3~4回打ち合う ⑥次の幼児と交代
展開 ◦「左右交互打ち」に進む ◦歌、マーチなど 短い曲に合わせて打つ
誤りの訂正
音色
備考
◦箱型のウッドブロックは机上に置いて打つので、安定感があり、音
色も響きも良い。打つ位置がわかりやすい ◦マレットは成人用のマ
レットを使う方が音色がよい。柄の長さ成人用(34 ~ 35 ㎝)を、幼
児用に 20cm 前後に切る ◦の高さに注意する事 ◦足元の安定感が
必要 ◦幼児の集中時間は短いが、練習回数の量で会得するものが
多いので、自主練習用に、一定の場所にセットされるのが望ましい
◦両手首の柔軟性を得ると、メロディ楽器(木琴・鉄琴・マリンバ・
ビブラフォン)に移行しやすい その他 パーカッション系の楽器は
もちろん 他のほとんどの楽器演奏に応用できる
※本稿 106 頁、1-2-(2)研究領域で述べた通り、私は「静けさを聴く」「歌う」「踊
る」「器楽」「楽譜に結び付ける」などの各領域についても、具体的な実践事例を持っ
ているが、今回それらの報告には紙幅が尽きた。お許し願いたい。ただし、それら各
領域とも、提供法は上記の表 1、2、3、に記した工夫、配慮、準備、反省など、観察、
模索、実践の道程はいつも同じであり、材料が替わるだけであると言える。原点は M. 理
論に在る。
図1 スナップのきかない持ち方
− 114 −
ル ー メ ル 賞
第 3 回「ルーメル賞」授与
江島正子
(ルーメル賞受賞者選考委員会委員長)
ルーメル・モンテッソーリ奨励基金受賞者選考委員会報告
第 3 回ルーメル賞選考委員会が下記のとおり開かれました。
(1)第 3 回ルーメル賞の第 1 回目委員会が 2014 年 8 月 5 日(火)横浜
みなとみらいパシフィコ会議センターで開催されました。
(2)第 3 回ルーメル賞の第 2 回目委員会が 2015 年 1 月 24 日(土)イ
エズス会管区本部 岐部修道院 3F 306 において開かれ、竹田恵会
員をルーメル賞に推薦することになりました。
(3)2015 年 4 月 25 日(土)平成 26 年度第 2 回常任理事会で承認され
ました。
(4)2015 年 7 月 29 日(水)全国理事会、7 月 30 日(木)総会におい
て承認され、前之園幸一郎会長(理事長)から「ルーメル賞」賞状
と金一封が竹田恵会員に授与されました。
第 3 回「ルーメル賞」受賞者と受賞理由
受賞者 竹田恵会員
受賞理由
論文「戦後日本におけるモンテッソーリ教育の展開過程に関する研究―
カトリック教育協議会内『モンテッソーリ研究会』の活動展開を手がかり
にして―」
『モンテッソーリ教育 第 46 号』日本モンテッソーリ協会(学会)、
(2013 年)が、たいへん優れている。
本論は、1962 年に立ち上げられたカトリック教育協議会内「モンテッ
ソーリ研究会」の活動に着目し、戦後の日本におけるモンテッソーリ教育
の再導入がどのように展開されたか、
その諸相に光を当てている。特に、
「モ
ンテッソーリ研究会」が「日本モンテッソーリ協会」の設立と「上智モン
テッソーリ教員養成コース」の創設に大きな影響を与え、戦後におけるわ
が国のモンテッソーリ教育運動の組織化の一つの端緒と言えるこの動向に
− 115 −
歴史的役割を再確認する論旨になっている。
略歴 私立幼稚園で教諭として 5 年間勤務をした後、1988 年に上智モンテッ
ソーリ教員コースでモンテッソーリ教員のディプロマを取得。以降、善福
寺子供の家の教員、上智モンテッソーリ教員養成コース(現・東京モンテッ
ソーリ教育研究所付属教員養成コース)の実践科目担当講師としてモン
テッソーリ教育に携わってきた。2013 年、横浜国立大学大学院教育学研
究科修士課程修了。以来戦後日本におけるモンテッソーリ教育復興の歴史
的経緯の解明を課題とし研究を続けている。現在、鶴川女子短期大学幼児
教育学科常勤講師。
− 116 −
教 育 エ ッ セ イ
ネパール・ポカラでのモンテッソーリ教育の一例
川岡 俊子
(福岡光の園保育園)
戸田 恵子
(安佐子どもの家)
はじめに
本稿は第 48 回全国大会での研究発表をまとめたものである。
前半は、ポカラのジョティ・ケンドラ(喜びのセンターの意)開設の経
緯と環境状況、そして、モンテッソーリ教育導入後の子どもたち、親たち、
そして職員の変容についてシスター川岡が担当。後半の保育者養成に関し
たものは、戸田が担当。内容は以下のとおり。
A ネパール王国《当時》における
保育施設開設の経緯
はじめに
1 驚きの現場
2 モンテッソーリ教育の導入
3 ネパールの文化を取り込む保育
4 内戦が契機となった教育方針
5 保護者の反応
6 卒園生の歩み
おわりに (川岡俊子)
B 保育者養成に関して
1 養成依頼の経緯
2 養成一段階(国内研修)
3 養成二段階(国外研修)
4 養成三段階(合同研修 7 ~ 9 日
間合宿)
5 養成四段階(ジョテイ園内研修
の充実期)
6 養成の振り返り
7 まとめとして
(戸田恵子)
A ネパール王国《当時》における保育施設開設の経緯
はじめに
1996 年 4 月、シスター 2 名は言語も習慣も分からないままでネパール
に向かった。カトリック教会の当時の責任者であったシャルマ神父の言葉
は、「この国はヒンズー王国。ヒンズー教徒を改宗させるのがあなた方の
− 117 −
意図なら今すぐお帰りください。小さなことから始めてください。神があ
なた方に道を示してくださるでしょう。あなた方の生きざまを通して神の
愛をネパールの人々に見せてください」であった。これは今なお、私の心
に響き続けている。
ネパール第二の都市ポカラで長年障害児学校を運営しておられた大木神
父様の仕事の一環として 1997 年 2 月、保育所ジョティ・ケンドラ(喜び
のセンターの意)はスラム地帯に住む生後 10 カ月から 4 歳までの 13 名の
幼児の保育から出発した。職員は 2 人の教師、給食・用務職 1 名と私たち
2 名であった。
ネパールに限らず後発開発途上国には各地にスラム地帯がある。現金収
入を求めて村から町へ出てきた人々が空き地に小屋程度の家を建てて集合
地区となる。彼らは肉体労働で日銭を稼ぐ不安定な生活条件にあり、親は
乳児や幼児を危険で不衛生な現場に連れて行かざるを得ない。あるいは年
かさの子どもたちは就学せずに弟妹たちの世話をする状況にあった。その
ために開いた保育所であった。子どもたちが豊かな人間性を育み、将来のネ
パールを支える人材に育ってほしいという願いを込めたセンターであった。
1.驚きの現場
開園式にはそれなりの盛装をした保護者と 13 名の子どもたちが集まっ
たのだが、翌日から彼らのうち数人は真っ裸かはだしで抱かれてきた。早
速、園内用にシャツ、ズボン(当時パンツの着用習慣はなかった)を準備。
さらに狭い園庭の各所は、構わずトイレとなった。スラムにはトイレが無
いからであった。
常時水不足で水浴、洗濯、食器洗い、トイレを川で行うため、下痢や耳
や目の病気、皮膚病が多く、保育所はクリニックともなった。子どもたち
の住む狭い家の内部は土なので、顔も足も汚れたままで登園する。保護者
の仕事として登園後、顔や手足を清潔にしてトイレを済ませて教室内に入
れる習慣を培い、それは現在定着している。
教室内では子どもの頭髪や衣類にびっしり列をなすシラミやノミ、時に
は子どもの体内から出てくる回虫や蟯虫に手を焼いた。週に 1 度、洗髪と
体洗いをしっかりやり、時には散髪し、バスタオルで包み込んで全身に油
を刷り込む(ネパールの習慣)
。青空にそびえ立つヒマラヤの山々を見な
− 118 −
教育エッセイ
がらのこのひとときは子どもたちと私たちにとっての至福の時であった。
2.モンテッソーリ教育の導入
モンテッソーリ教育を最初から考えていたわけではなかった。ネパール
の社会に最も適応した教育方法を願い、そこからプランしても良いと考え
ていた。しかし、日常生活訓練の実践が毎日という現場に直面するうちに
モンテッソーリ教育以外には考えられなくなった。子どもたちが少しずつ
落ち着きを見せ始めた頃から、紙を使う仕事、マット運動やボール遊びな
どを始めた。最大の打撃は諸事情により、頼りの最初のシスターと後続の
シスターが 1 年後に帰国してしまい、一人になってしまったことだった。
その頃には毎月入園してくる子どもで 50 人ぐらいになっていた。私は保
育の専門家ではない。
「皆が喜んで働けるような職場作り」が私の本来の
仕事のはずだった。どうしたらいい! そんな時に日本のモンテッソー
リ教育に携わっているシスターたちや先生方が交互に援けに来て、教師た
ちの指導や教材作り、基本的な感覚教具を運んでくださったことは実にあ
りがたいことだった。シスター応援団のおかげで内からのエネルギーで成
長していく子どもたちになんとか対応できたが、教師の数も増えていくに
つれ、モンテッソーリ教育の精神、つまりマリア・モンテッソーリを知ら
ずして小手先の疑似モンテッソーリ教育に落ち込む可能性も感じ始めてい
た。1998 年に日本の幼児教育の見学に教師 1 名を送っていたが、教師全
体の養成の必要性に迫られていた。その時、インドへの旅の途中に来訪し
てくださった旧知の戸田恵子先生に教師養成を頼み込んで、2000 年から
実現することになった。
第 1 回トレーニングの教師たちの姿は、まさにスポンジが最後の水滴ま
で吸い込むような勢いで圧倒された。彼らも子どもたちの家庭と同じく貧
しく苦境にある人が多く、学歴も小学 5 年から中学卒程度である。人間の
知性をもって学んだ最初の機会だっただろうし、実践は知性を豊かにする
ものであったろう。研修を重ねていくことで、彼らの中に教師としての誇
り、充実感と熱意が生まれていった。
3.ネパールの文化を取り込む保育
サンロレンツォのような成功物語ではないが、設備や教材が不備である
− 119 −
にもかかわらず、子どもたちは落ち着いていった。毎朝、祈りと線上歩行
で始まる。ネパールで宗教のない人はいないと言ってよい。挨拶も祈りも
合掌する、祈りのしみ込んだ国と言ってもいいくらいだ。座禅風に足を組
んで(ネパールの座り方)目をつむり、両手を合わせて沈黙で約 30 秒間。
私はそれを「聖なる時」と呼ぶ。その静けさのままで線上歩行をする。か
つて来訪客に言われたことがある。
「子どもたちのこの落ち着きは、毎朝
の祈りと線上歩行だと思いますよ」
。
ネパールはビスターレ《ゆっくり》の国と言われる。時は刻むものとい
うより、宇宙感覚の中の一つの要素といった感じであるから、とにかく急
がない。職員もゆったり子どもに接する中で子どもの自由さが発揮される。
給食はネパールの伝統的なダルバート(豆スープをかけたごはん)を主
食にして野菜、時には鶏肉を加えた副菜とから入りのいりこ(日本の漁師
さんからの寄贈)
、牛乳。保護者に栄養の知識は皆無であり、また十分な栄
養を与える余裕もない。そのような中、入園後の身長・体重の格段の成長
が日本の大学の 5 年間の調査結果で明らかになったことはうれしいことだっ
た。それでも日本の子どもより 1 年ぐらいの体格の差がある。ネパールの
慣習として朝夕の 2 回のみの食事なので、
幼児の食事とおやつは重要である。
4.内戦が契機となった教育方針
1996 年に政府と毛沢東路線の共産党(マオイスト)の対立が始まり、
10 年間の間に熾烈な戦いになっていった。ストライキ、デモ、誘拐、殺害、
戦闘が身近になり、園の精神を明確に打ち出す必要性に駆られた。子ども
たちの遊びに「デモごっこ」が加わり、カトマンズでは暴動に駆り出され
る子どもたちの姿も見られた。 教育指針の 3 つの目的:自立、自己決定、他者への奉仕、それらを通し
て「平和を築く人」になってほしいという強い願望であった。教師はでき
るだけ言葉と手を控えて子どもたちの 3 つの目的の道を開くようにした。
命の大切さの体験学習として畑作業と 2 匹の犬との関わりがある。早く
成長する野菜、トウモロコシ、ジャガイモ、大根などの子どもなりの農作業。
観察し、収穫の際は傷めないように注意し、それらを洗い、切り、給食に
なって食卓に現れる一連の作業である。 犬はいじめの対象ではなく、仲間として手を触れてかわいがることを
− 120 −
教育エッセイ
日々体験した。1 匹の犬の死は年長児に見せ、生と死と「ありがとう」を
体験した。
5.保護者の反応
子どもたちの病気の原因にスラムの劣悪な衛生環境と無知が関係あると
思い、
「薬を買うより石鹸を」運動を始めた。そして、手の洗い方を子ど
もたちに教え、保護者総会ではネパール民謡の替え歌で手洗い歌を皆で歌
い、洗い方の実践をした。
「お母さんの手の洗い方は違う」と 2 歳の娘が言った。それを語る 10 代
の若い母親は、とてもうれしそうだった。
「僕のうちのトイレはどこ?」と息子が言ったので、妻と一緒にトイレ
を造ったという父親の報告。私はできたてのトイレを見学に行った。穴を
掘って周囲は米の袋を開いた粗末なカーテンであったが、両親の愛を感じ
させられた。
年に 2 回、2 歳以上児クラスでは保護者参観週間を設けている。保護者
は都合の良い日を選んで、給食後まで参加する。その後、クラス主任と私
を含めて分かち合う。一人の父親が、
「息子が『自分でする、自分でする』
と連発するのが、今日の参観でよく理解できた」と言った。彼の家は大家
族で子どもを手伝う人がたくさんいるので、入園後の変化に驚いていたと
のことだった。保護者からよく聞いたことは子どもの兄や姉が同年齢の頃
は手伝わないとできなかったのに、下の子はきちんと自分のことができる
という喜びの驚きであった。
卒園式に挨拶を願い出た一人の父親の言葉は教師たちを感動させた。要
約すると次のようになる。
「モンテッソーリ教育で育てられた私たちの子
どもたちは本当に幸せでした。素晴らしい教育です。私自身、家でも学校
でもこのようには育てられませんでした。親も、祖父母も同じです。先生
たちが素晴らしい教育をしてくださったことに心から感謝いたします」。
また、教師たちの家庭生活も変化した。ある教師は助けてくれない夫に
不満だらけだったが、自分が優しくなることで夫も優しくなり、夫婦間に
平和と和解の心が生まれ、家庭全体が幸せになった。自分の子どもたちへ
の理解が広くなり、要求より受け入れる心ができたという感想を寄せた。
− 121 −
6.卒園生の歩み
約 1,000 人の卒園生が、大学卒業、もしくは大学生となっている。ネパー
ルにおけるモンテッソーリ教育で最も大切にしてきた願い――知性と意
思、情緒が融合した人間性と平和を周囲に築いていく他人への献身――を
少しずつ実現してくれていることを知ることは実にうれしい。毎日の営み
の中で子どもたちが自然に助け合ったこと――障害児を仲間として大切に
したこと。エプロン着脱や洗濯物たたみなどで互いに助け合う。2 歳児であっ
ても 1 歳児や友達の靴履きの手伝いをしたり鼻をかんでやったりするなど
――ゆったりとした時の流れの中で、子どもたちは自然に他人への奉仕の
体験を積んでいったと思う。
学校の教師や保護者から聞くことによると、学校では先生の話を落ち着
いて聞き、理解できる能力があり、自分のことが一人でできるし、できな
い子どもや困っている子どもを助けてくれるので教師としては非常にあり
がたい存在である。また、高学年になると、なぜかリーダーに選ばれ、ク
ラスのまとめ役、けんかの仲裁役にさせられる。また、落ち着いていると
か自分の考えをしっかり持って行動するなどと保護者から感謝の言葉をい
ただく。
残念ながらそうした子どもたちだけではない。ドロップアウトした子ど
もたちもいる。学費や必要品を負担して学校に送った子どもたちの中に、
しっかり支える大人の存在が欠けたために能力があっても挫折した子ども
たちがいる。現在、10 数人の卒園生を大学まで送っているが、どの子ど
ももモンテッソーリ教育を受けた成果を見せてくれている。
おわりに
「ポカラで最も子どもが愛されている保育園」という評判を聞くことが
多くなった。職員は気づいていないと思うが、子どもの自由を尊重し、子
どもの内なるものに真摯に向き合えば、自ずからそうなっていくのがモン
テッソーリ教育の本質ではないかと思う。学歴もなく逆境にあった女性た
ちが、自立心と誇りをもってモンテッソーリ教育の精神に基づく幼児教育
に関わっている姿に感嘆し、同時に 15 年かけてその礎になってくださっ
た戸田恵子先生に心底からお礼を申し上げたい。
川岡俊子
− 122 −
教育エッセイ
B 保育者養成に関して
1.養成依頼の経緯
ジョティ設立の半年前、戸田がインドに出かける途中、ポカラで準備中
のシスター川岡に預かり物を届けたことがあった。その 2 年後、手伝って
ほしいとの声がかかり、まず 2000 年 1 月 25 日から 17 日間出かけた。「ス
タッフたちは幼児教育に関してまったく学ぶチャンスもなく、学歴のない
普通の女性で学力はなくても能力はあるので継続的に養成すれば、良い保
育者になる可能性がある」と紹介された。
2.養成一段階(国内研修)
開園後 2 年間は福音の光修道会のシスター方がモンテッソーリ教具の主
要なものを日本から運び、ディプロマを取得した二人のシスターが時々交
代で手ほどきをしていた。
a)二形態の研修
①保育参観を中心に子どもの昼寝時と降園後に質疑応答の対応をする。
②研修特別休園日・祭日などを利用して、午前中は「子どもの見方」な
どを講義、午後は「子どもの助け方」として具体的な実践指導をする。
b)環境整備として
子どもたちはそれぞれ興味のある物を取り出し、どこでも所構わず道
具を広げて活動していた。個人作業の確立を考え、無地のマット(大
2、小 10)と机の代わりになるデコラ板の画板(クラス 10 枚)
、線上
歩行ができる白い楕円形の線を依頼した。そこで足ふきマットぐらい
の個人用のマットを広げ、興味のある作業を納得するまで繰り返し、
集中度も高まった。他人の邪魔もせず、作業の領域が個人的にも集団
的にも意識できるようになった。また教具棚の教材も領域別に整理し
て同じ種類の物は片づけたり、また段階的に系統的に配置した。
c)研修内容・・・
「一人でできるように助けて!」の叫びに応えて。
①子どもの見方・・・人格形成のプロセス
生命衝動、吸収精神、発達段階、敏感期の特徴
②子どもの助け方・・自由選択できる環境と時間帯
提示の条件・・・・困難の孤立化、行動分析、順序立て、言葉少なく、
− 123 −
ゆっくり、分かりやすく、誤りの自己訂正がで
きるように。
③実践練習の一例として
☆紙をちぎる、切る、貼る、折る。 紐や糸を通す、縫う。マット
の扱い方他。
☆ひみつ袋、布合わせ、雑音筒、色板、数字カードと玉、ゼロ遊び、
絵カード他。
☆名 称の 3 段階レッスン(全ての領域で活用)、野菜、花の名前、
数字、文字他。
☆線上歩行と教師自身の声のコントロール、静粛レッスン他。
☆その他、マット運動、フープ運動、ダンス、リトミック、絵画制
作など。
3.養成二段階(国外研修)
日本のモンテッソーリ教育理解と見学実習を重ねながら日本語通訳の
養成も考えられて一人の教師が派遣された。次にネパール国内のモンテッ
ソーリ教育研修に 1 カ月派遣された。また日本での見学実習を目的に福岡
市の光の園保育園、エミール保育園などに 3 カ月間、1 人また 2 人と派遣
され、次に日本のロータリークラブからの支援で 6 カ月間、1 人の教師が
茅ヶ崎フィートリッヂ保育園に派遣された。結局園内研修の大切さに気づ
いたようだ。
4.養成三段階(合同研修 7 ~ 9 日間合宿)
ポカラ近郊の幼稚園園長やシスター川岡の友人らを通じてモンテッソー
リ教育に興味を持つ人々が集まった。
・バンディプールの保育園 5 名(京都ノートルダム教育修道会経営)、
東ネパールのオクレ保育園(5 名)
、JICA シニアボランティア保育指
導者(4 名)
。
海 外青年協力隊の保育担当者(2 名)
、バンコックの日本人幼稚園園
長親子。
ネパール国内でもバスでポカラに来るのに 8 ~ 10 時間かかる。1 週間
− 124 −
教育エッセイ
合宿の形態で 2 年~ 3 年継続した園もあった。
研修形態と内容は「養成一段階」と同じだが、中心テーマは年ごとにモ
ンテッソーリ教育の領域別にした。
集まった人々は初めて見るモンテッソーリ教具に驚き、身近にある生活
用具や教材をいかに利用できるか工夫し考える研修となった。
各領域(生活練習、感覚、数、言語、文化一般)など約 5 年間モンテッ
ソーリ教育プログラムを大きな色画用紙にネパール語で掲示した。この系
統図をヒントにネパールに合った教育を考える。
研修内容は各園ごとに、1 冊のノートを作るように勧め、お互いに役割
分担して書いていた。ジョティの先生方は全員自主的に、一人ひとりの個
人ノート作成に取り組んでいた。それぞれのノートは、1 年後、通訳の人
とともに面談で訂正したり補充したり確認することができた。
ネパールではたびたび停電するので、ローソクの灯の下で一生懸命書き
写したり、先輩の先生方から学びながらノートを作成し、たどたどしい絵
と文字からその熱意と学ぶ喜び、充実感があふれていた。
5.養成四段階(ジョテイ園内研修の充実期)
外部の園から先生を招き、一応モンテッソーリ教育の全体像が見えてき
た頃、ネパールの教育方針で 4 歳、5 歳から小学校入学制度が始まった。
園内には 1 歳、2 歳が多く、3 歳、4 歳が少しずつ減ってきた。
当然、保育内容も 1 歳、2 歳の発達段階と 3 歳、4 歳の発達段階の違いを
ハッキリと意識する必要に迫られた。密度の濃い研修となってきた。さらに
園長のシスター川岡が修道会の事情で日本帰国が決定し、その後継者とな
るネパール人のシスターが 2012 年、ジョティ園で 1 歳児クラス担当から始
め、2014 年より園長職を引き継いでいる。彼女は現在大阪で行われている
0 歳~ 3 歳の国際モンテッソーリコースで学んでおり、いずれはネパール人
によるジョティ園の自立(教育的にも、経済的にも)が実現するであろう。
さらに 2015 年 4 月、カトマンズでシスター川岡の友人が新設のモンテッ
ソーリ・スマイル幼稚園を始めるに当たり応援に駆けつけた時、ポカラの
ジョティの先生方 5 人と新しいスマイルのスタッフと共に 4 日間の合同研
修となった。新しい教材と教室の中で、生活練習の教材を中心にそれぞれ
の持つ目的と系統性と、また他の領域にどのようなつながりを持つのか?
