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「きぼう」における教育活動 - JASMA 日本マイクログラビティ応用学会

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日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 29 No. 3 2012 (147–153)
IIIIII 特集:利用が拡がる「きぼう」IIIIII
(解説)
「きぼう」における教育活動
(宇宙環境を利用した教育実験,“Try Zero-G”,教育交信イベントなど)
松尾
尚子
Educational Activity in KIBO
(Educational Experiments “ Try Zero-G ” using the space environment,
Educational Event, etc)
Naoko MATSUO
Abstract
JAXA has conducted the educational activity in KIBO since JAXA astronauts started the long-term stay onboard. JAXA
designed educational experiments using the unique environment which is very different from the ground and educational
interactive event as educational activities. These activities help to enlighten the general public about microgravity
utilization and human space flight via crewmember performances of on-orbit demonstrations exhibiting that microgravity
is useful not only for scientists and engineers, but also for teachers. Through the continued educational activities, we will
inspire the next generation of scientists, engineers, writers, artists, politicians and explorers.
1. 概要
2008 年 8 月に「きぼう」日本実験棟での実験の運用を
開始して以来,日本人宇宙飛行士が 1 年に 1 回(約半年
間)程度,国際宇宙ステーション(以下 ISS)に長期滞
在するようになった.ISS は,地球から高度 400km を約
90 分で一周している.その宇宙環境は,微小重力,雲に
さえぎられることの無い広い視野,宇宙放射線,豊富な
太陽エネルギー,船外は真空など特殊な環境である.こ
の環境を活かし,日本人宇宙飛行士の ISS 長期滞在では,
宇宙環境利用や有人宇宙開発への一般の理解普及を目的
として,教育分野や広報活動を計画,実施した.
一般公募した教育実験や,生徒と ISS 滞在中の宇宙飛
行士による教育交信イベントなどについて,目的や結果,
成果をまとめる.
2. はじめに
2.1 背景
JAXA は,2003 年,ISS 計画をより意義のあるものと
するため利用分野を重点化する検討を行い,教育や文化
人文社会科学的な活動を「一般利用」分野として,その
方向性を議論した.この「一般利用」分野での活動は,
宇宙に対する理解と関心を高めるとともに,新たな価値
観を醸成し,次世代を担う若者に夢と希望をもたらすこ
とが期待されるとしている.
2.2
JAXA による「きぼう」での教育活動
宇宙環境を利用した教育実験は,日本人宇宙飛行士の
スペースシャトルでの短期飛行時よりいくつか行われて
きた.毛利宇宙飛行士による教育実験は,現在でも映像
が広く使われるなど需要があったが,撮影から 17 年た
っており映像が古くなっていた.JAXA にとっての初め
ての日本人長期滞在では,一般やメディア等からこれら
の映像を新らしくすること,参加型の簡易な実験を実施
することなどの要望があがった.
このような状況をふまえ,若田宇宙飛行士の ISS 長期
滞在では,一般が参加でき,「きぼう」の認知度をあげる
ことを一番の目的として,広報的要素の強い教育活動を
行った.
その後,野口宇宙飛行士の ISS 長期滞在では,「きぼ
う」の認知度が上がったことから,小学生・中学生を対
象としたより着実な教材化も実現を目指して,宇宙教育
センターと連携するなど広報目的から教育要素を強化す
宇宙航空研究開発機構 有人宇宙環境利用ミッション本部 事業推進部 〒305-8505 茨城県つくば市千現 2-1-1
Japan Aerospace Exploration Agency, 2-1-1 Sengen, Tsukuba-shi, Ibaraki-ken 305-8505, Japan
(E-mail: [email protected])
− 147 −
「きぼう」における教育活動
(宇宙環境を利用した教育実験,教育交信イベントなど)
るよう方針を転換した.
さらに,古川宇宙飛行士の ISS 長期滞在では,「きぼ
う」の利用をアジアにも広めることを目的として,アジ
ア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)に参画するアジ
ア各国へも機会提供し,教育活動の国際協力まで幅を広
げた.
その結果,これまで「きぼう」で行った教育活動は下
記のとおりである.
