小学生にできる草木染めと指導のポイント

平成 23 年度
-教員免許更新制―免許状更新講習
科目区分
開設講習名
テキスト
選択講習
楽しく役立つ理科実験入門(A)
-理科室をもっと活用したい!-
講義題目
小学生にできる草木染めと指導のポイント
【開催日時】
平成 23 年
【実施会場】
大阪教育大学柏原キャンパス共通講義棟
【講習担当】 教授
任田康夫
1
8 月24 日(水)
9:00〜12:15
A111
小学生にできる草木染めと指導のポイント
大阪教育大学・科学教育センター
任田康夫
[email protected]
目次
1 教材の特徴:
利点(安全、安価、身近な材料)と欠点(水を使う)
2 教材の目的:
染色という活動を通して、児童・生徒に理科の面白さを実
感させる。
3 草木染めの原理:
児童・生徒に説明する必要はないが、指導する教師に
必要な知識を学ぶ。
4 基本操作:
一色で濃く染める操作について説明する。また、輪ゴムを使
い染めない所をつくり模様とする方法を学ぶ。
5 発展実験:
児童・生徒の興味を引き付けるための技術として一種の染料
で二色に染め分ける。工夫次第で以外で面白い模様を作ることができる。
6 補足説明と参考文献
1 教材の特徴:
①
利点
○
草木染めは古代から発見され、現在まで使われている染色方法です。
○
発色課程が目の前で観察でき、染色の面白さを視覚的に実感できます。
○
危険な化学薬品をほとんど使いません。染料やその他必要な材料、試
薬、および器具が身近にあるもので実施でき、安価に安全に実験できます。
染料としては、タマネギの外皮、紅茶、コーヒーなどは一年を通じて使えます。
ヨモギの葉、クズの葉、桜の葉、クスノキの葉などは夏期にふんだんにありま
す。ドングリの実、ハンノキの実、石榴の皮などは秋に採れますし、保存して
おいて一年中使えます。このように多数の染料が身近にあります。また、市販
の草木染めの染料も数多くあります。
(蘇芳、西洋茜、インド茜、刈安、ログウ
2
ッドなど)これらは尐し高価ですが、美しい色がでます。
◎
染色操作が簡単です。できるだけ水を節約するように工夫しています。
◎
布の他に、小さな障子紙(セルロース80%以上)などの紙類にも染
色できます。
◎
工夫次第で多様な模様と色の組み合わせができます。
② 教材の特徴:
○
欠点および注意点
水を比較的多く使うため、多人数の児童・生徒を対象としたときには
水道施設のある実験室および染めあがった布や紙を新聞紙の上などで広げて乾
かす場所の確保が必要になります。
○
通常、染料の抽出は沸騰水で行うため、児童・生徒にこの操作をさせ
るときは火傷に対する注意が必要です。この所は、教師があらかじめ染色液の
抽出を行っておくと実験時間の節約ができます。染色液の温度は室温でも十分
です。タマネギの染色液の保存は、冷蔵庫で1カ月ぐらい可能です。
○
染色液と媒染液の中に手を入れていますと、手の爪などが染色されて
しまいます。風呂に入って洗うと落ちますが、そうならないように、染色中の
布や紙を割りばしで扱いましょう。一度、水洗いした染色布は、もう手に色を
つけることはありません。
○
工芸品以外で草木染めが実用的に使われなくなった理由の一つに、耐
光性の悪さがあります。染めた作品は光に晒しておくと半年ほどで退色してい
きます。しかし、暗所で保管しておくと何年でも元の色を保っています。また、
十分に濃く染色しておくと、目立った退色が感じられにくいです。
どんな色素も程度の差こそあれ、光にさらされていると分解し、退色してい
くものです。極彩色の秘仏が、年に一日しかご開帳されないのは、このような
理由から合理的なことです。
2 教材の目的
草木染めという古代から日常的に営まれていた作業を体験し、鉄やアルミイ
