平成19年度 - 環境・防災都市共同研究センター

4. 平成 19 年度
首都圏に建つ超高層キャンパスと地域連携による地震防災
工学院大学 建築学科 教授 久田 嘉章
1. はじめに
首都圏では直下地震や東海地震、東南海地震の切迫性が指摘されており、超高層建築では震
源近傍の強震動に加え、関東平野に生じる長周期地震動に対する地震防災対策の必要性が指摘
されている。工学院大学(学生数:約 6500 人,専任教職員数:約 280 人;H18.5 現在)には
八王子と新宿にキャンパスがあり,都心部に立地する超高層建築の新宿キャンパス(S造 28
階、写真1)では大規模地震が発生した場合,建築構造・設備・人的などの直接被害に加え、
授業停止等による間接被害による様々な問題が発生する可能性がある。またキャンパス周辺は
大きな被害が予想されている人口稠密な繁華街や住宅地があり、特に新宿駅周辺では震災時に
17 万人を超える駅前滞留者が発生する可能性が指摘されている。従って震災直後にはキャンパ
ス内だけでなく、周辺地域でも初期消火や怪我人、災害時要援護者の救済、駅前滞留者の広域
避難場所への誘導など、様々な減災のための活動も期待されている。そこで本研究では新宿キ
ャンパスを対象として、ハード面(構造・設備・
通信整備など)とソフト面(緊急対応組織、マニ
ュアル・備蓄整備、防災訓練、安否確認体制の構
築など)での自助による地震防災対策に加え、自
治体(東京都、新宿区)と地域とが連携した公助・
共助による減災体制の構築を目的としたプロジェ
クトを行っている。ここでは、プロジェクトの概
要と現在までで得られている主要な成果 1)∼4)を紹
介する。
写真1 工学院大学新宿キャンパス(右奥)
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2.研究プロジェクトの概要と主要な成果
首都圏で大震災が発生した場合を想定した場合、図1に本学(工学院大学・新宿キャンパス)
および周辺地域(住民、事業者)と自治体(東京都、新宿区)の現状と、提案する連携体制を
示す。本プロジェクトの目的は、新宿キャンパスの地震減災対策を推進し、同時に活用できる
帰宅困難者をボランティアとして地元自治体と地域住民との協働で速やかに減災対応(情報収
集・初期消火・救援救護など)を可能とする体制を構築することである。このため次に示す7
つの小課題で構成され、多くの成果を得ている 1)∼4)。以下、各小課題の概要と主要な成果を紹
介する。
超高層キャンパス
(工学院大学)
超高層キャンパス
(工学院大学)
事前対策実施、帰宅困難者の活用など
お
機材・物資
ボランティア
被害情報
提供など
活動など
など
建物被害・負傷者・帰宅困難者対応で忙殺
連携無し
避難勧告など
地元住民・
事業者
共助を期待するが大震
災時には呆然自失
自治体(東京
都、新宿区)
地元住民・
事業者
自助・共助
を期待
要望に個別対応し、大震
災時には対応しきれず
自治体(東京
都、新宿区)
地域被害
情報など
自助・共助
を期待
図1 本学と自治体・地域住民・事業者の震災時の現状(左)と提案する地域の協働体制(右)
① シナリオ地震による強震動評価
久田嘉章(工学院大)、吉村智昭(大成建設)
首都圏直下地震および海溝型巨大地震およびを対象として、シナリオ地震による新宿におけ
る入力地震動評価を行っている。例として図2は東海地震(震源モデルは内閣府モデルを参照)
による新宿での強震動計算結果(変位波形と速度応答スペクトル)である。手法は、周期4秒
以上は波数積分法 5)と有限要素法を組み合わせた3次元 DRM6)(Domain Reduction Method)
によって関東平野の深部地下構造 7)を考慮した地震動シミュレーションを用い、一方、周期4
秒以下は新宿で観測された強震記録(2001 年 4 月 3 日静岡県中部地震)による経験的グリー
ン関数法を用いた。計算結果は、堆積層表面波による長い継続時間の長い、長周期成分の卓越