・教育実験(おもしろ宇宙実験,宇宙ふしぎ実験):微小
重力を活かした物理現象を調べる実験
・宇宙医学にチャレンジ!:宇宙医学に関する,身体
の変化を調べる実験
・教育交信イベント:ISS の宇宙飛行士へ生徒が直接
質問するなどできる交信イベント
また,小・中学生等を対象とした直接的な教育活動で
はなく,社会全体での宇宙・科学への関心をあげる普及
啓蒙活動として,対象を幼少とする活動や,社会人など
一般全体を対象とした以下の活動も行った.
・宇宙ペーパークラフト:日本の季節特有の伝統行事
をペーパークラフトで工作
・レポート執筆: ISS での生活や宇宙での実験に関す
るレポートを執筆し新聞社,出版社等へ提供
2.3
2.3.1
ISS を使った各国の教育利用
アメリカ合衆国(NASA)
3. 「きぼう」における教育実験
3.1 目的
無重力などの宇宙環境への関心,「きぼう」への関心を
醸成することや宇宙開発への参加意識や期待感を高める
ことを目的に教育的な実験を行った.
3.2
実験の公募
第 1 回目(若田宇宙飛行士の ISS 長期滞在)の公募で
は,「おもしろ宇宙実験」とし,広報目的も含め一般を対
象に広く実験を公募した.その後,野口宇宙飛行士の
ISS 滞在では,第 1 回公募アイデアのうち,一次選考に
残った未実施の 140 テーマより改めて実験を再選定し,
さらに,JAXA 宇宙教育センターと連携し,実験結果が
教材となるよう内容を再検討した.
第 2 回目(古川宇宙飛行士の ISS 長期滞在)の公募で
は,「宇宙ふしぎ実験」として,一般公募するとともに,
教育教材になることを目的とした JAXA 教材開発委員会
の企画による教材枠を設定した.また,さらに,アジア
への宇宙環境利用を広めるために APRSAF 参加国へも公
募し,アジア枠を設定した.
古川宇宙飛行士は医師であることから,宇宙医学分野
の関心喚起を目指し,「宇宙医学にチャレンジ!」として,
医学関係者(医学部生,医師,看護士,リハビリ従事者
等)からの宇宙医学をテーマとした実験の募集も行った.
NASA は , 教 育 を 担う部署が Educational Payload
Operation デモンストレーションとして,第7次 ISS 長
期滞在より継続的に ISS での教育実験を実施している.
対象を教員と K-12 の生徒とし,数学者,物理学者,科
学者,エンジニアなどを育成することを目的に,時には
機材を ISS に搭載しての実験を行い,教材ビデオやマル
チメディア素材を製作することを目指している.
また,ビデオ等の成果は米国内の学校だけでなく,科
学館や大学にも配布されている.
Table 1 Summary of Try Zero-G
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No. 3 2012
Application
s /Selected
2008.10.2311.20
1597/23
-
1597/25
Try
Zero G
2008.10.1411.30
887/10
Space
Edu C
-
- /10
Asia
-
10/4
Medica
l
2008.10.1411.30
110/10
Astronaut
Exp18-20
Wakata
Exp22-23
Noguchi
2.3.2 ヨーロッパ(ESA,欧州宇宙機関)
ESA の ISS Education Team により,ESA のコロン
バスモジュール設置以降の ESA 宇宙飛行士の ISS 長期
滞在において,いくつかの教育活動が行われている.
プライマリー,センカンダリースクール(日本の小学
校,中学校に相当)を主な対象として,教育コンテンツ
を製作している.また,その教師たちも対象としている.
・Space-in-Bytes:高等学校の生徒と教師を対象とし
たオンライン授業.宇宙研究の重要性や,微小重力
での化学現象等説明するビデオを製作し,WEB な
どで配信している.
・オンライン授業:小中学生を対象に,様々な教材を
WEB 上に準備している.教材には,ISS での映像等
も含まれ,コロンバスモジュールや ATV から,宇宙
放射線など工学から,物理学,生命科学などを含む.