オン(Fe3+,Al3+:媒染剤と言います)の働きによりポリフェノール系植物色素
3
の色が顕著に、かつ、鮮やかに変化するという、化学反応の面白さを児童・生
徒に実感させることが目的です。最近の動向として、大人も子供も情報を見た
だけで全てを理解し、実行できると過信している傾向があります。科学的な理
解能力やそれを生活に生かす能力を児童・生徒に身につけさせるには、自分で
簡単で面白い実験を行わせ、自分の手と頭を使った体験させることが重要だと
思います。このような体験を通して児童・生徒は身の回りの自然を理解し、利
用することの面白さ、および自分で工夫する面白さを理解していくと期待でき
ます。本教材はそのようなねらいをもった実験教材の一つです。
3 草木染めの原理:
児童・生徒に説明する必要はありませんが、指導する
教師に必要な知識を説明します。
草木染めの染料成分のほとんどは、植物体が持っているポリフェノール類で
す。
(より正確にはフラボノイド類といわれる成分です。テキスト末尾の図に典
型的なフラボノイド類を示しました。)このような物質は、植物にとっては酸化
防止剤および紫外線吸収剤の役割を果たしています。それで、人間にとっても
酸化防止剤としてはたらき、薬効成分であるものが多くあります。黄色い染料
植物として知られる刈安は、伊吹山の山頂付近で採れるものが最上とされてい
ますが、高山では低地より紫外線が強く、それだけ多くの紫外線吸収剤である
黄色染料成分が多く含まれているためであると理解されています。ちなみに、
太陽の白色光線から紫の光を吸収する物質が、我々の目にその補色である黄色
に見えるのです。(赤の補色は青緑です。)
ポリフェノールとは、六角形のベンゼン環の複数の炭素‐水素結合(C-H)
が炭素‐水酸基結合(C-OH)に置き換わった化合物の総称です。具体的なポリ
フェノールの一例としてタマネギの外皮に含まれているケルセチンを下に示し
ます。通常、植物染料としてのポリフェノール類は水に難溶性ですので、染料
を水で植物体から抽出するには煮沸を必要とすることが多いです。さらに難溶
性の染料はアルコールで抽出します。
薄い水溶液となった染料は、そのまま布や紙に染まるのではなく、ミョウバ
ン[KAl(SO4)2]や塩化鉄(FeCl3 または FeCl2)のような媒染剤と呼ばれる金
4
属イオンを含んだ水溶液で処理され、始めて鮮やかに発色します。この操作に
より、水に溶けていた染料が、不溶性で細かく色の濃い「顔料(レーキ)」とな
って布や紙の繊維に強固に吸着し、染色が完成するのです。日本の奈良時代で
はミョウバンは入手できませんでしたので、アルミニウムイオン(Al3+)を多く
含む椿の木灰が染色のために使われてきました。
アルミニウムイオン(Al3+)は、染料の元々の色を濃くするとともに、色素を
安定化させます。ナスの漬け物にミョウバンを入れると紫色が鮮やかになるの
は、この原理で理解できます。一方、鉄(Ⅲ)イオン(Fe3+)は、ポリフェノー
ル染料とより強く結び付き、色相を大きく黒ずんだものに変えてしまいます。
ミョウバンで媒染した布や紙に鉄(Ⅲ)イオンを含む液を付けると汚い汚れと
なりますので注意が必要です。
鉄(Ⅱ)イオン(Fe2+)は、ポリフェノール染料とほとんど反応しませんが、
空気中の酸素で徐々に酸化され鉄(Ⅲ)イオン(Fe3+)に変わり、その後、ポリ
フェノールと強く結び付き、黒く発色します。染めではありませんが、オーク
の虫こぶのタンニン(ポリフェノールの一種)と緑バン(硫酸鉄(Ⅱ))から作
られたブルー・ブラック・インクも草木染めと同様な化学反応により、紙の上
で発色したものです。
ケルセチン
(水中に溶けている)
ケルセチン・レーキ
(難溶性顔料となり繊維に吸着する)
式1 ポリフェノール染料(ケルセチン)が媒染剤のアルミイオンと反応して
