状況・意図理解によるリスクの発見と回避

重要課題解決型研究
事後評価
「状況・意図理解によるリスクの発見と回避」
責任機関名:筑波大学 大学院システム情報工学研究科
研究代表者名:稲垣敏之
研究期間:平成 16 年度~平成 18 年度
目次
Ⅰ.研究計画の概要
1.課題設定
2.研究の趣旨
3.研究計画
4.ミッションステートメント
5.研究全体像
6.研究体制
7.研究運営委員会について
Ⅱ.経費
1.所要経費
2.使用区分
Ⅲ.研究成果
1.研究成果の概要
(1)研究目標と目標に対する結果
(2)ミッションステートメントに対する達成度
(3)当初計画どおりに進捗しなかった理由
(4)研究目標の妥当性について
(5)情報発信 (アウトリーチ活動等)について
(6)研究計画・実施体制について
(7)研究成果の発表状況
2.研究成果:サブテーマ毎の詳細
(1)サブテーマ1 「人間機械相互作用に関する研究」
(2)サブテーマ2 「状況・意図理解のための数理情報手法に関する研究」
(3)サブテーマ3 「運転行動モデリングに関する研究」
(4)サブテーマ4 「運転員心身状態評価技術に関する研究」
(5)サブテーマ5 「高齢者支援に関する研究」
Ⅳ.実施期間終了後における取組みの継続性・発展性
Ⅴ.自己評価
1.目標達成度
2.情報発信
3.研究計画・実施体制
4.実施期間終了後における取り組みの継続性・発展性
Ⅰ.研究計画の概要
■プログラム名: 重要課題解決型研究 (事後評価)
■課題名: 状況・意図理解によるリスクの発見と回避
■責任機関名: 筑波大学 大学院システム情報工学研究科
■研究代表者名(役職): 稲垣 敏之(システム情報工学研究科 教授)
■研究実施期間: 3 年間
■研究総経費: 総額 566.2 百万円 (間接経費込み)
1.課題設定
状況・意図理解によるリスクの発見と回避
2.研究の趣旨
事業用自動車の安全確保は社会的な課題であり、事故分析に多大な努力が払われてきた。その結果、
いわゆる「運転員のヒューマンエラー」の背後には必ずしも運転員の責に帰すことができないような複合的
に絡み合う多くの要因が存在すること、しかも、近年の制御機器の高機能化・高速化した自動車の制御は
容易ではなく、時として非常に短時間での認知・判断が求められ、さらにそれに伴う操作について、過大
とも思われるような能力が運転員に求められる場合があることが判明している。高度技術の導入にもかか
わらず自動車の事故率が長らく横ばい状態になっている原因もこの点にある。この状況を打開するため
には、事故発生の直接的要因群を対象にする従来型方式ではなく、潜在的危険状態への移行を早期に
検出・防止する「予防安全型」の技術でなければならず、自動車事故低減のブレークスルーは為しえな
い。
本研究は、状況に潜むリスク、運転員の状態、意図等を数理的・行動モデル的に同定し、それに応じた
支援を運転員に提供することにより自動車の安心・安全の確保・向上を図る技術の開発を目的とする。運
転員は、状況を認知・予測しながら、それに見合う意図を形成して運転行動を行っている。その際、状況、
意図、行動の間に不整合が生じると潜在的危険性が高まり、事故に至る可能性が生じることになる。本研
究では、状況と意図と行動をセンシングし、実データに裏打ちされた状況・意図相互関係モデルに基づ
いて状況・意図・行動間の不整合を実時間で検出し、潜在的危険状態への移行を防止するための運転
員支援技術を開発する。
3.研究計画
本研究では、円滑かつ効率的な研究推進を図るために、5 つのサブテーマを設定した。各サブテーマ
の研究計画は以下のとおりである。
サブテーマ 1 「人間機械相互作用に関する研究」
(1) 状況・意図に応じた適応的機能配分原理の開発
高速化、高機能化した自動車における運転員の状況認識阻害要因として、交通環境への警戒心欠如
や運転支援システムへの過信が注目を集めている。状況・意図に応じた予防安全型自動車運転支援の
実現を目指し、平時における運転員の状況認識支援と負荷調整,緊急時のリスクを低減する適応的機能
配分を行うための技術、すなわち、1)高リスク心的状態の実時間検出技術、2)状況認識の強化技術、3)緊
1
急時の安全制御技術を開発する。
過信や警戒心欠如の発生は事後・主観評価によるのが通例であったが、「高リスク心的状態の実時間
推定」では、運転員の姿勢、手足位置や動き、視線方向等のセンシングデータに基づいて実時間で検出
する技術を開発する。「状況認識の強化」では、警戒心等について当該運転員の通常レベルからの逸脱
が疑われるときに状況認識改善を促進させる情報提供技術と適応的機能配分技術を開発する。「緊急時
の安全制御」では、運転員の警戒心レベルの改善が不十分な中で事故に至る可能性の高い事象が生起
したとき、運転リスクを最小化して安全を確保する適応的機能配分技術を開発する。
サブテーマ 2 「状況・意図理解のための数理情報手法に関する研究」
(1) 状況・意図理解のための確率統計的手法とビデオサーベイランス技術の開発
(2) 動的環境センシングによる視覚増強技術の開発
運転員の周囲状況の理解が不十分である、運転員とシステムとの意思の疎通が不完全である等のため
に多くの交通事故が発生している。この防止を目的とした支援システムの要素技術として、不完全さを伴
う観測可能なセンサ情報から事故の原因となる本質的な状態や状況を実時間で確率的に予測する手法
の開発を目指す。また、視覚を中心としたセンシング情報を利用して、運転員や外界の状態を推定する
技術を開発する。さらに、交通移動体が存在する動的環境において、障害物等により隠れがちな情報を、
道路などに設置されるセンシングデバイスの情報を加工して自動車の運転員に提示することにより、交通
移動体や歩行者の危険な動きなどの状況把握を容易にする視覚支援技術を開発する。
高速道路を走行中の運転員の運転行動データおよび車載カメラで運転員や外界を撮影した動画像等
の実データを用いて、状況認識や状況に応じた予測等の状況・意図理解のための要素技術を開発する。
状況・意図理解のための確率統計的手法の開発では、事故の原因と結果の「依存」関係を事故関連デ
ータから確率的因果関係として抽出し、確率ネットワークによってモデル化する方法について検討する。
また、確率統計的手法の運転行動データの解析への適用可能性について検討する。ビデオサーベイラ
ンス技術の開発では、現在の正面顔の検出手法を顔の向きの変化にも対応できるように拡張し、車載カ
メラで撮影した運転員の動画像から顔の部分を追跡し、顔の向きを推定する手法について検討する。
右折時の死角解消による右直事故防止や歩行者の巻き込み事故防止を目的として、道路監視カメラの
映像を運転員に見やすいかたちに加工する画像処理技術、動画像から人や移動体を検知する技術を開
発し、あわせて道路監視カメラ側インフラと車載側提示装置の無線通信方式を検討する。また、道路側イ
ンフラ装置の開発、車載側提示装置の開発を行い、学内道路の交差点において実験環境を構築する。
さらに、右折時の死角解消と歩行者の視認補助を想定した実証実験を実施し、有効性を評価する。
サブテーマ 3 「運転行動モデリングに関する研究」
(1) 長距離運転行動データベースに基づくリスク評価技術の開発
(2) 運転作業状態の推定技術の開発
通常の運転では、運転員は事故に遭わないように運転行動を行っている。すなわち、自らが適切と思う
いつもの運転をしていれば、運転のリスクはあるレベル以下に保たれていると考えられる。これに対して、
たまたま何かに気を取られたり、ぼんやり状態などによって通常の運転ではなくなると、運転のリスクが高く
なる。そこで長時間の運転行動を計測・蓄積することで通常の運転を把握し、それからの逸脱の程度によ
ってリスクの評価をする技術の開発を目的とする。
そのために、実際の運送業務における長時間運転の運転行動データ (運転操作、車両状態、車間距
離、走行中の道路上の位置など)を計測するための装置を開発する。そして、高速道路走行を中心とした
長時間運転行動計測を行い、運転行動データベースを構築する。そしてこのデータを用いて通常運転
行動のモデルを構築して、行動モデルに基づいた通常からの逸脱検知技術を開発する。
2
Safety Culture の育成に資するべく、運行管理の観点から求められる安全運転行動を規定し、運転員が
対面する交通環境下でその安全運転行動を促す適切なアドバイスを運行管理者および運転員双方に提
供するシステムの開発を行う。
具体的には、運行管理に関する現状調査と運行管理側の要求を取りまとめ、求められる安全運転行動
を検討する。これと並行して、研究 3(1)で構築した運転行動データベースの走行データと車載機により記
録した運転行動データに基づき、安全確認行動を含む運転行動の観察・解析を行う。さらに、求められる
安全運転行動と比較し、運転員および運行管理者に、運行記録および適切なアドバイスを提供して、運
転員を安全な運転行動に導く支援システムとして構築する。
サブテーマ 4 「運転員心身状態評価技術に関する研究」
(1) カオス論的音声信号処理アルゴリズムの開発と車載システムの試作
(2) 評価音声の収集と評価実験の実施
(3) 音声信号処理システムの信頼性検証のための生理学的研究
本研究は、貨物自動車等運転員の脳活性状態をその業務環境においてリアルタイムに評価する手法
を確立し、これにより得られる評価指標値の変化と長時間業務における疲労との関係を明らかにすること
で、他の研究成果と相補的かつ任意に組み合せることが可能な予防安全装置の実現を目的とする。
貨物自動車等運転員の脳の活性度を示す指標値は、運転員の発話音声をカオス論的な手法により処
理して得ることを想定しており、本研究においては、オフィス環境等に比較して比較的に高いレベルの環
境騒音が存在する運転席環境において信号処理可能な発話音声を得る手法を明らかにする。また、必
ずしも良好ではない品位の音声から十分な信頼性をもって指標値を算出する信号処理手法を明らかに
する。
併せて、上記による指標値が運転員等の疲労度の評価に有効なものであることを、従来の疲労評価技
術における指標値との相関関係を確認することにより、また血中ストレスホルモン、更には脳機能診断技
術により計測する脳の酸素消費量等との相関関係を確認することにより示し、本研究により実現を目指す
装置が社会的な信頼を得るに十分なものであることを明らかにする。
サブテーマ 5 「高齢者支援に関する研究」
(1) 高齢者に適した情報提示技術のあり方に関する研究
(2) 運転行動改善のための学習支援機構の研究
増加する高齢運転員の事故をヒューマンエラー防止の観点から低減することを目的として、2 つの観点
から研究を実施する。一つは高齢者に対する情報提示技術のあり方に関するものであり、他の一つは運
転行為改善のための学習に関するものである。
最新技術を利用した支援システムが搭載されるようになったとしても、高齢者の身体・認知特性に適した
システムでないとかえって運転操作を混乱させるものとなりかねない。そこで本研究では、高齢運転員に
対する最適な情報提供技術、情報提示タイミング等を室内及び屋外走行実験により明らかにする。また、
その際の高齢運転員の運転操作に及ぼす影響についても明らかにする。これらの知見を基にして高齢
者にとって受容性の高い支援方法の性能要件を明らかにする。
さらに、高齢運転員の場合、運転や情報認知の支援に加えて、運転員自身に機能低下を自覚させ慎
重な運転を誘導する方法も併用することが効果的である。このように運転行為を自ら改善し学習するため
に有効となる情報提供方法を追究する。個人間のばらつき、個人内のばらつきに着目し、運転員に適し
た情報提供を考える。
3
4.ミッションステートメント
(A) 本研究が目指すもの
これまでさまざまな交通移動体の事故分析が行われてきたが、事故原因の 70~80%は運転員のヒュー
マンエラーとされる。しかし、事故をより詳細に分析してみると、ヒューマンエラーといわれるものの背後にも、
必ずしも運転員の責に帰すことができないような多くの複合要因が存在することがわかる。しかも、高機能
化・高速化した交通移動体の制御は容易ではなく、時として極少時間での認知・判断能力や、過大とも思
われる操作能力が運転員に求められる場合がある。自動車、鉄道、船舶、航空機等のいずれの交通移
動体をとってみても、高度技術の導入にも関わらず事故率が長らく横ばい状態になっている原因は、まさ
にこの点にある。
事故低減が十分には実現できていない状況を打開するには、事故発生の直接的要因群を対象にする
従来型方式ではなく、潜在的危険状態への移行を早期に検出・防止する新しい「予防安全型」の技術が
必要であり、それなくして交通移動体事故低減のブレークスルーは為しえない。この観点は、いずれの交
通移動体にも共通するものであるが、本研究では、自動車、特に事業用自動車に対象を絞り、状況に潜
むリスク、運転員の状態、意図等を数理的・行動モデル的に同定し、運転員の置かれた状況ならびに運
転員の心身状態等を考慮に入れ、場面に応じた支援を運転員に提供することにより、事故低減を図るこ
とができる技術を開発する。
事業用自動車の事故は、一度に多数の人命を奪う可能性が高いが、事業用自動車を第 1 当事者とす
る事故件数は増大の一途をたどり、この 10 年間で約 1.5 倍となっている。これは「交通事故死者数半減」
というわが国の国家的目標達成を脅かすものであり、事業用自動車の交通安全対策の充実強化はまさに
緊急の課題である。
平成 13 年度の事業用自動車の重大事故 3337 件を例にあげると、運転員が走行環境や自身の状態を
的確に把握し、それに応じた運転をしておれば防げたであろう事故が 55%を占めている。ハイヤー・タク
シー等では、「安全不確認」、「動静不注意」、「わき見運転」、「漫然運転」等、状況認識の誤り、不適切な
意図、疲労等に起因する事故が約 65%にのぼっている。運転員は、状況を認知・予測しながら、それに
見合う意図を形成して運転行動を行っているが、状況、意図、行動の間に不整合が生じると潜在的危険
性が高まり、事故に至る可能性が生じる。安全不注意、動静不注意、わき見運転、漫然運転、過労運転
等は、そのような潜在的危険状態の例である。運転員がこのような潜在的危険状態に陥ることを防止する、
あるいは仮に潜在的危険状態に陥ったとしても早期にそれを検出し、安全な運転行動への復帰を促すし
くみがあったとすれば、現在発生している事故の半数以上は防げることになる。
本研究は、状況と意図と行動をセンシングし、実データに裏打ちされた状況・意図相互関係モデルに
基づいて状況・意図・行動間の不整合を実時間で検出することにより、事故の遠因となりうる潜在的危険
状態(安全不注意、動静不注意、わき見運転、漫然運転、過労運転等)への移行を防止、あるいは潜在的危
険状態から正常状態(安全運転行動)への復帰を促進することにより、事故の抜本的低減を図ろうとするも
のである。本研究が「交通事故死者数半減」に大きく寄与しうるものであることは、まさに上記統計データ
が示すところである。社会の高齢化・少子化の進行に伴い、高齢運転者数は増大の一途をたどっており、
高齢運転員による死亡事故も増加傾向にある。その原因として体力的、心理的な機能の劣化が指摘され
ているが、本研究は、高齢運転員の認知・判断・操作能力に応じた情報提示技術、安全確保技術の開発
も目指しており、高齢化現象が進展する事業用自動車の事故削減に向けて実効的な手段を提供するも
のである。
なお、本研究では、事故の社会的影響(一度に多数の人命が失われる可能性、経済的損失等)の大き
さや、開発する装置搭載への制約の少なさ(事業者への行政的指導、大型の装置でも搭載可能な空間の
存在)等の理由もあって、事業用自動車に対象を絞った研究としている。しかし、本研究で開発しようとし
ている諸技術は、基本的には一般の自動車にも展開可能なものであり、究極的には、事業用自動車、一
4
般自動車の区別なく、抜本的事故削減に寄与することが可能である。
(B) 研究終了時の具体的達成目標
本研究で開発する「予防安全型技術」を成す 6 つのクラスタ、すなわち、(1)実時間センシング技術、(2)
運転行動モデリング技術と状況・意図理解技術、(3)運転員心身状態評価技術、(4)運転作業状況に応じ
たアドバイス技術とインタフェース技術、(5)人間機械相互作用、(6)高齢者支援技術の各々について、本
研究終了時の具体的達成目標を示す。
(1) 「実時間センシング技術」: 状況に潜むリスクを運転員に提示するため、環境監視カメラ画像処理技
術、環境監視のための道路側装置と車載側装置、監視カメラと車載側提示装置の無線通信方式、運転
員や外界の動画像から運転員の顔や歩行者の位置を同定・追跡する手法を開発する。実車を用いた死
角解消の実証実験と模擬装置による評価実験を行い、動的環境の中での運転員視覚支援技術を確立
する。
(2) 「運転行動モデリング技術と状況・意図理解技術」: 運送用貨物自動車に搭載可能で 10 時間の長
距離運転行動データを記録できる装置を開発し、実際の路上での運転行動を蓄積することで、追従走行
モデルに基づき追従運転リスクの程度を、曲線部のハンドル・ペダル操作モデルに基づいて曲線部運転
リスクの程度を 3 段階で検知する技術を開発する。また、運転行動データと事故履歴から事故の原因と結
果の確率的依存関係を評価することで、事故予測と状況推定を行うための確率ネットワークを構築し、推
定された運転リスクを運転員に提示する装置を開発する。
(3) 「運転員心身状態評価技術」: 運転席における発話音声収集サブシステムの開発と発話音声収集
を進め、カオス論的な運転員疲労判定のための音声信号処理システム感度評価指標を明らかにする。ま
た、運転業務環境において十分な感度を実現する信号処理パラメータを明らかにし、運転員の過労状態
を検知し警告する技術を確立する。
(4) 「運転作業状況に応じたアドバイス技術とインタフェース技術」: 運転員の長距離運転行動データに
基づき、発話、視線、頭部方向変化等から通常運転からの逸脱を検出する。これより、運転員の疲労状
態や運転環境に応じた運転行動がおこなわれなかった場面において、逸脱を実時間で提示して運転員
の自発的運転行動改善を促す受容性の高いアドバイスシステムを開発し、運転員の負担とともに事故の
危険性をも低減することを目指す。
(5) 「人間機械相互作用」: 運転支援システムへの過度の依存や過信が生じたとき、それを実時間で推
定する技術を開発する。さらに、運転支援システムへの依存、警戒心、運転負荷、状況に潜むリスク、危
機回避に許される時間長等に応じて運転員と支援システムの間で動的に機能分担(自動化レベル)を変
更する適応的機能配分技術を開発する。
(6) 「高齢者支援技術」: 高齢者の状況認識を的確に支援する情報提示システムの開発をめざし、高齢
運転員の判断タイミングの決定要因、危険検出の有効視野等の認知特性を明らかにする。さらに、警報
システム作動時の高齢者の反応挙動データを蓄積することで、情報モードの適切な組み合わせ、表示タ
イミング、表示位置等、情報システムが具備すべき性能要件を明らかにする。
5
5.研究全体像
6
6.研究体制
7
実施体制一覧
研究
担当機関等
研究担当者
1. 人間機械相互作用に関する研究
(1) 状況・意図に応じた適応的機能配分
原理の開発
筑波大学大学院 システム
◎稲垣 敏之(教授)
情報工学研究科
筑波大学大学院 システム
古川 宏(助教授)
情報工学研究科
筑波大学大学院 システム
伊藤 誠(講師)
情報工学研究科
筑波大学大学院 システム
亀山 啓輔(助教授)
情報工学研究科
2. 状況・意図理解のための数理情報手法
に関する研究
(1) 状況・意図理解のための確率統計的
(独)産業技術総合研究所
栗田 多喜夫(副研究部
門長)
手法とビデオサーベイランス技術の開発
(独)産業技術総合研究所
大津 展之(フェロー)
(独)産業技術総合研究所
本村 陽一(主任研究員)
(独)産業技術総合研究所
西田 健次(主任研究員)
埼玉大学 情報システム工
田中 勝(助教授)
学科
(独)産業技術総合研究所
稲吉 宏明(主任研究
員、平成 17 年度~平成
18 年度)
(独)産業技術総合研究所
市村 直幸(グループ長、
平成 17 年度~平成 18
年度)
(独)産業技術総合研究所
藤木 淳(研究員、平成
18 年度)
(2) 動的環境センシングによる視覚増強
技術の開発
筑波大学大学院 システム
大田 友一(教授)
情報工学研究科
筑波大学大学院 システム
亀田 能成(助教授)
情報工学研究科
筑波大学大学院 システム
北原 格(講師、平成 17
情報工学研究科
年度~平成 18 年度)
筑波大学大学院 システム
向川 康博(講師、平成
情報工学研究科
16 年度)
8
3.
運転行動モデリングに関する研究
(1) 長距離運転行動データベースに基づ (独)産業技術総合研究所
員)
くリスク評価技術の開発
(2) 運転作業状態の推定技術の開発
宇津木 明男(主任研究
(独)産業技術総合研究所
赤松 幹之(研究部門長)
(独)産業技術総合研究所
加藤 晋(主任研究員)
(独)海上技術安全研究所
福戸 淳司(研究グルー
プ長)
(独)海上技術安全研究所
吉村 健志(主任研究員)
(独)海上技術安全研究所
丹羽 康之(研究員)
(独)海上技術安全研究所
伊藤 博子(研究員)
(独)海上技術安全研究所
沼野 正義(平成 16 年度)
塩見 格一 (上席研究
4. 運転員心身状態評価に関する研究
(1) カオス論的音声信号処理アルゴリズ
(独)電子航法研究所
員)
ムと実験用音声信号処理システムの開発
佐藤 清(主任研究員)
(2) 評価音声の収集と評価実験の実施
(財)鉄道総合技術研究所
澤 貢(主任研究員)
(財)鉄道総合技術研究所
水上 直樹(副主任研究
(財)鉄道総合技術研究所
員)
鈴木 綾子(研究員)
(財)鉄道総合技術研究所
藤本 敏彦(講師)
(3)音声信号処理システムの信頼性検証
のための生理学的研究
東北大学高等教育開発
推進センター
関根 道昭(グループ長)
5. 高齢者支援に関する研究
(1) 高齢者に適した情報提示技術のあり
方に関する研究
(独)交通安全環境研究所
岡田 竹雄(主任研究員)
(独)交通安全環境研究所
青木 義郎(主任研究
(独)交通安全環境研究所
員、平成 18 年度)
塚田 由紀(研究員、平
(独)交通安全環境研究所
成 18 年度)
森田 和元(副研究領域
(独)交通安全環境研究所
長、平成 16 年度~平成
17 年度)
益子 仁一(主任研究
(独)交通安全環境研究所
員、平成 16 年度)
稲葉 緑(非常勤研究
(独)交通安全環境研究所
員、平成 17 年度)
成 波(研究員、平成 17
(独)交通安全環境研究所
年度)
田中 健次(教授)
9
(2) 運転行動改善のための学習支援行
動の研究
電気通信大学 大学院情報
システム学研究科
稲葉 緑(助手、平成 18
電気通信大学 大学院情報
年度)
システム学研究科
◎稲垣 敏之(教授)
6. 研究運営委員会
筑波大学大学院 システム
情報工学研究科
◎ 代表者
10
7.研究運営委員会について
研究運営委員会委員一覧
氏名
所属機関
役職
筑波大学 大学院システム情報
教授
(研究実施者)
◎稲垣 敏之
工学研究科
大津 展之
(独)産業技術総合研究所
フェロー
栗田 多喜夫
(独)産業技術総合研究所
副研究部門長
脳神経情報研究部門
大田 友一
筑波大学 大学院システム情報
教授
工学研究科
宇津木 明男
(独)産業技術総合研究所
主任研究員
人間福祉医工学研究部門
赤松 幹之
(独)産業技術総合研究所
研究部門長
人間福祉医工学研究部門
福戸 淳司
(独)海上技術安全研究所 ヒュ
研究グループ長
ーマンファクタプロジェクトチーム
塩見 格一
(独)電子航法研究所
上席研究員
管制システム部
佐藤 清
(財) 鉄道総合技術研究所
主任研究員
人間科学研究部
藤本 敏彦
東北大学 高等教育開発推進
講師
センター
関根 道昭
(独)交通安全環境研究所
グループ長
自動車安全研究領域
田中 健次
電気通信大学 大学院情報
教授
システム学研究科
(外部有識者)
上田 陽一
産業医科大学 医学部
教授
第 1 生理学教室
片井 修
京都大学 大学院情報学研究科
教授
システム科学専攻
藤岡 健彦
東京大学 大学院工学系研究科
助教授
産業機械工学専攻
蓮花 一己
帝塚山大学 心理福祉学部
教授/副学長
心理学科
會田 和紀
ジェイアールバス関東(株)
車両部長
安全整備部
川原 茂
(株)ニヤクコーポレーション
執行役員 部長
安全統括グループ
矢倉 健三
(株)ヤマト運輸 関西支社
11
マネージャ 安全担当
加藤 隆一
国土交通省 北海道運輸局
部長
交通環境部
吉原 敬一
国土交通省 総合政策局
技術開発推進官
技術安全課
渡邉 誠
経済産業省 製造産業局
室長
自動車課 ITS 推進室
小島 幸夫
警視庁 科学警察研究所
主任教授
法科学研修所
(オブザーバー)
室谷 展寛
文部科学省 科学技術・学術
調整企画室長
政策局
◎研究運営委員長
運営委員会等の開催実績及び議題
(a) 運営委員会
第一回 (平成 16 年 9 月 27 日)
議題:本プロジェクトの全体像に関する説明
各研究についての説明
討議
第二回 (平成 17 年 3 月 23 日)
議題:本プロジェクトの全体像に関する説明
各研究についての進捗報告
討議
第三回 (平成 17 年 12 月 2 日)
議題:各研究についての進捗報告
本プロジェクトの最終成果物に関する説明
討議
第四回 (平成 18 年 7 月 31 日)
議題:各研究項目についての進捗報告
本プロジェクトの最終成果物に関する説明
アウトリーチ活動についての説明
討議
(b) 研究成果報告会
第一回 プロジェクトシンポジウム「状況・意図理解によるリスクの発見と回避」
第二回 プロジェクトシンポジウム「事業用自動車の安全に向けて」
第三回 最終成果報告会および成果物デモンストレーション
12
(平成 17 年 3 月 23 日)
(平成 18 年 8 月 1 日)
(平成 19 年 3 月 26~27 日)
(c) 研究連絡会
全体リーダー会議:
第一回 (平成 16 年 8 月 20 日)
第二回 (平成 17 年 2 月 1 日)
第三回 (平成 17 年 11 月 21 日)
個別リーダー会議:
第一回 (平成 17 年 8 月 17 日)
筑波大学、産業技術総合研究所、海上技術安全研究所
第二回 (平成 17 年 9 月 6 日)
筑波大学、産業技術総合研究所
第三回 (平成 17 年 9 月 15 日)
筑波大学、交通安全環境研究所
第四回 (平成 17 年 10 月 4 日)
筑波大学、電気通信大学
第五回 (平成 17 年 10 月 4 日)
筑波大学、産業技術総合研究所、海上技術安全研究所
第六回 (平成 18 年 7 月 5 日)
筑波大学、産業技術総合研究所、海上技術安全研究所
第七回 (平成 18 年 10 月 24 日)
筑波大学、海上技術安全研究所
第八回 (平成 18 年 11 月 18 日)
筑波大学、産業技術総合研究所
13
Ⅱ.経費
1.所要経費
(直接経費のみ)
研究
(単位:百万円)
研 究
担当機関等
担当者
1. 人間機械相互作用に
筑波大学大学院
稲垣 敏之
関する研究
システム情報工学
古川 宏
研究科
伊藤 誠
(1) 状況・意図に応じた適応
所要経費
H16
H17
H18
年度
年度
年度
24.1
26.6
22.5
73.2
9.0
17.0
17.7
43.7
5.0
11.9
13.1
30.0
43.0
27.4
24.9
95.3
10.0
7.0
11.0
28.0
合計
亀山 啓輔
的機能配分原理の開発
2. 状況・意図理解のための
数理情報手法に関する研究
(1) 状況・意図理解のため
の確率統計的手法とビデオ
(独)産業技術総合 栗田 多喜夫
大津 展之
研究所
本村 陽一
サーベイランス技術の開発
西田 健次
田中 勝
稲吉 宏明
市村 直幸
藤木 淳
(2) 動的環境センシングに
筑波大学大学院
大田 友一
よる視覚増強技術の開発
システム情報工学
亀田 能成
研究科
北原 格
向川 康博
3.