− 125 −
といった関連性を考えながらポカラで積み重ねてきた研修の縦糸と横糸に
ついて検討していく楽しさを味わうことができた。
6.養成の振り返り
15 回の研修で毎回強調したことがある。
(1)いつも「子どもの叫び」に耳を傾けること、観察を通して子どもの
興味点、そして一人ひとり違う敏感期を見逃さないように。敏感期
にあった教材、関わり方を考えること。
(2)人格形成のプロセスで大切な自由選択した物を納得できるまで繰り
返し、工夫し、集中力を高めたこと。どんなことでも「ひとりでで
きた!」と喜びの実感を持ち、次の意欲に向かうことを見届ける。
① 3 歳までの無意識の吸収精神と 3 歳以後の意識的な知性の働きを引
き出し、伸ばすことの違いについて意識すること。
②実践面では特に各領域に共通する名称の 3 段階レッスンを繰り返し
練習すること。
③子どもの誤りを指摘しないで、誤りの自己訂正ができる工夫をする
こと。
7.まとめとして
ネパール語も話せない戸田が、よくも 15 年間の養成に関わってこられ
たものだと誰もが不思議に思うはずだ。
「ポカラの会」会長故倉光誠一先
生の励まし、シスター川岡をはじめジョティの全職員からの温かい笑顔に
ひきつけられての 15 年だった。
幼児教育について学ぶチャンスもなかった女性たちが、子どもたちへの
愛情からぬくもりのある関わりをし、そのおかげで自分自身で選び、考え、
工夫し、自分の手、足を使って最後までやり遂げ、その喜びを友人にも分
かち合う子どもたちが育っている。そして小さい人や弱っている人、困っ
ている人への思いやりも自然に育ち、いつも前向きの姿勢を持つ人となっ
て卒園していく。ここで特筆したいことは、生活練習を基盤に育った子ど
もたちが真の人格形成のプロセスを歩み、知的にも理性的・情緒的にも円
満な成長を遂げ、人類の平和に貢献する人間となっていることである。
戸田恵子
− 126 −
海 外 情 報
“Pater-Luhmer-Weg”
Franz-Josef Mohr SJ
(Professor emeritus Sophia University)
“Geboren wurde ich am 28. September 1916 in Pulheim bei Köln und
drei Tage später, am 1. Oktober in der Pulheimer Pfarrkirche auf den
Namen Nikolaus getauft.“ So beginnen die Memoiren des Jesuitenpaters
Klaus Luhmer, der am 1. März 2011 in Tokyo verstorben ist. – Knapp
einhundert Jahre nach seiner Geburt berichtete Frau Nina Homann im
Auftrag des Pulheimer Stadtarchivs: „Am 10. November 2015 beschloss
der Rat der Stadt Pulheim einstimmig, eine Straße im Pulheimer
Stadtgebiet nach Pater Klaus Luhmer zu benennen: Pater-Luhmer-Weg.“
– Wie kam es dazu?
Wenige Tage, bevor Pater Luhmer im November 2007 ins LoyolaAltenpflegeheim der Jesuiten im Nerima-ku, Tokyo, umziehen musste,
meldete sich der damalige Ministerpräsident des Landes NordrheinWestfalen, Dr. Jürgen Rüttgers, im S.J.-Haus an der Sophia-Universität
zu Besuch an. Dr. Rüttgers, wie P. Luhmer ein gebürtiger Pulheimer,
weilte gerade zu einem offiziellen Besuch in Japan und wollte unbedingt
seinen Landsmann, von dem er schon viel gehört hatte, näher kennen
lernen. Die beiden Pulheimer verstanden sich auf Anhieb, und P. Luhmer
bedauerte es sehr, dass er – er war gerade erst aus dem Krankenhaus
entlassen worden – die Einladung zum anschließenden Abendessen im
Hotel New Otani ausschlagen musste.
Nach P. Luhmers Tod veröffentlichte Dr. Rüttgers eine ausführliche
Würdigung seines Landsmanns in Band 37 (2012), S. 321-325, der
Pulheimer Beiträge zur Geschichte. Er verweist darin vor allem auf P.
Luhmers Pulheimer Ursprünge, sein Erlebnis des Amtombombenabwurfs
auf Hiroshima, seinen Einsatz als Professor der Pädagogik für die
japanische Montessori-Bewegung, wie auch seine Tätigkeit als
langjähriger Kanzler der Sophia-Universität in Tokyo und die damit
− 127 −
verbundenen vielfältigen Beziehungen zu Kirche, Staat und Wirtschaft
in Deutschland und schließt: „Er war ein Brückenbauer zwischen beiden
Ländern und Überlebender des Atombombenabwurf auf Hiroshima.“
資料1 「クラウス・ルーメル通り」の場所
プルハイム市提供
− 128 −
海外情報
資料 2, 3 「ルーメル通り」道路標識
資料 2
資料 3
− 129 −
Am 23.01.2013 schreibt Dr. Rüttgers an P. Mohr denn auch: „Nach
all den Jahrzehnten waren viele Pulheimer erstaunt und erfreut, dass
ein so verdienstvoller Mann in Pulheim geboren ist. Eine der Ideen,
die aus dieser Situation entstanden ist, ist der Versuch, bei geeigneter
Gelegenheit eine Straße in Pulheim nach Pater Klaus Luhmer zu
benennen.“ Dass dieser Versuch gelungen ist, zeigen die eingangs zitierte
Nachricht und die inzwischen eingetroffenen Fotos.
「ルーメル通り」の誕生
フランツ – ヨゼフ・モール SJ
(上智大学名誉教授)
「私は 1916 年 9 月 28 日、ケルン近郊プルハイム市に誕生し、三日後の
10 月 1 日、ニコラウスという名前でプルハイム教区教会で洗礼を授けら
れました」。このように自叙伝に記しているイエズス会士クラウス・ルー
メル神父は、2011 年 3 月 1 日、東京で帰天しました。ルーメル神父誕生
後 100 年近くたって、プルハイム市立資料館の職員ニナ・ホーマン(Nina
Homann)氏から、2015 年 11 月 10 日、プルハイム市議会はプルハイム市
内の一つの通りを『ルーメル通り』と命名することが満場一致で議決しま
した」と連絡がありました。さて、どのようなゆえんなのでしょうか。
ルーメル神父は 2007 年 11 月、東京都練馬区にある高齢なイエズス会士
向けのロヨラハウスに移るちょうどその頃、当時ドイツのノルドライン・
ウストファーレン(NRW)州首相であったユルゲン・ルッツガース博士(Dr.
Jürgen Rüttgers)が日本を公式訪問中でした。同首相は、いろいろな所で
耳にしていたプルハイム出身の同郷人ルーメル神父にお会いすることを強
く希望し、それで上智大学の SJ ハウスで面会を実現させました。プルハ
イム出身者の二人は強烈に互いに魅かれ合いました。ルーメル神父は、そ
のとき病院から退院し上智大学 SJ ハウスに戻ったばかりだったので、首
相ルッツガース博士のホテルニューオータニでの夕食へのご招待を断らな
ければならず、とても残念がっておられました。
− 130 −
海外情報
ルーメル神父帰天後、ルッツガース博士は『プルハイム市史』第 37 巻
(2012)321 − 325 頁に、プルハイム市出身のルーメル神父について詳し
く尊敬の念を込めて執筆しました。広島での被爆体験、長期にわたる上智
大学の舎監や理事長、副学長、SJ ハウス院長(2 回)などなどの役職、教
育学科教授としての日本モンテッソーリ協会(学会)への協力などを紹介
し、またドイツや日本のカトリック教会と国、経済界への多種多様な諸活
動について報告しました。最後に、
「ルーメル神父は広島の被爆証人とし
て二つの国(日本とドイツ)の橋渡しを行った」と著しました。
ルッツガース博士は、小生モール神父宛て 2013 年 1 月 23 日付け書簡に
「そのようにすばらしい功績を残した人がプルハイムにいたことを、多く
のプルハイム市民が末永く驚き、喜ぶように、
『クラウス・ルーメル神父
通り』と命名した道路を、適宜造ろうという計画が浮上しております」と
伝えてきました。
この計画が成就しました。以上がプルハイム市中心街の「ルーメル通り」
誕生のゆえんです。
− 131 −
図 書 紹 介
イ・ドンギュ文 オ・チョンニョン絵 簗田順子訳
『オールカラー まんがで読む 知っておくべき
世界の偉人 ⑲ モンテッソーリ』
関 聡
(久留米信愛女学院短大)
1、本書の原書
本書は韓国で『WHO?』という題で出版されているシリーズの『モンテッ
ソーリ』の巻の翻訳である。韓国でこのシリーズはすでに 60 巻を超えて
出版されており、日本版の第 2 期の 10 冊は、
『アンデルセン⑪』『ヘレン・
ケラー⑫』
『シュバイツァー⑬』
『チェ・ゲバラ⑭』『マリー・キューリー⑮』
『ビル・ゲイツ⑯』
『リンカーン⑰』
『エジソン⑱』
『モンテッソーリ⑲』
『ベー
トーベン⑳』となっており、ユニークな人選と言えよう。
『モンテッソー
リ』の巻は韓国ではすでに 26,500 部が販売されており、人口約 5 千万人
の国でしかも学習図書ということを考えると、広く読まれていると考えら
れる。教育意識の高い韓国ならではのことかもしれない。韓国では学習漫
画シリーズが人気であると聞く。全ページカラーであり、絵(まんが)も
違和感なく美しくてわかりやすい。出版社の公式サイトでは対象年齢が小
学校中学年となっているが、中学生・高校生から大人まで充分その関心に
応えるものである。
2、目次
目次は次のようにモンテッソーリの生涯に沿って進み、各章にコラムが
付いている。
1 しっかりした子
コラム 1 マリア・モンテッソーリの成功のポイント
2 マリアの夢
コラム 2 モンテッソーリの故郷、イタリア
3 お医者さんになりたい
− 132 −
図書紹介
コラム 3 19 世紀以降の女性と社会
4 新たな挑戦
コラム 4 ジェンダー平等の社会を
5 医者から教育者に
コラム 5 モンテッソーリの教育法
6 世界をおどろかせた教育法
コラム 6 ムッソリーニ政権とファシズム
7 マリアの信念
年表
3、本書の内容
本書はマリア・モンテッソーリの誕生から始まり、81 歳の生涯を終え
るまで描かれているが、モンテッソーリの成長が映画を観るかのように映
し出され、一人の女性のビルドゥングスロマン(教養小説・自己形成小説)
のような印象をうけながら読んだ。
「1、しっかりとした子」においては、モンテッソーリの出生から小学校
までの様子が家庭環境とともに描かれ、
「2、マリアの夢」では保守的な父
親と世の中で役に立つ女性になることを夢見るモンテッソーリが描かれて
いる。
「3、お医者さんになりたい」では、父親との対立を経てローマ大学
医学部入学を勝ち取るまでが、
「4、新たな挑戦」では、医学生として困難
を乗り越え医者となり、知的な障害児と出会うまでが語られている。
「5、
医師から教育者に」においては、モンテサーノとの出会いと別れ、そして
マリオの誕生を織り込みながら、知的な障害児の教育に没頭するモンテッ
ソーリが描かれている。「6、世界をおどろかせた教育法」においては、最
初の「子どもの家」の設立とモンテッソーリ法の発展が描かれ、
「7、マリ
アの信念」においては、ファシズムとの戦いと戦後のモンテッソーリの平
和への願いが語られ、モンテッソーリの墓碑の「親愛なるすべての子ども
が、人類と世界の平和を築くためにひとつになることを願う」の言葉で物
語を終える。
4、本書の特徴
①本格的な入門書であること。
− 133 −
モンテッソーリという人物の伝記として、モンテッソーリ教育の入門書
として、どちらの役割もしっかり果たしている。史実及び学問的見解が忠
実に反映されている。モンテッソーリ教育を全く知らない者に出会いをも
たらす学習図書として、
また〈まんが〉という手法をより効果的にするため、
事実との若干のずれがあったとしてもデフォルメの範囲と理解できよう。
とくに時代背景や学問的背景までしっかりとフォローされている点に特
徴がある。各章に付けられたコラムがそれである。
「コラム 1」においては、
モンテッソーリの誕生から晩年までの時代の流れが説明され、「コラム 2」
においては、ガリバルディやマッツィーニやカヴールまでが写真付きで紹
介され、モンテッソーリを生んだイタリアの歴史が説明されている。
「コ
ラム 3」においては、
「19 世紀以降の女性と社会」という題で第 1 波フェ
ミニズム運動・第 2 波フェミニズム運動が論じられ、
「コラム 4」においては、
「ジェンダー平等の社会を」という題で 2014 年のノーベル平和賞を受賞し
たマララさんまで話が及んでいる。
「コラム 5」においては、モンテッソー
リ教育そのものがテーマとされ、
「モンテッソーリ以前の子どもの教育」
「モ
ンテッソーリが教育の道へ進んだきっかけ」
「モンテッソーリ教育の原理」
「モンテッソーリの実践」
が詳しく述べられている。
「コラム 6」においては、
「ムッソリーニ政権とファシズム」をテーマに、日本の降伏に至るまでを
記している。以上 6 つのコラムは、モンテッソーリ教育を知るうえで貴重
な資料であり、本書がモンテッソーリ入門書として高い価値を持つことを
示している。
②親しみやすい入門書であること。
①において本書が本格的な入門書であることを述べたが、同時に本書
はとても親しみやすい入門書でもある。
〈まんが〉で語られている本書は、
なんといっても読みやすいのが特徴である。カラーの絵がきれいであり、
モンテッソーリがとても魅力的な女性に描かれている。また、途中で挟ま
れるいくつかの逸話は〈まんが〉だからこそ効果的に語られているのでは
ないだろうか。最近はモンテッソーリ教育の入門書・紹介書においても写
真やイラストを多く使ったビジュアルな本が出版されている。それらは保
護者向けであったり学生や保育者向けであり、それぞれその役割を効果的
に果たしている。本書はモンテッソーリ法というよりモンテッソーリとい
− 134 −
図書紹介
う人物、一人の女性の生涯を〈まんが〉という手法で描いたものであり、
先ず本書によってモンテッソーリとの出会いをした若者が、次にモンテッ
ソーリ教育に目を向けることになれば、その時こそ本書の使命を果たした
時であると考える。とくにモンテッソーリがそうであったように、
「世の
中で役に立つ人になりたい」
(本書第 2 章マリアの夢から)と志す女子生
徒の目に留まることを期待する。
岩崎書店(〒 112-0005 東京都文京区水道 1-9-2)
2015 年 2 月 28 日 163 頁 定価 1,600 円
− 135 −
ウォルター・ミシェル著 柴田裕之訳
『マシュマロ・テスト:成功する子・しない子』
松本 静子
(東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター)
マシュマロ・テストとは「いまマシュマロをすぐ l 個もらう ? それとも、
もう少しがまんして、後で 2 個もらう ?」と子どもに尋ね、その後の行動
を観察するものである。1968 年から 1974 年の間、スタンフォード大学ビ
ング保育園の 550 人以上の子どもにこのテストは実施された。このテスト
の考案者である著者ウォルター・ミシェルの 3 人の娘たちも、この保育園
に通っていた。実験室での経験を子どもたちがどう感じていたか、さらに
娘たちの同級生をその後何年にもわたって聞きながら半世紀にわたる追跡
調査に至ったのが本書である。著者によれば、
「話の核心にあるのが人間
の脳内で密接に相互作用する二つのシステムで、一方は、情動的・反射的・
無意識的な「ホット」なシステム、もう一方は認知的・内省的で時間と労
力のかかる「クール」なシステムだ。強力な誘惑に直面したときにこれら
の二つのシステムがどう相互作用するかが、未就学児たちがマシュマロに
どう対処するかや、意志の力がどう働くか、あるいはなぜ働かないかの根
底にある。それについて学ぶうちに、私たちは何者かという問題や、性格
の本質と発現、自発的変化の可能性に関する私の長年の思い込みが変わっ
た」
(14 頁)と、脳内のシステムと意志の関係を述べ、また、
「脳には驚く
べき可塑性があることが明らかになり、育ちと DNA、環境と遺伝の役割や、
人間の本質の順応性についての考え方が一変しようとしている。
(中略)私
たちは何者かについての広い共通認識が書き換えられつつある」
(14−15
頁)と、自制心が後から身に付けられる認知的スキルであることを遺伝学
の発見との関連で述べている。
本書は以下の 3 部構成から成る。
第 1 部 先延ばしにする能力――自制を可能にする
第 1 章 スタンフォード大学のサプライズ・ルームで
第 2 章 彼らはどうやって成し遂げるのか ?