黄色顔料に変わる化学反応。
5
4 基本操作
一色で濃く染める操作について説明します。また、染まらないところをつく
り、簡単な模様を描き出す方法についても説明します。
乾燥したタマネギの外皮を例に説明します。タマネギの外皮は、児童・生徒
の保護者にお願いしておくと、簡単に集めることができます。
(湿った部分や生
の部分は取り除き、乾燥させておくと長期保存ができます。)
A. 準備する材料
○ 乾燥したタマネギの外皮 45 g。
○ 障子紙および洗った木綿のハンカチ 3 枚。
(1 枚、14 g)。一般に、乾燥染
料の重さが布の重さ以上あるのが望ましいです。尐ない染料で、多くの材料を
染めると濃く染まらなくなります。美しく染めるためには、まず、濃く染める
工夫が大切です。それには、染料をけちらないことです。
○ 塩化鉄(III)(FeCl3・6H2O, 0.05%水溶液、4 L。2 g の塩化鉄を 4 L の
水に溶かす。
)。個体の塩化鉄(Ⅲ)やその濃い水溶液は、腐食性なのでプラス
チックのバケツで溶かします。また、1,2 カ月以上たった塩化鉄水溶液は、真っ
赤な水酸化鉄(Ⅲ)コロイドに加水分解しているので染色には使えません。
○ 紅茶試験紙。使用済みティーバッグの茶葉を捨て、包み紙を乾燥したも
の。紅茶のポリフェノール成分(ポリカテキン)がしみ込んでいます。この紙
は、鉄(Ⅲ)イオンが在ると顕著
に黒く変色します。草木染めをし
ていると、鉄媒染剤は段々と薄く
なっていきます。使用済みのティ
ーバッグの包み紙は、鉄媒染剤が
まだ使えるかどうかの鋭敏な試験
紙になります。また、この紙を布
の代わりにして、いろいろな模様
のある染色を行うことができます。
(右写真)
6
B. 準備する器具
○ ステンレスのボール(直径約 30cm、煮出し用)、○
L,染色用)、○
ステンレスナベ(10
プラスチックバケツ(10L、3個、水洗用および媒染剤用)、
○ ガスコンロあるいはガスバーナー、
○
割りばし(二組)、
○ 新聞紙(出来上がった染物を広げておくため)、
○ こし布(さらしの布地、約 40cm×40cm)、
○ 輪ゴム(絞り染め用、および、板染め用)、
○ 板染め用板(積み木、割りばしなど)、○
雑巾、タオル。
C. 手順
1) ステンレスのボールにタマネギの外皮 45g(3 枚分)と水 2 L を加え、約
20 分間、おだやかに沸騰させ色素を煮出します。熱いうちに、こし布をステン
レスナベにひもで固定し、こしわけます。煮出した液はとって置いて、タマネ
ギの外皮だけをもう一度ボールに戻し、2 L の水で同様に煮出し、こし分けます。
これを合わせて約 3 L の染色液とします。積み木、割りばしなどで染める場合、
染色液は多い方が良いので、冷却を兹ねて水を1L 弱加えます。やけどをしない
よう、輪ゴムが切れないよう、50℃以下に冷ましてから使います。
2)まず、石鹸で手を洗います。(手の脂や布の汚れは、染めむらの最大の原因
です。)模様をつけるため、二つの簡単な方法があります。
一番目は、「輪ゴム絞り」です。割り箸などの棒をハンカチの一部で包んで、
輪ゴムを掛けます。
(図1参照)あまり強く掛けない方が面白い模様になると思
います。
二番目は「板締め」です。ハンカチを屏風折りにたたんで、積み木などで挟
んで、染まらない部分を作ります。この場合、折りたたんだ布を、二枚の同じ
大きさの積み木などの板で挟み、その二枚の板を輪ゴムと割り箸でしっかりと
固定します。左右の輪ゴムの強さのバランスも重要です。(図2参照)
7
図1
「輪ゴム絞り」の例とその染めあがり
図2
「板締め」の例
3)上で用意したハンカチを水をたくさん入れたポリバケツ(1)にしばらく浸
しておきます。
4)上で用意したハンカチを取り出し、水切りをしてから、静かに染色液に入れ