運転行動モデリングに
関する研究
(1) 長距離運転行動データ
ベースに基づくリスク評価技
(独)産業技術総合 宇津木 明男
赤松 幹之
研究所
加藤 晋
術の開発
(2) 運転作業状態の推定
技術の開発
(独)海上技術安全 福戸 淳司
吉村 健志
研究所
丹羽 康之
伊藤 博子
沼野 正義
14
4. 運転員心身状態評価に
関する研究
(1) カオス論的音声信号
処理アルゴリズムと実験用
(独)電子航法研究 塩見 格一
19.2
20.2
20.0
59.4
4.6
5.1
5.1
14.8
5.9
4.5
5.0
15.4
30.2
9.2
1.9
41.3
6.6
1.3
5.0
12.9
1.4
4.8
6.6
12.8
159.0
135.0
132.8
426.8
所
音声信号処理システムの開発
(2) 評価音声の収集と評価
(財)鉄道総合技術 佐藤 清
澤 貢
研究所
実験の実施
水上 直樹
鈴木 綾子
(3) 音声信号処理システム
の信頼性検証のための生理
東北大学高等教育 藤本 敏彦
開発推進センター
学的研究
5. 高齢者支援に関する研究
(1) 高齢者に適した情報提
示技術のあり方に関する研究
(独)交通安全環境 関根 道昭
岡田 竹雄
研究所
青木 義郎
塚田 由紀
森田 和元
益子 仁一
稲葉 緑
成 波
(2) 運転行動改善のための
学習支援行動の研究
田中 健次
電気通信大学
大学院情報システ 稲葉
緑
ム学研究科
6. 研究運営委員会
筑波大学大学院
稲垣 敏之
システム情報工学
研究科
所 要 経 費
(合 計)
15
2.使用区分
(単位:百万円)
1
設備備品費
2(1)
2(2)
小計
31.4
2.3
5.0
38.7
試作品費
2.9
0.0
7.9
10.8
消耗品費
2.9
10.0
11.2
24.1
人件費
8.6
20.4
0.0
29.0
その他
27.4
11.0
5.9
44.3
間接経費
22.0
13.1
7.6
42.7
計
95.2
56.8
37.6
189.6
3(1)
設備備品費
3(2)
4(1)
小計
19.8
2.8
0.1
22.7
試作品費
0.0
0.0
3.6
3.6
消耗品費
3.9
2.8
3.2
9.9
人件費
0.0
3.8
0.0
3.8
その他
71.6
18.6
52.4
142.6
間接経費
28.6
8.4
17.8
54.8
123.9
36.4
77.1
237.4
計
4(2)
4(3)
5(1)
小計
設備備品費
0.0
6.7
22.6
29.3
試作品費
0.0
0.0
0.2
0.2
消耗品費
7..6
3.4
2.0
13.0
人件費
0.0
4.5
4.0
8.5
その他
7.2
0.8
25.2
33.2
間接経費
4.4
4.6
12.6
21.6
19.2
20.0
66.6
105.8
計
5(2)
6
小計
総計
設備備品費
6.8
0.8
7.6
98.3
試作品費
0.0
0.0
0.0
14.6
消耗品費
0.2
1.5
1.7
48.7
人件費
0.0
0.8
0.8
42.1
その他
5.9
9.7
15.6
235.7
間接経費
3.9
3.8
7.7
126.8
16.8
16.6
33.4
566.2
計
※備品費の内訳(購入金額 5 百万円以上の高額な備品の購入状況)
【装置名:購入期日、購入金額、購入した備品で実施した研究テーマ名】
① 6 軸モーションベースドライビングシミュレータ:2005 年 9 月,15.4 百万円,サブテーマ 1
② 多関節型非接触三次元測定装置:2004 年 12 月,5.3 百万円,サブテーマ 5.1
③ 研究用ドライビングシミュレータ:2004 年 9 月,5.3 百万円,サブテーマ 5.2
16
Ⅲ.研究成果
1.研究成果の概要
本研究プロジェクトで開発を目指した予防安全型技術とは、(1)まずは、運転員の「状況認識力を強化」
することによって、判断・操作が適正に行われるための基盤づくりをし、(2)運転を継続しているうちに「通
常からの逸脱が発生すれば、それを検出して注意喚起・警報提示」を行うことによって正常への復帰を促
し、(3)それでも改善が見られない、あるいは改善を待っているだけの時間余裕がないなどの場面では、
「状況に応じて機械が自律的安全制御を実行する」といった、時間の流れのなかでの「多層支援構造」を
持つものである。この多層支援構造の実現に必要な技術が、①環境を実時間でセンシングし、運転員に
は見えないリスク(危険要因)の可視化を図る視覚支援技術、②機械が運転員の意図・行動や交通環境を
理解するための技術、③運転員の発話音声から運転員の疲労度を推定する技術、④運転員の行動や状
態が不適切であると判定された場合にそれを運転員に提示する技術、⑤運転員の心的状態の不適切さ
(過信、警戒心欠如、心的高負担など)を検出する技術と、状況に応じて人と機械の役割分担を動的に変
更する技術である。さらに、⑥高齢者支援技術においては、高齢運転員の著しい増加を踏まえ、上記す
べての情報提示における設計基盤の明確化を図った。
①~⑥の各々についての詳細な研究目標と得られた成果を、順次以下に述べる。
(1) 研究目標と目標に対する結果
①目標(実時間センシング): 状況に潜むリスクを運転員に提示するため、環境監視カメラ画像処理技術、
環境監視のための道路側装置と車載側装置、監視カメラと車載側提示装置の無線通信方式、運転員や
外界の動画像から運転員の顔や歩行者の位置を同定・追跡する手法を開発する。実車を用いた死角解
消の実証実験と模擬装置による評価実験を行い、動的環境の中での運転員視覚支援技術を確立する。
結果: 状況に潜むリスクを運転員に提示するために、環境監視カメラの画像処理技術の開発、環境監
視のための道路側装置と車載側装置の製作、監視カメラと車載側提示装置間の無線通信システムの構
築を行い、死角解消の実証実験と模擬装置による評価実験を経て、動的環境の中での運転員視覚支援
技術を開発した。(サブテーマ 2.2)
さらに、運転員の状況認識のための画像認識技術として、矩形特徴を利用した顔検出器の性能向上を
はかることにより、勾配法により顔検出器の顔らしさの値が最大となる位置を追跡する顔追跡手法、向き
別顔検出器と判別分析を組合せた顔向き推定手法等を開発した。個々で開発された技術群の応用によ
って、歩行者の位置の同定・追跡も可能であることを確認した。(サブテーマ 2.1)
②目標(運転行動モデリング技術と状況・意図理解技術): 運送用貨物自動車に搭載可能で 10 時間の
長距離運転行動データを記録できる装置を開発し、実際の路上での運転行動を蓄積することで、追従走
行モデルに基づき追従運転リスクの程度を、曲線部のハンドル・ペダル操作モデルに基づいて曲線部運
転リスクの程度を 3 段階で検知する技術を開発する。また、運転行動データと事故履歴から事故の原因と
結果の確率的依存関係を評価することで、事故予測と状況推定を行うための確率ネットワークを構築し、
これら推定された運転リスクを運転員に提示する装置を開発する。
結果: 運送用貨物自動車に搭載可能で 10 時間の長距離運転行動データを記録できる装置を 9 台開
発し、東京―大阪間の高速道路を定期運行する 11 台の運送用貨物自動車に搭載して、12 名の運転員
の運転行動データを半年間程度に渡って収集・蓄積した。運転行動データと事故履歴データを用いて、
追従走行や追越しに関する運転行動の確率モデルおよび曲線部など場所固有の運転行動の確率モデ
17
ルを構築した。この確率モデルと運転行動の比較に基づいて運転リスクの程度を 3 段階で検知し、運転
員に提示する装置を開発した。(サブテーマ 3.1)
また、走行シーンに対する運転員の危険認知の因果的階層構造をモデル化し、画像認識手法と認知
構造のモデルを組合せることによって、画像データから運転員や周囲の状況を自動的に認識する確率的
推論システムを開発した。さらに、複数の車線モデルのあてはめと追跡に基づく自車走行状態推定手法
と車両検出手法、それらを組合せて他車との相対速度を推定する手法、追越し可能な状況であるか否か
を判定する手法などの車外の状況認識技術を開発した。(サブテーマ 2.1)
③目標(運転員心身状態評価技術): 運転席における発話音声収集サブシステムの開発と発話音声収
集を進め、カオス論的な運転員疲労判定のための音声信号処理システム感度評価指標を明らかにする。
また、運転業務環境において十分な感度を実現する信号処理パラメータを明らかにし、運転員の過労状
態を検知し警告する技術を確立する。
結果: 運転席における発話音声収集サブシステムを開発し、4 トン貨物自動車などを用いた実車実験
を行うことによって発話音声を収集するとともに、カオス論的な運転員疲労判定のための音声信号処理シ
ステムにおいて、脳活性度指数(Cerebral Exponent Macro: CEM)値が疲労に伴う脳の活性度低下を感度
よく表す指標として有用であることを明らかにした。また、運転業務環境において十分な感度を実現する
ための信号処理パラメータを探索した結果をアルゴリズム(SiCECA と命名)にまとめ、運転員に負担となら
ないような内容の「問いかけ」に対する 5 秒間の発話データから 5 秒の計算時間で CEM 値を算出できる
ようにするとともに、CEM 値が通常の範囲から逸脱したときに運転員にフィードバックする技術を確立した。
(サブテーマ 4)
④目標(運転作業状況に応じたアドバイス技術とインタフェース技術): 運転員の長距離運転行動データ
に基づき、発話、視線、頭部方向変化等から通常運転からの逸脱を検出する。これより、運転員の疲労
状態や運転環境に応じた運転行動がおこなわれなかった場面において、逸脱を実時間で提示して運転
員の自発的運転行動改善を促す受容性の高いアドバイスシステムを開発し、運転員の負担とともに事故
の危険性をも低減することを目指す。
結果: 運送用貨物自動車の運転員の長距離運転行動データ(運転員の頭部、上半身のビデオ映像を
含む)を蓄積し、車両状態データと発話、視線、頭部方向変化等を組合せて解析し、追越しに伴う車線変
更について道路交通状況と運転行動との関係をデータベース化することにより、右ウィンカ点灯持続時間
などの計測データから、通常運転からの逸脱(すなわち、状況に即していない運転行動)を検出できるよう
にし、逸脱を実時間での提示ならびにアドバイス提供を可能にした。なお、運転員の自発的運転行動改
善を促すには、過去の事故情報を含む詳細情報の提示が有用であることが判明したため、運転後に詳
細情報を提示するシステムも開発した。(サブテーマ 3.2)
⑤目標(人間機械相互作用): 運転支援システムへの過度の依存や過信が生じたとき、それを実時間で
推定する技術を開発する。さらに、運転支援システムへの依存、警戒心、運転負荷、状況に潜むリスク、
危機回避に許される時間長等に応じて運転員と支援システムの間で動的に機能分担(自動化レベル)を
変更する適応的機能配分技術を開発する。
結果: 運転支援システムへの過度の依存や過信が生じたとき、それを実時間で推定する技術を開発し
た。具体的には、後部座席からものをとるなどの特定の体動を伴う動作(サブテーマ 3.2 の調査で多数観
18
測)を運転席の圧力分布とその変化から検出する技術、携帯電話の使用等に伴う運転への注意阻害(認
知的ディストラクション)やその結果としての心的負担上昇を視線方向、顔表面温度等の非拘束センシン
グデータに基づいて実時間推定を行うアルゴリズムを開発した。さらに、運転支援システムへの依存、警
戒心、運転負荷、状況に潜むリスク、危機回避に許される時間長等に応じて運転員と支援システムの間
で動的に機能分担(自動化レベル)を変更する適応的機能配分技術を開発した。特に追越し行動を例に、
運転員の「車線変更の意図」を検出する技術を開発し、運転員にとっての通常の追越しタイミング(サブテ
ーマ 3.1 の技術を応用して推定)が近づいているとき、追越車線後方からの車両が接近している(サブテー
マ 2.1 の技術を用いて検出)にもかかわらず、運転員の周囲確認行動が観測されないときは、ステアリング
をやや重くして、状況認識強化と衝突リスク低減を図るシステムを実現した。また、先行車との車間距離が
急速に短くなっているとき、運転員が通常の心的状態であると推定されるなら、その運転員のふだんのブ
レーキタイミングを基準にして警報を提示すれば、システムへの過度の依存を惹き起こさずに事故を低減
できることを確認した。さらには、ふだんの追越しタイミングの近接とともに運転員が追越車線に注意を向
けすぎていると推定される場合は、システムの制御介入が事故回避に有効であることを明らかにした。(サ
ブテーマ 1)
⑥目標(高齢者支援技術): 高齢者の状況認識を的確に支援する情報提示システムの開発をめざし、高
齢運転員の判断タイミングの決定要因、危険検出の有効視野等の認知特性を明らかにする。さらに、警
報システム作動時の高齢者の反応挙動データを蓄積することで、情報モードの適切な組合せ、表示タイ
ミング、表示位置等、情報システムが具備すべき性能要件を明らかにする。
結果: 高齢者の状況認識を支援する情報提示システムの開発に資するべく、高齢運転員の判断タイミ
ングの決定要因を調べ、2kHz, 時間長 300ms の警報を、750-1500ms 前に提示するのがよいことを明ら
かにした。危険検出の有効視野等の認知特性を調べ、中心から左右 5 度以内への提示が高齢者にとっ
ても認知しやすいことなどを明らかにするとともに、警報システム作動時の高齢者の反応挙動データを蓄
積し、視覚情報提示直前に対象の位置情報を与える必要があることを明らかにした。(サブテーマ 5.1)
さらに、高齢者の自己学習促進によって状況認識の的確化を図るという点から情報システムが具備す
べき性能要件を検討し、体験型教示法(自分の運転状況の中で起こりうる最悪のシナリオを体験させるこ
と)が高齢者にとって有効であることを示した。(サブテーマ 5.2)
(2) ミッションステートメントに対する達成度
本研究の研究は予定どおりに進捗し、ミッションステートメントに記した各目標も予定どおり達成された。
いくつかの目標については当初予定を超えた成果が得られている(総計 11 件)。それらを以下に述べる。
①目標(実時間センシング): つぎの点で予定を超えた成果を得ている。
(a) 交通状況に潜むリスクを運転員に視覚的に見せるには、死角領域を直感的に理解できる形で可視
化して提示する方式が有効であるとの知見に研究途上で至り、複合現実感を応用した視覚増強技術
の研究開発を積極的に推進し、左折時の巻き込み事故の防止に有効な浮動式仮想鏡の開発に成
功した。(サブテーマ 2.2)
②目標(運転行動モデリング技術と状況・意図理解技術): つぎの3点で予定を超えた成果を得ている。
(a) 長距離運転行動データベースを使ったデータ解析ツールとして、データベース可視化インタフェース
を作成した。時系列データ、交通状況プロット、動画データ等を同期表示することによって状況を可
19
視化し、条件式を設定して条件と一致するデータをスキャンするものである。これにより典型的な高リ
スク状況のデータを収集し、データの詳細な解釈を行うことが容易になった。(サブテーマ 3.1)
(b) 運転行動データを走行位置(キロポスト)によって整列して、確率分布を求める解析手法を開発した。
これにより、個々の走行の場所毎の運転リスクを確率的に評価することが可能になった。また、リスク
の高さとパターンによって各地点を分類することで、データの統計分析に基づく高速道路上のリスク
マップを作成することを可能にした。(サブテーマ 3.1)
(c) 統計的パターン認識手法の高度化に関して、Particle Swarm Optimiztion (PSO)を利用してサポート
ベクターマシンのハイパーパラメータを探索する手法を開発した。これは、PSO 等の最近の最適化手
法がパターン認識器の設計においても有効であることを示すものであり、平成 19 年度に開始された
科研費基盤研究(C)「パターン認識のための探索的モデル選択法に関する研究」をはじめ、この方
向でのさらなる研究開発のための基礎となっている。(サブテーマ 2.1)
(注) サブテーマ 2.1 については、サブテーマ 1 との連携により、当初予想を超えた成果をおさめて
いるが、それについては「⑤目標(人間機械相互作用)」(a)および(b)で述べる。
③目標(運転員心身状態評価技術): つぎの 2 点で当初予定を超えた成果を得ている。
(a) 当初は、運転員が発話してから3分程度で、分析結果を提示できるようにすることを目指していたが、
新規アルゴリズムの着想を得たことにより、本研究で構築した試作システムでは、運転員の発話後、
約5秒で診断処理を完了することができるようになった。(サブテーマ 4)
(b) 試作システムの大きさについても、当初は「20kg、200W」を目標としていたが、最終的に開発した装
置では「10kg、100W」となり、小型化に成功している。(サブテーマ 4)
④目標(運転作業状況に応じたアドバイス技術とインタフェース技術): つぎの点で予定を超えた成果を
得ている。
(a) 運送事業者が、低コストで運転行動データベースと評価システムを導入することができるよう、インタ
ーネットを活用したサーバ・クライアント型のシステムを提案した。このシステムには、ドライブレコーダ
で取得した走行データをインターネット経由でサーバにアップロードする機能と、インターネットに接
続された PC があれば、いつでもどこからでもデータ解析した結果を閲覧することができる機能がある。
このシステム開発は、研究実施期間中に開催された研究運営委員会において、外部有識者委員か
ら提示された要請に応えようとしたものである。(サブテーマ 3.2)
⑤目標(人間機械相互作用): つぎの4点で予定を超えた成果を得ている。
(a) サブテーマ 3.2 による長距離運転行動データの画像解析により、過信や警戒心欠如に伴って発生
する「後部座席からものをとる」などの副次動作の検出の必要性は、当初の予想以上に重要な課題
であることがわかった。そこで、サブテーマ1と 2.1 の連携により、運転席座面・背面の圧力「分布」とそ
の時間的変化を利用することにより、副次動作を高精度で検出する技術を開発した。この背景には、
本研究開始 1 年後にあるメーカーによって開発された、ノイズがきわめて少なく運転席に組み込みや
すい新たな面圧分布センサの試作品が利用できるようになったことがある。(サブテーマ 1)
(b) 上記技術による座面の圧力分布データが利用できるようになったことから、運転員の予防安全的準
備行動のひとつである「ブレーキカバー行動」(いつでもブレーキが操作できるよう、ブレーキペダル
上方に足を移動させる行動)を高精度で検出できるようになった。この成果も、サブテーマ 1 と 2.1 と
の協力体制があってこそはじめて可能となったものである。当初の予定としては、足下にレーザ変位
計があることを前提としていたが、本成果により、副次動作のみならず、予防安全のための準備行動
の検出にも座面の圧力分布情報が利用できることが明らかとなった。運転席の圧力分布は、運転姿
20
勢の適否の評価や、座り心地の評価などにも利用できるという意味で有用性が高い。(サブテーマ 1)
(c) 先行車追越しを目的とした車線変更が行われる場合の意図検出について、従来の技術では、車線
変更操作開始後約3秒経過した時点での意図検出が限界であったが、本研究では、車線変更開始
の約2秒前までに車線変更意図の検出ができる技術を開発した。車線変更操作が開始された後にな
ってようやく「車線変更をしようとしている」ことがわかっても予防安全的には効果は薄い。本研究によ
って、車線変更がまだ始まっていないうちに意図を検出することの技術的見通しが立ったことにより、
予防安全技術としての「ソフトプロテクション」の実現可能性が高まったといえる。(サブテーマ 1)
(d) 運転員が過信などの状態に陥っていなくとも、見えにくい領域の認識は支援が必要であることから、
死角位置を走行する車両がある場合にサイドミラーの角度を動的に調整して状況認識を強化する技
術(ダイナミック・サイドミラーと命名)を開発し、その有効性を検証した。これは、本研究実施期間中に
得た着想に基づいて開発したものであり、当初計画には含まれていなかったものである。(サブテー
マ 1)
(3) 当初計画どおりに進捗しなかった理由
該当なし
(4) 研究目標の妥当性について
自動車運転行動は、動的に変化する交通環境の中での認知、判断、操作の繰り返しとされるが、最も基
本となるのが認知である。すなわち、認知が正しくなければ、それに引き続く判断や操作は正しくありよう
がない。認知の対象は、「走行環境」(道路形状、路面状態、車の混み具合、自車に影響を及ぼし得る車
両の動静、歩行者の存在など)、「自車」(ハードウェアや運転支援システムの動作状況)、「運転員自身」
(運転中の自らの心身状態)など、多岐にわたるが、これらすべてに同時に注意を向けることは困難であり、
しかも人の注意には持続性がない(図1)。また、人の特性として、認知が不得手あるいは不可能なものも
ある。状況の認知・予測に誤りや欠損が混入すると、状況と運転員の意図や行動の間に不整合が生じて
潜在的危険性が高まり、事故に至る可能性が生じることになる。
運転員
認知
z
z
z
z
z
認知の対象
環境
他者・他車両
自分自身
運転支援システム
状況
判断
操作
z 不適切な判断
(意図形成)
認知が不完全
z 不適切な操作
図 1 リスク環境下での認知・判断・操作
21
このような視点に立ち、本研究では、状況と意図と行動をセンシングし、運転員の状況認識を支援・強
化するとともに、状況・意図・行動の間の不整合があれば、それを実時間で検出し、通常あるいは正常か
らの逸脱が疑われる事態に至ったときは、それが潜在的危険状態へ移行するのを抑止または正常への
復帰を促進するが、正常への復帰が見られないうちに危険が迫ることが予測される場合には、運転員と
機械の役割分担を変更して安全を確保するという、「多層的構造」を持った「予防安全型」の運転員支援
技術の開発を目標に定めて研究を遂行してきた(図2)。
運転員
認知
状況
判断
操作
「認知」の推測
観測
「意図」の推測
状況の中での意図の適正さを評価
→ 「正常」からの逸脱を検出
図 2 状況の中での意図と認知の推測
本研究が終了した今、この 3 年間のできごとを振り返ってみるとき本研究の研究目標設定は、以下の理
由から極めて妥当であったと考えることができる。
(a) 交通事故防止は社会をあげてさまざまな努力がなされているが、許容できる(あるいは許容せざる
を得ない)程度に低いレベルまで事故低減が実現できていないのが現状である。本研究は、「交通事故に
よる死者数を 10 年間で半減すべし」との政策目標に合致するものを求める公募に応えるべく提案された
ものであり、ひとたび事故が起こるとその影響ならびに被害規模が甚大である事業用自動車を対象として
予防安全技術の開発を進めてきた。貨物自動車やバスを第一当事者とする大型の追突事故が何度も繰
り返されること、「認知」のエラーのひとつである「発見の遅れ」だけを取り出しても、運転員の人的要因別
の交通死亡事故発生原因の 60%を超えるという事実は、本研究の成果を可能な限り早期に世に送り出
す必要がますます高まっていることを示すものといえる。
(b)
運転員の居眠りによる事故を防ぐための技術開発は高い関心を集めているが、居眠りをしていな
くても、運転員の状況認識が正確・完璧であるという保証がないことはすでに述べてきたとおりである。実
際、自動車メーカーあるいは電装部品メーカーなどでは、運転員の不適切な行動が見られたときは、何ら
かのリスク低減措置を実行する機能を有する運転支援システムに高い関心を持ち、自らも研究開発に取
り組んでいるところが少なくない。本研究が開始されてしばらくした頃に、あるメーカーが公表したシステム、
すなわち、運転員の「わき見」が疑われるときは、通常の場合に比べてブレーキの作動タイミングをわずか
に早めるなどの工夫を凝らした衝突被害軽減装置などは、そのような運転支援システムの好例である(実
22
際、本研究のサブテーマ 1 においても、同趣旨のシステムの研究を進めていた)。別項でも述べるが、本
研究ではアウトリーチ活動にも多大な努力を傾注してきた。そのこともあって、本研究の進捗状況ならび
に成果の一部が次第に明らかになるにつれて、自動車メーカーや電装部品メーカーなどから、研究内容
の問合せ、実験装置の見学・体験申し込み、共同研究の打診が増えてきた。これは、本研究の目標設定
が企業サイドから見ても魅力あるものであったことを示しているといえよう。なお、研究期間終了を待って
共同研究を開始したケースもある。
(c) 実時間センシングに基づいて運転員の心身状態を推定するとともに、運転員の意図も推測し、状
況と意図の間に不整合が見出されたときは、適切なフィードバックならびに機械による支援を運転員に提
供する技術を開発しようとする本研究に対しては、国内外の学会から高い関心が寄せられてきた。たとえ
ば、自動車技術会では、「人が機械を知ることは重要であるが、機械が人を知ることも重要でもある」との
認識のもとに、2005 年 12 月、ヒューマトロニクス・シンポジウムを開催しているが、この趣旨は本研究の狙
いと軌を一にするものである。実際、研究代表者(稲垣敏之)は同シンポジウムから招待講演を求められ
た。また、電子情報通信学会からは、2006 年 12 月発行の同学会誌「信頼性のフロンティア」小特集号に
おいて、リスク環境における人と機械の協調のありかたとして本研究で提唱している「多層支援」について
解説を求められ、自動車技術会からは、機関紙「自動車技術」の特集号「これからのセンシング技術」
(2007 年 2 月発行)において、本研究が目指すものについての解説「運転支援とセンシング」の執筆を依
頼された。さらに、自動車技術会ドライバ評価手法検討部門主催の公開委員会では、本研究の成果の解
説講演(90 分)を依頼された(2007 年 4 月 18 日)。本研究に関しては、海外からも関心が寄せられている。
たとえば、研究代表者は 2005 年 2 月、ドイツ・ブラウンシュバイクで開催された交通移動体における運転
支援技術に関する国際会議 AAET2005 での基調講演を依頼された。また、運転支援の先端的研究論文
を収集した書籍(2007 年 4 月、Springer Verlag 発行)においては、特に 1 章を設けて本研究の紹介を行う
よう依頼を受けた。2007 年 9 月に韓国ソウルで開催される IFAC Human Machine Systems 2007 国際シン
ポジウムでは、オーガナイズドセッション “Context-dependent driver support”(オーガナイザ:稲垣敏之)
を設け、6 件の論文によって本研究プロジェクトの成果を海外へ向けて公表する提案を行ったところ、国
際プログラム委員会での関心ならびに評価が高く、全会一致で採択が決定したとの連絡を受けている。
他にも学会や委員会などから招待講演依頼を受けてきたが、詳細については別項目の記述に譲る。
(d) 本研究に関しては、国のレベルでも成果が期待されてきた。国土交通省では、航空機や鉄道にお
いてヒューマンエラーに関連した事故やインシデント、あるいはトラブルが相次いだことから、2005 年 6 月、
「公共交通機関におけるヒューマンエラー事故防止のための検討委員会」(委員長:国土交通次官)を設
置し、事故防止策を検討した。そして、外部アドバイザリー委員(本研究の研究代表者(稲垣敏之)も委員
のひとり)からの意見を参考に、法令の改正を含めた安全施策が打ち出された。そのうちのひとつが、第 3
期科学技術基本計画社会基盤分野の「重要な研究開発課題」として国土交通省総合政策局が 2006 年
度から推進している「ヒューマンエラーによる事故の防止:オペレータの危険状態への移行の未然防止」
である。ここでは、「2010 年度までに、リアルタイムにオペレータの心身状態を把握し、疲労・パニックなど
の事前兆候を検出する技術を確立するとともに、正常な運行状態からの逸脱を検出する技術を確立する。
また、運行状態に応じた適切なアドバイス・支援を可能とする技術を開発する」ことがうたわれている。この
研究開発課題は、まさに本研究の目標と軌を一にするものである。
(e) 国土交通省自動車交通局では、かねてより「先進安全自動車(Advanced Safety Vehicle: ASV)」開
発プロジェクトを推進してきたが、1 期 5 年の ASV プロジェクトも、2006 年 9 月からは第 4 期に入った。本
研究の研究代表者(稲垣敏之)は、第 4 期 ASV プロジェクトの推進検討会、技術開発分科会、普及促進分
23
科会の委員に任命された。これは、国土交通省が本研究に関心を示していたことによるものである。第 3
期までは、一般乗用車ならびに 2 輪車が研究開発対象であったが、第 4 期からは、大型事業用自動車が
新たに研究開発対象に加わり、運転員のブレーキ操作が遅れた場合などに、システムが先行車への衝
突・追突の可能性を予測すると、運転員に警報を発するだけでなく、必要に応じて自律的なブレーキ操
作を行うシステムの開発と同システムを普及させるための安全施策が検討されるなど、本研究に関連する
内容が少なくない。さらに、走行環境のセンシングとそれに基づく運転員支援技術の開発に留まらず、運
転員の心身状態センシング技術開発へも眼を向けるべきであるとの意見も出されるようになってきた。本
研究の研究実施期間の最終段階において、本研究で得られた知見や成果を活用できる環境が国レベル
の事業の中でも与えられたことは、本研究の研究目標設定の妥当性と先見性を示すものといえる。
(5) 情報発信 (アウトリーチ活動等)について
本研究初年度にはアウトリーチ活動は義務化されておらず、予算を計上して本格的にアウトリーチ活動
に取り組んだのは 2 年目以降である。ただし、初年度においてもシンポジウムを開催するなど、アウトリー
チ活動を進めていた。具体的には、以下に示すとおりである。
①プロジェクト説明冊子の作成、配布(配布先は、自動車・電装部品メーカー、運送事業者等)
-
パンフレット作成・配布(2005 年 8 月)。パンフレットは、冊子体のほかに、pdf 版も作成し、ウェブ
サイトで公表するとともに、CD に納めたものも要望に応じて配布している。この結果、本田技研
安全運転普及本部の機関紙「セーフティジャパン」(交通行政諸官庁、自動車販売店等に配
布)から取材を受けるとともに、運送事業者関係 1 社から問い合わせあり。
-
ニュースレター作成・配布(2006 年 3 月)。研究者向けに、2006 年 3 月時点での成果論文をまと
めた CD を作成し、ニュースレターとともに配布。
-
ニュースレター補足版作成・配布(2006 年 8 月)
-
成果概要作成・配布(2007 年 3 月)。研究者向けに、2007 年 3 月時点での成果論文を全てまと
めた CD を作成し、ニュースレターとともに配布。一般向けには、成果のデモビデオを作製し、
配布。バス会社、県バス協会などから個別に問合せを受け、関連資料等を送付。
②シンポジウム等の開催
-
第 1 回プロジェクト主催シンポジウム、対象:一般、場所:筑波大学東京キャンパス(2005 年 3
月 23 日)、参加者:約 40 名
-
第 2 回プロジェクト主催シンポジウム、対象:一般、場所:札幌厚生年金会館(2006 年 8 月 1 日)、
参加者:約 220 名
-
最終成果報告会、対象:一般、場所:筑波大学総合研究棟 B(2007 年 3 月 27 日)、参加者:約
30 名
-
計測自動制御学会システム・情報部門講演会 2005 オーガナイズドセッション「ドライバ状態推
定と運転支援」、対象:研究者、場所:九州大学医学部(2005 年 11 月 28 日-30 日)
-
IFAC-HMS 2007 国際会議オーガナイズドセッション “Context-dependent driver support”、対
象:研究者・技術者、場所:リッツカールトン・ソウル(2007 年 9 月 4 日-6 日:予定)。
③研究施設公開
-
第 1 回研究施設公開、対象:一般、場所:筑波大学総合研究棟 B(2005 年 10 月 8 日-9 日)、
参加者:約 120 名
24
-
第 2 回研究施設公開、対象:メーカー等技術者、場所:筑波大学総合研究棟 B(2006 年 3 月
10 日-11 日)、参加者:約 60 名
-
第 3 回研究施設公開、対象:一般、場所:筑波大学総合研究棟 B(2006 年 10 月 9 日-10 日)、
参加者:約 50 名
-
その他、個別の研究施設見学に随時対応した。
— 実績: 米国・MIT, スウェーデン・リンシェピン大学、フランス・ベルフォール・モンベリア
ール大学、韓国・Paichai 大学、筑波大学附属中学校など。
④ウェブサイトの構築・運営
-
2004 年 7 月プロジェクト発足と同時に、プロジェクト事務局を置く筑波大学認知システムデザイ
ン研究室ウェブサイト内に http://www.css.risk.tsukuba.ac.jp/project/kashinhi.html を開設。
-
2005 年度より、http://www.kashin.risk.tsukuba.ac.jp/としてウェブサイトを独立させて運営。メ
ーカー10 社程度ならびに関連研究所より、ウェブサイトを閲覧しての資料請求の依頼あり。
⑤技術交流
-
2004 年度には、メーカー2 社と技術交流を個別に開催。
-
2005 年度には、メーカー4 社と技術交流を個別に開催。
-
2006 年度には、メーカー6 社と技術交流を個別に開催。
⑥その他
-
研究成果の一部をイノベーションジャパン 2006 に出展。「 I-08: 道路監視カメラ映像を用いた
運転者への視覚支援方式」(サブテーマ 2.2)、場所:東京国際フォーラム(2006 年 9 月 13 日-15 日)
-
高校への出前講義(1 回)
-
インターンシップ申込 2 件
-
MIT ならびに Volpe Center(米国 DOT の研究機関)を訪問し,本研究プロジェクトの研究成果
を紹介(2006 年 12 月 4 日-8 日)。
(6) 研究計画・実施体制について
(a) 研究計画の妥当性や連携を取るためにとった具体策
本研究には、3 つの府省(文部科学省、経済産業省、国土交通省)にまたがる 8 機関(3 大学、5 研究所)
が参画しており、研究組織上としては比較的規模の大きなものといえる。これらの機関は必ずしも近接し
ているわけではなく、使命や性格も異なる。さらに、各機関が個別に研究目標を定め、研究費も機関ごと
に積算・配分されるという科学技術振興調整費研究のしくみは、「プロジェクト研究とはいえども、各機関
の成果を単に寄せ集めたものになる」危険性をはらむ。
本研究では、そのような危険性を回避するため、研究期間の要所となるいくつかの時点で各機関のリー
ダーと主要メンバーを招集して「リーダー会議」を開催した。リーダー会議のたびに、「本研究プロジェクト
が、どのようなスタンスから何を狙うものとして提案されたものであり、成果として何が求められているか、そ
のために各機関はどのような役割を担う必要があり、それらの役割がプロジェクト全体のなかでどのような
位置づけにあるか」についてのストーリーを研究代表者が提示し、各機関リーダーならびに主要メンバー
と本研究全体の研究計画と方向付け、最終成果物のイメージなどについて、時間をかけて綿密に討議し、
「チームとしての意識合わせ」を行ってきた。
25
各機関リーダーならびに主要メンバーはいずれも豊富な業績を有する研究者であるだけに、ものの見
方・考え方や研究スタイルも確立しているが、「プロジェクトとしてのストーリー」を意識しながらリーダー会
議において徹底的な討議を行ったことは、たがいの視点を拡大・補強して「プロジェクトチームとしての一
体化」を図るうえで極めて有効に作用したと考えている。
(b) 課題の運営上の問題点、ならびにそれを克服した具体策
研究期間が 3 年間ともなると、プロジェクト発足時の研究担当者が、ある時点以降は参加できなくなると
いった事態が発生することは避けられない。実際、国土交通省系のいくつかの研究機関でそのようなケー
スが発生した。しかし、そのような場合であっても、本研究プロジェクトの推進を第一義的とする視点から
の研究代表者の協力要請に対して国土交通省(総合政策局ならびに自動車交通局)から多大な協力・尽
力が得られたこともあり、当該研究機関における研究組織の補強ならびに強化は円滑に行われた。
26
(7) 研究成果の発表状況
1) 研究発表件数
原著論文発表
左記以外 の 誌面
(査読付)
発表
口頭発表
合計
国
内
9件
9件
106 件
124 件
国
外
42 件
1件
1件
44 件
合
計
51 件
10 件
104 件
168 件
2) 特許等出願件数:国内 3 件、国外 0 件、合計 3 件
3) 受賞等:4 件(論文賞等 0, フェロー等 4)
フェロー等
① 栗田多喜夫: 電子情報通信学会情報・システムソサイエティ活動功労賞、2005 年 9 月 9 日
② 大田友一: IAPR Fellow、2004 年 8 月 25 日
③ 大田友一: 電子情報通信学会フェロー、2004 年 9 月 9 日
④ 大田友一: 情報処理学会フェロー、2007 年 3 月 6 日
4) 原著論文(査読付)
【国内誌】(全 9 編)
① T. Inagaki,M. Itoh and Y. Nagai, “Support by Warning or by Action,Which is Appropriate under
Mismatches between Driver Intent and Traffic Conditions?”, IEICE Trans Fundamentals (accepted)
② 伊藤誠,稲垣敏之,「認知的負荷による運転への注意低下の検出」,日本交通科学協議会誌, Vol.
6, No. 2, pp. 20-28, 2007.
③ Takio Kurita, Toshio Taguchi, “A kernel-based Fisher discriminant analysis for face detection”,
IEICE Trans. on Information and Systems, Vol.E88-D, No.3, pp.628-635, 2005.3.
④ 西田健次,栗田多喜夫:「カーネル学習法とその画像認識への応用」, 情報処理学会:コンピュー
タビジョンとイメージメディア, Vol.46, No.SIG 15(CVIM 12), pp.1-10, 2005.
⑤ Kazuhiro Hotta, Masaru Tanaka, Takio Kurita, and Taketoshi Mishima, “An efficient search method
based on dynamic attention map by ising model”, IEICE Trans. on Information and Systems,
Vol.E88-D, No.10, pp.2286-2295, 2005
⑥ 関根道昭,森田和元,「高齢ドライバの聴覚情報獲得に関する基礎調査」,自動車技術会論文集,
Vol. 37, No. 6, 175-180, 2006.
【国外誌】(全 42 編)
① M. Itoh, E. Kawai, T. Inagaki, “Adapting alarm threshold to driver’s brake timing: Is it more
effective and/or acceptable than stopping distance algorithm?,” Proc. HFES 2007 (to appear).
② T. Inagaki, M. Itoh, Y. Nagai, “Adaptive automation as an ultimate means for assuring safety,” Proc.
IFAC-HMS 2007 (to appear).
③ M. Itoh and T. Inagaki, “Cognitive distraction due to mental overload and its detection via a
27
driver-adaptive sensor fusion approach,” Proc. IFAC-HMS 2007 (to appear).
④ T. Inagaki, Y. Nagai, M. Itoh, “Efficacy and acceptance of driver support functions under possible
mismatches between drivers’ intent and traffic conditions,”Proc. HFES 2006, pp. 280-283, 2006.
⑤ T. Inagaki, “Design of human-machine interactions in light of demain-dependence of
human-centered automation,” Cognition Technology & Work, Vol. 8, No. 3, pp. 161-167, 2006.
⑥ T. Inagaki and M. Itoh, “Driver behavior monitoring. Part I. Application to adaptive automation
implementation,” Proc. DSC-ASIA 2006, CD-ROM, 10 pages, 2006.
⑦ M. Itoh, T. Akiyama, and T. Inagaki, “Driver behavior monitoring. Part II. Detection of driver’s
inattentiveness under distracting conditions,” Proc. DSC-ASIA 2006, CD-ROM, 10 pages, 2006.
⑧ T. Kobayashi and N. Otsu, “Action and simultaneous multiple persons identification using cubic
higher-order local auto-correlation,” Proc. Int. Conf. Patter Recognition, Vol.4, pp.741-744,
2004.
⑨ Akinori Hidaka, Kenji Nishida, and Takio Kurita, “Face tracking by maximizing classification score
of face detector based on rectangle features,” Proc. 4th IEEE Int. Conf. Computer Vision Systems
(ICVS2006), CD-ROM, 2006.
⑩ Kenji Nishida, and Takio Kurita, “Kernel feature selection to improve generalization performance of
boosting classifiers,” The 2006 Int. Conf. Image Processing, Computer Vision, & Pattern
Recognition, pp. 627-632, 2006.
⑪ Takio Kurita, Tatsuya Hosoi, and Akinori Hidaka, “Principal component analysis of multi-view
images for viewpoint independent face recognition,” Proc. IEEE Int. Conf. Advanced Video and
Signal based Surveillance (AVSS2006), CD-ROM, 2006.
⑫ Eisuke Adachi, Hiroaki Inayoshi and Takio Kurita, “Estimation of lane state from car-mounted
camera using multiple-model particle filter based on voting result for one-dimensional parameter
space,” Proc. IAPR Conf. Machine Vision Applications (MVA2007) (to appear).
⑬ Akihiko Sato, Itaru Kitahara, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta, “Visual navigation system on
windshield head-up display,” Proc. 13th World Cong. ITS, CD-ROM, 8 pages, 2006.
⑭ Fumihiro Taya, Kazuhiro Kojima, Akihiko Sato, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta, “Naviview:
Virtual mirrors for visual assistance at blind intersection,” Int. J. of ITS Research, Vol.3, No. 1, pp.
23-38, 2005.
⑮ Hiroko Itoh and Kenji Yoshimura, “Understanding human factors in long-distance vehicle
operation,” Proc. IFAC-HMS 2007 (to appear)
5) その他の主な情報発信(一般公開のセミナー、展示会、著書、Web 等)
① T. Inagaki, “Towards Monitoring and Modelling for Situation-Adaptive Driver Support Systems,” In
P.C. Cacciabue and C. Re (Eds.), Modelling Driver Behaviour in Automotive Environments, pp.