する波形となっている。現在はフィリピン海プレートの付加体の考慮など、より現実的な構造
モデルを構築し、シミュレーションを行っている 3)。
一方、首都直下地震の例として図3は、内閣府による東京湾北西部地震(M7.3)による震源モ
デルと観測点位置と、結果された速度応答スペクトルを示す。手法として、長周期側に理論的
手法 5)を、短周期側に経験的手法(統計的グリーン関数法を改良した手法) 8)を用いるハイブリ
ット手法を使用した(接続振動数は 0.8∼1.6 Hz)
。破壊開始点(震源)として図3に示す5パ
ターンを、その他、すべりやアスペリティー位置に様々な組合せを用い、100 波の時刻歴波形
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を計算し、その応答スペクトルの平均値と分散を図3右に示す。参考に兵庫県南部地震による
JMA 神戸と改正基準法による値も示すが、JMA 神戸ほどの破壊力は無く、平均的にはほぼ告
示波レベルである。この原因は JMA 神戸に現れた指向性パルスが、本地震では現れにくいた
めである。すなわち東京湾北西部地震はフィリピン海上面に位置する逆断層の地震であるが、
図4(左)に示すように高角な傾斜角で破壊伝播が下から上に向かう場合は、断層面の延長と
地表面との交線に向かって指向性パルスが生じ、断層面直交方向に卓越する。しかしながら図
4(右)に示す東京湾北西部地震の場合は、低角逆断層であるため、指向性パルスは生成しに
くくなる。
図2 東海地震による新宿での強震動計算例(工学的基盤上面)
震源 2
長さ 63.6km
観測点
震源 3
0
(新宿) 震源 5
20km
北
東
震源 1
幅
震源 4
図3 東京湾北部地震(左)による新宿での強震動計算例(工学的基盤上面)
図4 逆断層と指向性パルスの発生しやすい条件
左:高角逆断層の場合、断層面の延長上の上面で
指向性パルスが発生しやすい
(例、1994 年ノースリッジ地震)
右:低角逆断層の場合、例え断層面の直上でも
指向性パルスは発生しにくい
(例、東京湾北部地震)
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② 新宿キャンパスの地震応答解析と制震補強対策
山下哲郎・久田嘉章(工学院大学)鱒沢 曜(イー・アール・エス)
構造計算書に加え、微動・人力加振・強震観測データから新宿キャンパスの3次元立体モデ
ルを構築し地震応答解析を行っている。図5は新宿キャンパスの基準階平面図と3次元立体フ
レームモデル(SNAP Ver.3 を使用)である。モデルでは基礎固定、剛床を仮定し、減衰は初
期剛性比例型で減衰定数は 1%とする。また柱梁接合部を剛域と評価し、床スラブの剛性を考
慮している。表1は質点系せん断モデル・質点系曲げせん断系モデル(構造計算書より)
、3次
元立体フレームモデル、および微動観測による固有周期の比較である。微動では固有周期が二
次壁などの影響で低めに出る傾向にあるが、立体フレームモデルが最も近い値を示している。
また図7は立体モデルとの人力加振によるモード形の比較であるが、どのモード形も非常に良
く解析モデルは観測値を再現している。図8は新潟県中越地震で観測された波形と各モデルに
よる計算結果の比較であるが、立体モデルが観測記録を最も良く再現している。現在は小課題
①で計算した波形を用いて弾塑性解析を行い、さらに制振ダンパーの有無による費用対効果な
どを考慮したリスクマネジメントを行っている 2),4)。
N
表1 各解析モデルの固有値解析結果
EW
モデル種別
1次
構造計算書
せん断モデル
3.31
既往の研究 曲げせん断モデル 3.02
本研究
立体フレームモデル 2.75
微動観測記録
2.71
25.6 m
固有周期(秒)
EW
ねじれ
2次 1次 2次
1.08 3.14 1.08 1.02 2.96 1.10 0.89 2.71 0.94 1.99
0.84 2.54 0.88 1.87
NS
38.4 m
図5 基準階平面図と3次元立体フレームモデル