Announcemen
t of
Opportunity
ISS Expedition/
Exp2930
Furukawa
3.3
実験の選定
一般公募した宇宙実験は,JAXA による実験の実現性
や安全性の評価,および ISS・きぼう理解増進委員会
(高柳雄一委員長)による教育的な観点での評価をもと
に選定した.主な評価項目は下記のとおりである.
・微小重力に代表される宇宙という特殊な環境を考慮
したユニークなアイデアか.
− 148 −
松尾
・新規性にとんだユニークなアイデアであるか.
・地上との違いを比較できるなど,教育効果の高いア
イデアであるか.
また,「宇宙医学にチャレンジ!」の選定にあたっては,
宇宙医学の専門家を評価者に加え,宇宙という特殊な環
境による身体の変化等を的確に一般の人にわかりやすく
伝えられるアイデアか評価を行った.
3.4
若田宇宙飛行士による「おもしろ宇宙実験」
若田宇宙飛行士による ISS 長期滞在(2009 年 3 月 16 日~
7 月 31 日)では,23 件の実験を 4 回にわけて実施した.
■第 1 回目の実施(2009 年 4 月 27 日)
様々な運動を無重力下で再現した.運動は重力と関係
性がないようにみえても,身体を固定しないとできな
い運動があるなど,無重力で身体を動かすことの難し
さを示した.
(実施テーマ)ラジオ体操,バック転,リフティング,
腕立て伏せ,側転,クロール,スピン(回転)
■第 2 回目の実施(2009 年 5 月 15 日)
衣類をたたむでは,地上では当たり前のように出来る
作業を再現し,重力があるからできることを示した.
(実施テーマ)衣類をたたむ,魔法のじゅうたん,水鉄
砲,目薬をさす
■第 3 回目の実施(2009 年 6 月 6 日)
カナダ宇宙庁(CSA)のボブサースク宇宙飛行士も参
加し,2 名で実施した.押し相撲では,作用反作用で
押した後に反対側に飛ばされる様子が撮れた.
(実施テーマ)空間移動,腕相撲,握手,押し相撲,綱
引き
■第 4 回目の実施(2009 年 6 月 25 日)
若田宇宙飛行士の帰還フライト(STS-127)の遅れに
伴い長期滞在期間が延びたことから 4 回目の実験を設
定し実施した.
(実施テーマ)作用反作用・運動量保存の法則,無重力
で紙飛行機を飛ばしてみると,ふり子の実験,重心を
探す実験,無重力で方位磁石はどこを指す?,無重力
で水と油を混ぜると?,ロープでハートの形を作る,
JAXA 提供
Fig. 1
Try Zero-G by Koichi Wakata
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No. 3 2012
尚子
結ぶ,縄跳び.
3.5
野口宇宙飛行士による「おもしろ宇宙実験」
野口宇宙飛行士による ISS 長期滞在(2009 年 12 月 20
日~2010 年 6 月 2 日)では,25 件の実験を 2 回にわけ
て実施した.特に,若田飛行士による実験結果をふまえ,
着実な教材化を目指し,映像背景への配慮,教育教材に
従った言葉を使用するなど実験を行う手順等を改良した.
■第 1 回目の実施(2010 年 3 月 6 日)
・いろいろな物の重心を調べる実験
物体の重心に印を入れて,空中に浮かして回すと重
心を中心に回転することを示した.
・運動量保存の法則
同じ質量の 2 つの物体を互いに衝突させて運動量の
保存を記録した.2 つの物体を同じ速度で衝突させ
たり,1つを空中で停止しもう 1 つをぶつけたり,
2 つのテープの速度を変えてぶつけたりするなどし
た.
・作用反作用
水バッグに長い紐をつけて野口飛行士がバッグを引
き寄せると,バッグが野口飛行士に引き寄せられる
だけでなく,野口飛行士もバッグに引き寄せられ動
く様子を撮影した.
・さまざまな姿勢など
無重力環境で一番楽だといわれている姿勢や正座,
両足立ち,片足立ちに挑戦した.
・回転(角運動量保存の法則)
手を閉じたまま回転して手を広げると回転の速度が
落ちるとともに,両手両足や片手片足を広げること
により速度が変わる様子を記録した.