ます。約2~5分間、お箸で布を泳がせ、染色液を布の隅々まで行き渡らせま
す。この操作は染めむらのない染色にするために重要です。
5)お箸で布を取り上げ、染色液を軽く水切りした後、さきほどのポリバケツ(1)
に数秒ほど漬け、その後、布を取り上げ、再び水切りします。
(この操作は布に
吸着していない、余分な染料を取り除くためのものです。この操作により、①
8
染むらが尐なくなる、②余分な媒染剤を使わなくて済む、という二つのメリッ
トがあります。
6)塩化鉄(Ⅲ)水溶液の入ったポリバケツ(2、鉄媒染剤用)に、約2~3分
間、浸し、ときどきお箸で布を動かし、媒染液を布の隅々まで行き渡らせます。
この操作も染めむらのない染色にするために重要です。
(注意: タマネギ染色
液のついた手を塩化鉄水溶液に浸けると、手や爪が染色されます。手が染まる
のが嫌な人は、各操作ごとに良く手を洗いましょう。)
7)ハンカチを取り出して、水のたくさん入ったポリバケツ(1)で軽く水洗い
します。これで草木染めの 1 サイクルが完了です。
今回は濃く染めたいので、輪ゴムを外さず、水をきった後、操作 4)に戻り、
染色液に浸け、繰り返し染めます。布は、染色液の入ったステンレスナベ
⇒
染料水洗用ポリバケツ(1)
水
⇒
媒染剤の入ったポリバケツ(2)
⇒
洗用ポリバケツ(1)の順に移動します。
2 サイクル染めると、ずいぶん濃く染まりますので、ここで輪ゴムを外し、も
う一度軽く水洗いし、十分絞ったのち、布(あるいは紙)を干します。
5 発展実験:
鉄媒染とミョウバン媒染による二色染め
同じ染料を使っても、鉄媒染の場合はより濃く暗い色に染まります。ミョウ
バン媒染すると明るく元の染料の色に近い染め上がりとなります。媒染剤の力
は鉄(Ⅲ)イオンの方がアルミ(Ⅲ)イオンより遥かに強く、ミョウバン媒染
した部分に鉄(Ⅲ)溶液を落とすと汚いシミになります。このことを考慮する
と、一つの染料で一枚の布に、まず鉄媒染で染め、続いて、絞りや板締めの位
置を変えてからミョウバン媒染をして染めると、簡単に二色以上の色に染め出
すことができます。タマネギでハンカチを染めた一例を図 3 に、スオウの一例
を図 4 に示します。
9
図 3 タマネギ、鉄→ミョウバン媒染
図 4 スオウ、鉄→ミョウバン媒染
追加して準備する材料と器具
○ ミョウバン(AlK(SO4)2・12H2O , 0.1 %水溶液、4 L。4 g のミョウバンを
4L の水に溶かす。)、○
10 L の大きさの洗い桶、一つ。
操作
1)まず、板絞めで染まらない部分を大きくとって、鉄媒染をします(2 サイク
ル)
。水洗いして、鉄媒染液を落とした後、板を外し、布を畳んだまま、違う方
向(あるいは違う板)で板締めをやり直します。
2)染料液に約 3~5 分間浸けます。
3)水の入った桶に布を入れて軽く揺すり、水から引き揚げて水を切ります。
4)ミョウバン水溶液に約 3~5 分間浸けます。その後、新たな桶に入った新鮮
な水に入れて、軽く揺すり、水洗いします。この操作{2)~4)}を2,3回、
繰り返します。最後は水洗いして出来上がりです。図 3,4 がその例です。
6 障子紙への染色
ハンカチなどへの染色は、見栄えがしますがお金もかかります。そこで、イ
ンパクトのある草木染を安価な障子紙の小片(12.5 cm 四方、 22mx0.25mで
500~700 円)を使って行ってみましょう。
材料となる障子紙は、パルプ(セルロース)が 80%以上のものが望ましいで
10
す。通常、残りの成分はポリエステルあるいはレーヨンです。これは紙にしわ
が出来にくくするために入れられています。障子紙の中には、パルプが全く使
われていないで、ポリエステル(70%)とポリプロピレン(30%)だけから作