28N
28N
28S
28S
15N
15N
15S
15S
1S
1N
1S
1N
図7 立体モデルとの人力加振による
モード形の比較
(左から並進 NS1 次, NS2 次, EW1 次, EW2 次を
示す。青線:観測,赤線:モデル)
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図8 新潟県中越地震による解析結果
(29 階 EW 方向)
(変位波形比較、基準線は各 10cm 異なる)
③設備施設と制震補強対策の実施:大橋一正(工学院大学)
、田中 孝(タナカ建築設計事務所)
④地震リスク評価と事業継続計画の策定
中村孝明・遠藤 透(篠塚研究所)
、遠藤和義(工学院大学)
新宿キャンパスの設備・ライフライン施設の現状調査を行い、小課題②の地震応答解析結果
(フロアレスポンス、層間変形など)をもとに新宿キャンパスの設備施設(エレベータ・電気・
水道・下水・ガス等)の耐震性能調査を行い、耐震補強対策を検討している。さらに構造・設
備・人などの直接被害、および授業など業務停止による間接被害を評価し、各種対策による費
用対効果や修繕計画に対応させた事業継続計画(BCP)案を作成している。図9は本学の建物
構成であり、B6F に設置された地域冷暖房施設(以降、DHC)の冷水,蒸気を用い空調を行って
いる。また 21F には中間電気室,14F には事務・教育系の情報を管理するコンピュータ機械室
がある。表2には設備概要を示すが、電源はスポットネットワーク方式を用いた 3 回線で特高
変電室(B3F)に引込まれ 14F 以下,15F 以上は中間電気室が賄っている(自家発電装置は B3F
に設置)
。給水は水圧調整するため、塔屋に高置水槽,20,8F に中間水槽を配置し 3 系統に分
け給水している。ガスは低圧ガスが厨房へ、中圧ガスは DHC へ供給されている。電気・ガス・
水道の供給に関して震災時における調査を行っており、一例として図 10 は新宿キャンパスへ
の東京電力の電力供給システムである。発電所から供給される電源は、超高圧変電所(新宿変電
所)を経由し、洞道内を通る地下ケーブルより各需要家へ供給されている。供給設備の多重化,
送電線や配電線の連携を行うことで 1 回線供給停止に至った場合でも他の 2 回線を用いた通常
供給が可能であり、万一本学への供給が停止した場合は最大 1 時間以内で復旧可能であると考
えられている。変電設備での被害は復旧の間、移動用変圧器車や移動用ケーブル等で代替設備
を仮設し送電される予定である。
一方、学内の電気・ガス・上下水道・エレベータ・通信などの設備施設に関する耐震性調査
も実施している。一例としてスプリンクラーに関する調査で、湿式かつ耐衝撃型のスプリンク
ラーヘッドではないため、地震の際、天井板の落下などにより水害を生じる可能性がある。ま
た写真2左はスプリンクラー主配管の管支持であるが、デッキプレートを挟み込む形の簡易型
である。また写真2右はスプリンクラー配管の枝分岐であるが、サドルバンドを用いた溶接工
法を採用し、90°エルボとの接続部にパイプニップルが用いられており、切削ねじ部の管の肉
厚が薄くなっているため、補強対策が必要であることが分かった。その他、詳細は文献 1),4)を参
照されたい。
表2 新宿キャンパスの設備概要
高層棟
29F
25F
123.45[m]
研究室
20F
コンピュータ機械室
事務関係
教室
GL
29.97[m]
中間電気室
15F
10F
中層棟
食堂
教室
図書館
5F
1F
概要
上水は 100A で引込み B3F にて貯留,中水は 65A
給水 で引込み B6F にて貯留した後,上水,中水共に
揚水し重力給水方式を用い給水
都市ガスを低圧 80A で引込み厨房へ供給
ガス
都市ガスを中圧 200A で引込み DHC へ供給
スポットネットワーク方式:22[kV]3 回線引込
電源
み。自家発電装置:定格出力 1,500[kVA]
特高変電室
DHC
B6F