■第 2 回目の実施(2010 年 5 月 2 日)
・物の回転や並進運動,空気抵抗を見る実験
DVD を縦や横にして回転させて押し出したり,回転
させずに押し出すなどし,空気抵抗を受け,押し出
した進行方向への動きが悪くなる様子を記録した.
・ロケットの原理,推進力の方向と回転運動に関する
実験
ゴム手袋を風船代りにしてストローをつけて空気を
入れて膨らませた.ゴム手袋からストローを通して
出る空気の流れでゴム手袋は,空気が出ていく方向
とは反対に飛んだ.次にストローの角度を 90 度曲
げ,重心と推進方向がずれることで,重心を中心と
して回転する様子を観察した.
・ベルヌーイの定理
厚紙 2 枚の間に息を吹きかけて,紙がどうなるか実
験した.ベルヌーイの定理である,「流体が狭い部分
を流れる際は,速度が速くなり圧力は上がるのでは
なく減少する」ことを示した.さらに,実験材料を
重くし,物体間距離を約 10cm や 20cm とし同じ実
験を行っても,物体同士が近づくことがわかった.
− 149 −
「きぼう」における教育活動
(宇宙環境を利用した教育実験,教育交信イベントなど)
・液体と気体の混合
透明バッグに水 100cc,空気 50cc を入れて混ぜた場
合,無重力状態では均一に混ざった.これに,比重
の異なる油(宇宙食のオリーブ油)も加えて混ぜ,
実験終了からしばらく放置しても混ざった状態が継
続する様子を撮影した.
・正座と側転
身体を固定せずに宙に浮いた状態で正座を試み,重
力がかからないため,下半身の筋肉だけで脚を折り
たたむことが難しいことがわかった.また,無重力
での前転やスピンは簡単にできるが,側転はお腹が
動きの中心となるので難しいことがわかった.
3.6
3.6.1
古川宇宙飛行士による教育実験
宇宙ふしぎ実験
若田,野口宇宙飛行士による「おもしろ宇宙実験」の
結果をふまえ,ISS で実験に適した機材,素材を準備す
ることが困難であったことから,新たに教育用の実験素
材を ISS に搭載した.
搭載した機材:ヨーヨー,風船(丸型・細長型),メジ
ャー(約 2 m),背景シート(約 50cm×50cm,10cm
方眼の目盛り付),折り紙,ゴム(約 2 m),バネばかり,
スリンキー(金属製のコイル状のおもちゃ),おもり(ア
ルミ,鉄,木,プラスチックで同じ体積で質量が異なる
もの),星座版,絵の具用の筆,ストロー,シャボン玉の
溶剤およびストロー,方位磁針.
これらの搭載品を利用する実験を公募した一般枠,そ
のほかに教材枠,アジア枠で選定し,古川宇宙飛行士に
よる ISS 長期滞在(2011 年 6 月 8 日~2011 年 11 月 22
日)では,16 件の実験を 2 回にわけて実施した.
■第 1 回目の実施(2011 年 9 月 22 日)
・バネの挙動(一般枠,教材枠)
強さの異なるばねを 2 種類使い,バネを引っ張る実
験を行った.地上と異なり,バネにおもりを付けて
も伸びず,また,いろんな方向にバネを振ると,振
っている方向に回り出す様子を観察した.
・風船の挙動(一般枠,教材枠)
野口宇宙飛行士による「ロケットの原理」と同様の
実験を行うとともに,風船を割る実験を行った.
ISS 船内では,細かな物を浮遊することで人体に取
り込まれ影響を与えることを避ける必要があること
から,大きなジップロックの中で割った.風船が割
れるのは圧力差によるため,地上と同じ 1 気圧の
ISS 内では地上と同じように割れることを示した.
・ヨーヨー(一般枠,教材枠,アジア枠)
地上では,手を離すだけで重力によってヨーヨーは
落ちながら位置エネルギーを失い運動エネルギーに
変換されるが,無重量環境では,ヨーヨーは手から
離れることはないため,ヨーヨーには投げることで
運動エネルギーを与えた.角運動量は宇宙でも保存
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No. 3 2012
JAXA 提供
JAXA 提供
Fig. 2
Try Zero-G by Satoshi Furukawa
されることから,無重力環境では,どの方向に投げ
ても同じ速度で手元に戻った.