43-57, Springer Verlag (2007)
② Web 公開: 「状況・意図理解によるリスクの発見と回避」,http://www.kashin.risk.tsukuba.ac.jp/,
(2004 年 7 月-)
③ イノベーションジャパン 2006,「I-08: 道路監視カメラ映像を用いた運転者への視覚支援方式」(大
28
田友一),東京国際フォーラム(2006 年 9 月 13 日-15 日)
29
2.研究成果:サブテーマ毎の詳細
(1) サブテーマ 1
1.人間機械相互作用に関する研究
(分担研究者名:稲垣敏之、古川宏、伊藤誠、亀山啓輔、所属機関名:筑波大学)
1) 要旨
高速化、高機能化した自動車における運転員の状況認識阻害要因として、交通環境への警戒心欠如
や運転支援システムへの過信が注目を集めている。運転支援システムへの過度の依存や過信が生じた
とき、それを実時間で推定する技術を確立するために、ドライビングシミュレータで運転行動データを蓄積
し、後部座席からものを取り出すなどの副次行動、携帯電話で通話をするなどによる意識の脇見、リスク
が高まりつつあるときの危険回避の準備行動を非拘束センシングによって検出する技術を開発した。さら
に、追越し時の車線変更を例にとって、運転支援システムへの依存、警戒心、運転負荷、状況に潜むリス
ク、危機回避に許される時間長等に応じて運転員と支援システムの間で動的に機能分担(自動化レベル)
を変更する適応的機能配分技術を開発した。
2) 目標と目標に対する結果
目標: 運転支援システムへの過度の依存や過信が生じたとき、それを実時間で推定する技術を開発
する。さらに、運転支援システムへの依存、警戒心、運転負荷、状況に潜むリスク、危機回避に許される
時間長等に応じて運転員と支援システムの間で動的に機能分担(自動化レベル)を変更する適応的機能
配分技術を開発する。
結果: 運転支援システムへの過度の依存や過信が生じたとき、それを実時間で推定する技術を開発し
た。具体的には、後部座席からものをとるなどの特定の体動を伴う動作(サブテーマ 3.2 の調査で多数観
測)を運転席の圧力分布とその変化から検出する技術、携帯電話の使用等に伴う運転への注意阻害(認
知的ディストラクション)やその結果としての心的負担上昇を視線位置、顔表面温度等の非拘束センシン
グデータに基づいて実時間推定を行うアルゴリズムを開発した。さらに、運転支援システムへの依存、警
戒心、運転負荷、状況に潜むリスク、危機回避に許される時間長等に応じて運転員と支援システムの間
で動的に機能分担(自動化レベル)を変更する適応的機能配分技術を開発した。特に追越行動を例に、
運転員の「車線変更の意図」を検出する技術を開発し、運転員にとっての通常の追越しタイミング(サブテ
ーマ 3.1 の技術を応用して推定)が近づいているとき、追越車線後方からの車両が接近している(サブテー
マ 2.1 の技術を用いて検出)にもかかわらず、運転員の周囲確認行動が観測されないときは、ステアリング
をやや重くして、状況認識強化と衝突リスク低減を図るシステムを実現した。また、先行車との車間距離が
急速に短くなっているとき、運転員が通常の心的状態であると推定されるなら、その運転員のふだんのブ
レーキタイミングを基準にして警報を提示すれば、システムへの過度の依存を惹き起こさずに事故を低減
できることを確認した。さらには、ふだんの追越しタイミングの近接とともに運転員が追越車線に注意を向
けすぎていると推定される場合は、システムの制御介入が事故回避に有効であることを明らかにした。
3) 研究方法
平時における運転員の状況認識支援と緊急時のリスクを低減する適応的機能配分を行うために、A)高
リスク心的状態の実時間推定技術、B)状況認識の強化技術、C)緊急時の安全制御技術を開発する。
過信や警戒心欠如の発生は事後・主観評価によるのが通例であったが、「高リスク心的状態の実時間
推定」では、運転員の姿勢、手足位置や動き、視線方向等のセンシングデータに基づいて実時間で検出
する技術を開発する。「状況認識の強化」では、警戒心等について当該運転員の通常レベルからの逸脱
が疑われるときに状況認識改善を促進させる情報提供技術と適応的機能配分技術を開発する。「緊急時
30
の安全制御」では、運転員の警戒心レベルの改善が不十分な中で事故に至る可能性の高い事象が生起
したとき、運転リスクを最小化して安全を確保する適応的機能配分技術を開発する。
本研究では、既存のドライビングシミュレータに、頭部位置角度、視線方向、着座接触圧分布、指尖・耳
朶容積脈波、顔温度分布、右足位置、運転姿勢・顔表情画像といったデータを計測するシステムを構築
し、運転員の運転行動データを蓄積・解析するアプローチをとった。また、計測データから得られる知見
の妥当性を検証するために、サブテーマ 3.2 で収集した実路運転行動データとの照合を適宜行った。
4) 研究結果
(A) 高リスク心的状態の実時間推定技術
運転支援システムに対する過信あるいは交通環境への警戒心の欠如が生じると、運転員は運転行動
以外の副次行動に注意を向ける場合がある。副次行動には、他者と会話をする場合のように動作として
は現れないものと、カーナビ操作のように動作として現れるものがあり、検出の方法が異なる。
(a) 認知的ディストラクション(意識の脇見)の検出
運転中の運携帯電話での他者との会話などは二重課題に相当し、心的負担が高くなる。心的負担の
高まりはさまざまな指標に現れることが知られているが、本研究では、将来の実用を目指し、非拘束に計
測できる手法の開発に取り組んだ。一つの方法が、眼球の停留を利用するものであり、顔画像から眼球
の動きがあるかどうかだけを抽出すればよい。カメラが一台しかないと、顔が横を向くと眼球の動きを追跡
できなくなるが、顔が横を向いていることが検出された場合(サブテーマ 2.1 の技術で実現可能)は、それ
自体が「視覚的なディストラクション」である。ここでは、顔がほぼ正面を向いていて、眼球運動を追跡でき
ることを前提にしてよい。10 名の被験者に対して、「3 足す 5」というような一桁の数の加減の暗算問題
が聴覚的に提示される状況で走行実験を行ったところ、暗算問題の有(MA) 無(N) により、1 秒以下の停
留が発生する頻度が異なる人がいることがわかった(図 1)。ここで、Group A とは、暗算課題が課されること
によって、「1 秒以下の停留(F1)が増える」被験者群であり、Group B は、逆に、F1 が減少する被験者群で
ある。「Group A(B)の人の場合、F1 が平均値マイナス(プラス)標準偏差を超えたら、暗算課題による心的
負担の上昇があると判定」するロジックを構築して実験データに適用したところ(図 2)、被験者 g の場合検
出率 77.1%(ただし、誤検出率 35.8%)となるなど、検出率を高くできる被験者があることがわかった 4)
Group A
100
Group B
others
1
N
MA
0.8
80
MA
70
N
N
60
N
MA N
50
N
N
N
N
MA
0.6
0.4
0.2
MA
MA
40
MA
MA
MA
検出率(%)
Ratio of Fixations in Interval 1 (%)
90
MA
0
30
20
0
N
e
f
j
a
c
g
i
b
d
h
0.2
0.4
0.6
誤検出率(%)
0.8
1
Participant
図 1 認知的サブタスクによる眼球停留頻度の変化
図 2 眼球運動に基づくサブタスク実行検出例
また、認知的副次行動を行うことによって鼻尖温度が低下する現象(図 3)を確認した。そこで、鼻尖温
度変化から心的負担の増大を検出するアルゴリズムを開発した。そのアルゴリズムは、鼻尖温度が平常時
の下限値を下回った時点で「心的負担増大の可能性あり」との予備判定を行い、その状態が一定時間継
続した時点で「心的負担増大」と判定するというものである。被験者(B,E,F)にこのアルゴリズムを適用し
たところ、B では検出率 65.0%(誤検出率 17.1%)、E では検出率 91.2%(誤検出率 4.7%)、F では検出率
82.7%(誤検出率 12.7%)となった(この結果については、現在原著論文として投稿準備中)。
31
B2 2日目 1走行目 暗算あり
E2 2日目 5走行目 暗算あり
E2 3日目 3走行目 暗算なし
F2 4日目 6走行目 暗算あり
35.5
暗算なし
課題を課した区間
35
34.5
(
鼻
部 34
温
度
)
℃ 33.5
暗算あり
33
32.5
32
0
60
120
180
時間[s]
240
300
360
図 3 認知的サブタスクによる鼻尖温度低下の一例
脈波も、人によっては有効な指標である。被験者Dの場合、図 4 の現象がほぼ一貫して観測された。
暗算課題を課さない走行での最大リアプノフ指数が正規分布に従うことを仮定して、観測された最大リア
プノフ指数が上位 5%の領域に入れば「心的負担増大」と判定するロジックで検証したところ、被験者D
については、検出率 73.8%、誤検出率 20.3%という結果を得た。(口頭発表(主催・応募発表)3))
なお、認知的副次行動によって、顔の向きが徐々に変わる(例、図 5)など、顔向きへ影響が及ぶ。個人
内での再現性が高いことが確認されたため、顔向きの変化の特徴を用いた検出アルゴリズムを開発し、
検証を行った。たとえば、被験者Dでは、図 6 において「頭部動作」の点が示す結果となった 10)。
ただし、単独指標に基づく限り、高い精度は必ずしも保証できず、検出精度向上には複数指標の統
合が不可欠である。図 6 の“OR-AND”では、複数指標のいずれかが「心的負担増大」を検出すると「心
的負担高」と判定する。「心的負担高」状態において、全指標が「心的負担不検出」となったときに「心的
負担低」と判定する。“AND-OR”は、逆に、「高負担」の立ち上げに AND ロジックを用い、「低負担」への
復帰に OR ロジックを用いる。図 6 は、“OR-AND”, 頭部動作単独、“AND-OR”のいずれがすぐれてい
るかは一意には定まらず、要求される検出精度、誤検出の許容範囲等によって、用いるべき手法を選択
する必要があることを示している。なお、各指標の判定結果を統合する方法では、ある指標の計測デー
タが失われても、他指標の判定を利用しての最終判定が可能であるが、指標間の相互関連は考慮され
ない。これに対し、判別分析法などによって計測データを直接的に統合する方法もある。図 7 はその一
例であるが、検出率をほぼ劣化させることなく、誤検出のみの低減が実現できている 10)。
リアプノフ指数
直前10秒平均
10
判定結果
暗算区間
7
角度[deg]
リアプノフ指数
6
5
4
3
0.10
PITCH生データ
過去30秒間の傾き
判定結果
8
0.08
6
0.06
4
0.04
2
0.02
傾き[deg/s]
被験者D フェーズ2 4-3
8
2
0
1
0
30
60
90
120
150
180
210
240
270
300
330
360
-2
0.00
0
60
120
180
240
300
360
-0.02
時間[s]
秒
図 4 脈波の最大リアプノフ指数の上昇例
図 5 顔向き変化の例(ピッチの変化)
(b) 動作を伴う副次行動の検出(口頭発表(主催・応募発表)2))
サブテーマ 3.2 で取得された運転行動データを整理すると、運転中の副次行動で動作を伴うものは、
「助手席に手を伸ばす」、「左後方に手を伸ばす」、「カーナビあたりの機器を操作する」、「足元に手を伸
32
ばす」の 4 カテゴリに整理できることがわかった。本研究では、さらに「座りなおしの動作」、「副次行動を行
っていない状態」の 2 カテゴリを加え、運転員の動作の状態を推定する技術の開発を行った。
被験者D:脈波-頭部動作(フェーズ1)
25
Bayesian
Belief Update
OR-AND
検出率・誤検出率比較
20
検出率
AND-AND
誤検出率
誤検出率(%)
100
15
脈波
80
頭部動作
60
10
40
AND-OR
5
20
0
0
50
55
60
65
70
75
80
85
90
95
2日目
100
検出率(%)
4日目
2日目
脈波
図 6 判定の統合(被験者D)
4日目
頭部動作
2日目
4日目
判別分析
図 7 判別分析による指標データの統合(被験者D)
運転席に設置した面圧分布センサ(図 8)から得られる計測データ(図9)によって荷重の中心位置を求
め、動作に伴う荷重中心位置の変移パターンに基づいて動作推定を行う。なお、荷重中心位置を得るだ
けならば、ひずみセンサを 6 つ程度埋め込んでおけばよいことが知られている。
副次動作を行うと、荷重中心位置が大きく変移するという性質
12)
から、直近 5 秒間の荷重中心位置の
分散を比較することにより、「副次動作なし」と(座りなおしを含めた)「副次動作あり」とを高信頼に分類する
ことができた。5 名の被験者の各々に対し、160 分間で 61 回の動作を行わせたところ、それらの動作はす
べて正しく検出された(誤検出は、平均で 16.6 回)。「副次動作あり」のとき、荷重中心位置の変移は、い
ずれの動作についても被験者間で共通的なパターンを呈する(たとえば、「助手席に手を伸ばす」と、背
面の荷重中心位置が車両進行方向に対して左下へ変移する)が、この特徴を利用して、副次動作のカテ
ゴリを推定するアルゴリズムを開発し、計測データに適用した。図 10 は、推定された動作候補群の中に真
の動作が含まれていた割合を示している(ここで行ったように荷重中心位置のみを用いる方法では、「助
手席に手を伸ばす」ことと、「カーナビなどを操作する」ことが、いずれも、背面の重心位置が左下に変移
するという点で類似した傾向を示すため、動作の候補を一つに絞ることが本質的に難しい)。「左後方へ手
を伸ばす動作」の検出能力を高める必要もあるが、全般的には、副次動作検出アルゴリズムを個人適合
させるなどの改良を施すことによって、座面の荷重中心のみを用いて副次動作を検出・特定する技術を
確立できる見通しを立てることができた。
なお、図 8 に示すセンサは、旧来の圧力分布センサに比べると構造が単純で、シートの折れ曲がりに
伴うノイズが少なく、故障しにくい。このセンサを用いれば、圧力分布とその変化から直接的に動作を推定
可能性を高めることができると考え、サブテーマ 2.1 の協力を得て、座面の圧力分布の時間変化から、高
次局所自己相関特徴を抽出して、線形判別分析を用いて解析したところ、被験者によっては、93%以上
の正答率で識別可能であるとの結果が得られている(口頭発表(主催・応募講演)1))。
S3 9
S3 7
S3 5
S3 3
S3 1
S2 9
S2 7
S2 5
S2 3
S2 1
S1 9
S1 7
S1 5
S1 3
S1 1
S9
S7
S5
図 8 面圧分布センサ
S1
25
23
21
19
17
15
9
13
7
11
5
3
1
S3
図 9 圧力分布の例 (座面)
33
図 10 副次動作の推定結果:推定された動作群(5 カテゴリから 3 つ以内に絞込)が正答を含む割合
(c) ブレーキ操作準備行動の検出(口頭発表(主催・応募講演)1)として発表予定)
他車が隣接レーンから割込んでくるような場面には、いつでもブレーキペダルを踏み込めるように、ブレ
ーキペダルの上に右足を添える「ペダルカバー」とよぶ準備動作(ただしペダルには触れていない)が必
要なことがある。このような場面において、運転員の準備態勢を評価する技術が必要である。当初計画で
は、サブテーマ 3.1 の経験を生かして、レーザ変位計を用いてペダルカバーの有無を検出することとして
いたが、(b)で示した圧力分布センサが利用できるようになったことから、サブテーマ 2.1 の協力を得て、座
面の圧力分布からペダルカバーの有無を識別する手法の開発を行った。「ブレーキペダルカバー」、「ア
クセルペダルカバー」、「両足が投げ出された状態」、「両足がかがみこんだ状態」、「左足がかがみこみ、
右足が投げ出された状態」の 5 つのカテゴリを設定し、座面の圧力分布がいずれのカテゴリに属するかを
特定する手法を構築した。たとえば、ガウスカーネルを利用するサポートベクターマシンを用いて分類す
る方式を 5 名の被験者のデータで評価したところ、学習データに対する識別率が 99.8%、評価用データ
に対する識別率が 95.2%となった。このように、足位置に関する直接的な情報を用いなくとも、座面の圧
力分布からブレーキペダルカバーの有無を高い精度で推定できることが明らかとなった。
(d) 追越しのための車線変更意図の検出 1)
ブレーキ操作準備は、追突に対する安全確保の意図を表すものであるが、車線変更の意図を表すも
のには、「周囲の安全確認行動」がある。サブテーマ 3.2 が示すように大型貨物自動車の追越しは頻繁に
観察され、追越し時のリスク回避は安全確保のための重要課題である。大型貨物自動車の場合、スピー
ドリミッタの装着が義務付けられているため、貨物自動車同士の追越しは、相対速度がほぼ一定の状況
下で行われる。この場合、車線変更の開始タイミングは運転員によってほぼ特定の条件として定まり、そ
のタイミングに近づくにつれて、車線変更の意図が徐々に高まることがサブテーマ 3.2 の研究結果から判
明している。本研究では、車線変更の意図の「レベル」として、追越しすべき対象がない「きわめて低い」レ
ベル、追越し対象が遠方に視認できる「低」レベル、追越しの実行タイミングを見計らっている「中」レベル、
追越しをまもなく開始しようとしている「高」レベルの 4 種類を識別するモデル(図 11)を構築した。ドライビン
グシミュレータにおいて運転員 3 名の運転行動を観察したところ、サブテーマ 3.2 の観察結果と同じく、車
線変更の開始タイミングが近づくにつれて、「確認行動」の頻度が増大する様子が確認されたことから、車
線変更の意図レベルの遷移を、直近 12 秒間の確認行動回数から定めるアルゴリズムを開発した(図 11)。
この意図レベルモデルと遷移判定アルゴリズムをシミュレータ上での車線変更行動に適用したところ、自
車付近の追越車線に 3 台以上車両が存在している混雑状況下や、速い他車がある状況では、「高」の検
出に関して、検出率 100%(誤検出率 0%)という結果を得た。追越しのための車線変更意図「高」の検出タ
イミングの一例を図 12 に示す。図 12 は、図 13 のような状況における追越行動に対する検出結果である。
この場合、追越し車線の車両を「やり過ごす」ための速度調整などを必要とするため、確認行動の頻度が
高く、早い時点で「高」が検出されている。なお、本研究で構築したアルゴリズムは、同一の交通状況であ
れば、被験者によらずに安定して車線変更意図を検出できることが確認されている 3)。
34
4 回以上
2,3 回
1回
高
中
低
0
極めて低い
0
図 11 車線変更意図のレベル
A (80km/h)
Host (90km/h)
B
30m
30m
D
C
図 12 車線変更意図「高」の検出タイミングの累積分布
図 13 車線変更イベントの例
(B) 状況認識の強化技術
「運転員の過信あるいは警戒心の欠如が疑われる」現象が検出された場合にただちに安全制御を提
供するシステムを実現すると、「危険な場面になれば、システムが対応してくれるはず」といった不適切な
依存が運転員に生じることがある。このことから、「運転における責任は運転員が負う」と考えられるのが普
通である。この仮定のもとでは、運転員の状況認識が適切である必要があるが、本研究では、先行車へ
の追突防止・予防安全のため、運転員の状態に即した状況認識強化技術を次のように構築する。
(a) Adaptive Cruise Control (ACC)稼働中の先行車急減速に際して、運転員の準備行動が検出されな
い場合や、大きな姿勢変化を伴う副次動作をしている場合、あるいは認知的負荷による意識の脇見が疑
われる場合、状況の認知、対処行動開始までの時間遅れを踏まえ、警報提示タイミングを早める。
(b) 運転員の運転への積極性が失われていない場合には、リスク評価の失敗に起因する対応遅れを
補償するために、運転員のブレーキ操作開始タイミングを基準とした警報を提示する。
上記の方法は、正常な運転心理状態にある運転員に対しては「不必要なまでに早い」情報提供や警
報生成を抑制しつつ、安全性向上を可能にする。実際、原著論文 7)では、先行車減速時に、「停止に至
ると仮定し、安全な距離を保って停止できる車間」を下回ったら警報呈示するタイプの Stopping Distance
Algorithm (SDA)に基づいて追突警報を提示する場合と、運転員のブレーキ開始タイミングに基づいて追
突警報を提示する場合とを比較した。「警報システムなし」の条件のもと、定速で先行車追従中に先行車
が減速するイベントを経験させたときのブレーキ操作開始時の衝突時間(TTC)の逆数は図 14 のようにな
った。この平均値を警報提示タイミングとして設定し、「警報システムあり」の条件を経験させたところ、先行
車減速に対する運転員のブレーキ操作反応は図 15 に示すようになった。SDA に基づいて警報を提示す
ると、先行車減速の緊急性が高くなるほど運転員のブレーキ操作開始が早くなるが、ブレーキ操作基準
を用いて警報を提示すると、「警報なし」条件 (No Alarm)の場合とほぼ同等のブレーキ開始タイミングとな
っている。シミュレータ実験の結果、「警報なし」の条件では、のべ 520 イベント中 12 回の事故が発生した
のに対し、ブレーキ操作基準の警報では 3 回の事故に留まっている。このことは、ブレーキ操作基準で警
報を提示することにより、「警報システムへの依存をもたらすことなく、操作遅れに伴う事故の低減が可能
である」ことを示唆している。加えて、SDAのように早い警報では、警報が正しく提示されているときは問
題ないが、欠報が生じたときには運転員の対応が著しく遅れる可能性があることも分かった 17)。
35
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
0
1
2
3
4
5
先行車減速度(m/s^2)
6
#1
#2
#3
#4
#5
#6
#7
#8
#9
#10
#11
#12
#13
#14
#15
#16
#17
#18
#19
#20
0.25
ブレーキ開始時の1/TTC(1/s)
ブレーキ操作開始時の1/TTCの平均
0.3
0.20
ブレーキ操作基準
0.15
SDA
0.10
7
No Alarm
2.5
5
6.5
先行車減速度 (m/s2)
図 14 ブレーキ開始時の 1/TTC
図 15 警報有条件でのブレーキタイミング
(各被験者の平均、#1-#20 は各被験者の ID)
(20 名の平均と標準偏差)
横方向の車両との衝突回避のためには、死角に存在している車両や、追越車線を後方から高速で接
近してくる車両の認知支援が重要である。運転員が過信などの状態に陥っていなくとも、見えにくい領域
の認識は支援が必要であることから、本研究では、死角位置を走行する車両があると、サイドミラーの角
度を動的に調整して状況認識を強化する技術(ダイナミック・サイドミラーと命名)を開発した(口頭発表(主
催・応募講演)4))。ドライビングシミュレータにおける実験で、死角に車両があるときの車線変更状況を解
析したところ、上記技術は早い時点で死角にある車両の認識に有効であることが確認された。
(C) 緊急時の安全制御技術
ACC を長期にわたり使用することによって徐々に過信状態に至る場合、いわゆる「漫然状態」に陥ること
も考えられる。「漫然状態」を認知工学的実験の中で統制的に作り出すことは困難であるので、橋本の意
識フェーズのモデルをベースにして運転員の心的状態の推移モデルを構築し、モンテカルロ法に基づく
コンピュータシミュレーションを行い、運転員の意識フェーズが低下した状態では、追突の危険が生じて
いるときには、システムが追突回避ブレーキをかける旨をあらかじめ運転員に伝えた後、実行する「自動
化レベル 6.5」の原理によるブレーキ操作介入が事故回避に有効であることを確認した 20)。ドライビングシ
ミュレータを用いた実験 2)でも、SDAをベースに追突の危険を判断し、早い段階でシステムがブレーキ操
作をすることにより、スムーズな事故回避を行うことができた(図 16)。
横方向の衝突回避に関しては、自車が車線変更をしようとするときに、車線変更が不適切であると判断
される場合(サブテーマ 2.1 の技術を応用して実現)、ステアリングを「重く」することによって、「ソフト」に車
線変更をプロテクトすると同時に、車線変更が不適切であることを運転員に伝える手法を開発した
4)
。ドラ
イビングシミュレータでの実験で、いくつかの評価対象シーンでの運転員の行動を解析したところ、操作
支援(ソフトプロテクション)によって、衝突のリスクを低減できることが確認された。評価対象シーンの一例
を図 18、そこでの結果を図 19 に示す。
100
**
90
**
80
70
60
50
40
30
20
10
0
-10
支援なし
警報支援
操作支援
図 16 追突回避時のブレーキストロークの比較
図 17 車線変更のソフトプロテクション
36
図 18 評価対象シーンの一例
図 19 車線変更時の支援の有効性(車両IIとの距離)
5) 考察・今後の発展等
認知的副次行動の実行に伴う鼻尖温度の低下は、多くの被験者に再現性高く見られた。鼻尖温度低
下検出技術の実用化を目指す場合、鼻尖位置を正確に追跡必要があるが、これは可視光カメラと組み
合わせてサブテーマ 2.1 の技術を用いれば実現可能である。なお、鼻尖温度分布を計測するセンサは現
時点では高価であるが、携帯電話の普及によって CCD カメラの価格が大幅に下落したように、普及促進
によって将来的にコストを低下させることは可能であると考えられる。
脈波は、座面の圧力データから抽出可能であることが知られている。脈波に対しては、被験者Dには極
めて再現性高く影響が現れたが、他の被験者にはまったく影響が現れなかった。脈波データを心的負担
の増減の検出に利用できるかどうかは、ある程度の負荷を運転員にかけてみれば、直ちに判定できる。
認知的副次行動を行っているときの顔向きの変化は、2 分間の認知的副次行動の実行中に 4 度程度
の回転をもたらす程度である。カメラ 1 台の顔画像から 4 度程度の顔向き変化を検出することは容易では
なく、顔向き検出技術の向上を待たねばならない。また、認知的負荷がかかるとなぜ顔向きが変移する現
象が生じるのかについても定説はなく、心理学的・生理学的解明が待たれる。
大型貨物自動車の場合、車線変更開始タイミングは先行車との関係によりほぼ特定される。本研究で
構築した車線変更意図の検出手法を用いると、「通常であれば車線変更が開始されるタイミングに近づ
いている」ことと判断(サブテーマ 3.1 の成果を利用)されたにも拘らず、車線変更意図の高まりが検出され
ない場合は、車線変更意図がない、あるいは、意図はあるものの車線変更実行前の確認行動を怠ってい
るとの判断がシステムによって下される。このようななかで、先行車との車間が接近しすぎることが懸念さ
れる場合は、やや早めに警報を提示するなどの方法がありうる。また、死角領域の認識支援は、本節で提
案したものの他に、サブテーマ 2.2 で提案されている浮動式仮想鏡を用いる方法もある。
6) 関連特許
該当なし
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
20 報 (筆頭著者: 18 報、共著者: 2 報)
2. 上記論文以外による発表
国内誌: 3 報、国外誌: 0 報、書籍出版: 1 冊
3. 口頭発表
招待講演: 16 回、主催講演: 3 回、応募講演: 16 回
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
37
1. 原著論文(査読付き)
1) H. Zhou, M. Itoh, T. Inagaki, “Eye movement-based inference of truck driver’s intent of
changing lanes”, Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behavior, (submitted)
2) T. Inagaki, M. Itoh and Y. Nagai, “Support by warning or by action: Which is appropriate under
mismatches between driver intent and traffic conditions?”, IEICE Trans. Fundamentals
(accepted)
3) M. Itoh, T. Inagaki, “Inference of large truck driver’s intent to change lanes for passing a lead
vehicle via analyses of driver’s eye glance behavior in the real world,” Proc. SICE Annual
Conference, 2007 (to appear)
4) 永井義朝,伊藤誠,稲垣敏之,「運転行動および交通状況を考慮したアダプティブ・オートメー
ション」,自動車技術会論文集(投稿中)
5) 伊藤誠,稲垣敏之,「認知的負荷による運転への注意低下の検出」,日本交通科学協議会誌
Vol. 6, No. 2, pp. 20-28, 2007.
6) Toshiyuki Inagaki, Makoto Itoh, Yoshitomo Nagai, “Driver support functions under
resource-limited situations,” Proc. HFES Annual Meeting 2007 (to appear)
7) M. Itoh, E. Kawai, T. Inagaki, “Adapting alarm threshold to driver’s brake timing: Is it more
effective and/or acceptable than stopping distance algorithm?” Proc. HFES Annual Meeting
2007 (to appear)
8) T. Inagaki, “Situation and intent recognition for risk finding and avoidance,” Proc. IFAC-HMS
2007 (to appear)
9) T. Inagaki, M. Itoh, Y. Nagai, “Adaptive automation as an ultimate means for assuring safety,”
Proc. IFAC-HMS 2007 (to appear)
10) M. Itoh, T. Inagaki, “Cognitive distraction due to mental overload and its detection via a
driver-adaptive sensor fusion approach,” Proc. IFAC-HMS 2007 (to appear)
11) T. Inagaki, Y. Nagai, M. Itoh, “Efficacy and acceptance of driver support functions under
possible mismatches between drivers’ intent and traffic conditions,” Proc. HFES Annual
meeting 2006, pp. 280-283, 2006.
12) M. Itoh, “Proactive detection of driver's potentially risky behavior via sensor fusion approach,”
Proc. FISITA, F2006D186, CD-ROM, 7 pages, 2006.
13) M. Itoh, H. Nagasaku and T. Inagaki, “Analyses of driver’s body movement for detection of
hypovigilance due to non-driving cognitive task,” Proc. IFAC-CTS, CD-ROM, 6 pages, 2006
14) T. Inagaki and M. Itoh, “Driver behavior monitoring. Part I. Application to adaptive automation
implementation,” Proc. DSC-ASIA 2006, CD-ROM, 10 pages, 2006.
15) M. Itoh, T. Akiyama, T. Inagaki, “Driver behavior monitoring. Part II. Detection of driver’s
inattentiveness under distracting conditions”, Proc. DSC-ASIA 2006, CD-ROM, 10 pages,
2006.
16) T. Inagaki, “Design of human-machine interactions in light of domain-dependence of
human-centered automation,” Cognition Technology & Work, Vol. 8, No. 3, pp. 161-167,
2006.
17) T. Inagaki, H. Furukawa, M. Itoh, “Human interaction with adaptive automation: Strategies for
trading of control under possibility of over-trust and complacency,” Proc. 1st Int. Conf. on
Augmented Cognition (CD-ROM), 10 pages, 2005.
18) T. Inagaki, “Design of human interactions with smart machines:Lessons learned from aircraft
38
accidents,” Proc. IARP/IEEE/EURON 2005 (CD-ROM), 8 pages, 2005.
19) T. Inagaki, “Design of human-machine interactions for enhancing comfort and safety”, Proc.
AAET2005, pp. 22-39, 2005.
20) T. Inagaki, H. Furukawa, “Computer simulation for the design of authority in the adaptive
cruise control systems under possibility of driver's over-trust in automation,” Proc. IEEE Conf.
on SMC, pp. 3932-3937, October 10-13, 2004.
2. 上記論文以外による発表
国内誌
1) 稲垣敏之,「リスク環境における人と知能機械の協調をデザインする」,電子情報通信学会誌,
Vol. 89, No. 12, pp. 1026-1031, 2006.
2) 稲垣敏之,「運転支援とセンシング:支援がもたらす新たな課題」,自動車技術, Vol. 61, No. 2,
pp. 4-9, 2007.
3) 伊藤誠,稲垣敏之,「リスク環境におけるドライバと運転支援システムの協調」,オペレーション
ズリサーチ, Vol. 51, No. 10, pp. 621-626, 2006.
書籍
1) T. Inagaki, “Towards monitoring and modelling for situation-adaptive driver support systems,”
In P.C. Cacciabue and C. Re (Eds.), Modelling Driver Behaviour in Automotive Environments,
pp. 43-57, Springer Verlag (2007)
3. 口頭発表
招待講演(全 16 回,以下は主要なもののみ)
1) 稲垣敏之,「事故防止技術の基本と応用―公共交通の安全と安心の実現に向けて」,国土交
通大学校柏研修センター,2006 年 4 月 19 日.
2) T. Inagaki, “Design of human interactions with smart machines: Lessons learned from aircraft
accidents,” IARP/IEEE/EURON 2005 (Keynote lecture), Nagoya, June 17, 2005.
3) T. Inagaki, “Design of human-machine interactions for enhancing comfort and safety,” AAET
2005 Conference (Keynote lecture), Braunschweig, Germany, February 16, 2005.
主催・応募講演(全 19 回。以下は主要なもののみ)
1) 伊藤誠,羽生祐造,鈴木意織,栗田多喜夫,稲垣敏之:着座接触圧にもとづくドライバーの動
作推定,自動車技術会 2007 年秋季大会学術講演会前刷集,2007(発表予定)
2) 伊藤誠,鈴木伊織,稲垣敏之,吉村健志,体圧センサ情報に基づくドライバーの副次行動検
出,第 43 回交通科学協議会 学術講演会(発表予定)
3) 伊藤誠,稲垣敏之,「運転に対する注意低下の検出のためのセンサフュージョンアプローチ
第 3 報」,自動車技術会 2007 年春季大会学術講演会前刷集,2007(発表予定)
4) 桑名潤平,伊藤誠,稲垣敏之,「後側方車両認識支援のためのダイナミックサイドミラーの提
案とその評価」,第 43 回ヒューマンインタフェース学会研究会, 2007(発表予定)
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
39
(2) サブテーマ 2
2. 状況•意図理解のための数理情報手法に関する研究
2.1 状況•意図理解のための確率統計手法とビデオサーベイランス技術の開発
(分担研究者名:栗田多喜夫、大津展之、本村陽一、西田健次、
田中勝、稲吉宏明、市村直幸、藤木淳、所属機関名:(独)産業技術総合研究所)
1) 要旨
運転員の周囲状況の理解が不十分である、運転員とシステムとの意思の疎通が不完全である等のた
めに多くの交通事故が発生している。このような事故を未然に防ぐための運転支援システムでは、運転員
や周囲の状況をシステムが正しく理解し、適切な支援を行うことが必要である。本研究では、運転員や周
囲の状況をシステムが自動的に認識するための要素技術として、(1)状況・意図理解のための確率統計
的手法の開発、および、(2)状況・意図理解のためのビデオサーベイランス技術の開発を行った。
(A) 状況・意図理解のための確率統計的手法の開発では、走行シーンを見たとき運転員がどのように危
険を認知しているかの認知・評価の因果的階層構造を評価グリッド法により解析し、モデル化した。その
結果、初心者はぶつかるかどうかのみに気を取られるのに対して、ベテランの運転員では状況をより細か
く分節していることがわかった。また、画像認識手法と認知構造のモデルを組み合わせて、画像データか
ら確率的推論を行うシステムを開発した。
(B) 状況・意図理解のためのビデオサーベイランス技術の開発では、車外の状況認識のための画像認
識技術として、複数の車線モデルのあてはめと追跡による自車の走行状態の推定手法、および、車両検
出手法を開発し、それらを組み合わせて他車との相対速度を推定し、追越し可能な状況であるかどうかを
判定する手法について検討した。また、運転員の状況認識のための画像認識技術として、矩形特徴を利
用した顔検出器の性能向上や勾配法により顔検出器の顔らしさの値が最大となる位置を追跡する顔追
跡手法、向き別顔検出器と判別分析を組み合わせた顔向き推定手法等を開発した。
2) 目標と目標に対する結果
本研究では、高速道路を走行中の運転員の運転行動データおよび車載カメラで運転員や外界を撮影
した動画像等の実データを用いて、状況認識や状況に応じた予測等の状況・意図理解のための要素技
術を開発することを目標とした。状況・意図理解のための確率統計的手法の開発では、事故の原因と結
果の「依存」関係を事故関連データから確率的因果関係として抽出し、確率ネットワークによってモデル
化する方法について検討し、走行シーンにおける運転員の認知構造をモデル化することを試みた。その
結果、初心者はぶつかるかどうかのみに気を取られるのに対して、ベテランの運転員では状況をより細か
く分節している等の認知構造の違いが明確になった。ビデオサーベイランス技術の開発では、車載カメラ
で撮影した動画像から車外の状況を認識するための画像認識手法と運転員を撮影した動画像から運転
員の行動を認識するための画像認識手法について検討した。車外の状況認識のための画像認識技術と
して、複数の車線モデルのあてはめと追跡による自車の走行状態の推定手法、および、車両検出手法を
開発し、それらを組み合わせて他車との相対速度を推定し、追越し可能な状況であるかどうかを判定する
手法について検討した。特に、車載カメラで様々な状況(一般道:昼間 6 時間半、夜間 5 時間、常磐道:
昼間 3 時間、夜間 3 時間、首都高外回り:昼間 5 時間、夜間 3 時間、首都高内回り:昼間 7 時間、夜間 6
時間)を撮影した大量の動画像を取得し、これらの手法の評価・改良に利用した。また、運転員の状況認
識のための画像認識技術としては、矩形特徴を利用した顔検出器の性能向上や勾配法により顔検出器
の顔らしさの値が最大となる位置を追跡する顔追跡手法、向き別顔検出器と判別分析を組み合わせた顔
向き推定手法等を開発した。これらの成果は当初の目標を達成していると考えられる。
40
3) 研究方法
運転員の周囲状況の理解が不十分である、運転員とシステムとの意思の疎通が不完全であるなどのた
めに多くの交通事故が発生している。このような事故を未然に防ぐための運転支援システムでは、運転員
や周囲の状況をシステムが正しく理解し、適切な支援を行うことが必要である。本研究では、主に運転員
や周囲の状況を適切に理解するための技術として、(1)状況・意図理解のための確率統計的手法の開発、
および、(2)状況・意図理解のためのビデオサーベイランス技術の開発を目指した。
運転支援のための車載システムの開発では、車載カメラからの動画像に対して実時間で安定に動作
する手法を開発することが重要である。そこで、実際の状況を車載カメラで撮影した動画像を大量に取得
して、統計的パターン認識、画像認識、ベイジアンネットワーク等に関するこれまでの研究実績を活かし
て、それらの実画像で動作する手法の開発を目指した。
(A) 状況・意図理解のための確率統計的手法の開発では、走行シーンを見たとき運転員がどのように危
険を認知しているかの認知・評価の因果的階層構造をモデル化する手法を開発した。
(B) 状況・意図理解のためのビデオサーベイランス技術の開発では、車外の状況認識のための画像認
識技術として、複数の車線モデルのあてはめと追跡による自車の走行状態の推定手法、および、車両検
出手法を開発し、それらを組み合わせて他車との相対速度を推定し、追越し可能な状況であるかどうかを
判定する手法について検討した。また、運転員の状況認識のための画像認識技術として、顔検出・顔追
跡手法、および、顔向き推定手法等を開発した。
4) 研究結果
(A) 状況・意図理解のための確率統計的手法の開発
図 1.実験に用いた走行シーンの画像の例
一般に熟練運転員と初心者運転員では、運転中の目の前の走行シーンに対する危険の判断の仕方
の認知構造が異なっていることが知られている。熟練運転員はもっとも重要なポイントを効率的に認知し
ているのに対して、初心者運転員は、必ずしもすべての重要なポイントの認知が出来ていなかったりする。
初心者運転員と熟練運転員の走行シーンにおける認知構造の違いを検証し、熟練運転員の認知構造を
システム上でモデル化することを目指した実験を行った。具体的には、走行シーンの画像 20 枚(図 1)を被
験者(つくば在住の運転暦 15 年の熟練運転員や東京都在住の運転暦 3 年程度の初心者運転員ら)に提
示し、危険と認識するのは何か?それはなぜか?等の質問に答えてもらい、そのデータを評価グリッド法
により解析し、認知・評価の因果的階層構造をモデル化した(図 2)。
41
図 2.熟練運転員と初心者運転員のコンストラクト図
この結果から、初心者運転員は走行シーンの中から、進行中の自車にとって障害物となるものに対す
る認知負担が非常に高いことがわかる。特に、障害物がたくさんある画像に対して高い危険性を認知する
傾向があった。また、初心者運転員はスピードが出ていそうな走行シーンについても熟練運転員よりも危
険性を高く評価する傾向があった。初心者運転員は、その理由として「ぶつかりそうだから」と説明した。
一方、熟練運転員は、ブラインドカーブなどの走行シーンを「先が見えない」ので、「次の場面が予測でき
ない」から「自分で対処できない」ので危険、と判断している。また、同様に自転車やバイクなどが自車を
確認していたい時に「相手の動きが不明」であるとし、「次の場面が予測できない」ので危険と評価した。こ
のような判定、および、これに該当する走行シーンの危険度の評価は、初心者運転員には見られないも
のである。これらは通常よく言われる初心者運転員の過度の認知負荷による本質的に危険な場面での注
意不足を示す結果とみなすことができる。また、熟練運転員は自らの運転スキルを自覚し、これを超えた
操作を要求される状況での危険性の認知に優れていた。例えば、熟練運転員は、同じような対向車の走
行シーンでも、カーブや上り坂などのように自車の運転でやるべき操作が多く自分の負担が高くなりそう
な状況では、そうでない状況よりも危険性を高く評価した。(書籍 1)、口頭発表 17))
さらに、このモデルを画像認識手法と組み合わせて、画像データから確率推論を行うシステムを開発し
た。具体的には、画像から特徴ベクトルを抽出し、サポートベクターマシンで識別した結果をベイジアンネ
ットの入力とすることで、画像情報を入力として確率推論が可能となるようなシステムとした。
(B) ビデオサーベイランス技術の開発
事故を未然に防ぐための運転支援システムでは、運転員や周囲の状況をシステムが正しく理解するこ
とが必要である。本研究では、車載カメラの映像から周囲の状況や運転員の状況を認識するためのビデ
オサーベイランス技術を開発した。
(a) 周囲の状況の認識
運転支援のための車載システムの開発では、車載カメラからの動画像に対して実時間で安定に動作
する手法を開発することが重要である。プロジェクトの前半では、主にサブテーマ 3.1 で取得した貨物自
動車運転員の長時間運転行動データの動画像を用いて手法を開発した。手法の評価や改良のために
はより時間解像度が高い動画像が必要であるため、プロジェクトの後半では、車載カメラで様々な状況(一
般道:昼間 6 時間半、夜間 5 時間、常磐道:昼間 3 時間、夜間 3 時間、首都高外回り:昼間 5 時間、夜間
3 時間、首都高内回り:昼間 7 時間、夜間 6 時間)を撮影した大量の動画像を取得した。これらの動画像デ
ータは、今後の手法のさらなる改良や開発に利用できると考えられる。
42
一車線走行中
二車線左走行中
二車線右走行中
図 3.複数の車線モデル
図 4.車線検出結果の例
高速道路の運転では、追越しの際に危険度が高くなる可能性が高い。そこで、本研究では、車載カメ
ラの映像から追越し可能な状況かどうかを推定するための画像認識技術の開発に焦点をあてた。追越し
可能な状況かどうかを推定するためには、追越し車線の状況を認識することが必要であり、そのためには
自車が走行している車線と追越し車線とを区別して理解しなければならない。そのための要素技術として、
車載カメラと道路面との幾何学的な関係を利用して、車線の方向と一致しないエッジ点を無視することで、
車載カメラの画像から車線を安定に検出する手法を開発し、特許を申請した。また、この手法をベースに
自車が何車線の何番目の車線のどのあたりを走行しているのかを推定するために、多重モデルパーティ
クルフィルタを利用して、複数の車線モデルをあてはめる手法を開発した(図 3、図 4)。これにより、車載カ
メラで撮影した動画像から車線変更の時点を自動的に抽出することが可能となった。(原著論文 20)、口
頭発表 11)、16))
追越し車線を走行している後方車両までの距離や相対速度が推定できれば、追越し可能かどうかの判
断に利用できると考えられる。そこで、夜間に高速道路を走行中に撮影したサイドミラー映像中の後方車
両を検出・追跡することで、後方車両までの距離や相対速度を自動的に推定する手法について検討した。
具体的には、後続車両のヘッドライトの識別課題をサポートベクターマシン(SVM)に学習させ、夜間のサ
イドミラー映像から後続車両のヘッドライトのみを認識させる手法を提案した。サイドミラー画像中のヘッド
ライトの大きさが変化するので、SVM を用いてそれらを検出するためには、入力画像を多段階で縮小し、
それらの縮小画像中のすべての位置で、局所領域を切り出し、それらを SVM で学習した識別器にヘッド
ライトかどうかを判定させる必要がある。また、道路脇にある電灯や道路周辺の建物や商店などの明かり
や対向車の明かりなどの後方車両のヘッドライト以外の明かりもサイドミラーに映し出されるので、それらと
後続車両のヘッドライトを区別して識別することが重要である。車は道路面上を走行しており、ヘッドライト
は道路面からほぼ一定の高さの位置にある。また、自車が道路を直進している場合には、サイドミラーと
道路との幾何学的な関係は一定であると仮定できる。このような幾何学的な拘束条件から導出されるサイ
ドミラー画像中のヘッドライトの大きさと位置の関係を利用すると、ヘッドライトの検出のための探索をかな
り制限することができる。また、サイドミラー画像中でのヘッドライトの見かけの大きさに依存して探索点間
隔を制御することで、探索をさらに効率化できる。さらに、街路灯などのヘッドライト以外の光源は、ヘッド
ライトと道路面との幾何学的な拘束条件を満たさないので、そのような光源を誤ってヘッドライトと認識する
43
可能性が減り、より頑健なヘッドライトの検出が可能となる。高速で安定な昼間のシーンでの車両検出で
も、同様に、カメラと道路との幾何学的な関係を利用することができる。(口頭発表 12))
さらに、道路面と画像面との幾何学的な関係を利用すると、検出された車の画像中の位置から自車か
ら後続車両までの距離を推定することができる。この情報は追越し可能かどうかの判定に利用できると考
えられる。実際、車載カメラで撮影した動画像データにおいて、車線変更した時点での後続車との距離と
相対速度を計測し、それを車線変更不可能な場合と比較した結果、後方車両の位置と相対速度から追
越し可能であるかどうかの判定を自動化できる可能性が示唆された。
その他、多クラスの識別のための線形判別分析を利用したブースティング学習法や動き不変特徴を用
いた移動物体の検出・認識手法なども開発した。また、特徴選択と Soft-Margin SVM のブースティングを
用いた歩行者検出法や直進する車載カメラの動画像からのオプティカルフローを用いた環境の形状復
元法などについては、成果を論文としてまとめ国際会議等で発表した。(原著論文 3)、10)、11)、15)、
18))
(b) 運転員の状況の認識
運転員の状況認識のための要素技術としては、運転員の顔の検出・追跡、顔の向きの推定等が必要
である。顔検出に関して、Viola と Jones の提案した矩形特徴のブースティングによるカスケード識別器
で顔画像を訓練して得られる顔検出器は、処理速度や検出性能の良さ等の点から現在広く利用されて
いる。しかし、実際に Viola-Jones 顔検出器を利用してみると少なからず検出漏れが発生する。そこで、
Viola-Jones 顔検出器の性能をさらに向上させるための方法について検討した。具体的には、学習時に
複数の閾値で 2 値化した画像を利用する手法を提案し、1,040 名の顔画像データベースを用いた性能
評価実験を通して、検出性能の向上を確認した。(口頭発表 20))
顔追跡に関しては、Viola-Jones 顔検出器をベースに、勾配法により顔検出器の顔らしさの値が最大と
なる位置を高速に探索する方法を新たに開発し、それと局所領域の詳細な探索を組み合わせた顔追跡
手法を開発した。まず、勾配法が利用できるように Viola-Jones 顔検出器の識別関数のしきい値関数をシ
グモイド関数に変更した。また、ブースティングにおける 2 段階の最適化を 1 段階に減らすことで、最終的
な識別器の汎化性能を向上させた。顔の追跡は、この顔検出器のスコアを最大化することで実現できる。
Viola-Jones の顔検出器において、矩形特徴とブースティングを用いる利点は、積分画像を利用して矩形
特徴を高速に計算できるようにしたことで高速な検出器が構成できる点にある。その高速性を保ったまま
で顔追跡を行うためには、顔検出のためのスコア関数の導関数が積分画像から高速に計算できることが
必要である。提案手法では、スコア関数の導関数が積分画像から高速に計算できることを示し、この利点
を損なわないような高速な顔追跡を実現した。また、多重解像度を利用する方法を採用し、追跡の安定
化させる手法についても検討した。人間の視覚系では、サッケード運動と追従眼球運動を組み合わせて
移動物体を追跡する。サッケード運動では、追跡対象の大まかな位置に眼が向けられ、その正確な位置
は追従眼球運動によって保たれる。そこで、新たに開発した勾配法を用いた探索法(サッケードに相当)と
勾配法によって到達した位置の近傍を探索(追従眼球運動に相当)することでスコア関数の最大値に到達
する手法についても検討した。評価実験では、725 枚の顔画像と 2200 枚の非顔画像(いずれも 24x24 画
素)を用いた反復 200 回のブースティングによって顔検出器を構成した。追跡性能の評価のために、各フ
レームには高々一人の顔が映っており、大きさ 320x240 画素で 1286 フレームからなる動画像を用意した。
勾配法のみを用いた場合(15 回失敗)や近傍全探索のみの場合(40 回以上失敗)と比べて、追跡失敗回
数が大幅に減少すること(3 回失敗)を確かめた(図 5)。(原著論文 14)、口頭発表 5)、10))
44
図 5.顔追跡結果の例
顔向き推定に関しては、顔向き毎の構成した Viola-Jones 顔検出器で顔と判定された部分画像に対し
て、判別分析を用いてさらに詳細な顔向きを推定する手法を提案した。その他、多方向顔画像の主成分
分析を用いて任意方向からの顔画像を認識する手法、カーネル判別分析を用いて顔を検出する手法、
Ising モデルを用いて顔探索を高速化する手法、部分的な隠れに対しても性能を落とさないような顔認識
手法、高次局所自己相関特徴を用いた照明変化に頑健な物体認識手法などについても検討し、その一
部を論文誌や国際会議などで発表した。(原著論文 1)、2)、5)、12)、15)、19))
5) 考察・今後の発展等
本研究では、高速道路を走行中の運転員の運転行動データおよび車載カメラで運転員や外界を撮影
した動画像等の実データを用いて、状況認識や状況に応じた予測等の状況・意図理解のための要素技
術を開発した。今後は、これらの要素技術を組み合わせて、実用的な安全運転支援システムを開発する
必要があるが、そのためには自動車メーカー等との共同研究が必要不可欠である。また、本プロジェクト
では、高速道路を走行する業務用の貨物自動車に対象を絞って手法を開発したが、今後は、一般道で
の安全運転支援のための状況認識手法の開発も必要である。
6) 関連特許
該当なし
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
20 報 (筆頭著者: 15 報、共著者: 5 報)
2. 上記論文以外による発表
国内誌: 0 報、国外誌: 0 報、書籍出版: 1 冊
3. 口頭発表
招待講演: 3 回、主催講演: 0 回、応募講演: 25 回
4. 特許出願
出願済み特許: 1 件 (国内: 1 件、国外: 0 件)
5. 受賞件数
1件
1. 原著論文(査読付き)
1)
Takio Kurita, Toshio Taguchi, “A kernel-based Fisher discriminant analysis for face
detection”, IEICE Trans. on Information and Systems, Vol.E88-D, No.3, pp.628-635, 2005.
