博士 (理 学) 栗 山音 健 学 位 論 文 題 名

博士(理学)粟崎
健
学 位 論 文 題 名
Ret
rotransp
oson-Ind
ucedTis
sue
-Sp
ec
ifi
cE
cto
pi
c
Expression of t
he Orn Ge
ne cause
s the Ey
e
IVIorphology Mutati
on in Dro
sophilaananassa
e
(レトロトランスポゾンにより誘発される組織特異的な
Om遺 伝 子 の 異 所 的 発 現 に よ り 引 き 起 こ さ れ る
ア ナ ナス シ ョウ ジ ョ ウバ ェ の複 眼 形態突 然変異)
学 位 論 文 内 容 の 要旨
アナナスショウジョウバェの複眼形態(O
m
)
突然変異は、マーカー系統(c
a
;p
x
系統)、
より高 頻度に生じ る、半優性 の、複眼形 態のみに異 常を生じる ネオモルフ突然変異で
あ る。 Om
突 然 変異 は 、 少な く とも グ ノム 中に散 在する22
の異 なった遺伝 子座に位置
付けられ、各Om
遺伝子座は、その近傍にレト口トランスポゾンt
o
m
の挿入を伴っており、
t
om
の 挿入がOm
突然 変異の原因 のーっであると考えられている。この特徴的な突然変異
誘発系 は、レ卜口 トランスポ ゾンによる 突然変異誘 発現象や、 複眼形態形成機構の研
究にお いて興味あ る研究対象 である。実 際に、Om
突然 変異誘発系について知るために
は、で きるだけ多 くのO
m遺伝子 座に関して 、各O
m遺伝子座 のクローニング及び各O
m
遺
伝子の同定、さらに各突然変異体における変異機構の解明を行レヽ、これらの結果を比
較するこ とが必要で あると考え られる。本研究では、多数あるOm
突然変異の中から、
X
染色体上に位置付けられるO
m
(1
A
)突然変異を選び、O
m
(1
A
)遺伝子座のクローニング
およびO
m
(1
A
)遺伝子の同定、さらにO
m
(1
A
)突然変異体がどのように複眼形態形成の異
常を引き 起こすかを 調ベ変異機 構の解明を行った。また、同時にレトロ卜ランスポゾ
ンt
om
がどのようにしてO
m突然変異をひきおこすのかについての解析を行った。これら
の解析結果は以下の三っの章に分けて記した。
第一章では、O
m
(1
A
)突然変異の遺伝学的解析とO
m
(1
A
)遺伝子座のクローニングにつ
いて報告した。まずはじめに、O
m
(1
A
)突然変異は、細胞遺伝学的にX
染色体左腕の端、
cu
t
突 然変異とほ ぱ同じ場所 に位置付けられているので、既にクローニングされている
キイロ ショウジョ ウバェのcu
t領域の一部をプ口ーブに、アナナスショウジョウバェの
ca
;px
系統 より作製し たゲノムラ イプラリーをスクリーニングしc
u
t
遺伝子座の一部と
思われ る約10
0
kb
の 領域をクロ ーニングした。次に、クローニングした領域において、
Om
(1
A
)突然変異のa
l
l
el
e
系統のゲノム構造を調ベ、3
つのa
l
l
e
le
系統においてcu
t
転写
領域の 付近にto
mと思われる 挿入配列が あることを 明かにした 。また、この3
っの系統
より偶 然生じた復 帰突然変異 体および極 端型突然変 異体のグノ ム構造を調べた結果、
これら の派生系統 においては 、挿入したt
om
の欠失や新たな挿入が、それぞれ複眼形態
異 常の 復 帰およ び極端型派 生と関係あ ることが示 された。さ らに、Y線の照射に より
Om
(1
A
)突然変異の復帰突然変異体を誘発し、これを解析した結果、得られた復帰突然
変異体 が、cu
t
突 然変異と相 補しないこ と、および c
ut
の転 写領域に切断点を持ってい
ることが示された。以上の結果よりOm
(1A
)突然変異は、c
u
t遺伝子座にto
m
が挿入する
ことにより引き起こされること、O
m
(1
A)突然変異は、c
u
t
相補グループに属する突然変
異であることが分かった。
第二章では、O
m
(1
A)突然変異を発生学的に調べると共に、O
m
(1
A
)
突然変異とc
u
t
遺伝
子の関 係について 調ぺた。ま ずはじめに 、O
m突然変異 体における複眼形成過程を免疫
化 学的 手 法を用 いて解析し 、O
m突然変異 体では、3齢幼虫の 複眼原基に おいて異常 な