・シャボン玉(一般枠,教材枠,アジア枠)
無重量環境でシャボン玉をふくらませれば水の膜が
均等に薄くふくらむことから,長時間割れないと予
想し実験を行った.実際にシャボン玉をふくらませ
てみると,水が下に移動する様子が見えず,均等に
膨らんだ.
・運動量保存の法則(教材枠,アジア枠)
野口宇宙飛行士による「運動量保存」の実験結果を
ふまえ,新たに ISS に搭載した同じ大きさで重量の
異なる物体(鉄と木)による実験を行い,運動量が
保存される様子を実験した.材料については改良し
たが,宇宙飛行士の手によるため,物体に与える力
に差が生じることや物体の重心に正確に力を加える
ことなどが,今後の課題といえる.
・方位磁石(教材枠,アジア枠)
方位磁石が ISS の高度でも北と南を指し示すか実験
を行った.ISS の進行方向と軌道をふまえ,磁針の
指す方角が地上と同じであることを確認し,ISS が
飛行している地上 400km でも地磁気圏の中である
ことがわかった.
このほか,ゴムにおもりをつけて飛ばす(一般枠)を
行った.
■第 2 回目の実施(2011 年 10 月 29 日)
・濡らしたタオルを絞る(教材枠)
日本人になじみのある雑巾絞りをもとに,タオルに
水を含ませて絞ったときのしみ出た水の振る舞いを
観察した.地上では水滴が地面側に落ちるが,無重
力では色々な方向に小さな水玉になって飛ぶか,手
に広がることがわかった.
・宇宙でパチパチ,静電気(一般枠)
風船と髪の毛や紙を使用し,微小重力環境下でも静
電気は起きるのか実験し,地上同様に静電気が発生
することを確認した.なお,ISS 船内は静電気によ
り機材が故障しないよう対策を行っていることから,
この実験終了後,静電気によって機器が壊れないよ
う,古川飛行士は身体に蓄えられた電気を逃がすた
− 150 −
松尾
めに接触しても良い個所に触れる対処をした.
・スリンキーによる波の観察(一般枠)
スリンキーで波を作るとともに,地上で見られるスリン
キーが階段を下りていく動きは再現できなかった.
その他,折り紙(一般枠)を使い手裏剣を製作するな
どした.これらのほかに,「氷結」「渦巻き」が一般枠
にて選定されたが,機材等の準備が整わず,星出宇宙飛
行士の ISS 長期滞在での教育実験へと延期することとした.
3.6.2
宇宙医学にチャレンジ!
微小重力環境では,身長が伸びる,筋力が衰える,顔
が丸くなるなど様々な変化が身体に現れる.このような
身体の変化について,医学の専門性を持つ学生等から実
験を募集し,宇宙医学分野における関心喚起を目指した.
古川宇宙飛行士の ISS 滞在中に 2 回にわけてこれらの実
験を実施した.
・ニュートラルポジション
微小重力空間では,地上と異なるような姿勢が楽だ
と言われていることから,全身の力を抜いた時の,
宇宙での自然な姿勢を記録した.
・指-指ドッキング
両手を側面に開いた状態から動かし,顔の前で指先
と指先を合わせる.地上では指同士を合わせられる
が,微小重力では,利き腕の筋肉の重さを感知でき
ずにずれると想定した.
・血圧測定
上肢(上腕)と下肢(足首)の血圧を測定し,地上
と微小重力での血圧値の差を比べた.
・体液シフトとサイズ変化
ムーンフェイスなどの現象の変化を調べるために,
頭部全周および下肢全周を記録した.その結果,ウ
エストなどが打ち上げ前より短くなったことがわかった.
・身長変化と腰痛
微小重力環境では,脊椎が伸びて身長が数 cm 伸び
るとされることから身長を測定した.実際には 2cm
伸び,身長が伸びることで起きるといわれる,腰痛
は起こらなかった.
・足底の皮膚
ISS では,微小重力環境であることから,足による
歩行をしない.そのため,足裏に負担がかからない
ことから足裏が柔らかくなるとされる.足底を下方
および側方から撮影したところ,足裏から古くなっ
た角質がはがれるていることがわかった.