2)
Takashi Takahashi and Takio Kurita, “A robust classifier combined with an auto-associative
network for completing partly occluded images”, Neural Networks, Vol.18, pp.958-966, 2005.
3)
安達栄輔,堀口進,「多重解像度解析を用いたオプティカルフロー推定の検討」,情報処理学
会論文誌,Vol.46,No.6,pp.1501-1511,2005.
4)
西田健次,栗田多喜夫,「カーネル学習法とその画像認識への応用」,情報処理学会:コンピ
45
ュータビジョンとイメージメディア,Vol.46,No.SIG 15 (CVIM 12),pp.1-10,2005.
5)
Kazuhiro Hotta, Masaru Tanaka, Takio Kurita, and Taketoshi Mishima, “An efficient search
method based on dynamic attention map by ising model”, IEICE Trans. on Information and
Systems, Vol.E88-D, No.10, pp.2286-2295, 2005.
6)
藤木淳,高橋隆史,栗田多喜夫,「頑健な恒等写像学習を用いた計量アフィン写像画像列か
らの運動と形状の復元」,情報処理学会論文誌:コンピュータビジョンとイメージメディア,
Vol.47,No.SIG 10 (CVIM 15),pp.83-95,2006.
7)
Y.Motomura, “Constructing relational models between children’s behavior and accidents
using Bayesian networks”, Proc. of Int. Conf. on Virtual Systems and MultiMedia ,CD-ROM,
2004.
8)
T.Kobayashi and N.Otsu, “Action and simultaneous multiple persons identification using cubic
higher-orderlocal auto-correlation”, Proc. of Int. Conf. on Patter Recognition, Vol.4,
pp.741-744, 2004.
9)
Yasuhiko Kiuchi, Gentaku Suzuki, Masaru Tanaka, Takio Kurita, Taketoshi Mishima, “The
3-dimensional object recogniton from 2-dimensional image”, ITC-CSCC 2005 Proceedings
Volume 1, pp. 359-360, Shilla Hotel, Jeju, Korea, Jul. 4-Jun. 7, 2005.
10) Kenji Nishida, and Takio Kurita, “Pedestrian detection by boosting soft-margin SVM with local
feature selection”, Proc. of IAPR Conf. on Machine Vision Applications (MVA2005),
pp.402-405, 2005.
11) Kenji Nishida, and Takio Kurita,“Boosting soft-margin SVM with feature selection for
pedestrian detection”, Proc. of Intermational Workshop on Multiple Classfier Systems,
pp.22-31, 2005.
12) Hiroaki Inayoshi and Takio Kurita, “Improved generalization by adding both auto-association
and hidden-layer-noise
to neural-network-based-classifiers”, Proc. of 2005 IEEE
International Workshop on Machine Learning for Signal Processing (MLSP 2005), pp.141-146,
2005.
13) N.Ichimura, “Stereo by multiperspective imaging under 6-DOF camera motion”, 5th Int. Conf.
on 3D digital imaging and modeling, pp.506-513, 2005.
14) Akinori Hidaka, Kenji Nishida, and Takio Kurita, “Face tracking by maximizing classification
score of face detector based on rectangle features”, Proc. of the Fourth IEEE International
Conference on Computer Vision Systems (ICVS2006), CD-ROM, 2006.
15) Masashi Tanigawa, and Takio Kurita,“Multi-class object recognition using boosted linear
discriminant analysis combined with masking covariance matrix method”, Proc. of the Fourth
IEEE International Conference on Computer Vision Systems (ICVS2006), CD-ROM, 2006.
16) Masaru Tanaka, “On a statistically equiaffine model which isn't conjugate symmetric”, 2nd
International Symposium on Information Geometry and its Applications, CD-ROM, 2005.
17) Kenji Nishida, and Takio Kurita, “Kernel feature selection to improve generalization
performance of boosting classifiers”, The 2006 International Conference on Image Processing,
Computer Vision, & Pattern Recognition, pp.627-632, 2006.
18) Eisuke Adachi, Takio Kurita and Nobuyuki Otsu, “Reliability index of optical flow that
considers error margin of matches and stabilizes camera movement estimation”, Porc.of the
18th International Conference on Pattern Recognition (ICPR2006), pp.699 – 702, 2006.
19) Takio Kurita, Tatsuya Hosoi, and Akinori Hidaka, “Principal component analysis of multi-view
46
images for viewpoint independent face recognition”, Proc. of IEEE International Conference on
Advanced Video and Signal based Surveillance (AVSS2006), CD-ROM, 2006.
20) Eisuke Adachi, Hiroaki Inayoshi and Takio Kurita, “Estimation of lane state from car-mounted
camera using multiple-model particle filter based on voting result for one-dimensional
parameter space”, Proc. of the IAPR Conference on Machine Vision Applications (MVA2007),
accepted.
2. 上記論文以外による発表
書籍出版
1) 本村陽一、岩崎弘利,「ベイジアンネットワーク技術」,東京電機大学出版局,2006.
3. 口頭発表
招待講演
1) 栗田多喜夫,西田健次,「カーネル学習法とその画像認識への応用」,電子情報通信学会
パターン認識・メディア理解研究会,2004.
2) 大津展之,「適応学習型ビジョンへのアプローチ」,情報処理学会コンピュータビジョンとイメ
ージメディア研究会,2006.
3) Takio Kurita, “Optimization in Pattern Recognition and Computer Vision”, 13th Japan-Korea
Joint Workshop on Frontiers on Computer Vision (FCV2007), 2007.
主催・応募講演
1) 本村,金出,「人の認知・評価構造の定量化モデリングと確率推論」,電子情報通信学会ニュ
ーロコンピューティング研究会,2005.
2) 西田,栗田,「特徴選択と Soft-Margin SVM の Boosting を用いた歩行者検出」,電子情報
通信学会パターン認識・メディア理解研究会,Vol.104,No.667,pp.49-54,2005.
3) 本村,西田,山中,「子供の事故予防のための確率モデル構築の試み」,電子情報通信学会
ニューロコンピューティング研究会,2005.
4) 安達,栗田,大津,「直進する車載カメラの動画像からのオプティカルフローを用いた環境の
形状復元法の検討」,電子情報通信学会パターン認識・メディア理解研究会,
Vol.PRMU2004-256,pp.145-149,2005.
5) 日高,栗田,「矩形特徴と AdaBoost を用いた顔検出器における弱識別器のランダムネスと
汎化性能」,電子情報通信学会総合大会,D-12-101,2005.
6) 谷川,日高,佐野,西田,栗田,「矩形特徴による弱識別器のブースティングによる対象検出
手法の汎化性能向上のための工夫と車載カメラの映像中の車の検出への応用」,第 11 回画
像センシングシンポジウム講演論文集,E-10,pp.139-142,2005.
7) 谷川,栗田,「線形重判別分析法を利用した多クラス識別のためのブースティング学習法」,
画像の認識・理解シンポジウム(MIRU2005)講演論文集,pp.867-872,2005.
8) 稲吉,栗田,「自己連想制約および中間層へのノイズの付加によるニューラルネット識別器の
汎化性能向上--証明変動下での顔識別の場合--」,画像の認識・理解シンポジウム
(MIRU2005)講演論文集,pp.881-885,2005.
9) 安達,栗田,大津,「直進する車載カメラ動画像からのオプティカルフローを用いた環境の形
状推定法の検討」,画像の認識・理解シンポジウム(MIRU2005)講演論文集,pp.1255-1261,
2005.
47
10) 日高,西田,栗田,「矩形特徴を用いた顔検出器から得られる識別スコアの最大化による顔
追跡」,電子情報通信学会パターン認識・メディア理解研究会,PRMU2005-102,pp.55-60,
2005.
11) 安達,鍋島,栗田,「車の姿勢を考慮したハフ変換による車線検出」,電子情報通信学会パタ
ーン認識・メディア理解研究会,PRMU2005-207,pp.103-107,2006.
12) 鍋島,安達,栗田,大津,「幾何学的拘束を考慮したバックミラー画像からの車両検出・追跡」,
電子情報通信学会パターン認識・メディア理解研究会,PRMU2005-266,pp.49-54,2006,
13) 伊藤,大津,「動き不変特徴を用いた移動物体の検出と認識」,電子情報通信学会パターン
認識・メディア理解研究会,Vol.105,No,302,PRMU2005-73,pp.53-58,2005.
14) 白木,大津,「HLAC 特徴を用いた照明変化に頑健な物体認識」,電子情報通信学会パター
ン認識・メディア理解研究会,Vol. 105,No. 303,PRMU2005-73,pp,59-63,2005.
15) 西田,栗田,「カーネル特徴選択を適用した Logit Boost による識別器の構成手法」,画像の
認識・理解シンポジウム,2006.
16) 安達,栗田,「一次元パラメータ空間への投票結果に基づく多重モデルパーティクルフィルタ
による自車の走行状態の推定」,画像の認識・理解シンポジウム(MIRU2006),2006.
17) 本村,「ベイジアンネットによる認知過程のモデル化」,日本認知科学会ワークショップ「認知
過程の計算論的理解に向けて」,2006.
18) 安達, 栗田,「車の安全運転支援システムのための車線状態の推定法」,電子情報通信学
会パターン認識・メディア理解研究会,PRMU2006-248,pp.79-84,2007.
19) 谷川,栗田,「マスク行列を用いて抽出した局所特徴を組み合わせた多クラスによる画像判
別」,電子情報通信学会パターン認識・メディア理解研究会,PRMU2006-273,pp.109-112,
2007.
20) 稲吉,栗田,「Viola-Jones 顔検出器の学習時に 2 値化画像を利用した場合の効果」,電子
情報通信学会パターン認識・メディア理解研究会,PRMU2006-280,pp.149-154,2007.
4. 特許出願
1)
出願・公告等の日付
「発明の名称」
発明者氏名
出願人名
特許等の種類・番号
平成 18 年 2 月 15 日
車線検出方法および
栗田多喜夫,
産業技術総
特願 2006-038670
装置
安達栄輔,
合研究所
大津展之
*研究成果のどの部分の特許なのか、概要を記入してください。
1) カメラと道路面との幾何学的な拘束条件を利用して、車載カメラの画像から車線を高速かつ
安定に検出する手法に関する発明
5. 受賞件数(フェロー等)
1) 栗田多喜夫,「電子情報通信学会情報・システムソサイエティ活動功労賞」,2005.
48
2.2 動的環境センシングによる視覚増強技術の開発
(分担研究者名:大田友一、亀田能成、向川康博、北原格、所属機関名:筑波大学)
1) 要旨
走行中や交差点進入時の運転員の死角を解消するような視覚増強技術を、道路監視カメラを用いた
動的環境センシングによって実現する。特に、対向車線、見通しの悪い交差点、走行中の自車両の周囲
の死角を解消し、もって事故の予防を図り、運転員が遭遇する可能性のあるリスクの軽減を実現する。
このために、まず、道路監視カメラの映像を運転員に見やすいかたちに加工する画像処理技術を開発
し、道路監視カメラ側インフラと車載側提示装置への映像伝送システムを構築した。次に、道路監視カメ
ラ側インフラ装置の開発、車載側提示装置の開発、研究室レベルにおける実験を実施した。そのあと、開
発した装置を、テストコースに設定した交差点に設置し、実車に搭載した車載側提示装置を用いて、交差
点付近の路上での死角解消を想定した実証実験を行った。
2) 目標と目標に対する結果
本研究では、研究計画が掲げる「予防安全型技術」を成す 1 つめのクラスタである (1)「動的センシング
技術」の確立を目指す。すなわち、状況に潜むリスクを運転員に提示するための方法として、死角解消の
実証実験と模擬装置による評価実験を行い、動的環境の中での運転員視覚支援技術を確立することを
目標とする。この実現に向けて、環境監視カメラの画像処理技術の開発、環境監視のための道路側装置
と車載側装置の製作、監視カメラと車載側提示装置間の無線通信システムの構築もサブの目標とし、併
せて遂行する。
本研究では、これらの目標に到達することができた。視覚増強技術による死角解消方法としては、まず
ウィンドシールドディスプレイを試作し、運転員が運転しながら視覚情報を見ることができるようにした。そ
の上で、交差点での右折時の対向車直進車両との衝突事故を防ぐバーチャルスロープ、見通しの悪い
交差点進入時の左右の道路の確認を安全に行えるバーチャルコーナーミラー、それに走行中に自車両
の周囲から後方にかけての領域を広く可視化して左右折時の巻き込み事故を防ぐ浮動式仮想鏡、の三
つの視覚増強技術を開発した。
3) 研究方法
動的環境センシングに基づく視覚増強技術研究の推進のためには、以下に述べる 4 つの要素技術・
システムの開発が必須であった。そこで、それぞれについて簡単に説明する。
(A) 多地点道路監視カメラシステムの構築
道路インフラシステム(ポール)、可視光カメラシステム、高感度カメラシステム、および画像キャプチャ
PC 等から成る道路監視カメラシステムを 5 式、筑波大学敷地内の構内道路に設置した。道路インフラシス
テムとは電柱状のもので、通過車両の最低地上高を 5mまで確保し、一般車両の走行を妨げない。設置
場所の本学構内道路は学内道路であるが、路線バスが走行することからもわかるように、一般道路環境
に非常に近く、研究データを集める上で有効である。また、これらのカメラは、実験場所として選定した十
字交差点を撮影領域としてカバーできるような位置に設置されている。
(B) 検証実験のための実車両の装備と模擬装置の構築。
リース調達した車両へ、RTK-GPS を利用した車両位置推定機器や、フロントガラス上への情報提示
デバイス(ウィンドシールドディスプレイ)の装着を進めるとともに,監視カメラと車載側提示装置の無線通信
方式のテストを行った。
また、運転員に対する視覚増強が効果的に行われているかどうかを定量的に確認するために、実車実
験と並行して、研究室内に模擬装置を構築した。
49
(C) 多地点道路監視カメラシステムおよび実験車両のネットワーク結合
離れた地点に設置されたそれぞれの道路監視カメラシステムの間でのネットワーク接続を実現した。最
大で約 70m離れた道路インフラ設置用支柱どうしを接続し、さらにその実験区域から約 400m離れた本学
ネットワーク網とも接続した。これにより、道路監視カメラの映像データ蓄積が継続的に研究室で行えるよ
うになった。また、分散配置された道路監視カメラからの映像ソースをネットワーク越しに車両に伝送する
ため、無線 LAN システムの構築も行い、走行車両とのデータ送受信が交差点周囲の任意位置で行える
ようにした。
(D) 道路監視カメラによる映像の加工技術の確立
状況に潜むリスクを運転員に提示するための環境監視カメラ画像処理技術を開発した。
運転員への効率の良い視覚増強を実現するためには、各地点の道路監視カメラからの映像ソースを、
どのカメラからの映像ソースであっても運転員の目からみて違和感のないように加工して表示する画像処
理技術が必要になる。そのために、特に透視投影幾何に基づく画像の幾何変換を施す方法について、
研究開発を行った。
これらの要素技術の上で、動的環境センシングによる視覚増強技術の開発を行った。視覚増強技術に
ついては、次節で述べる。
4) 研究結果
技術的な観点から述べると、本研究の視覚増強技術への取り組みには、従来研究にはない際立った
特徴が 4 つあるので、ここではまずそれらについて述べ、その後で、試作した視覚情報提示装置と、新た
に本研究計画で開発した三つの視覚増強技術(バーチャルスロープ、バーチャルコーナーミラー、浮動
式仮想鏡)について説明する。
(A) 道路監視カメラの利用
知的な運転支援を行うためには、交通状況をセンシングすることがまず必要である。多くの従来研究で
は、カメラやレーダ等の受動・能動センサを車載し、自車両の周囲の状況の把握に努めている。しかしな
がらこの方式では、当然のことながらセンサの視座が運転員視点からせいぜい数メートル程度しか離れて
いないため、本質的には運転員が世界を視ているのとそれほど違わない形でしかセンシング結果を得る
ことができないという問題がある。例えば、自車両の近くに貨物自動車がいる場合、その貨物自動車の存
在を検知することはできても、貨物自動車の後ろの領域についての情報は、運転員の目でも各種車載セ
ンサでも獲得することはできない。このような障害物によって発生してしまう死角をなくすことが運転員のリ
スク軽減への貢献となるが、そのためには、もっと離れた視座からその死角領域を観測できる必要があ
る。
そこで、本研究は道路監視カメラの映像を積極的に利用する。特に、交通事故の可能性が高い路線
や交差点では、監視カメラがすでに設置されていることも多いと考えられるため、本アプローチは有効で
ある。また、現在は監視カメラがない道路であっても、一般には信号機のような構造物が存在するため、
そこにカメラを取り付けることは比較的妥当な仮定であると考えている。
なお、自車両から離れた視座のセンサ出力として、他車上の車載センサの出力を車車間通信で伝送
する方法も考えられるが、交差点近傍にいる全ての車に車載センサと車車間通信機能を期待することは
現時点では困難であり、なおかつ車両以外の自転車や歩行者には当然のことながら対応できないため、
死角の観測という用途には向いていないと思われる。
(B) 認識誤りの存在しないシステム
画像認識技術としては、カメラで撮影した映像上で物体の抽出を行ったり物体認識をしたりする方法が
これまでも研究されてきているが、多層的構造を持った予防安全型の運転員支援としては、見やすい映
像を提供するにとどめて、物体認識は運転員に委ねるというレベルの支援が有効な場面もある。本研究
50
では、判断を下すのは運転員であるとの考え方を採用するとき、的確にストレスなく状況認識を確保する
ことができるように運転員の視覚増強を行うことを狙った。
そこで、本研究では、映像上でセグメンテーションや人の顔・歩行者などの認識を行ったりする代わりに、
映像に空間的幾何変換(射影幾何)を施し、複合現実感技術を用いて運転員によりよい形での映像提示
を行う。幾何変換処理ではアルゴリズム上の条件分岐や例外処理などが一切存在しないため、画像処理
において処理失敗が発生する可能性が存在しないという点が強みとなる。
(C) 複合現実感技術を用いた視覚増強
道路監視カメラ映像には、死角を撮影した情報など有益な情報が含まれているが、その映像を車中の
モニタ画面で単に運転員に見せるだけでは、運転員はその映像について、それがどこを映しているのか、
自分がその映像中のどこにいるのか、映像のどこをみれば他の車両等の危険因子の存在がわかるのか
等、視覚認知作業を運転の傍ら行う必要が発生してしまう。これらの視覚認知作業は心理的に負担が大
きいため、運転員の運転への集中力が削がれることになり、かえって運転に対するリスクが大きくなってし
まう可能性がある。
そこで本研究は、複合現実感技術を用いて、道路監視カメラの実際の設置位置を気にしなくても済む
ように、運転員に常に見やすい形にまで加工した映像を表示する。これによって、単なるモニタ画面での
視認にくらべて、はるかに見やすい映像を提供できるようになる。さらに、生成映像を運転員に見せるとき
には、インパネ・ダッシュボード上のモニタを利用するのではなく、複合現実感技術を利用しフロントガラス
上に生成映像を投影するものとする。
(D) 評価実験環境
本研究の開発する視覚増強技術は、運転員が運転中に目視確認するものであるので、実際にシステ
ムを構築し、その上で手法を評価しその効果を確認することが重要である。そのために、本学キャンパス
内に用意した道路監視カメラ付きの十字路交差点において、実際の車両を用いた実験を進められる環境
を用意した。
実験環境である交差点は、本学キャンパスの構内道路上にある。片側一車線の構内道路ではあるが、
路線バスの路線になっているためバスが走行し、一般車両も頻繁に行きかう道路であるので、交通状況と
しては実際の交差点と同等のデータ多様性を確保できる。
その交差点の 4 方向には、信号機と同じほぼ 5mの高さの支柱・アームを設置し、その上にカメラを据え
付けている(図 1)。また、その交差点から数十m離れた位置にも同様に支柱とカメラを設置し、合計で 5 箇
所の撮影箇所を用意している。各カメラの映像信号は、各支柱に付置されたPCでデジタル化され、有線
LANを通じて研究室で蓄積されると共に、支柱に設置された無線 LAN を経由して車両に配信する。
また、実車実験と模擬装置(ドライビングシミュレータ)との間の評価ずれを軽減するため、実車両(ホン
ダ・モビリオスパイク)と同じ筐体を模擬装置にも導入し、模擬装置上の仮想空間も本学キャンパスの同一
道路をモデル化して作成し、実験に充当している(図 2)。
51
図1 構内道路の実験環境
図2 実験車両(左)と模擬装置(中央・右)
(E) 研究事例の紹介
(a) ウィンドシールドディスプレイ 2)
本研究では、映像を運転員に分かりやすい形で表示することが重要であるため、車載 HUD(Head-Up
Display)の利用を前提としている。その一方で、フロントガラス全体を提示領域とするような商用デバイス
は現在存在しないため、本研究は実験目的のためにウィンドシールドディスプレイ(Window Shield Display,
WSD)のプロトタイプを開発した(図 2)。本 WSD システムでは、プロジェクタからの光を再帰性反射材を用
いて運転員視点に向かって反射させるため、昼間でも十分に明るい情報提示が可能である。
52
プロジェクタ
鏡
再帰性反射材
図3 ウィンドシールドディスプレイ(WSD)
WSD は、従来型のダッシュボード・インパネ内のディスプレイに比べて運転員の視線移動量が少ない
ため、運転員の負担を軽減することができるという利点がある。しかし、その一方で、提示する情報がフロ
ントガラス越しの運転情景を見づらくしてしまう可能性がある。それゆえ、道路標識等の運転に必須な情
報を隠さないようにしつつ、運転情景中の情報発生が少ない部分でかつ運転員の視野に関する嗜好を
反映した部分に情報提示を行う方法についても評価を行った。
(b) バーチャルスロープ 5)
バーチャルスロープは、交差点で右折時の対向車との衝突を回避するのに有用な視覚支援である。交
差点の右折待ち時に、対向車線にも右折待ち車両がいると、その右折待ち車両が作り出す死角によって、
その背後から接近しつつある直進車両を認知することができない。一方、道路監視カメラは対向車線を見
下ろす形で死角を撮影している。そこで、この映像を運転員に提示することで死角を解消するというのが
バーチャルスロープの基本的な考えである。ただし、交差点によって監視カメラの位置や取り付け角度が
異なるのは普通であるため、そのような監視カメラ映像を直接提示しても、運転員は対向車線の映像であ
ることを認知するのに時間がかかる恐れがある。これに対して、本研究は射影幾何に基づく画像幾何変
換と複合現実感技術を用いて、対向車線全体を仮想的に坂道状に提示することを提案している(図 4)。
このバーチャルスロープを WSD で見ることで、運転員はストレスなく右折開始のタイミングを計ることがで
きるようになる。
53
図4 バーチャルスロープ
(c) バーチャルコーナーミラー3)
バーチャルコーナーミラーは、見通しの悪い交差点への進入時における視覚支援法である。進入する
交差点の左右の優先道路への見通しが悪い場合に、その左右の道路に取り付けられた監視カメラの映
像を加工して、仮想的な鏡がその交差点に存在するかのように表示するのがバーチャルコーナーミラー
の概要である(図 5)。このとき、実際の監視カメラの取り付け位置は状況によって異なると考えられるので、
映像をそのまま提示すると交差点の大きさや見える角度が異なるため、認知に時間がかかる可能性があ
る。そこで、バーチャルコーナーミラー上での映像の見え方、表示のタイミング等について主観評価実験
を繰り返し、いつどのタイミングでどのような加工をした映像を提示するのがバーチャルコーナーミラーとし
て適切かを調査した。
監視カメラBの映像を加工
運転員視点
バーチャルミラー
監視カメラAの映像を加工
図5 バーチャルミラー
54
(d) 浮動式仮想鏡 1)
浮動式仮想鏡(フローティングバーチャルミラー)は、交差点での左折・右折における斜め後方からのバ
イク等の巻き込みを回避するための視覚支援である。運転員から見れば、この鏡は、自車両前方の監視
カメラの方向に浮いているように見えるため、このような名称となっている。浮動式仮想鏡は WSD 上で表
示するため、通常のルームミラー・ドアミラーと異なり視点移動があまり必要ないという利点がある。さらに、
浮動式仮想鏡の映像ソースは高所から撮影された監視カメラ映像なので、自車両の側方や後方を概観
するのに適している。また、浮動式仮想鏡は、鏡としての幾何学的性質を全て満たすため、それを見たと
きに、直感的にその像の中に映っている物体と自車両との関係を即座に理解することができるという利点
もある(図 6)。
監視カメラを仮想的に回転して運転車両に追従
運転者視点
浮動式仮想鏡
運転車両
図6: 浮動式仮想鏡
5) 考察・今後の発展等
道路監視カメラという映像ソースを投影幾何に基づいて三次元的に加工し、複合現実感技術と組み合
わせて運転員の視覚増強を図るという本研究の取り組みは、世界的に見ても他に例を見ない独創的な研
究である。なおかつ、これらの視覚増強技術は、いずれも運転員がこれまで慣れ親しんだ鏡(バーチャル
コーナーミラー・浮動式仮想鏡)や地形的感覚(バーチャルスロープ)に厳密に従って表示されるため、初
めて見る者にとっても違和感無く受け入れることができ、認知にかかる心理的負担が小さいと考えられる。
こうした技術は、安心安全な交通環境の構築に大きく付与する。
今後の課題としては、これらの視覚増強技術は研究レベルでは完成しているものの、実際の交通状況
に適用するためには、様々な環境での被験者実験を慎重に行っていくことが挙げられる。
また、今後の発展としては、機会を見つけてはこれらの視覚増強技術の展示を行い、産業・行政への
啓発活動を行っていく予定である。なお、本研究計画の研究成果について、企業関係者から数件直接
引き合いが来ていることを付しておく。
6) 関連特許
該当無し
55
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
6 報 (筆頭著者: 0 報、共著者: 6 報)
2. 上記論文以外による発表
国内誌: 1 報、国外誌: 0 報、書籍出版: 0 冊
3. 口頭発表
招待講演: 0 回、主催講演: 0 回、応募講演: 6 回
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
3件
1. 原著論文(査読付き)
1) Toru Miyamoto, Itaru Kitahara, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta, “Floating Virtual Mirrors:
Visualization of the Scene Behind a Vehicle”, Proceedings of 16th International Conference on
Artificial Reality and Telexistence (ICAT2006), pp.302-313, 2006.
2) Akihiko Sato, Itaru Kitahara, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta, “Visual Navigation System
on Windshield Head-Up Display”, CDROM Proceedings of 13th World Congress on Intelligent
Transport Systems, 8 pages, 2006.
3) Fumihiro Taya, Kazuhiro Kojima, Akihiko Sato, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta ,
“Naviview: Virtual Mirrors for Visual Assistance at Blind Intersection”, International Journal of
ITS Research, vol.3, no.1, pp.23-38, 2005.
4) Akihiko Sato, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta, “Adaptive Positioning on Windshield for
Information Display”, CDROM Proceedings of 12th World Congress on Intelligent Transport
Systems, 12 pages, 2005.
5) Fumihiro Taya, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta, “Navivew: Virtual Slope Visualization of
Blind Area at an Intersection”, CDROM Proceedings of 12th World Congress on Intelligent
Transport Systems, 8 pages, 2005.
6) Kazuhiro Kojima, Akihiko Sato, Fumihiro Taya, Yoshinari Kameda, and Yuichi Ohta,
“Naviview: Visual Assistance by Virtual Mirrors at Blind Intersection”, Proceedings of 8th
International IEEE Conference on Intelligent Transportation Systems (ITSC'05), pp.627-632,
2005.
2. 上記論文以外による発表
国内誌
1)
北原格,亀田能成,大田友一,「筑波大学画像情報研究室における ITS への取り組み」,ITS
Japan NEWS,pp.14-19,2007.
3. 口頭発表
主催・応募講演
1) 大津寛之,北原 格,亀田 能成,大田 友一,「複数の道路監視カメラを用いた交差点俯瞰映
像の生成」,電子情報通信学会 2007 年総合大会講演論文集,pp.171,2007.