られているものもありますが、このような紙には草木染でほとんど染まりませ
んので、注意しましょう。
使用していない白い障子紙(12.5 cm 四方)には、通常の板染めの手法を用
いて染色できます。色濃くきれいに染色するには、二つの注意点があります。
一つ目は、障子紙は木綿のハンカチ程染料や媒染剤が浸透しにくいですので、
染めている部分の紙を染色液の中で揉むなどして、重なった紙の内部に染め残
しが無いよう十分に気を配ります。二つ目は障子紙を染色液と媒染剤の間で数
回、往復させ、重ね染めを 2,3 回する必要があります。このような注意をして
して、タマネギの染色液、塩化鉄(Ⅲ)およびミョウバンを媒染剤として染め
た障子紙の一例が下の図5A の写真です。この方法で染めると、布の場合と同様
に、鉄媒染された色、ミョウバン媒染された色、鉄媒染された上にミョウバン
媒染された色、および染色されなかった白の 4 通りの色を鮮やかに染め分ける
ことが出来ています。この方法の難点は、何度も重ね染めしないと見た目に鮮
やかな色が出ないところです。
図 5A
図 5B
図 5 白い障子紙(A)およびタマネギ染色液に浸けた障子紙(B)から板染め
一方、白い大きな障子紙全体をタマネギの染色液に 5
分ほど浸した後、乾燥させ、12.5cm 四方の紙とします。こ
の紙は、一回の媒染で濃く染まります。しかし、一度、水
に濡らしたため、紙の表面に見た目には分からない微細な
凹凸が生じ、上と同じように板締めの手法を用いて染色す
11
図6
失敗例
ると、紙の微細な凹凸のため、同じ力で板染めしていても、十分な防染効果が
出ないで滲んだ模様の染めしかできません。
(図6)なんとか、この紙をシャー
プに防染することはできないものでしょうか?
皆さんは、水に濡らしてしまった本がみじめに分厚くなった経験がおありで
しょう。これも、水に濡れた紙がもはや平らのままでいることのできないで、
不規則な凸凹ができてしまう一例です。また、水洗いした木綿のワイシャツが、
シワシワになってしまうのも同様な現象です。この現象は、セルロース繊維が
水を吸うと膨張し、再び乾いて収縮したとき、元とは異なる縮み方をするため、
紙や布の面が平らでなくなるためであると理解できます。悪いことに、乾いた
セルロース繊維は固く、一度、凸凹ができてしまった乾いた紙を、板で押さえ
ても容易に平らにならないために、滲んだ模様の染めしかできないと考えられ
ます。しかし、木綿のワイシャツやシーツをアイロンにかける前に霧吹きで濡
らしておくと、容易に平らな布になることが知られています。これは、水に濡
れたセルロース繊維が、乾いているときよりずっとしなやかで柔らかくなるた
めであります。
そこで、あらかじめタマネギの染色液に 5 分ほど浸した後、乾燥させた障子
紙(1mx25cm)を用意します。これを 16 枚の 12.5cm四方の正方形に切り
分ます。この正方形の紙を折りたたんで板締めする準備をします。この紙を折
りたたんで乾いている段階で、この紙を水の中に入れ、すぐに引き上げます。
水が紙全体に行きわたるまで 15 秒ほど待ち、もう一度、折り目を整えた上で、
板締めして、媒染液につけると、ほとんど滲みのない模様染めが出来ました。
それが、先ほどの図5B の写真です。これで障子紙を染色液つづいて媒染液にそ
れぞれ一回ずつ浸すだけで、色濃く発色させることができました。教材として
使えるインパクトがある染色方法になっていると考えられます。
(このような順
で草木染をするのを後媒染と呼びます。)折りたたんだ紙を水に浸け、直ぐに引
き上げる理由は、染料が水溶性で水に溶けだしてしまうためです。媒染剤と反
応させないと染色にはならないことが分かります。
上記のように、短時間で障子紙を濃く鮮やかに染色する合理的な方法がわか