図9 新宿校舎建物の構成
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超高圧変電所
(新宿変電所)
発電所
洞管:500[kV]
工学院大学
送電線
変電所
配電線
洞管:270[kV]
洞管:22[kV]
図 10 新宿キャンパスへの電力供給システム
写真2 スプリンクラー主配管の支持状況(左)
とスプリンクラー枝分岐部(右)
⑤緊急地震速報・リアルタイム地震防災技術の利活用
久保智弘(ABS コンサルタント) 久田嘉章(工学院大学)
堀内茂木・山本俊六(防災化学技術研究所)
長周期地震動を考慮した緊急地震速報(防災科学技術研究所・提供)によるエレベータ閉じ
込め防止対策や、館内アナウンス放送(頭部保護、パニック防止など)
、新宿キャンパスの地震
観測システムによる即時被害推定などによる減災対策を実施している。図 11 は新宿キャンパ
スの各種エレベータの配置図であり、3種類のエレベータが設置されている。表3は各エレベ
ータの設置されたセンサーと地震時管制運転の際のトリガーレベルの設定値である。
現状では、
エレベータピットに設置された P 波センサーが特低レベルにかかるとエレベータは最寄階に停
止し、その後に何も無ければ数十秒後に自動復旧する。次にペントハウスに設置された S 波セ
ンサーの低レベルにかかると、エレベータは最寄階に停止し、メンテ会社の安全点検を経なけ
れば復旧されない。最後に S 波センサーの高レベルにかかると、エレベータは緊急停止し、や
はりメンテ会社の安全点検を経なければ復旧されない。従って長周期地震動では P 波センサー
にかからない場合があり、閉じ込めが起こる可能性がある。そこで本研究では、緊急地震速報
を用いて震度や長周期地震動などの大きさと到達時刻の評価を行い、エレベータの地震時管制
運転を行っている。図 12 は防災科学技術研究所提供による緊急地震速報の表示画面、図 13 は
緊急地震速報を用いた長周期地震動の評価とエレベータの停止フローを示す。緊急地震速報に
よって震源の位置と大きさが提供されると、新宿における震度と長周期地震動を簡易評価し、
これがある閾値を超えると管制運転の特低レベルを用いて最寄階に自動停止させる。長周期地
震動の評価は小課題①の結果を参考にし、経験式を用いて簡易評価している。緊急地震速報は
さらに、災害対策本部メンバーへのメール配信、新宿・八王子間の電話回線の確保などの活用
も計画している。
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中・高層用 EV
非常用 EV
S 波の到達予測
時間
震源の推定
マグニチュード
工学院大学にお
ける予測震度
低層用 EV
図 11 新宿キャンパスの
図 12 防災科学技術研究所による
各種エレベータの配置
緊急地震速報の表示画面
表3 各種エレベーターに設置されたセンサーと地震時管制運転におけるトリガーレベルの設定値
エレベーター
非常用
高層用
特低
P波センサー
ピットで5gal
なし
低
S波センサー
ペントハウスで40gal
ペントハウスで80gal
高
S波センサー
ペントハウスで80gal
ペントハウスで120gal
波動エネルギー
ペントハウスで10kine・cm ペントハウスで30kine・cm ペントハウスで100kine・cm
センサー(kine・cm)
エレベーターを
最寄階に停止︵特
低レベル︶
長周期地震動の
大きさ及び建物
応答の予測
長周期地震動の
到達時間の予測
緊急地震速報を
受信
図 13 緊急地震速報による長周期地震動とエレベーターの停止フロー
一方、巨大地震による長周期地震動によって超高層建築は数十分間以上は大きく揺れ続ける可
能性があるため、パニック防止などの対策が必要になる。新宿キャンパスでは図 13 に示すよ
うに地下 100mか屋上まで、40ch のセンサーによりリアルタイムの強震動モニタリングを行っ
ている。本システムによって地震時には各階震度や層間変形各なども瞬時にモニターできるた