2) 宮本 徹,北原 格,亀田 能成,大田 友一,「道路監視カメラを用いた運転者の視覚支援 ~
バーチャルミラーを用いた死角領域提示~」,電子情報通信学会 2006 年総合大会講演論文
集,D-12-53,2006.
3) 大津 寛之,宮本 徹,北原 格,亀田 能成,大田 友一,「複数の道路監視カメラを用いた交
差点における俯瞰映像作成」,第 5 回 ITS シンポジウム,pp.297-302,2006.
56
4) 宮本 徹,北原 格,亀田 能成,大田 友一,「Floating Virtual Mirror: 浮動式仮想鏡による車
両背後領域の可視化」,電子情報通信学会 技術研究報告 MVE,vol.106,no.234,pp.13-18,
2006.
5) 田谷 文宏,北原 格,亀田 能成,大田 友一,「NaviView:動的環境センシングによる運転者
への視覚支援の取り組み」,計測自動制御学会 システム・情報部門学術講演会予稿集
(SSI2005) ,pp.168-173,2005.
6) 田谷 文宏,小島 和浩,亀田 能成,大田 友一,「NaviView:見通しの悪い交差点での仮想ミ
ラー提示による運転者への視覚支援~提示タイミングと位置による運転者への効果~」,第 3
回 ITS シンポジウム,pp.9-14, 2005.
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数(フェロー等)
1) 大田友一,IAPR Fellow,“For contributions to computer vision and vision-based approach to
image media, and for service to IAPR”,2004.
2) 大田友一,電子情報通信学会フェロー,「視覚情報メディアに関する先駆的研究の貢献」,
2004.
3) 大田友一,情報処理学会フェロー,「コンピュータビジョンおよび視覚情報メディアに関する研
究・教育への貢献」,2007.
57
(3) サブテーマ 3
3. 運転行動モデリングに関する研究
3.1 長距離運転行動データベースに基づくリスク評価技術の開発
(分担研究者名:宇津木明男、赤松幹之、加藤晋、所属機関名:(独)産業技術総合研究所)
1) 要旨
大型運送貨物自動車に運転行動計測装置を搭載し、運転員の長時間に渡る運転行動データを収集
して、データベース化した。この運転行動データを用いて、追越し運転を中心とした長距離運転行動の確
率モデルを構築する。この確率モデルを用いて、通常の運転行動からの逸脱を自動検出し、運転員にリ
スクの高まりを警告するシステムを開発した。
2) 目標と目標に関する結果
長距離運転に伴う運転リスクの変化を運転行動および車両状態から検知する技術を開発する。運転行
動が適切か否かは、規範となる運転行動を知ることで、それからの逸脱の程度によって判定することがで
きる。そこで、運転行動と車両状態および道路交通状況そして運転員状態を長時間に渡って計測できる
運転計測装置を開発し、高速道路上での運転行動データの計測・蓄積を行う。そして、運転行動データ
に基づいた行動モデル化手法を開発して、モデル化された運転行動と比較することで運転リスクの高まり
を事前に推定する技術を開発する。
9 台の運転行動計測装置を作成し、並列的な長距離運転行動の計測を実施した。東京―大阪間の高
速道路(東名高速道路、名神高速道路)を定期運行する 11 台の長距離運送貨物自動車に運転行動計測
装置を搭載し、12 名の運転員の運送業務中の運転行動データを半年間程度に渡って収集・蓄積した。
得られた計測データはデータベース化された。長距離運転行動データベースの運転行動データを用い
て、追越し運転を中心とした通常運転行動の確率モデルを作成した。この確率モデルと運転行動の比較
に基づいて運転リスクの高まりを事前に推定するアルゴリズムを開発した。
3) 研究方法
運転操作行動を検知するための操作具センサ、車両状態を検知するための 3 軸加速度計と 3 方向ジ
ャイロセンサ、交通状況等を検知する前方車間距離センサ、交通状況および運転員状態を検知するため
の CCD カメラ、高速道路上での車両位置を検知する装置、およびこれらのセンサ出力を記録する装置を
統合した長距離運転行動計測装置を開発する。
この長距離運転行動計測装置を実際の運送業務に用いられている大型車両に搭載し、運転員の長時
間に渡る高速道路での運転行動データを収集する。収集された運転行動データはデータベース化され
る。
長距離運転行動データベースの計測データに対してノイズ除去や精度向上などのデータ処理を行い、
道路構造に関するデータとの統合を図ることにより、一般ユーザの利用と統計的分析に適したデータベ
ースへの整備を行う。また、運転行動データのマクロ的な統計分析を行い、統計量から構成されるデータ
ベースを追加する。
この長距離運転行動データベースを用いて、交通状況、道路構造等の外的要因が運転員の運転行
動に与える影響を分析し、様々な状況における通常運転行動の確率モデルを作成する。このモデルを用
いて通常運転行動からの逸脱を検出し、運転リスクの変化を評価可能なシステムを構築する。
4) 研究結果
運転操作行動・車両状態・交通状況・運転員状態等を計測し、最大 10 時間の記録が可能な長距離運
58
転行動計測装置を 9 台開発した。運転操作行動として、ハンドル角、ペダル(アクセル、ブレーキ)踏込み
量、ペダル上の足の有無、ウィンカ操作、ワイパー操作をレーザーセンサと信号変換器を用いて計測する。
車両状態として、車速およびエンジン回転数を信号変換器によって計測し、3 方向の加速度および角速
度を加速度計とジャイロを用いて計測する。車両位置は自律航法ユニット付きの GPS センサおよびキロポ
ストディスプレイ等を用いて計測する。交通状況として、先行車の相対位置と相対速度を、レーザー距離
計測装置を用いて計測する。また、3 台の CCD カメラによって前方および左右後側方の交通状況を撮影
する。運転員状態として、運転員の画像を 1 台の CCD カメラによって撮影する。画像データは映像記録
装置に記録され、その他の計測データはデータ記録装置に記録される。センサデータのサンプリングレ
ートを 10Hz、画像データのサンプリングレートを 4 フレーム/秒とすることによって 10 時間程度の連続記
録を可能にした。
図 1 長距離運転行動計測装置
東京―大阪間の高速道路(東名高速道路、名神高速道路)を定期運行する 11 台の長距離運送貨物自
動車に長距離運転行動計測装置を搭載し、12 名の運転員の運送業務中の運転行動データをそれぞれ
約半年間に渡って収集した。411 往復分の長距離運転行動データが得られた。計測データは、大規模デ
ータベース管理に適したリレーショナルデータベース管理システム(RDBMS)の Oracle によってデータベ
ース化された。画像データ(動画データ)は撮影記録に適した独自フォーマットで計測されたが、圧縮率が
高く扱いやすい MPEG4 フォーマットに変換された。また、東名高速道路および名神高速道路の道路図
面から、各地点の道路曲率半径、クロソイド(緩和曲線)パラメータ、道路勾配、高度などの道路線形デー
タを得た。
生の計測データには様々なタイプのノイズが混入しており、これらを除去するためのデータ洗浄処理が
必要になる。信号成分とノイズ成分の周波数分布の重なりが小さい場合は、単純なフィルタリング処理で
ノイズ除去が可能である。加速度や角速度データのバイアスやトレンド、速度データの高周波ノイズ、キロ
ポストのチャタリングなどがこれに当たる。
キロポストディスプレイは高速道路上の位置(キロポスト)を GPS によって求める装置であるが、測位精度
が 50m程度しかない。GPS による位置データ(緯度・経度)を利用して、キロポストの精度の向上を図った。
40 走行程度の GPS による経路データにキロポストの値(100m 単位)の変化点を重畳して表示させると、か
なりばらつきがあることが分かる。キロポスト毎に変化点の緯度と経度の 50%トリム平均を求めて、これを
各キロポストの標準位置と見なした。この標準位置を順に線分で結び、東名・名神高速道路の平面線形
の折線近似を作成した。緯度・経度の計測データをこの折線に直交射影することにより、補正されたキロ
ポストを得ることができた。
車間センサによって得られる先行車の相対位置や相対速度は、交通状態を表す最も重要な量である。
59
特に先行車の横位置は、車線を同定するために必要不可欠である。車間センサが出力する横位置の値
は直線道路を仮定したものであり、カーブにおいては道路曲率を考慮した補正が必要となる。曲率の推
定に利用可能な量として、ハンドル角、ヨー角速度、横加速度、GPS 位置、GPS 方位が挙げられる。また、
道路図面の中の平面曲線グラフ(不定長の区間毎に曲率半径またはクロソイドパラメータのどちらかが記
述されている)の測定によって各キロポストに対応する道路曲率を得ることもできる。しかし、どの計測量も
固有のノイズがあり、複数の計測量を統計的に統合することによって信頼性の高い曲率の推定値を得る
必要がある。オンラインで得られる曲率推定量のうち、ヨー角速度によるもの(ヨー角速度/速度)と GPS 位
置によるもの(数値微分による)が良く一致しており、信頼性が高いことが分かった。ただし、これらの推定
量には、道路線形とは無関係のトリップ毎の変動成分があり、除去する必要がある。各地点 40 程度のトリ
ップのデータから、キロポスト、緯度、経度、ヨー角速度、速度を抽出し、補正されたキロポスト(精度 1m)に
対する「ヨー角速度/速度」の値をプロットした。これに道路図面から求めた折線を当てはめた(図 2)。折
線の節点位置のみを可変パラメータとし、平均二乗誤差が最小になるように節点位置を修正した。これに
より折線はデータと良く適合するようになった。このようにして得られた折線グラフと補正キロポストから各
地点の道路曲率を求め、これを用いて先行車の横位置の修正を行った。 これにより先行車の正確な位
置を求めることが可能になった。
図 2 ヨー角速度による道路曲率の推定
場所固有の特徴として、道路線形に関する特徴の他に、インターチェンジ、サービスエリア、パーキン
グエリア、料金所、トンネルなど道路施設に関する情報も重要である。インターチェンジ等における分流や
合流は、通常走行とは性質が異なるため、解析において分離できるようにしておいた。
長距離運転行動データベースを使ったデータ解析の基本ツールとして、データベースの可視化インタ
フェースを作成した(図 3)。可視化インタフェースは 3 つの表示ウィンドウ(動画プレイヤー、交通状況プロ
ット、時系列グラフ)、コントロールパネル、コマンド入力ウィンドウから成り立っている。動画プレイヤーは動
画データを表示し、表示画面上部にあるコントロールパネルによって動画のコントロールを行う。再生、停
止、一時停止、ステップ再生、可変速再生(高速再生)、スライダーによる移動、マーカー記録、マーカー
間移動等の通常の動画コントロールが可能である。更に、データに対する条件式を設定して、条件に合う
データをスキャンすることができる。例えば、前後加速度が指定した値より小さくなる急減速状況を次々と
表示させることなどができる。交通状況プロットは、動画データに同期して、複数の先行車の相対位置と
相対速度および道路曲線を表示する。また、時刻、車速、キロポスト、道路曲率、緩和パラメータ、道路勾
配等を数値とメーターによって表示する。現在の地点名(最寄りの道路施設)やトリップの属性(起点、終点、
方向、日付、運転員)の表示も行う。時系列グラフは、任意のデータ項目の時系列グラフを、動画に同期し
て表示する。プログラムは MATLAB で作られているので機能の拡張は容易であり、MATLAB のコマンド
入力ウィンドウ上で様々な処理を行うことができる。他に、Excel や地図システムなどの外部プログラムと連
携させることも可能である。
60
図 3 データベースの可視化インタフェース
大型貨物自動車は最高速度 90km/h の速度抑制装置(スピードリミッタ)の装備が義務付けられている
ため、急勾配の下り坂以外ではこの速度を超えることができない。このため高速道路上では 90km/h 未満
の一定速度で走行することが多い。同一車線の前方に低速車がある場合、一定速度で先行車に接近し
た後、車線変更して先行車を追い越すケースが多い。交通量が少なく、車線変更が自由にできる状況で
は、移動時間の短縮を狙って殆ど減速をしない戦略を採るものと思われる。
交通量が増加して車線変更が自由にできなくなると、先行車に応じた減速操作をするようになる。比較
的交通量が少ない場合は、追越し車線が空いて追越しが可能になるのを待つために、一時的な減速を
することがある。更に交通量が増えて、車線変更が困難になると、先行車への追従運転を行うようになる。
これは、先行車の相対距離・相対速度の変化に応じて、自車の速度を細かく調整するモードである。
交通状況の変化に応じ、運転員は運転制御戦略のモードを適切に切り替える必要がある。必要な作
業量のモードによる違いは大きく、心的負担のレベルも大きく異なっている。心的負担の小さい交通状況
から大きい交通状況に急に変化した場合、運転員の運転制御モードの適切な移行が十分速やかになさ
れない可能性がある。特に交通量が突然増加するケースは最もリスクの大きい状況だと考えられる。運転
員の運転制御モードを行動データから推定し、現在の交通状況との適合性を評価して、適切な警告を運
転員に与えるシステムが有益であると期待される。
交通量が少なく比較的自由に車線変更ができる状況では、運転員は可能な最高速度をできるだけ維
持しようとする。同一車線の低速の先行車に対し、減速せずに接近し、右車線変更を行って先行車を追
い越す場合が多い。右車線変更開始のタイミングは先行車の相対速度(速度差)に依存している。一般に、
先行車が遅いほど早い時点で右車線変更を行う。このため、右車線変更時の車間距離と相対速度の間
には明瞭な線形関係が観察される。4 人の運転員の右車線変更開始時(右ウィンカの開始時)の車間距
離と相対速度の散布図を図 4 に示す。運転員毎に線形関係の勾配の大きさが異なる。運転員 B と C は
勾配が緩やかなグループ(グループ 1)に、A と D は勾配が急なグループ(グループ 2)に、それぞれ属する。
グループ 1 は平均車間距離が大きく、安全な車間距離を保とうとする傾向が強い。速度差が大きい場合
に早い車線変更をするのは、先行車に接近し過ぎるリスクを避けようとするためと思われる。グループ 1 は
グループ 2 と比べて、このリスクに対して敏感である。一方、速度差があまりない場合に車線変更が遅くな
るのは、追越しに必要な時間(追越し車線に滞在する時間)をできるだけ短くしようとするためだと思われる。
グループ 1 はグループ 2 に比べて、この配慮が小さいものと見なせる。図 5 に示す追越し車線走行時間
の分布においても、グループ 1 の追越し車線走行時間はグループ 2 と比べて長いことが確認される。また、
図 6 に示されるように、グループ 1 の右車線変更の頻度はグループ 2 と比べてかなり小さい。このように、
追越しのための右車線変更特性の個人差は大きいが、それは追越し開始時の車間距離と相対速度の比
(TTC)の違いにほぼ帰着される。
61
図 4 右車線変更時の車間距離と相対速度の関係
.25
S字
右カーブ
左カーブ
直線
.2
.15
.1
.05
0
右車線変更
左車線変更
図 6 右車線変更頻度のヒストグラム
車線変更頻度(回/km)
車線変更頻度(回/km)
図 5 追越し車線走行時間の分布
図 7 横断線形と車線変更
.25
.2
クレスト
サグ
下り勾配
上り勾配
平坦路
.15
.1
.05
0
右車線変更
左車線変更
図 8 縦断線形と車線変更
追越し運転行動に対する道路構造の影響を調べるために、500 キロポストから 0 キロポストまでの上り走
行を 1km 区間毎に分析した。まず横断線形に注目し、1km 区間内の平均曲率が 1/1000 より大きい部分
をカーブ区間とし、1km 区間内での曲率が右から左または左から右に変化している区間を S 字(反向点)
区間とし、その他を直線区間として分類して車線変更回数を比較した結果が図 7 である。直線区間や S
字区間では右車線変更回数と左車線変更回数に違いはないが、右カーブ区間では、右車線変更が少
62
なく、左車線変更が多い。右カーブ走行中に右に車線変更するためには、ハンドルを右に切り増しする
必要があるために車線変更を避けている可能性がある。左カーブに関しては右車線変更をする傾向があ
るが、これはハンドルを中立に戻す側の操作になることから、車線変更しやすいためと考えられる。
次に縦断線形に注目し、勾配 1%を基準として、クレスト(上り坂から下り坂にかかる地点)のある区間、
サグ(下り坂から上り坂にかかる地点)のある区間、上り勾配の区間、下り勾配の区間、平坦路の区間に分
類し、それぞれの区間における車線変更回数を求めたのが図 8 である。下り勾配や平坦路に比べて、上
り勾配区間やサグまたはクレスト区間の方が、右車線変更すなわち追越し開始をすることが多い。これら
の区間には上り坂が含まれるために低速車が発生しやすく、このような低速車に追い付いて追越しをする
ためと考えられる。
3.5
88.8
合流後
単路部
分合流点
分流前
88.6
88.4
88.2
速度の分散
速度の平均値
89
3
合流後
単路部
分合流点
分流前
2.5
2
1.5
1
.5
88
車線変更なし 右車線変更 左車線変更
車線変更なし 右車線変更 左車線変更
図 9 車線変更の車両挙動
インターチェンジ等の合流部と分流部における車線変更の車両挙動は、その他の地点での挙動とは
異なることが期待される。図 9 では、各 1km 区間を、分合流点を含む区間、その前の区間、その後の区間、
その他の区間(単路部)に分類し、更に車線変更のあったケースと無かったケースに分けて、平均速度の
平均と分散の比較を行っている。通常、右車線変更(追越し開始)では、平均速度は大きくないが、分散は
大きくなる。左車線変更(追越し終了)では、平均速度は大きくなるが、速度の分散は大きくならない。一方、
分合流点では、右車線変更で平均速度が大きくなり、分散もやや大きくなる。左車線変更では、平均速
度は大きくならないが、速度の分散は大きくなる。このように、分合流点とその他の地点では、車線変更に
伴う速度制御のパタンが大きく異なることが確認された。以上のことから、運転員の通常運転行動のモデ
ル化において、道路構造のパタンによる条件付けが必要になることが分かる。
交通量が多く車線変更が困難な状況では、車線変更が可能になるまで先行車に対して追従運転を行う
ことになる。追従運転行動に係わるデータ項目である相対速度と自車加速度に対して、動的確率モデル
の一つである自己回帰隠れマルコフモデル(AR-HMM)を適用した。このモデルは、フィードバック系に
おける制御モードの切り替えタイミングを推定するために利用されるものである(1)。図 10 では、相対速度と
自車加速度のデータに加えて、車間距離、自車速度(青の曲線)、先行車速度(緑の曲線)のデータ、およ
び状態数 3、次数 2 の AR-HMM による運転員の制御モード遷移の推定結果を示している。また、図 11
に各状態における運転員のステップ応答の推定値を示す。最初の約 30 秒間、運転員は先行車の速度
変化に拘らず、物理的に可能な最高速度で走行している。このような運転戦略は高速道路上で最も多く
見られる。その後、先行車の急激な減速に応じてパルス的な減速操作をしている。その後、平均速度が
80km/h 程度に減少し、運転員は先行車に追従運転するようになる。相対速度から自車加速度へのステ
ップ応答(図 11 の state 3)の高いゲインと短い立ち上がり時間がタイトな運転制御特性を示している。この
3 番目の制御モードが、相対速度から自車加速度への比例的な応答特性を持つ典型的な追従運転モー
ドを表している。
63
図 10 動的確率モデル(AR-HMM)による運転モードの推定
図 11 運転員のステップ応答の変化
64
図 12 場所毎のリスク評価
高速道路上の地点(キロポスト)でデータを整列し、計測項目毎に各地点における確率分布を求めた。
この分布に正規分布を仮定することにより、地点毎に計測値の正常範囲を得ることできる。図 12 の青の曲
線は、ある 1 走行における計測値(速度、前後加速度、左右加速度、ヨー角速度、ロール角速度)を表して
いる。緑の点線は、地点毎の確率モデルによる 95%の正常範囲を表す。この範囲からの逸脱を検出する
ことにより、運転員に運転リスクの高まりを警告することができる。図 12 のケースでは、60.5 キロポスト付近
で速度の異常な減少と、前後加速度の異常な変動が認められる。画像で確認すると、低速の先行車に急
接近していることが分かった。データベースの可視化インタフェースにおいて、このような逸脱をスキャン
することにより、大量の運転行動データから高リスク状況のみを抽出することができる。
追越しのための右車線変更行動の確率モデルに基づいて、通常からの逸脱を検出し、運転員に警告
するアルゴリズムを作成した。右車線変更時の車間距離と相対速度の確率分布から、注意領域(p<0.05)
と警告領域(p<0.01)を求め、計測値がこの領域に入った時に警告を発生させる(図 13)。データに対し、ま
ず 2 次元正規分布を当てはめたが、適合性はあまり良くなかった。特に車間距離の小さい方向では、正
規分布に比べて確率が急激に減少する。主成分分析によって分布の主軸(図の直線)を求め、主軸と直
交方向(第 2 主軸)の周辺分布を使うことも考えられるが、車間距離が小さいケースで逸脱が殆ど発生しな
くなる。そこで、車間距離 2m 毎に相対速度に対して別々の正規分布を当てはめて、注意領域(黄色の点)
と警告領域(赤の点)を求めた。
ドライビングシミュレータに、この警告アルゴリズムを実装し、逸脱検出手法の評価を行った(図 14)。東
名高速道路上の貨物自動車運転をシミュレートするシナリオを作成し、低速な先行車への追越しを試み
る。上記の警告アルゴリズムに基づき、2 段階の表示(黄色、赤)と警告音によって運転員に警告を与える。
このシミュレーション実験により、逸脱検出手法の有効性が確認された。また、長距離運転行動計測装置
に警告アルゴリズムを実装するための演算ユニットと警報表示装置を追加することにより、実車に搭載可
能な実時間逸脱警報装置を作成した。
65
図 13 追越し運転行動の確率モデルによるリスク評価
図 14 ドライビングシミュレータによる逸脱検出システムの評価
5) 考察・今後の発展等
東名・名神高速道路における大型貨物自動車の事故状況で最も多いものは、走行車線での追突事故
であることが、過去の事故データ分析から分かっている。このため、先行車への接近に伴う追従運転行動
や車線変更(追越し)行動に重点を置いたデータの分析・モデル化と逸脱検出手法の開発を行った。追越
しのための右車線変更のタイミングに関する確率構造は個人毎に安定しており、信頼性の高いリスク評価
手法を実現するための中心的な情報源となる。今回、外的要因の影響の分析は道路構造に関するもの
を主としたが、周囲の交通状況の影響も大きいものと思われる。しかし、交通状況のデータとなるレーダセ
ンサの計測値は他の計測値と比べて不安定であり、高度なデータ処理を必要とする。また、計測範囲が
車両の前方に限られており、側方と後方の車両位置を直接計測できない。画像データ解析の利用による
計測精度の向上と計測領域の拡大が必要である。また、周辺車両の位置と速度のパターンとしての交通
状況から、車線変更行動に影響を与える要因を抽出するためには、高度なパターン認識の手法が必要
になるかもしれない。
外的要因の内、比較的扱い易いものは場所固有の特徴量である。特に、道路曲率や緩和パラメータの
ような横断線形特徴量と、勾配等の縦断線形特徴量は、様々な計測量に直接影響を与える。しかし、この
ような影響の多くは、物理的な因果関係によるもので、行動に関する影響を調べるためには除去しなけれ
ばならない。データを地点(キロポスト)で整列して場所毎に統計分析する方法は、このような物理的影響
66
を除去するに有効である。
場所毎のリスク評価手法は、個々の走行データに対して通常からの逸脱を検出するものであるが、デー
タ全体から得られる知見として場所固有の運転行動特徴を得ることもできる。基本的に、行動データの変
動性が大きい場所は、運転リスクが大きい地点と見なせる。まず、行動データの変動性に基づいてリスク
の高い地点の候補を絞り、次に行動の変動性パターンの類似性に基づいて高リスク地点を分類する。整
理された高リスク地点における状況を、データベース可視化インタフェースを用いて直接観察し、リスクの
原因に関する推論を行う。この方法により、データの統計分析に基づいた高速道路上のリスクマップを作
ることができる。
6) 関連特許
該当なし
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1.原著論文(査読付き)
1 報 (筆頭著者: 1 報、共著者: 0 報)
2.上記論文以外による発表
国内誌: 2 報、国外誌: 0 報、書籍出版: 0 冊
3.口頭発表
招待講演: 0 回、主催講演: 0 回、応募講演: 2 回
4.特許出願
該当なし
5.受賞件数
該当なし
1.原著論文(査読付き)
1) Akio Utsugi, Motoyuki Akamatsu, Modeling of overtaking behavior of long-haul truck driver on
expressway based on naturalistic driving data, Proc. IFAC-HMS, 2007 (to appear)
2.上記論文以外による発表
国内誌
1) 赤松 幹之,宇津木 明男, 「高速道路におけるトラック運転行動データに基づいた運転リスク
低減技術」,自動車技術,Vol. 60, No. 12,pp. 89-95, 2006.
2) 山田 陽滋,宇津木 明男, 「人間機械系における人の意図推論技術とロボット学応用」,計測
と制御,Vol. 45, No. 5,pp. 407-412,2006.
3.口頭発表
主催・応募講演
1) 宇津木 明男,加藤 晋,赤松 幹之:「長距離運転行動データベースに基づく運転行動のモ
デル化」,福岡,計測自動制御学会 システム・情報部門学術講演会,2005.11.28
2) 宇津木 明男,加藤 晋,赤松 幹之:「長距離運転行動データベースの構築と運転行動解析」,
自動車技術会 2006 年秋季大会学術講演会前刷集,Vol. 117, No. 6, pp. 15-18,2006.9.28
67
3.2 運転作業状態の推定技術
(分担研究者名:福戸淳司、丹羽康之、伊藤博子、吉村健志、沼野正義、
所属機関名:(独)海上技術安全研究所)
1) 要旨
近年、様々な運転支援システムや高度な警報システムが実用化されつつあるが、事故を未然に防ぐた
めには、事故直前のリスクを下げるだけでなく、安全運転に資する助言や事故多発地点などの情報提供
を通じて、警報にいたる前の段階で運転員が不安全な状態に陥らないようにすることが不可欠である。
現在、安全運行のための取り組みとして、運行管理
運転員の
状態
者による運転員の指導監督や、点呼による運転員の
状態把握などの運行管理が実施されている。ところが、
眠気
飲食
会話
副次行動
発着の多い深夜から早朝にかけての時間帯は運転員
との対面点呼が難しいうえ、タコグラフからでは限られ
た情報しか得られず、運転員が普段どのような運転行
動をおこなっているのか知りたいという要望が大きい。
一方、運転員は視覚などを通じて周囲の道路交通状
況を認知し、経験などに基づいた適切な判断のもとで、
安全な運転行動をおこなっている。図 1 に示すように、
道路交通
状況
追い越し
シナリオ
事故データ
運転
行動
不一致の
検出
ウインカ
持続時間
車間距離
相対速度
走行速度
ブレーキ
右後方確認
図 1 運転行動評価のモデル
運転行動は周囲の道路交通状況と運転員の状態といった要因によって影響を受けるものであり、通常は
適切である運転行動もこれらの要因によって不安全な状態に陥る場合がある。適切でない運転行動は通
常からの逸脱として具現化するため、運転の状態を記録しておき特定の運転行動に着目して評価するこ
とで検出することができると考えられる。
そこで、このような不一致を走行データの中から検出し、評価した結果を運行管理者や運転員に分かり
易い情報として提供するとともに、運転員の不安全な状態を指摘することによって、お互いのコミュニケー
ションを促し、事故を未然に防ぐ方策の一助とすることを目的として、サブテーマ 3.2 では、運転作業状態
を指標化する技術を開発し、運行管理者や運転員が運行の実態を容易に把握できるような運転行動評
価システムを構築した。
本研究では、運送会社の協力を得て、長距離運行をおこなう大型貨物自動車 10 台に、サブテーマ 3.1
と協力して長距離運転行動データ計測装置(ドライブレコーダ)を設置して、約 1 年間に亘って運転行動を
計測した。これに加えて、サブテーマ 3.2 は、運転画像記録システムを設置し、運転員の状態と運転以外
の行為である副次行動等を記録した。これらの計測装置により、約 27 万キロに及ぶ走行データと約 200
時間の運転動画像を取得し、解析をおこなった。
取得されたデータは、周囲の道路交通状況、運転員の状態、運転行動、に分類して抽出したうえで運
転行動データベースとして統合した。また、本研究では、高速道路を利用した長距離運行という特性を考
慮して、走行中に比較的頻繁におこなわれ、衝突や追突の危険度も高い「追越し運転行動」を評価対象
の運転行動として、取りあげた。
本研究で得られた運転行動データベースにある 44,208 回の追越しを解析した結果、頻繁な追越しや、
追越し前の先行車との車間距離が 10m~20m と短いこと、同じく先行車との相対速度がきわめて小さいこ
となど、高速道路における追越し運転行動の特徴を明らかにした。また、面接調査の結果などから、追越
し時にはできるだけ加減速を少なくし、一定の速度で走行したいという運転員の要求と、追越し車線走行
時間を最小限にとどめ、追越し車線を走行してくる後続車への影響をできるだけ小さくし、周りのペースを
乱さないようにしたいという運転員の配慮も明らかとなった。
次に、運転画像記録システムにより記録されたビデオ映像から周囲の道路交通状況と、眠気などの運
68
転員の状態、運転とは直接関係のない副次行動を理解するために、新たにビデオ解析支援ソフトウエア
(Video Indexing and Inspection System)を開発した。本ソフトウエアの活用により、運転に専念している時
間は全走行時間のうち約 6 割である実態を明らかにし、運転員の状態が運転行動に一定の影響を及ぼ
すことが認められた。また、構築された運転行動データベースより、周囲の道路交通状況に応じて標準化
された運転行動がおこなわれていることを明らかにした。従って、シナリオとして定義された道路交通状況
と一致しない運転行動を検出し、逸脱の程度を指標化することが可能となった。
これらの結果に基づき、本研究では、運転行動データベースより注意すべき運転行動を抽出し、その
詳細情報を提供する運転行動評価システムを開発した。これにより、例えば周囲に他車がいないにも関
わらず追越し前の車間距離が通常より短い場合、運転以外のことをしていなかったか等、注意すべき運
転行動を指摘できる。この運転行動評価システムによって得られた評価結果は、運行管理者の意見と一
致することも確認された。また、本手法は評価対象運転行動を道路交通環境に応じて選択することにより、
一般のドライバを対象とした評価へも応用可能と考えられる。
この運転行動評価システムの導入によって、点呼等での運行管理者と運転員とのコミュニケーションを
促進し、警報にいたる前の段階で運転員が不安全な状態に陥らないような助言をおこなうことによって、
事故の低減に寄与できると考えられる。
2) 目標と目標に対する結果
本研究では、「運行管理の観点から求められる安全運転行動を規定し、運転員が対面する交通環境
下でその安全運転行動を促す適切なアドバイスを運行管理者および運転員双方に提供するシステムの
開発を行う。」を、目標として設定し、研究を実施した。
具体的には、(1)車載機により運転行動を記録し、これを解析して運転状況を観察し、データベース化
を行う。(2)通常の運転行動と比較し、注意すべき運転行動を抽出し、運転員および運行管理者に、運行
記録および適切なアドバイスを提供するシステムとして構築する。
これらの目標に対して、以下の成果をあげた。
(A) 注意すべき運転行動の検出と評価技術の開発
運送会社の協力を得て、大型貨物自動車に、ドライブレコーダと運転画像記録システムを設置して、約
1 年間に亘って運転行動を計測した。次に、追越し運転時を中心とした運転員の運転行動を解析するビ
デオ解析支援ソフトウエア(Video Indexing and Inspection System)を開発した。本ソフトウエアにより連続
画像から目視により、周囲の道路交通状況や、眠気などの運転員の状態、運転とは直接関係のない副次
行動を検出することが可能となった。さらに、運転画像と実路走行データ等をデータベース化して解析を
おこなった結果、追越し運転時における周囲の道路交通状況と運転行動の不一致を検出し評価できるよ
うになった。
(B) 運行結果報告機能の開発
運転員と運行管理者に安全運転に関するアドバイスを提供するため、運行管理者・運転員を対象に実
施した面接調査の結果等から得られた運行に実態と要望や、過去 10 年間の事故データに基づく事故多
発地点および、本研究により得られた知見に基づいた、運転行動評価システムの開発を行った。本シス
テムは、ドライブレコーダにより取得された膨大な走行データを解析することができ、その結果を運行管理
者と運転員にとって理解しやすい情報として提供できるシステムである。
3) 研究方法
本研究においては、まず運送事業者の協力を得て、運転行動を記録すると共に、運行事業者に対す
るインタビューを行い、運行管理の実態と要望の把握を行った。次に、記録したデータを解析し、注意す
べき運転行動を抽出すると共に、その詳細情報を提供するシステムの構築を行った。
69
(A) 運転画像記録システムと長距離運転行動データ計測装置による計測
運送事業者の協力を得て、東名・名神高速道路を定期的に走行する大型貨物自動車に、近赤外線ビ
デオ暗視カメラによる運転画像記録システムと、長距離運転行動データ計測装置を設置し、実路走行に
おける運転行動を約 1 年間にわたり計測・記録した。
運転画像記録システムは、運転員の運転行動を撮影、記録するシステムである。運転室内に設置され
た 3 台のカメラと画面 4 分割ユニット、HDD レコーダによって構成され、2 週間分以上の運転画像を蓄積
することができる。また、撮影用のカメラは、赤外線投光器を内蔵しており、夜間走行時でも撮影が可能で
ある。なお、運転員の視覚への負担を考慮して、赤外線の投光量は最小限にとどめている。
一方、長距離運転行動データ計測装置は、共同で研究を進めているサブテーマ 3.1 が設置したもので
あり、計測されたデータの提供を受けた。計測項目は、走行位置や走行速度などの車両状態をはじめと
して、ステアリング及びペダル操作量などの運転操作行動、先行車や後続車両との車間距離などの交通
状況など約 100 項目に及ぶ。さらに、交通状況を映像で確認できるよう車両前方と左右のサイドミラーの
映像を記録している。
走行区間は、当日の運行計画によって異なるが、主に東名・名神高速道路の大阪から東京までの区
間である。研究期間を通じて運転員は同一であり、運転員には、普段通りの運転を心がけるよう指示した。
なお、対象車両には速度抑制装置が取り付けられており、最高速度は 90km/h 以下に制限されている。
(B) 面接調査の実施
大手運送会社から貨物自動車数台規模の運送店まで事業規模の異なる運送会社 6 社の運行管理者
7 名と運転員 8 名から面接調査を行った。面接は、平成 17 年 2 月から平成 18 年 4 月にかけて各運送会
社の事業所等で実施し、被験者 1 名に対して面接者 2 名が対応した。設問は予め用意したが、現場の実
態を把握するため、面接ではできるだけ被験者の自由な発言を促した。主な設問は下記の通り。日常の
運行スケジュール、休憩の取り方、走行する際に留意する点、危険だと感じる運転行動、走行のマナー、
事故の経験とそこから得た知見、事故の原因、休日の過ごし方、家族や友人とのコミュニケーション等。
(C) 運転行動評価システムの開発
運転行動を構成する要素 (タスク) としては、走行開始に始まり、高速道路への進入、車線変更、追越
し、追い越され、休憩場所への退出、一般道への退出等、様々な種類のものがあり、運転員は状況に合
わせて適宜実施して運転している。本研究では、本研究プロジェクトの研究対象である長距離運行の特
徴を考慮して、一走行における実施回数が多く、複数の対象に意識を配分しながらの運転操作が要求さ
れる追越し運転行動、特に、前車への接近から追越しのための右車線変更までを解析対象として選出し
た。
運転行動評価システムは、この追越し運転行動の運転結果と、周囲の道路交通環境、運転員の状況
から、注意すべき運転行動を抽出し、それを運行管理者及び運転員に提示して、安全運転に対する示
唆を与えるシステムとして構築した。
解析においては、まず、運転員の行動を把握するため、収集した運転ビデオ画像を解析し、運転員が
運転のために行う「主行動」および運転中に行われる「副次行動」を抽出することを試みた。この解析では、
主行動として右ミラーの確認動作、副次行動として、運転員の行っている会話や食事等の挙動、運転員
の示した眠そうなそぶりを抽出することができた(a)。
これと並行して、運転行動データから追越し運転行動を抽出するアルゴリズムを構築し、追越し運転行
動の特徴を表すパラメータや運転状況の解析を行い、データベース化した(b)。
次に、追越し行動を、観察結果から複数のパターンにモデル化し、そのパターンに対応する標準的な
運転を定義し、これからの逸脱と、運転状況(副次行動の有無等)を基に、注意すべき運転行動を抽出す
るシステムの構築を行った(c)。これらの結果は、協力いただいた運送会社の運行管理者に示し、運行管
理者の意見と一致することが確認された。
70
4) 研究結果
(A) 計測データの解析結果
原著論文 1)、口頭発表 2,3,4)
実路走行実験から取得した運転行動データは、0.1 秒毎に観測される走行データとビデオシステムで
録画した映像データである。本研究では、これらのデータから自車の挙動としての「運転行動」、運転員が
運転のために行う「主行動」および運転中に行われる「副次行動」を抽出することを試みた。
走行を構成する要素 (タスク) としての運転行動は、走行開始に始まり、高速道路への進入、車線変
更、追越し、追い越され、休憩場所への退出、一般道への退出等、様々な種類のものがあり、運転員は
状況に合わせて適宜これらを行いながら目的地を目指している。これらのうち、一走行における実施回数
が多く、複数の対象に意識を配分しながらの運転操作が要求される追越し運転行動を解析の対象として
選出し、その中でも特に、前車への接近から追越しのための右車線変更までを解析対象とした。
追越し運転行動についての調査を行った結果、追越し対象 (前車) という他車があるため、車線変更
時にはほぼ間違いなくウィンカを使用することが判明したので、ウィンカ情報をベースに、いくつかの走行
データを併用することで、時系列データから、追越し運転行動の部分を自動的に抽出することができた。
また、走行データのみからでは分からない周囲の輻輳状況等について、部分的にビデオ解析を併用して
必要なデータを取得した。
運転員が運転中に行う「主行動」および「副次行動」に関しては、全てビデオ解析によってデータ取得
を行った。この解析では、主行動として右ミラーの確認動作、副次行動として、運転員の行っている会話
や食事等の挙動、運転員の示した眠そうなそぶりを抽出することができた。
(B) 面接調査の結果
口頭発表 6,7)
事業所によって路線や運行スケジュール・勤務形態がことなるものの、危険だと感じている運転行動や
場所については共通の意見が多く寄せられた。特に、通常において貨物自動車同士の追越しは、速度
抑制装置の導入によって、速度差にほとんど変化のない安定した状況でおこなわれているが、周辺を走
行している車両の増加や、乗用車など突然の外乱により危険感が増大し、それを負担に感じている運転
員が多いことが明らかとなった。
(C) 運転行動評価システムの開発
(a) 長距離運転行動の実態
口頭発表 5)
長距離運転における運転行動の実態を明らかにするために、記録されたビデオ画像を観察して、集計
をおこなった。このビデオ観察は、運転員 2 名の近畿圏から首都圏まで片道分それぞれ 1 走行を対象と
して(表 1)、運転画像記録システムにより撮影されたビデオ画像をもとに、特に運転中の副次行動に着目
して観察をおこなった。なお、運転行動の観察と集計にあたっては、前述のビデオ解析支援ソフトウエア
を利用した。
表 1 走行条件
運転員
A
B
分析区間
西宮~東京
三木 SA~新木場
走行時間
5 時間 58 分
6 時間 42 分
休憩地
吹田 SA、浜名湖 SA
赤塚 PA
ビデオより観察された運転中の副次行動は、以下の通り分類されることが分かった。
I.