ったわけですが、この方法には二つほど留意点(注意点)があります。
12
一つは、タマネギ(図 5B)や蘇芳(図7)を染色液にして障子紙を後媒染し
た場合、白い障子紙から染めたとき、およびハンカチを上記の方法で染めた場
合では見られた「鉄媒染した後にミョウバン媒染をしたときの色調」および「全
く染まっていない白」という二つの色調は出すことができないことです。この
障子紙後媒染報の場合、期待できるのは「鉄媒染された色」、「ミョウバン媒染
された色」および「媒染されていない染色液だけの色」の三色だけです。しか
も、
「ミョウバン媒染された色」と「媒染されていない染色液だけの色」は、タ
マネギや蘇芳を染色液とした場合、あまりコントラストがなく、同一色調のよ
うに見えます。それで、実質的には「鉄媒染された色」および「ミョウバン媒
染された色」だけで模様を構成しなくてはならないことになります。デザイン
は化学の本質ではありませんが、生徒、児童に教材として使用する場合、鮮や
かで印象的な染色を心がけなければいけませんので、実質的に何色でデザイン
を考慮しなくてはいけないかは、重要な問題です。
「白」が使えないのもデザイ
ン上では大きな制約です。図 8 は上記の三色染めをあきらめて、鉄媒染、ミョ
ウバン媒染の二色だけでデザインした染色例です。
図7
蘇芳障子紙染め(三色)
図8
鉄媒染⇒アルミ媒染⇒無媒染
蘇芳障子紙染め(二色)
鉄媒染⇒アルミ媒染
二つ目の注意点として、この後媒染用の紙を使った場合、油断していると水
に浸して板締めしても滲んだ染めになってしまう場合がかなり出て来ます。失
敗のない鮮やかな板締めの染めをしたい場合、白い障子紙で板締めしたときよ
り、輪ゴムを尐しきつい目に(二倍の量の輪ゴムで)固定すると、十分な防染
効果が期待できます。
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ログウッド染色液を障子紙に浸けて染色してみました。この染料の場合は、
ミョウバン媒染でも、鉄媒染と同様の濃さで紫色に発色します。それで、この
染料の場合は鉄媒染あるいはアルミ媒染単独で染色してみました。その結果が
図9および図 10 です。地の黄土色は障子紙上の無媒染のログウッド染色液の色
です。
図9
ログウッド・鉄媒染
図 10 ログウッド・ミョウバン媒染
7 補足説明
1)乾燥したタマネギの皮は長期に渡って変質することなく保存できます。タ
マネギの産地に行くか、児童・生徒の保護者にお願いすると比較的簡単に教材
として必要な量を集めることができます。しかし、このようにして集めたタマ
ネギには、必ず生の湿ったタマネギが入っています。生の湿ったタマネギは放
置するとカビが生えたり腐ったりしますので、新聞紙に広げて乾燥させてから
保存しましょう。
2)繊維の性質によって染まり方が違います。下の写真は、タマネギで染色試
験用布を染めてみた結果です。(図 11)
上から
アセテートレーヨン(酢酸セルロース)
木綿(セルロース)
ナイロン
絹
ビスコースレーヨン(再生セルロース)
羊毛(ウール)
図 11 染色試験用布タマネギ染め
右、塩化鉄媒染。左、
(Ⅲ)ミョウバン媒染。
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3)銅(Ⅱ)やスズ(Ⅳ)のような金属類の媒染剤はそのまま流すと環境汚染
の原因となりますので、そのまま流しにすてないで、専用の回収ビンに入れて
下さい。今回使用した程度の鉄やアルミの溶液はそのまま水の流しても大丈夫
です。
4)木綿の布を濃く染める方法として、布を豆乳や卵白に 10 分ほど浸し、その
後、すぐに十分乾燥させる下地処理法があります。セルロースの表面に吸着さ
れたたんぱく質が色素成分を強く吸着するため、絹と同様に濃く染まるわけで