− 136 −
図書紹介
第 3 章 ホットに考える / クールに考える
第 4 章 自制のおおもと
第 5 章 万全の計画
第 6 章 怠け者のキリギリスと働き者のアリ
第 7 章 あらかじめ組み込めているのか? ――新しい遺伝学
第 2 部 保育園時代のマシュマロから老後の資金まで
第 8 章 成功の原動力―『できると思う !」
第 9 章 将来の自分
第 10 章 「今、ここ」を乗り越える
第 11 章 傷ついた自分を守る―自分と距離を置く
第 12 章 つらい情動を「冷却」する
第 13 章 心理的な免疫系
郷 14 章 賢い人が愚かな振る舞いをするとき
第 15 章 「イフ・ゼン(もし〜したら、そのときには〜)」に見られる
人格表出のパターン
第 16 章 麻痺した意志
第 17 章 疲労した意志
第 3 部 研究室から実世界へ
第 18 章 マシュマロと公共政策
第 19 章 中核戦略を応用する
第 20 章 人間の本質
マシュマロ・テストは単純なテストではあるが、この実験で実際にマシュ
マロをどう我慢できたかどうかが、その子の後の人生での社会的成功と相
関するという驚きの事実が追跡調査で判明した。
第 1 部ではマシュマロ・テストの手法について解説している。具体的な
実験方法は次のようである。ビング保育園は早期教育施設と研究施設の両
方の役割を持つ理想的な実験の場である。子どもが楽しく遊ぶ遊び場に面
した観察用の大きなマジックミラー、複数のモニター用ブースの設置など、
子どもを邪魔することなく観察ができるようになっていた。その一つ、サ
プライズ・ルームと呼ばれた部屋でこの実験は行われている。子どもと研
究者は十分な時間をかけて信頼関係を確立した後、子どもが今すぐ欲しく
なるような情動的なホットな誘惑と量はその 2 倍はあるものの、時間的に
− 137 −
は長く我慢して待つ必要のある誘惑との間の葛藤を観察することにした。
マシュマロ・テストと言うが、マシュマロには限定せずに何種類かのお菓
子の中から子どもたちが自由に選べるようにした。選択肢は 2 つ、すぐに
1 個もらうか、それともしばらく待って研究者が戻って来た時に 2 個もら
うかである。報酬を約束する研究者と子どもたちとは確実に信頼関係が保
たれるまで共通の時間を過ごし、信頼感をさらに高めるために、ベルを鳴
らせばすぐに部屋に研究者は戻ることを繰り返し行った。こうした準備を
した上でテストは始められた。27−28 頁に描写されている、ある公立学
校でのアイネズという 1 年生のテストの経緯を撮影した様子は印象的であ
る。テーブルの上にはベルと皿があり、皿の片隅にはクッキーが 2 個、も
う一方の隅には 1 個載せてあった。ただちにもらえる報酬と、我慢すれば
もらえる報酬の両方を目の前にして、アイネズはしばらく心を悩ませた様
子だったが、やがてトレイとベルから顔を背け、何かひどく面白いことを
したとでもいうように笑い出す。アイネズは忍び笑いをやめると、唇の前
に片手を持ってきて自分がこれからやろうとしていることをやめさせるか
のように「だめだめ」とささやく。この後のアイネズは、観察終了後もす
ぐにご褒美を食べることはせず、自分の成し遂げたことを母親に報告した
かったのか、クッキーを 2 個とも家に持ち帰っている。アイネズにとって
のご褒美は、すでにクッキーではなかったのかもしれない。
著者は、「ベルを鳴らして少ない量で手を打つ代わりにもっとごちそう
をもらうために我慢する未就学児の能力から将来の成功や幸福、健康につ
いて、なぜあれほど予想できるのか、第 1 部では一つの謎が残る」とし、
この疑問に答えるのが「第 2 部 保育園時代のマシュマロから老後の資金
まで」であると序文で述べている。第 2 部では自制能力が人生をどう左右
するか、成功体験や自尊心の影響について述べられている。1960 年代後
半にテストを受けた子どもたちは 2010 年では 40 代になり、現時点の職業、
婚姻、身体、金銭、精神衛生といった情報を集めたところ、幼児期のマシュ
マロ・テストで好成績を収めた子の方が「大学進学適正試験の点数が良く、
青年期の社会的・認知的機能の評価が高かった」
。
「27 歳から 32 歳にかけ
て、肥満指数が低く、自尊心が強く、目標を効果的に追求し、欲求不満や
ストレスにうまく対処」
(11 頁)という結果になった。「自制能力があれば
バラ色の未来が保障されるわけではないが」としながらも、それを手にす
− 138 −
図書紹介
る可能性の高さ、目標到達のために必要な選択や努力の持続の助けとなる
ことや、自制心を活用して意志の力を振るうこと、楽にやりがいのある行
為にする方法を取り上げている。自制の利点を示している一方、
「もっと
多くのマシュマロをひたすら待つのが賢明な選択でないときもある」
(244
頁)「クールな認知システムに従って生きてばかりいると、その逆の場合
も同じぐらい、人生の物語は不満足なものになりうる」
(245 頁)と、その
限界にも言及している。
「第 3 部 研究室から実生活へ」では自制に対する研究成果が公共政策
に与える影響、そして、子どもが自然に意志の力を発揮できるようにす
るための核になる戦略についてアメリカの現代社会が抱える問題にも触
れながら、例を挙げて説明がされている。
「成長期に優れた教育や子育て
のテクニックを通しての介入をすれば、注意のコントロール能力が向上
しうる」マイケル・ボズナー(2005)の研究成果やアデル・ダイアモンド
(2007)の実行機能の発達を促す目的のツールズオブザマインドのカリキュ
ラムなど、利用できる効果的介入方法が紹介されている。アデル・ダイ
アモンド氏の脳の実行機能に関する研究は、モンテッソーリ教育と実行機
能発達の関連性についての発表(
“Why Tools of the Mind and Montessori
Educational Approaches Can Help Executive Function Skills”,Virginia
Tech Carilion Research Institute、
2011 年 12 月 1 日)や、2013 年 AMI ポー
トランド大会での講演など、モンテッソーリの世界でもなじみ深い方も多
いことだろう。
「成功する子・しない子」という副題に興味を抱いて読み始めたが、得
るところも考えるところも多い一冊であった。原書の副題は「Mastering
Self-Control」であり、まさしく、セルフコントロールが人生のその後に
影響することが実験結果と追跡調査によって明らかにされている。それば
かりでなく、日本語の副題に応えてくれるような情報、自制心を働かせる
意志の力は脳の可塑性を考えると適切なトレーニングで向上させることが
できること、環境の重要性、幼少期の母子関係の重要さなども実証結果と
共に散りばめられている。セルフコントロールはモンテッソーリの環境の
重要な要素である。子どもたちは自己選択、繰り返し、発見、集中、といっ
た日常を過ごしながら、知らず知らずのうちに成績や経済的な裕福さに起
− 139 −
因しない「成功する子」に近づいているのではないだろうか。
最終章 20 章「人間の本質」において、心と脳と自制についてこれまで
分かったことに基づけば、
「我思う、故に我あり」というデカルトの有名
な金言は「我思う、故に我自らを変えうる」へと進むことができる、と自
制に関する研究が発する根本的なメッセージを著者は要約する。「本当に
変われるのだろうか?」という素朴な疑問に対して、さらに著者は読者の
自発的な意志を問いかけてくる。
「その気がありますか?」と。
早川書房(〒 101-0046 東京都千代田区神田多町 2 丁目 2)
2015 年 5 月、342 頁、1,900 円
− 140 −
図書紹介
ケリー・ランバート著 木村博江訳
『うつは手仕事で治る
なぜ昔の人はうつにならなかったのか』
早田 由美子
(千里金蘭大学)
うつ病をテーマにした本を本誌の図書紹介で取り上げるのは意外な感じ
があると思う。しかし、本書では、手仕事というテーマに関連してモンテッ
ソーリ教育の神髄や子どもの集中現象の意味を解く大きなヒントも描かれ
ている。
日本でもまた世界でもうつ病を患う方が増加している。うつ病は躁うつ
病を含めて気分障害と呼ばれ、厚生労働省によると「日本の気分障害患者
数は 1996 年には 43.3 万人、
1999 年には 44.1 万人とほぼ横ばい」だったが、
「2002 年には 71.1 万人、2005 年には 92.4 万人、2008 年には 104.1 万人と、
著しく増加」しているという。本書は、この増加するうつ病に対する新た
な治療の方向性を探るという意味とモンテッソーリ教育の作業や子どもの
集中の意味を考えるという、二重の意味で興味深い。
〈著者について〉
著者のケリー・ランバートは、アメリカのランドルフ・メイコン大学心
理学部長を務める神経科学者である。彼女は、母親の死をきっかけに自分
自身もうつ病を患った経験があり、患者の思いに共感を寄せながら自分が
辛い思いから立ち直ったきっかけを振り返る。また、行動や環境の脳に与
える影響をテーマにした 100 件に及ぶ自身の研究成果と世界の脳科学者
の実験結果をもとにこの現代的な病の克服の糸口と方向性を見出そうとし
た。そして、「うつの症状と、気力、喜び、運動、思考をつかさどる脳の
部位とのあいだに、深い関連があることがわかった」と述べている。
著者は、これらの脳の部位を脳内に存在する「回路」の一つとみなし、
〈努力と報酬の回路〉と名付けた。
(p.17)この回路を中心に据えて議論が
進められているが、それは議論を専門化し、狭めるのではなく、うつを「た
− 141 −
くさんの窓から眺める」
「新たな視点で総合的に捉える」というスタンス
により広い視点で生かされることになる。
〈本書の構成〉
本書は次の章から成る。
1 うつにとらわれて
2 なぜいま、うつが増えているのか
3 “努力と報酬の回路”を鍛える
4 偉大な手の働き
5 ストレスを効果的に解消する
6 脳はふれあいを求める
7 抵抗力をつくりあげる
8 薬を使わずにうつを治す
9 脳の進化と“努力と報酬”の関係
10 うつをふせぐ新しい方法
〈現代社会におけるうつ病の増加〉
まず、著者はうつの増加する時期に注目する。
「飛躍的なテクノロジー
の進歩でライフスタイルが一変した時期と、うつが劇的に増加した時期
は重なっている。畑を耕すかわりにボタンを押すようになったとき、私た
ちは精神の健康にとってたいせつなものを失ったのだろうか」と自ら問い
かける。そして、
「研究でわかったのは、私たちがほしいものや必要なも
のを手に入れるための肉体的負担を減らしてきた結果、心のしあわせに欠
かせないものを失い、それがうつを増大させたということだった」(p.18)
としている。
現代の便利な生活がこの新しい病を増大させたということだ。
著者は言う。
「私たちの脳は、自分が肉体的な努力をして、手でさわれ
るものや見えるもの、生存にとって必要なものを生み出したとき深い満足
感と喜びを感じるようにできている」
(p.36)
。しかし、今日の我々のライ
フスタイルは、そのような生き方からますます離れる一方である。
神経科学者である著者は、このような中でうつ病の発症率は高まると考
え、効果的な治療法を模索する。著者は、
「脳のいくつかの部位とうつ病
− 142 −
図書紹介
とのかかわりを探る」ためにたくさんの実験と考察を重ねる。大きく言う
とうつ病との関連が言われてきたセロトニンについての研究、脳の回路で
ある〈努力と報酬の回路〉についての研究である。
〈うつ治療の研究〉
うつ病の治療薬は「うつの症状はセロトニンの減少にあるという前提に
もとづいて」作られている。薬はある程度の効果をもたらすが、やめた途
端また戻る。抗うつ剤の場合、患者の半数に効果が示されているが、翌年
81 パーセントの人に再発が見られたという(p.184)。一方、認知療法での
再発率は 25 パーセントであり(2002 年)
、対人関係療法も、認知行動療
法も抗うつ剤と同じほど効果があり、薬で生じやすい副作用もないと指摘
されている。(p.184)また、
「抗うつ剤と偽薬では効き目に 1 割しか差が
なかった」
(p.27)というデータもある。また、別の研究では、抗うつ剤
と行動活性化セラピーでは深刻な症状のすべてに同程度の改善が見られた
が、症状がもっとも深刻な患者の一部には、行動活性化セラピーが他の治
療法よりも目覚ましい効果をあげた例が見られたという。また、治療の持
続については 2 つのセラピーは薬の 4 倍も持続できた(p.201)など、現
代の様々な研究結果が紹介されている。
〈努力と報酬=手作業と満足感〉
神経学者として著者がもっとも注目するのが〈努力と報酬の回路〉であ
る。これは、運動と感情と思考とをつなぐ脳のネットワークのことである。
脳の中枢センターとしての機能を持つ〈側坐核(そくざかく)
〉という脳
の部位は快感の、
つまり報酬の中枢だそうだ。この〈側坐核(そくざかく)〉
は脳の運動中枢と感情や学習にかかわる脳の部位の間に位置する。そして、
それは思考をつかさどる前頭皮質にもつながっているらしい。
(p.40)つ
まり、運動と感情と思考がこの〈側坐核(そくざかく)
〉と関連があると
いうことだ。
言い換えると、肉体や手を動かして作業すること、つまり『努力』によっ
て『報酬』
(満足感)が得られるということである。著者は、この回路が
どのように変化するとやる気がでるかを、ラットを使った自身の実験と他
者の研究によって確認していくのである。
− 143 −
〈モンテッソーリの位置づけ〉
さて、本書の中では、モンテッソーリ教育について言及がある。自分の娘
にモンテッソーリ教育法を取り入れた保育園に通わせていた著者は、参観
日 1 日目に、
「教室で見た光景に完全に心を奪われた」のである。
「先生に
なにも言われなくても、どの子も静かに棚から好きな道具を取り出し、作業
に集中し始める。そして、十分作業したと感じた子どもは、パズルや積み
木を元通りに片づける。先生は、おだやかに「よくできたわ」と声をかける
だけで、子どものじゃましたり、手直ししたりすることはない。
「自分とは
別種族の子どもたちを眺めているような気がした」とも述べている。
(p.80)
モンテッソーリ教育では良く知られるこの集中現象を、著者もまのあたりに
して心を打たれている。注意の集中を繰り返すと、落ち着きのなかった子ど
もが目覚ましく変容し、落ち着き、知的好奇心が増し、社会性も生まれると
いう現象が起きる。この現象は 100 年以上、
世界中で繰り返し確認されている。
本書では、アメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイのフロー理
論と関連づけている。彼は、好きな作業に没頭することで「
『らくらくと
川の流れ(フロー)に運ばれるような』快適な精神状態になることを発見
した」
。好きなことをしていると、ほかのことはなにも気にならなくなり、
活動そのものが楽しく、
最高の幸せを感じるというものである。このフロー
理論で示されるやりがいのある仕事と楽しさの関係について、神経学者で
ある本書の著者は〈努力と報酬の回路〉で説明がつくとしている。そして、
「活気づいた意欲と報酬と運動の作用で側坐核に快楽物質ドーパミンが放
出され、快感を感じる」と述べている。
(p.82)
確かに、子どもが活動に集中しているときの様子とそのあとの様子はま
さにフロー状態と同列にある。作業に集中している子どもは、周りで合唱
していてもおやつを食べても気にならないという例もあるし、また、作業
を充分やり遂げた後は深い喜びに満ちている。
著者は、モンテッソーリが早くからこの脳の状態に気づいていたことを示
唆し、
「手の運動と関連のある脳回路の活性化に注目した先駆者として、心
理学の世界でもっと尊重されていい存在だと思う」と評価している。
(p.83)
〈ストレスと愛情〉
著者はストレスについて、
「肉体を使って努力する行動は私たちの実際
− 144 −
図書紹介
の暮らしと直結しているので、ストレスや挫折感へのすぐれた解毒剤とな
る」
(p.98)と述べている。一方、愛情という面からも研究を行っている。
まず、
「乳児期に恵まれない環境で育ったラットは、新しい作業を学習
する能力がいちじるしく不足していた」という。また、人間も幼児期に虐
待を受けた女性は数十年後にも強いストレス反応を示すという報告もあ
る。これは「成長後に海馬に影響がでて、精神的な疾患に対する抵抗力が
弱まる」と分析されている。
(p.116)さらに、
「愛されて育った子ラットは、
あまりかまわれなかった子どもよりストレスに強く、学習能力も高かった」
(p.142)という報告も紹介されている。
これらのことから、幼児期のストレスの多くは長期にわたってマイナス
の影響を残すので、子どもには生まれたその日から愛情をこめた世話が大
事であることを伝えている。
〈薬を使わずにうつを治す〉
著者は「手を使っていると、
〈努力と報酬の回路〉が活気づき、脳全体
の働きが高まる。」(p.94)ということをいろいろな角度から確かめた。そ
して、うつ病の原因と言われてきた「セロトニンの濃度の低下がうつの真
犯人なのかを探り、この脳内物質だけが犯人ではないことをつきとめた。
セロトニンは共犯の疑いが強いが、真の悪者は私たちのライフスタイルで
ある。座ってばかりで、脳と体を働かせない暮らし方だ」
(p.234)という
結論に達している。
こうして、行動活性化セラピーやエクササイズによる効果を主張する。
運動やランニング、編み物、農作業、庭仕事、掃除、動物の世話、木工、
料理の大事さを示す。つまり「日常生活に〈努力と報酬〉の行動を取り入
れる」ということだ。もっと簡単に言うと、肉体を使って努力し、それに
よる成果を日々実感するということだ。
病の時には身体を少し動かすこともしんどいかもしれないという懸念が
あるが、至ってシンプルなこの結論は実証的に導き出されたものであり、
説得力のあるものに思えた。
飛鳥新社(〒 100-0003 東京都千代田区一ツ橋 2-4-3)
2011 年 9 月、256 頁、1,600 円
− 145 −
第 48 回 全 国 大 会 参 加 報 告
日本モンテッソーリ協会(学会)
第 48 回全国大会報告
根岸 美枝子
(深草こどもの家/京都モンテッソーリ教師養成コース)
近畿支部長の瀧野正三郎神父様、前近畿支部長の相良敦子先生の呼びか
けで、6 名の実行委員が集められ、第 48 回全国大会の計画がはじまりま
した。それは東日本大震災の翌年、辛い時期でした。はじめに、相良先
生から「未来への責任」というタイトルはどうだろうか、とご提案いただ
き、日本の、そして世界の未来に生きるこどもたちのために、私たちモン
テッソーリ教師ができることを一生懸命考える大会にしたい、という共通
の思いを胸に、何度も実行委員が集まり、互いに「是非とも依頼したい講
師」の推薦文献を読みあいました。JT 生命誌研究館館長の中村桂子先生
は、科学者でありがなら、数多く子どものための本を書かれていらっしゃ
り、「自律」について、
「生きる」について、
「繋がり」についてと、それ
はモンテッソーリ教育に通じる哲学でありました。マリア・モンテッソー
リが人間と自然、宇宙の関係について唱えた、
「宇宙で起こる全てのことは、
それぞれが繋がっており、一つを形成している」ことについて。そしてモ
ンテッソーリの言う、
「人間の使命:それぞれのハーモニーを保つ」こと
について、幼いこどもたちと関わる私たちが、そのために出来ることにつ
いて考えたい、という気持ちに至りました。これまで京都モンテッソーリ
教師養成コースで何度も足を運び、講演依頼をしてきたけれども、日程の
都合が合わずに講演の実現が叶わなかった、JT 生命誌研究館の中村先生
へ、思い切って再度ご連絡しましたら、
「モンテッソーリ教育は素晴らし
いと思っていた」との大変うれしいお返事をいただき、念願の基調講演が
実現することとなりました。それならば是非に、中村桂子先生のお話を受
けた、そこから繋がりを持った、モンテッソーリ教師のための特別なシン
ポジウムとなるように、と考え、シンポジウムの副題を「自然・こども・
社会のハーモニー」としました。それぞれ異なる場で、特に「しぜん」「い
きる」「つながる」について深く考えられ、モンテッソーリ教育を実践さ
れている講師の方々にシンポジストとしてお願いすることとなりました。
− 146 −
大会参加報告
中村桂子先生は、想像していた以上に素敵な先生で、講演は嬉しい驚きと
感激の 2 時間となりました。そしてモンテッソーリ教育を実践する私たち
に勇気と希望を与えていただきました。また引き続き行われたシンポジウ
ムでは、障害児とのかかわり、自然とのかかわり、世界との関わりについて、
異なる場でモンテッソーリ教師として活躍する 4 人の講師の先生方のお話
を伺い、モンテッソーリ教育の素晴らしさ、可能性を再確認することので
きたシンポジウムとなりました。
歴史ある日本モンテッソーリ協会の学会が、モンテッソーリ教師同士の
つながりの、互いの良き情報交換の場であり、理論と実践とを正しく理解
し、深めていける場であり続けるように、心から願っています。経験豊富
な教師、若い教師、学者である先生方から、日々幼い子どもたちと関わる
保育士たちが繋がって、日本モンテッソーリ協会に属するすべての教師が
より良いモンテッソーリ教育を実践していける大事な機会となりますよう
に。今大会は、すべての窓口となって下さった、近畿支部長の瀧野正三郎
神父様と奈良カトリック幼稚園の東裕子先生の大変なお働きの上で最後ま
で進めることができました。そして参加してくださった会員の方々のお支
えにより、すばらしい大会となりましたことを心より感謝申し上げます。
− 147 −
第 48 回全国大会(奈良)ワークショップ報告
根岸 美奈子
(京都モンテッソーリ教師養成コース)
私たちがモンテッソーリ教師として果たす役割は、
“ひとり一人のこど
もの育ちを助ける”ことです。そのことが、未来を担う子どもたちへの責
任につながるのではないでしょうか。実際にどのように子どもたちを援助
したらよいか。今回のワークショップでは、まずモンテッソーリ教育実践
記録映画を上映し、
「こどもの家」の全体像を見ていただいてから、
「日常
生活」「感覚」「言語」
「数」の 4 領域について、4 つの部屋に分かれ、同
時進行でご紹介しました。
1.