眠気の発現:運転中にあくびをする、瞬きを頻繁にする、目を強く閉じる等が観察されたときを眠気
の発現と判断して、その頻度を記録した。
II. 会話:運転中に携帯電話(ハンズフリーホン使用)もしくは無線を利用して会話をおこなっている時
間を記録した。
III. 食事:高速道路の SA 等で購入してきたスナック、ドリンク類を、運転中に飲食している時間を記録し
71
た。
IV. 喫煙:運転中に喫煙している時間を記録した。ただし、喫煙するのは運転員 B のみである。
V. その他:I~IV までの項目に分類されない副次行動。
眠気の発現について、運転員 A の場合、走行開始後 40 分までは、食事や会話をおこなっていたため
眠気の発現はまったく認められなかった。ところが、走行開始後 40 分以降、眠気が多く発現するようにな
り、走行時間が進むにつれ減少するものの、終了間際では再び増加した。特に終了間際では、体を揺す
ったりして眠気と格闘している様子が観察された。一方、運転員 B は、眠気の発現の頻度は少なかった。
運転中、約 30 分おき 5 分間の喫煙は、運転のリズムにつながっているものと考えられる。いずれの運転員
も、眠気の発現は、食事、会話、喫煙等の副次行動が観察されない時間帯に多く観察された。携帯電話
の利用については、運転員 A のみで観察された。運転員 A への面接調査によると、会話の内容は、友人
との会話や渋滞情報の交換等である。食事は、いずれの運転員でも観察された。運転員 B は、サービス
エリア(SA)やパーキングエリア(PA)、等での休憩時にまとまって食事を取ることが多いのに対して、運転員
A はスナック菓子等を食べ続けることが多かった。口に入れて咀嚼することにより、眠気を払拭していると
考えられる。「その他」の内訳は、視線・注意の移動を伴う行動として、ケータイ(メール)を操作する、車載
テレビを見る、CD を操作する(選択・セット・交換・片付け)等である。眠気を払拭するためと思われる行動
として、体や手でリズムをとる、歌う等がある。運転姿勢が大きく変化する行動として、頬杖をつく、座りな
おす、前に乗り出す、体操をする、伸び(ストレッチ)をする等が観察された。なお、副次行動が観察されな
かった時間を、「運転に専念している時間」として定義して集計をとったところ、運転に専念している時間
は、いずれの運転員も走行時間の 6 割程度にとどまることが明らかとなった(図 2、図 3)。
休憩時間
3%
休憩時間
3%
会話
10%
喫煙
14%
食事
10%
食事
6%
その他
11%
その他
18%
運転に専念
59%
運転に専念
66%
図 2 運転行動時間割合(運転員 A)
(b) 追越し運転行動の実態
図 3 運転行動時間割合(運転員 B)
口頭発表 6,7)
運転時の危険度や負担度を評価するための運転作業状態のひとつとして、高速道路走行時の追越し
運転行動に着目して、データの定量的解析とビデオ観察によりその実態を明らかにした。
追越し運転行動を、長距離運転行動データ計測装置から得られる一連のウィンカ操作記録を基準にし
て抽出して解析した。運転員 4 名、約 3 ヶ月にわたるデータから、全 8576 回の追越し運転行動を抽出し
て解析をおこなった。追越しの頻度を調べるために、追越しの時間間隔を 4 名で平均したところ 203.75 秒
であった。
追越し車線走行時間:速度抑制装置が取り付けられた大型貨物自動車の運転員は、追越し車線を走
行してくる後続車への影響をできるだけ小さくするため、追越し車線を走行する時間を最小限にとどめた
いと考えている。従って、追越し完了までに要する時間が長いほど、運転員の負担は大きくなるものと考
えられる。そこで、右ウィンカ操作終了時点から、左ウィンカ操作開始までの時間を、追越し車線走行時
72
1000
1600
900
1400
800
1200
700
1000
600
頻度
頻度
1800
800
500
400
600
300
400
200
200
100
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
50
55
60
65
70
75
80
85
90
95
100
105
110
115
120
125
130
135
140
05:00
04:30
04:00
03:30
03:00
02:30
02:00
01:30
01:00
00:30
00:00
0
追い越し時間 (min:sec)
車間距離 (m)
図 4 1 回あたりの追越し車線走行時間
図 5 追越し直前の車間距離
間と定義して、8576 回分の追越しを対象に、その分布を 10 秒間隔でヒストグラムに表した(図 4 参照)。追
越し車線走行時間は、20 秒から 50 秒の間に全体のうちの 47%が集中しており、特に 30 秒から 40 秒の頻
度が最も多かった。
車間距離:先行車との車間距離は、追突の危険度を評価する重要な測定項目のひとつである。そこで、
追越し前の車間距離の実態を明らかにするために、同じ母集団の中から、右ウィンカ操作終了時の先行
車との車間距離が計測できた 5755 回分の追越しを抽出して解析した(図 5 参照)。追越し前の車間距離の
最頻値は 15~20m、平均は、28.3m であった。ぎりぎりまで車間距離を詰めてから、追越し車線に車線変
更している実態が明らかとなった。これは、追越し車線を走行する時間を最小限にとどめるためだと考えら
れるが、明らかに危険度の高い運転状態であり、安全な車間距離を確保しているとは言えない。
相対速度:追越し前の先行車との相対速度は、追突する危険度と運転員の負担度を評価できる指標
であると考えられる。そこで、同じ母集団の中から、右ウィンカ操作開始時の先行車との相対速度が計測
できた 319 回分の追越しを抽出して解析をおこなった。相対速度が-7km/h から-1km/h までは、相対速
度が低いほど追越し頻度が増大した。また、相対速度が、-3km/h から-1km/h までの追越しが、全体の
48%を占めた。この結果から、ほとんど速度差がない交通環境で追越しがおこなわれていることが明らかと
なった。速度抑制装置の取り付けが義務づけられたことにより、大型貨物自動車の走行速度が均一化さ
れたことが、この原因としてあげられる。また、自車より
先行車の
出現
遅い先行車は、たとえ 1km/h でも速度差があれば、必
ず追い越すという追越し運転行動も本データから裏付
小
大
先行車との
相対速度
けられる。
(c) 運転行動評価システムの開発
口頭発表 9,10,11)
無
右後方車両
S0
有
追越し前の周囲の状況が、運転行動に及ぼす影響
右側方
通過車両
を明らかにするために、周囲の状況をシナリオとして
少
右後方車両
との相対速度
小
多
定義する。シナリオとして定義するにあたっては、ビデ
右後方車両
との相対速度
両の台数、右後方車両との相対速度、道路線形、合
流車両の有無、等の項目に分類してデータベース化
先行する車両との相対速度は、車線変更するまでの
時間的余裕が決定されるため、追越し運転の作業負
担に及ぼす影響は大きいものと推定された。また、右
車線(追越し車線)を走行してくる他車両の存
73
S2
S3
S4
S5
右後方車両
有
右側方
通過車両
少
右後方車両
との相対速度
大
小
右後方車両
との相対速度
この運転行動データベースを基に解析した結果、
S1
無
多
した。
大
小
オ解析によって追越し前の周囲の状況を、他車両の
有無、車線変更を行う前 30 秒の間に追い越された車
大
大
小
図 6 追越し前の周囲の道路交通
状況別にみたシナリオモデル
S6
S7
S8
S9
在も、追越しのタイミングを調整したり、先行車への追
負担が高くなると推定される。このような運転作業にお
ける運転員の負担度と、衝突や追突の物理的な危険
度を考慮して周囲の状況をシナリオとして定義した(図
相対度数(%)
従走行を余儀なくされたりするため、同じく運転作業
6 参照)。
追越し前の車線変更時に、追越し車線を走行して
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
0
1
いる他車両の有無が運転作業負担に大きく影響を与
えていることが分かった。そこで、道路状況に応じた
平均 1.65sec 標準偏差 1.62 であったのに対し、他車
相対度数(%)
に、右車線を走行している他車両の有無による、運転
右ウィンカ点灯持続時間は、他車両がいない場合、
両がいる場合は、平均 2.66sec 標準偏差 1.61 と、車線
0
1
2
オ解析により抽出されたサイドミラーを使った右後方
確認の頻度は、他車両がいない場合、平均 1.92 回な
のに対して、他車両がいた場合は平均 3.04 回と、周
囲の状況を認識するために有意に高い頻度で右後
相対度数(%)
1.39sec 標準偏差 1.04 であったのに対し、他車両がい
なった。(図 8 参照 t(1279)=16.09, p<.01)。さらに、ビデ
3
4
5
図 8 追越し前の車間時間
p<.01)。また、車間時間は、他車がいない場合、平均
れた結果、車間時間が有意に短くなることが明らかと
5
車間時間(sec)
くなることが認められた。(図 7 参照 t(1279)=4.68,
影響を受けた場合、追越しのタイミングが通常より遅
4
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
変更の意図を周知させるために点灯時間が有意に長
る場合は、平均 1.11sec 標準偏差 0.91 と、他車両の
3
図 7 車線変更時の右ウィンカ点灯持続時間
追越し運転行動がおこなわれているか評価するため
行動の違いを明らかにした。
2
右ウインカ点灯持続時間(sec)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
1
2
3
4
5
6
7
8
右後方確認頻度(回)
図 9 追越し前の右後方確認頻度
方の確認をおこなっていることが明らかとなった (図 9 参照 t(695)=11.13, p<.01)。
これらの結果、他車両の影響の有無、すなわち追越しシナリオの違いが、抽出された追越し運転時の
道路交通状況と運転員の状態、運転行動との関係をデータベース化し、状況に適応していない運転行
動を見つけ出すことが可能となった。一方、運転行動評価システムには、事故多発地点を走行する際の
十分な注意を促すために事故多発地点において追越し運転をおこなった場合、事後報告する機能があ
る。東名高速道路における過去 10 年間の事故データを(財)交通事故総合分析センターより入手して、サ
ブテーマ 3.1 と共同で解析した結果、キロポスト毎の事故発生確率が有意に高い箇所を抽出し、運転作
業状態を指標化するための評価基準とした。
追越しごとの周囲の道路交通状況、運転員の状態、運転行動の各項目において通常からの逸脱を検
出した結果を、理解しやすい情報として提供をおこない、具体的に検出された項目や、追越し地点、注意
すべき情報を表示することができるシステムを開発した。また、本システムでは、音声でも情報提供するこ
とが可能である。
追越しにおける自車の走行状態を表すパラメータとしては、ウィンカの使用時間、最接近距離、最接近
時の速度、最接近時の前車との相対速度、最接近時の相対加速度、最大ヨー角、最大ハンドル量、最大
アクセル量、ブレーキ使用の有無、ハザード使用の有無、過去 10 年間における事故発生状況を用いた。
本システムによって、例えば、周囲に他車がいないにも関わらず追越し前の車間距離が通常より短い
74
場合を検出することにより、運転以外のことをおこなっていなかったかなど、注意すべき運転を指摘でき
る。
5) 考察・今後の発展等
本研究では、運転員の長距離運転行動データに基づき、通常運転からの逸脱を検出し、運転員の自
発的運転行動の改善を促すアドバイスを提供するシステムを開発した。これを実現するために、常時記録
される運転中の運転員および車輌の状態を、運転行動と周囲の状態および運転員自身の状態と言う観
点でモデル化し、その運転行動を指標化した。運転の状態を特定の運転行動として捉えることで、状況を
考慮した通常からの逸脱が検出できるようになり、注意すべき運転行動を指摘できるようになった。また出
力される指摘事項は、運行管理者の意見と一致するものであった。
このようなシステムの導入によって貨物自動車運送業界では運転前後の点呼などにおける運行管理
者と運転員のコミュニケーションが促進され、運転員自身の自覚によって不安全な状態に陥ることを防ぐ
一助になると考えられる。
本研究で構築した解析・評価システムは、高速道路走行中の長距離運転の職業運転員を対象として
開発されたものであるが、運転行動のモデルに基づく手法であり一般道に対しても適用可能である。ひい
ては、一般の運転員から、広く航空機のパイロットや船舶の操船員といった他の交通モードに対しても応
用できるものであると考えている。
6) 関連特許
該当なし
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
2 報 (筆頭著者: 1 報,共著者: 1 報)
2. 上記論文以外による発表
該当なし
3. 口頭発表
招待講演: 0 回、主催講演: 0 回、応募講演 11 回
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
1. 原著論文(査読付き)
1) Hiroko Itoh, Kenji Yoshimura: “Understanding human factors in long-distance vehicle
operation”, IFAC2007 (accepted)
2) Qiao Liu, Hiroko Itoh, Kenji Yoshimura: “On the design of in-vehicle advice system”, IEEE
SMC2006, pp.2511-2516, 2006.
2. 上記論文以外による発表
該当なし
3. 口頭発表
主催・応募講演
1) 松岡猛,福戸淳司,沼野正義,吉村健志,丹羽康之,伊藤博子,宮崎恵子,劉峭:「状況・
意図理解によるリスクの発見と回避:運転作業状態の推定技術の開発」,平成 17 年度(第 5
回)海上技術安全研究所 研究発表会 講演集,Vol.5,pp.93-96,2005.
75
2) 吉村健志,丹羽康之,伊藤博子,福戸淳司,劉峭:「長距離輸送に対応した運転行動記
録システムの開発」,平成 17 年度(第 5 回)海上技術安全研究所研究発表会講演集,5,
pp.97-98,2005.
3) 吉村健志,伊藤博子,丹羽康之,福戸淳司:「長距離トラック運転における追い越し行動に
関する研究」,人間工学,Vol.41 特別号,pp.160-161,2005.
4) 吉村健志,伊藤博子,丹羽康之,福戸淳司:「長距離トラック運転における不安全運転行
動の検出技術に関する研究」,産業保健人間工学研究,Vol.7 特別号,pp.146-149,
2005.
5) 吉村健志,伊藤博子,丹羽康之,福戸淳司:「長距離運転における不安全運転行動の検
出と評価」,計測自動制御学会 システム・情報部門学術講演会 2005 講演論文集,
pp.159-162,2005.
6) 吉村健志:「高速道路における追い越し運転行動の危険度評価手法に関する研究」,交
通科学研究資料,Vol.47,pp.32-33,2006.
7) 吉村健志,伊藤博子,丹羽康之,福戸淳司:「高速道路における追い越し運転行動の危
険度評価手法の開発」,人間工学,Vol.42 Supplement,pp.108-109,2006.
8) 吉村健志,伊藤博子,丹羽康之,福戸淳司:「運転行動データベースに基づいた運転員
の状態・意図の推定方法」,日本人間工学会・関東支部第 36 回大会講演集,pp.151-152,
2006.
9) 吉村健志,伊藤博子,丹羽康之,福戸淳司:「長距離運転行動データベースに基づく運
転負担度推定法」,日本機械学会 第 15 回交通・物流部門大会講演論文集,pp.355-356,
2006.
10) 丹羽康之,吉村健志,福戸淳司,伊藤博子,宮崎恵子,桐谷伸夫:「画像処理技術を用い
た運転者行動解析のための長時間運転画像記録システムの開発」,日本機械学会 第 15
回交通・物流部門大会講演論文集,pp.357-358,2006.
11) 安木佑介,吉村健志,稲葉緑,田中健次:「運転員の視認行動に基づいた追い越し運転
の負担度評価法」,自動車技術会 2007 年春季大会,2007(発表予定)
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
76
(4) サブテーマ 4
4. 運転員心身状態評価に関する研究
(分担研究者名:塩見格一、所属機関名:(独)電子航法研究所、
佐藤清、澤貢、水上直樹、鈴木綾子、所属機関名:(財)鉄道総合技術研究所、
藤本敏彦、所属機関名:東北大学)
1) 要旨
今日、疲労を定量的に評価する手法は未だ確立されていないが、一つの有効な手法としてのカオス論
的な発話音声分析手法について、この手法により身体疲労等を簡便に評価可能であることを生理学的に
検証した。また、本研究テーマの目的である交通安全性の向上に上記分析手法が有効であることを検証
するために、貨物自動車等の運転員の発話音声をカオス論的な手法により分析し、その運転員の心身
状態について、居眠りをする可能性の上昇や、過労状態へ陥る可能性の上昇、等を警告することが可能
であることを検証した。さらには、上記音声信号処理に係る信号処理アルゴリズムを高性能化することによ
り、実車に搭載可能な規模の発話音声分析システムが実現可能であることを明らかにした。
なお、以下の報告において、発話音声から算出されるカオス論的な指標値については、これを脳活性
度指数または脳活性度指数値と呼び、CEM(Cerebral Exponent Macro)値と記述する。
2) 目標と目標に対する結果
発話音声のカオス性の評価により身体疲労の評価が可能であることについて、複数のパターンの運動
性のストレスによる実験を実施し、生体に対する運動性ストレスを与えた場合に CEM 値が有意(有意水準
p < 0.05)に変動することが認められた。
鉄道車両運転シミュレータを利用した疲労評価実験において、疲労の蓄積によると考えられる CEM 値
の低下と、休憩や睡眠による CEM 値の回復を観測した。 また、小型貨物自動車を利用した実車による
漫然運転と眠気の評価実験においても、経時的な CEM 値の低下や昼食後の眠気と考えられる急激な
CEM 値の低下等を観測した。何れの実験においても、比較的に強い疲労状態には至らなかったと考えら
れる被験者においては CEM 値に顕著な変化が見られない場合もあったが、「発話音声の評価により、発
話者が過労状態に陥る可能性の上昇や、また強い眠気に襲われて居眠りを起こす可能性の上昇を警告
することが可能であること」を否定する結果は皆無であった。
また実車実験においては、運転等の業務作業に高い負担が発生していると考えられる状況において
CEM 値の上昇が飽和する現象が観測され、本研究の想定する脳機能モデルが、「人間の脳機能(あるい
は資源)が有限である」とする脳機能モデルに整合することが確認された。
発話音声分析装置については、その信号処理アルゴリズムの高度化を、算出される指標値の信頼性を
維持しながら高速化させることを目的として実施した。
平成 16 年時点では、リアルタイムな用途に対応する処理を実現する、すなわち発話音声の収録から診
断値の算出までを十秒程度で完了させるためには、10 トン以上もある液冷式のスーパーコンピュータ
(CRAY MTA-2)システムが必要であり、発話音声のデータサイズについても十秒程度は必要と考えられ
ていたが、研究完了時においては、通常の市販のパソコンでも 5 秒の発話音声を 5 秒で処理できるまで
になった。また、過労状態の判定に必要な音声データサイズも 5 秒以下で十分と考えられるようになって
いる。さらに、発話音声の品位についても、アルゴリズムの改善と適正なデジタル・フィルターの実現により、
アクビやクシャミ等の非発話音声による影響を緩和し、一般的な環境雑音に対しても対応範囲を拡大し
た。
上記により、発話音声からカオス論的な手法により算出される指数値(CEM 値)が、発話者の大脳新皮
質の活性度の尺度として有効なものであることを検証し、さらには、大脳新皮質の活性度の尺度としてエ
77
ンジニアリングの観点において優れたものであることを明らかにした。
3) 研究方法
(A) カオス論的音声信号処理アルゴリズムと実験用音声信号処理システムの開発
以下の(B)と(C)の実験によるデータを分析し、信号処理アルゴリズム(SiCECA: Shiomi’s Cerebral
Exponent Calculation Algorithm)に十分な評価感度を実現するためのパラメータの組み合わせを数値シミ
ュレーションにより探索した。また、収録した音声データから雑音を取出し、その CEM 値に与える影響を
評価し、診断値の信頼性の向上を実現する手法について検討した。
また、以下の実車環境において収録した音声に対しても過労等の危険状態の判定に対応可能とする
ために、信号処理アルゴリズムの改善等を検討した。
(a) 平成 17 年度、小田急電鉄の協力のもとに収録した実車運転手の発話音声。
(b) 平成 18 年度、筑波北コースにおける高速走行(120km/h)乗用車運転席における発話音声。
土木研究所の苫小牧寒地試験道路における小型貨物自動車運転席における発話音声。
(c) 電子航法研究所作業用乗用車により、都内公道を走行して収録した発話音声。
信号処理速度についても、経常的に高速化を図るための検討と作業を行った。
(B) 評価音声の収集と評価実験の実施
鉄道車両運転シミュレータや貨物自動車等の実車を利用して、睡眠不足が発話音声に与える影響、
過労状態が発話音声に与える影響、等を実験的に計測した。これらの実験においては、心電・心拍や脳
波、等の従来の生理指標についても計測し、発話音声による CEM 値の性格を特定した。
[平成 16 年度]
発話音声から算出される CEM 値が人間の大脳新皮質の機能評価に利用可能であることを検証するた
めに、2 名の被験者を不眠状態に置き、2時間に1度、簡単な作業(選択反応作業、暗算等)を行わせて、
主観的な自覚症状を調べ、眠気・疲労の申告等を行わせ、あわせて血圧、心拍数、心電図、脳電図等の
生理データの収集と、朗読音声を収録する実験を行った。
CEM 値と、心拍数、作業エラー率、臨界フリッカー周波数(CFF)値、等の各種生理指標値との相関関係
を調べ、CEM が自律神経系の指標値ではなく、前頭葉系の指標値であることを検証した。
[平成 17 年度]
鉄道車両運転シミュレータを利用して貨物自動車運転手の業務負荷を模擬し、その勤務の模擬状態に
おいて定期的に収録する朗読音声から、その運転員の疲労度や覚醒度が評価可能であること、および
十分な評価感度が実現可能であることを検証した。
事前に、運送業者の協力を得て、10 名の貨物自動車運転手を対象として、貨物自動車への荷積み作
業の業務負荷量(心拍数、歩行歩数、等)を調査した。
上記調査を基に実験の計画を作成し、11 名の被験者(体育系男子大学生及び大学院生)により、疲労
等評価実験を実施した。
実験の実施概要は図 1 のとおりである。
なお、被験者において実験中の体調不良の発生等があったため、有効なデータが得られた被験者数
は 10 名であった。
78
図1
疲労等評価実験タイムテーブル
[平成 18 年度]
小型貨物自動車を利用した実車実験により、運転業務作業中の換呼音声から運転員の心身状態が評
価可能であることを検証した。
テストコースとしては、土木研究所の苫小牧寒地試験道路(1 周 2.7km)を借りて、苫小牧在住の貨物自
動車運転手 20 名を被験者として、4t 貨物自動車を一定速度(40km/h)で長時間にわたって走行させる実
験を実施した。
本実車実験においては、被験者運転手の安全を確保するために、走行実験中は助手席に業務管理者
を同乗させ、運転手に居眠り等が発生した場合には、肩を叩いたり、体を揺すったりして起こしてもらうこと
とした。しかしながら、このような実験においては本来的には用意すべきと考えられる助手席の緊急ブレ
ーキ等の装備ができなかったこと、また助手席の業務管理者も同様の眠気に襲われる可能性等が高かっ
たことから、平成 17 年度に実施した疲労等評価実験の被験者程の疲労状態にはならないように実験内
容を組み立てた。過労による居眠りではなく、むしろ単調な運転業務による漫然運転の状態からの居眠り
について、その検出と警告が可能であることを検証した。
実験に使用したテストコースと、その実施概要は図 2-1、2-2 のとおりである。
79
図 2−1
土木研究所苫小牧寒地試験道路
図 2−2
実車実験タイムテーブル
上記タイムテーブルにおける午前中の 5 回の試行の間、被験者には水分の補給のみを許可し、糖分は
昼食まで与えないこととして、午前中の実験条件を管理した。
本実験においては、心拍数や血糖値等の生理データの収集と、朗読音声と換呼音声の収録に加えて、
運転業務パフォーマンスを観測評価するために、運転操作の安定性の指標と考えられるハンドル操作角
(ヨーレイトとして計測。なお、ここでのヨーレイトは「一周 2.7km のコースを時速 40km(一定)で5周走行し
たときの、車両のヨー方向(上下軸周り)の回転角速度の標準偏差」を意味する)を、いすゞ自動車の協力
によって計測した。
(C) 音声信号処理システムの信頼性検証のための生理学的研究
上記実験と同様に、様々な形態の運動性疲労を負荷した場合の発話音声の変化を他の生理指標と共
に計測し、発話音声から算出される指標値の性格を特定した。
[平成 16 年度]
自転車型エルゴメータを利用して肉体的に強い急性疲労が CEM 値により評価可能であることを検証す
るために、健常な男子学生 10 名(21.8±0.6 歳、173.1±5.4cm、70.7±8.7kg)に対して高強度の有酸素運
動(75%VO2max)を 30 分間行わせ、その運動の前後に 40 秒程度の朗読により音声を収録し、分析した。
[平成 17 年度]
室内実験: 自転車型エルゴメータを利用して肉体的に軽度の疲労を与えた場合に、その状態を CEM
値により評価可能であるか否かを検証した。
健常な男子学生 5 名(20.0±2.3 歳)に対して低強度の有酸素運動(50%VO2max)を 30 分間行わせ、平
成 16 年度と同様に朗読により音声を収録し、分析した。
実験室外実験: 実業団長距離選手合宿に同行し、身体疲労時の疲労レベルや、合宿による蓄積性疲
労の状態の評価につき、発話音声によりそれらの評価が可能であるか否かを検証した。
実業団女子長距離選手 6 名(20.7±2.5 歳、160.0±0.1cm、45.1±5.0kg)の 2005 年 7 月 6 日~7 月 13
日までの 6 泊 7 日の合宿において、合宿開始から 3、 4、 6 日目の起床直後に 3 分間の童話の朗読音
声を収録した。
80
[平成 18 年度]
基礎的検証実験: CEM 値の日内変動、母音・子音の相違等による変動、等の観測を目的として調査
実験を実施した。
また、運動誘発性蓄積性疲労の評価可能性について、運動習慣のない健康男性 7 名(21.0±2.1 歳、
170.9±7.7cm、65.4±11.4kg)を被験者として、連続 4 日間の合宿実験を実施した。被験者には毎日 2 回、
1 回当り 90 分間の自転車エルゴメータ運動(55%VO2max)を課すことにより、軽度の運動ストレス状態を誘
発させた。なお、疲労感の定量は、運動負荷前、運動期間中の朝(9:00)、及び運動負荷終了翌日におい
て、質問紙(VAS)、フリッカーテスト、Trail Marking Test により実施し、併せて朗読音声の収録を行った。
また、自律神経機能評価のため心拍変動を 24 時間心拍計にて測定し、更にポジトロン断層装置(PET)と
18
F- fluoro-deoxy-glucose(FDG)を用いて、運動誘発性疲労時の脳活動を観察した。
CEM 値が身体性疲労を反映してどのように変化するかについて、本実験の趣旨に賛同した 7 名(第 16
回仙台国際ハーフマラソン大会参加者、男 6 名、女 1 名、年齢:30~57 歳)を被験者として調査した。な
お、調査は、レース前日及びレース後に、日本語版 POMS(Profile of Mood States)、VAS(Visual Analogue
Scale)、CFF、視覚探索反応時間(ATMT 脳年齢計による)、および朗読音声による CEM 値を測定すること
として実施した。
4) 研究結果
(A) カオス論的音声信号処理アルゴリズムと実験用音声信号処理システムの開発
実車環境において収録した音声の分析と、これに対するアルゴリズムの改善と、またヘッドセット・マイク
ロフォン等の機器の開発により、高速道路を含む一般的な公道における乗用車及び貨物自動車等の運
転席環境において収録可能な音声により、運転員の危険状態の予見的な判定を可能とする発話音声分
析システムを実現した。
信号処理速度についても、アルゴリズムの実装方式の改善までを含めて、3 ヶ年間においてソフトウェア
のみで 2 桁程度の改善を実現した。ハードウェアの性能向上もあって、結果的には、研究開始当初の想
定(重量 20kg、消費電力 200W、10 秒間の音声を 3 分程度で処理)を越えて、重量 10kg、消費電力 100W
程度で、5 秒間の音声を約 5 秒で処理することができる車載型発話音声分析装置を実現した。
(B) 評価音声の収集と評価実験の実施
以下において、特に記述しない場合、「有意」と記述する場合の有意水準は(p < 0.05)である。
[平成 16 年度]
不眠実験の結果、CEM 値がサーカディアン・リズムとの相関を示さず、即ち CEM 値は毎分の心拍数や
血圧との相関を示さず、逆に CEM 値は作業中のエラー率や CFF 値との相関が高く、したがって、CEM
は自律神経系の指標値ではなく、大脳新皮質の機能評価に利用可能であることが確認された。特に、連
続的な発話音声から算出した CEM 値であっても、間欠的に定点採取した音声による CEM 値であっても、
精神作業における覚醒度の評価が可能であることが確認された。
[平成 17 年度]
鉄道車両運転シミュレータを利用した疲労等評価実験の結果、18 時に開始した繰り返しの運転作業に
おいて、比較的に強い疲労状態に至った被験者と至らなかった被験者は、それぞれ 6 名と 4 名であった。
前者を疲労群、後者を非疲労群と呼ぶことにすれば、疲労群においては CEM 値と CFF 値の間に強い相
関(相関係数:0.63)が見られた。一方、非疲労群においては、相関係数は 0.22 であった。
また、疲労群においては、CEM 値と CFF 値の双方に、経時的な低下傾向が強く現れる時間が存在する
が、比較的に CEM 値の方に先にその低下を示す時間がおとずれることから、CFF に比較しても CEM の
方が心身状態に対する評価感度が高い可能性があることが理解された。
81
[平成 18 年度]
小型貨物自動車を利用した実車実験の結果、以下のことが明らかになった。
(a) 午前中の試行の間、換呼音声から算出される CEM 値は 15 名の被験者において低下した。明確に
CEM 値の上昇した被験者も 3 名いたが、いずれも比較的高いと考えられる覚醒度水準での上昇であり、
頑張って運転作業を行った結果と解釈できるものである。
図 3 として、平均的な経時的 CEM 値の変化を示す。午前中の試行において次第に活性度が低下して
行く様子が示されており、昼食等の休憩による一時的な回復も明確に現れている。
520
500
480
460
休憩
440
6:00
7:00
8:00
9:00
10:00
11:00
12:00
13:00
14:00
15:00
16:00
17:00
18:00
時 刻
図3
20 名の被験者により観測された平均的な CEM 値の経時的変化
(b) 換呼音声から算出された CEM 値とヨーレイトの関係から、被験者運転手を「CEM 値が比較的大き
く、ヨーレイトが小さい(安定走行型)」、「CEM 値が小さく、ヨーレイトが大きい(不安定走行型)」と、その中
間的な型の 3 種類に分類することが可能と思われ、この分類において CEM 値の変化等を解釈することが
必要と考えられた(図 4)。
不安定走行型
中間型
安定走行型
1
1
1
0.8
0.8
0.8
0.6
0.6
0.6
0.4
0.4
0.4
0.2
0.2
0.2
0
300 400 500 600 700 800
0
300
400
換呼音声 CEM
図4
500
600
換呼音声 CEM
700
800
0
300
400
500
600
700
800
換呼音声 CEM
ヨーレイト(運転パフォーマンス)と CEM 値の経時的変化パターンによる分類
停車中に収録した朗読音声による CEM 値と CFF 値との相関等は、平成 17 年度に実施した鉄道車両
運転シミュレータによる実験の場合と同様であり、経時的な覚醒度の低下が観測可能であった。しかし、
朗読音声による CEM 値と換呼音声による CEM 値の相関関係は、実験条件を管理した午前中において
は平均的には高かったが、昼食後については被験者間の個人差が大きく、また全体的に算出された値
の範囲が異なり、朗読音声による CEM 値と換呼音声による CEM 値の双方を全く同じ尺度において扱うこ
とには問題があることが明らかになった。
また、換呼音声 CEM 値とヨーレイトとの関係から運転員の個性が分類されることから、すなわち、運転作
業を重要視した場合と、換呼位置での発話を忘れないことに注意を払った場合では、CEM 値の変化パタ
ーンが異なるものとなることから、運転業務中の換呼音声から運転員の疲労の蓄積の判定は可能であっ
ても、疲労のレベルが比較的に低い場合や、漫然運転からの居眠りの発生の可能性の上昇等に係る判
82
定に当たっては、連続的な CEM 値の計測が必要であること、さらにはヨーレイト等の診断値と組み合せる
ことが、高い信頼性を実現させるためには必要であると理解された。
(C) 音声信号処理システムの信頼性検証のための生理学的研究
以下において、特に記述しない場合、「有意」と記述する場合の有意水準は(p < 0.05)である。
[平成 16 年度]
自転車型エルゴメータを利用した強い急性疲労実験により、安静時に比較し(CEM: 550±45)運動直後
(520±35)から運動終了 5 分後において、有意に CEM 値が低下していることが確認された。また、その後
時間の経過とともに安静時のレベルまで CEM 値が上昇することが観測された。
上記により、高強度の運動性負荷に対して CEM 値はその疲労レベルの客観的な指標値としての可能
性を有することが検証された。
[平成 17 年度]
自転車型エルゴメータを利用して軽度の疲労負荷を与えた場合には、その疲労状態が CFF 値によって
は検出不可能なレベルである場合、その疲労が自覚されるのものであっても、CEM 値によっても検出は
不可能であった。
実業団長距離選手合宿に同行して得たデータからは、6 名の被験者中 4 名の被験者において、合宿 1
ヶ月以前に比較して、合宿 3、 4、 6 日目と合宿後の CEM 値において有意な低下が認められた。残りの
2 名についても合宿期間中の CEM 値は合宿前に比較して低く、CEM 値が運動蓄積性疲労状態の評価
に有効である可能性が検証された。
[平成 18 年度]
CEM 値の日内変動、母音・子音の相違等による変動について、母音相互の差異や組み合せられる子
音が異なることに起因する差異は存在するが、いずれの音韻においても日内変動は有意には観測され
ず、その差異は存在しても無視できるものと考えられた。
また、運動誘発性蓄積性疲労の評価可能性については、運動負荷開始以前(575±42)に比較し、運動
終了後(592±50)に有意に CEM 値の上昇が観測された。
PET においては、右上側頭回と大脳辺縁系内・左鉤に有意な亢進が認められ、前頭連合野に含まれる
上前頭回と二次視覚野の抑制が観察されている(図 5)。
亢進領域
右半球
後
抑圧領域
左半球
前
左半球
右半球
上前頭回 (BA9)
後
後
上側頭回 (BA42)
図5
前
後
二次視覚野
PET により観測された亢進領域と抑圧領域
少ない例からなんらかのことがらを断定することは控えなければならないが、上側頭回は感覚性言語中枢
であり、この部位の亢進は CEM を脳活性度の指標と解することを支持するものである。また、前頭連合野
は判断等の精神性活動に係り、視覚野は視覚情報の認識に係るものであり、これらの部位の機能抑制は
ヒューマンエラー発生の原因となるものである。
上記運動誘発性蓄積性疲労の評価実験結果からは、4 日間の合宿で疲労が蓄積し、その結果、朗読
作業において言語中枢に健常時以上の努力が必要であった可能性が示唆される。
83
ハーフマラソン参加者を被験者とした CEM 値と身体性疲労の関係については、長距離レース後には
CEM 値は低下する傾向があり、これは平成 16 年度の急性疲労負荷実験の結果にも整合するものであっ
た。
なお、慢性の蓄積型の疲労の場合には、実施した実験期間においては CEM 値に有意な低下が認めら
れる場合と、有意な上昇が認められる場合があり、そのメカニズムについては今後の更なる長期にわたる
実験や、様々な検討が必要であると考えられる。
5) 考察・今後の発展等
発話音声から算出される CEM 値は脳の活性度(応用的には「覚醒度」と言うべきか)を示すと考えられる
指標値であって、急性疲労実験による結果は、急激な運動性負荷を被験者に加えた場合、運動直後に
は筋肉中の乳酸の代謝等に比較的に多くの酸素が消費され、結果的に脳の活性度を運動以前の安静
時までに上昇させる程の酸素を脳に供給することができなくなっていると考えることが可能であり、かつ妥
当であると考えられる。
慢性的な、あるいは蓄積的な疲労状態にある場合、東北大学における実験では朗読音声は 40 秒間程
度の昔話の朗読により採取しているが、同じ朗読作業を行う場合であっても、脳により多くの負荷がかか
れば CEM 値は上昇すると考えられ、脳のリソースが枯渇している場合には、急激に強度な運動性負荷を
加えた場合とは異なる状況ではあっても、「機械的に文字面を追う様な朗読」では脳に対する負荷とはな
らず、CEM 値が上昇することはないと考えられる。
なお、上記の「機械的に文字面を追うような朗読」については(B) で実施した実験において、被験者を
学生としたシミュレータ実験においては、ほとんどの場合に換呼音声による CEM 値に比較して朗読音声
による CEM 値の方が高い値であったにもかかわらず、苫小牧で実施した実車実験では全く逆の結果とな
っており、職業運転手の方々が朗読に慣れていなかったこと、そして「ルビを追うような朗読」が多かったこ
とが、その原因と考えられる。
また、シミュレータを利用した実験は上記以外にも JR 西日本安全研究所においても実施しているが、い
ずれの場合であっても、シミュレータによる運転作業模擬ではあっても、十分な緊張感が維持されるような
状況においては、換呼音声による CEM 値は朗読音声による CEM 値と同程度の値になること、さらに緊張
感が高まれば朗読音声による CEM 値を超える値になることが、実験的に確認されている。
本研究において、CEM 値が大脳新皮質の活性度と相関関係を有するであろうことについては十分な実
験的検証がなされたと考えられる。鉄道車両運転シミュレータや実車を利用した実験結果からは、CEM
値の評価が予防安全装置やシステムの構築に有効なものであることは明らかである。
しかしながら、疲労のメカニズムは複雑であり、CEM 値が血液や唾液や尿中の疲労等の指標物質の濃
度等に比較して比較的に個人差の少ない指標値ではあっても、極端に低い指標値を示したような場合は
別として、一度の測定結果によってなんらかの業務管理を行おうとすることには無理があると思われる。平
均値に対して 3σ(標準偏差)以上離れた極端な指標値を示したような場合においては、危機的な状況で
ある可能性は常に疑わなければならないが、平均値±1.5σ 程度の範囲の指標値であった場合には、ど
のように業務管理を行うべきであるのか、現時点において明言することはできない。
上記運用上の問題点等については、現在、国土交通省総合政策局技術安全課から「ヒューマンエラー
事故防止技術の研究開発」として、本研究成果を発展的に活用することを目的とした受託研究を進めて
おり、今後、この研究において「運用評価試験実施基準の策定」等として、例えば、「指標値が健常状態
に比較して何パーセント低下したら、貨物自動車の運転等であれば休憩すべきであるのか」といった問い
に応える運用基準を実現し、解決していきたいと考えている。
また、疲労やストレスの客観的な尺度として広く一般的な信認を得ている尺度が存在しない現状におい
て、本発話音声分析技術に興味を持つ医療関係者も次第に多くなっている状況において、現在、幾つも
84
の共同研究等の打診・提案があり、その中でも様々に新たな知見が発見されることが期待される。
特に、交通安全に係るものとして興味深いものでは、発話音声により脳機能疾病等の評価の可能性を
検証しようというものもある。これが肯定的に検証された場合には、現在、運転免許の更新時に老人性痴
呆症の検査を行うことが検討されているが、そのような検査を大幅に簡略化することが可能となる。社会安
全の維持全般に係るものとしても、所謂「安心と安全のための技術」としては大きな可能性を有するものと
して多方面から関心が寄せられており、「嘘発見器」から「自己の健康管理ツール」まで様々な検討がなさ
れている。
現在、SiCECA アルゴリズムによる発話音声処理は、パソコン程度のハードウェアによりリアルタイムな目
的に対応可能であり、無線を含めてインターネットを利用したサーバ=クライアント型のシステムを構築す
れば、多くの乗用車や貨物自動車等に対して、さらに安価にサービスを提供することも可能である。
本研究により、「運転席において、運転員から適時の発話を得る手段が確立されること」を前提として、
交通安全全般において最上流の予防安全装置としての発話音声分析装置の可能性が示された。さらに
は、本研究は、脳科学の分野に対して、新たなツールを提供し得たと考えている。
6) 関連特許
基本特許−1:
音声による疲労・居眠り検知装置及び記録媒体
発明者: 塩見格一、出願人: 電子航法研究所、他
2001 年 1 月 26 日登録; 特許 3151489 号
発話音声から発話者の疲労度の評価が可能である実験的事実に基づき、その手段と
装置を特許として出願したものである。
基本特許−2:
心身診断システム
発明者: 塩見格一、出願人: 電子航法研究所、他
2006 年 1 月 27 日登録; 特許 3764663 号
発話音声から算出される指標値が有する性別や年齢等に対する性質を利用して、被
験者を特定することなく、有効な診断値の算出を可能とする手段と装置を発明として取り
纏めた。
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
該当なし
2. 上記論文以外による発表
国内誌: 2 報、国外誌: 0 報、書籍出版: 0 冊
3. 口頭発表
招待講演: 1 回、主催講演: 0 回、応募講演: 10 回
4. 特許出願
出願済み特許 2 件(国内:2 件、国外:0 件)
5. 受賞件数
該当なし
1. 原著論文(査読付き)
該当なし
2. 上記論文以外による発表
国内誌
1) 佐藤清:「発話音声を用いた覚醒度評価法」 , RRR , 2005 年 10 月号 , pp.14-17, 2005.