・上下感覚
微小重力に慣れた以降,天井や床を認識する時間に
変化が起きるのか計測する.
・眼振
体を回転すると目が回る現象が起きる.微小重力空
間では,耳石が機能しないため視覚情報が重要な機
能となるという仮説に基づき,眼振(体を回転すると
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No. 3 2012
尚子
起きる眼球の運動)が起きづらいかどうかを実験した.
体の回転後に,眼球の運動を映像で記録したが,古
川飛行士本人は目の回る感覚を持ちながらも,映像
では眼振は認められなかった.
その他,「宇宙酔いの変化」「ライトフラッシュの変
化」についても行ったが,ライトフラッシュについては,
確実な体験がなかったため結果は残っていない.
3.7
実験結果
これまで 3 人の日本人宇宙飛行士の長期滞在をふまえ,
数十件の教育的なテーマで実験を行い,ほぼすべての実
験について,「きぼう」での実験映像をすることが出来た.
編集し公開した実験映像は,150 分 16 秒に及んだ.
3.8
成果
3.8.1 広報効果
実験は,実施後すぐに JAXA で映像の編集を行い,
JAXA の宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター
の WEB サイト(http://iss.jaxa.jp/)や JAXA チャンネ
ル(http://www.youtube.com/user/jaxachannel )に掲載
した.その結果,アクセス数は,191,665 件(JAXA チ
ャンネル)にのぼる.
また,若田宇宙飛行士の実験実施時には,つくば宇宙
センターのユーザー運用エリアでのプレス公開を行い,
計 32 社が参加し,多くの報道につながった.当初の目
的である「きぼう」の認知度の向上を果たしたといえる.
3.8.2 教育効果
JAXA 宇宙教育センターにより,授業での副教材とし
ての活用を目的として,6 件の教材ビデオが製作された.
宇宙教育センターより DVD が教育現場へ配布されると
ともに,JAXA チャンネルの教材として掲載された(掲
載済みビデオは 4 種で,総ビデオ時間は 41 分 33 秒,総
閲覧回数は 7641 回).これにより,教材をつくる目的は
達成した.
小学生向け教材
・宇宙飛行士と考える「うちゅう と みず」
(野口飛行士)
,
低学年生活科対象 ,ISS の実験の映像を交えて「み
ず」の特徴や大切さなどを考える内容 ,16 枚配布
・宇宙飛行士と考える「宇宙環境の不思議」(古川飛行士) ,
宇宙での生活に関する内容,未配布
中学生向け教材
・宇宙飛行士と考える「作用・反作用」(若田飛行士),
97 枚配布
・宇宙飛行士と考える「慣性とエネルギー」(野口飛行士他)
,
18 枚配布
・宇宙飛行士と考える「ベルヌーイの定理」
(野口飛行士)
,
16 枚配布.
・宇宙飛行士と考える「物体の重さと質量」
(古川飛行士)
,
中学校 ,未配布.
− 151 −
「きぼう」における教育活動
(宇宙環境を利用した教育実験,教育交信イベントなど)
3.8.3 その他の効果(外部機関によるプロダクト化)
出版社より映像を活用した書籍や DVD について企画
提案があり,JAXA 協力として発行された.JAXA の
WEB サイトや教材以外に,結果を一般へ見てもらう展
開ルートが増えたことはひとつの成果といえる.
・ナショナルジオグラフィックにより「宇宙飛行士の
若田さんと学ぶおもしろ宇宙実験」 として,2010
年 8 月に発売された.
・PHP 研究所により,野口,古川宇宙飛行士による教
育実験をまとめ「宇宙おもしろ実験図鑑」として,
2012 年 4 月に発売された.
4. 教育交信イベント
長野県立こども病院,秋田大学,日本宇宙少年団
(YAC,他 1 箇所同時中継),佐賀新聞社,群馬県高山村.
ここでは,特に,教育効果が認められたイベントにつ
いて紹介する.野口宇宙飛行士時にイベントを行った東
京都清瀬市では,多摩六都科学館と連携し,宇宙につい
て事前学習機会を設定し,知識を深めた.この他にも,
秋田大学,群馬県高山村,相模原市なども同様の企画に
より単発イベントではなく通年での宇宙に関する講座を
組む活動による科学への継続的な関心喚起が認められた.