め、地震時の揺れの大きさと建物の危険度を求め、パニック防止のための館内アナウンスや、
地震後の速やかな被災度判定などに活用する予定である。
図 13 新宿キャンパスのリアルタイム強震動モニタリング画面
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⑥緊急時対応体制の構築・マニュアル整備・防災訓練の実施
村上正浩・久田嘉章(工学院大学)、長能正武(災害リスクマネジメント研究所)、
久保智弘(ABS コンサルティング)、末松孝司(ベクトル総研)
教職員による緊急時対応組織の構築や、学生・教職員の安否確認・帰宅困難者支援システム
の構築、各種対応マニュアル整備を行い、2007 年には図上演習および防災訓練を実施し、問題
点の洗い出しを行った。工学院大学では 2007 年理事会のもとに地震防災タスクフォースを設
置し、地震防災に対する総合的な対策を進めている。2007 年度の活動として、図 14 に示す緊
急時における災害対策本部を設置し、写真3に示すように本部メンバーによる地震直後を想定
した図上演習を実施した(2007 年7月)
。図上演習ではファシリテータより、地震直後(現場
対応、メンバー参集など)
、地震後1∼2時間後(情報収集、火災・重傷者対応など)
、地震後
数時間後(安否確認、帰宅困難者・流入者対応など)のフェーズごとに状況が付与され、本部
メンバーによる対応訓練が行われた。訓練により体制組織や備蓄品の不備など様々な問題点が
明らかになり、改善が行われた。
図 14 災害対策本部参集・設営時および
写真3 災害対策本部の図上演習
緊急対応時の災害対応組織案
の様子(2007 年 7 月)
2007 年 12 月には新宿キャンパスにおいて発災対応型の地震防災訓練を行った。これまで新
宿キャンパスでは避難訓練が行われていた。しかしながら関東大震災の経験に由来する大火災
を前提とした避難訓練は、
1995 年の阪神淡路大震災によると大震災の直後にはあまり役に立た
ないことが明らかになっている。震災直後には、避難よりまず先に自分の身の安全を確保し、
次に隣近所で助け合って初期消火、重傷者の救援救護と搬送、閉じ込め者の救出、情報の収集
と全体像の把握などのさまざまな緊急対応を、現場にいる人たちで行わなければならないため
である。阪神淡路大震災では火災の避難訓練を行っていたため、近所の人がすぐに避難所に行
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ってしまい、
助けを求めていた近隣の方が亡くなったケースがあった。
特に超高層建築の場合、
震災時にエレベーターや通信手段を失うため、いったん地階に避難してしまうと上層階での緊
急対応が非常に困難になり、状況はもっと深刻になると考えられている。このため今回の訓練
では、講義中の館内に緊急地震速報を流すところからスタートし、写真4に示すように14階
以上の上層階では、発災対応型防災訓練を実施した。上階では火災が発生したとの想定で訓練
用の煙をたき、負傷者役の学生が廊下に倒れている状況を作りだすなど、重傷者や閉じ込め事
案などさまざまな被災状況を再現した。教職員と学生が協働で対処した後、学部ごとで8階以
下に避難をして安否確認訓練を行った。これにあわせて理事長・学長をトップとする災害対策
本部を2階に設置し、学内各所から続々と入手される災害情報を階ごとに書き出して被災全体
像を把握して対応方針を決定、重傷者や火災、安否確認、帰宅困難者・流入者などにさまざま
な対応を行うなど、発災直後を想定した緊急対応訓練も実施した。中層階では高層階から十数
階を歩いて避難してきた学生たちが、教室で地震防災に関する講演会を聞く講演型防災訓練を
実施した。1階アトリウムや広場など低層階では、新宿消防署の協力で AED や三角巾など応
急救助の訓練や、
起震車による地震動体験、
炊き出し訓練などを行う体験型防災訓練も行った。
訓練全体は、おおむね参加した教職員・学生からも好評であったが、上層階の学科事務室と災