「子どもの育ちを助ける生活教育」担当:岡山眞理子
日常生活の活動すべては、子どもの成長、発達につながっています。自
分をとりまく環境と上手に関わりたいと願い、失敗をしながら練習を繰り
返し、自分自身を育てていくのです。
紹介内容:①環境の世話 ― 洗濯、机を洗う、拭く
②自分の世話 ― 手を洗う、足を洗う
2.
「こどもの育ちを助ける感覚教育」担当:板東光子
子どもは、はじめ世界をぼんやり見ています。感覚教具を十分に経るこ
とによって、世界を秩序正しく見られるようになり、新しい発見を子ども
自らがするようになります。
紹介内容:桃色の塔、茶色の階段、赤い棒、色板 II、二項式の箱、三項
式の箱
3.
「子どもの育ちを助ける言語教育」担当:赤羽惠子
新しい言葉を耳にした時の子どもの目の輝き、音と記号(文字)が一致
した時の子どもの驚き。
「ことばあそび」から手紙を書くまでの道のりを
お伝えしました。
紹介内容:話し言葉 ― 日常会話、言葉あそび、絵本
− 148 −
大会参加報告
書き言葉 ― 鉄製はめこみ、かべ文字、砂文字、彫り文字
4.
「子どもの育ちを助ける数教育」担当:友井桂子
数教育の基礎として、
「いつも同じ」
「正確さを大切に」
「基礎数学教材
としての感覚教具をじっくりと」このことを土台にして、「0 から 10 まで
の数の理解をどう助けるか」をお伝えしました。
紹介内容:0 ~ 10 までの数 ― 赤と青の数棒、砂数字、つむ棒箱、
数字と玉
− 149 −
支 部 報
告
北海道支部 支部長 前鼻 百合江
(宮の沢さくら保育園)
1.活動報告
北海道支部研修として、今年度は下記の講演会を開催することができま
した。2 月の不安定な天候で飛行機の離発着に難点があり、講師の佐々木
先生にはご苦労をおかけしましたが、80 人弱の参加者に大好評でした。
先生と子ども役になっての演習、
視覚を使う時「カードの使い方」の注意、
問題行動の観察と分析などを通してモンテッソーリ教育の有効性と通常の
日常生活の大切さが見直される研修会でした。
日時:平成 27 年 2 月 15 日(日)午前 10 時〜 12 時
場所:学校法人 西野学園講堂にて
講師:佐々木信一郎先生
(福島「こじか子どもの家」発達支援センター園長)
演題:モンテッソーリクラスにおける発達障害児の問題行動への対応
―日常生活の練習(社交的ふるまい)の発展として SST を考える
2.会計報告 2014 年度(平成 26 年度)
(2014・7・1 〜 2015・6・30)
単位(円)
収入の部
区分
予算額
前年度繰越金
1,367,781
雑収入
100
ワンコイン研修
40,000
活動費
0
計
1,407,881
講師謝礼
50,000
交通費、宿泊費
80,000
会場費
30,000
懇親会
30,000
通信費
5,000
次期繰越金
1,212,881
計
1,407,881
次年度繰越 1,258,788 円
支出の部
決算額
摘要
1,367,781
325 預金利息
36,500 参加費 500 円 ×73 人
30,000 27/2/20 入金
1,434,606
50,000
73,188
26,032
25,150
1,448
1,258,788
1,434,606
平成 27 年 6 月 23 日 上記のとおり報告します。
支部長 前鼻 百合江
会 計 城 由利子
− 150 −
支部報告
東北支部
支部長 佐々木 信一郎
(こじか子どもの家)
平成 26 年度、震災復興はまだまだです。仮設から先へ進めない人がた
くさんいます。また、故郷に帰れない人もたくさんです。福島市では、住
宅一戸一戸すべての除染が進行中です。このような状況にあっても、子ど
もたちは生まれ、育っていきます。このかけがえのない生命が一人ひとり
違う豊かな花を咲かせられるよう、惜しみない支援をしていきたいと願い
支部運営を行った一年でした。平成 26 年度の支部報告は下記のとおりです。
Ⅰ.東北支部研修会
①第 38 回東北支部研修会を行いました。
日時:10 月 18 日(土)〜 19 日(日)
主催・会場:仙 台白百合学園幼稚園(会場:TKP 仙台カンファレンス
センター)
講師:松 本静子先生(東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセン
ター所長)
演題:
「何?からどうして?へ切れ目のない発達段階 次の発達段階へ
の準備」
提供:日常生活の練習:
「木を磨く」
「鏡を磨く」
「金属を磨く」「アイロ
ンをかける」
「靴を磨く」
感覚教育:
「幾何タンスとカード」
「構成三角形」
参加園:27 園 参加人数:131 名
Ⅱ.第 39 回支部研修会開催予定
平成 27 年 10 月 24 日(土)
、25 日(日)
平成 27 年度の主催園は、
「こじか子どもの家」です。講師は、松本静子
先生にお願いしています。
− 151 −
Ⅲ.平成 26 年度支部会計報告
(平成 26 年 8 月 1 日〜平成 27 年 7 月 31 日)
258,081(平成 25 年度末残高)+ 120,074(平成 26 年度収入)− 56,609
(平成 26 年度支出)= 321,546 円(次年度への繰越金)
内訳 現金……0 円 郵普貯……321,546 円
科 目
受取利息配当金
寄付金
前払費用返金
合 計
金 額
74
20,000
100,000
120,074
科 目
金 額
交際費
55,171
通信費
合 計
1,438
56,609
収入の部
内 訳
郵便貯金利息
鷹觜達衛氏
東北支部研修会開催費用 白百合幼稚園預け金
支出の部
内 訳
教師トレーニングセンターへの御祝金・松本
静子先生宛御香典
現金書留封筒・切手代
平成 27 年 7 月 14 日 上記のとおり相違ありません。
会 計 田川 悦子
平成 27 年 7 月 16 日、平成 26 年度の会計処理状況を監査しましたところ
適正に処理されていることを報告します。
会計監査 森本 幸子
− 152 −
支部報告
関 東 支 部 支部長 松川 和照
(大船ルーテル保育園)
支部長代行 松本 良子
(ブレーメン教育研究所)
Ⅰ.活動報告
本年度・平成 26 年度当支部は、10 年に 1 度の全国大会開催担当という
大役の年回りでした。
その準備はすでに 3 年前の打ち合わせ会議を皮切りに、実行委員会を立
ち上げ、まさに全力集中投球での活動となりました。
社会情勢変化による急きょの余儀ない会議変更から、やむなく参加費の
値上げ等々、実に次々と想定外のことは生じましたが、委員長はじめ全委
員並びに大会期間中の各係の担当者のまったくの無料奉仕に支えられ、ま
た何といっても 609 名もの方々がご参加くださったことにより、すべて無
事に終了となりましたことを、改めて、ここに感謝をもって報告させてい
ただきます。
Ⅱ.会計報告(単位:円)
前年度よりの繰越金
収入の部
内訳
支出の部
次年度への繰越金
内訳
受取利子
協会より
印刷費
通信費
会議費
482,842
50,115
115
50,000
28,370
600
770
27,000
504,586
次年度への繰越金
504,586 円
内訳 ゆうちょ銀行口座
471,820 円
手持ち現金
32,766 円
以上
上記のとおり相違ありません。
平成 27 年 6 月 15 日 会計担当 龍野真知子
− 153 −
東 京 支 部 支部長 江島 正子
(群馬医療福祉大学大学院)
Ⅰ.活動報告
1.施設見学研修会
日 時 平成 27 年(2015 年)5 月 30 日(土)12:15 〜 12:50
所在地 そらのいえ保育園 東京都大田区大森中 1-14-1
ガラスカーテンウォールという建築設計の専門家でもあられる
園長三浦直樹先生の新コンセプトや園内に小児科医院をもつす
ばらしい教育環境。
2.講演による研修会
講 師 山口 創 先生 桜美林大学教授(心理・教育学系)
日 時 平成 27 年(2015 年)5 月 30 日(土)14:00 〜 15:30
会 場 そらのいえ保育園(園長 三浦直樹先生)
山口創先生は今日の幼児の幸せな成長について、健康心理学、身体心
理学の視野に立ち、臨床発達心理士としてとても分かりやすくお話しして
くださいました。最初に、生物としての人間の特性は何か。胎児期から老
人期へ、それぞれのライフステージに何がより重要な役割を果たすかなどを
Ppt を駆使してご講演なさいました。最後に、山口先生の研究の成果がモン
テッソーリ教育と多くの共通点があるとご指摘され、研修会参加者はそれに
よって数々のモンテッソーリ教育に秘められた普遍性をかいま見ることがで
きました。
Ⅱ.会計報告(平成 26 年 7 月 1 日〜平成 27 年 6 月 30 日) (単位:円)
収 入
支 出
科 目
金 額
科 目
金 額
前年度繰越金
404,546 印刷費(ラベル)
835
研修会参加費
7,000 通信費(研修会案内発送)
12,956
支部活動費
50,000 消耗品(事務用品)
11,656
渉外費(第 50 回全国大会)
8,856
研修会分担金
10,000
合 計
461,546
合 計
44,303
− 154 −
支部報告
461,546 − 44,303 = 417,243
次年度繰越金 417,243
(内訳:郵貯…417,243)
平成 27 年 6 月 24 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 窪谷麻理
Ⅲ.
「日本モンテッソーリ協会(学会)創立 50 周年記念全国大会」のお知
らせ
日 時 2017 年 8 月 8 日(火)〜 10 日(木)
会 場 都市センターホテル(JR 四ツ谷駅)
基調講演 リン・ローレンス(Lynne Lawrence;AMI 国際モンテッソーリ
協会事務局長・トレーナー)
特別講演 養老 孟司(東大名誉教授 脳学者 解剖学者)
スカイプ ジュディ・オライオン(AMI 国際モンテッソーリ協会・トレー
ナー)
会員の皆さまのご参加とご発表を、心よりお待ちしています。
− 155 −
北 陸 支 部 支部長 板東 光子
(亀田平和の園保育園)
1.活動報告
北陸支部は、地域が広範のために、昨年度からは、福井を中心とする活
動と新潟を中心とする活動に分けて、研修を行った。
*福井を中心にした研修会 ① 平成 26 年 8 月 31 日
(日)
午後 9 時 30 分〜 11 時 30 分
講演 「縦割り保育の中での、年齢別保育の取り入れ方について」
講師 坂東光子
参加者 福井県 170 名、富山県 23 名
保育園の一日の生活をパワーポイントで紹介。日々の生活の中での教
師の子どもへの関わり方や、自由活動の大切さを改めて感じ、反省させ
られる点も多かった。
「環境」も常に子どもたちの姿を見たうえで見直
していく大切さを再確認した。縦割り保育の中では、学ぶ機会も多いが、
その反面“強い子”
(心に寂しさを抱えている子)が“弱い子”を支配
しやすいという弱点もあることを知り、モンテッソーリ教育の難しさを
痛感した。
講演は身近な内容ばかりで真剣に聴くことができた。
(参加者の感想より)
*福井を中心にした研修会 ② 公開保育 平成 26 年 11 月 27 日(木)
「子どもが主体的に生活できる優しい環境を目指して」
福井市 清水台保育園
参加者 18 人
(福井での活動は京都コースの卒業生の『若葉会』の活動に参加させて
いただく)
。
*新潟を中心にした研修会 平成 27 年 4 月 25 日(土)
(1)クリスマス会について
聖劇の配役決めについての分かち合い
(2)宗教教育について
このシーズンに出す工作についての分かち合い
どのように実践しているかの分かち合い
− 156 −
支部報告
会場 亀田カトリック幼稚園
参加者 35 名 参 加園がカトリック関係の園でしたので、このような
内容になりました。
2.会計報告
収入の部 前期繰越金
23,777 円
支出の部 福井での講演会支援金
10,000 円
次期繰越金
13,777 円
上記のとおり相違ありません。 平成 27 年 7 月 7 日 会計担当 山頭泰種
− 157 −
中 部 支 部 支部長 森下 京子
(瑞穂子どもの家)
Ⅰ.活動報告
定例研修会[会場、野並保育園]を年間 4 回企画し、秋には、名古屋市
美術館主催の講演会「子どもの見方、授け方」を各園を通じ保護者へも紹
介いたしました。
平成 27 年 5 月の日本保育学会シンポジウムへの自主企画「今日、マリア・
モンテッソーリの教育思想・内容・方法から学ぶもの」
(野原由利子先生
発案)へ参加いたしました。この一年は、大変に学びの多い研修会を開催
することができました。今後とも、個人の学びを、参加者が共有できるよ
う、定例研修会を開催していきたいと思っています。
次年度は中部支部での講演会「0 〜 3 歳児保育から、3 歳児以上へのモ
ンテッソーリ教育のつながり」百枝義雄先生を予定しています。
7 月 23 日定例研修会 参加者 23 名 平成 27 年 5 月に名古屋、椙山
大学にて開催される日本保育学会のプレシンポジウム「保
育環境の動向」の報告を主に、参加者全員が、今日の保育
についての課題を考える機会をもちました。
9 月 13 日定例研修会 参加者 25 名 モンテッソーリ全国大会の報
告をもとに、実践と理論の研修を行いました。
11 月 22 日名古屋市美術館主催「子どもの見方、授け方」相良敦子先
生講演会 参加
1 月 10 日定例研修会 参加者 25 名 「乳児保育について」研修・野
並保育園 見学
5 月 10 日
日本保育学自主シンポジウム参加
6 月 13 日定例研修会 参加者 30 名 新人研修 日本保育学会シン
ポジウム報告
− 158 −
支部報告
Ⅱ.平成 26 年度会計報告
(平成 26 年 7 月 1 日〜平成 27 年 6 月 30 日)
収入
925,119
154,500
30,000
107
摘要
前年度繰越金
参加費
支部支援金
利子
会場費(印刷代)
講師謝礼
交通費
渉外費
事務費
諸会費
支出
合計
繰越金
133,971
975,755
14,000
75,000
6,570
18,775
3,626
16,000
1,109,726
平成 27 年 6 月 30 日 上記のとおり相違ありません。
会計 村田 尚子
平成 27 年 6 月 30 日、平成 26 年度の会計報告を監査したところ、適正
に処理されていることを報告いたします。
会計監査 酒井 教子
− 159 −
近 畿 支 部 支部長 瀧野 正三郎
(カトリック京都司教区)
Ⅰ.活動報告
平成 27 年(2015 年)1 月 12 日に、奈良カトリック幼稚園で研修会と
総会を開催しました。
講義「モンテッソーリの宗教教育」と教具づくり
講師:長谷川京子先生 ( 大濠聖母幼稚園宗教教育専任講師)
参加者:77 名
今回は、講義を聞くだけでなく、参加者が実際に教具づくりをすること
になり、大勢の参加者がありました。
第 48 回全国大会準備のため、平成 24 年(2012 年)9 月 24 日に実行委
員会を立ち上げ、会場予約、プログラムの内容検討、講師の依頼、予算案
作成、研究発表者募集、司会の依頼、大会案内作成・発送、発表要旨集録
作成などと準備を進めています。今回は奈良で開催致します。
Ⅱ.会計報告(平成 26 年 7 月 1 日〜平成 27 年 6 月 30 日)
収入
支出
研修会費 1,000 円 ×77 名
協会より支援金
利子
前期繰越金(郵貯)
77,000
30,000
117
710,331
第 48 回全国大会準備金
研修会会場費
研修会講師謝礼
研修会講師交通費
研修会雑費
印刷代
通信費
次期繰越金(郵貯)
536,370
25,000
30,000
30,360
17,210
13,210
6,888
158,410
合計
817,448
合計
817,448
以上
平成 27 年 7 月 1 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 東 裕子
− 160 −
支部報告
中 国 支 部 支部長 島田 美城
(エリザベト音楽大学)
Ⅰ.活動報告
中国支部では来年 2016 年 8 月に第 49 回日本モンテッソーリ協会(学会)
全国大会を開催を担当する年となり、その準備のために研修活動を行う余
裕がありませんでした。大変申し訳ないのですが、今年度は中国地区の会
員のための研修会を開催することができません。
一昨年度より、大会開催のための実行委員会を立ち上げましたが、今年
は前年度となり、そろそろ会議にも熱がこもってまいりました。充実した
大会にするために広島市内と近隣県より委員が集まり、準備と検討を重ね
ています。
2016 年 8 月 8、9、10 日 広島市原爆ドームの間近において「子どもと
平和」というテーマで全国大会を開催いたします。皆さまのご発表、ご参
加をお待ちいたしています。
Ⅱ.会計報告(平成 26 年 7 月 1 日〜平成 27 年 6 月 30 日)
収入の部
支出の部
前期繰越金 380,895 円
第 49 回全国大会実行委員会議費
利子
85 円
次年度への繰越金
297,308 円
合計
380,980 円
合計
380,980 円
83,672 円
平成 27 年 6 月 30 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 藤尾かの子
− 161 −
四 国 支 部 支部長 乾 盛夫
(鳴門聖母幼稚園)
1.活動報告
支部としての公開研修はありませんでした。それぞれの学園・幼稚園では
人事異動などの状況の中でモンテッソーリ教育のより充実した保育に尽力さ
れています。現状の分かち合いを含めた研修を求める声も届いています。
日本では、幼児教育の普遍化への施設・運営の形が整えられていますが、
そこに子どもが求めている自分の人間存在の使命に気づくまでの統合された
理拠は説かれていないようです。これについては、第 47 回大会シンポジウ
ムの司会者、甲斐仁子氏のまとめたとおりかと思います。子どもの自分を創
造していくスピリッツを培い、共に学んでいくモンテッソーリの願う平和教
育への保育をもって、この時代に貢献できるよう、希望しています。子ども
のいる現場で、そこには必ず子どものスピリッツがあります。
モンテッソーリ教育が、その保育に秘めている子どもの自然を守り、地球
上のいのちとのつながりを育む実践を、今の日本の幼児教育の核心として伝
えるべきと思っています。