また,古川宇宙飛行士時の佐賀新聞社によるイベント
では,宇宙から帰還した「かぼちゃ」の種を県内全小学
校 4 年生に配布し,「かぼちゃ」を育成し観察してから,
交信イベントを行うなど植物と宇宙を関連させた複合的
な内容となった.
4.1 目的
4.4
科学技術への関心喚起などを目的とし,学校,科学館
等での生徒,または教師と ISS 滞在中の宇宙飛行士との
教育交信イベントを行った.
4.2
イベントはプレスにも公開されることから,地方紙や
地方のテレビ局で紹介されるなど広報効果が見られた.
5. その他の活動
公募・選定
日本人宇宙飛行士の ISS 滞在に合わせて,毎回,公募
を行い,ISS/きぼう理解増進委員会において,主に下記
の評価基準で選定を行った.
・教育効果を高めるため,宇宙との交信前後において
宇宙をテーマとした学習がくまれているか.
・「きぼう」を教室として,地上との違いを実演する
など,宇宙環境を効果的に利用した教育的内容であ
るか.
・イベント企画内容,実施方法について,多数への波
及効果が期待できるか.
・宇宙でしかできない,宇宙だからできる内容が盛り
込まれているか.
・宇宙とのリアルタイム交信や収録映像により宇宙の
臨場感を,放送,ウェブサイト,携帯端末などを複
合的に活用して効果的に伝えているか.
・幅広い世代へ語りかけ,宇宙と地球,そして世代を
繋げる内容となっているか.
4.3
成果
5.1 宇宙ペーパークラフト
野口宇宙飛行士の ISS 長期滞在は 12 月末から 6 月で
あったことから,お正月,節分,ひな祭り等の日本の伝
統行事を紹介することを目的に,ペーパークラフトを行
った.型紙は,JAXA の WEB サイトに掲載し,誰でも
ダウンロードして作成できるようにした.
ISS で教育活動を行うために,新たな材料を搭載した
り,ISS での準備時間を多くかけることが容易ではない.
そのため,ISS にすでに材料があり,時間をかけずに簡
単に実施できる活動として提案し実施した.
結果として,飛行士は無重力のため工作に時間がかか
ったとともに,地上側の準備や運用は容易であったが教
育効果を挙げられなかった.そのため,ISS での工作を
簡略化させた上で,この手法を活かしより教育効果の高
い活動へ工夫していく必要がある.
実施結果
これまで 3 名の長期滞在期間中に,計 13 件の教育交
信イベントを行い,4700 名近くが参加した.
・若田宇宙飛行士(3 件)
九州大学医学部百年記念堂,埼玉県青少年宇宙科学
館,たのしい宇宙授業 in 沖縄(沖縄県うるま市).
・野口宇宙飛行士(5 件)
銀河の森天文台&釧路市こども遊学館,島根県浜田
市立浜田東中学校,清瀬市市役所&多摩六都科学館,
茅ヶ崎市教育委員会,相模原市役所(銀河連邦 6 箇所
同時中継).
・古川宇宙飛行士(5 件)
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No. 3 2012
− 152 −
JAXA 提供
Fig. 3
Paper Craft by Soichi Noguchi
松尾
尚子
・ISS における教育実験
アイデア公募では,実施済みのものが繰り返し提
案される傾向にある.子供は常に変わるため,当然
同じアイデアを実施しいつでもその時代の子供たち
の関心を喚起させることが重要であるが,宇宙実験
として内容をブラッシュアップさせていくことが宇
宙実験従事者への課題と考える.そのため,新たな
材料を ISS に搭載し,より正確な理科実験の実施環
境を整え,教育現場での副教材等へ活かされる工夫
が必要である.
また,これまでの実験は,一般または教職員を対
象としていた.今後は,簡易実験ではなく,高校生,
大学生等を対象にしたアイデア募集枠を設定するな
どして,学習の度合いに応じた宇宙教育実験を行う
ことも必要と考える.