害対策本部とで、無線と非常電話、IP電話の3回線を利用して行った通信でふくそうが発生
して被害全体像の把握が遅れ、最重要情報である火災発生と重傷者の確認の不備があるなど、
多くの課題も明らかになった。訓練終了後、直ちに理事長や学長も交えた反省会を行った。今
後は訓練結果の分析をさらに行い、次年度に向けてマニュアルと備蓄品の整備、対応組織体制
の改善などさまざまな対策に取り組んでいる。
写真4 新宿キャンパスにおける発災対応型防災訓練の様子(2007 年 12 月)。
左上:負傷者役(出血)の学生、中上:5分間以内に止血用の布の収集成功、右上:災害対策本部設置
左下:救援救護の実演(AED)、中下:止血方法の実演、右下:災害対策本部における情報把握の様子
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⑦地域・自治体との連携
村上正浩・久田嘉章・野澤 康(工学院大学)
久保智弘(ABS コンサルティング)、長能正武(災害リスクマネジメント研究所)
新宿キャンパス周辺は大きな被害が予想されている人口稠密な繁華街や住宅地があり、さら
に新宿駅周辺では震災時に 17 万人を超える駅前滞留者が発生する可能性が指摘されている。
そこで自治体(東京都、新宿区)と地域住民・事業者と連携し、本学の学生・教職員ボランテ
ィア活動などによる協働体制(情報収集・初期消火・救援救護活動など)を構築している。図
15 に示すように 2007 年度には新宿区の東戸山・小石川地区の住民と協働による発災対応型防
災訓練を実施し(写真5)
、さらに東京都・新宿区・地元事業者との協働による新宿駅前滞留者
対策訓練を実施した(写真6)
。滞留者対策訓練では、新宿キャンパス内に災害対策本部を設置
し、学内の被災状況の把握、新宿西口現地対策本部との連携、および1階アトリウムへ災害時
要援護者の受入れなどの訓練を行った。
2008 年度にはさらに新宿キャンパス内と新宿駅前での
発災対応型訓練を連動させた総合防災訓練を予定している。
発災対応型地域防災訓練
(東戸山)
工学院大学
新宿キャンパス
西新宿地域
現地本郡
新宿駅周辺滞留者対策訓練
(西新宿地域)
発災対応型防災地域訓練
(小石川)
新宿駅周辺滞留者対策訓練
(東新宿地域)
図 15 工学院大学と自治体・地域住民との連携による訓練実施 写真5 東戸山・小石川地域の住民との
協働による防災訓練
(2007 年 9 月)
写真6 自治体(東京都、新宿区)および地元事業者と協働による新宿駅前滞留者対策訓練(2008 年
1 月)。
左:新宿キャンパスでの災対本部の立上げと災害時要援護者の受入れ 中:新宿西口現地対策本部
右:駅前滞留者の様子(NHK・首都圏ネットワークニュースより)
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4.おわりに
本研究プロジェクトは昨年度に発足したばかりであるが、超高層ビルの地震防災対策の策定、緊急時
対応組織の構築、発災対応型訓練の実施、地域住民や事業者、自治体との連携体制や合同防災訓練の実
施など既に多くの成果をあげている。今年度も様々な対策の策定と防災訓練などを予定しており、得ら
れた成果を公開する予定である。
【謝辞】
本研究は、文部科学省の学術フロンティア事業「工学院大学地震防災・環境研究センター」
、
および国土交通省の建設技術研究開発助成「首都圏震災時における帰宅困難者・ボランティア
と地域住民・自治体との協働による減災研究」
、文部科学省平成 19 年度・教育研究装置「長周
期地震動を対象とした超高層建築のリアルタイム地震観測システム」による研究助成により行
われました。また緊急地震速報の活用は防災科学技術研究所と共同研究として行われ、堀内茂
木博士、山本俊六博士にご協力頂きました。地域防災訓練は,新宿区長室危機管理課の支援の
もと,東戸山・小石川避難運営管理協議会と当地域住民の方々の協力で実施されました。また