モンテッソーリが宗派を超えて子どもと共に築く「一つの地球、一つの人
類家族」を全世界に唱えたスピリッツアリティだからです。
2.会計報告(平成 26 年 7 月 1 日〜平成 27 年 6 月 30 日)
収入の部
支出の部
利子
慶弔費
162
10,800
前期より繰越
681,212
次期への繰越
670,574
合計
681,374
合計
681,374
平成 27 年 7 月 1 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 上田 宏次
− 162 −
支部報告
九 州 支 部 支部長 中尾 昌子
(八幡カトリック幼稚園)
Ⅰ.活動報告
九州支部は、沖縄を含め広範囲ですが、各地とも熱心にモンテッソーリ
教育が、進められています。
一つにまとまっての研修が難しい現状でもありますが、2 年に 1 回九州
コースが、モンテッソーリ フィールドチャレンジ研修を行っていますの
で、支部も仲間に入れていただき、支部会員に案内しています。
今年度は、モンテッソーリ教育を学び、実践経験をお持ちの中林康子先
生が、心理カウンセラーとしてご活躍されているので、その先生においで
いただき、研修を計画しました。アンケートでは、また、こんな研修を計
画してほしいとの意見も多々ありました。
広範囲にまたがるので、今後の支部研修については、今後検討していき
たいと思っています。
Ⅱ.会計報告(平成 26 年 7 月~平成 27 年 6 月)
収入の部
前年より繰越金
1,035,765
日本モンテッソーリ協会より
支部研修費補助
30,000
九州支部研修会 会費
43,500
非会費 98,000
利子 2 件
245
合 計
支出の部
モンテッソーリ フィールド
チャレンジ支部研修費補助
30,000
九州支部研修会(3/31 ウェル戸畑)
会場費
20,540
事務費
6,254
講師謝礼
50,000
交通費・宿泊費
48,180
器具使用料
17,950
会場 花代
6,000
講師接待費
6,183
次年へ繰越金
1,022,404
1,207,511 合 計
1,207,511
以上
平成 27 年 7 月 21 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 小野 玲子
− 163 −
教 員 養 成 コ ー ス 報 告
NPO法人 東京モンテッソーリ教育研究所
付属教員養成コース
前之園 幸一郎
コース長 本コースは、上智モンテッソーリ教員養成コースを引き継ぎ、平成 18
年度より開設致しました。前コース長クラウス・ルーメル先生の後任とし
て、前之園幸一郎(青山学院女子短期大学名誉教授、現日本モンテッソー
リ協会会長理事長)がコース長として平成 24 年度より就任いたしました。
平成 27 年 3 月には第 8 期生 9 名の修了生を送り出しました。
平成 27 度は 10 期生 16 名・2 年次生 31 名(内戸塚分室 21 名・1 名休学)
が在籍しています。
事務局およびコース教場
東京モンテッソーリ教育研究所
理事長 天野珠子
付属教員養成コースコース長 前之園幸一郎
主任 堀田和子
住所 〒 112 - 0012
東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号
富坂キリスト教センター 2 号館
連絡先 TEL (03)5805 - 6786
FAX (03)5805 - 6787
ホームページ http://www.montessori.or.jp/
日本モンテッソーリ協会第 50 回全国大会では、当該コースがワーク
ショップを担当します。皆さまのご参加をお待ちしています。
平成 27 年 8 月 29 日 第 7 回研修会開催
於 世田谷聖母幼稚園
講師 当コース数教育担当講師
「金ビーズの紹介・大きい数の構成」
「赤い玉」の復習を中心に分かりや
− 164 −
教員養成コース報告
すい提示のポイント、また間違えやすい点などを詳しく提示し、参加者全
員真剣に練習していました。午後は、分数教材の紹介をし、初めて見る教
具や提示に集中してノートを取っていました。
平成 27 年 9 月 2 日(水)
特別講義
講師 森田 倫代 先生
社会福祉法人みどり会副理事長
きらら子どもの家保育園園長
内容 モンテッソーリ教育実践の課題
きらら保育園設立の経緯など実践上の工夫や、留意点などをパソコンの
映像を通して紹介していただきました。子どもの視点に立って考えられた
オリジナルな教材や環境構成は大変参考になりました。また現代の保育園
事情に対応するさまざまな問題や対策など真摯な取り組みに、参加者一同
深く感服いたしました。
今後も講師一同、今までの歴史を引き継ぎ、この教育を後輩に伝えてゆ
く使命を担っていく努力を重ねてまいりたいと思っています。関係各位の
ご指導、ご鞭撻をお願い申し上げ、報告とさせていただきます。
− 165 −
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
松本 静子
所長 当センターは 2015 年 10 月、開設 40 年を迎えました。これもひとえに皆
さま方のご協力とご支援の賜物と心より感謝申し上げます。国際モンテッ
ソーリ協会の歴史を考えると、この 40 年は決して長い年月ではありません
が、子どもの能力を信じ、モンテッソーリの考え方がどれだけすばらしいか、
お伝えしたいだけで、気が付いたら 40 年になっていました。私たちの喜び
は伝え残る喜びです。お子さんを通して世界にも、また世代を超えて残っ
ていくということを忘れずに、これからも歩みを続けていきたいと思います。
2015 年 3 月、昼間部 40 期生 28 名、夜間部 32 期生 25 名が卒業試験に
合格し、新たな門出を迎えました。3 度目の試験官としてご来日された、
国際試験官パメラ・ナン先生は日本に非常に温かく、尊敬するお気持ちを
お持ちでいらっしゃることはとてもうれしいことです。講演会では「クラ
ス運営に見られるモンテッソーリの理論と実践」というテーマでお話をし
ていただきました。
さて、2015 年度は昼間部 41 期生 32 名、夜間部 1 年 34 期生 24 名、夜
間部 2 年 33 期生 24 名、合計 80 名でコースがスタートしています。昼間
部は台湾をはじめ、アジア諸国からの 4 名の学生も共に学んでいます。
恒例の夏期短期実践研修会は各地から 200 名を超える方にご参加いただ
きました。
研修会報告および今後の日程
2015 年 3 月 センター 40 周年の集い
40 周年記念国際試験官特別講演会
パメラ・ナン先生「クラス運営に見られるモンテッソー
リの理論と実践」
(同窓会主催)
5 月
関西大会(和歌山)
2 日間 7 月 夏期短期実践研修会(相模原)
3 日間
10 月 東北大会(福島)
2 日間
2016 年 1 月
九州大会(鳥栖)
3 月
国際試験官講演会(同窓会主催)
7 月 29 日(金)
~ 31 日(日)
第 33 回短期実践研修会
(相模女子大グリーンホール相模大野)
− 166 −
教員養成コース報告
九州幼児教育センター・モンテッソーリ教員
養成コース報告
藤原 江理子
コース長 平成 27 年度の当センター・トレーニングコースの活動を、下記のとおり
ご報告いたします。
【本年度の動向】
九州幼児教育センターは昨年、開設 40 年を多くの卒業生並びに関係各位
にお祝いいただき、今年、決意新たに教員養成の使命を果たすべく新年度
の一歩を踏み出しました。
平成 27 年度現在の当コース在籍生は、1 年次生 11 名(1 年次再履修者 2
名を含む)
・2 年次生 8 名・3 年次生 1 名です。
【センター主催 各種講習会】
●実践講習会
コースにて学ぶことが難しい方々に情報を提供し、モンテッソーリ教育の
裾野を広げる目的で、毎年開催しているモンテッソーリ教育法の実践を中
心とした講習会です。
春期:平成 27 年 5 月 2 日~ 4 日
M 教育法の入門として日常生活課程の初期作業を提供しました。
夏期:平成 27 年 7 月 24 日~ 26 日
春期に行った日常生活課程の活動と関連づけながら、感覚課程の
初期段階の作業を紹介しました。
●見直し講習(卒業生対象)
当コース卒業後、コースの提示を卒業生が再度見る機会は多くありませ
ん。それ故、作業のポイントが曖昧になったり、疑問をそのままにしまいが
ちという、保育現場の悩みに応える必要が生じています。卒業生や離職し
たのち現場復帰を希望する方々のための、見直しの講習会を企画・実施し
ました。
実施日:平成 27 年 8 月 6 日
最も要望の多い数課程の作業のうち、十進法への導入を取り上げ、見直
しを行いました。
− 167 −
学校法人小百合学園
広島モンテッソーリ教師養成コース
下條 善子
コース長 当コースは 2015 年 4 月より「学校法人小百合学園広島モンテッソーリ
教師養成コース」として開設し、活動を開始いたしました。コース長には
当学園理事長の下條善子が就任いたしました。さまざまな国際情勢を憂慮
する昨今であるからこそ、今世紀を担う子どもたちに真の価値観が育つよ
うにと願い、そのための援助者の育成に一層の奉仕をいたさねばと肝に銘
じています。
なお、当コースは 2015 年 12 月 14 日より当学園小百合幼稚園園舎 3 階
に移転することになりました。幼稚園とコースが一体となり、保育現場で
のモンテッソーリ教育の実践にますます役立つコースとして歩んでまいり
たいと、スタッフ一同心を新たにしています。今後とものご支援、ご鞭撻
をよろしくお願い申し上げます。
2015 年度のコースの活動としましては、引き続き「現場を中心に」を
目指しました。
◎本科生:1 年次生 32 名、2 年次生 38 名
「モンテッソーリ教育の基礎とその大切さ」
◎卒業生:25 名(2015 年 3 月 23 日卒業)
教育実習で「学んだものをどう現場に生かすか」
◎卒業生のための勉強会
信望愛学園モンテッソーリ教師養成コースの卒業生 1,027 名をそのまま
引き継ぎ、卒業後のマンネリ化を防ぐため特に力を入れ、
「自己建設する
子どもたちに関わる教師の心と関わり方の大切さ」について研修してまい
りました。
卒業生が現場で体験した「子どもは仕事から正常化する」の発表と分か
ち合いは、各々が自己訂正やこれから過ごす一年間の力になったり支えに
なったりしたようです。
− 168 −
教員養成コース報告
①卒業生研修会:8 月 20、21、22 日 198 名
テーマ・・・先輩の役割・後輩への責任Ⅶ
新たなコース発足の記念の一つとして、恩師である松本静子先生と前之
園幸一郎会長をお迎えして特別講義をしていただき、有意義な研修会にな
りました。
・「モンテッソーリ教師の整え方とモンテッソーリの平和教育」
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター所長 松本静子先生
・「
『子どもの家』とモンテッソーリの平和への教育」
日本モンテッソーリ協会会長 前之園幸一郎先生
②土曜日勉強会 ・理論グループ:
(5 月 30 日(土)
、11 月 28 日(土)、10 名)
・観察グループ:2 日間 ×2 回、26 名
③総練習への参加:本科生の日程に準じて 21 名
◎講習会:日常(3 月 25、26 日)43 名、言語(3 月 27、28 日)39 名
感覚(7 月 22、23 日)50 名、数(7 月 24、25 日)38 名
◎スタッフ研修会:5 月 9、10 日 23 名参加
◎園長主任会:6 月 16、17 日 43 園 69 名
テーマ・・・園内とコースでの職員養成と子どもの育ち
◎実習指導者研修会 : 6 月 2、3 日 13 園、23 名
テーマ・・・実習指導法の研究
− 169 −
京都モンテッソーリ教師養成コース
赤羽 惠子
主任 根岸美奈子
委員長 1.教師養成状況
2015 年度 3 月 JAM ディプロマ取得者 45 名
2015 年度 専門コース 1 年生 69 名 2 年生 54 名(編入生含む)
基礎コース受講生(札幌・東京・福岡)66 名
2.日本モンテッソーリ協会全国大会ワークショップ
第 48 回 JAM 全国大会(奈良)2015 年は、京都コースがワークショッ
プを担当いたしました。モンテッソーリ教育の理論と実践の全体像を、そ
して子どもたちの実際の生活をお伝えするために、はじめに映画「深草こ
どもの家の一年」
(2007 年製作)を上映しました。
<プログラム>* 4 つの領域を同時進行する形式でお伝えしました。
①全体会「実践記録映画上映―深草こどもの家の一年~いちばん良いも
のをこどもたちに~」
②分科会 ・子どもの育ちを助ける生活教育(担当 岡山眞理子)
環境の世話:洗濯、机を洗う・拭く
自分の世話:手を洗う、足を洗う
・子どもの育ちを助ける感覚教育(担当 板東光子)
桃色の塔、茶色の階段、赤い棒、色板Ⅱ、二項式の箱、三項式の箱
・子どもの育ちを助ける言語教育(担当 赤羽惠子)
話し言葉:日常会話、言葉遊び
書き言葉:鉄製はめ込み、かべ文字、砂文字、彫り文字
・子どもの育ちを助ける数教育(担当 友井桂子)
0 ~ 10 までの数の理解:赤と青の数棒、砂数字、つむ棒箱、数字と玉
− 170 −
教員養成コース報告
153 名の参加者からは、
「とても具体的で分かりやすい」「細かく丁寧に
教えていただいた」「コースの勉強のときを思い出し、振り返って大切な
ことを学び直した」などの声がありました。また、
「(同時進行のためでき
なかったが)他の領域もぜひ聞きたかった」との声もありました。京都コー
スでは、この JAM のワークショップは、ここで教具の扱い方を学ぶので
はなく、モンテッソーリ教育の魅力を参加者にお伝えして、ぜひコースに
入学して、ディプロマ取得を目指していただきたいという思いで、この
ような形式で行っています。ぜひご理解いただきたいと思います。ワーク
ショップ会場となった、奈良カトリック幼稚園の先生方には、大会までの
準備から当日のお世話まで、大変お世話になりました。心より感謝申し上
げます。
− 171 −
純心モンテッソーリ教員養成コ-ス
片岡 瑠美子
長崎純心大学 学長 2005 年(平成 17 年)
、
本コースは、
当時の日本モンテッソーリ協会(学会)
会長・理事長のクラウス・ルーメル師をお迎えし、
「純心モンテッソーリ教
員養成コース(3 歳~ 6 歳)
」の開設式に参列していただいてから、10 年目
を送っています。大学機関で、卒業と同時に幼稚園教諭免許状・保育士資格・
モンテッソーリ教員免許状が取得できるのは、本学だけということで課題が
山積していますが、ここまで歩むことができましたのは、ひとえに皆さまの
ご指導とご支援のおかげと心から感謝しています。
さて、前回の理論科目報告に続き、今回からは実践科目 14 単位について
順次報告していきます。
実践科目は次のようになっています。 モンテッソーリ教具入門 1 年次 2 単位(90 分 ×15 回)
モンテッソーリ教具提供法Ⅰ 2 年次 4 単位(90 分 ×30 回)
モンテッソーリ教具提供法Ⅱ 3 年次 4 単位(90 分 ×30 回)
モンテッソーリ教具提供法Ⅲ 4 年次 4 単位(90 分 ×30 回)
今回はこれらの科目のうち1年次の科目、モンテッソーリ教具入門につい
てその概要を報告します。授業のねらいと概要についてシラバスには次の
ように記しています。
「モンテッソーリ教育実施園における教師としてのディ
プロマを取得するための入門として、モンテッソーリ教育の基礎的な『日常
生活の練習』と『感覚教育』の一部について実践理論を交じえながら実践
の提供をし、習得させる。また、モンテッソーリコース生として充実した学
びができるよう、モンテッソーリ教員を目指す者としての心構えや、提供の
見方、ノートのとり方などの指導をする」
。
学生たちは「日常生活の練習」と「感覚教具」の提供を一部受け、提供法
と同時にポイントをつかんだノートのとり方を学んでいきます。また、子ども
との触れ合いがほとんどない 1 年生ということで、基本的な練習を重ねるこ
とで、動作の分析の仕方や子どもにとって分かりやすい提供法を中心に学ん
でいきます。モンテッソーリ教育に関心をもってコースに入った学生たちに、
その魅力を継続させていくことは、本コースの課題であり、使命でもあります。
− 172 −
事 務 局 報 告
日本モンテッソーリ協会(学会)第 48 回全国大会
大会スケジュール(2015 年)
7 月 30 日(木)会場 : ホテル日航奈良
9:00 受付
9:30 開会式
10:00 基調講演 「子どもの生きる力を信じて」
講師:中村桂子
12:00 昼食
13:30
シンポジウム 「未来への責任」 ~自然・子ども・社会のハーモニー~ シンポジスト 冨坂 洋子 根岸 美奈子 深津 高子 福原 史子 16:45 定期総会
18:00 懇親会
7 月 31 日(金)会場 : ホテル日航奈良、奈良カトリック幼稚園
9:00 基礎講座Ⅰ
~
10:30 講師:板東 光子
10:40 基礎講座Ⅱ
~
12:10 講師:大原 青子
9:00 ~
9:45
研
①
研
②
研
③
研
④
10:00 ~
10:45
研
⑤
研
⑥
研
⑦
研
⑧
11:00 ~
11:45
研
⑨
研
⑩
研
⑪
研
⑫
昼食
13:00 ~
13:45
研
⑬
研
⑭
研
⑮
14:00 ~
14:45
研
⑯
研
⑰
研 「いちばん良いものをこどもたちに」
⑱
各部屋に分かれ、各領域を同時進行
15:00 ~
15:45
研
⑲
研
⑳
研
㉑
☆子どもの育ちを助ける生活教育 15:30 応用講座Ⅱ
~ 16:00 ~
17:00 講師:大森 久美子 16:45
研
㉒
研
㉓
研
㉔
☆子どもの育ちを助ける言語教育 13:30 応用講座Ⅰ
~
15:00 講師:森 愛
13:30 ~ 17:00 ワークショップ
全体会 モンテッソーリ教育実践記録映画上演
☆子どもの育ちを助ける感覚教育
☆子どもの育ちを助ける数教育
コース交流会
8 月 1 日(土)会場:奈良 100 年会館
9:30 特別講演
市民公開講座
~ 「日本におけるモンテッソーリ教育の歴史」 「子どもと親が自立するモンテッソーリ教育」
11:30
講師:前之園 幸一郎
講師:相良 敦子
11:40 閉会式
− 173 −
第 48 回大会 研究発表者・司会者
研究
発表
No.
発表者
司会者
研究
発表
No.