・教育交信イベント
数少ない交信機会での効率的な成果創出のために,
教育指導者側への参加を促すことも必要とみている.
教師が宇宙について知ることで,1 回きりではなく
継続した生徒への宇宙に関する学習が可能と考える.
5.2 レポート
ISS での生活については,詳しくは一般に知られてい
ない.宇宙飛行士の生の声で,ISS の環境や生活につい
てレポートにまとめて,より多くの読者を持つ出版社や
新聞社に提供することで社会全体の「きぼう」への関心
喚起を目指した.一般的な「きぼう」や ISS 長期滞在へ
の認知度があがるとともに,科学実験の紹介などより深
い内容へと変化させてきた.
また,野口宇宙飛行士の ISS 長期滞在より,Twitter
による報告も開始した.野口宇宙飛行士は,ISS から見
える地球の画像,古川宇宙飛行士は医師ならではの身体
の変化の報告などにより得意分野での一般への普及啓蒙
活動を行った.
・若田宇宙飛行士:Yahoo ブログ,読売新聞,朝日新聞.
・野口宇宙飛行士:朝日新聞,毎日新聞,ナショナルジ
オグラフィック社,Twitter.
・古川宇宙飛行士:毎日新聞,日経新聞,Twitter.
また,帰還後には,JAXA と出版社の協力によりこれ
らのレポートや Twitter を出版物にまとめ,アウトリー
チとしての成果を挙げた.
・宇宙で過ごした 137 日僕の「きぼう」滞在記,若田光
一,朝日新聞取材班.
・ワンダフル・プラネット!,野口聡一,集英社インタ
ーナショナル社.
・宇宙飛行士が撮った母なる地球,野口聡一,中央公論
新社.
・宇宙より地球へ Message from Space 惑星に棲む君へ
の手紙,野口聡一,大和書房.
6. 総括
6.1 全般
微小重力等を活かした宇宙飛行士による教育実験や交
信イベントは,日本の将来を担う子供たちが,より科学
に関心をもち,好奇心を育むために,一定の効果がある
といえ,総じて活動の目的は達成した.
6.2
課題
日本人の ISS 長期滞在を経るごとに,報道や WEB ア
クセスが減るなどメディアの関心の低下が見られる.
今後は,「きぼう」の認知度ではなく,「きぼう」での
科学実験や微小重力環境等への理解普及のために,メデ
ィアを通した社会全体を対象とする普及啓蒙活動を行う
ともに,教材が広く活用され,現場からのフィードバッ
クによる必要な教材開発に結びつく教育活動をおこなう
など広報と教育のバランスのとれた活動を推進する必要
があると考える.
J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 29 No. 3 2012
6.3
今後の計画
無重力環境を活かした教育実験では,様々な制約のあ
る ISS での実験化は素人には困難である.そのため,マ
イクログラビティコミュニティや「きぼう」での科学実
験を行っている科学者には,実験化へのアドバイスや地
上での活動へのサポートを期待したい.
謝辞
本実験の実施において,ISS 長期滞在中の忙しい中,
実験の事前準備を周到に行い,すべての実験を成功させ
てくれた,3 名の宇宙飛行士,若田光一氏,野口聡一氏,
古川聡氏に深くお礼をしたい.特に,若田宇宙飛行士は
JAXA にとって初めての教育実験を運用準備からサポー
ト頂いた.野口宇宙飛行士は,着実な教材化のため,実
験時の背景,道具の選定,言葉に配慮を頂いた.また,
古川宇宙飛行士は医師であることから,通常は公開しな
い医学的な個人データの公開を含めた実験の了承を頂き,
宇宙医学を教育的に広げることへ貢献されたことを記し
ておきたい.
また,これらの実験は,他の科学実験と異なり,水や
静電気など運用制約のかかる中で工夫が必要とされる.
実験の手順書を準備し運用を行った,(株)有人宇宙シス
テムの岡田氏,寺西氏,(株)SED の百武氏をはじめフ
ライトディレクター,運用管制官,実験運用担当などす
べての関係者にこの場を借りてお礼を申し上げたい.
− 153 −
(2012 年 5 月 30 日受理)
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