新宿駅周辺滞留者対策訓練は,新宿駅周辺滞留者対策訓練協議会を中心に東京都総務局総合防
災部・新宿区区長室危機管理課が事務局として訓練企画を行い,協議会会員や周辺町会,教育
機関の方々などの協力で実施されました。
【参考文献】
1) 首都圏にある超高層キャンパスの地震防災に関する研究(その 1∼8),日本建築学会大会(九
州)
、2007
2) 首都圏にある超高層キャンパスと地域連携に夜の地震防災に関する研究(その 1∼9),日本
建築学会大会(中国)
、2008
3) 吉村智昭、久田嘉章、南海トラフ沿い軟弱堆積層を考慮した長周期地震動のシミュレーシ
ョン、日本建築学会大会(中国)
、2008
4) 遠藤 透、中村孝明、萩原啓太、大橋一正、田中 孝、西川豊宏、地震時 BCP に資する建
築設備機能の評価とマネジメント(その 1∼3)、日本建築学会大会(中国)
、学術講演会,2008
5) 久田嘉章, 成層地盤における正規モード解及びグリーン関数の効率的な計算法, 日本建築
学会構造系論文集 第 501 号、pp.49-56、1997
6) Bielak, J.,K. Loukakis, Y. Hisada, and C. Yoshimura, Bull. of the Seism. Soc.of America,,
Vol.93, No.2, pp.817-824, 2003
7) 山中浩明・山田伸之,微動アレイ観測による関東平野の 3 次元 S 波速度構造モデルの構
築,物理探査,55,53-65, 2002
8) Y. Hisada:Broadband strong motion simulation in layered half-space using stochastic
Green s function technique Journal of Seismology, Volume 12, p..265-279
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【略歴】
久 田 嘉 章(ひさだ よしあき)
工学院大学 建築学科 教授
東京都出身 工学博士
専門分野 工学地震学、地震工学、構造工学、地震防災
学歴
昭和59年3月 早稲田大学理工学部建築学科 卒業
昭和59年4月 早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 博士前期課程入学
昭和61年3月 早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 博士前期課程修了
昭和61年4月 早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 博士後期課程入学
平成 元年3月 早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 博士後期課程満期退学
職歴
平成 元年 4月 早稲田大学工学部建築学科 研究助手(3年間)
平成 5年11月 南カルフォルニア大学地球科学科 研究助手(2年間)
平成 7年 4月 工学院大学建築学科 専任講師(3年間)
平成 8年 4月 通産省工業技術院地質調査所 非常勤職員(2年間)
平成10年 4月 工学院大学建築学科 助教授(5年間)
平成15年 4月 工学院大学建築学科 教授(現在に至る)
客員研究員など
平成2年1月 南カルフォルニア大学 客員研究員
平成4年4月 早稲田大学理工学研究所 客員研究員
平成4年4月 南カルフォルニア大学地球科学科 客員研究員
平成6年7月 カーネギーメロン大学環境土木学科 客員研究員
平成7年8月、9年8月、10年8月、11年8月、12年8月、13年8月、14年8月、
及び、15年8月、カーネギーメロン大学環境土木学科 客員研究員(各1ヶ月、受入:
J. Bielak 教授)
平成10年4月 科学技術庁防災科学技術研究所 客員研究員
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