細胞死 が起こるこ と、個眼を 形成する細 胞の分化の 核となる光 受容細胞の分化が部分
的 に抑 制 されて いることを 明かにした 。また、cu
t夕ンパク に対する抗 体を用いて O
m
(1A
)突然変異体 におけるcu
tの発現 様式を調ベ 、3
齢幼 虫期の複眼原基においてc
ut
夕
ンパク が異所的に 発現してい ることを明かにした。そこで、c
u
t
の異所的発現の複眼形
成に及 ぼす影響を 調ぺるため に、ヒ一卜 ショックタ ンバク遺伝 子のプロモーター領域
の下流にc
u
tのcD
N
A
をっなぃだ複合遺伝子を導入したキイロショウジョウバェを用いて、
3齢幼虫期にヒートショックを与えることにより人工的にc
u
t夕ンパクを異常発現させ、
複眼原 基を観察し た。その結 果、異常な 細胞死と光 受容細胞の 分化の抑制が観察され
た。同 様にcu
t
の 異常発現を 誘導した幼虫を成虫まで飼育し、その複眼形態を観察した
ところ 、個眼の部 分的欠失に より生じた と思われる 、個眼配列 の乱れが見られた。以
上の結 果より、Om
(1
A)突然変異 体で見られる複眼形態の異常は、3齢幼虫期の複眼原
基にお けるcu
t
遺 伝子の異所 的発現による、異常な細胞死や、光受容細胞の分化の抑制
により生じると結諭した。キイロショウジョウバェにおいて、c
ut
遺伝子は発生過程に
おいて 様々な組織で発現し、特に外部感覚器の発生においては、発生運命選択に関わ
る遺伝 子のーっであることとが知られている。よって、O
m突然変異体では、このよう
な細胞 の分化決定に重要な役割を持つ遺伝子の異常な発現が、個眼を形成する細胞の
分化決 定時期に影響を及ぼし、異常な細胞死や、光受容細胞の分化の抑制を引き起こ
しているのではなぃかと考えられる。
第三章では、Om
遺伝子座近傍に挿入したレト口卜ランスポゾンt
o
m
が、どのようにし
て、3齢 幼虫の 複眼 原基 でOm遺伝子 の異所的発現を導くのか、その機構について調べ
た。現 在までに知られているレ卜ロ卜ランスポゾンおよびこれと構造的に似たレト口
ウイルスにおいて、ロングターミナルリピー卜(L
T
R)部位に、組織特異的な転写に関与
するエ ンハンサー配列が含まれているいることが知られている。よって、O
m突然変異
体で観 られる、O
m遺伝子の異所的発現は、to
mL
TR
に存在する組織特異的工ンハンサ―
配列に より もた らさ れると 推測 され る。そ こで 、tom
LTRの下流 にり ポ―夕ーとなる
l
acZ
遺 伝子をっないだ複合遺伝子を導入したキイロショウジョウバェを作り、リポー
ター 遺 伝 子 の 発 現 を観 察した 。そ の結 果、 確立し た16系統 全ての 3齢幼 虫の複 眼原
器にお いてりポーター遺伝子の発現が観察された。またりポーター遺伝子の発現様式
は、系 統により様々であり、この系統間の違いは、複合遺伝子が挿入した染色体上の
位置の 違い によ り生 じると 考え られ た。以上の結果より、to
mのL
TR
は、3齢幼虫の複
眼原基 にお いて 特異 的に働 くエ ンハ ンサー 配列 を含 み、 そのエ ンハ ンサーの活性は
tomの 挿 入 し た 染 色 体 上 の 位 置 に 影 響 さ れ 活 性 様 式 が 変 化 す る と 結 諭 し た 。
以上 三っ の章 の結 果より 以下 の2っの こと を推 論した 。1)ア ナナ スショウジョウ
バェの Om
突 然変 異体 では、 Om
遺 伝子 座近傍に挿入したt
o
mのL
TR
に含まれる3齢幼虫複
眼原基 特異 的な エン ハンサ ー配 列の 働きによりO
m遺伝子の3齢幼虫複眼原基での異所
的な発 現が 誘導 され る。2) O
m遺伝 子は 、3齢幼 虫期 にお いて異 所的 に発現すること
により 複眼形成機構に影響を与える遺伝子群であり、各O
m遺伝子は、本来、細胞分化
の決定に関与していると思われる。
学 位 論文 審 査 の 要旨
主査
副査
副査
教 授
堀
浩
教授 高木信夫
助教 授 木 村正 人
学 位 論 文 題 名
Retrotransposon-Induced Tissue-Specific Ectopic
Expression of the Om Gene causes the Eye
IVIorphology Mutation in Drosophila ananassae
( レト 口 ト ラン ス ボゾ ン によ り誘発さ れる組織 特異的な