す。豆乳で処理した布は、豆汁(ごじる)下地といいます。
5)染色液はあらかじめ煮出しておき、ポリ容器などに入れ、冷蔵庫で保管し
ておくと、一、二ヶ月は保存できます。使うときは、容器の底にたまった沈で
ん(不溶になった染料成分)も一緒にふりまぜてから、ボールに入れて 50℃ほ
どに加熱して下さい。
6)植物ポリフェノール類の生合成経路と様々な植物染料の構造式を下に示し
ます。
(Scheme 1)
7)現在の合成染料に比べると、草木染めは一般に、耐光性が悪いです。染色
した布や紙を光の当たる所に置いておくと色が褪せてきます。これを防ぐため
には、①光の当たらない所に置いておく。②初めに出来るだけ濃く染めること
です。
8) 草木染めとブルー・ブラック・インクの耐光性
19 世紀までの西洋で使われていたブルー・ブラック・インク(アイアン・ゴ
ル・インクともいわれます。)は、樫(アレッポ・オークが最良)の虫こぶ(gall)
のタンニンと緑バン(硫酸鉄(Ⅱ))および尐量のアラビアゴムの水溶液を混合
して作られていました。タンニンは没食子酸(gallic acid)と呼ばれるポリフ
ェノールの誘導体です。(文末の構造式をご覧ください。)
このインクは、羽ペンで書いたときは薄い青色なのですが、時間とともに鉄
(Ⅱ)イオンが空気中の酸素で酸化され、鉄(Ⅲ)イオンとなり、これが没食
子酸と塩化鉄(Ⅲ)反応をして、濃い色の沈殿を作ることにより青黒く発色し
ます。永い間、ブルー・ブラック・インクは永遠に変わらないと信じられてい
ましたが、数百年の年月の間に褪色してしまうことが分かりました。(「ドング
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リと文明」より)これは、ブルー・ブラック・インクも草木染めと同じ原理で
発色し、光で徐々に分解するという同じ弱点を持っているということで理解で
きます。
化学的な見地からは、どのような色素も光により徐々に分解されていきます。
数年に 1 度しか開帳されない秘仏や、写真撮影が禁止されている絵画などには、
色素の耐光性という観点から合理性があるといえます。皆さんの染められたハ
ンカチも、普段は引き出しの中にしまっておかれることをお勧めいたします。
最後の写真(図12)は、筆者が日本で入手できるタンニン酸(五倍子とい
うヌルデの虫こぶから取られたもの)と塩化鉄(Ⅱ)から作った手製のアイア
ン・ゴル・インクで書いた文字です。紫がかっていて、ブルー・ブラックでは
ありませんでした。アレッポ・・オークのタンニン酸との違いのためだと考え
られます。日本のお歯黒は、五倍子(ふし)粉水溶液と鉄漿(かね)で作る虫
歯予防コーティングです。
図12
手製アイアン・ゴル・
インクで書いた文字
参考書
1)「化学を楽しくする5分間(新版)」、日本化学会編、化学同人 (1986)。
2)「新版・藍染おりがみ絞り」高橋誠一郎、染織と生活社(2008)。
3)化学構造式について: 「歴史から学びはじめる有機化学」、任田康夫、プ
レアデス出版(2008)。
4)ブルー・ブラック・インクについて: 「ドングリと文明」、
W. B. ローガン著、山下篤子訳、日経 BP 社(2008)。
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Scheme 1
シキミ酸を出発物質とする植物のフラボノイド類の生合成経路
タマネギの色素は右下の Quercetin、紅茶の色素は左下のポリカテキンです。
アントシアニジン類(中央下)は花の赤や青色系の色素ですが、フラボノイド
類の中でも、たいへん分解しやすいので、染色には不向きです。
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