発表者
司会者
1
田中 珠美
岡本 明博
2
平野 知美
相良 敦子
3
大森一雄 ・ 唯
佐々木信一郎
4
松浦 公紀
早田由美子
5
髙原 芽子
東條 千裕
南原みずき
町田 明
6
森 貞子
前田 辰恵
7
佐々木信一郎
吉武久美子
8
坂口久美子
綿貫 真理
9
戸田 恵子
川岡 俊子
島田 美城
10
生島 恵
田中 昌子
11
百枝 義雄
大森久美子
12
白石 理乃
中尾 昌子
13
鈴木 昌世
谷奥 潤子
14
鈴木 弘美
関 聡
15
岡本 仁美
木下めぐみ
16
江口 裕子
中島 淑恵
前鼻百合江
17
山口 晃子
廣澤 弓子
18
小山 久実
江島 正子
19
堀田 和子
堀田 海也
甲斐 仁子
20
保田 恵莉
鈴木 弘美
21
小島 薫
森下 京子
22
木下めぐみ
岡本 仁美
23
岡本 明博
藤原江理子
24
竹田 康子
阿部真美子
− 174 −
事務局報告
年間事業(事務局)報告並びに次年度計画書
平成 26 年 (2014) 度事業報告書
平成 26 年
8月8日
平成 27 年
『モンテッソーリ教育』第 47 号作成開始=
編集委員会
8月1日
第3回L・M奨励基金受賞者選考委員会①
第 48 回全国大会準備開始=実行委員会
大会礼状発送
大会期間中納入会費・入退会者等の整理
「第 11 回支部長会議事録」
「第 15 回コース
責任者会議事録」作成
会長名大会礼状発送
『モンテッソーリ教育』第 48 号作成開始=
編集委員会
第 49 回全国大会準備開始=実行委員会
8 月上旬
8 月 13 日~ 大会期間中納入会費・入退会者等の整理 「第 12 回支部長会議事録」
「第 16 回責任者
会議録」作成
8 月中旬
入会者へ会員証発送
会長名大会礼状発送
入会者へ会員証等発送
8 月 13 日
「事務局だより」№ 9 作成開始
9月8日
「支部長会議事録」
「コース責任者会議事録」
「全国理事会議事録」
「総会議事録」全理事・
監事宛発送
9 月 27 日
平成 27 年 6 月 30 日
平成 27 年(2015 年)度計画・予定(案)
9 月上旬
50 周年記念誌企画委員会①
「事務局だより」№ 10 作成開始
「支部長会議事録」
「コース責任者会議事録」
「全国理事会議事録」
「総会議事録」全理事・
監事宛発送
10 月中旬
「事務局だより」№ 10 発行並びに会費請求
を全会員宛て発送
10 月中旬
「事務局だより」№ 9 発行並びに会費請求を
全会員宛て発送
12 月上旬
平成 26(2014)年度中間決算報告書並びに
会計監査資料を作成し監査を受ける。
12 月上旬
平成 27 年(2015 年)度中間決算報告書並
びに会計監査資料を作成し監査を受ける。
12 月中旬
第Ⅰ回常任理事会開催通知を常任理事、監
事宛発送
12 月下旬
第Ⅰ回常任理事会開催通知を常任理事、監
事宛発送
平成 27 年
理事選挙の準備開始(有権者・団体会員氏
名調査等)
平成 28 年
1 月中旬
選挙関係書類作成・印刷・団体会員調査発
送
1 月 24 日
第Ⅰ回常任理事会開催 終了後、L・M受
賞者選考委員会②
於:岐部ホール
第 50 回全国大会提案=東京支部
1 月 23 日
第Ⅰ回常任理事会開催 於:岐部ホール
選挙管理委員委嘱・選挙管理委員会発足
第 51 回全国大会提案=担当東北支部
2 月 11 日
上記議事録を全理事・監事宛発送
2 月中旬
上記議事録を全理事・監事宛発送
理事選挙関係文書・投票用紙等有権者宛発送
3月1日
理事選挙投票開始
3 月 11 日
第Ⅱ回常任理事会開催通知を常任理事、監
事宛発送
3 月中旬
第Ⅱ回常任理事会開催通知発送
3 月 30 日
理事選挙投票締め切り
4 月上旬
理事選挙開票作業・結果を会長に報告 当
選理事宛承諾書発送
4 月 25 日
第Ⅱ回常任理事会開催 於:岐部ホール
4 月 23 日
第Ⅱ回常任理事会開催 於:岐部ホール
新理事承認
5 月 25 日
上記議事録を全理事・監事宛発送
全国理事会等開催通知発送
5 月下旬
『モンテッソーリ教育』第 48 号発行・発送
6 月上旬
『モンテッソーリ教育』第 47 号発行・発送
全国理事会開催通知発送
7 月上旬
平成 26 年(2014 年)度決算報告書並びに
会計監査資料を作成し監査を受ける。
7 月中旬
平成 27 年(2015 年)度決算報告書並びに
会計監査資料を作成し監査を受ける。
7 月 29 日
第 12 回支部長会議・第 16 回コース責任者
会議・全国理事会・第 4 回L・M奨励基金
受賞者選考委員会①開催
8月7日
第 13 回支部長会議・第 17 回コース責任者
会議・全国理事会開催
7 月 30 日~ 第 48 回全国大会開催 於:ホテル日航奈良
8月1日
他
8 月 8 日~
8 月 10 日
第 49 回全国大会開催
於:リーガロイヤルホテル広島 8月1日
8 月 10 日
編集委員会開催
編集委員会開催
*他に、編集委員会・L・M奨励基金受賞者選考会・50 周年記念誌企画委員会は適宜開催の予定
− 175 −
平成 26 年度決算書・平成 27 年度予算案
日本モンテッソーリ協会(学会)
(収入の部) 自:平成 26 年 7 月 1 日 至 : 平成 27 年 6 月 30 日 自 : 平成 27 年 7 月 1 日
至 : 平成 28 年 6 月 30 日
科目
26 年度予算 26 年度決算
摘要
27 年度予算
会費(個人)
3,000,000
2,916,000 5,000×583(人)1 名 6000 円納入
3,000,000
会費(団体)
1,000,000
1,300,000 5,000×260(口)
1,000,000
会費(維持)
550,000
540,000 10,000×54(口)
550,000
入会金
100,000
142,000 2,000×71(人)
会費計
4,650,000
寄付金
0
ディプロム代
300,000
書籍代金
50,000
学会誌広告料
200,000
大会準備金の返金
1,500,000
利子・利息
10,000
雑収入
0
JAM支援金
寄付金~支援金
までの小計
前年度繰越金
合計
800,000
2,860,000
4,898,000
100,000
4,650,000
2,000
0
288,000 3,000×96
68,373
300,000
50,000
490,000 各コース、出版社より
200,000
1,500,000 関東支部より
9,694 ゆうちょ、三井住友、三菱 UFJ
0
10,000
0
0
391,434 関東支部より
2,749,501
800,000
1,360,000
15,027,375 15,027,375 現金・普通預金・振替口座
15,134,935
30,533,157 30,533,157 定期預金
30,539,241
53,070,532 53,208,033
51,684,176
平成 26 年度 日本モンテッソーリ協会学会 編集委員会年間収支決算書
(単位=円) 収 入
科 目
活動費
合 計
金 額
650,000 ①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
650,000
支 出
科 目
人件費(委員長手当)
〃(アルバイト)
会場費
印刷費
通信費
交通費
接待費
宿泊費
消耗品費
委員会費
渉外費
合 計
金 額
50,000
347,500
0
2,148
62,893
56,636
0
0
80,459
81,000
12,420
693,056
上記のとおり相違ありません。
平成 27 年 6 月 14 日 編集委員長 江島 正子 ㊞
− 176 −
事務局報告
(支出の部)
科目
消耗品費
26 年度予算 26 年度決算
80,000
18,237
通信運搬費
400,000
HP費
550,000
交通・宿泊費
ルーメル・モンテッ
ソーリ
奨励金
印刷製本費
人件費
賃貸料
(含む管理費)
2,000,000
150,000
400,000
1,800,000
543,084
会議費
80,000
支部活動費
100,000
学会誌関連費
1,800,000
渉外費
100,000
会費
150,000
摘要
ヤマト運輸(178,988)
NTT(77,669)
サンライズアイ(259,740)、
375,106
nifty(29,733)
1,551,920 事務局員、理事会出席の理事
27 年度予算案
50,000
279,221
500,000
550,000
1,800,000
50,000 受賞者への賞金
300,149 事務局だより(172,000), 1,943,000 事務局、監事への謝礼
150,000
400,000
1,800,000
543,084 富坂キリスト教センター
50 周 年 記 念 誌 企 画 委 員 会 ⑥
101,509
(43,423)
220,000 6 支部
印刷費(1075,680)
1,870,821 送料(85,842)
委員会活動費(693,056)
68,328
日本学術協力財団(50,000)
149,999
AMI(99,999)
54,315
7,640 三井住友銀行他
528
0
0
書籍支払金
50,000
手数料
7,000
税金
800
雑費
0
大会準備金
500,000
ルーメル・モンテッ
ソーリ
150,000
0
奨励基金運営費
予備費
500,000
0
ルーメル・モンテッ
ソーリ
10,000,000 10,000,000
奨励基金
支出小計
19,360,884 17,533,857
13,176,491 15,134,935 現金・普通預金・振替口座
次年度繰越金
20,533,157 20,539,241 定期預金
合計
53,070,532 53,208,033
543,084
100,000
340,000
1,800,000
100,000
150,000
50,000
7,000
800
0
500,000
150,000
500,000
10,000,000
19,490,884
11,654,051
20,539,241
51,684,176
( 単位=円)
平成 27 年 7 月 1 日 上記のとおり報告いたします。 事務局長 鈴木 弘美
㊞
平成 26 年 7 月 13 日 監査の結果、上記報告とおり相違ありません。
監事 ギュンタ ケルクマン ㊞
監事 山本 雅子 ㊞
− 177 −
日本モンテッソーリ協会(学会)第 49 回全国大会(in 広島)のご案内
開催期間:2016 年(平成 28 年)8 月 8 日(月)~ 8 月 10 日(水)
会 場:リーガロイヤルホテル 広島 広島市中区基町 6 - 78
大会テーマ:
「子どもと平和」
大会内容:1 日目 *基調講演 汐見稔幸 白梅学園大学学長・東京大学名誉教授
「平和と教育
- 21 世紀中盤にさしかかる時代のモンテッソーリ教育・保育への期待―」
*特別講演 リリアン・ブライアン AMI 教師養成コーストレーナー
“Peaceful Children・Peaceful World”
*基礎講座 前之園幸一郎 モンテソーリ協会(学会)会長
「モンテッソーリにおける子どもと平和」
*応用講座 片柳弘史 イエズス会司祭
「あなたのままで輝いて ―マザー・テレサに学ぶ心の平和―」
*ワークショップ (学)小百合学園 広島モンテッソーリ教師養成コース
2 日目 モンテッソーリ教育に関する会員の研究発表 24 件
3 日目 シンポジウム 「子どもと平和」
担当支部:日本モンテッソーリ協会(学会)中国支部
大会事務局:
(学)村上学園 あさひ幼稚園内 Tel 082-251-0371 Fax 082-254-6231
Email; [email protected]
*詳しくは日本モンテッソーリ協会(学会)ホームページをご覧ください
日本モンテッソーリ協会(学会)創立第 50 周年記念全国大会(in 東京)―予告―
開催期間:2017 年(平成 29 年)8 月 8 日(火)~ 8 月 10 日(木)
会 場:都市センターホテル 〒 102-0093 東京都千代田区平河町 2-4-1
Tel 03-3265-8211
大会テーマ:モンテッソーリ教育の昨日、今日そして明日へ
大会内容:特別講演 養老孟司 東京大学名誉教授・脳神経学者・解剖学者 基調講演 リン・ローレンス 国際モンテッソーリ協会事務局長・トレーナー
スカイプ ジュディ・オライオン 国際モンテッソーリ協会トレーナー
ワークショップ (NPO 法人)東京モンテッソーリ教育研究所付属教員養成コース 担当支部:日本モンテッソーリ協会(学会)東京支部
大会事務局:四谷モンテッソーリ研究所 Tel 03-3260-3079 Fax 03-3268-2376
*詳しくは日本モンテッソーリ協会(学会)ホームページをご覧ください
− 178 −
事務局報告
日本モンテッソーリ協会(学会)役員
○印は常任理事(50 音順、下記役員の任期は平成 25 年 8 月 1 日~ 28 年 7 月 31 日)
役職
会員
番号
常任
理事
氏名
勤務先
会長(理事長)
2878
○
前之園 幸一郎
副会長(副理事長)
2594
○
ヴィタリ・ドメニコ カトリック幟町教会
副会長(副理事長)
2512
○
町田 明
恵泉幼稚園
事務局長
2327
鈴木 弘美
日本モンテッソーリ協会(学会)
理事
2570
赤羽 惠子
京都モンテッソーリ教師養成コース
理事
3714
阿部 真美子
聖徳大学
理事
364
乾 盛夫
鳴門聖母幼稚園
理事
1921
○
江島 正子
群馬医療福祉大学大学院
理事
1994
○
甲斐 仁子
東洋英和女学院大学
理事
179
○
相良 敦子
長崎純心大学
理事
2131
理事
2369
○
○
○
佐々木 信一郎
島田 美城
(社福)聖母愛真会こじか子どもの家
エリザベト音楽大学
(学)小百合学園 広島モンテッソーリ教師養成コース
理事
2321
理事
2892
理事
3088
理事
249
理事
3281
理事
2346
理事
2500
廣澤 弓子
東京モンテッソーリ教育研究所
理事
2579
藤原 江理子
九州幼児教育センター・トレーニングコース
理事
3324
前鼻 百合江
宮の沢さくら保育園
理事
3565
松川 和照
大船ルーテル保育園
○
○
下條 善子
日本モンテッソーリ協会(学会)
関 聡
久留米信愛女学院短期大学
瀧野 正三郎
カトリック京都司教区
中尾 昌子
八幡カトリック幼稚園
早田 由美子
千里金蘭大学
板東 光子
亀田平和の園保育園
理事
1060
○
松本 静子
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
理事
1132
○
松本 良子
ブレーメン教育研究所
理事
2796
森下 京子
瑞穂子どもの家
理事
3709
吉武 久美子
長崎純心大学
監事
3642
ギュンタ ケルクマン 宗教法人「カトリックイエズス会」
監事
3083
山本 雅子
− 179 −
元上智大学
支部関係
支部
支部長氏名
(所属)
郵便番号
住所
上段 電話番号
下段 FAX番号
前鼻 百合江
□北海道
(宮の沢さくら保育園)
063 - 0034 札幌市西区西野 4 条 6 丁目 11-12
011 - 663 - 8118
011 - 663 - 8146
佐々木 信一郎
□東 北
(こじか子どもの家)
960 - 8068 福島市太田町 14-38-905
024 - 544 - 7135
024 - 544 - 7136
松川 和照
□関 東
247 - 0007 横浜市栄区小菅ヶ谷 2-26-3
(大船ルーテル保育園)
□東 京
江島 正子
162 - 0845 新宿区市谷本村町 2-15-308
(群馬医療福祉大学大学院)
板東 光子
□北 陸
951 - 8121 新潟市中央区水道町 2-808-105
(亀田平和の園保育園)
045 - 892 - 2366
045 - 892 - 7825
03 - 3260 - 3079
(電話と同様)
025 - 381 - 2051
025 - 381 - 8425
森下 京子
468 - 0007 名古屋市天白区植田本町 315
(モンテッソーリ瑞穂子どもの家)
052 - 717 - 7460
(電話と同様)
瀧野 正三郎
□近 畿
639 - 1016 大和郡山市城南町 1-33 カトリック大和郡山教会
(カトリック京都司教区)
090 - 8207 - 1831
0743 - 55 - 3036
島田 美城
□中 国
(エリザベト音楽大学)
731 - 5134 広島市佐伯区海老山町 11-2-903
082 - 555 - 3307
(電話と同様)
乾 盛夫
□四 国
(鳴門聖母幼稚園)
772 - 0001 鳴門市撫養町黒崎字松島 208
088 - 685 - 0079
088 - 684 - 1530
□中 部
中尾 昌子
□九 州
805 - 0013 北九州市八幡東区昭和 3-5-1
(八幡カトリック幼稚園)
093 - 652 - 1006
093 - 652 - 1008
東北支部義援金報告(5)
平成 26 年 9 月 5 日から本日平成 27 年 9 月 19 日までの間に、義援金を集める
ことはできませんでした。事務局の力のなさで、誠に申し訳ありません。
昨今思いがけない自然の災害が多発していますが、東北の大震災および原発事
故についてはその規模の大きさが想定外でありました。また、原発事故につきま
しては、人災であります。このことを忘れてはなりません。 東北支部への義援金は、下記の振替口座をご利用の上、ご送金ください。
郵便振替口座 00110 - 7 - 71777
− 180 −
事務局報告
1.入会者(平成 26 年 7 月 1 日~平成 27 年 6 月 30 日)
7 月 1 日以降にお手続きいただいた方は、平成 27 年度入会者として次号にてご紹介さ
せていただきます。(以下、支部別、会員番号順)
支部
会員番号
氏名
支部
会員番号
氏名
関
3769
倉坪紘子
畿
3819
中溝直子
関
3777
髙原芽子
畿
3747
多田葉津紀
関
3778
東條千裕
畿
3749
田中菜津葵
関
3779
南原みずき
国
3800
岡本育恵
関
3780
池田夏波
国
3801
数井美奈子
関
3781
柴田ますみ
国
3804
清原里美
関
3782
鈴木愛美
国
3805
兒玉明子
関
3783
鈴木良枝
国
3808
須賀中愛
関
3785
野口清華
国
3814
福谷安佐乃
関
3786
皆川美紀
国
3815
松根彩乃
関
3787
青木絵美
国
3816
森祐太郎
四
3775
吉村るみ子
関
3794
中坊紗也佳
四
3791
石川夏美
関
3806
嶌野未久
九
3774
十時須摩
関
3810
田嶋晴佳
九
3792
鈴木彩
関
3813
平野杏里
九
3796
右田絵梨奈
足立茉由
関
3818
大浅田敬子
九
3797
関
3821
伊藤阿里
九
3798
井上侑
東
3771
小竹真奈
九
3802
上條ひとみ
東
3772
金元久子
九
3803
川崎莉紗
九
3807
下地克美
九
3811
辻香代子
九
3817
江口奈央
九
3820
白石理乃
九
3822
兵動友美
団体
271
バンビーニとよさと
団体
272
深草こどもの家
団体
273
バンビーニゆめ
団体
274
(株)エンゼルタイム
さいたまエンゼルホーム
団体
275
(株)エンゼルタイム
鹿島田エンゼルホーム
維持
101
(学)小百合学園
モンテッソーリ教師養成コース
東
3773
安川恵美
東
3784
曽根夕香
東
3790
ギュンタ・ケルクマン
東
3793
田島祥子
東
3823
押川幸男
中
3770
水野英子
中
3812
戸谷裕花
畿
3768
大木実江
畿
3776
鈴木昌世
畿
3788
白川賀津子
畿
3789
山口晃子
畿
3795
前川聡子
畿
3799
大井晴香
畿
3809
高原唯
− 181 −
2.退会者(平成 26 年 7 月 1 日~平成 27 年 6 月 30 日)
(以下、会員番号順)
お世話になりました。ごきげんよう。
支部
会員番号
氏名
支部
会員番号
氏名
九
657
宮城涼子
関
3398
魁生真見
九
1125
廣渡千代子
関
3523
高橋妙子
九
1225
中村メリ
中
3545
岡本早智
東
2908
浦田ひろみ
中
3553
濱野綾
海
2995
白井祥子
九
3557
松木園 ( 板山 ) 絢華
畿
3143
中島輝子
九
3560
吉田 ( 木津 ) 由花
北
3195
村本百合子
畿
3610
上北理紗
中
3211
田村澄子
九
3614
小林有希
畿
3214
湯本晃子
海
3678
石井繁子
関
3239
米谷直江
九
3716
原井ミユキ
250
畿
3264
溝口さおり
団体
関
3295
濱田真知子
維持
関
3390
櫻井幸
3.ご逝去の方(会員番号順、敬称略)
心からご冥福をお祈りいたします。
支部
会員番号
氏名
東
2644
佐藤加寿子
陸
3209
大嶋恵美子
− 182 −
倶知安藤幼稚園
1 団体
事務局報告
4.住所等の変更届を出された方々と団体
(支部・会員番号順)
(詳細は事務局にお問い合わせください。)
支部
会員番号
氏名
支部
会員番号
氏名
北
2371
菊地由美子
国
2543
橋本眞由美
森田美子
関
3000
池田美弥子
国
2775
関
3391
小森沙織
国
2776
石田敦子
東
2373
上田恭子
国
2994
中川和加絵
東
3020
市野繁子
国
3544
原(植野)早織
東
3028
竹田恵
国
3546
沖野春菜
東
3297
大竹亜希
九
2342
岡本仁美
東
3424
岡本明博
九
3494
川畑(神)さなえ
東
3723
李和貞
九
3628
比嘉ももこ
中
2712
太田志保
九
3579
大原青子
中
3534
藤井麻由美
団体
64
聖母乳児院
(責任者の変更)
団体
109
日本モンテッソーリ教育
綜合研究所
(責任者の変更)
団体
208
(株)エー・アンド・アイ
(アイ・シー・イー綜合研
究所)
畿
2773
吉村美紀子
畿
3088
瀧野正三郎
畿
3159
森愛
畿
3768
大木実江
国
176
下條裕紀媛
国
1128
渡邉満智子
団体
231
聖母のさゆり保育園
国
2321
下條善子
維持
99
(学)信望愛学園
国
2426
猿田智恵
(北海道:海、北:東北支部、関:関東支部、東:東京支部、中:中部支部、畿:近畿支部、
四:四国支部、国:中国支部、九:九州支部)
− 183 −
欧 文 摘 要
La storia del metodo montessori in Giappone dai primi
del Novecento alla fine della seconda guerra mondiale.
Koichiro Maenosono
(Professor Emeritus Aoyama Gakuin Women’s Junior College, Ph.D.)
Maria Montessori pubblico’ il suo libro “Il Metodo” nel 1909. Dopo
tre anni dall’uscita del libro, il suo pensiero fu presentato nel corso
del 1912, dapprima dal giornale “Yorozuchoho” e poi da tre studiosi
giapponesi.
Dopo queste presentazioni, altri studiosi giapponesi scrissero articoli
sulla situazione del metodo montessori in Italia. Anche i giornali
giapponesi giudicarono positivamente la novita’ del metodo e vari
educatori ne mostrarono interesse.
Nel 1913, a Kobe, si tenne il primo breve corso sul metodo montessori
che successivamente fu introdotto in una scuola infantile della citta’ e in
seguito comincio’ ad essere applicato soprattutto nell’area del Kansai.
Nel 1915 pero’, il prof. Yoshida Kumaji dell’Universita’ Imperiale
di Tokyo critico’ severamente il metodo in quanto troppo liberale
dal punto di vista del nazionalismo giapponese. Dopo tale critica e
l’affermarsi del regime militare, l’uso del metodo venne completamente
abbandonato.
L’interesse per l’educazione montessori rinasce nel 1986 con il
costituirsi della “Associazione Montessori Giapponese”.
− 184 −
欧文摘要
Reality and Fantasy in Infancy
Naoko Okamoto
(Professor Ritsumeikan University)
How should we deal with infants who are daily flooded with fantasy
based on commercialism and the media?
Fantasy can be divided broadly into two categories; “acts of
imagination” and “products of imagination”. While Montessori Education
is cautious about dealing with fantasy, the present environment of infants
is full of “products of imagination” based on commercialism and the
media. Adults sometimes expose infants to “products of imagination”. It
is probable that infants receiving Montessori Education show during their
play some fantasy matters influenced by commercialism or the media. In
such cases, educators and parents may be puzzled. “Though we should
be careful with fantasy, what should we do when infants actually play
out fantasy”? It is useful to think seriously about this question which
gives us a view helpful for the practice of Montessori Education and
thus for dealing with infants. In this paper, we focus on three points as
follows: 1. Does reality fall into oblivion of infants when they play an “act
of imagination?” 2. How do adults initiate an infant’s fantasy through
commercialism and the media? 3. How should adults respond to fantasy
of the infants when it is based on commercialism and the media? As a
result, it is suggested that infants keep reality in mind when they play
out “acts of imagination”. Adults should, therefore, watch over the fantasy
of infants. Suggestions of how to respond to the fantasy of infants are
given from the point of view of clinical psychology.