2) 佐藤清,他:「発話音声による心身状態評価に関する実験的検討」,鉄道総研報告,Vol.21,
No.5.
85
3. 口頭発表
招待講演
1) 塩見格一:「音声によるストレス計測」,平成 19 年電気学会全国大会シンポジウム, 2007.3.15
主催•応募講演
1) 佐藤清,他:「発話音声による定速運転時のトラック運転手の覚醒状態評価可能性の検討」,
第 48 回日本人間工学会, 2007.6.2-3=エントリー済
2) 塩見格一,他:「難易度の異なる暗算課題遂行時の心身機能変化(1)-発話音声-」, 第 61
回日本交通医学会総会, 2007.6.9-10=エントリー済
3) 塩見格一,他:「列車運転模擬作業における疲労状態等検出のための発話音声分析技術」,
第 60 回日本交通医学会総会, 2006.6.17-18
4) 佐藤清,他:「列車運転士の心身状態評価技術」,システム・情報部門学術講演会 2006,
2006.11.28-30
5) 塩見格一,他:「発話音声による疲労状態評価検証実験の手法と結果」, 日本人間工学会
関東支部第 36 回大会, 2006.12.2-3
6) 澤貢,他:「断眠時の音声リアプノフ指数の変化」,第 59 回日本交通医学会総会, 2005.6.4-5
7) 塩見格一,他:「難易度の異なる暗算課題遂行時の心身機能変化(1)-発話音声-」, 第 59
回日本交通医学会総会, 2005.6.4-5
8) 佐藤清,他:「荷積み作業におけるトラック運転手の身体的作業強度」, 日本人間工学会関
東支部第 35 回大会, 2005.10. 29-30
9) 塩見格一,他:「発話音声による疲労状態評価検証実験の手法と結果」, 日本人間工学会
第 35 回関東支部大会, 2005.10.30
10) 千葉登,藤本敏彦,他:「ハーフマラソン大会参加者の音声解析による疲労評価」, 第 36 回
体力医学会大会, 2006.9.24-26.
4. 特許出願
1)
2)
出願・公告等の日付
「発明の名称」
発明者氏名
出願人名
特許等の種類・番号
平成 18 年 3 月 30 日
音声中の非発
佐藤清,澤貢,
鉄道総合技
特願 2006-93267
話音声の判別
水上直樹,鈴木
術研究所
処理方法
綾子
電子航法研
塩見格一
究所
発話音声収集
佐藤清,澤貢,
鉄道総合技
用コンビネーシ
水上直樹,鈴木
術研究所
ョン・マイクロフ
綾子
電子航法研
ォンシステム
塩見格一
究所
平成 18 年 3 月 30 日
特願 2006-93268
1) 電子研と鉄道総研で平成 17 年度に収集した発話音声データの処理中に発見した成果を出願
2) 電子研と鉄道総研で経常的な音声データの収録と編集作業において開発した成果を出願
5. 受賞件数
該当なし
86
(5) サブテーマ 5
5. 高齢者支援に関する研究
5.1 高齢者に適した情報提示技術のあり方に関する研究
(分担研究者名:関根道昭、岡田竹雄、青木義郎、塚田由紀、
森田和元、益子仁一、稲葉緑、成波、所属機関名:(独)交通安全環境研究所)
1) 要旨
増加する高齢運転員の事故をヒューマンエラー防止の観点から低減することを目的として、高齢者に対
する情報提示技術のあり方に関する観点から研究を行った。最新技術を利用した支援システムが搭載さ
れるようになったとしても、高齢者の身体・認知特性に適したシステムでないとかえって運転操作を混乱さ
せるものとなりかねない。そこで本研究では、高齢運転員に対する最適な情報提供技術、情報提示タイミ
ング等を室内及び屋外走行実験により明らかにした。また、その際の高齢運転員の運転操作に及ぼす影
響についても明らかにした。これらの知見を基にして高齢者にとって受容性の高い支援方法の性能要件
を明らかにした。
2) 目標と目標に対する結果
目標:
高齢者の状況認識を的確に支援する情報提示システムの開発をめざし、
(A) 高齢運転員の判断タイミングの決定要因、
(B) 危険検出の有効視野等の認知特性を明らかにする。さらに、
(C) 警報システム作動時の高齢者の反応挙動データを蓄積することで、
(D) 情報モードの適切な組み合わせ、表示タイミング、表示位置等、情報システムが具備すべき性能要
件を明らかにする。
結果:
(A) 高齢運転員の判断タイミングの決定要因
判断タイミングに関しては主に 2 種類の実験を実施した。一つは室内実験により警報音の高さやタイミン
グに関する基本的心理実験を実施した。高齢者が視覚的な判断を行う直前に警報音を提示し、警報音
の高さやタイミングなどを検討し、運転中に役立つ提示方法を開発した。その結果、高齢者が利用しやす
い警報の周波数は 2kHz、長さは 300ms であり、警報が鳴ってからその情報が利用できるのは 750ms か
ら 1500ms の間が最適であるということが分かった 6)。
二つ目は追従走行時のブレーキタイミングに関する実験であり、先行車がさまざまな減速度でブレーキ
をかけた場合に、どの時点でブレーキ操作を開始するかについての評価実験を行った。その結果、減速
度とブレーキタイミング、踏み量に関する詳細な結果を得ることができた。また運転員がブレーキタイミン
グを判断する要因を判別分析により調べたところ、TTC(衝突までの時間)の逆数が大きく影響していること
が明らかとなった 2,4)。
(B) 危険検出の有効視野等の認知特性
高齢者は一般に認知可能な視野範囲が狭くなるといわれており、高齢運転員が見落としにくい範囲を
定めておく必要がある。目が届きにくい範囲に重要な情報を提示する場合には、聴覚的な信号の併用が
有効と思われる。本研究では、一般の職業運転員や高齢運転員が無理なく情報を受容出来る範囲や他
の情報と組み合わせにより利用可能な範囲を測定し、最適な情報提示方法を開発した。その結果、視覚
情報は左右 5 度以内が利用されやすいこと、聴覚的な方位情報が周辺の情報でも見やすくする効果が
あること等が主に明らかとなった 9)。
87
また、高齢者は有効視野が狭いことから、運転中に車内の表示装置を視認する場合には前方の交通状
況を認知しにくくなると考えられるため、この点について室内実験により各種表示装置位置の場合の前方
認知程度を評価した。その結果、高齢者が車載装置を観察している場合は前方の危険に気付きにくい傾
向が示唆された 3)。
(C) 警報システム作動時の高齢者の反応挙動データを蓄積
異常な状況を報せる警報は、運転員が危険を認知していない不意の場合に作動することが想定される
ため、実車を運転中の運転員が警報に対して適切に反応できるか否かについて調べる実験を行った。そ
の結果、何も教示を与えない状況においてビープ音などの抽象度の高い警報を提示した場合にブレー
キなどの危険回避操作を期待することが難しいことがわかった。一方、自然言語による「ブレーキ」のよう
な具体的な操作を要求する警報の場合は、あらかじめ反応方法を教示していなくても、半数以上の被験
者は自主的にブレーキに足をかけることができた。音声による警報は運転員の認知状態に関係なく、ある
程度の危険回避操作を促す効果を持つことが示唆された 7)。
(D) 情報モードの適切な組み合わせ、表示タイミング、表示位置等情報システムが具備すべき性能要件
前述の有効視野の実験において、視覚的な標的が表示される位置を事前に聴覚情報により報せる条
件を設定した。標的の位置は標的が表示される 750 ms 前に聴覚情報によって被験者に告知された。位
置を報せる方法として、自然言語による「みぎ」「ひだり」で報せる場合、標的の出る側の耳にトーン(2kHz,
300ms)で報せる場合、両側の耳に同時にトーンを与える場合(位置を報せない条件)を比較した。その結
果、いずれかの方法で位置を報せた場合は周辺における標的の弁別正答率が上昇したが、音声とトーン
の明確な違いは存在しなかった。そのため、視覚情報を提示する場合や危険な状況を報せる場合には
直前に位置の情報を与えることが弁別を促進することが示唆された 9)。
また、音声で報せる場合には様々な情報が錯綜する可能性があるため、音声の聞き取りやすさに関す
る評価実験を実施したところ、高齢運転員は一度に獲得できる情報が一つに限られており、複数の情報
が集中した場合にうまく聞き分けることができないことが明らかとなった。また若年者よりも車内の騒音によ
る妨害を受けやすいことが示唆された 1,5,8)。
また、音声を聞き分ける際には、背景に存在する騒音が妨害的な影響を与えるため、聴覚情報に大きく
影響する車種や走行条件について言語明瞭度(SII)により解析した。その結果、軽自動車や小型自動車
では騒音が大きいため聴覚情報の利用に問題があり、普通自動車であっても速度増加により聴覚情報の
利用が難しくなることがわかった。また、窓の開放やエアコンの使用も無視できない影響を持っていること
が判明した 10)。
3) 研究方法
高齢運転員に最適な情報提示方法を開発するために、主に二つの観点から研究を進めた。一つは、
情報を取得する際の自動車に固有の環境的な要因である。例えば車両側から聴覚的な情報を提示する
場合、車室内の騒音は情報の取得に妨害的な影響を与える。あるいは視覚的に情報を提示する場合に
ナビ画面の表示を利用する際はわき見を誘発し安全性を低下させる。ヘッドアップディスプレイ等により
正面に情報を提示しようとする場合には背景の風景の動きによって情報の取得は難しくなる。そのため、
本研究では車室内騒音の妨害的な影響を解析し、視覚表示画面の位置や運転状況の複雑さが視覚情
報の獲得に与える影響について評価を行った。
二つ目の観点は、運転員の加齢による情報処理能力の変化に関する要因である。高齢者は若年者より
も基本的な聴力、視力が低い傾向にあり、それに関連して情報を処理する大脳の機能も変化している可
能性がある。この点については心理実験を行い、高齢者の聴覚的、視覚的な情報を弁別する能力に基
づいて情報提示方法に関する考察を進めた。
実際には二つの観点を独立して考察したわけではなく、実験の中に二つの観点を埋め込んだ状況を設
88
定し総合的に考察を行っている。また、実験は高齢者と若年者を比較させて実施したが、最終的には高
齢者に役立つ情報提示方法は若年者にとっても利用しやすいという観点で提言を行った。
4) 研究結果
研究結果の概要を前述の 2)目標に対する結果の区分に沿って説明する。
(A)高齢運転員の判断タイミングの決定要因 6)
高齢者による運転事故が増加しているのは、危険への気づきの困難や遅延が一因として挙げられてい
る。従って、危険に気づかせ、対応を促進するための警告は若年者以上に大きな効果をもたらすことが
期待される。本研究では、室内実験を行い、高齢者の知覚に関する基礎的調査を元に、高齢者に適用
可能な聴覚的警報について明確にすることを目標とした。聴覚的警報に焦点を当てたのは、通常、運転
は視覚的な情報処理に大きく依存するためである。具体的には、視覚刺激に対する正しい反応を促進さ
せる警報の周波数や長さ、警報が鳴り始めてから視覚刺激が出現するまでのタイミング等について示唆
を得ることを目指した。
方法:
刺激 - 注視点を中心に、4 つの白点から構成された正立正方形と、これを 45 度傾けたひし形を左右に
配置した視覚刺激(図 1)をグレーのモニタに呈示した。警報は視覚刺激に先立って呈示された。警報は
正弦波のトーンであった。
手続き - 実験には、高齢者(平均 68.4 歳)、若年者(平均 31.2 歳)各 15 名が参加した。実験に先立ち、
各被験者に対して視力、純音聴力検査を実施し、異常を示す者がいないことを確認した。被験者の課題
は正立正方形の位置を対応するボタン押しにより速く正確に答えることであった。被験者は実験中、車内
暗騒音の流れるヘッドホンを着用した。暗騒音に重ねて警報を呈示した。警報が鳴った場合、反応すべ
き正立正方形が左、あるいは右のどちらかに多く偏って呈示された。すなわち警報音を信頼することによ
り、反応が速く正確になると予想した。トーンと位置の関係については、各試行ブロック開始前に被験者
に教示され、トーンを参考に速い反応をするよう求めた。
デザイン - 警報の有効性(2 水準:警報呈示後、正立正方形が教示した位置に呈示されるか、逆の位置
に呈示されるか)、トーンの長さ(2 水準:100,300 ミリ秒)、トーンの周波数(4 水準:200Hz,2kHz,16kHz,
音なし)、トーン開始より視覚刺激が呈示されるまでのタイミング(4 水準:380,750,1500,3000 ミリ秒)が異
なる 256 試行を各被験者は遂行した。
結果と考察:
正答率は両群において非常に高く、統計的分析によっても群間差はなかった。次に、正答時の反応時
間について分析を行った。警報が有効である場合、警報が誤報の場合や警報が無かった場合に比べ、
反応時間が有意に短かった(図 2)。この効果は 2kHz の警報が 300 ミリ秒呈示された際に高齢者において
大きくみられた(F(6,168)= 2.49, p< 0.03).以上から、警報は反応時間を短縮させる効果を持っており、
その効果は高齢者において特に大きいと考えられた。ただし、警報として有効であるのは、2kHz、300 ミリ
秒のトーンに限られると推察された。高齢者にとって、16kHz、200Hz のトーンは聞き取り困難であったた
めと思われる。また、2kHz、300 ミリ秒の警報の場合、高齢者では、警報の開始から視覚刺激の呈示まで
の間隔が 750 ミリ秒、および 1500 ミリ秒の時、反応時間が短かった(F(4,56)= 3.27, p<.0.02) (図 3)。タイミ
ングが 380 ミリ秒では反応の準備が不十分であり、逆に、3000 ミリ秒では長すぎたと思われる。
89
このように本研究では、警報の周波数や与えるタイミングが被験者の反応に大きく影響することを示した。
今回の実験における比較的単純な反応に対してさえ警報が効果的であるということは、多くの情報を並列
的に処理することが求められる運転中の警報はより効果が大きいことが予測される。
警報が有効な場合
高齢群
550
高齢群 警報なし
550
警報あり
500
500
若年群
450
図 1 刺激の例
2 kHz、 300 ms
600
600
400
650
反応時間(ミリ秒)
反応時間(
ミリ秒)
650
200Hz 2kHz 16kHz なし
周波数 (Hz)
図 2 有効な警報に対する
反応時間
450
400
若年群 警報なし
警報あり
390 780 1500 3000
警報から課題提示までの時間(ミリ秒)
図 3 2kHz,300ms の警報
の場合の反応時間
(B) 危険検出の有効視野等の認知特性 9)
近年、車両の挙動や運転員の状態をセンサが検知し、状況に応じて運転を支援するシステムの開発が
進んでいる。このようなシステムが危険事象を検知した際にいきなり車両の制御を行うのではなく、まず運
転員に注意喚起や情報提供を行う設計となっていることが多い。支援情報は音声により提示されたり、ナ
ビゲーション画面やウインドシールドなどに表示する方法が考えられる。これらの情報が運転を妨害する
ことがあってはならないため、運転員が受容しやすい安全な提示方法が必要である。特に前項の結果で
も示されたように、高齢者は聞きやすい周波数帯域が限定されている上、若年者よりも反応時間が長いた
め、高齢者にも適した提示方法が望まれる。やむを得ず目が届きにくい範囲に視覚情報を提示する場合
には、聴覚情報を併用すると認識が促進されると思われる。本研究では、高齢運転員が容易に情報を受
容できる範囲や聴覚情報との組み合わせにより利用可能な範囲を調査し、最適な情報提示方法の開発
を目指している。
方法:
高齢者 12 名(平均 67.5 歳)と若年者 12 名(平均 29.7 歳)が実験に参加した。いずれも視力検査と純音
聴力検査の結果には問題がなかった。着座した被験者の 525 cm 前方に設置されたスクリーンに、自動
車の運転席から見える景色の映像が投影された。映像には市街地を時速約 40 km/h で走行した場合の
映像と広い場所に車が 1 台止まっている動きの少ない映像のいずれかを用いた。各映像の中央付近に
円形の凝視点を表示した。被験者の前方に設置した半透明ガラス(反射率 30%)に標的を投影した。ガラ
ス面の中央に十字を提示し、十字から左右方向に 2.5 度、5.0 度、7.5 度のいずれか 1 ヵ所に標的を 200
ms の長さで提示した。標的は 4 個のドットの配列により菱形あるいは正方形に見える刺激(1 辺約 0.8 度、
輝度は約 74cd/m2)を用いた。被験者から虚像までの距離は約 107cm であった。 被験者はガラス越しに
スクリーンを観察し、凝視点を固視した状態で手前のガラスに時々表示される標的の種類を弁別した。標
的出現の 750 ms 前にヘッドホンから聴覚情報を提示した。「みぎ」あるいは「ひだり」という音声が標的の
出現方向を報せる場合と、トーン(2kHz, 300ms,70dBA)が出現方向と一致した側の耳に聞こえる場合と、
トーンが左右同時に聞こえて出現方向がわからない場合を比較した。背景の映像が 2 種類、聴覚情報の
与え方が 3 種類存在したため、計 6 条件をランダムな順序で実施した。各条件は 20 回ずつ繰り返して実
施された。
90
結果と考察:
反応方法を明らかに誤解していたと思われる高齢群の 1 名を除外して成績を集計した。年齢別、映像
条件別、標的の位置別に弁別正答率を平均した結果を図 5 に示した。市街地映像条件における高齢群
の成績は最も低かったが、3 要因分散分析の結果、年齢が関る要因に有意差は認められなかった。映像
条件と標的位置の交互作用にのみ有意差が観測された(F[5, 105]=2.95, p<.05)。広い場所の映像条件
では全体に成績が高かったが、右 7.5 度の位置の正答率は有意に低かった(p<.05)。また、市街地映像条
件では左右 7.5 度における正答率が他の位置よりも有意に低かった(p<.05)。全体として市街地条件の成
績は広い場所条件よりも低かったが、映像の平均輝度はそれぞれ 28cd/m2、42cd/m2 であり、標的と背
景映像のコントラストが原因ではないと思われる。おそらく市街地映像は動きが大きく、変化に富んだ状況
であるため、観察者の注意が標的よりも背景の映像に集中する傾向にあり、その結果、標的の弁別が妨
害されたものと推測される。
聴覚情報の効果は全体に成績が高い左右 5 度以内ではほとんど認められなかったが、左右 7.5 度の位
置では明確な影響が認められた。図 6 には市街地映像条件における聴覚情報条件別の成績を示した。
この位置では、音声かあるいはトーンによって標的の方向が事前に告知された場合に、標的の位置が知
らされていない条件よりも正答率が有意に高いことがわかった(F[2, 42]=7.46, p<.05)。
以上の結果から、視覚情報は左右 5 度以内が利用されやすいこと、それよりも外側の範囲であってもあ
らかじめ聴覚的に情報の方向を報せることにより、弁別が促進されることが主に明らかとなった。
100
100
半透明ガラス
弁別正答率(
%)
弁別正答率(
%)
90
若年-市街地
80
若年-広い場所
90
聴覚情報の種類
音声
片耳トーン
両耳トーン
80
高齢-市街地
高齢-広い場所
70
図 4 実験の様子(市街地映像)
70
7.5 5
左側
2.5
2.5 5
標的の位置(度)
図 5 実験の結果
7.5
右側
高齢者
若年者
図 6 聴覚情報の効果
(市街地映像 7.5 度の左右平均)
(C) 警報システム作動時の高齢者の反応挙動データを蓄積 7)
運転を支援するシステムが何らかの危険を検知した場合は運転員へ警報を提示し、危険回避を促す仕
組みであることが多い。ところが、システム側が検知した危険に対して運転員が全く気付いていない場合
には、警報を与えたとしても解釈に時間がかかり、危険回避の可能性が低下すると思われる。また、人間
が予想外の刺激を知覚し、適切に反応することは非常に難しいため、警報は運転員に受容されやすい方
法で提示する必要がある。ここでは、不意の聴覚警報に対する運転員の反応を調査し、警報設計のあり
方に関するさらなる示唆を得ることを目的とする。
方法:
20 歳代から 60 歳代までの 19 名(男性 16 名、女性 3 名)が実験に参加した。実験は 2 台の実車両を用
いて埼玉県熊谷市の自動車試験場において実施した。1 台が時速 40km/h で走行し、もう 1 台はその車
両の後ろを追従するという状況を設定した。被験者は後続車両を運転し、普段の運転における車間距離
を保つように要求された。しばらく走行した後に先行車は被験者が予測できないタイミングで減速し、停車
91
するため、これにあわせて被験者も後続車両を減速、停止させる操作を行った。このような実験の走行中
に不意に警報音を提示し、これに対する被験者の反応内容を調べた。後続車内に設置された 4 台の小
型CCDカメラによって、前方の風景、被験者の顔面付近、 被験者の足下、刺激提示装置(ノートPC)を
撮影し、このビデオ映像から、警報音に対する被験者の反応内容、反応時間などを解析した。
警報音を提示するスピーカを被験者からは直接目視できない助手席の足下に設置した。警報音として
断続的に反復するビープ音と音声による警報の 2 種類を用いた(音声警報は半数の被験者にのみ提示さ
れた)。ビープ音の周波数は 2kHz であり、30 ms のオンセットと 60 ms のオフセットを約 10 秒間繰り返すも
のを用いた。音圧レベルは約 70 dB(A)であった。これは緊急性が高い印象を与える警報音とされている。
1 回目のビープ音は被験者に予告しないで提示した(教示なし条件)。1 回目の提示後、被験者に音源の
方向を質問し、次に同じ音が鳴った場合は音源方向に目を向けるように教示した(教示あり条件)。また、2
回目のビープ音の直前の実験走行中に 9 名の被験者に対して「ブレーキ」という音声を 1 秒間隔で 10 回
繰り返し提示した(音声条件)。音声警報が提示されることと、提示後の行動について被験者には何も教示
しなかった。
結果と考察:
教示なし条件において、アクセルペダルから足を離すなど、運転操作に変化のあった被験者は皆無で
あった。ビープ音源の方向を一瞥した被験者が 2 名、周囲をキョロキョロと視線で探索した被験者が 1 名
存在した。何も動作を変えなかった残りの被験者は「助手席方向で音が鳴ったことには気付いたが、どう
対処して良いか分からなかった」などと報告した。
教示あり条件において 17 名の被験者は速やかに音源方向に視線を移した。残りの 2 名は教示のあった
ことを忘れていた。速やかな反応のあった 17 名について、警報の開始時点から視線移動の開始時点ま
での反応時間を求めた。これを年齢別にまとめたが、年齢と反応時間の間に相関関係は認められなかっ
た。音声条件(9 名)における「ブレーキ」という音声に対する反応内容を分析した。反応時間は最初の音
声の立ち上がり時点から算出した。「アクセルから足を離すまで」最低でも 900 ミリ秒、ブレーキを踏むまで
には 1500 ミリ秒以上かかった。「音声の方向を見る」はこちらから要求した反応方法ではないにもかかわら
ず 4 名の被験者から観測された。おそらく 2 回目のビープ音に対する教示の影響と思われる。
以上の結果から、何も教示を与えない状況において、ビープ音などの抽象度の高い警報を提示した場
合に危険回避操作を期待することは難しいと思われる。被験者自身が追突などの危険を認知していない
場合には、警報の帰属先を見つけることができないため、適切な反応に繋がりにくいと思われる。一方「ブ
レーキ」のような具体的な操作を要求する警報の場合は、あらかじめ反応方法を教示していなくても、半
数以上の被験者は自主的にブレーキに足をかけることができた。一般に音声による警報は、音声の提示
から解釈までに時間を要すると言われるが、運転員の認知状態に関係なく、ある程度の危険回避操作を
促す効果を持つことが示唆された。
(D) 情報モードの適切な組み合わせ、表示タイミング、表示位置等情報システムが具備すべき性能要件 1,
5,8)
ここでは特に、聴覚情報の弁別に車内の暗騒音や運転員の情報処理能力が及ぼす影響について実
験的に検証した結果と、この結果をもとに聴覚情報の受容に必要な車両側の条件や情報の提示数など
に関する考察を述べる。
車内で聴覚情報を利用する場合には車室内の暗騒音の影響を考慮する必要がある。たとえば、高速道
路走行時のように暗騒音が大きい場合には、運転員は車両が提示した聴覚情報を十分に聞き取れない
おそれがある。本研究はこれまで様々な種類の乗用車における車室内暗騒音を測定し、暗騒音の音圧
レベルや周波数特性に基づいて特徴を分類した。その中から、代表的な暗騒音を選択し、聴覚情報の
聞きやすさの試験に用いている。次に説明する実験では 3 種類の代表的な暗騒音を検討した。第 1 に普
92
通自動車が窓を閉じエアコンを作動させた状態で時速 50 km/h で走行した条件、次に小型自動車が窓
を閉じ、エアコンを止めた状態で時速 100km/h で走行した条件、最後に小型自動車が窓を開けて時速
60km/h で走行した条件であった。これらをそれぞれ「中速条件」「高速条件」「窓開条件」の暗騒音として
実験に用いた。平均騒音レベルはそれぞれ 58。3 dBA、70.3 dBA、73.4 dBA であった。
運転中の聴覚情報は運転員が利用可能な方法で提示される必要がある。例えば、情報機器から一度
にたくさんの情報を提示するようなやり方は好ましくない。運転員が獲得できる情報の数は限られており、
この制限以上の情報を提示した場合、運転を妨害する可能性がある。また、今後は複数の情報機器から
いくつもの情報が提示されるケースも増えると思われる。高齢者が聴覚情報を獲得する際の基本能力を
理解しておくことが警報システムの評価のために必要である。そこで、ドライビングシミュレータを運転中の
運転員に 3 種類までの異なる内容の音声を同時に提示し、その内容を報告させる実験を行った。
実験には前項で説明した暗騒音を用いた。聴覚情報の提示音量として約 60 dBA を音量中として、
±10 dB 増減させた 3 種類の音圧レベルを用いた。正しい回答のあった単語の個数を被験者別、条件
別に累積し、平均正答数を求めた。高齢群と若年群のいずれも窓開条件の成績がその他の暗騒音条件
よりもかなり低いことが分かった。以下は中速、高速条件の傾向を説明する。情報を一つのみ提示した場
合、高齢群、若年群ともほとんど聞き落とすことはなかった。情報を二つ同時に提示した場合でも若年群
は音量が十分であれば平均して 1 個以上の獲得が可能であったのに対し、高齢群は 1 個以下しか獲得
できなかった。提示数 3 では、両群ともほとんどの情報を聞き落としてしまった。若年群は情報処理能力に
余裕があるため、複数の音声情報でもある程度は分離して弁別することが可能であるが、高齢群では同
じ課題の遂行が難しかったものと推察される。両群の差は提示音量が大きい条件においても観測された
ため、基礎的な聴覚感度の低下だけでなく、高次の情報処理能力の違いが関係していると思われる。
本研究により得られた高齢運転員における情報提供方法のおもな指針としては、車速が上昇した場合
は提示音量を増加させること、複数の情報を短時間のうちに提示しないこと、という点が挙げられる。また、
情報提示の際には、必要な情報以外の音声を同時に提示しないことが望ましく、状況や情報の優先度に
応じて声色を変化させて弁別を容易にすることも必要と思われた。このような方法は高齢者に限らず若年
者にとっても安全性を高める効果があると推測する。
5) 考察・今後の発展等
高齢被験者を用いた心理実験や実測した車内騒音の解析などにより主に次のような結果を得ることが
できた。まず、高齢者の特性としては、
z 警報の認知から行動まで時間がかかる
z 聞きやすい周波数、長さが限定される
z 音声情報の理解度に限度がある
z 有効視野が狭く、反応時間が長い
などの特性が明らかとなった。また、聴覚情報の取得に影響を及ぼす車両側の特性としては、
z 軽自動車、小型自動車における騒音は無視できないほど大きい
z その他の車両でも速度増により騒音が増加し、悪影響の可能性が高い
z 窓の開放、エアコンの使用は同様に悪影響を及ぼす
z 市街地走行のような複雑な状況では視覚情報の取得が妨害される
ということが明らかとなった。
以上の知見を総括し、次の提言を行った。
z 情報の 700 ms から 1500 ms 前に方向の手がかりを示す
z 警報音は高さ 2 kHz、長さ 300 ms のものを使用する
z 音声による具体的で明瞭な短いメッセージを用いる
93
z 視覚情報は左右 5 度以内に提示
z 窓の開放を避ける
z エアコン使用や高速走行時には提示レベル調整などの対策が必要
ただし、これらの対策を講じた上でも警報による危険回避が間に合わない場合、システムによる運転介
入も必要といった提言を行った。
今後の課題としては、実際にこのような情報提供方法を車両に搭載した場合に、運転員の行動がどの
程度改善され、事故や危険な状況を減らすことができるかについて評価を行うことである。交通安全環境
研究所の本来業務として進めるだけでなく、関連する大学等の研究機関と連携しながら発展させることを
考えている。
6) 関連特許
該当なし
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
1 報 (筆頭著者: 1 報、共著者: 0 報)
2. 上記論文以外による発表
該当無し
3. 口頭発表
招待講演: 0 回、主催講演: 2 回、応募講演: 9 回
4. 特許出願
該当無し
5. 受賞件数
該当無し
1. 原著論文(査読付き)
1) 関根道昭,森田和元:高齢ドライバの聴覚情報獲得に関する基礎調査,自動車技術会論文集,
37(6), pp.175-180 (2006)
2. 上記論文以外による発表
該当なし
3. 口頭発表
主催・応募講演
1) 関根道昭,森田和元:高齢ドライバの聴覚情報獲得に関する基礎調査,福岡国際会議場,自
動車技術会学術講演会,2005.9.28
2) 森田和元,大野督史,関根道昭:Time-To-Collision はブレーキ操作タイミングを決定するか,
東京大学,第 4 回 ITS シンポジウム,2005.12.2
3) 森田和元,関根道昭,岡田竹雄,益子仁一,大野督史:高齢運転者の認知・操作特性に関す
る実験的検討,国際連合大学,平成 17 年度交通安全環境研究所研究発表会,2005.11.18
4) 大野督史,森田和元,関根道昭,田中健次:高齢運転者のブレーキ時における情報要因の解
析,川崎市産業振興会館,日本機会学会第 14 回交通・物流部門大会,2005.12.9
5) 関根道昭,森田和元:高齢ドライバの聴覚特性に関する基礎調査-車室内暗騒音と情報提示
数が情報取得数に与える影響,慶応義塾大学,日本心理学会第 69 回大会,2005.9.12
6) 稲葉緑,関根道昭,森田和元:ドライバに対する聴覚的警報の有効性に関する研究 1-高齢ド
ライバに対する有効な警報の性質,福岡国際会議場,日本心理学会第 70 回大会,2006.11.4
7) 関根道昭,稲葉緑・森田和元:ドライバに対する聴覚的警報の有効性に関する研究 2-予想外
94
の警報に対する反応,福岡国際会議場,日本心理学会第 70 回大会,2006.11.4
8) 関根道昭,森田和元,稲葉緑:運転支援システムにおける聴覚情報の提示方法に関する研究
-高齢ドライバの聴覚情報処理について,国際連合大学,平成 18 年度交通安全環境研究所研究
発表会,2006.12.6
9) 関根道昭,森田和元:ドライバに対する聴覚的警報の有効性に関する研究 3-視覚情報の弁
別に聴覚情報が与える影響,東洋大学,日本心理学会第 71 回大会,2007.9
10) 関根道昭,森田和元:聴覚情報評価のための代表的車室内暗騒音の選択に関する研究,京
都国際会館,自動車技術会春季学術講演会,2007.10
11) K. Morita, M. Sekine: Analysis of Accidents by Older Drivers in Japan, The 13th International
Paciffic Conference on Automotive Engineering, 2005.8.23
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
95
5.2 運転行動改善のための学習支援機構の研究
(分担研究者名:田中健次、稲葉緑、所属機関名:電気通信大学)
1) 要旨
高齢者の交通事故の原因は加齢に伴う判断力の低下や視力・動体視力、注意力の低下、不慣れな道
への適応能力の衰えなど様々な高齢者の特徴が関与していると考えられる。また、高齢者が自己の運転
技術を過大評価するといった過信傾向や交差点での確認行動の減少などハザード知覚能力の低下も既
に指摘されている。教育プログラムの開発に関する従来研究では、自分の実車走行をビデオで確認する
方法などが提案されているが、ビデオ学習は手間がかかるため、高齢者用のドライビングシミュレータ教
習が不可欠と予想される。そこでは、高齢者の特性を考慮し、シミュレータの特性を活かした効果的な教
示方法が必要となる。そこで、高齢運転員が、自己の運転行動データから自分の認知・判断・操作上の
欠点を知るための運転学習システムを開発し、自ずから事故を未然に防止する運転操作を学習し実行に
つなげられる方法を追究した。
初めに、複数の教示法を導入し、それらの比較実験により、高齢者に効果のある教示法を明らかにし
た。さらにその教示法を利用し、運転員が、自己の業務時の走行データに基づき抽出される自分の運転
上のリスクを認識できるシステムのプロトタイプを開発した。
2) 目標と目標に対する結果
(A) 高齢運転員に自己学習を促す学習教示法(運転学習推進機能)の開発と評価
目標:
高齢者への運転支援情報は、運転員の機能低下を補うと同時に、自己の認知、操作能力の変化を自
己認識させ、それを考慮した運転を導く情報提示でもあるべきである。この立場から、ドライビングシミュレ
ータを利用して運転操作者の認知・操作の機能低下を運転員に提示、そのフィードバック効果により運転
員自身の自発的な学習行動を導き出す方法、仕組みの構築を目指す。
結果:
初めに「体験型」教示と「客体視型」教示の2つの学習教示方法を導入、従来の口頭教示との差を含め
て比較検討し、それらの有意性を確認した。さらにシミュレータを活かした再生画面による教示法も導入し
たが、当初の体験型、客体視型ほどの効果はないことが確認された。また実験の結果、高齢者にとっては
「体験型」教示に基づき自己の運転の危険性を実感する方法が効果的だが、若年者においては「客体視
型」教示によりロジックで示す方が効果的であり、その違いが明らかとなった。複数のシナリオによる実験
により、効果的教示はシナリオに依存することも明らかとなった。なおこれらは、個人間差を考慮し、各被
験者の操作速度に依存した特徴量に着目し比較評価を行った結果である。
(B) 業務走行データを利用した学習方法の開発
目標:
(A) の結果に基づき、通常業務時の運転走行履歴を活用して自己の運転に潜むリスクを学習するた
めのシステムを開発する。
結果:
実走行履歴から危険な走行状況を抽出し、その状況を再現したドライビングシミュレータによる学習シ
ステムのプロトタイプを構築した。実走行のデータに基づく危険な状況からスタートし、さらに最悪シナリオ
を与えることにより、その危険性を自己学習することが可能となった。業務走行後、早い段階でこのシステ
ムを活用すれば、高齢者に多いと言われる個人内差(日による操作のばらつき)に対する教育効果を期待
できるシステムとなる。
96
3) 研究方法
(A) 高齢運転員に自己学習させるための学習教示法(運転学習推進機構)の開発と評価
アンケート調査に基づき 2 つの運転シナリオを選択、それら 2 つのシナリオで複数の教示法の比較実
験を行い、学習教示法を評価する。シナリオ作成及び評価実験では下記を考慮する。
(a) 視覚的に状況が示され、教習に活かされること
(b) 画一的な教示ではなく、運転員の操作特性に合わせた教育であること
(c) シナリオ内の状況での学習にとどまらず、平常の運転への学習効果をも狙う
以下、下記の順に説明する。
(1) 運転シナリオの選択
(2) 導入した教示法
(3) 運転シナリオ A による実験
(4) 運転シナリオ B による実験
(1) 運転シナリオの選択
高齢者の事故原因として、「出会い頭衝突」と「追突」が大きな要因であることは既にわかっている。本
研究では、他車の行動意図の理解の不十分さに起因するトラブルの事例としての「追突」に着目、車間距
離(A)と車線変更(B)に関する二つのシナリオを選択した。
シナリオ A の実験は、割込み車に対する車間距離の確保の実験である。アンケートにより、高齢者の多
くは、平常時には車間距離を確保し運転しているが、十分確保しているがゆえに割込みされるケースが
多いことが明らかとなった。交差点の近くでは、左折を目的とした車に割込みされることが少なくない。そこ
で、そのような状況をドライビングシミュレータで作りこみ、割込み車の目的・意図を考慮した車間距離の
確保が必要であることを学習させ、評価することにした。
一方、シナリオ B の実験では、2 車線道路で右折のために自分が右車線に車線変更する状況を作りこ
み、後方からの接近車の行動を予測し車線変更する自分のタイミングの危険性を学習させることとした。
(2) 導入した教示法
まず、ドライビング・シミュレータの利点を活用した「体験型」と「客体視型」の教示法を導入し、「口頭教
示」を加えた 3 方法で比較し、その効果を評価した。
・口頭教示(O:Oral)
統制群。シミュレータの利点を使用せず、口頭で問題点を指摘する教示法。
・体験型教示(C:Collision)
実際に起こりえる危険な状況を設定し、ヒヤリハットや事故を体験させる教示方法。事故を起こしても怪我
をしないシミュレータの利点を利用した方法である。
・客体視教示(B:Bird’s-eye)
走行中の危険な状況をリプレイ機能により解説する教示方法。上空からの鳥瞰図による簡易映像を使い、
周囲の車両との位置関係を提示できることを利用した教示法である。
さらに、車外からの視点で走行を再現する「リアル型教示」を 2 種類追加し、これら 5 つの教示方法を比
較しその効果の違いを検証した。
・リアル客体視教示(R:Real)
走行中の危険な状況をリプレイ機能により解説する教示方法。後方上空からみることで周囲の車両との
位置関係を、3 次元的な、よりリアルな映像で表示した方法である。
・リアル体験型教示(CR)
体験型教示 C を行った後に、リアルな後方上空からの映像で体験場面を再度表示する方法である。
97
(3) 運転シナリオ A の実験
・実験シナリオ A
実験 A では、左車線を走行中、右車線の他車が自車の先方に割り込み、自車と割込み車との車間距離
が急に詰まる状況をシミュレートすることにした(図 1)。このシナリオでは、前方車の割込みの意図が、接近
しつつある交差点での左折であることを察知し、十分な車間距離を維持しているかが問題となる。
自車両を 50km/h で走行させ、また、割り込み時の車間距離がほぼ一定になるように、被験者の車両位
置をペースメーカにより割り込み直前まで誘導する。割込み車は、割り込み後も定速(50km/h)で直進し続
け、交差点でも左折することはない(体験型教習で急停車をさせる以外)。割込み車の左折の意図を予想
することが、車間距離確保の必要性理解につながるものと予想され、教示によりその学習が行われること
を期待するものである。
教示前後に、各 7 回の直進走行を行い、そ
交差点の手前で急に
車間が詰まる
の中で各 2 回の割込み車のシナリオが試され
る。その教示前後での割込み車との車間距離
の差を比較することで、教示効果をみることに
する。体験型教示では、8 回目に前方車が実
自車
際に左折し、歩行者の横断を待つために交差
自車
割込車
割込車
点で急停車する試行を体験する。車間距離の
不十分な被験者は、前方車に追突することに
図 1 割り込みシナリオの概念図
なる。
・教示ステップ
すべての教示方法は、下記の共通の 4 ステップで構成されている。
①自己の運転の危険性を認識
⇒ 運転員に運転技術を過信していることを気付かせる
②安全運転のための注意点についてのディスカッションまたは教示
⇒ 他人の行動意図の理解と自分にあった車間距離の重要性を認識させる
③最大停止距離の学習
⇒ 個人の反応時間に対応した最大停止距離を学習させる
④最大停止距離の確認
⇒ 学習の結果を自己評価させる
・評価指標
解析対象は、割込み車がウィンカを点灯を始めた瞬間から、割り込み後、さらに交差点に進入するま
でとする。先行車との「車間距離」及び、各個人のブレーキ反応速度に基づく「最大停止距離」を基準とし
た車間距離に関する 4 つの評価指標により解析する。
ここで最大停止距離とは、被験者が危険を察知してから自車両が停止するまでに進む距離で、「空走
距離」と「制動距離」の和で定義される量である(図 2)。走行時には常に最大停止距離を上回る車間距離
が確保されていることが必要となる。「空走距離」は、危険を察知してからブレーキを踏み始めるまでの時
間であり、事前にブレーキ操作を計測し各自の値を計算しておく。本実験では、最も反応が遅れたときの
距離を用いている。一方の「制動距離」は、ブレーキがかかり始めてから完全停止するまでの距離であり、
50[km/h]での制動距離は 18[m]と算出される。最大停止距離は個人によって異なることが特徴であり、個
人固有の値のため、この値を基準にすることで危険性を実感できるものと予想される。
98
図 2 最大停止距離の説明図
4 つの評価指標は下記のとおりであり、これらで教示法の効果を知ることができる。
①自車と先行車(割込み車)との車間距離の平均値
解析区間全体で車間距離をどの程度確保していたかをみるための指標。
②解析区間内での「車間距離-最大停止距離」の平均値
各人のブレーキ反応時間に基づく最大停止距離を基準とした指標であり、各人の能力に見合った車間
距離が確保されているか否かを示すもの。
③「車間距離-最大停止距離」の最小値
この最小値は、割込み車に対しての反応の速さを表す指標である。実際、前方への割込み車がある場合、
通常は車間距離を確保するため自車を減速し始める。割込み後の車間距離の最小値(多くは割込み終
了直後)が大きいほど、割込みへの対応が速いことを意味するものと考えられる。
④先行車交差点進入時の車間距離-最大停止距離
シナリオで前方車が急ブレーキをかける可能性が最も高い交差点内において、各個人に必要となる十分
な車間距離をキープしているか否かを示すもの。
(4) 運転シナリオ B による実験
・実験シナリオ B
車線変更の際、運転員は限られた時間内に前後方の状況を認知し、割込みのタイミングを判断しなけ
ればならない。それは状況認知を必要とし危険に陥りやすい車線変更のタスクであり、それを運転シナリ
オ B とする。シナリオ A の車間距離の実験と同様に、自身の運転の危険性を自覚し学習するための効果
的な教示法を探る。
被験者は走行車線を直進し、右折のために右車線(追越し車線)に車線変更を行うつもりだが、右車線
後方より車両が近づいている。どの程度まで近づいたときに、車線変更は危険と判断するか。そのタイミン
グを測定し、それが妥当な状況認識かを評価する。そして、妥当な状況認識を得るために、「体験型」教
示 C と「客体視」教示 B のいずれの方法が効果が高いかを、高齢者と若年者で比較評価する。
・評価指標
妥当性の判断基準として、下記の値を用いる。運転員が一定速度で車線変更を行う際、追越し車線
の後方から相対速度Vr [m/s]で近づいてくる車が、衝突を避けるために反応速度T [s]、減速度 A
[m/s2]で減速し、最終的に D [m]の車間を保つために必要となる車間を I [m] とする。この値を基準とし
て評価した。すなわち、後方からの接近車が I [m]以上後方に離れている時点で自車が右車線に車線変
更した場合には、後方車は安全に減速できるが、それ以内に接近した時点で車線変更した場合には、追
突の可能性が出ると考えられる。この I [m]は次式で表される。
99
I=
Vr 2
+ T ⋅ Vr + D
2⋅ A
ここで、減速度 A は通常の減速度と言われている 2.0[m/s2]、車間 D は 10[m]とした。
(B) 業務走行データを利用した学習方法の開発
(A) の実験結果に基づき、通常業務時の運転操作履歴を活用した学習方法へ応用する。通常業務の
走行データ履歴から、数日間の走行状態をチェックし、学習が必要となる部分を抽出、そのデータを元に
ドライビングシミュレータにてその状況を再現し、最悪シナリオを教習する方法である。
貨物自動車業務の実走行データを入手し、危険度の高い車間距離で、ある一定の時間を維持してい
る箇所を抽出し、その状況を初期値として走行できるシミュレータを開発する。
実データを元に運転操作をチェックすることで、高齢者に多いと言われる個人内差(日による操作ムラ
がある)に対する教育効果を期待できる。
4)研究結果
(A) 高齢運転員に自己学習を促す学習教示法(運転学習推進機構)の開発と評価
(a) 運転シナリオ A の実験結果
実験は、当初 3 つの教示法で比較を行い、後に 2 つの教示法を導入して 5 つの教示法での総合比較
を行った。被験者のデータは表 1 にある。
表 1 被験者の基礎データ
口頭 O
客体 B
客体 R
体験 C 体験 CR
合計
平均年齢
標準偏差
高齢者(≧65 歳)
5名
5
5
4
5
24 名
68.6
3.4
若年者
5名
5
4
5
4
23 名
23.5
2.4
(1)車間距離の平均値
この指標により、解析区間全体での車間距離の絶対量の傾向を見ることができる。年齢層別に教育前
後それぞれで、各教示方法における車間距離の平均値を比較した結果を図 3 に示す。
高齢者の、教習後の車間距離の平均値をみると、
1.すべての教示法で口頭教示より高い値となっている。
2.体験 C 型が特に高い値である。
しかし、教習前の値に差があるように見えるため、教習前後の車間距離の「差」に注目し、その差の大き
さで効果を比較することにした。その結果、年齢別では、若年者より高齢者において、教習前より教習後
の車間距離が有意に長くなった(F(1,37)=5.39,p<0.05)。また、教示法別では、高齢者で体験型 C 及びリ
アル体験型 CR での前後差が大きくなる傾向があるが、有意な差ではなかった。一方、若年者においては、
むしろ客体視型の方に効果があるように見えるが、やはり有意差はなかった。
100
高齢者
高齢者
15
若年者
若年者
30
10
20
5
10
BEfore AFter
口頭 O
BE AF
客体 B
BE AF
客体 R
BE AF
体験 C
BE AF
体験 CR
0
0
口頭O
(a)教示前後での比較
客体B
客体R
体験C 体験CR
(b) 教示前後差の比較
図 3 車間距離の平均値
(2)先行車交差点進入時の車間距離-最大停止距離の値
この指標は、シナリオで前方車が急ブレーキをかける可能性が最も高い交差点内において、各個人に
必要な停止距離以上の車間距離をキープしているか否かを示すものである。各人の反応速度に合わせ
た指標であるため、安全性確保に直接関与する指標と考えられる。図 4 が実験の結果を示すが、負の領
域は必要な車間距離が確保されていないことを表す。
教習前はすべて負の領域にあり自己の能力にあった車間距離が確保されていないことが分かる。しか
し、教習後はすべての若年者と高齢者の体験型教示がゼロを大きく上回っており自己の能力に合わせた
運転ができるように改善されている。
この指標でも教育前の値に差が認められたため、教示前後差を比較すると、2 要因分散分析(年齢層
2×教示法 5)で、年齢層と教示法の交互作用がみられた(F(4.37)=3.42,p<0.05)。高齢者では体験 C 型が
効果的であり、LSD法により他のすべての教示方法に対して有意な差があることが確かめられた。一方
の若年者においては、客体視教示Bが高い値を示しており、リアル客体R型と体験CR型に対して有意と
なった。ただし、体験型Cに対しては傾向はみられるものの統計的な有意差はない。
高齢者
若年者
20
高齢者
30
若年者
10
20
0
10
-10
Before AFter
-20
口頭 O
BE AF
客体 B
BE AF
客体 R
BE AF
体験 C
BE AF
体験 CR
(a)教示前後での比較
0
口頭O
客体B
客体R
体験C 体験CR
(b) 教示前後差の比較
図 4 先行車交差点進入時の車間距離-最大停止距離
101
・実験シナリオAのまとめ
車間距離-最大停止距離の解析区間内での最小値及び平均値に対しても、上記(2)の結果とほぼ同
様に、高齢者には「体験型」教示が効果的との傾向が見られた。
これらより、車間距離の絶対値では教示方法間に有意な差はみられなかったが、個人の操作速度を反
映した最大停止距離を基準とした指標では、高齢者で「体験型」教示が「客体視」教示より効果的となった。
実際、体験型教示の被験者の感想から、高齢者は身体で理解する傾向が強いことが分かり、自己の最大
停止距離以上に車間を空け、自己の反応速度に見合った車間距離を保って走行するようになったといえ
る。本実験の教育システムの目的は個人の能力に合わせた運転行動の習得であり、体験型教示はその
教育目的に適するものと考えることができる。
これに対し、若年者は衝突体験もそれほど効果はなく、むしろ鳥瞰図による上空からの前方車との位
置関係や車間距離のビジュアル表示が理解し易いようであった。それらの教示法間に有意な差は見られ
なかったが、すべての指標で客体視型が大きな値を示しており、若年層には客体視教示が効果的である
と予想される。また、リアル表示は高齢者、若年者ともに予想外に効果が低かった。
最小値の比較結果からは、「体験型」教示で割り込みに対応してすばやく減速する傾向が見られ、自
己の最大停止距離の意識と他者の意図理解の必要性を認識した結果といえる。
全体的に被験者数が少なく、統計的な解析結果とはいえ、個人差の影響が出ている可能性は否めな
い。各人の実験前後での特徴量の差に着目し、個人差の影響を小さくする解析を行っているが、それで
も個人差の影響は除くことはできない。高齢者によるシミュレータ実験は、被験者集めが難航する他、若
い人に比べて疲れ易い、運転酔いしやすいなど多くの課題がある。より精確な評価を得るためにはさらな
る実験の積み重ねが必要である。
(b) シナリオ B の実験結果
実験は高齢者、若年者それぞれ 8 名の計 16 名で行い、体験型Cと客体視Bの 2 種類間(各 4 名)で比
較した。その結果が図 5 である。図内の 30-40 は、自車速度 30km/hと後方からの接近車の速度 40km/
hを意味する。
高齢者
若年者
・高齢者・若年者ともに客体視Bの方が体験型よりも
2.5
効果が高い(IT の差が大きい)傾向がある。しかし統
30-40
計的有意差はない。
30-50
50-60
50-70
2
・相対速度が大きいほど改善度が大きい。
このシナリオでは、前方者に近づくことはあっても衝
突することが少ない(8 名中 2 名)ため、体験型が効果
を発揮していないようである。
シナリオAの実験結果と統合すると、高齢者には
「体験型」教示が効果的であるが、衝突体験のように
ドライビングシミュレータの特徴を活かせるシナリオで
あることが前提となると予想される。
前後のITの差[s]
1.5
1
0.5
0
-0.5
-1
客体 B
B
C
体験 C
B
B
C
C
図 5 車線変更シナリオでの教示前後
(B) 業務走行データを利用した学習方法の開発
(A) の実験結果により、高齢者を想定した場合には、体験型教示が最も効果的であることが分かった
ため、この教示方法を活用し、通常業務時の運転操作履歴に基づく学習システムのプロトタイプを構築し
た。
東名・名神高速道路における通常業務の走行データ履歴を利用し走行状態をチェック、学習を必要と
する危険な状況として、「ある一定時間危険な車間距離を維持している」部分を抽出した。
102
その状況をドライビングシミュレータにて再現するために、自車速度、先行車速度、車間距離のデータ
を抽出、それらの円滑化を行い、違和感のない画面を作り出した。再現シナリオでは、実走行のデータに
基づく自車速度と車間距離が再現されるが、道路の形態は実走行と異なるため、ステアリング操作は行う
必要がある。ステアリングとブレーキのみが操作可能であり、アクセルは効かないように設定してある。
さらに、最悪シナリオとして、先行車を急停車させるなどの状況を作り出せるようにし、実走行時の運転
状況での危険性を運転員に体験してもらい、自己学習することを促すシステムとした。
実験では、数ヶ月前に収録した走行データを利用したため、データを採取した当人ではなく、別の被
験者に走行をお願いし、その操作性の違和感のなさなどインタフェース上の意見聴取に留まった。
5) 考察・今後の発展等
高齢者と若年者によるシミュレータ実験により次の結果を得ることができた。
・高齢者は体験型教示が効果的であり、若年者は客体視型教示が効果的である。
・高齢者でも、衝突体験のように体験に効果のあるシナリオであることが望まれる。
今後も、複数のシナリオでの体験型教示を実験することで、より効果的な学習シナリオを作成することが
可能となる。なお、車間距離の確保について教習するとの観点で検討を進めてきたが、必要以上の車間
距離の確保はムリな割込みを誘発する可能性も考えられ、この点は今後の課題とする。
さらにこれらの結果を利用し、
・業務走行データに基づく危険状況の再現シナリオを提示、自己学習可能なシステムのプロトタイプがで
きた。
実データを元に運転操作をチェックすることで、高齢者に多いと言われる個人内差(日による操作ムラ
がある)に対する教育効果を期待できる。しかし、よりリアルな再現には、隣車線上の走行車の位置・速度、
後続車の位置・速度も含めたデータが必要になる。他のサブテーマでのセンシング技術の結果を利用す
ることでそれらのデータレコードの可能性は高くなり、さらに最新技術を組み合わせて、リアルな再現シナ
リオを作成、より効果的な自己学習のシステムの構築が可能になると予想される。
6) 関連特許
該当なし
7) 研究成果の発表
(成果発表の概要)
1. 原著論文(査読付き)
1 報 (筆頭著者: 1 報、共著者: 0 報)
2. 上記論文以外による発表
該当なし
3. 口頭発表
招待講演:0 回,主催講演:0 回,応募講演:3 回
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
1. 原著論文(査読付き)
1) Kenji Tanaka, Midori Inaba, Yusuke Maino, Daisuke Kuribayashi, “Effective instruction method
on self-awareness of risks for elder drivers”, Proceedings of 10th IFAC/IFIP/IFORS/IEA
Symposium on Analysis, Design, and Evaluation of Human-Machine Systems (2007) in print.
2. 上記論文以外による発表
該当なし
103
3. 口頭発表
主催・応募講演
1) 栗林大祐,田中健次:「ドライビングシミュレータを用いた高齢ドライバへの教示方法に関する研
究」, 計測自動制御学会第 33 回知能システムシンポジウム, 2006.3.16.
2) 毎野裕亮,稲葉 緑,田中健次:「教示方法の違いによる高齢ドライバの自己学習への効果の
比較」,計測自動制御学会システム情報部門学術講演会, 2006.11.29.
3) 稲葉緑,毎野裕亮,田中健次:「高齢ドライバに対するリスクの自己学習に効果的な教示方法
の比較」,自動車技術会 2007 年春季大会学術講演会, 2007.5.25.
4. 特許出願
該当なし
5. 受賞件数
該当なし
104
Ⅳ.実施期間終了後における取組みの継続性・発展性
本研究で得られた成果の社会還元ならびにさらなる発展を目指す取組みとして、すでに実施しているも
のあるいは準備しているものは、以下に述べるとおりである。
(a) 自動車安全に関わる民間企業との連携
自動車安全の実現へ向けた研究開発目標を本研究と共有しているメーカーが少なくないためか、研究
期間中からいくつもの共同研究の打診が寄せられ、そのうちの数件についてはすでに共同研究が開始さ
れている。しかし、本研究プロジェクトで開発した要素技術には、いずれのメーカーの技術開発に対して
も共通的かつ直接的に寄与できるものが少なくない。また、本研究で開発した各要素技術の実用化研究
を多くのメーカーとともに共同で進めることができれば、当該技術の普及促進も円滑に進むものと考えら
れる。このことから、関連メーカー、研究機関、輸送・運送事業者をメンバーとする合同研究会「状況・意
図理解技術研究会」(仮称)を設立する準備を進めている。本研究プロジェクトでは、事業用自動車を対象
として研究を推進してきたが、合同研究会では、一般乗用車へも対象を拡大する予定である。
(b) 国の交通安全政策・施策への寄与
本研究は、「事故防止技術開発の対象を自動車に限定すること」を条件に採択(2004 年 5 月)されたが、
公募応募時の当初提案は、モード横断的なものであった。すなわち、自動車、航空機、鉄道、船舶など
陸海空の交通移動体に対し、「状況と意図と行動をセンシングし、それらの間の不整合を実時間で検出し、
潜在的危険状態への移行を防止するための運転員支援技術を開発する」ことを目標としていたのである。
国土交通省では、事故防止技術開発の対象が自動車に限定された後も、本研究のアプローチや研究成
果が他の交通モードへ応用可能であるとの認識を持っている。実際、第 3 期科学技術基本計画社会基
盤分野の「重要な研究開発課題」として 2006 年度から国土交通省総合政策局が推進している「ヒューマ
ンエラーによる事故の防止: オペレータの危険状態への移行の未然防止」では、「2010 年度までに、リ
アルタイムにオペレータの心身状態を把握し、疲労・パニックなどの事前兆候を検出する技術を確立する
とともに、正常な運行状態からの逸脱を検出する技術を確立する。また、運行状態に応じた適切なアドバ
イス・支援を可能とする技術を開発する」ことがうたわれており、すでに本研究で開発してきた技術の一部
も活用されている。また、国土交通省総合政策局では、「ヒューマンエラーによる事故の防止: オペレー
タの危険状態への移行の未然防止」技術を社会に円滑に導入するしくみと方策の検討が開始される予
定であるが、研究代表者(稲垣敏之)は、そのための委員会に参画し、本研究の成果をはじめとする予防
安全型事故防止技術の社会導入のあり方等に関する検討協力を依頼されている。
一方、国土交通省自動車交通局では、わが国の全自動車メーカー、輸送・運送事業者、保険業界、関
連監督・行政機構を集積し、2006 年 9 月から第 4 期「先進安全自動車(Advanced Safety Vehicle:ASV)」
開発プロジェクトを推進しているが、研究代表者(稲垣敏之)は、推進検討会、技術開発分科会、普及促
進分科会の座員ならびに委員として同プロジェクトに参画している。第 4 期プロジェクトでは、第 3 期まで
の計画が対象としてきた一般乗用車や 2 輪車のみならず、大型事業用自動車も新たに研究開発対象に
加えられ、走行環境のセンシング技術、状況に即した運転員支援技術、運転員の心身状態センシング技
術などの開発と普及促進が目標となっている。研究代表者は、すでに第4期 ASV 推進検討会、技術開発
分科会、普及促進分科会において、本研究プロジェクトで得られた知見に基づく見解をいくつか説明して
おり、それに基づく検討も開始されようとしている。また、ASV プロジェクト参画機関や自動車メーカーから
は、ASV プロジェクトを推進するうえで解決すべき課題とそれらへの対応について、本研究を推進してき
た研究代表者としての意見が求められ、すでに何度かの会合を持っている。すなわち、本研究によって
得られた知見や研究成果が、わが国の重要な国家プロジェクトのひとつである第 4 期(あるいはそれ以降
も含めた)ASV プロジェクトに反映されていく可能性は高い。
105
(c) 国内外の学会との連携
本研究に特徴的な考え方・アプローチについての関連学会からの関心は高く、研究代表者(稲垣敏之)
が受けた講演依頼、原稿執筆依頼が多いことはすでに「研究目標の妥当性」の項でも述べたとおりである。
学会を通じての啓発活動や成果の公表は、研究成果の普及促進に欠かせないが、そのなかでも特に専
門委員会活動が重要な役割を持つ。
自動車技術会ドライバ評価手法検討部門委員会(筑波大 稲垣敏之、産総研 赤松幹之が委員として
参加)では、運転員の心身状態やパフォーマンスなどを実時間で評価する技術の開発が進められており、
本研究プロジェクトの研究課題に最も関連の深い専門委員会のひとつである。同委員会での活動は、本
研究の発展と深化、自動車関連メーカーへの啓発と技術移転促進に大きく寄与するものと考えられる。
自動車技術会ヒューマンファクター部門委員会(筑波大 伊藤誠が委員として参加)では、2007 年度より
リスク認知評価指標検討 WG が発足した(筑波大 伊藤誠、交通研 関根道昭が委員として参加)。この
WG は、本研究プロジェクトの成果などを踏まえ、運転者のリスク認知を評価する際に利用される指標を整
理・統合するためのものであるが、伊藤は同 WG 発足に寄与し、その活動の一翼を担っている。
本研究は、直接的な研究成果以外でも国内外の関連学会に貢献し得る側面を生み出している。本研
究プロジェクトでは、運転員への認知的ディストラクションの影響を解析すべく、ドライビングシミュレータを
用いた実験を多数回実施してきた。そこでは認知的ディストラクションを模したサブタスクを被験者に課す
ことが不可欠となるが、他研究機関と実験結果の共有化を図るうえで、運転中のサブタスク設定法に関す
るガイドライン策定の必要性を感じてきた。本研究プロジェクトによるこの知見を踏まえ、認知実験におけ
るサブタスク設定に係る標準的な方法を整理することを目標に、2007 年 4 月、計測自動制御学会システ
ム・情報部門マンマシンシステム部会(主査 筑波大 伊藤誠)に設置されたのが「サブタスク研究会」(発
起人 伊藤誠。筑波大 稲垣も委員として参加)である。同研究会で検討される「サブタスク設定法のガイ
ドライン」は、それに沿って実験を計画・遂行すれば、複数の研究機関がドライビングシミュレータによるヒ
ューマンファクター実験の結果を共有できるようにするものであり、国内はもとより海外の学会に対して寄
与する点は少なくない。
(d) 輸送・運送事業者ならびに一般社会への貢献
本研究プロジェクトで得られた知見を輸送・運送事業者に明解に伝え、日常業務のなかでの運行品質
ならびに安全確保に役立てていただけるようにすることも、本研究実施担当者に課せられた重要な任務
である。「情報発信(アウトリーチ活動)」の項にも述べたように、2006 年 8 月には、札幌において輸送・運送
事業者、行政担当者を対象としたプロジェクト主催シンポジウムを開催した。これは、事故が多発している
状況を改善したいとの国土交通省北海道運輸局(本研究プロジェクトに運営委員会委員として参画)から
の希望に沿ったものであり、220 名を越える参加者を得た。その後、関東地区でも開催してほしいとの要
望もあったことから、輸送・運送事業者のみならず一般市民も対象に加えて、本研究で開発した諸技術の
デモンストレーションや啓発的な講演を含めたシンポジウムを開催すべく、準備を進めている。また、安全
教育・管理について、輸送・運送事業者から相談を受けることがしばしばあることを踏まえ、本研究プロジ
ェクトのウェブサイトは研究期間終了後も引き続き運営し、いつでも要望等を受け付けることができるように
する予定である。
また、本研究プロジェクトにおいて構築された長距離運転行動データベースは、行動モデルに基づくリ
スク評価手法の開発にとどまらず、交通安全対策のためのさまざまなアプリケーション開発に利用可能で
あることから、研究者・技術者を含めた一般に利用できる形に整理したうえで公開することを目指している。
データベースサーバとしては、現在本研究プロジェクトのウェブサーバとして稼動しているコンピュータを
活用する予定である。
106
Ⅴ.自己評価
1.目標達成度
「III.研究成果 (1)研究目標と目標に対する結果、ならびに(2)ミッションステートメントに対する達成度」
の項に記したとおり、ミッションステートメントに記した各目標は予定どおり達成することができた。さらに、
研究実施中に新規着想を得たことや、参画機関の間でノウハウや研究成果等を提供・交換しあいながら
の連携が効を奏したことなどによって、当初予定を超えて得られた成果が得られており、それらの総計は
11 件にのぼる。これらのことから、本研究では極めて優れた成果を上げることができたと考えている。
ところで、本研究で開発した要素技術が実用化されることによって発生が防止・抑止される事業用貨物
自動車の死傷事故形態には、つぎのようなものがある。追突(49.8%)、出会い頭(13.1%)、追い越し・追い
抜き時(2.5%)、進路変更時(3.5%)、左折時(5.1%)、右折時(6.0%)。ここで括弧に示したものは、平成 15
年度事故データに基づいて算出された事故形態別事故件数構成率であり、これらの事故形態の事故件
数構成率の総計は 80%にのぼる。
このことは、本研究で開発した要素技術が実用化を経て事業用自動車に搭載されると、「10 年間で交
通事故による死者数を半減する」との政策目標は、本研究が研究対象とした事業用自動車に関しては十
分達成され得るものと考えられる。なお、事業用自動車を第一当事者とする追突事故は、一般乗用車の
乗員を巻き込んで甚大なる被害をもたらすものであることは良く知られている。事業用自動車の追突防止
が実現されれば、その効果は一般乗用車の事故死者数の削減にも大きく貢献することが期待できる。さら
に、本研究で開発した要素技術は、一般乗用車へ適用・転用可能なものであることも付記しておきたい。
2.情報発信
本研究がアウトリーチ活動をはじめとする情報発信に積極的に取り組んできたことは、 「III.研究成果
(5)情報発信(アウトリーチ活動等)について」の項に記したとおりである。ただし、そこに示した「本研究プロ
ジェクトの主導による情報発信」以外にも、国際会議での基調講演、招待講演、国内学会・委員会や民間
企業からの招待講演や原稿依頼など、「外部からの依頼に基づく情報発信」も数多い。
3.研究計画・実施体制
本研究の採択内定時に、文部科学省および科学技術振興機構から、「いくつもの研究機関を束ねて研
究を実施するプロジェクトのなかには、各機関の成果を単に寄せ集めただけとなるものが過去にあったが、
決してそのようなことがないように注意せよ」との指示があった。それを踏まえ、研究代表者(稲垣敏之)は、
研究期間におけるいくつかの要所でリーダー会議を招集し、そのたびに、「本研究プロジェクトが、どのよ
うなスタンスから何を狙うものとして提案されたものであり、成果として何が求められているか、そのために
各機関はどのような役割を担う必要があり、各役割がプロジェクト全体のなかでどのような位置づけにある
か」についてのストーリーを提示して協力を求めるとともに、各機関リーダーならびに主要メンバーと本研
究全体の研究計画と方向付け、最終成果物のイメージなどについて討議を重ね、「チームとしての意識
合わせ」を行ってきた。そのことにより、3 大学、5 研究所が参画する組織規模の大きいプロジェクトであっ
たものの、各機関の成果を共有し、それらをたがいに活かしながら、また、シーズ技術の開発を研究機関
間で発注しあいながら、本研究プロジェクトを推進することができた。その成果は、「状況認識強化」、「通
常からの逸脱検出と正常への復帰を促す情報提示」、「状況適応的な自律安全制御」という、時間の流れ
のなかでの「多層支援構造」を持つ予防安全型技術としてまとめあげることができた。
一般に、大型研究プロジェクトの研究代表者は、その職責上、時には「強権」といえなくもないような判
107
断・行動が求められることがある。本研究プロジェクトの場合も、研究面のみならず、実施体制の強化面で
もそのような例が少なからずあった。しかし、研究代表者がリーダーシップを発揮しさえすればそれだけで
プロジェクトが成功するなどということはあり得ない。研究プロジェクトの成功の鍵を握るのは、あくまでもプ
ロジェクト参画者の熱意と能力であり、それらを裏づける志と見識である。その意味で、本研究プロジェクト
において研究をご担当くださった研究者各位、背後で良好な研究環境作りにご尽力・ご助力いただいた
各機関の関係各位に心より御礼申し上げたい。加えて、直言の中にもつねに応援の気持ちを込めていた
だいていた研究運営委員会の外部有識者委員各位、プログラム・ディレクターならびにプログラム・オフィ
サー各位、科学技術振興機構および文部科学省のご担当各位に衷心から謝意を表す次第である。
4.実施期間終了後における取り組みの継続性・発展性
関連企業との共同研究の開始、関連機関・組織などによる「状況・意図理解技術研究会」(仮称)の設立
準備作業の開始、国の交通安全施策立案・検討への協力(国土交通省総合政策局)、先進安全自動車
プロジェクト研究推進への協力(国土交通省自動車交通局)、国内外の学会における専門委員会などへ
の貢献と情報発信が進行中であり、研究成果の社会還元(啓発活動、長距離運転行動データベースの
公開、聴覚情報の評価に使用した代表的暗騒音のサンプル音声の配布など)についても準備作業が進
められている。これらのことから、実施期間終了後における取り組みの継続性・発展性はきわめて大きく、
研究成果は社会多方面に波及し、かつ効果が持続的に現われていくものと考えている。
108