Om遺 伝 子 の 異 所 的 発 現 に よ り 引 き 起 こ さ れ る
ア ナ ナス シ ョ ウジ ョ ウバ ェ の複 眼 形態 突然変異 )
ア ナ ナ ス シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ の 複 眼 形 態 突 然 変 異 ( Om) は 、 複 眼 形 態 異 常 の み を 引
き 起 こ す 半 優 性 、 ネ オ モ ル フ 突 然 変 異 で 、 ゲ ノ ム 中 22の 異 な っ た 遺 伝 子 座 に 存 在 し 、
レ ト ロ ト ラ ン ス ポ ゾ ン tomの 挿 入 に よ っ て 生 ず る と 考 え ら れ て い る 。 こ の 特 徴 的 な
突 然変異は 、動く遺 伝子によ る突然変 異誘発機 構や複眼形 態形成機 構の分子 遺伝学的
研 究 に 格 好 の 材 料 で あ る 。 申 請 者 は 、 数 多 い Om突 然 変 異 系 統 の 中 よ り 、 X染 色 体 上
に 位 置 付 け ら れ る Om( 1A) を 選 ぴ 、 遺 伝 子 の 同 定 と 機 能 解 析 お よ ぴ tomに よ る 変
異 機構 の 解 明を 目 的と し て 実験 を 行 った 。
ま ず 第 ー に 、 Om( 1A) が 遺 伝 的 に cutと ほ ば 同 じ 位 置 に 存 在 す る こ と を 利 用
し 、 既 に ク ロ ― ニ ン グ さ れ て い る キ イ ロ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ ェ の cut領 域 の 一 部 を プ ロ
― ブ と し て ゲ ノ ム ラ イ ブ ラ リ ー を ス ク リ ― ニ ン グ し 、 約 100kbの 領 域 を ク ロ ― ニ
ン グした。 次に、対 立遺伝子 系統数種 における この領域の 構造を調 べたとこ ろ、三っ
の 系 統 に お い て cut転 写 領 域 と 思 わ れ る 付 近 に tomの 挿 入 が 認 め ら れ た 。 ま た 、
偶 発 復 帰 お よ ぴ ガ ン マ 線 誘 発 復 帰 突 然 変 異 を 調 査 し た と こ ろ 、 こ れ ら が cutと 相 補
し 橙 い こ と 、 cut転 写 領 域 と 思 わ れ る 部 位 に 切 断 点 を 有 す る こ と が 分 か り 、 Omは
cut相 補 グ ル ― プ に 属 す る と 結 論 さ れ た 。
次に、変異体における複眼形成過程の調査を行った。その結果、三令幼虫の複眼原
基において異常な細胞死が起こること、光受容細胞の分化が部分的に抑制されている
こと、cu
t
蛋白が本来発現しないところに異所的に発現していることが分かった。
さら に 、熱 シ ョッ ク 蛋白 遺 伝子 プ ロモ ー タ― の 下 流にcu
t c
DN
A
を 繋いだキメ
ラ遺伝子をキイロショウジョウバェに導入し、熱処理によりc
u
t
の異所的発現を人
工的に誘導したところ、三令期幼虫では異常な細胞死と光受容細胞の分化抑制が観察
され、成虫においては個眼の部分欠失による個眼配列の乱れなどが観察された。キイ
ロショウジョウバェでは、c
u
tは発生過程において様々な組織で発現し、特に外部
感覚器にお いては発生 運命の選択 に関わっていると考えられている。従って、O
m
(1A
)では、幼虫複眼原基におけるその異所的発現が細胞の分化決定の異常を引き
起こすものと推定した。
次 に、 to
mの 作 用機序 を解明する ために、
to
m LT
Rの下流に りポ―タ― とし
てl
ac
Z遺伝子を繋 いだ遺伝子 をキイロショウジョウバェに導入し、l
a
c
Zの発現を
観察した。 その結果、 1
6の形質転換 系統全ての三令幼虫複眼原基においてl
a
cZ
の
発現が認められ、t
o
mL
T
Rが複眼原基に特異的に働くエンハンサ一機能を有するこ
とが証明された。
本研究は、O
m
(1
A
)突然変異の生成機構を分子遺伝学的に解明したものであり、
その成果は形態形成の分子機構の研究に多大の貢献をなすものであり、高く評価され
る。審査員一同は、参考論文をも含め申請者の研究業績を慎重に審議した結果、申請
者 が 博 士 ( 理 学 ) の 学 位 を う く る に 十 分 な 資 質 を 有 す る も の と 判 定 し た。