− 185 −
The Significance of Orally Transmitted Children’s
Songs for the Acquisition of its Mother Tongue and
Native Language
Mayumi Nohagi
(Endicott College (USA), M. Ed. Montessori Integrative Learning)
In this essay I consider the significance of orally transmitted children’s
songs in relation to the children’s acquisition of their mother tongue or
native language in the light of Montessori Education Principles.
In my article “Music Activity in Montessori Education” in Montessori
Education, No. 46 (Japan Association Montessori 2014, pp. 88-94) I
discussed the preference of children for the sound and the harmonic
structure of their mother’s voice.
In this paper I focus on the acquisition of a child’s mother tongue, its
structure and pronunciation, as well as the child’s speaking and singing
development, as it is influenced by its social surroundings. Noteworthy in
this context are some theoretical observations of composers Carl Orff and
Kodály Zoltán.
− 186 −
欧文摘要
Comparative Study of the Montessori and Froebel
Teaching Methods
Hisami Nakata
(Osaka University of Comprehensive Children Education Graduate School)
In 1914 the Montessori Society held a conference to discus the respective
teaching methods of Montessori and of Froebel. The results of this
comparative study, published as the “Report of the Montessori Conference
at East Runton, July 25th-28th,1914 ”, shows the similarities and
differences between these two methods: A difference is seen in the use of
teaching tools. However, in regard to the most important thing, the selfdevelopment of each child, these two teaching methods are similar. In
this paper, I consider the self-development of the child and compare the
teaching methods of Montessori and Froebel under this aspect.
− 187 −
Conferral of the Third Luhmer Prize
Masako Ejima
(Chair of the Screening Committee, Japan Association Montessori, Ph.D.)
Winner: Mrs. Megumi Takeda
Background
The first screening committee meeting for the third Luhmer Prize was
held on August 5, 2014, at Yokohama Minatomirai Pacifico during the
47th National Conference. On January 24, 2015, it was held for the second
time at Kibe Hall of the Japan Province of the Society of Jesus, Room 306.
Mrs. Megumi Takeda was chosen as the third Luhmer Prize winner at
that time.
This was approved at the second meeting of the Board of Executive
Directors of the Association, which was held on April 25, and on July 29
by the Directors of the Association. On July 30, 2015, the 48th Annual
General Meeting of the National Conference of the Association approved
this decision and Mrs. Megumi Takeda was immediately presented with
the third Luhmer Prize. President Koichiro Maenosono handed Ms.
Megumi Takeda the certificate and the price money.
Reason for the Selection
The Price was awarded for her article: “A Study of the Development
Process of Montessori Education in Japan after the War,” published in:
Montessori Education. No. 46. 2013, pp. 59-74、In 1962 the Montessori
Study Group was established at Sophia University, Tokyo/Japan, by Prof.
Peter Heidrich, S.J., Prof. Klaus Luhmer, S.J., Prof. Tomomi Hirano, et al.
This was a revival of the Movement for the Montessori Method, which
was first introduced in Japan by the newspaper Yorozuchoho in 1912.
The movement for the re-introduction of Montessori education in the
postwar period was initiated by practitioners and researchers in the field
of nursing. They created the “Japan Montessori Education” in 1968. In
1970 the Sophia Montessori Teacher Training Course was established
at Sophia University (Tokyo/Japan). This article provides an excellent
account of the Montessori movement in Japan.
− 188 −
モンテッソーリ教員養成コース
I. 日本モンテッソーリ協会(学会)公認モンテッソーリ教員養成コース
・NPO 法人東京モンテッソーリ教育研究所・付属教員養成コース
コース長 前之園 幸一郎
〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号
富坂キリスト教センター 2 号館内
☎ 03-5805-6786 / fax 03-5805-6787
http: //www.ti-montessori-e.main.jp/
・九州幼児教育センター・トレーニングコース
(モンテッソーリ教員養成コース)
所長 藤原 江理子
〒 811-3425 福岡県宗像市日の里 7-21-4
☎ 0940-36-7008 E-mail: [email protected]
http: //homepage4.nifty.com/ktcourse/
http: //hpm3.nifty.com/ktcourse/(携帯サイト)
・(学)小百合学園 広島モンテッソーリ教師養成コース
委員長 下條 善子
〒 733-0002 広島県広島市西区楠木町 4-16-33
☎ 082-509-0980 / fax 082-237-0979
・京都モンテッソーリ教師養成コース
委員長 赤羽 惠子
〒 612-0817 京都府京都市伏見区深草向ヶ原町 17
☎ 075-641-8410(8280) E-mail: [email protected]
・純心モンテッソーリ教員養成コース
長崎純心大学人文学部 児童保育学科 学科長 吉武 久美子
〒 852-8558 長崎県長崎市三ツ山町 235
☎ 095-846-0084(代)
− 189 −
II. 国際モンテッソーリ協会公認モンテッソーリ教員養成コース
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
所長 松本 静子
〒 252-0301 神奈川県相模原市南区鵜野森 2-20-2
☎ 042-746-7933 E-mail: [email protected]
http: //www.geocities.jp/ami_tokyojp/
III. 日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成通信教育講座
〒 146-0083 東京都大田区千鳥 3-25-5 千鳥町ビル
☎ 03-5741-2270
E-mail: [email protected]
http: www.sainou.or.jp/montessori/
− 190 −
日本モンテッソーリ協会(学会)会則
第 1 条(名 称)
本会は、日本モンテッソーリ協会(学会)という。
第 2 条(事務局)
本会は事務局を〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 - 17 - 41
富坂キリスト教センター 2 号館に置く。
第 3 条(目 的)
本会は、日本におけるモンテッソーリ教育研究者間の連携協同により、モ
ンテッソーリ教育原理と実践を研究し、その普及を図ることを目的とする。
第 4 条(事 業)
本会は、前条の目的を達成するために次の事業を行う。
(1)モンテッソーリ教育法の実践及び普及。
(2)モ ンテッソーリ教育法の指導者の養成及びモンテッソーリ教員養
成コースの認定。
(3)日本モンテッソーリ協会(学会)全国大会の開催。
(4)モンテッソーリ教育の普及・発展を目的とする奨励金制度の設定。
(5)モンテッソーリ教育教材の研究作成及び普及。
(6)講演会、研修会及び研究発表会の開催。
(7)モンテッソーリ教育に関する印刷物の発行。
(8)海外諸国のモンテッソーリ協会との交流及び情報の交換。
(9)その他、必要な事項。
第 5 条(会 員)
1.本会の会員は、本会の目的に賛同して所定の入会手続きを経た個人
及び団体とする。
2.会員は本会則第 19 条に定める会費を納入しなければならない。
3.会員には本会発行の印刷物を配布する。
4.第 1 項に定める会員以外に、本会の運営水準を保つ賛助金出資者を、
維持会員という。
ただし、維持会員は、理事選挙の選挙権、被選挙権を持たない。
5.会員が次の各号の一に該当する場合には、その資格を失う。
(1)会員である個人が死亡、又は一身上の事由によるとき。
(2)会員である団体が消滅したとき。
(3)1 年以上会費を納めないとき。
第 6 条(支 部)
− 191 −
1.本会は、会員の希望により、一定地域の中で、支部を設置すること
ができる。
2.支部の設置及び運営に関しては、理事会に申請し、理事会及び総会
の承認を得るものとする。
3.支部は、本会の理事選挙規定に則って理事及び支部長の選出を行う。
第 7 条(役 員)
本会に次の役員を置く。
名誉会長 1 名
会長(理事長) 1 名
副会長(副理事長) 2 名
常任理事 若干名
理 事 若干名
監 事 2 名
顧 問 若干名
第 8 条(役員の職務)
役員の職務は次のとおりとする。
(1)名誉会長は、本会の活動理念に基づき、会長(理事長)に対して意
見を述べ、若しくはその諮問に答え、又は報告に徴すことができる。
(2)会長は、本会を代表し理事長となり、本会を総督する。
(3)副会長(副理事長)は、会長(理事長)を補佐し、会長(理事長)
に事故ある時にその職務を代行する。
(4)常任理事は常任理事会を構成し、本会の常務を審議し、職務を行う。
(5)理事は、理事会を構成し、本会の重要な事項を審議し、職務を行う。
(6)監事は本会の会計及び業務の執行状況を監査し、その結果を総会に
報告する。
(7)顧問は、会長(理事長)が委嘱し本会の諮問に応ずる。
第 9 条(役員の選出)
1.理事の選任は次のとおりとする。
(1)
本会の定める選挙規定に従って各支部ごとに選出された者 14 名。
(2)各モンテッソーリ教員養成コースの代表者又はこれに代る者、
並びに事務局長。
(3)上記 1、2 号の理事によって推薦され、会長(理事長)の任命
による者、若干名。
2.会長(理事長)、副会長(副理事長)、常任理事は、理事の互選とする。
3.監事は、理事又は本会の職員以外の会員から会長(理事長)が推薦し、
− 192 −
委嘱する。理事又は本会職員をかねてはならない。
第 10 条(役員の任期)
役員の任期は 3 年とし再任を妨げない。
第 11 条(機 関)
1.本会は次の機関を置く。
(1)総 会
(2)理 事 会
(3)常任理事会
2.必要に応じて、各種委員会をおくことが出来る。
第 12 条(総 会)
1.総会は、本会の最高の議決機関であって全会員をもって構成する。
2.総会は、年一回以上会長(理事長)が招集する。
3.総会に議長を置き次の事項を議決する。
(1)事業計画及び予算
(2)事業報告及び決算
(3)会則の改正
(4)その他、本会が必要と認めた事項
第 13 条(理事会)
1.理事会は、理事をもって構成する。監事は、理事会に出席するもの
とする。
2.理事会は、総会に属する議事決定事項以外でこの会が必要とする重
要な事項を議決する。
ただし総会を開くいとまがない時は、総会に代わって議決すること
ができる。
3.理事会は会長(理事長)が招集する。
第 14 条(常任理事会)
1.常 任理事会は理事の互選によって選ばれた者で構成する。監事は、
常任理事会に出席するものとする。
2.総会又は理事会を開くいとまのない時は、総会又は理事会に代わっ
て議決することができる。
3.常任理事会は会長(理事長)が招集する。
第 15 条(各種委員会)
1.本会は必要に応じて委員会を設置することができる。
2.委員会は理事 2 名以上が委員となり、当委員会の課題によって会員
の協力を求めて委員会を組織する。
3.委員会は経過、結論を理事会に報告するとともに、その目的を達成
− 193 −
したときは、これをすみやかに解散する。
第 16 条(表 決)
総会及び理事会と常任理事会の決議は出席者過半数の同意をもって決
し、可否同数のときは議長又は会長(理事長)の決するところによる。
第 17 条(事務局)
本会の事務を処理するために事務局を置く。
2.事務局には次の職員を置く
(1)事務局長 1 名
(2)書 記 若干名
(3)会 計 1 名
3.前項第 2 号及び 3 号の事務局職員は常任理事会が委嘱する。
第 18 条(会計年度、帳簿等の保存および廃棄)
1.本会の会計年度は、毎年 7 月 1 日に始まり、翌年 6 月 30 日に終る。
2.本会の会計帳簿、伝票類は 7 年間保存する。
3.第 2 項の保存期間経過後の会計帳簿、伝票類は事務局長の決裁を得
て廃棄するものとする。
第 19 条(経 費)
(1)本 会の経費は、入会金 2000 円、個人・団体年額 5000 円。入会金
不要の維持会費年額一口 10,000 円、寄付金、その他の収入による。
(2)維持会費は、個人・施設とも一口以上、上限は定めない。
第 20 条(規 定)
(1)この会則に定めない事項で、本会の運営のために必要と考えられる
規定(別表参照)は、理事会の議を経て総会で定めることができる。
この会則に定めない事項で本会の運営のために必要と考えられる規
定(別表参考)は以下のとおり。
[別 表]
(1)選挙管理委員会規定
(2)理事選挙規定(投票要領は別にあり)
(3)編集委員会規定(投稿・査読に関する規定・要領は別にあり)
(4)支部規定
(5)モンテッソーリ教員免許取得証明書規定
(6)役員費用弁償内規
(7)日本モンテッソーリ協会の収支報告書における勘定科目について
日 本モンテッソーリ協会の収支報告書における勘定科目は、平成
21 年度当協会収支報告書を基準に下表のように確定する。(表は別
にあり) − 194 −
(8)役員旅費規定
(9)日本モンテッソーリ協会(学会)ルーメル・モンテッソーリ奨励基
金規定
(10)全国大会 経費運用規定
[ 創 立 ] 日本モンテッソーリ協会の創立年月日
昭和 43 年(1968 年)7 月 21 日
附 則
1.この会則は、昭和 43 年 4 月 1 日から施行する。
1.この会則は、平成 7 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 10 年 1 月 10 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 16 年 7 月 30 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 17 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 19 年 1 月 27 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 20 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 21 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 23 年 8 月 7 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 24 年 8 月 4 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 25 年 7 月 30 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 26 年 8 月 6 日から一部改正し、施行する。
以上
− 195 −
日本モンテッソーリ協会(学会)
ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定
(主旨)
第 1 条 日本モンテッソーリ協会(学会)
(以下「本協会」という。は、
昭和 52(1977)
年から平成 19(2007)年まで本協会の会長(理事長)としてモンテッソーリ
教育の普及・発展に寄与されたクラウス・ルーメル師の多大な功績を記念し、
本協会会則第 4 条、第 4 号に基づき、
「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金」
(以下、
「本基金」という。
)を設け、これに関する必要な事項を定める。
(目的)
第 2 条 モンテッソーリ教育の発展を期して、本基金の果実収入によってモン
テッソーリ教育の研究を奨励する。
2 毎年度若干名の対象者に「ルーメル・モンテッソーリ奨励金」
(以下「本
奨励金」という。)を給付する。
(本基金の財源)
第 3 条 本基金は、寄付者(本協会)が寄付金 1 千万円を財源として設定する。
(本基金の保有及び増加)
第 4 条 本基金は、銀行預金・金銭信託・その他安全確実な保有方法によりこれ
を保有する。
2 本基金の財源は、寄付金品・給付されない果実収入等をもって増加させ
る。
(本基金の管理運営)
第 5 条 本基金の保有管理運用は、本協会の常任理事会の指導により事務局が行
う。
2 本基金の管理運営のための必要経費は、本協会の予算によって負担する。
3 本基金の目的変更については、本協会の理事総数 3 分の 2 で議決する。
(本奨励金の給付額)
第 6 条 本奨励金を給付する額は、原則として、本基金の果実収入範囲内とする。
2 本奨励金給付額を本協会の予算によって増額することは妨げない。
(選考委員会)
第 7 条 本協会は、本奨励金の対象者を選ぶため、選考委員会を設置する。
2 選考業務に要する経費は、年度毎に予算化し、本協会の常任理事会の承
認を経るものとする。
(選考委員会の構成)
第 8 条 本協会の理事会の互選による 5 名以内の委員をもって、選考委員会を
− 196 −
構成する。
2 本協会の機関誌編集委員長は、職務上委員となる。
3 選考委員の任期は 2 年とし、再任を妨げない。
4 選考委員長は選考委員の互選による。
(本規定の改廃)
第 9 条 この規定の改廃は、本協会が解散、その他の理由で目的の遂行が不可能
になった場合に、本協会の理事会により決定される。
(付則)
この規定は、平成 24(2012)年 8 月 4 日より施行する。
− 197 −
『モンテッソーリ教育』第 49 号原稿募集
<論文、実践報告・事例報告>
内容……自由、分量……原稿用紙(400 字詰)25 枚以内(ヨコ書き)
<書評・海外情報>
分量……原稿用紙(400 字詰)10 枚程度(ヨコ書き)
<執筆要領>(論文、実践報告・事例報告)
『モンテッソーリ教育』への投稿は、次の規定に従うものとする。
1.論文のテーマは、モンテッソーリ教育に関する理論と実践についての研究、
およびモンテッソーリ研究に関連したものであること(未刊行のものに限る)
。
2.論文原稿は、ヨコ書きとし、次の点を厳守すること。
①本文は、図、表、注を合わせ、400 字詰原稿用紙 25 枚以内とすること。(た
だし、注および引用文献は、1 字 1 ますとする。算用数字と欧文は 2 字 1 ま
すとする)。パソコン使用の場合は 33 字 32 行の書式で 10,000 字以内。
②図、表は文中に挿入せず、別の用紙に貼付し、論文原稿には挿入すべき個所
を指定しておくこと。
③制限枚数をこえた場合は、書き直しを求めることがある。
3.原則として常用漢字、新かなづかいを使う。
4.注および引用文献は、原則として文中の該当個所の右肩に(1)
(2)として表
記しておいて、論文原稿の末尾にまとめる。
5.引用文献の記述の形式は、次のとおりである。
(1)紀尾一郎『モンテッソーリ教育学』エンデルレ書店、1995 年、30 〜 35 頁。
(2)藤井 勝『モンテッソーリ教育学の性格』、東京太郎編『モンテッソーリ
教育の理論』新教育学全集第 3 巻、西風社、1994 年、230 〜 236 頁。
(3)太田さゆり「モンテッソーリと新教育」
『ペスタロッチ学会紀要』第 5 巻、
1995 年、50 頁。
(4)Montessori, M., Das Spannungsfeld (Wien: Herder. 1979), pp. 33-40.
(5)Moller, A., “Models in a New Education”, in Merton R. K, (ed.), Sociology
Today (New York: Paulist Press, 1959), p. 145.
(6)Newman S., “On the Montessori Tomorrow”. German Review 24 (1959),
p. 750.
(7)Ibid., p. 779.
6.欧文摘要(200 語程度)およびその邦訳(400 字程度)を添付すること。
− 198 −
7. 原稿は 3 部(コピーでよい)提出すること。パソコン使用の場合は完成原
稿のほかにそのファイルを入れた CD-ROM を添付し、ディスクの表に使用機
種名および氏名、ファイル名を記入すること。なお、和文の句読点はテン(、
)
およびマル(。)を使用のこと。
<原稿締切>
2016 年 9 月末日(期日厳守)
<原稿提出先>
〒 112-0002
東京都文京区小石川 2―17―41
富坂キリスト教センター 2 号館
日本モンテッソーリ協会
『モンテッソーリ教育』編集委員会
編集委員長 江島正子
*原稿には勤務先、氏名(フリガナ付記)を記入してください。
*図版等で多額の出費を要する場合、執筆者に負担を求めることがあります。
*連続投稿はご遠慮ください。
*ディスクと一緒にハードコピー(出力紙)を添えてご提出ください。文字化け
が生じても、復元することができます。
*ソフトは、Word(ウインドウズ、マッキントッシュ)や Excel をご使用ください。
その他のソフトをご使用の場合には、テキストファイルで保存したデータをご
用意ください。
*ディスクはケースに入れる等、破損を防ぐ工夫をお願いします。
− 199 −
『モンテッソーリ教育』論文投稿規定
『モンテッソーリ教育』における「論文・実践報告」については、以下の投稿規
定に従うものとする。
投稿資格 1)本学会会員
2)本学会会員と共同研究を行う者
3)特に編集委員会が認めた者
投稿原稿 1)投稿原稿は未発表のものに限る。また、他の学術雑誌に投稿予定
の論文は投稿することができない。
2)分量および書き方は、別に定める執筆要領による。
採否 1)投稿原稿は編集委員会で査読する。
2)査読結果により、所定期間内に旧原稿と修正個所を明記した文書
を添えて再提出する。旧原稿の返却後、期限内に再提出されない
場合は、期限切れにより原稿の撤回と見なされる。著者の都合に
より撤回する場合は、その旨を編集委員会に書面で連絡する。撤
回された原稿が再度提出された場合は、新投稿論文として扱う。
3)投稿者は査読結果に異議があるとき、編集委員会に書面により反
論を申し述べることができる。それに対して編集委員会は書面に
より回答する。
著作権 本誌の掲載文に関する著作権は原則として日本モンテッソーリ協会に
帰属する。したがって、本学会が必要とする場合は転載し、第三者か
ら本学会著作物等の複製あるいは転載に関する承諾の要請があり、本
学会において必要と認めた場合は、著作者に代わって承諾することが
できるものとする。また、編集委員会が本業務を代行する。
− 200 −
日本モンテッソーリ協会編集委員会規定
(目的・定義)
第 1 条 日本モンテッソーリ協会編集委員会(以下「委員会」という)は、会
則第 4 条第 5 号に則り設置され、学会誌『モンテッソーリ教育』の刊
行を目的とし、年 1 回発行する。
(使命)
第 2 条 本 誌はモンテッソーリ教育の理論と実践に関する研究、論文、実践、
書評、学会通信等、会員のモンテッソーリ教育研究活動に関連する記
事を記載する。
(構成)
第 3 条 本誌の編集には、理事会の委嘱を受けた委員から構成される委員会が
あたるものとする。
(任期)
第 4 条 編集委員の任期は 3 年とする。但し、再任を妨げない。
(委員長)
第 5 条 委員会には委員長 1 名をおく。委員長は委員の互選によって選出する
ものとする。
(幹事)
第 6 条 委員会の事務を円滑に行うため幹事若干名をおく。
(業務)
第 7 条 本誌各号の内容および投稿論文の掲載採否については、委員会の合議
によって決定する。
第 8 条 掲載を予定される原稿内容およびその他について、委員会が再考を求
めることができる。
第 9 条 図版等で多額の出費を要する場合、執筆者の負担を求めることがある。
第 10 条 執筆者による校正時の大幅な修正は、原則としてこれを認めないもの
とする。
付則 2006 年 8 月 9 日 施行
− 201 −
JAPAN ASSOCIATION MONTESSORI
Board
Koichiro Maenosono Ph. D.*(President)
Ryoko Matsumoto*
Domenico Vitali SJ*(Vice President)
Akira Machida*(Vice President)
Hiromi Suzuki (General Secretary)
Mamiko Abe*
Keiko Akabane
Mitsuko Bando
Masako Ejima Ph.D.*
Eriko Fujiwara
Yumiko Hirosawa
Yumiko Hayata*
Morio Inui
Kimiko Kai*
Yurie Maehana
Kazuteru Matsukawa
Shizuko Matsumoto*
Kyoko Morishita
Masako Nakao
Atsuko Sagara*
Shinichiro Sasaki
Miki Shimada*
Satoshi Seki
Yoshiko Shimojo*
Shozaburo Takino*
Kumiko Yoshitake
Auditors
Günther Kerkmann SJ
Masako Yamamoto
*member of the Executive Board
MONTESSORI EDUCATION
Editors
Masako Ejima Ph.D.*(Chief Editor)
Mamiko Abe*
Tamako Amano
Kumi Hamazaki
Yumiko Hayata
Shinjiro Hayashi*
Kimiko Kai*
Koichiro Maenosono Ph. D.*
Shizuko Matsumoto*
Yuriko Nohara
Koichi Okada*
Kiyoko Okuyama
Atsuko Sagara
Miki Shimada
− 202 −
Satoshi Seki
Hiromi Suzuki*
Domenico Vitali SJ*
Proofreader (English)
Franz-Josef Mohr SJ
Secretaries
Yoshie Honda
Akemitsu Hoshijima
Kaori Hirotsu
Yoshiko Kono
Yoshiko Tanaka
*Executive Editors
編集後記
『モンテッソーリ教育』第 48 号をお届けいたします。本号は昨年夏、平
成 27 年 7 月 30 日(木)から 8 月 1 日(土)まで奈良日航ホテルで開催さ
れた日本モンテッソーリ協会(学会)第 48 回全国大会の内容がおもに掲
載されています。
「講演」で、
生命誌で著名な中村桂子先生の「子どもの生きる力を信じて」
の講演内容を京都コースの先生方がテープ起こしをしてくださったので、
全国大会には参加できなかった会員の方にも本誌を通して分かち合いでき
て幸いです。いろいろ連絡をとってくださった京都コースの根岸美奈子先
生に心から感謝を申し上げます。
「シンポジウム」では冨坂洋子先生、根岸美奈子先生、深津高子先生、
福原史子先生、友井桂子先生、相良敦子先生のモンテッソーリ教育を代表
する会員方がそれぞれの得意とする分野をお話しくださり、読者の皆さま
もモンテッソーリ教育者としての意識を再確認されるでしょう。
「海外情報」のジャンルでも、寄稿予定の会員からの原稿が届かないので
困っていたら、1997 年から 2007 年まで当会の日本モンテッソーリ協会(学
会)の 3 代目の会長(理事長)であられた故クラウス・ルーメル先生の偉大
な功績をたたえるため、故郷ドイツ・ケルン近郊のプルハイム市に「ルー
メル通り」が出来ることが本学会の前監事で、現在、本誌の欧文摘要を担
当しておられるフランツ – ヨゼフ・モール先生のもとに連絡が飛び込んで
きました。モンテッソーリ教育に関係した人では、モンテッソーリ本人の
名前のついた道路はイタリアにありますが、私たちの身近で、日本でモン
テッソーリ教育に携わってこられたルーメル先生の功績をたたえる通りを
「海外情報」で報告できることはうれしい限りです。
奈良大会では何十年にもわたるモンテッソーリ教育の実践者による、素
晴らしい研究発表が幾つもありました。ぜひ全国の会員と分かち合いをし
たく希望しておりましたのに、大会の研究発表者の主旨は十分なカラー写
真や、説明するための十分な頁数が必要ということで、大会での研究発表
と本誌掲載とは異なるということが判明致しました。学会誌であるという
性格上、また経費などの理由によりここに掲載できなかったことは痛恨の
極みです。なにかの問題解決策がないかと考えています。
本誌第 48 号のため、ご多忙の中をご投稿くださいました諸先生方にお
礼申し上げます。
(江島正子)
− 203 −
『モンテッソーリ教育』編集委員会
委員長 江島正子(群馬医療福祉大学大学院)
委 員 前之園幸一郎(日本モンテッソーリ協会)
ドメニコ・ヴィタ
リ(カトリック幟町教会)松本静子(東京国際モンテッソーリ
教師トレーニングセンター)
天野珠子(愛珠幼稚園)
阿部真
美子(聖徳大学)
岡田耕一(聖徳大学短期大学部)
奥山清子
(元ノートルダム清心女子大学)
甲斐仁子(東洋英和女学院大
学大学院研究科)
相良敦子(長崎純心大学大学院)
島田美城
(エリザベト音楽大学)
鈴木弘美(HYS 教育研究所)
関聡(久
留米信愛女学院短期大学)野原由利子(名古屋芸術大学)
林信
二郎(放送大学)
早田由美子(千里金蘭大学)
濱㟢久美(長
崎純心大学)
欧文校閲 フランツ – ヨゼフ・モール(元上智大学)
幹 事 星島明光 本多ヨシヱ 廣津香織 河野佳子 田中代志子
2016 年 3 月 31 日 発行
発行所 日本モンテッソーリ協会編集委員会
URL: http://www.montessori-jp.org
日本モンテッソーリ協会事務局
〒 112-0002 東京都文京区小石川 2-17-41
富坂キリスト教センター 2 号館
Tel・Fax(03)3814-8308
郵便振替口座 00110-7-71777
代 表 会長 前之園幸一郎 『モンテッソーリ教育』編集委員会 江島正子
印 刷 (株)プリントボーイ
〒 157-0062 東京都世田谷区南烏山 6 丁目 24 番 13 号
TEL:03-3309-1861 FAX:03-5315-3414
© 日本モンテッソーリ協会
日本モンテッソーリ協会公認
東京モンテッソーリ教育研究所 付属 教員養成コース 日本における初めてのモンテッソーリ教員養成コ
ースとして昭和45年より活動してまいりました「上
智モンテッソーリ教員養成コース」を引き継ぎ、平成
18年より「特定非営利活動法人 東京モンテッソー
リ教育研究所」付属教員養成コース(コース長 前之
園幸一郎)を開設いたしました。 本コースの特徴は、モンテッソーリ教育の教育理念
を基本として、現代の教育学、心理学の潮流をも視野
に入れながら、モンテッソーリ教育の理論と実践を調
和的に学ぶ点にあります。本コースは、モンテッソー
リにならって、「子どもの魂の中に眠っている人間を
呼び覚ます」ことのできる教師の養成を目指しています。 平成29年度第12期生を11月より募集いたします。 平成29年度第 12 期生募集 募集定員: 25 名
選考日程: 平成 29 年 1 月 15 日(日)
場
所: 富坂キリスト教センター
内
容: 小論文・面接
夏期実技研修会 テーマ: 文化
日 時: 平成 28 年 8 月 27 日(土)
会 場: 富坂キリスト教センター2号館
(予定)
講 師: 当コース 文化 担当講師
※ 詳細・入講案内は下記事務局までお
問い合わせください。
※ 理論の聴講を希望する方もお問い合
わせください。
(木村悦子、冨坂洋子)
※ 受講を希望する方は下記事務局まで
お問い合わせください。
特定非営利活動法人 東京モンテッソーリ教育研究所 事務局
〒112-0002 東京都文京区小石川 2-17-41 富坂キリスト教センター2号館
TEL 0 3 - 5 8 0 5 - 6 7 8 6
URL http://montessori.or.jp/
E-mail [email protected]
FAX
03-5805-6787
AMI(国際モンテッソーリ協会)公認
3~6歳コース(国際資格)
昼間部(1 年コース) 夜間部(2 年コース)
モンテッソーリ教育は
生命を援助する教育です。
「ひとりでできるようにてつだってください。」
という子どもの心からの要求に応えます。
モンテッソーリ教師は
子どもたちが活動をしながら自信や自己規律を育み、
人格を形成していくのを援助します。
このトレーニングコースでは
マリア・モンテッソーリ博士の児童心理学、教育理論、
実践を通して、人格形成期にある大切な幼児期の
子どもの発達を心身両面から援助する方法を探求
していきます。
●願書受付
*規定の履修条件を満たし、卒業試験に合格すれば国内外で
通用するディプロマ(国際資格)の取得が可能です。
2016 年 10 月 1 日~
●選考予定
日 時 2017 年1 月上旬
内 容 面接 ・小論文
●応募資格
(下記いずれかの資格保持者、または取得見込者)
大学卒、短期大学卒、専門学校卒の資格を持つ方、在学中の方
幼稚園教諭、保育士、各種教員資格、及び、これに準ずる資格を持つ方
AMI(国際モンテッソーリ協会)が認めた方
●見学随時受付
❏研修生募集❏
講義期間: 1 分野 3-4 週間 月・金 13:00-16:00、火~木 9:30-13:00
授業内容 各分野の理論と実践(アルバム製作、実習、レポート課題はありません)
開講予定 日常生活の練習・感覚教育 5 月~ 言語教育 9 月~ 数教育 10 月~
開講予定の 2 週間前までにお申込下さい。
❏夏期短期実践研修会❏
2016 年 7 月 29 日(金)~31 日(日)相模女子大学グリーンホール相模大野にて
すぐに活かせる実践と理論の研修会です。どなたでも参加できます。
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
〒252-0301 神奈川県相模原市南区鵜野森 2-20-2 (JR/小田急 町田駅 下車徒歩 12 分)
℡ 042-746-7933 FAX 042-741-9495
http://www.geocities.jp/ami_tokyojp/
JAM(⽇日本モンテッソーリ協会)公認 京都モンテッソーリ教師養成コース 1973 年年創⽴立立以来、着実な歩みで実⼒力力ある教育者を世に送り出しています 本コースの⽬目的は、 ⼦子どもの精神発達を正しく援助できる教師を養成することにあります。 ① こどもの要求について、幅広い理理解ができるように、 ② ⼈人格の創造者としてのこどもに対して、敬意を持てるように、 ③ こどもの魂の中の、⼩小さな、デリケートな、開きかかった ⽣生命の表現を読み取り理理解できるように 、 教育内容を通して、 こどもと新しい関係をつくり、新しいタイプの教師になれるよう 担当講師ならびにスタッフ⼀一同が援助いたします。 講師: ⾚赤⽻羽惠⼦子(コース委員⻑⾧長)、⽚片⼭山忠次(兵庫教育⼤大学名誉教授、 ⼤大阪樟蔭⼥女女⼦子⼤大学名誉教授)
、前ノ園幸⼀一郎郎(⻘青⼭山学院⼤大学名誉 教授、JAM 会⻑⾧長)
、市川奈奈緒⼦子(⽩白梅学園⼤大学準教授) 板東光⼦子、岡⼭山眞理理⼦子、根岸美奈奈⼦子 他 働
き
な
が
ら
学
べ
ま
す
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専⾨門コース モンテッソーリ教師養成 養成期間 2 年年 講義:⽉月に⼀一度度の週末 ⾒見見学及び参加実習:平⽇日 取得資格―JAM 認定モンテッソーリ教師ディプロマ(免許) 会場:京都モンテッソーリ教師養成コース附属 「深草こどもの家」 *その他 基礎コース も札幌・東京・福岡にて⾏行行っています。 お問い合わせは 京都モンテッソーリ教師養成コース事務局まで 〒612-‐‑‒0817 京都市伏⾒見見区深草向ヶ原町 17 TEL:075-641-‐‑‒8280 / FAX:075-642-‐‑‒8588 Email:[email protected] URL: http://www.fukakusakodomonoie.com 日本モンテッソーリ協会公認
長崎純心大学
純心モンテッソーリ教員養成コース
長崎純心大学児童保育学科のモンテッソーリ教員養成
コースは日本モンテッソーリ協会から認可を受け平成
17(2005)年に設置されました。
本コースでは大学で学びながら卒業時に免許状を取得
することができます。卒業生はモンテッソーリ教育を
実践している幼稚園・保育園で広く活躍しています。
≪定員≫ 1 学年
20 名
≪授業科目≫
基礎理論科目・基幹理論科目・実践科目
・教育実習・教具アルバム作成・卒業論文
≪講師陣≫
下記の著名な講師および養成コース教員 9 名
前之園幸一郎 (日本モンテッソーリ協会理事長、会長・青山学院女子短期大学名誉教授)
下條善子 (本学客員教授・小百合学園理事長・広島モンテッソーリ教師養成コース長)
相良敦子 (本学大学院教授・日本モンテッソーリ協会理事・エリザベト音楽大学客員教授)
江島正子 (群馬医療福祉大学大学院教授・日本モンテッソーリ協会常任理事・四谷モンテッソーリ研究所)
教育機関である大学の学科に設置された
日本で唯一のモンテッソーリ教員養成コースです
長崎純心大学
知恵のみちを歩み人と世界に奉仕する
- 知恵と奉仕 -
〒852­8558 長崎市三ツ山町 235 番地
TEL 095­846­0084 FAX 095­849­1894
http://www.n­junshin.ac.jp/univ/
よろこびの中に生きる
モンテッソーリ教育
松本静子【著】
四六判/本体 2500 円+税
子どもの中にある「生きる力、自ら育つ力」を見守り、助ける
本書は日本人初の国際モンテッソーリ協会(AMI)教師養成トレーナーであ
る著者が、幼児期の子どもをもつ両親、教師、そして全ての大人に向け、生
命に内在するエネルギーとは何か、子どもの生命衝動に従った環境のつくり
かた、子どもへの接しかた、そして、いのちをつないでいくよろこびに満ち
た生きかたについて語りかけます。
モンテッソーリ教育 モンテッソーリ
やさしい解説
藤原元一・桂子・江理子【著】
教育用語事典
K・ルーメル【監修】
A5 判/本体 2800 円+税
A5 判/本体 4000 円+税
モンテッソーリ教育の
キ ー ワ ー ド 約 100 語
を収録。カラー写真や
イラストを盛り込み、
理解をサポート。
世界中で実践されてい
るモンテッソーリ教育
を分かりやすく解説し
た、教師と保護者のた
めの手引き書。
モンテッソーリ教育の道
モンテッソーリ教育の精神
モンテッソーリの宗教教育
マリア・モンテッソーリと現代
K・ルーメル【編】A5 判/本体 2950 円+税
江島正子【著】四六判/本体 2400 円+税
国境のない教育者
K・ルーメル【著】四六判/本体 2000 円+税
子ども・平和・教育
前之園幸一郎【著】A5 判/本体 2000 円+税
ルーメル神父 来日 68 年の回想
モンテッソーリ教育
R・モンテッソーリ【著】 K・ルーメル / 江島正子【訳】
四六判/本体 1200 円+税
東京都千代田区富士見 2-10-2
TEL 03-3263-3817
学苑社
K・ルーメル【著】
赤羽孝久【編】
四六判/本体 2500 円+税
http://www.gakuensha.co.jp/
FAX 03-3263-2410
国土社
〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町3-6
紀尾井町パークビル2F
TEL 03
(6272)
6125 FAX 03
(6272)
6126
モンテッソーリの一貫教育
児童期から思春期へ
9
松本科学工業有限会社
日本で唯一、
国際モンテッソーリ協会(AMI)公認の
教具教材の製造販売を行っています。
日本で唯一、国際モンテッソーリ協会(AMI)公認の教具教材と環境用具の研究・
開発・製作、販売を行っています。またモンテッソーリ教育の導入時の人的・
物的・環境の配慮、アドバイス、及びケアや国際モンテッソーリ教育の日本国
内での講演・講義・実践研究会、教員養成コース、他催し等のお手伝いもして
います。
〒579-8002 大阪府東大阪市池之端町8番16号
TEL 072-981-4875
FAX 072-986-0168
E-mail [email protected]
URL http://www.mk.-k..com/
プリントボーイは、印刷や印刷周辺で発生する、
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サポートする貴社の社内印刷室です。
当社独自の商品、技術、サービスをご活用いただき、
さまざまなビジネスシーンにお役立てください。
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●紀要・論集・テキストなど大学印刷物全般
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株式会社プリントボーイ
〒157-0062 東京都世田谷区南烏山6丁目24番13号 TEL:03-3309-1861 FAX:03-5315-3414
MONTESSORI EDUCATION No. 48 2015
Contents
Foreword: The Preciousness of Life …………………………………… Shozaburo Takino (1)
Lectures
Believe in the Zest for Life of Children …………………………………… Keiko Nakamura (2)
Symposium: Our Responsibility for the Future: Harmonious Relationship with
Nature, Child and Society
1st Panelist Our Practice Case at Kokubu Kindergarten ………………… Yoko Tomisaka (17)
2nd Panelist Our Practice Case at Fukakusa Casa dei Bambini ……… Minako Negishi (24)
3rd Panelist Montessori’s Answer to the Different Needs of the World .. Takako Fukatsu (30)
4th Panelist The Future and Now, Global and Local ………………… Fumiko Fukuhara (36)
Report from the Symposium Chair ……………………………………………… Keiko Tomoi (44)
Report from the Symposium Coordinator …………………………………… Atsuko Sagara (47)
Articles
Montessori Education in Japan before WW II ……………………… Koichiro Maenosono (52)
Reality and Fantasy in Infancy …………………………………………… Naoko Okamoto (64)
The Significance of Orally Transmitted Children’s Songs for the Acquisition of its Mother Tongue and Native Language …………………………………………… Mayumi Nohagi (75)
Comparative Study of the Montessori and Froebel Teaching Methods
…………………………………………………………………………………… Hisami Nakata (92)
Practice and Case Report
Montessori Method and Music Education …………………………………………Sadako Mori (104)
Luhmer Prize
The third “Luhmer Prize” Presentation ……………………………………… Masako Ejima (115)
Educational Essay
Montessori in Pokhara, Nepal …………………………… Keiko Toda, Toshiko Kawaoka (117)
Overseas
“Pater -Luhmer-Weg” …………………………………………………… Franz-Josef Mohr SJ (127)
Book Review
I Tong-Kyu “Montessori: The World Legend Picture Book Series, vol.19”… Satoshi Seki (132)
Walter Mischel “The Marshmallow Test: Mastering Self-Control” ... Shizuko Matsumoto (136)
Kelly Lambert “Lifting Depression”………………………………………… Yumiko Hayata (141)
Report of the 48th JAM National Conference………………… Mieko Negishi, et al. (146)
Report from Local Chapters ……………………………………………………………… (150)
Report from Training Courses …………………………………………………………… (164)
Report from the Office of JAM ………………………………………… Hiromi Suzuki (173)
English Resumes ……………………………………………………………………………… (184)
Afterword ………………………………………………………………………Masako Ejima (203)
JAPAN ASSOCIATION MONTESSORI
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